説明

高強度、高靭性リンクチェーンとその製造方法

【課題】リンクチェーンの高強度化、特殊環境下或いは屋外環境下における突発的な破壊を防止するリンクチェーンの耐遅れ破壊向上、更に寒冷地などの低温環境下における脆性破壊を防止できる高強度、高靭性リンクチェーンとその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.15〜0.8%,Si:0.2〜2.0%,Mn:0.6〜2.5%,Al:0〜0.005%,P:0.05%以下、S:0.05%以下,Cr:0.4〜2.0%,Mo:0.5%以下,B:0.0005〜0.005%を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなり、鋼組織として鋼中に、体積率で、残留オーステナイトを5〜15%、ベイニティックフェライトとポリゴナルフェライトを10%以下、炭素濃化処理マルテンサイトを90%以上を含み、動的靭性値が80J/cm以上、静的靭性値が120MPa−m1/2以上を有する高強度、高靭性リンクチェーン。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引張強度に優れ、かつ靭性にも優れた高強度、高靭性リンクチェーンとその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、チェーンブロック、特に手動用チェーンブロック及びレバーブロック(登録商標)本体の小型化を可能とするリンクチェーンの高強度化、特殊環境下或いは屋外環境下における突発的な破壊を防止するリンクチェーンの耐遅れ破壊向上、更に寒冷地などの低温環境下における脆性破壊を防止するリンクチェーンの高靭性化が要求されている。
これらの要求に満足させるために従来より様々な特性向上のための開発がなされている。リンクチェーンの高強度化のためには、リンクチェーンの素材となる鋼材の化学成分、特に炭素量を増加させることが有効な手段とされているが、反面、耐靭性及び耐遅れ破壊は低下し、またリンクチェーンの製造過程において十分な曲げ性、或いは溶接性を確保することが困難であった。そのため、低炭素(C:0.24%)の鋼素材を用いてリンクチェーンを製造していたが、丸棒試験片にて一般的な焼入れ・焼戻しの熱処理(920℃×15分→水冷→200℃×60分)により金属組織として焼戻しマルテンサイト組織を有するリンクチェーンを得た場合、この試験片の機械的特性としては、硬さ(HRC):43-44、破断応力:1500−1510 N/mm2、破断全伸び:10−11%、シャルピー衝撃値:27−52Jという結果が得られている。このような丸棒試験片での特性が得られる鋼素材と熱処理の組み合わせで破断応力:1000 N/mm2、破断全伸び:20%以上を有するリンクチェーンが製造されているのが一般的技術である。
【0003】
しかしながら、上述した従来のリンクチェーン用鋼及び熱処理法では、丸棒試験片強度で1450−1550 N/mm2(チェーン強度換算で1000−1110 N/mm2)が限界であり、更なるリンクチェーンの高強度化、高靭性化、高い遅れ破壊特性を実現するためには、上述したような鋼素材、熱処理法では不可能である。また、仮に高強度ボルト用鋼を用いて残留オーステナイトを増加させ高い遅れ破壊特性を達成することは可能であっても、強度1860 N/mm2以上の場合、−40℃でのシャルピー衝撃値42Jを実現すること、及びチェーンに加工した場合の溶接性を確保することは困難であると考えられる。
【0004】
上述した問題を解決すべく出願人は先に特開2010−202935号として、C:0.15-0.40%, Si:0.5-3.0%, Mn:0.5-3.0%, Al:0.5%以下, P:0.05%以下, S:0.05%以下, Mo:0.5%以下, Cr: 0.4-2.0%, Ni:0.4-2.5%を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなるリンクチェーンで、鋼組織として鋼中に、体積率で、残留オーステナイト:1%以上、ベイニティックフェライト:1%以上、炭素濃化処理マルテンサイト:80−98%を含む引張強度:1650MPa以上(チェーン強度換算で1155MPa以上を有するリンクチェーンを提案し、更にその製造方法として、A3+100℃以下の温度に1−60分加熱保持後、1℃/秒以上の冷却速度でMf点以下、又は常温まで冷却する焼入れ処理を少なくとも1回以上行った後、Mf点とMs点の間の温度に10−240分加熱保持する炭素濃化処理を施すことを提案している。しかしながら、上記提案においても、高強度は確保できても依然として−40℃でのシャルピー衝撃値52J程度しか達成できていないという問題が判明した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−202935号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上述した従来の課題を解決するためになされたもので、鋼材としては、残留オーステナイトの変態誘起塑性を有効に利用した母相をベイニティックフェライトとする高強度低合金:TRIP型ベイニティックフェライト鋼をベースに引張強度、靭性に優れた高強度、高靭性リンクチェーンとその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の要旨は次の通りである。
(1)質量%で、C:0.15〜0.40%,Si:0.2〜2.0%,Mn:0.6〜2.5%,Al:0〜0.05%,P:0.05%以下,S:0.05%以下,Cr:0.4〜2.0%,Mo:0.5%以下を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなるリンクチェーンであって、該リンクチェーンの鋼組織として鋼中に、体積率で、残留オーステナイトを5〜15%、ベイニティックフェライトとポリゴナルフェライトを10%以下、炭素濃化処理マルテンサイトを90%以上含み、動的靱性値が80J/cm以上、静的靱性値が120MPa・m1/2以上を有することを特徴とする高強度、高靱性リンクチェーン。
(2)(1)記載の高強度、高靭性リンクチェーンが、更に、質量%で、Ni:0.4〜2.5%、Nb:0.01〜0.05%、B:0.0005〜0.005%含むことを特徴とする高強度、高靱性リンクチェーン。
(3)質量%で、C:0.15〜0.40%,Si:0.2〜2.0%,Mn:0.6〜2.5%,Al:0〜0.05%,P:0.05%以下,S:0.05%以下,Cr:0.4〜2.0%,Mo:0.5%以下を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなるリンクチェーンを、A+100℃の温度に加熱後、γ域からMs点以下の温度に5〜100℃/sec.の冷却速度で急冷し、かつMs〜Mf点間の冷却速度を5〜50℃/sec.の冷却速度に制御して急冷し、急冷した温度に10〜1000秒保持し、該リンクチェーンの鋼組織として鋼中に、体積率で、残留オーステナイトを5〜15%、ベイニティックフェライトとポリゴナルフェライトを10%以下、炭素濃化処理マルテンサイトを90%以上含み、動的靱性値が80J/cm以上、静的靱性値が120MPa・m1/2以上を有することを特徴とする高強度、高靱性リンクチェーン。
(4)質量%で、C:0.15〜0.40%,Si:0.2〜2.0%,Mn:0.6〜2.5%,Al:0〜0.05%,P:0.05%以下,S:0.05%以下,Cr:0.4〜2.0%,Mo:0.5%以下を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなるリンクチェーンを、A+100℃の温度に加熱後、γ域からMs点以下の温度に5〜100℃/sec.の冷却速度で急冷し、かつMs〜Mf点間の冷却速度を5〜50℃/sec.の冷却速度に制御して急冷し、急冷した温度に10〜1000秒保持し、その後、200〜450℃の温度範囲で炭素濃化処理し、該リンクチェーンの鋼組織として鋼中に、体積率で、残留オーステナイトを5〜15%、ベイニティックフェライトとポリゴナルフェライトを10%以下、炭素濃化処理マルテンサイトを90%以上含み、動的靱性値が80J/cm以上、静的靱性値が120MPa・m1/2以上を有することを特徴とする高強度、高靱性リンクチェーン。
(5)(3)または(4)記載の高強度、高靭性リンクチェーンが、更に、質量%で、Ni:0.4〜2.5%、Nb:0.01〜0.05%、B:0.0005〜0.005%含むことを特徴とする高強度、高靱性リンクチェーン。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、リンクチェーンの高強度化、特殊環境下或いは屋外環境下における突発的な破壊を防止するリンクチェーンの耐遅れ破壊向上、更に寒冷地などの低温環境下における脆性破壊を防止できる高強度、高靭性リンクチェーンとその製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】シャルピー衝撃試験結果を示す図。
【図2】破壊靭性試験結果を示す図。
【図3】残留オーステナイト量の結果を示す図。
【図4】炭素濃度の結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
先ず、本発明の高強度、高靭性リンクチェーンの素材となる鋼の化学成分組成について説明する。なお、本発明の高強度、高靭性リンクチェーンの素材となる鋼は基本的にはTRIP鋼の成分組成を発展させたものである。
【0011】
Cは、高強度(望ましくは1650MPa以上)を確保し、かつ必要量の残留オーステナイトを確保するために必要な元素である。特にオーステナイト相中に十分なC量を含有させて室温で所望のオーステナイト相を残留させるためにはCは0.15%以上必要である。一方、過剰のCは靭性を低下させ、しかも耐水素脆化特性が劣化するので上限を0.40%とする。Cの好ましい範囲は0.20〜0.30%である。
【0012】
Siは、本発明にとって重要な元素であり、従来の低Siのリンクチェーン素材とは異なり高Siとした。その理由は、残留オーステナイトが分解して炭化物が生成するのを効果的に抑制する重要な元素であるからで、これらの効果を有効に発現させるためには0.2%以上含有させることが必要である。しかし、過剰な添加は靭性を低下させ、かつ耐水素脆化特性が劣化するので上限を2.0%とした。Siの好ましい範囲は1.0〜1.8%である。
【0013】
Mnは、オーステナイトを安定化させ、所望の残留オーステナイトを得るのに必要な元素で、この効果を発揮させるためには0.6%以上必要である。しかし、過剰の添加は偏析が顕著となり加工性が劣化するので上限を2.5%とした。Mnの好ましい範囲は1.0〜2.0%である。
【0014】
Alは、脱酸のために必要な元素であり、かつ耐水素脆化特性向上に寄与する元素でもある。この耐水素脆化特性に関しては表面にAlが濃化することで鋼中への水素の侵入を阻止しうること、また鋼中での水素の拡散速度を低下させて水素の移動を遅らせ、水素脆化が起こりにくくなると考えられる。また、Al添加によりラス状残留オーステナイトの安定性が向上することも耐水素脆化特性向上に寄与していると考えられる。これらの効果を発現させるためには、0.01%以上とする必要があり、好ましくは0.02%以上とする。しかし、アルミナなどの介在物の増加、巨大化を抑制して加工性を確保し、微細な残留オーステナイトの生成確保、Al含有介在物を起点とする腐食の抑制や、製造上のコスト増大の抑制を図るには上限を0.05%とすることが好ましい。更に、Al含有量が増加すると、アルミナなどの介在物が増加して遅れ破壊が劣化するという問題もあるため、アルミナなどの介在物を十分抑制して耐遅れ破壊に優れたリンクチェーンとするには上限を0.05%とすることが望ましい。
【0015】
Pは、粒界偏析による粒界破壊を助長する元素であるため低い方が望ましく、その上限を0.05%とする。好ましくは0.01%以下とする。
【0016】
Sは、腐食環境下で鋼の水素吸収を助長する元素であるため低い方が望ましく、その上限を0.05%とする。好ましくは0.01%以下とする。
【0017】
Crは、変態能を殆ど損なうことなく焼入れ性を高めて高強度を達成できる有用な元素である。この効果を発揮させるためには0.4%以上添加する必要があるが、過剰な添加はセメンタイトの生成を誘起氏、残留オーステナイトが残りにくくなるので上限を2.0%とした。好ましくは0.5〜1.5%である。
【0018】
Moは、オーステナイトを安定させて残留オーステナイトを確保し、水素浸入を抑制して耐水素脆化特性を向上させ、かつ焼入れ性を高める効果がある。また、粒界を強化して水素脆性の発生を抑制する効果も有する。これらの効果を発揮させるためには0.5%以下添加する必要がある。
【0019】
更に、本発明では、必要に応じてNiを0.4〜2.5%添加することができる。Niは、靭性を向上させると共に、水素脆化の原因となる水素の発生を抑制し、発生した水素のリンクチェーンへの浸入を抑制しうる。また、Niは、大気中で生成する錆の中でも熱力学的に安定で保護性があるといわれている酸化鉄(α-FeOOH)の生成を促進させる効果も有しており、この錆の生成促進を図ることで発生した水素のリンクチェーンへの浸入を抑制でき、過酷な腐食環境下でも耐水素脆化特性を高めることができる。これらの効果を発揮させるためには0.4%以上2.5%以下の添加が必要である、好ましくは1.5〜2.5%である。
【0020】
なお、本発明においては上述した元素の他に、リンクチェーンの強度向上及び細粒化の目的からNbを0.01〜0.05%、焼入れ性を高める目的からBを0.0005〜0.005%添加することもできる。
【0021】
次に、本発明による高強度、高靭性リンクチェーンの製造方法と得られる組織について説明する。
【0022】
本発明による高強度、高靭性リンクチェーンは、上記鋼成分組成を有するリンクチェーンを、A+100℃の温度に加熱後、γ域からMs点以下の温度に5〜100℃/sec.の冷却速度で急冷し、かつMf点〜Ms点間の冷却速度を10〜50℃/sec.の冷却速度に制御して急冷し、急冷した温度に10〜1000秒保持し、更に、その後、200〜450℃の温度範囲で炭素濃化処理して製造される。そして、得られたリンクチェーンの鋼組織としては鋼中に、体積率で、残留オーステナイトを5〜15%、ベイニティックフェライトとポリゴナルフェライトを10%以下、炭素濃化処理マルテンサイトを90%以上を含み、動的靭性値が80J/cm以上、静的靭性値が120MPa・m1/2以上を有することを特徴とする高強度、高靭性リンクチェーンとなる。
なお、本発明でいう動的靭性値とは25℃でのシャルピー試験における衝撃値(J/cm)を意味し、また静的靭性値とは25℃での破壊靭性試験における破壊靭性値KQ(MPa・m1/2)である。
【0023】
本発明によるリンクチェーン用鋼を製造するに際し、TRIP鋼の製造条件から得られた様々な知見をベースに高強度、高靭性リンクチェーンの最適な製造条件を探索した。即ち、TRIP鋼を、オーステナイト域での焼鈍後にマルテンサイト変態開始温度(Ms点)以下に等温変態保持し、母相にマルテンサイト相を導入することにより一層の高強度化と高靭性の改善ができるとの知見をベースに、マルテンサイト変態開始温度(Ms点)以下に等温変態保持した場合に着目し、鋼成分の微細組織、残留オーステナイト特性、引張特性、靭性に及ぼす等温変態保持温度と時間を検討した。
【0024】
本発明者らは、マルテンサイト変態開始温度(Ms点)以上の温度域(約450℃)で等温変態保持した場合、組織はベイニティックフェライト母相組織とそのラス境界上に針状又は微細粒状に存在する残留オーステナイトからなること、また、等温変態温度がMs点より僅かに低い場合(約400℃)でも母相の50%程度をベイニティックフェライト母相組織が占めていること、一方、等温変態温度がMs点以下である350℃以下の場合、母相は主にマルテンサイト組織となり、少量の初析フェライトとベイニティックフェライトが混在していることが分かった。
【0025】
また、初期残留オーステナイト体積率は何れの等温変態保持温度域においても保持時間が10〜100秒で最大となった後、それ以上の保持時間では保持時間が長くなるにつれて減少する傾向が認められた。更に、残留オーステナイト体積率は等温変態温度が400℃以上の場合に高く、200〜300℃の場合は約4 vol%以下と低く、等温変態温度の影響は小さい。
【0026】
残留オーステナイトの初期炭素濃度は、等温変態温度が400℃以上の場合には残留オーステナイト体積率と同様に保持時間が100秒のときに最大となる傾向を示す。一方、等温変態温度が200-350℃の場合においては10〜100秒で初期炭素濃度は一旦減少した後、1000秒以上で増加傾向にある。
【0027】
即ち、残留オーステナイト体積率を増加させることで靱性を高めるには、本発明では、鋼をA+100℃の温度に加熱後、γ域からMs点以下の温度に5〜100℃/sec.の冷却速度で急冷し、かつMs〜Mf点間の冷却速度を5〜50℃/sec.の冷却速度に制御して急冷し、急冷した温度に10〜1000秒保持する。図1及び図2に本発明によるリンクチェーン用鋼と従来のTRIP型マルテンサイト鋼の等温変態温度別の、25℃でのシャルピー衝撃試験と破壊靱性試験の結果を示す。図1に本発明によるリンクチェーン用鋼の等温変態温度T別、及び、従来のTRIP型マルテンサイト鋼の炭素濃化処理温度T別の、25℃でのシャルピー衝撃試験及び破壊靱性試験の結果を示した。図1及び図2から分かるように、本発明においては従来鋼に比較し、等温変態保持温度域である300〜450℃の温度範囲で、シャルピー衝撃値は最大で120〜150J/cmまで増加しているのに対し、従来鋼では最大110J/cmに留まっている。一方で、破壊靱性値Kは最大で150〜160MPa・m1/2のほぼ同程度の高い値を両鋼共に示している。
【0028】
次に、本発明によるリンクチェーン用鋼における残留オーステナイト体積率と従来鋼との比較を図2に示した。図2から分かるように、本発明においては従来鋼に比較し、等温変態保持温度域である300〜450℃の温度範囲で最大14%まで増加しているのに対し、従来鋼では最大4%の体積率が500℃まで急激に減少していることが分かる。
【0029】
残留オーステナイト中の炭素濃度については、図3に示すように、従来鋼に比較し、等温変態保持温度域である300〜450℃の温度範囲で最大0.9%まで増加しているのに対し、従来鋼では最大0.9%とほぼ同量の炭素濃度であるが、本発明鋼は等温変態処理を施すことで炭素濃化が進み、残留オーステナイトの中の炭素濃度が高くなり、延性と靱性を改善することが可能である。
【0030】
このように、本発明においては、Ms点以下での等温変態処理は、従来鋼に比べて、残留オーステナイト体積率が増加しており、これは冷却速度を遅くしたことことに起因しており、更に等温変態処理を施すことで炭素濃化が進み、残留オーステナイト中の炭素濃度を高くなり、延性と靱性を改善することが可能となる。
【実施例】
【0031】
本発明によるリンクチェーン用TRIP型ベイニティックフェライト鋼として、質量%で、C:0.20%,Si:1.49%,Mn:1.50%,Cr:1.00%,Al:0.04%,Nb:0.05%、残部Fe及び不可避的不純物からなる線材(棒鋼)を表1に示す熱処理条件:900℃の温度に加熱後、この温度域において20分間保持し、次いで20℃/秒の冷却速度で急冷し、急冷した温度域200〜450℃にて500秒間保持を施した。その結果を表2に示した。
比較材として、従来のTRIP型マルテンサイト鋼として、質量%で、C:0.20%,Si:1.49%,Mn:1.50%,Cr:1.00%,Al:0.04%,Nb:0.05%、残部Fe及び不可避的不純物からなる線材(棒鋼)を表3に示す従来の熱処理条件:900℃の温度に加熱後、この温度域において20分間保持し、次いで50℃/秒の冷却速度で常温まで冷却し、その後200〜450℃にて500秒間保持を施した。その結果を表4に示した。
表2から分かるように、本発明によるリンクチェーン用鋼は、C:0.20において、等温処理温度域350℃以下の条件では従来鋼とほぼ同等の高強度1400MPa以上を示し、かつ試験温度25℃にてシャルピー衝撃値100J/cm以上の高い衝撃値が得られた。破壊靱性値Kは150〜160MPa・m1/2の高い値を示している。また残留オーステナイト量が5vol%以上で、しかもこの残留オーステナイト中の炭素濃化量も最大0.8%となり、濃化が進行していることが分かる。一方、従来の熱処理条件で製造した比較材は表4に示すように、残留オーステナイト量、シャルピー衝撃値が低いレベルにあることが分かる。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
【表3】

【0035】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.15〜0.40%,Si:0.2〜2.0%,Mn:0.6〜2.5%,Al:0〜0.05%,P:0.05%以下,S:0.05%以下,Cr:0.4〜2.0%,Mo:0.5%以下を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなるリンクチェーンであって、該リンクチェーンの鋼組織として鋼中に、体積率で、残留オーステナイトを5〜15%、ベイニティックフェライトとポリゴナルフェライトを10%以下、炭素濃化処理マルテンサイトを90%以上含み、動的靱性値が80J/cm以上、静的靱性値が120MPa・m1/2以上を有することを特徴とする高強度、高靱性リンクチェーン。
【請求項2】
請求項1記載の高強度、高靱性リンクチェーンが、更に、質量%で、Ni:0.4〜2.5%、Nb:0.01〜0.05%、B:0.0005〜0.005%含むことを特徴とする高強度、高靱性リンクチェーン。
【請求項3】
質量%で、C:0.15〜0.40%,Si:0.2〜2.0%,Mn:0.6〜2.5%,Al:0〜0.05%,P:0.05%以下,S:0.05%以下,Cr:0.4〜2.0%,Mo:0.5%以下を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなるリンクチェーンを、A+100℃の温度に加熱後、γ域からMs点以下の温度に5〜100℃/sec.の冷却速度で急冷し、かつMs〜Mf点間の冷却速度を5〜50℃/sec.の冷却速度に制御して急冷し、急冷した温度に10〜1000秒保持し、該リンクチェーンの鋼組織として鋼中に、体積率で、残留オーステナイトを5〜15%、ベイニティックフェライトとポリゴナルフェライトを10%以下、炭素濃化処理マルテンサイトを90%以上含み、動的靱性値が80J/cm以上、静的靱性値が120MPa・m1/2以上を有することを特徴とする高強度、高靱性リンクチェーン。
【請求項4】
質量%で、C:0.15〜0.40%,Si:0.2〜2.0%,Mn:0.6〜2.5%,Al:0〜0.05%,P:0.05%以下,S:0.05%以下,Cr:0.4〜2.0%,Mo:0.5%以下を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなるリンクチェーンを、A+100℃の温度に加熱後、γ域からMs点以下の温度に5〜100℃/sec.の冷却速度で急冷し、かつMs〜Mf点間の冷却速度を5〜50℃/sec.の冷却速度に制御して急冷し、急冷した温度に10〜1000秒保持し、その後、200〜450℃の温度範囲で炭素濃化処理し、該リンクチェーンの鋼組織として鋼中に、体積率で、残留オーステナイトを5〜15%、ベイニティックフェライトとポリゴナルフェライトを10%以下、炭素濃化処理マルテンサイトを90%以上含み、動的靱性値が80J/cm以上、静的靱性値が120MPa・m1/2以上を有することを特徴とする高強度、高靱性リンクチェーン。
【請求項5】
請求項3または4記載の高強度、高靱性リンクチェーンが、更に、質量%で、Ni:0.4〜2.5%、Nb:0.01〜0.05%、B:0.0005〜0.005%含むことを特徴とする高強度、高靱性リンクチェーン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−117135(P2012−117135A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−270397(P2010−270397)
【出願日】平成22年12月3日(2010.12.3)
【出願人】(000129367)株式会社キトー (101)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】