説明

高接着性液晶ポリマー成形体およびその製造方法

【課題】初期接着性のみならず長期にわたる接着性も向上されており、長期信頼性に優れた液晶ポリマー成形体とその製造方法、並びにフィルム状の当該液晶ポリマー成形体を含む液晶ポリマー積層体および液晶ポリマー回路基板を提供する。
【解決手段】高接着性液晶ポリマー成形体は、その被接着部位の表面部のX線光電子分光分析結果において、C(Is)ピーク強度に占める[−C−O−結合]と[−COO−結合]とのピーク強度の和が21%以上で、かつピーク強度の比[−C−O−結合]/[−COO−結合]が1.5以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接着性に優れる液晶ポリマー成形体とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、比較的新しい樹脂材料として、液晶ポリマーが注目されている。液晶ポリマーは耐薬品性等に優れるだけでなく、吸湿性が低く誘電特性に優れるため、特に電子回路基板の絶縁体材料としての利用が期待されている。
【0003】
しかし、液晶ポリマーには接着性が低いという不利点がある。例えば、液晶ポリマーを電子回路基板材料として利用する場合には、液晶ポリマーフィルム上に回路を形成した後に回路面をカバーフィルムで保護したり、ガラスクロスにエポキシ樹脂を含浸させた材料(以下、「ガラス/エポキシ材」という)や他の回路基板を積層することがある。また、フレキシブル回路基板などの補強板や、回路面のカバーフィルムとして、液晶ポリマーフィルムを他の回路基板へ接着する場合がある。しかし液晶ポリマーは、特に電子回路基板で用いられるエポキシ樹脂などの接着剤に対する接着性が十分でない。そこで、液晶ポリマーの接着性を改良するための技術が考案されている。
【0004】
例えば、従来、高分子フィルムの表面特性を改良して接着性を高めるための方法としてはクロム酸混液処理やコロナ放電処理等が知られているが、化学的な安定度の高い液晶ポリマーに対しては高い改質効果が得られない。
【0005】
そこで、液晶ポリマーフィルムの表面特性を改良する方法として、特許文献1には、フィルムの表面に接着促進コーティングを行う方法が、特許文献2と3には波長184.9nmの紫外線を照射する方法が、特許文献4には気体状の酸素原子含有化合物の存在下で気体放電プラズマ処理を施す方法が提案されている。
【0006】
しかし、特許文献1に記載の方法では、アクリル、ポリエステル、ポリイミド、ポリウレタン、ポリアミドなどのコーティング材料自体が、基材となる液晶ポリマーより耐熱性や吸水性などの面で劣っている。その結果、得られる製品の特性がコーティング材料のために低減され、液晶ポリマーの特性を生かすことができない。また、コーティングを行う工程が複雑なため、加工コストが上昇するといった問題が発生する。
【0007】
特許文献2と3に記載されている紫外線照射による方法では、フィルムを溶融させて接着した場合における銅箔等との接着性は向上するものの、エポキシ樹脂等の回路基板用接着剤や、ガラス/エポキシ材との接着強度はあまり向上しない。
【0008】
特許文献4には表面における酸素原子のモル比が内部の1.2倍になるように、気体状の酸素原子含有化合物の存在下で気体放電プラズマ処理を施す方法が提案されている。この技術は、液晶ポリマーに酸素原子含有化合物の存在下でプラズマ照射処理をすることにより、接着剤等との親和性を向上させるものである。当該処理によって、表面部における酸素原子対炭素原子のモル比が、内部の当該モル比の1.2倍以上になるとされている。この事実からすれば、必ずしも明らかではないが、プラズマ処理により液晶ポリマー分子が切断され、生じたラジカル部位に水酸基が導入されることによって、表面における反応性が上がるものと考えられる。
【特許文献1】特開平10−316777号公報(特許請求の範囲)
【特許文献2】特開平1−216824号公報(特許請求の範囲)
【特許文献3】特開平1−236246号公報(特許請求の範囲)
【特許文献4】特開2000−49002号公報(特許請求の範囲、実施例、表6と7)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述した様に、比較的接着性に劣る液晶ポリマーの接着性を高めるべく、表面改質処理を行なう技術は種々知られていた。特に特許文献4では、液晶ポリマーフィルムの表面をプラズマ処理することによって、接着剤やメッキ銅層に対する接着強度が向上した実験データが開示されている。しかし、かかるプラズマ処理技術によっても、問題があることが分かった。即ち、特許文献4に記載されている実施例の結果によれば、確かに接着強度は向上している。ところが、初期の接着強度が高い場合であっても、その接着性が継続せず、接着耐久性に劣る場合がある。かかる耐久性の問題は、特に液晶ポリマーを電子回路基板の絶縁体材料として用いた場合に電子機器の耐久性にも当然に影響を及ぼす。
【0010】
そこで本発明が解決すべき課題は、初期接着性のみならず長期にわたる接着性も向上されており、長期信頼性に優れた液晶ポリマー成形体とその製造方法、並びにフィルム状の当該液晶ポリマー成形体を含む液晶ポリマー積層体および液晶ポリマー回路基板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、特に液晶ポリマー成形体の被接着部位をプラズマ照射して長期信頼性を向上させる条件につき鋭意研究を進めた。その結果、プラズマ処理において出力を高め過ぎると、初期における接着性は向上するものの、それが継続せずかえって耐久性が劣ることになるため、出力を適度に調節してプラズマ処理すべきであることを見出した。また、かかる耐久性の向上は、特定の官能基の比率を規定することにより達成できることを見出して、本発明を完成した。
【0012】
本発明の高接着性液晶ポリマー成形体は、その被接着部位の表面部のX線光電子分光分析結果において、C(Is)ピーク強度に占める[−C−O−結合]と[−COO−結合]とのピーク強度の和が21%以上で、かつピーク強度の比[−C−O−結合]/[−COO−結合]が1.5以下であることを特徴とする。
【0013】
上記高接着性液晶ポリマー成形体の形状としては、フィルムが好適である。本発明に係るフィルム状の高接着性液晶ポリマー成形体は、液晶ポリマー自体が誘電特性に優れ吸湿性が低いといった特性を有し、また、他の接着剤や他の材料に対する接着性が向上していることから、電子回路基板の絶縁体、フレキシブル回路基板の補強板、回路面のカバーフィルム等として特に有用である。
【0014】
本発明に係るフィルム状の高接着性液晶ポリマー成形体としては、金属層が積層されており且つ非積層面の被接着部位の接着性が高められているものや、回路が形成されており且つ回路以外における被接着部位の接着性が高められているものを例示することができる。これらは、長期信頼性の高い電子回路基板材料として有用である。
【0015】
本発明に係る高接着性液晶ポリマー成形体の製造方法は、
上記高接着性液晶ポリマー成形体を製造する方法であって、
酸化性気体雰囲気中、出力:0.6W/cm2以下で且つ圧力:0.1Torr以上の条件で液晶ポリマー成形体の少なくとも被接着部位にプラズマ照射して表面処理する工程を含むことを特徴とする。
【0016】
上記製造方法においては、リアクティブイオンエッチングモードでプラズマ照射することが好ましい。プラズマ処理ではダイレクトプラズマモードが一般的であるが、リアクティブイオンエッチングモードによれば、ポリマー成形体をより適度に表面改質することができ、接着面における耐久性をより一層向上させることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の高接着性液晶ポリマー成形体は、被接着部位における初期接着性のみならず、長期にわたる接着性にも優れ、長期信頼性が高い。よって、本発明の高接着性液晶ポリマー成形体は、その上に金属層や回路を形成して積層板とするなど、例えば耐久性に優れた電子回路基板の絶縁体材料として極めて有用である。また、本発明方法は、本発明の高接着性液晶ポリマー成形体を製造できるものとして産業上極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の高接着性液晶ポリマー成形体は、
その被接着部位の表面部のX線光電子分光分析結果において、C(Is)ピーク強度に占める[−C−O−結合]と[−COO−結合]とのピーク強度の和が21%以上で、かつピーク強度の比[−C−O−結合]/[−COO−結合]が1.5以下であることを特徴とする。
【0019】
本発明の高接着性液晶ポリマー成形体は、液晶ポリマーからなる。液晶ポリマーは、耐熱性などに優れる熱可塑性樹脂である上に、誘電特性にも優れることから、電子回路基板の絶縁体材料として特に有用である。液晶ポリマーの種類は特に制限されないが、例えば、溶融状態で液晶性を示すサーモトロピック液晶ポリマーを例示することができる。本発明ではサーモトロピック液晶ポリマーが好適であり、より具体的には、サーモトロピック液晶ポリエステルやサーモトロピック液晶ポリエステルアミドが好ましい。
【0020】
サーモトロピック液晶ポリエステル(以下、単に「液晶ポリエステル」という)とは、例えば、芳香族ジカルボン酸と芳香族ジオールや芳香族ヒドロキシカルボン酸などのモノマーを主体として合成される芳香族ポリエステルであって、溶融時に液晶性を示すものである。その代表的なものとしては、パラヒドロキシ安息香酸(PHB)と、テレフタル酸と、4,4’−ビフェノールから合成されるI型[下式(1)]、PHBと2,6−ヒドロキシナフトエ酸から合成されるII型[下式(2)]、PHBと、テレフタル酸と、エチレングリコールから合成されるIII型[下式(3)]が挙げられる。
【0021】
【化1】

【0022】
本発明に係る液晶ポリマーとしては、液晶性(特にサーモトロピック液晶性)を示し且つ本発明の目的を達成し得るものであれば、例えば、上記(1)〜(3)式に示すユニットを主体(例えば、液晶ポリマーの全構成ユニット中、50モル%以上)とし、他のユニットも有する共重合タイプのポリマーであってもよい。他のユニットとしては、例えば、エーテル結合を有するユニット、イミド結合を有するユニット、アミド結合を有するユニットなどが挙げられる。
【0023】
また、液晶ポリエステルアミドとしては、他のユニットとしてアミド結合を有する上記液晶ポリエステルが該当し、例えば、下式(4)の構造を有するものが挙げられる。例えば、式(4)中、sのユニット、tのユニットおよびuのユニットのモル比が、70/15/15のものが知られている。
【0024】
【化2】

【0025】
本発明で用いる液晶ポリマーは、誘電特性などの特性を過剰に貶めない範囲で液晶ポリマー以外のポリマーを含んでもよい。当該ポリマーは、液晶ポリマーと単に混合されているのみであっても、化学結合していてもよい。この様なアロイ用ポリマーとしては、例えば、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルサルホン、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリアリレートなどが挙げられるが、これらに限定される訳ではない。液晶ポリマーと上記アロイ用ポリマーの混合割合は特に制限されないが、例えば、質量比で50:50〜95:5であることが好ましく、70:30〜90:10であることがより好ましい。液晶ポリマーを含むポリマーアロイも、液晶ポリマーによる優れた特性を保有し得る。
【0026】
本発明の液晶ポリマーとしては、その融点が280〜360℃程度のものが好適である。280℃程度以上であれば、半田リフローの熱にも十分に耐えることができ、また、360℃以下であれば、押出成形も十分に可能である。
【0027】
本発明の成形体がフィルムやシートである場合、その分子配向は2軸配向が好ましく、そのMD/TDの強度比が1/3〜3/1の間にあるものが好ましく、1/2〜2/1の間にあるものがより好ましい。強度比が当該範囲であれば、その線膨張係数(CTE)の異方性も適度であり、加工性や信頼性も十分確保することができる。また、その厚さは10〜750μm、好ましくは25〜500μmである。
【0028】
本発明の液晶ポリマー成形体の形状は特に制限されず、例えば、フィルム、シート、繊維、不織布などの形状をとることができる。これらの中では、フィルムが好適である。その表面に金属層や回路を形成し、それぞれ液晶ポリマー積層体や液晶ポリマー回路基板として利用できるからである。
【0029】
本発明の液晶ポリマー成形体は、その被接着部位の表面部のX線光電子分光分析結果において、C(Is)ピーク強度に占める[−C−O−結合]と[−COO−結合]とのピーク強度の和が21%以上で、かつピーク強度の比[−C−O−結合]/[−COO−結合]が1.5以下であることを特徴とする。
【0030】
X線光電子分光分析は、試料表面にX線を照射することにより原子の内殻電子を励起し、それにより放出された光電子の運動エネルギーを検出することによって、試料表面に存在する元素の同定や化学結合状態の分析を行なうものである。このX線光電子分光分析におけるC(Is)は、試料表面に存在する炭素原子由来の光電子により得られるピークである。このピークの中には、さらにその炭素原子の結合状態に依存する様々なピークが含まれており、その各ピークの位置は結合状態により決まる。例えば、各結合状態のピーク位置としては、[−CH−結合]:285eV、[−C−O−結合]:286.6eV、[−C−N−結合]:285.7eV、[−C=O結合]:287.7eV、[−COO−結合]:289.4eV、[−OCOO−結合]:290eV、[π−π*サテライトピーク]:291.9eVとなり、装置に取り付けられている波形分離機構により、それぞれのピークに分離することができる。
【0031】
本発明では、液晶ポリマー成形体において、将来、接着部位となるべき表面についてX線光電子分光分析してC(Is)ピークのデータを得、C(Is)ピーク強度に占める[−C−O−結合]と[−COO−結合]のピーク強度の割合を求める。
【0032】
これら[−C−O−結合]と[−COO−結合]とのピーク強度は、接着性に深く関係するものとして本発明者らが見出したものである。即ち、酸化性気体雰囲気中で液晶ポリマーの表面へプラズマを照射して処理すると、一般的にはエステル結合が開裂し、生じたラジカル部位へは水酸基が導入されると考えられる。この水酸基は反応性に富み接着性に寄与するため、表面における[−C−O−結合]の割合が高ければ接着性は向上する。ところが、本発明者らが見出した知見によれば、過剰に強い条件や低圧力下でプラズマ照射すると、初期接着性は向上し得るものの長期にわたる接着性が低下し、製品の長期信頼性が損なわれてしまう。その原因は必ずしも明らかではないが、過剰に強い条件や低圧力によるプラズマ照射では、エステル基の開裂などにより生じたカルボキシル基が二酸化炭素として脱離してしまうことが一因であると考えられる。従って本発明者らは、特に長期にわたる接着性の維持、即ち長期信頼性のためには、水酸基よりもカルボキシル基の発生を促進し、その割合を保ちつつ反応性基を増加させるのがよいことを見出した。その点をさらに考慮して、本発明では特に重要な指標として、C(Is)ピーク強度に占める[−C−O−結合]と[−COO−結合]とのピーク強度の和が21%以上であることと、ピーク強度の比[−C−O−結合]/[−COO−結合]が1.5以下であることを規定した。
【0033】
より具体的には、X線光電子分光分析装置によっては、測定と同時に各ピークの面積も得られる。本発明では、C(Is)、[−C−O−結合]、および[−COO−結合]のピーク強度として、その面積を採用すればよい。
【0034】
本発明の規定のうち、C(Is)ピーク強度に占める[−C−O−結合]と[−COO−結合]とのピーク強度の和が21%以上であれば、液晶ポリマー成形体の被接着部位の表面において液晶ポリマー分子の切断が適度に進行し、当該表面の反応性が上がり、結果として主に初期の接着性を向上させることができる。また、ピーク強度の比:[−C−O−結合]/[−COO−結合]が1.5以下であれば、長期にわたって接着性を維持することができ、製品の長期信頼性を高められる。
【0035】
本発明において、長期にわたる接着性の維持、即ち長期信頼性とは、例えば本発明の成形体が電子機器用回路基板等の材料として使用された場合、長期間使用されても強度劣化が少なく、寿命が長いことをいう。例えば、接着に関する長期信頼性は、長期信頼性試験であるPCT(プレッシャークッカーテスト)後の接着強度保持率により確認することができる。ここでのPCTとは、例えば121℃、100%RH、2気圧の条件下に試料を放置後、接着強度の劣化を確認する加速試験である。例えば、PCT後、初期からの接着強度保持率が50%になる時間を比較することで、実際に使用される常態下での長期信頼性を比較できる。
【0036】
実際に製品が使用される常態下では、2年以上の寿命があることが好ましい。ここで、使用温度が10℃上昇すると寿命が1/2になるといわれている。従って、上記条件によるPCT後において、接着強度保持率50%になる時間が18時間以上であれば、常温における製品寿命は2年以上に相当するということができ、長期信頼性は高いと判断できる。
【0037】
X線光電子分光分析の条件としては一般的なものを採用でき、特に制限はないが、例えば照射X線としてはAlKαを用いることができる。また、ピーク分離方法について、ピーク形状を決定する分布関数は、ガウス関数とローレンツ関数の混合にし、各ピークの半値幅を出来るだけ一定にすることが好ましい。
【0038】
なお、本発明の液晶ポリマー成形体において、X線光電子分光分析に関する上記規定は、少なくとも被接着部位で満たされている必要があるが、当然に被接着部位以外の部分でも上記規定が満たされていてもよい。
【0039】
本発明の高接着性液晶ポリマー成形体は、その被接着部位における表面部の接着性が高められているため、被接着部位へ他の物質または本発明の液晶ポリマー成形体を接着することができる。例えば、フィルム状の高接着性液晶ポリマー成形体へは、接着剤を介して或いは単に熱圧着するのみで、他のシートやフィルム、回路基板を積層することができる。
【0040】
本発明の高接着性液晶ポリマー成形体としては、単に液晶ポリマーのみからなる成形体の少なくとも被接着部位がプラズマ処理されており、所定のX線光電子分光分析結果を示すものであってもよいが、金属層や回路が積層或いは形成されているものであってもよい。
【0041】
例えば、液晶ポリマーフィルムの片面に銅箔などの金属層が積層されており、他方の面がプラズマ処理されている高接着性液晶ポリマー積層体;液晶ポリマーフィルムの片面に回路が形成されており、他方の面がプラズマ処理されている高接着性液晶ポリマー回路基板;液晶ポリマーフィルムの少なくとも片面に回路が形成されており、少なくとも回路面における回路以外の部分がプラズマ処理されている高接着性液晶ポリマー回路基板などである。
【0042】
上記の積層体と回路基板は、特にエポキシ樹脂などに対する接着性が向上されているため、同様の回路基板材料や他の回路基板材料を積層する場合や、回路面をカバーフィルムで被覆する場合であっても、これらに対して初期接着性のみならず長期の接着性も示し、製品の長期信頼性を高めることができる。
【0043】
また、その形状がフィルムである本発明に係る高接着性液晶ポリマー成形体の被接着部位上へ、金属層を積層することにより液晶ポリマー積層体としてもよい。さらに、当該金属層をエッチングすることにより回路を形成したり、或いは回路を被接着部位へ直接接着する等により回路を形成して、液晶ポリマー回路基板とすることもできる。これら積層体や回路基板は、液晶ポリマーフィルムと金属層または回路との接着性が向上されていることから、信頼性が高いものである。これら積層体と回路は、上記の通り、さらに非積層面や回路面をプラズマ処理してもよい。
【0044】
本発明の高接着性液晶ポリマーフィルムは、酸化性気体雰囲気中、出力:0.6W/cm2以下で且つ圧力:0.1Torr以上の条件で、液晶ポリマーフィルムの少なくとも被接着部位にプラズマを照射することにより製造することができる。
【0045】
酸化性気体としては、酸素、酸素を含有する気体である空気、一酸化炭素、二酸化炭素などを使用することができる。
【0046】
プラズマ照射は、減圧した後に上記酸化性気体を導入した雰囲気中で、放電平行平板型の一対の電極間に直流から高周波(RF)までの周波数帯で容量結合方式により電力の供給を行なってプラズマ放電を発生させ、これを液晶ポリマー成形体表面に照射することにより実施する。
【0047】
プラズマ照射処理における出力は、0.6W/cm2以下が好ましく、0.3W/cm2以下がより好ましい。0.6W/cm2以下であれば、成形体表面の反応性、即ち接着性を向上させつつ、過剰な液晶ポリマー分子の切断等を伴わないため、長期にわたる接着性をも向上させることができる。具体的には、X線光電子分光分析において、[−C−O−結合]と[−COO−結合]とのピーク強度を高めつつ、ピーク強度の比[−C−O−結合]/[−COO−結合]を適度に抑制できる。一方、出力が0.05W/cm2以上であれば、成形体表面の反応性を十分に高めることができるため、好ましくは0.05W/cm2以上でプラズマ照射を行なう。
【0048】
装置内圧力は、0.1Torr以上(約13.3Pa以上)の範囲が好ましい。装置内圧力が0.1Torr以上であれば、プラズマ照射によるエステル基の開裂により生じたカルボキシル基の脱離反応を適度に抑制でき、結果として長期にわたる接着性を保持できるからである。一方、圧力が高過ぎるとプラズマ照射による表面改質効果が十分に得られず、十分な初期接着強度が得られないおそれがあるため、好適には5Torr以下(約667Pa以下)とする。
【0049】
プラズマ照射の処理モードには、ダイレクトプラズマ(DP)とリアクティブイオンエッチング(RIE)とがある。ダイレクトプラズマは、アース側にサンプルを設置する方式であり、ラジカルが試料全体へ満遍なく作用できるという利点があることから、一般的なプラズマ処理ではこちらが用いられる。リアクティブイオンエッチングは、ダイレクトプラズマとは逆にRF電極側に試料を設置する方式であり、イオンが加速されつつ試料に作用する。本発明では、初期の接着性のみならず長期の接着性をもより一層向上できたという実験的な観点から、リアクティブイオンエッチングモードをより好適に用いる。
【0050】
プラズマ照射におけるその他の条件は、適宜調節すればよい。例えば、処理時間は、10〜600秒間程度が好ましい。10秒間以上であれば、十分に液晶ポリマー成形体の表面改質効果が得られる。一方、プラズマ照射による表面改質効果は、主に出力や圧力に依存し、経時的に効果が高くなるというものではないため、好適には600秒間以下とする。
【0051】
その他、本発明では、バッチ式の平行平板電極に限らず、フィルムの巻だし、巻き取りが真空槽内部もしくは、外部に設置してあるプラズマ連続処理装置を使用することも可能であり、プラズマ装置の種類は特に限定されるものではない。
【0052】
また、本発明では、将来的にカバーフィルムやガラス/エポキシ材等、或いは金属層や回路を積層することを考慮して、直ぐに他物質を接着すべき被接着部位以外の部分にも、上記プラズマ照射処理を行なってもよいものとする。
【0053】
本発明でプラズマ照射を行なうべき成形体の表面とは、フィルムの表面から約50〜100Åの深さまでを意味するものとする。
【0054】
本発明に係る高接着性液晶ポリマーフィルムの被接着部位、或いは単なる液晶ポリマーフィルムへは、金属層や回路等を形成することができる。なお、本発明では、単なる液晶ポリマーフィルムへ金属層や回路等を形成した場合、さらにプラズマ照射処理する。
【0055】
金属層や回路の形成は、以下の方法により製造することができる。
【0056】
(1)熱融着法
この方法は、金属箔とフィルムとを熱融着することにより積層体を得る方法である。金属箔としては、各種の金属のもの、例えば、銅箔、アルミ箔、金箔等が挙げられる。その厚さは、通常0.01〜200μm、好ましくは0.1〜50μmである。
【0057】
熱融着は、一般的な熱プレスや加熱ロールプレス、ダブルベルトプレス等の方法により行うことができる。熱融着する際の加工条件は、金属薄の種類や厚み、液晶ポリマーフィルムの融点や厚み等の条件から適宜選択すればよいが、一般的に温度は180〜400℃、圧力は0.3〜10MPaの範囲である。
【0058】
(2)スパッタリング法または蒸着法
この方法は、電子回路基板や光学材料製造の分野では公知の方法であり、金属をフィルム上にスパッタリングまたは蒸着することにより積層体を得る方法である。スパッタリング用または蒸着用の金属としては、例えば、銅、アルミニウム、金、すず、クロム等が挙げられる。
【0059】
(3)無電解メッキ法
この方法は、プラスチックやセラミック等の非導電性材料を用いためっき製品の製造分野で公知の方法であり、金属イオンを含む溶液からフィルム上に金属を析出させることにより積層体を得る方法である。金属としては、銅、ニッケル、コバルト、金、すず、クロム等が挙げられる。
【0060】
(4)接着剤を用いる方法
この方法は、フィルムと金属フィルムとを接着剤を用いて接着することにより積層体を得る方法である。接着剤としては、エポキシ系、アクリル系、シアネート系等の各種のものを用いることができる。前記フィルム/金属層積層体において、そのフィルムの厚さは10〜500μm、好ましくは25〜200μmである。金属層の厚さは0.01〜200μm、好ましくは0.1〜50μmである。
【0061】
フィルム状の液晶ポリマー成形体を回路基板とする場合、上記液晶ポリマー積層体の金属層をエッチングして回路とすることができる。この場合、積層すべき金属としては、銅、アルミニウム、金、すず、クロム等が好ましく用いられる。フィルムの厚さは10〜200μm、好ましくは25〜125μmであり、金属層の厚さは3〜100μm、好ましくは5〜50μmである。
【0062】
本発明に係る高接着性液晶ポリマーは、金属層、接着剤、エポキシ樹脂等を含浸させたガラスクロス、他の回路基板などに対する初期接着性のみならず、長期にわたる接着性、即ち長期信頼性に優れている。よって本発明は、結果として電子機器などの製品寿命を顕著に延長することができるものとして非常に利用価値が高い。
【0063】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0064】
実施例1、2および比較例1〜3
液晶ポリマーフィルム(ジャパンゴアテックス社製、製品名「STABIAX ST175」、100mm×100mm×厚さ175μm)を、平行平板電極型のプラズマ装置1(電極形状:直径120mmの丸形、電極間距離:50mm、チャンバー容積:10.6L)の平行電極間に固定し、真空ポンプにて0.06Torr(約8.0Pa)以下まで減圧した。表1に示したガスを装置内に導入して、ガス流量を調節して、表1に示した圧力に設定した。次いで、電極間に13.56MHzの高周波電圧を印加して、処理モードRIEにてプラズマを発生させて、フィルム表面のプラズマ処理を行った。プラズマ処理の条件は、圧力0.15Torr(約20.0Pa)で、出力と処理時間は表1に示した。なお、未処理の液晶ポリマーフィルムを比較例1とし、また、表中の下線は本発明の規定範囲外であることを示す。
【0065】
実施例3〜5および比較例4〜6
液晶ポリマーフィルム(ジャパンゴアテックス社製、製品名「STABIAX ST175」、250mm×250mm×厚さ175μm)を、平行平板電極型のプラズマ装置(サムコ社製、プラズマドライクリーナー Model PX−1000、電極形状:幅350mm×長さ428mmの長方形、電極間距離:40mm、チャンバー容積:129L)の平行電極間に固定し、真空ポンプにて0.02Torr(約2.7Pa)以下まで減圧した。表1に示したガスを装置内に導入して、ガス流量を調節して表1に示した圧力に設定した。次いで、電極間に13.56MHzの高周波電圧を印加して、表1に示した処理モードにてプラズマを発生させて、フィルム表面のプラズマ処理を行った。プラズマ処理の条件は、出力0.3W/cm2で、処理時間60秒とした。
【0066】
【表1】

【0067】
試験例1 X線光電子分光分析
上記実施例および比較例で作製した各液晶ポリマーフィルムのプラズマ処理表面について、[−C−O−結合]と[−COO−結合]とのピーク強度の和と、ピーク強度の比:[−C−O−結合]/[−COO−結合]を、X線光電子分光分析計(日本電子社製、JPS−90MXS MICRO)を用いて求めた。即ち、各官能基に応じて観察されるC(Is)の各ピークのピーク面積の合計に対する[−C−O−結合]と[−COO−結合]のピーク面積の割合を算出し、上記和と比を求めた。また、照射X線としてはMgKαを用いた。結果を表2に示す。
【0068】
試験例2 接着強度の測定
上記実施例および比較例で作製した各液晶ポリマーフィルムのプラズマ処理面に、エポキシ系接着剤(ニッカン工業社製、NIKAFLEX SAF)を厚さ40μmで塗布し、次いで電解銅箔(古河サーキットフォイル社製、GTS−STD−35、厚さ35μm)を重ねた上で、160℃、4MPaの条件で40分間熱プレスし、これを評価用サンプルとした。次に、接着性の長期信頼性評価としてPCT(プレッシャークッカーテスト)を行なった。具体的には、評価用サンプルを121℃、100%RHの条件下で12時間または24時間保持し、その処理前後において評価用サンプルを幅5mm×長さ100mmに打抜き、銅箔/接着剤と各液晶ポリマーフィルムとの界面で剥離させ、引張試験機(東洋精機製、ストログラフE5D)のチャックに銅箔/接着剤とフィルムをそれぞれセットした後、50mm/分の速度で引き剥がす際の強度を求めた。また、PCT処理時間(0、12および24時間)と接着強度の関係から、接着強度が半減する時間を算出した。PCT前の接着強度、24時間のPCT後の接着強度、および接着強度が半減する時間を表2に示す。
【0069】
【表2】

【0070】
表2の結果の通り、液晶ポリマーフィルムの表面をX線光電子分光分析で測定した際において、C(Is)ピーク強度中の[−C−O−結合]と[−COO−結合]とのピーク強度の和が21%未満である場合(比較例1)、またはピーク強度の比:[−C−O−結合]/[−COO−結合]が1.5を超える場合(比較例2〜6)は、初期の接着強度が比較的高い場合であっても、過酷条件で保持した後における接着強度の低下が大きく、長期使用下における信頼性に欠けることが分かる。より具体的には、PCT後に接着強度保持率が50%になる時間が18時間未満であることから、実際に使用される常態下では、その寿命は2年に満たないと考えられる。
【0071】
一方、上記ピーク強度の和が21%以上で、且つ上記ピーク強度の比1.5以下であり、酸化性雰囲気下でプラズマ処理を行なった場合、過酷条件で保持した後でも接着強度の低下が少なく、接着強度の半減時間が18時間を超えており、長期使用下における信頼性が高いことが実証された。
【0072】
また、プラズマ処理を処理モード:RIEで行った場合、液晶ポリマーフィルム表面部の粗さが比較的大きく、初期接着強度に優れ、また、過酷条件で保持した後でも接着強度の低下がより一層少ないことが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
接着性に優れる液晶ポリマー成形体であって、
その被接着部位の表面部のX線光電子分光分析結果において、C(Is)ピーク強度に占める[−C−O−結合]と[−COO−結合]とのピーク強度の和が21%以上で、かつピーク強度の比[−C−O−結合]/[−COO−結合]が1.5以下であることを特徴とする高接着性液晶ポリマー成形体。
【請求項2】
その形状がフィルムである請求項1に記載の高接着性液晶ポリマー成形体。
【請求項3】
金属層が積層されているものである請求項2に記載の高接着性液晶ポリマー成形体。
【請求項4】
回路が形成されているものである請求項2に記載の高接着性液晶ポリマー成形体。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載の高接着性液晶ポリマー成形体を製造する方法であって、
酸化性気体雰囲気中、出力:0.6W/cm2以下で且つ圧力:0.1Torr以上の条件で液晶ポリマー成形体の少なくとも被接着部位にプラズマ照射して表面処理する工程を含む高接着性液晶ポリマー成形体の製造方法。
【請求項6】
リアクティブイオンエッチングモードでプラズマ照射する請求項5に記載の高接着性液晶ポリマー成形体の製造方法。

【公開番号】特開2007−302740(P2007−302740A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−130418(P2006−130418)
【出願日】平成18年5月9日(2006.5.9)
【出願人】(000107387)ジャパンゴアテックス株式会社 (121)
【Fターム(参考)】