説明

高機能化抗癌剤

【課題】癌標的化合物を固定化させた抗癌剤の提供。
【解決手段】水溶性高分子キャリアとしてデキストランをアミノ化し、それにタキソールを共有結合で固定化させ、残りのアミノ基と葉酸のカルボキシル基のイオン吸着固定化させた抗癌剤。
【効果】この方法により従来のタキソールの約2倍、水溶性タキソールの約3倍の高い抗癌効果が提供できる。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
1968年にアメリカのカルフォルニア州に設立したアルゼ(現在ジョンソンアンドジョンソン)が薬物を製剤から徐々に放出させることによって効果を長期間持続するように打ち立てたコンセプトがドラッグデリバリーシステム(DDS)である。それから、今日まで活発に研究され中でも抗癌剤への利用が増えてきている。
増えている理由としては、抗癌剤の強力な副作用の抑制や薬剤の利便性の拡大、薬効の増強など様々なメリットが存在しているからである。例えば、抗癌剤パクリタキセル(タキソール)は、非水溶性のためクレモホールELや無水エタノール等で溶解したものを使用している。このタキソールの水溶化(非特許文献1及び特許文献1)は、L−グルタミン酸に固定化させた方法の他にアルブミンやデキストリンなどの高分子を主としたものがよく研究されている。このような方法をプロドラッグ化といい薬剤の利便性を向上させる。具体的には、水溶性・脂溶性などの性質への変化や分子量の大きいものを使うことで薬剤粒子径を大きくしEPR効果(非特許文献2)やRES抑制効果が可能となる。EPR効果では、薬剤の粒子径数10〜200nmで腫瘍組織へ集積していき、RES抑制では肝臓のクッパー細胞や副腎のマクロファージ系の細胞によって粒子径400nm以上のものを異物として貪食作用により排除している。また、肝臓で薬物代謝により分解され、腎臓の糸球体でろ過により5nm以下のものが排泄される。このように最適な粒子径にすることで長期間体内の薬物濃度を維持できる。
さらに薬剤をミセル(非特許文献3)やリポソーム(非特許文献4)などの微粒子へ封入させる手法においても、通常状態では薬剤が流出せず、温度やpH(非特許文献5)の変化によってコントロールリリースが可能である。
DDSで重要な役割として標的化(ターゲッティング)技術である。プロドラッグ化においても薬剤集積させるための粒子径の最適化をしているがそれ以上に目的部位にのみ運搬されるものであれば、副作用の軽減効果や薬剤をさらに少なくすることが可能になる。例えば、水溶性ビタミンとして知られる葉酸は、体内に吸収されると最終的に補酵素としてはたらき、細胞増殖に関与している。特定の癌組織では葉酸レセプターが高発現しており、多い順に卵巣(90%)、脳(75%)、腎臓(43%)、肺(37%)、乳房(32%)と続く(非特許文献6)。卵巣癌患者に対して葉酸を利用したターゲッティングが可能であり、このような特異的なサインを持つ癌に関しては有効な方法である。また、ターゲッティング効果利用したものではミサイル療法として注目された抗体(非特許文献7)、酵素(非特許文献8)などが研究されている。ターゲッティング効果により正常細胞への影響が少なくなり副作用の軽減が可能、薬物量も多くできる。
プロドラッグ化やターゲッティング効果を持たせる薬剤設計では、合成などにより共有結合を主とした結合で固定化させた薬剤またはリガンドが一般的である(特許文献1及び特許文献2)。本発明ではこうした細かな薬剤設計や大掛かりな合成をせずに非常に簡易的な方法で高い抗癌効果をもつ抗癌剤を提供する。
【特許文献1】特開 1996−523755
【特許文献2】特開 2006−551370
【非特許文献1】Chun Li,et al.:Cancer Research,58,2404−2409(1998)
【非特許文献2】Rath Duncan,et al.:Nature Reviews Drug Discovery,2(5),347−360(2003)
【非特許文献3】Wei Yang Seow,et al.:Biomaterials,28,1730−1740(2007)
【非特許文献4】Yuzuru Ikehara,et al.:Cancer Letters,260,137−145(2008)
【非特許文献5】Younsoo Bae,et al.:Bioconjugate Chem,18,1131−1139(2007)
【非特許文献6】Yingjuan Lu,et al.:Journal of Controlled Release,91,17−29(2003)
【非特許文献7】Yumi Tsutsui,et al.:Journal of Controlled Release,122,159−164(2007)
【非特許文献8】Yoshiyuki Yabe,et al.:The Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics,298,3,894−899(2001)
【非特許文献9】W.Lorenz,et al.:Agents and Actions,3(1997)
【非特許文献10】Eric K.Rowinsky.:Journal of Clinical Oncology,9,1704−1712(1991)
【非特許文献11】Steven D.Weitman,et al.:Cancer Research,52,3396−3401(1992)
【非特許文献12】Chika Nishi,et al.:Journal of Biomedical Materials Research,29,829−834(1995)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、癌標的物質を新規固定化法によって抗癌剤に固定することにより抗癌効果を高めるものである。
【課題解決のための手段】
本発明の固定化法は、水溶性高分子キャリアとしてデキストランをアミノ化し、タキソールを共有結合で固定化させ、残りのアミノ基と葉酸のカルボキシル基のイオン吸着固定化させた抗癌剤。
【発明の効果】
本発明によれば標的分子の固定化をしないものと比べて約3倍の高い抗癌効果を提供している。
【発明を実施するための最良の形態】
水溶性タキソールと葉酸をリン酸バッファに溶解し、最適な濃度での混合により従来の合成による共有結合の固定化よりも簡易的であり、かつ高い抗癌効果を提供する。
イチイ科の植物から分離、合成される抗癌剤パクリタキセル(タキソール)は、卵巣癌、肺癌、乳癌に対して臨床で使用されている。使用する際にタキソールの溶媒として用いているクレモホールEL(ポリオキシエチレンヒマシ油)が強力な副作用を持っている(非特許文献9及び非特許文献10)。主に重篤な過敏症状を引き起こしてしまう、タキソールの副作用と同様にクレモホールELの副作用もあることから現在、投薬前にステロイド系の薬剤を投与することで副作用を抑制している。本発明および実施例で使用した葉酸吸着水溶性タキソールは、これらの問題の解決が可能であることを示す。
両親媒性多糖類であるデキストランとエチレンジアミンをコンジュゲートし、得られたアミノ化デキストランにタキソールを固定化させることで水溶性タキソールを合成した。さらに、ターゲッティング効果として水溶性ビタミンの一種である葉酸をこれに固定化させた。先にも記載した共有結合での固定化が一般的ではあるが、本発明では水溶性タキソールと葉酸をリン酸バッファ中で混合し固定化させた。この場合、タキソールの固定化に使用したアミノ化デキストランのアミノ基と葉酸の側鎖に存在するカルボキシル基がリン酸バッファ溶液内で互いに正負のイオンを持つことによりイオン吸着によって固定化されている(上記の図を参照)。
葉酸レセプターを多く持つ特定の癌細胞に対して本発明では、混ぜるのみという簡単な方法で高い抗癌効果を提供している。
【実地例】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。なお、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
<実施例1>
葉酸吸着させた水溶性タキソール抗癌剤の作成法の一例を次に示す。
▲1▼ アミノ化デキストラン(アミノ化Dex)の合成
デキストラン(MW70000、名糖産業)10gをジメチルスルホキシド(DMSO、和光純薬工業)70mlに溶解し、カルボニルジイミダゾール(CDI、MW162.15、和光純薬工業)2gをDMSO10mlに溶解して両者を50℃で15分間反応させた。次いで、エチレンジアミン(MW60.1、和光純薬工業)5mlを加えて50℃で18時間反応させた。反応終了後、分画分子量MW14000の透析膜を用いて水道水で一晩透析し、更に蒸留水で1.5時間×2回脱塩処理した。40℃で18時間乾燥後、50℃で18時間の真空乾燥に供することによりアミノ化デキストランを回収した。トリニトロベンゼンスルホン酸ナトリウム(TNBS、和光純薬工業)を用いてアミノ化度を評価したところ、デキストランの糖残基数に対するアミノ基導入率は、約7〜10モル%であった。
▲2▼ 水溶性タキソール(Dex−TXL)の合成
(アミノ基導入率7モル%のアミノ化Dexを使用)
▲1▼で合成したアミノDex5gをDMSO75mlに溶解した。タキソール(MW853.9、Samyang Genex Corporation)0.7gをDMSO20mlに溶かし、CDI0.6gをDMSO5mlに溶解した溶液とを混合し、50℃で15分間反応させた。次いで、アミノ化Dex溶液を添加し、50℃で18時間反応させた。分離精製は、▲1▼と同様の方法で行い、分光光度計を用いてタキソールの260nmにおける吸光度を測定することによりタキソール導入率を求めた。その結果、アミノ化Dexのアミノ基に対してタキソール導入率は、約15〜17%であった。従ってデキストランの糖残基に対するタキソール導入率は1〜1.2%となった。
▲3▼ デキストラン−タキソール−葉酸(Dex−TXL−FA)の調製
(タキソール導入率17%のDex−TXLを使用)
▲2▼で得られたDex−TXLには、未反応のアミノ基が83〜85%残っており、これに対して葉酸(MW441.40、和光純薬工業)を吸着させた。Dex−TXLは、2.5、葉酸は0.15/v%の濃度になるようにリン酸緩衝液(PBS、pH7.4)に溶解し、体積比1:1で混合して25℃で18時間静置した。毒性試験で使用する場合は、この混合溶液を培地で希釈して使用した。
<実地例2>
ヒト咽頭癌細胞KB(DSファーマバイオメディカルより購入)、ヒト大腸癌細胞Caco−2、正常細胞L929(ATCCより購入)を用いて増殖抑制試験を行った。KB細胞は、葉酸を利用したターゲッティング効果を検討する試料としてよく用いられており正常細胞の約1000倍以上の葉酸レセプターを細胞表面に持っている(非特許文献11)。Caco−2もKBほどではないがL929よりは多い葉酸レセプターを持っている。水溶性タキソールに葉酸を吸着固定化した薬剤は、10%ウシ胎児血清(和光純薬工業)を含有したRPMI1640(葉酸不含、Gibco)に懸濁させた。それぞれの細胞を、96wellマイクロプレートに1.0×10cell/well播種し、24時間培養後、Dex−TXLおよびDex−TXL−FAおよび対照Taxolのみを最終濃度0−1ppmとなるように添加し、96時間後、未添加系に対して細胞の増殖が50%阻害される濃度をIC50とし、Neutral Red法(非特許文献12)で求めた。その結果を表1に示す。
表1よりKB細胞では、葉酸無添加系のタキソールの約2倍、水溶性タキソール約3倍の抗癌効果を示した。また、細胞種で葉酸レセプターの少ないL929はタキソールのみが一番高い毒性を示しており、逆に葉酸を固定化させた水溶性タキソールは、その約3倍以上低い毒性を示したことから正常細胞への影響が軽減されていた。 Caco−2では、KBほどの葉酸ターゲッティング効果はないもののタキソール、水溶性タキソールと比べて約2倍の抗癌効果を示した。
<実施例3>
葉酸の吸着処理時間による毒性の影響について検討した。直前混合したものと一晩静置したものとで毒性に変化があるか調べた。実施例2と同様の方法でKB細胞のみ行った。その結果を表2に示す。
表2の結果より、直前混合した場合でも高い抗癌効果を示していることから吸着処理時間による影響もなく混ぜればすぐ使用できるという利点が示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌標的化合物を固定化させた抗癌剤
【請求項2】
癌標的化合物が葉酸であることを特徴とする請求項1に記載の抗癌剤。
【請求項3】
癌標的化合物が吸着により抗癌剤に固定化されることを特徴とする請求項1、2に記載の抗癌剤。
【請求項4】
抗癌剤が、パクリタキセルなどの疎水性抗ガン剤を親水化処理したものであることを特徴とする請求項1から3に記載の抗癌剤。
【請求項5】
前記親水化処理が、パクリタキセルなどの疎水性抗癌剤とデキストラン、キトサン、ポリエチエレングリコールなどの親水性高分子とのコンジュゲートであることを特徴とする請求項1から4に記載の抗癌剤。

【公開番号】特開2010−126533(P2010−126533A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−328706(P2008−328706)
【出願日】平成20年11月28日(2008.11.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年6月6日 日本DDS学会発行の「Drug Delivery System(DDS)「第24回日本DDS学会 プログラム予稿集」(Vol.23,No.3,MAY 2008(通巻第119号))」に発表
【出願人】(506224252)株式会社バイオベルデ (12)
【Fターム(参考)】