説明

高強度自動車部品の製造方法および高強度部品

【課題】必ず加熱しない部位が生じる直接通電加熱ではなく、輻射加熱によりAlめっき鋼板の急速加熱を実現する高強度自動車部品の製造方法および高強度部品を提供する。
【解決手段】
焼入後に高強度となる鋼成分を有するAlめっき鋼板の表面に波長0.5〜100μm程度の赤外線を吸収しやすい酸化物微粒子を含有する皮膜を形成し、当該波長域の赤外線を発する赤外線加熱ヒーターにより加熱し、しかる後に金型で成形し、金型内で急冷、焼入することを特徴とする高強度自動車部品の製造方法および高強度部品。特に波長2〜100μm程度の領域において酸化物の放射率が上昇するため、この波長の赤外線を使用することが有効である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の構造部材・補強部材に使用されるような強度が必要とされる部材に関し、特に高温成形後の強度に優れた高強度自動車部品の製造方法および高強度部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地球環境問題に端を発する自動車の軽量化のためには、自動車に使用される鋼板をできるだけ高強度化することが必要となるが、一般に鋼板を高強度化していくと伸びやr値が低下し、成形性が劣化していく。このような課題を解決するために、例えば温間で成形し、その際の熱を利用して該温度域での析出強化を利用して強度を上昇させるような考え方が提示されてきた。一方、より高強度を得る目的で、鋼板をオーステナイト単相域に加熱し、その後プレス成形過程にて冷却を施す技術が、非特許文献1や特許文献1に開示されている。この工法は熱間プレス、ホットプレス、ホットスタンプ、ダイクエンチ等、種々の呼び方がされている。
【0003】
この工法を使用することで1500MPa級の超高強度の部材を成形性よく製造することが可能となったが、鋼板をオーステナイト単相域まで加熱すると表面に厚い鉄の酸化物が生成し、これをショットブラストや酸洗等の手法で除去する必要があり、これは工程増となるばかりでなく、ショットブラストにより形状が崩れたり、酸洗の廃液処理が必要となるなどの問題がある。これらの問題を避けるために、耐熱性に優れたAlめっきを適用することで酸化物の発生を抑制する技術が下記特許文献1に開示されている。
【0004】
近年ではこのようなAlめっき材のホットスタンプ工法への適用が進んできた。しかしこの工法の有する問題点として、プレスの生産性が低く、部品コストとしては従来の冷間プレスに比べて増大する点が挙げられる。プレスの生産性を向上させるためには、加熱方法を急速にする必要があり、また金型冷却速度も増大させなければならない。前者の加熱方法を急速にする方法として、下記特許文献2には放射光のエネルギー密度の高い近赤外線(NIRとも称される)加熱による急速加熱技術、また下記特許文献3には直接通電加熱を用いた急速加熱技術が開示されている。しかし近赤外線加熱の場合、非めっき材の昇温測度は上昇するものの、Alめっき材の昇温測度は非めっき材に比べると上昇し難い。これはAlめっき表面の放射率が低いためであると考えられる。更に近赤外線加熱ヒーターは一般的に高価であり、適用は経済的に見合わなくなる場合も多い。一方直接通電加熱を使用する際にはAlめっき鋼板では電磁力による溶融Alの局部的な凝集(寄り)が発生し、Alめっき付着量を厳しく制限する必要がある。また直接通電加熱の場合には電極と接触させる部位が必要であり、この部位は加熱することが難しく、Alめっき鋼板を使用する場合にはこの部位のスポット溶接性や塗装後耐食性が低下する課題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−181833号公報
【特許文献2】特開2007−314874号公報
【特許文献3】特開2010−70800号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記課題を解決する方法を提供するものである。すなわち本発明は、必ず加熱しない部位が生じる直接通電加熱ではなく、輻射加熱によりAlめっき鋼板の急速加熱を実現する高強度自動車部品の製造方法および高強度部品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために種々の検討を実施した。その結果、特定の化合物を含有する皮膜をAlめっき鋼板の表面に形成し、その化合物が吸収しやすい波長の電磁波による輻射加熱との着想を得るに至った。具体的には近赤外線よりも波長の長い中赤外線あるいは遠赤外線を用い、この波長域を吸収しやすい酸化物をAlめっき鋼板上に塗布することでAlめっき鋼板であっても急速に加熱することが可能となる。このような中赤外線、遠赤外線を放射するヒーターは一般に近赤外線ヒーターよりも廉価であり、より経済的な効果も得られる。これら酸化物は近赤外線域の波長は中赤外線や遠赤外線より吸収し難いが、酸化物を付与しない場合よりも吸収効率は増大することを見出した。
【0008】
すなわち、本発明の要旨とするところは下記の通りである。
(1)化学成分が質量%で、C:0.1〜0.5%、Mn:0.1%〜3%、Si:0.7%以下、Al:0.005〜0. 1%、S:0.02%以下、P:0.03%以下、B:0.0002%〜0.0050%、Ti:0.01〜0.1%、N:0.02% 以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物である熱延鋼板または冷延鋼板の表面にAl めっきを有し、更にその表面に粒径10〜300nmの酸化物微粒子からなる膜厚0.1〜3μ mの皮膜を有する鋼板を加熱する際に、波長0.5μm〜100μmの赤外線ヒーターを用 いて加熱し、しかる後にプレス成形し、プレス金型内で冷却して焼入することを特徴と する高強度部品の製造方法。
(2)前記赤外線ヒーターの波長が2μm〜100μmであることを特徴とする、(1)に 記載の高強度部品の製造方法。
(3)前記酸化物粒子がZnO、SiO2、あるいはその混合物であることを特徴とする、(1 )または(2)請求項2に記載の高強度部品の製造方法。
(4)前記鋼板の化学成分として質量%で、更にCr:0.01〜2%、Mo:0.01〜0.5%の1種または2種を含有することを特徴とする、(1)乃至(3)のいずれか一項に記載の高強度部品の製造方法。
(5)前記Alめっきが表面まで合金化されていることを特徴とする、(1)乃至(4)のいずれか一項に記載の高強度部品の製造方法。
(6)(1)乃至(5)のいずれか一項に記載の方法で製造されたことを特徴とする高強 度部品。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、ホットスタンプ工法の生産性を高めることが可能となり、その結果高強度かつ形状安定性に優れた部品を安価に製造することができるようになり、高温成形後の強度に優れた高強度自動車部品の製造方法および高強度部品を提供することができる。これにより車体が軽量で衝突安全性に優れた自動車が製造できるため、社会的貢献が大きいものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の実施例に用いるハット成形形状を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に本発明について詳細に説明する。本発明の特徴は、焼入後に高強度となる鋼成分を有するAlめっき鋼板の表面に波長0.5〜100μm程度の赤外線を吸収しやすい酸化物微粒子を含有する皮膜を形成し、当該波長域の赤外線を発する赤外線加熱ヒーターにより加熱し、しかる後に金型で成形し、金型内で急冷、焼入することである。特に波長2〜100μm程度の領域において酸化物の放射率が上昇するため、この波長の赤外線を使用することが特に有効である。
【0012】
ここで赤外線について記述する。赤外線は可視光よりも長波長の電磁波であり、その波長により近赤外線、中赤外線、遠赤外線に分けられる。近赤外線は0.5〜2μm、中赤外線は2〜4μm、遠赤外線は4〜1000μm程度の波長と言われている。近赤外線が最も低波長、高周波数であり、電磁波の有するエネルギーが大きいため、急速加熱との観点からは有利とされている。
【0013】
その一方で金属表面はこれら赤外線に対する放射率が小さいことが知られており、特にAlはこれらの放射率は0.1程度とされている。このためAlめっき鋼板を輻射加熱で急速加熱することは困難で、近赤外線を用いて、出力の大きいヒーターをできるだけ近づけて加熱することで900℃までの平均昇温測度が20℃/秒あるいはそれ以上を達成できるが、鋼板はヒーターから出し入れする必要があり、ヒーターと鋼板を近接させるにも限界があり、かつ出力の大きい近赤外線ヒーターは高価で上記を工業的に実現させることは困難であった。
【0014】
これに対して本発明は中赤外線〜遠赤外線に対する放射率の高い物質をAlめっき表面に付与することで加熱効率の改善を図ったものである。この領域の波長に対して一般に酸化物の放射率が高いことは知られているが、放射率は実際には表面形状の影響も大きく受ける。本発明においては特に酸化物の微細粒を使用することで膜厚は薄くても赤外線の吸収効果を大幅に改善し、昇温特性の改善を達成できたところに特徴がある。この皮膜は近赤外線に対しても効果を有する。
【0015】
次に、本発明に用いる鋼板の成分について説明する。 Cは冷却後の組織をマルテンサイトとして材質を確保するために添加する元素であり、強度1000MPa以上を確保するためには0.1%以上添加することが望ましい。ところが、添加量が多すぎると、衝撃変形時の強度確保が困難となるため、その上限は0.5%とする。
【0016】
Mnは強度および焼入れ性を向上させる元素であり、0.1%未満では焼入れ時の強度を十分に得られず、また、3%を超えて添加しても効果が飽和し、また焼入性が向上しすぎて熱延後の冷却過程あるいは冷延再結晶後の冷却過程で焼きが入ってしまい、製造性を損なう可能性がある。このため、0.1〜3%の範囲が望ましい。
【0017】
Siは固溶強化型の合金元素であるが、0.7%を超えると、表面スケールの問題が生じる。また、特に鋼板表面にAlめっきする際に、CGL内の焼鈍炉において鋼板表面にSi酸化物を形成してAlめっき性が劣化する。このため上限を0.7%とすることが好ましい。
【0018】
Alは溶鋼の脱酸剤として使われる必要な元素であり、またNを固定する元素でもあり、その量は結晶粒径や機械的性質に影響を及ぼす。このような効果を有するためには0.005%以上の含有量が必要であるが、0.1%を超えると非金属介在物が多くなり製品に表面疵が発生しやすくなる。このため、Alは0.005〜0.1%の範囲が望ましい。
【0019】
Sは鋼中の非金属介在物に影響し、加工性を劣化させるとともに、靱性劣化、異方性および再熱割れ感受性の増大の原因となる。このため、Sは0.02%以下が望ましい。なお、さらに好ましくは、0.01%以下である。更にはSを0.005%以下に規制することにより、衝撃特性が飛躍的に向上する。
【0020】
Pは溶接割れ性および靱性に悪影響を及ぼす元素であるため、Pは0.03%以下が望ましい。なお、好ましくは、0.02%以下である。また、更に好ましくは0.015%以下である。
【0021】
Bはプレス成形中あるいはプレス成形後の冷却での焼入れ性を向上させるために添加すると良い。この効果を発揮させるためには0.0002%以上の添加が必要である。しかしながら、この添加量がむやみに増加すると熱間での割れの懸念があることや、その効果が飽和するためその上限は0.0050%が望ましい。
【0022】
TiはBの効果を有効に発揮させるため、Bと化合物を生成するNをTiNとして固定する目的で添加してもよい。この効果を発揮させるためには、Nと結合していないTiが0.01%以上添加させることが望ましいが、Ti量がむやみに増加するとTiと結合していないC量が減少し冷却後に十分な強度が得られなくなる。このため、Tiは0.1%以下とした方がよい。
【0023】
Nは0.02%を超えると窒化物の粗大化および固溶Nによる時効硬化により、靱性が劣化する傾向がみられる。このため、Nは0.02%以下の含有が望ましい。
【0024】
その他、必要に応じて以下の元素を添加しても良い。 CrはMnと共に焼入れ性を向上させる元素であり、またマトリックス中へM23C6型炭化物を析出させる効果を有し、強度を高めるとともに、炭化物を微細化する作用を有する。0.01%未満ではこれらの効果が十分期待できない。またCrはAlめっきと鋼素地との反応(合金化反応)に影響する元素で、Crを1%以上添加することでAlめっきをボックス焼鈍する際の合金化反応を均一に進めることができる。その一方でCr添加量が2%を超えると、Siと同様に焼鈍炉内で表面にCr酸化物を形成してAlめっき性を低下させる。このためCrは0.01〜2%の範囲が望ましい。より望ましくは、0.05〜1.5%である。
【0025】
MoもCrと同様焼入れ性を向上させる元素である。0.01%未満ではこの効果が十分期待できない。またMoもAlめっきと鋼素地との反応(合金化反応)に影響する元素で、Moを0.01%以上添加することでAlめっきをボックス焼鈍する際の合金化反応を均一に進めることができる。その一方でMoは効果な元素であるため0.5%を超えないことが望ましい。
【0026】
Oについては特に規制しないが、過度の添加は靱性に悪影響を及ぼす酸化物の生成の原因となるとともに、疲労破壊の起点となる酸化物を生成するため、0.015%以下の含有が望ましい。
【0027】
その他、不可避的に含まれる不純物が含有しても特に問題は生じない。スクラップ から混入すると考えられるNi, Cu, Snなどの元素が含有してもよい。また介在物の形状 制御のため、Ca, Mg, Y, ,As, Sb, REMを添加してもよい。またさらに強度を向上する 目的で、Nb, Zr, Mo, V、Wを添加してもよいが、むやみに増加するとこれらの元素と 結合していないC量が減少し、冷却後に十分な強度が得られなくなる。
【0028】
以上の成分からなる鋼片を熱間圧延し、またはさらに酸洗した熱延鋼板にAlめっきを施す。または、更に冷間圧延、焼鈍を行った冷延鋼板にAlめっきを施す。これらの工程条件はいずれも常法で良い。
【0029】
次にAlめっきの条件について説明する。Alめっきを施す場合、めっき浴中Si濃度は5〜12%が適している。また、Alめっき層中に0.1〜8%のMgやZnを混在させても、特に問題なく同様の特性の鋼板を製造することができる。めっき付着量は片面当たり30〜100g/m2とする。Alめっきの付着量が大きい方が化成処理、電着塗装後の耐食性が優れるが、加
熱する際には放射熱をより吸収し難くなる傾向がある。
【0030】
Alめっき材をそのまま使用することもできるし、Alめっき後に合金化処理することも可能である。合金化処理はボックス焼鈍炉において行うものとする。このときボックス炉内での合金化時にAlめっき表面にAlNが生成しやすいことが知られており、この抑制のために鋼中へのCr、Mo添加が有効である。従ってボックス焼鈍で合金化する際には、鋼中にCrを1%以上添加、あるいはCrを0.5%以上でMoを複合添加し、Mn、B量で焼入性を調整することが望ましい。なお、ボックス焼鈍炉内で合金化することで表面の色調は黒色に近くなり、これだけでも合金化しないAlめっきよりも昇温特性に優れるが、この表面に更に微細な酸化物皮膜を形成させることで更に昇温特性が優れることも知見された。
【0031】
Alめっき工程における焼鈍炉については、無酸化炉を有する連続式めっき設備でも、無酸化炉を有しない連続式めっき設備でも、通常の条件でめっき可能であり、本鋼板だけ特別な制御を必要としないことから、生産性を阻害することもない。 また、Alめっきに先立ってNiプレめっきやFeプレめっき、その他めっき性を向上させる金属プレめっきを施しても特に問題は無い。
【0032】
次にAlめっき表面の皮膜について述べる。先述したように、Alめっき表面に微細な酸化物の被膜を形成させることとする。この際の酸化物粒径は10〜300nmとする。本発明において酸化物粒径を小さくすることで赤外線に対する放射率が向上する知見が得られ、この意味から粒径は小さい方が望ましく、上限を300nmとする。しかし微細になるほど工業的に生産することが困難になり、工業生産性の観点から10nmを下限とする。
【0033】
酸化物皮膜の膜厚は0.1〜3μmとする。当然皮膜が厚い方が赤外線を吸収しやすくなるがその一方で酸化物は通常絶縁体のため、厚すぎるとスポット溶接性が低下する可能性がある。この意味から赤外線吸収特性確保の観点から下限を0.1μm、スポット溶接性確保のために上限を3μmとする。なお、酸化膜の厚みはFE-SEMで直接観察して測定するか、あるいは皮膜付着量をg/m2で測定し、比重、かさ密度より膜厚に換算するものとす
る。
【0034】
酸化物の種類としてはアルミナ、シリカ、ムライト、チタニア、ジルコニア等が考えられるが、特にZnO、SiO2、あるいはその混合物が好適である。SiO2(シリカ)は赤外線域での放射率が高いことに特徴があり、少ない量で放射率を発揮できる。一方ZnOはプレス時の潤滑性や化成処理性を向上させる効果がある。これらの混合物を使用することで、両方の特性を得ることも可能である。塗布液は水系の溶液が望ましく、酸化物の微細粒は場合により水溶性樹脂のバインダー、粘度、表面張力、分散性を調整するための樹脂成分を添加することが望ましい。これら樹脂成分も赤外線に対する放射率は大きく、赤外線を吸収しやすいが、200〜300℃で分解してしまい、それよりも高い温度域では昇温に対して寄与することはできない。
【0035】
液の塗布はロールコーター、スプレー等の手法でAlめっき鋼板上に塗布され、80℃程度で水分を蒸散させると共にバインダー樹脂を架橋させる。
【0036】
こうして製造した酸化物皮膜を付与したAlめっき鋼板を赤外線加熱するが、このときの赤外線の波長は0.5〜100μmとする。下限の0.5μmは近赤外線と可視光との境界付近に相当し、これ以下の波長では赤外線とは言えず、加熱効率が低下する。一方波長が大きくなると赤外線の有するエネルギー自体は小さくなり、やはり加熱効率は低下する。この意味から波長の上限を100μmとする。近赤外線と中赤外線の境界に相当し、本発明は中赤外線よりも長波長側を利用するものとする。特に波長2〜100μmとすることが好ましく、この時の2μmは近赤外線と中赤外線の境界に相当し、酸化物はこの領域の波長の赤外線に対する放射率が高い。一般的な遠赤外線加熱ヒーターの波長域は2〜30μmの分布を持つとされており、このようなヒーターを使用することが好ましい。
【0037】
こうして酸化物皮膜層は赤外線を吸収してAlめっき鋼板の昇温測度を増大させる。このとき皮膜中のZnOやSiO2は熱により焼結されてやや粒径が増大する。従って本発明においては加熱前の皮膜における粒径、厚みを規定するものとする。
【実施例1】
【0038】
表1に示された鋼成分を有する鋼帯を通常の熱延、酸洗、冷延工程を経て板厚1.4mmに調整した後に無酸化炉型の連続溶融めっきラインにおいてAlめっきした。このときのAlめっき浴は約9%Si、約2%のFeを含有していた。付着量は両面80〜160g/m2に調整した。
【0039】
次に種々の付着量を有するAlめっき材にロールコーターで微細な酸化物を含有する水溶性塗布液を塗布し、乾燥炉内で板温80℃まで昇温させた。このときの塗布液と酸化物種類、粒径、膜厚を表2にまとめる。酸化物の混合比は質量比を意味する。比較として酸化物皮膜のないAlめっきも評価した。
【0040】
次に製造した鋼板を150×150mmに剪断し、遠赤外線ヒーターで加熱した。遠赤外線ヒーターは2つのゾーンに分かれ、1つは1100℃に、もう1つは900℃に保定されていた。いずれのヒーターも赤外線の波長は2〜20μmの分布をもっていた。このヒーターの1100℃のゾーンで急速に加熱し、850℃に達した段階で900℃のゾーンに移動させて1分間保定した後に取出して板厚40mmのSUS製金型に挟んで冷却した。このとき試料に熱電対を取付け、昇温測度、冷却速度を実測した。昇温速度は室温〜890℃までの平均速度、冷却速度は金型冷却開始温度〜150℃までの平均速度で、金型冷却開始温度は670〜720℃の間であった。得られた昇温測度を表2に示す。冷却速度はいずれも約70℃/秒であった。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

【0043】
表2に酸化物種類、酸化物粒径、皮膜厚の昇温速度への影響が表されている。シリカの昇温速度への影響は大きく、次いでZnOであった。しかしそれ以外の酸化物(アルミナ、チタニア等)も効果は認められた。ZnOの酸化物粒径、膜厚を変更したときの昇温速度についても評価した。酸化物粒径を小さくした方が昇温速度が増大する、つまり表面の放射率が大きくなることが確認された。ZnO粒径370nmでは昇温速度に対して大きな効果は得られなかった。また粒径が70nmと微細であっても膜厚が0.05μmでは同様に大きな効果は得られず、粒径と膜厚の制御が重要であることが分かる。またNo.15については、昇温速度は得られたものの、この材料のスポット溶接適正電流範囲を評価すると、0.9kAの適正範囲しか得られず、チリ発生しやすい傾向が認められた。このため膜厚を増大すると表面抵抗が大きくなり、スポット溶接性が低下すると考えられる。なおこのときの溶接条件は、加圧力500kgf、溶接時間15サイクル(60Hz)で、下限を4.25√t(tは板厚)、上限をチリ発生電流とした。No.14を同様の方法で評価すると適正範囲は1.5kAで合格レベルであった。
【実施例2】
【0044】
鋼成分の焼入性等諸特性への影響を確認するために表3に示された種々の成分を持つ鋼塊を溶製し、常法に従い熱延、酸洗、冷延して板厚1.2mmとした。この鋼帯を還元炉方式でAlめっきした。めっき浴組成は、Al-8%Si-2%Fe、浴温は650℃とし、めっき付着量をガスワイピング法により両面120g/m2に調整した。このAlめっき鋼板の表面に約70nmのZn
Oと約50nmのSiO2を重量比で80:20で混合し、さらに水溶性アクリル樹脂をバインダーとしてZnOとSiO2の合計量に対して20%含有する皮膜を約0.7μm形成させた。次にこの鋼板を実施例1と同様の要領で遠赤外線加熱装置を用いて加熱し、金型内に挟んで急冷した。このときの昇温速度は約25℃/sであった。実施例1に比べて板厚が薄い分だけ温度が上がりやすかったと考えられる。一方冷却速度は約80℃/sで実施例1よりもやはり少し冷却されやすかった。冷却後の鋼板硬度を板厚中心付近、荷重10kgfで5点測定し、平均値を算出した。この時の硬度も表3に示す。C量が約0.077%と低すぎるときには十分な硬度が得られず、同様にMn量が0.05%と低すぎる場合にも焼入性が低下してこの冷却速度では焼入がされていなかった。従ってこのような条件では高強度の部材を得ることはできない。これに対して鋼成分が適正である場合にはほぼC量に応じた硬度が得られた。
【0045】
【表3】

【実施例3】
【0046】
表4に示す鋼成分を持つ鋼塊を溶製し、常法に従い熱延、酸洗、冷延して板厚1.2mmとした。この鋼帯を還元炉方式でAlめっきした。めっき浴組成は、Al-10%Si-2%Fe、浴温は650℃とし、めっき付着量をガスワイピング法により両面160g/m2に調整した。このAl
めっき鋼板の表面に約100nmのZnOとバインダー成分として水溶性ポリエステル樹脂をZnO量に対して30%含有する皮膜を約0.5μm形成させた。
【0047】
Alめっき鋼板をボックス焼鈍炉内で加熱し、合金化した。このときの焼鈍炉の条件は650℃とし、昇温速度は約100℃/時間、保定時間は約6時間であり、大気を炉内に導入した。その結果、表4のLにおいては焼鈍後鋼帯の幅方向中央付近に黒色物が生成し、分析の結果AlNが同定された。一方鋼帯の端に近い部位はAlNが生成せず、合金化していた。合金化後の色も黒色に近いが、AlNが生成した部位の方がより黒色であり、不均一な反応をしており、このような状態では評価に値しなかった。大気中の酸素が届く端部付近は合金化するが、中央は酸素が十分届かずにAlNが生成したものと推定した。符号M〜Oの場合には同様の条件でボックス焼鈍した後鋼帯のほぼ全面で均一に合金化していた。従ってAlN生成には鋼成分も影響したと考えられた。合金化が可能であった3鋼種を用いて実施例1と同様の要領で遠赤外線加熱装置を用いて加熱し、金型内に挟んで急冷した。このときの昇温速度は約42℃/sが得られた。なお冷却速度は約80℃/sであった。比較のために鋼成分符号MでZnOを付与せずにボックス焼鈍炉で合金化させ、遠赤外線加熱装置で加熱し、金型冷却した。このときの昇温速度は15℃/sであった。
【0048】
以上の結果より、ボックス焼鈍により合金化することで、より昇温速度が向上することが知見された。
【0049】
【表4】

【実施例4】
【0050】
実施例1に記載の鋼成分を有する、表2のNo.1、3、4に記載のAlめっき鋼板を用いて、150×150mmのブランクに対して0.5〜1.5μm程度の波長を有する近赤外線加熱炉を用いて加熱試験を行った。この際の近赤外線ヒーターは試料の片面から放射し、温度ムラが出にくいように試料を10mm程度の振幅で振動させながら加熱した。温度が900℃に達した段階で近赤外線ヒーターの出力を弱め、20秒程度保定し、その後実施例1に記載した方法で冷却した。このときの室温〜890℃までの平均昇温速度を熱電対を用いて実測したところ、下の値が得られた。
No.1:19℃/秒
No.3:22℃/秒
No.4:27℃/秒
【0051】
実施例1の数値と比較すると、皮膜を付与しないAlめっき材に置いて近赤外線による加熱効率増大が認められる。酸化物皮膜の効果は実施例1に比べると小さいが、SiO2はこの波長領域においても放射率増大効果が大きいことが認められた。
【実施例5】
【0052】
実施例1に記載の鋼成分を有する、表2に記載の数種類のAlめっき鋼板を用いて、150×150mmのブランクに対して実施例1と同様の条件で遠赤外線加熱、金型冷却を施した。次に70×150mmに剪断し、日本パーカライジング(株)社製化成処理液(PB−SX35T)で化成処理後、日本ペイント(株)社製電着塗料(パワーニクス110)を20μm狙いで塗装し、170℃で20分間焼き付けた。
【0053】
塗装後耐食性評価は自動車技術会制定のJASO M609に規定する方法で行った。塗膜に予めカッターでクロスカットを入れ、腐食試験180サイクル(60日)後のクロスカットからの塗膜膨れの幅(片側最大値)を計測した。
<塗装後耐食性評価基準>
○:膨れ幅4mm未満、△:膨れ幅4〜6mm、×:膨れ幅6mm超
【0054】
【表5】

【0055】
表5に評価結果を示す。このときの昇温速度、冷却速度は実施例1及び表2に示されている。塗装後耐食性との観点からはZnOの効果が大きく、ZnOを塗布した試料には化成処理皮膜の生成が認められた。SiO2やAl2O3に関しては化成処理皮膜の生成は認められず、塗装後耐食性もこれら皮膜のないものと同等であった。これらの皮膜は耐食性を必要としない部品に対して適用する、あるいはAlめっき付着量を増大させて塗装後耐食性を確保することが必要となる。番号8(表2のNo.19)のようにZnOとSiO2を複合させることで塗装後耐食性と加熱時の昇温特性を両立させることも可能である。
【実施例6】
【0056】
実施例1に記載の鋼成分を有する、表2のNo.13に記載のAlめっき鋼板を用いて、250×300mmのブランクに対して実施例1と同様の条件で遠赤外線加熱を施した。その後図1に示すようなハット形状に成形した。昇温速度は約20℃/sであった。冷却速度は部位により異なるため正確には不明であるが、断面から各部位の硬度を測定したところ全ての位置でHv430以上の値が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学成分が質量%で、
C:0.1〜0.5%、
Mn:0.1%〜3%、
Si:0.7%以下、
Al:0.005〜0.1%、
S:0.02%以下、
P:0.03%以下、
B:0.0002%〜0.0050%、
Ti:0.01〜0.1%、
N:0.02%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物である熱延鋼板または冷延鋼板の表面にAlめっきを有し、更にその表面に粒径10〜300nmの酸化物微粒子からなる膜厚0.1〜3μmの皮膜を有する鋼板を加熱する際に、波長0.5μm〜100μmの赤外線ヒーターを用いて加熱し、しかる後にプレス成形し、プレス金型内で冷却して焼入することを特徴とする高強度部品の製造方法。
【請求項2】
前記赤外線ヒーターの波長が2μm〜100μmであることを特徴とする、請求項1に記載の高強度部品の製造方法。
【請求項3】
前記酸化物粒子がZnO、SiO2、あるいはその混合物であることを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の高強度部品の製造方法。
【請求項4】
前記鋼板の化学成分として質量%で、更にCr:0.01〜2%、Mo:0.01〜0.5%の1種または2種を含有することを特徴とする、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の高強度部品の製造方法。
【請求項5】
前記Alめっきが表面まで合金化されていることを特徴とする、請求項1乃至請求項4のいずれか一項に記載の高強度部品の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれか一項に記載の方法で製造されたことを特徴とする高強度部品。



【図1】
image rotate


【公開番号】特開2012−92365(P2012−92365A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−238273(P2010−238273)
【出願日】平成22年10月25日(2010.10.25)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】