説明

高分子電解質およびその利用

【課題】加工性に優れ、かつ、プロトン伝導度、特に水分の少ない状況で優れたプロトン伝導度を持つ炭化水素系高分子電解質およびその膜を提供する。
【解決手段】一般式(1),(2)及び(3)で示される構造を主鎖に有する高分子電解質。





【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池に好適な高分子電解質、それを用いた高分子電解質膜、膜/電極接合体、これらを含む燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化等の環境問題等の観点から、高効率でクリーンなエネルギー源の開発が求められている。それに対する一つの候補として燃料電池が注目されている。燃料電池は、水素ガスやメタノール等の燃料と酸素等の酸化剤をそれぞれ電解質で隔てられた電極に供給し、一方で燃料の酸化を、他方で酸化剤の還元を行い、直接発電するものである。上述した燃料電池の材料のなかで、最も重要な部材の一つが電解質である。その電解質からなる燃料と酸化剤とを隔てる電解質膜としては、これまで様々なものが開発されているが、近年、特にスルホン酸基などのプロトン伝導性官能基を含有する高分子化合物から構成される高分子電解質の開発が盛んである。こうした高分子電解質は、固体高分子形燃料電池の他にも、例えば、湿度センサー、ガスセンサー、エレクトロクロミック表示素子などの電気化学素子の原料としても使用される。これら高分子電解質の利用法の中でも、特に、固体高分子形燃料電池は、新エネルギー技術の柱の一つとして期待されている。例えば、プロトン伝導性官能基を有する高分子化合物からなる電解質膜を使用した固体高分子形燃料電池は、低温における作動、小型軽量化が可能などの特徴を有し、自動車などの移動体、家庭用コージェネレーションシステム、および民生用小型携帯機器などへの適用が検討されている。
【0003】
固体高分子形燃料電池に使用される電解質膜としては、1950年代に開発されたスチレン系の陽イオン交換膜があるが、燃料電池動作環境下における安定性に乏しく、充分な寿命を有する燃料電池を製造するには至っていない。一方、実用的な安定性を有する電解質膜としては、ナフィオン(Nafion)(登録商標)に代表されるパーフルオロカーボンスルホン酸膜が広く検討されている。パーフルオロカーボンスルホン酸膜は、高いプロトン伝導性を有し、耐酸性、耐酸化性などの化学的安定性に優れているとされている。しかしながら、ナフィオン(登録商標)は、使用原料が高く、複雑な製造工程を経るため、非常に高価であるという欠点がある。また、電極反応で生じる過酸化水素やその副生物であるヒドロキシラジカルで劣化すると指摘されている。またその構造上、プロトン伝導基であるスルホン酸基の導入については限界がある。
【0004】
このような背景から、再び炭化水素系電解質膜の開発が期待されるようになってきた。その理由としては、炭化水素系電解質膜は化学構造の多様性を持たせやすく、スルホン酸基などのプロトン伝導基の導入の範囲が広く調整できる、他の材料との複合化、架橋の導入などが比較的容易であるという特徴があるからである。
【0005】
近年では、電解質膜にスルホン酸基を多く導入することでプロトン伝導性を改善する例があるが、このような膜は含水状態での膨潤が大きく、含水状態と乾燥状態を繰り返すことで膜の強度が損なわれ、燃料電池用の電解質膜として使用するには問題であった。そこで電解質膜に剛直な構造を導入することで膜の強度を高める試みが行われている。
【0006】
剛直な構造として例えば、ビフェニレン構造やベンゾフェノン構造などが挙げられる。ただし、これらのように芳香環を多く含むポリマーは、非常に剛直または高結晶性のポリマーであることが多く、そのために重合中にポリマーが析出しやすいので、高分子量ポリマーを得ることが難しい(非特許文献1)。このような合成上の問題から、ビフェニレン構造を含む高分子量ポリマー(特許文献1)や、ベンゾフェノン構造を含む高分子量ポリマー(特許文献2)は、一般にポリエーテル系ポリマーとして合成されている。しかし、これらスルホン化ポリエーテル系ポリマーは燃料電池用電解質膜として利用した場合、劣化しやすい(非特許文献2)という問題があった。
【0007】
エーテル結合を含まず、ビフェニル構造を含むポリマーの例としては、特許文献3で示されているように側鎖にカルボニル基を有するポリパラフェニレン系ポリマーが知られている。しかしながら、このポリマーは主鎖の芳香環にスルホン酸基を導入することが難しく、ポリマー中のスルホン酸密度を上げることが難しいという問題があった。
【0008】
また、特許文献4では、ポリフェニレンスルホン構造を有するポリマーとポリエーテルスルホンをブロック共重合体としている。しかしながら、これらのポリマーは剛直性が足りず、水への耐溶解性が不足していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平10−21943号公報
【特許文献2】特開2006−261103号公報
【特許文献3】特開2004−137444号公報
【特許文献4】特開2008−88420号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】実験化学講座第4版 高分子合成、p183−190、p355−357(1991)丸善株式会社
【非特許文献2】Polymer、2009、50、1671−1681
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、加工性に優れ、かつ、プロトン伝導度、特に水分の少ない状況で優れたプロトン伝導度を持つ炭化水素系高分子電解質およびその膜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、プロトン伝導度に有利なスルホン酸基を有し、かつ剛直なビフェニル構造を主鎖に有するポリマーを含む高分子電解質を使用することで、膜強度が高まり、かつ水分の少ない状況におけるプロトン伝導度が優れることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、一般式(1):
【化1】

と一般式(2):
【化2】

(一般式(1)および(2)において、各々独立に、Arはベンゼン環、ナフタレン環、またはそれらの環を形成する炭素がヘテロ原子へと置換されたものを示し、Xは水素または陽イオンを示し、aおよびbはそれぞれ0〜4の整数である。ただし、いくつかあるaとbの合計は1以上である。mおよびnは1以上の整数である。pは1以上の整数、qは0以上の整数である。ただし、pおよびqの総和は2以上である。)
で示される構造が直接結合した構造、および、
一般式(3):
【化3】

(一般式(3)において、Ar、m、nは前記と同様である。Zは直接結合、酸素または硫黄を示す。)
で示される構造を主鎖に有する高分子電解質に関する。
【0014】
さらに、一般式(4):
【化4】

(一般式(4)において、Ar、Z、m、nは前記と同様である。YはSO、C(CH、またはC(CFを示す。)
で示される構造を主鎖に有することが好ましい。
【0015】
一般式(1)および(2)で示される構造が合計で全体の20重量%以上であることが好ましい。
【0016】
一般式(3)で示される構造が全体の5重量%以上であることが好ましい。
【0017】
高分子電解質が、スルホン酸基を有する親水性セグメントおよびスルホン酸基を有さない疎水性セグメントを含むブロック共重合体であることが好ましい。
【0018】
また、本発明は前記高分子電解質を含む、高分子電解質膜、膜電極接合体、および固体高分子形燃料電池に関し、さらに前記膜電極接合体を含む、固体高分子形燃料電池に関する。
【発明の効果】
【0019】
本発明の高分子電解質は、高分子電解質膜としたときに膜強度が高く、水分の少ない状況で優れたプロトン伝導度を有することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の高分子電解質を使用した固体高分子形燃料電池の要部断面の構造図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の一実施形態について説明すれば以下の通りである。なお、本発明は以下の説明に限定されるものではない。
【0022】
<1.高分子電解質>
本発明の高分子電解質は、一般式(1):
【化5】

と一般式(2):
【化6】

(一般式(1)および(2)において、各々独立に、Arはベンゼン環、ナフタレン環、またはそれらの環を形成する炭素がヘテロ原子へと置換されたものを示し、Xは水素または陽イオンを示し、aおよびbはそれぞれ0〜4の整数である。ただし、いくつかあるaとbの合計は1以上である。mおよびnは1以上の整数である。pは1以上の整数、qは0以上の整数である。ただし、pおよびqの総和は2以上である。)
で示される構造が直接結合した構造、および、
一般式(3):
【化7】

(一般式(3)において、Ar、m、nは前記と同様である。Zは直接結合、酸素または硫黄を示す。)
で示される構造を主鎖に有することを特徴とする。ここで、陽イオンとしては、リチウム、ナトリウム、カリウムなどの第1族の金属イオンや、マグネシウム、カルシウムなどの第2族の金属イオン、アルミニウムなどの第13族の金属イオン、第3族〜第12族の遷移金属の金属イオンなどが挙げられる。また、n/(m+n)は、0〜0.95であることが好ましく、0.30〜0.90であることがより好ましい。
【0023】
本発明の高分子電解質は、耐水溶性の点から、一般式(3)で示される構造が全体の5重量%以上であることが好ましく、10重量%以上であることがより好ましい。上限については特に限定されないが、80重量%以下であることが好ましく、70重量%以下であることがより好ましい。80重量%を超えると、加工性が低下し、5重量%未満では、水への耐溶解性が低下する傾向がある。ここで、高分子電解質の全体の重量とは、高分子電解質を酸で処理した後の、ポリマー中のスルホン酸基をSOHの状態にしたものの乾燥重量である。高分子電解質に含まれる重量比について、スルホン酸基を有する成分とスルホン酸基を有さない成分の重量比は高分子電解質のイオン交換容量から求めることができる。スルホン酸基を有する成分がいくつかある場合、H−NMRスペクトルなどの分析手法から成分比を求めることができる。
【0024】
一般式(1)で示される構造は、原料の入手の容易さの点で、Arがベンゼンであって、mとnがともに1である、一般式(5):
【化8】

(一般式(5)において、X、a、bは前記と同様である。)
で示される構造であることが好ましい。また、一般式(3)で示される構造は、原料の入手の容易さの点で、Arがベンゼンであって、mとnがともに1である、一般式(6):
【化9】

(一般式(6)において、Zは前記と同様である。)
で示される構造であることが好ましい。
【0025】
本発明の高分子電解質は、繰返し構造に、前述した一般式(2)で示される構造を主鎖に有するため、高分子電解質の剛直性を高めることができる。
【0026】
さらに、加工性を向上させるという点で、下記式(4):
【化10】

(一般式(4)において、Ar、Z、m、nは前記と同様である。YはSO、C(CH、またはC(CFを示す。)
で示される構造を主鎖に有することが好ましく、下記式(7):
【化11】

(一般式(7)において、Ar、Z、m、nは前記と同様である。)
で示される構造を主鎖に有することがより好ましい。
【0027】
前記式(1)で示される構造、または、式(1)および式(2)で示される構造を有する場合、式(1)および式(2)で示される構造の合計が全体の20重量%以上であることが好ましく、30重量%以上であることがより好ましい。上限については特に限定されないが、95重量%以下であることが好ましく、90重量%以下であることがより好ましい。20重量%未満では、充分なプロトン伝導性を有さなくなる可能性がある。また、95重量%を超えると耐水溶性が不十分となる可能性がある。
【0028】
さらに、加工の容易さの点で、下記式(8):
【化12】

(一般式(8)において、Ar、Zは前記と同様である。YはSO、C(CH、またはC(CFを示す。また、q/(p+q)は、0〜0.95である。)
で示される構造を主鎖に有することが好ましい。
【0029】
本発明の高分子電解質は、上記構造を主鎖に有していればランダム共重合体であってもよいし、グラフト共重合体やブロック共重合体であってもよい。低加湿条件では高分子電解質膜の内部の水が少なくなるが、プロトン伝導を高めるためにはプロトン伝導の媒体となる水を有効に利用する必要があり、そのためにはミクロ相分離を形成し、水の多い相を作り出すことのできるブロック共重合体であることがさらに好ましい。
【0030】
ミクロ相分離を形成するブロック共重合体において、親水性の相と疎水性の相を相分離させることで親水性の相により多くの水を集めることが可能であることから、スルホン酸基を有する親水性セグメントとスルホン酸基を有さない疎水性セグメントとからなるブロック共重合体であることが好ましい。スルホン酸基を有する親水性セグメントにおいて、水への耐溶解性の点で、20重量%以上が一般式(1)および(2)で示される構造であることが好ましく、30重量%以上であることがより好ましい。上限については特に限定されない。20重量%未満では水への耐溶解性が低下する傾向がある。
【0031】
本発明の高分子電解質が、スルホン酸基を有する親水性セグメントとスルホン酸基を有さないセグメントとからなるブロック共重合体である場合、スルホン酸基を有する親水性セグメントとしては、一般式(1)および(2)で示される構造を主鎖に有すればよいが、Arがベンゼン、aとbが共に1であるものが、合成の容易さの点で好ましい。
【0032】
スルホン酸基を有さない疎水性セグメントとしては、一般式(3)で示される構造を主鎖に有すればよいが、Zが酸素、m、nが共に1であるものが、加工性の点で好ましい。
【0033】
スルホン酸基を有さない疎水性セグメントとしては、加工性に優れるポリマー構造であることが好ましく、なかでも一般式(8):
【化13】

(一般式(8)において、Ar、Zは前記と同様である。YはSO、C(CH、またはC(CFを示す。また、q/(p+q)は、0〜0.95である。)
で示される構造を含むものが有機溶媒への溶解性が良好で高分子量ポリマーを得やすいため好ましい。
【0034】
本発明の高分子電解質膜は、イオン交換容量が0.5〜4.0であることが好ましく、より好ましくは0.8〜3.8であり、さらに1.1〜3.5であることがプロトン伝導性と高分子電解質膜の強度が共に優れるため好ましい。
【0035】
<2.本発明の高分子電解質の合成>
本発明の高分子電解質の合成には、一般的な重合反応(「実験化学講座第4版 有機合成VII 有機金属試薬による合成」p.353−366(1991)丸善株式会社)などを適用することができる。
【0036】
重合に用いる材料は脱離基を2箇所以上に有する化合物を用いることができ、ハロゲン基やスルホン酸エステルなどの脱離基を有する化合物を用いることができる。材料入手の点と反応性の点から脱離基として塩素や臭素やヨウ素といったハロゲン基を2箇所に有する化合物であることが好ましい。
【0037】
材料の分子量は50〜1000000であり、とくにスルホン酸基を有する親水性セグメントを形成する材料の分子量は100〜50000が好ましく、またスルホン酸基を有さない疎水性セグメントを形成する材料の分子量は1000〜100000が好ましい。これらの材料によって合成される本発明の高分子電解質の分子量は10000〜5000000が好ましく、より好ましくは20000〜1000000であることが高分子電解質膜を製造するための加工性と高分子電解質膜の強度が共に優れるため好ましい。
【0038】
重合反応は窒素ガス雰囲気下、アルゴン雰囲気下などの不活性ガス雰囲気下で行うことができるが、好ましくは窒素雰囲気下で行う。
【0039】
重合反応工程における溶媒としては、重合を禁止するものでなければ特に制限は無く、カーボネート化合物(エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート等)、複素環化合物(3−メチル−2−オキサゾリジノン、1−メチル−2−ピロリドン(以下NMP)、N,N−ジメチルイミダゾリジノン(以下DMI)等)、環状エーテル類(ジオキサン、テトラヒドロフラン等)、鎖状エーテル類(ジエチルエーテル、エチレングリコールジアルキルエーテル等)、ニトリル化合物(アセトニトリル、グルタロジニトリル、メトキシアセトニトリル等)、非プロトン極性物質(N,N−ジメチルアセトアミド(以下DMAc)、N,N−ジメチルホルムアミド(以下DMF)、ジメチルスルホキシド(以下DMSO)、スルホラン等)、非極性溶媒(トルエン、キシレン等)等が列挙でき、中でも溶解度からDMAcやDMF、NMP、DMI、DMSO等が、ポリマーの溶解性が高いため好ましい。なかでもDMAcとDMSOがポリマーの溶解性が高いため好ましい。これらは単独で用いても2種以上を併用してもよい。また、溶媒中に微量存在する水を除くため、ベンゼンやトルエン、キシレン、シクロヘキサンなどの共沸溶媒を添加して水を共沸により除くことが有効である。
【0040】
重合反応工程の反応温度は重合反応に応じて適宜設定すればよい。具体的には0℃〜200℃に設定すればよく、より好ましくは20℃〜170℃であり、さらに好ましくは40℃〜140℃である。この範囲よりも低温であれば反応速度が遅く、高温であれば微量不純物などの影響を大きく受け、高分子の着色や望みとしない副反応などが起きることが懸念される。
【0041】
重合反応工程では停止操作を行うことが好ましく、これは冷却、希釈、重合禁止剤の添加によって行うことができる。重合反応工程の後に生成した高分子を取り出してもよく、さらに精製工程を追加してもよい。
【0042】
本発明の高分子電解質をブロック共重合体として合成する場合、スルホン酸基を有する親水性セグメントを形成する材料として、脱離基を2箇所以上に有する化合物を用いることができる。脱離基としてはハロゲン基やスルホン酸エステルなどが挙げられる。芳香環上に脱離基を有する化合物が好ましく、材料の入手の容易さからジクロロベンゼン誘導体、ジクロロベンゾフェノン誘導体、ジクロロジフェニルスルホン誘導体がより好ましい。
【0043】
スルホン酸基を有さない疎水性セグメントを形成する材料として、脱離基を2箇所以上に有する化合物を用いることができる。脱離基としてはハロゲン基やスルホン酸エステルなどが挙げられる。好ましくは芳香環上に脱離基を有する化合物が好ましく、材料の入手の容易さからジクロロベンゼン誘導体、ジクロロベンゾフェノン誘導体、ジクロロジフェニルスルホン誘導体、或いは少なくともこれらを原料として合成され、脱離基を2箇所以上に有するポリマーがより好ましい。
【0044】
本発明の高分子電解質は、様々な産業上の利用が考えられ、その利用(用途)については、特に制限されるものではないが、高分子電解質膜、膜/電極接合体、燃料電池に好適である。
【0045】
<3.本発明の高分子電解質膜>
本発明にかかる高分子電解質膜は、上記高分子電解質を任意の方法で膜状に成型したものである。このような製膜方法としては、公知の方法が適宜使用され得る。上記公知の方法としては、例えば、ホットプレス法、インフレーション法、Tダイ法などの溶融押出成形、キャスト法、エマルション法などの溶液からの製膜方法が例示され得る。例えば溶液からの製膜方法としては、キャスト法が例示される。これは粘度を調整した高分子電解質の溶液を、ガラス板などの平板上に、バーコーター、ブレードコーターなどを用いて塗布し、溶媒を気化させて膜を得る方法である。工業的には溶液を連続的にコートダイからベルト上に塗布し、溶媒を気化させて長尺物を得る方法も一般的である。
【0046】
さらに、高分子電解質膜の分子配向などを制御するために、得られた高分子電解質膜に対して二軸延伸などの処理を施したり、結晶化度を制御するための熱処理を施したりしてもよい。また、高分子電解質膜の機械的強度を向上させるために各種フィラーを添加したり、ガラス不織布などの補強剤と高分子電解質膜とをプレスにより複合化させたりすることも、本発明の範疇である。
【0047】
高分子電解質膜の厚さは、用途に応じて任意の厚さを選択することができる。例えば、得られる高分子電解質膜の内部抵抗を低減することを考慮した場合、高分子電解質膜の厚みは薄い程よい。一方、得られた高分子電解質膜のガス遮断性やハンドリング性を考慮すると、高分子電解質膜の厚みは薄すぎると好ましくない場合がある。これらを考慮すると、高分子電解質膜の厚みは、1.2μm以上350μm以下であることが好ましい。上記高分子電解質膜の厚さが上記数値の範囲内であれば、取り扱いが容易であり、破損が生じ難いなどハンドリング性が向上する。また、得られた高分子電解質膜のプロトン伝導性も所望の範囲で発現させることができる。
【0048】
なお、本発明の高分子電解質膜の特性をさらに向上させるために、電子線、γ線、イオンビーム等の放射線を照射させることも可能である。これらにより、高分子電解質膜中に架橋構造などが導入でき、さらに性能が向上する場合がある。またプラズマ処理やコロナ処理などの各種表面処理により、高分子電解質膜表面の触媒層との接着性を上げるなどの特性向上を図ることもできる。
【0049】
<4.本発明にかかる膜/電極接合体、燃料電池>
本発明にかかる膜/電極接合体(以下、「MEA」と表記する)は、本発明の高分子電解質または高分子電解質膜を用いてなる。かかるMEAは、例えば、燃料電池、特に、固体高分子形燃料電池に用いることができる。
【0050】
MEAを作製する方法は、従来検討されている、パーフルオロカーボンスルホン酸からなる高分子電解質膜やその他の炭化水素系高分子電解質膜(例えば、スルホン化ポリエーテルエーテルケトン、スルホン化ポリエーテルスルホン、スルホン化ポリスルホン、スルホン化ポリイミド、スルホン化ポリフェニレンサルファイドなど)で行われる公知の方法が適用可能である。
【0051】
上述した例以外にも、本発明にかかる高分子電解質は、例えば特開2006−179298号公報等で公知になっている固体高分子形燃料電池の電解質として、使用可能である。これらの公知の特許文献に基づけば、当業者であれば、本発明の高分子電解質を用いて容易に固体高分子形燃料電池を構成することができる。
【実施例】
【0052】
以下実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0053】
ポリマーの分子量、高分子電解質のイオン交換容量およびプロトン伝導度の各測定方法は以下のとおりである。
【0054】
〔分子量の測定方法〕
GPC法により分子量を測定した。条件は以下の通り。
GPC測定装置 TOSOH社製 HLC−8220
カラム SHOWA DENKO社製 SuperAW4000、SuperAW2500の2本を直列に接続
カラム温度 40℃
移動相溶媒 NMP(LiBrを10mmol/dmになるように添加)
溶媒流量 0.3mL/min
【0055】
〔イオン交換容量(IEC)の測定方法〕
対象となる高分子電解質(約100mg:十分に乾燥)を25℃での塩化ナトリウム飽和水溶液20mLに浸漬し、ウォーターバス中で60℃、3時間イオン交換反応させた。25℃まで冷却し、次いで膜をイオン交換水で充分に洗浄し、塩化ナトリウム飽和水溶液および洗浄水をすべて回収した。この回収した溶液に、指示薬としてフェノールフタレイン溶液を加え、0.01Nの水酸化ナトリウム水溶液で中和滴定し、IECを算出した。
【0056】
〔プロトン伝導度の測定方法〕
プロトン伝導度測定は恒温恒湿器(ESPEC社製、SH−221)を用いて温度と湿度を一定に保ち(約3時間)、インピーダンスアナライザー(日置社製、3532−50)を用いて、電解質の抵抗を測定した。具体的にはインピーダンスアナライザーにより50kHz〜5MHzまでの周波数応答性を測定し、次式からプロトン伝導性を算出した。
プロトン伝導度(S/cm)=D/(W×T×R)
ここでDは電極間距離(cm)、Wは膜幅(cm)、Tは膜厚(cm)、Rは測定した抵抗値(Ω)である。本測定においては、D=1cm、W=1cmで行い、膜厚はそれぞれのサンプルについてマイクロメーターを用いて測定した値を用いた。温度と湿度はそれぞれ80℃、30%RHとした。
【0057】
〔合成例1〕S−DCDPS−Na
4,4´−ジクロロジフェニルスルホン120gと30%発煙硫酸505gを窒素雰囲気下混合し、攪拌しながら120℃に加熱した。4時間後室温まで冷却した後反応溶液を氷冷した水に加えた。NaOH水溶液を加えて中和した後、析出した白色固体をろ過により回収した。残渣を100℃で減圧乾燥し、白色固体(以下、S1と呼ぶ)を得た。全てのベンゼン環に1個ずつスルホン酸基が導入されていた。
【0058】
〔合成例2〕S−DCBP−Na
4,4´−ジクロロベンゾフェノン27gと30%発煙硫酸134gを窒素雰囲気下混合し、攪拌しながら130℃に加熱した。20時間後室温まで冷却した後反応溶液を氷冷した水に加えた。NaOH水溶液を加えて中和した後、析出した白色固体をろ過により回収した。残渣を100℃で減圧乾燥し、白色固体(以下、S2と呼ぶ)を得た。全てのベンゼン環に1個ずつスルホン酸基が導入されていた。
【0059】
〔合成例3〕Cl−PEKES
還流管とDeanStark管を取り付けた100mlナスフラスコに4,4´−ジクロロジフェニルスルホン6.31g、4,4´−ジヒドロキシベンゾフェノン4.28g、炭酸カリウム3.59g、DMAc20mLおよびトルエン5mLを窒素雰囲気下混合し、180度に加熱した。トルエンを還流させて生成した水を除き、40時間後さらに4,4´−ジクロロジフェニルスルホンを1.0g追加し、6時間後室温まで冷却後反応溶液を水に加え、析出した固体をミキサーで細かく粉砕してろ過をした後80℃で12時間乾燥した。さらに固体をジクロロメタンに溶解し、メタノールに加え、析出した固体をろ過後80℃で12時間乾燥し、ポリマー(以下P1と呼ぶ)を得た。得られたP1の分子量はMn=7622、Mw/Mn=2.62であった。
【0060】
〔合成例4〕Cl−PES
還流管とDeanStark管を取り付けた100mLナスフラスコに4,4´−ジクロロジフェニルスルホン5.59g、4,4´−ジヒドロキシジフェニルスルホン4.64g、炭酸カリウム3.33g、DMAc20mlおよびトルエン5mLを窒素雰囲気下混合し、180℃に加熱した。トルエンを還流させて生成した水を除き、40時間後さらに4,4´−ジクロロジフェニルスルホンを1.0g追加し、6時間後室温まで冷却後反応溶液を水に加え、析出した固体をミキサーで細かく粉砕してろ過をした後80℃で12時間乾燥した。さらに固体をジクロロメタンに溶解し、メタノールに加え、析出した固体をろ過後80℃で12時間乾燥し、ポリマー(以下、P2と呼ぶ)を得た。得られたP2の分子量はMn=7429、Mw/Mn=2.52であった。
【0061】
〔実施例1〕
還流管とDeanStark管を取り付けた100mLナスフラスコにP1(1.0g)とS1(1.5g)とDMSO20mLとトルエン10mLを窒素雰囲気下混合し、180℃に加熱した。トルエンを還流させてフラスコ内の水分を除き、引き続きトルエンを除いてから冷却した。60℃で2,2´−ビピリジン1.5gとビス(1,5−シクロオクタジエン)ニッケル2.66gを加え、メカニカルスターラーで攪拌した。5分後80℃に昇温し2時間後室温まで冷却した。反応溶液をDMSO10mLで希釈し、1N塩酸水溶液に加え、析出した固体をろ過により回収した。固体を80℃で減圧乾燥し、固体を細かく粉砕後6N塩酸水溶液中で6時間攪拌した。水洗しながらろ過をして80℃で減圧乾燥し、高分子電解質を得た。分子量はMn=52599、Mw/Mn=2.52であった。
【0062】
得られた高分子電解質0.7gをDMSO20mLに溶解した後、溶液をガラス基板上に流延塗布し、80℃にて15時間真空乾燥した後、更に100℃にて18時間真空乾燥し、自己支持性のある高分子電解質膜(膜厚18μm)を得た。
【0063】
高分子電解質膜を6N塩酸水溶液に12時間浸漬し、その後純水に1時間ずつ2度浸漬した後、100℃で減圧乾燥した。得られた膜のイオン交換容量は1.58meq/gであった。また、親水性セグメントおよび疎水性セグメントの割合は、それぞれおよそ30重量%およびおよそ70重量%であった。低加湿条件においてプロトン伝導度を測定したところ9.1×10−3S/cmであった。
【0064】
〔実施例2〕
還流管とDeanStark管を取り付けた100mLナスフラスコにP1(2.0g)とS1(1.5g)とS2(1.5g)とDMSO60mLとトルエン30mLを窒素雰囲気下混合し、180度に加熱した。トルエンを還流させてフラスコ内の水分を除き、引き続きトルエンを除いてから冷却した。70℃で2,2´−ビピリジン3.0gとビス(1,5−シクロオクタジエン)ニッケル5.0gを加え、メカニカルスターラーで攪拌した。すぐに80℃に昇温し3時間後室温まで冷却した。反応溶液を濃塩酸に加え30分攪拌したのち、さらに多量の水を加えて30分攪拌して析出した固体をろ過により回収した。固体を100℃で減圧乾燥し、高分子電解質を得た。分子量はMn=62607、Mw/Mn=2.01であった。
【0065】
得られた高分子電解質0.7gをDMSO20mLに溶解した後、溶液をガラス基板上に流延塗布し、80℃にて15時間真空乾燥した後、更に100℃にて18時間真空乾燥し、自己支持性のある高分子電解質膜(膜厚21μm)を得た。
【0066】
高分子電解質膜を6N塩酸水溶液に12時間浸漬し、その後純水に1時間ずつ2度浸漬した後、100℃で減圧乾燥した。得られた膜のイオン交換容量は1.56meq/gであった。また、親水性セグメントおよび疎水性セグメントの割合は、それぞれおよそ43重量%およびおよそ57重量%であった。低加湿条件においてプロトン伝導度を測定したところ8.6×10−3S/cmであった。
【0067】
〔比較例1〕
実施例1においてP1の代わりにP2(1.5g)を用い、S1(1.5g)、DMSO50mL、トルエン16mL、2,2´−ビピリジン1.5gとビス(1,5−シクロオクタジエン)ニッケル2.4gを使用したほかは同様の方法で合成を行った。ただし、ポリマーの洗浄工程において6N塩酸水溶液中で攪拌を行っているとポリマーが溶解してしまった。NaOH水溶液で中和し、濃縮することでポリマーを回収し、80℃で減圧乾燥し、乾燥した固体を水洗し、さらに80℃で3時間減圧乾燥、さらに100℃で10時間減圧乾燥することで高分子電解質を得た。分子量はMn=72722、Mw/Mn=1.67であった。
【0068】
得られた高分子電解質0.7gをDMAc20mLに溶解した後、溶液をガラス基板上に流延塗布し、80℃にて15時間真空乾燥した後、更に100℃にて18時間真空乾燥し高分子電解質膜(膜厚40μm)を得た。
【0069】
高分子電解質膜を6N塩酸水溶液に12時間浸漬したところ、膜は溶解してしまった。
【0070】
〔比較例2〕
ポリフェニレンサルファイド(大日本インキ工業株式会社製、DIC−PPS LD10p11)のペレットを、スクリュー温度290℃、Tダイ温度290℃の条件で、2軸混練押出し機にTダイをセットした二軸押出機により、溶融押出成形し、高分子フィルムを得た。ガラス容器に1−クロロブタン634gクロロスルホン酸15gを秤量し、クロロスルホン酸溶液を調整した。前記高分子フィルムを1.5g秤量し、前記クロロスルホン酸溶液に25℃で20時間浸漬することで高分子電解質膜を得た。(クロロスルホン酸添加量は、高分子フィルムの重量に対して10倍量)。その後、高分子電解質膜を回収し、イオン交換水で中性になるまで洗浄し、100℃で18時間真空乾燥し、自己支持性のある高分子電解質膜(膜厚80μm)を得た。
【0071】
得られた膜のイオン交換容量は2.20meq/gであった。低加湿条件においてプロトン伝導度を測定したところ7.5×10−4S/cmであった。
【0072】
実施例1、2と、比較例1、2との比較から、本発明の高分子電解質は、プロトン伝導性に優れ、かつ良好な耐水性を有することが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明の高分子電解質は固体高分子形燃料電池の材料として有用であり、特に高分子電解質膜として有用であることは明らかである。
【符号の説明】
【0074】
1 高分子電解質膜
2 触媒層
3 拡散層
4 セパレーター
5 流路
10 固体高分子形燃料電池

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1):
【化1】

と一般式(2):
【化2】

(一般式(1)および(2)において、各々独立に、Arはベンゼン環、ナフタレン環、またはそれらの環を形成する炭素がヘテロ原子へと置換されたものを示し、Xは水素または陽イオンを示し、aおよびbはそれぞれ0〜4の整数である。ただし、いくつかあるaとbの合計は1以上である。mおよびnは1以上の整数である。pは1以上の整数、qは0以上の整数である。ただし、pおよびqの総和は2以上である。)
で示される構造が直接結合した構造、および、
一般式(3):
【化3】

(一般式(3)において、Ar、m、nは前記と同様である。Zは直接結合、酸素または硫黄を示す。)
で示される構造を主鎖に有する高分子電解質。
【請求項2】
さらに、一般式(4):
【化4】

(一般式(4)において、Ar、Z、m、nは前記と同様である。YはSO、C(CH、またはC(CFを示す。)
で示される構造を主鎖に有する請求項1に記載の高分子電解質。
【請求項3】
一般式(1)および(2)で示される構造が合計で全体の20重量%以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の高分子電解質。
【請求項4】
一般式(3)で示される構造が全体の5重量%以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の高分子電解質。
【請求項5】
高分子電解質が、スルホン酸基を有する親水性セグメントおよびスルホン酸基を有さない疎水性セグメントを含むブロック共重合体である請求項1〜4のいずれか一項に記載の高分子電解質。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の高分子電解質を含む高分子電解質膜。
【請求項7】
請求項6に記載の高分子電解質膜を含む膜電極接合体。
【請求項8】
請求項6に記載の高分子電解質膜を含む固体高分子形燃料電池。
【請求項9】
請求項7に記載の膜電極接合体を含む固体高分子形燃料電池。

【図1】
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【公開番号】特開2013−97956(P2013−97956A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−238515(P2011−238515)
【出願日】平成23年10月31日(2011.10.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成20年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発/劣化機構解析とナノテクノロジーを融合した高性能セルのための基礎的材料研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【Fターム(参考)】