説明

高強度ペプチドゲル

【課題】実用上十分な力学的強度を有するペプチドゲルを提供すること。
【解決手段】本発明のペプチドゲルは、光架橋により共有結合を形成する反応基および/または生体分子間相互作用により結合可能なリンカー構造を有するアミノ酸を含む自己組織化ペプチドを含む水溶液から形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度のペプチドゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
細胞外マトリックスが、細胞増殖、分化、細胞間や細胞と組織間の相互作用に影響を与え、重要なシグナル伝達を促進させることが知られている。さらに、従来の培養皿による2次元培養よりも、3次元環境で細胞を培養することにより、in vivoに近似し、最適化した細胞外マトリックス/細胞微小環境が得られ、複雑な組織再構築を可能として移植効果が増幅されると考えられる。
【0003】
3次元細胞培養には、コラーゲン、Matrigelのような動物由来の材料が使用されている。しかしながら、動物由来の材料は、免疫源性や感染症などの問題がある。このような感染等のおそれを取り除くためPLA、PLGA、リン酸カルシウムのような合成スキャフォールドも3次元細胞培養に使用されている。しかしながら、これらの合成スキャフォールドは、細胞増殖性に優れない。また、このような材料としては、例えば、特許文献1または特許文献2で開示されるような自己組織化ペプチドが挙げられる。しかしながら、特許文献1または2の自己組織化ペプチドから得られるスキャフォールド(ペプチドゲル)は、力学的強度が不十分であるので、例えば、ピンセットでつまむと崩れてしまう等の操作性の問題がある。
【0004】
近年、細胞シートを作成して心臓周囲に添付する方法が開発されている。特許文献3には、心筋梗塞部位の表面部に塗布した自己組織化ナノペプチドをゲル化させる心筋幹・前駆細胞移植方法が開示されている。しかしながら、この方法では大動物の心筋層を修復するのに必要な厚みを持った移植シートを作成することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許5670483号明細書
【特許文献2】国際公開第2007/000979号パンフレット
【特許文献3】特開2009−90031号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、実用上十分な力学的強度を有するペプチドゲルを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のペプチドゲルは、光架橋により共有結合を形成する反応基および/または生体分子間相互作用により結合可能なリンカー構造を有するアミノ酸を含む自己組織化ペプチドを含む水溶液から形成される。
好ましい実施形態においては、上記光架橋により共有結合を形成する反応基が自己組織化ペプチドのアミノ基と共有結合可能な反応基である。
好ましい実施形態においては、上記共有結合および/または分子間相互作用により結合可能なアミノ酸がアジドフェニルアラニン、ビオチン結合リジン、ベンゾリルフェニルアラニンからなる群より選択される少なくとも1種である。
好ましい実施形態においては、上記自己組織化ペプチドのアミノ基と共有結合可能な反応基が自己組織化ペプチドのC末端に導入されている。
好ましい実施形態においては、上記自己組織化ペプチドが、DLRLDLALDLRLD(配列番号1)、DLRLDLLLDLRLD(配列番号5)、DARLDLALDLRLD(配列番号6)、DLRLDLALDLRAD(配列番号7)、DARLDLLLDLRLD(配列番号8)、DARLDLLLDLRAD(配列番号9)、DLRLDALLDLRLD(配列番号10)、または、DLRLDLLADLRLD(配列番号11)のアミノ酸配列からなるペプチドである。
好ましい実施形態においては、上記自己組織化ペプチドが下記のアミノ酸配列からなる:
アミノ酸配列:adb
(該アミノ酸配列中、a〜aは、塩基性アミノ酸残基であり;b〜bは、非電荷極性アミノ酸残基および/または疎水性アミノ酸残基であり、ただし、そのうちの少なくとも5個は、疎水性アミノ酸残基であり;cおよびcは、酸性アミノ酸残基であり;dは、疎水性アミノ酸残基である。)
好ましい実施形態においては、上記自己組織化ペプチドが、RLDLRLALRLDLR(配列番号4)、RLDLRLLLRLDLR(配列番号12)、RADLRLALRLDLR(配列番号13)、RLDLRLALRLDAR(配列番号14)、RADLRLLLRLDLR(配列番号15)、RADLRLLLRLDAR(配列番号16)、RLDLRALLRLDLR(配列番号17)、または、RLDLRLLARLDLR(配列番号18)のアミノ酸配列からなるペプチドである。
本発明の別の局面によれば、細胞培養用基材が提供される。該細胞培養用基材は、上記ペプチドゲルを含む。
本発明のさらに別の局面によれば、薬剤輸送・徐放用担体が提供される。該薬剤輸送・徐放用担体は、上記ペプチドゲルを含む。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、より力学的強度の高いペプチドゲルが得られる。本発明のペプチドゲルは、試薬や有機溶媒を用いることなく、ペプチド同士を結合させて、高強度を実現しているので、これらの影響を受けることなく、様々な用途に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施例1で得られたペプチドゲルの観察方法を説明する模式図である。
【図2】実施例1で得られたペプチドゲルのメニスカスの形状を示す写真である。
【図3】実施例2で得られたペプチドゲルを示す写真である。
【図4】実施例3で得られたペプチドゲルのメニスカスの形状を示す写真である。
【図5】実施例1で得られたペプチドゲルのブロモフェノールブルーの徐放性試験の結果を示すグラフである。
【図6】実施例1で得られたペプチドゲルと実施例2で得られたペプチドゲルのフェノールレッドの徐放性試験の結果を示すグラフである。
【図7】実施例1で得られたペプチドゲル内でのHEK293細胞を3日間培養後のゲル内の顕微鏡写真である。
【図8】実施例2で得られたペプチドゲル内でのマウス3T3細胞を3日間培養後のゲル内の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
A.用語の定義
(1)本明細書において、「自己組織化ペプチド」とは、溶媒中において、ペプチド分子同士の相互作用を介して自発的に集合するペプチドをいう。相互作用としては、特に限定されず、例えば、水素結合、イオン間相互作用、ファンデルワールス力等の静電的相互作用、疎水性相互作用が挙げられる。1つの実施形態において、自己組織化ペプチドは、室温の水溶液(例えば、0.4w/v%のペプチド水溶液)中において、自己組織化してナノファイバーまたはゲルを形成し得る。
(2)本明細書において、「ゲル」とは、粘性的な性質と弾性的な性質とを併せ持つ粘弾性物質をいう。
(3)本明細書において、「親水性アミノ酸」は、アルギニン(Arg/R)、リジン(Lys/K)、ヒスチジン(His/H)等の塩基性アミノ酸、アスパラギン酸(Asp/D)、グルタミン酸(Glu/E)等の酸性アミノ酸、チロシン(Tyr/Y)、セリン(Ser/S)、トレオニン(Thr/T)、アスパラギン(Asn/N)、グルタミン(Gln/Q)、システイン(Cys/C)等の非電荷極性アミノ酸を含む。上記括弧内のアルファベットはそれぞれ、アミノ酸の三文字表記および一文字表記である。
(4)本明細書において、「疎水性アミノ酸」は、アラニン(Ala/A)、ロイシン(Leu/L)、イソロイシン(Ile/I)、バリン(Val/V)、メチオニン(Met/M)、フェニルアラニン(Phe/F)、トリプトファン(Trp/W)、グリシン(Gly/G)、プロリン(Pro/P)等の非極性アミノ酸を含む。上記括弧内のアルファベットはそれぞれ、アミノ酸の三文字表記および一文字表記である。
【0011】
B.ペプチドゲル
本発明のペプチドゲルは、光架橋により共有結合を形成する反応基および/または生体分子間相互作用により結合可能なリンカー構造を有するアミノ酸(以下、結合能を有するアミノ酸ともいう)を含む自己組織化ペプチドを含む水溶液から形成される。本発明のペプチドゲルでは、自己組織化ペプチドが水溶液中で自発的に集合して、ナノメートルスケールの幅を有する繊維状の分子集合体、いわゆるナノファイバーを形成し、該ナノファイバー間に働く静電的相互作用を主因として三次元網状構造を形成することにより、ゲルが形成されると推測される。本発明のペプチドゲルは、自己組織化ペプチドに含まれるアミノ酸が有する光架橋により共有結合を形成する反応基および/または生体分子間相互作用により結合可能なリンカー構造により、上記ナノファイバーを形成する自己組織化ペプチド同士および/または該ナノファイバー同士がさらに結合されると考えられる。これにより、より力学的強度の高いペプチドゲルが得られると考えられる。
【0012】
上記水溶液中に含まれるペプチドは、1種類のみであってもよく、2種類以上であってもよい。また、上記結合能を有するアミノ酸を含んでいない自己組織化ペプチドを含んでいてもよい。該水溶液は、本発明で用いられるペプチドおよび水に加えて、任意の適切な添加物をさらに含み得る。また、該水溶液は、細胞等の不溶物を含んでいてもよい。
【0013】
上記水溶液中におけるペプチド濃度は、好ましくは0.1〜10w/v%、さらに好ましくは1〜5w/v%である。濃度がこの範囲である場合、力学的強度に優れたペプチドゲルが得られ得る。また、細胞培養基材として用いた場合に、良好な細胞生存率が得られ得る。本発明のペプチドゲルは、ペプチド濃度を高濃度にすることなく、より力学的強度の高いペプチドゲルが得られる。
【0014】
B−1.光架橋により共有結合を形成する反応基および/または生体分子間相互作用により結合可能なリンカー構造を有するアミノ酸を含む自己組織化ペプチド
本発明で用いる自己組織化ペプチドは、上記結合能を有するアミノ酸を含む。このような自己組織化ペプチドを用いることにより、ペプチド同士の静電的相互作用による自己組織化に加えて、光架橋による共有結合および/または生体間相互作用による結合を形成することができ、より力学的強度の高いペプチドゲルの形成が可能となる。また、これらの結合は、試薬や有機溶媒を用いることなく形成が可能であるため、本発明のペプチドゲルは、これらの影響を考慮する必要がなく、様々な用途に適用され得る。
【0015】
本発明で用いる自己組織化ペプチドにおいて、結合能を有するアミノ酸が導入される位置は、特に制限はない。例えば、該アミノ酸が自己組織化ペプチドの片側末端のみに導入されていてもよく、自己組織化ペプチドの両末端に導入されていてもよく、配列内に導入されていてもよい。また、上記結合能を有するアミノ酸は、自己組織化ペプチドに1種のみ含まれていてもよく、2種以上含まれていてもよい。
【0016】
B−1−1.結合能を有するアミノ酸
上記結合能を有するアミノ酸としては、光架橋により共有結合を形成する反応基および/または生体分子間相互作用により結合可能なリンカー構造を有するアミノ酸であればよく、任意の適切なものを用いることができる。
【0017】
上記光架橋により共有結合を形成する反応基を有するアミノ酸としては、任意の適切なものを用いることができる。本発明で用いる自己組織化ペプチドは、後述の通り、疎水性アミノ酸残基および親水性アミノ酸残基を含む。したがって、例えば、結合能を有するアミノ酸を自己組織化ペプチドの配列内に入れる場合、該アミノ酸を入れる位置にあるべきアミノ酸が親水性アミノ酸残基である場合には、親水性アミノ酸に光架橋により共有結合を形成する反応基および/または生体分子間相互作用により結合可能なリンカー構造を持たせたものを用いればよい。
【0018】
上記光架橋により共有結合を形成する反応基は、紫外線の照射により自己組織化ペプチドのN末端のアミノ基や該ペプチドを構成するアミノ酸残基の側鎖と共有結合を形成する。光架橋により共有結合を形成する反応基とアミノ基やアミノ酸残基の側鎖との結合は、反応性が高く、また光のない状態でも安定している。さらに、該反応基による光架橋は、光への感度が高いため、紫外線の照射による損傷も考慮しなくてもよい。
【0019】
光架橋により共有結合を形成する反応基としては、特に制限はなく、例えば、アリールアジド基、ジアジリン基、ベンゾフェノン基等が挙げられる。なかでも、入手が容易であり、試薬を用いることなく共有結合等の化学結合を構成できるという点から、光架橋により共有結合を形成する反応基としてアリールアジド基およびベンゾフェノン基を有するアミノ酸を用いることが好ましい。
【0020】
上記結合能を有するアミノ酸に含まれる光架橋により共有結合を形成する反応基は、好ましくは自己組織化ペプチドに含まれるアミノ基と共有結合可能な反応基である。このような反応基を有することにより、自己組織化ペプチドのN末端のアミノ基および/または自己組織化ペプチドを構成するアミノ酸に含まれるアミノ基と結合することにより、自己組織化ペプチド同士および/または自己組織化ペプチドにより形成されるナノファイバー間に結合を形成することができ、力学的強度の高いペプチドゲルが得られる。
【0021】
上記自己組織化ペプチドに含まれるアミノ基と共有結合可能な反応基は、好ましくは自己組織化ペプチドのC末端側に導入される。自己組織化ペプチドのC末端にアミノ基と共有結合可能な反応基を導入することにより、より力学的強度の高いペプチドゲルが得られる。一般に、自己組織化ペプチドが形成するβシート構造では、それぞれのペプチドが有するアミノ基とカルボニル基とが水素結合している。自己組織化ペプチドのC末端にアミノ基と光架橋で共有結合可能な反応基が導入されることにより、該反応基が他の自己組織化ペプチドのN末端のアミノ基と共有結合を形成すると考えられる。これにより、自己組織化ペプチド間および/または自己組織化ペプチドにより形成されるナノファイバー間の結合がより強固になり、より力学的強度の高いペプチドゲルが得られると考えられる。
【0022】
上記光架橋により共有結合を形成する反応基を有するアミノ酸としては、コスト面に優れる点から、好ましくはアジドフェニルアラニン、ベンゾリルフェニルアラニンが用いられる。
【0023】
生体分子間相互作用としては、特に制限はなく、例えば、タンパク質−タンパク質間、受容体−リガンド間、抗原−抗体間等の相互作用が挙げられる。具体的には、アビジン−ビオチン間の相互作用が挙げられる。生体分子間相互作用により結合可能なリンカー構造を有するアミノ酸としては、コスト面に優れ、親和性および結合の安定性が高いという点から、ビオチン結合リジンが好ましい。
【0024】
生体分子間相互作用により結合させる場合、両方の生体分子に由来するリンカー構造を有するアミノ酸を用いてもよく、一方の生体分子に由来するリンカー構造を有するアミノ酸のみを用いてもよい。一方の生体分子に由来するリンカー構造を有するアミノ酸のみを用いる場合には、他方の生体分子をペプチドゲルの形成に用いる水溶液に添加することにより、自己組織化ペプチド間および/または自己組織化ペプチドにより形成されるナノファイバー間の結合を形成し得る。ビオチン結合リジンを含む自己組織化ペプチドを用いて、自己組織化ペプチド間および/または自己組織化ペプチドにより形成されるナノファイバー間の結合を形成する場合、該自己組織化ペプチドを含む水溶液にさらにアビジンを加えることにより、自己組織化ペプチドに含まれるビオチンとアビジン間の相互作用により、強固な結合が形成され、より力学的強度の高いペプチドゲルが得られる。水溶液に添加する生体分子の量は、ペプチドに含まれるリンカー構造の数や、用いるペプチドの量に応じて、適宜設定することができる。
【0025】
上記生体分子間相互作用により結合可能なリンカー構造を有するアミノ酸が導入される部分は特に制限はない。製造が容易であり、試薬を用いることなく共有結合等の化学結合を構成できるという点から、末端に該アミノ酸が導入されていることが好ましい。
【0026】
B−1−2.自己組織化ペプチド
本発明で用いる自己組織化ペプチドとしては、上記の結合能を有するアミノ酸を含むものであればよく、任意の適切な自己組織化ペプチドを用いることができる。一般に、ナノファイバーを構成する自己組織化ペプチドは、水溶液中で、親水性の側鎖が配置される面と疎水性の側鎖が配置される面とからなるβシート構造をとり、親水性面間に働く水素結合、イオン間相互作用等および疎水性面間に働く疎水性相互作用等の相互作用によって、複数のペプチドが自発的に集合すると考えられている。したがって、ナノファイバーを構成する自己組織化ペプチドは、例えば、親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸とを、交互に、かつ、等しい割合で有するものが挙げられる。自己組織化ペプチドとしては、10〜20残基のアミノ酸配列からなるペプチドが用いられる。
【0027】
自己組織化ペプチドを構成するアミノ酸は、L−アミノ酸であってもよく、D−アミノ酸であってもよい。また、天然アミノ酸であってもよく、非天然アミノ酸であってもよい。低価格で入手可能であり、ペプチド合成が容易であることから、好ましくは天然アミノ酸である。
【0028】
好ましくは、本発明で用いる自己組織化ペプチドは、13残基のアミノ酸配列からなるペプチドであって、7位の疎水性アミノ酸残基を中心として、疎水性アミノ酸と親水性アミノ酸が交互に位置するアミノ酸配列からなり、該配列内のいずれかの位置に上記の結合能を有するアミノ酸を含む。すなわち、本発明で用いられる自己組織化ペプチドは、1,3,5,9,11および13位に親水性アミノ酸が、2,4,6,7,8,10および12位に疎水性アミノ酸が位置する13残基のアミノ酸配列からなり、該配列のいずれかの位置に上記の結合能を有するアミノ酸を含むことが好ましい。上記自己組織化ペプチドにおいては、6〜8位の3つのアミノ酸残基が連続して疎水性アミノ酸残基となる。このようにアミノ酸配列の中心に形成された疎水性領域は、その疎水性相互作用等により、強度に優れたペプチドゲルの形成に寄与し得ると推測される。該自己組織化ペプチドに含まれる疎水性アミノ酸残基および親水性アミノ酸残基は、同一であっても異なっていても良い。結合能を有するアミノ酸は、上記のアミノ酸配列内の任意の部分に導入され得る。
【0029】
上記親水性アミノ酸残基は、好ましくはアルギニン残基、リジン残基、ヒスチジン残基、アスパラギン酸残基、グルタミン酸残基、チロシン残基、セリン残基、トレオニン残基、アスパラギン残基、グルタミン残基、システイン残基である。
【0030】
上記疎水性アミノ酸残基は、好ましくはアラニン残基、ロイシン残基、イソロイシン残基、バリン残基、メチオニン残基、フェニルアラニン残基、トリプトファン残基、グリシン残基、プロリン残基であり、さらに好ましくはロイシン残基、アラニン残基、バリン残基、またはイソロイシン残基であり、特に好ましくはロイシン残基またはアラニン残基である。これらのアミノ酸は、入手が容易だからである。
【0031】
本発明の別の好ましい実施形態で用いられる自己組織化ペプチドを以下に例示する。
n−DLRLDLALDLRLD−c(配列番号1)
n−DLRLDLLLDLRLD−c(配列番号5)
n−DARLDLALDLRLD−c(配列番号6)
n−DLRLDLALDLRAD−c(配列番号7)
n−DARLDLLLDLRLD−c(配列番号8)
n−DARLDLLLDLRAD−c(配列番号9)
n−DLRLDALLDLRLD−c(配列番号10)
n−DLRLDLLADLRLD−c(配列番号11)
【0032】
本発明の他の好ましい実施形態においては、自己組織化ペプチドは、下記のアミノ酸配列からなる。
アミノ酸配列:adb
(上記アミノ酸配列中、a〜aは、塩基性アミノ酸残基であり;b〜bは、非電荷極性アミノ酸残基および/または疎水性アミノ酸残基であり、ただし、そのうちの少なくとも5個は、疎水性アミノ酸残基であり;cおよびcは、酸性アミノ酸残基であり;dは、疎水性アミノ酸残基である。)このような自己組織化ペプチドを用いることにより、より力学的強度の高いペプチドゲルを得ることができる。結合能を有するアミノ酸は、上記のアミノ酸配列内の任意の部分に導入され得る。
【0033】
上記自己組織化ペプチドは、7位の疎水性アミノ酸残基を中心として、一残基おきに塩基性アミノ酸残基(1、5、9、および13位)および酸性アミノ酸残基(3および11位)をN末端方向およびC末端方向に対称の位置に有する13残基のアミノ酸配列からなる。すなわち、上記自己組織化ペプチドは、親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸とを交互に有さないことを1つの特徴とする。また、上記自己組織化ペプチドは、親水性アミノ酸残基と疎水性アミノ酸残基とを等しい割合で有さないことを別の特徴とする。また、上記自己組織化ペプチドは、7位の疎水性アミノ酸残基を中心として、4個の塩基性アミノ酸残基と2個の酸性アミノ酸残基とを所定の対称の位置に有し、N末端とC末端のアミノ酸残基がともに塩基性アミノ酸残基であることをさらに別の特徴とする。一般的には、7位を疎水性アミノ酸残基とすることは、βシート構造の形成にとって不利になり、また、親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸との割合を不均等にするので、ペプチドの自己組織化能に悪影響を及ぼすと考えられてきた。しかしながら、上記自己組織化ペプチドは、優れた自己組織化能を有し、さらには、従来よりも力学的強度に優れたペプチドゲルを形成し得る。このような効果が奏される理由は定かではないが、7位を疎水性アミノ酸とすることに加えて、塩基性アミノ酸残基を酸性アミノ酸残基よりも2個多く有し、かつ、それぞれのアミノ酸残基を特定の位置に有することにより、βシート構造を形成する能力を維持しつつ、ペプチド分子間に静電的引力と静電的斥力とが極めて優れたバランスで働くことによるものと考えられる。
【0034】
上記アミノ酸配列中、a〜aは、塩基性アミノ酸残基である。塩基性アミノ酸は、好ましくはアルギニン、リジン、またはヒスチジンであり、より好ましくはアルギニンまたはリジンである。これらのアミノ酸は、塩基性が強いからである。a〜aは、同一のアミノ酸残基であってもよく、異なるアミノ酸残基であってもよい。
【0035】
上記アミノ酸配列中、b〜bは、非電荷極性アミノ酸残基および/または疎水性アミノ酸残基であり、そのうちの少なくとも5個は、疎水性アミノ酸残基である。疎水性アミノ酸は、好ましくはアラニン、ロイシン、イソロイシン、バリン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、グリシン、またはプロリンである。非電荷極性アミノ酸は、好ましくはチロシン、セリン、トレオニン、アスパラギン、グルタミン、またはシステインである。これらのアミノ酸は、入手が容易だからである。
【0036】
好ましくは、bおよびbは、それぞれ独立して任意の適切な疎水性アミノ酸残基であり、さらに好ましくはロイシン残基、アラニン残基、バリン残基、またはイソロイシン残基であり、特に好ましくはロイシン残基またはアラニン残基である。上記アミノ酸配列において、それぞれ6位と8位に位置するbとbが疎水性アミノ酸残基である場合、6〜8位の3つのアミノ酸残基が連続して疎水性アミノ酸残基となる。このようにアミノ酸配列の中心に形成された疎水性領域は、その疎水性相互作用等により、強度に優れたペプチドゲルの形成に寄与し得ると推測される。
【0037】
好ましくは、b〜bはすべて疎水性アミノ酸残基である。自己組織化ペプチドが好適にβシート構造を形成し、自己組織化し得るからである。より好ましくは、b〜bは、それぞれ独立してロイシン残基、アラニン残基、バリン残基、またはイソロイシン残基であり、さらに好ましくはロイシン残基またはアラニン残基である。好ましい実施形態においては、b〜bのうちの4個以上がロイシン残基であり、特に好ましくはそのうちの5個以上がロイシン残基であり、最も好ましくはすべてがロイシン残基である。水への溶解性に優れ、かつ、力学的強度の高いペプチドゲルを形成し得る自己組織化ペプチドが得られ得るからである。
【0038】
上記アミノ酸配列中、cおよびcは、酸性アミノ酸残基である。酸性アミノ酸は、好ましくはアスパラギン酸またはグルタミン酸である。これらのアミノ酸は、入手が容易だからである。cおよびcは、同一のアミノ酸残基であってもよく、異なるアミノ酸残基であってもよい。
【0039】
上記アミノ酸配列中、dは、疎水性アミノ酸残基である。上記のとおり、dが疎水性アミノ酸残基であり、かつ、所定の対称構造を有することにより、上記自己組織化ペプチドは従来のペプチドゲルよりも力学的強度に優れたゲルを形成し得ると考えられる。このような効果が奏される理由は定かではないが、本発明の自己組織化ペプチドは、7位のアミノ酸残基dが疎水性アミノ酸残基であることにより、自己組織化する際のペプチド同士の重なりが一定となり、均一性が高い集合状態を形成し得るためと推測される。
【0040】
dは、好ましくはアラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、またはイソロイシン残基である。この場合、自己組織化ペプチドが形成するβシート構造の親水性面側のアミノ酸の側鎖長は非相補的となり得るが、該自己組織化ペプチドは、優れた自己組織化能を発揮し得、さらには、従来よりも力学的強度に優れたペプチドゲルを形成し得る。これは、自己組織化にとって好適な静電的引力を得るためには、βシート構造の親水性面側のアミノ酸の側鎖長が相補的であることが好ましいという従来の知見とは大きく異なる効果である。ここで、「側鎖長が相補的」とは、相互作用を発揮する一対のアミノ酸残基(例えば、塩基性アミノ酸残基と酸性アミノ酸残基)の側鎖長に主として関与する原子の数の和が一定であることをいう。例えば、図1は、側鎖長が非相補的な場合のペプチド間の距離を説明する模式図である。図1に示されるとおり、点線で囲まれるアラニン残基−アルギニン残基対の側鎖長に主として関与する原子の数の和(7)は、実線で囲まれるアスパラギン酸残基−アルギニン残基対の側鎖長に主として関与する原子の数の和(9)よりも小さい。
【0041】
上記自己組織化ペプチドに含まれるアミノ酸残基の中性領域における電荷の総和は、実質的に+2である。すなわち、上記自己組織化ペプチドは、中性領域において該ペプチドに含まれるアミノ酸残基の側鎖に由来するプラス電荷とマイナス電荷とが相殺されない。加えて、N末端とC末端のアミノ酸残基がともに塩基性アミノ酸残基であることから、本発明の自己組織化ペプチドは、例えば、ペプチド間に静電的引力に加えて静電的斥力が働き、これらの微妙なバランスが保たれることで過度の会合が実質的に生じないため、中性領域で沈殿することなく安定なゲルを形成し得ると推測される。なお、本明細書において、「中性領域」とは、pH6〜8、好ましくは、pH6.5〜7.5の領域をいう。
【0042】
各pHにおける上記自己組織化ペプチドの電荷は、例えば、レーニンジャー(Lehninger)〔Biochimie、1979〕の方法に従って算出され得る。レーニンジャーの方法は、例えば、EMBL WWW Gateway to Isoelectric Point Serviceのウェブサイト(http://www.embl−heidelberg.de/cgi/pi−wrapper.pl)上で利用可能なプログラムにより行なわれ得る。
【0043】
本発明の別の好ましい実施形態で用いられる自己組織化ペプチドを以下に例示する。
n−RLDLRLALRLDLR−c(配列番号4)
n−RLDLRLLLRLDLR−c(配列番号12)
n−RADLRLALRLDLR−c(配列番号13)
n−RLDLRLALRLDAR−c(配列番号14)
n−RADLRLLLRLDLR−c(配列番号15)
n−RADLRLLLRLDAR−c(配列番号16)
n−RLDLRALLRLDLR−c(配列番号17)
n−RLDLRLLARLDLR−c(配列番号18)
【0044】
上記自己組織化ペプチドは、任意の適切な製造方法によって製造され得る。例えば、Fmoc法等の固相法又は液相法等の化学合成方法、遺伝子組換え発現等の分子生物学的方法が挙げられる。
【0045】
B−2.その他の成分
本発明のペプチドゲルが含む添加物は、ペプチドゲルの用途、含まれるペプチドの種類等に応じて適切に選択され得る。添加物の具体例としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、塩酸、リン酸、炭酸水素ナトリウム等のpH調整剤;アミノ酸類;ビタミンA、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンEおよびその誘導体等のビタミン類;単糖、二糖、オリゴ糖等の糖類;ヒアルロン酸、キトサン、親水化セルロース等の多糖類;エタノール、プロパノール、イソプロパノール等のアルコール類;グリセリン、プロピレングリコール等の多価アルコール類;フェノールレッド等の色素;ホルモン、サイトカイン(造血因子、増殖因子等)、ペプチド等の生理活性物質;酵素;抗体;DNA;RNA;その他一般的な低分子化合物が挙げられる。添加物は、1種類のみ添加されてもよく、2種類以上組み合わせて添加されてもよい。水溶液中における添加物の濃度は、目的、ペプチドゲルの用途等に応じて適切に設定され得る。
【0046】
生理活性物質、酵素、抗体などのアミノ基を含む添加物、または、自己組織化ペプチドが有する生体分子間相互作用により結合可能なリンカー構造と結合可能な生体分子と結合した添加物を用いることにより、ペプチドゲルの内部および/または表面にこれらの添加物が化学的に結合し得る。これにより、添加物とペプチドゲルとをより強固に結びつけることができる。このような添加剤を用いる場合、光架橋反応による共有結合および/または生体分子間相互作用による結合を形成する前にこれらの添加剤をペプチドゲルに加えておくことが好ましい。
【0047】
添加物を含む水溶液の具体例としては、リン酸緩衝化生理食塩水(PBS)、Tris−HCl等の各種緩衝液、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)等の細胞培養用培地、水酸化ナトリウム、塩酸、炭酸水素ナトリウム等でpHを調整した水溶液、が挙げられる。
【0048】
上記水溶液は、目的に応じて、任意の適切なpHであり得る。たとえば、本発明で用いるペプチドを溶解する前後における水溶液のpHは、それぞれ好ましくは5〜9であり、さらに好ましくは5.5〜8であり、特に好ましくは6.0〜7.5である。この範囲であれば、力学的強度に優れたペプチドゲルが得られ得る。さらに、上記水溶液が細胞を含む場合に、良好な細胞生存率が得られ得る。
【0049】
上記細胞としては、目的等に応じて、任意の適切な細胞が選択され得る。細胞は、動物細胞であっても、植物細胞であってもよい。細胞の具体例としては、軟骨細胞、筋芽細胞、骨髄細胞、線維芽細胞、肝細胞、心筋細胞等が挙げられる。
【0050】
上記ペプチドゲルは、任意の適切な方法によって形成され得る。代表的には、上記ペプチドゲルは、少なくとも1種の本発明で用いるペプチドを含む水溶液を静置することにより形成され得る。静置する際の温度または時間は、本発明で用いるペプチドが自己組織化してゲルを形成する限り特に制限はなく、ゲルの使用目的、該ペプチドの種類、濃度等に応じて適切に設定され得る。静置する時間は、通常1分以上、好ましくは3分以上、より好ましくは5分以上である。温度は、通常4〜50℃、好ましくは15〜45℃である。
【0051】
C.ペプチドゲルの用途
本発明のペプチドゲルの好ましい用途としては、例えば、細胞培養用基材;タンパク質検出用基材;スキンケア用品、ヘアケア用品等の化粧品;じょくそう製剤、骨充填剤、美容形成用注入剤、眼科用手術補助剤、人工硝子体、人工水晶体、関節潤滑剤、点眼剤、DDS基材、止血剤等の医薬品;湿潤用保水剤;乾燥剤;コンタクトレンズ等の医療機器へのコーティング剤が挙げられる。
【0052】
タンパク質検出用基材は、例えば、本発明のペプチドゲルを、任意の厚み(例えば、0.01〜1mm程度)となるよう、任意の材料表面にコーティングすることにより得られる。このタンパク質検出用基材の表面に、種類や発現量が未知のタンパク質を含む溶液を少量スポットする。ここで、上記B−2項で説明したように、本発明のペプチドゲルとタンパク質が有するアミノ基とは光架橋反応により共有結合を形成し得る。したがって、未知のタンパク質をスポットした後に光架橋反応を行うことにより、自己組織化ペプチドと未知のタンパク質とをより強固に結合させることができる。次いで、任意のタンパク質同定工程を行うことにより、タンパク質の種類や発現量を同定することができる。
【0053】
D.細胞培養用基材
本発明の細胞培養基材は、上記ペプチドゲルを含む。本発明の細胞培養基材は、化学合成によって得られる自己組織化ペプチドから形成されるので、病原体等が混入することなく、安全な細胞培養が可能である。また、上記本発明で用いるペプチドから形成されたゲルは、中性領域で透明、かつ、力学的強度に優れ得るので、本発明の細胞培養基材は、細胞培養時の視認性および操作性に優れる。
【0054】
上記細胞培養基材は、その内部において本発明で用いるペプチドが自己組織化し、繊維状となって三次元網目構造を形成している。したがって、細胞培養基材上での培養だけでなく、細胞培養基材中での培養も可能である。
【0055】
細胞培養基材上で培養する場合は、既に形成された本発明のペプチドゲル上に培養対象の細胞を乗せて培養し得る。細胞培養基材中で培養する場合は、本発明で用いるペプチドまたはペプチド水溶液と細胞または細胞懸濁液とを混合し、該混合物からペプチドゲルを形成して培養し得る。
【0056】
ペプチドゲルの液相は、溶媒置換により所望の培養液に置換することができる。溶媒置換は、例えば、商品名「セルカルチャーインサート」等を用いて行われ得る。ペプチドゲルの詳細(ペプチド濃度、水溶液(混合物)が含み得る添加物の種類、pH等)および形成方法は、上記C項で記載したとおりである。
【0057】
培養対象の細胞は、目的等に応じて任意の適切な細胞が選択され得る。細胞は、動物細胞であっても、植物細胞であってもよい。細胞の具体例としては、軟骨細胞、筋芽細胞、骨髄細胞、線維芽細胞、肝細胞、心筋細胞等が挙げられる。培養液および培養条件は、培養する細胞の種類、目的等に応じて適切に選択され得る。
【0058】
本発明の細胞培養用基材は、生体適合性および安全性に優れるので、例えば、再生医療分野等での三次元細胞培養において好適に利用され得る。
【実施例】
【0059】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0060】
(参考例1)
ResPep(Intavis社製)を用いて、Fmoc合成法により、配列番号1のアミノ酸配列からなる自己組織化ペプチドのC末端にアジドフェニルアラニン(FN)が導入された自己組織化ペプチド(DLRLDLALDLRLD−FN)、配列番号1のアミノ酸配列からなる自己組織化ペプチドのN末端にアジドフェニルアラニン(FN)が導入された自己組織化ペプチド(FN−DLRLDLALDLRLD)、配列番号2のアミノ酸配列の自己組織化ペプチドであって、7位のフェニルアラニンがアジド基を有する自己組織化ペプチド(DLRLDL−FN−LDLRLD)を合成した。ペプチドの生成は、TOF-MS質量分析法(Applied Sciences社製)を用いて確認した。
【0061】
(参考例2)
アジドフェニルアラニンに代えてビオチン結合リジンを用いた以外は、参考例1と同様にして、C末端にビオチン結合リジン(KBio)が導入された自己組織化ペプチド(DLRLDLALDLRLD−KBio)、N末端にビオチン結合リジン(KBio)が導入された自己組織化ペプチド(KBio−DLRLDLALDLRLD)、配列番号3のアミノ酸配列の自己組織化ペプチドであって、7位のリジンにビオチンが結合している自己組織化ペプチド(DLRLDL−KBio−LDLRLD)を合成した。
【0062】
(参考例3)
アジドフェニルアラニンに代えてベンゾリルフェニルアラニンを用いた以外は、参考例1と同様にして、C末端にベンゾリルフェニルアラニンが導入された自己組織化ペプチド(DLRLDLALDLRLD−FBzo)、N末端にベンゾリルフェニルアラニンが導入された自己組織化ペプチド(FBzo−DLRLDLALDLRLD)、配列内にベンゾリルフェニルアラニンが導入された自己組織化ペプチド(DLRLDL−FBzo−LDLRLD)を合成した。
【0063】
(参考例4)
ResPep(Intavis社製)を用いて、Fmoc合成法により、配列番号4のアミノ酸配列からなる自己組織化ペプチドのC末端にアジドフェニルアラニン(FN)が導入された自己組織化ペプチド(RLDLRLALRLDLR−FN)を合成した。ペプチドの生成は、TOF-MS質量分析法(Applied Sciences社製)を用いて確認した。
【0064】
(参考例5)
参考例1と同様にして、配列番号2のアミノ酸配列からなる自己組織化ペプチド(DLRLDLFLDLRLD)、配列番号19のアミノ酸配列からなる自己組織化ペプチド(FDLRLDLALDLRLD)、配列番号20のアミノ酸配列からなる自己組織化ペプチド(DLRLDLALDLRLDF)を合成した。
【0065】
[実施例1]
参考例1で得られた各自己組織化ペプチドをDMSOに溶解させた後、脱イオン水をペプチド濃度が1w/v%となるよう添加し、ペプチドゲルを得た。得られたペプチドゲルに紫外線を2J/scm(通常の蛍光灯下での条件)で12時間(積算光量:80mJ/cm)照射し、本発明のペプチドゲルを得た。
【0066】
得られたペプチドゲルを同量チューブに入れ、図1に示すように底の浅い容器に斜めに立てかけ、30分間静置した。静置後、得られたゲルを真上(図1における矢印の方向)から写真で撮影し、ゲルの硬度をメニスカスの形状により確認した。各ペプチドゲルの凹型メニスカスの形状により、得られたペプチドゲルの力学的強度を確認した。各静置後のペプチドゲルの写真を図2に示す。C末端にアジドフェニルアラニン(FN)が導入された自己組織化ペプチド(DLRLDLALDLRLD−FN)を用いたペプチドゲルが図2中の5のチューブに、N末端にアジドフェニルアラニン(FN)が導入された自己組織化ペプチド(FN−DLRLDLALDLRLD)を用いたペプチドゲルが図2中の3のチューブに、配列内にアジドフェニルアラニン(FN)が導入された自己組織化ペプチド(DLRLDL−FN−LDLRLD)を用いたペプチドゲルが図2中の1のチューブにそれぞれ対応する。
【0067】
実施例1で得られたペプチドゲルは、斜めに立てかけた状態であってもゲルが斜めになり難く、実用上十分な強度を示していた。
【0068】
(比較例1)
参考例5で得られた自己組織化ペプチドを用いた以外は、実施例1と同様にしてペプチドゲルを得た。実施例1と同様にして、得られたペプチドゲルの力学的強度を確認した。各静置後のペプチドゲルの写真を図2に示す。配列番号2の自己組織化ペプチドを用いたペプチドゲルが図2中の2のチューブに、配列番号19の自己組織化ペプチドを用いたペプチドゲルが図2中の4のチューブに、配列番号20の自己組織化ペプチドを用いたペプチドゲルが図2中の6のチューブにそれぞれ対応する。
【0069】
比較例1で得られたペプチドゲルは、実施例1で得られたペプチドゲルと各アミノ酸配列中のフェニルアラニンが光架橋により共有結合を形成する反応基を有していない点のみが相違する。比較例1で得られたペプチドゲルは、実施例1で得られたペプチドゲルに比べて流動性が高かった。
【0070】
[実施例2]
参考例2で得られた各自己組織化ペプチドを、DMSOに溶解させた後、脱イオン水をペプチド濃度が1w/v%となるように添加し、ペプチドゲルを得た。得られたペプチドゲルに卵白由来のアビジンの10mg/ml溶液を0.1ml加え、本発明のペプチドゲルを得た。
【0071】
ビオチン結合リジンがアミノ酸配列の7位に導入された自己組織化ペプチド(DLRLDL−KBio−LDLRLD)を用いたペプチドゲルの写真を図3に示す。得られたペプチドゲルは1日後には、塊状のペプチドゲルとなっていた。得られたペプチドゲルは、スパーテルで操作可能な硬さ(力学的強度)であった。
【0072】
[実施例3]
参考例3で得られた各自己組織化ペプチドをDMSOに溶解させた後、脱イオン水をペプチド濃度が1w/v%となるよう添加し、ペプチドゲルを得た。得られたペプチドゲルに紫外線灯(UVP社製TRANSILLUMINATOR)を用いて、紫外線を8J/scm(通常の蛍光灯下での条件)で1時間(積算光量:28.8kJ/cm)照射し、本発明のペプチドゲルを得た。
【0073】
得られたペプチドゲルをチューブに入れ、逆さにした状態で1分間静置し、各ペプチドゲルの凹型メニスカスの形状により、得られたペプチドゲルの力学的強度を確認した。各ペプチドゲルをチューブに入れた写真を図4に示す。図4(a)が逆さにした直後のチューブ中のゲルの状態を、図4(b)が逆さにした状態で1分間静置した後のチューブ中のゲルの状態を示す。C末端にベンゾリルフェニルアラニンが導入された自己組織化ペプチド(DLRLDLALDLRLD−FBzo)が図4中の3、N末端にベンゾリルフェニルアラニンが導入された自己組織化ペプチド(FBzo−DLRLDLALDLRLD)が図4中の2、アミノ酸配列の7位にベンゾリルフェニルアラニンが導入された自己組織化ペプチド(DLRLDL−FBzo−LDLRLD)が図4中の1にそれぞれ対応する。実施例3で得られたペプチドゲルは、図4(b)に示すように、静置後も上底に残っているハイドロゲルの体積が大きく、実用上十分な強度のペプチドゲルが得られた。
【0074】
(比較例2)
参考例5で得られた自己組織化ペプチドを用いた以外は、実施例3と同様にしてペプチドゲルを得た。実施例3と同様にして、得られたペプチドゲルの力学的強度を確認した。各静置後のペプチドゲルの写真を図4に示す。配列番号19の自己組織化ペプチドを用いたペプチドゲルが図2中の4のチューブに、配列番号2の自己組織化ペプチドを用いたペプチドゲルが図2中の5のチューブに、配列番号20の自己組織化ペプチドを用いたペプチドゲルが図2中の6のチューブにそれぞれ対応する。
【0075】
比較例2で得られたペプチドゲルは、実施例3で得られたペプチドゲルと各アミノ酸配列中のフェニルアラニンが光架橋により共有結合を形成する反応基を有していない点のみが相違する。比較例2で得られたペプチドゲルは、実施例3で得られたペプチドゲルに比べて流動性が高かった。
【0076】
[実施例4]
参考例4で得られた各自己組織化ペプチドをDMSOに溶解させた後、脱イオン水をペプチド濃度が1w/v%となるよう添加し、ペプチドゲルを得た。得られたペプチドゲルに紫外線灯(UVP社製TRANSILLUMINATOR)を用いて、紫外線を8J/scm(通常の蛍光灯下での条件)で1時間(積算光量:28.8kJ/cm)照射し、本発明のペプチドゲルを得た。
【0077】
得られたペプチドゲルをチューブに入れ、逆さにした状態で1分間静置し、実施例4で得られたペプチドゲルの形状変化から得られたペプチドゲルの力学的強度を確認した。実施例4で得られたペプチドゲルも逆さにしても落ちてくることが無く、実用上十分な強度のペプチドゲルが得られた。
【0078】
[試験例1:薬剤徐放試験]
Nagaiら(J.Cont.Rel.115,2006,18−25)の方法に従って、本発明のペプチドゲルの薬物徐放性について試験した。参考例1で得られたC末端にアジドフェニルアラニン(FN)が導入された自己組織化ペプチドのDMSO溶液(ペプチド濃度:3w/v%)とブロモフェノールブルーを含む水溶液とを体積比1:2で混合し、ブロモフェノールブルーを分散させたペプチドゲルを得た。得られたペプチドゲルの上層に600μlの緩衝液を添加し、0.5,1,2,4,8時間経過後に、上層の緩衝液の590nmでの吸光度をバイオフォトメータープラス(エッペンドルフ社製)で測定した。各時間の吸光度から算出した濃度を図5に示す。本発明のペプチドゲルからの徐放速度は、上記Nagaiらに開示されたハイドロゲルRADA16(親水性ペプチドと疎水性ペプチドが交互に配置された自己組織化ペプチドを用いたゲル)と同程度であった。
【0079】
[試験例2]
ブロモフェノールブルーに代えて、フェノールレッドを用いた以外は試験例1と同様にして、フェノールレッドを分散させたペプチドゲルを得た。0.5,1,2,4,8時間経過後に、得られたペプチドゲルの上層の緩衝液の405nmでの吸光度をバイオフォトメータープラス(エッペンドルフ社製)で測定した。各時間の吸光度から算出した濃度を図6に示す(図6中▲のプロット)。本発明のペプチドゲルからの徐放速度は、上記Nagaiらに開示されたハイドロゲルRADA16(親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸が交互に配置された自己組織化ペプチドを用いたゲル)と同程度であった。
【0080】
[試験例3]
C末端にアジドフェニルアラニンが導入された自己組織化ペプチドに代えて、参考例2で得られたN末端にビオチン結合リジンが導入された自己組織化ペプチドのDMSO溶液(ペプチド濃度:3w/v%)を用いた以外は試験例2と同様にして、上層の緩衝液の吸光度を測定した。各時間の吸光度から算出した濃度を図6に示す(図6中△のプロット)。本発明のペプチドゲルからの徐放速度は、上記Nagaiらに開示されたハイドロゲルRADA16(親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸が交互に配置された自己組織化ペプチドを用いたゲル)と同程度であった。
【0081】
[試験例4:細胞培養試験]
参考例1で得られたC末端にアジドフェニルアラニンが導入された自己組織化ペプチド(2mmol)に100μlのDMSOを加えてよく混合し、混合液を得た。96wellの組織培養用マイクロプレート(旭硝子社製)に該混合液を1wellあたり20μl添加した。さらに、培地DMEM(和光純薬社製)180μlを加えて、30分COインキュベータ内(アステック社製)で静置し、ゲル化および平衡化させ、上澄みを除いた。培地内のDMSO除去のために、上記培地の添加と回収を数回繰り返した。Well内にHEK293細胞を播種し、COインキュベータ内で3日間培養した。図7に培養後のペプチドゲルの写真を示す。培養後のペプチドゲルを顕微鏡で観察すると、ゲル内で細胞が増殖しており(図7中線で囲んだ部分)、細胞の生存を確認した。
【0082】
[試験例5]
C末端にアジドフェニルアラニンが導入された自己組織化ペプチドに代えて、参考例2で得られたN末端にビオチン結合リジンを導入した自己組織化ペプチドを用いたこと、HEK293細胞に代えてマウス3T3細胞を用いた以外は試験例4と同様にして、細胞を培養した。図8に培養後のペプチドゲルの写真を示す。培養後のペプチドゲルを顕微鏡で観察すると、ゲル内で細胞が増殖しており(図8中線で囲んだ部分)、細胞の生存を確認した。
【0083】
試験例1〜5の結果からわかるとおり、本発明のペプチドゲルは、従来のペプチドゲルよりも高強度であるが、薬剤の徐放性や細胞培養については従来のペプチドゲルと同様に好適に用いることができる。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明のペプチドゲルは、再生医療、ドラッグデリバリーシステム、化粧品、人工硝子体、止血剤、美容整形用注射剤、骨充填、関節潤滑剤、湿潤用保水材等に適用され得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光架橋により共有結合を形成する反応基および/または生体分子間相互作用により結合可能なリンカー構造を有するアミノ酸を含む自己組織化ペプチドを含む水溶液から形成される、ペプチドゲル。
【請求項2】
前記光架橋により共有結合を形成する反応基が自己組織化ペプチドのアミノ基と共有結合可能な反応基である、請求項1に記載のペプチドゲル。
【請求項3】
前記共有結合および/または分子間相互作用により結合可能なアミノ酸がアジドフェニルアラニン、ビオチン結合リジン、ベンゾリルフェニルアラニンからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1または2に記載のペプチドゲル。
【請求項4】
前記自己組織化ペプチドのアミノ基と共有結合可能な反応基が自己組織化ペプチドのC末端に導入されている、請求項1から3のいずれかに記載のペプチドゲル。
【請求項5】
前記自己組織化ペプチドが、DLRLDLALDLRLD(配列番号1)、DLRLDLLLDLRLD(配列番号5)、DARLDLALDLRLD(配列番号6)、DLRLDLALDLRAD(配列番号7)、DARLDLLLDLRLD(配列番号8)、DARLDLLLDLRAD(配列番号9)、DLRLDALLDLRLD(配列番号10)、または、DLRLDLLADLRLD(配列番号11)のアミノ酸配列からなるペプチドである、請求項1から4のいずれかに記載のペプチドゲル。
【請求項6】
前記自己組織化ペプチドが下記のアミノ酸配列からなる、請求項1から4のいずれかに記載のペプチドゲル:
アミノ酸配列:adb
(該アミノ酸配列中、a〜aは、塩基性アミノ酸残基であり;b〜bは、非電荷極性アミノ酸残基および/または疎水性アミノ酸残基であり、ただし、そのうちの少なくとも5個は、疎水性アミノ酸残基であり;cおよびcは、酸性アミノ酸残基であり;dは、疎水性アミノ酸残基である。)
【請求項7】
前記自己組織化ペプチドが、RLDLRLALRLDLR(配列番号4)、RLDLRLLLRLDLR(配列番号12)、RADLRLALRLDLR(配列番号13)、RLDLRLALRLDAR(配列番号14)、RADLRLLLRLDLR(配列番号15)、RADLRLLLRLDAR(配列番号16)、RLDLRALLRLDLR(配列番号17)、または、RLDLRLLARLDLR(配列番号18)のアミノ酸配列からなるペプチドである、請求項6に記載のペプチドゲル。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載のペプチドゲルを含む、細胞培養用基材。
【請求項9】
請求項1から7のいずれかに記載のペプチドゲルを含む、薬剤輸送・徐放用担体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−131757(P2012−131757A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−287249(P2010−287249)
【出願日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(000138082)株式会社メニコン (150)
【Fターム(参考)】