説明

高機能性ヒラメ、並びにその加工品

【課題】アミノ酸、不飽和脂肪酸が豊富で、抗酸化活性の高いヒラメを生産し、効率的に高品質な水産品、ならびに水産加工品を提供する。
【解決手段】好熱菌を用いた高温発酵飼料を利用した養殖技術によって、好熱性微生物群を用いた高温発酵飼料を養殖ヒラメに対して経口的に継続して給与する。
【効果】夏期における肉質中の遊離アミノ酸の含有量が、100g当たり350mg以上であり、オレイン酸などの不飽和脂肪酸の比率が増し、抗酸化活性の高いことを特徴とする養殖ヒラメ、並びに当該ヒラメの魚肉を用いて製造された加工品が提供できる。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】

【技術分野】
【0001】
本発明は、遊離アミノ酸の含有量が豊富な養殖ヒラメ、ならびに該ヒラメを用いた機能性加工食品に関する。
【従来技術】
【0002】
従来、飼料は栄養源として養殖、養豚、養鶏、などの畜水産分野で活用されている。
【0003】
食品素材中のタンパク質を加水分解して遊離アミノ酸を生成させ、特に、旨味や甘味に関係したアミノ酸の量が増加することにより、また、適度に苦味系アミノ酸が混じることにより、厚みがあり奥深い良い味、即ち、旨味が出ることが明らかとなっている。この加水分解酵素として、魚介類の体内中に存在するプロテアーゼを用いる場合や微生物の助けを借りる発酵などにより、古くから、極めて多くの水産加工食品が工夫されてきている。しかしながら、これらの方法は殆どの場合、水産物素材に加工を施す(プロテアーゼを働かせて、遊離アミノ酸を生成させる、または、遊離アミノ酸を添加する)工夫がなされている(素材の段階、即ち、生鮮物の段階で既に優れた呈味性を有する魚介類を生産しようとする物ではない)。
【0004】
一方、食品の生体調節機能性は、その食品素材に含まれる生体調節機能成分の総合的効果として発揮されるため、その食品素材の中に既に存在している生体調節機能成分をいかにして減少、失活、劣化させないように保存、輸送、加工、調理するかという工夫がなされている。
【0005】
また、通常の水産食品に生体調節機能成分を加工段階で物理的に添加してやることにより、あるいは、醗酵などの加工段階での微生物等の働きにより、食品中の生体調節機能成分を増加させ、生体調節機能性を高めてやるという工夫がなされている。
【0006】
しかしながら、人工的な手を加えない生鮮物の段階から従来のものよりも、はるかに優れた呈味性と高い生体調節機能性を有する水産食品は存在しない。
【0007】
以下、当該明細書と関連する特許を列挙する。
【0008】
公開番号:特開平7−170887(公開日:1995年7月11日)「呈味および食感の向上した甲殻類、その加熱処理物、それらの冷凍品、ならびに呈味および食感の向上した甲殻類の製造方法」内容)高塩濃度や低塩濃度の環境水で飼育することにより、カニやエビの甲殻類の可食部のエキス成分中のアミノ酸(グリシン、アラニン、グルタミン酸、プロリン、トレオニン、セリン)のいずれかが1種以上増加して呈味性が増進し、かつ、食感も天然よりも向上している。本特許は、生鮮物魚介類エキス中の呈味成分(アミノ酸)を天然よりも向上させる方法を提供するという点では、比較的概念が近い特許である。しかし対象が魚類ではなく甲殻類である事に加え、呈味性の増進を図る手段として飼育環境(塩濃度)に工夫をしており、飼料に工夫を行うものではない。
【0009】
公開番号:特開2007−325566(P2007−325566A)(公開日:2007年12月20日)
「呈味調味料およびその製造方法」では、節類からだし汁を取った後の残渣を用いて発酵処理などを行って旨味調味料を製造する。発酵により遊離アミノ酸やペプチドが多くなるので旨味が強くなる。本特許は、生鮮魚類を対象としていない。また、呈味性(遊離アミノ酸)を向上させる手段として発酵処理を行っている。
【0010】
公開番号:特開2008−11781(P2008−11781A)(公開日:2008年1月24日)「海苔発酵食品およびその製造方法」は、海苔中のたんぱく質等を発酵分解することにより、呈味性(旨味系および甘味系遊離アミノ酸)と機能性(ペプチド)を強化した新規発酵食品を製造している。)本特許は、生鮮魚類を対象としていない。また、呈味性(遊離アミノ酸)を向上させる手段として発酵処理を行っている。
【0011】
公開番号:特開2007−46848(P2007−46848A)(公開日:2007年2月22日)「冷蔵庫」紫外線を照射することにより、肉や魚に含まれるタンパク質分解酵素を活性化して、遊離アミノ酸を増量し、旨味を増強させる方法である。本特許は、遊離アミノ酸を増量させるという点では似ているが、魚の飼育段階において工夫するものでなく、魚肉の貯蔵段階の処理(工夫)であり、概念が異なる。また、呈味性(遊離アミノ酸)を向上させる手段として紫外線照射を行っている。
【0012】
公開番号:特開2006−129835(P2006−129835A)(公開日:2006年5月25日)「グルタミン酸高含有酵母エキスおよびその製造方法」は、天然調味料(酵母エキス)のグルタミン酸含量を高めて呈味性を増加させるために、酵母からのエキス抽出において、酵素処理、活性炭処理などの工夫を実施して製造したもの。素材中のグルタミン酸をいかに効率良くエキス成分中に取り出すかという工夫である。本特許は、食品中の遊離アミノ酸であるグルタミン酸を増量させ、食品素材そのもの中の含量を増加させるものではなく、素材中から、いかに効率良く取り出して加工食品にするかという工夫をしている。
【0013】
公開番号:特開2002−142665(P2002−142665A)(公開日:2002年5月21日)「水産物または農産物の光処理方法」では、生イカに紫外線をあてながら乾燥し、旨味が増強された干しイカを製造する方法。紫外線照射によりグルタミン酸などの(遊離)アミノ酸量が増大する。遊離アミノ酸を増量させるという点では似ているが、魚の飼育段階において工夫するものでなく、水産物の加工段階の処理(工夫)であり、概念が異なる。また、呈味性(遊離アミノ酸)を向上させる手段として紫外線照射を行っている。
【0014】
公開番号:特開2008−17703(P2008−17703A)(公開日:2008年1月31日)「γ−アミノ酪酸とオルニチンを含有する食品の製造方法」味覚に関与するアミノ酸ではなく、特殊アミノ酸に関するものである。食品原料にγ−アミノ酪酸とオルニチンの両方を生産する能力を有する乳酸菌を用いて乳酸発酵させて健康機能性を発揮することが期待される両物質の含量を高めた食品を製造する方法。健康機能性を有する物質の含量を高める方法として発酵処理を用いている。
【0015】
公開番号:特開2001−204432(P2001−204432A)(公開日:2001年7月31日)「シジミ貝処理方法、およびその方法によるシジミ貝から生成したシジミエキス、ならびにそのシジミエキスの製造方法」では、味覚に関与するアミノ酸ではなく、特殊アミノ酸に関するものである。機能性を有するアミノ酸であるオルニチンの含有量を増加させる生きたシジミ貝の処理方法である。生きたシジミ貝に冷却負荷をかけてそのストレス反応により、生体内のオルニチン合成を促進させるものである。生鮮水産物可食部中の遊離アミノ酸あるいは健康機能性物質の量を増加させる。
【0016】
公開番号:特開2001−252009(P2001−252009A)(公開日:2001年9月18日)「塩辛類、魚介類漬物及び塩漬加工品等の熟成制御方法」水産物加工の熟成過程で抗酸化物質のポリフェノールを添加することにより、加熱や酸敗などを防止し、香味(旨味と好もしいフレーバー)を有する発酵食品を製造する方法である。既にある発酵食品の旨味を増強させる方法であり、発酵を更に良く制御する工夫である。
【0017】
公開番号:特開平09−094077(公開日:1997年04月08日)特許番号:3510717(登録日:2004年01月09日)「活性酸素・フリーラジカル消去活性を有する飲食品」
では、水易溶性のフラボノール骨格を持つ配糖体を様々な飲食品に添加することにより、生体に悪影響を及ぼし種々の疾病や老化に関与する活性酸素・フリーラジカルの消去活性が高い飲食品を提供するという特許である。本特許はヒトの健康機能性の向上を目的としており、食品に抗酸化性を付与する手段として、食品に抗酸化物質を直接添加するものである。
【0018】
出願番号:特許出願平7−162181(出願日:1995年06月28日)「抗酸化ソーセージおよびその製造方法」は、畜肉や魚肉の主原料に、抗酸化性の高い香辛料や天然抽出物を添加して作成した抗酸化機能性を有するソーセージに関する特許である。抗酸化能は通常品の2倍以上となっている。本特許はヒトの健康機能性の向上を目的としており、食品に抗酸化性を付与する手段として、食品に抗酸化物質を直接添加するものである。
【0019】
公開番号:特開2006−141229(P2006−141229A)(公開日:2006年6月8日)「ホタテガイを利用した機能性食材の製造方法」は、ホタテガイの内臓を酵素処理することにより、抗酸化性を有するペプチドを生成させて、健康機能性食材を製造している。本特許は、抗酸化性を強化させるという点では似ているが、魚の飼育段階において工夫するものでなく、ホタテガイの内臓を酵素処理するという加工段階の工夫である。
【0020】
公開番号:特開2006−141229(P2006−141229A)(公開日:2006年6月8日)「ホタテガイを利用した機能性食材の製造方法」ホタテガイの内臓を酵素処理することにより、抗酸化性を有するペプチドを生成させて、健康機能性食材を製造している。本特許は、抗酸化性を強化させるという点では似ているが、魚の飼育段階において工夫するものでなく、ホタテガイの内臓を酵素処理するという加工段階の工夫である。
【00021】
出願番号:特願平05−277280(出願日:1993年09月30日)「濃縮ファフィア色素油を含有する蛋白性食品」は、アスタキサンチンを主要成分とする濃縮ファフィア色素油を蛋白性食品(水産練製品、乾燥鮭フレーク、食肉加工品、乳製品など)に添加して、抗酸化性など種々の生理活性(健康機能性)を有する新たな食品を提供することに関する特許である。本特許はヒトの健康機能性の向上を目的としており、食品に抗酸化性などの機能性を付与する手段として、食品に抗酸化物質(またはそれを大量に含む物質)を直接添加するものである。
【0022】
出願番号:特願2002−349399(出願日:2002年12月02日)「ヨーグルト入り水産練り製品およびその製造方法」は、ヨーグルトを加えた魚肉すり身を調製する。ヨーグルト由来の生体調節機能成分を含むので健康の維持・増進に役立つという特許である。本特許はヒトの健康機能性の向上を目的としており、食品に機能性を付与する手段として、食品に抗酸化物質を直接添加するものである。
【0023】
出願番号:特願2002−270234(出願日:2002年09月17日)「大豆加工食品」は、DHAやEPA成分を従来よりも多量に混和させた大豆加工食品(主として豆乳など)に関する特許である。豆乳中の抗酸化性成分の働きを助けるオリゴ糖も併用添加するため、オリゴ糖の持つ機能性を食品に付与することが期待される。本特許は、食品の品質の保持のみならず、ヒトの健康機能性の向上も目指しているが、食品に機能性を付与する手段として、食品に抗酸化物質(またはその助けをする物質)を直接添加するものである。
【0024】
公開番号:特許公開2005−336167(公開日:2005年12月08日)「抗酸化性組成物」では、生体内で産生される多様な活性酸素種に対して生体内で有効に抗酸化能を発揮できる抗酸化性組成物を提供するという特許である。抗酸化剤として、ヒスチジン含有ジペプチド又は硫黄含有アミノ酸ないしその類縁体(ジ亜鉛素酸系活性酸素消去剤)、ビタミンC(過酸化亜硝酸系活性酸素消去剤)ポリフェノール化合物、カロテノイド(水酸化ラジカル系活性酸素消去剤)を配合した組成物が含まれている。本特許は、ヒトの体内で抗酸化性機能を発揮させることを目的としており、薬品やサプリメントの範疇に入るものであるが、食品により抗酸化能という機能性を発揮させるものではない。
【本発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明は、ヒラメの養殖魚の生産段階から管理手法によって、従来の水産物よりも、優れた呈味性および強い抗酸化性機能が期待される生鮮水産食品や水産加工食品を製造することにある。これによって、高品質の水産品が、効率的に生産され、流通・販売することになる。これによって、美味しくて、かつ、健康の維持増進に寄与し、食生活の向上に繋がるものである。
【問題を解決するための手段】
【0026】
ATCCに国際寄託された好熱性種菌群PTA−1773、あるいはGeneBankのデータベースに遺伝子配列の情報が登録されたBacillus thermocloacae(acc.No.Z26939)の近縁種、Bacillus thermoamylovorans(acc.No.AB121094)を主体とした発酵微生物を用いて、養殖飼料用の魚原料を60℃以上で高温発酵する。本発明は、それらの高温飼料を養殖ヒラメに対して経口的に継続して給与する。これによって、ヒラメの肉質中に、旨味や甘味に関係した遊離アミノ酸の量が、通常の飼料で飼育した場合よりも増加し、また、抗酸化活性が増した水産物、水産食品を提供するものである。生鮮物の段階から、優れた呈味性および強い抗酸化性機能が付与されている水産食品は今まで知られていない。尚、当該明細書の内容は、平成21年3月28日における日本水産学会春季大会において発表され、新規性喪失の例外に該当するため、証明書を添付している。
【0027】
当該機能性の付与の原因は、ラットを対象とした実験動物におけるDNAマイクロアレイのデータから、腸管中の遺伝子発現が腸内フローラの変化に伴って変化することが推察されており、アミノ酸代謝に関連する遺伝子として、carboxypeptidase、arginase脂質代謝に関連する遺伝子として、stearoyl−Coenzyme A desaturase、carboxyesteraseなど、抗酸化活性に関連する遺伝子として、glutathione peroxidase、biliverdin reductase、super oxide dismutase(SOD)などの発現が変化するためであると推察される。
【0028】
また、60〜90℃の高温の極限環境下で生息する好熱性微生物によって、その微生物が発現する耐熱性酵素は、常温においても酵素反応を示し、さらに耐久性に優れている。これらの酵素群は、魚体内の消化酵素の機能を補完し、濃厚飼料の消化を促進していることも推察される。また、腸内フローラの変化に伴い、腸管からの消化酵素の増加なども推測され、上記のラットの実験からは、progastricsin(pepsinogen C)のような消化分解に関連する前駆物質が、対照群に比べて70%ほど増加する傾向が確認されている。
【0029】
さらに、共同発明者である宮本久および宮本浩邦(株式会社三六九、および、日環科学株式会社)は、すでに、有機物(水産物の残渣を活用)を70〜80℃前後にて高温発酵処理し、安定な酵素(耐熱性酵素)を大量に生産する技術を特許化し(下記の特許A〜D)、この物質について、動植物の飼料や肥料として有効に利用できることを示している。実際に、この飼料添加物を陸上養殖のヒラメに対して給餌することによって、餌の消化促進が進み、増体率の向上・死魚率の減少とともに、青臭さの減少などの肉質の変化が定性的に認められるという情報が宮本久および宮本浩邦によって得られていた。本特許の発明者である松下映夫、田中竜介、宮本浩邦、宮本久は、上記の宮本らの特許記載の技術により養殖された魚肉では、「呈味性および健康機能性が、通常のものに比べて、大きく増加した水産食品」となりうるのではないかと着想し、魚類の可食部の呈味性と健康機能性の増大を検証すべく、まず手始めに「遊離アミノ酸」と「抗酸化性」に注目して比較検討した。また、より厳密な科学的裏づけが必要であることを鑑み、生産現場の養殖ヒラメでの検討のみならず、厳密な対照群を置いた比較試験が可能である実験室レベルでのコイの飼育実験系を用いて、魚肉の生化学的な検討を開始した。その結果、魚肉の有する「遊離アミノ酸および抗酸化性」において、顕著な増強および統計学的に有意な変化を証明することができたため、「優れた呈味性と生体調節機能性を有する水産食品」の発明を申請するに至った。これまでの特許としては、(特許A)特許第3146305号 宮本久、宮本浩邦「好熱性種菌、並びに有機肥料、液状有機肥料、及びそれらの製造方法」<主として、肥料(粉末および液体)としての応用について述べている>(特許B)特許第3314302号 宮本久、宮本浩邦「飼料添加物、液状飼料添加物、及びそれらの製造方法並びに飼料の製造方法」<飼料添加物について述べている。もっぱら家畜が対象。> 海産物残渣(エビ類、カニ類、魚類等の不可食部や食用には適さない小エビ、小カニ、小魚)等の有機素材の分解能を有する好熱性みろく種菌による発酵等によって製造される飼料添加物、液状飼料添加物、飼料、及びそれらの製造方法、家畜類を健康にして安全な畜産製品等を生産可能とする。このようにして製造される飼料添加物は、家畜類の体内にある消化分解酵素等の変性を防止し、その働きを安定化することによって、消化・吸収が良くなり、栄養補給を効率的に促進するためであると考えられる。給与を開始してから所定期間経過後の家畜類は健康になるので、悪臭を放たない(解臭化)糞尿が排泄されると共に、良好な環境で飼育されてストレスも軽減される。(特許C)特許第3385402号 宮本久、宮本浩邦「廃水浄化剤、液状廃水浄化剤、及びそれらの製造方法並びに廃水浄化方法」<廃水浄化剤および製造方法、ならびに廃水浄化方法について記している>好熱性みろく種菌の発酵等によって製造される廃水浄化剤、液状廃水浄化剤、及びそれらの製造方法、並びに廃水浄化方法、(特許D)特許公開2003−219864 宮本久、宮本浩邦、森健一「好熱性種菌PTA−1773、生態環境改良資材、有機肥料、生物農薬、植物、飼料・飼料添加物、動物、生薬、水質浄化剤、土質浄化剤、生ゴミ処理剤、堆肥発酵促進・消臭剤、ファイトレメディエーション用調整剤、抗菌剤、発酵食品、発酵飲料、薬剤、及び生分解性プラスチック製造用製剤」<上記の特許A〜Cを含んで範囲を広げた、包括的特許である>好熱性種菌PTA−1773を有機素材に添加し、発酵させることにより得られる生態環境改良資材とその広い応用範囲を特許化している。
【0030】
この中でも記載しているように、60〜90℃の高温の極限環境下で生息する好熱性微生物由来の熱ショックプロテイン(HSP)は、分子シャペロンとして働く分子もあるが、これらの分子は、耐熱性分子シャペロンであり、常温微生物由来の分子シャペロンよりも、構造上安定であるばかりでなく、動物体内の消化酵素の構造の劣化を防ぐ機能が高い。サブユニットとしてもATPアーゼ(ATP合成酵素)活性を安定的に発揮させることが知られているため、動物体内で働くATPアーゼの活性化に寄与することが想定される。
【0031】
本発明は、このような複合機能をもつ高温発酵飼料を用いることによって、ヒラメの肉質中の遊離アミノ酸や不飽和脂肪酸を増加させるとともに、抗酸化活性をもつようにする。
【発明の実態】
【0032】
この実施形態に係る飼料は、キチン質を含む有機質や魚介類、あるいはおから、ビール粕、焼酎粕、海草などの植物性成分を50〜80℃で高温発酵させた発酵物を含み、発酵微生物としては好熱性微生物が望ましい。
【0033】
キチン質を含む有機質としては、カニ、エビなどの甲殻類、ハエ、コガネムシなどの昆虫などが挙げられる。
【0034】
発酵微生物としてはキチン質を分解するキチン質分解酵素を産生する微生物が望ましい。
【0035】
好熱性微生物は、難分解性成分や有毒物質等の共存する場所をはじめとした劣悪な環境下でも、タンパク構造が変化しにくく酵素活性を保持できる耐熱性酵素を産生する。また、好熱性微生物由来の熱ショックプロテイン(HSP)は、常温微生物由来の熱ショックプロテインより構造的に安定であり、その機能として酵素の構造保持を保護する分子シャペロンを発現する。これによって、通常の常温微生物由来の成分では補うことのできない消化器官内における酵素活性を維持し、各種機能を有する代謝成分の生合成を可能にするという利点がある。好熱性微生物としては、例えば、好熱性種菌PTA−1773をはじめとした前期好熱菌群があげられる。尚、好熱性種菌PTA−1773は、発明者によって、2000年5月1日付けでATCC(American Type Culture Collection,10801 University Boulevard Manassas,Virginia 20110−2209 U.S.A.)に国際寄託されている(受託番号:PTA−1773)。また、これらの微生物は、高度な有機物分解能を持っており、70〜90℃の発酵熱エネルギーを発することができる微生物群である。好熱性種菌PTA−1773を培養するための栄養源としては、腐敗していない生のエビやカニの残渣等とともに、90℃程度の高温下でも分解されにくい多孔体である炭等を用いて微生物の付着部分を増やし、好気条件下で好熱性種菌PTA−1773を12時間以上培養する。この時、自然発酵熱は少なくとも60〜90℃に保たれる。
【0036】
さらに、Firmicutesに属するGeneBankのデータベースに遺伝子配列の情報が登録されたBacillus thermocloacae(acc.No.Z26939)の近縁種、Bacillus thermoamylovorans(acc.No.AB121094)を主体とした発酵微生物を用いて、養殖飼料用の魚原料を60℃以上で高温発酵能を有する好熱性微生物群が挙げられる。
【0037】
60〜90℃の高温の極限環境下で生息する好熱性微生物によって、その微生物が発現する耐熱性酵素は、常温においても酵素反応を示し、さらに耐久性に優れている。これらの酵素群は、動物体内の消化酵素の機能を補完し、濃厚飼料の消化を促進する。
【0038】
さらに、60〜90℃の高温の極限環境下で生息する好熱性微生物由来の熱ショックプロテイン(HSP)は、分子シャペロンとして働く分子もある。これらの分子は、耐熱性分子シャペロンであり、常温微生物由来の分子シャペロンよりも、構造上安定であるばかりでなく、動物体内の消化酵素の構造の劣化を防ぐことが想定される。
【0039】
さらに、好熱性微生物の発酵産物ならびにその含有成分が、腸内細菌相あるいは、腸管の細胞に作用することが想定される。
【0040】
実際、これらの微生物ならびにその含有成分をヒラメの飼料中に0.5%添加し、飼育すると、六ヶ月後において次のように肉質中の遊離アミノ酸が増加した。
【0041】
すなわち、陸上養殖で飼育している養殖場よりヒラメを入手した。1−2時間毎に新たな海水に置換わる装置の付いた水槽(15m×15m×1m)にヒラメ稚魚1400匹を入れ、50水槽で約7万匹を飼育している。EP飼料(ヒガシマル社製;魚粉、オキアミミール、エビミールを71%含有する)または自家製モイストペレット(アジやキビナゴ等より自前で作成)を、通常、1匹1日あたり平均で約13gを給餌した。A群(対照区)のヒラメ餌には何も添加しないものを与え、B群(実験区)のヒラメでは上記の餌に好熱性みろく種菌(PTA−1773)による発酵によって製造された飼料添加物を約3.0%(重量パーセント)の割合で添加した餌を与えた。
【0042】
約12ヶ月後の飼育期間終了時に、対照群(A群)および添加群(B群)より、各5匹のヒラメを即殺後、ドライアイス入り発泡スチロール製箱に入れ凍結状態で実験室に運搬した。このヒラメの背部筋肉を採取したのち、以降の操作は次のように行った。
【0043】
すなわち、遊離アミノ酸の測定は、魚の背部筋肉を採取したのち、包丁で細断し、下記の様に、2種のエキス成分を調製した後、分析に供するまで−30℃に保管した。2−1)エキス成分(アミノ酸分析用)の調製:各試料5gを50ml遠沈管内に精秤し、5%過塩素酸を30ml加え、ホモジナイザーで約1分間攪拌後、2,500rpm、10分間遠心分離を行った。上澄みを別の50ml遠沈管にデカンテーションし、2N水酸化カリウム溶液を適量添加しpHメーターを用いて確認しながら、pH2.0に調整した。シーロンフィルムで密栓後、氷冷中に30分放置し、2,500rpm、10分間遠心分離を行なった。上澄み全てを50mlメスフラスコに入れ、0.01N HClで50mlに定容し、エキス成分とした。2−2)エキス成分(抗酸化活性分析用)の調製:それら試料5.0gを50ml遠沈管内に精秤し、エタノールを30ml加え、ホモジナイザーで約1分間攪拌後、2,500rpmで10分間の遠心分離を行なった。上清をエバポレーターで濃縮後、エタノールを加え10mlに定容し、エキス成分とした。3)アミノ酸の分析は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて行った。エキス成分溶液200μlを1.5mlマイクロチューブに入れ、100mMフェニルイソチオシアネート試薬を200μl、1Mトリエチルアミン試薬を200μl加え。撹拌後、37℃で60分間反応させた。ヘキサンを400μl加え、遠心分離機で2,000rpm、5min遠心分離後、上層を除き、下層10μlを高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分析した。結果を以下の表に示す。
【0044】
結果として、甘味系アミノ酸においても添加による増加がみられ、スレオニン、アラニン、リジンにおいて添加群(B群)で大きく増大し有意差が認められた。さらに、甘味系アミノ酸総量(グルタミン、セリン、グリシン、スレオニン、アラニン、プロリン、リジンの合計量)でも添加群(B群)で有意で大きな増大が認められた。
【0045】
苦味系アミノ酸においても添加による増大が若干認められ、アルギニン、フェニルアラニンでは添加群(B群)で、有意な増大が認められた。苦味系アミノ酸総量(ヒスチジン、アルギニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、フェニルアラニン)では、添加群(B群)で有意な変化がみられた。全体として、好熱菌発酵物を添加した飼料で飼育したヒラメの筋肉エキスでは、旨味系アミノ酸と甘味系アミノ酸の増大がみられた。一方、一部の苦味系アミノ酸においても増加が観察されたが、旨味および甘味系のアミノ酸よりもその変化の程度は小さいものであった。
【0046】
抗酸化性の測定は、一般に広く用いられるDPPHラジカル消去能法により測定した。エキス成分1mlをねじ付試験管に入れ、これに、エタノール1ml、100μM DPPH溶液1mlを加え撹拌し、30℃、20分反応させた。反応終了後、エタノール1mlを加え、可視・紫外分光光度計にて、波長517nmの吸光度を求めラジカルの消去能を測定した。消去能はIC50値で求めた。なお、IC50値は、50%の抗酸化能を示すために必要なエキス成分の添加量(ml)を示し、値が低いほど抗酸化能が高いことを表す。その結果を図2に示す。好熱性みろく種菌による発酵等によって製造された飼料添加物を添加しない飼料を投与したヒラメを対照群(A群)として、添加群(B群)の抗酸化能の強さを比較した。結果を図2に示す様に、対照群(A群)に比較して、添加群(B群)では明らかな差がみられ、抗酸化能が大きく増強されていた。
【0047】
以下、それぞれのデータを示す。
表1.ヒラメ筋肉のエキス画分の遊離アミノ酸量
【表1−1】

【表1−2】


【表1−3】

【表1−4】

【発明の効果】
【0048】
当該発明は、高温発酵飼料を用いることによって、アミノ酸、不飽和脂肪酸が豊富であり、抗酸化活性の高いヒラメを生産し、幅広く健康維持を可能とする高品質の水産品を消費者に供給することを実現する。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】図1は、ヒラメの肉質中の抗酸化活性を示している。
【表1−1】
旨味系アミノ酸の濃度に与える影響を示している。
【表1−2】
甘味系アミノ酸の濃度に与える影響を示している。
【表1−3】
苦味系アミノ酸の濃度に与える影響を示している。
【表1−4】
その他のアミノ酸、特にタウリンの濃度に与える影響を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
夏期における肉質中の遊離アミノ酸の含有量が、100g当たり350mg以上であり、オレイン酸などの不飽和脂肪酸の比率が増し、抗酸化活性の高いことを特徴とする養殖ヒラメ、並びに当該ヒラメの魚肉を用いた製造された加工品。
【請求項2】
冬期における肉質中の遊離アミノ酸の含有量が、100g当たり500mg以上であり、オレイン酸などの不飽和脂肪酸の比率が増し、抗酸化活性の高いことを特徴とする養殖ヒラメ、並びに当該ヒラメの魚肉を用いた製造された加工品。

【図1】
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【公開番号】特開2011−101597(P2011−101597A)
【公開日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−240855(P2009−240855)
【出願日】平成21年9月27日(2009.9.27)
【出願人】(597149951)株式会社三六九 (6)
【出願人】(509289320)有限会社河内水産 (1)
【出願人】(501176303)日環科学株式会社 (10)
【Fターム(参考)】