説明

高分子固体電解質

【課題】薄膜化や大型化などが容易で、加工しても高分子化合物(C)の長所を失うことなく、室温付近でも高いイオン伝導度を有する新規な高分子固体電解質フィルムを得ることにある。
【解決手段】平均粒径500nm以下のリン酸カルシウム微粒子(A)、電解質塩(B)、側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)からなることを特徴とする高分子固体電解質フィルムを提供する。更には、ポリエーテルが、オキシエチレン、オキシプロピレン、オキシテトラメチレンからなる群より選ばれる高分子固体電解質フィルムを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平均粒径が500nm以下のカチオン性のリン酸カルシウム微粒子(A)、電解質塩(B)、側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)とを複合化した、イオン導伝性に優れた高分子固体電解質フィルムに関する。
【背景技術】
【0002】
イオン伝導体は、イオンを速く拡散させるために、電解質溶液や溶融塩のような液体状態である場合が多いため、電池やキャパシタなどには液状のイオン伝導体が通常用いられている。しかし、この場合、電池内部に液体を含むため、長時間使用した場合や電池自身が何らかの理由により加熱されたり、機器の故障で過充電されたり或いは物理的に破損したりした場合に、電解液が漏出する危険性があった。
【0003】
このため、電解液の外部への漏出を防止するため種々の試みがなされてきた。例えば電解液に高分子化合物を含有若しくは含浸させ、電解質自体をゲル状にする方法が考えられたが、比較的多くの有機溶媒を含有するため、高温域での形状安定性に不十分であり、液漏れや電池容器が圧力破壊する危険性があった。例えば特許文献1では、電解質にアミン成分化合物が導入されたカチオン性架橋高分子をゲル化剤として使用することが考えられたが、液漏れや電池への加工性の困難さなどの問題点を根本的に回避できるものではなかった。
【0004】
そこで、液漏れを完全に防ぐことができ且つ、薄膜化や大面積化などを容易にするために、イオン伝導体が固体化した高分子固体電解質が考えられたが、イオンは電子と違って質量を持つため固体中を自由に移動することができず、イオン伝導性の高いものは得られなかった。1975年に、ポリエチレンオキシド(PEO)とアルカリ金属塩の錯体からなる高分子固体電解質が比較的高いイオン伝導性を示すことがWrightらにより初めて報告された(例えば、非特許文献1参照)。これは、高分子に固有の性質であるTg以上の温度で分子鎖が液体のように動きまわるが、巨視的には架橋構造により形状を保つことができる特長を利用したものである。次いで、1979年に ArmandらによりPEOとリチウム塩の複合体はリチウム二次電池に応用できることが提案され、エチレンカーボネートやプロピレンカーボネートなどの有機溶媒にLi塩を溶解した電解質では基本的に不可能な、液漏れや引火の危険性を完全に抑えることができる材料として注目を集め、それ以来PEO系の高分子を中心に数多くの研究が行われてきた。PEOを骨格とする高分子が多く用されてきた理由の1つは、Tgの低いPEOの分子鎖が熱運動でLiイオンを動かす媒体となる能力が高いためである(例えば、非特許文献2参照)。
【0005】
しかしながら、イオン伝導度には限界があり、現在最も高いイオン伝導度を示す、柔軟なPEOを側鎖や分岐構造に導入したポリマーにおいても、高温度領域では比較的高いイオン伝導度を示すが、室温では十分なイオン伝導度を示すものはない。他方、PEO分子鎖の運動性を上げると強度や加工性の低下を伴う。PEO系高分子固体電解質で問題になる強度や加工性の低下を改善するために無機微粒子を複合化させる技術(例えば、特許文献2参照)や、無機微粒子を複合化することでイオン伝導性を向上させる技術(例えば、非特許文献3参照)などが報告されているものの、これらの材料系においてもイオン伝導度は温度による依存性が高いことからPEOの熱運動に基づくイオンの移動メカニズムが支配的であることが推察され、強度や加工性を維持しながらイオン伝導度を向上するには限界がある。
【0006】
一方、ナノメートルサイズのカチオン性無機微粒子を複合化した高分子フィルムに電解質塩を固溶化したものがイオン導伝性を向上させる効果があり、さらに、その高分子固体電解質フィルムを延伸すると、その効果が増大することが報告されている(例えば、特許文献3参照)。しかしながら、その高分子固体電解質フィルムにおいては、延伸前のイオン導電性はそれほど高くなく、高分子固体電解質として用いる場合には、延伸によるイオン伝導度の向上が必要とされる。また、ポリエーテルにも適用できるとの記載があるものの、どのようなポリエーテルを用いれば良いかについては、全く開示されていない。
【0007】
【非特許文献1】ポリマーリチウム電池、植谷慶雄著、シーエムシー、1999年、P59-70
【非特許文献2】化学と教育、49巻(6)、334−337(2001)
【非特許文献3】Nature、394巻、456−458(1998)
【特許文献1】特開2001−335707号公報
【特許文献2】特開平10−340618号公報
【特許文献3】特開2004−339422号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、薄膜化や大型化などが容易で、加工しても高分子化合物(C)の長所を失うことなく、室温付近でも高いイオン伝導度を有する新規な高分子固体電解質フィルムを、延伸処理を必要とすることなく、提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、リン酸カルシウム微粒子をナノメートルサイズで側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)と複合化した有機/無機複合フィルムを作製することにより、上記目的にかなう材料になることを見出し、本発明に至った。すなわち、本発明は、
『[1]平均粒径500nm以下のリン酸カルシウム微粒子(A)、電解質塩(B)、側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)からなることを特徴とする高分子固体電解質フィルム、
[2]ポリエーテルが、オキシエチレン、オキシプロピレン、オキシテトラメチレンからなる群より選ばれる[1]記載の高分子固体電解質フィルム。
[3]更に、高分子化合物(C)が、カルボキシル基を有する、[2]記載の高分子固体電解質フィルム、
[4]電解質塩(B)が、アルカリ金属塩、4級アンモニウム塩、4級ホスホニウム塩から選ばれる1種以上の塩である、[1]〜[3]のいずれかに記載の高分子固体電解質フィルム、
[5]電解質塩(B)がリチウム塩である、[4]記載の高分子固体電解質フィルム、
[6]未延伸である[1]〜[6]のいずれかに記載の高分子固体電解質フィルム』
を得ることにある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、ナノメートルサイズのリン酸カルシウム微粒子を側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物に分散する手法を見出し、さらに電解質塩(B)を固溶化したものがイオン導伝性を向上させる効果があることを見出し本発明に至った。
【0011】
リン酸カルシウム微粒子(A)
本発明で使用されるリン酸カルシウム微粒子(A)は、カチオン性微粒子であることが好ましい。微粒子がカチオン性であることは、便宜的には電気泳動法を用いた分散系でのゼータ電位測定により確かめることができ、電気泳動法を用いた分散系でのゼータ電位測定により、プラスのゼータ電位を示す微粒子を意味する。カチオン性微粒子が、アニオン性の高分子化合物(C)やアニオン性の界面活性剤などの低分子化合物を吸着した場合には、マイナスのゼータ電位を示す場合があるが、本発明で規定されるカチオン性微粒子とは、そのような高分子化合物(C)や低分子化合物が粒子表面に吸着されない状態でプラスのゼータ電位を示す微粒子も含まれる。また、微粒子のゼータ電位は、溶媒の種類や溶液pHにも影響を受けるものがある。本発明で使用されるリン酸カルシウム微粒子は、pH2以下、好ましくはpH5以下、より好ましくはpH7以下の条件下でプラスのゼータ電位を示すものである。
【0012】
また、本発明で使用されるリン酸カルシウム微粒子(A)は、平均粒径が500nm以下、好ましくは250nm以下である。平均粒径が500nmを越えるとイオン導伝性の改善効果が十分ではないため適当ではない。また、粒子形状は、球形、針状、柱状、不定形等いかなる形状でもかまわない。粒径分布についても、平均粒径が500nm以下であれば特に制限はない。ここで用いる粒径とは、粒子の形状が針状や柱状などの球形以外場合には長軸の平均粒径を示す。
【0013】
本発明で使用されるリン酸カルシウムは、リン酸に由来する部分とカルシウム原子の合計が50重量%以上含まれるものである。例としてはヒドロキシアパタイト、フッ素アパタイト、塩素アパタイト、炭酸含有アパタイト、マグネシウム含有アパタイト、鉄含有アパタイト等のアパタイト化合物、リン酸三カルシウム等が挙げられる。
【0014】
本発明で使用されるリン酸カルシウムに含まれるアパタイト化合物は、基本組成がMx(RO)y Xz で表される。Mサイトがカルシウムイオン(Ca2+)、RO サイトがリン酸イオン(PO3−)、Xサイトが水酸イオン(OH)の場合には、x=10、y=6、z=2となり、一般的にヒドロキシアパタイト(HAp)と呼ばれる化合物である。M、RO 、Xの各サイトは種々のイオン等と置換が可能であり、また、空孔ともなり得るものである。置換量および空孔量はそのイオン等の種類により異なるが、リン酸に由来する部分とカルシウム原子の合計が50重量%以上含まれていれば他のイオン等と置換されていても、空孔であっても差し支えない。リン酸に由来する部分とカルシウム原子の合計が50重量%を下回るとリン酸カルシウムとしての特性が失われることがあるために好ましくない。
Mサイトは基本的にCa2+であるが、置換可能なイオン種の例として、H 、Na、K 、H 、Sr2+、Ba2+、Cd2+、Pb2+、Zn2+、Mg2+、Fe2+、Mn2+、Ni2+、Cu2+、Hg2+、Ra2+、Al3+、Fe3+、Y3+、Ce3+、Nd3+、La3+、Dy3+、Eu3+、Zr4+等があげられる。RO サイトは基本的にPO 3−であるが、置換可能なイオン種の例として、SO4 2−、CO3 2−、HPO 2−、PO2−、AsO3−、VO 3−、CrO 3−、BO3−、SiO 4−、GeO 4−、BO5−、AlO 5−、H4 O 4−等があげられる。Xサイトに入るイオン種や分子の例として、OH、F 、Cl 、Br 、I 、O2−、CO 2−、HO等があげられる。
【0015】
本発明の高分子固体電解質中に含まれるリン酸カルシウムは、結晶構造についてはいかなるものでもよく、非晶質でもよい。さらに、リン酸カルシウムの形状についても特に制限はなく、球形、針状、柱状、不定形等いかなる形状でもかまわない。
【0016】
電解質塩(B)
本発明で使用される電解質塩(B)は、高分子固体電解質中での解離定数が大きいことが望ましく、LiCFSO、LiN(CFSO、LiPF、LiClO、LiI、LiBF、LiSCN、LiAsF、LiCl、NaCFSO、NaPF、NaClO4、NaI、NaBF、NaAsF、KCFSO、KPF、KIなどのアルカリ金属塩、(CHNBFなどの4級アンモニウム塩、(CHPBFなどの4級ホスホニウム塩、その他AgClOなどの金属塩が例示される。なかでも、LiCFSO、LiN(CFSO、LiPF、LiClO、LiI、LiBF、LiSCN、LiAsF、LiClなどのリチウム塩は、高い伝導度を得やすく好ましい。
【0017】
ポリエーテル系高分子化合物(C)
本発明で使用される側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)は、電解質塩(B)を高濃度に固溶化できるものであれば特に制限はされない。ポリエーテルの例としては、オキシエチレン、オキシプロピレン、オキシテトラメチレンの単独重合体あるいは共重合体で、側鎖の末端がメトキシ基やエトキシ基などのアルコキシ基や水酸基になっているものが挙げられる。ポリエーテルは、リチウム塩を溶解する能力が高く、さらに、Tgが低いため、分子鎖が熱運動でLiイオンを動かす媒体となる能力が高いため好ましい。
【0018】
主鎖骨格としては、側鎖にポリエーテルを導入できれば特に制限はなく、ポリアクリレート、ポリメタクリレート、ポリビニル、ポリホスファゼン、ポリシロキサン、ポリウレタンなどが挙げられるが、ポリアクリレート、ポリメタクリレートが原料の入手し易さの点から好ましい。ポリエーテル成分としては、重量比で30%以上が好ましく、特に好ましくは50%以上含まれる高分子化合物が好ましい。分子量は固体電解質として形状を保持できる大きさであれば特に問題はない。
【0019】
側鎖のポリエーテルの分子量は、好ましくは20000〜100、さらに好ましくは、10000〜200が好ましい。分子量が20000を超えるとイオン伝導度が低下するため好ましくなく、分子量が200より小さくなると電解質塩(B)の溶解度が低下するため好ましくない。ポリエーテル系高分子化合物(C)が、カルボキシル基を有すると、リン酸カルシウム微粒子を分散させ易いため好ましい。カルボキシル基は、ポリエーテル系高分子化合物中のどの部位にあっても特に問題はない。
【0020】
高分子化合物(C)とリン酸カルシウム微粒子(A)との複合化
前記リン酸カルシウム微粒子(A)と側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)とは複合化することができ、ここでの複合化とは、側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)にリン酸カルシウム微粒子(A)が均一に分散している状態をいう。複合化させることで高分子固体電解質フィルムとして好ましいものが得られる。尚、高分子化合物(C)は、本発明の目的を損なわない範囲で種々の添加剤等を含んでいても良い。
【0021】
リン酸カルシウム微粒子(A)を側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)に均一に分散する方法として、側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)にリン酸カルシウム微粒子(A)を溶融混錬する方法や、ポリエーテル系高分子化合物(C)溶液中にリン酸カルシウム微粒子(A)を混合して機械的に撹拌する方法や、あるいは側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)存在下にリン酸カルシウム微粒子(A)を生成させる方法などがあり、用いる高分子化合物(C)の種類により適宜選択される。それらの中でも、側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)存在下にリン酸カルシウム微粒子(A)を生成させる方法が好ましい。更には、側鎖にポリエーテルを有する高分子高分子化合物(C)がカルボキシル基をも有することが好ましく、そうすることで側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)へのリン酸カルシウム微粒子(A)の分散性が更に優れる。
【0022】
リン酸カルシウム微粒子(A)の製造方法は側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)存在下に製造可能な方法であればいかなる製造方法でもかまわないが、所謂湿式法(液相法又は沈殿法ともいう)が好ましい。湿式法は、カルシウム化合物(懸濁)水溶液とリン酸あるいはリン酸塩水溶液を混合することによりリン酸カルシウム微粒子(A)を合成する方法であり、一般的には両液を同時滴下か、一方の溶液の中へ他方の溶液を滴下する方式がとられる。滴下時間については特に制限はないが、概ね5分〜24時間である。反応は滴下終了後、必要に応じて熟成させる。
【0023】
側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)は、リン酸カルシウム微粒子(A)が生成される反応液中に存在させればよく、カルシウム化合物(懸濁)水溶液、リン酸あるいはリン酸塩水溶液いずれかに混合しておいてもよいし、両方に混合しておいてもよい。また、両者とは別に独立して反応器の中へ連続的あるいは断続的に添加してもよい。
【0024】
カルシウム化合物(懸濁)水溶液の合成に用いるカルシウム塩としては、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、酢酸カルシウム、水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム・2水和物等があげられる。リン酸塩としては、リン酸2水素アンモニウム、リン酸水素2アンモニウム、およびアンモニウム塩以外のこれらのナトリウム、カリウム塩等があげられる。目的とする化合物以外の、反応に伴ない副生する有機あるいは無機塩は、用途によっては除去する必要があり、その際は透析など既知の方法で脱塩する。リン酸カルシウムを目的化合物とする場合には、水酸化カルシウムとリン酸を原料にすれば副生塩は発生しないため特に好ましい。また、リン酸カルシウムの中でもアパタイト構造をとるものはその構造の柔軟さから前述のように各種イオンと置換できることが知られており、必要に応じてカルシウムおよびリン酸以外のイオン種を含む化合物を併用することもできる。通常は反応溶液を所定温度に保つことにより反応を行う。反応中同一温度に保つ必要はなく、反応の進行にともない適宜変えてよく、必要に応じて加熱あるいは冷却しながら行う。反応温度により生成するリン酸カルシウム粒子の大きさが変化するため、反応温度を変えることにより粒径を変えることができ、その結果分散水溶液から作製されるフィルムの透明性を加減することも可能である。反応温度は概ね5〜95℃の範囲にある。反応器内の雰囲気は特に限定はなく通常は空気中で行われるが、リン酸カルシウムの組成をコントロールするには窒素ガスのような不活性ガスで置換した方がよい。合成時間は特に限定はないが、滴下、熟成時間を合わせて概ね1〜120時間である。
【0025】
攪拌方法については、均一に混合される方法であれば特に制限はなく、例として回転による方法、超音波による方法等があげられる。攪拌羽根を用いたバッチ式の反応容器を用いる場合、攪拌羽根の形状や溶液粘度等に影響されるため一概にはいえないが、攪拌速度は概ね30〜10000rpmの範囲である。
【0026】
反応溶媒としては水を用いるが、メタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトン、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等の有機溶剤を併用してもよい。
【0027】
複合化する際の濃度は特に制限はないが、リン酸カルシウム微粒子(A)と側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)の固形分を合わせて反応溶液全体に対して概ね0.5〜60重量%の範囲であり、好ましくは1〜50重量%の範囲にある。50重量%を越えると反応溶液の粘度が高くなり、取り扱いが困難となる場合がある。リン酸カルシウム微粒子(A)は、反応時のpHにより生成するリン酸カルシウム微粒子(A)の種類が異なるため、特定の種を製造する場合にはpHを調整しながら行うこともある。pH調整はアンモニアガス、アンモニア水、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等により行うことができる。特に、(1)目的化合物がpH変化により溶解する場合、(2)カルボキシル基の解離状態変化により複合体が分離するような場合には厳密にpH調整を行う必要がある。例えば、ヒドロキシアパタイト(リン酸カルシウム)の場合には、反応後は(2)の理由からpH5以下にならないように適宜アルカリを添加して調整する。
【0028】
かくして得られる側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)とリン酸カルシウム微粒子(A)とからなる分散水溶液は均一なエマルション溶液であり、長時間静置しておいても沈降、分離を起こさない安定な溶液である。ここで言う安定性に優れるものとは、製造後沈降あるいは分離する固形物重量が、1ケ月経過した時点で1重量%以下のもの、あるいは2000rpmで10分間遠心処理を行っても沈降や分離を起こさないものを言う。
【0029】
高分子固体電解質フィルム
本発明の高分子固体電解質フィルムは、平均粒径500nm以下のリン酸カルシウム微粒子(A)を高分子化合物(C)の中に分散させた基材に、電解質塩(B)を相溶させた構成になっている。すなわち、リン酸カルシウム微粒子(A)、電解質塩(B)及び高分子化合物(C)が複合化した状態になっている。リン酸カルシウム微粒子(A)と高分子化合物(C)の界面では、リン酸カルシウム微粒子(A)表面と電解質塩(B)のアニオンとの相互作用が向上するため、カチオンがフリーイオンとなって移動しやすくなっているものと考えられる。また、リン酸カルシウム微粒子(A)の粒径をナノサイズにして均一に分散させると、界面の比率が飛躍的に増大し、その結果界面の効果が強調されて大きなイオン導伝性が発現するものと考えられる。
【0030】
リン酸カルシウム微粒子(A)と電解質塩(B)と高分子化合物(C)の比率は、高分子化合物(C)や電解質塩(B)の種類により異なるが、フィルムの強度に問題がない場合には、重量比でそれぞれ5〜45:10〜60:25〜85の範囲にある。高分子固体電解質中のリン酸カルシウム微粒子(A)の量は好ましくは5〜45重量%、より好ましくは10〜40重量%である。高分子固体電解質中の電解質塩(B)の量は好ましくは10〜60重量%、より好ましくは15〜60重量%である。一般には電解質塩(B)濃度が高くなるほどキャリヤ量が増えるため電導度が向上するが、高分子化合物(C)によっては電解質塩(B)が高分子の架橋点として作用して高分子化合物(C)の高分子鎖の柔軟性を失わせることがあり、その結果イオン移動度が低下するため、添加率には最適範囲が存在する。
【0031】
本発明の固体高分子電解質フィルムは、本発明の目的を損なわない範囲で、非水電解液電池に通常使用される溶媒や可塑剤を含んでいても良い。溶媒としては、例えば、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、γブチロラクトン、ジメチルカーボネート、メチルエチルカーボネート、ジエチルカーボネート、ビニレンカーボネート、プロピオン酸メチル、酢酸エチル、ジメトキシエタンなどが挙げられる。
【0032】
本発明の高分子電解質フィルムは、リン酸カルシウム微粒子(A)と電解質塩(B)とポリエーテルを側鎖に有する高分子化合物(C)とを複合化したものであり、複合化したものが溶融状態の場合はそのまま押出し成形してフィルム状に加工することができる。また、ペレット状や粉末状に加工した後に、ホットプレス法などでフィルム状にすることもできる。溶媒中で複合化されるものは、キャスト法で作製し、ガラス、石英、金属、セラミックス、プラスチック、ゴム等の基板、ロール、ベルト等の上に上記の安定な分散液を塗布・製膜し、必要に応じて加熱、減圧、送気、赤外線照射、マイクロ波照射等の処理を行って溶剤を蒸発させることにより製造することができる。塗布方法は特に制限はなく、流し塗り法、浸漬法、スプレー法等があり、バーコーター、スピンコーター、ナイフコーター、ブレードコーター、カーテンコーター、グラビアコーター、スプレーコーター等の公知の塗工機を使用できる。塗布厚み(乾燥前の厚み)は概ね1μm〜10mmで、塗布法の選択により任意に厚みを設定できる。溶剤を蒸発させる温度は0〜200℃の温度範囲で行い、常圧あるいは減圧下に行う。その際に乾燥空気あるいは乾燥窒素を流通させて乾燥時間を短縮することができる。このフィルムを基材から剥がして使用する場合には、プラスチック製の基材を用いると離型性が良好であるが、その他の基材を用いる場合にも必要に応じて各素材に公知の離型剤を予め塗布するとよい。これらのフィルムを作製する過程では、水の混入を極力避けるために、乾燥雰囲気下に実施されることが望ましい。
【0033】
本発明の高分子固体電解質フィルムは、電気化学デバイスに用いることができ、例えば、リチウムイオン電池、電気二重層キャパシター、燃料電池、二次電池電極用結着剤、色素増感型太陽電池、アクチュエーター、エクトロクロミック等が挙げられる。
【実施例】
【0034】
以下に、実施例で本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。また、以下の例において用いる%は特記のない限り重量基準を示す。測定した高分子電解質を構成するポリマーの種類、当該ポリマーに対するリン酸カルシウム濃度(%)、リチウムイオン原子と当該ポリマーのモル比、及び、高分子電解質のイオン伝道度(S/m)を示す。
【0035】
[イオン電導度測定]
電極として金を蒸着したガラス基板上にスピンキャストにより高分子固体電解質フィルムを作製し、その上に金を真空蒸着して電極とし、さらにその電極の外側にリング状に金を蒸着し、アースにつないで表面電流による影響を受けないようにした。内側の電極間に交流を印加して抵抗部分を測定する交流インピーダンス法を用いて伝導度の測定を行ない、コール・コールプロットの実数インピーダンス切片から計算して求めた。測定は電極を真空下に保持して、室温にて行った。
【0036】
[リン酸カルシウム粒子の粒径測定]
複合化した分散水溶液を適宜希釈し、コロジオン膜張銅メッシュ上で乾燥した試料を透過型電子顕微鏡により観察し、紡錘状粒子の長軸径を直接計測することにより求めた。
【0037】
[合成例1]
エチレンオキシドを側鎖に有するメタクリレートモノマーM-90G(新中村化学工業製)15g、アクリル酸0.2567g、トルエン85gを300mlの三口フラスコに入れ、良く混合した後、重合開始剤AIBN0.059gを加えた。この溶液に30分以上、窒素を通して、窒素置換した後に、オイルバスで70℃まで加温し、5時間重合を行った。ついで、80℃で1時間攪拌した後に、ヘキサンで再沈殿を行い高分子化合物を得た。得られた高分子化合物はエチレンオキシドを側鎖に有する高分子(EOMA−AA10)である。
【0038】
[合成例2]
アクリル酸を0.5776gとした以外は合成例1と同様にして高分子化合物を得た。得られた高分子化合物はエチレンオキシドを側鎖に有する高分子(EOMA−AA20)である。
【0039】
[合成例3]
合成例1で得られたEOMA-AA10を予め蒸留水で溶解して得られたEOMA-AA10水溶液(17.68%)13.86g 、蒸留水43.12g、イソプロピルアルコール1.75gを300mlの三口フラスコに入れ、水酸化カルシウム0.774gを攪拌しながら加えて懸濁液とした。メカニカルスターラーで攪拌速度300rpmにて攪拌しながら、10.5%リン酸水溶液5.85g 、蒸留水4.65gを混合溶解した水溶液を、ミクロチューブポンプを用いて連続的に1時間かけて添加した。添加後さらに15分間攪拌を行ない、EOMA-AA10とリン酸カルシウム微粒子との分散水溶液(重量比70:30)を得た。得られた溶液は、沈降物の生成がほとんど認められず、数週間静置しても分離、沈降等の変化を起こさずに安定であった。反応液の固形分濃度は5.0%であった。リン酸カルシウム微粒子の粒径は50〜300nmであった。
【0040】
[合成例4]
「合成例1で得られたEOMA-AA10を予め蒸留水で溶解して得られたEOMA-AA10水溶液(17.68%)13.86g、蒸留水43.12g」を、「合成例2で得られたEOMA-AA20水溶液(12.10%)20.25g、蒸留水を36.73g」とした以外は合成例3と同様にして、EOMA-AA20とリン酸カルシウム微粒子との分散水溶液(重量比70:30)を得た。
得られた溶液は、沈降物の生成がほとんど認められず、数週間静置しても分離、沈降等の変化を起こさずに安定であった。反応液の固形分濃度は5.0%であった。リン酸カルシウム微粒子の粒径は30〜300nmであった。
【0041】
[比較合成例1]
「合成例1で得られたEOMA-AA10を予め蒸留水で溶解して得られたEOMA-AA10水溶液(17.68%)13.86g、蒸留水43.12g」を、「予め蒸留水で溶解しておいた分子量60万のポリエチレンオキシド(Aldrich製)水溶液(10.00%)24.50g」とした以外は合成例3と同様にして、PEOとリン酸カルシウム微粒子との水溶液(重量比70:30)を得た。得られた溶液中で、PEOとリン酸カルシウム微粒子とが複合したものが沈殿していた。
【0042】
[実施例1]
合成例3で得られたEOMA-AA10とリン酸カルシウム微粒子との分散水溶液(重量比70:30)14.29gに、13.74%のLi N(SO2CF32水溶液1.518gを加え、室温で30分間攪拌した後、水溶液をシャーレに移し乾燥し、EOMA-AA10とリン酸カルシウム微粒子とLi N(SO2CF32からなる固形物を得た。この固形物を10%の濃度になるようにシクロペンタノンに溶解後、その溶液をスピンキャストすることにより、電極として金を蒸着したガラス基板上に高分子固体電解質フィルムを作製し、フィルムのリチウムイオン伝導度を測定した。
【0043】
[実施例2]
13.74%のLi N(SO2CF32水溶液を3.038gとした以外は実施例1と同様にして、固体電解質フィルムを作製し、フィルムのリチウムイオン伝導度を測定した。
【0044】
[実施例3]
13.74%のLi N(SO2CF32水溶液を6.075gとした以外は実施例1と同様にして、高分子固体電解質フィルムを作製し、フィルムのリチウムイオン伝導度を測定した。
【0045】
[実施例4]
合成例4で得られたEOMA-AA20とリン酸カルシウム微粒子(70:30)溶液14.29gに、13.74%のLi N(SO2CF32水溶液2.975gを加え、室温で30分間攪拌した後、水溶液をシャーレに移し乾燥し、EOMA-AA20とリン酸カルシウム微粒子とLi N(SO2CF32からなる固形物を得た。この固形物を10%の濃度になるようにシクロペンタノンに溶解後、その溶液をスピンキャストすることにより、電極として金を蒸着したガラス基板上に高分子固体電解質フィルムを作製し、フィルムのリチウムイオン伝導度を測定した。
【0046】
[実施例5]
13.74%のLi N(SO2CF32水溶液を5.950gとした以外は実施例4と同様にして、高分子固体電解質フィルムを作製し、フィルムのリチウムイオン伝導度を測定した。
【0047】
[比較例1]
合成例1で得られたEOMA-AA10を5.0%の濃度になるよう水に溶解した。得られた5%水溶液5.00gに、5%のLi N(SO2CF32水溶液2.91gを加え、室温で30分間攪拌した後、水溶液をシャーレに移し乾燥し、EOMA-AA10とLi N(SO2CF32からなる固形物を得た。この固形物を10%の濃度になるようにシクロペンタノンに溶解後、その溶液をスピンキャストすることにより、電極として金を蒸着したガラス基板上に高分子固体電解質フィルムを作製し、フィルムのリチウムイオン伝導度を測定した。
【0048】
[比較例2]
合成例3で得られたEOMA-AA10とリン酸カルシウム微粒子との分散水溶液(重量比70:30)をシャーレに移し乾燥し、EOMA-AA10とLi N(SO2CF32からなる固形物を得た。この固形物を10%の濃度になるようにシクロペンタノンに溶解後、その溶液をスピンキャストすることにより、電極として金を蒸着したガラス基板上に高分子固体電解質フィルムを作製し、フィルムのリチウムイオン伝導度を測定した。しかしながら、伝導度が低く測定することはできなかった。
【0049】
[比較例3]
合成例1で得られたEOMA-AA10を10%の濃度になるようにシクロペンタノンに溶解後、その溶液をスピンキャストすることにより、電極として金を蒸着したガラス基板上に高分子固体電解質フィルムを作製し、フィルムのリチウムイオン伝導度を測定した。しかしながら、伝導度が低く測定することはできなかった。
【0050】
[比較例4]
分子量60万のポリエチレンオキシド(PEO、Aldrich製)水溶液(4.96%)3.735gに、20%のLi N(SO2CF32水溶液0.5053gを加え、室温で30分間攪拌した後、水溶液をシャーレに移し乾燥し、PEOとLi N(SO2CF32からなる固形物を得た。この固形物を10%の濃度になるようにシクロペンタノンに溶解後、その溶液をスピンキャストし、電極として金を蒸着したガラス基板上に高分子固体電解質フィルムを作製し、フィルムのリチウムイオン伝導度を測定した。
【0051】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒径500nm以下のリン酸カルシウム微粒子(A)、電解質塩(B)、側鎖にポリエーテルを有する高分子化合物(C)からなることを特徴とする高分子固体電解質フィルム。
【請求項2】
オキシエチレン、オキシプロピレン、オキシテトラメチレンからなる群より選ばれる請求項1記載の高分子固体電解質フィルム。
【請求項3】
更に、高分子化合物(C)が、カルボキシル基を有する、請求項2記載の高分子固体電解質フィルム。
【請求項4】
電解質塩(B)が、アルカリ金属塩、4級アンモニウム塩、4級ホスホニウム塩から選ばれる1種以上の塩である、請求項1〜3のいずれかに記載の高分子固体電解質フィルム。
【請求項5】
電解質塩(B)がリチウム塩である、請求項4記載の高分子固体電解質フィルム。
【請求項6】
未延伸である請求項1〜6のいずれかに記載の高分子固体電解質フィルム。

【公開番号】特開2008−186731(P2008−186731A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−19701(P2007−19701)
【出願日】平成19年1月30日(2007.1.30)
【出願人】(000005887)三井化学株式会社 (2,318)
【Fターム(参考)】