説明

高効率遺伝子ターゲッティングベクターおよび上皮細胞株に対する遺伝子ターゲッティング法

ZO−1遺伝子のノックアウトマウスを作製する過程で、相同組換えが90%以上の高い確率で起こる遺伝子ターゲッティングベクターを開発した。また、該ターゲッティングベクターを用いて上皮細胞に対するエレクトロポレーションの至適条件の検討を行った結果、上皮細胞株であるマウスEpH4に対して効率的な遺伝子ターゲッティングが可能なエレクトロポレーションの至適条件の決定に成功した。本発明のベクターを利用することにより、ES細胞に対して外来遺伝子をZO−1のアリルに容易に導入することが可能となる。また、ゲノム構造の影響を考慮しなくも良いため、従来のトランスジェニックマウス作製法や細胞の安定なトランスフォーマント作製時の欠点が解決できることが期待される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、高効率で遺伝子ターゲッティング可能なベクターに関する。また本発明は、上皮細胞株、特にマウス上皮細胞株EpH4に対する効率的な遺伝子ターゲッティング方法に関する。
【背景技術】
遺伝子ターゲッティング(gene−targeting;非特許文献1/A.L.Joyner著、「Gene Targeting Second Edition」、オックスフォード大学出版(OXFORD University Press)参照)とは、外来性のDNA断片を哺乳類の細胞に導入し、内在性のDNAシーケンスとの間に相同組換えを起こさせる遺伝子破壊法もしくは遺伝子導入法である。この方法は特にマウスの胚性幹細胞(embryonic stem cell;ES細胞)において、多くの遺伝子に様々な変異を作り出すこと、または外来性遺伝子を発現させることに広く用いられている。このES細胞をマウスに戻すことにより、目的遺伝子が欠失したマウス、または外来性遺伝子を発現させたマウスを作製することができる。これらのマウスの表現型を個体内で解析することにより、目的遺伝子の生体内における機能を類推することができる。しかし、一般的にこの相同遺伝子組換えの頻度は、外来遺伝子が導入された細胞の1〜0.1%という非常に低い頻度でしか起こらない。この効率が上がれば、遺伝子を自由に改変することが容易に可能になり、様々な医療、研究分野での応用が期待できる。しかしながら、これまでのところ、高効率で遺伝子ターゲッティングが可能なベクターは知られていなかった。
上皮細胞とは、体表面、管腔面等を覆い細胞自身の中に明確な細胞極性を形成して特殊化することにより、それぞれの器官を環境の異なる閉じた空間に分ける機能を果たす一層もしくは数層の細胞シートのことをいう。ヒトの悪性腫瘍の90%以上は上皮細胞に由来することも明らかとなっており、上皮細胞の形成機構、維持機能を解析することは医学的にも重要である。しかし、上皮細胞の形成、機能に重要な遺伝子のノックアウトマウスにおいては発生初期から上皮細胞は形成されるため、詳細な解析は出来ない場合が多い。
従来、遺伝子相同組換えを応用した遺伝子ターゲッティング法(上記非特許文献1参照)は主にマウスES細胞で行われているが、分化した体細胞における相同組換えの効率は0.01〜0.001%であり、非常に低いことが知られている(非特許文献2/Sedivy JMおよびDutriaux A著、「Gene targeting and somatic cell genetics−a rebirth or a coming of age?」、Trends Genet.、1999年、Vol.15、p.88−90参照)。
従って、上皮細胞に対する遺伝子ターゲッティングは極めて困難であり、これまでのところ、上皮細胞を対象とする効率的な遺伝子ターゲッティング方法は知られていなかった。
【発明の開示】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、高効率な遺伝子ターゲッティングベクターを提供することである。また、上皮細胞株、特にマウス上皮細胞株EpH4に対する効率的な遺伝子ターゲッティング方法を提供することにある。
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った。本発明者は、上皮細胞においてタイトジャンクション(tight junction)の裏打ちタンパク質として局在するZO−1遺伝子のノックアウトマウスを作製する過程で、相同組換えが90%以上の高い確率で起こるターゲッティングベクター(targeting vector)を開発した。そして、該ベクターを用いて上皮細胞に対するエレクトロポレーションの至適条件の検討を行った。その結果、上皮細胞株であるマウスEpH4に対して効率的な遺伝子ターゲッティングが可能なエレクトロポレーションの至適条件を決定し、本発明を完成させた。
本発明のベクターを利用することにより、ES細胞に対して外来遺伝子をZO−1のアリル(allele)に容易に導入することが可能となる。本発明のターゲッティングベクターによって得られたシングルノックアウトES細胞、および、このシングルノックアウトES細胞をマウスに戻して作製された、ヘテロマウスにおいては何ら表現型が見いだされないことから、ZO−1の一方のアリルに外来遺伝子を導入することは細胞の機能には影響がないと考えられる。このことは外来遺伝子を発現させる場合、ゲノム構造の影響を考慮しなくても良い利点がある。すなわち、従来のトランスジェニックマウス作成法や細胞の安定なトランスフォーマント(stable transformant)作成時の欠点が解決出来ることが予測される。
また、これまでは体細胞での遺伝子ターゲッティング効率は非常に低いとされていたが(外来遺伝子が導入された細胞の0.01〜0.001%)、本発明による遺伝子導入条件の至適化により、上皮細胞株EpH4においても外来遺伝子が導入された細胞の約10%で相同組換えが起こることが示された。
本発明の遺伝子ターゲッティング方法を用いることにより、上皮細胞において発現している遺伝子の機能を効率的に解析できるものと期待される。また、悪性腫瘍形成に関わる遺伝子を破壊する、もしくは該遺伝子の変異体をノックインによりゲノム上に導入することができるため、遺伝子改変を行った上皮細胞における薬剤スクリーニング系の開発が可能になるものと考えられる。
また現在、いくつかの細胞株しか相同組換えによる遺伝子ターゲッティングは成功していないが、薬剤スクリーニングや病態の解析に適した細胞株に対し、このベクターを用いて遺伝子ターゲッティングの条件検討を行うことにより、遺伝子破壊された細胞株を作製できる応用性も期待される。
上記の如く本発明者は、外来遺伝子導入動物を作製する際に、該動物におけるZO−1遺伝子を、外来遺伝子を導入するターゲット部位とすることにより、高効率に遺伝子ターゲッティングが可能であることを見出した。即ち、ZO−1遺伝子をターゲット部位とするベクターは、高効率に外来遺伝子を導入できること、さらに該ベクターを用いた上皮細胞、特にマウス上皮細胞株EpH4に対する遺伝子ターゲッティング方法を初めて見出し、本発明を完成させた。
本発明は、高効率遺伝子ターゲッティングベクター、および該ベクターを利用した上皮細胞、特にマウス上皮細胞株EpH4に対する遺伝子ターゲッティング方法に関し、より具体的には、
〔1〕 非ヒト動物のZO−1遺伝子領域へ外来遺伝子を導入するための遺伝子ターゲッティングベクターであって、該外来遺伝子、および該ZO−1遺伝子の全領域もしくは部分領域を有することを特徴とするベクター、
〔2〕 外来遺伝子の上流および/または下流に、ZO−1遺伝子の全領域もしくは部分領域が配置された構造を有する、〔1〕に記載のベクター、
〔3〕 ZO−1遺伝子の部分領域が、該遺伝子の第二エクソンまたは第二エクソンの一部を含む領域である、〔2〕に記載のベクター、
〔4〕 下記の(a)または(b)のいずれかに記載のDNA断片が外来遺伝子の両脇にそれぞれ配置された構造を有する、〔3〕に記載のベクター、
(a)ZO−1遺伝子の第二エクソンの一部およびその上流を含む1.5−kbのBsp1286I−Bsp1286I断片、および第二エクソンの下流の8.5−kbのPstI−BamHI断片
(b)ZO−1遺伝子の第二エクソンの一部およびその上流を含む5.1kbのPstI−BsrDI断片、および第二エクソンの下流の3.9kbのPstI−SphI断片
〔5〕 非ヒト動物のZO−2遺伝子もしくはDisabled−2遺伝子領域へ外来遺伝子を導入するための遺伝子ターゲッティングベクターであって、該外来遺伝子、および該ZO−2もしくは該Disabled−2遺伝子の全領域もしくは部分領域を有することを特徴とするベクター、
〔6〕 外来遺伝子の上流および/または下流に、ZO−2遺伝子もしくはDisabled−2遺伝子の全領域もしくは部分領域が配置された構造を有する、〔5〕に記載のベクター、
〔7〕 外来遺伝子発現非ヒト動物または外来遺伝子発現非ヒト動物細胞の作製用ベクターである、〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載のベクター、
〔8〕 外来遺伝子の上流に該遺伝子を転写し得るプロモーターを備えた、〔1〕〜〔7〕のいずれかに記載のベクター、
〔9〕 さらにマーカー遺伝子発現カセットを含む、〔1〕〜〔8〕のいずれかに記載のベクター、
〔10〕 マーカー遺伝子発現カセットの下流に外来遺伝子が隣接して配置された構造を有する、〔9〕に記載のベクター、
〔11〕 外来遺伝子がマーカー遺伝子発現カセットである、〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載のベクター、
〔12〕 マーカー遺伝子発現カセットが薬剤耐性遺伝子発現カセットである、〔9〕〜〔11〕のいずれかに記載のベクター、
〔13〕 薬剤耐性遺伝子発現カセットがβ−geoを含むDNA断片である、〔12〕に記載のベクター、
〔14〕 非ヒト動物がマウスである、〔1〕〜〔13〕のいずれかに記載のベクター、
〔15〕 上皮細胞に対する遺伝子ターゲッティング方法であって、電圧0.4〜0.5kVおよびコンデンサー容量125〜250μFの条件によるエレクトロポレーションにより、ターゲッティングベクターを該細胞へ導入することを特徴とする、ターゲッティング方法、
〔16〕 エレクトロポレーションへ供される細胞調製液中のカルシウム濃度が5μM以下である、〔15〕に記載の方法、
〔17〕 ターゲッティングベクターが、細胞の染色体上のZO−1遺伝子、ZO−2遺伝子、またはDisabled−2遺伝子を標的とするものである、〔15〕または〔16〕に記載の方法、
〔18〕 ターゲッティングベクターが、〔1〕〜〔13〕のいずれかに記載のベクターである、〔15〕または〔16〕に記載の方法、
〔19〕 上皮細胞が高等動物細胞由来である、〔15〕〜〔18〕のいずれかに記載の方法、
〔20〕 高等動物がマウスである、〔19〕に記載の方法、
〔21〕 細胞がマウス上皮細胞株EpH4である、〔20〕に記載の方法、
〔22〕 〔15〕〜〔21〕のいずれかに記載のターゲッティング方法によってターゲッティングベクターを上皮細胞株へ導入することを特徴とする染色体が人為的に改変された上皮細胞株の製造方法、
を提供するものである。
本発明は、外来遺伝子を高効率に導入可能な遺伝子ターゲッティングベクターに関する。
本発明は、非ヒト動物のZO−1遺伝子領域、ZO−2遺伝子領域、またはDisabled−2遺伝子領域を、外来遺伝子挿入のための標的部位とすることを特徴とする、ターゲッティングベクターを提供する。
本発明は、非ヒト動物のZO−1遺伝子領域、ZO−2遺伝子領域、またはDisabled−2遺伝子領域へ外来遺伝子を導入するための遺伝子ターゲッティングベクター(単に、「ベクター」と記載する場合あり)を提供する。本発明のベクターは、外来遺伝子発現非ヒト動物または外来遺伝子発現非ヒト動物細胞の作製に有用である。
ZO−1遺伝子の塩基配列は既に知られており、当業者においては、ZO−1遺伝子の塩基配列についての情報を公共の遺伝子バンクから容易に取得することが可能である。例えば、マウスZO−1遺伝子の塩基配列についての情報は、GenBankからアクセッション番号NM_009386により取得することができる。また、ZO−2遺伝子の塩基配列についての情報は、GenBankからアクセッション番号NM_011597、Disabled−2遺伝子の塩基配列についての情報は、GenBankアクセッション番号:NM_023118より取得することができる。ZO−1遺伝子の塩基配列の一例として、GenBankからアクセッション番号NM_009386により取得されるマウスZO−1遺伝子の塩基配列を配列番号:1に示す。
本発明のベクターは、外来遺伝子、およびZO−1遺伝子、ZO−2遺伝子領域、またはDisabled−2遺伝子領域の全領域もしくは部分領域を有することを特徴とするターゲッティングベクターである。本発明のベクターを利用することにより、外来遺伝子が染色体へ挿入された外来遺伝子導入動物を作製することが可能である。
「遺伝子ターゲッティング」とは、同じ塩基配列を有するDNA分子間で起こる相同組換えという現象を利用して、人為的に染色体上の遺伝子を改変することを言う。この「改変」には、遺伝子破壊もしくは遺伝子挿入が含まれる。つまり、染色体上の標的配列と相同的な配列を有するベクターを細胞へ導入することにより、相同部分で組換えが起こり、ベクター(もしくは、その一部)が染色体へ挿入される。
本発明の好ましい態様においては、外来遺伝子が挿入される染色体部位(標的部位)の両脇のDNA領域と相同な塩基配列からなるDNA断片が、該外来遺伝子の両脇に配置された構造を持つベクターである。本発明の上記ベクターを細胞へ導入すると、外来遺伝子の両脇の相同DNA領域と、標的部位の両脇のDNA領域との間で、相同組換えが起こり、外来遺伝子が染色体上の標的部位へ挿入される。
本発明において外来遺伝子の挿入の標的となり得る染色体上のDNA部位は、ZO−1遺伝子、ZO−2遺伝子、またはDisabled−2遺伝子上であれば特に制限されず、エクソン、イントロン、またはプロモーター等の遺伝子発現制御領域であってもよい。従って本発明のベクターの好ましい態様としては、外来遺伝子の上流および/または下流に、ZO−1遺伝子、ZO−2遺伝子、またはDisabled−2遺伝子の全領域もしくはこれら遺伝子の部分領域が配置された構造を有する。
また、外来遺伝子はZO−1遺伝子、ZO−2遺伝子、またはDisabled−2遺伝子上であれば任意の領域へ挿入することが可能である。
例えば、ZO−1遺伝子の場合には、好ましくは、ZO−1遺伝子の第二エクソンまたは第二エクソンの一部を含むDNA領域へ挿入される。従って、本発明のベクターに含まれるZO−1遺伝子の領域としては、例えば、ZO−1遺伝子の第二エクソン全体もしくは第二エクソンの一部を含むようなZO−1遺伝子上のDNA領域であることが好ましい。上記の第二エクソンの一部を含むDNA領域の具体例としては、例えば、(a)第二エクソンの一部およびその上流を含む1.5−kbのBsp1286I−Bsp1286I断片、および第二エクソンの下流の8.5−kbのPstI−BamHI断片、あるいは、(b)第二エクソンの一部およびその上流を含む5.1kbのPstI−BsrDI断片、および第二エクソンの下流の3.9kbのPstI−SphI断片を挙げることができるが、これに限定されない。
本発明のベクターとしては、例えば、上記の2つの断片がそれぞれ、外来遺伝子の上流部または下流部に配置された構造を有するベクターを示すことができる。
また本発明は、上皮細胞に対して効率的に遺伝子ターゲッティングを行うことが可能な方法を提供する。該ベクターの細胞への導入は、種々の方法が知られているが、最も一般的な方法としては、エレクトロポレーション法を挙げることができる。エレクトロポレーション法は、当業者においては一般的に市販されている機材を利用して、適宜、実施することができる。
本発明の方法は、エレクトロポレーションによってターゲッティングベクターを上皮細胞へ導入する工程を含む遺伝子ターゲッティング方法である。
本発明の方法においてエレクトロポレーションは、バイオ・ラッド社のジーンパルサーシステムII(パルスコントローラーPLUS使用)を用いて好ましくは電圧0.4〜0.5kV、コンデンサー容量125〜250μF、更に好ましくは電圧0.45kvもしくはその近辺、コンデンサー容量125μFもしくはその近辺の条件で行う。これらのエレクトロポレーションの条件は、上皮細胞に対して高効率に遺伝子ターゲッティングを行うことが可能な条件として、本発明者らによって初めて決定されたものである。
また、エレクトロポレーションに供される細胞(培養液)の調製方法もまた、当業者においては一般的に公知の種々の方法によって適宜実施することができる。例えば、エレクトロポレーションに供される細胞は、カルシウムを添加することによって調製することができる。細胞間接着が強固な細胞の場合、細胞調製時にカルシウム濃度を下げてエレクトロポレーションを行うことにより、遺伝子導入効率が上昇することが本発明者らの研究により明らかとなった(後述の実施例2参照)。従って、細胞調製時の細胞培養液中に含まれる最終カルシウム濃度は、特に限定されるものではないが、好ましくは5μM以下である。
本発明の上記方法に使用されるターゲッティングベクターとしては、例えば、上述のベクターを好適に示すことができる。即ち、本発明の好ましい態様としては、上述の上皮細胞の染色体上のZO−1遺伝子(GenBankアクセッション番号:NM_009386)、ZO−2遺伝子(GenBankアクセッション番号:NM_011597)、またはDisabled−2遺伝子(GenBankアクセッション番号:NM_023118)を標的とするものであるが、これらに特に制限されるものではなく、上皮細胞の染色体上の任意のDNA領域を標的とするように構築することができる。
また、本発明の上記方法に用いられるターゲッティングベクターは、上皮細胞の染色体上の標的となる遺伝子の全領域もしくは部分領域を有するものである。本発明の上記方法に用いられるターゲッティングベクターとして、例えば、前述の外来遺伝子およびZO−1遺伝子の全領域もしくは部分領域を有するベクター(「ZO−1ベクター」と記載する場合あり)を挙げることができる。
また、本発明のベクターの一例として、ZO−2遺伝子を標的とするターゲッティングベクター(ZO−2ベクター)を挙げることができる。ZO−2ベクターは、外来遺伝子および/またはZO−2遺伝子の全領域もしくは部分領域を有するベクターであり、より具体的には、該ZO−2ベクターは、ZO−2遺伝子の第3エクソンを欠損するように該遺伝子領域を含むベクターである。該ベクターは、例えば、第3エクソンの上流の6.6−kbのKpnI−HindIII断片、および第3エクソン下流の2.6−kbのScaI−SpeI断片を用いて作製される。
また、本発明のベクターとして、例えば、Disabled−2遺伝子を標的とするターゲッティングベクター(Disabled−2ベクター)を挙げることができる。Disabled−2ベクターは、例えば、外来遺伝子および/またはDisabled−2遺伝子の全領域もしくは部分領域を有するベクターである。より具体的には、該Disabled−2遺伝子の第3エクソンを欠損するように該遺伝子領域を含むベクターである。該ベクターは、例えば、第3エクソンの上流および下流それぞれ3.9−kbの断片を上皮細胞株EpH4のゲノムDNAを鋳型としたゲノミック(genomic)PCRにより取得することができる。その際、上流断片の3’側にEcoRVサイトを導入し、この新たに導入したサイトを利用することにより、サザンブロットを行うことが可能である。
本発明の上記外来遺伝子は、必ずしも制限されるものではないが、通常、タンパク質を発現し得る(タンパク質をコードする)遺伝子である。上記したベクターによって発現させるタンパク質としては、天然または人工タンパク質であるかを問わず、所望のタンパク質を挙げることができる。天然のタンパク質としては例えば、分泌タンパク質、膜タンパク質、細胞質タンパク質、核タンパク質、ホルモン、サイトカイン、増殖因子、受容体、酵素、ペプチド等が挙げられる。人工タンパク質としては、例えば、キメラ毒素などの融合タンパク質、ドミナントネガティブタンパク質(受容体の可溶性分子または膜結合型ドミナントネガティブ受容体を含む)、欠失型の細胞接着分子および細胞表面分子等が挙げられる。また、分泌シグナルや膜局在化シグナル、核移行シグナル等を付加したタンパク質であってもよい。また、アンチセンスRNA分子またはRNA切断型リボザイム等を発現させることにより、細胞における発現が望ましくない遺伝子について、その発現を抑制する、または遺伝子産物の機能を抑制することもできる。
本発明の上記外来遺伝子は、該遺伝子が転写し得るようにプロモーターと機能的に結合した構造、所謂「発現カセット」であることが好ましい。上記「機能的に結合した」とは、プロモーターの転写の活性化に伴い、下流の遺伝子の発現が誘導されるようにプロモーターと下流の遺伝子が結合していることを言う。
上記プロモーターとしては、遺伝子自体に本来備わっているプロモーターを挙げることができるが、これ以外にも、発現させたい外来遺伝子の種類、および外来遺伝子を導入する細胞の種類等を考慮して、当業者においては公知のプロモーターから適宜選択して使用することができる。具体的には、サイトメガロウイルス(CMV)由来プロモーター、EF−1αプロモーター、βアクチンプロモーター、ラウス肉腫ウイルス由来(RSV)プロモーター、SV40プロモーター、TKプロモーター、PGKプロモーター、SRαプロモーター等を例示することができるが、特にこれらに制限されない。
上記ベクターに含まれる標的となる遺伝子領域と相同なDNA(単に、「相同DNA」と記載する場合あり)の長さは、相同組換えが生じ得る長さであれば特に制限されない。一般的に、相同領域は長いほど相同組換えの効率が高いことが知られていることから、本発明のベクターに含まれる標的となる遺伝子領域と相同なDNA領域も長いことが好ましい。通常、哺乳動物細胞、例えばマウスES細胞の相同組換えには、外来遺伝子両脇の「相同DNA」の合計が5−kb以上、少なくとも片側の長さは0.5〜2−kb以上が好ましいとされている。従って、ベクターに含まれる「相同DNA」の長さは、通常、合計5−kb以上であり、外来遺伝子両脇に位置する「相同DNA」の長さは、片側において好ましくは0.5−kb以上、より好ましくは2−kb以上である。
また、染色体へ外来遺伝子が導入された細胞を選択するため、または外来遺伝子が導入されたことを確認するために、本発明におけるベクターは、マーカー遺伝子発現カセットを含むことが好ましい。「マーカー遺伝子発現カセット」とは、マーカー遺伝子が発現するように構成されたカセットを指し、通常、マーカー遺伝子がプロモーター、IRES(Internal ribosome entry site)またはSA(splicing accepter)の一つあるいは複数と機能的に結合した構造を有するDNA断片である。
上記「マーカー遺伝子」としては、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子(neo)等の薬剤耐性遺伝子を利用することができる。薬剤耐性遺伝子を挿入した場合には、薬剤を含む培地で培養することにより相同組換えを生じた細胞株を選抜することができる。具体的には、マーカー遺伝子として、β−geo(順に、LacZ,neo,polyA)、ネオマイシン、ハイグロマイシン、ピューロマイシン等を好適に使用することができる。
また、上記ベクターが上記マーカー遺伝子発現カセットを含む場合、該ベクターは、該発現カセットの下流(3’側)に外来遺伝子が隣接して配置された構造であることが好ましいが、必ずしもこの構造に制限されるものではない。また、本発明の「外来遺伝子」が上記マーカー遺伝子発現カセットであってもよい。
また本発明のターゲッティングベクターには、標的となる遺伝子の全領域もしくは部分領域を有し、外来遺伝子を含まないベクターも含まれる。例えば本発明には、ZO−1遺伝子の全領域もしくは部分領域を有し、外来遺伝子を含まない遺伝子ターゲッティング用ベクターも包含される。即ち、前記ベクターが提供されれば、適当なベクター上の部位へ、外来遺伝子、加えてマーカー遺伝子発現カセットをクローニングすることは、当業者においては通常行い得ることである。前記ベクターは、外来遺伝子、および必要に応じてマーカー遺伝子発現カセットを容易に挿入できるようにするために、挿入部位にクローニングサイトを設計することができる。該クローニングサイトは、例えば制限酵素の認識配列とすることができる。これにより、該制限酵素部位に外来遺伝子、および必要に応じてマーカー遺伝子発現カセットを挿入することができる。クローニングサイトは、複数の制限酵素認識配列を有する、いわゆるマルチクローニングサイトとしてもよい。これらのクローニングサイトの設計および構築は、当業者においては、一般的な遺伝子工学技術を用いて行うことが可能である。
さらに上記ベクターは、細胞へ導入された際にベクターを含む細胞を選択するために、必要に応じて上記マーカー遺伝子とは異なる種類の複数のマーカー遺伝子を備えたものであってもよい。
本発明に用いられるターゲッティングベクターの基本骨格は、特に制限はなく、例えば、pBluescript、pGEM vector(製造元プロメガ株式会社)、pUC vector(製造元タカラバイオ株式会社)等の市販のベクターを適宜利用することができる。当業者においては、例えば、市販のベクターを利用して、一般的な遺伝子工学技術によりターゲッティングベクターの構築が可能である。
本発明のベクターを利用して染色体へ外来遺伝子を導入することが可能な動物は、好ましくは、マウスを挙げることができるが、ZO−1遺伝子または該遺伝子のホモログを有する非ヒト動物であれば、特に制限されない。マウスZO−1遺伝子のホモログとしてイヌZO−1遺伝子が知られているが、基本的には、全哺乳類においてZO−1遺伝子は発現していると考えられるため、本発明のベクターは全哺乳類に有用であると考えられる。
本発明の遺伝子ターゲッティング方法に供される細胞としては、例えば、高等動物細胞を好適に示すことができる。高等動物細胞としては、例えば、マウス、ペットや家畜、実験動物などで利用されているイヌ、ラット、ハムスター、ウサギ、ブタ、ウシ、ウマ、ニワトリ、サル、ヒツジ、ヤギ、ネコ等の細胞を挙げることができる。
本発明の遺伝子ターゲッティング方法に供される細胞の具体例としては、マウス上皮細胞株EpH4(Reichmann,E.,Ball,R.,Groner,B.and Friis,R.R.New mammary epithelial and fibroblastic cell clones in coculture form structures competent to differentiate functionally.J.Cell Biol.1989;108:1127−1138)、MTD−1A株(Enami,J.,S.Enami,and M.Koga.1984.Isolation of an insulin−responsive preadipose cell line and a mammary tumor−producing,dome−forming epithelial cell line from a mouse mammary tumor.Dev.Growth Differ.1984;26:223−234)、CSG211株(Wigley CB and Franks LM.Salivary epithelial cells in primary culture:Characterization of their growth and functional properties.J Cell Sci.1976;20:149−165)等を示すことができるが、最も好ましくはマウス上皮細胞株EpH4である。または、これらの細胞に由来する細胞もまた好適に使用することができる。
本発明の方法の好ましい態様においては、通常、本発明のターゲッティングベクターを上記の条件のエレクトロポレーションによって上皮細胞へ導入した後、該細胞の培養を行う。次いで、相同組換えによって外来遺伝子が染色体へ挿入された細胞を、適宜マーカー等を利用して選択する。
本発明の遺伝子ターゲッティング方法は、例えば、外来遺伝子導入細胞の作製に利用することができる。
外来遺伝子が染色体へ挿入され、該遺伝子を発現する細胞は、当業者においては、本発明のベクターを用いることにより、公知の方法によって容易に作製することができる。
また、本発明のベクターを用いた遺伝子導入非ヒト動物の作製は、例えば、マウスにおいては以下のようにして行うことができるが、この方法に制限されず、当業者においては、マウス以外の非ヒト動物においても一般的な遺伝子工学技術により、本発明のベクターを利用して遺伝子導入非ヒト動物を作製することができる。まず、任意の外来遺伝子を含む本発明のベクターを、エレクトロポレーション法等によりマウスのES細胞株へ導入し、相同組換えを生じた細胞株を選抜する。得られたES細胞株をマウス胚盤葉にインジェクションしキメラマウスを得ることができる。このキメラマウスを交配させることで、外来遺伝子がマウス染色体のZO−1遺伝子対の一方へ導入されたマウスを得ることができる。さらに、このマウスを交配させることで、外来遺伝子がマウス染色体のZO−1遺伝子対の双方へ導入されたマウスを取得することができる。
本発明のベクターを利用した方法、あるいは本発明の上記方法によって染色体へ挿入された外来遺伝子の発現量は、当業者に公知の方法によりアッセイすることが可能である。遺伝子の転写産物は、例えば、ノーザンハイブリダイゼーション、RT−PCR、RNAプロテクションアッセイ等により検出することができる。ノーザンハイブリダイゼーションやRT−PCR等による検出はin situでも行うことが可能である。また、翻訳産物を検出するには、抗体を用いたウェスタンブロット、免疫沈降、RIA、ELISA、プルダウンアッセイ等により行うことができる。さらに、遺伝子導入の検出を容易にするため、発現させるタンパク質にタグを付加したり、外来遺伝子に加えてレポーター遺伝子を発現するようにベクターを構築することも可能である。レポーター遺伝子は、βガラクトシダーゼ、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)、アルカリホスファターゼ、またはGFP(Green Fluorescent Protein)をコードする遺伝子等が挙げられるがこれらに特に制限されず、当業者においては、細胞の種類等を考慮し、適当なレポーター遺伝子を適宜選択することができる。
本発明は、本発明のターゲッティング方法によってターゲッティングベクターを上皮細胞株へ導入することを特徴とする、染色体が人為的に改変された上皮細胞株の製造方法を提供する。本発明のターゲッティング方法によって導入されたターゲッティングベクターは、上皮細胞株へ導入された後、通常、上皮細胞染色体との間で相同組換えにより該ベクターもしくは該ベクターの一部が染色体へ挿入される。上記「染色体が人為的に改変された上皮細胞株」には、外来遺伝子が染色体へ挿入された上皮細胞株、あるいは内因性の遺伝子が改変された上皮細胞株等が含まれる。この改変とは、例えば、DNAの挿入、付加、欠失、置換等が挙げられる。
【図面の簡単な説明】
図1は、マウスZO−1遺伝子座および遺伝子ターゲッティングベクターを模式的に示す図である。開始コドンは第1エクソンに存在する。
β−geo(LacZ/neo/polyA)を中央に含むターゲッティングベクターは第2エクソンの一部を除く形で作られている。サザンブロッティングに用いた3’側プローブを黒線で示した。
図2は、ZO−1シングルノックアウト細胞の作製結果を示す写真である。PvuII消化したZO−1遺伝子座を3’側プローブでサザンブロッティングした結果、野生型遺伝子座から得られる6.3−kbのバンドと遺伝子破壊後の遺伝子座から得られる4.7−kbのバンドが得られた(レーン13,15,17を除くすべてのレーン)。レーン13,15,17はターゲッティングされなかったクローンである。176個のG418耐性コロニーの中で、相同組換えが一度起こっていたクローンは167個であった。
図3は、マウス上皮細胞株EpH4におけるZO−1遺伝子の遺伝子ターゲッティングについて、マウスZO−1遺伝子座、ターゲッティングベクター、遺伝子破壊後の制限酵素地図を示す。
開始コドンは第1エクソンに存在する。ネオマイシンカセット(LacZ/β−geo/polyA)を中央に含むターゲッティングベクターは第2エクソンの一部を除く形で作られている。サザンブロッティングに用いられた5’側プローブを黒線で示した。
図4は、マウス上皮細胞株EpH4におけるZO−2遺伝子の遺伝子ターゲッティングについて、マウスZO−2遺伝子座、ターゲッティングベクター、遺伝子破壊後の制限酵素地図を示す図である。ネオマイシンカセット(IRES/β−geo/polyA)を中央に含むターゲッティングベクターは第3エクソンを除く形で作られている。サザンブロッティングに用いられた3’側プローブを黒線で示した。
図5は、図4で示されるプロープを用いた際のサザンブロッティング解析の結果を示す写真である。
図6は、マウス上皮細胞株EpH4におけるDisabled−2遺伝子の遺伝子ターゲッティングについて、マウスDisabled−2遺伝子座、ターゲッティングベクター、遺伝子破壊後の制限酵素地図を示す図である。ネオマイシンカセット(IRES/β−geo/polyA)を中央に含むターゲッティングベクターは第3エクソンを除く形で作られている。サザンブロッティングに用いられた5’側プローブを黒線で示した。
図7は、図6で示されるプローブを用いた際のサザンブロッティング解析の結果を示す写真である。
図8は、エレクトロポレーションにおける電圧、コンデンサー容量がG418耐性コロニーの数に及ぼす影響を示すグラフである。
ZO−1に対するターゲッティングベクターを様々な電圧、コンデンサー容量で遺伝子導入を行い、G418で選抜し、コロニー形成後その数を計数した。電圧、コンデンサー容量が大きいほどコロニー数が多いことがわかる。
図9は、ZO−1シングルノックアウトEpH4細胞における遺伝子導入結果を確認するためのサザンブロッティング解析の電気泳動写真である。
EcoRI消化したZO−1遺伝子座を5’側プローブでサザンブロッティングした結果、野生型遺伝子座から得られる20.9−kbのバンドと遺伝子破壊後の遺伝子座から得られる5.3−kbのバンドが得られた(レーン1、2、11、12)。142個のG418耐性コロニーの中で、相同組換えが一度起こっていたクローンは16個であった。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
〔実施例1〕 各種高効率ターゲッティングベクターの作製
(1)ZO−1ターゲッティングベクターの作製
ZO−1がコードされたゲノムを得る為に、λファージ129/Svマウスジェノミックライブラリーに対して、マウスZO−1 cDNAプローブを用いてスクリーニングし、4つの重複するゲノム断片を得た。制限酵素によるマッピングとDNAシーケンスにより、マウスZO−1のgenomic locusを決定した(図1)。取得したZO−1遺伝子を含むゲノム断片は4個のエクソンからなり、エクソン1に開始コドンが存在していた。
ZO−1ターゲッティングベクターは第2エクソンの一部を除く形で設計した。このベクターはカセットとして、β−geo(順にLacZ,neo,poly A)を含んでいる。第2エクソンの一部およびその上流を含む5.1−kbのPstI−BsrDI断片と、第2エクソン下流の3.9−kbのPstI−SphI断片を、上記カセットの上流部、下流部にそれぞれライゲーションした(図1)。このターゲッティングベクターにより、相同組換えがターゲッティングベクターとZO−1遺伝子の間に起こると、エクソン2の一部を含む領域が除かれ、β−geoが挿入される。
また、上記ターゲッティングベクターはカセットとして、ネオマイシンカセット(順にLacZ,neo,poly A)を含んでいてもよく、その場合、第2エクソンの一部およびその上流を含む1.5−kbのBsp1286I−Bsp1286I断片と、第2エクソン下流の8.5−kbのPstI−BamHI断片を、上記カセットの上流部、下流部にそれぞれライゲーションした(図3)。
(2)ZO−2ターゲッティングベクターは、第3エクソンを除く形で設計した。このベクターは、カセットとしてネオマイシンカセット(順にloxP,En−2,SA(splicing accepter),IRES(Internal ribosome entry site),β−geo,polyA,loxP)を含んでいる。なお、En−2はengrailed−2遺伝子のイントロンおよびsplicing accepterを含む配列であり、splicingの効果を高めていると考えられている。第3エクソンの上流の6.6−kbのKpnI−HindIII断片、および第3エクソン下流の2.6−kbのScaI−SpeI断片を、上記カセットの上流部、下流部にそれぞれライゲーションした(図4および5)。このターゲッティングベクターにより、相同組換えがターゲッティングベクターとZO−2遺伝子の間に起こると、第3エクソンを含む領域が除かれる。
(3)Disabled−2ターゲッティングベクターは、第3エクソンを除く形で設計した。このベクターは、ZO−2と同様にカセットとしてネオマイシンカセット(順にloxP,SA,IRES,β−geo,loxP,polyA)を含んでいる。第3エクソンの上流および下流それぞれ3.9−kbの断片を上皮細胞株EpH4のゲノムDNAを鋳型としたゲノミック(genomic)PCRにより取得し、それぞれ上記カセットの上流部、下流部にそれぞれライゲーションした(図6および7)。その際、上流断片の3’側にEcoRVサイトを導入し、この新たに導入したサイトを利用することにより、サザンブロット解析を行った。このターゲッティングベクターにより、相同組換えがターゲッティングベクターとDiabled−2遺伝子の間に起こると、第3エクソンを含む領域が除かれる。
〔実施例2〕 遺伝子ターゲッティング
ZO−1ターゲッティングベクターは5’相同領域断片の5’側に存在するuniqueサイトのSacIIで直線化(linealize)した。その後、7〜8回passageしたES細胞へGene Pulser(Bio−Rad Laboratories)を用いてエレクトロポレーションを行い、遺伝子導入した。これらのES細胞は通常培地中で、feeder細胞の上で36〜48時間培養した。次に175mg/mlのG418中を含む培地中で7〜13日培養した。G418耐性コロニーを分離し、3’側相同領域断片の外側に対するゲノム断片(290bp)を用いたサザンブロットによりスクリーニングを行った。正しく相同組換えが起こったクローンはゲノムをPvuIIで消化すると、野生型では、6.3−kbの断片が、相同組換えが起こったアリル(allele)では4.7−kbの断片が認められた(図2)。176個のG418耐性コロニーの中で、相同組換えが一度起こっていたクローンは167個であった。すなわち約95%の効率でターゲッティングが起こることが確認された。このことはこのターゲッティングベクターが通常に比べ、高い相同組換え効率があることを示している。
既に本発明では、他の細胞株F9 teratocarcinoma cellにおいても、高効率に相同組換えによるZO−1遺伝子の遺伝子ターゲッティングが起こることも確認している。
〔実施例3〕 遺伝子ターゲッティングのためのエレクトロポレーションの条件検討
マウス上皮細胞株EpH4に対する遺伝子ターゲッティング法を開発する為に、実施例1に記載の高効率ZO−1ターゲッティングベクター(1.5kおよび8.5kの断片を含むターゲッティングベクター)を用いてエレクトロポレーションの条件検討を行った。
マウスZO−1に対するターゲッティングベクターは3’相同領域断片の3’側に存在するuniqueサイトのXhoIで直線化(linearize)した(図3)。このDNA(10μg)を12時間、低Ca2+培地(5μM)で培養したマウス上皮細胞株EpH4(1x10 cells)に対してバイオ・ラッド社のジーンパルサーIIシステム(パルスコントローラーPLUS使用)を用いて、電圧、コンデンサー容量等の様々な条件でエレクトロポレーションを行い遺伝子導入した。導入後、通常培地中で、48時間培養後、0.4mg/mlのG418を含む培地中で14日培養し、選抜をした。その結果、各条件に応じてG418耐性コロニーの数に違いが認められた(図8)。このことは条件に応じてターゲッティングベクターの導入効率が異なることを示している。
次に各条件に応じたG418耐性コロニーを分離し増やしたものからゲノムを抽出し、5’側相同領域断片の外側に対するゲノム断片(280bp)を用いたサザンブロットを行った。その結果、最も良く相同組変えが起こっていた条件は、0.45kV、125μFであった(表1)。

この条件はES細胞における至適条件とは異なっていた。
この条件で再度ZO−1遺伝子座に対して遺伝子ターゲッティングを行った所、142クローン中16クローンで(11.2%)相同組換えが確認された。正しく相同組換えが起こったクローンはZO−1においては、ゲノムをEcoRIで消化すると、野生型の20.9−kbのバンドに加え新たに5.3−kbのバンドが現れた(図9)。
【産業上の利用の可能性】
本発明のベクターを利用することにより、ES細胞に対して外来遺伝子をZO−1のアリルに容易に導入することが可能となる。本発明のターゲッティングベクターによって得られたシングルノックアウトES細胞、およびこのシングルノックアウトES細胞をマウスに戻して作製されたヘテロマウスにおいては、何ら表現型が見いだされないことから、ZO−1の一方のアリルに外来遺伝子を導入することは細胞の機能には影響がないと考えられる。このことは外来遺伝子を発現させる場合、ゲノム構造の影響を考慮しなくても良い利点がある。すなわち、従来のトランスジェニックマウス作製法や細胞の安定なトランスフォーマント作製時の欠点が解決出来ることが期待される。
また、本発明の遺伝子ターゲッティング方法を用いることにより、上皮細胞において発現している遺伝子の機能を解析することが可能である。また、悪性腫瘍形成に関わる遺伝子を破壊もしくはその変異体をノックインにより効率的にゲノム上に導入することができるため、遺伝子改変を行った上皮細胞を利用した薬剤スクリーニング系の開発が可能になるものと考えられる。
【配列表】






【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
非ヒト動物のZO−1遺伝子領域へ外来遺伝子を導入するための遺伝子ターゲッティングベクターであって、該外来遺伝子、および該ZO−1遺伝子の全領域もしくは部分領域を有することを特徴とするベクター。
【請求項2】
外来遺伝子の上流および/または下流に、ZO−1遺伝子の全領域もしくは部分領域が配置された構造を有する、請求項1に記載のベクター。
【請求項3】
ZO−1遺伝子の部分領域が、該遺伝子の第二エクソンまたは第二エクソンの一部を含む領域である、請求項2に記載のベクター。
【請求項4】
下記の(a)または(b)のいずれかに記載のDNA断片が外来遺伝子の両脇にそれぞれ配置された構造を有する、請求項3に記載のベクター。
(a)ZO−1遺伝子の第二エクソンの一部およびその上流を含む1.5−kbのBsp1286I−Bsp1286I断片、および第二エクソンの下流の8.5−kbのPstI−BamHI断片
(b)ZO−1遺伝子の第二エクソンの一部およびその上流を含む5.1kbのPstI−BsrDI断片、および第二エクソンの下流の3.9kbのPstI−SphI断片
【請求項5】
非ヒト動物のZO−2遺伝子もしくはDisabled−2遺伝子領域へ外来遺伝子を導入するための遺伝子ターゲッティングベクターであって、該外来遺伝子、および該ZO−2もしくは該Disabled−2遺伝子の全領域もしくは部分領域を有することを特徴とするベクター。
【請求項6】
外来遺伝子の上流および/または下流に、ZO−2遺伝子もしくはDisabled−2遺伝子の全領域もしくは部分領域が配置された構造を有する、請求項5に記載のベクター。
【請求項7】
外来遺伝子発現非ヒト動物または外来遺伝子発現非ヒト動物細胞の作製用ベクターである、請求項1〜6のいずれかに記載のベクター。
【請求項8】
外来遺伝子の上流に該遺伝子を転写し得るプロモーターを備えた、請求項1〜7のいずれかに記載のベクター。
【請求項9】
さらにマーカー遺伝子発現カセットを含む、請求項1〜8のいずれかに記載のベクター。
【請求項10】
マーカー遺伝子発現カセットの下流に外来遺伝子が隣接して配置された構造を有する、請求項9に記載のベクター。
【請求項11】
外来遺伝子がマーカー遺伝子発現カセットである、請求項1〜6のいずれかに記載のベクター。
【請求項12】
マーカー遺伝子発現カセットが薬剤耐性遺伝子発現カセットである、請求項9〜11のいずれかに記載のベクター。
【請求項13】
薬剤耐性遺伝子発現カセットがβ−geoを含むDNA断片である、請求項12に記載のベクター。
【請求項14】
非ヒト動物がマウスである、請求項1〜13のいずれかに記載のベクター。
【請求項15】
上皮細胞に対する遺伝子ターゲッティング方法であって、電圧0.4〜0.5kVおよびコンデンサー容量125〜250μFの条件によるエレクトロポレーションにより、ターゲッティングベクターを該細胞へ導入することを特徴とする、ターゲッティング方法。
【請求項16】
エレクトロポレーションへ供される細胞調製液中のカルシウム濃度が5μM以下である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
ターゲッティングベクターが、細胞の染色体上のZO−1遺伝子、ZO−2遺伝子、またはDisabled−2遺伝子を標的とするものである、請求項15または16に記載の方法。
【請求項18】
ターゲッティングベクターが、請求項1〜13のいずれかに記載のベクターである、請求項15または16に記載の方法。
【請求項19】
上皮細胞が高等動物細胞由来である、請求項15〜18のいずれかに記載の方法。
【請求項20】
高等動物がマウスである、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
細胞がマウス上皮細胞株EpH4である、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
請求項15〜21のいずれかに記載のターゲッティング方法によってターゲッティングベクターを上皮細胞株へ導入することを特徴とする、染色体が人為的に改変された上皮細胞株の製造方法。

【国際公開番号】WO2004/058981
【国際公開日】平成16年7月15日(2004.7.15)
【発行日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−509746(P2005−509746)
【国際出願番号】PCT/JP2003/016549
【国際出願日】平成15年12月24日(2003.12.24)
【出願人】(000000217)エーザイ株式会社 (102)
【Fターム(参考)】