説明

高安定発振器

【課題】小型化が容易であり、低コストで製造可能であって、発振出力周波数における短期安定度と長期安定度とを両立させた高安定発振器を提供する。
【解決手段】一定の周波数の信号を出力する高安定発振器は、出力発振器として電圧制御型水晶発振器15を備えるPLL回路と、MEMS振動子を有するMEMS発振器11と、を備える。MEMS発振器11の出力を基準信号としてPLL回路の位相比較器12に供給する。MEMS発振器11によって出力周波数の長期安定度が維持され、電圧制御型水晶発振器15によって出力周波数の短期安定度が維持されるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高安定に基準周波数の信号を出力できる発振器に関する。
【背景技術】
【0002】
水晶振動子と発振回路とを組み合わせた水晶発振器は、周波数や時間の基準源として広く用いられている。水晶発振器は、一般に、発振器内の増幅器の帰還ループ内に、共振回路としての水晶振動子を挿入した構成であるので、水晶振動子の固有振動の周波数に応じた出力信号を安定して出力し、特に、出力周波数における短期安定度において優れている。しかしながら、水晶発振器では、水晶振動子を構成する水晶片を接着剤を用いて容器に固着させるなどの構造となっており、この接着剤などに起因して、出力周波数の長期安定度(エージングに対する安定度)がややよくない、という問題点がある。
【0003】
一方、基準周波数の信号を極めて高い精度で出力する発振器として、原子発振器(原子周波数標準器あるいは原子時計とも呼ばれる)が知られている。原子発振器は、セシウム(Cs)やルビジウム(Rb)などの原子の超微細準位間での遷移に伴うマイクロ波の共鳴吸収現象に基づいて高安定な周波数信号を発生するものである。図2は、従来の典型的な原子発振器の構成を示すブロック図である。
【0004】
図2に示す原子発振器は、セシウムまたはルビジウム原子の超微細準位間の遷移に基づく共鳴吸収(すなわち原子共鳴)の周波数信号が基準信号として入力するPLL(位相ロックループ;phase-locked loop)回路を備えており、このPLL回路は、位相比較器12と、位相比較器12の出力に接続されたチャージポンプ13と、チャージポンプ13の出力に接続された低域通過フィルタ(LPF)14と、低域通過フィルタ14の出力電圧に応じて発振周波数が変化する電圧制御型水晶発振器(VCXO)15とを備えており、電圧制御型水晶発振器15の出力は、この原子発振器の出力として外部回路に供給されるとともに、分周器16を介して位相比較器12に帰還している。原子共鳴の周波数信号を生成する部分は、電圧制御型水晶発振器15の出力周波数に基づいてマイクロ波信号を生成するマイクロ波シンセサイザ21と、マイクロ波シンセサイザ21で生成したマイクロ波をセシウムやルビジウムなどの蒸気に照射して共鳴吸収に応じた信号を得るように構成した物理パッケージ22と、物理パッケージ22での共鳴吸収の周波数に基づいて生成された基準信号を位相比較器12に出力するマイクロコントローラ23と、を備えている。物理パッケージは、例えば、セシウム原子やルビジウム原子の蒸気が閉じ込めらるセルを備えている。マイクロコントローラ23は、例えば、物理パッケージ22からの信号に対してアナログ/デジタル変換を行ってデジタル信号処理を行い、デジタル信号処理の結果に対してデジタル/アナログ変換を行って基準信号をアナログ信号として位相比較器12に出力するように構成される。
【0005】
原子発振器は、長期にわたる周波数安定度に優れているが、共鳴吸収による吸収が最大となる周波数を探索する構成となるので、物理パッケージ22から出力される信号を単体として用いた場合には、短期安定度には優れていない。また、原子発振器は、PLL回路などの他に、マイクロ波シンセサイザや、セシウム原子やルビジウム原子の蒸気が閉じ込めらるセルを必要とし、発振器の構成要素が多岐にわたるため、小型化したり低コスト化することが難しい、という課題を有する。また、物理パッケージにおいて精密な温度制御を行う必要もある。
【0006】
原子発振器と比べた場合には劣るものの長期安定度に優れた発振器として、MEMS(Microelectromechanical Systems;微小電気機械システム)振動子を備えるMEMS発振器がある。MEMS振動子とは、近年の半導体装置製造技術の微細化に伴って開発されてきたものであり、例えば、非特許文献1に記載されるように、シリコンなどの半導体、あるいはAlN(窒化アルミニウム)などの圧電体を例えば数μm〜数十μmのサイズで微細かつ高精度に加工し、これにさらに電極などを配置して、振動子として構成したものである。例えば、シリコン半導体からなるMEMS振動子は、半導体装置製造技術を使用し、直径数十μmの円板をその直径方向に延びる2本の梁で保持した形状にシリコン層を加工した共振子と、その共振子に対して極めて近接して設けられた4個の電極とからなるものである。2本の梁は、円板に形成された共振子本体に対する可動部として機能し、共振子本体の輪郭系振動を阻害することなく共振子本体を支持する。電極は、共振子本体の外周を4等分する位置の各々において、共振子の外周面に対して例えば100nmのギャップを介して配置されており、各電極と共振子本体との間には静電容量が形成されることになる。このようなMEMS振動子では、電極を介して共振子を静電駆動すれば共振子がその機械的な固有周波数で振動し、振動によって共振子と電極との間隔が微小に変化して静電容量が固有周波数で周期的に変化し、これに伴って電極電位も固有周波数で振動する。したがって、このようなMEMS振動子を発振回路に組み込むことによって、MEMS振動子の固有周波数に一致する信号を出力する発振器、すなわちMEMS発振器が得られることになる。
【0007】
MEMS発振器は、半導体装置製造技術だけを用いて製造できるので小型化が容易であって低コストでの製造が可能であり、また、接着剤を用いて共振子を固着させる必要もないので長期安定度に優れることになる。しかしながら、MEMS発振器は、その周波数温度特性における一次の係数の絶対値が大きいこともあり、発振出力における短期安定度の点では水晶発振器には及ばない。
【0008】
特許文献1及び2には、MEMS発振器を利用して、UHF帯からGHz帯までの間にある所定の周波数帯内での応用を前提として、希望する周波数の信号を切り替え可能に発生できるようにした周波数シンセサイザが開示されている。特許文献1及び2に記載のものは、MEMS発振器からの信号を基準信号とするPLL回路を備えている。これらのシンセサイザでは、周波数可変範囲の大きな電圧制御型発振器(VCO)をPLL回路の出力発振器として用い、動作中に分周比を変更できる分周器を用いている。さらに、MEMS発振器の出力周波数が温度によって変化することを保証するために、温度センサを設け、温度センサでの測定値によっても分周器の分周比を変化させることも行われている。
【0009】
しかしながら、特許文献1及び2に記載のものでは、周波数可変範囲が大きな電圧制御型発振器を用いているので、出力周波数における短期安定度がよくない、という問題点がある。また、温度補償のために分周比を自動的に変化させる構成とした場合には、動作中に出力周波数が非連続に変化することとなり、安定して一定周波数の信号を供給することが要求される用途には適さないこととなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2010−193240号公報
【特許文献2】WO2009/063612
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】追田 武雄,「発振器で沸き立つ「MEMS vs.水晶」比較論を水晶発振器メーカーが語る」,日経マイクロデバイス,第268号,pp. 71-76(2007年10月号)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上説明したように、水晶発振器は、短期安定度に優れるものの長期安定度あるいはエージング特性の点で不十分である。これに対し、MEMS発振器を用いたシンセサイザでは、出力周波数の長期安定度には優れるものの短期安定度が不十分であり、出力周波数における非連続な変化も起こり得る、という問題点がある。原子発振器は、長期安定度では極めて優秀であるが、小型化や低コスト化が難しく、温度制御などにおいても高度のものを要求される、という問題点がある。
【0013】
本発明の目的は、小型化が容易であり、低コストで製造可能であって、発振出力周波数における短期安定度と長期安定度とを両立させた高安定発振器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の高安定発振器は、出力発振器として電圧制御型水晶発振器を備えるPLL回路と、MEMS振動子を有するMEMS発振器と、を備え、MEMS発振器の出力が基準信号としてPLL回路の位相比較器に供給され、一定の周波数の信号を出力する。
【0015】
本発明において、MEMS振動子としては、例えば、シリコンを用いて構成されるもの、あるいは、AlNなどの圧電材料を用いて構成されるものを使用することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、長期安定度に優れるMEMS発振器と短期安定度に優れる水晶発振器とを組み合わせることにより、短期安定度と長期安定度とを両立させ、かつ小型化と低コスト化が容易な高安定発振器が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施の一形態の発振器を示すブロック図である。
【図2】原子発振器の構成の一例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
次に、本発明の好ましい実施形態について、図面を参照して説明する。
【0019】
図1に示す本発明の実施の一形態の高安定発振器は、予め定められた単一の周波数の信号を出力するように構成されたものであって、MEMS発振器11と、MEMS発振器11の発振出力信号が基準信号として入力するPLL回路とを備えている。単一の周波数は、例えば、100MHz以下といった比較的低い周波数とされる。PLL回路は、MEMS発振器11からの基準信号が入力する位相比較器12と、位相比較器12の出力に接続されたチャージポンプ13と、チャージポンプ13の出力に接続された低域通過フィルタ(LPF)14と、低域通過フィルタ14の出力電圧に応じて発振周波数が変化する電圧制御型水晶発振器(VCXO)15とを備えている。電圧制御型水晶発振器15の出力は、この高安定発振器の出力として外部回路に供給されるとともに、分周器16を介して位相比較器12に帰還している。
【0020】
この高安定発振器では、出力周波数が予め定められた単一の周波数であるので、PLL回路の出力発振器として、短期安定度に優れた水晶発振器に基づく電圧制御型水晶発振器15が用いられている。電圧制御型水晶発振器15での周波数可変範囲は、予め定められた出力周波数の近傍の狭い範囲とされている。分周器16の分周比は、出力周波数とMEMS発振器11に応じて定められる値とされており、少なくともこの高安定発振器の動作中のおいては分周比は一定に保たれている。
【0021】
この高安定発振器では、長期安定度に優れるMEMS発振器11によって長期安定度を担保し、その一方で、電圧制御型水晶発振器15によって短期安定度を高めるようにしている。例えば、PLL回路の時定数を長く設定する(例えば、低域通過フィルタ13の遮断周波数を極めて低く設定する)ことによって、あるいは、PLL制御を間欠的に実行することにより、この高安定発振器における短期安定度と長期安定度とを両立させることができる。PLL制御を間欠的に実行するためには、間欠制御用に外部から供給されるクロック信号によって動作するサンプル/ホールド回路を例えば低域通過フィルタ14と電圧制御型水晶発振器15との間に挿入することが考えられる。なお、電圧制御型水晶発振器15の代わりに、水晶振動子を用いない形式の電圧制御型発振器(VCO)を用いた場合には、電圧制御型発振器の発振周波数における短期安定度がよくないので、MEMS発振器を組み合わせたとしても短期安定度と長期安定度とを両立させた発振器を得ることはできない。
【0022】
ここで、本実施形態の高安定発振器で用いられるMEMS発振器11について説明する。MEMS発振器11を構成するMEMS振動子としては、上述したように、シリコン半導体を用いたものと圧電体を用いたものとがある。一般に、シリコンを用いたMEMS振動子は、固有周波数を高くすると等価直列抵抗が大きくなり、発進させるのが困難になる。また、振動子が小さくなりすぎて製造に適さない、という特徴を有する。これに対して、圧電体を用いたMEMS振動子は等価直列抵抗は小さいものの、固有周波数を低くすると圧電膜が厚くなりすぎて製造に適しない、という特徴を有する。したがって、高安定発振器として比較的低い出力周波数を得ようとする場合には、MEMS発振器11のMEMS振動子としてシリコン半導体材料を用いたものを使用することが好ましく、比較的高い出力周波数を得ようとする場合には、圧電材料を用いたものを使用することが好ましい。圧電材料を使用したMEMS振動子としては、例えば、FBAR(薄膜バルク弾性波共振器:Film Bulk Acoustic Resonator)として構成されたものを用いることができる。
【符号の説明】
【0023】
11 MEMS発振器;12 位相比較器;13 チャージポンプ;14 ローパスフィルタ(LPF);15 電圧制御型水晶発振器(VCXO);16 分周器;21 マイクロ波シンセサイザ;22 物理パッケージ;23 マイクロコントローラ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
出力発振器として電圧制御型水晶発振器を備えるPLL回路と、
MEMS振動子を有するMEMS発振器と、
を備え、
前記MEMS発振器の出力が基準信号として前記PLL回路の位相比較器に供給され、一定の周波数の信号を出力する高安定発振器。
【請求項2】
前記MEMS振動子はシリコンを用いて構成される、請求項1に記載の高安定発振器。
【請求項3】
前記MEMS振動子は圧電材料を用いて構成される、請求項1に記載の高安定発振器。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2013−110511(P2013−110511A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−252736(P2011−252736)
【出願日】平成23年11月18日(2011.11.18)
【出願人】(000232483)日本電波工業株式会社 (1,148)
【Fターム(参考)】