説明

高強度鋼材溶接部の強化方法

【課題】溶接部の硬さを容易に制御する技術を提供する。
【解決手段】C:0.05質量%未満を含有する高強度炭素鋼材を、プラズマ溶接方法により突合せ溶接する際に、炭化水素系ガスまたは/および酸化炭素系ガスからなる群の中から選ばれる1種または2種以上を含むガスと希ガスとの混合ガスを混合ガス比率30vol.%以上、80vol.%未満として、プラズマアーク照射部に供給して、炭素が富化したビード状の溶融凝固部を形成することを特徴とする高強度炭素鋼材溶接部の強化方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度低炭素鋼材の溶接部を高強度化するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車業界において車両重量を軽減して燃料消費量を低減するため、車体用鋼板として高強度鋼材が多用されているが、更に、最近では、強度および板厚の異なる鋼板を溶接したテーラードブランクという新素材の適用により、さらなる重量低減が図られている。テーラードブランクの溶接に適用される溶接方法は、レーザ溶接法が主体であるが、他にプラズマ溶接法およびマッシュシーム溶接法が一部適用されている。
【0003】
高強度鋼材を溶接すると、一般的には溶接部が硬化するので、溶接部の成形性能は母材と比べて低下する。しかし、これと逆に、溶接部の硬化が殆ど無い高強度鋼材もある。すなわち、鋼材が高強度化しても、母材に比較して溶接部の強度(および、硬さ)が低くなる場合である。この場合には、溶接部の強度(或は硬さ)が母材に比べて低いため、引張試験やプレス成形試験において、溶接部で破断するという問題が生じる。
【0004】
鋼材の焼入れ性および溶接部の硬さは、炭素当量(例えば、Ceq=C+Si/24+Mn/6)と相関があり、炭素含有量の低い鋼材は焼入れ硬化の程度も低いため、低炭素の高強度鋼材において、溶接部の硬さが母材の硬さより低くなる場合がある。
【0005】
局部的に鋼材の強度又は硬さを上昇させる方法として、特許文献1は、レーザ照射部に炭素微粉末を添加して、強度が必要とされる鋼材の部位に対して、レーザ照射をすじ条、格子条等に適当な間隔で線条に実施することにより、当該部位に焼入れ組織を有する線条の溶融凝固部が形成され、その部位の強度を著しく増加させることができる技術を開示している。
【0006】
また、特許文献2には、炭素微粉末にかえて、高炭素フィラワイヤを供給する技術が開示されている。これら特許文献の技術は、炭素微粉末や高炭素フィラワイヤを使用するので未熔解粉末等が飛散する等使い勝手に問題がある。
【特許文献1】特開平7−41841号公報
【特許文献2】特開平7−41842号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような溶接部の硬さが余り硬くならない鋼材を溶接する場合に生じる問題に鑑みてなされたもので、溶接部の硬さを容易に制御する技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
このような目的を達成するため、本発明はプラズマアーク照射により鋼材の溶融部に外部から炭素を添加することにより、炭素鋼を焼入れした場合に得られると同様の、焼入れ組織を有する溶融凝固部を形成することで、低炭素鋼材の溶接部の高硬度化を図ろうとするものである。尚、以下の記述において、ガスの比率を表す%は全て体積%を意味する。
【0009】
(1)本発明は、C:0.05質量%未満を含有する高強度炭素鋼材を、プラズマ溶接方法により突合せ溶接する際に、(a)炭化水素系ガスまたは/および酸化炭素系ガスからなる群の中から選ばれる1種または2種以上を含むガスと(b)希ガスとの混合ガスを、前記(a)のガスの比率を30%以上、80%未満として、プラズマアーク照射部に供給して、炭素が富化したビード状の溶融凝固部を形成することを特徴とする高強度炭素鋼材溶接部の強化方法である。
【0010】
(a)炭化水素(CmHn)系ガスまたは/および酸化炭素(COm)系ガスからなる群の中から選ばれる1種または2種以上を含むガスと(b)希ガスとの混合ガスを、前記(a)のガスの比率が30%以上、80%未満の範囲であることを特徴としている。前記(a)のガスの比率が30%未満の場合には、980MPa級の溶接継手の引張試験において溶接部破断し評価はNGである。一方、前記(a)のガスの比率が80%以上の場合、エリクセン試験において破断高さが低下し、その場合の破断位置が溶接部になり評価はNGである。
【0011】
プラズマアーク照射部に供給するガスは、炭化水素(CmHn)系ガスまたは/および酸化炭素(COm)系ガスからなる群の中から選ばれる1種または2種以上を含むガスであればよく、したがって、供給されるガスは炭化水素(CmHn)系ガスまたは/および酸化炭素(COm)系ガスと希ガス(例えばAr、He等)等との混合ガスを供給することが必要である。
【0012】
上記炭化水素(CmHn)系ガスとしてはメタン(CH4)、プロパン(C3H8)、エタン(C2H6)、ブタン(C4H10)、エチレン(CH2=CH2)等を、また、酸化炭素(COm)系ガスとしてはCO,CO2等を用いることができ、これらのガスを単独で或いは2種以上混合して用いることができる。2種以上混合する場合は、炭化水素系ガスまたは酸化炭素系ガスの2種以上を混合したものでもよいし、また、炭化水素系ガスの1種以上と酸化炭素系ガスの1種以上を混合したものでもよい。
【0013】
また、これらガスの供給方法としては、プラズマアークと同軸にガスを供給するセンターガス方式のセンターガス(またはその一部)として供給するのが比較的容易であるが、プラズマアーク照射部にガスを供給できる方式であればその方法は問わず、例えばアフターガスとして供給することもできる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、効果的に溶接部を高強度化することができ、溶接部材の強度および成形性を改善することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
図1に炭化水素系ガスを、プラズマトーチ内にパイロットガスあるいはシールドガスとして導入して、プラズマアーク照射部に供給する一実施例を示す。図中で、1はCmHnガスのパイロットガスとしての供給位置を、2はCmHnガスのシールドガスとしての供給位置を、3は電極チップを、4はパイロットガスを、5はシールドガスを、6はプラズマジェットを意味する。炭素が溶接部に富化されるメカニズムを、図2を用いて説明する。ここで、7は溶融金属を、8は溶接対象の鋼材を、9は溶接方向を示す。また溶接ノズルの構造、ガスの流れは図1に同じである。トーチ内で発生したプラズマの熱、あるいは溶融金属の熱により、炭化水素系ガスは、(1)式のように分解される。
【0016】
CmHn→mC*+(n/2)H2 ・・・・・ (1)
但し、C*は励起状態にある炭素原子

CmHnガスから分解された活性な原子状炭素は、溶融金属と接触し、溶融金属内に浸透する。このようにプラズマアーク照射により溶融部には、炭素が富化されしかも溶融部が凝固、冷却されるため、炭素鋼を焼入れした場合に得られると同様の焼入れ組織を有する溶融凝固部が形成され、この溶融凝固部は硬さおよび強度が母材に較べて大幅に増加する。
【0017】
溶融凝固部の硬さおよび鋼材の強度は炭化水素系ガスや酸化炭素系ガスと他のガス(通常は希ガス)との混合比率を変えることにより調整できるが、溶接電流および溶接速度を一定とした場合には、ノズル高さやノズル直径或いは使用すべきガス(炭化水素系ガスまたは酸化炭素系ガス)の種類や流量によっても調整できる。
【0018】
本発明が対象とする鋼材は、C:0.05質量%未満の低炭素鋼材であり、このような低炭素鋼材は本発明法による強化前の状態では溶接部の硬さは母材の硬さより低い。また、鋼材(加工材、未加工材)の種類も鋼板に限らず、管、条材、線材等のあらゆる種類のものに適用することができる。また、表面にめっき(電気めっきまたは溶融めっき等)を施した鋼板等の鋼材にも適用でき、めっきの種類も問わない。
【実施例1】
【0019】
素材鋼板の引張強度が780および980MPa、化学成分がC:0.04質量%、Si:0.03質量%、Mn:1.50質量%、板厚が1.4mmの高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板2種類に対し、プラズマ溶接法を用いて突合せ溶接を実施した
本実施例ではシールドガスを10L/min一定として、ArとCH4との混合比率([CH4/(CH4+Ar)]x100)を0〜100%まで種々変化させたものを用いた。その他のプラズマ溶接条件は以下の通りである。溶接電流:145A、溶接速度:70cm/min、パイロットガス:Arと水素との混合ガスとし、水素ガスの混合比率を7%、流量を1.2L/minと一定とした。
【0020】
次に、プラズマアーク照射によって得られたビード状の溶融凝固部のマイクロビッカース硬さHv(測定荷重200gf)を測定した。また、各試験条件から図3に示す溶接線10と負荷方向を垂直としたJIS5号引張試験片を作成し、引張強さおよび破断位置を測定した。また、溶接材の成形性を、球頭張り出し試験により評価した。試験片形状および試験条件を図4および表1に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
図5にシールドガス中のArとCH4の混合比率と溶融凝固部の硬さHvとの関係を示す。本結果によれば、シールドガス中のCH4が0%(Ar:100%)の場合には溶融凝固部の硬さはHv230であり、780MPa母材(硬さHv:245)よりもHv15程度低下する。これに対して、シールドガス中のCH4の比率が増加するとともに、溶融凝固部の硬さが著しく上昇する。そして、CH4の混合比率が20%程度でも溶融凝固部の硬さが大幅に増加しHv300を超えている。
図6にセンターガス中のArとCH4の混合比率と上記JIS5号試験片による引張強さとの関係および破断位置を示す。本結果によれば、図5で得られた実験結果と同様に、シールドガス中のCH4の割合が増加するにつれて、溶融凝固部の引張強さが増加し、CH4の混合比率が10%超えで、780MPa材では母材破断となる。980MPa材ではCH4の混合比率が30%超えで母材破断となることがわかる。
【0023】
このようにシールドガス中にCH4を混合することにより、CH4が熱分解した結果生じるCが溶融凝固部に侵入し、凝固組織がマルテンサイト組織となることで硬度と引張強さが増加したことが判る。もちろん、図5および図6に示したように溶融凝固部の硬さおよび引張強さはCH4と希ガスの混合比率を変えることにより調整できることが判る。
図7は、センターガス中のCH4とArの混合比率と球頭張り出し試験による破断高さと破断位置を示す。
【0024】
図5で示した引張試験結果と同様に、CH4の混合比率の増加とともに溶接部の硬さが母材の硬さを超えるため、破断位置が溶接部から母材部に変化するため破断高さが増加する。
【0025】
780MPa鋼板の溶接継手が母材破断となるのは、CH4とArとの混合ガスのCH4混合比率が30%以上である。一方、CH4混合比率が80%以上の場合、溶接部の硬さがHv400超えとなり、溶接部が脆くなり、破断位置が母材から溶接部に移行するため、破断時のエリクセン高さが大幅に低下する。同様に、980Mpa鋼板においては、CH4混合比率が10%以上、80%未満となった。従って、CH4とArの最適比率はCH4が30%以上、80%未満とした。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明は、ガスを使うので、局部的に狭い範囲にも適用でき、熱歪による形状不良の問題から通常の焼き入れができない薄鋼板のプレス成形品の強度を高める用途にも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】プラズマ溶接方法の断面構成図。
【図2】プラズマ溶接法による溶接現象を示す断面図。
【図3】引張試験片の概略図。
【図4】球頭張出し試験片の概略図。
【図5】CH4混合比率と溶接部のビッカース硬さを示す図。
【図6】CH4混合比率と溶接材の引張強さおよび破断位置の関係を示す図
【図7】CH4混合比率と溶接材の球頭張出し試験における限界破断高さを示す図
【符号の説明】
【0028】
1 CmHnガスのパイロットガスとしての供給位置
2 CmHnガスのシールドガスとしての供給位置
3 電極チップ
4 パイロットガス
5 シールドガス
6 プラズマジェット
7 溶融金属
8 鋼材
9 溶接方向
10 溶接線
11 パンチ位置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.05質量%未満を含有する高強度炭素鋼材を、プラズマ溶接方法により突合せ溶接する際に、(a)炭化水素系ガスまたは/および酸化炭素系ガスからなる群の中から選ばれる1種または2種以上を含むガスと(b)希ガスとの混合ガスを、前記(a)のガスの比率を30vol.%以上、80vol.%未満として、プラズマアーク照射部に供給して、炭素が富化したビード状の溶融凝固部を形成することを特徴とする高強度炭素鋼材溶接部の強化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−152389(P2007−152389A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−350475(P2005−350475)
【出願日】平成17年12月5日(2005.12.5)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】