説明

高分子架橋前駆体、高分子架橋体およびそれらの製造方法

【課題】簡便に製造し得るロタキサン構造を含む高分子架橋体およびその製造方法、ならびにその高分子架橋体の製造方法に使用することのできる高分子架橋前駆体およびその製造方法を提供する。
【解決手段】2個以上の環状部分を有するポリマー(A)と、一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子(B)とを混合し、少なくとも一部に包接錯体を有する高分子架橋前駆体(C)を製造し、次いで、直鎖状分子(B)の重合性官能基を重合し、ロタキサン構造を含む高分子架橋体(D)を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロタキサン構造を含む高分子架橋体およびその製造方法、ならびにロタキサン構造を含む高分子架橋体の製造に使用可能な高分子架橋前駆体およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、環状分子としてシクロデキストリン、環状分子に包接される直鎖状分子としてポリエチレングリコールを用いたポリロタキサンを架橋した、ロタキサン構造を含む高分子架橋体(高分子ゲル)が開示されている。
【0003】
この高分子ゲルは、従来の物理ゲルまたは化学ゲルとは違い、非共有結合および共有結合のいずれも利用しない機械的な結合(インターロック構造)で構成されており、環状分子が直鎖状分子上を自由に動けることから、従来にない優れた柔軟性を示し得る。
【特許文献1】特許第3475252号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の高分子ゲルを製造するには、擬ポリロタキサンを合成および単離し、その擬ポリロタキサンを別の溶媒に再度溶解した後、キャッピング剤を用いて末端をキャッピングすることによりポリロタキサンを得て、再度、単離精製し、さらに架橋剤を作用させてポリロタキサンのシクロデキストリン部分を架橋させる必要があった。工業化を考えた場合、このような多段階の反応は製造コストの面から非常に不利であるし、また、各段階の収率も決して高いものではなかった。
【0005】
このようなことから、インターロック構造を有する高分子架橋体(高分子ゲル)を、より簡便に製造できる方法が強く望まれていた。
【0006】
本発明は、このような実状に鑑みてなされたものであり、簡便に製造し得るインターロック構造を有する高分子架橋体およびその製造方法、ならびにその高分子架橋体の製造方法に使用することのできる高分子架橋前駆体およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、第1に本発明は、2個以上の環状部分を有するポリマーと、一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子とを混合し、その全部又は一部について包接錯体を形成させることを特徴とする高分子架橋前駆体の製造方法を提供する(請求項1)。
【0008】
上記発明(請求項1)によれば、インターロック構造を有するロタキサン構造を含む高分子架橋体の製造に使用することのできる高分子架橋前駆体を、擬ロタキサンの合成を経ることなく、簡便に製造することができる。
【0009】
第2に本発明は、2個以上の環状部分を有するポリマーと、一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子とを混合し、その全部又は一部について包接錯体を形成させ、次いで、前記直鎖状分子の重合性官能基を重合することを特徴とする高分子架橋体の製造方法を提供する(請求項2)。
【0010】
上記発明(請求項2)によれば、擬ロタキサンの合成及び単離を経ることなく、かつ、別に架橋剤を使用することなく一段階でインターロック構造を有するロタキサン構造を含む高分子架橋体を簡便に製造することができる。
【0011】
第3に本発明は、2個以上の環状部分を有するポリマー、及び一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する、前記ポリマーと包接錯体を形成可能な直鎖状分子を混合して得られることを特徴とする高分子架橋前駆体を提供する(請求項3)。
【0012】
上記発明(請求項3)に係る高分子架橋前駆体によれば、直鎖状分子を、当該直鎖状分子が末端に有する重合性官能基を介して重合するだけで、簡便にインターロック構造を有する高分子架橋体を製造することができる。
【0013】
上記発明(請求項3)において、前記ポリマーにおける2個以上の前記環状部分は連結部分によって連結されていることが好ましい(請求項4)。
【0014】
上記発明(請求項3,4)において、前記ポリマーの環状部分は、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリンおよびγ−シクロデキストリンからなる群から選ばれる少なくとも1種、または環状ポリエーテル、環状ポリエステル、環状ポリエーテルアミンおよび環状ポリアミンからなる群から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい(請求項5)。
【0015】
上記発明(請求項4,5)において、前記ポリマーの連結部分は、前記環状部分と包接錯体を作らない分子からなることが好ましい(請求項6)。
【0016】
第4に本発明は、2個以上の環状部分を有するポリマー、及び一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する、前記ポリマーと包接錯体を形成可能な直鎖状分子を混合して得られた高分子架橋前駆体の前記直鎖状分子の重合性官能基を重合させることにより得られることを特徴とする高分子架橋体を提供する(請求項7)。
【0017】
上記発明(請求項7)に係る高分子架橋体は、高分子架橋前駆体の直鎖状分子を、当該直鎖状分子が末端に有する重合性官能基を介して重合するだけで、簡便に製造することができる。当該高分子架橋体は柔軟性に優れ、当該高分子架橋体を使用して形成したプラスチック材料は応力緩和性等に優れる。
【0018】
第5に本発明は、2個以上の環状部分を有するポリマーにおける前記環状部分の開口部に、側鎖末端にブロック基を有する第1の高分子の少なくとも1つの側鎖が串刺し状に貫通し、かつ、同一の前記環状部分を有するポリマーの残り少なくとも1個の前記環状部分の開口部に、側鎖末端にブロック基を有する第2の高分子の少なくとも1つの側鎖が串刺し状に貫通した構造を有する高分子架橋体を提供する(請求項8)。
【0019】
上記発明(請求項8)に係る高分子架橋体は、ポリマーの環状部分が高分子の側鎖上を移動し得るため柔軟性に優れ、したがって、当該高分子架橋体を使用して形成したプラスチック材料は応力緩和性等に優れる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、その全部又は一部に包接錯体を有する高分子架橋前駆体、ひいてはインターロック構造を有する高分子架橋体を、簡便に効率良く製造することができる。また、本発明によれば、その全部又は一部に包接錯体を有する新規な高分子架橋前駆体および高分子架橋体が得られる。得られる高分子架橋体は柔軟性に優れ、当該高分子架橋体を使用して形成したプラスチック材料は応力緩和性等に優れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について説明する。
本発明の一実施形態に係る高分子架橋体は、図1に模式的に示す方法により製造することができる。
【0022】
最初に、2個以上の環状部分を有するポリマー(以下「ポリマー(A)」という。)と、一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子(以下「直鎖状分子(B)」という。)とを用意する(図1参照)。
【0023】
ポリマー(A)の環状部分は、直鎖状分子(B)を包接することができ、その状態で当該直鎖状分子(B)上を移動できるものである。なお、本明細書において、「環状部分」の「環状」は、実質的に「環状」であることを意味し、直鎖状分子(B)上で移動可能であれば、環状部分は完全には閉環でなくてもよく、例えば螺旋構造であってもよい。また、本発明のポリマー(A)は、後述するとおり比較的大きな分子量を有する環状分子を構成部分とする多量体であり、繰り返し数が少なくても自身の分子量が巨大となる。本発明のポリマー(A)とは、このために行った便宜上の名称であって、2〜10量体程度のオリゴマー領域の繰り返し数のものも含むものである。
【0024】
環状部分としては、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン、γ−シクロデキストリン等のシクロデキストリン、あるいは、環状ポリエーテル、環状ポリエステル、環状ポリエーテルアミン、環状ポリアミン等の環状分子が好ましく、これらの環状部分は、ポリマー(A)中または高分子架橋前駆体(C)もしくは高分子架橋体(D)中で2種以上混在していてもよい。
【0025】
上記環状部分がシクロデキストリンである場合には、シクロデキストリンの水酸基に、ポリマー(A)の直鎖状分子(B)に対する溶解性を向上させることのできる高分子鎖および/または置換基が導入されたものであってもよい。かかる高分子鎖としては、例えば、オキシエチレン鎖、アルキル鎖、アクリル酸エステル鎖等が挙げられる。一方、上記置換基としては、例えば、アセチル基、アルキル基、トリチル基、トシル基、トリメチルシラン基、フェニル基等が挙げられる。
【0026】
上記環状部分のシクロデキストリン以外の具体例としては、クラウンエーテルまたはその誘導体、カリックスアレーンまたはその誘導体、シクロファンまたはその誘導体、クリプタンドまたはその誘導体等が挙げられる。
【0027】
環状部分としては、直鎖状分子が串刺し状に貫通し易いことからα-シクロデキストリン、β-シクロデキストリン、γ-シクロデキストリン、及びクラウンエーテルが好ましく、水中で容易に直鎖状分子と包接錯体を形成することからα−シクロデキストリン、β-シクロデキストリン、及びγ-シクロデキストリンが特に好ましい。
【0028】
ポリマー(A)中における環状部分の個数は、2個以上であり、好ましくは3〜50個、特に好ましくは4〜10個である。環状部分が2個以上あることで、それによって複数の直鎖状分子(B)を包接することができ、その直鎖状分子(B)を重合させることで、複数のポリマー(A)が互いに結び付けられ、架橋構造が構成される。環状部分が3個以上あると、架橋構造が密になるため、得られる高分子架橋体(D)の応力緩和性を阻害することなく、強度を向上させることができるためにより好ましい。
【0029】
ポリマー(A)の構造としては、2個以上の環状部分が連結部分によって連結されている構造が好ましい。連結部分は、環状部分と包接錯体を作らない又は作り難い分子であることが好ましい。このような分子を使用することにより、ポリマー(A)を合成するときに、環状部分の開口部を開口部としたまま、環状部分を連結することができる。
【0030】
連結部分は、前記環状部分と包接錯体を作らない分子が好ましく用いられる。該分子としては、直鎖状であってもよいし、分岐鎖状であってもよいが、ある程度かさ高い側鎖を有することが好ましい。例えば、前記環状部分がα-シクロデキストリンの場合には、メチル基よりかさ高い側鎖を有することが好ましい。すなわち、前記環状部分と包接錯体を作らないという観点から、好ましい連結部分としては、ポリプロピレングリコール、ポリアクリル酸エステル、ポリジメチルシロキサン、ポリイソプレン等が挙げられ、中でも特にポリプロピレングリコールが好ましい。
【0031】
1つの連結部分の数平均分子量(Mn)は、100〜100,000であることが好ましく、特に500〜10,000であることが好ましい。連結部分の数平均分子量が100未満であると、ポリマー(A)の環状部分の開口部が近接しすぎるため架橋構造をとり難く、また、インターロック構造に基づく効果が十分に発揮されないおそれがあり、100,000を超えると、直鎖状分子(B)等との相溶性が悪くなり架橋構造の形成が困難となるおそれがある。
【0032】
ポリマー(A)の質量平均分子量(Mw)は、環状部分の種類にも依存するが、通常、1,000〜1,000,000であることが好ましく、特に3,000〜100,000であることが好ましい。ポリマー(A)の質量平均分子量が1,000未満であると、環状部分の個数が2未満となる場合が多く、インターロック構造を形成することができないおそれがあり、また、できたとしても架橋部分が非常に近接するためインターロック構造に基づく効果が十分に発揮できないおそれがある。一方、ポリマー(A)の質量平均分子量が1,000,000を超えると、直鎖状分子(B)等との相溶性が悪くなり架橋構造の形成が困難となるおそれがある。
【0033】
ポリマー(A)は常法によって合成することができる。例えば、官能基を有する、環状部分を構成する分子(環状分子)と、当該環状分子の官能基と反応し得る反応性基を末端に有する、連結部分を構成する分子(連結分子)とを反応させることにより、ポリマー(A)が得られる。具体的には、環状部分がα−シクロデキストリンであり、連結部分がポリプロピレングリコールであるポリマー(A)を合成する場合、α−シクロデキストリンと、末端に反応性基を有するポリプロピレングリコールとを混合し、所望により触媒を加え、両者を反応させることにより、ポリマー(A)が得られる。
【0034】
連結分子と結合する環状分子の官能基としては、例えば、ヒドロキシル基、カルボキシル基、アミノ基、チオール基等が好ましく、連結分子の末端の反応性基としては、例えば、イソシアネート基、エポキシ基、アジリジン基等が好ましい。連結分子としては、例えば、キシリレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート等のイソシアネート系化合物、エチレングリコールジグリシジルエーテル、プロピレングリコールジグリシジルエーテル、1,6−ヘキサンジオールグリシジルエーテル等のエポキシ系化合物、N,N−ヘキサメチレン−1,6−ビス(1−アジリジンカルボキシアミド)等のアジリジン系化合物を末端に有するものを使用することができる。
【0035】
直鎖状分子(B)は、ポリマー(A)の環状部分に包接され、共有結合等の化学結合でなく機械的な結合で一体化することができる直鎖状の分子または物質であって、かつ一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有するものである。なお、本明細書において、「直鎖状分子」の「直鎖」は、実質的に「直鎖」であることを意味する。すなわち、直鎖状分子(B)上でポリマー(A)の環状部分が移動可能であれば、直鎖状分子(B)は分岐鎖を有していてもよい。
【0036】
直鎖状分子(B)の両末端に該当するブロック基と重合性官能基を除いた部分(本体部分)としては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリイソプレン、ポリイソブチレン、ポリブタジエン、ポリテトラヒドロフラン、ポリアクリル酸エステル、ポリジメチルシロキサン、ポリエチレン、ポリプロピレン等が好ましく、これらの本体部分を有する直鎖状分子(B)は、高分子架橋前駆体(C)または高分子架橋体(D)中で2種以上混在していてもよい。
【0037】
直鎖状分子(B)の本体部分の数平均分子量(Mn)は、100〜300,000であることが好ましく、特に200〜200,000であることが好ましく、さらには300〜100,000であることが好ましい。数平均分子量が100未満であると、環状部分の直鎖状分子(B)上での移動量が小さくなり、得られる高分子架橋体(D)において柔軟性が十分に得られないおそれがある。また、数平均分子量が300,000を超えると、溶媒への溶解性が悪くなるおそれがある。
【0038】
ブロック基は、直鎖状分子(B)を包接しているポリマー(A)の環状部分が離脱せず、包接錯体の形態を保持し得る基であれば、特に限定されない。このような基としては、嵩高い基、イオン性基等が挙げられる。
【0039】
ブロック基としては、例えば、ジアルキルフェニル基類、ジニトロフェニル基類、シクロデキストリン類、アダマンタン基類、トリチル基類、フルオレセイン類、ピレン類、アントラセン類等が好ましく、これらのブロック基は、包接錯体または高分子架橋体中で2種以上混在していてもよい。直鎖状分子(B)の片末端に結合してブロック基を形成するキャッピング剤としては、例えば、ジメチルフェニルイソシアネート、トリチルフェニルイソシアネート、2,4-ジニトロフルオロベンゼン、アダマンタンアミン等が好適に用いられる。
【0040】
重合性官能基は、当該重合性官能基を介して直鎖状分子(B)を互いにまたは他の分子と重合することができるものであれば、特に限定されない。かかる重合性官能基としては、例えば、(メタ)アクリロイル基、ビニル基、エポキシ基、アセチレン基、オキセタニル基等が好ましい。
【0041】
直鎖状分子(B)は常法によって合成することができる。例えば、一方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子、または両方の末端に互いに異なる重合性官能基を有する直鎖状分子と、ブロック基用のキャッピング剤とを反応させ、一方の末端に上記重合性官能基を残し、他方の末端にブロック基を付加することにより、直鎖状分子(B)を得ることができる。
【0042】
一例として、一方の末端にヒドロキシル基、他方の末端に(メタ)アクリロイル基を有する直鎖状分子と、イソシアネート基を有するジアルキルフェニル基類とを混合し、所望により触媒を加え、両者を反応させることにより、一方の末端にブロック基としてのジアルキルフェニル基、他方の末端に重合性官能基としての(メタ)アクリロイル基を有する直鎖状分子(B)が得られる。
【0043】
以上説明したポリマー(A)と直鎖状分子(B)とを用意したら、ポリマー(A)および直鎖状分子(B)を混合し、その全部又は一部について包接錯体を形成することにより高分子架橋前駆体(C)を製造する。すなわち、ポリマー(A)の環状部分の1個の開口部を直鎖状分子(B)で串刺し状に貫通して、かつ、ポリマー(A)の環状部分の残りの開口部の少なくとも1個を別の直鎖状分子(B)で貫通し、前記2個以上の直鎖状分子(B)が同一のポリマー(A)の複数の環状部分に包接された構造を有する高分子架橋前駆体(C)を製造する(図1参照)。かかる高分子架橋前駆体(C)は、新規物質である。
【0044】
なお、高分子架橋前駆体(C)は前記の包接錯体が形成された構造を有することを特徴とするが、ポリマー(A)の環状部分の全ての開口部がそのような状態になっていることを要しない。すなわち、混合物としてのポリマー(A)中において、その環状部分の開口部の1個にしか直鎖状分子(B)が串刺し状に貫通されていない構造、さらには、ポリマー(A)の環状部分の開口部に直鎖状分子(B)が全く串刺し状に貫通されていない構造を有していても良いし、あるいは、ポリマー(A)に包接されない混合物としての直鎖状分子(B)が含まれていても良い。
【0045】
上記のような高分子架橋前駆体(C)の製造は、ポリマー(A)および直鎖状分子(B)を溶媒中、例えば水、水酸化ナトリウム水溶液、DMFと水の混合溶液、メタノールと水の混合溶液等の中に存在させた状態にして(例えば、ポリマー(A)の溶液に直鎖状分子(B)を添加して)、その溶液を撹拌することによって行うことができる。高分子架橋前駆体(C)が得られたことは、溶液の粘度が上昇することによって判断することができる。
【0046】
撹拌方法については特に制限はなく、常温または適当に制御された温度で、機械的撹拌処理、超音波処理などの方法で撹拌することができ、特に、超音波処理で撹拌することが好ましい。撹拌時間は、数分〜1時間の条件で行うことが好ましい。超音波の照射条件については特に制限はないが、周波数20〜40kHzで行うことが好ましい。
【0047】
上記のようにして高分子架橋前駆体(C)を製造したら、ポリマー(A)の環状部分に包接された直鎖状分子(B)を、直鎖状分子(B)の重合性官能基を介して互いにまたは他の分子と重合して高分子架橋体(D)を得る(図1参照)。この高分子架橋体(D)は、インターロック構造を有するロタキサン構造を含む。
【0048】
具体的には、ポリマー(A)における環状部分の開口部の1個に、側鎖末端にブロック基を有する第1の高分子の側鎖が串刺し状に貫通し、かつ、同一のポリマー(A)の環状部分の別の開口部に、側鎖末端にブロック基を有する第2の高分子の側鎖が串刺し状に貫通し(同一のポリマー(A)がさらに第3の高分子、第4の高分子・・・第nの高分子等と同様な包接錯体を形成している場合も含む)、ポリマー(A)の環状部分の少なくとも2個の開口部に別個の高分子の側鎖が包接されてなる構造を有する高分子架橋体(D)を得る。得られる高分子架橋体(D)は、新規物質である。
【0049】
上記他の分子としては、直鎖状分子(B)の重合性官能基を介して直鎖状分子(B)と共重合可能なモノマー、オリゴマーまたはポリマーであれば特に限定されず、目的とする高分子架橋体(D)の特性に応じて適宜使用すればよい。
【0050】
重合反応は常法によって行えばよく、通常はラジカル重合によって反応させる。例えば、高分子架橋前駆体(C)を含有する溶液に、所望により光重合開始剤を添加して紫外線を照射することにより、あるいは、熱重合開始剤を添加して加熱することにより、直鎖状分子(B)は互いに、又は他の分子を介して重合する。
【0051】
光重合開始剤としては、通常使用されるものであれば特に制限されることなく、例えば、ベンゾフェノン、アセトフェノン、ベンゾイン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテル、ベンゾイン安息香酸、ベンゾイン安息香酸メチル、ベンゾインジメチルケタール、2,4−ジエチルチオキサンソン、1−ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、ベンジルジフェニルサルファイド、テトラメチルチウラムモノサルファイド、アゾビスイソブチロニトリル、ベンジル、ジベンジル、ジアセチル、β−クロールアンスラキノン、4−(2−ヒドロキシエトキシ)−フェニル(2−ヒドロキシ−2−プロピル)ケトン、(2,4,6−トリメチルベンジルジフェニル)フォスフィンオキサイド、2−ベンゾチアゾール−N,N−ジエチルジチオカルバメート等を使用することができる。
【0052】
一方、熱重合開始剤としては、通常使用されるものであれば特に制限されることなく、例えば、過酸化ベンゾイル、アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)等を使用することができる。
【0053】
高分子架橋体(D)の精製は常法によって行えばよく、例えば、水、テトラヒドロフランおよびジメチルホルムアミドで順次洗浄すればよい。
【0054】
以上の方法によれば、擬ロタキサンの合成を経ることなく、ポリマー(A)と直鎖状分子(B)とを混合攪拌するだけで、簡便に高分子架橋前駆体(C)を製造することができ、さらに得られた高分子架橋前駆体(C)の直鎖状分子(B)を重合することで、別に架橋剤を使用することなく、インターロック構造を有するロタキサン構造を含む高分子架橋体(D)を簡便に製造することができる。
【0055】
得られた高分子架橋体(D)においては、ポリマー(A)の環状部分が高分子の側鎖上を移動し得るため柔軟性に優れ、したがって、高分子架橋体(D)を使用して形成したプラスチック材料は応力緩和性に優れる。
【実施例】
【0056】
以下、実施例等により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例等に限定されるものではない。
【0057】
〔実施例1〕
(1)ポリマー(A)の合成
α−シクロデキストリン(ナカライテスク社製)5gをジメチルホルムアミド50mlに溶解させ、この溶液にトリレン2,4−ジイシアネート末端ポリプロピレングリコール(Aldrich社製,Mn:1,000)3.4gと、錫触媒であるジブチル錫ジラウレート(東京化成社製)200mgとを加え、一晩室温で攪拌した。
【0058】
上記反応溶液をエーテルに注いで再沈殿させ、回収した固体を乾燥させた後、水で洗浄して再び乾燥させ、環状部分としてα−シクロデキストリン、連結部分としてポリプロピレングリコールを有するポリマー(A)4.6gを得た。
【0059】
得られたポリマー(A)を、酸触媒としてのp−トルエンスルホン酸とともに酢酸イソプロペニル中に加え、ポリマー(A)のアセチル化を行った。得られた置換基としてアセチル基を有するポリマー(A)について、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(展開溶媒:クロロホルム)による測定を行った。その結果、ポリマー(A)のMwは約12,000であり、Mw/Mnは2.54であった。すなわち、ポリマー(A)は、平均約5個のα−シクロデキストリンを環状部分として有するものであることが分かった。
【0060】
(2)直鎖状分子(B)の合成
ポリエチレングリコールメタクリレート(Aldrich社製,Mn:360)3gを塩化メチレン15mlに溶解させ、この溶液に3,5−ジメチルフェニルイソシアネート(Aldrich社製)1.5gと、錫触媒であるジブチル錫ジラウレート(東京化成社製)200mgとを加え、一晩室温で攪拌した。
【0061】
上記反応溶液を濾過した後、蒸発乾燥させ、次いでヘキサンを加えて洗浄し、一方の末端に3,5−ジメチルフェニル基からなるブロック基を有し、他方の末端にメタクリロイル基を有するポリエチレングリコール(MA−PEG−DPI;直鎖状分子(B))3.2gを得た。
【0062】
得られた直鎖状分子(B)について、H−NMR測定を行った。その結果、5.5ppmおよび6.1ppm付近にメタクリロイル基のビニル基由来のピークが確認でき、6.7ppmおよび7.0ppm付近に芳香環由来のピークが確認できた。
【0063】
(3)高分子架橋前駆体(C)の製造
ポリマー(A)200mgを0.4wt%の水酸化ナトリウム水溶液1mlに溶解させ、この溶液に直鎖状分子(B)200mgを加え、機械的に攪拌しながら超音波照射(35Hz)を5分行ったところ、溶液が白濁し、粘性が上昇した。このような粘度上昇した白濁物は、ポリマー(A)の環状部分が直鎖状分子(B)を包接している高分子架橋前駆体(C)であると考えられる。
【0064】
(4)高分子架橋前駆体(C)形成の粘度測定および粘弾性測定による確認
0.4wt%の水酸化ナトリウム水溶液1mL中に直鎖状分子(B)を200mg添加した後、図2に示す量のポリマー(A)を添加して5分間撹拌及び超音波照射し、得られた白濁物について粘度測定を行った。結果を図2に示す。また、0.4wt%の水酸化ナトリウム水溶液1mL中に直鎖状分子(B)200mgのみを添加して粘弾性測定を行った結果を図3に示す。一方、0.4wt%の水酸化ナトリウム水溶液1mL中に直鎖状分子(B)を200mg添加し、さらにポリマー(A)を200mg添加した混合物の粘弾性測定の結果を図4に示す。図中、ηは粘度を示し、ηは複素粘度を示し、G’は貯蔵弾性率を示し、G”は損失弾性率を示す。
【0065】
なお、粘度測定及び粘弾性測定は、レオメーター(Physica社製,MCR−30)およびコーンプレート治具(同社製,CP50−0.5,直径50mm,角度0.5°)を使用して行った。粘度測定は剪断速度:1[1/s]、また、粘弾性測定は角周波数:100−1[1/s]にて測定を行った。
【0066】
図2よりポリマー(A)の量が増えるにしたがい粘度の上昇が確認された。また、図3および図4よりポリマー(A)を添加しない場合と比べて貯蔵弾性率、及び粘度が10オーダー(1000倍)程度大きくなることが分かった。これらの結果より、高分子架橋前駆体(C)が形成されたものと判断される。
【0067】
(4)高分子架橋体(D)の製造
上記白濁物に、光重合開始剤である4−(2−ヒドロキシエトキシ)−フェニル(2−ヒドロキシ−2−プロピル)ケトン(Aldrich社製)20mgを加え、撹拌後、その一部をシャーレに分取し紫外線を3時間照射した(照射条件:照度500mW/cm2,光量120mJ/cm2)。得られた物質は、上記高分子架橋前駆体(C)における直鎖状分子(B)が互いに重合してなる高分子架橋体(D)(ポリマー(A)の環状部分に、末端にブロック基を有する高分子の側鎖が包接されてなる高分子架橋体(D))であると考えられる。
【0068】
得られた物質(高分子架橋体(D))を水、テトラヒドロフランおよびジメチルホルムアミドに順次浸漬して洗浄し、その後乾燥させて高分子架橋体フィルム(厚さ:180μm,非延伸)を得た。
【0069】
(5)高分子架橋体フィルムの応力緩和性試験
上記高分子架橋体フィルム、ポリエチレンテレフタレートフィルム(以下「PET」と称する場合がある。東レ社製,ルミラー,厚さ:188μm)、及びポリ塩化ビニルフィルム(以下「PVC」と称する場合がある。オカモト社製,厚さ:100μm)について、以下に記載する条件により圧子押し込みによる応力緩和性試験を行った。
【0070】
装置:島津ダイナミック超微小硬度計(島津社製,DUH−W201S)
圧子の種類:Triangular115
押し込み深さ設定試験:負荷速度 0.0142mN/sec
保持時間:300sec
押し込み深さ:10μm
【0071】
結果を図5及び図6に示す。図5は上記高分子架橋体フィルム、PET、及びPVCそれぞれのフィルムについての応力緩和性試験の結果を一つのグラフ中に示したものであり、図6はそれぞれのフィルムの上記試験結果のグラフを拡大して示したものである。図5より高分子架橋体フィルムが最も小さい試験力であることが分かり、また、図6より高分子架橋体フィルムが最も大きい試験力低減効果を示すことが分かる。すなわち、高分子架橋体フィルムが応力緩和性に優れていることが明確となった。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明は、ロタキサン構造を有する高分子架橋体の製造に好適である。得られる高分子架橋体は、応力緩和性等に優れたプラスチックとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】本発明の一実施形態に係る、高分子架橋前駆体および高分子架橋体の製造工程を示す模式図である。
【図2】ポリマー(A)と直鎖状分子(B)との混合物の粘度測定の結果を示すグラフである。
【図3】直鎖状分子(B)の粘弾性測定の結果を示すグラフである。
【図4】ポリマー(A)と直鎖状分子(B)との混合物の粘弾性測定の結果を示すグラフである。
【図5】PET、PVCおよび高分子架橋体フィルムの応力緩和性試験の結果を示すグラフである。
【図6】PET、PVCおよび高分子架橋体フィルムの応力緩和性試験の結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2個以上の環状部分を有するポリマーと、一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子とを混合し、その全部又は一部について包接錯体を形成させることを特徴とする高分子架橋前駆体の製造方法。
【請求項2】
2個以上の環状部分を有するポリマーと、一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する直鎖状分子とを混合し、その全部又は一部について包接錯体を形成させ、
次いで、前記直鎖状分子の重合性官能基を重合することを特徴とする高分子架橋体の製造方法。
【請求項3】
2個以上の環状部分を有するポリマー、及び一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する、前記ポリマーと包接錯体を形成可能な直鎖状分子を混合して得られることを特徴とする高分子架橋前駆体。
【請求項4】
前記ポリマーにおいて、2個以上の前記環状部分は連結部分によって連結されていることを特徴とする請求項3に記載の高分子架橋前駆体。
【請求項5】
前記ポリマーの環状部分は、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリンおよびγ−シクロデキストリンからなる群から選ばれる少なくとも1種、または環状ポリエーテル、環状ポリエステル、環状ポリエーテルアミンおよび環状ポリアミンからなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項3または4に記載の高分子架橋前駆体。
【請求項6】
前記ポリマーの連結部分は、前記環状部分と包接錯体を作らない分子からなることを特徴とする請求項4または5に記載の高分子架橋前駆体。
【請求項7】
2個以上の環状部分を有するポリマー、及び一方の末端にブロック基を有し他方の末端に重合性官能基を有する、前記ポリマーと包接錯体を形成可能な直鎖状分子を混合して得られた高分子架橋前駆体の前記直鎖状分子の重合性官能基を重合させることにより得られることを特徴とする高分子架橋体。
【請求項8】
2個以上の環状部分を有するポリマーにおける前記環状部分の開口部に、側鎖末端にブロック基を有する第1の高分子の少なくとも1つの側鎖が串刺し状に貫通し、かつ、同一の前記環状部分を有するポリマーの残り少なくとも1個の前記環状部分の開口部に、側鎖末端にブロック基を有する第2の高分子の少なくとも1つの側鎖が串刺し状に貫通した構造を有する高分子架橋体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−51994(P2009−51994A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−222450(P2007−222450)
【出願日】平成19年8月29日(2007.8.29)
【出願人】(000102980)リンテック株式会社 (1,750)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】