説明

高強度鋼板およびその製造方法

【課題】プレス成形が可能な十分な伸びと、衝突性能を確保するための高い降伏強度を同時に有する高強度鋼板を提供する。
【解決手段】金属組織がオーステナイト相とフェライト相からなる高強度鋼板であって、オーステナイト相とフェライト相が交互に積層したラメラ組織であり、金属組織に占めるフェライト相の面積率が10%〜50%で残部がオーステナイト相であり、オーステナイト相およびフェライト相の板厚方向の平均厚さがそれぞれ10μm以下と6μm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度と高延性という相反する特性を備えた高強度鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の衝突安全性への要求が高まってきており、衝突時において乗員の生存空間を確保し乗員を保護するための車体技術の開発が進められている。実際の事故での自動車の衝突方向は前面、側面、後面など様々であるが、乗員保護の観点から見ると、特に、側面からの衝突が重要である。その理由は、センターピラーやサイドピラーなどの車体構造部材から乗員への距離が近いため、衝突時に変形した車体が乗員に干渉する可能性が高いためである。そのため、近年、側面衝突時に重要となるセンターピラー等の車体構造部品には、できるだけ降伏点が高い鋼板を適用したいとの要望がある。
【0003】
しかしながら、一般的に鋼板の強度を上げると延性が低下し、プレス成形性が低下するので、使用できる鋼板の強度には制約がある。そのために、部品の断面形状を簡素化する必要が生じたり、比較的強度の低い鋼板を使用せざるを得ない。一方、必要な衝突特性を得るためには、素材の板厚を厚くする必要があり、その結果、車体の重量が増加してしまう。
【0004】
現在、自動車車体用の鋼板としては、日本鉄鋼連盟規格JFSA2001「自動車用冷間圧延鋼板および鋼帯」に記載された各種鋼板が広く使用されており、特に、センターピラー等の側面衝突対応部品には、引張強度が590MPaや、780MPaといった水準の鋼板が広く適用されている。このような鋼板よりも強度の高いJFSA2001で規定されたJSC980Y種やJSC1180Y種といった鋼板が使用できれば、板厚を低減して車体の軽量化を図ることができる。しかしながら、実際には、プレス成形性の問題から困難が伴う。JFSA2001には、板厚1mmのJSC780Y種の全伸びは14〜27%と規定されている。したがって、現状でJSC780Y種を適用している部品においては、少なくとも15%程度以上の伸びを有する鋼板でなければ、代替鋼板としての適用は難しい。
【0005】
たとえばJSC1180Y種では、降伏点は825〜1215MPaであるが、全伸びは6〜17%にすぎない。本発明者等が実際にJSC1180Y種でJIS Z2201の5号試験片を作製して引張試験を行った結果では、全伸びは8%程度であった。この程度の全伸びでは、JSC780Y種の代替鋼板としての適用は困難である。現状の自動車用鋼板の技術で高強度と高延性の両立が困難なのは、鋼の高強度化手法として、主に焼入組織強化が用いられるためである。金属組織の主体はマルテンサイトであり、高強度である一方延性に乏しいため、鋼板の伸びも大きく低下してしまう。
【0006】
高強度と成形性を両立させた鋼板の要望は従来から高いが、鋼板の強度を上げるためにマルテンサイト組織を生成すると、前述のとおり延性が著しく低下する。一方、マルテンサイト組織を生成せず、フェライト組織に固溶強化元素を添加したり、析出物を析出させるという技術も鋼の強化手法として考えられるが、そのような強化手法では得られる強度には限界がある。マルテンサイト組織、フェライト組織の他の鋼の組織としては、オーステナイトがある。オーステナイト組織は、その結晶構造がマルテンサイト組織やフェライト組織とは異なることから、比較的良好な延性を有している。しかしながら、オーステナイト組織では得られる強度に限界があった。さらには、室温で鋼の組織をオーステナイトとするには、多量のNiやCrの添加が必要であり合金コストが増大するという問題がある。合金コストの問題を解決するために、近年、Niを低減してMnを多量に添加することで金属組織をオーステナイトとし、高強度と高延性の両立を図る技術が検討されている。
【0007】
たとえば、特許文献1には、25重量%程度のMnと、SiとAlを合計で12重量%以下の範囲で含有するオーステナイト鋼であって、TWIP(双晶誘起塑性)およびTRIP(変態誘起塑性)の特性を備えており、降伏応力が400MPa以上、引張強さが1100MPaに達すること、均一伸びが70%に達し、最大伸びが90%に達する鋼板が開示されている。
【0008】
また、特許文献2には、オーステナイト組織の弱点である低い降伏強度を改善するために、10〜45重量%のMn、5〜15重量%のAl、0.5〜2%のAlを含有し、オーステナイトもしくはオーステナイトとフェライトのマトリクスに、ペロブスカイト相(κ相)を析出させた低加工硬化型鉄合金が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表2002−507251号公報
【特許文献2】特開2007−84882号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1,2に開示されている鋼板や鉄合金は、いずれも、多量のMnを鋼に添加することで金属組織の全てまたは一部をオーステナイトとし、強度と延性のバランス向上を狙ったものである。しかしながら、いずれの技術も下記のような不都合がある。
【0011】
特許文献1に開示されている鋼板は、伸びは高いものの、降伏応力は400MPa以上とされている。センターピラー等の側面衝突対応部品においては、高い降伏点が求められており、特許文献1の鋼板では不十分である。さらに、引張強さが1100MPaに達するとされているが、これも十分とはいえず、自動車車体の乗員空間をより強固に保護するには、さらに高い引張強さが必要となる。
【0012】
特許文献2に開示されている鉄合金は、金属組織がオーステナイト単相もしくはオーステナイトとフェライトの混合組織であり、ペロブスカイト型のκ相と呼ばれる析出相を析出させることで、高強度化を図ったものである。鉄合金の特性については、800MPa以上の降伏点と18%以上の全伸びを有しているものの、κ相を析出させるためには、5〜15%以上の多量のAlと、1%以上のCの添加が必要となる。多量のAlの添加は大幅なコスト上昇を招き、多量のCの添加は、溶接部の靭性低下が顕著になるため自動車車体への適用は困難である。
【0013】
以上のように、オーステナイト組織は高延性であるが、オーステナイト単相のままでは降伏強度が不十分であり、また、降伏強度を上昇させる手法は存在しても、低コストで実現することが不可能であった。本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、特殊な析出物を必要とせずに、金属組織の形態と寸法を適正に制御することによって、プレス成形が可能な十分な伸びと、衝突性能を確保するための高い降伏強度を同時に有する高強度鋼板およびその製造方法を提供することを目的としている。具体的には、本発明は、降伏点が780MPa以上で15%以上の全伸びを有する高強度鋼板を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、降伏点を高めながら伸びを確保できる高強度鋼板について研究を重ねた結果、金属組織をオーステナイト相とフェライト相がラメラ状に積層した組織とし、かつそれぞれの相の厚みを所定の値以下に微細化することで、降伏点を上げながらも十分な延性を確保できるとの知見を得た。
【0015】
本発明の高強度鋼板は上記知見に基づいてなされたもので、金属組織がオーステナイト相とフェライト相からなる高強度鋼板であって、オーステナイト相とフェライト相が交互に積層したラメラ組織であり、金属組織に占めるフェライト相の面積率が10%〜50%で残部がオーステナイト相であり、オーステナイト相およびフェライト相の板厚方向の平均厚さがそれぞれ10μm以下と6μm以下であることを特徴とする。
【0016】
ここで、本発明の高強度鋼板では、質量%で、C:0.002%〜0.6%、Si:0.
001%〜4%、Mn:12%〜21%、Al:0.3%〜6.5%、P:0.0010
〜0.02%、S:0.0001〜0.02%を含有し残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有することができ、好適には、降伏強度が780MPa以上、全伸びが15%以上である。
【0017】
また、本発明の高強度鋼板の製造方法は、質量%で、C:0.002%〜0.6%、Si:0.001%〜4%、Mn:12%〜21%、Al:0.3%〜6.5%、P:0.0010〜0.02%、S:0.0001〜0.02%を含有し残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブに対し、400〜600℃の温度域で圧延率75%以上の圧延を施すことを特徴とする。また、上記の圧延を施した後に、400〜700℃での焼鈍を施すと好適である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、降伏点が780MPa以上かつ全伸び15%以上という、従来は得られなかった良好な強度と延性のバランスを有する鋼板を低コストで提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施例における降伏点と全伸びとの関係を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例における圧延率と降伏点×全伸びとの関係を示すグラフである。
【図3】本発明の実施例においてスラブを600℃で圧延したときの各圧下率における金属組織を示す光学顕微鏡写真である。
【図4】本発明の実施例の高強度鋼板のSEM写真である。
【図5】本発明の実施例においてスラブを圧下率90%で温間圧延した後に焼鈍した金属組織を示す光学顕微鏡写真である。
【図6】本発明の実施例における公称ひずみと公称応力との関係を示すグラフである。
【図7】本発明の実施例における公称ひずみと公称応力との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
まず、本発明の金属組織について説明する。本発明の高強度鋼板の金属組織は、オーステナイト相とフェライト相が積層したものであって、オーステナイト相、フェライト相それぞれの平均厚みがそれぞれ10μm以下、6μm以下と非常に薄いことを特徴としている。本発明は、延性が高く強度が低いオーステナイトと、強度が高いフェライトとの複合組織とすることで、両者の特徴を合わせ持った素材とするものであり、これは従来からある2相ステンレスの考え方と大きな違いはない。本発明が従来の技術と異なるのは、その金属組織において、それぞれの相を高強度鋼板の圧延方向に連続した形態とし、かつそれぞれの相の厚みを非常に薄く制御しているという2点にある。
【0021】
まず前者について説明する。複合組織の引張り時の強度は、その材料を構成する相それぞれの強度に分率を乗じて加えたもの、いわゆる複合則から予測できる。しかしながら複合材の強度が複合則通りになるのは、それぞれの相が引張り軸方向に連続している場合であり、相が引張方向に分断されている場合や、そもそもそれぞれの相が粒状であるような場合には、複合則から予測される強度よりも、実際の強度の方が低くなる。そのため、本発明においては、最も強度が高くなるよう、それぞれの相を高強度鋼板の圧延方向に連続した形態に制御している。
【0022】
次に、後者の相の厚みについて説明する。相の厚みを小さくすることは、材料の結晶粒を微細化することと同等の効果を有する。結晶粒径が金属材料の降伏強度に及ぼす影響は、下記に示すホール・ペッチの関係で示される。ただし、式中σyは降伏強度、dは結晶粒径、σ0とkは定数である。
σy =σ0 +kd−1/2 ・・・・・・・・・・(1)
【0023】
本発明の高強度鋼板における層状組織の厚みtを(1)式のdに置き換えても式は成り立つので、本発明においては、相の厚みを小さくすることで、高い降伏強度を得ることができる。一般的には、材料の降伏強度を高めると延性は低下するという関係があるが、本発明の高強度鋼板は、高い降伏強度を持ちながらも高い延性を有している。その理由は以下のとおりである。
【0024】
これまでの報告によれば、フェライト相単相組織を有する鋼の(1)式のkの値が約670MPa・μm0.5(R.A.Jago and N.Hansen, Acta Metallurgica Vol.34 (1986), pp.1711-1720)であるのに対して、オーステナイト単相組織を有する鋼のkの値は300MPa・μm0.5程度(X.H.Chen等, Scripta Materialia Vol.52(2005), pp.1039-1044)から490MPa・μm0.5程度(A.Di.Schino等, Materials Letters Vol.57(2003), pp.1830-1834)と低い。そのため、フェライトとオーステナイトの両相を微細な層状組織とした場合、オーステナイト相よりもフェライト相の方が強度が高くなる。
【0025】
本発明の高強度鋼板においては、層状組織の厚みを薄く制御しているため、材料の変形に際して、オーステナイトは、隣接した高強度のフェライトの拘束力が高いために、非常に大きな変形を受ける。加えて、室温においてオーステナイト相は、フェライト相と比較した場合、動的回復が起こりにくく、また成分によっては塑性加工誘起変態(TRIP)や双晶変形が生じるため、変形が生じた後も大きな加工硬化を保ちやすい。すなわち、オーステナイトは激しく加工硬化することになる。その結果、本発明の高強度鋼板は、オーステナイトの部分が延性を保ちながらも、非常に高い加工硬化を有している。加工硬化が高いために、材料の降伏直後に局所くびれが生じて破断することがおきにくく、高い延性を有している。
【0026】
本発明者等は、降伏強度を高めかつ加工硬化すなわち延性も高くなるような組織について鋭意研究を重ねた結果、金属組織がオーステナイト相とフェライト相が交互に積層したラメラ組織であり、金属組織に占めるフェライトの含有率が10%〜50%であり、かつそれぞれの相の板厚方向の平均厚さがそれぞれ10μm以下と6μm以下であれば、上記のような相反する特性が得られることを見出した。本発明においては、合金成分を適切に配合し、製造条件を適正な範囲に制御することで目的の組織を得ることができる。以下、各元素の組成の限定理由について説明する。なお、以下の説明において「%」は「質量%」を意味するものとする。
【0027】
Mn:12〜21%
Mnは、金属組織をフェライトとオーステナイトの2相とするために最も重要な元素であり、Mnの含有量が12%未満では、フェライトもしくはマルテンサイト組織となり、含有量が21%を超えるとオーステナイト単相となって2相組織が得られない。よって、Mnの含有量は12〜21%とした。
【0028】
C:0.002〜0.6%
Cは、オーステナイト形成元素であり、適正な量を添加することで本発明の特徴である2相組織が得られる。Cの含有量が少ないとオーステナイトの形成が不充分であり、含有量が多すぎると溶接性が低下する。よって、Cの含有量は、0.002〜0.6%とした。
【0029】
Al:0.3〜6.5%
Alは、固溶強化元素として鋼の強度を高めるとともに、金属組織において延性の低いマルテンサイトの生成を抑制する。通常のキルド鋼に含有されるレベルの0.3%未満では上記効果が不充分であり、含有量が多過ぎると、金属組織におけるオーステナイト量が低下するとともに、鋼を脆化させる。よって、Alの含有量は0.3〜6.5%とした。なお、Al以外にも、Si、Cr、Moも類似の効果を有しているが、本発明ではAl、Siの順に優先的に添加する。その理由は以下のとおりである。
【0030】
ステンレス鋼便覧(日刊工業新聞社、ステンレス協会編、第3版(1995年)100頁)に記載のシェフラー組織図に示されているように、ステンレス鋼や本発明の高強度鋼板のようにオーステナイト、フェライト、マルテンサイト等の種々の相からなる鋼板においては、Cr当量が低すぎるとマルテンサイトが生成しやすく、Cr当量が高すぎるとフェライト主体の組織になりやすい。Cr当量の式は種々提案されているが、一例として前出のステンレス鋼便覧、第3版、112頁に記載されているHammerの式を以下に示す。なお各元素記号は、その元素の含有量(%)を表しており、また、(2)式では、W、Ti、V、Nb等の特殊元素は省略した。
Cr当量=0.48Si+2.48Al+Cr+1.21Mo・・・(2)
【0031】
(2)式から分かるように、Cr当量への影響が最も大きいのはAlであるため、本発明では、Alを優先的に添加する。またCr、Moは高価な添加元素であり鋼板のコスト上昇を招くため、Alの次に優先的に用いるのはSiである。
【0032】
Si:0.001〜4%
Siは、鋼中に不可避的に含まれる元素であり、0.001%以上は含有されるが、Alと同様、固溶強化と組織の適正化に寄与する元素であるため必要に応じて添加される。一方、Siの含有量が多過ぎる場合は延性を低下させるとともに溶接性および表面性状を劣化させる。よって、Siの含有量は0.001〜4%とした。ただし、Siによる高強度化の効果を得るためには、0.3%以上含有させることが望ましい。
【0033】
P:0.0010〜0.02%
Pは不純物として不可避的に含まれる元素であり、溶接性や鋳造時や圧延時の製造性に悪影響を及ぼすから少なければ少ない方がよい。しかしながら、Pの含有量を極端に低くすることは製造コスト面で不利である。よって、Pの含有量は、0.0010〜0.02%とした。
【0034】
S:0.0001〜0.02%
Sは不純物として不可避的に含まれる元素であり、溶接性や鋳造時や圧延時の製造性に悪影響を及ぼすから少なければ少ない方がよい。しかしながら、Sの含有量を極端に低くすることは製造コスト面で不利である。よって、Sの含有量は、0.0001〜0.02%とした。
【0035】
次に、本発明の高強度鋼板の金属組織について説明する。前述のように合金成分を調整することによって、金属組織に占めるフェライト相の面積率を10〜50%とし、オーステナイトとフェライトの2相組織とするが、本発明においては、さらに、オーステナイトとフェライトがラメラ組織を呈し、オーステナイト、フェライト相の厚みがそれぞれ10μm以下、6μm以下であることが特徴である。微細な2相のラメラ組織とすることで、延性を確保しながらも降伏点を高めることができる理由は前述のとおりである。ラメラ組織であっても相の厚みが大きくなると、自動車部材に必要な降伏強度を確保することが困難になる。
【0036】
さらに本発明においては、金属組織に占めるフェライト相の面積率を10〜50%としている。フェライト相の面積率が10%以下では、オーステナイト単相の組織との差異が有意でなく、延性は高いものの必要な降伏強度を得ることが困難になる。フェライト相の面積率が50%を超える場合は、強度の高いフェライトが多いために高強度鋼板の強度も高めることができるが、それに伴って延性は低下する。
【0037】
前述のように、従来の2相ステンレス鋼に見られるように、硬いフェライト相で強度を確保し、比較的軟質で延性が高いオーステナイト相で鋼板の延性を確保する、という技術は従来より存在する。しかしながら、ステンレス鋼便覧、第3版(1995年)634頁には、代表的な2相ステンレス鋼である SUS329J3Lの降伏強度は約600MPa、伸びは26%と記載されており、自動車用の衝突対応部品に適用するためには、降伏強度が不足している。従来の2相ステンレス鋼で高い降伏強度が得られない理由は、組織が本発明のように連続したラメラ状になっておらず、また相の厚みも、厚いものでは20μm程度のものが存在し、本発明のような微細なラメラ組織の特徴を有していないためである。
【0038】
次に、本発明の鋼板を製造するための条件について詳述する。上記のように合金成分を調整した後に、微細なラメラ組織とする必要がある。そのためには、鋼を溶製し、インゴットを熱間圧延や鍛造などで適正な厚さまで加工した後に、400℃〜600℃の範囲で75%以上の圧延率で圧延を施す。400℃〜600℃の範囲では、鋼はフェライトとオーステナイトの2相混合状態であり、圧延により微細なラメラ組織を得ることができる。なお圧延率が75%未満の場合は、ラメラ組織の発達が不十分であり、また各相の大きさも比較的大きいために、一般的な粗大等軸形状の組織の場合と比較して、降伏強度の上昇が不充分になる。圧延温度が600℃を超えると、圧延途中にひずみの回復と結晶粒の粗大化が生じるため、微細なラメラ組織とならずに結晶粒の粗大な組織となり、高い降伏強度が得られない。圧延温度が400℃未満の場合は、鋼の変形抵抗が高いために、圧延機の負荷が増大して生産性の低下や設備メンテナンスの費用が増加するため、下限を400℃とする。加えて、得られた鋼板を、400〜700℃の範囲で焼鈍しても良い。この焼鈍によって、微細なラメラ組織を大きく変化させずに、強度と延性を変化させることができ、部品に必用な特性に応じて、種々の強度および延性の組み合わせを有する高強度鋼板を製造することができる。
【実施例】
【0039】
以下、本発明の実施例および比較例について詳細に説明する。表1に示す合金成分の鋼を溶製し、熱間圧延を行った後に、表2に示す条件で圧延を行って鋼板を作製した。作製した鋼板から、JIS Z2201の5号引張試験片を圧延方向と引張方向が平行になるように採取し、インストロン型引張試験気を用いて引張試験を行った。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
発明スラブ1〜5はいずれも、本発明の合金成分範囲をすべて満足しているが、比較スラブ1〜4は、Mnの含有量が本発明の範囲外である。比較スラブ1は、Mn量が本発明の下限より少なく、比較スラブ2はMn量が30%の一般的なTWIP鋼である。比較スラブ3および4は、フェライトが主体の高強度鋼板でありMn量が本発明の範囲より大幅に少ない。
【0043】
表2に実施例および比較例の圧延条件、金属組織、および機械的性質を示す。実施例1〜13では、いずれも、合金成分および製造条件が本発明の範囲を満たしており、金属組織はオーステナイトとフェライトのラメラ組織であり、かつオーステナイト相の平均厚みが10μm以下でフェライト相の厚みが6μm以下であるとの条件を満たしている。そのため、実施例1〜13では、780MPa以上の降伏強度と、15%以上の全伸びを同時に有している。
【0044】
これに対して、比較例1では、発明スラブ1を用いているが、熱間圧延したままのものであり、その組織は等軸なフェライトとオーステナイトである。そのため降伏強度が386MPaと低く、全伸びも11%と低い。
【0045】
比較例2では、発明スラブ1を用いており、600℃での圧延も行っているが、圧延率が低いためにラメラ組織が発達しておらず、降伏強度が不十分である。
【0046】
比較例3では、発明スラブ1を用いて、600℃で90%の圧延を行っており、ここまでは本発明の範囲であるが、引き続いて施された焼鈍の温度が800℃と高すぎるために、ラメラ組織ではあるもののオーステナイトおよびフェライトの厚みが所定の範囲を超えて粗大化しているため、降伏点が低下している。
【0047】
比較例4は、Mn量が本発明の下限よりも少ない比較スラブ1を用いたものであるが、2相のラメラ組織とはならずフェライト組織であり、全伸びが極めて低い。
【0048】
比較例5は、30%のMnを含有する比較スラブ2を用いたものであり、オーステナイト単相組織である。その結果、全伸びは高いものの、降伏点が極めて低い。
【0049】
比較例6は、フェライト主体の高強度鋼板である比較スラブ3を用いたものであり、全伸びは本発明の鋼板と比較して遜色はないが、降伏強度が低い。すなわち降伏強度と延性のバランスでは本発明の鋼板より劣る。これは、その金属組織がフェライトと延性に乏しいマルテンサイトの複合組織であるためであり、降伏強度を高めようとしてマルテンサイトの分率を高めると比較例7と同様に伸びが低くなる。
【0050】
比較例7は、比較例5と同様にフェライト主体の高強度鋼板である比較スラブ4を用いたものであり、マルテンサイト主体の組織であるために高い降伏強度を有するが、伸びが低い。
【0051】
図1に実施例の鋼板および比較例の鋼板の降伏点と全伸びとの関係を示す。本発明の実施例では、降伏点が780MPa以上で、かつ全伸びが15%以上という強度と延性のバランスに優れた鋼板を製造することができる。
【0052】
図2に実施例1〜13と発明スラブ1を用いた比較例1,2の圧延率と降伏点×全伸びの関係を示す。ここでは、強度と伸びのバランスを降伏点と全伸びの積で評価した。圧延率を75%以上とすることで、降伏点が780MPa以上でかつ、良好な強度と伸びのバランス(降伏点×全伸びが13000以上)が得られていることが分かる。
【0053】
図3は、比較例2(600℃圧延・圧下率50%)、実施例7(600℃圧延・圧下率75%)および実施例1(600℃圧延・圧下率90%)の鋼板の光学顕微鏡組織を示す。観察は、鋼板の圧延方向と平行な断面を切り出して、3%ナイタールを用いてエッチングした試料を用いて行った。いずれの場合も黒くエッチングされたフェライトと白色のオーステナイトからなる混合組織である。しかしながら、圧下率50%の比較例2では、圧下率が不足しているため、ラメラ状組織が十分に発達していなかった。これに対して、75%以上の圧下率を施した実施例7,1では、圧延方向に長く伸びたフェライトとオーステナイトからなる微細ラメラ状組織が観察された。
【0054】
図4は、実施例1の鋼板の透過型電子顕微鏡観察結果(明視野像)を示すものである。紙面の水平方向が圧延方向と平行になっている。フェライトとオーステナイトはそれぞれ厚さが1〜2μm程度であった。またそれぞれの領域から採取した制限視野回折図形より、それぞれの領域がフェライトあるいはオーステナイトであり、微細な2相ラメラ状組織が形成されていることが確認された。また、それぞれの相は転位セル組織を有していた。
【0055】
図5は、発明スラブ1に対して圧延後の焼鈍を行った実施例2、実施例3、実施例6の光学顕微鏡組織写真である。いずれの場合も、微細なラメラ状のフェライトとオーステナイトの2相組織が観察された。
【0056】
図6は、実施例1、2,3および比較例3の鋼板の公称応力―公称ひずみ曲線を示すグラフである。これらは発明スラブ1に対して、600℃圧延(実施例1)、600℃圧延の後に600℃焼鈍(実施例2)、600℃圧延の後に700℃焼鈍(実施例3)、600℃圧延の後に800℃焼鈍(比較例3)という処理を施したものである。焼鈍温度の増大とともに、強度が低下し延性が向上していることがわかる。圧延ままの鋼板および焼鈍材では、応力ひずみ曲線が下に凸の傾向を示す。これまでに、応力ひずみ曲線がこうした形状を示す際には、TRIP(Transformation Induced Plasticity、変態誘起塑性)現象が発現していることが報告されている(たとえば、田村等、塑性と加工、Vol.16(1975) pp.1022-1028)。そのため、図6の鋼板においても、鋼板の変形中にオーステナイトがマルテンサイトに変態することで加工硬化を高め、これにより、試験片のくびれ発生を抑制することが延性の向上の一因であると考えられる。
【0057】
図7に、実施例8,9の公称応力―公称ひずみ曲線を示す。いずれも、780MPa以上の高い降伏点を有し、かつ強度と延性の優れたバランスを示している。ただし、応力ひずみ曲線の形状は、図6で示したような下に凸の形態ではない。この結果は、強度延性バランスの向上には、顕著なTRIP現象の発現が必ずしも必須ではないことを示唆している。
【0058】
以上のように、発明スラブに対して適切な条件での圧延と焼鈍を施すことにより、優れた機械的性質を有する2相ラメラ状組織鋼板を得ることができることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、プレス成形が可能な十分な伸びと、衝突性能を確保するための高い降伏強度を同時に有するので、自動車のセンターピラーやサイドピラー用の材料として極めて有望である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属組織がオーステナイト相とフェライト相からなる高強度鋼板であって、オーステナ
イト相とフェライト相が交互に積層したラメラ組織であり、金属組織に占めるフェライト
相の面積率が10%〜50%で残部がオーステナイト相であり、オーステナイト相および
フェライト相の板厚方向の平均厚さがそれぞれ10μm以下と6μm以下であることを特徴とする高強度鋼板。
【請求項2】
質量%で、C:0.002%〜0.6%、Si:0.001%〜4%、Mn:12%〜21%、Al:0.3%〜6.5%、P:0.0010〜0.02%、S:0.0001〜0.02%を含有し残部がFeおよび不可避的不純物からなり、降伏強度が780MPa以上、全伸びが15%以上であることを特徴とする請求項1に記載の高強度鋼板。
【請求項3】
質量%で、C:0.002%〜0.6%、Si:0.001%〜4%、Mn:12%〜21%、Al:0.3%〜6.5%、P:0.0010〜0.02%、S:0.0001〜0.02%を含有し残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブに対し、400〜600℃の温度域で圧延率75%以上の圧延を施すことを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記圧延を施した後に400〜700℃での焼鈍を施すことを特徴とする請求項3に記載の高強度鋼板の製造方法。





【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−209377(P2010−209377A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−54700(P2009−54700)
【出願日】平成21年3月9日(2009.3.9)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【Fターム(参考)】