説明

高分子錯体の製造方法、及び該製造方法によって得られる高分子錯体

【課題】高分子錯体の製造方法、及び該製造方法によって得られる高分子錯体を提供する
【解決手段】高分子錯体の製造方法であって、配位性部位を2つ以上有する配位子及び中心金属としての金属イオンを含み、且つ、前記配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された第1の三次元ネットワーク構造内に、三次元的に規則正しく整列した第1の細孔を有する原料錯体を準備する工程、並びに、前記原料錯体を、液状の外相を実質的に含まない固体状態のまま、加熱を行うことによって、前記配位子及び前記中心金属イオンを含み、且つ、前記配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された第2の三次元ネットワーク構造内に、三次元的に規則正しく整列した第2の細孔を有し、且つ、前記原料錯体よりも熱的安定性の高い高分子錯体へと変換する工程を含むことを特徴とする、高分子錯体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子錯体の製造方法、及び該製造方法によって得られる高分子錯体に関する。
【背景技術】
【0002】
内部に微小細孔を有する多孔質材料は、その比表面積の大きさを利用した機能性材料として、吸収・吸着材、分子ふるい、イオン交換材料、ナノ材料作成の鋳型、クロマトグラフィーの担体、物質の貯蔵・捕捉材料等に、また、軽量で衝撃吸収性があることを利用した構造材料として、応力若しくは衝撃の緩和材、防音材、制震材等に幅広く応用することができる。
【0003】
多孔質材料に関する技術は、従来から多数報告されている。特許文献1は、細孔と、少なくとも1種の金属イオンと、前記金属イオンに配位結合された少なくとも1種の少なくとも二座の有機化合物とを含有する金属有機フレームワーク材料において、材料が成形体の形であることを特徴とする金属有機フレームワーク材料の技術を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2005−528204号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示された金属有機フレームワーク材料は、特に該文献中の実施例1及び2から分かるように、その製造の際に、該材料の原料となる二座の有機化合物や金属化合物の他にも、さらに該原料を溶解する溶媒が1種類以上必要となるため、材料コストの観点から、実用化が困難であると考えられる。
【0006】
本発明は、上記実状を鑑みて成し遂げられたものであり、高分子錯体の製造方法、及び該製造方法によって得られる高分子錯体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の高分子錯体の製造方法は、配位性部位を2つ以上有する配位子及び中心金属としての金属イオンを含み、且つ、前記配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された第1の三次元ネットワーク構造内に、三次元的に規則正しく整列した第1の細孔を有する原料錯体を準備する工程、並びに、前記原料錯体を、液状の外相を実質的に含まない固体状態のまま、加熱を行うことによって、前記配位子及び前記中心金属イオンを含み、且つ、前記配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された第2の三次元ネットワーク構造内に、三次元的に規則正しく整列した第2の細孔を有し、且つ、前記原料錯体よりも熱的安定性の高い高分子錯体へと変換する工程を含むことを特徴とする。
【0008】
このような構成の高分子錯体の製造方法は、固体状態の前記原料錯体に熱を加えることのみによって、目的の高分子錯体を得ることができる簡便な方法であり、溶媒を用いたり、特別な装置を必要としたりすることがないため、生産に要するコストを極めて低く抑えることができる。また、このような構成の高分子錯体の製造方法は、固体状態の前記原料錯体を、溶媒等に溶解させたり、分散液中に分散させたりする必要が無いため、錯体合成後に溶媒等を除去する手間を必要とせず、生産工程を極めて短く設計することができる。さらに、このような構成の高分子錯体の製造方法は、高分子錯体の合成時間が短いため、生産に要する時間を短縮することができる。また、このような構成の高分子錯体の製造方法は、細孔を有する高分子錯体を、大量に且つ均一に製造することができる。さらに、このような構成の高分子錯体の製造方法は、原料錯体よりも熱安定性の高い高分子錯体を得ることができる。
【0009】
本発明の高分子錯体の製造方法の一形態としては、前記原料錯体が、1気圧、室温で固体状態であるという構成をとることができる。
【0010】
本発明の高分子錯体の製造方法は、350〜800Kの範囲の温度に前記加熱を行うことが好ましい。
【0011】
このような構成の高分子錯体の製造方法は、目的の高分子錯体を効率よく得ることができる。
【0012】
本発明の高分子錯体の製造方法は、前記原料錯体を準備する工程が、前記金属イオンを発生させる金属化合物、及び、該金属化合物を溶解する溶媒Aとを混合した金属溶液、並びに、前記配位子、及び、該配位子を溶解する溶媒Bとを混合した配位子溶液、を単一相となるように混合することによって、前記原料錯体の微結晶を合成する工程を含むことが好ましい。
【0013】
このような構成の高分子錯体の製造方法は、三次元的に規則的に整列した第1の細孔を有する前記原料錯体の微結晶粉末を、液−液拡散法と比較して非常に短時間で、且つ、大量に合成することができる。
【0014】
本発明の高分子錯体の製造方法の一形態としては、前記金属溶液と前記配位子溶液との混合工程を室温にて行うという構成をとることができる。
【0015】
本発明の高分子錯体の製造方法の一形態としては、前記金属化合物が、ヨウ化亜鉛(II)であるという構成をとることができる。
【0016】
本発明の高分子錯体の製造方法の一形態としては、前記配位子が有する配位結合部位が形成する配位結合の方向が、擬同一平面上に存在するという構成をとることができる。
【0017】
本発明の高分子錯体の製造方法の一形態としては、前記配位子が有する配位結合部位が、該配位子の中心部に対して等間隔放射状に配置されているという構成をとることができる。
【0018】
本発明の高分子錯体の製造方法の一形態としては、前記配位子は、下記式(1)で表される芳香族化合物であるという構成をとることができる。
【0019】
【化1】

(式中、Arは芳香環を有する構造である。Xは2価の有機基であるか又はArとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位原子又は配位原子を含む原子団である。nは3〜6の数を表す。一分子内に含まれる複数のX同士は互いに異なっていてもよく、且つ、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。)
【0020】
本発明の高分子錯体の製造方法の一形態としては、前記配位子が2,4,6−トリス−(4−ピリジル)−1,3,5−トリアジンであるという構成をとることができる。
【0021】
本発明の高分子錯体の製造方法の一形態としては、前記溶媒Bが芳香族化合物であるという構成をとることができる。
【0022】
本発明の高分子錯体は、上述した製造方法から得られる高分子錯体であって、前記第2の細孔が、細長いチャンネル形状を有していることを特徴とする。
【0023】
本発明の高分子錯体は、前記第2の細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面における該第2の細孔の内接円の直径が、2〜70Åであることが好ましい。
【0024】
このような構成の高分子錯体は、ゲスト成分を細孔内に効率よく取り込むことができる。
【0025】
本発明の高分子錯体は、前記第2の細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面における該細孔の内接楕円の長径が、5〜70Åであり、該内接楕円の短径が、2〜50Åであることが好ましい。
【0026】
このような構成の高分子錯体は、ゲスト成分を細孔内に効率よく取り込むことができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、固体状態の前記原料錯体を、加熱を行うことのみによって、目的の高分子錯体を得ることができる簡便な方法であり、溶媒を用いたり、特別な装置を必要としたりすることがないため、生産に要するコストを極めて低く抑えることができる。また、本発明によれば、固体状態の前記原料錯体を、溶媒等に溶解させたり、分散液中に分散させたりする必要が無いため、錯体合成後に溶媒等を除去する手間を必要とせず、生産工程を極めて短く設計することができる。さらに、本発明によれば、高分子錯体の合成時間が短いため、生産に要する時間を短縮することができる。また、本発明によれば、細孔を有する高分子錯体を、大量に且つ均一に製造することができる。さらに、本発明によれば、原料錯体よりも熱安定性の高い高分子錯体を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】錯体変換工程を、(下から順に)300K、323K、423K、473K、523K、573K及び673Kの温度下において測定した、PXRDパターンを示した図である。
【図2】原料錯体1の結晶構造(図2(a))と、原料錯体1から錯体変換工程を経て得られた高分子錯体2の構造(図2(b)〜(d))を示した図である。
【図3】高分子錯体2の局部構造を示した図である。
【図4】高分子錯体2が有する第2の細孔内に、ニトロベンゼン分子が包接された様子を示した空間充填モデルである。
【図5】原料錯体1の、シミュレーションにより得られた理論回折パターン、及び実測回折パターンを並べて示した図である。
【図6】高分子錯体2の実測回折パターンと、Rietveld解析による理論回折パターンとを重ねて示した図である。
【図7】高分子錯体2のTG−DSCチャートである。
【図8】623K、及び723Kでそれぞれ得られた高分子錯体2のPXRDパターンを並べて示した図である。
【図9】ニトロベンゼン分子を包接した高分子錯体2の実測回折パターンと、Rietveld解析により得られた理論回折パターンとを重ねて示した図である。
【図10】高分子錯体2の実測回折パターンと、ニトロベンゼン分子を包接した高分子錯体2の実測回折パターンを並べて示した図である。
【図11】高分子錯体2の実測回折パターンと、原料錯体1の異なる温度下での実測回折パターンを並べて示した図である。
【図12】ニトロベンゼン分子を包接した高分子錯体2を、423Kで2時間加熱した後の実測回折パターン、及び原料錯体1の実測回折パターンを重ねて示した図である。
【図13】ニトロベンゼン分子を包接した高分子錯体2のTG−DSCチャートである。
【図14】細孔の延在する方向を決定する方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明の高分子錯体の製造方法は、配位性部位を2つ以上有する配位子及び中心金属としての金属イオンを含み、且つ、前記配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された第1の三次元ネットワーク構造内に、三次元的に規則正しく整列した第1の細孔を有する原料錯体を準備する工程、並びに、前記原料錯体を、液状の外相を実質的に含まない固体状態のまま、加熱を行うことによって、前記配位子及び前記中心金属イオンを含み、且つ、前記配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された第2の三次元ネットワーク構造内に、三次元的に規則正しく整列した第2の細孔を有し、且つ、前記原料錯体よりも熱的安定性の高い高分子錯体へと変換する工程を含むことを特徴とする。
【0030】
細孔を有する結晶材料を、加熱操作によって製造する方法としては、例えば、水熱合成が知られている。
水熱合成とは、高温高圧水の存在下で、物質の合成及び結晶を育成する方法のことであり(化学辞典(東京化学同人、第1版)より)、常温常圧下では水に溶けにくい物質でも、高温高圧水溶液中では溶解度が増大し、反応速度も増大するため、物質を合成したり、結晶を成長させたりすることができる方法のことである。
しかし、水熱合成においては、溶媒として水が必須であるため、純度の高い結晶を得るためには、結晶合成後に水を除去する工程が必須である。また、水熱合成においては、反応容器として、高温高圧水溶液を密閉することが可能な、耐圧、耐熱且つ耐蝕性のオートクレーブ又はテストチューブ型の容器を用いることが必須となるため、合成のコストが余計に生じるという問題点があった。さらに、溶媒を必要とする細孔形成法により得られる生成物は、準安定構造を有するものがほとんどであり、したがって、これらの生成物は、熱的安定性に欠けるものが多く、加熱によって結晶構造が壊れてしまうという欠点があった。
【0031】
このような従来技術に対し、本発明に係る高分子錯体の製造方法は、固体状態の原料錯体に熱を加えることのみによって、目的の高分子錯体を得ることができる簡便な方法であり、溶媒を用いたり、特別な装置を必要としたりすることがないため、生産に要するコストを極めて低く抑えることができる。また、本発明に係る製造方法は、固体状態の原料錯体を、溶媒等に溶解させたり、分散液中に分散させたりする必要が無いため、錯体合成後に溶媒等を除去する手間を必要とせず、生産工程を極めて短く設計することができる。さらに、本発明に係る製造方法は、高分子錯体の合成時間が短いため、生産に要する時間を短縮することができる。すなわち、本発明に係る高分子錯体の製造方法は、金銭的・時間的コストを削減し、生産工程を短縮しうるという点で、従来技術と比較して高い生産性が実現できる。
また、上記生産性のメリット以外にも、本発明に係る高分子錯体の製造方法は、細孔を有する高分子錯体を、大量に且つ均一に製造することができ、且つ、該高分子錯体は原料錯体よりも熱安定性の高い錯体である。本発明に係る高分子錯体の詳しい性質については後述する。
【0032】
本発明の錯体の製造方法は、原料錯体を準備する工程と、該原料錯体をより熱的安定性の高い高分子錯体へと変換する工程(以下、錯体変換工程ということがある。)の2工程を含む。
本明細書においては、原料錯体を準備する工程、錯体変換工程について順を追って説明し、最後に本発明に係る製造方法によって得られた高分子錯体について説明する。
【0033】
1.原料錯体を準備する工程
本発明において使用される原料錯体は、配位性部位を2つ以上有する配位子及び中心金属としての金属イオンを含み、且つ、前記配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された第1の三次元ネットワーク構造内に、三次元的に規則正しく整列した第1の細孔を有する錯体である。
このような原料錯体であれば、本発明に係る製造方法に用いるにあたって、特に限定されることはない。また原料錯体は、配位子及び金属イオンの他にも、他の構成要素が含まれていてもよく、例えば、原料錯体中の第1の細孔内に、ゲスト成分が含まれていてもよい。
【0034】
原料錯体に含まれる、配位性部位を2つ以上有する配位子(以下、原料錯体に含まれる配位子ということがある。)は、中心金属イオンに配位して、第1の細孔を有する第1の三次元ネットワーク構造を構築し維持できるものであれば特に限定されることはない。このような配位子としては、例えば、下記式(1)で表される芳香族化合物が挙げられる。
【0035】
【化2】

(式中、Arは芳香環を有する構造である。Xは2価の有機基であるか又はArとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位原子又は配位原子を含む原子団である。nは3〜6の数を表す。一分子内に含まれる複数のX同士は互いに異なっていてもよく、且つ、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。)
【0036】
ここで、式(1)において、Arは、擬平面構造を形成するπ平面を有するものである。Arとしては特に限定されず、配位子の分子サイズが原料錯体内に形成される前記第1の細孔のサイズにある程度影響することを考慮して適宜選択すればよい。具体的には、単環性の芳香環、特に6員環の芳香環、或いは、2〜5環性の縮合多環性の芳香環、特に6員環の芳香環が2〜5個縮合した縮合多環性の芳香環が挙げられる。
【0037】
合成の容易性から、Arとしては、6員環の芳香環等の単環性芳香環が好ましい。単環性の6員環の芳香環としては、例えば、ベンゼン環、トリアジン環、ピリジン環、ピラジン環等が挙げられる。
【0038】
Arは、芳香環を有する構造であればよく、一部に脂環式環状構造を含んでいてもよいし、環内ヘテロ原子を含んでいてもよい。また、−(X−Y)以外の置換基を有していてもよい。
【0039】
式(1)において、ArとYとの間に介在するXについて、2価の有機基としては、原料錯体中に形成される第1の細孔に要求されるサイズ等によって適宜その鎖長等を選択すればよく、例えば、炭素数2〜6の2価の脂肪族基、6員環の2価の単環性芳香環、6員環の芳香環が2〜4個縮合した縮合多環性芳香環が挙げられる。
【0040】
ここで芳香環は、環内ヘテロ原子を含んでいてもよく、置換基を有していてもよい。また、一部に脂環式構造を含むものであってもよい。脂肪族基は、分岐構造を有していてもよいし、不飽和結合を含んでいてもよいし、ヘテロ原子を含んでいてもよい。
【0041】
上記2価の有機基の具体例としては、フェニレン基、チオフェニレン、フラニレン等の単環性芳香環や、ナフチル基及びアントラセン等のベンゼン環が縮合した縮合多環性芳香環、アセチレン基、エチレン基、アミド基、エステル基等の脂肪族基、並びにこれらの基が任意の数及び順序で連結した構造を有するものが挙げられる。一分子中に含まれる複数のXは、互いに同一であっても異なっていてもよいが、通常、合成の容易性の観点から、同一であることが好ましい。
【0042】
Yは、中心金属となる中心金属イオンに配位することができる配位原子又は配位原子を含む原子団であり、中心金属イオンに配位して三次元ネットワーク構造を形成できるものであれば、特に限定されない。例えば、下記式(2)で表される基が挙げられる。
【0043】
【化3】

【0044】
式(2b)、(2c)及び(2d)は、共鳴構造をとることにより、中心金属イオンに孤立電子対を供与できる。以下に、式(2c)の共鳴構造を代表例として示す。
【0045】
【化4】

【0046】
Yは、配位原子そのものであってもよいし、配位原子を含む原子団であってもよい。例えば、上記4−ピリジル基(2a)は、配位原子(N)を含む原子団である。Yの配位原子が有する孤立電子対により、中心金属イオンに配位結合する際、適度な配位力が得られる点からは、上記式のうちピリジル基(2a、2f)が特に好ましい。
一分子中に含まれる複数のYは、互いに同一であっても異なっていてもよい。
【0047】
原料錯体に含まれる配位子は、該配位子を構成する全配位性部位がほぼ同一平面内に存在する芳香族化合物であることが好ましく、特にπ共役系により芳香族化合物配位子全体として擬平面形状であることが好ましい。すなわち、上記式(1)式で表される芳香族化合物配位子に含まれる全てのYは、ほぼ同一平面内に存在することが好ましい。特に、Arと共に、Arに結合する複数の−(X−Y)がπ共役系により一体化して安定な擬平面構造をとり、該擬平面構造の中に全てのYが存在することが好ましい。
【0048】
Arと複数の−(X−Y)がπ共役系により一体化して擬平面構造をとる芳香族化合物配位子において、−(X−Y)は剛直な直線状の構造を有し、使用を意図する環境において、その軸周り回転が制限されるものであることが、配位子同士の効果的なπ−π相互作用の発現の観点から好ましい。
【0049】
このような観点から、上記にて例示されたもののうち、Xとしては、ArとYを直接結ぶ単結合、フェニレン基等の単環性芳香環やナフチル基及びアントラセン等の縮合多環性芳香環のような芳香環、アセチレン基及びエチレン基等の脂肪族基、並びにこれらの基が任意の数及び順序で連結した構造を有するものが好ましい。−(X−Y)が芳香環、アセチレン基、エチレン基からなる構造或いはこれらが連結した構造を有する場合には、立体障害により軸回転が制限される。さらに、芳香環、アセチレン基、エチレン基からなる構造が、π電子が非局在化した共役系を形成する場合には、立体配座のエネルギー障壁によっても軸回転が制限される。従って、上記式(1)で表される芳香族化合物配位子が一体化して擬平面構造をとることができ、安定した三次元ネットワーク構造を形成することができる。
【0050】
また、Yで表される配位原子又はYに含まれる配位原子は、原料錯体の設計の容易性の点から、上記剛直な直線状の構造を有する−(X−Y)の軸の延長方向に孤立電子対を有していることが好ましい。
【0051】
Arに結合する−(X−Y)の数は、Arの構造にもよるが、通常、3〜6個である。また、−(X−Y)は、Arを中心とするほぼ同一平面内に等間隔の放射状に配位原子が配置されるように、Arに結合していることが好ましい。
【0052】
以上のような、一つの芳香環含有構造Arを中心として、該芳香環のπ共役系により形成される平面の広がる方向に向かって等間隔の放射状に配位原子が配置された構造を有する芳香族化合物配位子としては、以下の式(4)で表されるものが挙げられる。下記式(4)に示された配位子の中でも、特に2,4,6−トリス(4−ピリジル)−1,3,5−トリアジン(式4a)を用いることが好ましい。
【0053】
【化5】

【0054】
原料錯体に含まれる、中心金属としての金属イオンは、複数の配位子が配位して第1の三次元ネットワーク構造を構築するものであり、複数の配位子を繋ぎ合わせる留め金の役割を果たす。このような留め金の役割を果たす金属種としては、正四面体の各頂点で他の原子と配位結合することができるもの、いわゆるテトラヘドラル型の配位結合を形成できるものが挙げられる。
【0055】
原料錯体に含まれる、中心金属としての金属イオンとしては、様々な金属イオンを適宜選んで用いればよいが、遷移金属イオンが好ましい。本発明において遷移金属とは、周期表の12族の亜鉛、カドミウム、水銀も含むものであり、中でも、周期表の8〜12族のものが好ましく、具体的には、亜鉛、銅、ニッケル、コバルト、鉄、銀等が好ましい。
【0056】
原料錯体においては、中心金属イオンは、通常、金属塩等の化合物の形で三次元格子状構造内に存在する。これら中心金属イオンを含む金属化合物としては、ハロゲン金属塩が挙げられ、具体的には、ZnI、ZnCl、ZnBr、NiI、NiCl、NiBr、CoI、CoCl、CoBr等が好ましく用いられる。
【0057】
原料錯体は、上述した配位子が上述した中心金属イオンに配位して形成された第1の三次元ネットワーク構造内に、三次元的に規則正しく整列した第1の細孔を有する錯体であればよい。この際、第1の三次元ネットワーク構造及び第1の細孔は特に限定されない。ただし、後述するように、原料錯体が有する第1の三次元ネットワーク構造は、後述する本発明の製造方法により得られる高分子錯体が有する第2の三次元ネットワーク構造とは異なるものであり、また、原料錯体が有する第1の細孔は、後述する本発明の製造方法により得られる高分子錯体が有する第2の細孔とは異なるものである。
【0058】
以下、本発明において用いられる原料錯体を準備する工程について、本発明者らの一部が既に特許出願を行った製造方法(特開2008−214584)を好ましい例として説明する。本明細書に記載されていない、原料錯体の製造方法の詳細については、該特許出願の公開公報を参照することができる。
なお、原料錯体の製造方法は、必ずしも該製造方法に限定されることはない。
【0059】
本発明の高分子錯体の製造方法は、三次元的に規則的に整列した第1の細孔を有する原料錯体の微結晶粉末を、液−液拡散法と比較して非常に短時間で、且つ、大量に合成することができるという観点から、原料錯体を準備する工程が、金属イオンを発生させる金属化合物、及び、該金属化合物を溶解する溶媒Aとを混合した金属溶液、並びに、配位子、及び、該配位子を溶解する溶媒Bとを混合した配位子溶液、を単一相となるように混合することによって、原料錯体の微結晶を合成する工程を含むことが好ましい。
【0060】
本発明において用いられる原料錯体の好ましい合成方法は、配位子と、これら複数の多座配位子を繋ぎ合わせる留め金の役割を果たす金属イオンとを、細孔の鋳型となるテンプレート溶媒の存在下、単一相となるように混合することで瞬時に配位結合させ、その自己組織化によって第1の三次元ネットワーク構造を有する原料錯体を形成する方法である。
原料錯体の好ましい合成方法は、液−液拡散法と異なり、原料錯体を構成する上記成分を、単一相となるように短時間で混合することで合成するものであり、該合成方法によって得られる原料錯体は、速度論的支配の生成物といえる。従って、速度論的視点で原料錯体の設計、反応条件等を設定することで、速度論的に安定した原料錯体を合成することが可能である。
【0061】
また、原料錯体の好ましい合成方法において、原料錯体が有する第1の細孔は、配位子及び該配位子を溶解する溶媒Bを混合した配位子溶液において、該溶媒Bによるテンプレート効果により形成されると考えられる。すなわち、配位子と強い相互作用を有する溶媒は、原料錯体形成時に、その相互作用により原料錯体内へと入り込み、原料錯体内に空間を形成すると考えられる。そして、原料錯体形成後、ゲスト交換によりテンプレート溶媒を取り除いたとしても、その細孔は保持される。従って、原料錯体の三次元構造を形成する金属化合物及び配位子のみならず、配位子を溶解する溶媒Bの選択によって、第1の細孔の形状、大きさ等を精密に制御することが可能である。
【0062】
以上のように、原料錯体の好ましい合成方法によれば、第1の細孔を有する原料錯体を短時間で合成することが可能である。原料錯体の合成に要する時間は、混合する金属溶液と配位子溶液の量、攪拌混合方法、反応容器形状、反応温度等によって異なるが、該合成方法によれば、金属溶液と配位子溶液とを接触させ、微結晶を生成させるまでに、1分以下の秒スケールの攪拌混合時間で原料錯体を合成することが可能である。
しかも、得られる原料錯体は単一成分であることから、選択的に大量合成することができる。さらには、上述したように、金属化合物、配位子、及びこれらを溶解する溶媒を適宜組み合わせることで、得られる原料錯体の第1の細孔のサイズ、形状等を精密に制御することも可能である。
【0063】
原料錯体の好ましい合成方法において用いられる、金属化合物を溶解する溶媒A、及び金属化合物と溶媒Aとを混合した金属溶液の調整方法については、それぞれ上述した特開2008−214584号公報の段落24〜26に記載されたもの及び方法を用いることができる。
金属イオンを発生させる金属化合物としては、例えば、上述したヨウ化亜鉛(II)を用いることができる。
【0064】
配位子を溶解する溶媒B、及び配位子と溶媒Bとを混合した配位子溶液の調整方法については、それぞれ上述した特開2008−214584号公報の段落49〜51に記載されたもの及び方法を用いることができる。
溶媒Bとしては、例えば、芳香族化合物を用いることができる。上記式(1)で表される配位子は、芳香環を有しているため、溶媒Bとして芳香族化合物を用いることで、配位子−溶媒B間の相互作用を強めることができ、確実に規則的な第1の細孔を形成することが可能となる。具体的には、ニトロベンゼン、ベンゼン、トルエン等が挙げられる。溶媒Bは1種のみでも、2種以上の混合物でもよい。
【0065】
金属イオンを発生させる金属化合物及び溶媒Aを混合した金属溶液、並びに、配位子及び溶媒Bを混合した配位子溶液とを、単一相となるように瞬時に混合することで、配位子溶液中の配位子が金属溶液中に発生した金属イオンに配位し、三次元的に規則正しく整列した第1の細孔が形成された第1の三次元ネットワーク構造を有する原料錯体の微結晶が得られる。
金属溶液と配位子溶液との混合方法、攪拌方法は、上述した特開2008−214584号公報の段落53に記載された方法を用いることができる。
金属溶液と配位子溶液の混合工程における条件は特に限定されず、例えば、反応温度も室温(約10〜30℃)のような穏やかな条件下で行うことができる。
【0066】
下記式(5)は、原料錯体の準備工程の典型例を示した式である。
上述した配位子の一種である2,4,6−トリス(4−ピリジル)−1,3,5−トリアジン(以下、TPTと略す)のニトロベンゼン溶液と、上述した金属化合物の一種であるZnIのメタノール溶液とを室温で混合し、単一相となるように30秒攪拌混合することによって、第1の三次元ネットワーク構造を有する原料錯体(以下、原料錯体1という。)を合成することができる。
【0067】
【化6】

【0068】
2.原料錯体をより熱的安定性の高い高分子錯体へと変換する工程(錯体変換工程)
本発明において、錯体変換工程とは、具体的には、上述した原料錯体を、液状の外相を実質的に含まない固体状態のまま、加熱を行うことによって、配位子及び中心金属イオンを含み、且つ、配位子が中心金属イオンに配位して形成された第2の三次元ネットワーク構造内に、三次元的に規則正しく整列した第2の細孔を有し、且つ、原料錯体よりも熱的安定性の高い高分子錯体へと変換する工程のことである。すなわち、該工程においては、原料錯体中の第1の三次元ネットワーク構造を構成する配位子及び中心金属イオンの配列が、加熱によって組み替わることによって、新しい第2の三次元ネットワーク構造を有する高分子錯体が生成する。
なお上述したように、原料錯体として、配位子及び中心金属イオン以外の構成要素(例えば、ゲスト成分等)を含むものを用いることがあるが、加熱によって新しい高分子錯体へと変換された後には、これらの構成要素は除去されていることが好ましい。
加熱のため、原料錯体中の第1の三次元ネットワーク構造を構成する配位子及び/又は中心金属イオンの一部が失われたり、変質したりすることにより、加熱の前後で配位子及び中心金属イオンの組成比が変わっていてもよい。ただし、加熱の前後で配位子及び中心金属イオンの組成比が変動せずに、そのまま第2の三次元ネットワーク構造を構築する材料となることが好ましい。
【0069】
本発明の錯体変換工程において、「原料錯体の固体状態」とは、原料錯体が外見上乾燥している状態のことを意味する。
「原料錯体が外見上乾燥している状態」とは、マクロスケールで観測した際、例えば肉眼で観察した際に、原料錯体が固溶体状態や、液体状態でない状態のことを意味し、セミミクロスケールや、ミクロスケールで観測した際、例えば電子顕微鏡等で観察した際に、原料錯体が固溶体状態や、液体状態でないことを必ずしも意味しない。したがって、例えば、原料錯体内に溶媒分子等のゲスト成分を含んでおり、そのために原料錯体内部がミクロ領域で固溶体状態又は液体状態になっていても、上記「原料錯体が外見上乾燥している状態」に含まれる。
乾燥の目安としては、例えば、原料錯体の粉(例えば、微結晶)を、ろ紙等に挟んで圧迫しても、粉中に含まれた液体等によってろ紙が濡れないことを基準として用いることができる。
本発明の錯体変換工程においては、原料錯体が、1気圧、室温で固体状態であるものを用いることができる。ここでいう室温とは、錯体変換工程を行う場所の温度、好ましくは錯体変換工程を行う室内の温度のことをいい、具体的には、10〜30℃(すなわち、283〜303K)の温度のことをいう。
【0070】
本発明の錯体変換工程において、「原料錯体が液状の外相を実質的に含まない固体状態」とは、原料錯体が上述したような外見上乾燥している状態のみを意味するものではなく、原料錯体が若干液体で湿った状態をも含む。
「原料錯体が若干液体で湿った状態」とは、マクロスケールで観測した際、例えば肉眼で観察した際に、湿り気(水分による湿気に限られず、溶媒等を含んだ状態も指す)を帯び、固溶体状態や液体状態程ではないものの、若干の流動性を有した状態であることを意味する。
湿り気の度合いとしては、例えば、湿った原料錯体の粉を、例えばろ紙等に挟んで圧迫すると、液体が染み出してろ紙が濡れる程度であることを基準として用いることができる。このような湿り気を帯びた状態は、外力を原料錯体に対して与えることで、原料錯体の粉中に凝集した液体が、容易に原料錯体の粉から追い出される状態、又は気相中に分散される状態であり、すなわち、本製造方法における加熱操作によって、容易に原料錯体から除くことができるので、原料錯体が液状の外相を「実質的に」含まない固体状態であるということができる。
【0071】
なお、「原料錯体が液状の外相を実質的に含まない固体状態」から明らかに除外される状態としては、例えば、液体の連続相を含有する原料錯体溶液の状態、原料錯体を分散させた分散液の状態、原料錯体をペースト状にした状態、原料錯体を粘性の流動体状にした状態等が挙げられる。
【0072】
本発明の錯体変換工程において、「原料錯体よりも熱的安定性の高い高分子錯体」とは、原料錯体よりも熱力学的に安定である高分子錯体であることを意味する。
上述したように、原料錯体は、特に該錯体の好ましい製造方法において、速度論的支配の生成物であるということができる。これに対し、本発明の錯体変換工程において得られる高分子錯体は、原料錯体を加熱することによって得られる、熱力学的に安定な生成物であるということができる。
【0073】
本発明の錯体変換工程において、「加熱」とは、錯体変換が進行する温度が少なくとも室温以上の温度になるように、熱を加える工程のことをいう。ここでいう室温は、上述した室温と同様の温度のことである。
上記温度範囲であれば、加熱の態様は特に限定されず、また、空気下でも行うことができる。ただし、後述する実施例及び図8(b)に示されているように、加熱は空気下で行うよりも、窒素やアルゴン等の不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。
具体的な加熱の態様としては、例えば、マントルヒーター内に設置したサンドバス中に、原料錯体を加えた容器を設置し加熱する方法や、炉を用いて加熱する方法や、ホットプレートを用いて加熱する方法等が挙げられる。
【0074】
本発明の錯体変換工程において、目的の高分子錯体を効率よく得ることができるという観点から、350〜800Kの範囲の温度に前記加熱を行うことが好ましい。加熱温度は、400K以上であるのが特に好ましく、450K以上であるのが最も好ましい。また、加熱温度は、750K以下であるのが特に好ましく、700K以下であるのが最も好ましい。
【0075】
従来、微結晶粉末の状態で得られた三次元ネットワーク構造を有する高分子錯体は、その構造を特定する手法が確立されていなかったが、本発明者らは、放射光粉末X線構造解析及びそのデータを用いたRIETAN−FP、DASH等のソフトウエアによる解析、元素分析、熱分解/質量分析測定(TG/MS)等の解析手法を用いることで、粉末試料の高次構造(結晶構造)を特定することを可能とした。すなわち、本発明者らが確立した粉末試料の高次構造解析手法によって、本発明の製造方法により得られる粉末が、三次元ネットワーク構造を有する高分子錯体の微結晶であることが判明したのである。
【0076】
本発明の合成方法により得られる微結晶粉末の構造解析方法としては、上述したような元素分析、熱分解/質量分析測定(TG/MS)、粉末X線結晶構造解析等が挙げられる。このうち、粉末X線結晶構造解析については、例えば、放射光を用いてその回折パターンを測定し、その回折パターンからDASHプログラムを用いて構造を決定し、RIETAN−FPプログラムを用いてRietveld解析を行うことでその構造を精密化し、構造の決定をするという方法が挙げられる。
【0077】
以下、本発明の錯体変換工程について、上述した原料錯体1(該原料錯体1の合成及び回折パターンの詳細については、実施例において述べる)を用いた典型例について、詳細に述べる。
【0078】
図1は、本典型例の錯体変換工程において、(下から順に)300K、323K、423K、473K、523K、573K及び673Kの温度下において逐次測定した、粉末X線回折(以下、PXRDと略す。)の回折パターンを示した図である。
図1中の下から1段目、2段目及び3段目の図から分かるように、300K、323K及び423Kの回折パターンは、原料錯体1の結晶構造(以下、フェイズIということがある。)の回折パターンを示している。したがって、フェイズIは、少なくとも300Kから423Kにかけては安定であることが分かる。
しかし、図1中の上から4段目及び3段目の図から分かるように、473K及び523Kにおける回折パターンは、測定対象の構造が、結晶構造を有しないアモルファス相(以下、フェイズIIということがある。)であることを示している。したがって、フェイズIは、473〜523Kの温度範囲に至るまで加熱することによって、フェイズIIへと変化することが分かる。
さらに、図1中の上から2段目及び最上段の図から分かるように、573K及び673Kの回折パターンは、測定対象の構造が、フェイズI及びフェイズIIとは全く異なる新しい結晶構造(以下、フェイズIIIということがある。)であることを示している。したがって、原料錯体1は、少なくとも573Kまで加熱することによって、新しい結晶構造を有する高分子錯体(以下、原料錯体1を用いて本発明の製造方法により得られる錯体を、高分子錯体2という。)へと変換されることが分かる。
なお、フェイズI及びフェイズIIの構造を有する試料は、共に無色の結晶であったが、フェイズIIIは、薄黄色の結晶であり、したがって、加熱により色の変化が起こることが分かった。
高分子錯体2の具体的な構造については、後述する「3.本発明の高分子錯体」の項において詳しく述べる。
【0079】
対照実験として、TPTとヨウ化亜鉛との混合物を、乳鉢を用いてすりつぶしたものを、573Kで加熱処理するという実験を行ったが、フェイズIIIは形成されなかった。この対照実験の結果から、フェイズIの予備的形成はフェイズIIIを形成するために必要なものであり、且つ、フェイズIにおける結晶構造の記憶は、フェイズIIにおいても保存されているものと考えられる。
【0080】
なお、TPTは、単独では573K(300℃)付近で昇華する分子である。しかし、フェイズIIIを形成することによって、673Kまで加熱を行ってもTPTが昇華することなく三次元構造を維持することができる。
【0081】
3.本発明の高分子錯体
本発明の高分子錯体は、上述した製造方法から得られる高分子錯体であって、前記第2の細孔が、細長いチャンネル形状を有していることを特徴とする。
【0082】
本発明に係る高分子錯体は、ゲスト成分をチャンネル形状の第2の細孔内に取り込む及び/又は放出する及び/又は輸送する機能を有している。従って、該高分子錯体を用いて、特定成分の分離、精製や貯蔵等が可能である。しかも、分子設計によって、第2の細孔の形状、サイズ、雰囲気を制御することも可能である。
【0083】
本発明に係る高分子錯体の第2の三次元ネットワーク構造内に形成される第2の細孔は、局所的には多少蛇行しているが、その三次元ネットワーク構造上、全体として見たときには一定の方向に伸びており、方向性を持っている。そこで、本発明においては、細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面(以下、平行面ということがある。)における細孔の内接円(以下、単に細孔の内接円ということがある。)の直径を細孔サイズの指標とすることができる。ここで細孔の延在する方向とは、細孔の局所的な蛇行を無視した1つの連続する空隙全体の方向である。
【0084】
このような細孔の延在する方向は、例えば、以下のようにして決定することができる。まず、サイズを測定するチャンネルを横切る適当な方向の結晶面X(A面、B面、C面かそれぞれの対角面など)及び該結晶面Xと一単位胞ずれた結晶面Yを選び、それぞれの結晶面X,Yにおけるチャンネルの断面図を描く。次に、それぞれの結晶面におけるチャンネルの断面形状の中心間を、立体図において直線(一点鎖線)で結ぶ(図14参照)。このとき得られる直線の方向が、チャンネルが延在する方向と一致する。そして、この得られた直線に対して最も垂直に近い角度で交差する結晶面を選び、その結晶面における細孔の内接円の直径を細孔のサイズとすることができる。
【0085】
細孔のサイズのみを、細孔がゲスト成分に対して有する選択性を決定する要素として考慮した場合、この内接円の直径以下のサイズを有するゲスト成分であれば、通常細孔内に難なく取り込めることができるため、細孔のサイズを内接円の直径で定義することは大きな意味を持つ。
【0086】
本発明に係る高分子錯体内に形成される第2の細孔のサイズは、選択的に取り込みたいゲスト成分によって、適宜設計すればよく、そのサイズに適したゲスト成分を、細孔内に取り込むことができる。具体的には、上記内接円の直径を2〜70Å、好ましくは2〜20Åとすることができる。又は、上記平行面における細孔の内接楕円(以下、単に細孔の内接楕円ということがある)の長径を5〜70Å、該細孔の内接楕円の短径を、2〜50Åとすることができる。
【0087】
細孔のサイズの測定(算出)方法については、例えば、特開2006−188560号公報の明細書中の段落38に記載された方法を用いることができる。すなわち、結晶面に対して垂直な方向(局所的な方向ではなく、上記したような全体的な方向)に延びた細孔の内接円の直径、及び/又は内接楕円の長径、短径を測定し、実際のスケールに換算した値を細孔のサイズとする。
【0088】
細孔のサイズは、分子設計、例えば、第2の三次元ネットワーク構造を構成する配位子の分子サイズ、中心金属イオンと配位子の配位力等によって、調節することが可能である。
【0089】
第2の細孔の形状もまた、分子設計、例えば、第2の三次元ネットワーク構造を構成する配位子の形等によって、調節することが可能である。
【0090】
本発明に係る高分子錯体の第2の細孔内に取り込み可能なゲスト成分は、第2の細孔内に格納できるほどの大きさの成分であれば特に限定されない。取り込めるゲスト成分の具体例としては、ベンゼン、ニトロベンゼン等の芳香族分子、窒素、メタン、酸素、二酸化炭素、アセチレン等が挙げられる。
【0091】
以下、本発明の高分子錯体について、具体例として、上述した原料錯体1を用いて本発明に係る製造方法により得られた、配位子の一種としてTPTを、中心金属イオンの一種として亜鉛イオン(II)を含む高分子錯体2(該高分子錯体2の同定方法の詳細については、実施例において述べる)の例を挙げて、原料錯体1との比較を交えながら、詳細に述べる。
【0092】
図2は、原料錯体1の結晶構造(図2(a))と、原料錯体1から錯体変換工程を経て得られた高分子錯体2の構造(図2(b)〜(d))を示した図である。また、図3は高分子錯体2の局部構造を示した図である。
図2(a)は、原料錯体1の結晶構造(フェイズI)を示した図である。フェイズIは、上述した特開2008−214584号公報の段落15、段落57及び58、並びに該公報の図3に記載されているように、間接的或いは直接的な結合を有せず互いに独立した高分子骨格が、同一の空間を共有するように互いに入り組んだ入れ子状に相互貫通している構造である。
また、上記公報に記載されているように、これらの高分子骨格は、最も短い閉鎖環状連鎖構造として配位子10分子と亜鉛10原子とからなる閉鎖環状連鎖構造を有している。また、(010)軸にそって、これらの高分子骨格は螺旋状の六方晶系の三次元ネットワークとみなすことができる。そして、このような三次元ネットワーク構造が2つ相互貫通してなる原料錯体1は、これら2つの三次元ネットワーク構造を貫通し、規則的に整列した第1の細孔を有している。
【0093】
図2(b)〜(d)は、高分子錯体2の構造(フェイズIII)を示した図である。なお、図1中のフェイズIIIの回折パターンから、フェイズIIIの詳細な構造を解析した手法及び結果は実施例において述べる。
図2(b)は、紙面(結晶001面)に対して垂直な方向を軸cとするものであり、高分子錯体2が有する第2のネットワーク構造を、該構造内の第2の細孔が伸びる方向(軸c)に対して垂直な面において切断した図である。また、図2(d)は、図2(b)の拡大図である。
図2(c)は、紙面(結晶010面)に対して垂直な方向を軸bとするものであり、高分子錯体2が有する第2のネットワーク構造を、該構造内の第2の細孔が伸びる方向(軸c)に対して水平な面において切断した図である。
【0094】
図2(c)及び図3から分かるように、高分子錯体2においては、配位子であるTPT2分子が、中心金属イオンである亜鉛イオン(II)を含むヨウ化亜鉛1分子によって連結して鞍状構造を形成し、該構造が軸bに沿って1次元的に鎖状構造を形成している。なお、図3において示されているように、ヨウ化亜鉛1分子によって連結したTPT2分子のなす角度は、約94°である。
該鎖状構造同士は、配位子である各TPTが有するピリジン環同士及びトリアジン環同士のπ-π相互作用によって積層し、固定されている。なお、鎖状構造同士の距離は、3.608Åである。このようなπ-π相互作用の有無が、フェイズIからフェイズIIIに変換される際の加熱中の色の変化、すなわち無色から薄黄色への変化に関与していると考えられる。
【0095】
また、図2(b)から分かるように、該鎖状構造は、非相互貫通型の一次元の細孔(第2の細孔)を有している。図2(b)を拡大した図2(d)からも分かるように、該鎖状構造は、最も短い閉鎖環状連鎖構造として配位子4分子と亜鉛4原子とからなる閉鎖環状連鎖構造を有している。該閉鎖環状連鎖構造によって形成される第2の細孔の窓(pore windows)のサイズは、図2(d)よりd=6.2Å、d=8.5Åであり、該閉鎖環状連鎖構造によって形成される第2の細孔のサイズ(pore dimensions)は、約8.3Å×10.5Åである。
【0096】
上述したように、原料錯体1は、2つの互いに独立した高分子骨格が、互いに入り組んだ入れ子状に相互貫通している構造を有しているが、高分子錯体2は、非相互貫通構造を有している。このように、高分子錯体2の構造(フェイズIII)は、原料錯体1の構造(フェイズI)からの、配位子−金属イオン間の結合の組み替えを必要とするものである。このような、相互貫通構造から非相互貫通構造への劇的な変換は、423〜523Kという温度領域におけるアモルファス相(フェイズII)が要因となっているものと考えられる。
また、原料錯体1は、ゲスト成分としてニトロベンゼン分子を含んでいるが、高分子錯体2は、ニトロベンゼン分子を含んでいない。これは、加熱によって、原料錯体1が高分子錯体2へと変換される際に、ゲスト成分(ニトロベンゼン)の放出を伴うことを示している。
【0097】
高分子錯体2は、初期状態においてはゲスト成分を有していないものの、新たなゲスト成分、例えばニトロベンゼン分子等を、第2の細孔内に包接することができる。
高分子錯体2を30分間ニトロベンゼンの液体に浸漬したところ、錯体2内に閉じ込められていた気体(おそらく空気)が、気泡となって出ていく様子が観測された。浸漬後の錯体2について、濾過及び乾燥させた後、PXRD測定を行った。測定から得られたPXRD回折パターン、及び構造解析の詳細については、実施例において述べる。
図4は、高分子錯体2が有する第2の細孔内に、ニトロベンゼン分子が包接された様子を示した空間充填モデルであり、図2(b)と同様に、第2の細孔が伸びる方向(軸c)に対して垂直な面において切断した図である。図4から、TPT4分子及び亜鉛原子4分子で形成された閉鎖環状連鎖構造の中に、ニトロベンゼン分子が1分子包接されていることが分かる。
【実施例】
【0098】
以下、本発明に係る高分子錯体の製造方法に用いる原料錯体1の合成及び解析、本発明に係る高分子錯体2の合成及び解析、高分子錯体2の温度による構造変化並びに高分子錯体2によるニトロベンゼン分子の包接について、実施例により詳細に説明する。ただし、本発明はその要旨を超えない限り、これらの実施例によって限定されるものではない。
【0099】
1.原料錯体1の合成及び解析
原料錯体1の合成スキームは、上記式(5)に既に示した通りである。
2,4,6−トリス(4−ピリジル)−1,3,5−トリアジン50.2mg(0.16mmol)を、ニトロベンゼン/メタノール(32ml/4ml)の混合液に溶解させ、配位子溶液を調製した。室温において、得られた配位子溶液に、ZnI76.5mg(0.24mmol)をメタノール8mlに溶解させた金属溶液を混合し、30秒攪拌し、沈殿した白色結晶をろ過することにより、白色粉末151.7mgを得た(収率81.6%)。
【0100】
得られた白色粉末試料を元素分析及び熱分解/質量分析測定(TG−MS)により同定したところ、[(ZnI(TPT)(PhNO5.5(原料錯体1)であった。
<元素分析結果>
[(ZnI(TPT)(PhNO5.5
理論値 C:36.68%、H:2.30%、N:10.85%
実測値 C:36.39%、H:2.43%、N:10.57%
【0101】
図5(a)は、原料錯体1の、シミュレーションにより得られた理論回折パターンであり、図5(b)は、SPring−8を用いた放射光粉末X線結晶構造解析[波長0.69995(2)Å]を行った結果得られた、原料錯体1の実測回折パターンである。
図5(a)及び(b)において、原料錯体1の結晶構造からシミュレーションにより導かれた理論回折パターンと、原料錯体1のPXRDパターンはよい一致を示した。
なお、原料錯体1のその他の解析結果については、上述した特開2008−214584号公報の段落60〜70に記載されたものも参考にすることができる。
【0102】
2.高分子錯体2の合成及び解析
原料錯体1の微粉末を、室温から673Kまで、加熱速度10℃/分で加熱したところ、薄黄色の固体が得られた。
【0103】
得られた薄黄色粉末試料を元素分析及び熱分解/質量分析測定(TG−MS)により同定したところ、[(ZnI(TPT)(高分子錯体2)であった。
<元素分析結果>
[(ZnI(TPT)
理論値 C:27.33%、H:1.53%、N:10.62%
実測値 C:27.18%、H:1.74%、N:10.52%
【0104】
さらに、得られた白色粉末試料について、623Kの温度条件において、SPring−8(ビームライン:BL19B2)を用いた、高感度PXRDパターンを測定した。(トランスミッションモード[0.3mmキャピラリー;シンクトロン放射 波長λ=0.9948Å;Blue−IP detector;2θ幅 2−70;ステップサイズ 0.02°;データ収集時間 20分])
高分子錯体2について得られたPXRDパターンは、DICVOLプログラム(Boultif,A et al. J. Appl. Crystallogr. 1991, 24, 987.)によって解析したところ、斜方晶系(orthorhombic)の単位格子が得られた(a=30.36030, b=12.77500, c=13.58260Å, V=5268.0498Å)。
空間群はPccnに帰属された。単位格子及び分析結果の微調整は、Pawley法を用いて行われ、格子パラメータ及び空間群に最適な一致を導いた(Rwp=20.85, χ=31.939)。構造解析は、DASHプログラム(David,W.I.F. et al. Chem. Commun. 1998, 931.)を用いた。Rietveld解析は、RIETAN−FPプログラム(Izumi,F. et al. Solid State Phenom. 2007, 130, 15−20.)及びVESTAプログラム(Momma,K. et al. J. Appl. Crystallogr. 2008, 41, 653−658.)を用いて行った。
最終Rietveld解析結果:a=30.360(1), b=12.7750(4), c=13.5826(4)Å,Rwp=2.09%(R=1.35%),R=1.59%,R=1.89%,R=1.90%;データ数 1085点;パラメータ数 114)
【0105】
図6は、高分子錯体2の実測回折パターンと、Rietveld解析により得られた理論回折パターンとを重ねて示した図である。
図6から分かるように、高分子錯体2のRietveld解析による理論回折パターンと、高分子錯体2の実測回折パターン間の差分に相当する残さは極めて少なく、両回折パターンはよい一致を示した。したがって、高分子錯体2は図2(b)〜(d)に図示されたような構造を有することが明らかとなった。
【0106】
続いて、高分子錯体2の熱重量−示差走査熱量測定(Thermogravimetry−Differential scanning calorimetry.以下、TG−DSCと略す)を行った。測定は加熱速度5K/分、窒素雰囲気下(ガス流速:80mL/分)の条件で行った。
図7は、高分子錯体2のTG−DSCチャートである。温度が上昇するに従って下降する曲線がTG曲線であり、温度上昇と共に上昇する曲線がDSC曲線である。
300〜473Kの温度範囲における段階的なTG曲線によって示された重量損失は、原料錯体1からのゲスト成分(ニトロベンゼン分子)の放出を示している。473Kにおいて、ニトロベンゼン分子放出による重量損失は、理論上は30.0%であったのに対し、実測値は31.58%であり、よい一致を示している。
DSC曲線は、574K付近にピークを有しており、このピークは、試料が574K付近で結晶化、すなわち高分子錯体2へと変換されたことを示している。
574〜673Kの温度範囲におけるなだらかなTG曲線の変化は、該高分子錯体2が574〜673K付近まで安定であることを示している。
700K以上の温度範囲における急激な重量損失は、該高分子錯体2が700Kからさらに加熱すると、高分子錯体2は分解してしまうことを示している。
【0107】
3.高分子錯体2の温度による構造変化
図8は、623Kの温度条件及び不活性雰囲気下(図8(a))、並びに、723Kの温度条件及び空気下(図8(b))でそれぞれ得られた高分子錯体2のPXRDパターンを並べて示した図である。
図8(b)に示された回折パターンは、図8(a)に示された回折パターンと比較して結晶性が失われており、且つ、図8(b)中にアスタリスク(*)で示したような、図8(a)にはない鋭い回折ピークが現われている。この新しい回折ピークは、例えば公知文献(Liu,B. et al. J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 5390−5391.)に示されているように、酸化亜鉛(ZnO)の形成を示唆している。これらの結果から、特に高温条件下における高分子錯体2の製造においては、空気下で行うと、金属イオンである亜鉛(II)が酸化されてしまうことが分かる。
【0108】
4.高分子錯体2によるニトロベンゼン分子の包接
高分子錯体2を30分間ニトロベンゼンの液体に浸漬し、濾過後、乾燥させた。
【0109】
乾燥後の粉末試料を元素分析及び熱分解/質量分析測定(TG−MS)により同定したところ、{[(ZnI(TPT)]・(CNO)}(ニトロベンゼン分子を包接した高分子錯体2)であった。
<元素分析結果>
{[(ZnI(TPT)]・(CNO)}
理論値 C:29.58%、H:1.71%、N:10.68%
実測値 C:29.64%、H:1.77%、N:10.43%
【0110】
さらに、得られた白色粉末試料について、95Kの温度条件において、SPring−8(ビームライン:BL19B2)を用いた、高感度PXRDパターンを測定した。(トランスミッションモード[0.3mmキャピラリー;シンクトロン放射 波長λ=0.99967Å;Blue−IP detector;2θ幅 2−70;ステップサイズ 0.02°;データ収集時間 15分])
ニトロベンゼン分子を包接した高分子錯体2について得られたPXRDパターンは、上述したDICVOLプログラムによって解析したところ、単斜晶系(monoclinic)の単位格子が得られた(a=12.83660, b=33.10850, c=6.22139Å, β=99.8183°, V=2605.3677Å)。
空間群はP2に帰属された。単位格子及び分析結果の微調整は、Pawley法を用いて行われ、格子パラメータ及び空間群に最適な一致を導いた(Rwp=39.75, χ=57.689)。構造解析は、上述したDASHプログラムを用いた。Rietveld解析は、上述したRIETAN−FPプログラム及びVESTAプログラムを用いて行った。
最終Rietveld解析結果:a=12.8388(6), b=33.108(1), c=6.22139(3)Å, β=99.818(3)°, Rwp=3.64%(R=0.96%),R=2.62%,R=3.43%,R=1.64%;データ数 2748点;パラメータ数 215)
【0111】
図9は、ニトロベンゼン分子を包接した高分子錯体2の実測回折パターンと、Rietveld解析により得られた理論回折パターンとを重ねて示した図である。
図9から分かるように、ニトロベンゼン分子を包接した高分子錯体2のRietveld解析による理論回折パターンと、該錯体の実測回折パターン間の差分に相当する残さは極めて少なく、両回折パターンはよい一致を示した。したがって、ニトロベンゼン分子を包接した高分子錯体2は、図4に図示されたような構造を有することが明らかとなった。
【0112】
図10は、高分子錯体2の実測回折パターン(図10(a)。573Kで測定)と、ニトロベンゼン分子を包接した高分子錯体2の実測回折パターン(図10(b)。300Kで測定)を並べて示した図である。これら2つの図を比較することによって、高分子錯体2は、結晶性を保持したままで、ゲスト成分であるニトロベンゼン分子の出し入れが可能であることが分かる。
【0113】
図11は、高分子錯体2の実測回折パターン(図11(a)。300Kで測定)と、原料錯体1の実測回折パターン(図11(b)(300Kで測定)、図11(c)(573Kで測定))を並べて示した図である。なお、これらの回折パターンは、実験室のPXRD測定装置(波長λ=1.54056Å)で測定したものである。
図11(b)及び図11(c)を比較することで、上述したように、予めニトロベンゼン分子を含む原料錯体1は、加熱によって異なる回折パターンを示すことが分かる。さらに、図11(a)及び図11(c)を比較することで、573Kの温度で加熱された原料錯体1は、高分子錯体2と同じ回折パターンを示すことが分かる。
【0114】
図12は、ニトロベンゼン分子を包接した高分子錯体2を、423Kで2時間加熱した後の実測回折パターン(図12(a)(300Kで測定))、及び原料錯体1の実測回折パターン(図12(b)(300Kで測定))を重ねて示した図である。なお、これらの回折パターンは、実験室のPXRD測定装置(波長λ=1.54056Å)で測定したものである。
図12(a)及び(b)における一致したピークは、423Kで加熱されている間のニトロベンゼン分子を包接した高分子錯体2の構造(フェイズIII)を示している。図12から分かるように、高分子錯体2は、423Kで2時間加熱しても原料錯体1へと変換されない程の熱的安定性を有することが分かる。
【0115】
最後に、ニトロベンゼン分子を包接した高分子錯体2のTG−DSC測定を行った。測定は加熱速度5K/分、窒素雰囲気下(ガス流速:80mL/分)の条件で行った。
図13は、ニトロベンゼン分子を包接した高分子錯体2のTG−DSCチャートである。温度が上昇するに従って下降する曲線がTG曲線であり、温度上昇と共に最終的に最高値へ到達する曲線がDSC曲線である。
400〜450Kの温度範囲における急激なTG曲線の減少は、一度高分子錯体2内に包接されたゲスト成分であるニトロベンゼン分子が再放出されたことを示している。473Kにおいて、ニトロベンゼン分子放出による重量損失は、理論上は7.22%であったのに対し、実測値は8.98%であり、よい一致を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子錯体の製造方法であって、
配位性部位を2つ以上有する配位子及び中心金属としての金属イオンを含み、且つ、前記配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された第1の三次元ネットワーク構造内に、三次元的に規則正しく整列した第1の細孔を有する原料錯体を準備する工程、並びに、
前記原料錯体を、液状の外相を実質的に含まない固体状態のまま、加熱を行うことによって、
前記配位子及び前記中心金属イオンを含み、且つ、前記配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された第2の三次元ネットワーク構造内に、三次元的に規則正しく整列した第2の細孔を有し、且つ、前記原料錯体よりも熱的安定性の高い高分子錯体へと変換する工程を含むことを特徴とする、高分子錯体の製造方法。
【請求項2】
前記原料錯体が、1気圧、室温で固体状態である、請求項1に記載の高分子錯体の製造方法。
【請求項3】
350〜800Kの範囲の温度に前記加熱を行う、請求項1又は2に記載の高分子錯体の製造方法。
【請求項4】
前記原料錯体を準備する工程は、
前記金属イオンを発生させる金属化合物、及び、該金属化合物を溶解する溶媒Aとを混合した金属溶液、並びに、前記配位子、及び、該配位子を溶解する溶媒Bとを混合した配位子溶液、を単一相となるように混合することによって、前記原料錯体の微結晶を合成する工程を含む、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の高分子錯体の製造方法。
【請求項5】
前記金属溶液と前記配位子溶液との混合工程を室温にて行う、請求項4に記載の高分子錯体の製造方法。
【請求項6】
前記金属化合物が、ヨウ化亜鉛(II)である、請求項4又は5に記載の高分子錯体の製造方法。
【請求項7】
前記配位子が有する配位結合部位が形成する配位結合の方向が、擬同一平面上に存在する、請求項4乃至6のいずれか一項に記載の高分子錯体の製造方法。
【請求項8】
前記配位子が有する配位結合部位が、該配位子の中心部に対して等間隔放射状に配置されている、請求項4乃至7のいずれか一項に記載の高分子錯体の製造方法。
【請求項9】
前記配位子は、下記式(1)で表される芳香族化合物である、請求項4乃至8のいずれか一項に記載の高分子錯体の製造方法。
【化1】

(式中、Arは芳香環を有する構造である。Xは2価の有機基であるか又はArとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位原子又は配位原子を含む原子団である。nは3〜6の数を表す。一分子内に含まれる複数のX同士は互いに異なっていてもよく、且つ、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。)
【請求項10】
前記配位子が2,4,6−トリス−(4−ピリジル)−1,3,5−トリアジンである、請求項4乃至9のいずれか一項に記載の高分子錯体の製造方法。
【請求項11】
前記溶媒Bが芳香族化合物である、請求項4乃至10のいずれか一項に記載の高分子錯体の製造方法。
【請求項12】
請求項1乃至11のいずれか一項に記載された製造方法から得られる高分子錯体であって、
前記第2の細孔が、細長いチャンネル形状を有していることを特徴とする、高分子錯体。
【請求項13】
前記第2の細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面における該第2の細孔の内接円の直径が、2〜70Åである、請求項12に記載の高分子錯体。
【請求項14】
前記第2の細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面における該細孔の内接楕円の長径が、5〜70Åであり、該内接楕円の短径が、2〜50Åである、請求項12又は13に記載の高分子錯体。

【図14】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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