説明

高度不飽和脂肪酸含有リン脂質の水分散液

【課題】 本発明は、人体に有用な高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸としてもつリン脂質組成物の長期保存安定性の優れた水分散液の提供。
【解決手段】 リン脂質が濃度0.001〜5.0質量%、平均分散径0.1〜10μmで水に分散していること特徴とする高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として持つリン脂質組成物の水分散液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高度不飽和脂肪酸含有リン脂質組成物の水分散液に関する。
【背景技術】
【0002】
アラキドン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)などの高度不飽和脂肪酸、特に、最初の二重結合がメチル期末端(ω末端)から数えて3番目の炭素にあるω―3系高度不飽和脂肪酸はその多彩な生理活性により近年、非常に注目を集めている物質である。なかでもドコサヘキサエン酸(以後、DHAと称す。)は、学習能力・記憶力向上作用、網膜反射能向上作用、血圧低下作用、コレステロール低下作用などがあるとされている。従来、DHAは主に魚油から抽出されたトリグリセリド型のものが供給されており、健康食品としての市場が確立されている。
【0003】
DHAを構成脂肪酸として持つリン脂質(リン脂質型DHAと呼ぶ)は、経口投与した場合、トリグリセリド型DHAよりも高い生理活性を有するため、リン脂質型のDHAの供給が望まれている。また、DHA含有リン脂質においても魚介類などに天然の形で存在するsn−2位にDHAが結合したものが生理活性に大きく寄与することが知られている。
【0004】
トリグリセリド型のDHAは水に対して溶解性がないため水系で使用するためには界面活性剤などを入れてエマルション化しなければならない。また、高度不飽和脂肪酸は酸化安定性が極めて悪いため長期安定性に問題があった。
【0005】
トリグリセリドのsn−3位が脂肪酸エステルではなくリン酸エステルであるグリセロリン脂質は、フォスファジルコリンやフォスファジルエタノールアミンに代表されるように親水基を持つため、一般にトリグリセリド型よりも水に対する親和性が良い。そのために水に分散させることが可能であるが、トリグリセリド型と同様に酸価安定性の問題や、長時間の保管によりエマルションの破壊が起こるなど長期保存安定性のある高度不飽和脂肪酸含有リン脂質のエマルションは未だ報告されていない。
【0006】
類似の技術として高度不飽和脂肪酸であるDHAを構成脂肪酸として持つリン脂質によるリポソーム製剤が報告されている。(特許文献1−特許2911550号公報、特許文献2−特開平8−151334号公報、特許文献3−特開平10−265388号公報)しかし、いずれも酸化安定性は悪い。例えば、特許文献1では、むしろ酸化安定性の悪さを利用して薬剤を放出させるのが特徴であるし、特許文献2の場合では、図5をみると、明らかにDHAの量が減少しており酸化されていると考えられる。また、いずれもリポソームを形成するために逆相蒸発法、脂肪薄膜法(ボルテクスィング法)、界面活性剤透析法などを用いており、操作が繁雑である。しかも、リポソームは内在する薬剤を作用個所に運ぶ目的で製造される。
【0007】
一方、本発明は人体に有用な高度不飽和脂肪酸の安定な水系の組成物の供給を目的とした水分散液(エマルション)に関するものである。目的も製法も全く違ったエマルションとリポソームとは一概に比較すべきものではなく、高度不飽和脂肪酸の供給を目的とした安定な水分散液(エマルション)は未だ報告されていない。
【0008】
また、高度不飽和脂肪酸含有リン脂質ではないが、大豆等のリン脂質の水分散液についての報告がなされている(特許文献4−特開平8−311086号公報)。しかし、大豆等のリン脂質では分散径を均一にして初めて安定な水懸濁液が得られており、実施例によると粒径が0.2〜10μmの範囲で分布している水分散液はわずか10日で水相と沈殿物に分離する。そのため、粒径を均一にして初めて長期安定性が得られている。
このように従来の技術には様々な問題点があり、厳密な粒径のコントロールが必要なく、しかも酸化されにくい、つまり長期保存安定性のある高度不飽和脂肪酸の安定な水系の組成物の供給が強く望まれていた。
【特許文献1】特許2911550号公報
【特許文献2】特開平8−151334号公報
【特許文献3】特開平10−265388号公報
【特許文献4】特開平8−311086号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、人体に有用な高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸としてもつリン脂質組成物の長期保存安定性の優れた水分散液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、高度不飽和脂肪酸を構成成分として持つリン脂質は厳密な粒径の制御をしなくても水相と沈殿物の分離はおこさないばかりか、ある濃度範囲で、特定の範囲の平均分散径で分散させることにより、驚くべきことに酸化の起こりにくい長期安定性に優れた水分散液になることを見出し、本発明を成すに至った。すなわち、本発明は下記のとおりである。
【0011】
(1)リン脂質が濃度0.001〜5.0質量%、平均分散径0.1〜10μmで水に分散していること特徴とする高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として持つリン脂質組成物の水分散液。
(2)リン脂質が魚介類の組織から抽出したものであることを特徴とする(1)記載の水分散液。
(3)リン脂質組成物に対して100ppm以上のビタミンEを含む(1)、(2)のいずれかに記載の水分散液。
(4)(1)〜(3)のいずれかに記載の水分散液を添加したことを特徴とする食品。
【発明の効果】
【0012】
本発明の水分散液は、人体に有用な高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸としてもつリン脂質組成物であり、その長期保存安定性に優れるので健康食品の分野で好適に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明について、特にその好ましい態様を具体的に説明する。本発明において高度不飽和脂肪酸とは2重結合を4個以上もつ多価不飽和脂肪酸のことを言う。本発明にいう高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として持つリン脂質組成物(高度不飽和脂肪酸含有リン脂質組成物という。)は主に魚介類の組織から抽出することにより得られる。魚介類の組織とは高度不飽和脂肪酸含有リン脂質組成物を含むものなら魚介類の内臓や皮などの一部でも良いし、それらの集合体である個体そのものでも構わない。また卵などでも構わない。これらを単独もしくは複数組み合わせて使うことが出来る。
【0014】
特に、魚介類の組織の中でも比較的高度不飽和脂肪酸含有リン脂質の含量の多いものが好ましい。例えば、イカ皮、イカ、ホタテ、マグロ、イワシ、カツオ、サバ、タラ、サケ、タイ、ヒラメ、サメ、マスなどの内臓やタラコ、イクラなどの魚卵が挙げられる。
【0015】
特にホタテの内臓は、通称ウロと呼ばれており大量に廃棄されている。ウロとはホタテの軟体部の貝柱以外の部分全体(中腸線、生殖腺、ヒモ)を広義のウロ、中腸腺のみを狭義のウロといい、単純にウロといった場合、どちらを指すかは明確ではない。本発明では狭義のウロでも、広義のウロでも、その混合物でも構わない。ウロは安価に入手可能なため原料として好ましい。魚介類の組織からのリン脂質組成物の抽出は公知の方法などに従って行なえば良い。例えば特開平06−321970号公報、特開平07−162757号公報や特開2004−026767号公報などの方法がある。また、大豆レシチンや卵黄レシチンなどのリン脂質の脂肪酸を酵素を用いて高度不飽和脂肪酸に変換させて得る方法などもある。
【0016】
高度不飽和脂肪酸含有リン脂質組成物とは、グリセロリン脂質のもつ二つの脂肪酸残基の1つもしくは2つが高度不飽和脂肪酸残基であるリン脂質を含むリン脂質組成物のことをいう。グリセロリン脂質としては、例えばフォスファジルコリン、フォスファジルセリン、フォスファジルイノシトール、フォスファジルエタノールアミン、フォスファジルグリセロール、フォスファジン酸などが挙げられる。これらの単独でも混合物でも構わない。もちろん、スフィンゴリン脂質やプラスマローゲン型リン脂質、各リン脂質のリゾ体など、天然物がもともと保持している他の種類のリン脂質や糖脂質が含まれていても構わない。高度不飽和脂肪酸としては例えばドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、アラキドン酸(AA)などがある。
【0017】
リン脂質組成物中の脂肪酸組成は、高度不飽和脂肪酸の含量が全体の脂肪酸中の20質量%以上であることが好ましい。より好ましくは40質量%以上である。また上記リン脂質組成物中にトコフェロール類およびトコトリエノール類(ビタミンE)、アスコルビン酸(ビタミンC)やアスタキサンチンのようなカロチノイド系色素、茶カテキンなどの抗酸化作用のある物質が単独もしくは複数含まれているとより一層の抗酸化性が期待できるため好ましい。特にビタミンEをリン脂質組成物に対して100ppm以上、好ましくは0.01〜0.5質量%含んでいることである。ビタミンEは天然抽出品でも合成品でも構わないが、中でも抗酸化力の強いd−σ―トコフェロールが好ましい。また、中性脂質はリン脂質組成物に対して10質量%以下であると、エマルションの安定性がより一層高まるために好ましい。より好ましくは5質量%以下である。
【0018】
本発明のリン脂質組成物の水分散液は、高度不飽和脂肪酸含有リン脂質を、特定の濃度範囲で特定の平均粒子径で分散させることにより得られる。リン脂質組成物を特定の濃度になるように水に加え、攪拌機やホモジナイザーで混合することにより平均粒子径は調製できる。またリン脂質組成物の状態によっては手で激しく振ることによっても調製可能である。その際、リン脂質組成物の濃度は0.001〜5質量%が好ましい。より好ましくは0.01〜1質量%である。また、平均分散径0.1〜10μmが好ましく、より好ましくは0.2〜6.0μmである。液のpHは4.0〜9.0が好ましい。より好ましくは4.6〜8.0である。本発明の水分散液は冷暗所に保存することが好ましい。
【0019】
本発明の水分散液は水ベースで流体なので取り扱いが容易であり、医薬品、食品、香粧品などに利用できる。例えば液剤や注射剤のような薬剤の形態に利用できる。食品のなかでは特に、緑茶飲料、紅茶飲料、半発酵茶飲料(ウーロン茶など)、コーヒー飲料、乳飲料、豆乳、清涼飲料水、スポーツドリンク、果汁飲料、乳酸菌飲料、野菜ジュース、ドリンク剤、アルコール飲料などのような飲料に利用するに最適である。
【0020】
また、ゼリー状食品、スープ、ドレッシング、ふりかけ、パン、ラーメン、うどん、そば、プリン、ゼリー、スナック菓子、ケーキ、饅頭、羊羹、ういろう、おにぎり、ガム、キャンディー、チョコレート、クッキー、キャラメル、アイスクリーム、ソフトクリーム、マヨネーズ、マーガリン、調味料、またヨーグルトのような乳製品などにも利用可能である。
【0021】
さらに、本発明の成分は人体にとって極めて有用な成分であるため嚥下障害をもつ人のための流動食への添加や、宇宙食への添加など、脂質成分の栄養補助として加えることも出来る。高度不飽和脂肪酸含有リン脂質は、美白作用なども持つと言われており、香粧品への配合も可能である。例えば美白剤、保湿剤、日焼け止め、ファンデーション、口紅、リップクリーム、メイク落とし、シャンプー、リンス、ヘアーカラー、白髪染め、石鹸などへの配合も可能であろう。
【0022】
製剤化、食品化、香粧品への配合の手法においては、それぞれの形態の製造上許容しうる希釈剤などの他の成分が一つ、もしくは複数含まれる混合物として含有されても構わない。他の成分としては、例えば、ビタミンE、ビタミンC、カテキン、アスタキサンチンなどの抗酸化剤、増量剤、界面活性剤、緩衝剤、矯味剤、矯臭剤、香料、保存剤などが考えられるが、これらに限定されるものではない。
【実施例】
【0023】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明は以下の例によってなんら限定されるものではない。なお実施例、比較例に記載した物性評価に関する手法は以下の通りである。
[平均粒径の測定]レーザー回折/散乱式粒度分布測定装置(HORIBA LA−910)を用いて測定した。測定は室温で行い、測定前に30秒間、超音波で脱気して測定した。
[酸価、過酸化物価]それぞれ基準油脂分析試験法4.2.1および基準油脂分析試験法2.5.2に基づいて測定した。
[脂肪酸組成(DHA、EPA)] 基準油脂分析試験法に準じてメチルエステル化してガスクロで分析した。
【0024】
[実施例1、2、比較例1、2]
ホタテのウロ10kgを真空乾燥機で乾燥し、乾燥ウロ2.5kgを得た。この乾燥ウロから90質量%のエタノール7.5Lで3回抽出した後、溶媒を留去して抽出粗油503gを得た。その粗抽出油をヘキサン1Lに溶かし、50質量%アセトン水溶液2Lで有機相を洗浄した。有機相のヘキサンを留去し、その残留物を冷アセトン2.5Lで3回洗浄して中性脂質を取り除き、洗浄された残留物をヘキサンに溶解した。ビタミンEを0.3g加えて良く攪拌し、溶媒を留去して高度不飽和脂肪酸含有リン脂質組成物を107gを得た。
【0025】
実施例1では、前記操作で得られたリン脂質組成物を0.1質量%になるようにサンプル瓶にとり、蓋をしてサンプル瓶を手で激しく振って分散させた。分散直後の平均分散径は5.2μmであった。この分散液を冷蔵庫の中、2℃で4ヶ月放置したが水相と沈殿物に分離することなく、平均粒径もほとんど変化はなかった。また2ヶ月、4ヶ月の時点で酸化、過酸化物価、EPA、DHAを測定した。その結果を表1に示す。なお、表中のAVは酸価を、POVは過酸化物価をそれぞれ意味する。いずれの値も大きな変化はなく、長期保存安定性に優れていることが分かる。
【0026】
実施例2では、実施例1と同じ操作で得られたリン脂質組成物を0.05質量%になるようにサンプル瓶にとり、ホモジナイザーで攪拌した。分散直後の平均粒径は0.26μmであった。この分散液を冷蔵庫中、2℃で4ヶ月放置したが水相と沈殿物に分離しなかった。また2ヶ月、4ヶ月の地点で酸化、過酸化物価、EPA、DHAを測定した。その結果を表1に示す。いずれの値も大きな変化はなく、長期保存安定性に優れていることが分かる。
【0027】
比較例1では、実施例1と同じ操作で得られたリン脂質組成物を10質量%になるようにサンプル瓶にとり、ホモジナイザーで攪拌した。分散直後の平均粒径は1.1μmであった。しかし、同様に2℃で放置したところ1ヵ月後には沈殿が生じていた。また、その時の平均粒径は11.6μmであった。濃度が濃すぎたため長期安定性が悪かった。
【0028】
比較例2では実施例1と同じ操作で得られたリン脂質組成物を3.0質量%になるようにサンプル瓶にとり、蓋をしてサンプル瓶を手で激しく振って分散させた。平均粒径は12.4μmであった。2℃で4ヶ月間放置したところ、水相と沈殿物に分離することはなかった。そこで、2ヶ月、4ヶ月の地点で酸化、過酸化物価、EPA、DHAを測定した。その結果を表1に示す。平均粒径が大きすぎたため、経時的に過酸化物価、酸価が高くなっており、長期安定性が悪かった。
【0029】
[実施例3、比較例3]
イカの皮10kgを真空乾燥して乾燥皮を3.2kg得た。この乾燥皮からエタノールとヘキサンの1対1体積比の混合溶媒6Lで2回リン脂質組成物を抽出し溶媒を留去した。その粗抽出油をヘキサン1Lに溶かし、50質量%アセトン水溶液2Lで有機相を洗浄した。有機相を分離してヘキサンを留去した。その残留物を冷アセトン3Lで2回洗浄して中性脂質を取り除き、洗浄された残留物から、残留アセトンを留去して高度不飽和脂肪酸含有リン脂質を含む抽出油132gを得た。
【0030】
実施例3では、前記操作で得られたリン脂質組成物を1.5質量%になるようにサンプル瓶にとり、パドル翼で攪拌して分散させた。分散直後の平均分散径は6.3μmであった。この分散液を2℃で4ヶ月放置したが水相と沈殿物に分離することなく、平均粒径もほとんど変化はなかった。また2ヶ月、4ヶ月の地点で酸化、過酸化物価、EPA、DHAを測定した。その結果を表2に示す。いずれの値も大きな変化はなく、長期保存安定性に優れていることが分かる。
【0031】
一方、比較例3では市販の大豆レシチン(試薬、和光純薬製)を1.5質量%になるようにサンプル瓶にとり、バドル翼で攪拌して分散させた。分散直後の平均分散系は4.2μmであった。その分散液を2℃で保存したところ1週間で水相と油相に分離してしまった。この大豆レシチンは、構成脂肪酸に高度不飽和脂肪酸をほとんど含まないため長期安定性が悪かった。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の水分散液は、人体に有用な高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸としてもつリン脂質組成物の長期保存安定性に優れるので健康食品の分野で好適に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン脂質が濃度0.001〜5.0質量%、平均分散径0.1〜10μmで水に分散していること特徴とする高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として持つリン脂質組成物の水分散液。
【請求項2】
リン脂質が魚介類の組織から抽出したものであることを特徴とする請求項1記載の水分散液。
【請求項3】
リン脂質組成物に対して100ppm以上のビタミンEを含む請求項1、2のいずれかに記載の水分散液。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の水分散液を添加したことを特徴とする食品。

【公開番号】特開2006−124488(P2006−124488A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−313438(P2004−313438)
【出願日】平成16年10月28日(2004.10.28)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】