説明

高分子量物質の精製方法

【課題】高分子量の有用物質を効率的かつ迅速に精製可能な方法を提供する。
【解決手段】分子量100kDa以上の高分子量の目的物質と不純物とを含む溶液から、目的物質を濃縮及び/又は精製する方法であって、(i)目的物質の10%破過の動的吸着容量が20mg/mL以上である多孔膜状のアニオン交換膜に、溶液を通液して、目的物質をアニオン交換膜に吸着させ、不純物をろ過させる工程と、(ii)塩濃度及び/又は水素イオン指数を調整した溶出液をアニオン交換膜に通液して、目的物質を溶出回収する工程と、を含む方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は分子量100kDa以上の高分子量物質の濃縮及び/又は精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品及び医療などの分野において、タンパク質などの様々な有用な高分子量物質を効率的に精製する方法は重要な技術として認識されている。即ち、有用物質はその性質によって、特定の機能を示すため、目的とする物質を、単離し、精製する技術が各分野において求められている。一般にタンパク質などの有用物質は、ヒトを含む動物由来のものとして抽出される場合と、目的とするタンパク質の遺伝子を組み込んだプラスミドを導入した大腸菌、あるいは細胞培養により発現させて得られる場合、とに大別される。いずれの場合においても、目的とする物質を単離、精製するためには、複数の工程に渡る複雑なプロセスを用いる必要がある。
【0003】
動物由来の有用物質として、代表的なものに、ヒトから採血された血液から得られる、フィブリノゲン、血液凝固第VIII因子、フォンビルブラント因子、免疫グロブリン、血清アルブミン、トロンビン、アンチトロンビン、及びトランスフェリンなどの、各種の血漿分画製剤として使われる高分子量のタンパク質がある。これら血漿分画製剤は、採血された血漿を集めたプール血漿に、エタノールや酸などを添加して、物理化学的条件を少しずつ変化させ、特定のタンパク質が沈殿しやすい条件を作ることにより、目的とするタンパク質を取り出す、1940年代に開発されたコーン分画法を基本として、ろ過やクロマトグラフィーなどの分離手法を組み合わせた方法により精製され、工業的にも当該精製方法が一般に用いられる(非特許文献1)。
【0004】
特に血液凝固因子のような血中濃度の低い有用タンパク質を有効に単離、精製、濃縮するためには、分画法とクロマトグラフィー技術との組み合わせが不可欠となる。例えば、特許文献1には、特定の緩衝液によって平衡化されたジエチルアミノエチル(DEAE)のアニオン交換基を有するクロマトグラフィーカラムにより、フォンビルブラント因子を精製、濃縮する方法が記載されている。また、非特許文献2にはアフィニティクロマトグラフィー、ウィルス除去膜及びアニオン交換クロマトグラフィーを組み合わせた工程により、血液凝固第VIII因子を精製する方法が報告されている。さらに、特許文献2では特定のイオン交換クロマトグラフィーろ過タイプのメンブレンを用いて、血液凝固第VIII因子又はフォンビルブラント因子を精製する方法が報告されている。
【0005】
またさらに、特許文献3には、組換え遺伝子を形成する際に必要となる、有用な高分子物質であるプラスミドDNAを、固定相クロマトグラフィーであるモノリスカラムを用いて回収する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−58298号公報
【特許文献2】特表2010−537960号公報
【特許文献3】米国特許出願公開第2004/0002081号明細書
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「バイオセパレーションの応用」シーエムシー出版
【非特許文献2】“Implementation of a 20−nm pore−size filter in the plasma derived Factor VIII manufacturing process”、Vox Sanguinis (2006)91、119−125
【非特許文献3】“Purification of a Large Protein Using Ion−Exchange Membrane”、Ind.Eng.Chem.Res. 2002、41、1597−1602
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記に示したように、分画法とクロマトグラフィー法とを組み合わせる方法は、血液中で濃度の低い血液凝固因子などを濃縮、精製するために有用である。しかしながら、カラムクロマトグラフィーは吸着するタンパク質の分子量が大きいほど、吸着量が低下することが知られており(非特許文献3)、第VIII因子、フォンビルブラント因子、及びフィブリノゲンのような、高分子量タンパク質の精製に用いる場合、動的吸着容量は通常10mg/mLにも満たないために、低分子量タンパク質の精製に比べて精製効率が低下するという難点がある。そのため、特許文献1及び非特許文献2に開示された方法では、高分子量物質の迅速な精製処理が容易ではない。また、特許文献2で開示されたイオン交換クロマトグラフィーろ過タイプのメンブレンにおいても、高分子量での吸着量が十分ではないという課題は解決されていない。さらに、特許文献3に開示されているプラスミドDNAの回収方法も、モノリスカラムの吸着量が少ないために、高分子量物質を少量の回収しかできないという課題がある。
【0009】
よって、従来のカラムクロマトグラフィーを用いた方法では、高分子量の有用物質を効率的かつ迅速に精製することは容易ではない。
【0010】
かかる状況に鑑み、本発明の解決しようとする課題は、高分子量の有用物質を効率的かつ迅速に濃縮及び/又は精製する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の態様は、分子量100kDa以上の高分子量の目的物質と不純物とを含む溶液から、目的物質を濃縮及び/又は精製する方法であって、(i)目的物質の10%破過の動的吸着容量が20mg/mL以上である多孔膜状のアニオン交換膜に、溶液を通液して、目的物質をアニオン交換膜に吸着させ、不純物をろ過させる工程と、(ii)塩濃度及び/又は水素イオン指数を調整した溶出液をアニオン交換膜に通液して、目的物質を溶出回収する工程と、を含む方法であることを要旨とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の、多孔膜状のアニオン交換膜を用いた濃縮及び/又は精製方法によれば、第VIII因子、フォンビルブラント因子、フィブリノゲン、及びデオキシリボ核酸(DNA)などに代表される、高分子量物質を、効率的かつ迅速に濃縮及び/又は精製することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施の形態」という。)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の本実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することが可能である。
【0014】
本実施の形態に係る高分子量物質の濃縮方法は、目的とする濃度の低い高分子量物質の溶液から、目的物質を濃縮する方法であって、目的物質を含む溶液の水素イオン指数及び塩濃度を、目的物質が多孔膜状のアニオン交換膜に吸着するように調整することと、調整した目的物質を含む溶液を、高分子量に対して高い吸着量を有するグラフト鎖を有するアニオン交換膜に通液して、アニオン交換膜に目的物質を吸着させることと、水素イオン指数及び塩濃度を調整した溶出液を通液して、アニオン交換膜に吸着した目的物質を溶出、回収することと、を含む。
【0015】
また、本実施の形態に係る高分子量物質の精製方法は、不純物を含む目的の高分子量物質の溶液から、目的物質を精製する方法であって、目的物質を含む溶液の水素イオン指数及び塩濃度を、目的物質が多孔膜状のアニオン交換膜に吸着するように調整することと、調整した目的物質を含む溶液を、高分子量に対して高い吸着量を有するグラフト鎖を有するアニオン交換膜に通液して、アニオン交換膜に目的物質を吸着させることと、水素イオン指数及び塩濃度を調整した溶出液を通液して、アニオン交換膜に吸着した目的物質を溶出、回収することと、を含む。
【0016】
本実施の形態で用いられる多孔膜状のアニオン交換膜は、高分子量物質の吸着量が高く、分子量が100kDa以上、好ましくは200kDa以上、より好ましくは300kDa以上の物質の10%破過の動的吸着容量が、20mg/mL以上、より好ましくは30mg/mL以上である。なお、10%破過とは、透過液中の物質濃度が、供給された物質含有溶液の濃度の10%を超えた時点のことをいう。一般に市販されているアニオン交換膜としては、旭化成メディカル製QyuSpeed(登録商標)D、Pall製MustangQ、Sartorius製SartobindQ、Natrix製adseptQ、Millipore製ChromaSorbなどが挙げられるが、これらの中でも、ポリエチレン多孔質基材にグラフト鎖を固定した形態を有する、旭化成メディカル製QyuSpeed(登録商標)Dが、最も高分子量物質の動的吸着容量が高く、好ましい。
【0017】
アニオン交換膜の細孔径は、0.1μm以上1.0μm以下、好ましくは0.2μm以上0.8μm以下、さらに好ましくは0.2μm以上0.6μm以下である。細孔径が小さすぎると、溶液を通液する際の圧力が高くなる傾向にあり、実用的ではない。また細孔径が大きすぎると、高分子量物質の吸着性能が低下する傾向にある。
【0018】
アニオン交換膜は、アニオン交換基を有する。アニオン交換基は例えば3級アミンである。アニオン交換膜の単位体積あたりの塩素イオンの吸着容量であるイオン交換容量は、0.3mmol/mL以上、1.0mmol/mL以下であることが好ましい。イオン交換容量が低いとタンパク質などの十分な吸着容量が得ることが困難になる傾向にあり、また高すぎると吸着される物質の膜への浸透が阻害され、吸着量が低下する傾向にある。
【0019】
アニオン交換膜に溶液を通液する際の通液速度は、精製処理の効率化のためにより速いことが好ましい。通常のビーズカラムにタンパク質などの目的物質を吸着させる場合、通液速度が速くなると、吸着性能が低下することは、タンパク質精製に関する技術分野では公知であり、特に1分間当たりのカラム体積の5倍以上の体積の溶液を供給する速度で通液すると、タンパク質の吸着性能は著しく低下する。これに対し、アニオン交換膜のタンパク質の吸着性能は、通液速度に殆ど依存しない。しがって、カラムを用いた場合に比べて明確に処理効率が向上するために、アニオン交換膜に溶液を通液する速度は、1分間当たりアニオン交換膜の体積の5倍以上の体積の溶液を供給することに相当する流速、即ち、5MV/min以上が可能であり、より好ましくは10MV/min以上である。流速の上限は、用いる溶液の、粘度、及び濁度などの性状に依存するが、通液の際の膜間差圧を検知することにより、容易に設定することができる。ここで、溶液とは、タンパク質などの目的物質を含む溶液、並びにアニオン交換膜の平衡化、洗浄及び目的物質の溶出に用いる溶出液のことを示す。
【0020】
アニオン交換膜に吸着したタンパク質などの目的物質を溶出、回収する場合、一般に塩を含む溶液、又は水素イオン指数、即ちpHを、目的物質を含む溶液よりも低く調整した溶液を、溶出液として用いる。塩を含む溶液の塩濃度は0.1mol/L以上2.0mol/L以下が好ましく、より好ましくは0.15mol/L以上1.0mol/L以下である。塩濃度が低すぎると、十分な溶出が得られず、塩濃度が高すぎると、目的物質溶液の脱塩に負荷がかかる。pHを調整した溶液のpHは、塩濃度が0.1mol/L以下の場合に、目的物質の等電点より低い値に調整することが好ましく、具体的には目的物質の種類に依存する。
【0021】
目的物質を溶出、回収する場合の効率を示す、膜体積あたりの回収量は、精製処理が迅速かつ効率的に実施されるために、10mg/mL以上であることが好ましく、より好ましくは20mg/mL以上、さらに好ましくは30mg/mL以上である。膜体積あたりの回収量は、用いるアニオン交換膜の目的とする物質の動的吸着容量、及び供給量によって異なるが、これらの値が大きいほど大きくなる。したがって、目的とする高分子量物質の動的吸着容量の大きなアニオン交換膜を用いることが好ましい。
【0022】
不純物の種類は特に限定されないが、高分子量タンパク質を目的物質とする場合に一般的な、有機溶剤、界面活性剤、脂質などの、アニオン交換膜に吸着しにくい性質を有する不純物と、宿主細胞由来タンパク質(HCP: Host Cell Protein)に代表される、目的物質以外のタンパク質のような、アニオン交換膜に吸着し得るタンパク質と、がある。アニオン交換膜に吸着しにくい不純物は、目的タンパク質をアニオン交換膜に吸着させる過程において、非吸着成分として透過するために、目的タンパク質を溶出して回収することにより、除去することができる。また、アニオン交換膜に吸着する不純物は、溶出条件を制御することによって除去することができる。例えば、目的ではない低分子量のタンパク質は、一般に高分子量タンパク質より低塩濃度で溶出されるため、予め0.1mol/L以下の低塩濃度の溶出液で低分子量タンパク質を溶出し、次いで0.1mol/L以上の高塩濃度の溶出液で精製される高分子量タンパク質などの目的物質を溶出し、回収する。
【0023】
本実施の形態での目的とする高分子量タンパク質は、分子量が100kDa以上であれば特に限定されないが、血漿分画製剤として回収される、有用なタンパク質である免疫グロブリン(IgG、IgM、IgA、IgE、及びIgD)、血液凝固第VIII因子、フォンビルブラント因子、フィブリノゲン、大腸菌あるいは細胞培養によって得られる酵素、並びに動物又は植物の組織から抽出される有用タンパク質の精製において特に有効である。また、タンパク質以外の目的物質としては、プラスミドに代表されるDNA、RNA、ワクチン製造に必要なウィルスが挙げられる。
【0024】
以下、実施例及び比較例(本明細書中において、単に「実施例等」ともいう。)に基づいて本実施の形態をさらに具体的に説明するが、本実施の形態の範囲は以下の実施例のみに限定されない。
【実施例1】
【0025】
20mmol/LのTris−HCl(pH7.5)緩衝液に1g/Lの濃度で分子量660kDaのタンパク質であるチログロブリン(THY:Thyroglobulin)(Sigma−Aldrich製)を溶解したTHY溶液を調製した後、ザルトリウス社製の精密ろ過膜ミニザルト(最大細孔径0.22μm)を用いてろ過し、評価に用いる高分子量タンパク質液を得た。グラフト鎖を有し、アニオン交換基として3級アミンを有する多孔膜状のアニオン交換膜として、旭化成メディカル社製QyuSpeed(登録商標)D 0.6mL(細孔径0.2−0.3μm、イオン交換容量0.55−0.6mmol/mL)を用意し、20mmol/LのTris−HCl(pH7.5)緩衝液を20mL通液して平衡化した後、破過が開始するまで作成したTHY溶液を透過させた。
【0026】
溶液は評価モジュール内の中空糸多孔膜の内側から外側に向かって流速8mL/minにて通液した。この流速においては、毎分膜体積の13.3倍の溶液を供給しており、規格化した流速13.3MV/minと記載する。評価はGEヘルスケアバイオサイエンス製AKTAexplorer100を用いて実施し、同装置において得られる、透過液の280nmのUV吸光度が供給液の280nmのUV吸光度の1/10となった時点を破過点とし、その時点までに供給したBSA溶液の体積から、動的吸着容量を算出した。ここで、BSA溶液の濃度Q、評価モジュールが破過した時までに透過させたBSA溶液の体積V、及び評価モジュール内の膜体積Vから、下記式(1)に基づいて動的吸着容量Aを算出した。
A=Q×V/V ・・・(1)
ここでの破過とは、透過液中のBSA濃度が、供給されたBSA溶液の濃度の10%である0.1g/Lを超えた時点のことをいう。
【0027】
評価の結果、アニオン交換膜のTHYの動的吸着容量は48.9mg/mLであった。
THYの吸着後、平衡化に用いた緩衝液を15mL通液してモジュール内に残存するを洗浄した後、1mol/L NaClを含む20mmol/LのTris−HCl(pH7.5)緩衝液を20mL通液することにより、アニオン交換膜に吸着したTHYを溶出させた。その後、同様の吸着、洗浄及び溶出の操作を9回繰返し、合計10回のアニオン交換膜モジュールへのTHYの動的吸着容量の繰返し性を評価した。その結果、1回目から10回目までの動的吸着容量はそれぞれ、48.9mg/mL、48.5mg/mL、48.7mg/mL、49.5mg/mL、47.9mg/mL、47.9mg/mL、47.8mg/mL、47.8mg/mL、47.8mg/mL、47.8mg/mL、であった。これにより評価に用いたアニオン交換膜モジュールは、高分子量タンパク質に対して高い吸着容量を有し、かつ適切に溶出することにより、その高い吸着容量の繰返し性も保持されることが示された。
【0028】
[比較例1]
実施例1で用いたものと同じ、緩衝液及びTHY溶液を用いて、アニオン交換ビーズカラムへの高分子量タンパク質の動的吸着容量を評価した。カラムとしてGEヘルスケア製、HiTrapQ HP_1ml(粒子径90μm、イオン交換容量0.18−0.26mmol/mL)を用意し、実施例1と同様にして緩衝液を10mL通液して平衡化した後、破過が開始するまで作成したTHY溶液を透過させた。溶液は評価カラムの上部から下部に向かってDownflowの方向に流速2mL/minにて通液した。これは規格化流速2MV/minに相当し、実施例1に比べて、顕著に低い流速であった。
実施例1と同様にして、THYの動的吸着容量を評価したところ、7.4mg/mLと、実施例1で用いたアニオン交換膜に比べて著しく低かった。
【実施例2】
【0029】
実施例1と同じ緩衝液を用いて、様々な分子量のタンパク質の動的吸着容量を評価した。用いたタンパク質とその分子量は、Sigma−Aldrich製α−ラクトアルブミン(14.4kDa)、Sigma−Aldrich製β−ラクトグロブリン(18kDa)、Sigma−Aldrich製オブアルブミン(43kDa)、Sigma−Aldrich製ウシ血清アルブミン(BSA)(65kDa)、東洋紡製ラクテート加水分解酵素(115kDa)、東洋紡製グリセロール分解酵素(390kDa)、及びSigma−Aldrich製チログロブリン(THY)(660kDa)である。動的吸着容量を評価したアニオン交換膜は、旭化成メディカル社製QyuSpeed D(QSD) 0.6mL、Pall製Mustang Q acrodisc及びSartorius製Sartobind D15を用い、またアニオン交換カラムとしては比較例1と同じ、カラムとしてGEヘルスケア製、HiTrapQ HP_1mlを用いた。流速は、カラムは2MV/minであったが、アニオン交換膜は全て13.3MV/minの規格化流速で評価した。表1に、各タンパク質について得られた動的吸着容量を示す。また、表1に各吸着材料について、分子量と動的吸着容量の関係を示す。この結果から、低分子量タンパク質については、カラムが高い動的吸着容量を示すが、分子量が200kDaを越える高分子量タンパク質については、ポリエチレン基材にグラフト鎖を有するアニオン交換膜が最も高いタンパク吸着性を示すことが確認された。
【表1】

【実施例3】
【0030】
実施例1と同様に、THY溶液をQSDに供給し、洗浄した後、塩を含む緩衝液で溶出し、供給量に対する溶出量の比を求めることにより、吸着溶出の際の回収率を評価した。供給量は動的吸着容量(48mg/mL)の30%、50%、及び70%に相当するTHYを含む溶液体積をQSDに供給し、洗浄後に塩を含む緩衝液を20mL通液し、その透過液を全て回収して回収率を評価した。回収率の評価は波長280nmのUV吸光度も用い、下記の式2により算出した。ここで回収率の評価精度は±6%である。
回収率(%)=(溶出液のUV吸光度×溶出液体積)/(供給液のUV吸光度×供給液体積)・・・(2)
尚、タンパク質溶液の供給から、洗浄及び溶出まで、溶液の通液速度は全て、実施例1と同様に、規格化流速13.3MV/minで実施した。THY溶液供給量が動的吸着容量の30%、50%及び70%の場合の回収率はそれぞれ、102%、95%及び97%であり、評価精度を考慮すると、全ての供給量に対して、ほぼ100%の回収率が得られることが示された。また、吸着膜体積あたりのTHYの回収量は、THY溶液供給量が動的吸着容量の30%、50%及び70%の場合でそれぞれ、24mg/mL−ad、40mg/mL−ad、及び56mg/mL−adであった。
【0031】
[比較例2]
実施例3と同じ要領で、アニオン交換カラムであるHiTrapQ HP_1mlに、動的吸着容量(7.4mg/mL)の、30%、50%、及び70%に相当するTHYを含むタンパク質溶液を供給し、洗浄後に溶出液を回収して、回収率を評価した。その結果、動的吸着容量の30%、50%、及び70%の供給量の場合の、回収率はそれぞれ98%、97%、及び95%であり、評価精度を考量すると、回収率は実施例2の場合と同様に、ほぼ100%が得られた。しかし、吸着体の体積あたりの回収量は、THY溶液供給量が動的吸着容量の30%、50%及び70%の場合でそれぞれ、2.22mg/mL−ad、3.7mg/mL−ad、及び5.18mg/mL−adであった。これは、QSDを用いた場合に比べると著しく低い回収量であり、ポリエチレン基材にグラフト鎖を有するアニオン交換膜を用いることにより、高分子量タンパク質が極めて高い効率で回収されることが示された。
【実施例4】
【0032】
アニオン交換膜に供給するタンパク質溶液が、0.1%の界面活性剤、Tween20(ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート、東京化成工業より購入)を含む以外は、実施例3と同様にして、THYを供給、溶出及び回収した。ここで、界面活性剤はタンパク溶液にのみ含まれ、平衡化、洗浄及び溶出に用いた緩衝液には含まれていなかった。THY溶液供給量が動的吸着容量の30%、50%及び70%の場合の回収率はそれぞれ、100%、98%及び101%であり、評価精度を考慮すると、全ての供給量に対して、ほぼ100%の回収率が得られたことが示された。また、吸着膜体積あたりのTHYの回収量は、THY溶液供給量が動的吸着容量の30%、50%及び70%の場合でそれぞれ、24mg/mL−ad、40mg/mL−ad、及び56mg/mL−adであった。即ち、界面活性剤の添加は、タンパク質の回収率並びに回収量に影響を及ぼさないことが示された。
【0033】
また、回収液に含まれる界面活性剤の濃度をゲルろ過クロマトグラフィーにより評価した。島津製作所株式会社製クロマトグラフLC−10Aシステムにゲルろ過カラムとして東ソー株式会社製TSKgel G3000SWXLを取り付け、0.1mol/Lのリン酸及び0.2mol/Lのアルギニン(pH6.8)を含むバッファーを用いて、30℃において流速0.6ml/minでカラムに通液し、ここに評価サンプルを10μL添加した。アニオン交換膜に供給した、界面活性剤を含むタンパク質溶液をゲルろ過クロマトグラフィーにより評価したところ、約10分のリテンションタイムにおいてTHYのピークが得られ、20分以上のリテンションタイムにおいて、低分子量の界面活性剤に由来するピークが確認された。一方、アニオン交換膜からの溶出液を同様にしてゲルろ過クロマトグラフィーにより評価したところ、約10分のリテンションタイムでのTHYの強いピークが認められたが、界面活性剤のピークは得られず、溶出液には界面活性剤が含まれていないことが確認された。これにより、回収液に界面活性剤は含まれていないことが示された。
【実施例5】
【0034】
血液凝固第VIII因子(日本赤十字社製、CROSS EIGHT M(登録商標))0.01g、20mmol/L Tris−HCl(pH8.0)緩衝液400mL、エチレングリコール(和光純薬製)600mL、を混合し、有機溶剤を含み、血液凝固第VIII因子の濃度が0.01g/Lの希薄溶液を作成した。この溶液の全量を、実施例1と同様の方法で、アニオン交換膜モジュール、旭化成メディカル社製QyuSpeed D(QSD) 0.6mLに通液して血液凝固第VIII因子を同モジュールに吸着させ、20mmol/L Tris−HCl(pH8.0)緩衝液15mLを通液して、モジュールを洗浄した後、0.3mol/L NaClを含む、20mmol/L Tris−HCl(pH8.0)緩衝液10mLを通液して、吸着した血液凝固第VIII因子を溶出、回収した。得られた回収液の回収率を実施例3の方法で評価したところ、回収液中の血液凝固第VIII因子の濃度は、0.97g/mLであり、回収率は97%、膜体積あたりの回収量は16.1mg/mL−adであった。また、実施例4と同様にして、回収液中の有機溶媒の有無を評価したところ、回収液に有機溶媒は含まれていなかった。これらの結果より、不純物である有機溶媒が除去され、精製及び濃縮された血液凝固第VIII因子が得られることが確認された。
【実施例6】
【0035】
DNAとして、Invitrogene社製、Salmon Sperm DNA sollution (分子量<2000bp)を用い、これを0.1%の界面活性剤、Tween20(ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート、東京化成工業より購入)を含む、20mmol/LのTris−HCl(pH7.5)緩衝液に、0.2g/Lの濃度となるように添加、溶解し、不純物として界面活性剤を含む、DNA溶液を調製した。得られた溶液50mLを実施例1と同様の方法で、アニオン交換膜QSDに通液し、20mmol/LのTris−HCl(pH7.5)緩衝液を15mL通液して、洗浄した後、2mol/L NaClを含む同じ緩衝液10mLを通液して、目的物質であるDNAを溶出液として回収した。実施例4と同様にして、回収液中に含まれる界面活性剤の有無を評価したところ、回収液中には界面活性剤は検知されなかった。また、UV吸光度から回収液のDNA濃度を評価したところ、0.72g/Lであり、この結果から回収率は72%、また膜の単位体積あたりの回収量は12mg/mL−adであった。さらに、溶出後再度同じ吸着、溶出操作を繰り返したところ、2回目の回収率は71%であり、良好なDNAの繰返し吸着、回収性があることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子量100kDa以上の高分子量の目的物質と不純物とを含む溶液から、前記目的物質を濃縮及び/又は精製する方法であって、
(i)前記目的物質の10%破過の動的吸着容量が20mg/mL以上である多孔膜状のアニオン交換膜に、前記溶液を通液して、前記目的物質を前記アニオン交換膜に吸着させ、前記不純物をろ過させる工程と、
(ii)塩濃度及び/又は水素イオン指数を調整した溶出液をアニオン交換膜に通液して、前記目的物質を溶出回収する工程と、
を含む方法。
【請求項2】
前記多孔膜状のアニオン交換膜が、最大孔径0.1μm以上1.0μm以下のポリエチレン多孔質基材と、前記ポリエチレン多孔質基材に結合されたグラフト鎖と、を備える、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記多孔膜状のアニオン交換膜は、3級アミンのアニオン交換基を有し、
前記多孔膜状のアニオン交換膜の単位体積あたりの塩素イオンの吸着容量であるイオン交換容量が、0.3mmol/mL以上、1.0mmol/mL以下である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記目的物質を含む溶液を前記アニオン交換膜に供給する際、及び/又は、前記目的物質を前記アニオン交換膜から溶出する際、1分間当たり前記アニオン交換膜の体積の5倍以上の体積の溶液を供給する、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記目的物質を含む溶液を前記アニオン交換膜に供給し、洗浄後に前記溶出液を通液して溶出回収する際の、膜体積あたりの目的物質の回収量が、10mg/mL以上である、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記不純物が、前記溶液中に溶存する有機溶媒、界面活性剤、脂質、及び前記目的物質以外のタンパク質からなる群から選択される少なくとも1種を含む、請求項1乃至5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記目的物質が、分子量100kDa以上の、免疫グロブリン、血液凝固第VIII因子、フォンビルブラント因子、フィブリノゲン、酵素、DNA、RNA、及びウィルスからなる群から選択される1種である、請求項1乃至6のいずれか1項に記載の方法。

【公開番号】特開2012−112930(P2012−112930A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【公開請求】
【出願番号】特願2011−149453(P2011−149453)
【出願日】平成23年7月5日(2011.7.5)
【出願人】(507365204)旭化成メディカル株式会社 (65)
【Fターム(参考)】