説明

高度不飽和脂肪酸及びこれを含有する脂質の製造方法

【課題】高度不飽和脂肪酸(PUFA)及びこれを含有する脂質の製造方法、PUFAを含有する微生物菌体並びにそれらの利用方法を提供する。
【解決手段】アラキドン酸(ARA)及び/又はジホモ-γ-リノレン酸(DGLA)生産能を有する微生物を培養することを伴う、高度不飽和脂肪酸(PUFA)及びこれを含有する脂質の製造方法において、以下の(a)〜(c)の工程:(a) 本培養開始後に、培地に有機酸を0.01〜5w/v%添加する工程;(b) 本培養開始後に、培地のpHを培養有効範囲内で高めるよう制御する工程;及び(c) 本培養培地に、金属イオンの硫酸塩を0.01〜0.5w/w%添加する工程;の1以上を含む、PUFA又はこれを含有する脂質の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高度不飽和脂肪酸(PUFA)及びこれを含有する脂質の製造方法、PUFAを含有する微生物菌体並びにその利用に関する。本発明は特に、ジホモ-γ-リノレン酸(DGLA)やアラキドン酸(ARA)の含有量の高い脂質及び該脂質を含有する微生物菌体の製造方法、並びにそれらの代表的な利用に関する。
【背景技術】
【0002】
高度不飽和脂肪酸(以下、PUFAという。)は、様々な有用な生理機能を持つ。ここで、PUFAとは、炭素数20以上で2個以上の二重結合を持つ脂肪酸を指す。PUFAのうち、特に、ジホモ-γ-リノレン酸(以下、DGLAという。)やアラキドン酸(以下、ARAという。)には、近年様々な有用性が見出されている(非特許文献1)。たとえば、DGLAにはアトピー性皮膚炎抑制効果や抗アレルギー作用などが、ARAには脳機能改善作用や乳児栄養効果をはじめとした多くの有用性が見出されている。また、成人病患者やその予備軍、乳児、高齢者、ペット(特にネコ科の動物)で、DGLA、ARAの不足が懸念されている。
【0003】
こうした状況のなか、PUFA、特にDGLAやARAの供給方法が種々検討されており、実用的な製造方法として、前記脂肪酸の生産能を有する微生物を培養することによる方法が検討されている。培養方法には様々な検討が加えられ、工業的生産が可能な方法も見出されている(非特許文献1)。PUFAのうち、特にDGLAについて、大規模培養によって、乾燥菌体1kgあたりのDGLA量が、最高で167gとなる培養方法が見出された(特許文献1、非特許文献2)。しかし、これらの方法においては、培養初期はグルコース消費量が多い一方で、高グルコース濃度に起因する増殖阻害による生産性低下という障害を回避するために、培養初期から最低数日間、分割して頻繁にグルコース添加する必要があった。
【0004】
一方、特定の物質について、その産生量を向上させるための微生物の培養方法の検討もなされている。特許文献2は、ホエーを含む培地でクロイベレオマイセス・ラクティスを培養してセレブロシドを発酵生産する際に、培地に各種ナトリウム源を添加する方法や培地pHを制御する方法を開示する。
【0005】
また、モルティエレラ属糸状菌の培養方法において、非特許文献3はNH4OHを窒素源としても兼用してpHを制御する方法を開示し、特許文献3は培養後半におけるpH7〜7.5への制御を開示する。非特許文献4は、KH2PO4とともに、0.05% CaCl2・2H2O、0.05% MgCl2・6H2O、0.1% Na2SO4を培地に添加することにより菌形態が最適な状態となり、PUFA生産性が高まることを開示する。
【特許文献1】特許第3354581号
【特許文献2】特開2006-55070
【特許文献3】US 5,658,767
【非特許文献1】河島洋、Foods Food Ingredients J Jpn, 210,106-114 (2005)
【非特許文献2】H Kawashima et al., J Am Oil Chem Soc, 77, 1135-1138 (2000)
【非特許文献3】Byung-Hae Hwang et al., Biotechnol Lett, 27, 731-5 (2005)
【非特許文献4】藤川茂昭ら、バイオサイエンスとインダストリー、57、818-821 (1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のとおり、脂肪酸の生産能を有する微生物を培養することによるPUFA、特にDGLAやARAの製造方法が種々検討されている。しかしながら、上記従来の技術で得られた微生物菌体は、微生物菌体中のPUFAの含有量が低いという問題があった。PUFAを含有する微生物菌体は、乾燥させた乾燥菌体をそのまま飲食品や栄養組成物、飼料、ペットフードなどに配合することができるが、微生物菌体に占めるPUFAの含有量が低い場合、PUFAの十分な効果を発揮させるために多量の微生物菌体を配合する必要があり、他の成分の配合量が著しく制限される。また、PUFAを含有する微生物菌体は、PUFAを含有する脂質を抽出するための原料としても用いることができるが、微生物菌体中のPUFA含有量が低い場合、多量の微生物菌体を処理しなければならないため、大規模な抽出装置や大量の抽出溶剤が必要となる。これは大きなコストアップにつながり、さらに処理に必要なエネルギー量も大きいために地球環境への負荷が大きくなる。
【0007】
また、上記従来の技術において、微生物菌体の様々な培養制御が試みられているが、培養操作が複雑化すると、雑菌汚染や操作ミスの危険やコストアップにつながるため、培地への添加物の添加操作も含め、できるだけ少ない操作で効率のよい培養を行うことが重要である。
【0008】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、PUFA又はこれを含有する脂質の、低コストで、操作簡便な、大量生産に適する製造方法及びPUFA又はこれを含有する脂質の含有量が高い微生物菌体とその利用方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
これまで、モルティエレラ属糸状菌のPUFA生産を向上させるための培養方法について、基本培地への油脂や塩類の添加が検討されてきたが、有機酸の添加については、他の微生物で添加した例はあってもPUFA含有量の増加につながる知見はなかった。また、培養中のpH制御についても、最適なpH制御について詳細に調べた報告はなかった。さらに、有機酸の添加により当然pHは低下するが、有機酸の添加とpHの制御の組合せがPUFA生産に与える影響については着目されていなかった。
【0010】
培地中の微量金属塩の量についても、例えば非特許文献4ではCaCl2とMgCl2を用い、主にCa2+とMg2+の効果に着目していたが、金属イオンの対になる陰イオンの影響については考慮されておらず、金属イオンの対になる陰イオンが微生物のPUFA生産性に与える影響については着目されていなかった。
【0011】
基本培地への添加物の添加操作に関し、培養前の培地は通常加熱滅菌するが、グルコースと他の化合物を混合して滅菌することは、化学反応を誘発する可能性が高いため通常行われない。このため、培養初期にグルコース以外の添加物を培地に添加することは、操作が非常に煩雑となり、困難である。グルコースと他の化合物(化学反応を起こしやすいもの)を同時に滅菌することを避けた上で、できるだけ上記添加操作は少なくしなければならない。
【0012】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、モルティエレラ・アルピナを、液体培地中で通気攪拌培養することを伴う、PUFA及びこれを含有する脂質の製造方法において:(a) 有機酸及び/または有機酸塩を培地に添加して培養すること;(b) 培養開始後、所定の時期に培地のpHを上げて一定範囲内に制御すること;(c) 金属イオンの硫酸塩を培地に添加すること;及びそれらを組み合わせること;により、微生物菌体内に生産された脂質、及び該脂質中のPUFA、特にDGLAやARAの量が飛躍的に高くなることを初めて見出し、また、(a) 有機酸等の添加と(b) 培地のpHの制御を同時に行うことができることなど、上記(a)〜(c)を行う時期についてもさらに検討し、本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は、アラキドン酸(ARA)及び/又はジホモ-γ-リノレン酸(DGLA)生産能を有する微生物、好ましくは、モルティエレラ属に属する微生物、より好ましくは、モルティエレラ・アルピナを培養する、好ましくは液体培地中で通気攪拌培養することを伴う、高度不飽和脂肪酸(PUFA)及びこれを含有する脂質の製造方法において、以下の(a)〜(c)の工程:
(a) 本培養開始後、好ましくは脂肪酸蓄積期、より好ましくは本培養開始後24時間以降、さらに好ましくは本培養開始後3日目以降、特に好ましくは本培養開始後4日目以降に、培地に有機酸、好ましくは解糖系とその枝経路、またはTCA回路に含まれる有機酸から選択される1以上の有機酸、より好ましくは、コハク酸、フマル酸、ピルビン酸、乳酸及びリンゴ酸から選択される1以上の有機酸、さらに好ましくはコハク酸を、0.01〜5w/v%、好ましくは0.2〜5w/v%、より好ましくは0.22〜5w/v%、さらに好ましくは0.3〜5w/v%、特に0.44〜5w/v%添加する工程;
(b) 本培養開始後、好ましくは脂肪酸蓄積期、より好ましくは本培養開始後24時間以降、さらに好ましくは本培養開始後3日目以降、特に好ましくは本培養開始後4日目以降に、培地のpHを培養有効範囲内、好ましくはpH6〜8の範囲内、より好ましくはpH6.3〜7.5の範囲内、さらに好ましくはpH6.6〜7.5の範囲内、特に好ましくはpH6.9〜7.2の範囲内で高めるよう制御する工程;及び
(c) 本培養培地に、金属イオンの硫酸塩、好ましくは、MgSO4、CaSO4、Na2 SO4、K2SO4、FeSO4、及びMnSO4等から選択される1以上、より好ましくはMgSO4及び/又はCaSO4を、0.01〜0.5w/w%、好ましくは0.01〜0.25w/w%、より好ましくは0.05〜0.2w/w%、特に好ましくは0.06〜0.1w/w%添加する工程、そして好適には、培地中の金属塩化物の代わりに、対応するこれらの硫酸塩を添加する工程;
の1以上を含む、PUFA、好ましくは、ARA及び/又はDGLA、より好ましくはDGLA又はこれを含有する脂質、好ましくはトリグリセリドの製造方法を提供する。
本発明はまた、前記工程(a)及び工程(b)を含み、工程(a)及び工程(b)が、好ましくは同日、より好ましくは同時であって、炭素源、例えばグルコースの培地への添加と異なるとき、好ましくは異なる日に行われる、前記の製造方法を提供する。
本発明はまた、前記工程(c)を含み、工程(c)が本培養開始前に行われる、前記の製造方法を提供する。
本発明はまた、前記PUFA又はこれを含有する脂質において、前記総脂肪酸中のDGLAが35w/w%以上、好ましくは37w/w%以上、特に好ましくは40w/w%以上である、前記の製造方法を提供する。
本発明はまた、乾燥菌体1g当たりのDGLAが、190mg以上、好ましくは195mg以上、より好ましくは200mg以上、特に好ましくは220mg以上である、モルティエレラ・アルピナの乾燥菌体を提供する。
本発明はまた、以下の(a)〜(c)の工程:
(a)本培養開始後3日目以降、好ましくは本培養開始後4日目以降に、培地にコハク酸、フマル酸、ピルビン酸、乳酸及びリンゴ酸から選択される1以上の有機酸、好ましくはコハク酸を、0.2〜5w/v%、好ましくは0.22〜5w/v%、より好ましくは0.3〜5w/v%、さらに好ましくは0.44〜5w/v%、添加する工程;
(b)本培養開始後3日目以降、好ましくは本培養開始後4日目以降、培地のpHをpH6.6〜7.5の範囲内、好ましくはpH6.9〜7.2の範囲内に高めるよう制御する工程;及び
(c) 本培養培地に、MgSO4、CaSO4、Na2 SO4、K2SO4、FeSO4、及びMnSO4等から選択される1以上、好ましくはMgSO4及び/又はCaSO4を、0.05〜0.2w/w%、好ましくは0.06〜0.1w/w%添加する工程、そして好適には、培地中の金属塩化物の代わりに、対応するこれらの硫酸塩を添加する工程;
の1以上を含む方法によって、液体培地中で通気攪拌培養したモルティエレラ・アルピナの菌体を、さらに乾燥工程に供して得られる、前記の乾燥菌体を提供する。
本発明はまた、前記の乾燥菌体若しくは前記の乾燥菌体由来のARA及び/又はDGLAを含む、飲食品、好ましくは、サプリメント、飲料、動物用飼料、より好ましくは、動物用飼料(特にペットフード)を提供する。
さらに本発明は、上記の製造方法で得られた、PUFA、好ましくは、ARA及び/又はDGLA、又はこれを含有する脂質、好ましくはトリグリセリドを提供する。
さらに本発明は、工程(a)〜(c)を含まない製造方法と比較して、得られる微生物乾燥菌体1g当たりのDGLAが3%以上、好ましくは5%以上、より好ましくは10%以上増加した、前記の製造方法を提供する。
さらに本発明は、工程(a)〜(c)を含まない製造方法と比較して、得られる微生物乾燥菌体1g当たりのARAが増加した、前記の製造方法を提供する。
さらに本発明は、培養終了後の培地1ml当たりのDGLA量が5.5mg以上、好ましくは6.5mg以上、より好ましくは7.0mg以上、さらに好ましくは7.5mg以上である、前記の製造方法を提供する。
さらに本発明は、工程(a)〜(c)を含まない製造方法と比較して、培養終了後の培地1ml当たりのDGLA量が5%以上、好ましくは10%以上、より好ましくは15%以上増加した、前記の製造方法を提供する。
さらに本発明は、工程(a)〜(c)を含まない製造方法と比較して、培養終了後の培地1ml当たりのARA量が増加した、前記の製造方法を提供する。
【0014】
[微生物]
本発明の製造方法において用いることができる微生物としては、ARA及び/又はDGLA生産能を有する微生物が挙げられ、モルティエレラ属糸状菌であることが好ましく、モルティエレラ亜属糸状菌であることがより好ましく、モルティエレラ・アルピナであることがさらに好ましい。例えば、アラキドン酸を構成脂肪酸として含んで成る脂質(トリグリセリド)の生産能を有する微生物として、モルティエレラ(Mortierella)属、コニディオボラス(Conidiobolus)属、フィチウム(Pythium)属、フィトフトラ(Phytophthora)属、ペニシリューム(Penicillium)属、クラドスポリューム(Cladosporium)属、ムコール(Mucor)属、フザリューム(Fusarium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、エントモフトラ(Entomophthora)属、エキノスポランジウム(Echinosporangium)属、サプロレグニア(Saprolegnia)属に属する微生物を挙げることができる。
【0015】
モルティエレラ(Mortierella)属モルティエレラ(Mortierella)亜属に属する微生物では、例えばモルティエレラ・エロンガタ(Mortierella elongata)、モルティエレラ・エキシグア(Mortierella exigua)、モルティエレラ・フィグロフィラ(Mortierella hygrophila)、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)等を挙げることができる。具体的にはモルティエレラ・エロンガタ(Mortierella elongata)IFO8570、モルティエレラ・エキシグア(Mortierella exigua)IFO8571、モルティエレラ・フィグロフィラ(Mortierella hygrophila)IFO5941、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)IFO8568、ATCC16266、ATCC32221、ATCC42430、CBS219.35、CBS224.37、CBS250.53、CBS343.66、CBS527.72、CBS529.72、CBS608.70、CBS754.68等の菌株を挙げることができる。
【0016】
これらの菌株はいずれも、大阪市の財団法人醗酵研究所(IFO)、及び米国のAmerican Type Culture Collection, ATCC及び、Centrral Bureau voor Schimmelcultures(CBS)等からなんら制限なく入手することができる。また本発明の研究グループが土壌から分離した菌株モルティエレラ・アルピナ1S-4株、菌株モルティエレラ・エロンガタSAM0219(微工研菌寄第8703号)(微工研条寄第1239号)、1S-4株から常法であるニトロソグアニジン変異法で誘導して得たモルティエレラ・アルピナS14株、モルティエレラ・アルピナIz3株なども使用することができる。
【0017】
また、本発明の製造方法において用いることができる微生物としては、上記微生物の突然変異株も含まれる。例えばモルティエレラ亜属に属する微生物に突然変異操作を行い、不飽和化酵素や炭素鎖延長化酵素の活性が低下または欠損あるいは向上した変異株を使用することができる。突然変異操作は、当業者に公知の手法により行うことができる。突然変異株が所望のPUFA生産能を有するか否かは、当業者であれば容易に判断することができる。
【0018】
[基本的な培養操作]
本発明は、前記微生物を培養することを伴う、高度不飽和脂肪酸(PUFA)及びこれを含有する脂質の製造方法を提供する。
【0019】
前記微生物の培養における培地への菌体の接種方法は、培養方法に応じて当業者が適宜選択し得るものである。具体的には、微生物菌株の栄養細胞、胞子および/または菌糸、又は予め培養して得られた種培養液あるいは種培養より回収した栄養細胞、胞子および/または菌糸を、液体培地あるいは固体培地に接種して培養する。
【0020】
本発明の製造方法に用いる培地中、炭素源としてはグルコース、フラクトース、キシロース、サッカロース、マルトース、可溶性デンプン、糖蜜、グリセロール、マンニトール、シュクロース、ソルビトール、ガラクトース、糖化澱粉等を単独であるいは組み合わせて、さらにはこれらのものを含有するシトラスモラセス、ビートモラセス、ビート搾汁、サトウキビ搾汁等、当業者に一般的に使用されているものであればこれらに限らず、いずれも使用できる。
【0021】
窒素源としては、当業者に一般的に使用されているもの、例えば、ペプトン、酵母エキス、麦芽エキス、肉エキス、カザミノ酸、コーンスティープリカー、大豆タンパク、脱脂ダイズ、綿実カス等の天然窒素源のほか、尿素等の有機窒素源、ならびに硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム等の硝酸塩、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩、等の無機窒素源を用いることができる。特に大豆から得られる窒素源、具体的には大豆、脱脂大豆、大豆フレーク、食用大豆タンパク、おから、豆乳、きな粉等を用いることができ、例えば、脱脂大豆に熱変性を施したもの、より好ましくは脱脂大豆を約70〜90℃で熱処理し、さらにエタノール可溶成分を除去したものを単独で又は複数で、あるいは前記窒素源と組み合わせて使用することができる。
【0022】
この他必要に応じて、リン酸イオン、カリウムイオン、ナトリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオンや、鉄、銅、亜鉛、マンガン、ニッケル、コバルト等の金属イオンやビタミン等を微量栄養源として使用できる。必要に応じて、アデカネート等の消泡剤を添加することもできる。
【0023】
これらの成分の培地中の濃度は微生物の生育を害しない濃度であれば特に制限はない。実用上望ましくは、炭素源の総添加量は培地に対し、0.1〜40w/w%、好ましくは1〜25w/w%とし、窒素源の総添加量は培地に対し、2〜15w/w%、好ましくは2〜10w/w%とする。また、本培養における、初発の窒素源濃度及び/又は炭素源濃度が高すぎると、微生物の成長が阻害されることが知られている。好適な態様としては、初発の炭素源添加量を1〜8w/w%、好ましくは1〜5w/w%、初発の窒素源添加量を0.1〜8w/w%、好ましくは1〜6w/w%として、培養途中に微生物の消費した炭素源及び窒素源を添加して培養する。グルコースと他の化合物を混合して滅菌することは、化学反応を誘発する可能性が高く、また、炭素/窒素比の高いほうが微生物の脂質生産性が高いことが知られているため、特に好適な態様としては炭素源のみを流加等により培地に添加して培養する。
【0024】
また、微生物菌体中のPUFA含有脂質の含有量を高めるため、不飽和脂肪酸の前駆体として、例えば、ヘキサデカン若しくはオクタデカン等の炭化水素;オレイン酸若しくはリノール酸等の脂肪酸又はその塩、又は脂肪酸エステル(例えばエチルエステル、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル等);あるいはオリーブ油、大豆油、なたね油、綿実油若しくはヤシ油等の油脂類を、単独で又は組み合わせて、培地に添加することが出来る。これらの添加量は培地に対して0.001〜10w/w%、好ましくは0.05〜10w/w%である。またこれらを培地中の唯一の炭素源として培養してもよい。
【0025】
培養は、従来の微生物を培養する方法、具体的には静置培養、振盪培養、通気攪拌培養等を用いることができる。培養操作法としては、いわゆる回分発酵法、流加回分発酵法、反復回分発酵法及び連続発酵法等のいずれも使用することができる。なお、攪拌手段としては、例えばインペラー(攪拌羽根)、エアーリフト発酵槽、発酵ブロスのポンプ駆動循環、及びこれら手段の組合せ等を使用することができる。
【0026】
本発明の製造方法は、上述の培養方法によって実施することができるが、なかでも液体培地中における通気攪拌培養で本培養を行うことが工業的に有利である。通気攪拌培養を行うための槽としては、例えば、ジャーファーメンター及びタンク等の攪拌槽が使用可能であるが、これらに限られるものではない。
【0027】
通気攪拌培養においては、例えば空気等の酸素を含有するガスや、アルゴン及び窒素等の酸素を含有しないガスのいずれを通気してもよく、このようなガスは培養系の条件に合わせて当業者により適宜選択される。例えば後述の実施例に記載の方法(本発明の一態様であるモルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)の場合)では、空気等の酸素を含有するガスを培地に通気する。
【0028】
微生物の培養温度は使用する微生物により異なるが、通常、5〜40℃、好ましくは20〜30℃である。また一態様として、20〜30℃にて培養して菌体を増殖後、5〜20℃にて培養を続けてPUFA含有脂質を生産することもできる。このような温度管理によっても、PUFA含有脂質のPUFA含有量を高めることができる。
【0029】
前記微生物を試験管やフラスコ中で培養する場合(前培養の段階)における培養期間は、通常1〜10日間、好ましくは1〜5日間、より好ましくは1〜3日間である。続く本培養の培養期間は、通常2〜30日間、好ましくは5〜20日間、より好ましくは5〜15日間である。所望のPUFAの含有量や脂肪酸組成を、本培養終了時の判断基準とすることができる。本培養は、大きく、微生物の対数増殖期、すなわち微生物の乾燥菌体重量から菌体内総脂肪酸重量を引いた脂質フリー菌体量が増加する時期と、それに続くPUFA等の脂肪酸蓄積期、すなわち脂質フリー菌大量の変化が小さい時期とに分けられる。10kL培養タンクでのM. alpina 1S-4の培養において、培養開始から2日目までの増殖期(脂質フリー菌体量が増加する)と、それ以降の脂肪酸蓄積期(脂質フリー菌体量がほとんど変化しない)があることを非特許文献4は記載する。対数増殖期及び脂肪酸蓄積期の判断方法は、非特許文献4の記載を参照して行うことができる。
【0030】
なお、微生物の本培養開始時(種培養液添加時)、培地のpHは5〜7、好ましくは5.5〜6.5に調整する。
【0031】
[有機酸]
本発明は、前記微生物を培養することを伴う、PUFA及びこれを含有する脂質の製造方法において、(a) 本培養開始後に、培地に有機酸を0.01〜5w/v%添加する工程を含む、前記製造方法を提供する。有機酸の培地への添加は、例えば後述の実施例を参照して行うことができる。
【0032】
該工程(a)において、有機酸というときは、有機酸及びその塩、並びにこれらの水和物も含み、以下、これらを総称して「有機酸等」ということもある。本明細書中において、有機酸とは、-COOH基を有する有機化合物のうち、培地に対して0.01〜5w/v%の添加量では上記微生物の増殖を阻害しないものをいい、そのうち特に、解糖系とその枝経路、またはTCA回路に含まれるものが好ましい。解糖系およびTCA回路は、グルコースを出発物質としたエネルギー獲得や脂肪酸合成に関わる中心経路であり、その多くは有機酸で構成されている。それらの有機酸は、解糖系やTCA回路、さらにその枝経路やバイパス経路を通じて相互変換される。一般に、PUFA合成の最初の段階である脂肪酸合成は、上記経路で生じるアセチルCoAやNADPHを必要とし、上記経路と密接に関わっている。このため、培地中の有機酸の量やバランスを変えることによって上記微生物のPUFA生産能が変化することが期待される。とりわけ、培地に添加して上記微生物を培養した場合に、微生物乾燥菌体重量当たりのPUFA量が増加する有機酸、及び/又は培地体積当たりのPUFA量が増加する有機酸が好ましい。例えば、コハク酸、フマル酸、ピルビン酸、乳酸、リンゴ酸(これらは、炭素数3〜4のモノ又はジカルボン酸であって、1以下の-OH基を有する)、これらの塩又はその水和物のうち、少なくとも1種類を用いることができ、好ましくは、コハク酸、リンゴ酸、乳酸、これらの塩又はその水和物のうち、少なくとも1種類を用いることができる。有機酸の塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、アンモニア塩のうち少なくとも1種類を用いることができる。添加に好ましい有機酸等であるかは、例えば後述の実施例に記載の手法に準じて判断することができる。
【0033】
前記有機酸等は、培地に対し、遊離の有機酸に換算して0.01〜5w/v%、好ましくは、0.2w/v%以上、より好ましくは0.22w/v%以上、さらに好ましくは0.3w/v%以上、特に0.44w/v%以上添加することができる。0.01w/v%以下であると、上記微生物中のPUFA又はこれを含有する脂質の含有量を高めるという所望の効果を得ることができず、5w/v%以上であると上記微生物の増殖を阻害する可能性がある。また、一定量以上では有機酸添加量の増加に伴って、上記微生物中のPUFA又はこれを含有する脂質の含有量が高まるわけではないと考えられるため、該一定量以上の範囲で任意に有機酸添加量を選択することができる。好ましい一態様として、培地に対し、コハク酸2Na・6水和物を1w/v%、すなわち、コハク酸として0.44w/v%添加することができる。前記有機酸等は、例えば水溶液として培地に添加することができる。有機酸水溶液を、有機酸添加前の培地と同程度のpHに調整して添加することもできるし、異なるpHに調整して培地のpHを変化させることもできる。
【0034】
前記有機酸等は、微生物の本培養中に添加し、好ましくは、本培養開始前ではなく、本培養開始後に添加する。有機酸等の添加の効果は、脂肪酸蓄積期に現れると考えられるため、上記微生物の本培養開始後であって、好適には対数増殖期が終了し、脂肪酸蓄積期に移行後、例えば、本培養開始後24時間目以降、好ましくは本培養開始後3日目以降、より好ましくは本培養開始後4日目以降に、前記有機酸を培地に添加する。特に、本培養開始後3〜5日目の間、例えば本培養開始後4日目に、有機酸を添加することができる。また、有機酸は、1回添加することもできるし、複数回に分割して添加することもできるが、操作簡便性という観点からは、1回添加することが好ましい。
【0035】
[pH]
本発明は、前記微生物を培養することを伴う、PUFA及びこれを含有する脂質の製造方法において、(b) 本培養開始後に、培地のpHを培養有効範囲内で高めるよう制御する工程を含む、前記製造方法を提供する。培地のpHの制御は、例えば後述の実施例を参照して行うことができる。培養中の培地pHは、微生物代謝に影響を与え、特に電子伝達系の関与する脂肪酸合成や不飽和化反応に大きな影響を与えると考えられる。
【0036】
培地のpHの制御は、制御前の培地のpHよりも高く、かつ微生物の増殖を阻害しない範囲内(培養有効範囲内)となるよう、当業者に公知の手法を参照して制御することで行うことができる。例えば、制御前の培地のpHを考慮した上で、培地のpHを6〜8の範囲内へ高めるよう制御して行うことができ、この範囲は、好ましくはpH6.3〜7.5、より好ましくはpH6.6〜7.5、さらに好ましくはpH6.9〜7.2である。
【0037】
pHの制御は、好ましくは、NaOH、KOH、NaHCO3、アンモニア等のアルカリ水溶液で行うことができ、特に、安価で入手しやすく上記微生物への悪影響が小さいと考えられる、NaOH水溶液を用いて行うことができる。
【0038】
上記微生物の本培養開始時、pH5〜7、好ましくはpH5.5〜6.5に調整された培地のpHは、通常、微生物の対数増殖期に一度低下した後、徐々にもとのpHに戻り、脂肪酸蓄積期においては変動が小さいことが知られる。培地のpHの制御は、上記微生物の本培養中に行い、好ましくは、本培養開始前ではなく、本培養開始後に行う。pH制御の効果は脂肪酸蓄積期に現れると考えられるため、上記微生物の本培養開始後であって、好適には対数増殖期が終了し、脂肪酸蓄積期に移行後、例えば、本培養開始後24時間以降、好ましくは本培養開始後3日目以降、より好ましくは本培養開始後4日目以降に、前記pHの制御を行う。特に、本培養開始後3〜5日目の間、例えば本培養開始後4日目に、行うことができる。また、pHの制御は、制御開始後培養終了時まで継続して行うことができるが、脂肪酸蓄積期におけるpH変動が小さいこと及び操作簡便性を考慮し、好ましくは脂肪酸蓄積期に1回行うことができる。
【0039】
[硫酸塩]
本発明は、前記微生物を培養することを伴う、PUFA及びこれを含有する脂質の製造方法において、(c) 本培養培地に金属イオンの硫酸塩を0.01〜0.5w/w%添加する工程を含む、前記製造方法を提供する。培地への金属イオンの硫酸塩の添加は、例えば後述の実施例を参照して行うことができる。
【0040】
前記金属イオンの硫酸塩としては、例えばMgSO4、CaSO4、Na2 SO4、K2SO4、FeSO4、MnSO4等、好ましくは、MgSO4及びCaSO4を、単独で又は組み合わせて添加することができる。より好ましくは、培地中の金属塩化物、例えば、MgCl2、CaCl2の代わりに、対応するこれらの硫酸塩、例えばMgSO4、CaSO4を添加する。添加に際し、これらの水和物を用いることができる。これらの金属イオンの硫酸塩は、水和物の場合、水分子を除いた重量で換算し、合計で、培地に対して0.01〜0.5w/w%、好ましくは0.01〜0.25w/w%、より好ましくは0.05〜0.2w/w%、特に好ましくは0.06〜0.1w/w%、添加することができる。
【0041】
MgSO4および/またはCaSO4を添加する場合、Na2SO4を同時に添加することができるが、Na2SO4が培地に対して0.1w/w%以下であることが好ましく、Na2SO4を添加しないことがより好ましい。また、金属イオンの硫酸塩としてMgSO4およびCaSO4を用いる場合、例えば、培地に対し、0.05w/w% MgSO4・7H2O + 0.05w/w% CaSO4・2H2O、0.06w/w% MgSO4・7H2O + 0.06w/w% CaSO4・2H2O、等の添加量とすることができる。
【0042】
前記金属イオンの硫酸塩は本培養開始前から培地に添加することもできるし、本培養途中で添加することもできる。有機酸等と異なり、培地を滅菌する際にグルコース等の炭素源と反応し得る可能性が低く、また、操作簡便性という観点も考慮すれば、前記金属イオンの硫酸塩は本培養開始前の培地に1回添加することが好ましい。
【0043】
上記工程(a)〜(c)は、それぞれ別々に行うことも、複数組み合わせて行うこともできる。例えば、工程(a)及び(b)を組み合わせて行う場合、工程(a)によってもpHの変動が起こりうること、また操作簡便性という観点から、これらを好ましくは同日、より好ましくは同時に行う。更なる操作簡便性という観点からは、これらの工程は、炭素源、例えばグルコースの添加のタイミングを避け、好ましくは、炭素源添加と異なる日に行う。
【0044】
さらに、例えば、工程(a)及び(c)、工程(b)及び(c)、工程(a)、(b)及び(c)を組み合わせて行うこともでき、この場合、操作簡便性という観点から、工程(c)を本培養開始前に行い、工程(a)及び/又は(b)を本培養開始後、炭素源添加と異なる日に行うことが好ましい。
【0045】
本発明の目的である、PUFA又はこれを含有する脂質の含有量が高い微生物菌体を提供するという観点から、上記工程(a)、(b)及び(c)を全て組み合わせて行うことが、特に好ましい。
【0046】
このように培養して、微生物菌体内にPUFAを含有する脂質が生産され、蓄積される。
【0047】
ここで、本発明の製造方法に用いる微生物菌体に含有される脂質として、トリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド、リン脂質、リゾリン脂質、糖脂質、遊離脂肪酸が挙げられ、特に前記微生物菌体は、トリグリセリドを主要な脂質として生産する。
【0048】
前記脂質を構成する脂肪酸としてPUFAが挙げられる。PUFAとしては、前記微生物菌体内に含有、生産・蓄積されるものであれば特に制限されず、例えば、エイコサジエン酸、エイコサトリエン酸、ジホモ-γ-リノレン酸(DGLA)、ミード酸、エイコサテトラエン酸、アラキドン酸(ARA)、エイコサペンタエン酸、ドコサジエン酸、ドコサトリエン酸、ドコサテトラエン酸、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、テトラコサジエン酸、テトラコサトリエン酸、テトラコサテトラエン酸、テトラコサペンタエン酸、およびテトラコサヘキサエン酸等が挙げられる。本発明の製造方法では、特にARAやDGLA生産能を有する微生物を用いることから、PUFAのうち特に好ましいものはARA及びDGLAであり、最も好ましくはDGLAである。上記微生物の一例であるモルティエレラ属の微生物の培養を工夫することにより生産が可能な、DGLA、ミード酸、ARA、エイコサペンタエン酸もまた、好ましいPUFAである(非特許文献1参照)。
【0049】
本発明がPUFA又はこれを含有する脂質の含有量が高い微生物菌体を提供することをその課題の1つとするという観点から、前記微生物菌体に含まれる脂質を構成するPUFAの含有量は高いことが望まれる。該PUFAがDGLAである場合、培地にDGLAを添加せずに前記微生物を培養後、DGLAまたはDGLA残基が、遊離脂肪酸に換算して、例えば後述の実施例に記載の手法で測定した場合に、乾燥菌体1g当たり、164mgより多く、例えば190mg以上、好ましくは195mg以上、より好ましくは200mg以上、さらに好ましくは220mg以上である。また、一態様において、従来の方法(工程(a)〜(c)を含まない)と比較して、本発明の方法によれば、得られる乾燥菌体1g当たりのDGLAは増加しており、遊離脂肪酸に換算して、例えば3%以上、好ましくは5%以上、より好ましくは10%以上増加している。また、一態様において、従来の方法(工程(a)〜(c)を含まない)と比較して、本発明の方法によれば、得られる乾燥菌体1g当たりのARAは増加している。
【0050】
同様に、前記微生物菌体に含まれる脂質を構成するPUFAの培地当たりの収量は高いことが望まれる。該PUFAがDGLAである場合、培地にDGLAを添加せずに前記微生物を培養後、培地1ml当たりのDGLAまたはDGLA残基の収量が、遊離脂肪酸に換算して、例えば後述の実施例に記載の手法で測定した場合に、5.5mg以上、好ましくは6.5mg以上、より好ましくは7.0mg以上、さらに好ましくは7.5mg以上である。また、一態様において、従来の方法(工程(a)〜(c)を含まない)と比較して、本発明の製造方法における培養終了後の培地1ml当たりのDGLA量は増加しており、例えば5%以上、好ましくは10%以上、より好ましくは15%以上増加している。また、一態様において、従来の方法(工程(a)〜(c)を含まない)と比較して、本発明の製造方法における培養終了後の培地1ml当たりのARA量は増加している。
【0051】
一態様において、本発明の製造方法で得られるPUFA又はこれを含有する脂質における、前記総脂肪酸中のDGLAは多いことが好ましく、遊離脂肪酸に換算して、例えば後述の実施例に記載の手法で測定した場合に、例えば35w/w%以上、好ましくは37w/w%以上、特に好ましくは40w/w%以上である。
【0052】
培養終了後、当業者に公知の手法により、例えば特開2000-69987や後述の実施例に記載の手法を参照して、培地からPUFA、PUFAを含有する脂質、これらを含有する微生物菌体を得ることができる。得られるPUFA、PUFAを含有する脂質については、既に上述したものが挙げられる。
【0053】
菌体は、所望により殺菌後、好ましくは乾燥する。微生物乾燥菌体を得るための乾燥工程は、オーブン加熱、凍結乾燥、熱風乾燥等によって行うことができる。培養終了後の培地から得られる微生物菌体は、培地当たりの乾燥菌体重量が多いことが望ましく、例えば培地1ml当たり乾燥菌体重量が約34mg以上であることが好ましい。
【0054】
乾燥菌体又は湿菌体から、当業者に公知の手法を用いてPUFAを含有する脂質を得ることが出来る。例えば、乾燥菌体をヘキサン等の有機溶媒で抽出処理後、抽出物から減圧下で有機溶媒を留去することにより、トリグリセリドを主とする、高濃度のPUFAを含有した脂質が得られる。また、得られたトリグリセリドを主とする脂質に、脱ガム、脱酸、脱色、脱臭など、通常の食用油脂に施す精製処理を行うことにより、高純度の精製食用油脂(トリグリセリド)を得ることができる。
【0055】
脂質中のPUFAは直接分離することも出来るが、低級アルコールとのエステル、例えばメチルエステルとすることにより、他の脂質成分から容易に分離することができ、また、所望のPUFAのみを他のPUFAから容易に分離することができる。このような分離手法は、当業者に公知である。
【0056】
本発明の微生物菌体は、そのまま、又は乾燥させて、利用することができる。また、本発明の製造方法で得られたPUFA及びこれを含有する脂質も、様々な手法で利用することができる。これらは、例えば、サプリメント、栄養組成物、動物用飼料(特にペットフード)、魚介類養殖用飼料、粉ミルク等を含む飲食品に、当業者に公知の手法を用いて、例えば後述の実施例に記載のように配合して、利用することができる。PUFA、特にARAやDGLAの好ましい摂取量に関しては、例えば非特許文献1の記載を参照することができる。
【0057】
このように、本発明に係る微生物菌体を用いることにより、微生物菌体の配合量が少量でもPUFA、特にDGLAの含有量が高い上記飲食品を簡便に得ることができ、例えば微生物の乾燥菌体を0.5w/w%配合して、100g中にDGLAを約100mg以上含むペットフードを得ることができる。また、上記微生物菌体から抽出、精製したトリグリセリドは、総脂肪酸中に占めるDGLAが非常に高く、食用油脂として好適なものである。
【0058】
上記微生物(乾燥)菌体、PUFA又はこれを含有する脂質、若しくはこれらを配合した飲食品には、その具体的な用途(例えば、栄養補助のため、成長促進のため、体質改善のため、特定の脂肪酸(例えばDGLA、ARA)供給のため、脳機能改善のため、等)及び/又はその具体的な用い方(例えば、量、回数、期間等)を表示することが出来る。
【発明の効果】
【0059】
以上のように、本発明の製造方法によれば、微生物菌体中のPUFA、これを含有する脂質の含有量が飛躍的に高くなる。それゆえ、PUFAを含有する微生物菌体並びにPUFA及びこれを含有する脂質を有効に利用することができる。また本発明においては、本培養開始前に(c) 金属イオンの硫酸塩の添加を行い、本培養初期のグルコース添加の必要な時期を過ぎてから、(a) 有機酸の添加や(b) 培地pHの制御を行えばよいため、これらの操作と同じ日にグルコースの添加操作を行うという煩雑さを回避できる。その結果、PUFA又はこれを含有する脂質の、低コストで、操作簡便な、大量生産に適する製造方法及びPUFA又はこれを含有する脂質の含有量が高い微生物菌体とその利用方法を提供することができる。
【実施例】
【0060】
以下、本発明について、実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、実施例中、Mortierella alpina 1S-4株はARA含有脂質を産生する。Mortierellaalpina S14株は本発明者らがMortierella alpina1S-4株から得た突然変異株であり、ARAの直接の前駆体であるDGLAをARAに変換するΔ5不飽和化酵素の活性がほぼ完全に欠失した株である。すなわち、ARAをほとんど産生せず、代わりに著量のDGLAを含有する脂質を産生する(非特許文献1参照)。Mortierellaalpina Iz3株も、S14株と同様に、ARAをほとんど産生せず、代わりに著量のDGLAを含有する脂質を産生する。
【0061】
〔実施例1 試験管培養における有機酸の添加効果〕
試験管に入った10mlの大豆粉液体培地(3w/w% グルコース、1.5w/w% 大豆粉、0.3w/w% K2HPO4、0.1w/w% Na2SO4、0.05w/w% MgCl2・6H2O、0.05w/w% CaCl2・2H2O、pH6.3)にモルティエレラ・アルピナ(Mortierellaalpina)S14株を1白金耳程度植菌し、28℃で3日間振盪培養した。培養開始4日目に、滅菌した50w/w%グルコース溶液を0.6ml培地に添加するとともに、NaOHでpHを6.0に調整した5w/v%濃度の各種有機酸水溶液を0.6ml添加して、さらに培養(振盪培養)を続けた。有機酸の培地全体に対する濃度は0.3w/v%に相当する。ここで、有機酸としては、コハク酸、フマル酸、ピルビン酸、乳酸、クエン酸、酒石酸及び酢酸を使用した。なお、有機酸水溶液を添加しないこと以外は同様に培養したものを対照とした。
【0062】
植菌10日目に培養を終了し、特開2000−69987号に記載の方法で乾燥菌体のメチルエステル化を行い、得られた脂肪酸メチルエチルエステルをガスクロマトグラフィーで分析した。すなわち、培養終了後、培養液から濾過により培養菌体を得、これを十分洗浄した後、オーブン加熱(100℃)で乾燥させ、乾燥菌体を得た。得られた乾燥菌体をねじ口試験管(16.5mmφ)に入れ、塩化メチレン1ml、無水メタノール−塩酸(10%) 2mlを加え、50℃で3時間処理することによって菌体内の脂肪酸残基をメチルエステル化し、n-ヘキサン4ml、水1mlを加えて、2回抽出し、抽出液の溶媒を遠心エバポレーター(40℃、1時間)で留去して脂肪酸メチルエステルを得た。得られた脂肪酸メチルエステルをキャピラリーガスクロマトグラフィーで分析し、DGLAの量を求めた。結果を表1に示す。
【0063】
【表1】

【0064】
コハク酸、フマル酸、ピルビン酸又は乳酸を添加した場合は、培地当たりの乾燥菌体重量、乾燥菌体重量当たりのDGLA量、培地体積当たりのDGLA量ともに増加したが、クエン酸、酒石酸、酢酸の場合にはそのような効果はみられなかった。
【0065】
〔実施例2 フラスコ培養における有機酸の添加効果〕
フラスコに入った100mlの酵母エキスを含む液体培地(8w/w%グルコース、1.5w/w%酵母エキス、0.3w/w% K2HPO4、0.1w/w% Na2SO4、0.05w/w% MgCl2・6H2O、0.05w/w% CaCl2・2H2O、pH6.3)にMortierella alpina S14株を1白金耳程度植菌し、28℃で5日間振盪培養した。培養開始6日目に、NaOHでpHを6.0に調整した10w/v% 乳酸水溶液を2ml添加し、さらに培養(振盪培養)を続けた。乳酸の培地全体に対する濃度は0.2w/v%に相当する。植菌10日目に培養を終了し、実施例1と同様の手法により、乾燥菌体を得て、DGLAの量を求めた。結果を表2に示す。
【0066】
【表2】

【0067】
乳酸を添加することにより、培地当たりの乾燥菌体重量、乾燥菌体重量当たりのDGLA量、培地体積当たりのDGLA量ともに増加した。また、得られる脂質に含まれる総脂肪酸中のDGLAの割合も増加した。
【0068】
〔実施例3 ジャーファーメンター培養における有機酸の添加効果〕
Mortierella alpina S14株の1白金耳を種培地100ml(2w/w%グルコース、1w/w% 酵母エキス、pH6.3)に接種し、往復振盪100rpm、28℃、の条件にて3日間前培養して種培養液を調製した。次に、容積10Lの通気攪拌培養槽に5Lの本培地(2w/w% グルコース、1.5w/w% 大豆粉、0.1w/w% グリセロール、0.2w/w% 大豆油、0.3w/w% K2HPO4、0.1w/w% Na2SO4、0.05w/w% MgCl2・6H2O、0.05w/w% CaCl2・2H2O、pH6.3)を仕込んで滅菌し、そこへ上記種培養液を全量添加した。その後、26℃、通気量1vvm(空気、以下の実施例においても同様)、攪拌回転数300rpmで、7日間通気攪拌培養(本培養)した。グルコース消費に応じて、グルコースがなくならないように適宜グルコース流加を行った。対数増殖期を過ぎ、脂肪酸蓄積期に入る頃を考慮し、本培養開始4日目に、NaOHでpH6.3に調整した有機酸水溶液(コハク酸、フマル酸、乳酸)を終濃度0.3w/v%になるように添加し、その後も通気攪拌培養を行った。本培養開始7日目に、実施例1と同様の手法により、乾燥菌体を得て、DGLAの量を求めた。結果を表3に示す。
【0069】
【表3】

【0070】
コハク酸、フマル酸、乳酸を添加した場合、乾燥菌体重量当たりのDGLA量、培地体積当たりのDGLA量ともに増加した。また、得られる脂質に含まれる総脂肪酸中のDGLAの割合も増加した。特にコハク酸及びフマル酸を用いた場合に増加がより顕著であった。
【0071】
〔実施例4 植菌後のpH制御の影響1〕
Mortierella alpina S14株を1白金耳程度、種培地100ml(2%グルコース、1%酵母エキス、pH6.3)に接種し、往復振盪100rpm、28℃、の条件にて3日間前培養し、種培養液を調製した。次に、容積10Lの通気攪拌培養槽に5Lの本培地(2w/w% グルコース、1.5w/w% 大豆粉、0.02w/w% グリセロール、0.2w/w% 大豆油、0.3w/w% K2HPO4、0.1w/w% Na2SO4、0.05w/w% MgCl2・6H2O、0.05w/w% CaCl2・2H2O、pH6.3)を仕込んで滅菌し、そこへ上記種培養液を全量添加した。その後、26℃、通気量1vvm、攪拌回転数300rpmで、13日間通気攪拌培養(本培養)した。グルコース消費に応じて、グルコースがなくならないように適宜グルコース流加を行った。対数増殖期を過ぎ、脂肪酸蓄積期に入る頃を考慮し、本培養開始5日目から培養終了時まで、滅菌したNaOH溶液または硫酸を用いて、pHを5.0、5.8、7.2になるよう調整した。なお、無調整の対照群の本培養開始5日目におけるpHは約6.3であった。本培養開始13日目に、実施例1と同様の手法により、乾燥菌体を得て、DGLAの量を求めた。結果を図1A〜1Cに示す。図中、横軸は培養5日目のpH値を示す。
【0072】
5日目から低pH(対照であるpH6.3よりも低いpH)に制御した場合の微生物のDGLA生産能は低かったが、高pH(対照であるpH6.3よりも高いpH)に制御すると微生物のDGLA生産能が向上した。
【0073】
〔実施例5 植菌後のpH制御の影響2〕
実施例4と同様の手法で、Mortierella alpina S14株を培養した(前培養:3日間、本培養:11日間)。グルコース消費に応じて、グルコースがなくならないように適宜グルコース流加を行った。対数増殖期を過ぎ、脂肪酸蓄積期に入る頃を考慮し、本培養開始3日目から培養終了時まで、滅菌したNaOH溶液または硫酸を用いてpHを6.6、6.9、7.2、7.5になるよう調整した。本培養開始11日目に、実施例1と同様の手法により、乾燥菌体を得て、DGLAの量を求めた。結果を図2A〜1Cに示す。図中、横軸は培養3日目のpH値を示す。
【0074】
3日目からpHを制御したが、pH6.6や7.5に制御した場合に比べて、pH6.9または7.2に制御した場合に微生物のDGLA生産能が向上した。また、本培養開始後、5日目及び3日目におけるpH制御共にDGLA生産能の向上が見られたことから、本培養開始後のこの前後の時期であって、培養操作に好都合な時期にpH制御を行うことが可能であると考えられた。
【0075】
〔実施例6 植菌後のpH制御の影響3〕
実施例4と同様の手法で、Mortierella alpina 1S-4株を培養した(前培養:3日間、本培養:7日間)。グルコース消費に応じて、グルコースがなくならないように適宜グルコース流加を行った。本培養開始4日目に、pH6.6であった培地に滅菌したNaOH溶液を培地に加え、pH6.8に調整した。その後、特別なpH調整は行わなかった。本培養開始7日目に、実施例1と同様の手法により、乾燥菌体を得て、ARAの量を求めた。結果を表4に示す。
【0076】
【表4】

【0077】
4日目からpHを調整したが、無調整の場合に比べて、微生物のARA生産能が向上した。
【0078】
〔実施例7 有機酸の添加方法〕
実施例4と同様の手法で、Mortierella alpina S14株を培養した(前培養:3日間、本培養:10日間)。グルコース消費に応じて、グルコースがなくならないように適宜グルコース流加を行った。本培養開始4日目のみ、または4日目と7日目に、終濃度が表4に示す量のコハク酸または乳酸となるように、これらをナトリウム塩水溶液として添加した。なお、表4のA〜Eのいずれも4日目にNaOH水溶液を用いて培地のpHを約6.9に調整した。本培養開始10日目に、実施例1と同様の手法により、乾燥菌体を得て、DGLAの量を求めた。結果を表5に示す。
【0079】
【表5】

【0080】
コハク酸または乳酸を0.22w/v%または0.44w/v%の濃度になるよう、また、4日目または7日目に添加したところ、いずれも乾燥菌体重量当たりのDGLA量、培地体積当たりのDGLA量などを増加させる効果があった。また、コハク酸と乳酸を組み合わせて添加することも有効であった。
【0081】
〔実施例8 コハク酸の添加量〕
Mortierella alpina S14株を1白金耳程度、種培地100ml(2w/w% グルコース、1w/w% 酵母エキス、pH6.3)に接種し、往復振盪100rpm、28℃、の条件にて3日間前培養し、種培養液を調製した。次に、容積10Lの通気攪拌培養槽に5Lの本培地(2w/w% グルコース、1.5w/w% 大豆粉、0.02w/w% グリセロール、0.1w/w% 大豆油、0.3w/w% K2HPO4、0.1w/w% Na2SO4、0.05w/w% MgCl2・6H2O、0.05w/w% CaCl2・2H2O、pH6.3)を仕込んで滅菌し、そこへ上記種培養液を全量添加した。その後、26℃、通気量1vvm、攪拌回転数300rpmで、11日間通気攪拌培養(本培養)した。グルコース消費に応じて、グルコースがなくならないように適宜グルコース流加を行った。本培養開始4日目に、コハク酸水溶液を終濃度0.44、0.87、1.3w/v%になるようにナトリウム塩水溶液として添加した。なお、いずれも本培養開始4日目にNaOH水溶液を用いて培地のpHを約6.9に調整した。本培養開始11日目に、実施例1と同様の手法により、乾燥菌体を得て、DGLAの量を求めた。結果を表6に示す。
【0082】
【表6】

【0083】
コハク酸を様々な濃度で添加したところ、0.87w/v%または1.3w/v%を添加した場合、0.44w/v%添加した場合とほぼ同等の生産能を得ることができた。このことから、一定量以上では、有機酸の添加量の増加に伴ってDGLA量が増加するわけではないため、一定量以上の任意の有機酸の添加量を選択することができると考えられた。
【0084】
〔実施例9 リンゴ酸の効果〕
実施例8と同様の手法で、Mortierella alpina S14株を培養した(前培養:3日間、本培養:8日間)。グルコース消費に応じて、グルコースがなくならないように適宜グルコース流加を行った。本培養開始4日目に、リンゴ酸水溶液を終濃度0.71w/v%になるようにナトリウム塩水溶液として添加した。なお、いずれも本培養開始4日目にNaOH水溶液を用いて培地のpHを約6.9に調整した。本培養開始8日目に、実施例1と同様の手法により、乾燥菌体を得て、DGLAの量を求めた。結果を表7に示す。
【0085】
【表7】

【0086】
リンゴ酸を添加することにより、DGLA含有量の高い菌体を得ることができた。
【0087】
〔実施例10 他の菌株のDGLA生産におけるコハク酸の効果〕
Mortierella alpina Iz3株を1白金耳程度、種培地100ml(2w/w% グルコース、1w/w% 酵母エキス、pH6.3)に接種し、往復振盪100rpm、28℃、の条件にて3日間前培養し、種培養液を調製した。Iz3株は、S14株と同じく、ARA生産菌Mortierellaalpina 1S-4株をニトロソグアニジンによる常法の変異処理によって得たDGLA生産菌である。次に、容積10Lの通気攪拌培養槽に5Lの本培地(2w/w% グルコース、1.5w/w% 大豆粉、0.02w/w% グリセロール、0.2w/w% 大豆油、0.3w/w% K2HPO4、0.1w/w% Na2SO4、0.05w/w% MgCl2・6H2O、0.05w/w% CaCl2・2H2O、pH6.3)を仕込んで滅菌し、そこへ上記種培養液を全量添加した。その後、26℃、通気量1vvm、攪拌回転数300rpmで、9日間通気攪拌培養(本培養)した。グルコース消費に応じて、グルコースがなくならないように適宜グルコース流加を行った。本培養開始4日目に、コハク酸水溶液を終濃度0.44w/v%になるようにナトリウム塩水溶液として添加した。なお、いずれも本培養開始4日目にNaOH水溶液を用いて培地のpHを約6.9に調整した。本培養開始9日目に、実施例1と同様の手法により、乾燥菌体を得て、DGLAの量を求めた。結果を表8に示す。
【0088】
【表8】

【0089】
S14株と同様に、Iz3株においても、コハク酸の添加によってDGLAの生産能が向上することがわかった。
【0090】
〔比較例1 10kL培養槽を用いたDGLA培養法〕
Mortierella alpina S14株を用いた。保存菌株を、1白金耳程度、酵母エキス1w/w%、グルコース2w/w%、pH6.3の培地に接種し、往復振盪100rpm、温度28℃の条件にて前培養(第一段階)を開始し、3日間培養した。次に、酵母エキス1w/w%、グルコース2w/w%、大豆油0.1w/w%、pH6.3の培地30Lを50L容培養槽に調製し、これに種培養液(第一段階)を接種して、前培養(第二段階)を開始し、2日間培養した。次に、本培養培地(2w/w% グルコース、3.1w/w% 大豆粉、0.02w/w% グリセロール、0.3w/w% K2HPO4、0.1w/w% Na2SO4、0.05w/w% MgCl2・6H2O、0.05w/w% CaCl2・2H2O、0.1%w/w% 大豆油、0.01w/w% アデカネート、pH6.3)に、種培養液(第二段階)を接種して、計6000Lの初発培養液量(培養槽容積10kL)に合わせた。温度26℃、内圧200kPaで培養を開始した。培養1〜5日目にグルコースの流加を行い、培地中のグルコースがなくならないようにしながら12日間培養した。本培養中のpHの制御を行わなかったところ、pHは6.0〜6.5の間で推移し、対数増殖期に一度低下後、徐々に元に戻り、脂肪酸蓄積期には変動が小さいと言う傾向がみられた。
【0091】
培養終了後、121℃、20分の条件で培養液7.9kLを殺菌した後、空気圧搾機構付横型フィルタープレスにより湿菌体を回収し、100℃の熱風で乾燥して乾燥菌体(水分含量:2%)を得た。得られた乾燥菌体量は47.2kg/kL培地、乾燥菌体重量当たりのDGLA量は174g/kg乾燥菌体、培地体積当たりのDGLA量は8.18kg/kL培地、総脂肪酸中のDGLAの割合は39.1%であった。また、乾燥菌体にヘキサンを加え、室温で軽く振盪しながら抽出を施した。得られたヘキサン溶液を濾紙で濾過して含有固形分を除去した後、減圧下で30〜40℃程度に加熱することによってヘキサンを除去し、DGLAを構成脂肪酸として成るトリグリセリドを得た。トリグリセリド中の総脂肪酸に占めるDGLAの割合は38.5%であった。
【0092】
〔実施例11 10kL培養槽を用いたDGLA培養〕
比較例1と同様の手法を用いて、計6000Lの初発本培養液量でMortierella alpina S14株の培養を開始した。本培養1〜3、および6日目にグルコースの流加を行い、培地中のグルコースがなくならないようにしながら12日間培養した。本培養4日目に1w/v%コハク酸二ナトリウム六水和物水溶液(60kg、コハク酸として0.44w/v%相当)とNaOH(1.26kg)を添加し、pHを6.9にした。その後培養終了まで培地のpHは6.9から7であった。
【0093】
培養終了後、比較例1と同様の手法により、乾燥菌体及びDGLAを構成脂肪酸として成るトリグリセリドを得た。得られた乾燥菌体重量は51.8kg/kL培地、乾燥菌体重量当たりのDGLA量は240g/kg乾燥菌体、培地体積当たりのDGLA量は12.43kg/kL培地であった。また、得られたトリグリセリド中の総脂肪酸に占めるDGLAの割合は45.8%であった。
【0094】
比較例1及び実施例11で得られた乾燥菌体及びDGLAの量について、表9に結果を示す。
【0095】
【表9】

【0096】
〔実施例12 ジャーファーメンター培養における硫酸塩の効果〕
Mortierella alpina S14株を1白金耳程度、種培地100ml(2w/w% グルコース、1%w/w% 酵母エキス、pH6.3)に接種し、往復振盪100rpm、28℃、の条件にて3日間前培養した。次に、容積10Lの通気攪拌培養槽に5Lの本培地を仕込んで滅菌し、そこへ上記種培養液を全量接種し、26℃、通気量1vvm、攪拌回転数300rpmで、11日間培養した。本培地の組成は、以下の3通りであった:
(i) クロル塩+硫酸Na(対照):
2w/w% グルコース、1.5w/w% 大豆粉、0.02w/w% グリセロール、0.2w/w% 大豆油、0.3w/w% K2HPO40.1w/w% Na2SO4、0.05w/w% MgCl2・6H2O、0.05w/w% CaCl2・2H2O、pH6.3
(ii) 硫酸塩 + 硫酸Na:
2w/w% グルコース、1.5w/w% 大豆粉、0.02w/w% グリセロール、0.2w/w% 大豆油、0.3w/w% K2HPO40.1w/w% Na2SO4、0.05w/w% MgSO4・7H2O、0.05w/w% CaSO4・2H2O、pH6.3
(iii) 硫酸塩 - 硫酸Na:
2w/w% グルコース、1.5w/w% 大豆粉、0.02w/w% グリセロール、0.2w/w% 大豆油、0.3w/w% K2HPO40.05w/w% MgSO4・7H2O、0.05w/w% CaSO4・2H2O、pH6.3
グルコース消費に応じて、グルコースがなくならないように適宜グルコース流加を行った。本培養開始4日目に、コハク酸水溶液を終濃度0.44w/v%になるようにナトリウム塩水溶液として添加した。なお、いずれも本培養開始4日目にNaOH水溶液を用いて培地のpHを約6.9に調整した。本培養開始11日目に、実施例1と同様の手法により、乾燥菌体を得て、DGLAの量を求めた。結果を表10に示す。
【0097】
【表10】

【0098】
「硫酸塩 + 硫酸Na」培地を用いた場合、乾燥菌体重量当たりのDGLA量、培地体積当たりのDGLA量ともに対照より増加した。また、得られる脂質に含まれる総脂肪酸中のDGLAの割合も増加した。「硫酸塩-硫酸Na」培地を用いた場合、いずれもさらに向上することがわかった。
【0099】
〔実施例13 ジャーファーメンター培養における硫酸塩の量〕
本培地の組成が、2w/w% グルコース、1.5w/w% 大豆粉、0.02w/w% グリセロール、0.2w/w% 大豆油、0.3w/w% K2HPO40.01w/w% MgSO4・7H2O、0.01w/w% CaSO4・2H2O、pH6.3である以外は、実施例12と同様の手法により、Mortierellaalpina S14株を培養した(前培養:3日間、本培養:11日間)。本培養開始11日目に、実施例1と同様の手法により、乾燥菌体を得て、DGLAの量を求めた。得られた乾燥菌体重量は33.7mg/mL培地、乾燥菌体重量当たりのDGLA量は209mg/g乾燥菌体、培地体積当たりのDGLA量は7.03g/L培地であった。
【0100】
〔実施例14 アラキドン酸生産に対する硫酸塩の効果〕
Mortierella alpina 1S-4株を1白金耳程度、種培地100ml(2w/w% グルコース、1w/w% 酵母エキス、pH6.3)に接種し、往復振盪100rpm、28℃、の条件にて3日間前培養した。次に、容積50Lの通気攪拌培養槽に25Lの本培地を仕込んで滅菌し、そこへ上記種培養液を全量接種し、26℃、通気量1vvm、攪拌回転数300rpmで、8日間培養した。本培地の組成は、以下の2通りであった。
(i) クロル塩(対照):
2w/w% グルコース、3.1w/w% 大豆粉、0.02w/w% グリセロール、0.1w/w% 大豆油、0.3w/w% K2HPO40.1w/w% Na2SO4、0.05w/w% MgCl2・6H2O、0.05w/w% CaCl2・2H2O、pH6.3
(ii) 硫酸塩:
2w/w% グルコース、3.1w/w% 大豆粉、0.02w/w% グリセロール、0.1w/w% 大豆油、0.3w/w% K2HPO40.06w/w% MgSO4・7H2O、0.06w/w% CaSO4・2H2O、pH6.3
グルコース消費に応じて、グルコースがなくならないように適宜グルコース流加を行った。本培養開始4日目に、コハク酸水溶液を終濃度0.44w/v%になるようにナトリウム塩水溶液として添加した。なお、いずれも本培養開始4日目にNaOH水溶液を用いて培地のpHを約6.9に調整した。本培養開始8日目に、実施例1と同様の手法により、乾燥菌体を得て、ARAの量を求めた。結果を表11に示す。
【0101】
【表11】

【0102】
〔比較例2 クロル塩を用いた10kL培養槽でのDGLA培養法〕
本培養培地として2w/w% グルコース、4w/w% 大豆粉、0.02w/w% グリセロール、0.3w/w% K2HPO40.1w/w% Na2SO4、0.05w/w% MgCl2・6H2O、0.05w/w% CaCl2・2H2O、0.1w/w% 大豆油、0.01w/w% アデカネート、pH6.3を用いた以外は、比較例1と同様の手法を用いて、計6000Lの初発培養液量でMortierella alpinaS14株の培養を開始した。培養1,2,3,6日目にグルコースの流加を行い、培地中のグルコースがなくならないようにしながら10日間培養した。本培養4日目に1w/v% コハク酸二ナトリウム六水和物水溶液(60kg、コハク酸として0.44w/v% 相当)とNaOH(1.26kg)を添加し、pHを6.9にした。
【0103】
培養終了後、比較例1と同様の手法により、乾燥菌体及びDGLAを構成脂肪酸として成るトリグリセリドを得た。得られた乾燥菌体重量は57.3kg/kL培地、乾燥菌体重量当たりのDGLA量は168g/kg乾燥菌体、培地体積当たりのDGLA量は9.31kg/kL培地であった。また、得られたトリグリセリド中の総脂肪酸に占めるDGLAの割合は41.8%であった。
【0104】
〔実施例15 硫酸塩を用いた10kL培養槽でのDGLA培養法〕
本培養培地として2w/w% グルコース、4w/w% 大豆粉、0.02w/w% グリセロール、0.3w/w% K2HPO40.06w/w% MgSO4・7H2O、0.06w/w% CaSO4・2H2O、0.1w/w% 大豆油、0.01w/w% アデカネート、pH6.3を用いた以外は、比較例2と同様の手法により、Mortierella alpinaS14株を培養した。
【0105】
10日間の本培養終了後、比較例1と同様の手法により、乾燥菌体及びDGLAを構成脂肪酸として成るトリグリセリドを得た。得られた乾燥菌体重量は60.5kg/kL培地、乾燥菌体重量当たりのDGLA量は193g/kg乾燥菌体、培地体積当たりのDGLA量は11.70kg/kL培地であった。また、得られたトリグリセリド中の総脂肪酸に占めるDGLAの割合は42.3%であった。
【0106】
比較例2及び実施例15で得られた乾燥菌体及びDGLAの量について、表12に結果を示す。
【0107】
【表12】

【0108】
〔実施例16-1 ペットフード1〕
実施例11で得た乾燥菌体をミルにより粉末化した。ミートミール、チキンエキス、トウモロコシ、米、大豆、植物油脂、ビタミンミクスチャーから成る原料に、粉末化した乾燥菌体を0.5%重量添加して、ペットフードを作製した。得られたペットフードは100g中にDGLAを約120mg含み、使用に適したものであった。
【0109】
〔実施例16-2 ペットフード2〕
実施例15で得た乾燥菌体を用いて、実施例16-1と同様の手法によりペットフードを作製した。得られたペットフードは100g中にDGLAを約97mg含み、使用に適したものであった。
【0110】
〔実施例17 稚仔魚養殖用の微小生物餌料〕
実施例16-1で得た粉末化した乾燥菌体を用いて、稚仔魚養殖時の餌料に用いるワムシ、及びブラインシュリンプの培養を行った。培養方法は、海水200mlを300mlの水槽に入れ、通気条件下、23℃で、ワムシは1ml当り100個体、ブラインシュリンプは1ml当り20個体放養し、それぞれ1g/106個ワムシ1日、1g/105 個ブラインシュリンプ1日になるように乾燥菌体を与えて生育させた。ワムシ、ブラインシュリンプとも乾燥菌体を摂取して生育し、DGLAを含有する餌料となった。いずれも養殖用餌料として好適であった。
【0111】
〔実施例18-1 食用精製トリグリセリドの製造1〕
実施例11で得た乾燥菌体に、ヘキサン抽出、脱ガム、脱酸、脱色、脱臭などの抽出精製処理を施し、食用精製トリグリセリドを製造した。総脂肪酸中に占めるDGLAの割合は45.4%であった。また、ヘキサンや重金属類は検出されず、食用油脂として好適であった。
【0112】
〔実施例18-2 食用精製トリグリセリドの製造2〕
実施例15で得た乾燥菌体を用いて、実施例18-1と同様の手法により、食用精製トリグリセリドを製造した。総脂肪酸中に占めるDGLAの割合は42.0%であった。また、ヘキサンや重金属類は検出されず、食用油脂として好適であった。
【0113】
〔実施例19 乾燥菌体から抽出した油脂を配合したカプセルの調製〕
ゼラチン(新田ゼラチン社製)と食品添加用グリセリン(花王社製)とを重量比100:35となるように混合して水を加え、50〜60℃の温度範囲で溶解させ、粘度2000cpのゼラチン被膜を調製した。次に、実施例18-1又は18-2で得た食用精製トリグリセリドとビタミンE油(エーザイ社製)とを重量比100:0.05となるように混合し、内容物を調製した。これらを用いて、常法によりカプセル成型および乾燥を行い、1粒当たり180mgの内容物を含有するソフトカプセルを製造した。このソフトカプセルはいずれも経口摂取に好適なものであった。
【0114】
〔実施例20 乾燥菌体から抽出した油脂を配合した飲料の調製〕
実施例18-1で得た食用精製トリグリセリドと大豆レシチン(辻製油)とを重量比9:1で混合し、水中に均一に分散してリポソーム分散液を得た。このリポソーム分散液を、オレンジジュース、炭酸水、コーヒー飲料、ミルク、豆乳、またはポタージュスープ飲料に対して、1/100容量ずつ添加することにより、本発明にかかる食品としての上記各飲料を調製(製造)した。これら飲料はいずれも経口摂取に好適なものであった。
【図面の簡単な説明】
【0115】
【図1】実施例4において、Mortierella alpina S14株の本培養開始5日目からpHを制御(pH 5.0、5.8、7.2)した場合の、DGLA量に対する影響を示す図である。
【図2】実施例5において、Mortierella alpina S14株の本培養開始3日目からpHを制御(pH6.6、6.9、7.2、7.5)した場合の、DGLA量に対する影響を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アラキドン酸(ARA)及び/又はジホモ-γ-リノレン酸(DGLA)生産能を有する微生物を培養することを伴う、高度不飽和脂肪酸(PUFA)及びこれを含有する脂質の製造方法において、以下の(a)〜(c)の工程:
(a) 本培養開始後に、培地に有機酸を0.01〜5w/v%添加する工程;
(b) 本培養開始後に、培地のpHを培養有効範囲内で高めるよう制御する工程;及び
(c) 本培養培地に、金属イオンの硫酸塩を0.01〜0.5w/w%添加する工程;
の1以上を含む、PUFA又はこれを含有する脂質の製造方法。
【請求項2】
工程(a)及び工程(b)を含み、工程(a)及び工程(b)が、培地への炭素源の添加と異なるときに行われる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
工程(c)を含み、工程(c)が本培養開始前に行われる、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記PUFA又はこれを含有する脂質において、前記総脂肪酸中のDGLAが35%以上である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
乾燥菌体1g当たりのDGLAが190mg以上である、モルティエレラ・アルピナの乾燥菌体。
【請求項6】
以下の(a)〜(c)の工程:
(a)本培養開始後3日目以降、培地にコハク酸、フマル酸、ピルビン酸、乳酸及びリンゴ酸から選択される1以上の有機酸を、0.2〜5w/v%培地に添加する工程;
(b)本培養開始後3日目以降、培地のpHをpH6.6〜7.5の範囲内で高めるよう制御する工程;及び
(c) 本培養培地に、MgSO4、CaSO4、Na2 SO4、K2SO4、FeSO4、及びMnSO4等から選択される1以上を0.01〜0.25w/w%添加する工程;
の1以上を含む方法によって、液体培地中で通気攪拌培養したモルティエレラ・アルピナの菌体を、さらに乾燥工程に供して得られる、請求項5の乾燥菌体。
【請求項7】
請求項5又は6に記載の乾燥菌体若しくは該乾燥菌体由来のARA及び/又はDGLAを含む、飲食品。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−167721(P2008−167721A)
【公開日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−6293(P2007−6293)
【出願日】平成19年1月15日(2007.1.15)
【出願人】(000001904)サントリー株式会社 (319)
【Fターム(参考)】