説明

高強度高加工性熱延鋼板およびその製造方法

【課題】異方性がなく、高い強度と良好な加工性を併せもち熱間圧延ままで非常にロバスト性が良好な新タイプの熱延TRIP型鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】C:0.06〜0.25%、Si:1.0〜3.0%、Mn:0.1〜1.0%、Cr:1.0〜2.0%、Mo:0.01〜0.30%、Al:0.01〜0.5%を含み、残部は鉄および不可避的不純物の組成の鋼で、Ae3温度以上の温度で最終仕上圧延し、仕上後20秒以内で巻取ることにより製造した、Si-Cr系TRIP型鋼板であり、残留オーステナイトを充分確保しつつマルテンサイトの生成を抑制可能で、ロバスト性も良好である高強度熱延鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
請求項に係る発明は、高い引張強度をもちながらも異方性がなく優れた加工性を有し残留オーステナイトによるTRIP効果を利用した比較的低強度(590MPa級)から超高強度(1370MPa級)の熱延鋼板と、その製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高強度高加工性材料としては、主に自動車用途向けに次世代型鋼板としてデユアルフェイズ(DP)鋼板や変態誘起塑性(TRIP)を利用した複相組織鋼板が開発されており、薄肉軽量化の要請に応えつつある。また、更なる高強度化への取り組みとしては鋼板加工時に素材を加熱し熱間でプレス成形してマルテンサイト組織化するホットスタンプ法なる加工方法も実用段階に達している。
【0003】
この種、高強度材料の開発の中心は、鉄鋼材料の組織として高い強度を持つベイナイトやマルテンサイトといった組織をいかに利用するか又は利用できるかが問題であり、その材料特性、製造方法、トータルコストなどが多角的に検討され開発が進められている。
【0004】
現在までに、開発された高強度高加工性材料の中では、残留オーステナイトを利用したTRIP型鋼板が最もその特性バランス(例えば引張強度×伸びの値)が優れている事が確認されているが、実用強度は780MPa級までに限られている。また、更なる高強度化を図る試みとして、フェライトを含まないTRIP型鋼板としてTBF鋼やTAM鋼といった新たなタイプの鋼板の開発も進められている。そのような点は下記の非特許文献1に記載されている。
そしてこの材料特性上優位なTRIP型鋼板の開発は、今後も、更なる高強度化と総合パフォーマンスの向上が進められていくと思われる。
【0005】
図1に、ハイテン開発に関わる研究論文その他文献に示された成分に関し、Si量で層別し、MnとCrの含有量をプロットしたものを示す。研究開発対象はいずれもMnの含有量がCr量より多いものが殆どで、特に、TRIP型としてSiを1%以上含有したものについては、主要元素がMnとなっているものしか見当たらない。
下記に示す非特許文献2・3についても状況は同じであり、従来までの開発ではSi−Mn系でTRIP型鋼板が研究実用化されている。
また、Crの変態挙動遅延効果に着目した下記の特許文献1についても、TRIP型鋼板に対する展開は考慮されていない(低Si系材料)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「新しいタイプの高強度低合金TRIP鋼板」(ふぇらむVol.15(2010)No.4)
【非特許文献2】「変態誘起塑性効果を利用した次世代高強度鋼板」(新日鉄技報 第354号 (1994))
【非特許文献3】「TRIP型ベイニティックフェライト鋼板の機械的性質に及ぼす合金元素及び焼鈍条件の影響」(神戸製鋼技報 Vol.57 No.2 (2007))
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010-90480号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来のTRIP型鋼板の製造方法は、熱間圧延+冷間圧延+熱処理の工程に傾注しており、鋼板製造時のエネルギー消費(CO2の排出)や最大製造可能板厚(最大2.3mm前後)に課題が残る。
また、従来型Si−Mn系TRIP型鋼板では、変態が急速に進行し、それが原因で引張強度等の特性にバラつきが生じがちである。
【0009】
本発明は、上記の点を考慮して行ったもので、高強度高加工性材料として最も優位なTRIP型鋼板を比較的低強度(590MPa級)から超高強度(1370MPa級)まで、板厚1.0mm〜6.0mmまでの範囲で熱間圧延ままの工程で安定して製造する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、従来型Si−Mn系TRIP型鋼板に対し、成分系に関する研究調査を鋭意行った。その結果、ベイナイト変態の遅延効果を有するCrを有効利用する新タイプのSi−Cr系TRIP型鋼板が、熱間圧延ままで(つまり冷間圧延を行わずに)この種高強度高加工性鋼板を製造する場合には、製造時の温度許容範囲が広く、品質の安定性の観点から非常に有効である事を見出した。つまりこの種成分系を適正に熱間圧延する事で、冷間圧延時の電力消費や熱処理時の燃料消費などと言ったCO2の排出要因を完全に取り除くことが可能で、更に、この種高強度鋼板は板厚が厚くなると、その分冷間圧延以降の処理設備もそれに見合う能力(パワー)が必要となる為、現在の設備能力では2.3mm前後が限界となっているが、熱間圧延ままであれば、その制限も大幅に改善でき適用範囲を拡げることが可能となる。また、従来型熱延鋼板では特性不安定の問題から、その強度レンジの限界が780MPaであったが、新タイプでは更に高強度側への展開が図れる事が明らかになった。その詳細を以下に示す。
【0011】
発明による高強度高加工性熱延鋼板は、従来から残留オーステナイトの確保に必要とされているSiに加え、Crを1%以上含有させる事を大きな特徴としており、この添加により、Mn系で発生する急速な変態と冷却ムラによる特性のバラツキを回避することができる。
詳細には、オーステナイトフォーマーであるCを除く主要な化学成分が、Si,Cr,Mo,Alを含むフェライトフォーマー元素であるとともに、金属組織として残留オーステナイトを含む高強度高加工性熱延鋼板であり、望ましくは、下記の(1)式を満足するものである。
0.42 ≦ C+0.24×(Cr+Mo)≦ 0.68 ・・・・・・・・・・・・・・(1)
この成分系を適切に用いる事で、未変態オーステナイトの変態挙動が緩慢(温度に対する感受性が鈍くなる)となり、熱間圧延中に生じる様々な冷却ムラ(温度偏差)に対しても特性が変動しにくい良加工性TRIP型高強度鋼板を、熱間圧延のみで(冷間圧延を行うことなく)超高強度かつ厚肉サイズまで製造可能となるのである。
【0012】
図2は確認実験の結果を示すもので、
A;0.18C-1.20Si-1.80Mn-0.10Cr(Si-Mn系)
B;0.18C-1.00Si-0.31Mn-1.90Cr(Si-Cr系)
のサンプルをAe3点以上(950℃)から各熱処理温度に急冷後2時間保持し水焼入れした時の引張強度を示したものである。鋼種Aが各温度でベイナイト変態を終了し低温側ほど強度の上がる通常の変態(特性)挙動を示すのに対し、鋼種Bは、高温側の各温度で強度が上昇していることがわかる。これは、鋼種Bでは、オーステナイトの変態が遅延し未変態のまま存在する(変態が遅延してオーステナイトのままでいる為、最終の水焼入れでマルテンサイト化し強度が上昇する)ためであると考えられる。
【0013】
図3は、熱延鋼板と冷延鋼板(再加熱連続焼鈍時)の冷却パターンを模式的に示したものである。冷延鋼板の場合は恒温保持の時間が短く(数分)、この間にベイナイト変態を急速に進行させる必要があるが、熱延鋼板の場合は巻取りから常温までの冷却時間は非常に長い(数十時間)ため、徐々にベイナイト変態を進行させるのが望ましい。そうでないと、熱間圧延の場合、折角この間に充分にC濃縮した未変態オーステナイトもベイナイト変態を開始してしまい、有効な残留オーステナイトを得る事が出来ないと共に、鋼板内の特性変動を増幅してしまう。この熱延鋼板の冷却パターンに即してベイナイト変態を遅延させる効果をもたらすには、Cr量が1%以上必要である。そのような量のCrを有すると、未変態オーステナイトに徐々にC濃縮が進んで行くため、有効な残留オーステナイトを充分得られると共に、実質的に冷却後の組織にはC濃化不十分に起因するマルテンサイトの発生も抑制できる。
【0014】
図4(a)・(b)は上記熱間圧延時の冷却条件を模擬的に再現する為に行ったラボ実験の結果である。上記(図2)と同じサンプルA及びBを950℃に加熱し、各巻取り模擬温度に設定したソルトバスへ急冷後、温調制御により15℃/時間でゆっくりと常温まで冷却した時の強度(図4(a))と伸び(図4(b))の値を示す。
Si-Mn系の鋼種Aは巻取り模擬温度に対し引張強度変化が大きくなるが、Si-Cr系の鋼種Bは強度変化が小さく、かつ、伸びの値も鋼種Aと同等になる事がわかる。
この効果により、Si-Cr系の熱延TRIP鋼板は、伸びを担保したまま安定した強度を確保する事が可能で、従来、製造が難しかった980MPa超の熱延TRIP鋼板も製造可能となるのであり、この場合の組織設計としてはフェライト+ベイナイト+残留オーステナイト、又は、ベイナイト+残留オーステナイトの二者択一が可能となる。
【0015】
発明による高強度高加工性熱延鋼板の成分範囲は、 C: 0.06〜0.25%、Si: 1.0〜3.0%、Cr: 1.0〜2.0%、Mo: 0.01〜0.30%、Al: 0.01〜0.5%を含み、残部は鉄および不可避的不純物の組成とするのがよい。またさらに、Mn: 0.1〜1.0%、Ni: 0.01〜0.50、Ti: 0.02〜0.20%、Nb: 0.02〜0.10%、V:0.02〜0.20%、B:0.0001〜0.0030%のうち1種以上を含有したものも好ましい。
こうした適切な種類と量の化学成分を含むこととすれば、上記のようにマルテンサイト組織を実質的に有していない(つまり全体における同組織の比率が2%程度以下の)、望ましい機械的性質を発揮するTRIP型高強度高加工性熱延鋼板とすることが容易である。
引張強度のレベルについては、C及びMnその他の量を適宜調整する事で590MPa以上1470MPa未満に作り分けする事が可能である。低強度側を設計する場合や高速軸圧潰性能の向上のため等で、軟質なフェライト組織を用いた鋼板としたい場合には、下記の式を満足する成分配合が好ましい。
6.46*C-0.26*Si+1.30*Mn+0.49*Ni+0.89*Cr+3.03*Mo<2.57 ・・・・・・・(2)
なお、各成分の作用については後述する。
【0016】
高強度高加工性熱延鋼板として、上記の組織を有するとともに、板厚が1.0mmから6.0mm、引張強度TS(MPa)が590 MPaから1470MPaで、TSと伸び値EL(%)との積TS×ELが20000(MPa・%)以上であるものが好ましい。
そのような鋼板は、上述の組織を有していて高い強度と良い伸び特性とを兼ね備えるものだからである。
【0017】
上記高強度高加工性熱延鋼板の製造方法に係る発明は、上記成分範囲で1200℃以上の鋼材(素材スラブ)を粗圧延した後、複数スタンドを有する熱間圧延機によって、Ae3温度以上の単相域で最終仕上圧延を完了することを特徴とする。
また、さらに、仕上圧延の圧延完了後、20秒以内でBs 以下Ms+50℃以上で巻き取ることとするのが好ましい。なお、Ae3(α⇔γ平衡変態温度)は下記の(3)式、Bs(ベイナイト変態開始温度)は(4)式、Ms(マルテンサイト変態開始温度)は(5)式で示す。
Ae3=919-266*C+38*Si-28*Mn-27*Ni-11*Cr+12*Mo・・・・・・・・・・・ (3)
Bs=649-83*C-19*Si-26*Mn-30*Ni-21*Cr-29*Mo・・・・・・・・・・・・(4)
Ms=539-423*C-30.4*Mn-17.7*Ni-12.1*Cr-7.5*Mo・・・・・・・・・・・・(5)
この製造方法によれば、高温の単相域で圧延されるため、圧延方向及び圧延直角方向の材質異方性が低減出来、さらなる加工性の向上が図れるのである。
また、この製法によれば、従来フェライトを利用する際などに用いられている二段冷却などの水冷制御も必要ではなく、その温度管理が容易である。更に、20秒以内と短時間でコイル状に巻き取る為、板状で受ける強制冷却中の外乱影響を極力抑える事が可能である。発明者らの製造試験によると、後述のように、こうした条件によって上述の高強度高加工性熱延鋼板を得ることができ、冷間圧延を施すことなく高い強度と良好な伸び特性とを享受できる。
【発明の効果】
【0018】
発明の高強度高加工性熱延鋼板は、フェライト及びベイナイト又はベイナイトに、残留オーステナイトが多量に微細に分散した状態で混在するため、互いに相反する特性である強度と加工特性を兼備した熱延鋼板となる。
【0019】
発明の製造方法によれば、上記した高強度高加工性熱延鋼板を円滑に製造することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】ハイテンの成分系として従来より研究実用化されてきた材料のMn/Crの成分設計データ。(□囲みが今回開発した鋼板のMn/Cr成分範囲)
【図2】ラボ実験によるMnとCrのベイナイト変態に及ぼす遅延効果の差異を表した実験データ。
【図3】従来型TRIP鋼成分として定着した冷延+連続焼鈍時の冷却パターンと熱延巻取り後の冷却パターンの違いを表した模式図。
【図4】ラボ実験によるMnとCrの熱延冷却パターン(超除冷)での差異を表した実験データ。すなわち図4(a)・(b)は、熱延模擬冷却材の巻取り温度と強度との関係(図4(a))、および熱延模擬冷却材の巻取り温度と伸びとの関係(図4(b))を、それぞれ示す。
【図5】本開発で目的とするマルテンサイトを実質的に含まない熱延TRIP鋼板のEBSD結晶構造分布像(図5(a))と、数式(1)の上限を外れた場合に見られるマルテンサイトを含む場合のEBSD結晶構造分布像(図5(b))の実例。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、590MPa以上の引張り強度をもちながらも、優れた加工性を有する薄鋼板とその製造方法について、実施の形態を示す。
鋼板の成分系として、C: 0.06〜0.25%、Si: 1.0〜3.0%、Cr: 1.0〜2.0%、Mo: 0.01〜0.30%、Al: 0.01〜0.5%を含み、残部は鉄および不可避的不純物の組成である。さらに、Mn: 0.1〜1.0%、Ni: 0.01〜0.50、Ti: 0.02〜0.20%、Nb: 0.02〜0.10%、V:0.02〜0.20%、B:0.0001〜0.0030%のうちいずれか1種以上を含有するものも好ましい。
CrとMnとのみについて発明の鋼板の成分範囲を図示すると、図1における細線の□枠内に入る。
なお、ここで述べる薄鋼板とは、板厚が1.0から6.0mmの鋼板のことである。製造する鋼板は、主として自動車、家電製品、電子機器製品、等の高い加工性と強度が必要な部品に使用することが出来る。その他、鋼管用の素材としても適用が可能である。
【0022】
まず、鋼板の成分について述べる。
炭素(C)としては、0.06〜0.25%の範囲の量とした。下限は冷却中に発生するフェライト相に伴うC濃縮を考慮しても残留オーステナイトを有効利用する為には最低限必要な量であり、上限は溶接性の観点から0.25%とした。
【0023】
シリコン(Si)量は、1.0〜3.0%の範囲とする。シリコンは固溶強化による強度の向上効果も有する。さらに、残留オーステナイトの安定化のために活用する。シリコン量は、1.0%以上であれば、本発明の複合組織と材質特性が得られる。シリコン量は多いほど、残留オーステナイト量を増やすことができると同時に、その安定性を促す。しかし、3.0%以上のシリコン量になると、強度延性バランスの特性が飽和するので、シリコン量の上限を3.0%とする。
【0024】
クロム(Cr)量は、1.0〜2.0%の範囲とする。クロム量は1.0%未満になると、巻取り後の変態遅延効果が小さくベイナイト変態が進行してしまい安定したTRIP型熱延鋼板とすることが出来ない。クロム量が2.0%を超えると、変態遅延効果が大きくなりすぎ充分なC濃縮が得られない状態で室温まで冷却され、マルテンサイト組織を生じてしまい良好な強度-延性バランスが得られない。
【0025】
モリブデン(Mo)は、耐遅れ破壊特性を重視する場合に有効であるが、故意に添加を行えば大幅なコストの上昇を招くため、その範囲を0.01〜0.3%とした。また、Crと同様な変態遅延効果を有するため、多量添加はマルテンサイトの発生を促す結果となる。
【0026】
ここで、先のベイナイト変態に対する遅延効果は鋼板のC量にも左右されるため、本請求範囲のC量との関係では、
0.42 ≦ C+0.24*(Cr+Mo)≦ 0.68 ・・・・・・・・・・・・・・(1)
で制限される範囲にする事が、残留オーステナイトを充分に確保しつつ、実質的にマルテンサイトを含まない良好な特性を安定して得る上でより好ましい。
【0027】
アルミニウム(Al)量は、Siと同様な効果を持つ事が知られているため、更なる加工性の向上の目的に添加することが出来るが、0.5%以上になると製鋼上の問題が生じるため上限を0.5%とした。
【0028】
マンガン(Mn)量は0.1〜1.0%の範囲とし、ニッケル(Ni)量は0.01〜0.5%の範囲とする。マンガン量が0.1%未満になると、製鋼上での製造が困難になるので0.1%以上とする。マンガン、ニッケルとも強度調整用その他の目的で添加するのが好ましいが、共に過度の添加は焼入れ性が向上しすぎ熱延強制冷却時の外乱などによる特性変動が大きくなるので上限をそれぞれ1.0%と0.5%とする
【0029】
チタン(Ti)、ニオブ(Nb)、バナジウム(V)、ボロン(B)は、熱延工程における結晶粒の微細化効果を有している。
これら元素は、フェライト粒や残留オーステナイト粒を微細に分散させるために有効な元素であり、製造上の許容範囲で適量を1種又は2種添加したものも好ましい。
【0030】
上記の基準成分に調整したスラブ(被圧延鋼材)は、再加熱してから熱間圧延をおこなうか、もしくは鋳造後直ちに熱間圧延をおこなうものとする。熱間圧延を施すにあたっては、粗圧延の後、複数スタンドを有する熱間圧延機によって、圧延完了温度がAe3点以上にする事が異方性低減の観点から重要であり、強圧下率で高歪みによる仕上げ圧延での加工発熱が利用できる圧延設備が好ましい。
【0031】
圧延終了温度がAe3温度以上で熱間圧延を完了し、圧延完了後20秒以内で巻取ることが熱延強制冷却時の外乱抑止上好ましい。圧延完了後巻取られるまでの間は板状態のままであり、強制冷却水の水量ムラ、板上面水の水切りムラ、板幅方向エッジの温度ドロップなどの外乱を受けやすいが、それら外乱を排除するには短時間でコイル状に巻取るのが好ましい。
巻取り温度はBs 以下,Ms+50℃以上の温度範囲にすることにより、Crの変態遅延効果を有効に利用し、オーステナイトを残留させ、マルテンサイトの発生を抑制する。
ここで巻取り温度をBs 以下、Ms+50℃以上としたが、Ms+50℃以下の温度範囲ではCrによる変態遅延効果に伴うC濃縮が不完全と成りやすく、マルテンサイト組織が生成しやすくなる。またBs 以上の温度では組織が粗大化し、かつ特性上最も有害なパーライトが出現する可能性が高まる為その範囲を限定する。
【0032】
図5の(a)では、EBSD法を用いて、体心立方構造のフェライトもしくはベイナイト相と面心立方構造のオーステナイト相を色分けした本発明鋼の組織断面(結晶構造分布像)を示した。白色で示した残留オーステナイト組織は2.0μm以下に微細かつ均一に分散していることが観察出来る。(表2に示す実施事例No9)
また、図5(b)は、C濃化が不十分となりマルテンサイトが多量に生じた場合の分布像を示したものであり、黒色のマルテンサイト領域が残留オーステナイトと絡むように生じていて最終的にC濃化不十分な領域がマルテンサイト化したのが判る。(表2に示す実施事例No3)
本発明は、以上の知見に基づき開発されたものである。
【実施例】
【0033】
以下に発明の実施例を説明する。
表1に示す化学成分(重量%)を有する溶鋼を、連続鋳造法もしくは鍛造法によりスラブ(圧延素材)とした。続いてこれらのスラブを再加熱し、熱間圧延を行い、熱延鋼板とした。
【0034】
表1に示す鋼種B,C,D,E,Fは実施例の範囲(化学成分について好ましい条件を満たす範囲)に属するもので、鋼種A,G,H,Iは比較例である。
【表1】

【0035】
開発例のB〜Fに示す通り、従来型Si-Mn系TRIP鋼板用素材をSi-Cr系に置き換えた成分系の他に、更にC等の添加量を増した高強度側の成分系も含まれる。鋼種B〜Fは、前述の(1)式、すなわち
0.42 ≦ C+0.24*(Cr+Mo)≦ 0.68 ・・・・・・・・・・・・・・(1)
を満たす成分のもので、うち鋼種C・Dは、前述の(2)式、すなわち
6.46*C-0.26*Si+1.30*Mn+0.49*Ni+0.89*Cr+3.03*Mo<2.57 ・・・・・・・(2)
をも満たすものである。
比較例の鋼種Aは従来型Si-Mn系の成分でマンガン(Mn)とクロム(Cr)の量が本発明の範囲から外れている。
比較例の鋼種Gも炭素量(C)の低い場合の例で、同じくマンガン(Mn)とクロム(Cr)の量が本発明の範囲から外れている。
比較例の鋼種Hはシリコン(Si)が本発明の範囲から外れている例である。
比較例の鋼種Iは炭素量(C)が高く(1)式の上限を外れている例である。
【0036】
表2に熱間圧延条件とその材料特性を示す。
【表2】

【0037】
表2のNo1は、従来型Si-Mn系の鋼種Aを用いて発明の範囲内で熱間圧延を行ったものである。残留オーステナイトの比率が低く、引張強さ(TS)*伸び(El)の値が不十分である。No2はSi-Cr系の鋼種Bを用いたものでマルテンサイトの生成は殆ど認められず良好なTS*Elの値が得られている。No3は同じく鋼種BをMs+50℃以下で巻き取ったもので、高強度化するもののマルテンサイトが生じ、伸びの値が劣化する例である。No4及び5は板厚の異なる同じく鋼種Bを発明にしたがって熱間圧延した結果で、冷却能力などの点で巻取り温度が高い場合でもロバスト性が高く、良好な結果が得られている。
No6、7は低強度側(低C)の実施事例であり、フェライト相を含むTRIP鋼板で所期の特性が得られている。但し、No8に示す通り、巻取り温度をBs点よりかなり高くした場合には、パーライトが生成し著しい伸びの劣化を招く。
No9〜11は高Si含有鋼で高強度側を狙ったものであり、より優れたTS*Elの値を達成できる。但し、No10に示す通り、熱延仕上温度をAe3点以下の二相域にすると圧延方向と直角方向引張りでの伸び値の差ΔElが大きくなり成形上の観点からは好ましくない。
No12は低Cでの従来型Si-Mn系でNo13はSi量が範囲を外れたものであるが、両者とも充分な残留オーステナイトが得られず特性上も見劣る結果となる。
No14は、Cが高く(1)式の上限を超えている為、変態遅延効果過大で多量のマルテンサイトが残存した例である。
今回の結果から、高Si鋼程特性が向上する知見や成分系でフェライト相の有無に関する差異が生じているが、これらは、本開発鋼の根幹に関わるものではない。
但し、フェライト相の有無については実現強度に大きな影響を及ぼす為、(2)式を用いて複合組織に対する設計判断(フェライト相の要否)をする必要がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイトフォーマーであるCを除く主要な化学成分が、Si,Cr,Mo,Alを含むフェライトフォーマー元素であるとともに、金属組織として残留オーステナイトを含む高強度高加工性熱延鋼板。
【請求項2】
質量%でC: 0.06〜0.25%、Si: 1.0〜3.0%、Cr: 1.0〜2.0%、Mo: 0.01〜0.3%、Al: 0.01〜0.5%を含み,フェライト+ベイナイト+残留オーステナイト組織またはベイナイト+残留オーステナイト組織で構成され、実質的にマルテンサイトを含まない請求項1に記載の高強度高加工性熱延鋼板。
【請求項3】
質量%で下記成分範囲式を満足する請求項2に記載の高強度高加工性熱延鋼板。
0.42 ≦ C+0.24×(Cr+Mo)≦ 0.68 ・・・・・・・・・・・・・・(1)
【請求項4】
質量%でMn: 0.1〜1.0%、Ni: 0.01〜0.50、Ti: 0.02〜0.20%、Nb: 0.02〜0.10%、V: 0.02〜0.20%、B: 0.0001〜0.0030%のうち1種以上をさらに含有し、残部は鉄および不可避的不純物の組成にてなることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の高強度高加工性熱延鋼板。
【請求項5】
質量%で下記成分範囲式を満足する請求項4に記載の高強度高加工性熱延鋼板。
6.46*C-0.26*Si+1.30*Mn+0.49*Ni+0.89*Cr+3.03*Mo<2.57 ・・・・・・・(2)
【請求項6】
板厚が1.0mm以上6.0mm以下で、引張り強さが590MPa以上1470MPa未満であり、引張り強さと伸び値との積が20,000(MPa・%)以上であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の高強度高加工性熱延鋼板。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載した高強度熱延鋼板の製造方法であって、
上記成分範囲にある1200℃以上の鋼材を粗圧延した後、複数スタンドを有する熱間圧延機によって、Ae3温度以上のオーステナイト域で最終仕上圧延を完了し、20秒以内にMs点+50℃以上Bs点以下で巻き取り、その後3℃/hr〜20℃/hrの平均冷却速度で常温まで冷却することを特徴とする高強度高加工性熱延鋼板の製造方法。
ただし、Ae3温度、Bs点およびMs点は、下記の温度(℃)を示す。
Ae3=919-266*C+38*Si-28*Mn-27*Ni-11*Cr+12*Mo・・・・・・・・・・・ (3)
Bs=649-83*C-19*Si-26*Mn-30*Ni-21*Cr-29*Mo・・・・・・・・・・・・(4)
Ms=539-423*C-30.4*Mn-17.7*Ni-12.1*Cr-7.5*Mo・・・・・・・・・・・・(5)

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−46816(P2012−46816A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−192957(P2010−192957)
【出願日】平成22年8月30日(2010.8.30)
【出願人】(000150280)株式会社中山製鋼所 (26)
【Fターム(参考)】