高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法
【課題】高圧水素用に供する低合金鋼の90MPa程度の高圧水素中疲労き裂進展寿命を、鋼種や材料の強度、試験条件に左右されることなく、精度よく、短時間に予測する疲労き裂寿命判定方法を提供する。
【解決手段】90MPa以下の高圧水素での低合金鋼の疲労き裂寿命判定方法において、低合金鋼を高圧水素環境下のライジングロード試験で得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rにより、低合金鋼の疲労き裂加速開始点KmaxTを推定し、疲労き裂加速開始点KmaxTと低合金鋼の高圧水素中での疲労き裂進展特性に基づいて疲労き裂寿命解析を行い疲労き裂寿命を判定する方法であり、ライジングロード試験の高圧水素環境が、KmaxTを推定しようとする高圧水素環境と同じ圧力であって、ライジングロード試験の温度公差が±5℃の条件である。
【解決手段】90MPa以下の高圧水素での低合金鋼の疲労き裂寿命判定方法において、低合金鋼を高圧水素環境下のライジングロード試験で得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rにより、低合金鋼の疲労き裂加速開始点KmaxTを推定し、疲労き裂加速開始点KmaxTと低合金鋼の高圧水素中での疲労き裂進展特性に基づいて疲労き裂寿命解析を行い疲労き裂寿命を判定する方法であり、ライジングロード試験の高圧水素環境が、KmaxTを推定しようとする高圧水素環境と同じ圧力であって、ライジングロード試験の温度公差が±5℃の条件である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高圧水素環境下で使用される材料の疲労き裂寿命設計ないし疲労き裂寿命診断に適用できる疲労き裂寿命判定方法に関するものであり、特に低合金鋼製圧力容器や圧力機器の疲労き裂寿命判定方法に好適に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
近年、石油代替エネルギーである、水素が注目されており、水素を高圧で貯蔵・供給するための蓄圧器や配管といった高圧水素機器に対しては、安価で高圧水素に対して高い抵抗性を示す材料が望まれている。しかしながら金属材料の殆どは高圧水素ガスに対し脆性(=水素環境脆性)を示すことがわかっており、現実には水素に対して多少水素環境脆性を示す材料であっても、経済的理由によって使用せざるを得ないのが現状であるが、実用に供する上では、安全であるという立証が必要となる。
高圧水素ガス中での疲労き裂進展の特性を定性的に示した図が、非特許文献1などに示されている。
【0003】
高圧水素ガス中で脆化が懸念される材料に対して、水素ガス環境中の試験データに基づき使用材料の選定、使用回数、寿命などを制限する方法と手順が非特許文献2に開示されており、その手順を図10に示す。この方法では、き裂を入れたブロックにボルト或いはくさびなどを打ち込んで荷重しておき、1000時間以上保持し、き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Hを求める遅れ割れ試験法を行う(ステップs101)。このき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Hより機器の破壊限界き裂深さacを求め(ステップs102)、検査限界より初期想定き裂深さa0を算定する(ステップs103)。
続いて任意の繰り返し周期条件下で高圧水素中疲労き裂進展試験を行うか、文献データを取得する(ステップs104)。また、実機の圧力P、応力比R(最小荷重/最大荷重)の条件を設定する(ステップs105)。続いて、s104で得られたda/dN−ΔK線図上の領域I、すなわち、(1−R)×K0(a0)〜(1−R)×KIH−H(ac)の区間で疲労き裂進展解析を行う(ステップs106)。この解析結果より、初期想定き裂深さa0が破壊限界き裂深さacまたは板厚の80%深さに達するまでの疲労き裂寿命(繰り返し充填寿命回数)を計算し(ステップs107)、この寿命回数が使用回数よりも大きい場合には(ステップs107、Yes)、安全に使用できると判定され、使用回数が寿命回数に達している場合には(ステップs107、No)、き裂の検査の実施または使用の中止と判定される。上記と同様の試験方法は非特許文献3にも示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Wei,R.P.,"On Understanding Environment-Enhanced Fatigue Crack Growth-A Fundamental Approach,"Fatigue Mechanisms,Proceedings of an ASTM-NBS-NSF symposium, Kansus City, Mo.,May1978,J.T.Fong,Ed.,ASTM STP675,American Society for Testing and Materials,1979,pp.816-840
【非特許文献2】ASME, "ASME Boiler & Pressure Vessel Code, 2007 edition, Sec.VIII Div.3, ARTICLE KD10", (2007)ASME
【非特許文献3】高圧ガス保安協会,”水素ガススタンド基準に係る技術検討委員会、燃料電池用水素容器技術検討委員会報告書”,p17−p18(2002)
【非特許文献4】日本圧力容器研究会議(JPVRC)材料部会 水素ガス脆化専門委員会 Task GroupV,「2・1/4Cr−1Mo鋼の水素ガス脆化割れ下限界応力拡大係数KIHの測定とその評価」,pp.16−35,(1989).
【非特許文献5】福山 誠司,横川 清志,荒木 道郎,“SNCM439鋼の室温高圧水素環境下における疲労き裂進展”,材料34(381),pp.709−714,(1985).
【非特許文献6】真鍋 康夫,宮下 泰秀,“100MPa級高圧水素試験機の開発(特集 産業機械)”,R&D神戸製鋼技報 R&D神戸製鋼技報58(2),19−23,2008−08 神戸製鋼所
【非特許文献7】國尾 武、中沢 一、林 郁彦、岡村 弘之著“破壊力学実験法”、朝倉書店(1984)、p.250
【非特許文献8】高圧ガス保安協会、超高圧ガス設備に関する基準、KHK(S)0220(2004)、平成16年9月、高圧ガス保安協会、p.173
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、非特許文献1の第1図中に示される90MPa以下の高圧水素環境下での遅れ割れ試験結果は、材料によって大きくばらついている。また、同図中の90MPa以下の高圧水素環境下での疲労き裂進展速度は、材料や試験条件によって変動することから、その挙動は十分に解明されておらず、実際には疲労き裂寿命の評価は困難である。
したがって、これらを定量的且つ高精度に評価可能な手順と方法を提供する必要がある。
【0006】
また、図12の手順に示される、従来の遅れ割れ試験と水素中疲労き裂進展試験とを利用した評価方法では、膨大な試験時間と費用がかかることから、水素エネルギー用材料の研究開発を加速させるには、短時間で安価な疲労き裂寿命を評価可能な加速試験の方法と評価手順の確立が望まれる。
【0007】
本発明は、上記事情を背景になされたものであり、高圧水素用に供する低合金鋼圧力機器などの高圧水素中疲労き裂進展寿命を、鋼種や材料の強度、試験条件に左右されることなく、精度よく判定することができる疲労き裂寿命判定方法を提供することを目的とする。
また、本発明のもう1つの目的は、実機の操業条件に相当する長時間周期の下での高圧水素中疲労き裂進展挙動を、短時間の加速試験から予測するための、疲労き裂寿命判定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明の高圧水素ガス環境下の疲労き裂寿命判定方法のうち、第1の本発明は、高圧水素に接する低合金鋼材料の疲労き裂寿命判定方法において、
前記低合金鋼材料を対象とする高圧水素環境下でのライジングロード試験で得られたき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rにより、前記低合金鋼材料の疲労き裂加速開始点KmaxTを推定する判定方法であり、
前記ライジングロード試験の高圧水素環境が、KmaxTを推定しようとする高圧水素環境と同じ圧力、同じ雰囲気であって、前記両環境間における試験温度の公差が±5℃であることを特徴とする。
第2の本発明は、前記第1の本発明において、前記ライジングロード試験の前記高圧水素環境は、99.9999容量%以上の超高純度水素環境であることを特徴とする。
第3の本発明は、前記第1または第2の本発明において、前記ライジングロード試験の前記高圧水素環境は、酸素濃度が1ppm以下であることを特徴とする。
第4の本発明は、前記第1〜3のいずれかに記載の発明において、前記ライジングロード試験の試験温度は、23℃±5℃であることを特徴とする。
第5の本発明は、前記第1〜4のいずれかに記載の本発明において、前記ライジングロード試験は、歪み速度dK/dt=0.08MPa−ml/2/秒以下にして短時間(1時間以下)で行われたものであることを特徴とする。
第6の本発明は、前記第1〜5のいずれかに記載の本発明において、疲労き裂加速開始点KmaxTは、前記き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rに略一致する相関関係を有するものとして前記推定を行うことを特徴とする。
第7の本発明は、前記第1〜6のいずれかに記載の発明において、高圧水素環境下での疲労き裂進展試験によって得られた亀裂進展速度da/dNと応力拡大係数幅ΔKの関係を示す疲労き裂進展特性線図において、(1−R)×K0(a0)〜(1−R)×KmaxT(ac)の区間で、疲労き裂寿命解析を行うことを特徴とする。
ただし、Rは応力比、K0(a0)は初期想定き裂深さa0を前提とする疲労き裂進展下限界応力拡大係数、KmaxT(ac)は破壊限界き裂深さacに至る疲労き裂加速開始点。
第8の本発明は、前記第7の本発明において、前記初期想定き裂深さは、所定のき裂検査による検査限界によって定まることを特徴とする。
第9の本発明は、前記第7または第8の本発明において、前記き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rから前記破壊限界き裂深さacを算出することを特徴とする。
第10の本発明は、前記第7〜第9の本発明のいずれかにおいて、前記疲労亀裂進展特性線図に基づいて、初期想定き裂深さa0が破壊限界き裂深さacに至る繰り返し回数を算出し、前記算出がされた繰り返し回数を基準にして疲労き裂寿命判定を行うことを特徴とする。
第11の本発明は、前記第7〜第9の本発明のいずれかにおいて、疲労亀裂進展特性線図に基づいて、初期想定き裂深さa0が肉厚に対し所定深さに至る繰り返し回数を算出し、前記算出がされた繰り返し回数を基準にして疲労き裂寿命判定を行うことを特徴とする。
第12の本発明は、前記第10または第11の本発明において、実機での繰り返し回数が前記算出された繰り返し回数に達しっているか否かによって、実機に対する疲労き裂寿命判定の判定を行うことを特徴とする。
第13の本発明は、前記第7〜第12の本発明のいずれかにおいて、前記疲労き裂寿命解析は、15秒/サイクル〜1000秒/サイクルの範囲で任意の単一もしくは複数の繰り返し周期によって実施された疲労き裂進展試験に基づいて行われることを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、高圧水素に接する材料の疲労き裂寿命判定方法において、ライジングロード試験することにより得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rにより、被判定材の疲労き裂加速開始点KmaxTを推定する。
【0010】
本願発明者は、ライジングロード試験により得られる高圧水素下のき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rが、疲労き裂加速開始点KmaxTと良い一致を示すことを見出した。したがって、き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rによって疲労き裂加速開始点KmaxTを精度良く推定することができる。該推定においては、KIH−RをほぼKmaxTとみなすことができ、その予測誤差は±10MPa√m以内であることから、KmaxTの安全側推定値=KIH−R−10MPa√mとすれば圧力機器の破壊を安全側に予測できる。
高圧水素下としては90MPa程度、特に90MPa以下において、上記一致性が良好であることが認められている。
【0011】
ライジングロード試験では、歪み速度dK/dt=0.08MPa−ml/2/秒以下の条件が好適である。本発明としてはライジングロード試験の条件が特定のものに限定されるものではないが、KmaxTを推定しようとする高圧水素環境と同じ圧力、同じ雰囲気であって、前記両環境間における試験温度の公差が±5℃であることを条件とする。また、超高純度水素(99.9999容量%以上)環境が保たれていること、酸素濃度が1ppm以下であること、および試験温度が23℃±5℃であること、のうち1つ以上の条件を満たすことが望ましい。試験片は厚さが1インチのコンパクト試験片に予き裂を導入したものを用いることができる。
き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rは、ライジングロード試験を行うことによって得るものであっても良く、また、文献などによって知られているデータを用いるものであってもよい。
【0012】
ライジングロード試験法によってき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rを求める手法は、例えば前記非特許文献4に開示されている。具体的には、き裂を入れた厚さが1インチのブロック試験片(1T−C(T)試験片)について、大気中と、高圧水素環境下における荷重−変位線図を重ね合わせて、高圧水素環境下で得られた線図が、大気中の線図と比べてずれが生じ、荷重が低下を開始する点(デビエーションポイント)からKIH−Rを求める。
また、高圧水素環境下におけるライジングロード試験法によるデータは、例えば前記非特許文献5に開示されており、高圧水素環境下でライジングロード試験を実施することが困難な場合は、このような文献データを用いても良い。
【0013】
ライジングロード試験は、従来の疲労き裂寿命判定方法で行っていた遅れ割れ試験に比べて、極めて短時間で結果を得ることができる。そのため、疲労き裂寿命判定にかかる合計時間を短縮(例えば1時間)することができる。また、ライジングロード試験では材料の種類によらず、高精度の試験結果を得ることができる。その結果、疲労き裂寿命の評価の精度が高まる。
【0014】
一方、従来技術による遅れ割れ試験を採用した評価方法では、破壊限界、すなわち疲労き裂加速開始点KmaxTの予測精度にばらつきが大きい問題がある。また、疲労き裂加速開始点KmaxTは、疲労き裂進展試験を行うことで求めることができるが、その場合は、短い繰り返し周期の試験から150秒/サイクル程度の長周期にわたるまでの試験を複数回行わないと、疲労き裂加速開始点KmaxTを精度よく求めることが難しく、長時間を要する。
ライジングロード試験により求まるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rから疲労き裂加速開始点KmaxTを推定することで、疲労き裂加速開始点KmaxTの予測精度が向上し、評価にかかる時間を短縮することができる。
【0015】
上記疲労き裂加速開始点KmaxTと高圧水素中での疲労き裂進展試験結果を用いて疲労き裂寿命解析を行う。
本発明としては、高圧水素中での疲労き裂進展試験は特定のものに限定されるものではないが、例えば以下の条件により行うことができる。
高圧水素ガス中疲労き裂進展速度:da/dNの測定には、オートクレーブ付の疲労試験機を用いる。試験機の一例については既に報告されている非特許文献6を参照。水素ガスは何れの試験においても、超高純度水素(99.9999容量%以上)を用い、試験チャンバー内のガス純度を測定し、酸素濃度が1ppm以下であることを確認する。疲労き裂進展試験は荷重一定=ΔK漸増条件或いはΔK漸減で行う。き裂長さの測定は、除荷弾性コンプライアンス法により行う事ができる。試験温度は長時間の試験中に変動しないよう、23℃(±5℃)の環境に保持できるように恒温槽などを用いて工夫する必要がある。
【0016】
疲労き裂進展試験結果は、現に疲労き裂進展試験を行って得るものであってもよく、また、既に文献等に示されているデータの参照によって得るものであってもよい。
疲労き裂進展試験結果に基づいて疲労き裂進展特性の線図(da/dN−ΔK線図)が得られる。該疲労き裂進展特性の線図も文献等に示されているデータの参照によるものであってもよい。
疲労き裂寿命解析は、疲労き裂進展特性の線図(da/dN−ΔK線図)における、(1−R)×K0(a0)〜(1−R)×KmaxT(ac)の区間で行うことができる。(1−R)KmaxTは、図1に示されるようにda/dN−ΔK線図上に現れる屈曲点に相当する。上記した区間(図1における領域I)では、繰り返し周期が少なくとも15秒/サイクル〜1000秒/サイクルの範囲では、疲労き裂進展は繰り返し周期に依存しない。
K0は、疲労き裂進展下限界応力拡大係数を示し、KmaxTは、疲労き裂加速開始点を示している。K0(a0)は、き裂進展下限界応力拡大係数を示す際のき裂深さが初期想定き裂深さa0であることを示し、KmaxT(ac)は、破壊限界き裂深さに至った際の疲労き裂加速開始点であることを示している。
(1−R)×KmaxT(ac)より大きい応力拡大係数範囲(図1における領域II)においては、疲労き裂の進展が加速を開始し、その進展速度は繰返し周期に依存する。
すなわち、本発明は、図1に示すように、高圧水素中で得られた疲労き裂進展特性の線図(da/dN−ΔK線図)を、繰り返し周期に依存しない領域I、および、繰り返し周期に依存する領域IIに分割し、繰り返し周期に依存しない領域Iにおいて疲労き裂寿命解析を行い、疲労き裂寿命を判定することができる。
【0017】
また、図1における領域Iでは、き裂の開口量がごく微小である段階では、き裂先端への水素分子の流入が律されるために、繰り返し周期の依存性は小さくなることを示し、これを特徴としている。
図1の領域IIおいては、KmaxT以上では、疲労き裂進展に加えて水素助長割れが生ずるようになるために、見かけ上のda/dNの加速(屈曲)が観測されることを示し、これを特徴としている。
【0018】
さらに図1では、応力比Rを変動させた場合の評価も可能である。これにより、本願発明は、圧力機器を自緊施工した場合などにも応用できる。
【0019】
(1−R)×K0(a0)〜(1−R)×KmaxT(ac)の区間の疲労き裂進展特性は、15秒/サイクル〜1000秒/サイクルまでの範囲での任意の繰り返し周期では、繰り返し周期による影響は殆ど受けることがなく、材料の疲労き裂寿命判定を精度良く行うことができる。
従来、疲労き裂加速開始点KmaxTを求めるためには、疲労き裂進展試験における繰り返し周期の条件を変動させ、短い周期の試験から150秒/サイクル程度の長周期にわたるまで試験を複数回行わないと、明瞭に判別することが困難である。
しかし、本発明においては、疲労き裂加速開始点KmaxTはライジングロード試験によって得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rに良好な相関関係があることが明らかになっている。また、上記したように、本願発明で疲労き裂寿命解析の対象区間とすることができる上記領域Iでは疲労き裂進展速度は繰り返し周期に依存しない。したがって、従来のように疲労き裂進展試験を多数回行う必要はなく、15秒/サイクル〜1000秒/サイクルの範囲での任意の単一の繰り返し周期で特性を評価することができる。つまり、疲労き裂進展特性を試験で求めるのであれば、短い周期の疲労き裂進展試験を最低限1回行うだけでよい。
【発明の効果】
【0020】
以上説明したように、本発明によれば、材料や試験条件の影響が少なく、短時間で高い精度の高圧水素下の疲労き裂寿命の判定を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明における高圧水素中での疲労き裂進展特性線図(da/dN−ΔK線図)である。
【図2】本発明における疲労き裂寿命判定方法の手順を示すフローチャートである。
【図3】低合金鋼について、高圧水素ガス中における疲労き裂進展速度を示す図である。
【図4】各種低合金鋼について、高圧水素ガス中における疲労き裂進展速度を示す図である。
【図5】各種低合金鋼について、ライジングロード試験で得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rと疲労き裂加速開始点KmaxTの相関を示す図である。
【図6】各種低合金鋼について、遅れ割れ試験法で得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Hと疲労き裂加速開始点KmaxTの相関を示す図である。
【図7】疲労き裂進展速度におよぼす応力比の影響と疲労き裂加速開始点KmaxT値との対応を示す図である。
【図8】図7を横軸ΔKで整理した疲労き裂進展特性線図である。
【図9】図5を用いて、ライジングロード試験結果よりKIH−Rを評価し、KIH−RをKmaxTとみなす手順を示す図である。
【図10】本発明の一実施例における、疲労き裂進展特性線図(da/dN−ΔK線図)上の領域Iで疲労き裂進展解析を行う手順を説明する図である。
【図11】同じく、疲労き裂進展解析結果を示し、初期想定欠陥深さa0が、限界欠陥寸法acに達するまでの繰り返し回数とき裂深さとの関係を示す図である。
【図12】従来法に準拠した高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の疲労き裂寿命判定方法の手順について図2に基づいて説明する。
まず、被判定材について、水素雰囲気中でライジングロード試験を行って(あるいは文献データを取得し)水素助長割れのき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rを求める(ステップs1)。なお、ライジングロード試験では、後述する疲労き裂加速開始点KmaxTを推定しようとする高圧水素環境と同じ圧力、同じ雰囲気であって、前記両環境間における試験温度の公差が±5℃であることを試験条件とする。
【0023】
上記で得られたき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rから疲労き裂加速開始点KmaxTを推定する(ステップs2)。き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rと疲労き裂加速開始点KmaxTとは良く一致するので、き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rの値を疲労き裂加速開始点KmaxTの値とする。
【0024】
次に破壊限界き裂深さacをき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rに基づいて計算する(ステップs3)。破壊限界き裂深さacは、一般的に良く知られた破壊力学の計算式とその手順によって容易に求めることができる。その一例を以下に示す(非特許文献7参照)。
ac=KIH−R2Q/(1.21πσ2)(Qは欠陥形状係数、σは応力)
ここで欠陥形状係数Qは、き裂の深さと長さおよび降伏応力σysから、Q=Ek2−0.212(σ/σys)2、Ek2=1+1.464(a/c)1.65となる。
【0025】
次に、所定の検査における検査限界より初期想定き裂深さ(a0)を想定する(ステップs4)。検査限界は、検査法や検査装置によって異なるため、実機でき裂検査を行う検査法、検査装置に基づいて初期想定き裂深さ(a0)を算定することができる。
初期想定き裂深さ(a0)は、非特許文献8に示されるような圧力容器の設計指針などに定められる値を用いても良い。これによれば、肉厚16mm以下では、初期想定き裂深さ0.5mm、16〜51mm未満では1.1mm、51mm以上では0.6mmとなる。
【0026】
次に、実機の圧力Pおよび応力比R(最小荷重/最大荷重)の条件を設定する(ステップs5)
【0027】
続いて高圧水素下で疲労き裂進展試験を行うか、もしくは、文献データから、da/dN−ΔK線図を得る(ステップs6)。
試験片は厚さが1インチのコンパクト(C(T))試験片を用い、水素ガスはいずれの試験においても、超高純度水素(99.9999容量%以上)を用い、試験チャンバー内のガス純度を測定し、酸素濃度が1ppm以下であることを確認する。疲労き裂進展試験は荷重一定=ΔK漸増条件或いはΔK漸減、ΔK一定のいずれの方法でも良い。
得られたda/dN−ΔK線図上において、(1−R)×K0(a0)〜(1−R)×KmaxT(ac)の区間で疲労き裂進展解析を行う(ステップs7)。
疲労き裂進展解析では、初期想定欠陥深さa0が、破壊限界き裂深さac又は貫通前の板厚の80%深さに達するまでの繰り返し回数を算出する。該繰り返し回数の算出は、一般的に良く知られた破壊力学の計算式とその手順によって容易に求めることができる。その一例を以下に示す。
図1に示すda/dN−ΔK(da/dNは疲労き裂進展速度、ΔKは荷重繰り返しの間の応力拡大係数の変動範囲)の両対数線図上において、直線域をda/dN=CΔKm(C、mは定数)の式で近似し、き裂の微小増分区間毎にき裂進展速度式を積分して微小増分量だけき裂が進展するのに要する繰り返し回数を求める。この繰り返しにより、初期想定欠陥深さa0が破壊限界き裂深さacに到達するまでの寿命を求める。
【0028】
上記繰り返し回数と、実機での使用回数とを比較する(ステップs8)。算出された繰り返し回数が使用回数よりも大きい場合には(ステップs8、Yes)、使用条件に基づく安全性が実証される。一方、使用回数が繰り返し回数以上になると(ステップs8、No)、安全性の実証がなされていないので、き裂の検査の実施または使用の中止を実行する。
【実施例1】
【0029】
(疲労き裂加速開始点KmaxTとき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rの相関について)
鋼製蓄圧器に用いられる低合金鋼の例として表1に示すSCM435鋼およびSNCM439鋼について、表2に示す熱処理を施して供試材とした。表2に各供試材の機械的特性を示した。
上記供試材に対し、90MPaまでの高圧水素環境中疲労き裂進展試験を行い、繰り返し周期の影響を評価し、疲労き裂加速開始点KmaxTを求めた。
また、同じ低合金鋼に対しライジングロード試験を行い、き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rを得た。また、同じ低合金鋼に対し、遅れ割れ試験を行い、き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Hを求めた。
疲労き裂進展試験に用いた疲労試験装置の詳細については、非特許文献6に開示されている。高圧水素ガス中疲労き裂進展速度da/dNの測定には、45MPaオートクレーブ付の200kN油圧サーボ疲労試験機および100MPaオートクレーブ付100kN油圧サーボ疲労試験機を用いた。試験機詳細については既に報告されている非特許文献6を参照。水素ガスは何れの試験においても、超高純度水素(99.9999容量%以上)を用い、試験チャンバー内のガス純度を測定し、酸素濃度が1ppm以下である事を確認した。疲労き裂進展試験は特に断りの無い限り、応力比Rは0.1で行い、荷重一定=ΔK漸増条件(図4bの一部データはΔK漸減)で行った。き裂長さの測定は、除荷弾性コンプライアンス法により行った。試験温度は23℃(±5℃)の室温下で行った。
【0030】
【表1】
【0031】
【表2】
【0032】
疲労き裂進展試験の結果を図3(a)、図4(b)〜(e)および表3に示す。
水素中での疲労き裂進展速度は、da/dN−Kmax線図上で屈曲点を示し、この屈曲点KmaxTより大きいK値の領域(II)では、繰り返し周期が長くなるほど加速し、逆にKmaxTより小さい領域(I)では、繰り返し周期が少なくとも15秒/サイクル〜1000秒/サイクルの範囲ではその影響はほとんど受けないことが示された。
【0033】
また、疲労き裂進展が加速を開始する点である疲労き裂加速開始点KmaxTは、鋼種による差や、材料個々の偏析状態および材料強度の影響などにより個々に異なる値を示している。しかし、この疲労き裂加速開始点KmaxTをライジングロード試験により得られたき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rと比較すると、良い一致を示していることが分かる(図5)。一方、従来の遅れ割れ試験法により得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Hとの一致は見られない(図6)。
すなわち、表3に示すように従来法の遅れ割れ試験法により得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−HはKmaxTの予測誤差のばらつきが大きい。これに対し、本発明におけるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rでは最大34%に抑えられている。
また、ライジングロード試験法により得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rは、歪み速度(dK/dt)が、約0.08MPa−ml/2/sの条件で行っても、これより一桁小さい、約0.008MPa−ml/2/sの条件で行っても殆ど変わりがない(図5)。したがって、歪み速度の選定によっては、短時間で試験を済ませることが可能になる。
すなわち、試験所要時間もライジングロード試験法を採用することで、遅れ割れ試験において所要時間が1000時間であったものが、1時間以内で評価可能となり、予測精度を高めつつ、試験時間が大幅に削減されている。
【0034】
【表3】
【0035】
また、図7にはSNM435鋼(ヒート:B)における疲労き裂進展速度におよぼす応力比の影響を示している。このように応力比が異なるケースでも、ライジングロード試験によって得られる水素助長割れのき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rより、疲労き裂加速開始点KmaxT値を推定して、疲労き裂進展解析を行うことができる。
【0036】
(本発明の疲労き裂寿命判定の実施例)
以下に、疲労き裂寿命判定を行った実施例を以下に示す。判定手順は、図2に示した手順により行われる。
本実施例における低合金鋼は上記実施例で使用したSNCM439(ヒート:D−R)である。
この実施例では、表3、図10に示すように、き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rは33MPa−ml/2であり、KmaxTの安全側推定値=KIH−R−10MPa√m=(33−10)MPa√m=23MPa√mと推定され、破壊限界き裂深さは、ac=4.5mmと算定される。
検査精度から、初期想定き裂深さa0=1.6mmとする。
【0037】
実機負荷応力の設定は、圧力P=80MPa,応力比R=0.1の荷重が繰り返し加わるものとする。
続いて、水素中疲労き裂進展試験を行い疲労き裂進展特性データを得る。このとき、繰返し周期を15秒/サイクルとして試験を行うことで、図10に示す疲労き裂進展特性の線図(da/dN−ΔK線図)が得られる。
次いで、得られた前記疲労き裂進展特性の線図(da/dN−ΔK線図)上の領域I、すなわち(1−R)×K0(a0)〜(1−R)×KmaxT(ac)の区間で疲労き裂進展解析を行う。解析の結果を図11に示す。
実際のKmaxT値は表3のヒートD−Rの値より、30MPa√mであり、実際の破壊限界き裂深さacは、5.8mmと算定される。したがって、本発明による方法の予測誤差は1.3mmとなる。一方で、従来の方法では、KmaxTは表3のヒートD−Rの値より、60MPa√m以上となり、実際の破壊限界き裂深さacは22mm以上となり、誤差が15mm以上発生している。
【技術分野】
【0001】
本発明は、高圧水素環境下で使用される材料の疲労き裂寿命設計ないし疲労き裂寿命診断に適用できる疲労き裂寿命判定方法に関するものであり、特に低合金鋼製圧力容器や圧力機器の疲労き裂寿命判定方法に好適に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
近年、石油代替エネルギーである、水素が注目されており、水素を高圧で貯蔵・供給するための蓄圧器や配管といった高圧水素機器に対しては、安価で高圧水素に対して高い抵抗性を示す材料が望まれている。しかしながら金属材料の殆どは高圧水素ガスに対し脆性(=水素環境脆性)を示すことがわかっており、現実には水素に対して多少水素環境脆性を示す材料であっても、経済的理由によって使用せざるを得ないのが現状であるが、実用に供する上では、安全であるという立証が必要となる。
高圧水素ガス中での疲労き裂進展の特性を定性的に示した図が、非特許文献1などに示されている。
【0003】
高圧水素ガス中で脆化が懸念される材料に対して、水素ガス環境中の試験データに基づき使用材料の選定、使用回数、寿命などを制限する方法と手順が非特許文献2に開示されており、その手順を図10に示す。この方法では、き裂を入れたブロックにボルト或いはくさびなどを打ち込んで荷重しておき、1000時間以上保持し、き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Hを求める遅れ割れ試験法を行う(ステップs101)。このき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Hより機器の破壊限界き裂深さacを求め(ステップs102)、検査限界より初期想定き裂深さa0を算定する(ステップs103)。
続いて任意の繰り返し周期条件下で高圧水素中疲労き裂進展試験を行うか、文献データを取得する(ステップs104)。また、実機の圧力P、応力比R(最小荷重/最大荷重)の条件を設定する(ステップs105)。続いて、s104で得られたda/dN−ΔK線図上の領域I、すなわち、(1−R)×K0(a0)〜(1−R)×KIH−H(ac)の区間で疲労き裂進展解析を行う(ステップs106)。この解析結果より、初期想定き裂深さa0が破壊限界き裂深さacまたは板厚の80%深さに達するまでの疲労き裂寿命(繰り返し充填寿命回数)を計算し(ステップs107)、この寿命回数が使用回数よりも大きい場合には(ステップs107、Yes)、安全に使用できると判定され、使用回数が寿命回数に達している場合には(ステップs107、No)、き裂の検査の実施または使用の中止と判定される。上記と同様の試験方法は非特許文献3にも示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Wei,R.P.,"On Understanding Environment-Enhanced Fatigue Crack Growth-A Fundamental Approach,"Fatigue Mechanisms,Proceedings of an ASTM-NBS-NSF symposium, Kansus City, Mo.,May1978,J.T.Fong,Ed.,ASTM STP675,American Society for Testing and Materials,1979,pp.816-840
【非特許文献2】ASME, "ASME Boiler & Pressure Vessel Code, 2007 edition, Sec.VIII Div.3, ARTICLE KD10", (2007)ASME
【非特許文献3】高圧ガス保安協会,”水素ガススタンド基準に係る技術検討委員会、燃料電池用水素容器技術検討委員会報告書”,p17−p18(2002)
【非特許文献4】日本圧力容器研究会議(JPVRC)材料部会 水素ガス脆化専門委員会 Task GroupV,「2・1/4Cr−1Mo鋼の水素ガス脆化割れ下限界応力拡大係数KIHの測定とその評価」,pp.16−35,(1989).
【非特許文献5】福山 誠司,横川 清志,荒木 道郎,“SNCM439鋼の室温高圧水素環境下における疲労き裂進展”,材料34(381),pp.709−714,(1985).
【非特許文献6】真鍋 康夫,宮下 泰秀,“100MPa級高圧水素試験機の開発(特集 産業機械)”,R&D神戸製鋼技報 R&D神戸製鋼技報58(2),19−23,2008−08 神戸製鋼所
【非特許文献7】國尾 武、中沢 一、林 郁彦、岡村 弘之著“破壊力学実験法”、朝倉書店(1984)、p.250
【非特許文献8】高圧ガス保安協会、超高圧ガス設備に関する基準、KHK(S)0220(2004)、平成16年9月、高圧ガス保安協会、p.173
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、非特許文献1の第1図中に示される90MPa以下の高圧水素環境下での遅れ割れ試験結果は、材料によって大きくばらついている。また、同図中の90MPa以下の高圧水素環境下での疲労き裂進展速度は、材料や試験条件によって変動することから、その挙動は十分に解明されておらず、実際には疲労き裂寿命の評価は困難である。
したがって、これらを定量的且つ高精度に評価可能な手順と方法を提供する必要がある。
【0006】
また、図12の手順に示される、従来の遅れ割れ試験と水素中疲労き裂進展試験とを利用した評価方法では、膨大な試験時間と費用がかかることから、水素エネルギー用材料の研究開発を加速させるには、短時間で安価な疲労き裂寿命を評価可能な加速試験の方法と評価手順の確立が望まれる。
【0007】
本発明は、上記事情を背景になされたものであり、高圧水素用に供する低合金鋼圧力機器などの高圧水素中疲労き裂進展寿命を、鋼種や材料の強度、試験条件に左右されることなく、精度よく判定することができる疲労き裂寿命判定方法を提供することを目的とする。
また、本発明のもう1つの目的は、実機の操業条件に相当する長時間周期の下での高圧水素中疲労き裂進展挙動を、短時間の加速試験から予測するための、疲労き裂寿命判定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明の高圧水素ガス環境下の疲労き裂寿命判定方法のうち、第1の本発明は、高圧水素に接する低合金鋼材料の疲労き裂寿命判定方法において、
前記低合金鋼材料を対象とする高圧水素環境下でのライジングロード試験で得られたき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rにより、前記低合金鋼材料の疲労き裂加速開始点KmaxTを推定する判定方法であり、
前記ライジングロード試験の高圧水素環境が、KmaxTを推定しようとする高圧水素環境と同じ圧力、同じ雰囲気であって、前記両環境間における試験温度の公差が±5℃であることを特徴とする。
第2の本発明は、前記第1の本発明において、前記ライジングロード試験の前記高圧水素環境は、99.9999容量%以上の超高純度水素環境であることを特徴とする。
第3の本発明は、前記第1または第2の本発明において、前記ライジングロード試験の前記高圧水素環境は、酸素濃度が1ppm以下であることを特徴とする。
第4の本発明は、前記第1〜3のいずれかに記載の発明において、前記ライジングロード試験の試験温度は、23℃±5℃であることを特徴とする。
第5の本発明は、前記第1〜4のいずれかに記載の本発明において、前記ライジングロード試験は、歪み速度dK/dt=0.08MPa−ml/2/秒以下にして短時間(1時間以下)で行われたものであることを特徴とする。
第6の本発明は、前記第1〜5のいずれかに記載の本発明において、疲労き裂加速開始点KmaxTは、前記き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rに略一致する相関関係を有するものとして前記推定を行うことを特徴とする。
第7の本発明は、前記第1〜6のいずれかに記載の発明において、高圧水素環境下での疲労き裂進展試験によって得られた亀裂進展速度da/dNと応力拡大係数幅ΔKの関係を示す疲労き裂進展特性線図において、(1−R)×K0(a0)〜(1−R)×KmaxT(ac)の区間で、疲労き裂寿命解析を行うことを特徴とする。
ただし、Rは応力比、K0(a0)は初期想定き裂深さa0を前提とする疲労き裂進展下限界応力拡大係数、KmaxT(ac)は破壊限界き裂深さacに至る疲労き裂加速開始点。
第8の本発明は、前記第7の本発明において、前記初期想定き裂深さは、所定のき裂検査による検査限界によって定まることを特徴とする。
第9の本発明は、前記第7または第8の本発明において、前記き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rから前記破壊限界き裂深さacを算出することを特徴とする。
第10の本発明は、前記第7〜第9の本発明のいずれかにおいて、前記疲労亀裂進展特性線図に基づいて、初期想定き裂深さa0が破壊限界き裂深さacに至る繰り返し回数を算出し、前記算出がされた繰り返し回数を基準にして疲労き裂寿命判定を行うことを特徴とする。
第11の本発明は、前記第7〜第9の本発明のいずれかにおいて、疲労亀裂進展特性線図に基づいて、初期想定き裂深さa0が肉厚に対し所定深さに至る繰り返し回数を算出し、前記算出がされた繰り返し回数を基準にして疲労き裂寿命判定を行うことを特徴とする。
第12の本発明は、前記第10または第11の本発明において、実機での繰り返し回数が前記算出された繰り返し回数に達しっているか否かによって、実機に対する疲労き裂寿命判定の判定を行うことを特徴とする。
第13の本発明は、前記第7〜第12の本発明のいずれかにおいて、前記疲労き裂寿命解析は、15秒/サイクル〜1000秒/サイクルの範囲で任意の単一もしくは複数の繰り返し周期によって実施された疲労き裂進展試験に基づいて行われることを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、高圧水素に接する材料の疲労き裂寿命判定方法において、ライジングロード試験することにより得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rにより、被判定材の疲労き裂加速開始点KmaxTを推定する。
【0010】
本願発明者は、ライジングロード試験により得られる高圧水素下のき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rが、疲労き裂加速開始点KmaxTと良い一致を示すことを見出した。したがって、き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rによって疲労き裂加速開始点KmaxTを精度良く推定することができる。該推定においては、KIH−RをほぼKmaxTとみなすことができ、その予測誤差は±10MPa√m以内であることから、KmaxTの安全側推定値=KIH−R−10MPa√mとすれば圧力機器の破壊を安全側に予測できる。
高圧水素下としては90MPa程度、特に90MPa以下において、上記一致性が良好であることが認められている。
【0011】
ライジングロード試験では、歪み速度dK/dt=0.08MPa−ml/2/秒以下の条件が好適である。本発明としてはライジングロード試験の条件が特定のものに限定されるものではないが、KmaxTを推定しようとする高圧水素環境と同じ圧力、同じ雰囲気であって、前記両環境間における試験温度の公差が±5℃であることを条件とする。また、超高純度水素(99.9999容量%以上)環境が保たれていること、酸素濃度が1ppm以下であること、および試験温度が23℃±5℃であること、のうち1つ以上の条件を満たすことが望ましい。試験片は厚さが1インチのコンパクト試験片に予き裂を導入したものを用いることができる。
き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rは、ライジングロード試験を行うことによって得るものであっても良く、また、文献などによって知られているデータを用いるものであってもよい。
【0012】
ライジングロード試験法によってき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rを求める手法は、例えば前記非特許文献4に開示されている。具体的には、き裂を入れた厚さが1インチのブロック試験片(1T−C(T)試験片)について、大気中と、高圧水素環境下における荷重−変位線図を重ね合わせて、高圧水素環境下で得られた線図が、大気中の線図と比べてずれが生じ、荷重が低下を開始する点(デビエーションポイント)からKIH−Rを求める。
また、高圧水素環境下におけるライジングロード試験法によるデータは、例えば前記非特許文献5に開示されており、高圧水素環境下でライジングロード試験を実施することが困難な場合は、このような文献データを用いても良い。
【0013】
ライジングロード試験は、従来の疲労き裂寿命判定方法で行っていた遅れ割れ試験に比べて、極めて短時間で結果を得ることができる。そのため、疲労き裂寿命判定にかかる合計時間を短縮(例えば1時間)することができる。また、ライジングロード試験では材料の種類によらず、高精度の試験結果を得ることができる。その結果、疲労き裂寿命の評価の精度が高まる。
【0014】
一方、従来技術による遅れ割れ試験を採用した評価方法では、破壊限界、すなわち疲労き裂加速開始点KmaxTの予測精度にばらつきが大きい問題がある。また、疲労き裂加速開始点KmaxTは、疲労き裂進展試験を行うことで求めることができるが、その場合は、短い繰り返し周期の試験から150秒/サイクル程度の長周期にわたるまでの試験を複数回行わないと、疲労き裂加速開始点KmaxTを精度よく求めることが難しく、長時間を要する。
ライジングロード試験により求まるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rから疲労き裂加速開始点KmaxTを推定することで、疲労き裂加速開始点KmaxTの予測精度が向上し、評価にかかる時間を短縮することができる。
【0015】
上記疲労き裂加速開始点KmaxTと高圧水素中での疲労き裂進展試験結果を用いて疲労き裂寿命解析を行う。
本発明としては、高圧水素中での疲労き裂進展試験は特定のものに限定されるものではないが、例えば以下の条件により行うことができる。
高圧水素ガス中疲労き裂進展速度:da/dNの測定には、オートクレーブ付の疲労試験機を用いる。試験機の一例については既に報告されている非特許文献6を参照。水素ガスは何れの試験においても、超高純度水素(99.9999容量%以上)を用い、試験チャンバー内のガス純度を測定し、酸素濃度が1ppm以下であることを確認する。疲労き裂進展試験は荷重一定=ΔK漸増条件或いはΔK漸減で行う。き裂長さの測定は、除荷弾性コンプライアンス法により行う事ができる。試験温度は長時間の試験中に変動しないよう、23℃(±5℃)の環境に保持できるように恒温槽などを用いて工夫する必要がある。
【0016】
疲労き裂進展試験結果は、現に疲労き裂進展試験を行って得るものであってもよく、また、既に文献等に示されているデータの参照によって得るものであってもよい。
疲労き裂進展試験結果に基づいて疲労き裂進展特性の線図(da/dN−ΔK線図)が得られる。該疲労き裂進展特性の線図も文献等に示されているデータの参照によるものであってもよい。
疲労き裂寿命解析は、疲労き裂進展特性の線図(da/dN−ΔK線図)における、(1−R)×K0(a0)〜(1−R)×KmaxT(ac)の区間で行うことができる。(1−R)KmaxTは、図1に示されるようにda/dN−ΔK線図上に現れる屈曲点に相当する。上記した区間(図1における領域I)では、繰り返し周期が少なくとも15秒/サイクル〜1000秒/サイクルの範囲では、疲労き裂進展は繰り返し周期に依存しない。
K0は、疲労き裂進展下限界応力拡大係数を示し、KmaxTは、疲労き裂加速開始点を示している。K0(a0)は、き裂進展下限界応力拡大係数を示す際のき裂深さが初期想定き裂深さa0であることを示し、KmaxT(ac)は、破壊限界き裂深さに至った際の疲労き裂加速開始点であることを示している。
(1−R)×KmaxT(ac)より大きい応力拡大係数範囲(図1における領域II)においては、疲労き裂の進展が加速を開始し、その進展速度は繰返し周期に依存する。
すなわち、本発明は、図1に示すように、高圧水素中で得られた疲労き裂進展特性の線図(da/dN−ΔK線図)を、繰り返し周期に依存しない領域I、および、繰り返し周期に依存する領域IIに分割し、繰り返し周期に依存しない領域Iにおいて疲労き裂寿命解析を行い、疲労き裂寿命を判定することができる。
【0017】
また、図1における領域Iでは、き裂の開口量がごく微小である段階では、き裂先端への水素分子の流入が律されるために、繰り返し周期の依存性は小さくなることを示し、これを特徴としている。
図1の領域IIおいては、KmaxT以上では、疲労き裂進展に加えて水素助長割れが生ずるようになるために、見かけ上のda/dNの加速(屈曲)が観測されることを示し、これを特徴としている。
【0018】
さらに図1では、応力比Rを変動させた場合の評価も可能である。これにより、本願発明は、圧力機器を自緊施工した場合などにも応用できる。
【0019】
(1−R)×K0(a0)〜(1−R)×KmaxT(ac)の区間の疲労き裂進展特性は、15秒/サイクル〜1000秒/サイクルまでの範囲での任意の繰り返し周期では、繰り返し周期による影響は殆ど受けることがなく、材料の疲労き裂寿命判定を精度良く行うことができる。
従来、疲労き裂加速開始点KmaxTを求めるためには、疲労き裂進展試験における繰り返し周期の条件を変動させ、短い周期の試験から150秒/サイクル程度の長周期にわたるまで試験を複数回行わないと、明瞭に判別することが困難である。
しかし、本発明においては、疲労き裂加速開始点KmaxTはライジングロード試験によって得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rに良好な相関関係があることが明らかになっている。また、上記したように、本願発明で疲労き裂寿命解析の対象区間とすることができる上記領域Iでは疲労き裂進展速度は繰り返し周期に依存しない。したがって、従来のように疲労き裂進展試験を多数回行う必要はなく、15秒/サイクル〜1000秒/サイクルの範囲での任意の単一の繰り返し周期で特性を評価することができる。つまり、疲労き裂進展特性を試験で求めるのであれば、短い周期の疲労き裂進展試験を最低限1回行うだけでよい。
【発明の効果】
【0020】
以上説明したように、本発明によれば、材料や試験条件の影響が少なく、短時間で高い精度の高圧水素下の疲労き裂寿命の判定を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明における高圧水素中での疲労き裂進展特性線図(da/dN−ΔK線図)である。
【図2】本発明における疲労き裂寿命判定方法の手順を示すフローチャートである。
【図3】低合金鋼について、高圧水素ガス中における疲労き裂進展速度を示す図である。
【図4】各種低合金鋼について、高圧水素ガス中における疲労き裂進展速度を示す図である。
【図5】各種低合金鋼について、ライジングロード試験で得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rと疲労き裂加速開始点KmaxTの相関を示す図である。
【図6】各種低合金鋼について、遅れ割れ試験法で得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Hと疲労き裂加速開始点KmaxTの相関を示す図である。
【図7】疲労き裂進展速度におよぼす応力比の影響と疲労き裂加速開始点KmaxT値との対応を示す図である。
【図8】図7を横軸ΔKで整理した疲労き裂進展特性線図である。
【図9】図5を用いて、ライジングロード試験結果よりKIH−Rを評価し、KIH−RをKmaxTとみなす手順を示す図である。
【図10】本発明の一実施例における、疲労き裂進展特性線図(da/dN−ΔK線図)上の領域Iで疲労き裂進展解析を行う手順を説明する図である。
【図11】同じく、疲労き裂進展解析結果を示し、初期想定欠陥深さa0が、限界欠陥寸法acに達するまでの繰り返し回数とき裂深さとの関係を示す図である。
【図12】従来法に準拠した高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の疲労き裂寿命判定方法の手順について図2に基づいて説明する。
まず、被判定材について、水素雰囲気中でライジングロード試験を行って(あるいは文献データを取得し)水素助長割れのき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rを求める(ステップs1)。なお、ライジングロード試験では、後述する疲労き裂加速開始点KmaxTを推定しようとする高圧水素環境と同じ圧力、同じ雰囲気であって、前記両環境間における試験温度の公差が±5℃であることを試験条件とする。
【0023】
上記で得られたき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rから疲労き裂加速開始点KmaxTを推定する(ステップs2)。き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rと疲労き裂加速開始点KmaxTとは良く一致するので、き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rの値を疲労き裂加速開始点KmaxTの値とする。
【0024】
次に破壊限界き裂深さacをき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rに基づいて計算する(ステップs3)。破壊限界き裂深さacは、一般的に良く知られた破壊力学の計算式とその手順によって容易に求めることができる。その一例を以下に示す(非特許文献7参照)。
ac=KIH−R2Q/(1.21πσ2)(Qは欠陥形状係数、σは応力)
ここで欠陥形状係数Qは、き裂の深さと長さおよび降伏応力σysから、Q=Ek2−0.212(σ/σys)2、Ek2=1+1.464(a/c)1.65となる。
【0025】
次に、所定の検査における検査限界より初期想定き裂深さ(a0)を想定する(ステップs4)。検査限界は、検査法や検査装置によって異なるため、実機でき裂検査を行う検査法、検査装置に基づいて初期想定き裂深さ(a0)を算定することができる。
初期想定き裂深さ(a0)は、非特許文献8に示されるような圧力容器の設計指針などに定められる値を用いても良い。これによれば、肉厚16mm以下では、初期想定き裂深さ0.5mm、16〜51mm未満では1.1mm、51mm以上では0.6mmとなる。
【0026】
次に、実機の圧力Pおよび応力比R(最小荷重/最大荷重)の条件を設定する(ステップs5)
【0027】
続いて高圧水素下で疲労き裂進展試験を行うか、もしくは、文献データから、da/dN−ΔK線図を得る(ステップs6)。
試験片は厚さが1インチのコンパクト(C(T))試験片を用い、水素ガスはいずれの試験においても、超高純度水素(99.9999容量%以上)を用い、試験チャンバー内のガス純度を測定し、酸素濃度が1ppm以下であることを確認する。疲労き裂進展試験は荷重一定=ΔK漸増条件或いはΔK漸減、ΔK一定のいずれの方法でも良い。
得られたda/dN−ΔK線図上において、(1−R)×K0(a0)〜(1−R)×KmaxT(ac)の区間で疲労き裂進展解析を行う(ステップs7)。
疲労き裂進展解析では、初期想定欠陥深さa0が、破壊限界き裂深さac又は貫通前の板厚の80%深さに達するまでの繰り返し回数を算出する。該繰り返し回数の算出は、一般的に良く知られた破壊力学の計算式とその手順によって容易に求めることができる。その一例を以下に示す。
図1に示すda/dN−ΔK(da/dNは疲労き裂進展速度、ΔKは荷重繰り返しの間の応力拡大係数の変動範囲)の両対数線図上において、直線域をda/dN=CΔKm(C、mは定数)の式で近似し、き裂の微小増分区間毎にき裂進展速度式を積分して微小増分量だけき裂が進展するのに要する繰り返し回数を求める。この繰り返しにより、初期想定欠陥深さa0が破壊限界き裂深さacに到達するまでの寿命を求める。
【0028】
上記繰り返し回数と、実機での使用回数とを比較する(ステップs8)。算出された繰り返し回数が使用回数よりも大きい場合には(ステップs8、Yes)、使用条件に基づく安全性が実証される。一方、使用回数が繰り返し回数以上になると(ステップs8、No)、安全性の実証がなされていないので、き裂の検査の実施または使用の中止を実行する。
【実施例1】
【0029】
(疲労き裂加速開始点KmaxTとき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rの相関について)
鋼製蓄圧器に用いられる低合金鋼の例として表1に示すSCM435鋼およびSNCM439鋼について、表2に示す熱処理を施して供試材とした。表2に各供試材の機械的特性を示した。
上記供試材に対し、90MPaまでの高圧水素環境中疲労き裂進展試験を行い、繰り返し周期の影響を評価し、疲労き裂加速開始点KmaxTを求めた。
また、同じ低合金鋼に対しライジングロード試験を行い、き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rを得た。また、同じ低合金鋼に対し、遅れ割れ試験を行い、き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Hを求めた。
疲労き裂進展試験に用いた疲労試験装置の詳細については、非特許文献6に開示されている。高圧水素ガス中疲労き裂進展速度da/dNの測定には、45MPaオートクレーブ付の200kN油圧サーボ疲労試験機および100MPaオートクレーブ付100kN油圧サーボ疲労試験機を用いた。試験機詳細については既に報告されている非特許文献6を参照。水素ガスは何れの試験においても、超高純度水素(99.9999容量%以上)を用い、試験チャンバー内のガス純度を測定し、酸素濃度が1ppm以下である事を確認した。疲労き裂進展試験は特に断りの無い限り、応力比Rは0.1で行い、荷重一定=ΔK漸増条件(図4bの一部データはΔK漸減)で行った。き裂長さの測定は、除荷弾性コンプライアンス法により行った。試験温度は23℃(±5℃)の室温下で行った。
【0030】
【表1】
【0031】
【表2】
【0032】
疲労き裂進展試験の結果を図3(a)、図4(b)〜(e)および表3に示す。
水素中での疲労き裂進展速度は、da/dN−Kmax線図上で屈曲点を示し、この屈曲点KmaxTより大きいK値の領域(II)では、繰り返し周期が長くなるほど加速し、逆にKmaxTより小さい領域(I)では、繰り返し周期が少なくとも15秒/サイクル〜1000秒/サイクルの範囲ではその影響はほとんど受けないことが示された。
【0033】
また、疲労き裂進展が加速を開始する点である疲労き裂加速開始点KmaxTは、鋼種による差や、材料個々の偏析状態および材料強度の影響などにより個々に異なる値を示している。しかし、この疲労き裂加速開始点KmaxTをライジングロード試験により得られたき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rと比較すると、良い一致を示していることが分かる(図5)。一方、従来の遅れ割れ試験法により得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Hとの一致は見られない(図6)。
すなわち、表3に示すように従来法の遅れ割れ試験法により得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−HはKmaxTの予測誤差のばらつきが大きい。これに対し、本発明におけるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rでは最大34%に抑えられている。
また、ライジングロード試験法により得られるき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rは、歪み速度(dK/dt)が、約0.08MPa−ml/2/sの条件で行っても、これより一桁小さい、約0.008MPa−ml/2/sの条件で行っても殆ど変わりがない(図5)。したがって、歪み速度の選定によっては、短時間で試験を済ませることが可能になる。
すなわち、試験所要時間もライジングロード試験法を採用することで、遅れ割れ試験において所要時間が1000時間であったものが、1時間以内で評価可能となり、予測精度を高めつつ、試験時間が大幅に削減されている。
【0034】
【表3】
【0035】
また、図7にはSNM435鋼(ヒート:B)における疲労き裂進展速度におよぼす応力比の影響を示している。このように応力比が異なるケースでも、ライジングロード試験によって得られる水素助長割れのき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rより、疲労き裂加速開始点KmaxT値を推定して、疲労き裂進展解析を行うことができる。
【0036】
(本発明の疲労き裂寿命判定の実施例)
以下に、疲労き裂寿命判定を行った実施例を以下に示す。判定手順は、図2に示した手順により行われる。
本実施例における低合金鋼は上記実施例で使用したSNCM439(ヒート:D−R)である。
この実施例では、表3、図10に示すように、き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rは33MPa−ml/2であり、KmaxTの安全側推定値=KIH−R−10MPa√m=(33−10)MPa√m=23MPa√mと推定され、破壊限界き裂深さは、ac=4.5mmと算定される。
検査精度から、初期想定き裂深さa0=1.6mmとする。
【0037】
実機負荷応力の設定は、圧力P=80MPa,応力比R=0.1の荷重が繰り返し加わるものとする。
続いて、水素中疲労き裂進展試験を行い疲労き裂進展特性データを得る。このとき、繰返し周期を15秒/サイクルとして試験を行うことで、図10に示す疲労き裂進展特性の線図(da/dN−ΔK線図)が得られる。
次いで、得られた前記疲労き裂進展特性の線図(da/dN−ΔK線図)上の領域I、すなわち(1−R)×K0(a0)〜(1−R)×KmaxT(ac)の区間で疲労き裂進展解析を行う。解析の結果を図11に示す。
実際のKmaxT値は表3のヒートD−Rの値より、30MPa√mであり、実際の破壊限界き裂深さacは、5.8mmと算定される。したがって、本発明による方法の予測誤差は1.3mmとなる。一方で、従来の方法では、KmaxTは表3のヒートD−Rの値より、60MPa√m以上となり、実際の破壊限界き裂深さacは22mm以上となり、誤差が15mm以上発生している。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高圧水素に接する低合金鋼材料の疲労き裂寿命判定方法において、
前記低合金鋼材料を対象とする高圧水素環境下でのライジングロード試験で得られたき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rにより、前記低合金鋼材料の疲労き裂加速開始点KmaxTを推定する判定方法であり、
前記ライジングロード試験の高圧水素環境が、KmaxTを推定しようとする高圧水素環境と同じ圧力、同じ雰囲気であって、前記両環境間における試験温度の公差が±5℃であることを特徴とする高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項2】
前記ライジングロード試験の前記高圧水素環境は、99.9999容量%以上の超高純度水素環境であることを特徴とする請求項1記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項3】
前記ライジングロード試験の前記高圧水素環境は、酸素濃度が1ppm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項4】
前記ライジングロード試験の試験温度は、23℃±5℃であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項5】
前記ライジングロード試験は、歪み速度dK/dt=0.08MPa−ml/2/秒以下にして短時間(1時間以下)で行われたものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項6】
疲労き裂加速開始点KmaxTは、前記き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rに略一致する相関関係を有するものとして前記推定を行うことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項7】
高圧水素環境下での疲労き裂進展試験によって得られた亀裂進展速度da/dNと応力拡大係数幅ΔKの関係を示す疲労き裂進展特性線図において、(1−R)×K0(a0)〜(1−R)×KmaxT(ac)の区間で、疲労き裂寿命解析を行うことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
ただし、Rは応力比、K0(a0)は初期想定き裂深さa0を前提とする疲労き裂進展下限界応力拡大係数、KmaxT(ac)は破壊限界き裂深さacを前提とする疲労き裂加速開始点
【請求項8】
前記初期想定き裂深さは、所定のき裂検査による検査限界値により求まることを特徴とする請求項7記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項9】
前記き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rから前記破壊限界き裂深さacを算出することを特徴とする請求項7または8に記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項10】
前記疲労亀裂進展特性線図に基づいて、初期想定き裂深さa0が破壊限界き裂深さacに至る繰り返し回数を算出し、前記算出がされた繰り返し回数を基準にして疲労き裂寿命判定を行うことを特徴とする請求項7〜9のいずれかに記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項11】
前記疲労亀裂進展特性線図に基づいて、初期想定き裂深さa0が肉厚に対し所定深さに至る繰り返し回数を算出し、前記算出がされた繰り返し回数を基準にして疲労き裂寿命判定を行うことを特徴とする請求項7〜9のいずれかに記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項12】
実機での繰り返し回数が前記算出された繰り返し回数に達しっているか否かによって、実機に対する疲労き裂寿命判定の判定を行うことを特徴とする請求項10または11に記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項13】
前記疲労き裂寿命解析は、15秒/サイクル〜1000秒/サイクルの範囲で任意の単一もしくは複数の繰り返し周期によって実施された疲労き裂進展試験に基づいて行われることを特徴とする請求項7〜12のいずれかに記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項1】
高圧水素に接する低合金鋼材料の疲労き裂寿命判定方法において、
前記低合金鋼材料を対象とする高圧水素環境下でのライジングロード試験で得られたき裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rにより、前記低合金鋼材料の疲労き裂加速開始点KmaxTを推定する判定方法であり、
前記ライジングロード試験の高圧水素環境が、KmaxTを推定しようとする高圧水素環境と同じ圧力、同じ雰囲気であって、前記両環境間における試験温度の公差が±5℃であることを特徴とする高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項2】
前記ライジングロード試験の前記高圧水素環境は、99.9999容量%以上の超高純度水素環境であることを特徴とする請求項1記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項3】
前記ライジングロード試験の前記高圧水素環境は、酸素濃度が1ppm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項4】
前記ライジングロード試験の試験温度は、23℃±5℃であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項5】
前記ライジングロード試験は、歪み速度dK/dt=0.08MPa−ml/2/秒以下にして短時間(1時間以下)で行われたものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項6】
疲労き裂加速開始点KmaxTは、前記き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rに略一致する相関関係を有するものとして前記推定を行うことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項7】
高圧水素環境下での疲労き裂進展試験によって得られた亀裂進展速度da/dNと応力拡大係数幅ΔKの関係を示す疲労き裂進展特性線図において、(1−R)×K0(a0)〜(1−R)×KmaxT(ac)の区間で、疲労き裂寿命解析を行うことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
ただし、Rは応力比、K0(a0)は初期想定き裂深さa0を前提とする疲労き裂進展下限界応力拡大係数、KmaxT(ac)は破壊限界き裂深さacを前提とする疲労き裂加速開始点
【請求項8】
前記初期想定き裂深さは、所定のき裂検査による検査限界値により求まることを特徴とする請求項7記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項9】
前記き裂進展下限界応力拡大係数KIH−Rから前記破壊限界き裂深さacを算出することを特徴とする請求項7または8に記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項10】
前記疲労亀裂進展特性線図に基づいて、初期想定き裂深さa0が破壊限界き裂深さacに至る繰り返し回数を算出し、前記算出がされた繰り返し回数を基準にして疲労き裂寿命判定を行うことを特徴とする請求項7〜9のいずれかに記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項11】
前記疲労亀裂進展特性線図に基づいて、初期想定き裂深さa0が肉厚に対し所定深さに至る繰り返し回数を算出し、前記算出がされた繰り返し回数を基準にして疲労き裂寿命判定を行うことを特徴とする請求項7〜9のいずれかに記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項12】
実機での繰り返し回数が前記算出された繰り返し回数に達しっているか否かによって、実機に対する疲労き裂寿命判定の判定を行うことを特徴とする請求項10または11に記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【請求項13】
前記疲労き裂寿命解析は、15秒/サイクル〜1000秒/サイクルの範囲で任意の単一もしくは複数の繰り返し周期によって実施された疲労き裂進展試験に基づいて行われることを特徴とする請求項7〜12のいずれかに記載の高圧水素環境下の疲労き裂寿命判定方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−184992(P2012−184992A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−47417(P2011−47417)
【出願日】平成23年3月4日(2011.3.4)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17〜21年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「水素社会構築共通基盤整備事業 水素インフラ等に関する規制再点検及び標準化のための研究開発 水素インフラに関する安全技術研究」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004215)株式会社日本製鋼所 (840)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年3月4日(2011.3.4)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17〜21年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「水素社会構築共通基盤整備事業 水素インフラ等に関する規制再点検及び標準化のための研究開発 水素インフラに関する安全技術研究」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004215)株式会社日本製鋼所 (840)
【Fターム(参考)】
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