説明

高分子架橋体および高分子架橋体の製造方法

【課題】より簡便に製造し得る、インターロック構造を有する高分子架橋体およびその製造方法を提供する。
【解決手段】一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子および/または両末端に重合性官能基を有する直鎖状分子と、それら直鎖状分子が2本以上貫通し得る開口部を有する環状分子とを混合し、その全部又は一部について、環状分子の開口部に直鎖状分子が2本以上貫通した包接錯体を形成させ、次いで、直鎖状分子の重合性官能基を介して、直鎖状分子と水溶性重合性モノマーとを共重合することにより、高分子架橋体を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロタキサン構造を含む高分子架橋体およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、環状分子としてシクロデキストリン、環状分子に包接される直鎖状分子としてポリエチレングリコールを用いたポリロタキサンを架橋した、ロタキサン構造を含む高分子架橋体(高分子ゲル)が開示されている。
【0003】
この高分子ゲルは、従来の化学ゲルとは違い、化学的な架橋構造とは異なる機械的な結合からなる物理的な架橋構造(インターロック構造)を利用しており、環状分子が直鎖状分子上を自由に動けることから、従来にない優れた柔軟性を示し得る。
【0004】
上記の高分子ゲルを製造するには、擬ポリロタキサンを合成および単離し、その擬ポリロタキサンを別の溶媒に再度溶解した後、キャッピング剤を用いて末端をキャッピングすることによりポリロタキサンを得て、再度、単離精製し、さらに架橋剤を作用させてポリロタキサンの環状分子を架橋させる必要があった。工業化を考えた場合、このような多段階の反応は製造コストの面から非常に不利であるし、また、各段階の収率も決して高いものではなかった。
【0005】
これに対し、特許文献2には、2個以上の環状部分を有するポリマーと、一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子および/または両末端に重合性官能基を有する直鎖状分子とから包接錯体を形成させ、次いで、その直鎖状分子と、下限臨界溶液温度を有しない水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーとを共重合する高分子架橋体の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3475252号公報
【特許文献2】特開2010−159345号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2に記載の方法によれば、インターロック構造を有する高分子架橋体(高分子ゲル)を、前述した方法よりは簡便に、そして効率良く製造することができる。ただし、あらかじめ2個以上の環状部分を有するポリマーを製造しなくてはならないため、その点においては簡便性が十分ではない。
【0008】
本発明は、このような実状に鑑みてなされたものであり、より簡便に製造し得る、インターロック構造を有する高分子架橋体およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、第1に本発明は、一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子および/または両末端に重合性官能基を有する直鎖状分子と、前記直鎖状分子が2本以上貫通し得る開口部を有する環状分子とを混合し、その全部又は一部について、前記環状分子の開口部に前記直鎖状分子が2本以上貫通した包接錯体を形成させ、次いで、前記直鎖状分子の重合性官能基を介して、前記直鎖状分子と水溶性重合性モノマーとを共重合することを特徴とする高分子架橋体の製造方法を提供する(発明1)。
【0010】
上記発明(発明1)によれば、擬ロタキサンや2個以上の環状部分を有するポリマーを製造することなく、インターロック構造を有する高分子架橋体を極めて簡便に効率良く製造することができる。
【0011】
第2に本発明は、一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子および/または両末端に重合性官能基を有する直鎖状分子と、前記直鎖状分子が2本以上貫通し得る開口部を有する環状分子とを混合して得られた高分子架橋前駆体の前記直鎖状分子の重合性官能基を介して、前記直鎖状分子と水溶性重合性モノマーとを共重合させることにより得られることを特徴とする高分子架橋体を提供する(発明2)。
【0012】
上記発明(発明2)に係る高分子架橋体は、擬ロタキサンや2個以上の環状部分を有するポリマーを製造することなく、極めて簡便に製造することができる。また、当該高分子架橋体は、弾性係数が大きいにもかかわらず、破断伸度が大きいという特性、すなわち高い機械的強度と柔軟性とを併せ持つという優れた特性を有する。
【0013】
上記発明(発明2)においては、前記水溶性重合性モノマーが、水溶性ビニルモノマーであることが好ましい(発明3)。
【0014】
上記発明(発明3)においては、前記水溶性ビニルモノマーが、下限臨界溶液温度を有しない水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーであることが好ましい(発明4)。
【0015】
上記発明(発明2〜4)においては、前記環状分子の開口部の直径が、5〜100Åであることが好ましい(発明5)。
【0016】
上記発明(発明2〜5)においては、前記環状分子が、γ−シクロデキストリン、環状ポリエーテル、環状ポリエステル、環状ポリエーテルアミン、環状ポリアミン、シクロアミロースおよび環状構造を有する高分子のデキストリンからなる群から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい(発明6)。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、インターロック構造を有する高分子架橋体を、極めて簡便に効率良く製造することができる。得られる高分子架橋体は、弾性係数が大きい(剛性・機械的強度が高い)にもかかわらず、破断伸度が大きい(伸縮性・柔軟性が高い)という特性を有し、当該高分子架橋体を使用して形成した材料は、種々の用途に使用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態に係る高分子架橋体の製造工程を示す模式図である。
【図2】本発明の他の実施形態に係る高分子架橋体の製造工程を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について説明する。
本発明の一実施形態に係る高分子架橋体は、図1または図2に模式的に示す方法により製造することができる。この高分子架橋体(E)は、高分子架橋前駆体(C)を経由して製造される。
【0020】
最初に、一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子(以下「直鎖状分子(A1)」という。)および/または両末端に重合性官能基を有する直鎖状分子(以下「直鎖状分子(A2)」という。)と、直鎖状分子(A1)および/または直鎖状分子(A2)が2本以上貫通し得る開口部を有する環状分子(以下「環状分子(B)」という。)とを用意する(図1・図2参照)。なお、直鎖状分子(A1)と直鎖状分子(A2)とを纏めて「直鎖状分子(A)」という。
【0021】
直鎖状分子(A)は、環状分子(B)に包接され得る分子であって、かつ一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有するか(直鎖状分子(A1))、両末端に重合性官能基を有するものである(直鎖状分子(A2))。なお、本明細書において、「直鎖状分子」の「直鎖」は、実質的に「直鎖」であることを意味する。すなわち、直鎖状分子(A)上で環状分子(B)が移動可能であれば、直鎖状分子(A)は分岐鎖を有していてもよい。
【0022】
直鎖状分子(A)の両末端(ブロック基・重合性官能基)を除いた部分(本体部分)を構成する分子としては、上記環状分子(B)の開口部に2本以上貫通することのできる大きさの分子であればよい。例えば、上記環状分子(B)がγ−シクロデキストリンである場合、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリイソプレン、ポリイソブチレン、ポリブタジエン、ポリアクリル酸エステル、ポリジメチルシロキサン、ポリテトラヒドロフラン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカプロラクトン等が好ましく、これらの分子から構成される本体部分を有する直鎖状分子(A)は、高分子架橋前駆体(C)または高分子架橋体(E)中で2種以上混在していてもよい。
【0023】
直鎖状分子(A)の本体部分を構成する分子の数平均分子量(Mn)は、100〜300,000であることが好ましく、特に200〜200,000であることが好ましく、さらには500〜10,000であることが好ましい。数平均分子量が100未満であると、環状分子(B)の直鎖状分子(A)上での移動量が小さくなり、得られる高分子架橋体(E)においてフィルムとしての伸縮性が十分に得られないおそれがある。また、数平均分子量が300,000を超えると、溶媒への溶解性が悪くなり、ゲルを形成できなくなるおそれがある。
【0024】
直鎖状分子(A1)の一方の末端におけるブロック基は、直鎖状分子(A1)を包接している環状分子(B)がブロック基側からは離脱せず、包接錯体の形態を保持し得る基であれば、特に限定されない。このような基としては、嵩高い基、イオン性基等が挙げられる。
【0025】
ブロック基としては、例えば、ジアルキルフェニル基類、ジニトロフェニル基類、シクロデキストリン類、アダマンタン基類、トリチル基類、フルオレセイン類、ピレン類、アントラセン類等が好ましく、これらのブロック基は、包接錯体または高分子架橋体中で2種以上混在していてもよい。直鎖状分子(A1)の片末端に結合してブロック基を形成するキャッピング剤としては、例えば、ジメチルフェニルイソシアネート、トリチルフェニルイソシアネート、2,4-ジニトロフルオロベンゼン、アダマンタンアミン等が好適に用いられる。
【0026】
直鎖状分子(A1)の他方の末端における重合性官能基および直鎖状分子(A2)の両末端における重合性官能基は、当該重合性官能基を介して直鎖状分子(A)と後述する水溶性重合性モノマー(D)とを共重合することができるものであれば、特に限定されない。かかる重合性官能基としては、例えば、(メタ)アクリロイル基、ビニル基、エポキシ基、アセチレン基、オキセタニル基等が好ましい。
【0027】
直鎖状分子(A1)は常法によって合成することができる。例えば、一方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子、または両方の末端に互いに異なる重合性官能基を有する直鎖状分子と、ブロック基用のキャッピング剤とを反応させ、一方の末端に上記重合性官能基を残し、他方の末端にブロック基を付加することにより、一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子(A1)を得ることができる。
【0028】
一例として、一方の末端にヒドロキシル基、他方の末端に(メタ)アクリロイル基を有する直鎖状分子と、イソシアネート基を有するジアルキルフェニル化合物とを混合し、所望により触媒を加え、両者を反応させることにより、一方の末端にブロック基としてのジアルキルフェニル基、他方の末端に重合性官能基としての(メタ)アクリロイル基を有する直鎖状分子(A1)が得られる。
【0029】
一方、両末端に重合性官能基を有する直鎖状分子(A2)は、市販のものをそのまま使用するか、例えば、直鎖状分子の両末端の非重合性官能基を重合性官能基に置換することにより得ることができる。
【0030】
一例として、両末端にヒドロキシル基を有する直鎖状分子と、イソシアネート基を有する(メタ)アクリロイル化合物とを混合し、所望により触媒を加え、両者を反応させることにより、両末端に重合性官能基としての(メタ)アクリロイル基を有する直鎖状分子(A2)が得られる。
【0031】
ここで、直鎖状分子(A)としては、一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子(A1)を単独で使用してもよいし、両末端に重合性官能基を有する直鎖状分子(A2)を単独で使用してもよいし、あるいは直鎖状分子(A1)および直鎖状分子(A2)を併用してもよい。
【0032】
環状分子(B)は、直鎖状分子(A)が2本以上貫通し得る開口部を有するものであり、すなわち、2本以上の直鎖状分子(A)を包接することができ、その状態で当該直鎖状分子(A)上を移動できるものである。なお、本明細書において、「環状分子」の「環状」は、実質的に「環状」であることを意味し、直鎖状分子(A)上で包接したまま移動可能であれば、環状分子(B)は完全には閉環でなくてもよく、例えば螺旋構造であってもよい。
【0033】
環状分子(B)の開口部の直径は、5〜100Åであることが好ましく、特に7〜70Åであることがより好ましく、8〜20Åであることが特に好ましい。開口部の直径がかかる範囲にあることで、2本以上の直鎖状分子(A)を包接することができ、かつ包接した直鎖状分子(A)が抜け難いものとなる。
【0034】
環状分子(B)としては、具体的には、γ−シクロデキストリン、あるいは、環状ポリエーテル、環状ポリエステル、環状ポリエーテルアミン、環状ポリアミン、ブドウ糖が環状につながったシクロアミロース、環状構造を有する高分子のデキストリン(高度分岐環状デキストリンを含む)等が好ましく挙げられる。中でも、2本以上の直鎖状分子(A)が串刺し状に貫通し易いことから、γ−シクロデキストリン、環状構造を有する高分子のデキストリン(高度分岐環状デキストリンを含む)およびクラウンエーテルがより好ましく、水中で容易に直鎖状分子(A)と包接錯体を形成することから、γ−シクロデキストリンが特に好ましい。これらの環状分子(B)は、高分子架橋前駆体(C)または高分子架橋体(E)中で2種以上混在していてもよい。
【0035】
ここで、γ−シクロデキストリンの開口部の直径が8.5〜9Åであり、2本のポリエチレングリコール鎖を包接できることは、Haradaら,「Double-stranded inclusion complexes of cyclodextrin threaded on poly(ethylene glycol)」, NATURE, 14 July 1994, Vol.370, p.126-128 に開示されている。一方、α−シクロデキストリンおよびβ−シクロデキストリンは、それらの開口部の直径が小さすぎることから、2本以上の直鎖状分子(A)を包接することは困難である。
【0036】
γ−シクロデキストリン以外の環状分子(B)の重量平均分子量(Mw)は、500〜10万であることが好ましく、特に1000〜5万であることが好ましい。重量平均分子量が500未満であると、開口部の直径が小さくなりすぎて、2本以上の直鎖状分子(A)を包接することが困難となる場合がある。一方、重量平均分子量が10万を超えると、開口部が大きくなりすぎて、直鎖状分子(A)の適切なブロック基を選択することが困難になる場合がある。
【0037】
一方、環状分子(B)は、水溶性であることが好ましいが、疎水性溶媒中で扱うことも許容される。フィルム厚の調整やフィルム製膜性の向上を考えると疎水性溶媒中で扱うことのほうが好ましい場合もあるからである。
【0038】
環状分子(B)の各種溶液への溶解性は、環状分子(B)の側鎖に高分子鎖および/または置換基を導入することにより調整することができる。かかる高分子鎖としては、例えば、オキシエチレン鎖、アルキル鎖、アクリル酸エステル鎖等が挙げられる。一方、上記置換基としては、例えば、水酸基、チオニル基、アミノ基、スルホニル基、ホスホニル基、アセチル基、アルキル基、トリチル基、トシル基、トリメチルシラン基、フェニル基等が挙げられる。
【0039】
以上説明した直鎖状分子(A)と環状分子(B)とを用意したら、直鎖状分子(A)および環状分子(B)を混合し、その全部又は一部について、環状分子(B)の開口部に直鎖状分子(A)が2本以上貫通した包接錯体を形成させることにより、高分子架橋前駆体(C)を製造する(図1・図2参照)。この高分子架橋前駆体(C)は、インターロック構造を形成するためのロタキサン構造を含む。
【0040】
このとき、2本以上の直鎖状分子(A)が一の環状分子(B)のみに包接されていてもよいし、一の直鎖状分子(A)が複数の環状分子(B)に包接されていてもよい。一の直鎖状分子(A)が複数の環状分子(B)に包接されている場合、一の環状分子(B)にて一緒に包接されている他の直鎖状分子(A)と、他の環状分子(B)にて一緒に包接されている他の直鎖状分子(A)とは、同じ直鎖状分子(A)であってもよいし、別の直鎖状分子(A)であってもよい。
【0041】
なお、高分子架橋前駆体(C)は上記の包接錯体が形成された構造を有することを特徴とするが、全ての環状分子(B)がそのような状態になっていることを要しない。すなわち、混合物としての環状分子(B)中において、一部の環状分子(B)の開口部に1本だけの直鎖状分子(A)が串刺し状に貫通された構造が含まれていてもよい。また、環状分子(B)に包接されない混合物としての直鎖状分子(A)が含まれていてもよい。
【0042】
環状分子(B)の配合量は、直鎖状分子(A)1質量部に対して、通常0.01〜30質量部であり、好ましくは0.05〜10質量部であり、特に好ましくは0.1〜5質量部である。環状分子(B)の配合量が、直鎖状分子(A)1質量部に対して0.01質量部未満であると、後述の高分子架橋体(E)としたときのインターロック構造部分が少なすぎ、ゲルを維持できないおそれがある。一方、環状分子(B)の配合量が、直鎖状分子(A)1質量部に対して30質量部を超える場合、後述の高分子架橋体(E)としたときのインターロック構造部分が多くなりすぎて、高分子の自由度が過度に制限され、十分な物性(伸縮性・柔軟性)が得られなくなるおそれがある。
【0043】
上記のような高分子架橋前駆体(C)の製造は、直鎖状分子(A)および環状分子(B)を溶媒中、例えば水、水酸化ナトリウム水溶液、ジメチルホルムアミド(DMF)と水の混合溶液、メタノールと水の混合溶液等(以下、「水系の溶媒」と称する場合がある)の中に存在させた状態にして(例えば、環状分子(B)の溶液に直鎖状分子(A)を添加して)、その溶液を撹拌することによって行うことができる。高分子架橋前駆体(C)が得られたことは、白色沈殿または白濁を生じることや、溶液の粘度が上昇することによって判断することができる。
【0044】
撹拌方法については特に制限はなく、常温または適当に制御された温度で、機械的撹拌処理、超音波処理などの方法で撹拌することができ、特に、超音波処理で撹拌することが好ましい。撹拌時間は、数分〜1時間の条件で行うことが好ましい。超音波の照射条件については特に制限はないが、周波数20〜40kHzで行うことが好ましい。
【0045】
上記のようにして高分子架橋前駆体(C)を製造したら、環状分子(B)に包接された直鎖状分子(A)の重合性官能基を介して、当該直鎖状分子(A)と、水溶性重合性モノマー(D)とを共重合し、高分子架橋体(E)を得る(図1・図2参照)。この高分子架橋体(E)は、インターロック構造としてのロタキサン構造を含む。
【0046】
本実施形態における水溶性重合性モノマー(D)とは、直鎖状分子(A)の重合性官能基を介して直鎖状分子(A)と共重合可能であり、かつ水系の溶媒に溶解可能な水溶性のモノマーをいう。水溶性重合性モノマー(D)の分子量は特に限定はされないが、計算値で50〜1,000程度であることが好ましい。この水溶性重合性モノマー(D)は、水溶性ビニルモノマーであることが好ましい。水溶性ビニルモノマーは、重合性官能基を有する直鎖状分子(A)と容易に共重合することができるからである。
【0047】
上記水溶性ビニルモノマーは、得られる高分子架橋体(E)が透明性等の光学特性に優れるとの観点から、水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーであることが好ましく、下限臨界溶液温度を有しない水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーであることが特に好ましい。なお、本明細書において、(メタ)アクリルとは、アクリルおよびメタクリルの両方を意味する。他の類似用語も同様である。
【0048】
ここで、水溶性(メタ)アクリル酸系モノマー以外の水溶性ビニルモノマーとしては、例えば、N−ビニルピロリドン、ビニルピリジン、ビニルピペリジン、ビニルイミダゾール等の窒素含有非(メタ)アクリル酸系水溶性モノマー、ビニルスルホン酸、スチレンスルホン酸等の硫黄含有非(メタ)アクリル系水溶性モノマー、ビニルホスホン酸等のリン含有非(メタ)アクリル系水溶性モノマーなどが挙げられ、中でも重合性、種々の樹脂との相溶性、製膜性などの観点から、窒素含有非(メタ)アクリル酸系水溶性モノマーが好ましく、N−ビニルピロリドンが特に好ましい。
【0049】
一方、水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーとしては、例えば、(メタ)アクリル酸、水酸基含有水溶性(メタ)アクリル酸エステル、アミノ基含有水溶性(メタ)アクリル酸エステル、スルホニル基含有水溶性(メタ)アクリル酸エステル、リン酸基含有水溶性(メタ)アクリル酸エステル、(メタ)アクリルアミド等を好ましく挙げることができる。
【0050】
高分子架橋前駆体(C)が主に水系の溶媒中で形成され、得られる高分子架橋前駆体の分散性や逆反応の抑制等を考慮すると、高分子架橋体(E)の合成も水系の溶媒中で扱うことが好ましい。水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーは、水系の溶媒にも溶解し、かつ、直鎖状分子(A)とも親和性を有するため、水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーによれば、高分子架橋前駆体(C)の合成で使用した水系の溶媒をそのまま使用して高分子架橋体(E)を得ることができる。
【0051】
ここで、下限臨界溶液温度とは、低温(下限臨界溶液温度未満)においては溶解した液体であるが、下限臨界溶液温度以上に加熱すると白濁または懸濁状態に変化する化合物の当該温度をいう。下限臨界溶液温度を有する化合物としては、N−イソプロピルアクリルアミドなどが知られている。
【0052】
水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーが下限臨界溶液温度を有すると、水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーと高分子架橋前駆体(C)とを熱重合させるときに、加熱により水系の溶媒から析出するおそれがある。また、紫外線照射等の光重合により、室温(23℃)においてフィルム化する場合に、ミクロには重合熱が発生して温度上昇が生じ、水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーが析出するおそれがある。これに対し、下限臨界溶液温度を有しない水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーを使用すると、上記のような問題が発生しない。なお、下限臨界溶液温度を有する水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーを、下限臨界溶液温度を有しない水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーと併用した場合には、下限臨界溶液温度を有する水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーによる悪影響が著しく緩和されることが期待される。
【0053】
下限臨界溶液温度を有しない水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーの具体例としては、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸(2−ヒドロキシエチル)、(メタ)アクリル酸(3−ヒドロキシプロピル)、(メタ)アクリル酸(4−ヒドロキシブチル)、(メタ)アクリル酸(ジエチレングリコール)、N,N−ジメチル(メタ)アクリルアミド、N−ヒドロキシ(メタ)アクリルアミド、(メタ)アクリル酸、アクリル酸(ホスホキシエチル)、アクリロイロキシホスホリルコリン、(メタ)アクリロイルオキシエチルトリメチルアンモニウムクロライド、(メタ)アクリロイルオキシエチルジメチルベンジルアンモニウムクロライド、(メタ)アクリロイルアミノエチルトリメチルアンモニウムクロライド、ジエチルアミノエチルアンモニウムメチルサルフェート、アクリルアミドメチルプロパンスルホン酸(塩)等を好ましく挙げることができる。中でも、水溶性、重合性、種々の樹脂との相溶性、製膜性などを考慮すると、N,N−ジメチル(メタ)アクリルアミドまたは(メタ)アクリル酸(2−ヒドロキシエチル)が特に好ましい。
【0054】
水溶性重合性モノマー(D)の配合量は、直鎖状分子(A)1質量部に対して、通常0.01〜500質量部であり、好ましくは0.1〜100質量部であり、特に好ましくは1〜50質量部である。水溶性重合性モノマー(D)の配合量が、直鎖状分子(A)1質量部に対して0.01質量部未満であると、製膜性が悪化するおそれがあり、500質量部を超えると、相対的にインターロック構造部位が少なくなりすぎ、ゲルの維持が困難になるおそれがある。
【0055】
上記水溶性重合性モノマー(D)を、高分子架橋前駆体(C)中の直鎖状分子(A)に含まれる重合性官能基を介して共重合すると、水溶性重合性モノマー(D)を構成単位として含む高分子架橋体(E)が得られる。この高分子架橋体(E)は、従来の化学的な架橋構造により作製した化学ゲルよりも、相反する物性である弾性係数と破断伸度との両方を同時に大きくすることができる、すなわち高い機械的強度と柔軟性とを併せ持つという優れた特性を有する。
【0056】
図1に示すように、直鎖状分子(A1)を使用した場合の高分子架橋体(E)は、具体的には、環状分子(B)の開口部に、側鎖末端にブロック基を有する第1の高分子の側鎖が串刺し状に貫通し、かつ、同一の環状分子(B)の開口部に、側鎖末端にブロック基を有する第2の高分子の側鎖が串刺し状に貫通し(同一の環状分子(B)がさらに第3の高分子、第4の高分子・・・第nの高分子等と同様な包接錯体を形成している場合も含む)、すなわち、同一の環状分子(B)の開口部に別個の高分子の側鎖が包接されてなる構造(ロタキサン構造)を有する。これにより、第1の高分子と第2の高分子とは、同一の環状分子(B)を介して可動性をもって機械的に結合された構造(インターロック構造)を形成する。環状分子(B)を貫通する側鎖は、直鎖状分子(A1)由来である。そして、第n(nは1、2を含む整数)の高分子の主鎖の少なくとも1箇所に、水溶性重合性モノマー(D)が含まれる。第nの高分子の主鎖は、水溶性重合性モノマー(D)の重合体であってもよいし、水溶性重合性モノマー(D)と直鎖状分子(A1)との共重合体であってもよいし、直鎖状分子(A1)の重合体であってもよい。なお、第nの高分子の側鎖は、直鎖状分子(A)由来である。得られる高分子架橋体(E)は、新規物質である。
【0057】
また、図2に示すように、直鎖状分子(A2)を使用した場合の高分子架橋体(E)は、具体的には、環状分子(B)の開口部に、第1の高分子と第2の高分子とを連結(架橋)する連結鎖が串刺し状に貫通し、かつ、同一の環状分子(B)の開口部に、第3の高分子と第4の高分子とを連結(架橋)する連結鎖が串刺し状に貫通し(同一の環状分子(B)がさらに第5の高分子および第6の高分子、第7の高分子および第8の高分子、・・・第nの高分子および第n+1の高分子等と同様な包接錯体を形成している場合も含む)、すなわち、同一の環状分子(B)の開口部に別個の高分子ペアの連結鎖が包接されてなる構造(ロタキサン構造)を有する。これにより、第1の高分子および第2の高分子のペアと、第3の高分子および第4の高分子のペアとは、同一の環状分子(B)を介して可動性をもって機械的に結合された構造(インターロック構造)を形成する。環状分子(B)を貫通する連結鎖は、直鎖状分子(A2)由来である。そして、第n(nは1、2を含む整数)の高分子の主鎖の少なくとも1箇所に、水溶性重合性モノマー(D)が含まれる。第nの高分子の主鎖は、水溶性重合性モノマー(D)の重合体であってもよいし、水溶性重合性モノマー(D)と直鎖状分子(A2)との共重合体であってもよいし、直鎖状分子(A2)の重合体であってもよい。なお、第nの高分子と第n+1の高分子との連結鎖は、直鎖状分子(A)由来である。得られる高分子架橋体(E)は、新規物質である。
【0058】
高分子架橋前駆体(C)中の直鎖状分子(A)と、水溶性重合性モノマー(D)との重合反応は常法によって行えばよく、通常はラジカル重合によって反応させる。例えば、高分子架橋前駆体(C)および水溶性重合性モノマー(D)を含有する溶液に、所望により光重合開始剤を添加して紫外線を照射することにより、あるいは、熱重合開始剤を添加して加熱することにより、直鎖状分子(A)と水溶性重合性モノマー(D)とは共重合する。
【0059】
光重合開始剤としては、通常使用されるものであれば特に制限されることなく、例えば、ベンゾフェノン、アセトフェノン、ベンゾイン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテル、ベンゾイン安息香酸、ベンゾイン安息香酸メチル、ベンゾインジメチルケタール、2,4−ジエチルチオキサンソン、1−ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、ベンジルジフェニルサルファイド、テトラメチルチウラムモノサルファイド、アゾビスイソブチロニトリル、ベンジル、ジベンジル、ジアセチル、β−クロールアンスラキノン、4−(2−ヒドロキシエトキシ)−フェニル(2−ヒドロキシ−2−プロピル)ケトン、(2,4,6−トリメチルベンジルジフェニル)フォスフィンオキサイド、2−ベンゾチアゾール−N,N−ジエチルジチオカルバメート等を使用することができる。なお、光重合開始剤は、1種類を単独で用いてもよいし、2種類以上を併用してもよい。
【0060】
上記紫外線は、高圧水銀ランプ、フュージョンHランプ、キセノンランプなどで得られ、照射量は、通常100〜500mJ/cmである。
【0061】
一方、熱重合開始剤としては、通常使用されるものであれば特に制限されることなく、例えば、過硫酸カリウム、過酸化ベンゾイル、アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)等を使用することができる。熱重合開始剤を使用する場合の加熱温度は、熱重合開始剤の分解温度によって適宜選択すればよいが、通常0〜130℃程度である。また、加熱時間は、熱重合開始剤の半減期にもよるが、通常1分〜24時間程度である。
【0062】
上記光重合開始剤および熱重合開始剤のいずれも、直鎖状分子(A)および水溶性重合性モノマー(D)の合計100質量部に対して、通常0.1〜50質量部の割合で配合され、好ましくは0.5〜20質量部の割合で配合される。
【0063】
高分子架橋体(E)の精製は常法によって行えばよく、例えば、水、テトラヒドロフランおよびジメチルホルムアミドで順次洗浄すればよい。
【0064】
以上の方法によれば、擬ロタキサンや2個以上の環状部分を有するポリマーの合成を経ることなく、環状分子(B)と直鎖状分子(A)とを混合攪拌するだけで、簡便に高分子架橋前駆体(C)を製造することができ、さらに得られた高分子架橋前駆体(C)の直鎖状分子(A)と水溶性重合性モノマー(D)とを共重合することで、インターロック構造を有するロタキサン構造を含む高分子架橋体(E)を簡便に製造することができる。
【0065】
得られる高分子架橋体(E)においては、同一の環状分子(B)の開口部に2本以上の高分子の側鎖または連結鎖が貫通することで、物理的な架橋構造が形成される。物理的な架橋構造であっても、架橋部位を所定割合以上設けることにより、化学的な架橋構造と同等以上の弾性係数を有する高分子架橋体(E)を得ることができる。特に当該高分子架橋体(E)においては、環状分子同士が連結されていないため、架橋部位の偏りを低減させることができ、より効率的に弾性係数を増加させることができる。なお、弾性係数は成形体の剛性を表す指標であり、その数値が大きいほど剛性が高いことを表す。
【0066】
一方、化学的な架橋構造においては、通常、架橋部位を増やして弾性係数を大きくした場合、得られる成形体は伸縮性・柔軟性が乏しく、破断伸度の小さいものとなる。しかし、本実施形態に係る高分子架橋体(E)の架橋構造は、物理的な架橋構造であるため、化学的な架橋構造による場合に比べ、架橋部位での自由度が大きく、さらに環状分子(B)がその高分子の側鎖または連結鎖上を移動し得るという特徴を有する。そのため、高分子架橋体(E)は弾性係数が大きいにも関わらず、破断伸度が大きく、伸縮性・柔軟性に優れたものとなる。特に、複数の環状分子(B)同士は化学結合を介して互いに連結されているわけではないので、高分子架橋体(E)は、より伸縮性・柔軟性に優れる。
【0067】
上記のような高分子架橋体(E)を使用して形成した材料は、例えば、ゲル材料、医療材料、電子材料、建装材、光学部材、光学フィルム、塗料、接着剤、粘着剤等、種々の用途に使用可能である。
【0068】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするために記載されたものであって、本発明を限定するために記載されたものではない。したがって、上記実施形態に開示された各要素は、本発明の技術的範囲に属する全ての設計変更や均等物をも含む趣旨である。
【実施例】
【0069】
以下、実施例等により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例等に限定されるものではない。
【0070】
〔実施例1〕
(1)直鎖状分子(A1)の合成
ポリエチレングリコール(PEG;和光純薬工業社製,Mn:1000)5gを塩化メチレン50mlに溶解させ、この溶液に3,5−ジメチルフェニルイソシアネート(Aldrich社製)1.6gと、錫触媒であるジブチル錫ジラウレート(東京化成社製)200mgとを加え、室温で20時間攪拌した。続いて、その溶液に2−メタクリロイルオキシエチルイソシアネート(昭和電工社製,製品名「カレンズMOI」)1.7gと、ジブチル錫ジラウレート(東京化成社製)100mgとを加え、更に室温で20時間撹拌した。得られた溶液を濃縮後、−75℃に冷却したジエチルエーテルに沈澱させて沈殿物を回収し、一方の末端に3,5−ジメチルフェニル基からなるブロック基を有し、他方の末端にメタクリロイル基を有するポリエチレングリコール(以下「MA−PEG−DPI」という;直鎖状分子(A1))3.8gを得た。
【0071】
(2)高分子架橋前駆体(C)の製造
環状分子(B)としてのγ−シクロデキストリン(γ−CD;ナカライテスク社製)98.5mg(0.076mmоl)を0.1Mの水酸化ナトリウム水溶液1mlに溶解させ、この溶液に直鎖状分子(A1)269mg(0.21mmоl)を加え、機械的に攪拌しながら超音波照射(35Hz)を5分行ったところ、溶液が白濁した。このような白濁物は、環状分子(B)が2本以上の直鎖状分子(A1)を包接してなる高分子架橋前駆体(C)を含むものであると考えられる。直鎖状分子(A1)および環状分子(B)は、いずれも水溶性であり、単独では水中にて無色透明だからである。
【0072】
(3)高分子架橋体(E)の製造
上記白濁物に、水溶性重合性モノマー(D)としてN,N−ジメチルアクリルアミド(DMAA)2.0g(20mmоl)を加え、均一になるまで攪拌した。次いで、光重合開始剤である1−ヒドロキシ−シクロヘキシル−フェニル−ケトン/ベンゾフェノン共融混合物(チバ・スペシャリティー・ケミカルズ社製,製品名「IRGACURE 500」)40μlを加え、撹拌後、紫外線を3分間照射した(照射条件:照度3.0mW/cm,光量500mJ/cm)。これにより、透明なフィルム状のゲルを得た。
【0073】
得られたゲルは、上記高分子架橋前駆体(C)における直鎖状分子(A1)の重合性官能基(メタクリロイル基)を介して、直鎖状分子(A1)と水溶性重合性モノマー(D)とが共重合してなる高分子架橋体(E)(環状分子(B)に、末端にブロック基を有する高分子の側鎖が2本以上包接され、水溶性重合性モノマー(D)の重合体がその高分子の主鎖を構成してなる高分子架橋体(E))であると考えられる。
【0074】
得られたゲル(高分子架橋体(E))を、それを得るために用いた水溶液から単離し、水、テトラヒドロフランおよびジメチルホルムアミドに順次浸漬して洗浄し、その後乾燥させて高分子架橋体フィルム(厚さ:1.0mm,非延伸)を得た。
【0075】
〔実施例2〜9,比較例1〜2,参考例〕
直鎖状分子(A)、環状分子(B)、水溶性重合性モノマー(D)、重合開始剤および溶媒の種類および/または使用量を表1に示すように変更する以外、実施例1と同様にして高分子架橋体フィルムを製造した。
【0076】
なお、実施例3では、直鎖状分子(A)として、MA−PEG−DPIの替わりに、以下のようにして合成した、両末端にメタクリロイル基を有するポリエチレングリコール(以下「MA−PEG−MA」という。)を用いた。
【0077】
〔MA−PEG−MAの合成〕
ポリエチレングリコール(PEG;和光純薬工業社製,Mn:1000)5gを塩化メチレン50mlに溶解させ、この溶液に2−メタクリロイルオキシエチルイソシアネート(昭和電工社製,製品名「カレンズMOI」)3.4gと、ジブチル錫ジラウレート(東京化成社製)300mgとを加え、室温で20時間撹拌した。撹拌後の溶液を濃縮し、その後、−75℃に冷却したジエチルエーテル中に沈澱させ、その沈殿物を回収した。このようにして、両末端にメタクリロイル基を有するポリエチレングリコール(直鎖状分子(A2))4.1gを合成した。
【0078】
実施例5では、直鎖状分子(A)として、MA−PEG−DPIの替わりに、以下のようにして合成したMA−PEG440−DPIを用いた。
【0079】
〔MA−PEG440−DPIの合成〕
ポリエチレングリコールメタクリレート(アルドリッチ社製,Mn:526、PEG部位Mn:440)3.5gを塩化メチレン15mlに溶解させ、この溶液に3,5−ジメチルフェニルイソシアネート(Aldrich社製)1.2gと、錫触媒であるジブチル錫ジラウレート(東京化成社製)200mgとを加え、室温で20時間攪拌した。反応溶液を濾過した後、蒸発乾燥し、ヘキサンを加えて洗浄を行った。このようにして、透明粘性液体である、一方の末端に3,5−ジメチルフェニル基からなるブロック基を有し、他方の末端にメタクリロイル基を有するポリエチレングリコール(MA−PEG440−DPI)3.0gを合成した。
【0080】
実施例7および8では、光重合開始剤に替えて熱重合開始剤として、過硫酸カリウム(KPS)23mg、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン24μLを使用し、光照射に替えて、室温(23℃)下で一晩静置した。実施例9では、水溶性重合性モノマー(D)として、N−ビニルピロリドン(NVP)を使用した。
【0081】
比較例1では、環状分子(B)を使用せず、その一方でポリエチレングリコールジアクリレート(PEG400DA:ダイセル・ユーシービー社製)を使用した。比較例2では、環状分子(B)として、α−シクロデキストリン(α−CD;ナカライテスク社製)を使用した。
【0082】
参考例では、環状分子(B)の替わりに、次のようにして合成した環状部分含有オリゴマーを使用した。参考例の高分子架橋フィルムは、特許文献2で開示されるものと同一のものである。
【0083】
〔環状部分含有オリゴマーの合成〕
α−シクロデキストリン(ナカライテスク社製)5gをジメチルホルムアミド50mlに溶解させ、この溶液にトリレン2,4−ジイシアネート末端ポリプロピレングリコール(Aldrich社製,Mn:1,000)3.4gと、錫触媒であるジブチル錫ジラウレート(東京化成社製)200mgとを加え、20時間室温で攪拌した。この反応溶液をジエチルエーテルに注いで沈殿させ、回収した固体を乾燥させた後、水で洗浄して再び乾燥させた。このようにして、環状部分としてα−シクロデキストリン、連結部分分子としてポリプロピレングリコールを有する、環状部分が約4個つながった環状部分含有オリゴマー4.6gを合成した。
【0084】
〔試験例1〕
実施例および比較例で得られた高分子架橋体フィルムを、23℃、50%RHの雰囲気下で2週間放置した。その後、高分子架橋体フィルムから10mm幅×75mm長のサンプルを切り出した。当該サンプルを、サンプル測定範囲が10mm幅×20mm長になるように引張試験機(島津製作所社製,オートグラフAG−IS)セットし、23℃、50%RHの環境下、試験速度100mm/分にてJIS K−7127に準拠して破断伸度(%)を測定した。結果を表1に示す。
【0085】
また、破断伸度の測定にて得られた応力−ひずみ曲線の初期勾配から、弾性係数を導出した。結果を表1に示す。
【0086】
【表1】

【0087】
表1から明らかなように、実施例の高分子架橋体フィルムは、環状部分含有オリゴマー等を合成する必要がなく、簡単に製造することができるにもかかわらず、大きな破断伸度および弾性係数を有するものであった。一方、比較例1では、インターロック構造ではなく、化学的な架橋構造のみを介することから破断伸度に劣るものとなった。比較例2では、環状分子(B)としてγ−シクロデキストリンに替えてα−シクロデキストリンを使用したため、紫外線照射後、フィルム状のゲル(高分子架橋体フィルム)を、その製造に用いた水溶液から単離することができなかった。これは、α−シクロデキストリンでは、開口部が小さすぎて、1つの環状分子(B)に2本以上の直鎖状分子(A)が挿入された構造を形成することができなかったため、本発明のインターロック構造が形成できなかったものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明は、応力緩和性に優れた高分子架橋体の製造に好適である。また、得られる高分子架橋体は、応力緩和性に優れたフィルム等として使用でき、例えば、ゲル材料、医療材料、光学材料等として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子および/または両末端に重合性官能基を有する直鎖状分子と、前記直鎖状分子が2本以上貫通し得る開口部を有する環状分子とを混合し、その全部又は一部について、前記環状分子の開口部に前記直鎖状分子が2本以上貫通した包接錯体を形成させ、
次いで、前記直鎖状分子の重合性官能基を介して、前記直鎖状分子と水溶性重合性モノマーとを共重合する
ことを特徴とする高分子架橋体の製造方法。
【請求項2】
一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子および/または両末端に重合性官能基を有する直鎖状分子と、前記直鎖状分子が2本以上貫通し得る開口部を有する環状分子とを混合して得られた高分子架橋前駆体の前記直鎖状分子の重合性官能基を介して、前記直鎖状分子と水溶性重合性モノマーとを共重合させることにより得られることを特徴とする高分子架橋体。
【請求項3】
前記水溶性重合性モノマーが、水溶性ビニルモノマーであることを特徴とする請求項2に記載の高分子架橋体。
【請求項4】
前記水溶性ビニルモノマーが、下限臨界溶液温度を有しない水溶性(メタ)アクリル酸系モノマーであることを特徴とする請求項3に記載の高分子架橋体。
【請求項5】
前記環状分子の開口部の直径が、5〜100Åであることを特徴とする請求項2〜4のいずれか一項に記載の高分子架橋体。
【請求項6】
前記環状分子が、γ−シクロデキストリン、環状ポリエーテル、環状ポリエステル、環状ポリエーテルアミン、環状ポリアミン、シクロアミロースおよび環状構造を有する高分子のデキストリンからなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項2〜5のいずれか一項に記載の高分子架橋体。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−188524(P2012−188524A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−52473(P2011−52473)
【出願日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【出願人】(000102980)リンテック株式会社 (1,750)
【Fターム(参考)】