説明

高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法およびその利用

【課題】より簡単に高度動脈硬化患者をスクリーニングできる手段を提供する。
【解決手段】被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法は、上記被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定する測定工程を含む。さらに被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出するためのキットであって、上記被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定するための測定手段を少なくとも備えており、上記測定手段は、分泌型GRP78タンパク質を特異的に認識する抗体である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法およびその利用に関する。より具体的には、動脈の狭窄度が75%以上の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法、キットおよびマーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
世界(先進国)における死亡原因の第1位は動脈硬化性疾患である。動脈硬化のマーカーとして、これまでに種々のタンパク質を利用できることが報告されている。このようなタンパク質としては、例えば、sICAM(soluble Intercellular adhesion molecule)−1、MMP(matrix metalloproteinase)−1,2,3,9、TIMP(tissue inhibitor of metalloproteinase)−1,2、高感度CRP(C-reactive protein)等がある(非特許文献1および非特許文献2)。
【0003】
ところで、発明者らは、これまでに、動脈硬化病変において小胞体ストレス応答が生じ、その結果、動脈硬化病変において、小胞体関連分子であるGRP78タンパク質の発現が増大することを報告している。具体的には、GRP78タンパク質は、動脈硬化の組織、特に血管の狭窄が強い場所や破裂し易い場所において発現が増加していることを報告している(非特許文献3)。
【0004】
また、別のグループによって、GRP78タンパク質は、小胞体ストレスによって細胞表面へと移動し、細胞外に分泌されることが報告されている(非特許文献4〜6)。
【0005】
さらには、腫瘍細胞においてGRP78タンパク質の発現が増加すると抗癌剤が効きにくくなることから、GRP78タンパク質は、腫瘍細胞における抗癌剤治療抵抗性のマーカーとして用いられている(非特許文献7および8)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】小菅雅美ら,“心血管イベント予防目的としての炎症反応バイオマーカー”,Heart View Vol. 13, No. 6 (2009) p.8-14
【非特許文献2】Linda Hermus et al., "Carotid plaque formation and serum biomarkers", Atherosclerosis 213 (2010) p.21-29
【非特許文献3】Masafumi Myoishi et al., "Increased Endoplasmic Reticulum Stress in Atherosclerotic Plaques Associated With Acute Coronary Syndrome", Circulation 116 (2007) p.1226-1233
【非特許文献4】Yi Zhang et al., "Cell Surface Relocalization of the Endoplasmic Reticulum Chaperone and Unfolded Protein Response Regulator GRP78/BiP", Journal of Biological Chemistry Vol. 285, No. 20 (2010) p.15065-15075
【非特許文献5】Nicolas Chignard et al., "Cleavage of Endoplasmic Reticulum Proteins in Hepatocellular Carcinoma: Detection of Generated Fragments in Patient Sera", Gastroenterology 130 (2006) p.2010-2022
【非特許文献6】David L. Wiest et al., "Incomplete endoplasmic reticulum (ER) retention in immature thymocytes as revealed by surface expression of "ER-resident" molecular chaperones", Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94 (1997) p.1884-1889
【非特許文献7】Eunjung Lee et al., "GRP78 as a Novel Predictor of Responsiveness to Chemotherapy in Breast Cancer", Cancer research 66(16) (2006) p.7849-7853
【非特許文献8】Paul J. Mintz et al., "Fingerprinting the circulating repertoire of antibodies from cancer patients", Nature biotechnology 21 (2003) p.57-63
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したような種々の動脈硬化マーカーを用いれば、被検体が動脈硬化を発症している可能性を比較的簡単な方法で検出することができるが、再現性をもって確認できるようなマーカーは存在しない。このため、動脈硬化マーカーが検出された被検体が、真に治療が必要な高度動脈硬化患者(動脈の狭窄度が75%以上であるハイリスク患者)であるか否かを判断するためには、さらに画像診断(例えば、超音波検査法、コンピュータ断層撮影法(computed tomography:CT))を行って動脈の狭窄度および動脈の硬化部位における脆弱性の有無を直接確認する必要がある。画像診断は、検査に手間とコストがかかるという課題を有しているが、高度動脈硬化患者をスクリーニングするためには画像診断を行うしか手段がないのが現状である。
【0008】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、より簡単に高度動脈硬化患者をスクリーニングできる手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、頚動脈高度狭窄(狭窄度が75%以上)を有する患者において血液中の分泌型GRP78タンパク質の濃度が著明に増加していること、および頚動脈高度狭窄を有する患者では、動脈の狭窄度が高くなれば、血液中の分泌型GRP78タンパク質の濃度も高くなることを初めて見出し、かかる新規知見に基づいて本発明を完成させるに至った。
【0010】
これまでに報告されているsICAM−1、MMP−1,2,3,9等の動脈硬化マーカーは、動脈硬化の発生機序(例えば、不安定型プラークの発生機序等)に着目し、これに関連する分子を探索することによって見出されたものである。これに対して、本発明者らは、これまでとは全く新しい観点、すなわち小胞体ストレスに着目することによって、これまでには無い全く新しい特徴を備えた動脈硬化マーカーとして分泌型GRP78タンパク質を見出した。血液等の生体試料を用いて高度動脈硬化患者をスクリーニングし得ることはこれまでに全く報告されておらず、本発明者らが初めてここに開示するものである。
【0011】
すなわち、本発明に係る方法は、被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法であって、
上記被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定する測定工程を含んでいることを特徴としている。
【0012】
本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法(以下、「本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法」と称する。)によれば、測定工程において測定された分泌型GRP78タンパク質の濃度に基づいて、当該濃度が高度動脈硬化を発症している患者から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を参照して予め設定された境界値よりも高い場合に、その被検体が高度動脈硬化を発症している可能性があると判断することができる。上述したように、従来、動脈硬化患者の発見と、高度動脈硬化患者のスクリーニングとは、それぞれ(i)生体試料における動脈硬化マーカーの検出と(ii)画像診断という2つの別々の手段を用いて行う必要があったが、本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法によれば、被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することによって、比較的簡単に、動脈硬化患者の発見および高度動脈硬化患者のスクリーニングの両方を行うことができる。
【0013】
また、本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法では、分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定するのでカットオフ値(境界値)が明瞭である。つまり、高度動脈硬化を発症していない被検体(正常な被検体、または動脈の狭窄度が75%よりも低い被検体)では、分泌型GRP78タンパク質の血中濃度の上昇が認められないか、認められたとしても顕著な上昇ではない。これに対して、高度動脈硬化を発症している被検体(動脈の狭窄度が75%以上である被検体)では分泌型GRP78タンパク質の血中濃度の上昇が著明である。このため、高度動脈硬化を発症している被検体における分泌型GRP78タンパク質の濃度の範囲と、高度動脈硬化を発症していない被検体における分泌型GRP78タンパク質の濃度の範囲とに重なりがなく、高度動脈硬化患者であるか否かの判断が容易である。よって、偽陽性または偽陰性を検出する虞がなく、得られた結果の信頼性が高い。
【0014】
さらには、本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法では、血液等の生体試料を用いて分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定すればよいので、より多数の試料を一度に扱うことができ効率的である。このため、従来の画像診断と比較して、高度動脈硬化患者のスクリーニングに係る手間とコストとを削減することができる。その結果、医療費の軽減に寄与することができる。
【0015】
また、画像診断は、造影剤を使用した場合に、造影剤に対するアレルギー症状またはショック症状等の合併症が生じる虞がある。これに対して、本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法では、被検体から取得した生体試料(例えば、血液等)における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定すればよいので、画像診断において懸念される造影剤に対する合併症が生じる虞がない。よって、画像診断よりもより安全な方法であるといえる。
【0016】
本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法は、上記被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性を検出するために用いられ得る。
【0017】
上述したように、本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法は、被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することによって、当該被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出することができる。言い換えれば、本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法は、被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することによって、当該被検体の動脈の狭窄度のみならず、当該被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性を検出するために用いることができる。
【0018】
さらに、硬化部位の脆弱性が増すと、血液中の分泌型GRP78タンパク質の濃度も上昇するので、血液中の分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することによって、被検体の動脈の狭窄度のみならず、動脈の脆弱性の程度(度合い)を予測することもできる可能性がある。
【0019】
高度動脈硬化では、血管の狭窄によって血流が低下していることも問題であるが、さらに、動脈の硬化部位の脆弱性が原因となって血栓が生じ易い状態となっているので、心筋梗塞や脳梗塞を発症しやすい病態となっている。よって、被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性を検出することは、心筋梗塞および脳梗塞を発症する可能性を検出することにも繋がるため、非常に有効である。
【0020】
従来、被検体の動脈における硬化部位の脆弱性は、画像診断によって硬化部位を直接確認するしか方法がなく、特定のタンパク質をマーカーとして硬化部位の脆弱性の有無を検出することは報告されていない。本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法によれば、硬化部位の脆弱性の有無を比較的簡単な方法で検出することができるので、硬化部位の脆弱性の有無を検出に係る手間とコストとを削減することができ、医療費の軽減に寄与することができる。
【0021】
本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法は、上記被検体が動脈において高度狭窄を発症している可能性を検出するために用いられ得る。
【0022】
上述したように、本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法は、被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することによって、当該被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出することができる。言い換えれば、本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法は、被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することによって、上記被検体が動脈において高度狭窄を発症している可能性を検出するために用いることができる。
【0023】
さらに、動脈の狭窄度が高くなれば、血液中の分泌型GRP78タンパク質の濃度も高くなるので、血液中の分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することによって、動脈の狭窄度を予測することもできる。
【0024】
本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法では、上記分泌型GRP78タンパク質は、GRP78タンパク質の断片であってもよい。
【0025】
本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法では、上記生体試料は、血液であってもよい。
【0026】
本発明に係るキットは、被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出するためのキットであって、
上記被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定するための測定手段を少なくとも備えていることを特徴としている。
【0027】
上記構成であれば、キットに備えられた測定手段を用いて、被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することができるので、当該被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を簡単に検出することができる。
【0028】
本発明に係るキットでは、上記測定手段は、分泌型GRP78タンパク質を特異的に認識する抗体であることが好ましい。
【0029】
本発明に係るキットが、測定手段として分泌型GRP78タンパク質を特異的に認識する抗体を備えることによって、ELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)法、RIA(radio immunoassay)法、ウェスタンブロット法等の免疫学的測定方法によって被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することができる。よって、被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を簡単に検出することができる。
【0030】
また、本発明に係るキットを用いることによって、当該被検体の動脈の狭窄度のみならず、当該被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性を簡単に検出することができる。
【0031】
本発明は、分泌型GRP78タンパク質の、高度動脈硬化マーカーとしての使用である。
【0032】
また、本発明は、分泌型GRP78タンパク質からなる、高度動脈硬化マーカーである。
【0033】
分泌型GRP78タンパク質を高度動脈硬化マーカーとして用いることによって、動脈硬化患者の発見および高度動脈硬化患者のスクリーニングの両方を、比較的簡単に行うことができる。
【0034】
また、分泌型GRP78タンパク質は、高度動脈硬化を発症している被検体(動脈の狭窄度が75%以上である被検体)において発現上昇が著明であるのに対して、高度動脈硬化を発症していない被検体(正常な被検体、または動脈の狭窄度が75%よりも低い被検体)では、分泌型GRP78タンパク質の発現上昇が認められないか認められたとしても顕著な上昇ではない。このため、分泌型GRP78タンパク質を高度動脈硬化マーカーとして用いれば、カットオフ値(境界値)が明瞭であるので、偽陽性または偽陰性を検出する虞がない。よって、得られる結果の信頼性が高い。
【0035】
さらには、分泌型GRP78タンパク質を高度動脈硬化マーカーとして用いることによって、被検体由来試料に含まれている分泌型GRP78タンパク質の濃度を指標として、当該被検体の動脈の狭窄度のみならず、当該被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性を検出することができる。
【0036】
本発明に係る被検体の動脈における硬化部位の脆弱度をモニタリングする方法は、
上記被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定する測定工程を含んでいることを特徴としている。
【0037】
本発明に係る被検体の動脈における硬化部位の脆弱度をモニタリングする方法によれば、被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を経時的に測定することによって、被検体の動脈における硬化部位の脆弱度をモニタリングすることができる。具体的には、被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を経時的に測定し、分泌型GRP78タンパク質の濃度が前回測定時よりも低下した場合は、動脈における硬化部位の脆弱性が軽減したと予測することができる。一方、分泌型GRP78タンパク質の濃度が前回測定時よりも上昇した場合は、動脈における硬化部位の脆弱性が増強したと予測することができる。上述したように、動脈の硬化部位に脆弱性を有していることは、その被検体が心筋梗塞や脳梗塞を発症しやすい病態となっていることを意味する。よって、被検体の動脈における硬化部位の脆弱度をモニタリングすることは、心筋梗塞および脳梗塞を発症する可能性をモニタリングすることにも繋がるため、非常に有効である。
【0038】
さらには、本発明に係る被検体の動脈における硬化部位の脆弱度をモニタリングする方法によれば、例えば、動脈硬化の予防薬または治療薬が投与されている被検体における薬効を確認することができる。
【0039】
なお、非特許文献3には、動脈硬化病変(すなわち、組織)におけるGRP78タンパク質の発現上昇が認められたことが開示されているに過ぎない。一般的に、特定の組織におけるタンパク質の発現が認められたとしても、そのタンパク質が、検出し得る濃度で血液中に分泌されるとは限らない。これまでに、GRP78タンパク質が小胞体ストレスによって細胞表面へと移動し、細胞外に分泌されることが報告されているが(非特許文献4〜6)、血液中に分泌されることについては報告がない。このため、GRP78タンパク質の発現が動脈硬化病変において認められたからといって、高度動脈硬化患者の血液中で分泌型GRP78タンパク質が検出されることを予測できるものではない。まして、高度動脈硬化患者における動脈の狭窄や動脈の硬化部位の脆弱性が増すと、これにあわせて血液中の分泌型GRP78タンパク質の濃度が増加するなどということを予測できるものではない。
【発明の効果】
【0040】
本発明によれば、被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することによって、動脈硬化患者の発見および高度動脈硬化患者のスクリーニングの両方を、比較的簡単に行うことができるという効果を奏する。
【0041】
また、高度動脈硬化患者においては、動脈の狭窄や動脈の硬化部位の脆弱性が増すと、これにあわせて血液中の分泌型GRP78タンパク質の濃度が増加する。このため、動脈の狭窄度や動脈の硬化部位の脆弱性の程度に基づき予め設定された参照値と生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度とを比較することによって、被検体における動脈の狭窄度や硬化部位の脆弱性の程度を予測したり、被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を経時的に測定することによって被検体の動脈における硬化部位の脆弱度をモニタリングしたりすることができるという効果を奏する。
【0042】
さらには、本発明は、カットオフ値が明瞭であるので、偽陽性または偽陰性を検出する虞がなく、得られる結果の信頼性が高い。また、血液等の生体試料を用いて分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定すればよいので、より多数の試料を一度に扱うことができ効率的である。
【0043】
このように、本発明によれば、真に治療が必要な高度動脈硬化患者を簡単にスクリーニングすることができるので、医療費の軽減に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】血清サンプル中に含有されているGRP78タンパク質の濃度を算出した結果を表す図であり、(a)は検定曲線であり、(b)は各血清サンプル中に含有されているGRP78タンパク質の濃度を算出した結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0045】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。ただし、本発明はこれに限定されるものではなく、記述した範囲内で種々の変形を加えた態様で実施できるものである。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。なお、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A〜B」は、「A以上、B以下」を意味する。
【0046】
(1.高度動脈硬化の発症の可能性を検出する方法)
本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法(以下、「本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法」と称する。)は、被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定する測定工程を少なくとも含んでいる構成である。
【0047】
ここで、本明細書において、上記「GRP78タンパク質」とは、ヒートショック70kDaタンパク質5(Heat shock 70 kDa protein 5)のことを指す。「GRP78タンパク質」は、他に、78kDa グルコース調節タンパク質(78 kDa glucose-regulated protein)(GRP−78)、または免疫グロブリン重鎖結合タンパク質(Immunoglobulin heavychain-binding protein)(BiP)と称される場合もある。
【0048】
上記「GRP78タンパク質」は、タンパク質の折り畳みを安定化させる機能を有していることが報告されている(非特許文献3を参照)。膜タンパク質や分泌タンパク質等の新生タンパク質は、細胞内小器官の一つである小胞体にて折り畳みや糖鎖修飾が行われ、タンパク質としての機能を獲得する。GRP78タンパク質は小胞体内に存在し、タンパク質の折り畳みを促進している。また、上記「GRP78タンパク質」は、細胞外に分泌されることが報告されている(非特許文献4〜6)。本明細書では、上記「GRP78タンパク質」が細胞外に分泌されたものを、特に「分泌型GRP78タンパク質」と称し、細胞内または細胞膜上に存在している「GRP78タンパク質」と区別する。
【0049】
よって、本明細書において、「分泌型GRP78タンパク質」とは、細胞膜上に存在しているGRP78タンパク質が細胞外に分泌されたものが意図される。すなわち、細胞外に分泌されて、細胞から遊離した状態で存在しているGRP78タンパク質の断片は、全て、上記「分泌型GRP78タンパク質」の範疇に含まれる。
【0050】
種々の生物種について、GRP78タンパク質のアミノ酸配列がデータベースに登録されている。例えば、ヒト(Homo sapiens)GRP78タンパク質(Genbank、HSPA5 protein、655アミノ酸、Accession: AAI12964);ラット(Rattus norvegicus)GRP78タンパク質(Genbank、Heat shock protein 5、654アミノ酸、Accession: AAH62017);マウス(Mus musculus)GRP78タンパク質(Genbank、heat shock 70kD protein 5 (glucose-regulated protein)、655アミノ酸、Accession: CAM24607);ツノガエル(Xenopus laevis)GRP78タンパク質(Genbank、Hspa5 protein、655アミノ酸、Accession: AAH41200);ゼブラフィッシュ(Danio rerio)GRP78タンパク質(Genbank、Heat shock protein 5、650アミノ酸、Accession: AAH63946);ウシ(Bos taurus)GRP78タンパク質(Genbank、heat shock 70kDa protein 5、655アミノ酸、Accession: ABS45042)等を挙げることができる。
【0051】
なお、GRP78タンパク質のアミノ酸配列は上記に例示したアミノ酸配列に限定されるものではなく、これらのアミノ酸配列の変異体も含まれる。すなわち突然変異によって生じ得る変異タンパク質も、本発明の説明におけるGRP78タンパク質に含まれる。具体的には、上記に例示したアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列を有し、且つタンパク質の折り畳みを安定化させる活性を有している変異タンパク質も、本発明の説明におけるGRP78タンパク質の範疇に含まれる。変異タンパク質がタンパク質の折り畳みを安定化させる活性を有しているか否かについては、例えば、公知の試験管内フォールディング実験によって測定される。この方法は、尿素等で変性させた対象タンパク質を大過剰の緩衝液中に希釈し、このときに、緩衝液中にGRP78タンパク質または変異GRP78タンパク質を加えることにより、フォールディング(折り畳み)に与える影響を調べる方法である(「遠藤斗志也ら編,“タンパク質の一生集中マスター 細胞における成熟・輸送・品質管理”,羊土社出版,2007年2月発行,第29頁」を参照。)。そして、例えば、上記対象タンパク質が酵素である場合は、対象タンパク質の酵素活性の回復を確認することによって上記変異タンパク質がタンパク質の折り畳みを安定化させる活性を有しているか否かを判断し得る。
【0052】
ここで、上記「1または数個のアミノ酸が欠失、置換および/または付加された」とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ペプチド作製法により欠失、置換および/または付加できる程度の数(例えば20個以下、好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、さらに好ましくは5個以下、特に好ましくは3個以下)のアミノ酸が欠失、置換および/または付加されることを意味する。1または数個のアミノ酸が欠失、置換および/または付加される部位は、アミノ酸が欠失、置換および/または付加された後のタンパク質が、GRP78タンパク質としての活性を有していれば、当該アミノ酸配列中のどの部位であってもよい。
【0053】
好ましい変異体は、保存性もしくは非保存性アミノ酸置換、欠失、または付加を有する。好ましくは、サイレント置換、付加、および欠失であり、特に好ましくは、保存性置換である。これらの変異は、タンパク質の活性を変化させない。
【0054】
代表的に保存性置換と見られるのは、脂肪族アミノ酸Ala、Val、Leu、およびIleの中での1つのアミノ酸の別のアミノ酸への置換、ヒドロキシル残基SerおよびThrの交換、酸性残基AspおよびGluの交換、アミド残基AsnおよびGlnの間の置換、塩基性残基LysおよびArgの交換、ならびに芳香族残基Phe、Tyrの間の置換である。
【0055】
上記「分泌型GRP78タンパク質」としては、細胞外に分泌されて、細胞から遊離した状態で存在しているGRP78タンパク質の断片である限り特に限定されないが、例えば、ヒトの血清中において検出される「分泌型GRP78タンパク質」は、上述したヒトGRP78タンパク質(Genbank、Accession: AAI12964)またはその変異タンパク質の断片であり得る。さらに具体的には、後述する実施例で用いた市販のGRP測定キットELISA(Uscn E92343Hu、Life Science Inc、Wuhan, China)に備えられている抗体と特異的に結合するタンパク質である。
【0056】
例えば、ヒトの血清中において検出される「分泌型GRP78タンパク質」のアミノ酸配列は、例えば、ヒト血清を用いて、GRP78タンパク質を特異的に認識する抗体(例えば、実施例で用いた上記市販のGRP測定キットELISAに備えられている抗体)を用いた免疫沈降法を実施し、その後、質量分析法を用いて同定することが可能である。
【0057】
なお、本明細書において、用語「タンパク質」は、「ポリペプチド」または「ペプチド」と交換可能に使用される。
【0058】
また、本明細書において、上記「高度動脈硬化」とは、動脈の狭窄度が75%以上である動脈硬化が意図される。
【0059】
動脈の狭窄度は、通常、超音波検査法、CT造影検査、動脈造影法等の方法によって測定される。そして、これらの方法によって得られた画像データにおいて、血管内腔が75%以上狭窄している状態である場合に動脈の狭窄度が75%以上であると判断され得る。本明細書では、狭窄度が75%以上の狭窄を、特に「高度狭窄」と称することとする。
【0060】
さらには、本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法では、被検体由来試料に含まれている分泌型GRP78タンパク質の濃度を指標として、当該被検体の動脈の狭窄度のみならず、当該被検体の動脈における硬化部位が脆弱性(vulnerability)を有している可能性を検出することができる。
【0061】
動脈の硬化部位における脆弱性は、超音波、磁気共鳴映像法(magnetic resonance imaging:MRI)、ポジトロン放出断層撮影法(positron-emission tomography:PET)、さらに侵襲的な方法として血管内超音波検査法、光コヒーレンス断層撮影法(optical coherence tomography:OCT)、血管内視鏡等を用いた不安定プラーク描出の試みが盛んに行われている(「高谷典秀ら, “動脈硬化の画像診断”, 脈管学Vol. 48, 2008, P456-461」を参照。)。動脈の硬化部位における脆弱性は、通常、頚動脈エコーによって測定され、そして、頚動脈プラーク内部のエコー輝度、プラーク表面の形態、プラークの安定度、プラークの可動性等を指標として評価され得る(「尾崎俊也, “頚動脈エコーの実際” ,血栓止血誌, 19(1):35-38,2008」を参照。)。
【0062】
病理学的に薄い線維性被膜(fibrous cap)で覆われた、比較的大きな脂質コア(lipid core)を有する脆弱な動脈硬化巣は「不安定型プラーク」と称される。また、上記線維性被膜が非常に薄く、一部に血流の流入を伴うプラークは「可動性プラーク(moile plaque)」と称され、線維性被膜が非常に薄く、棍棒状や有茎性の特殊な形態を示すプラークは「フローティングプラーク(floating plaque)」と称される。なお、上記「プラーク」とは、「動脈硬化部位に存在している内膜の斑状肥厚性病変」を指す。
【0063】
高度動脈硬化を発症している部位は特に限定されるものではない。例えば、頚動脈、冠動脈、大動脈等における血管の狭窄が意図される。
【0064】
本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法の対象となる被検体は、動脈硬化を発症し得る被検体であれば特に限定されるものではなく、例えば、イヌ、ネコ、ヒツジ、ヤギ、マウス、ラット、ウサギ、ウシ、ウマ、ブタを始めとする非ヒト哺乳動物全般、またはヒトが挙げられる。また、本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法の対象となる被検体は、動脈硬化を発症していると既に診断されている者であってもよく、動脈硬化を発症していると未だ診断されていない者であってもよい。本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法を、動脈硬化を発症していると既に診断されている者に適用することによって、被検体が発症している動脈硬化が高度動脈硬化であるか否かを検出することができる。また、本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法を、動脈硬化を発症していると未だ診断されていない者に適用することによって、被検体が高度動脈硬化を発症しているか否かを検出することができる。
【0065】
なお、本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法は、被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性および/または被検体が動脈において高度狭窄を発症している可能性を検出するために好適に用いられ得る。また、高度動脈硬化の発症の可能性を判定する方法または高度動脈硬化の発症の可能性を判定するためのデータを取得する方法であり得る。本発明が高度動脈硬化の発症の可能性を判定するためのデータを取得する方法である場合は、医師による判断工程を含まない。
【0066】
(i)測定工程
測定工程において、被検体から取得した生体試料(以下「被検体由来試料」と称する。)における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定する方法は、当該被検体由来試料中に分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することができる方法であれば特に限定されるものではなく、従来公知のあらゆる方法を用いることができる。
【0067】
例えば、被検体由来試料中の分泌型GRP78タンパク質と特異的に相互作用する物質、例えば、分泌型GRP78タンパク質を特異的に認識する(結合する)抗体(以下、「抗分泌型GRP78抗体」という)を用い、ELISA法、RIA法、ウェスタンブロット法、免疫沈降法、抗体アレイ法等の公知の免疫学的測定方法を適宜採用の上、適用すればよい。
【0068】
より感度が高く簡便であるという点から、上記の測定法の内、ELISA法を好適に用いることができる。なお、これらの測定法の具体的な条件は、当業者が適宜設定し得る事項である。
【0069】
ELISA法は、上記被検体由来試料に含まれるタンパク質をマルチウェルプレート(「マイクロタイタープレート」ともいう)に固定し、その後、分泌型GRP78タンパク質を特異的に認識する抗体によって、分泌型GRP78タンパク質の濃度を検出する方法である。分泌型GRP78タンパク質を特異的に認識する抗体は、例えば、アルカリフォスファターゼまたはペルオキシダーゼによって標識した抗IgG抗体等を2次抗体として用いて検出すればよい。また、ELISA法は、サンドイッチ法であってもよい。
【0070】
上記「抗分泌型GRP78抗体」は、分泌型GRP78タンパク質を抗原として用いて種々の公知の方法を用いて作製することができ、その作製方法は特に限定されるものではない。なお、上記「抗体」は、免疫グロブリン(IgA、IgD、IgE、IgY、IgG、IgMおよびこれらのFabフラグメント、F(ab’)フラグメント、Fcフラグメント)を意味し、モノクローナル抗体であってもポリクローナル抗体であってもよいが、好ましくはモノクローナル抗体である。
【0071】
また、本明細書において、上記「被検体から取得した生体試料(被検体由来試料)」は、分泌型GRP78タンパク質を検出し得るものであれば特に限定されず、例えば、血液(血清、血漿)、リンパ液、尿、病理検体試料(例えば、頚動脈剥離術によって得られる試料等)等を利用可能である。上記被検体由来試料の調製方法は、公知の方法を適宜実施すればよい。例えば、血清を調製する場合は、血液を被検体から取得し、血液を遠心分離(例えば、1500×g、10分間)して、その上清を取得すればよい。
【0072】
本発明者らは、頚動脈における高度動脈硬化を発症している患者(動脈の狭窄度が75%以上である患者)では分泌型GRP78タンパク質の発現上昇が著明であり、これに対して、高度動脈硬化を発症していない被検体(正常な被検体、または動脈の狭窄度が75%よりも低い被検体)では、分泌型GRP78タンパク質の発現上昇が認められないか認められたとしても顕著な上昇ではないことを見出した。この知見に基づいて、被検体由来試料に含まれている分泌型GRP78タンパク質の濃度を指標として、被検体が高度動脈硬化を発症している可能性があるか否かを判定することができる。
【0073】
さらには、本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法では、被検体由来試料に含まれている分泌型GRP78タンパク質の濃度を指標として、当該被検体の動脈の狭窄度のみならず、当該被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性を検出することができる。
【0074】
測定工程によって測定された分泌型GRP78タンパク質の濃度に基づいて被検体が高度動脈硬化を発症している可能性があるか否かを判定する方法は特に限定されないが、例えば、被検体が高度動脈硬化を発症している可能性があるか否かを判断し得る境界値(カットオフ値)を予め設定しておき、当該境界値よりも被検体由来試料に含まれている分泌型GRP78タンパク質の濃度が高いか否かによって、当該被検体が高度動脈硬化を発症している可能性があるか否かを判定することができる。
【0075】
なお、上記「境界値」は、被検体の種、性別、生活習慣、用いられる試料の種類等によって変動し得るため、これらに応じて予め設定する必要がある。本発明においては、上記「境界値」を、高度動脈硬化を発症している患者から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定し、その測定値を参照して設定することができる。上記「境界値」の具体的な設定方法としては、例えば、「高度動脈硬化を発症している患者から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度の平均値±標準偏差」、またはROC(Receiver Operating Characteristic)分析等を挙げることができる。
【0076】
本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法によれば、このようにして設定した境界値と、被検体由来試料中の分泌型GRP78タンパク質の濃度とを比較し、この分泌型GRP78タンパク質の濃度が上記境界値よりも高い場合には、当該被検体が高度動脈硬化を発症している可能性があると判断することができる。また逆に、被検体由来試料中の分泌型GRP78タンパク質の濃度が上記境界値よりも低い場合には、当該被検体は高度動脈硬化を発症している可能性がないと判断することができる。
【0077】
また、本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法によれば、測定工程によって測定された分泌型GRP78タンパク質の濃度に基づいて被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性があるか否かを判定することができる。その判定方法は特に限定されないが、例えば、被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性があるか否かを判断し得る境界値を予め設定しておき、当該境界値よりも被検体由来試料に含まれている分泌型GRP78タンパク質の濃度が高いか否かによって、当該被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性があるか否かを判定することができる。例えば、上記境界値と、被検体由来試料中の分泌型GRP78タンパク質の濃度とを比較し、この分泌型GRP78タンパク質の濃度が上記境界値よりも高い場合には、当該被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性があると判断することができる。また逆に、被検体由来試料中の分泌型GRP78タンパク質の濃度が上記境界値よりも低い場合には、当該被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性がないと判断することができる。
【0078】
また、本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法によれば、測定工程によって測定された分泌型GRP78タンパク質の濃度に基づいて被検体が動脈において高度狭窄を発症している可能性があるか否かを判定することができる。その判定方法は特に限定されないが、例えば、被検体が動脈において高度狭窄を発症している可能性があるか否かを判断し得る境界値を予め設定しておき、当該境界値よりも被検体由来試料に含まれている分泌型GRP78タンパク質の濃度が高いか否かによって、当該被検体が動脈において高度狭窄を発症している可能性があるか否かを判定することができる。
【0079】
また、本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法によれば、上記測定工程において測定された分泌型GRP78タンパク質の濃度を、脆弱性の程度および/または動脈の狭窄度に基づき予め設定された参照値と比較することによって、高度動脈硬化患者の動脈における硬化部位の脆弱性の程度および/または高度動脈硬化患者における動脈の狭窄度を予測することも可能である。
【0080】
上述したように、動脈の硬化部位における脆弱性は、超音波、MRI、PET、さらに侵襲的な方法として血管内超音波検査法、OCT、血管内視鏡等を用いた不安定プラーク描出の試みが盛んに行われている(「高谷典秀ら, “動脈硬化の画像診断”, 脈管学Vol. 48, 2008, P456-461」を参照。)。動脈の硬化部位における脆弱性は、通常、頚動脈エコーによって測定され、そして、頚動脈プラーク内部のエコー輝度、プラーク表面の形態、プラークの安定度、プラークの可動性等を指標として評価され得る(「尾崎俊也, “頚動脈エコーの実際” ,血栓止血誌, 19(1):35-38,2008」を参照。)。
【0081】
例えば、エコー輝度は病理組織との対比において、低輝度の場合は粥腫や血腫、等輝度の場合は線維組織、高輝度の場合は石灰化病変と一致すると考えられ、低輝度の場合は硬化部位の脆弱性が高いと判断される。すなわち、例えば、頚動脈エコーによって測定した場合に、病理組織との対比においてプラークのエコー輝度が高輝度である場合に、動脈の硬化部位の脆弱性の程度(度合い)(「脆弱度」ともいう。)が「軽度」であると判断され、病理組織との対比においてプラークのエコー輝度が等輝度である場合に、動脈の硬化部位の脆弱性の程度が「中度」であると判断され、病理組織との対比においてプラークのエコー輝度が低輝度である場合に、動脈の硬化部位の脆弱性の程度が「重度」であると判断される。
【0082】
動脈の硬化部位の脆弱度は、血栓の生じ易さ、ひいては心筋梗塞および脳梗塞の発症し易さと関連しているので、心筋梗塞および脳梗塞の発症リスクを予測する上で、動脈の硬化部位の脆弱度を予測することは有効である。
【0083】
上述したとおり、高度動脈硬化患者においては、動脈の狭窄度や動脈の硬化部位の脆弱度が増すと、これにあわせて血液中の分泌型GRP78タンパク質の濃度が増加するので、上記測定工程において測定された分泌型GRP78タンパク質の濃度を、硬化部位の脆弱度および/または動脈の狭窄度に基づき予め設定された参照値と比較することによって、高度動脈硬化患者の動脈における硬化部位の脆弱度および/または高度動脈硬化患者における動脈の狭窄度を予測することができる。
【0084】
具体的には、高度動脈硬化患者の動脈における硬化部位の脆弱度を予測する場合は、種々の脆弱度を有する高度動脈硬化患者から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定し、その測定値を参照して、硬化部位の脆弱度毎に参照値を設定すればよい。また、高度動脈硬化患者における動脈の狭窄度を予測する場合は、種々の狭窄度を有する高度動脈硬化患者から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定し、その測定値を参照して、動脈の狭窄度毎に参照値を設定すればよい。上記「参照値」は、被検体の種、性別、生活習慣、用いられる試料の種類等によって変動し得るため、また想定する硬化部位の脆弱度または狭窄度により変動し得るため、これらに応じて予め設定する必要がある。上記「参照値」の具体的な設定方法としては、上記「境界値」の設定方法の説明において「境界値」を「参照値」に読み替えて説明することができる。
【0085】
本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法においては、このようにして動脈の硬化部位の脆弱度毎に設定した参照値と、被検体由来試料中の分泌型GRP78タンパク質の濃度とを比較し、例えば、この分泌型GRP78タンパク質の濃度が、動脈の硬化部位の脆弱度が「軽度」として設定された参照値よりも高い場合には、当該被検体の動脈の硬化部位の脆弱性が「軽度」以上(すなわち、「軽度」、「中度」および「重度」の何れか)である可能性があると判断することができる。また、この分泌型GRP78タンパク質の濃度が、動脈の硬化部位の脆弱度が「中度」として設定された参照値よりも高い場合には、当該被検体の動脈の硬化部位の脆弱性が「中度」以上(すなわち、「中度」または「重度」)である可能性があると判断することができ、動脈の硬化部位の脆弱度が「重度」として設定された参照値よりも高い場合には、当該被検体の動脈の硬化部位の脆弱性が「重度」である可能性があると判断することができる。また逆に、被検体由来試料中の分泌型GRP78タンパク質の濃度が、動脈の硬化部位の脆弱度が「重度」として設定された参照値よりも低く、動脈の硬化部位の脆弱度が「中度」として設定された参照値よりも高い場合には、当該被検体の動脈の硬化部位の脆弱性が「中度」である可能性があると判断することができ、動脈の硬化部位の脆弱度が「中度」として設定された参照値よりも低く、動脈の硬化部位の脆弱度が「軽度」として設定された参照値よりも高い場合には、当該被検体の動脈の硬化部位の脆弱性が「軽度」である可能性があると判断することができる。
【0086】
これと同様に、本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法においては、上述のように動脈の狭窄度毎に設定した参照値と、被検体由来試料中の分泌型GRP78タンパク質の濃度とを比較し、例えば、この分泌型GRP78タンパク質の濃度が、動脈の狭窄度80%以上として設定された参照値よりも高い場合には、当該被検体が狭窄度80%以上を有する高度動脈硬化を発症している可能性があると判断することができる。また、この分泌型GRP78タンパク質の濃度が、動脈の狭窄度90%以上として設定された参照値よりも高い場合には、当該被検体が狭窄度90%以上を有する高度動脈硬化を発症している可能性があると判断することができる。また逆に、被検体由来試料中の分泌型GRP78タンパク質の濃度が動脈の狭窄度90%以上として設定された参照値よりも低く、動脈の狭窄度80%以上として設定された参照値よりも高い場合には、当該被検体が狭窄度80%以上、90%未満を有する高度動脈硬化を発症している可能性があると判断することができる。
【0087】
(ii)その他
本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法は、上記工程の他に、(i)高度動脈硬化を発症している患者から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定し、その測定値を参照して境界値を設定する工程、(ii)種々の動脈の硬化部位の脆弱度を有する高度動脈硬化患者から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定し、その測定値を参照して、動脈の硬化部位の脆弱度を判断し得る参照値を設定する工程、(iii)種々の狭窄度を有する高度動脈硬化患者から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定し、その測定値を参照して、動脈の狭窄度を判断し得る参照値を設定する工程、(iv)上記測定工程において測定された分泌型GRP78タンパク質の濃度を、上記境界値と比較する工程、(iv)上記測定工程において測定された分泌型GRP78タンパク質の濃度を、上記参照値と比較する工程等をさらに含んでいてもよい。なお、上記「境界値」および「参照値」の設定方法については、上記「(i)測定工程」の項で説明したとおりである。
【0088】
本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法は、上述した構成を備えているため、被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出することができる。そのため、本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法によれば、高度動脈硬化患者(ハイリスク患者)を、高精度に、且つ簡単にスクリーニングすることが可能となる。この結果、真に治療が必要な高度動脈硬化の患者に対して適切な治療を施すことができるので、医療費を軽減することができる。
【0089】
なお、本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法は、従来の画像診断(例えば、超音波検査法、CT)と組み合わせて実施されてもよい。本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法によってスクリーニングされた高度動脈硬化患者について、さらに画像診断を行うことで、診断の精度を向上させることができる。また、本発明の高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法によって簡単な方法で高度動脈硬化患者のスクリーニングを行うことができるので、従来よりも画像診断に供する検体数を減らすことができる。このため、画像診断に係る手間とコストとを削減することができ、その結果、医療費の軽減に寄与することができる。
【0090】
(2.高度動脈硬化の発症の可能性を検出するためのキット)
本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出するためのキット(以下、「本発明のキット」と称する。)は、被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定するための測定手段を少なくとも備えている構成である。
【0091】
上記「測定手段」としては、分泌型GRP78タンパク質と特異的に相互作用する物質であれば特に限定されない。このような物質としては、例えば、分泌型GRP78タンパク質を特異的に認識する(結合する)抗体(抗分泌型GRP78抗体)を挙げることができる。かかる測定手段を用い、ELISA法、RIA法、ウェスタンブロット法、免疫沈降法、抗体アレイ法等の公知の方法を実施することによって、分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することができる。「分泌型GRP78タンパク質」、「抗分泌型GRP78抗体」、および被検体由来試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度の具体的な測定方法については、上記「1.高度動脈硬化の発症の可能性を検出する方法」の項で説明したとおりである。
【0092】
上記「測定手段」は、一種類が単独で備えられていてもよく、2種類以上が組み合わせて備えられていてもよい。例えば、サンドイッチELISA法によって被検体由来試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定する場合は、本発明に係るキットは、上記「測定手段」として、分泌型GRP78タンパク質の異なるエピトープを認識する2種類の抗分泌型GRP78抗体を備えていればよい。
【0093】
分泌型GRP78タンパク質を免疫学的手法(例えば、ELISA法、ウェスタンブロット法等)により測定する場合、本発明のキットには、免疫学的手法を行うための構成、例えば、標識された二次抗体、発色用試薬、洗浄用緩衝液等を1つ以上組み合わせて含む構成とすることもできる。
【0094】
本発明に係るキットは上述した構成を備えているため、本発明に係るキットを用いることによって、被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を簡単に検出することができる。
【0095】
本発明に係るキットは、被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性を検出するために好適に用いることができる。また、本発明に係るキットは、被検体が動脈において高度狭窄を発症している可能性を検出するために好適に用いることができる。
【0096】
(3.高度動脈硬化マーカー、および分泌型GRP78タンパク質の高度動脈硬化マーカーとしての使用)
本発明に係る高度動脈硬化マーカーは、分泌型GRP78タンパク質からなる。
【0097】
また、本発明は、分泌型GRP78タンパク質の、高度動脈硬化マーカーとしての使用を提供する。
【0098】
本明細書において、「高度動脈硬化マーカー」とは、高度動脈硬化を発症している可能性を検出するための指標となる物質であり、分泌型GRP78タンパク質がこの物質に該当する。分泌型GRP78タンパク質は、高度動脈硬化マーカーとして使用できるので、被検体由来試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することによって、被検体が高度動脈硬化を発症している可能性があるか否かを検出することができる。例えば、被検体が高度動脈硬化を発症しているか否かを判断し得る境界値を予め設定しておき、当該境界値よりも被検体由来試料に含まれている分泌型GRP78タンパク質の濃度が高いか否かによって、当該被検体が高度動脈硬化を発症している可能性があるか否かを検出することができる。
【0099】
「分泌型GRP78タンパク質」および被検体由来試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度の具体的な測定方法については、上記「1.高度動脈硬化の発症の可能性を検出する方法」の項で説明したとおりである。
【0100】
上述したように、分泌型GRP78タンパク質は、高度動脈硬化を発症している被検体において発現上昇が著明であるので、分泌型GRP78タンパク質を高度動脈硬化マーカーとして用いることによって、被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を簡単に検出することができる。
【0101】
さらには、分泌型GRP78タンパク質は、「動脈における硬化部位の脆弱性のマーカー」として使用することができるので、被検体由来試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することによって、被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性があるか否かを検出することができる。また、分泌型GRP78タンパク質は、「動脈の高度狭窄マーカー」として使用することができるので、被検体由来試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することによって、被検体が動脈において高度狭窄を発症している可能性があるか否かを検出することができる。
【0102】
(4.動脈における硬化部位の脆弱度をモニタリングする方法)
本発明に係る被検体の動脈における硬化部位の脆弱度をモニタリングする方法(以下、「本発明のモニタリング方法」と称する。)は、被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定する測定工程を少なくとも含んでいる構成である。なお、上記「被検体の動脈における硬化部位の脆弱度」とは、「被検体の動脈における硬化部位の脆弱性の程度(度合い)」を意味する。被検体の動脈における硬化部位の脆弱度の判断方法については、「1.高度動脈硬化の発症の可能性を検出する方法」の項で説明したとおりである。
【0103】
また、被検体由来試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定する方法については、「1.高度動脈硬化の発症の可能性を検出する方法」の項で説明したとおりである。
【0104】
高度動脈硬化患者においては、動脈における硬化部位の脆弱度が上昇すると、血中におけるGRP78タンパク質の分泌量が増加するので、動脈における硬化部位の脆弱度のモニタリング対象となる被検体について、被検体由来試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を、経時的に複数回測定することによって、当該被検体の動脈における硬化部位の脆弱度をモニタリングすることが可能となる。
【0105】
具体的には、動脈における硬化部位の脆弱度のモニタリング対象となる被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定し、被検体由来試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度が前回測定時から低下した場合は、前回測定時から動脈における硬化部位の脆弱度が低くなったと判断することができる。また逆に、被検体由来試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度が前回測定時よりも上昇した場合は、前回測定時から動脈における硬化部位の脆弱度が高くなった判断することができる。
【0106】
このようなモニタリングを行うことにより、高度動脈硬化と診断された患者において、高度動脈硬化の治療薬の選択やその薬効の判定等を容易に行うことができる。また、動脈硬化を発症しているがまだ高度動脈硬化であるとは診断されていない患者において、高度動脈硬化の予防薬の選択やその薬効の判定等を容易に行うことができる。
【0107】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0108】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0109】
(1)血清サンプルの調製
頸動脈エコーの実施症例(6例)の静脈血を採取し、血液を遠心分離(3000回転(1500×g)、10分間)した後、血清を取得した。得られた血清サンプルは、実験に使用するまで−80℃にて保存した。
【0110】
(2)実験方法
実験前に全てのキットと血清サンプルを氷上にて融解した。市販のGRP測定キットELISA(Uscn E92343Hu、Life Science Inc、Wuhan, China)付属の手順マニュアルに基づき、GRP78コントロール液、A液、B液、およびwash液を作製した。
【0111】
(GRP78コントロール液の作製)
スタンダード(GRP78タンパク質)を希釈液で溶解し(100ng/ml)、10分間室温で静置した。その後、順に希釈して、様々なタンパク濃度のGRP78コントロール液を作成した(10ng/ml,5ng/ml,2.5ng/ml,1.25ng/ml,0.625ng/ml,0.312ng/ml,0.156ng/ml)。
【0112】
(A液の作製)
2×A溶解液を蒸留水で2倍希釈し、100×A試薬をA溶解液で100倍希釈した。
【0113】
(B液の作製)
2×B溶解液を蒸留水で2倍希釈し、100×B試薬をB溶解液で100倍希釈した。
【0114】
(wash液の作製)
30×wash液を蒸留水で30倍に希釈した。
【0115】
血清サンプルとGRP78コントロール液とを各々100μLずつ96ウェルプレートに加え、37℃で2時間保温した。その後、血清サンプルとコントロール液とを吸引し、A液を100μL加え、さらに37℃で1時間保温した。A液を吸引後、350μLのWash液を用いて3回洗浄した。その後、B液を100μL加え、37℃で30分間保温した。B液を吸引後、350μLのWash液を用いて5回洗浄した。発光液(TMB基質)を90μL加え、37℃で15分〜25分間保温した。ELISAキット附属の反応停止液を50μL加え、ただちにMulti Spectrometer(Viento、Dainippon Pharmaceutical CO. Ltd、Osaka, Japan)(450nm)にて吸光度を測定した。次に、GRP78コントロール液の吸光度の測定結果に基づいて検定曲線を作成した。得られた検定曲線を元に、血清サンプル中に含有されているGRP78タンパク質の濃度を算出した。結果を表1および図1に示した。
【0116】
【表1】

【0117】
図1は、血清サンプル中に含有されているGRP78タンパク質の濃度を算出した結果を表す図であり、(a)は検定曲線であり、(b)は各血清サンプル中に含有されているGRP78タンパク質の濃度を算出した結果を表すグラフである。
【0118】
頸動脈エコーによって高度動脈硬化(狭窄度75%以上)であると診断された症例4〜6において、血液中へのGRP78タンパク質の分泌量が上昇していることが確認された。これに対して、頸動脈エコーによって動脈硬化を発症していない(狭窄度0%)と診断された症例1および2においては、血液中へのGRP78タンパク質の分泌が認められなかった。なお、狭窄度65%である症例3においても、GRP78タンパク質が血液中へ若干分泌されていたが、動脈硬化を発症していない症例1および2に対して有意にGRP78タンパク質の分泌量が上昇しているとはいえないと考えた。具体的には、非特許文献3(Masafumi Myoishi et al., "Increased Endoplasmic Reticulum Stress in Atherosclerotic Plaques Associated With Acute Coronary Syndrome", Circulation 116 (2007) p.1226-1233)において、本発明者らは、基礎実験の組織学上、冠動脈狭窄が中等度であっても動脈硬化部位でのGRP78タンパク質の発現はほとんど上昇しないのに対して、高度狭窄+脆弱性(vulnerability)を有している場合には、GRP78タンパク質の発現が急速に増加することを報告している。このような基礎実験データに基づき、高度狭窄症例では、血清中の分泌型GRP78タンパク質の濃度が急激に増加しているが、中等度狭窄である65%狭窄症例では、血清中の分泌型GRP78タンパク質の濃度が増加していないと判断した。
【0119】
さらに、高度動脈硬化の患者においては、動脈の狭窄度が増すと、血液中へのGRP78タンパク質の分泌量が上昇する傾向があることが確認できた。
【0120】
この結果から、血液中へのGRP78タンパク質の分泌量を測定することによって、動脈硬化患者の中から、特に、治療が必要な高度動脈硬化の患者を選別することができることが確認された。さらに、高度動脈硬化の患者においては、動脈の狭窄度が増すと、血液中へのGRP78タンパク質の分泌量が上昇する傾向があるので、血液中のGRP78タンパク質の分泌量を測定することによって、血管の狭窄度を予測できる可能性が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0121】
以上のように、本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法では、被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定することにより、被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を判定するためのデータを高精度に取得することができる。このため、動脈硬化患者のなかから、真に治療が必要な高度動脈硬化の患者を選別することができる。また、本発明に係るマーカーおよびキットは、本発明に係る被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出するために有用である。したがって、本発明は、医療機器、診断用キットなど診断医療の分野だけでなく、保健医学分野の産業に広く利用することができる。
【0122】
また、本発明に係る被検体における動脈の狭窄度をモニタリングする方法は、高度動脈硬化の治療薬剤や治療方法の開発に用いることができる。それゆえ、本発明は、製薬分野をはじめ、生命科学分野の産業に広く利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出する方法であって、
上記被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定する測定工程を含んでいることを特徴とする方法。
【請求項2】
上記被検体の動脈における硬化部位が脆弱性を有している可能性を検出するために用いられることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記被検体が動脈において高度狭窄を発症している可能性を検出するために用いられることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
上記分泌型GRP78タンパク質は、GRP78タンパク質の断片であることを特徴とする、請求項1から3の何れか1項に記載の方法。
【請求項5】
上記生体試料は、血液であることを特徴とする、請求項1から4の何れか1項に記載の方法。
【請求項6】
被検体が高度動脈硬化を発症している可能性を検出するためのキットであって、
上記被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定するための測定手段を少なくとも備えていることを特徴とする、キット。
【請求項7】
上記測定手段は、分泌型GRP78タンパク質を特異的に認識する抗体であることを特徴とする、請求項6に記載のキット。
【請求項8】
分泌型GRP78タンパク質の、高度動脈硬化マーカーとしての使用。
【請求項9】
分泌型GRP78タンパク質からなる、高度動脈硬化マーカー。
【請求項10】
被検体の動脈における硬化部位の脆弱度をモニタリングする方法であって、
上記被検体から取得した生体試料における分泌型GRP78タンパク質の濃度を測定する測定工程を含んでいることを特徴とする方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−64616(P2013−64616A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−202349(P2011−202349)
【出願日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】