説明

高分子電解質組成物、高分子電解質膜、固体高分子形燃料電池用触媒層および膜電極接合体

【課題】炭化水素系の高分子電解質を用いても、良好な長期安定性の固体高分子形燃料電池を実現する高分子電解質膜を得ることができる高分子電解質組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】炭化水素系の高分子電解質と、高分子電解質に含有される金属イオンと、を有し、金属イオンの標準電極電位が、水素イオンの標準電極電位より高く、かつ白金イオン(Pt2+)の標準電極電位より低いことを特徴とする高分子電解質組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子電解質組成物、高分子電解質膜、固体高分子形燃料電池用触媒層および膜電極接合体に関するものであり、詳しくは、固体高分子形燃料電池に使用される、炭化水素系の高分子電解質を用いた高分子電解質組成物と、該高分子電解質組成物を用いた高分子電解質膜、固体高分子形燃料電池用触媒層、膜電極接合体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一次電池、二次電池、あるいは固体高分子形燃料電池(以下、場合により「燃料電池」という)等に用いられる隔膜として、イオン伝導性を有する高分子(以下、高分子電解質)を含む高分子電解質膜が用いられている。高分子電解質膜としては、現在、主としてフッ素系高分子電解質が検討されており(例えば、特許文献1参照)、このようなフッ素系高分子電解質としては、例えば、ナフィオン(デュポン社の登録商標)が知られている。
【0003】
例えば燃料電池は、水素と酸素の酸化還元反応を促進する触媒を含む触媒層と呼ばれる電極を、前記高分子電解質膜の両面に形成し、さらに触媒層の外側にガスを効率的に触媒層に供給するためのガス拡散層を有するセル(燃料電池セル)を基本構成としている。ここで、高分子電解質膜の両面に触媒層を形成したものは、通常、膜−電極接合体(以下、場合により「MEA」という)と呼ばれている。
【0004】
しかし、このように用いられるフッ素系高分子電解質は非常に高価であり、高い信頼性が求められる燃料電池に適用するには耐熱性や膜強度が低いことが知られている。そのため、フッ素系高分子電解質に代替する材料として、炭化水素系の高分子電解質についても検討が成されている(例えば、特許文献2,3参照)。
【0005】
ところが、炭化水素系高分子電解質からなる高分子電解質膜を用いた燃料電池は、フッ素系高分子電解質からなる膜を用いた燃料電池と比較して、長期運転を行った場合の運転安定性(以下、「長期安定性」と呼ぶ)が低いことが指摘されている。この長期安定性を妨げる要因としては、様々の原因が推定されている。その1つとして、電池稼動時に発生する過酸化物(例えば、過酸化水素等)又は該過酸化物から発生するラジカルによる膜の劣化が指摘されている。具体的には、膜の劣化は、炭化水素系高分子電解質の分子量の低下として観察されることがある。
【0006】
それゆえ、高分子電解質膜の過酸化物やラジカルに対する耐久性(以下、「ラジカル耐性」と呼ぶことがある)を向上させることが、固体高分子形燃料電池の長期安定性に繋がる1つの対策とされている。なお、以下の説明においては、「過酸化物から発生するラジカル」を単に「ラジカル」と称することがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−113136号公報
【特許文献2】特開2003−31232号公報
【特許文献3】特開2007−177197号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ラジカル耐性が不十分な炭化水素系の高分子電解質膜を用いた燃料電池は、電池の起動・停止を繰り返すような長期運転を行なうと、高分子電解質膜が著しく劣化して、イオン伝導性が低下し、結果として燃料電池自体の発電性能が低下し易い。
この課題に対し、高分子材料分野では、従来から例えばヒンダードフェノール系酸化防止剤等の酸化防止剤が、加工時の溶融劣化や、経時的に生じる酸化劣化を抑制する目的で広範に用いられている。しかしながら、ラジカル耐性の向上を求めて、このような酸化防止剤を燃料電池用高分子電解質膜に用いたとしても、固体高分子形燃料電池の長期安定性の改善には不十分であった。したがって、良好なラジカル耐性を有し、燃料電池の長期安定性を可能とする高分子電解質膜の実現が切望されていた。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、良好な長期安定性の燃料電池を実現する高分子電解質膜、該高分子電解質膜を得ることができる高分子電解質組成物を提供することにある。さらには、該高分子電解質膜を用いてなる、長期安定性に優れた固体高分子形燃料電池を実現するための固体高分子形燃料電池用触媒層や膜電極接合体を提供することをあわせて目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち、上記の課題を解決するため、本発明の高分子電解質組成物は、炭化水素系の高分子電解質と、前記高分子電解質に含有される金属イオンと、を有し、前記金属イオンの標準電極電位が、水素イオンの標準電極電位より高く、かつ白金イオン(Pt2+)の標準電極電位より低いことを特徴とする。
【0011】
なお、本発明においては、原料である炭化水素系の高分子電解質と区別するため、金属イオンを添加した本発明の高分子電解質を「高分子電解質組成物」としている。
【0012】
本発明においては、前記金属イオンの標準電極電位が、二価銅イオン(Cu2+)の標準電極電位より高く、かつ白金イオン(Pt2+)の標準電極電位より低いことが望ましい。
【0013】
本発明においては、前記金属イオンが、銀イオンおよびパラジウムイオンからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属イオンであることが望ましい。
【0014】
本発明においては、前記高分子電解質は、複数の−SOで示される基(Aは、水素原子または対イオンを表す。Aが2価以上の対イオンの場合、Aはさらに他の置換基と結合していてもよい。)を有し、前記高分子電解質に含有される−SOで示される基(Aは、前記金属イオンを表す。Aが2価以上の金属イオンの場合、Aはさらに他の置換基と結合していてもよい。)のモル数が、前記複数の−SOで示される基のモル数に対し、0.001%以上1%未満であることが望ましい。
【0015】
また、本発明の高分子電解質膜は、上述の高分子電解質組成物を有することを特徴とする。
【0016】
また、本発明の固体高分子形燃料電池用触媒層は、上述の高分子電解質組成物を有することを特徴とする。
【0017】
本発明の第1の膜電極接合体は、上述の高分子電解質膜を有することを特徴とする。
【0018】
本発明の第2の膜電極接合体は、上述の固体高分子形燃料電池用触媒層を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明の高分子電解質組成物によれば、ラジカル耐性に優れた高分子電解質膜等の燃料電池用部材を得ることができる。かかる燃料電池用部材を備えた燃料電池は長期安定性に優れるものとなるので、産業的価値は極めて高い。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の好適な一実施態様の燃料電池のセルについての縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態に係る高分子電解質膜に関し、好適な高分子電解質や高分子電解質組成物、高分子電解質膜の様態、また、それらの製造方法に関し、順次説明する。
【0022】
まず、本実施形態の高分子電解質組成物について説明する。本実施形態の高分子電解質組成物は、炭化水素系の高分子電解質に対して金属イオンを添加したものである。
【0023】
<炭化水素系高分子電解質>
本実施形態の高分子電解質組成物に用いられる高分子電解質は、イオン交換基を有する高分子電解質であることが好ましい。その理由は、このようにイオン交換基を有する高分子電解質を用いて燃料電池用の高分子電解質膜を得たとき、該高分子電解質膜のイオン伝導性が良好になるためである。
【0024】
イオン交換基としては、特にプロトン伝導性を発現するものが好ましく、そのようなイオン交換基としては、スルホ基(−SOH)、スルホニルイミド基(−SO−NH−SO−)に代表される強酸性を有するプロトン交換基が挙げられ、これらの中でも特にスルホ基が好ましい。
【0025】
なお、これらのプロトン交換基のうち、後述する標準電極電位が水素より高く、白金より低い金属イオンで塩交換されたプロトン交換基以外のプロトン交換基は、実質的に全てが遊離酸の形態であることが、燃料電池に使用する際には好ましい。また、該プロトン交換基が遊離酸の形態であると、後述する積層フィルムの製造において、高分子電解質溶液の調製がより容易になるという利点もある。
【0026】
前記高分子電解質がイオン交換基を有するものである場合、該イオン交換基の導入量は、高分子電解質単位重量当たりのイオン交換基数であるイオン交換基容量で表すことができる。
【0027】
ここで「イオン交換基容量」とは、高分子電解質膜を構成する高分子電解質の、乾燥樹脂1g当たりに含有するイオン交換基の当量数で定義される値[ミリ当量/g乾燥樹脂](以下、meq/g)である。
【0028】
また、「乾燥樹脂」とは高分子電解質を、ドライ窒素ガス(露点−30℃)中で、温度を25℃に保持した状態で24時間以上放置した後に得られる樹脂であって、乾燥による質量減少がほとんどなくなり質量の経時変化がほぼ一定値に収束した樹脂をいう。
【0029】
本実施形態で用いる高分子電解質は、イオン交換基の導入量が、イオン交換容量で表して1.0meq/g〜6.0meq/gであると好ましく、2.0meq/g〜5.5meq/gであると、さらに好ましく、2.7meq/g〜5.0meq/gであると最も好ましい。イオン交換容量がこの範囲であると、得られる高分子電解質膜のプロトン伝導性や耐水性がより良好となり、いずれも燃料電池の使用される高分子電解質膜としての機能が優れるので好ましい。
【0030】
以下、好適なイオン交換基を有する高分子電解質に関し詳述する。
本発明で用いられる高分子電解質としては、炭化水素系高分子電解質が用いられる。なお、炭化水素系高分子電解質とは、当該高分子電解質を構成する元素重量含有比で表してハロゲン原子が15重量%以下である高分子電解質を意味する。かかる炭化水素系高分子電解質は、前記のフッ素系高分子電解質と比較して安価であるという利点を有するため、より好ましい、特に好適な炭化水素系高分子電解質とは実質的にハロゲン原子を含有していないものであり、このような炭化水素系高分子電解質は燃料電池の作動時に、ハロゲン化水素を発生して、他の部材を腐食させたりする恐れがない。
【0031】
このような高分子電解質の具体例としては、例えば、下記の(A)〜(F)で表される高分子電解質が挙げられる。
(A)主鎖が脂肪族炭化水素からなる高分子に、イオン交換基が導入された高分子電解質;
(B)主鎖が脂肪族炭化水素からなり、主鎖の一部の水素原子がフッ素原子で置換された高分子に、イオン交換基が導入された高分子電解質;
(C)主鎖が芳香環を有する高分子に、イオン交換基が導入された高分子電解質;
(D)主鎖が、シロキサン基やフォスファゼン基等の無機の単位構造を有する高分子にイオン交換基が導入された高分子電解質;
(E)(A)〜(D)に使用する高分子の主鎖を構成する構造単位から2種以上を選び、それらを組み合わせた共重合体に、イオン交換基が導入された高分子電解質;
(F)主鎖や側鎖に窒素原子を含む炭化水素系高分子に、硫酸やリン酸等の酸性化合物をイオン結合により導入した高分子電解質
【0032】
より具体的には、前記(A)〜(F)の高分子電解質を例示する。なお、以下の例示においては、イオン交換基がスルホ基である場合を主として例示するが、このスルホ基を別のイオン交換基に置き換えたものでもよい。
【0033】
前記(A)の高分子電解質としては、例えば、ポリビニルスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリ(α−メチルスチレン)スルホン酸等が挙げられる。
【0034】
前記(B)の高分子電解質としては、特開平9−102322号公報に記載された炭化フッ素系ビニルモノマーと炭化水素系ビニルモノマーとの共重合によって製造された高分子を主鎖とし、スルホ基を有する炭化水素鎖を側鎖とし、共重合様式がグラフト重合であるスルホン酸型ポリスチレン−グラフト−エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)が挙げられる。また、米国特許第4,012,303号公報又は米国特許第4,605,685号公報に記載された方法により得られる炭化フッ素系ビニルモノマーと炭化水素系ビニルモノマーとの共重合体に、α,β,β−トリフルオロスチレンをグラフト重合させ、これにスルホ基を導入して固体高分子電解質としたスルホン酸型ポリ(トリフルオロスチレン)−グラフト−ETFEも挙げることができる。
【0035】
前記(C)の高分子電解質は、主鎖に酸素原子等のヘテロ原子を含むものであってもよい。このような高分子電解質としては、例えば、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルスルホン、ポリ(アリーレンエーテル)、ポリイミド、ポリ((4−フェノキシベンゾイル)−1,4−フェニレン)、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニルキノキサレン等の単独重合体のそれぞれに、スルホ基が導入されたものが挙げられる。具体的には、スルホアリール化ポリベンズイミダゾール、スルホアルキル化ポリベンズイミダゾール(例えば、特開平9−110982号公報参照)等が挙げられる。
【0036】
前記(D)の高分子電解質としては、例えば、ポリフォスファゼンにスルホ基が導入されたもの等が挙げられる。これらは、Polymer Prep.,41,No.1,70(2000)に準じて容易に製造することができる。
【0037】
前記(E)の高分子電解質は、ランダム共重合体にスルホ基が導入されたもの、交互共重合体にスルホ基が導入されたもの、ブロック共重合体にスルホ基が導入されたもののいずれであってもよい。例えば、ランダム共重合体にスルホ基が導入されたものとしては、特開平11−116679号公報に記載されたようなスルホン化ポリエーテルスルホン重合体が挙げられる。また、ブロック共重合体にスルホ基が導入されたものとしては、特開2001−250567号公報に記載されたようなスルホ基を含むブロックを有するものが挙げられる。さらには、特開2005−126684号公報や特開2005−139432号公報に記載された芳香族ポリエーテル構造を有し、イオン交換基を有するブロックとイオン交換基を実質的に有しないブロックとからなるブロック共重合体、国際公開WO2006/95919号公報に記載されたイオン交換基を有するポリアリーレンブロックを有するブロック共重合体等も挙げることができる。
【0038】
前記(F)の高分子電解質としては、例えば、特表平11−503262号公報に記載されたようなリン酸を含有させたポリベンズイミダゾール等が挙げられる。
【0039】
さらに、本発明に使用する高分子電解質としては、イオン交換基を有する構造単位とイオン交換基を有さない構造単位とからなる共重合体であると好ましい。このような共重合体であると、得られる高分子電解質組成物を用い、後述の方法にて作成される高分子電解質膜が良好なプロトン伝導性と耐水性を発現し、燃料電池用として有利であるという利点がある。なお、かかる共重合体に関し、2種の構造単位の共重合様式は、ランダム共重合、ブロック共重合、グラフト共重合又は交互共重合のいずれであってもよく、これらの共重合様式を組合わせたものでもよい。
【0040】
燃料電池用として良好な耐熱性を有する高分子電解質膜を得るためには、前記炭化水素系高分子電解質の中でも、主鎖に芳香環を有するもの(上記(C))が好ましく、さらには主鎖を構成する芳香環を有し、且つ該芳香環に直接結合または他の原子もしくは原子団を介して間接的に結合したイオン交換基を有する炭化水素系高分子電解質が好ましい。特に、主鎖を構成する芳香族を有し、さらに芳香環を有する側鎖を有してもよく、主鎖を構成する芳香環か側鎖の芳香環の、どちらかの芳香環に直接結合したイオン交換基を有する炭化水素系高分子電解質が好ましい。
【0041】
好ましいイオン交換基を有する構造単位としては、下記式(1a)、式(2a)、式(3a)又は式(4a)(以下、「式(1a)〜(4a)」のように表記することがある)で表される構造単位であり、これらは高分子電解質中に2種以上含まれていてもよい。
【0042】
【化1】

(式中、Ar〜Arは、互いに独立に、主鎖を構成する芳香環を有し、さらに芳香環を有する側鎖を有してもよい2価の芳香族基を表す。該主鎖を構成する芳香環か側鎖の芳香環の少なくともどちらかの芳香環に直接結合したイオン交換基を有する。
Z、Z’は互いに独立にカルボニル基又はスルホニル基を表し、X、X’、X”は互いに独立にオキシ基又はチオキシ基を表す。Yは直接結合もしくは下記式(100)で示される基を表す。pは0、1または2を表し、q、rは互いに独立に1、2または3を表す)
【0043】
【化2】

(式中、R及びRは互いに独立に、水素原子、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルキル基、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルコキシ基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリール基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリールオキシ基又は置換基を有していてもよい炭素数2〜20のアシル基を表し、RとRが連結してそれらが結合する炭素原子と共に環を形成していてもよい。)
【0044】
また、好ましいイオン交換基を有さない構造単位としては、下記式(1b)、式(2b)、式(3b)又は(4b)(以下、「式(1b)〜(4b)」のように表記することがある)で表される構造単位であり、これらは高分子電解質中に2種以上含まれていてもよい。
【0045】
【化3】

(式中、Ar11〜Ar19は、互いに独立に側鎖としての置換基を有していてもよい2価の芳香族基を表す。Z、Z’は、互いに独立にカルボニル基又はスルホニル基を表し、X、X’、X”は互いに独立にオキシ基又はチオキシ基を表す。Yは直接結合もしくは下記式(100)で示される基を表す。p’は0、1又は2を表し、q’、r’は互いに独立に1、2又は3を表す。)
【0046】
式(1a)〜(4a)におけるAr〜Arは、2価の芳香族基を表す。2価の芳香族基としては、例えば、1,3−フェニレン、1,4−フェニレン等の2価の単環性芳香族基、1,3−ナフタレンジイル、1,4−ナフタレンジイル、1,5−ナフタレンジイル、1,6−ナフタレンジイル、1,7−ナフタレンジイル、2,6−ナフタレンジイル、2,7−ナフタレンジイル等の2価の縮環系芳香族基、ピリジンジイル、キノキサリンジイル、チオフェンジイル等のヘテロ芳香族基等が挙げられる。好ましくは2価の単環性芳香族基である。
【0047】
また、Ar〜Arは、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルキル基、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルコキシ基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリール基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリールオキシ基又は置換基を有していてもよい炭素数2〜20のアシル基で置換されていてもよい。
【0048】
式(1a)の構造単位におけるAr及び/又はAr、式(2a)の構造単位におけるAr〜Arの少なくとも1つ以上、式(3a)の構造単位におけるAr及び/又はAr、式(4a)の構造単位におけるArには、主鎖を構成する芳香環に少なくとも一つのイオン交換基を有する。イオン交換基として、上述のようにカチオン交換基(強酸性基)がより好ましく、スルホ基がより好ましい。
【0049】
式(1b)〜(4b)におけるAr11〜Ar19は、2価の芳香族基を表す。2価の芳香族基としては、例えば、1,3−フェニレン、1,4−フェニレン等の2価の単環性芳香族基、1,3−ナフタレンジイル、1,4−ナフタレンジイル、1,5−ナフタレンジイル、1,6−ナフタレンジイル、1,7−ナフタレンジイル、2,6−ナフタレンジイル、2,7−ナフタレンジイル等の2価の縮環系芳香族基、ピリジンジイル、キノキサリンジイル、チオフェンジイル等のヘテロ芳香族基等が挙げられる。好ましくは2価の単環性芳香族基である。
また、これらの2価の芳香族基は置換基を有していてもよく、この置換基の説明は前記Ar〜Arの場合と同様である。
【0050】
該炭化水素系高分子電解質は、構造単位として、前記の式(1a)〜(4a)のうち、いずれか1種以上のイオン交換基を有する構造単位と、前記の式(1b)〜(4b)のうち、いずれか1種以上のイオン交換基を有さない構造単位とを含む共重合体であることが好ましく、共重合様式としては前記のいずれでもよい。
【0051】
中でも、上述の2種の構造単位を、各々主として含むブロックを有する炭化水素系高分子電解質、すなわち、イオン交換基を有するブロック、及びイオン交換基を実質的に有しないブロックとを、それぞれ一つ以上有し、共重合形式がブロック共重合又はグラフト共重合の炭化水素系高分子電解質がより好ましく、さらに好ましくは共重合形式がブロック共重合の炭化水素系高分子電解質である。
【0052】
なお、グラフト重合とは、イオン交換基を有するブロックから構成された分子鎖に、側鎖としてイオン交換基を実質的に有しないブロックを有する構造の高分子であるか、イオン交換基を実質的に有しないブロックから構成された分子鎖に、側鎖としてイオン交換基を有するブロックを有する構造の高分子であることを意味する。
【0053】
ここで、「イオン交換基を有するブロック」とは、かかるブロックを構成する構造単位1個当たりに、イオン交換基が平均0.5個以上有するブロックであることを意味し、構造単位1個当たりで平均1.0個以上有しているとより好ましい。
一方、「イオン交換基を実質的に有しないブロック」とは、かかるブロックを構成する構造単位1個当たりに、イオン交換基が平均0.1個以下のセグメントであることを意味し、平均0.05個以下であるとさらに好ましく、平均0個すなわちイオン交換基が皆無であるブロックが特に好ましい。
【0054】
本発明に用いる炭化水素系高分子電解質が好適なブロック共重合体である場合、該ブロック共重合体としては、それを膜の形態にしたとき、この膜がミクロ相分離構造を形成するものが好ましい。ここでいうミクロ相分離構造とは、異種のポリマーブロック同士が化学結合で結合されていることにより、分子鎖サイズのオーダーでの微視的相分離が生じてできる構造を指す。例えば、透過型電子顕微鏡(TEM)で見た場合に、イオン交換基を有するブロックの密度がイオン交換基を実質的に有しないブロックの密度より高い微細な相(親水性ドメイン)と、イオン交換基を実質的に有しないブロックの密度がイオン交換基を有するブロックの密度より高い微細な相(疎水性ドメイン)とが混在し、各ミクロドメイン構造のドメイン幅すなわち恒等周期が数nm〜数100nmであるような構造を指す。好ましくは、その恒等周期が5nm〜100nmのミクロ相分離構造を形成している膜である。
前記のようなミクロ相分離構造を形成している膜は、イオン伝導性に係る親水性ドメインと、機械強度や耐水性に係る疎水性ドメインとを有し、これらの性能を高度に維持することができ、燃料電池用の高分子電解質膜として好適である。そして、このようなミクロ相分離構造を形成している高分子電解質膜は、該疎水性ドメインが支持基材との間に良好な接着性を発現し、該親水性ドメインが積層フィルムから支持基材を剥離する際に良好に作用することが期待される。
【0055】
該ブロック共重合体の代表例としては、例えば特開2005−126684号公報や特開2005−139432号公報に記載された芳香族ポリエーテル構造を有し、イオン交換基を有するブロックとイオン交換基を実質的に有しないブロックとからなるブロック共重合体、国際公開WO2006/95919号公報に記載されたイオン交換基を有するポリアリーレンブロックを有するブロック共重合体等が挙げられる。
【0056】
特に好ましいブロック共重合体としては、前記の式(1a)〜(4a)からなる群より選ばれるイオン交換基を有する構造単位から構成されるブロック(イオン交換基を有するブロック)と、前記の式(1b)〜(4b)からなる群より選ばれるイオン交換基を有さない構造単位から主として構成されるブロック(イオン交換基を実質的に有しないブロック)とを有するものが挙げられる。具体的に例示すると、下記の表1に示すブロックの組み合わせからなるものが挙げられる。
【0057】
【表1】

【0058】
表1に示すブロック共重合体の中でもさらに好ましくは、前記の<ウ>、<エ>、<オ>、<キ>、<ク>で表されるブロック共重合体であり、特に好ましくは、前記の<キ>、<ク>のブロック共重合体である。
【0059】
好適なブロック共重合体としては、以下に示すイオン交換基を有する構造単位から選ばれる1種又は2種以上の構造単位から構成されたブロック(イオン交換基を有するブロック)と、以下に示すイオン交換基を有さない構造単位から選ばれる1種又は2種以上の構造単位から構成されたブロック(イオン交換基を実質的に有しないブロック)とからなるブロック共重合体が挙げられる。なお、両セグメント同士は直接結合している形態でもよく、適当な原子又は原子団で連結している形態でもよい。ここでいうセグメント同士を結合する原子又は原子団の典型的なものとしては、2価の芳香族基、酸素原子、硫黄原子、カルボニル基、スルホニル基、芳香族基又はこれらを組み合わせてなる2価の基が挙げられる。
【0060】
以下、芳香環を有する好適な高分子電解質において、イオン交換基を有する構造単位の好適例を[化4]に挙げる。なお、ここに示す例示においても、イオン交換基がスルホ基であるものを代表例として表すことにする。
【0061】
(イオン交換基を有する構造単位)
【化4】

【0062】
また、イオン交換基を有さない構造単位の代表例としては、以下の[化5]に示すとおりである。
【0063】
(イオン交換基を有さない構造単位)
【化5】

【0064】
前記ブロック共重合体としては、イオン交換基を有するブロックを形成する構造単位の繰り返し数mは、2以上、好ましくは3以上である。また、イオン交換基を実質的に有しないブロックを形成する構造単位の繰り返し数nは、2以上であり、2〜100が好ましく、2〜90がより好ましく、3〜80がさらに好ましい。繰り返し数がこの範囲であるブロック共重合体は、イオン伝導性と、機械強度及び/又は耐水性とのバランスに優れるため燃料電池用の使用に好ましく、また各々のセグメントの製造自体も容易であるという利点もある。
【0065】
前記例示の中でも、イオン交換基を有するブロックを構成する構造単位としては、(2)、(10)及び(11)からなる群より選ばれる1つ以上であると好ましく、その中でも(10)及び/又は(11)であると特に好ましい。このような(10)及び/又は(11)からなるブロック(イオン交換基を有するブロック)を有する高分子電解質は、優れたイオン伝導性を発現し得るものであり、当該ブロックがポリアリーレン構造となるために化学的安定性も比較的良好となる傾向がある。
また、イオン交換基を有しないブロックを構成する構造単位としては、(12)、(14)、(16)、(18)、(20)及び(22)からなる群より選ばれる1つ以上であると好ましい。このような構造単位からなるブロック(イオン交換基を実質的に有しないブロック)を有する高分子電解質は優れた寸法安定性を発現できるという利点もあり、燃料電池用の高分子電解質膜として有用なものとなる。
【0066】
また、該高分子電解質の分子量は、ポリスチレン換算の数平均分子量で表して、5000〜1000000であることが好ましく、中でも15000〜400000であることが特に好ましい。このような範囲の分子量の高分子電解質を用いることにより、得られる高分子電解質組成物を用い、後述の方法にて作成される高分子電解質膜は、その膜の形状を安定的に維持できる傾向がある。
【0067】
<金属イオン>
本実施形態の高分子電解質組成物は、標準電極電位が水素より高く、かつ白金より低い金属イオンを含有することを特徴とするものである。ここで、本実施形態の高分子電解質組成物に用いられる炭化水素系高分子電解質は、上述の通り、スルホ基等のイオン交換基を有するものであるから、通常、高分子電解質組成物が含有する金属イオンは、炭化水素系高分子電解質のイオン交換基と塩を形成している。
【0068】
本実施形態の高分子電解質組成物に用いることが可能な、標準電極電位が水素(0.000V)より高く、かつ白金(1.188V)より低い代表的な金属イオンとしては、次のものが挙げられる。
Ir3++3e ⇔ Ir 1.156V
Pd2++2e⇔ Pd 0.915V
Ag+e ⇔ Ag 0.799V
Fe3++e ⇔ Fe2+ 0.771V
Rh3++3e ⇔ Rh 0.758V
Cu+e ⇔ Cu 0.520V
Cu2++2e ⇔ Cu 0.340V
Bi3++3e ⇔ Bi 0.317V
Cu2++e ⇔ Cu 0.159V
Sn4++2e ⇔ Sn2+ 0.15V
【0069】
対して、本実施形態の高分子電解質組成物に用いることができない、標準電極電位が白金以上である金属イオン、または水素以下である金属イオンとしては、次のものを挙げることができる。
Au+e ⇔ Au 1.83V
Ce4++e ⇔ Ce3+ 1.71V
Pt2++2e ⇔ Pt 1.188V
Ni2++2e ⇔ Ni −0.257V
Co2++2e ⇔ Co −0.277V
Fe2++2e ⇔ Fe −0.44V
【0070】
なお、上述の標準電極電位は「化学便覧 基礎編」(改訂5版、日本化学会編、丸善)のII−p.580〜II−p.584に掲載されている値を用いることができる。
【0071】
上記の金属イオンの中でも、Pd2+、Ag、Cu2+を用いることが好ましい。
【0072】
また、高分子電解質がスルホ基を有する場合、高分子電解質組成物中では、残存するスルホ基のモル数(x)と、上記金属イオンを対イオンとするスルホン酸塩型の基のモル数(y)と、の合計モル数(x+y)に対する、スルホン酸塩型の基のモル数(y)の割合が、0.001%以上であり、1%未満であることが好ましい。より好ましくは、0.005%以上であり、0.5%未満であると、更に好ましい。0.001%以上であると、より耐久性が高くなり好ましい。また、1%未満であると、よりプロトン伝導性が高まるため好ましい。
【0073】
<高分子電解質膜の製造方法>
次に、上述の炭化水素系高分子電解質、および金属イオンを用いた、本実施形態の高分子電解質膜の製造方法について説明する。
【0074】
上述の炭化水素系高分子電解質に上述の金属イオンを含有させた、本実施形態の高分子電解質膜を製造する方法として、次のような3種の方法がある。
【0075】
(1)イオン交換基が実質的に全てプロトン型である炭化水素系高分子電解質を、金属イオンを含む水溶液に浸漬させることでイオン交換させて高分子電解質組成物とし、該高分子電解質組成物を用いてキャスト製膜する方法。
(2)キャスト製膜法において、炭化水素系高分子電解質と溶媒とからなる炭化水素系高分子電解質溶液に、溶媒に可溶な金属イオンの塩を投入し、キャスト製膜する方法。
(3)キャスト製膜法で作製した金属イオンを含まない炭化水素系高分子電解質膜を、金属イオンを含む水溶液に浸漬させることでイオン交換させる方法。
【0076】
以下、(1)〜(3)の各方法について順に説明する。
【0077】
<(1)の方法>
まず、(1)の方法について説明する。(1)の方法では、予め高分子電解質と金属イオンとをイオン交換させて高分子電解質組成物を得ることとしており、当該高分子電解質組成物を製膜することで目的とする高分子電解質膜を得る。
【0078】
「イオン交換基が実質的に全てプロトン型である炭化水素系高分子電解質」は、粉状、ペレット状、ストランド状、又は塊状のような固形状として準備する。一方、「金属イオンを含む水溶液」は、所定量の金属イオンの可溶性の低分子塩を所定の濃度の水溶液になるようにイオン交換水に投入、攪拌することで準備する。
【0079】
用いられる金属イオンの低分子塩に特に制限はないが、例えば硫酸塩、硫酸水素塩、硝酸塩、炭酸塩、酢酸塩、シュウ酸塩、リン酸塩、水酸化物、ハロゲン化物といった化合物を用いることができる。
【0080】
水溶液中の低分子塩の重量は、次のようにして求める。まず高分子電解質のイオン交換基量に対する金属イオンのモル分率を決定する。次いで、製造される高分子電解質組成物を用いて形成する高分子電解質膜の重量と、イオン交換容量と、金属イオンのモル分率と、の積から必要な金属イオンのモル数を決定し、塩の分子量とこのモル数とを用いて算出することができる。
【0081】
このようにして準備する金属イオンの水溶液に、前述の高分子電解質を浸漬する。上述した高分子電解質は水に不溶であるため、液はスラリーの状態となる。浸漬の処理時間としては5秒〜5時間、また浸漬処理時の水溶液の温度は室温〜80℃が採用される。処理時間が5秒よりも短く、水溶液の温度が室温よりも低い場合はイオン交換が十分に進行せず、また5時間よりも長く水溶液の温度が80℃よりも高い場合は高分子電解質の生産性が悪化する。また、必要に応じてスターラーやミキサーなどの攪拌手段を用いて、攪拌しながら浸漬処理することもできる。
【0082】
浸漬処理が終了した後、ろ過や遠心分離などの分離手段によって、水溶液と高分子電解質を分離する。分離された高分子電解質は、低分子塩を除去するために、イオン交換水で十分に洗浄する。また、処理直後は高分子電解質は水を保持した状態であるので、熱風乾燥機などの乾燥方法によって水分を蒸発させる。このようにして、所定のモル数の金属イオンと塩交換された高分子電解質、すなわち本実施形態における高分子電解質組成物を得ることができる。
【0083】
次いで、このようにして得られた高分子電解質組成物を、以下のキャスト製膜法により高分子電解質膜とすることにより高分子電解質膜を製造することができる。
【0084】
<キャスト製膜>
本発明の高分子電解質膜は、以下の(i)〜(iv)の工程を含むキャスト製膜法を用いて製造される高分子電解質膜が好ましい。
(i)上述のような高分子電解質組成物を、該高分子電解質組成物を溶解し得る有機溶媒に溶解し、高分子電解質組成物溶液を調製する工程;
(ii)前記(i)で得られた高分子電解質組成物溶液を、比較的平滑な表面を有する支持基材上に流延塗工し、該支持基材上に高分子電解質組成物の流延膜を形成する工程;
(iii)前記(ii)で支持基材上に形成された流延膜から、前記有機溶媒を除去して、該支持基材上に高分子電解質膜を形成する工程;
(iv)前記(iii)の工程を行った後、支持基材と高分子電解質膜とを分離する工程
【0085】
ここで、前記キャスト製膜法に関する各工程(i)〜(iv)に関し順次説明する。
【0086】
<工程(i)>
まず、(i)では高分子電解質組成物溶液を調製する。ここで該高分子電解質組成物溶液調製に使用する有機溶媒としては、使用する1種又は2種以上の高分子電解質組成物を溶解し得るものが選ばれる。また、高分子電解質組成物に加えて、他の高分子や添加剤などの成分を用いる場合は、これら他の成分も共に溶解し得るものが好ましい。
該有機溶媒は、使用する高分子電解質組成物を溶解し得る溶媒であり、具体的には、この高分子電解質組成物を、25℃で1重量%以上の濃度で溶解し得る有機溶媒を意味する。好適には、高分子電解質組成物を5〜50重量%の濃度で溶解し得る有機溶媒を用いることが好ましい。
【0087】
また、この有機溶媒は、前記支持基材上に前記高分子電解質組成物の流延膜を形成した後に、加熱処理により除去し得る程度の揮発性が必要である。ただし、該有機溶媒は少なくとも1種、101.3kPa(1気圧)における沸点が150℃以上である有機溶媒を含むことが好ましい。高分子電解質組成物を溶解し得る有機溶媒として沸点が150℃以下の有機溶媒のみを用いると、後述する(iii)で流延膜から有機溶媒を除去して高分子電解質膜を形成しようとする場合に、形成した高分子電解質膜に凹凸状の外観不良が発生するおそれがある。これは、沸点が150℃以上である有機溶媒では、前記流延膜から急激に有機溶媒が揮発してしまうためである。
【0088】
前記高分子電解質組成物溶液の調製に好適な有機溶媒を例示すると、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、γ-ブチロラクトン(GBL)などの非プロトン性極性溶媒、あるいはジクロロメタン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼンなどの塩素系溶媒、メタノール、エタノール、プロパノールなどのアルコール類、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテルなどのアルキレングリコールモノアルキルエーテルが好適に用いられる。
【0089】
これらは単独で用いることもできるが、必要に応じて2種以上の有機溶媒を混合して用いることもできる。中でも、非プロトン性極性溶媒を含む有機溶媒が好ましく、実質的に非プロトン性極性溶媒からなる有機溶媒が特に好ましい。ここでいう実質的に非プロトン性極性溶媒からなる有機溶媒とは、企図せず含有される水分などの存在を排除するものではない。該非プロトン性極性溶媒は、支持基材に対して親和性が比較的小さく、該支持基材に非プロトン性極性溶媒が吸収され難いという利点もある。また、上述の好適な高分子電解質であるブロック共重合体の溶解性が高いという点では、該非プロトン性極性溶媒の中でも、DMSO、DMF、DMAc、NMP、GBL又はこれらから選ばれる2種以上の混合溶媒が好ましい。
【0090】
<工程(ii)>
次に、(ii)の工程について説明する。
この工程は、前記(i)で得られた高分子電解質組成物溶液を支持基材上に流延塗工する工程である。該流延塗工の方法としては、ローラーコート法、スプレイコート法、カーテンコート法、スロットコート法、スクリーン印刷法などの各種手段を用いることができるが、好ましくは、一定間隔の隙間(クリアランス)が設けられたダイと呼ばれる金型により、所定の幅及び厚みに賦型する手段が挙げられる。
【0091】
このようにして支持基材上に形成された流延膜は、塗工時に高分子電解質組成物溶液中の有機溶媒の一部が揮発するために膜の形状を有するものとなる。この際の流延膜の膜厚は、3〜50μmになるようにしておくことが好ましい。このような膜厚の流延膜を得るには、使用する高分子電解質組成物溶液の高分子電解質組成物濃度、塗工装置の塗出量などを適宜調整すればよい。また、該支持基材が連続的に走行する基材である場合は、その支持基材の走行速度等で調節することもできる。
【0092】
(ii)で使用する支持基材としては、流延塗工に供する高分子電解質組成物溶液に対して十分な耐久性を有し、後述する(iii)の工程での処理条件に対しても耐久性を有する材質からなるものが選択される。この場合の耐久性とは、高分子電解質組成物溶液によって支持基材自身が実質的に溶け出さないことや、(iii)の工程の処理条件により、支持基材自身が膨潤や収縮を起こさず寸法安定性がよいことなどを意味するものである。
【0093】
該支持基材としては、たとえばガラス板;SUS箔、銅箔等の金属箔;ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム、ポリエチレンナフタレート(PEN)フィルム等のプラスチックフィルムを挙げることができる。また、このプラスチックフィルムには、上述したような耐久性を著しく損なわない範囲で、そのフィルム表面に対し、UV処理、離型処理、エンボス処理などの表面処理を行ってもよい。
【0094】
<工程(iii)>
次に(iii)の工程に関し説明する。
この工程は前記(ii)において前記支持基材上に形成された流延膜に含有される前記有機溶媒を除去して、該支持基材上に高分子電解質膜を形成する工程である。このような除去には、乾燥又は洗浄溶媒による洗浄が推奨される。このような乾燥と洗浄とを組み合わせて、前記有機溶媒を除去することがより一層好ましく、乾燥と洗浄とを組み合わせる場合には、まず乾燥を行って、前記支持基材上に形成された延膜に含有される前記有機溶媒のほとんどを除去した後、洗浄溶媒による洗浄を行うことが特に好ましい。
【0095】
ここでは、(iii)として好適な方法である乾燥と洗浄とを、この順で実施することについて詳述する。(ii)を経て得られた支持基材上に形成された流延膜から有機溶媒を乾燥除去するには、加熱、減圧、通風などの処理を採用することができるが、生産性が良好である点と、操作が容易である点で加熱処理が好ましい。この場合、流延膜が形成された支持基材(以下、場合により「第1の積層フィルム」という)を、直接加熱、温風接触などにより加熱処理する。
【0096】
流延膜中の高分子電解質組成物を著しく損なわない点で、温風処理が特に好ましい。たとえば、該第1の積層フィルムが長尺状であり、かかる長尺状の第1の積層フィルムを連続的に処理する場合は、乾燥炉中に該第1の積層フィルムを通過させればよい。このときの乾燥炉は、40〜150℃の範囲、好ましくは50〜140℃に温度設定された温風を、該第1の積層フィルムの通過方向に対し垂直方向及び/又は対向方向に沿って送風する。こうすることにより、支持基材上にある流延膜から有機溶媒等の揮発成分が乾燥(蒸発)除去され、該支持基材上に高分子電解質膜が形成された第2の積層フィルムが形成する。
【0097】
このようにして得られた第2の積層フィルムの高分子電解質膜中には、まだ若干量の有機溶媒が含有されているため、この有機溶媒を洗浄溶媒で洗浄する。洗浄溶媒で洗浄することにより、外観等に優れる高分子電解質膜が得られ易い。前記高分子電解質組成物溶液の調製において好適な有機溶媒である、DMSO、DMF、DMAc、NMP又はGBL、あるいはこれらの組合せからなる混合溶媒を使用した場合、前記洗浄溶媒には純水、特に超純水を使用することが好ましい。
【0098】
上述のように、第1の積層フィルムが長尺状であって連続的に走行している場合、乾燥炉を通過して連続的に形成された第2の積層フィルムは、たとえば洗浄溶媒を充填した洗浄槽中を通過させることにより洗浄することができる。また、乾燥炉を通過して連続的に形成された第2の積層フィルムを適当な巻芯に巻き取って巻取り体として後、この巻取り体を、洗浄処理を担う洗浄装置へと移し変え、移し変えた巻取り体から第2の積層フィルムを洗浄槽へと送り出す形式で洗浄を行うこともできる。こうすることで、第2の積層フィルムにある高分子電解質膜の有機溶媒含有量はより一層低減することが可能である。
【0099】
<工程(iv)>
次に(iv)の工程に関し説明する。(iv)の工程においては、前記(iii)において形成された第2の積層フィルムから支持基材を剥離などによって除去することにより高分子電解質膜を得る。
得られる高分子電解質膜は、好適なキャスト製膜法により得られたものであるため、実質的に無多孔質のものとなる。なお、ここでいう実質的に無多孔質とは、ボイドなどの微小貫通孔が高分子電解質膜に形成されていないことを意味する。ただし、この高分子電解質膜は、燃料電池作動を阻害しない程度の少数量のボイド又は小さい径のボイドであれば、当該ボイドを有するような膜であってもよい。
【0100】
なお、従来知られているキャスト製膜では、得られたフィルムを塩酸や硫酸などの強酸に接触させる酸処理工程が含まれることがあるが、ここでは酸処理工程は行わない。酸処理工程を経ることで、高分子電解質膜に含有される金属イオンが膜外に流出してしまう恐れがあるためである。
【0101】
<(2)の方法>
次に(2)の方法について説明する。本発明の高分子電解質膜は、上述のキャスト製膜法により製膜される。
【0102】
すなわち、本方法では、まず高分子電解質と有機溶媒とからなる高分子電解質溶液を準備し、この高分子電解質溶液に、所定量の金属イオンの低分子塩を投入し、得られる高分子電解質と低分子塩との混合溶液を、上記キャスト製膜法における(i)の高分子電解質組成物溶液の代わりに用いる。その後一連のキャスト製膜工程を経ることで、製膜工程において所定のモル数の金属イオンと塩交換を行い、高分子電解質を形成材料とする高分子電解質膜を製造することができる。
【0103】
有機溶媒は、使用する高分子電解質を溶解し得る溶媒であり、具体的には、この高分子電解質を、25℃で1重量%以上の濃度で溶解し得る有機溶媒を意味する。好適には、高分子電解質を5〜50重量%の濃度で溶解し得る有機溶媒を用いることが好ましい。このような有機溶媒としては、上述の(1)の方法で挙げた有機溶媒と同じものを用いることができる。
【0104】
低分子塩として、キャスト製膜に使用される溶媒に可溶であれば特に制限はないが、上記と同じく例えば硫酸塩、硫酸水素塩、硝酸塩、炭酸塩、酢酸塩、シュウ酸塩、リン酸塩、水酸化物、ハロゲン化物といった化合物を用いることができる。
【0105】
高分子電解質溶液に投入する低分子塩の量は、次の通り決定される。すなわち、まず高分子電解質のイオン交換基量に対する金属イオンのモル分率を決定する。次いで、高分子電解質溶液中の高分子電解質の重量と、イオン交換容量と、金属イオンのモル分率と、の積から必要な金属イオンのモル数を決定し、塩の分子量とこのモル数とから、投入する低分子塩の重量を決定することができる。
【0106】
得られた混合溶液は、上述のキャスト製膜工程により膜へと転化される。
この(2)の方法においても上述の(1)の方法と同様に、酸処理工程は行わない。酸処理工程を経ることで、高分子電解質膜に含有される銅および/または銀イオンが膜外に流出してしまう恐れがあるためである。
【0107】
<(3)の方法>
最後に(3)の方法について説明する。本発明の高分子電解質膜は、上述のキャスト製膜法により製膜される。
【0108】
すなわち、上述のキャスト製膜法における(i)の高分子電解質組成物溶液の代わりに高分子電解質溶液を用い、キャスト製膜法によって高分子電解質を製膜し、酸処理を行うことにより、金属イオンを含まない高分子電解質膜(以下、未処理電解質膜)とする。その後、該未処理電解質膜を金属イオンの水溶液に浸漬処理することで、イオン交換し塩を形成して高分子電解質組成物を形成材料とする高分子電解質膜を製造することができる。
【0109】
浸漬処理する未処理電解質膜の様態には特に制限はなく、枚葉方式やロール方式が用いられる。また、後述する高分子電解質膜を支持する基材の有無に制限はないが、効率的にイオン交換を進行させるためには、基材はないほうが好ましい。
【0110】
また、処理の方式としてはバッチ式と連続式のいずれの方法も採用することができる。バッチ式の場合、枚葉やロールの形態にある未処理電解質膜を、前記所定の条件の水溶液の入った液浴に浸漬する。一方、連続式の場合は、ロール形態にある未処理電解質膜を、前記所定の条件の水溶液の入った液浴中を搬送、浸漬処理する。このとき、水溶液中の金属イオンの濃度が一定になるように、水溶液を常時入れ替えするなどの処置を行うことで、膜内で均一にイオン交換処理を実施できる。
【0111】
浸漬の処理時間としては5秒〜5時間、また浸漬処理時の水溶液の温度は室温〜80℃が採用される。処理時間が5秒よりも短く、水溶液の温度が室温よりも低い場合はイオン交換が十分に進行せず、また5時間よりも長く水溶液の温度が80℃よりも高い場合は高分子電解質膜の生産性が悪化する。
【0112】
一方、浸漬処理に用いる水溶液は、(1)の方法と同じく、所定量の金属イオンの可溶性の低分子塩を所定の濃度の水溶液になるようにイオン交換水に投入、攪拌することで準備できる。低分子塩は水溶性である限り特に制限はないが、例えば硫酸塩、硫酸水素塩、硝酸塩、炭酸塩、酢酸塩、シュウ酸塩、リン酸塩、水酸化物、ハロゲン化物といった化合物を用いることができる。水溶液中の塩の重量は、まず未処理電解質膜のイオン交換基量に対する金属イオンのモル分率を決定し、未処理電解質膜の重量と、イオン交換容量と、金属イオンのモル分率と、の積から必要な金属イオンのモル数を決定し、塩の分子量とこのモル数とから決定することができる。
【0113】
浸漬処理が終了した後、得られる高分子電解質膜には、低分子塩を形成していた塩基(低分子塩における金属イオンの対イオン)が残留していることがある。そのため、これを除去するために、高分子電解質膜はイオン交換水で十分に洗浄する。また、処理直後は得られる高分子電解質膜は水を保持した状態であるので、熱風乾燥機などの乾燥方法によって水分を蒸発させる。このようにして、所定のモル数の金属イオンと塩交換された高分子電解質膜を得ることができる。
【0114】
本実施形態においては、以上の(1)〜(3)の方法を用いて、目的とする高分子電解質膜を製造することが可能である。
【0115】
以上のような高分子電解質膜は、燃料電池の膜電極接合体に適用した場合、高分子電解質の長期安定性を図ることが可能となる。
また、以上のような高分子電解質組成物を用いると、本実施形態の高分子電解質膜を好適に形成することが可能となる。
【0116】
なお、上述のキャスト製膜法による高分子電解質膜の製造においては、主として支持基材が連続的に走行している場合を説明したが、無論枚葉の支持基材を用いても、高分子電解質膜を得ることができる。この場合、枚葉の支持基材上に塗工された高分子電解質溶液は、適当な乾燥炉中に保管することで、有機溶媒を除去することができるし、このようにして得られた枚葉の第2の積層フィルムは、洗浄溶媒を備えた洗浄槽に浸漬等することで洗浄処理を行うことができる。
また、洗浄後の第2の積層フィルムは、支持基材を除去した後、残存又は付着している洗浄溶媒を乾燥除去させてもよいし、洗浄後の第2の積層フィルムをそのまま加熱等することで残存又は付着している洗浄溶媒を乾燥除去した後、支持基材を除去してもよい。
【0117】
また、本実施形態においては、前記キャスト製膜法による高分子電解質膜の製造方法を説明したが、既述のとおり、この高分子電解質膜には高分子電解質以外の成分(その他の成分)を含有させることができる。
その他の成分としては、通常の高分子に使用される可塑剤、安定剤、離型剤、保水剤等の添加剤が挙げられる。
これらその他の成分は、キャスト製膜法を用いる際に、使用する高分子電解質溶液を調製する際に、該高分子電解質溶液にこれらの成分を添加しておけばよい。
【0118】
<燃料電池>
次に、本発明の高分子電解質膜を備えた燃料電池の好ましい一実施態様について、添付の図面に基づいて説明する。
図1は、本発明の好適な一実施態様の燃料電池のセルについての縦断面図である。図1では、燃料電池10は、高分子電解質膜12と、これを挟む一対の触媒層14a,14bとから構成された膜−電極接合体(MEA)20を備えている。高分子電解質膜12は、上述の本実施形態で得られる高分子電解質膜である。
【0119】
燃料電池10は、膜−電極接合体20の両側に、これを挟むようにガス拡散層16a,16b及びセパレータ18a,18b(セパレータ18a,18bは、触媒層14a,14b側に、燃料ガス等の流路となる溝(図示せず)が形成されていると好ましい)を順に備えている。なお、電解質膜12、触媒層14a,14b及びガス拡散層16a,16bとからなる構造体は、一般的に、膜−電極−ガス拡散層接合体(MEGA)と呼ばれることがある。
【0120】
アノード触媒層14a、カソード触媒層14bは、燃料電池における電極層として機能する層である。アノード触媒層14a、カソード触媒層14bには、電極触媒とパーフルオロアルキルスルホン酸樹脂等のプロトン伝導性を有する電解質とを含む。
【0121】
ここで触媒としては、水素又は酸素との酸化還元反応を活性化できるものであれば特に制限はなく、公知のものを用いることができるが、白金又は白金系合金の微粒子を触媒として用いることが好ましい。白金又は白金系合金の微粒子はしばしば活性炭や黒鉛などの粒子状または繊維状のカーボンに担持されて用いられることもある。
【0122】
また、カーボンに担持された白金又は白金系合金を、パーフルオロアルキルスルホン酸樹脂の溶剤と共に混合してペースト化したもの(触媒インク)を、ガス拡散層に塗布・乾燥することにより、ガス拡散層と積層一体化した触媒層が得られる。得られた触媒層を、高分子電解質膜に接合させるようにすれば、燃料電池用の膜−電極接合体を得ることができる。具体的な方法としては公知の方法(例えば、J. Electrochem. Soc.: Electrochemical Science and Technology, 1988, 135(9), 2209に記載されている方法)を用いることができる。また、触媒インクを、高分子電解質膜に塗布・乾燥して、この膜の表面上に、直接触媒層を形成させても、燃料電池用の膜−電極接合体を得ることができる。
【0123】
集電体としての導電性物質に関しても公知の材料を用いることができるが、多孔質性のカーボン織布、カーボン不織布またはカーボンペーパーが、原料ガスを触媒へ効率的に輸送するために好ましい。
【0124】
ガス拡散層16a,16bは、触媒層14a,14bへの原料ガスの拡散を促進する機能を有する層である。このガス拡散層16a,16bは、電子伝導性を有する多孔質材料により構成されることが好ましい。前記多孔質材料としては、多孔質性のカーボン不織布、カーボンペーパーが、原料ガスを触媒層14a,14bへ効率的に輸送することができるために好ましい。
【0125】
セパレータ18a,18bは、電子伝導性を有する材料で形成されている。前記電子伝導性を有する材料としては、例えば、カーボン、樹脂モールドカーボン、チタン、ステンレスが挙げられる。
【0126】
このようにして製造された本発明の燃料電池は、燃料として水素ガス、改質水素ガス、メタノールを用いる各種の形式で使用可能である。
【0127】
このような構成の燃料電池では、本実施形態の高分子電解質膜を用いて膜−電極接合体を形成することにより、使用時に触媒層(電極)から高分子電解質膜への白金の溶出が抑制される。そのため、高分子電解質膜中でのラジカル発生が抑制され、高分子電解質膜の長期安定化を図ることができる。
【実施例】
【0128】
以下に本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0129】
[分子量測定]
燃料電池に用いる高分子電解質膜の長期安定性を、高分子電解質膜を構成する高分子電解質の分子量の変化により確かめた。
下記条件でゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)による測定を行い、ポリスチレン換算を行うことによって高分子電解質の重量平均分子量及び数平均分子量を算出した。測定におけるGPC条件を下記の表2に示す。
【0130】
【表2】

【0131】
[イオン交換容量の測定]
測定に供するポリマーをキャスト製膜法により成膜したポリマー膜を得、得られたポリマー膜を適当な重量になるように裁断した。裁断したポリマー膜の乾燥重量を加熱温度110℃に設定されたハロゲン水分率計を用いて測定した。次いで、このようにして乾燥させたポリマー膜を0.1mol/L水酸化ナトリウム水溶液5mLに浸漬した後、更に50mLのイオン交換水を加え、2時間放置した。その後、ポリマー膜が浸漬された溶液に、0.1mol/Lの塩酸を徐々に加えることで滴定を行い、中和点を求めた。そして、裁断したポリマー膜の乾燥重量と中和に要した塩酸の量から、ポリマーのイオン交換容量(単位:meq/g)を算出した。
【0132】
[膜中の金属イオン量の測定]
高分子電解質膜に吸着した金属イオン量の測定には、誘導結合プラズマ発光分析装置(ICP発光)を用いた。
未処理電解質膜を金属水溶液に浸漬し、浸漬前後での金属水溶液中の金属イオン量から、高分子電解質膜に吸着した金属イオン量を算出した。測定におけるICP発光測定条件を下記の表3に示す。
【0133】
【表3】

【0134】
[合成例1]
アルゴン雰囲気下、共沸蒸留装置を備えたフラスコに、DMSO600ml、トルエン200mL、2,5−ジクロロベンゼンスルホン酸ナトリウム 26.5g(106.3mmol)、末端クロロ型である下記ポリエーテルスルホン(住友化学製スミカエクセルPES3600P(下記式(化6)、Mn=2.7×10、Mw=4.5×10)10.0g、2,2’−ビピリジル 43.8g(280.2mmol)を入れて攪拌した。その後、バス温を150℃まで昇温し、トルエンを加熱留去することで系内の水分を共沸脱水した後、 60℃に冷却した。
【化6】

次いで、これにビス(1,5−シクロオクタジエン)ニッケル(0)73.4g(266.9mmol)を加え、80℃に昇温し、同温度で5時間攪拌した。放冷後、反応液を大量の6mol/Lの塩酸に注ぐことによりポリマーを析出させ濾別した。その後、濾別したポリマーを、6mol/L塩酸による数回の洗浄・ろ過操作を繰り返した後、濾液が中性になるまで水洗を行い、減圧乾燥することにより目的とする高分子電解質(下記式(化7))を合成した。
【0135】
【化7】

Mn:1.6×10、Mw:3.3×10、イオン交換容量(IEC):2.7meq/g
【0136】
[高分子電解質膜1の作製]
合成例1で得られた高分子電解質をN,N−ジメチルスルホキシドに溶解して、濃度が10重量%の高分子電解質溶液(A)を調製した。
得られた高分子電解質溶液(A)を、スロットダイを用いて、支持基材である巾300mmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム(東洋紡績社製、E5000グレード)に連続的に流延塗布して、連続的に熱風ヒーター乾燥炉へと搬送し、溶媒を除去した。得られた高分子電解質膜中間体を1N硫酸に2時間浸漬後、2時間水洗を行い、更に風乾し、支持基材から剥離することで高分子電解質膜(未処理電解質膜)1を作製した。高分子電解質膜1の膜厚は30μmであった。
【0137】
[硫酸銅水溶液による処理]
7cm×20cmに裁断した高分子電解質膜1を、別途用意した0.2ppm/Lの硫酸銅水溶液1.0Lに5時間浸漬した(濃度は銅の重量換算)。この間、スターラーで硫酸銅水溶液を攪拌しながら、25℃で保持した。浸漬処理後、膜を取り出し、イオン交換水で洗浄した後に、室温雰囲気下で自然乾燥させることにより、銅イオンとイオン交換した高分子電解質膜2を得た。高分子電解質膜2において高分子電解質1のスルホ基のモル数に対する、銅イオンを対イオンとするスルホン酸塩型の基のモル数の割合は0.20%であった。
【0138】
[硫酸鉄水溶液による処理]
7cm×20cmに裁断した高分子電解質膜1を、別途用意した0.2ppm/Lの硫酸鉄水溶液1.0Lに5時間浸漬した(濃度は鉄の重量換算)。この間、スターラーで硫酸鉄水溶液を攪拌しながら、25℃で保持した。浸漬処理後、膜を取り出し、イオン交換水で洗浄した後に、室温雰囲気下で自然乾燥させることにより、鉄イオンとイオン交換した高分子電解質膜3を得た。高分子電解質膜3において高分子電解質1のスルホ基のモル数に対する、鉄イオンを対イオンとするスルホン酸塩型の基のモル数の割合は0.23%であった。
【0139】
[硝酸パラジウム水溶液による処理]
5cm×6cmに裁断した高分子電解質膜1を、別途用意した3ppmの硝酸パラジウム水溶液1.0gと超純水150gを混合した溶液に24時間浸漬した(濃度はパラジウムの重量換算)。この間、スターラーで硫酸パラジウム水溶液を攪拌しながら、25℃で保持した。浸漬処理後、膜を取り出し、イオン交換水で洗浄した後に、室温雰囲気下で自然乾燥させることにより、パラジウムイオンとイオン交換した高分子電解質膜4を得た。高分子電解質膜4において高分子電解質1のスルホ基のモル数に対する、パラジウムイオンを対イオンとするスルホン酸塩型の基のモル数の割合は0.007%であった。
【0140】
[硝酸セリウム水溶液による処理]
5cm×6cmに裁断した高分子電解質膜1を、別途用意した1600ppm/Lの硫酸セリウム水溶液100mLに24時間浸漬した(濃度はセリウムの重量換算)。この間、スターラーで硫酸セリウム水溶液を攪拌しながら、25℃で保持した。浸漬処理後、膜を取り出し、イオン交換水で洗浄した後に、室温雰囲気下で自然乾燥させることにより、セリウムイオンとイオン交換した高分子電解質膜5を得た。高分子電解質膜5において高分子電解質1のスルホ基のモル数に対する、セリウム(III)イオンを対イオンとするスルホン酸塩型の基のモル数の割合は0.79%であった。
【0141】
[触媒インク調製]
市販の5質量%ナフィオン(登録商標)溶液(アルドリッチ社製、溶媒:水と低級アルコールの混合物)3.15gに、50質量%の白金が担持された白金担持カーボン(エヌ・イー・ケムキャット社製、商品名:SA50BK)を0.50g投入し、さらに水3.23g及びエタノール21.83gを加えた。得られた混合物を1時間超音波処理した後、スターラーで6時間攪拌して触媒インクを得た。
【0142】
[MEAの作製]
高分子電解質膜1,2,3,4,5の各々について、片面の中央部における3cm×15cmの領域に、スプレー法にて上記の触媒インクを塗布した。この際、吐出口から膜までの距離は6cm、ステージ温度は75℃に設定した。同様にして重ね塗りをした後、溶媒を除去してアノード触媒層を形成させた。アノード触媒層として2.1mgの固形分(白金目付け:0.6mg/cm)が塗布された。
続いて、もう一方の面に同様に触媒インクを塗布して、カソード触媒層を形成させて、高分子電解質膜1,2,3,4,5の各々についてMEAを得た。カソード触媒層として2.1mgの固形分(白金目付け:0.6mg/cm)が塗布された。
【0143】
[燃料電池セルの組み立て]
上記で得られた各MEAの両外側に、ガス拡散層としてカーボンペーパーと、ガス通路用の溝を切削加工したカーボン製セパレータとを配し、さらにその外側に集電体及びエンドプレートを順に配置し、これらをボルトで締め付けることによって、有効電極面積45cmの燃料電池セルを組み立てた。
【0144】
(実施例1)
高分子電解質膜2を用いて作製したMEAを備える燃料電池セルを80℃に保ち、アノードに加湿水素と二酸化炭素の混合ガス(混合比 加湿水素:二酸化炭素=80vol%:20vol%)、カソードに加湿空気をそれぞれ供給した。各ガスの加湿は、水の入ったバブラーにガスを通すことにより行った。水素用バブラーの水温は65℃、空気用バブラーの水温は65℃とした。また、水素と二酸化炭素の混合ガスの流量は113mL/min、空気のガス流量は370mL/minとした。この条件において、0.2A/cmにおいて1600時間の連続発電を実施した。
また、この発電条件において、0.6Vにおける電流密度は0.63A/cmであった。
【0145】
膜−電極接合体を取り出してエタノール/水の混合溶液に投入し、さらに超音波処理することで触媒層を取り除いた。そして、残った高分子電解質膜2の親水セグメントの分子量を次の手順で測定した。
すなわち、膜中のポリアリーレン系ブロック共重合体4mgに対し、ジメチルスルホキシド8mlを添加し溶解させた後、水酸化テトラメチルアンモニウムの25%メタノール溶液10μLを100℃で2時間反応させ、放冷後、得られた溶液の重量平均分子量(Mw)をゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により測定した。
【0146】
(実施例2)
高分子電解質膜4を用いて作製したMEAを備える燃料電池セルを95℃に保ちながら、低加湿状態の水素(70mL/分、背圧0.1MPaG)と低加湿状態の空気(174mL/分、背圧0.05MPaG)をセルに導入し、開回路と一定電流での負荷変動試験を行った。この条件で燃料電池セルを200時間作動させた後、膜−電極接合体を取り出してエタノール/水の混合溶液に投入し、さらに超音波処理することで触媒層を取り除いた。そして、残った高分子電解質膜4の親水セグメントの分子量を次の手順で測定した。すなわち、膜中のポリアリーレン系ブロック共重合体4mgに対し、ジメチルスルホキシド8mlを添加し溶解させた後、水酸化テトラメチルアンモニウムの25%メタノール溶液10μLを100℃で2時間反応させ、放冷後、得られた溶液の分子量をゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により測定した。
【0147】
一方、同じく高分子電解質膜4を用いて作製したMEAを備える燃料電池を80℃に保ちながら、アノードに加湿水素、カソードに加湿空気をそれぞれ供給した。この際、セルのガス出口における背圧が0.1MPaGとなるようにした。各原料ガスの加湿は、内部に水を充填したバブラーに各原料ガスを通すことで行った。ここで、水素用バブラーの水温は45℃、空気用バブラーの水温は55℃とした。また、水素のガス流量は529mL/min、空気のガス流量は1665mL/minとした。
電圧が0.6Vとなるときの電流密度の値を測定したところ、0.40A/cmであった。
【0148】
(比較例1)
実施例1において、高分子電解質膜1を用いて作製したMEAを備える燃料電池セルを用いる以外は全て同じ方法で連続発電試験を実施した。
また、この発電条件において、0.6Vにおける電流密度は0.55A/cmであった。
【0149】
(比較例2)
実施例1において、高分子電解質膜3を用いて作製したMEAを備える燃料電池セルを用いる以外は全て同じ方法で連続発電試験を実施した。試験後のMwは測定不可能であり、著しく劣化したことがわかった。
また、この発電条件において、0.6Vにおける電流密度は0.43A/cmであった。
【0150】
(比較例3)
実施例2において、高分子電解質膜1を用いて作製したMEAを備える燃料電池セルを用いる以外は全て同じ方法で連続発電試験を実施した。
実施例2と同じ方法で、電圧が0.6Vとなるときに電流密度の値を測定したところ、0.34A/cmであった。
【0151】
(比較例4)
実施例2において、高分子電解質膜5を用いて作製したMEAを備える燃料電池セルを用いる以外は全て同じ方法で連続発電試験を実施した。
実施例2と同じ方法で、電圧が0.6Vとなるときに電流密度の値を測定したところ、0.69A/cmであった。
【0152】
上記実施例および比較例について、高分子電解質の初期状態からのMw維持率を以下の表3にまとめて示す。
【0153】
【表4】

【0154】
測定の結果、本発明の高分子電解質膜は、連続発電(すなわち、連続した酸化還元反応)において比較例の高分子電解質膜よりも安定であることが分かった。これにより、本発明の有用性が確かめられた。
【符号の説明】
【0155】
10…燃料電池、12…電解質膜(プロトン伝導膜)、14a…アノード触媒層、14b…カソード触媒層、16a,16b…ガス拡散層、18a,18b…セパレータ、20…膜−電極接合体(MEA)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化水素系の高分子電解質と、前記高分子電解質に含有される金属イオンと、を有し、
前記金属イオンの標準電極電位が、水素イオンの標準電極電位より高く、かつ白金イオン(Pt2+)の標準電極電位より低いことを特徴とする高分子電解質組成物。
【請求項2】
前記金属イオンの標準電極電位が、二価銅イオン(Cu2+)の標準電極電位より高く、かつ白金イオン(Pt2+)の標準電極電位より低いことを特徴とする請求項1に記載の高分子電解質組成物。
【請求項3】
前記金属イオンが、銀イオンおよびパラジウムイオンからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属イオンであることを特徴とする請求項2に記載の高分子電解質組成物。
【請求項4】
前記高分子電解質は、複数の−SOで示される基(Aは、水素原子または対イオンを表す。Aが2価以上の対イオンの場合、Aはさらに他の置換基と結合していてもよい。)を有し、
前記高分子電解質に含有される−SOで示される基(Aは、前記金属イオンを表す。Aが2価以上の金属イオンの場合、Aはさらに他の置換基と結合していてもよい。)のモル数が、前記複数の−SOで示される基のモル数に対し、0.001%以上1%未満であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の高分子電解質組成物。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の高分子電解質組成物を有することを特徴とする高分子電解質膜。
【請求項6】
請求項1から4のいずれか1項に記載の高分子電解質組成物を含有することを特徴とする固体高分子形燃料電池用触媒層。
【請求項7】
請求項5に記載の高分子電解質膜を有することを特徴とする膜電極接合体。
【請求項8】
請求項6に記載の固体高分子形燃料電池用触媒層を有することを特徴とする膜電極接合体。

【図1】
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【公開番号】特開2012−124126(P2012−124126A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−276147(P2010−276147)
【出願日】平成22年12月10日(2010.12.10)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【出願人】(391002487)学校法人大同学園 (23)
【Fターム(参考)】