説明

高分子電解質組成物、高分子電解質膜、及び燃料電池

【課題】耐久性と電極との接合性を両立する優れた高分子電解質組成物を提供する。
【解決手段】芳香族系高分子電解質と、下記一般式(A)で表されるビフェニル誘導体とを含み、芳香族系高分子電解質とビフェニル誘導体との合計100質量%中、ビフェニル誘導体が1〜20質量%であることを特徴とする高分子電解質組成物である。


[式(A)において、R、R’は、それぞれ同一または異なって、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ヒドロキシアルキル基およびカルボニルアルキル基からなる群より選ばれる1種以上の基を表す。ただし、RとR’が同時に水素原子となることはない。m、nは、それぞれ独立して、1以上5以下の整数を示す。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子電解質組成物、中でも燃料電池の電解質膜形成のために好適に用いられる高分子電解質組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子膜を高分子電解質膜に用いた固体高分子形燃料電池(PEFC)や直接メタノール型燃料電池(DMFC)は、可搬性があり、小型化が可能であることから、自動車、家庭用分散発電システム、携帯機器用電源への応用が進められている。現在、高分子電解質膜としては、米国デュポン社製ナフィオン(登録商標)に代表されるようなパーフルオロカーボンスルホン酸ポリマー膜が広く用いられている。
【0003】
しかしながらこれらの膜は100℃以上で軟化するため、燃料電池の運転温度は80℃以下に制限されていた。運転温度を上げると、エネルギー効率、装置の小型化、触媒活性の向上など、さまざまな利点があるため、より耐熱性の高い高分子電解質膜が求められている。
【0004】
耐熱性高分子電解質膜として、ポリスルホンやポリエーテルケトンなどの耐熱性ポリマーを発煙硫酸などのスルホン化剤で処理して得られるスルホン化ポリマーが知られている(例えば非特許文献1)。しかしながら、一般的に、スルホン化剤によるスルホン化反応の制御は困難である。そのため、スルホン化度が過大となったり、過小となったりする。また、スルホン化時にポリマーの分解が起こったり、不均一なスルホン化などが起こりやすいという問題があった。
【0005】
このため、スルホン酸基などの酸性基を有するモノマーから重合したポリマーを高分子電解質膜として用いることが検討されている。例えば、特許文献1には高分子電解質として、4,4’−ジクロロジフェニルスルホン−3,3’−ジスルホン酸ソーダ、および4,4’−ジクロロジフェニルスルホンと4,4’−ビフェノールの反応で得られる共重合ポリマーが開示されている。これらのポリマーを構成成分とする高分子電解質膜は、前述のスルホン化剤を用いた場合のようなスルホン酸基の不均一性が少なく、スルホン酸基導入量およびポリマー分子量の制御が容易であった。
【0006】
しかしながら、ビフェニル基を含有した膜は250℃以上でも軟化せず、ホットプレス法による電極との接合が困難であった。これを解決するため、ガラス転移温度(Tg)が100〜250℃の範囲にある芳香族系高分子電解質を高分子電解質膜として用いることが検討されている。例えば、特許文献2には高分子電解質として、Tgが130〜220℃の範囲である共重合ポリマーが示されている。しかしながら、ビフェニル基を置換したポリマーは耐久性が下がるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許出願公開第2002/0091225号明細書
【特許文献2】特開2006−342252号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】エフ ルフラノ(F.Lufrano)他3名著、「スルホネイテッド ポリスルホン アズ プロマイジング メンブランズ フォー ポリマー エレクトロライト フュエル セルズ」(Sulfonated Polysulfone as Promising Membranes for Polymer Electrolyte Fuel Cells)、ジャーナル オブ アプライド ポリマー サイエンス(Journal of AppLied Polymer Science)、(米国)、ジョン ワイリー アンド サンズ インク(John Wiley & Sons, Inc.)、2000年、77号、p.1250−1257
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記の従来技術の問題を考慮して、本発明では、耐久性と電極との接合性とを両立することのできる高性能な高分子電解質膜を形成し得る高分子電解質組成物を提供することを課題として掲げた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するべく鋭意研究を行った結果、芳香族系高分子電解質と、特定構造のビフェニル誘導体とからなる高分子電解質組成物から得られる高分子電解質膜が、電極との接合性に優れていること、さらに、耐久性にも優れることを見出し、本発明の完成に至った。
【0011】
すなわち、本発明の高分子電解質組成物は、芳香族系高分子電解質と、下記一般式(A)で表されるビフェニル誘導体とを含み、芳香族系高分子電解質とビフェニル誘導体との合計100質量%中、ビフェニル誘導体が1〜20質量%であることを特徴とする。
【0012】
【化1】

[式(A)において、R、R’は、それぞれ同一または異なって、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ヒドロキシアルキル基およびカルボニルアルキル基からなる群より選ばれる1種以上の基を表す。ただし、RとR’が同時に水素原子となることはない。m、nは、それぞれ独立して、1以上5以下の整数を示す。]
【0013】
上記一般式(A)で表されるビフェニル誘導体は、下記一般式(B)で表されるパラ置換型ビフェニルであることが好ましい。
【0014】
【化2】

[式(B)において、P、Qは、それぞれ同一または異なって、炭素数3以上のアルキル基を表す。]
【0015】
本発明には、上記高分子電解質組成物から得られる高分子電解質膜、この高分子電解質膜と電極とが接合された膜電極接合体およびこの膜電極接合体を用いた燃料電池が包含される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の高分子電解質組成物を用いることにより、電極との良好な接合性と、耐久性とを両立する高分子電解質膜を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の高分子電解質組成物は、芳香族系高分子電解質と特定の構造のビフェニル誘導体とを含むところに特徴を有している。ビフェニル誘導体は、下記式(A)で示される。ビフェニル誘導体は、後述する芳香族系高分子電解質との親和性が高く、この高分子電解質を可塑化する役割を担う。このため、芳香族系高分子電解質のTgが高くても、ホットプレス法によって電極と良好に接合するようになるのである。
【0018】
【化3】

[式(A)中、R、R’は、それぞれ同一または異なって、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ヒドロキシアルキル基およびカルボニルアルキル基からなる群より選ばれる1種以上の基を表す。ただし、RとR’が同時に水素原子となることはない。m、nは、それぞれ独立して、1以上5以下の整数を示す。]
【0019】
式(A)で表されるビフェニル誘導体としては、4−メチルビフェニル、4,4’−ジメチルビフェニル、4−n−プロピルビフェニル、4−イソプロピルビフェニル、4−tert−ブチルビフェニル、4−ペンチルビフェニル、4−アセチルビフェニル、4,4’−ジアセチルビフェニル、4−プロピオニルビフェニル、4,4’−ジプロピオニルビフェニル、4−ブチリルビフェニル、4,4’−ブチリルビフェニル、4−フェニルフェノール、4,4’−ビフェノールなどが挙げられる。ビフェニル誘導体は、2種類以上用いても構わない。
【0020】
ビフェニル誘導体として特に好ましいのは、下記式(B)で表されるパラ置換型ビフェニルである。
【0021】
【化4】

[式(B)におけるP、Qは、それぞれ同一または異なって、炭素数3以上のアルキル基を表す。]
【0022】
式(B)で示されるパラ置換型ビフェニルとしては、例えば、4,4’−ジイソプロピルビフェニル、4,4’−ジ−tert−ブチルビフェニル、4,4’−ジペンチルビフェニルなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。中でも、4,4’−ジイソプロピルビフェニルと4,4’−ジ−tert−ブチルビフェニルが好ましく、4,4’−ジ−tert−ブチルビフェニルがより好ましい。
【0023】
可塑化効果を発揮させるには、高分子電解質とビフェニル誘導体との合計100質量%中、ビフェニル誘導体を1〜20質量%の範囲で用いることが好ましい。より好ましくは、5〜10質量%である。ビフェニル誘導体の量が少なすぎると、電極との接合性向上効果が小さくなり好ましくなく、含有量が多すぎると、均一な高分子電解質組成物膜(以下、単に高分子電解質膜という)が得られないことがあり、好ましくない。
【0024】
[芳香族系高分子電解質]
本発明の芳香族系高分子電解質とは、ポリマー主鎖に芳香族環を有し、この芳香族環が単結合、エーテル結合、スルホン結合、イミド結合、複素環結合、エステル結合、アミド結合、ウレタン結合、スルフィド結合、カーボネート結合およびケトン結合から選択される少なくとも1種の結合基で結合された構造を有する、非フッ素系あるいは部分フッ素系のイオン伝導性ポリマーである。
【0025】
かかる構造を有する芳香族系ポリマーとしては、例えば、ポリパラフェニレン、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリイミド、ポリフェニルキノキサリン、ポリベンズオキサゾール、ポリベンズチアゾール、ポリベンズイミダゾール、芳香族ポリエステル、芳香族ポリアミド、芳香族ポリウレタン、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、芳香族ポリカーボネート、ポリアリールケトン、ポリエーテルケトン類(ポリエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトンケトン、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン、ポリエーテルケトンスルホン)等が挙げられる。高分子電解質は、これらの芳香族系ポリマー単独で構成されても、2種以上を組み合わせて構成されてもよい。特に、芳香族系ポリマーとしては、ポリ(p−フェニレン)、ポリ(m−フェニレン)などのポリアリーレン系ポリマー;ポリスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンオキシド、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン類などのポリアリーレン(チオ)エーテル系ポリマー;前記ポリアリーレン/前記ポリアリーレン(チオ)エーテル共重合系ポリマーであることが好ましく、芳香族基や脂肪族基からなる側鎖を有していてもよい。
【0026】
本発明の高分子電解質を構成する芳香族系ポリマーは、酸性基を有することが好ましい。酸性基としては、例えば、スルホン酸基、ホスホン酸基、カルボキシル基、スルホンアミド基、スルホンイミド基およびこれらの誘導体が挙げられる。芳香族炭化水素系ポリマーは、これらの酸性基のいずれか一種のみを有して構成されても、2種以上有して構成されてもよい。本発明では、特にスルホン酸基、ホスホン酸基を有していることが好ましい。酸性基は、芳香族炭化水素系ポリマーのいずれの位置で保持されていてもよく、例えば、ポリマー主鎖を構成する芳香環上やポリマー側鎖を構成する芳香族基上や脂肪族基上に酸性基を有する態様が挙げられる。なお、酸性基は、ポリマー形成中や高分子電解質膜製造中は、塩となっていても構わないが、最終的には塩をプロトン(H)に変換して高分子電解質膜とすることが好ましい。塩を構成するカチオンとしては、リチウム、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属イオンや、モノアンモニウム塩などの1価のカチオンが挙げられる。これら1価のカチオン塩の群から選択される単一種の塩で構成されても、2種以上を組み合わせた複数種の塩で構成されてもよい。
【0027】
本発明で用いる高分子電解質は、上記芳香族系ポリマーのホモポリマーやランダム共重合体の他、セグメント化ブロック共重合体、長鎖あるいは短鎖の分岐を有する重合体(例えば、櫛型重合体など)、星型重合体などの高次構造を有していてもよい。中でも、セグメント化ブロック共重合体など、親水性部と疎水性部の相分離によって共連続構造を形成し得る共重合体を用いると、高分子電解質膜の耐久性やプロトン伝導性が向上する点で好ましい。このようなセグメント化ブロック共重合体としては、酸性基またはその塩を有する親水性セグメントと、酸性基およびその塩を有さない疎水性セグメントとの共重合体が挙げられる。このようなセグメント化ブロック共重合体は、例えば、前記セグメントを構成するオリゴマーを、直接あるいは他の化合物を介して重合させることによって得ることができる。
【0028】
また、酸性基を有するモノマー成分を重合して、酸性基を有する芳香族炭化水素系ポリマーを得る方法としては、例えば、酸性基(スルホン酸基やホスホン酸基など)を有する芳香族ジアミンを含むジアミンと、芳香族テトラカルボン酸二無水物とを重合して、酸性基含有ポリイミドを得る方法;酸性基を有する芳香族ジカルボン酸を含むジカルボン酸と、芳香族ジアミンジオールや芳香族ジアミンジチオールや芳香族テトラミンとを重合して、酸性基含有ポリベンズオキサゾールや酸性基含有ポリベンズチアゾールや酸性基含有ポリベンズイミダゾールを得る方法;芳香族ジハライドと芳香族ジオールとを重合してポリスルホンやポリエーテルスルホンやポリエーテルケトンを得るにあたり、酸性基を有する芳香族ジハライドや酸性基を有する芳香族ジオールを用いる方法等が挙げられる。なお、酸性基を有する芳香族ジオールを用いるよりも、酸性基を有する芳香族ジハライドを用いる方が、重合度が高くなり易く、また、酸性基を有する芳香族炭化水素系ポリマーの熱安定性が高くなるので好ましい。
【0029】
本発明で用いる高分子電解質は、一般式1で表される繰り返し単位を有する芳香族炭化水素系ポリマーであることが特に好ましい。
【0030】
【化5】

[一般式1において、Xは−S(=O)2−基又は−C(=O)−基を、YはHまたは1価のカチオンを、Z1はO又はS原子のいずれかを、Z2は、O原子、S原子、−CH2−基、−C(CH32−基、−C(CF32−基、シクロヘキシレン基、直接結合のいずれかを、n1は1以上の整数を表す。]
【0031】
一般式1中、Xが−S(=O)2−基であると、溶剤への溶解性が向上する。Xが−C(=O)−基であると、ポリマーの軟化温度を下げて電極との接合性をさらに高めたり、高分子電解質膜に光架橋性を付与したりすることができる。Yは、NaやKなどのアルカリ金属であることが好ましい。YがH原子であると、高分子電解質膜の製造過程の熱などによって分解し易いためである。なお、プロトン伝導率に優れた高分子電解質膜を得るために、最終的にはYをH原子に変換して高分子電解質膜とすることが好ましい。Z1はO原子であるとポリマーの着色が少なかったり、原料が入手し易いなどの利点がある。Z1がS原子であると耐酸化性が向上する。Z2がO原子やS原子であると電極との接合性がより改良される。Z2が直接結合である場合は、得られる高分子電解質膜の寸法安定性が改良される。n1は1〜30の範囲にあることが好ましい。n1が3以上で、かつZ2がO原子の場合は、高分子電解質膜と電極との接合性が特に向上する。なお、n1が2以上の場合には、Z2はそれぞれ異なる結合基で構成されてもよい。
【0032】
本発明で用いる高分子電解質は、一般式1で表される繰り返し単位と共に、さらに一般式2で表される繰り返し単位を含有している芳香族系ポリマーであることが好ましい。かかる芳香族系ポリマーは適切な軟化温度を有し、高分子電解質膜としたときに電極と良好に接合する。
【0033】
【化6】

[一般式2において、Ar1は二価の芳香族基を、Z3はO原子又はS原子のいずれかを、Z4は、O原子、S原子、−CH2−基、−C(CH32−基、−C(CF32−基、シクロヘキシレン基、直接結合のいずれかを、n2は1以上の整数を表す。]
【0034】
一般式2中、Z3がO原子であるとポリマーの着色が少なかったり、原料が入手し易いなどの利点がある。Z3がS原子であると耐酸化性が向上する。Z4がO原子、S原子であると接合性がより改良される。Z4が直接結合であると、得られる高分子電解質膜の寸法安定性が改良される。n2は1〜30の範囲にあることが好ましく、n2が2以上の場合には、Z4はそれぞれ異なる結合基で構成されてもよい。n2が3以上で、かつZ4がO原子の場合は、高分子電解質膜と電極との接合性が特に向上する。
【0035】
一般式2におけるAr1は、電子吸引性基を有する二価の芳香族基であることが好ましい。電子吸引性基としては、公知の電子吸引性基であればよく、特に限定されない。例えば、スルホン基、スルホニル基、スルホン酸基、スルホン酸エステル基、スルホン酸アミド基、スルホン酸イミド基などのスルホ基及びその誘導体;カルボキシル基、カルボン酸エステル基などのカルボキシル基及びその誘導体;カルボニル基;シアノ基;ハロゲン基;トリフルオロメチル基などのパーフルオロアルキル基;ニトロ基;ホスフィン基などが挙げられる。これらの電子吸引性基は、単独で用いられても、2種以上を組み合わせて用いられてもよい。
【0036】
Ar1は、下記一般式3〜6で表されるのが好ましい。一般式3の場合には、ポリマーの溶解性を高めることができる。一般式4の場合には、ポリマーの軟化温度を下げて電極との接合性を高めたり、光架橋性を付与したりできる。一般式5や6の場合には、ポリマーの膨潤を少なくできる。かかる効果は一般式6の方が大きい。一般式3〜6の中でも一般式6が最も好ましい。
【0037】
【化7】

【0038】
本発明で用いる高分子電解質は、一般式1で表される繰り返し単位に、さらに一般式2で表される繰り返し単位を含有するとともに、一般式1におけるZ1及びZ2がいずれもO原子であり、かつn1が3以上である芳香族系ポリマーであることが、さらに好ましい。このような芳香族系ポリマーを用いて得られる高分子電解質膜は、電極との接合性が特に向上する。
【0039】
かかる芳香族系ポリマーは、一般式2における、Z3及びZ4がいずれもO原子であり、かつ、n2が3以上であることがさらに好ましい。このような芳香族系ポリマーを用いて得られる高分子電解質膜は、電極との接合性がより一層向上する。
【0040】
本発明で用いる高分子電解質が、主として一般式1で表される繰り返し単位と一般式2で表される繰り返し単位とからなる芳香族系ポリマーである場合には、各繰り返し単位のモル比は、7:93〜70:30の範囲であることが好ましい。モル比が7:93とは、一般式1で表される繰り返し単位のモル数を7としたとき、一般式2で表される繰り返し単位のモル数が93であることを表す。70:30のモル比よりも一般式1で表される繰り返し単位が多くなると、高分子電解質膜としたときの燃料透過性が大きくなる場合があり好ましくない。7:93のモル比よりも一般式1で表される繰り返し単位が少なくなると、高分子電解質膜としたときのプロトン伝導性が低下して抵抗が増大するため好ましくない。上記モル比は、10:90〜50:50の範囲がより好ましく、10:90〜40:60の範囲がさらに好ましい。
【0041】
本発明で用いる高分子電解質は、一般式1及び一般式2に加えて、さらに一般式7で表される繰り返し単位を含有している芳香族炭化水素系ポリマーであることがさらに好ましい。かかる芳香族炭化水素系ポリマーを用いることにより、高分子電解質膜としたときの膜の形態安定性を高めることができる。
【0042】
【化8】

[一般式7において、Xは−S(=O)2−基又は−C(=O)−基を、YはH又は1価の陽イオンを、Z5はO又はS原子のいずれかを表す。]
【0043】
一般式7中、X、Y、及びZ5が上記態様であることが好ましい理由は、一般式1中、X、Y、及びZ1でそれぞれ説明した理由と同様である。
【0044】
かかる芳香族炭化水素系ポリマーは、一般式1における、Z1及びZ2がO原子又はS原子であり、かつ、n1が1であると、高分子電解質膜と電極との接合性、及び膜の形態安定性がより良好になるので好ましい。また、一般式2における、Z3及びZ4がO原子又はS原子であり、かつ、n2が1であると、高分子電解質膜と電極との接合性、及び膜の形態安定性がさらに良好になるので好ましい。
【0045】
本発明で用いる高分子電解質は、一般式1、2、及び7で表される繰り返し単位に加えて、さらに一般式8で表される繰り返し単位を含有している芳香族系ポリマーであることがさらに好ましい。かかる芳香族炭化水素系ポリマーを用いることにより、高分子電解質膜と電極との接合性、及び膜の形態安定性を大きく向上することができる。
【0046】
【化9】

[一般式8において、Ar2は2価の芳香族基を、Z6はO原子又はS原子のいずれかを表す。]
【0047】
一般式8中、Z6が上記態様であることが好ましい理由、及びAr2の好ましい具体的態様については、一般式2中、Z3及びAr1でそれぞれ説明した理由と同様である。
【0048】
本発明で用いる高分子電解質が、一般式1、2、7、及び8で表される繰り返し単位を全て有する芳香族炭化水素系ポリマーである場合には、それぞれの繰り返し単位のモル%、及びその他の繰り返し単位のモル%が下記数式1〜3を満たすことが好ましい。
【0049】
0.9≦(n3+n4+n5+n6)/(n3+n4+n5+n6+n7)
≦1.0 (数式1)
0.05≦(n3+n4)/(n3+n4+n5+n6)
≦0.7 (数式2)
0.01≦(n4+n6)/(n3+n4+n5+n6)
≦0.95 (数式3)
(上記数式中、n3は一般式7で表される繰り返し単位のモル%を、n4は一般式1で表される繰り返し単位のモル%を、n5は一般式8で表される繰り返し単位のモル%を、n6は一般式2で表される繰り返し単位のモル%を、n7はその他の繰り返し単位のモル%を、それぞれ表す。)
【0050】
(n3+n4+n5+n6)/(n3+n4+n5+n6+n7)が0.9よりも小さいと、高分子電解質膜としたときに良好な特性が得られない場合がある。より好ましいのは0.95〜1.0の範囲である。
【0051】
(n3+n4)/(n3+n4+n5+n6)が0.05よりも小さくなると、高分子電解質膜としたときに十分なプロトン伝導性が得られない場合がある。また、0.7よりも大きいと高分子電解質膜としたときの膨潤性が著しく大きくなる場合がある。
【0052】
(n3+n4)/(n3+n4+n5+n6)は0.07〜0.5の範囲であることが好ましく、0.1〜0.4の範囲であることがより好ましい。
【0053】
(n4+n6)/(n3+n4+n5+n6)が0.01よりも少ないと、高分子電解質膜と電極との接合性が低下する場合がある。0.95よりも大きいと、高分子電解質膜の膨潤性が大きくなりすぎる場合がある。0.05〜0.8の範囲がより好ましく、0.4〜0.8の範囲がさらに好ましい。
【0054】
なお、上記芳香族系ポリマーにおいて、上記各一般式で表される各繰り返し単位の結合様式は特に限定されるものではなく、ランダム結合、交互結合、連続したブロック構造での結合などが挙げられる。芳香族系ポリマーは、単一の結合様式で構成されても、2種以上の結合様式の組み合わせで構成されてもよい。
【0055】
[高分子電解質の製造方法の好適例]
上記一般式1等で表される繰り返し単位を有する芳香族系ポリマーは、下記一般式9〜11で表されるモノマー(例えば、(活性化)ジハロゲン芳香族化合物、芳香族ジオール類、芳香族ジチオール類、ジニトロ芳香族化合物など)を用いて、公知の方法(例えば、塩基性化合物の存在下、公知の芳香族求核置換反応による重合反応)で製造することができる。また、一般式12で表されるモノマーをさらに用いると、膜の形態安定性など物理的な特性が向上するため好ましい。
【0056】
【化10】

[一般式9〜12において、Z7及びZ10は、それぞれ独立してCl原子、F原子、I原子、Br原子、ニトロ基のいずれかを、Z8及びZ11は、それぞれ独立してOH基、SH基、−O−NH−C(=O)−R基、−S−NH−C(=O)−R基のいずれかを表す。Rは芳香族又は脂肪族の炭化水素基を表す。なお、X、Y、Z2、n1及びAr1は、上記X、Y、Z2、n1及びAr1とそれぞれ同じである。]
【0057】
本発明の高分子電解質は、ビフェニル構造を有していることが好ましい。耐久性と電極接合性がより一層優れた電解質膜が得られる。ビフェニル構造は、一般式9のXが直接結合であるモノマー、一般式10のZ2が直接結合であるモノマー、一般式12で示されるモノマーのいずれから導入されるものであってもよく、いずれか2種以上から導入されるものであってもよい。
【0058】
一般式9で表されるモノマーの具体例としては、3,3’−ジスルホ−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホ−4,4’−ジフルオロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホ−4,4’−ジクロロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホ−4,4’−ジフルオロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホブチル−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホブチル−4,4’−ジフルオロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホブチル−4,4’−ジクロロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホブチル−4,4’−ジフルオロジフェニルケトン等のジハロゲン芳香族化合物、及びこれらのスルホン酸基が1価のカチオンと塩を形成しているものが挙げられる。カチオンの具体例については上述の通りである。
【0059】
一般式9で表されるモノマーのうち、スルホン酸基が塩になっている化合物の例としては、3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジフルオロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジクロロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジフルオロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホン酸カリウム−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホン酸カリウム−4,4’−ジフルオロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホン酸カリウム−4,4’−ジクロロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホン酸カリウム−4,4’−ジフルオロジフェニルケトンなどが挙げられる。
【0060】
一般式10で表されるモノマーの具体例としては、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)メタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルフィド(4,4’−チオビスフェノール)、4,4’−ジヒドロキシジフェニルエーテル、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、4,4’−ジヒドロキシジフェニルスルホン(ビスフェノールS)、末端ヒドロキシル基含有フェニレンエーテルオリゴマー(下記一般式13で表される構造のもの)などの芳香族ジオール類;4,4’−チオビスベンゼンチオール、4,4’−オキシビスベンゼンチオールなどの芳香族ジチオール類などが挙げられ、特に、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルフィド、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、末端ヒドロキシル基含有フェニレンエーテルオリゴマー、4,4’−チオビスベンゼンチオールが好ましい。
【0061】
【化11】

[一般式13において、nは1以上の整数からなり、nが異なる複数種の成分を混合したものでもよい。]
【0062】
一般式10で表されるモノマーは、高分子電解質膜の柔軟性を高め、変形に対する破壊の防止や、ガラス転移温度の低下による電極との接合性向上などの効果をもたらす。
【0063】
一般式11で表されるモノマーとしては、同一芳香環にハロゲン、ニトロ基などの求核置換反応における脱離基と、それを活性化する電子吸引性基とを有するモノマーが挙げられる。具体的に、2,6−ジクロロベンゾニトリル、2,4−ジクロロベンゾニトリル、2,6−ジフルオロベンゾニトリル、2,4−ジフルオロベンゾニトリル、4,4’−ジクロロジフェニルスルホン、4,4’−ジフルオロジフェニルスルホン、4,4’−ジフルオロベンゾフェノン、4,4’−ジクロロベンゾフェノン、デカフルオロビフェニル等の活性化ジハロゲン芳香族化合物が挙げられるがこれらに制限されることはない。また、芳香族求核置換反応に活性のある他の芳香族ジハロゲン化合物、芳香族ジニトロ化合物、芳香族ジシアノ化合物なども使用できる。
【0064】
一般式12で表されるモノマーの例としては、4,4’−ビフェノール、4、4’−ジメルカプトビフェノールなどの芳香族ジオール類が挙げられ、特に4,4’−ビフェノールが好ましい。
【0065】
本発明では、一般式9〜12で表されるモノマーとともに、他の各種活性化ジハロゲン芳香族化合物、ジニトロ芳香族化合物、ビスフェノール化合物、ビスチオフェノール化合物をモノマーとして併用することもできる。かかるビスフェノール化合物又はビスチオフェノール化合物としては、例えば、9,9−ビス(4−ヒドロキシフェニル)フルオレン、9,9−ビス(3−メチル−4−ヒドロキシフェニル)フルオレン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルホン、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)エタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)ブタン、3,3−ビス(4−ヒドロキシフェニル)ペンタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチルフェニル)プロパン、ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチルフェニル)メタン、ビス(4−ヒドロキシ−2,5−ジメチルフェニル)メタン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)フェニルメタン、ハイドロキノン、レゾルシン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)ケトン、1,4−ベンゼンジチオール、1,3−ベンゼンジチオール、フェノールフタレイン、10−(2,5−ジヒドロキシフェニル)−9,10−ジヒドロ−9−オキサ−10−フォスファフェナンスレン−10−オキサイド等が挙げられる。この他、芳香族求核置換反応によるポリアリーレンエーテル系化合物の重合に用いることができる各種芳香族ジオール又は各種芳香族ジチオールを用いてもよい。
【0066】
また本発明の高分子電解質を構成する別の態様のポリマーの原料としては、3,3’,4,4’−テトラアミノジフェニルスルホン、3、3’−ジアミノベンジジンなどの芳香族テトラアミノ化合物と、2,5−ジカルボキシベンゼンスルホン酸モノナトリウムや3,5−ジカルボキシフェニルホスホン酸などのイオン性基を有する芳香族ジカルボン酸などを挙げることができる。これらのモノマーを用いて重縮合を行い、ポリベンズイミダゾールなどのポリアゾール系高分子電解質を得ることができる。
【0067】
上記の中でも、活性化ジハロゲン芳香族化合物やジニトロ芳香族化合物、芳香族ジオール類や芳香族ジチオール類などを原料として、炭酸カリウムなどの塩基性化合物の存在下、公知の芳香族求核置換反応により重合して得られる芳香族系ポリマーを高分子電解質として用いることが好ましい。
【0068】
高分子電解質の分子量は特に限定されるものではないが、ゲルパーミエーションクロマトグラフィーを用いてポリエチレングリコールを標準として測定される数平均分子量が10000〜500000の範囲であることが好ましい。10000未満では、膜の物理的特性が低下する場合がある。分子量が大きくなるほど、機械的特性の面からは好ましいが、大き過ぎると、高分子電解質組成物を用いて高分子電解質膜を製造する際に、高分子電解質組成物の固形分濃度を下げざるを得なくなり、溶剤の除去に問題が出る場合がある。
【0069】
高分子電解質の軟化温度は、120℃以上であることが好ましく、140〜300℃であることがより好ましい。高分子電解質とビフェニル誘導体との混合物の軟化温度も、120℃以上であることが好ましく、140〜300℃であることがより好ましい。
【0070】
[高分子電解質組成物の製造方法]
本発明の高分子電解質組成物の製造方法は、特に制限はなく、例えば、ビフェニル誘導体を高分子電解質の溶液中に溶解させた後、溶媒を除去する方法であってもよいし、ビフェニル誘導体をあらかじめ溶媒中に溶解あるいは分散させた状態で、高分子電解質の溶液と混合した後、溶媒を除去する方法であってもよい。また、溶媒を有したままの組成物であってもよい。
【0071】
このとき用いることのできる溶媒としては、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、スルホラン、ジフェニルスルホン、N−メチル−2−ピロリドン、ヘキサメチルホスホンアミドなどの非プロトン性極性溶媒から適切なものを選ぶことができるがこれらに限定されるものではない。これらの中でも、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミドなどに溶解することが好ましい。これらの溶媒は、可能な範囲で複数を混合して使用してもよい。溶液中の固形分濃度は0.1〜50質量%の範囲であることが好ましく、5〜20質量%の範囲であることがより好ましく、5〜15質量%の範囲であることがさらに好ましい。溶液中の固形分濃度が0.1質量%未満であると良好な成形物を得るのが困難となる傾向にあり、50質量%を超えると加工性が悪化する傾向にある。
【0072】
また、本発明の高分子電解質組成物を製造する際に、通常の高分子に使用される酸化防止剤、安定剤、離型剤などの添加剤を本発明の目的に反しない範囲内で含有させることもできる。また、本発明の電解質組成物を製造する際あるいは本発明の電解質組成物を製膜等の加工・成形する際に、分子間架橋構造を本発明の目的に反しない範囲内で導入できる。ここでいう分子間架橋構造とは、高分子鎖間が互いに化学結合により結び付けられていることを指し、電子線や放射線、紫外線等の線源を電解質組成物に照射することにより導入し得る。その際には、公知の架橋剤を適宜用いることができる。また、公知の可塑剤を、さらに含有させることもできる。
【0073】
[高分子電解質組成物の成形方法]
本発明の高分子電解質組成物は、押し出し、紡糸、圧延またはキャストなど任意の方法で繊維やフィルムなどの成形体とすることができる。中でも適当な溶媒に溶解した溶液から成形することが好ましい。
【0074】
溶液から成形体を得る方法は従来から公知の方法を用いて行うことができる。例えば、加熱、減圧乾燥の他、高分子電解質およびビフェニル誘導体を溶解する溶媒(良溶媒)と混和することができるが、高分子電解質およびビフェニル誘導体は溶解しない溶媒(貧溶媒)への浸漬等によって、高分子電解質組成物から良溶媒をさらに抽出除去することが好ましい。貧溶媒は、加熱又は減圧乾燥によって留去させることが好ましい。この際、必要に応じて他の化合物と複合された形で、繊維状、フィルム状、ペレット状、プレート状、ロッド状、パイプ状、ボール状、ブロック状などの様々な形状に成形することもできる。溶解挙動が類似する化合物と組み合わせた場合には、良好な成形ができる点で好ましい。このようにして得られた成形体中の酸性基は、1価のカチオンとの塩の形のものを含んでいてもよいが、必要に応じて酸処理することによりフリーの酸性基に変換することもできる。
【0075】
[高分子電解質膜の製造方法]
本発明の高分子電解質組成物から高分子電解質膜を作製することもできる。高分子電解質膜は、本発明の高分子電解質組成物だけでなく、多孔質膜、不織布、フィブリル、紙などの支持体との複合膜であってもよい。得られた高分子電解質膜は、燃料電池用の高分子電解質膜として用いることができる。
【0076】
高分子電解質膜を成形する手法として最も好ましいのは、良溶媒を含む高分子電解質組成物からのキャストであり、キャストした溶液から、上記のようにして、良溶媒を除去して高分子電解質膜を得ることができる。貧溶媒の除去は、乾燥によることが高分子電解質膜の均一性からは好ましい。また、高分子電解質や溶媒の分解や変質を避けるため、減圧下でできるだけ低い温度で乾燥することもできる。また、高分子電解質組成物の粘度が高い場合には、基板や組成物を加熱して高温でキャストすると、組成物の粘度が低下して容易にキャストすることができる。組成物のキャスト膜の厚みは特に制限されないが、10〜1000μmであることが好ましい。より好ましくは50〜500μmである。キャスト膜の厚みが10μmよりも薄いと、高分子電解質膜としての形態を保てなくなる傾向にあり、1000μmよりも厚いと不均一な高分子電解質膜ができやすくなる傾向にある。キャスト膜の厚みを制御する方法は公知の方法を用いることができる。例えば、アプリケーター、ドクターブレードなどを用いて一定の厚みにしたり、ガラスシャーレなどを用いてキャスト面積を一定にしたりするなどして、キャストされる組成物の量や濃度で、キャスト膜の厚みを制御することができる。キャスト膜は、溶媒の除去速度を調整することでより均一な膜を得ることができる。例えば、加熱する場合には最初の段階では低温にして蒸発速度を下げるとよい。また、水などの貧溶媒にキャスト膜を浸漬する場合には、浸漬前に、キャスト膜を空気雰囲気下や不活性ガス雰囲気下に適当な時間放置しておくなどして、キャスト膜の凝固速度を調整することができる。
【0077】
[高分子電解質膜]
本発明の高分子電解質膜は目的に応じて任意の膜厚にすることができるが、プロトン伝導性の面からはできるだけ薄いことが好ましい。具体的には5〜200μmであることが好ましく、5〜100μmであることがさらに好ましく、20〜80μmであることが最も好ましい。高分子電解質膜の厚みが5μmより薄いと高分子電解質膜の取り扱いが困難となり燃料電池を作製した場合に短絡等が起こる傾向にあり、200μmよりも厚いと高分子電解質膜の電気抵抗値が高くなり燃料電池の発電性能が低下する傾向がある。高分子電解質膜として使用する場合、膜中の酸性基は1価のカチオンの塩になっているものを含んでいても良いが、適当な酸処理によりフリーの酸性基に変換することもできる。この場合、硫酸、塩酸等の水溶液中に、加熱下又は加熱せずに、得られた膜を浸漬処理することで行うことも効果的である。また、高分子電解質膜のプロトン伝導率は1.0×10-3S/cm以上であることが好ましい。プロトン伝導率が1.0×10-3S/cm以上である場合には、その高分子電解質膜を用いた燃料電池において良好な出力が得られる傾向にあり、1.0×10-3S/cm未満である場合には燃料電池の出力低下が起こる傾向にある。
【0078】
[膜電極接合体]
上述した本発明の高分子電解質膜を電極に接合することによって、本発明の高分子電解質膜と電極との接合体(膜電極接合体)を得ることができる。この接合体の作製方法としては、従来から公知の方法を用いて行うことができ、例えば、電極表面に接着剤を塗布し高分子電解質膜と電極とを接着する方法または高分子電解質膜と電極とを加熱加圧(ホットプレス法)する方法等がある。また、本発明の高分子電解質組成物を主成分とした接着剤を電極表面に塗布して接着することもできる。本発明の高分子電解質膜は、高分子電解質がビフェニル誘導体によって可塑化されているため、軟化温度が低い。このため、膜電極接合体は、ホットプレス法を採用すれば容易に作製することができる。ホットプレス法における加熱温度は100〜250℃が好ましく、圧力は100〜1000N/cm2が好ましい。
【0079】
[燃料電池]
上述した膜電極接合体を用いて、燃料電池を作製することもできる。本発明の高分子電解質膜は、加工性、プロトン伝導性、耐久性に優れているため、作製が容易で、良好な出力を有し、耐久性に優れる燃料電池を提供することができる。本発明の高分子電解質膜は、水素を燃料とする固体高分子形燃料電池(PEFC)の他にも、メタノールを燃料とするメタノール直接型燃料電池(DMFC)にも適している。また、メタノール、ガソリン、エーテルなどの炭化水素から改質器によって水素を取り出して用いるタイプの燃料電池にも適している。
【実施例】
【0080】
以下本発明を、実施例を用いて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されることはない。なお、各種測定は次のように行った。
【0081】
<イオン交換容量>
乾燥した高分子電解質膜100mgを、0.01NのNaOH水溶液50mLに浸漬し、25℃で一晩攪拌した。その後、0.05NのHCl水溶液で中和滴定した。中和滴定には、電位差滴定装置(「COMTITE−980」;平沼産業社製)を用いた。イオン交換当量は下記式で計算して求めた。イオン交換容量が大きくなるほど、電極との接合性が向上する。
イオン交換容量[meq/g]=(10−滴定量[mL])/2
【0082】
<プロトン伝導性>
自作測定用プローブ(ポリテトラフルオロエチレン製)上で短冊状の膜試料の表面に白金線(直径:0.2mm)を押し当て、80℃、95%RHの恒温・恒湿オーブン(「LH−20−01」;ナガノ科学機械製作所製)中に試料を保持し、白金線間のインピーダンスを、周波数応答アナライザ(FREQUENCY RESPONSE ANALYSER 1250型;SOLARTRON社製)により測定した。極間距離を変化させて測定し、極間距離とC−Cプロットから見積もられる抵抗測定値をプロットした勾配から、以下の式により、膜と白金線間の接触抵抗をキャンセルした導電率を算出した。
導電率[S/cm]=1/(膜幅[cm]×膜厚[cm]×抵抗極間勾配[Ω/cm])
【0083】
<膜電極接合性の評価方法>
燃料電池用触媒(「TEC61E54」;田中貴金属工業社製)2.0gに超純水5.0gを加え、軽く撹拌した後、20質量%ナフィオン(登録商標)溶液(「Nafion Dispersion DE2021」;Dupont社製)3.75gと特級グレードのイソプロパノール5.0gを加えた。次いで、この混合物が完全に均一となるまで、ボールミルにて撹拌することで触媒インクを調製した。次いで、カーボンペーパー(「TGPH−060」;E−Tek社製)に、コーターを使って前記の触媒インクを、触媒量として、1.0mg−Pt/cm2となるように塗布し、窒素気流下、室温で徐々に乾燥させることで、触媒層が形成されたカーボンペーパーを得た。
【0084】
その後、触媒層が膜面に接するように、高分子電解質膜と前記の触媒層が形成されたカーボンペーパーを積層後、熱プレス(「SA−401」;テスター産業株式会社;高分子電解質膜電極接合体(略号:MEA)作製用;高精度ホットプレス;圧力=780N/cm2;温度=200℃;時間=3分)によって、高分子電解質膜の片面に、触媒層が熱接着されたカーボンペーパーを接合した。その後、カーボンペーパーを剥がしとった。この時、高分子電解質膜と触媒層との界面の接着力が弱いと、カーボンペーパーを剥がす操作に伴い、触媒層ごとカーボンペーパーが剥がれる。一方、高分子電解質膜と触媒層界面の接着力が充分に強い場合、カーボンペーパーのみが剥がれることとなる。
【0085】
この現象を利用することにより、高分子電解質膜と触媒層の接合性を評価した。すなわち、高分子電解質膜と触媒層の接着力を評価する指標として、高分子電解質膜表面に残る触媒層の残存割合を用いることとし、「Image J」(ソフトウエア名;version 1.38X)を用いて、電極(触媒層)の接合割合を数値化した。具体的には、カーボンペーパーを剥がしたMEAを、グレースケール、600dpiの条件でスキャナ(Docu Centre Color f450;FUJI XEROX社製)を用いて読み取り、「Image J」を用いて、Image>Rotate>Arbitarilyで角度調整後、Process>Image Calculatorで2階調化、Edit>Invertで白黒逆転させ、MEA箇所(720×720ピクセル)を選択後、Analyze>Measureで算出される%Areaの値を電極接合割合とした。
【0086】
<膜電極接合体の耐メタノール性評価方法>
上記で得られたMEAを、70℃、10質量%メタノール水溶液に一週間浸漬した。浸漬後のMEAをろ紙に挟んで乾燥させ、<膜電極接合性の評価方法>と同じ手法を用いて電極の接合割合を数値化した。
【0087】
製造例1[高分子電解質(P1)]
3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン(略号:S−DCDPS)60.4g(123.0mmol)、2,6−ジクロロベンゾニトリル(略号:DCBN)58.7g(341.1mmol)、4,4’−ビフェノール(略号:BP)86.5g(464.1mmol)、炭酸カリウム73.8g(533.7mmol)、N−メチル−2−ピロリドン(略号:NMP)500mL、トルエン100mLを、窒素導入管、攪拌翼、ディーンスタークトラップ、温度計を取り付けた1000mL枝付きフラスコに入れ、オイルバス中で攪拌しつつ窒素気流下で加熱した。トルエンとの共沸による脱水を140℃で行った後、トルエンをすべて留去した。その後、200℃に昇温し、5時間加熱した。反応溶液を室温まで冷却した後、3000mLの純水に注ぎ、ポリマーを固化させ、さらに純水で5回洗浄して、NMP及び無機塩を除去した。濾別した後、120℃で16時間減圧乾燥して、高分子電解質(P1)を得た。P1の化学構造を以下に示す。下記式中XはKである。P1の粘度をE型粘度計で測定したところ、約230Pa・sであった。また、下記式のmは73.5で、nは26.5である。
【0088】
【化12】

【0089】
製造例2[高分子電解質(P2)]
S−DCDPS54.1g(110.1mmol)、DCBN63.5g(368.5mmol)、BP89.2g(478.6mmol)、炭酸カリウム76.1g(550.3mmol)、NMP500mL、トルエン100mLを用い、製造例1と同様にして、高分子電解質(P2)を得た。
【0090】
製造例3[高分子電解質(P3)]
S−DCDPS56.47g(115.0mmol)、DCBN54.9g(318.8mmol)、BP40.42g(216.9mmol)、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン(略号:6F−BisA)72.92g(216.9mmol)、炭酸カリウム65.95g(477.2mmol)、NMP500mL、トルエン100mLを用い、製造例1と同様にして、高分子電解質(P3)を得た。P3の化学構造を以下に示す。下記式中XはKである。
【0091】
【化13】

【0092】
すなわち、
【0093】
【化14】

ここで、nは23、mは50である。
【0094】
製造例4[高分子電解質(P4)]
S−DCDPS 15.2g(31.0mmol)、DCBN 17.9g(103.7mmol)、BP 22.6g(121.2mmol)、6F−BisA 4.53g(13.5mmol)、炭酸カリウム18.4g(133.3mmol)、NMP 125mL、トルエン25mLを用い、製造例1と同様にして、高分子電解質(P4)を得た。P4の化学構造における繰り返し単位は、上記P3と同じであり、nは23でmは10である。
【0095】
<供試ビフェニル誘導体>
DPB:4,4’−ジイソプロピルビフェニル
DTBB:4,4‘−ジ−tert−ブチルビフェニル
【0096】
実施例1[高分子電解質(P1)とビフェニル誘導体DPBからなる高分子電解質膜の製造]
P1とビフェニル誘導体DPBとの合計100質量%中、ビフェニル誘導体DPBを6.1質量%として、全量を3gにし、9.0gのNMPと良く混合して高分子電解質組成物溶液を作成した。ガラス板上に500μmの厚みでこの溶液をキャストし、100℃で1時間、150℃で1時間加熱して乾燥した。その後、キャスト膜付きガラス板を室温付近まで放冷し、キャスト膜付きガラス板ごと水につけて、膜をガラス板から剥離した。剥離した膜は純水に浸漬した後、1N硫酸に1時間浸漬して、スルホン酸のカリウム塩基をスルホン酸基に変換し、純水で洗浄して遊離の硫酸を除き、風乾して高分子電解質膜を得た。
【0097】
実施例2〜4[高分子電解質(P1)とビフェニル誘導体からなる高分子電解質膜の製造]
ビフェニル誘導体の量、及び種類を変更した以外は実施例1と同様にして高分子電解質膜を得た。
【0098】
実施例5〜6[高分子電解質(P3)とビフェニル誘導体からなる高分子電解質膜の製造]
P1の代わりにP3を用い、P3とビフェニル誘導体との合計100質量%中、DPBを7.4質量%、またはDTBBを8.2質量%として、DPB又はDTBBを加えた以外は、実施例1と同様にして高分子電解質膜を得た。
【0099】
比較例1[高分子電解質(P1)のみからなる高分子電解質膜の製造]
ビフェニル誘導体を加えない以外は、実施例1と同様にして高分子電解質膜を得た。得られた高分子電解質膜外観は均質であった。
【0100】
比較例2[高分子電解質(P2)のみからなる高分子電解質膜の製造]
P1の代わりにP2を用い、ビフェニル誘導体を加えない以外は、実施例1と同様にして高分子電解質膜を得た。得られた高分子電解質膜外観は均質であった。
【0101】
比較例3[高分子電解質(P3)のみからなる高分子電解質膜の製造]
P1の代わりにP3を用い、ビフェニル誘導体を加えない以外は、実施例1と同様にして高分子電解質膜を得た。得られた高分子電解質膜外観は均質であった。
【0102】
比較例4[高分子電解質(P4)のみからなる高分子電解質膜の製造]
P1の代わりにP4を用い、ビフェニル誘導体を加えない以外は、実施例1と同様にして高分子電解質膜を得た。得られた高分子電解質膜外観は均質であった。
【0103】
実施例及び比較例で得られた高分子電解質膜の評価結果を表1に示す。
【0104】
【表1】

【0105】
表1より、本発明の高分子電解質膜は、ビフェニル誘導体を加えていない比較例の高分子電解質膜と同等のプロトン伝導性を示すにもかかわらず、電極接合性が良く、メタノール浸漬時の剥離耐性に優れた高分子電解質膜であることが分かる。比較例1の電解質膜に対して、ビフェニル誘導体系可塑剤としてDPBを添加した実施例1及び2の電解質膜は、(a)電極接合割合が高く、(b)メタノール浸漬後でも高く、DPBによって電解質膜への電極の接合性が改良された。さらに、ビフェニル誘導体系可塑剤としてDTBBを用いた実施例3及び4の電解質膜は、より電極接合性が高くなっていた。このことは、DTBBのほうがより高い可塑化効果を有することを示している。また、比較例3と実施例5及び6との比較から、高分子電解質が、P1よりも電極接合割合の高いP3であっても、DPB又はDTBBの添加によって、メタノール浸漬後の電極接合割合が向上しており、電極の接合性が改善されていることを表している。これらの電極接合性の向上は、高分子電解質に含まれるビフェニル基とビフェニル化合物との相互作用に由来するものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明の高分子電解質組成物は、高分子電解質膜と電極接合体の作製を容易にすると共に、より安定な膜電極接合体を得ることができ、産業の発展に寄与するところ大である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族系高分子電解質と、下記一般式(A)で表されるビフェニル誘導体とを含み、芳香族系高分子電解質とビフェニル誘導体との合計100質量%中、ビフェニル誘導体が1〜20質量%であることを特徴とする高分子電解質組成物。
【化1】

[式(A)において、R、R’は、それぞれ同一または異なって、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ヒドロキシアルキル基およびカルボニルアルキル基からなる群より選ばれる1種以上の基を表す。ただし、RとR’が同時に水素原子となることはない。m、nは、それぞれ独立して、1以上5以下の整数を示す。]
【請求項2】
上記一般式(A)で表されるビフェニル誘導体が、下記一般式(B)で表されるパラ置換型ビフェニルである請求項1に記載の高分子電解質組成物。
【化2】

[式(B)において、P、Qは、それぞれ同一または異なって、炭素数3以上のアルキル基を表す。]
【請求項3】
請求項1または2に記載の高分子電解質組成物から得られたものであることを特徴とする高分子電解質膜。
【請求項4】
請求項3に記載の高分子電解質膜と、電極とが接合されたものであることを特徴とする膜電極接合体。
【請求項5】
請求項4に記載の膜電極接合体を用いたことを特徴とする燃料電池。

【公開番号】特開2011−52078(P2011−52078A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−200984(P2009−200984)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】