説明

高周波材料定数測定システム

【課題】波長に比べて十分に小さな寸法の被測定試料の誘電率などの材料特性を,広帯域の周波数について,機械的な加工精度の厳しい要求なしに,簡便に計測できる高周波材料定数測定システムを提供すること。
【解決手段】自由空間において,送信アンテナにより発生した任意の周波数の既知の強度の放射電界中に被測定試料を設置し,その誘電分極により生じる散乱波電界を,遠方の既知の距離に設置した受信アンテナにより計測する。その散乱波による電界強度が,散乱体である被測定試料の誘電率と一意に定まる関係にあることを用いて,試料の高周波誘電率を推定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,高周波誘電率や高周波誘電損失などの高周波材料定数の測定システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子情報機器や移動通信機器などの高周波数化が進む電子機器装置では,基本的な部品材料であるコンデンサや配線基板等の性能評価が重要である。高周波信号に対する電気的性能に関わる材料定数の代表例としては誘電率および誘電損失,あるいは複素誘電率があり,これまでに様々な測定評価手法が発明されている。
【0003】
従来のこれら材料特性の評価法の分類としては,平行金属板法,導波管法,共振器法,自由空間法に大別でき,それぞれの測定法上の特徴に合わせ,被評価対象物や評価項目により使い分けが行われている(非特許文献1参照)。すなわちこれらの方法には,測定可能な周波数範囲,測定試料の機械的加工に関する精度要求,得られる測定値の精度,などに関して長短およびトレードオフが存在している。
【0004】
上記方式の中で,自由空間法は,測定可能な周波数範囲が広く,かつ被測定試料の加工精度への要求がそれほど厳しくないという特徴を持つが,放射電磁波を被測定試料に照射し被測定試料からの反射波や透過波の強度または偏波を計測するという原理上,測定波長に対して被測定試料の大きさが十分に大きい必要があった。
【0005】
本発明は,被測定試料の形状精度要求が緩くまた幅広い周波数に対応できるといった特徴を有する上記自由空間法に分類されるものである。本発明の方法は,従来の他の自由空間法が被測定試料に関する反射波や透過波または偏波を用いるのに対し,被測定試料からの散乱波を計測して材料定数を推定するものである。散乱波を用いる方法では,被測定試料の寸法は測定波長(例えば周波数1GHzでは300mm)の1/10以下であれば良く,さらに,被測定試料の体積が正確に与えられれば被測定試料の形状効果は補正が可能であるという特徴を有する。さらに,液体の誘電率に関しても適切な容器に封入することで容易に測定可能であり,電子部品評価以外にも応用ができる。
【0006】
本発明は,幅広い測定周波数に渡り,被測定試料に精密な機械加工を要求せず,簡便・迅速に誘電率の計測ができるシステムを提供するものである。
【0007】
これまで,電波源から近傍から遠方に至る任意空間におけるノイズ計測を目的として,誘電体散乱プローブを用いた電界計測手法の開発が行われている(非特許文献2および非特許文献3参照)。この計測手法では,散乱体位置の電界強度と散乱体の誘電率,および散乱波電力の間に一意に定まる関係があることを利用している(駒木根隆士ほか,「誘電体散乱球を用いた電磁界計測手法」,電子情報通信学会技術研究報告,vol.EMCJ2007,no.77,pp.135−139,2007年参照)。そこで,この電界計測とは逆に,既知の電界を未知の誘電率を持つ散乱体に印加したときの散乱波を計測すれば,前記関係から,誘電率を推定できることになる。上記関係の理論的な検討および散乱波電界計測実験結果から,誘電率推定の定量的な妥当性が明らかになっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】橋本修著 「高周波領域における材料定数測定法」森北出版 2003年
【非特許文献2】A.L.Cullen and J.C.Parr, “A NEW PERTURBATION METHOD FOR MEASURING MICROWAVE FIELDS IN FREE SPACE,” Proc. Inst. Elct. Eng., pt. 3, vol. B, 102, pp. 836−844, 1955年
【非特許文献3】J. H. RICHMOND, “A Modulated Scattering Technique for Measurement of Field Distributions,” IRE Trans. Microwave Theory and Thechnologies, vol. MTT−3, no. 13−5, pp. 13−15, 1955年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
この発明は電子部品材料や化学材料の高周波における誘電率などの基本的な材料定数の測定法に関するものである。 上述したように,材料定数の測定法の一つである,幅広い測定周波数に対応でき,被測定試料の加工精度および寸法に対する要求が比較的緩やかな自由空間法は,波長に比べて十分大きな寸法の被測定試料が必要であった。
【0010】
この発明の目的は,幅広い測定周波数に対応でき,被測定試料の加工精度および寸法への厳しい要求がなく,かつ測定波長に比べて十分に小さな被測定試料により迅速に高周波誘電率等を評価できる高周波材料定数測定システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するためにこの発明では,任意の周波数の高周波放射電磁界の発生機構と,前記発生機構により発生した放射電磁界中に設置する被測定試料から散乱する散乱波電磁界を計測するために設置される電磁界受信機構,および前記受信機構から出力される散乱波受信電圧から材料定数を算出する解析処理部(例えば,高周波増幅器および帯域濾波器に接続されたスペクトラムアナライザ)とを備えることを特徴とする高周波材料定数測定システムが提供される。
【0012】
前記放射電磁界発生機構において発生する電磁界の周波数および強度並びに偏波を可変できる機構を持つことにより,広帯域の周波数に対応でき,また被測定試料の大きさ由来の感度補償および材料定数の異方性を考慮した測定が可能になる。
【発明の効果】
【0013】
この発明によれば,放射電磁界の発生機構から発生した放射電磁界中に設置した被測定試料から散乱する散乱波電磁界を計測することにより測定波長に比べて十分に小さい寸法の被測定試料について,高周波材料定数を測定することができる。
【0014】
この発明の高周波材料定数測定装置において,放射電磁界発生機構は発生する電磁界の周波数および強度並びに偏波を可変できる機構を持つことで広帯域な周波数および被測定試料の異方性など幅広い測定条件に対応できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】高周波材料特性測定システムの実施方法を示した説明図である。(実施例1)
【図2】高周波材料特性測定システムの実施方法を示した説明図である。(実施例2)
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係る高周波材料定数測定システムは,被測定試料を電波暗室内あるいは内部反射を生じないよう電波吸収体等を内部に設置するなどした自由空間とみなせる筐体中に置き,これに被測定試料の設置位置の電界強度が既知である任意の周波数の放射電界を送信アンテナにより印加する。
【0017】
放射電界中に置かれた被測定試料はその誘電率等の材料定数に応じた分極を生じ,この分極が印加電界偏波方向に交番して発生することにより被測定試料から散乱電磁界が再放射される。
【0018】
再放射された散乱電磁波は,被測定試料との距離が当該周波数において遠方界となる既知の距離に設置された受信アンテナにより受信される。
【0019】
受信された散乱波による電界成分は,送信アンテナからの直接波成分の重畳の影響を排除するため,被測定試料を置いた場合の受信電界の自乗値から置かない場合の受信電界の自乗値を減じた値の平方根を得るなどして求まる。
【0020】
求まった散乱波受信電界強度値は,被測定試料の寸法が照射電磁波長に比べて十分に小さい場合,誘電分極効果項と波長関連項と試料形状項と試料位置の電界強度値および試料から受信アンテナまでの距離の逆数の積と等しく,この関係から誘電分極効果項の値が分かり,さらに誘電率と誘電分極項の関係式から誘電率が求まる。
【0021】
このように,本発明を適用すれば,被測定試料からの散乱波による電界強度を測定することで,試料の誘電率を計測することが可能となる。
【実施例1】
【0022】
図1は本発明システムの一実施例の配置図であって,1は測定場である電波暗室,2は送信用アンテナ,3は受信用アンテナ,4は被測定試料,5は被測定試料支持体,6は信号解析装置,7は高周波信号発生器,8は電波吸収体である。
【0023】
電波暗室1内において被測定試料4として半径40mmの非導電性容器に封入した純水の誘電率を測定した結果について説明する。電波暗室1は金属性の床面以外の壁および天井の五面に電波吸収体が設置されているCISPR国際標準の3m法電波暗室であり,これに床面に据え置き型電波吸収体を敷設して自由空間を模擬した。
【0024】
送信アンテナ2および受信アンテナ3として二分の一波長ダイポールアンテナを用い,送信アンテナ2には周波数1GHzの正弦波信号を高周波信号発生器7から印加した。受信アンテナ3は,送信アンテナ2から直接的に伝わる電磁波成分が小さくなるようにダイポールアンテナの指向性の極小方向を向けるとともに電波吸収体8により送受信アンテナ間の電磁遮蔽を行い,送信および受信アンテナの素子中心を1.5mの間隔として設置した。
【0025】
送信アンテナ2および受信アンテナ3の中心線上の,アンテナ素子中心から3.1mの距離の位置の送信アンテナから放射される電磁波2’による電界強度が,0.0095V/mとなるように高周波数信号発生器7の出力を調整した。この地点に球の中心がくるように半径40mmのアルミナ球の被測定試料4を試料支持体5を介して置いた。
【0026】
被測定試料4を置いた場合の信号解析装置6による測定電圧値E1および置かない場合の測定電圧値E2から,(E1×E1−E2×E2)の平方根を求めることで,試料支持体5等の影響を排除して被測定試料4により再放射される散乱電磁波4’のみによる受信アンテナ3の位置の電界強度Erとして81マイクロV/mを得た。
【0027】
散乱波による電界強度と誘電率の関係式(駒木根隆士,「誘電体散乱球を用いた電磁界計測手法」,電子情報通信学会技術研究報告,vol.EMCJ2007,no.77,pp.135−139,2007年参照)から,距離3.1m,波長0.3m,被測定試料の半径40mm,試料位置の電界強度0.0095V/m,散乱波の電界強度81マイクロV/mを用いて,被測定試料の誘電率は,真空の誘電率に対する比率である比誘電率として約70と計算により推定された。
【0028】
本発明による半径40mmの非伝導性容器中の純水の周波数1GHzにおける比誘電率70は,水の標準的な比誘電率の値80と10%程度の差で一致している。
【0029】
図2の実施例は、小型の電波暗箱内に設置した広帯域送信アンテナ9と広帯域受信アンテナ10によって被測定試料11から再放射する散乱電磁波11’を検出して材料定数を推定するものである。広帯域送信アンテナ9から発生する電磁波は直接広帯域受信アンテナ10に達しない構造となっており,散乱電磁波11’のみを広帯域受信アンテナ10で受信することができる。この構造によれば,小型の装置により測定が可能であり,測定の利便性向上に役立つ。
【符号の説明】
【0030】
1 電波暗室
2 送信アンテナ
2’ 送信アンテナから放射される電磁波
3 受信アンテナ
4 被測定試料
4’ 被測定試料から再放射される散乱電磁波
5 被測定試料支持体
6 信号解析装置
7 高周波信号発生器
8 電波吸収体
9 広帯域送信アンテナ
10 広帯域受信アンテナ
11 被測定試料
11’ 被測定試料から再放射する散乱電磁波
12 電波暗箱

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射電磁界の発生機構を持ち,発生した放射電磁界中に設置した被測定試料から散乱する散乱波電磁界を計測することにより被測定試料の材料定数を測定することを特徴とする高周波材料定数測定システム。
【請求項2】
放射電磁界発生機構において発生する電磁界の周波数および強度並びに偏波を可変できる機構を持つことを特徴とする請求項1に記載した高周波材料定数測定システム。
【請求項3】
請求項1に記載の高周波材料定数測定装置において被測定試料の複素誘電率を測定することを特徴とする高周波材料定数測定システム。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−197316(P2010−197316A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−44983(P2009−44983)
【出願日】平成21年2月27日(2009.2.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「電子情報通信学会2008年ソサイエティ大会講演論文集」(発行所:社団法人電子情報通信会 発行日:平成20年9月2日) 〔刊行物等〕 「電子情報通信学会技術研究報告」(発行所:社団法人電子情報通信学会 発行日:平成20年11月13日)
【出願人】(591108178)秋田県 (126)
【出願人】(504409543)国立大学法人秋田大学 (210)
【Fターム(参考)】