説明

高分子金属錯体、ガス吸着材、ガス分離装置及びガス貯蔵装置

【課題】吸着等温線の傾きが十分に大きく、より低圧かつわずかなガス圧力変動でガスを多量に吸脱着することが可能な高分子金属錯体を提供する。
【解決手段】下記式(1)の単位構造を有する二次元平面格子積層型の結晶構造であって、赤外分光による1056cm−1の吸収強度が1614cm−1の吸収強度の1.4倍以上を示すことを特徴とする高分子金属錯体を採用する。
[X(CFBF] … (1)
(ただし、式中Xは、コバルト、ニッケル、銅のいずれかの二価イオンであり、Lは有機配位子である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高分子金属錯体及びガス吸着材としての利用ならびにこれを用いたガス分離装置およびガス貯蔵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ガス吸着材を用いたガスの貯蔵は加圧貯蔵や液化貯蔵に比べて、低圧で大量のガスを貯蔵しうる特性を有する。このため、近年、ガス吸着材を用いたガス貯蔵装置やガス分離装置の開発が盛んである。ガス吸着材としては、活性炭やゼオライトなどが知られている。また最近は多孔性の高分子金属錯体にガスを吸蔵させる方法も提案されている(特許文献1、非特許文献1)。
【0003】
しかしながら、従来提案されてきたガス吸着材は、ガス吸着量や作業性などの点で充分に満足できるものとはいえず、より優れた特性を有するガス吸着材の開発が所望されている。特にガスの吸着量の増大は重要な課題とされている。
【0004】
ガスの吸着量を増大させる為には細孔径を小さくし、細孔容量を上げるなどの方法がとられている(非特許文献2)。しかし単純に細孔径を小さくし、細孔容量を上げた場合には、ガスの吸着力が強くなりすぎ、すなわち低圧(例えば相対圧0.1以下)での吸着が生じる。この場合、強すぎる吸着力の為に、吸着されたガスの脱着が困難になる問題がある。
【0005】
一方、外部刺激による動的構造変化を生じる高分子金属錯体が報告されている(非特許文献3、非特許文献4)。この動的構造変化金属錯体の中でも、高分子構造を有する高分子金属錯体で、かつ内部に空孔を有する錯体をガス吸着材として使用した場合、ある一定の圧力まではガスを吸着しないが、有る一定圧を越えるとガス吸着が始まるという特異な現象(ゲート現象)が観測されている。また、ガスの脱着に関しては、一定圧まではガスを脱着しないが、一定圧以下になるとガスを急激に脱着する現象も同時に観察されている。このような材料は、適度な圧力でガスを吸脱着できるという特性から、ガス吸着材としての利用が高まっている(非特許文献5、非特許文献6)。
【0006】
二次元平面が積層された構造を有し、動的構造変化を生じる高分子金属錯体は、ガスの吸着、分離に使用する場合は、一定圧を越えるとガス吸着が始まる現象や、一定圧まではガスを脱着しないが一定圧以下になるとガスを急激に脱着する現象は、低い圧力でのガス保持や、比較的高いガス圧でのガス払い出しが可能になるなど、ガスの吸着、分離、貯蔵材料として好ましい特性と言える。
【0007】
二次元平面が積層された構造を有し、動的構造変化を生じる高分子金属錯体は、分子内に水素結合やπ−π相互作用などの弱い相互作用を有する部位が含まれており、それらが構造変化を起こす原因であると考えられている。しかし、実際にどのような因子がこのような特異な現象を生じさせているのかは良く判っていない。ところで、一定圧を越えるとガス吸着が始まる現象や、一定圧まではガスを脱着しないが一定圧以下になるとガスを急激に脱着する現象と一口にいっても、ガス圧に応じてどのようにガスを吸着するかに関しては、例えば図1Aまたは図1Bに示すように種々の形式が考えられる。
【0008】
図1A及び図1Bはいずれも、一定圧を越えるとガス吸着が始まる現象を示しており、所謂ゲート吸着と見なすことが出来る。ところで、図1Aではガス圧の上昇に対して吸着量が漸増するのに対し、図1Bではガス圧の上昇に対して吸着量が急増している。図1Aの様な吸着様式を示す物質では、多量のガスを吸着させるためにはある程度ガス圧を高める必要があるのに対し、図1Bの様な急峻な吸着様式を示す物質では、より低圧かつわずかなガス圧力変動でガスを多量に吸着、脱着できるという利点がある。ところが前述のように、二次元平面が積層された構造を有し、動的構造変化を生じる高分子金属錯体は、ガス吸脱着の機構に不明点が多く、どのような組成や構造にすることで図1Bの様な吸着様式を実現できるかがわかっていない(非特許文献7、非特許文献8)。
【0009】
また、非特許文献9には、Cuを中心金属とし、ビピリジン及びCFBFを配位子とする金属錯体が検討中とされている。しかし、非特許文献9に記載された高分子金属錯体を含めた従来の高分子金属錯体は、横軸を圧力とし縦軸を吸着量としたときの吸着等温線の傾きが十分に大きいとは言えず、更なる改善が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2000-109493号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】北川進、集積型金属錯体、講談社サイエンティフィク、2001年214-218頁
【非特許文献2】Matzger,A.J. et al., Angew. Chem. Int. Ed., (2008), 47, 677
【非特許文献3】植村一広、北川進、未来材料(2002)12月号、44
【非特許文献4】松田亮太郎,北川進、Petrotec(2003)第26巻2号97-104ページ
【非特許文献5】Kitagawa, S. et al., Angewandte Chem. Int. Ed. (2003)428
【非特許文献6】Seki, K. et al., Phys. Chem. Chem. Phys., (2002) 4, 1968
【非特許文献7】kondoh, et ak., Eur. J. Chem. 2009, 15, 7549
【非特許文献8】Nano Letters 2006. 6. 11. 2581
【非特許文献9】Hirofumi Kanoh et al.,Journal of Colloid and Science 334 (2009) p.1-7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、吸着等温線の傾きが十分に大きく、より低圧かつわずかなガス圧力変動でガスを多量に吸脱着することが可能な高分子金属錯体及びこの高分子金属錯体を備えたガス吸着材を提供することを目的とする。また本発明は、前記特性を有するガス吸着材を内部に収容してなるガス貯蔵装置およびガス分離装置を併せて提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前述のような問題点を解決すべく、鋭意研究を積み重ねた結果、二次元平面格積層型の結晶構造を有し、両末端にふっ素原子を有する対イオンを含有する高分子金属錯体が特定の条件に於いてガス吸蔵能を有し、さらに外部刺激によって急激なガスの吸着や脱着を行う能力を有することを見いだし、なおかつその吸着様式が適度な圧力において急峻である事を見いだした。さらに、この特徴を有する高分子金属錯体は、原料として両末端にそれぞれふっ素原子を有する対イオンとPFイオンの両方を含有する金属塩を原料として使用することで、より容易に合成が可能であることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、二次元平面格積層型の結晶構造を有し、両末端にそれぞれふっ素原子を有する対イオンを含有し、赤外分光による1056cm−1の吸収強度と1614cm−1の吸収強度との比がある値以上である高分子金属錯体であり、また、高分子金属錯体を有するガス吸着材及びガス吸着材を内部に収容してなるガス貯蔵装置並びにおよびガス分離装置に関する発明である。
【0015】
すなわち本発明は、以下の[1]〜[7]のとおりである。
[1] 下記式(1)の単位構造を有する二次元平面格子積層型の結晶構造であって、赤外分光による1056cm−1の吸収強度が1614cm−1の吸収強度の1.4倍以上を示すことを特徴とする高分子金属錯体。
[X(CFBF] … (1)
(ただし、式中Xは、コバルト、ニッケル、銅のいずれかの二価イオンであり、Lは有機配位子である。)
[2] 前記有機配位子Lが、4,4’−ビピリジン、3,3’−ビピリジン、3,4’−ビピリジンのうちの何れか1種以上である[1]に記載の高分子金属錯体。
[3] CFBFイオン及びPFイオンが含まれる金属塩を原料として合成されたことを特徴とする[1]または[2]記載の高分子金属錯体。
[4] (CFBFイオンとPFイオンのモル比率が、(CFBFイオン100に対し、PFイオンが7.5以下であることを特徴とする[3]記載の高分子金属錯体。
[5] [1]〜[4]のいずれか1項に記載の高分子金属錯体を含むガス吸着材。
[6] [5]に記載のガス吸着材を備えたことを特徴とする圧力スイング吸着方式ガス分離装置。
[7] [5]に記載のガス吸着材を内部に収容してなるガス貯蔵装置。
【発明の効果】
【0016】
本発明の高分子金属錯体は、赤外分光による1056cm−1の吸収強度が1614cm−1の吸収強度の1.4倍以上なので、従来の高分子金属錯体よりも多量のガスをわずかなガス圧力変動の下で吸脱着することが可能である。また、本発明の高分子金属錯体からなるガス吸着材を内部に収容してなるガス貯蔵装置およびガス分離装置を提供することが可能になる。
【0017】
本発明の高分子金属錯体は、ガスの吸脱着に関する特殊な性質を活用して各種用途に適用することができる。例えば、圧力スイング吸着方式(以下「PSA方式」という)のガス分離装置におけるガス吸着材に適用した場合にあっては、本発明のガス吸着材の特性を活かして、非常に効率良いガス分離が可能である。また、圧力変化に要する時間を短縮でき、省エネルギーにも寄与する。さらに、ガス分離装置の小型化にも寄与しうるため、高純度ガスを製品として販売する際のコスト競争力を高めることができることは勿論、自社工場内部で高純度ガスを用いる場合であっても、高純度ガスを必要とする設備に要するコストを削減できるため、結局最終製品の製造コストを削減する効果を有する。
【0018】
本発明の高分子金属錯体の他の用途として、ガス貯蔵装置が挙げられる。本発明のガス吸着材を、業務用ガスタンク、民生用ガスタンク、車両用燃料タンクなどのガス貯蔵装置に適用した場合には、搬送中や保存中におけるガスの貯蔵圧力を劇的に低減させることが可能である。
搬送時や保存中のガス貯蔵圧力を減少させ得ることに起因する効果としては、ガス貯蔵装置の形状自由度の向上がまず挙げられる。従来のガス貯蔵装置においては、保存中の圧力を維持しなくてはガス吸着量を高く維持できない。
しかしながら、本発明のガス貯蔵装置においては、圧力を低下させても充分なガス吸着量を維持できる。このため、容器の耐圧性を低くすることができ、ガス貯蔵装置の形状をある程度自由に設計することができる。
この効果は、例えば自動車などの車両用燃料ガスタンクとして本発明のガス貯蔵装置を用いた場合には絶大である。燃料タンクとして本発明のガス貯蔵装置を用いた場合には、上述のように耐圧性に関する制約が緩くなるため、形状をある程度自由に設計できる。具体的には、車両における車輪やシートなどの形状にフィットするようにガス貯蔵装置の形状を調節することが可能となる。その結果、車両の小型化、荷物スペースの確保、車両の軽量化による燃費向上などの各種実利が得られる。
【0019】
ガス分離装置やガス貯蔵装置に適用する場合における、容器形状や容器材質、ガスバルブの種類などに関しては、特に特別の装置を用いなくてもよく、ガス分離装置やガス貯蔵装置に用いられているものを用いることが可能である。ただし、各種装置の改良を排除するものではなく、いかなる装置を用いたとしても、本発明のガス高分子金属錯体を用いている限りにおいて、本発明の技術的範囲に包含されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1A】図1Aは、ガス吸着時の相対圧とガス吸着量との関係を示すグラフであって、比較的緩やかな吸着等温線を示すグラフである。
【図1B】図1Bは、ガス吸着時の相対圧とガス吸着量との関係を示すグラフであって、比較的急峻な吸着等温線を示すグラフである。
【図2A】図2Aは、本発明の高分子金属錯体の構造を示す平面模式図である。
【図2B】図2Bは、本発明の高分子金属錯体の構造を示す斜視模式図である。
【図3】図3は、ガス吸着時の相対圧とガス吸着量との関係を示すグラフであって、吸着開始圧、吸着完了圧及び最大ガス吸着量を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の高分子金属錯体は、下記式(1)の単位構造を有し、二次元平面格子積層型の結晶構造を備えたものである。式(1)中Xは、コバルト、ニッケル、銅のいずれかの二価イオンであり、Lは有機配位子である。
【0022】
[X(CFBF] … (1)
【0023】
Xは、コバルト、ニッケル、銅のいずれでもよいが、配位子と混合して容易に高分子金属錯体を形成する観点から銅イオンが好ましい。
【0024】
また、式(1)中の(CFBFなる対イオンは、両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する対イオンである。この対イオンとは、二つ以上の原子を中心部に有し、その両端にふっ素原子をそれぞれ複数個有しているイオンを示す。一般式では下式(2)で表される。
【0025】
−A−B−F … (2)
【0026】
式(2)中、m、nはふっ素の個数であり、A、Bは原子団を示している。A、Bは同じ原子団でも異なる原子団でもよい。m、nはA、Bの価数で変化するため、一義的に決めることは出来ないが、2以上である事が必要である。nが1である場合は、構造変化のための積層の層間の滑りが不十分であるが、フッ素の個数が1個から2個に変わるだけで急激な構造変化がおこり急峻なガス吸着が生じる。しかし、フッ素が2個から3個、4個と変化しても、急激な構造変化は起こらず、1個から2個に変わったときほど、急峻なガス吸着効果も生じない。したがって、2個以上の個数はガス吸着量の必要量に応じて決めればよい。式(2)の具体例としては、CHFBHF,CFBHF,CHFBF,CFBF等が例示出来るが、本発明では吸放出特性が急峻である点からCFBFとする。
【0027】
また、AとBは直接結合せず、何らかの官能基を含んでいる場合もある。このような陰イオンの例としては(CFCHBF,(CFCFBF,(CFCFCFBF,(CFSOBFなどが挙げられる。本発明では、構造変化を起こさせやすいという点でふっ素原子の数が多く、なおかつ水溶性が低くなりすぎないという点で、(CFCFBFとする。
【0028】
(CFBFは、本発明の高分子金属錯体の構造中に最終的に存在していればよい。すなわち、例えば原料金属塩としてCu(CFBFを使用する場合の様に、反応過程に於いてこれらのイオンが単独で存在してもよいし、また、原料金属イオンとしてCu(BFおよびKCFBFを共存させて使用する場合の様に、反応過程に於いてこれらのイオンが別の陰イオンと共存してもよい。
【0029】
本発明で利用可能な、両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する陰イオンを含む金属塩を具体的に例示すれば、両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する陰イオンを単独で含む塩としては、Cu(CFBF,Ni(CFBF,Co(CFBF,Cu(CFCHBF,Ni(CFCHBF,Co(CFCHBFなどが例示出来る。
【0030】
また、前記の通り、両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する陰イオンを別の陰イオンと共存させて本発明の高分子金属錯体を製造する事も可能であり、その場合は、両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する対イオンを含有するNaCFBF,KCFBF,NaCFCHBF,KCFCHBFなどのアルカリ金属塩と、Cu(BF,Cu(CFSO,Ni(BF,Ni(CFSO,Co(BF,Co(CFSOなどの、高分子金属錯体を形成する金属イオンと、BFや(CFSOなどの対イオンから形成される塩を組み合わせて使用すればよい。
【0031】
この様に、二種類の塩を混合使用する場合は、高分子金属錯体中に、両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する陰イオンの必要量が確実に取り込まれる様にするために、両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する陰イオンの使用量は、これ以外の共存する陰イオンに対して、1倍モル以上、好ましくは2倍モル以上存在させる必要がある。1倍モル以下しか使用しない場合は、両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する陰イオン以外の陰イオンが、高分子金属錯体中に取り込まれて純度が低下する可能性がある。
【0032】
式(1)中のLは有機配位子であり、分子内の比較的離れた位置に二個の配位部位を有する配位子、すなわち、4,4’−ビピリジン、3,3’−ビピリジン、3,4’−ビピリジンが挙げられる。本発明では、高分子錯体を形成しやすいという点で、4,4’−ビピリジンが好ましい。
【0033】
本発明の高分子金属錯体を合成する際に、PFイオンを、両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する陰イオンに共存させることは、吸着特性制御の観点から好ましい。具体的な共存方法としては、(1)両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する陰イオンとPFイオンを共に含む金属塩を使用する。(2)両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する陰イオンを含む金属塩と、PFイオンを含む金属塩の複数種類を使用する。のいずれの方法でもよい。
【0034】
(2)の方法の具体的な例を挙げれば、Cu(CFBFなどの高分子金属錯体中に取り込まれることを目的とする金属イオンと両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する陰イオンとの塩に対し、Cu(PFの様に、同じ金属イオンとPFから成る塩を添加する方法や、NaPFや、KPFなどのアルカリ金属イオンとPFイオンから成る塩を適切量添加する方法が挙げられるPFイオンは、反応溶液中で、両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する陰イオンと実質的に共存していればよく、共存方法や添加方法に制限されるものではない。
【0035】
PFイオンが共存する量としては、両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する陰イオン本発明では(CFBFとPFイオンのモル比率が100:7.5〜100:0.3が好ましく、より好ましくは、100:3.5〜100:0.7%である。適切量のPFイオンの共存により、得られる高分子金属錯体のガス圧増減に対する吸脱着のガス量の応答がより急峻になる。
【0036】
PFイオンの共存により高分子金属錯体のガス圧増減に対する吸脱着のガス量の応答がより急峻になるメカニズムとしては、目的とする高分子金属錯体が溶液中で形成される際に、少量の異種イオンの存在により両端にそれぞれ複数個のふっ素原子を有する陰イオンの配向が制御され、より立体的に均一性が高い高分子金属錯体が形成される事が推定される。このように、PFイオンは、高分子金属錯体の微細構造制御の補助因子として、製造時に作用するため、最終的に得られた高分子金属錯体の中にPFイオンが存在している必要性はない。
【0037】
高分子金属錯体を合成する際に、PFイオンを共存させることで、赤外分光における1056cm−1の吸収強度が1614cm−1の吸収強度の1.4倍以上になる。
すなわち、ダイヤモンド一回反射ATR法により測定した赤外分光データに於いて、(CFBFイオンに帰属される1056cm−1の吸収強度がbpyに帰属される1614cm−1の吸収強度(何れもT%,無修正)の1.4倍以上である場合に、より急峻なガス吸着が生じる。これは高分子金属錯体の微細構造すなわちイオン配列が制御された結果として、(CFBFイオンの強度が強まると推測される。
【0038】
本発明の高分子金属錯体は多孔体であるため、水やアルコールやエーテルなどの有機分子にふれると孔内に水や有機溶媒を含有し、あるいは場合によっては金属イオンと配位子の間に水や有機溶媒の挿入を受ける。
たとえば下記式(3)のような単位構造を有する複合錯体に変化する場合がある。しかしこれらの複合錯体中の水やアルコール、エーテルなどの有機分子は、高分子金属錯体に弱く結合しているだけであり、ガス吸着材として利用する際の減圧乾燥などの前処理によって除かれ、元の式(1)で表される単位構造を有する錯体に戻る。そのため、式(3)で表されるような単位構造を有する錯体であっても、本質的には本発明の高分子金属錯体と同一物と見なすことができる。なお、式(3)中、Lは有機配位子であり、Zは水、アルコール、エーテルなどの有機分子であり、mは0.5以上である。
【0039】
[X(CFBF] … (3)
【0040】
本発明の高分子金属錯体は、上記(1)に示す単位構造を有する金属錯体からなる二次元平面格子積層型の結晶構造を有している。上記(1)に示す単位構造を有する金属錯体は、金属Xを中心元素とする錯体であり、金属Mに(CFBF)とLとが2つずつ配位している。金属MとLが平面格子構造を形成し、Lは金属Mの上下に配位している。そして、複数の平面格子構造が相互に積層して二次元平面格子積層型の結晶構造を形成している。平面格子構造が相互に積層する際は、平面格子構造に含まれる配位子Lが別の平面格子構造と相互作用することによって、二次元平面格子積層型の結晶構造を形成するものと推定される。金属錯体同士の間には空間が形成され、この空間内にガスの分子が吸着されるものと推定される。なお、金属錯体からなる分子が多数集まって高分子化合物のごとく相互に配位して結晶構造を形成することから、本明細書では金属錯体からなる二次元平面格子積層型の結晶構造を有する物質を高分子金属錯体と呼んでいる。
【0041】
「二次元積層構造」
本発明で言う高分子金属錯体の二次元積層構造とは、上述のように、図2Aに示すような高分子金属錯体の基本単位である、金属イオンと配位子から構成される四角格子が、二次元平面上に広がった物が、図2Bに示すように積層したものを指す。
【0042】
ここで簡略化の為に格子は正方形で構成されるように示したが、長方形や、タル型などであっても、トポロジー的に正方形と同一と見なせる様な格子であればよい。また平面上は、幾何学的に厳密な平面を意味せず、実質的に各層が積層出来るような面が構成されていればよい。また、図2Bには簡略化の為に3層のみを抜き書きしたが、実質的に溶媒に不要化する高分子錯体が形成されていれば、層の個数は特別に限定されるものではない。
【0043】
「ガス吸着材」
本発明のガス吸着材は、少なくとも1種のガスに関する吸脱着等温線がヒステリシスループを示すガス吸着材である。即ち、吸着時のガス圧力-ガス吸着量曲線と、脱着時のガス圧力-ガス吸着量曲線とが異なる材料である。
【0044】
本発明のガス吸着材のガス圧力-ガス吸着量カーブからなるヒステリシスループの特異性を、図面を参照しながら説明する。
【0045】
従来のガス吸着材においては、ガス圧力の増加に従ってガス吸着量も増加し、吸着の際の圧力-吸着量カーブと、脱着の際の圧力-吸着量カーブとは一致する。これに対し、本発明のガス吸着材においては、ガス吸着の際の圧力-吸着量カーブがヒステリシスループを示す。
【0046】
かようなヒステリシスループが発現する機構については、未だ完全な理解はなされていない。考えられるメカニズムとしては、金属イオンと配位子からなる2Dスクエアグリッドの格子層が積層し、これらの層が相対的にずれることが重要な働きを有していると考えられる(Zawarotoko, M. J., Crystal Engineering 2(1999), 37)。
層がずれて積層している場合には化合物内に実質的な空孔がなく、ガスの吸着が生じない。一方、層がずれずに積層している場合には空孔が生じガスの吸着が生じる。すなわち急激なガス吸着のメカニズムは以下のように推定できる。
ガスがないかもしくは低圧の場合にはずれず層が積層しており、ガス圧が高まることにより層がずれた積層構造に相転移が生じ、ガスが急激に空孔内に吸着され、細孔内で安定化される。一方、急激なガス放出のメカニズムは、ガス圧が低下することで不安定になり、前記とは逆の相転移が生じ、ガスが放出されると考えられる。
そして、ガス吸着とガス放出では錯体の細孔構造が変化しているため、ヒステリシスループが生じることになる(近藤精一,石川達雄,阿部郁夫,吸着の化学,丸善株式会社,53-57頁)。
【0047】
この推定によれば、層の間の相互作用が、ずれの起こりやすさに大きな影響を及ぼす。実際、いわゆる2Dスクエアグリッドの格子層が積層した高分子金属錯体は多数知られているが、そのほとんどすべてがガスを吸わないか、あるいは吸っても本発明の化合物のようなガスの急激な吸収や放出をともなうガス吸脱着のヒステリシスループを示すことはない(例えば、Kitagawa, S., Chemistry-A European Journal (2002), 8(16), 3586-3600、Zaworotko, M. J., Chem. Commun. (1999)1327、Roye, H. -C., Angewandte Chem. Int. Ed. (2002)583、Kitagawa, S., J. Am. Chem. Soc., (2002)2568を参照)。
このため、本発明の様なガス吸着能発現のためには、層間のずれの制御因子として金属イオンや対イオンが重要な役割を果たしていると考えられるが、その詳細な機構は不明である。
【0048】
本発明の式(1)で表される単位構造を有する高分子金属錯体は、XおよびCFBFを含有する金属塩と有機配位子とを溶媒に溶かして溶液状態で混合することで製造できる。
【0049】
金属塩を溶かす溶媒としては、水やアルコールなどのプロトン系溶媒を利用すると良好な結果が得られる。水やアルコールなどのプロトン系溶媒はニッケル塩をよく溶解し、さらに金属イオンや対イオンに配位結合や水素結合することで金属塩を安定化し、配位子との急速な反応を抑制することで、副反応を抑制する。
アルコールの例としてはメタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2ブタノールなどの脂肪族系1価アルコール及びエチレングリコールなどの脂肪族系2価アルコール類を例示できる。安価でかつニッケル塩の溶解性が高いという点でメタノール、エタノール、1プロパノール、2-プロパノール、エチレングリコールが好ましい。またこれらのアルコールは単独で用いてもよいし、複数を混合使用してもよい。
【0050】
溶媒として水と前記のアルコール類を混合して使用することも好ましい。混合比率は1:100〜100:0(体積比)で任意である。アルコール類の混合比率を30%以上にすることが、配位子と金属塩の溶解性を向上させる観点から好ましい。
【0051】
また、水またはアルコールまたは水−アルコールの混合溶媒にさらにアルコール以外の有機溶媒を混合して使用することも可能である。混合する有機溶媒としては、水と混和する溶媒であり、例えば、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、アセトン、1,4-ジオキサン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドなどである。これらは単独で使用してもよいし、2種以上を混合して使用してもよい。これらの中では、アセトン、1,4-ジオキサン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドおよびアセトニトリルがよい結果を与える。有機溶媒の混合比は50モル%以下、好ましくは30モル%以下である。
【0052】
一方、有機配位子を溶かす溶媒としては、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、エチレングリコールなどのアルコール系溶媒、エーテル、テトラヒドロフランなどの非環状、環状の脂肪族エーテル、アセトンなどのケトン類、酢酸エチルなどのエステル類、アセトニトリル等の脂肪族ニトリル類、ジクロロメタンなどのハロゲン系溶媒、ベンゼン、トルエンなどの芳香族溶媒、ジメチルホルムアミドなどのホルムアミド類、ジメチルスルホキシドなどのスルホキシド類を広く例示することができる。これらは単独で使用してもよいし、2種以上を混合して使用してもよい。コスト的かつ溶解度的に、メタノール、エタノール、2-プロパノール、アセトニトリル、アセトンなどが好ましい。
【0053】
金属塩の溶液および有機配位子の溶液の混合方法は、金属塩溶液に有機配位子溶液を添加しても、その逆でもよい。また、混合に際しては必ずしも溶液で行う必要はなく、例えば、金属塩溶液に固体の有機配位子を投入し、同時に溶媒を入れる方法や、反応容器に金属塩を装填した後に、有機配位子の固体または溶液を注入し、さらに金属塩を溶かすための溶液を注入するなど、最終的に反応が実質的に溶媒中で起こる方法であれば、種々の方法が可能である。ただし、金属塩の溶液と有機配位子の溶液を滴下混合する方法が、工業的には最も操作が簡便であり、好ましい。
【0054】
溶液の濃度は、金属塩溶液については、40mmol/L〜4mmol/L、好ましくは80mmol/L〜2mmol/Lである。また、配位子の有機溶液の濃度は、40mmol/L〜3mmol/L、好ましくは80mmol/L〜1.8mmol/Lである。これより低い濃度で反応を行っても目的物は得られるが、製造効率が低下するため好ましくない。また、これより高い濃度では、吸着能が低下するため好ましくない。
【0055】
反応温度は−20〜120℃、好ましくは25〜90℃である。これ以下の低温で行うと、原料の溶解度が下がるため好ましくない。オートクレーブなどを用いて、より高温で反応を行うことも可能であるが、加熱などのエネルギーコストの割には、収率は向上しないため実質的な意味はない。
【0056】
本発明の反応で用いられる金属塩と有機配位子の混合比率は、3:1〜1:5のモル比、好ましくは1.5:1〜1:3のモル比の範囲内である。これ以外の範囲では、目的物の収率が低下し、また、未反応の原料が残留して、目的物の取り出しが困難となる。
【0057】
反応は通常のガラスライニングのSUS製の反応容器および機械式攪拌機を使用して行うことができる。反応終了後は濾過、乾燥を行うことで目的物質と原料の分離を行い、純度の高い目的物質を製造することが可能である。
【0058】
本発明の高分子金属錯体を用いたガス吸着材は、ガスに関する吸脱着等温線がヒステリシスループを示す材料であるが、少なくとも1種のガスに関してヒステリシスループを発現すればよく、全てのガスに対してヒステリシスループを示さずともよい。
【0059】
本発明のガス吸着材がヒステリシスループを示す必要があるガスは、本発明のガス吸着材の適用用途によって異なる。
例えば、本発明のガス吸着材をメタンガス貯蔵装置に用いる場合には、メタンガスに対してヒステリシスループを示す必要がある。
また、本発明のガス吸着材を、水素と酸素との混合ガスから水素ガスを分離するガス分離装置に用いる場合には、各ガスに対してヒステリシスループを示す必要がある。
【0060】
一般的にいえば、本発明のガス吸着材を各種用途に利用されるガスの貯蔵または分離に用いるのであれば、本発明のガス吸着材がヒステリシスループを示すガスは、水素、炭化水素(メタン、エタン、プロパン、ブタン、イソブタンなど)、一酸化炭素、二酸化炭素、酸素、窒素などであることが好ましい。LNGなどのように複数の炭化水素ガスの混合物を貯蔵できるように、これらの2種以上のガスに対してヒステリシスループを示しても勿論よい。
【0061】
また、本発明のガス吸着材をガスの除去に用いるのであれば、本発明のガス吸着材がヒステリシスループを示すガスは、硫化水素、硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)、およびアンモニアなどであることが好ましい。これらの2種以上のガスに対してヒステリシスループを示しても勿論よい。上記例示した以外のガスに対してヒステリシスループを示してもよい。
【0062】
本発明のガス吸着材として使用する材料は、貯蔵させるガスや吸着時に必要となる圧力に応じて選択すればよい。特に制限されるものではないが、具体例としては、[Cu(CFBF(bpy)(式中、bpyは4、4’-ビピリジンを表す。)が例示できる。
【0063】
[吸着材の複合化]
本発明のガス吸着材(以下吸着材A)は単独で吸着材として使用してもよいし、他の吸着材と複合化して使用してもよい。複合化して使用する場合には、他の吸着材として吸着等温線と脱着等温線とが一致する挙動を示す吸着材Bと併用することで非常に優れた吸着特性を有するガス吸着材とすることができる。
【0064】
ここで吸着材Bとは、ガスに関する吸着等温線と脱着等温線とが一致する挙動を示す材料である。即ち、図3に示すように、吸着時のガス圧力-ガス吸着量曲線と、脱着時のガス圧力-ガス吸着量曲線とが実質的に一致する材料である。吸着材Bは、かような特性を有する材料であれば特に限定されず、物理的吸着材、化学的吸着材、およびこれらが組み合わされてなる物理化学的吸着材を用いることができる。
【0065】
物理的吸着材とは、分子と分子との相互作用のような弱い力を用いて、被吸着分子を吸着する吸着材をいう。物理的吸着材としては、活性炭、シリカゲル、活性アルミナ、ゼオライト、クレー、超吸着性繊維、金属錯体が挙げられる。
化学的吸着材とは、化学的な強固な結合によって、被吸着分子を吸着する吸着材をいう。化学的吸着材としては、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、過マンガン酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、燐酸ナトリウム、活性化された金属が挙げられる。
物理化学的吸着材とは、物理的吸着材および化学的吸着材の双方の吸着機構を備える吸着材をいう。これらの2種以上を組み合わせて用いてもよい。ただし、本発明の技術的範囲がこれらの具体例に限定されるものではない。
吸着材Bの形状は特に限定されないが、一般的には、平均粒径500〜5000μmの粉末状のものを用いる。
【0066】
吸着材Bとしては、製造コストやガス吸着性能を考慮すると活性炭が好ましい。活性炭は比較的安価である上、質量当たりのガス吸着量が多い。また、活性炭はガスの吸脱着に関するサイクル特性が悪く、吸脱着を繰り返すとガス吸着量が著しく減少する傾向がある。このため、従来においては、質量当たりのガス吸着量が多いにも拘わらず、ガス貯蔵装置やガス分離装置に用いることは困難であった。この点、本発明の吸着材Bとして用いた場合においては、活性炭の優れたガス吸着性能を充分に引き出すことができる。また、活性炭は比表面積が大きいほど吸着量が増加する傾向を有するため、活性炭の比表面積は1000m/g以上であることが好ましい。
【0067】
また、使用する吸着材Bは、吸着させるガスに応じて適宜構造を制御されることが好ましい。例えば、活性炭に含まれる細孔は、細孔の大きさによって、スーパーミクロポア(〜0.8nm)、ミクロポア(0.8〜2nm)、メソポア(2〜50nm)、マクロポア(50nm〜)に分類できる。細孔の大きさによって吸着しやすいガスが異なり、メタンガスはミクロポアに吸着しやすい。従って、メタンガスを吸着させることを所望する場合には、ミクロポアの割合が大きくなるように活性炭の細孔分布を制御するとよい。
【0068】
本発明の吸着材Aと吸着材Bを複合化する場合は、吸着材Aによって吸着材Bを被覆することが好ましく、より好ましくはクラックや不完全な被覆がなく、吸着材Bが外気に触れないように完全に被覆することが好ましい。
しかしながら、多少のクラック等が存在していても、吸着材Bの自由なガス吸着を阻害し、吸着材Aによって被覆されている吸着材Bがガス吸着に関してヒステリシスループを示すのであれば、本発明の技術的範囲に包含されるものである。
好ましくは、吸着材Bに対して5〜50体積%の吸着材Aで吸着材Bを被覆する。また、吸着材Bを被覆する吸着材Aの厚みは吸着材Aの種類に応じて決定する必要があるが、吸着材Aが薄すぎると吸着材Bへのガス吸着特性を充分に制御できない恐れがある。一方、吸着材Aが厚すぎると、吸着材Bへのガス吸着が生じにくくなり、全体としてのガス吸着量が減少する恐れがある。
これらを考慮すると、吸着材Aの平均厚みが10〜100μmであることが好ましい。吸着材Aの厚みは、吸着材Aの使用量の調節によって制御できる。なお、吸着材Aの厚みは電子顕微鏡を用いて撮影された断面写真から算出することができる。
【0069】
吸着材AとBの複合化の方法としては、(1)吸着材Aが溶解している溶液中に、該溶液に溶解しない吸着材Bを添加し、その後、吸着材Aを結晶成長させることによって、吸着材B表面に吸着材Aを付着させる方法。(2)吸着材Aを含むスラリーを準備し、スラリーを吸着材B表面にコーティング・乾燥させることによって、吸着材B表面に吸着材Aを付着させる方法。などを用いることができる。
【0070】
[ガス分離装置への適用]
本発明のガス吸着材は、圧力スイング吸着方式(以下「PSA方式」と略記)のガス分離装置における吸着材として用いることができる。PSA方式のガス分離は、吸着材に対するガス圧力とガス吸着量との違いを利用することを原理とする。
【0071】
活性炭やゼオライトなどのガスの吸着等温線と脱着等温線とが一致する挙動を示す吸着材ではガス吸着材には吸着量の差はあっても二種類以上のガス(たとえばAガス、Bガス)の両方が、吸着量の差はあっても、吸着する場合が多い。そのためこのような従来材料を用いてPSA方式によるガス分離を行う場合、AガスおよびBガスの双方が吸着しているため、オフガスにはBガスと共にAガスも含まれる。従って、Aガスのみを分離する場合には極めて非効率的であり、製品ガスとしてAガスの純度を高くするためには、オフガス中へのAガスのロスも大きくなる欠点がある。
【0072】
一方、本発明の吸着材Aでは、明確なガス吸着開始圧と脱着開始圧が存在し、かつ、それがガス種によって異なるという現象がみられる。このため例えば酸素と窒素の混合ガスを吸着材Aに両ガスが吸着する圧力以上で暴露して酸素と窒素の両方を吸着させ、ついで酸素が脱着せず、窒素のみが脱着する圧力範囲にガス圧を制御することで酸素ガスを放出することなく、窒素ガスのみを分離することが可能になる。すなわちガス分離性能は飛躍的に向上し、1回のPSA操作でコンタミネーションのない極めて高純度のガスを得ることも可能である。ただし、2サイクル以上のPSA操作を行うことを排除するものではない。
【0073】
本発明のガス分離装置は、上述のように圧力のスイング幅が小さくてすむため、ガス分離装置の大幅な小型化にも寄与する。また、圧力スイング幅が小さいため圧力変化に要する時間が短縮され、省エネルギーで、さらに高純度ガスの製造ランニングコストおよび設備の固定費を低減することができる。高純度ガスを製品として販売する際のコスト競争力を高めることができることは勿論、自社工場内部で高純度ガスを用いる場合であっても、高純度ガスを必要とする設備に要するコストを削減できるため、結局最終製品の製造コストを削減する効果を有する。
【0074】
[ガス貯蔵装置への適用]
吸着材Aをタンク等の容器内部に収容することによって、従来材料を使用した場合よりも優れたガス貯蔵装置とすることができる。
【0075】
本発明の吸着材Aはガスの吸着開始圧と脱着開始圧が存在する。吸着開始圧以上の圧力で急激にガスをその吸着材の吸蔵能力いっぱいまで吸蔵し、脱着開始圧以下では吸着していたガスのほぼ全量を脱着開始圧で放出する。吸着材Aは従来材料と比較して、低圧でガス貯蔵量が大きいという特性を有し、低圧でガスを貯蔵する場合は好適に使用することが可能である。
【0076】
さらにまた、従来のガス吸着材はガスを脱着するに伴い放出されるガス圧が低下する。ところが実際の装置、たとえばガスエンジンなどでガスを使用する場合は極低圧、たとえば0.5MPa以下ではエンジンの作動性に問題が生じる。そのため従来のガス吸着材ではガス圧0.5MPa以下の貯蔵ガス(線より左の部分)は実質上使用できないため、貯蔵ガス圧の目減りが生じる。一方、本発明の吸着材Aはより高い圧力でほぼ全量のガスを放出するため、ガスの目減り現象は生じず、吸着材Aをガス貯蔵装置に使用した場合は、実行容量が大きいという好ましい特性が生じる。
【0077】
ガス貯蔵装置として、吸着材Aを利用したタンク等の容器を製造する場合は、それらの構成や材料は従来公知の技術を用いることができ、特に限定されるものではない。例えば、バルブ制御によってガスの出入りを制御できる金属製容器などを用いることができる。例えば、金属製の薄肉容器の外面に単位密度当たりの強度に優れる炭素繊維強化プラスチック材を巻き付けたものを用いることができる。容器にはガス貯蔵装置の内圧を制御するための調整弁を備えておけば、ガス貯蔵装置からガスを放出させる際に調整弁を活用することができる。
【0078】
ガス貯蔵装置におけるガス吸着材Aの収容方法は、耐圧容器中への充填などの公知手法を用いることができ、特に限定されるものではない。吸着材Aの収容量は、ガス貯蔵装置に求めるガス貯蔵能力に応じて決定すればよい。耐圧容器の形状や材質は特に限定されるものではない。本発明のガス貯蔵装置は、従来型のものと比較して、同じ貯蔵量を確保するためには、より低圧で構わないため、特別な耐圧構造を設けずともよい。この点で、コスト的に優位性があるといえる。
【0079】
吸着材Aが粉末状である場合には、ガス貯蔵装置を構成する容器に収容しようとすると、うまく充填できない恐れがある。形状自由度の高いタンクを用いる場合には特にこの問題が顕著となる恐れがある。この場合には、粉体を錠剤形状にして収容してもよい。錠剤形状の物を用いる場合には、取扱性に優れ、老朽化した化合物を交換する際などに非常に便利である。
【0080】
本発明のガス貯蔵装置は、これらに限定されるものではないが、業務用ガスタンク、民生用ガスタンク、車両用燃料タンクなど各種の適用用途を有する。搬送時や貯蔵時のガス圧力を減少させ得ることに起因する効果としては、形状自由度の向上がまず挙げられる。
従来のガス貯蔵装置においては、貯蔵時の圧力を維持しなくてはガス吸着量を高く維持できない。
しかしながら、本発明のガス貯蔵装置においては、圧力を低下させても充分なガス吸着量を維持できる。このため、容器の耐圧性を低くすることができ、ガス貯蔵装置の形状をある程度自由に設計することができる。この効果は、例えば自動車などの車両用燃料ガスタンクとして本発明のガス貯蔵装置を用いた場合には絶大である。従来型の燃料ガスタンクにおいては、燃料ガスタンクの形状は車両の形状とは無関係に決定されてしまう。このため、必然的に相当量のデッドスペースが生じることになる。また、高圧を保つために特別な装置が必要ともなる。この点、燃料ガスタンクとして本発明のガス貯蔵装置を用いた場合には、上述のように耐圧性に関する制約が緩くなるため、形状をある程度自由に設計できる。具体的には、車両における車輪やシートなどの形状にフィットするようにガス貯蔵装置の形状を調節することが可能となる。その結果、車両の小型化、荷物スペースの確保、車両の軽量化による燃費向上などの各種実利が得られる。
【実施例】
【0081】
高分子金属錯体の調製方法はガス吸着材の種類によって異なるものであり、一義的に決定できるものではないが、ここでは、[Cu(CFBF2(bpy)](式中、bpyは4、4’-ビピリジンを表す。)の単位構造を有する金属錯体の合成方法の主な例を説明する。
赤外分光分析は、パーキンエルマー社製システム2000に、センサーテクノロジーズ社のダイヤモンドクリスタル一回反射ATRアタッチメントを取り付けて測定した。
【0082】
「実施例1」
試験管にCu(CFBF2水溶液(80mM、6.25mL)を入れ、さらにbpyのアセトン溶液(80mM,12.5mL)をゆっくりと積層し、2週間静置後、析出した青色結晶を減圧濾過し、減圧乾燥し、青色の高分子金属錯体の結晶を得た。
【0083】
X線結晶構造解析の結果、得られた結晶は二次元平面構造を有している事がわかった。
次に、結晶を3Paの減圧下、100℃で3時間乾燥し、アルゴン気流下で1.00gを秤量し、その粉体を1mol/Lのアンモニア水に溶解し、ジクロロメタンで抽出した。ジクロロメタンをロータリーエバポレーターにて留去し、得られたbpyをガスクロマトグラフ質量分析計(島津製作所QP5050A)を用いて定量分析した。またアンモニア水層をICP発光法により銅の含有量を測定した。またアンモニア水層を蒸留分離吸光光度法によりふっ素原子の含有量を調べた。さらにアンモニア水層をICP発光法によりほう素原子の含有量を調べた結果、3.02質量%で有ることがわかった。これらをあわせて得られた結晶の組成は[Cu(CFBF2(bpy)]であることがわかった。
【0084】
「実施例2」
試験管にCu(BF4)水溶液(80mM、6.25mL)を入れ、KCFBF(1.0mmol)を加えて溶かし、さらにbpyのアセトン溶液(80mM,12.5mL)をゆっくりと積層し、2週間静置後、析出した青色結晶を減圧濾過し、減圧乾燥し、青色の高分子金属錯体の結晶を得た。
【0085】
X線結晶構造解析の結果、得られた結晶は二次元平面構造を有している事がわかった。
実施例1と同様に元素分析を行った所、得られた結晶の組成は[Cu(CFBF2(bpy)]であることがわかった。
【0086】
「実施例3」
試験管にCu(BF4) 水溶液(80mM、6.25mL)を入れ、KCFBF (2.0mmol)を加えて溶かし、さらにbpyのアセトン溶液(80mM,12.5mL)をゆっくりと積層し、2週間静置後、析出した青色結晶を減圧濾過し、減圧乾燥し、青色の高分子金属錯体の結晶を得た。
【0087】
X線結晶構造解析の結果、得られた結晶は二次元平面構造を有している事がわかった。
また、実施例1と同様に元素分析を行った所、得られた結晶の組成は[Cu(CFBF2(bpy)]であることがわかった。
【0088】
「実施例4」
試験管にCu(CFBF水溶液(80mM、6.25mL)を入れ、NaPF(1.5マイクロモル)を加えて溶かし、さらにbpyのアセトン溶液(80mM,12.5mL)をゆっくりと積層し、2週間静置後、析出した青色結晶を減圧濾過し、減圧乾燥し、青色の高分子金属錯体の結晶を得た。
【0089】
X線結晶構造解析の結果、得られた結晶は二次元平面構造を有している事がわかった。
また、実施例1と同様に元素分析を行った所、得られた結晶の組成は[Cu(CFBF2(bpy)]であり、PFイオンは含まれていないことがわかった。
【0090】
「実施例5」
試験管にCu(BF4) 水溶液(80mM、6.25mL)を入れ、NaPF(3.5マイクロモル)を加えて溶かし、さらにbpyのアセトン溶液(80mM、12.5mL)をゆっくりと積層し、2週間静置後、析出した青色結晶を減圧濾過し、減圧乾燥し、青色の高分子金属錯体の結晶を得た。
【0091】
X線結晶構造解析の結果、得られた結晶は二次元平面構造を有している事がわかった。
また、実施例1と同様に元素分析を行った所、得られた結晶の組成は[Cu(CFBF2(bpy)]であり、PFイオンは含まれていないことがわかった。
【0092】
「実施例6」
試験管にCu(BF4) 水溶液(80mM、6.25mL)を入れ、NaPF(17.5マイクロモル)を加えて溶かし、さらにbpyのアセトン溶液(80mM、12.5mL)をゆっくりと積層し、2週間静置後、析出した青色結晶を減圧濾過し、減圧乾燥し、青色の高分子金属錯体の結晶を得た。
【0093】
X線結晶構造解析の結果、得られた結晶は二次元平面構造を有している事がわかった。
実施例1と同様に元素分析を行った所、得られた結晶の組成は[Cu(CFBF2(bpy)]であり、PFイオンは含まれていないことがわかった。
【0094】
「実施例7」
試験管にCu(BF4)水溶液(80mM、6.25mL)を入れ、NaPF(37.5マイクロモル)を加えて溶かし、さらにbpyのアセトン溶液(80mM,12.5mL)をゆっくりと積層し、2週間静置後、析出した青色結晶を減圧濾過し、減圧乾燥し、青色の高分子金属錯体の結晶を得た。
【0095】
X線結晶構造解析の結果、得られた結晶は二次元平面構造を有している事がわかった。
また、実施例1と同様に元素分析を行った所、得られた結晶の組成は[Cu(CFBF2(bpy)]であり、PFイオンは含まれていないことがわかった。
【0096】
「実施例8」
4、4’-ビピリジンに代えて、3、3’-ビピリジンを用いた以外は実施例7と同様にして、青色の高分子金属錯体の結晶を得た。
X線結晶構造解析の結果、得られた結晶は二次元平面構造を有している事がわかった。
また、実施例1と同様に元素分析を行った所、得られた結晶の組成は[Cu(CFBF2(3,3'-bpy)]であり、PFイオンは含まれていないことがわかった。
【0097】
「実施例9」
4、4’-ビピリジンに代えて、3、4’-ビピリジンを用いた以外は実施例7と同様にして、青色の高分子金属錯体の結晶を得た。
X線結晶構造解析の結果、得られた結晶は二次元平面構造を有している事がわかった。
また、実施例1と同様に元素分析を行った所、得られた結晶の組成は[Cu(CFBF2(3,4'-bpy)]であり、PFイオンは含まれていないことがわかった。
【0098】
「実施例10」
実施例1で得られた高分子金属錯体10gに対し、ゼオライト13Xを1g混合して、実施例10の吸着材とした。
【0099】
「比較例1」
試験管にCu(CFBF水溶液(80mM、6.25mL)を入れ、NaPF(40.0マイクロモル)を加えて溶かし、さらに4,4’-bpyのエタノール溶液(80mM,12.5mL)をゆっくりと積層し、2週間静置後、析出した青色結晶を減圧濾過し、減圧乾燥し、青色の高分子金属錯体の結晶を得た。
【0100】
X線結晶構造解析の結果、得られた結晶は二次元平面構造を有している事がわかった。
また、実施例1と同様に元素分析を行った所、得られた結晶の組成は[Cu(CFBF2(bpy)]であり、PFイオンは含まれていないことがわかった。
【0101】
「吸着特性評価」
得られた高分子金属錯体のガス吸着特性を、窒素ガス吸着法により評価した。ガス吸着測定は、日本ベル社製ガス吸着装置ベルソープミニIIを使用し、77Kの温度にて測定した。測定に先立ち、90℃3時間減圧乾燥前処理を施した。この結果、実施例1〜7で得られた高分子金属錯体の最大ガス吸着量は180mL/gであった。
【0102】
表1に示すように、実施例1〜9で得られた高分子金属錯体はいずれも急峻なガス吸着特性を示し、PFイオンが共存する条件である実施例4〜7で得られた高分子金属錯体は特に急峻なガス吸着特性を示す事がわかった。また、実施例10の吸着材については、実施例1の高分子金属錯体とゼオライトとを混合したことで、急峻なガス吸着性を失うことなく、最大吸着量が増大することがわかった。
【0103】
ここで急峻なガス吸着特性とは、ゲート吸着増加量(吸着完了圧と吸着開始圧との差圧値で、最大吸着量を除した値(吸着曲線の傾き、(mL/g・(P/P0)))が大きい、すなわち少ない吸着圧力変動で大きな吸着量増加が得られた場合を意味する。全ての圧力は、飽和蒸気圧を1とした時の相対圧力で示す。
【0104】
なお、吸着開始圧及び吸着完了圧は、吸着曲線の一次微分曲線から求められる。すなわち、図3に示す吸着曲線の一次微分曲線は、吸着量が大きく変動する圧力近傍にピークを有する曲線になるが、本明細書では、一次微分曲線のピークの立ち上がり点における圧力を吸着開始圧とし、ピークの終端点における圧力を吸着完了圧とする。
【0105】
また、イオン強度を表1に示す。ここでイオン強度とは、ダイヤモンド一回反射ATR法により測定した赤外分光データに於いて、(CFBFイオンに帰属される1056cm−1の吸収強度を、4,4'-bpy、3,3'-bpyまたは3,4'-bpyに帰属される1614cm−1の吸収強度(何れもT%, 無修正)で除した値である。実施例1〜9の方法で製造された結晶は、何れもイオン強度が1.4以上であることが判った。
【0106】
一方、比較例1について、ガス吸着特性を実施例と同様に評価した所、下記表1の通りとなり、イオン強度が1.4未満となり、吸着曲線の傾きが小さくなった。
【0107】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明の高分子金属錯体は、配位子の整列によって形成される多数の微細孔が物質内部に存在する。この多孔性を生かして様々な物質の吸着、除去に利用できる。たとえば、空気中の有毒物質の除去、水中の無機、有機物などの不要物の除去による水の浄化、あるいは空気や水中の有用な物質を吸着して、これを取り出すことで有用物質の空気や水からの回収が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)の単位構造を有する二次元平面格子積層型の結晶構造であって、赤外分光による1056cm−1の吸収強度が1614cm−1の吸収強度の1.4倍以上を示すことを特徴とする高分子金属錯体。
[X(CFBF] (1)
(ただし、式中Xは、コバルト、ニッケル、銅のいずれかの二価イオンであり、Lは有機配位子である。)
【請求項2】
前記有機配位子Lが、4,4’−ビピリジン、3,3’−ビピリジン、3,4’−ビピリジンのうちの何れか1種以上である請求項1に記載の高分子金属錯体。
【請求項3】
(CFBFイオン及びPFイオンが含まれる金属塩を原料として合成されたことを特徴とする請求項1または2記載の高分子金属錯体。
【請求項4】
(CFBFイオンとPFイオンのモル比率が、(CFBFイオン100に対し、PFイオンが7.5以下であることを特徴とする請求項3記載の高分子金属錯体。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の高分子金属錯体を含むガス吸着材。
【請求項6】
請求項5に記載のガス吸着材を備えたことを特徴とする圧力スイング吸着方式ガス分離装置。
【請求項7】
請求項5に記載のガス吸着材を内部に収容してなるガス貯蔵装置。

【図1A】
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【図1B】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−12309(P2012−12309A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−147873(P2010−147873)
【出願日】平成22年6月29日(2010.6.29)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】