説明

高活性な燃料電池用カソード白金触媒

【課題】燃料電池用のカソード白金触媒における白金の使用量を低減するために、白金の触媒特性を十分に引き出し、触媒の質的な活性を表す表面積あたりの活性(比活性)を向上させること。
【解決手段】白金をカーボン担体に担持させてなる白金担持カーボン触媒であって、X線光電子分光装置(XPS)で測定される、カーボン担体のsp混成軌道とsp混成軌道の光電子強度の積分強度比sp/spが1.8〜3.3の範囲内にある白金担持カーボン触媒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は低白金含有量でも高い活性を有する燃料電池用のカソード白金触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池は、クリーンで高いエネルギー変換効率を有することから、自動車用、家庭用、携帯用の電源としての利用が期待されている。
【0003】
この固体高分子形燃料電池には白金を主とした貴金属粒子をカーボン上に担持した触媒が用いられている。しかし、白金は高価であるため、担持した白金を有効活用し、電極触媒の活性を高める必要がある。そこで、触媒の活性を高めるために、合金化、白金粒子の微細化、高分散化などが提案されている。
【0004】
しかし、合金触媒は、白金重量当たりの活性は向上するが、白金の合金化に熱処理が必要であるため、白金粒子が成長し、結果的に低白金化が難しいという問題がある(特許文献1)。また、白金粒子の微粒子化及び高分散化は、単位白金重量当たりの活性点の数を増やすことができるが、粒子を小さくしすぎると白金の活性が低下することが報告されている(非特許文献1参照)。しかも、粒子サイズが小さくなると、白金粒子は酸化され易くなり、溶解再析出機構による白金触媒の劣化が進むことが知られている(非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平08−057317号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Y.Takasu et.al.,Electrochimica Acta,Vol.41,No.16,pp.2595−2600,1996
【非特許文献2】Hubert A.Gasteiger et.al.,Applied Catalysis B:Environmental,56(2005)9−35
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、燃料電池用のカソード白金触媒における白金の使用量を低減するために、白金の触媒特性を十分に引き出し、触媒の質的な活性を表す表面積あたりの活性(比活性)を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく、白金をカーボン担体に担持させてなる白金担持カーボン触媒の特性につき鋭意検討を行った結果、今回、特定の光電子強度特性をもつカーボン担体に白金を担持させると、得られる白金担持カーボン触媒は、白金含有量が少なくても、非常に高い触媒活性を発揮することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
かくして、本発明は、白金をカーボン担体に担持させてなる白金担持カーボン触媒であって、X線光電子分光装置(XPS)で測定される、カーボン担体のsp混成軌道とsp混成軌道の光電子強度の積分強度比sp/spが1.8〜3.3の範囲内にある白金担持カーボン触媒を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の白金担持カーボン触媒は、白金含有量が少なくても、非常に高い触媒活性を有しており、例えば、通常の白金担持カーボン触媒と比較して、1.3倍以上という高い比活性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】電気化学測定により得られる白金担持カーボン触媒の0.85Vでの酸素還元電流値を、水素脱離波から算出した白金表面積で割ることにより得られる比活性(縦軸)と、各温度で熱処理したカーボン担体のC1s内殻スペクトルにより分離されるsp混成軌道とsp混成軌道の光電子強度の積分強度比(横軸)との間の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の白金担持カーボン触媒は、径が2〜5nmの範囲内にある白金粒子がカーボン担体上に分散・担持された構造を有する。かかる白金担持カーボン触媒においては、白金粒子は分子間力によってカーボン担体上に吸着していると言われている。本発明者らは、活性点を有する白金粒子の活性が、白金が吸着しているカーボン担体の電子状態によって変化することを発見し、カーボン担体の電子状態を変化させることにより、通常の白金担持カーボン触媒と比較して1.3倍以上という高い比活性を有する白金担持カーボン触媒を提供することに成功した。
【0013】
カーボン担体の電子状態は、X線光電子分光装置(XPS)によって測定されるC1sスペクトルのsp混成軌道とsp混成軌道の光電子強度の積分強度比(面積比)(sp/sp)から求めることができ、本発明の白金担持カーボン触媒は、該積分強度比(sp/sp)が1.8〜3.3、好ましくは1.9〜3.2、さらに好ましくは2.1〜3.1の範囲内にあることができる。
【0014】
本発明において使用しうるカーボン担体としては、例えば、導電性カーボンとして市販されているもののほか、活性炭、グラファイト、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、フラーレン等が挙げられる。
【0015】
カーボン担体の電子状態は、熱処理によって変化させることができる。該熱処理は、例えば、真空又は不活性ガス雰囲気中にて、通常1000〜1800℃、好ましくは1200〜1500℃の温度で加熱することにより行うことができ、熱処理条件を変えて操作することにより、カーボンの消耗を抑制しつつ、電子状態の異なるカーボン担体を得ることができる。
【0016】
前記不活性ガスとしては、例えば、窒素、アルゴン、ヘリウム等を用いることができ、なかでもアルゴンが適している。
【0017】
XPSによって測定されるC1sスペクトルのsp混成軌道とsp混成軌道の光電子強度の積分強度比(面積比)(sp/sp)が1.8〜3.3の範囲内にあるカーボン担体は、上記熱処理の温度及び時間を調節することにより、経験的に得ることができる。
【0018】
かくして得られるカーボン担体への白金粒子の担持方法は、特に限定されるものではなく、それ自体既知の各種方法を用いることができるが、一般には、白金化合物をカーボン担体上に担持させた状態で、その白金化合物を還元してカーボン担体上に白金粒子を析出させる方法が好適である。該白金化合物としては、例えば、塩化白金、酸化白金、硝酸白金、ジニトロジアミン白金、酢酸白金、シュウ酸白金等が挙げられ、なかでも塩素を含まない化合物が適している。白金粒子をカーボン担体上に担持させる方法としては、具体的に、例えば、含浸法に従い、上記の如き白金化合物の溶液をカーボン担体に含浸させ、場合により乾燥した後、担持された白金化合物を還元する方法が挙げられる。その際の還元は、例えば、熱分解による還元方法、水素や一酸化炭素による気体の還元剤による還元方法、エタノール、メタノール、ヒドラジン、水素化ホウ素ナトリウムのような液体の還元剤による還元方法により行うことができる。また、液相還元法を使用することにより、カーボン担体への白金化合物の担持と還元を同時的に行うこともでき、それにより白金担持カーボン触媒を得ることができる。該液相還元法は、具体的には、例えば、カーボン担体にジニトロジアンミンPtエタノール溶液、クエン酸及びエタノールを添加し、加熱還流することにより行うことができる。
【0019】
本発明の白金担持カーボン触媒における白金の担持量は、触媒の重量を基準にして、一般に10〜70重量%、特に20〜60重量%、さらに特に30〜50重量%の範囲内であることが好ましい。
【0020】
本発明の白金担持カーボン触媒の酸素還元特性は、回転電極法にて測定することにより、1.05Vから0.05Vまで走査した時の0.85Vでの電流値から求めることができる。そのときの測定条件としては、電解質:0.5M−硫酸水溶液、測定温度:60℃、回転電極の回転速度:2000rpmを採用することができる。測定される結果から、図1に示すグラフが得られる。
【0021】
市販されている通常の白金担持触媒の比活性は0.13A/mであるが、sp混成軌道とsp混成軌道の積分強度比(sp/sp)が1.8〜3.3の範囲内にあるカーボン担体を用いた本発明の白金担持カーボン触媒の比活性は0.17A/m以上であって、通常の白金担持触媒の比活性の1.3倍以上という高い触媒活性を有する。
【実施例】
【0022】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに具体的に説明するが、これらの実施例により本発明の範囲は何ら制限されるものではない。
【0023】
実施例1
ケッチェンブラックEC300J(導電性カーボン、ケッチェン・ブラック・インターナショナル株式会社社製、商品名)をアルゴン雰囲気中にて1500℃で熱処理し、熱処理カーボン:KBEC300J−1500を得た。このKBEC300J−1500を0.6g、ジニトロジアンミンPtエタノール溶液をPt換算で0.4g、クエン酸を2.0g及びエタノールを100g還流装置に仕込み混合し、16時間還流還元することにより、触媒重量を基準にして40重量%の白金が担持された白金担持カーボン触媒:40wt%Pt/KBEC300J−1500を得た。
【0024】
実施例2
ケッチェンブラックEC300J(導電性カーボン、ケッチェン・ブラック・インターナショナル社製、商品名)をアルゴン雰囲気中にて1800℃で熱処理し、熱処理カーボン:KBEC300J−1800を得た。このKBEC300J−1800を実施例1と同様に処理して、触媒重量を基準にして40重量%の白金が担持された白金担持カーボン触媒:40wt%Pt/KBEC300J−1800を得た。
【0025】
実施例3
ケッチェンブラックEC600JDを真空雰囲気中にて1000℃で熱処理し、熱処理カーボン:KBEC600JD−1000を得た。このKBEC600JD−1000を実施例1と同様に処理して、40重量%の白金が担持された白金担持カーボン触媒:40wt%Pt/KBEC600JD−1000を得た。
【0026】
実施例4
ケッチェンブラックEC600JDをアルゴン雰囲気中にて1500℃で熱処理し、熱処理カーボン:KBEC600JD−1500を得た。このKBEC600JD−1500に実施例1と同様に処理して、40重量%の白金が担持された白金担持カーボン触媒:40wt%Pt/KBEC600JD−1500を得た。
【0027】
比較例1
熱処理していないケッチェンブラックEC300Jを実施例1と同様に処理して、40重量%の白金が担持された白金担持カーボン触媒:40wt%Pt/KBEC300Jを得た。
【0028】
比較例2
ケッチェンブラックEC300Jを1000℃、真空雰囲気で熱処理し、熱処理カーボン:KBEC300J−1000を得た。このKBEC300J−1000に実施例1と同様に処理して、40重量%の白金が担持された白金担持カーボン触媒:40wt%Pt/KBEC300JD−1000を得た。
【0029】
比較例3
ケッチェンブラックEC300Jを真空雰囲気中にて1200℃で熱処理し、熱処理カーボン:KBEC300J−1200を得た。このKBEC300J−1200に実施例1と同様に処理して、40重量%の白金が担持された白金担持カーボン触媒:40wt%Pt/KBEC300J−1200を得た。
【0030】
比較例4
ケッチェンブラックEC300Jをアルゴン雰囲気中にて2000℃で熱処理し、熱処理カーボン:KBEC300J−2000を得た。このKBEC300J−2000に実施例1と同様に処理して、40重量%の白金が担持された白金担持カーボン触媒:40wt%Pt/KBEC300J−2000を得た。
【0031】
比較例5
熱処理をしていないケッチェンブラックEC600JDに実施例1と同様にして、40重量%の白金が担持された白金担持カーボン触媒:40wt%Pt/KBEC600JDを得た。
【0032】
比較例6
ケッチェンブラックEC600JDをアルゴン雰囲気中にて2000℃で熱処理し、熱処理カーボン:KBEC600JD−2000を得た。このKBEC600JD−2000に実施例1と同様に処理して、40重量%の白金が担持された白金担持カーボン触媒:40wt%Pt/KBEC600JD−2000を得た。
【0033】
上記実施例1〜4及び比較例1〜6で得られたカーボン担体のsp混成軌道とsp混成軌道の光電子強度の積分強度比ならびに白金担持カーボン触媒の白金粒子径、白金の比表面積及び比活性は以下の方法で測定した。
【0034】
C1s X線光電子分光(XPS)測定で得られたスペクトルに対し、下記の解析を行うことで決定した。測定には、KRATOS社製AXIS−NOVAを使用し、X線源としてAl Kα線(印加電圧15kV、エミッション電流10mA)を用い、高エネルギー分解条件で、試料を導電性カーボンテープ上に固定して測定を行った。なお、帯電補正はC1sのピークトップを284.5eVとすることにより行った。
【0035】
C1sスペクトルは5種類の状態(sp混成軌道炭素:ピーク位置284.543±0.106eV、sp混成軌道炭素:ピーク位置285.051±0.096eV、フェノール・アルコール型炭素:ピーク位置285.766±0.083eV、カルボニル・キノン型炭素:ピーク位置286.892±0.089eV、カルボキシル型炭素:ピーク位置289.305±0.167eV)をとり得るため、それぞれの状態にピーク分離を行った。ピーク分離は、ピーク位置を固定したガウス−ローレンツ混合関数の線形結合により、スペクトルを近似することにより行った。
【0036】
白金の粒子径の測定には、リガク社製、RINT Ultima IIIを用い、X線回折測定を行い、得られた回折パターンからPtの220回折線の半価幅に下記のシェラーの式を適用することにより結晶子径を算出した。

D=K・λ/βcosθ
D:結晶子径
λ:測定X線波長
β:半価幅
θ:回折線のブラッグ角
K:シェラー定数=0.9

【0037】
白金の比表面積は、大倉理研社製R6015を用いて以下の手順で測定した。白金担持カーボンを0.15g採取し、水素雰囲気、130℃の条件で前処理し、前処理後、測定系内に一酸化炭素をパルス法にて導入し、360秒間保持する操作を一酸化炭素が白金表面上に飽和吸着に達するまで繰り返す。その際、一酸化炭素の導入量と排出量の差が3回連続±2%以下になった場合に飽和吸着に達したと判定した。一酸化炭素の白金表面への吸着量を導入量と排出量の差から算出し、その一酸化炭素吸着量から白金比表面積を以下の式にしたがって算出した。

Pt=(VCO×N×nPt×10−18×100)/(22414×ksf×c)
Pt:白金比表面積(m・g−1
CO:一酸化炭素の吸着量(ml)
:アボガドロ定数=6.022×1023
Pt:白金1原子が占める断面積=0.08nm・atom−1
sf:化学両論比(白金原子1個と反応するガス分子の個数)=1

【0038】
白金担持カーボンの比活性は以下のようにして測定した:試験電極は一般的にSchmidt法(U.A.Paulus et.al.,Journal of Electroanalytical Chemistry 495(2001)134-145)と呼ばれる方法により作製した。Pt/Cを10mg採取し、窒素雰囲気下でエタノール10mlに浸漬する。これに超音波で30minかけて、Pt/Cを分散させてPt/C分散溶液を作製した。回転電極のグラシーカーボン上にPt/C分散溶液を10μl採取し、室温にて乾燥させる。メタノール(MeOH)で150倍に希釈したNafion(登録商標)溶液(30wt%、アルドリッチ製)を塗布して、室温乾燥、80℃の乾燥機で乾燥サイクルを2回繰り返す。電解質溶液は0.5Mの硫酸水溶液、測定温度は60℃、参照電極はAg/AgClとした。電極の電気化学的な酸化還元による前処理条件は0.05V〜1.2V、50mV/sec、O雰囲気とし、水素吸着によるPt表面積(ECSA)の測定条件は0.05V〜1.2V、5mV/sec、N雰囲気とし、酸素還元活性の測定条件は1.05V→0.05V、5mV/sec、N雰囲気、2000rpmとした。なお、ECSA測定には、標準的に用いられている担持白金触媒の持つ水素吸着に関わる電気量(210μC・cm−2)を用いた。
【0039】
その結果を下記表1に示す。
【0040】
【表1】

【0041】
図1は、表1に示した比活性を光電子強度の積分強度比(sp/sp)に対してプロットしたものであり、異なる炭素担体上に担持された白金触媒の示す酸素還元活性は、担体カーボンの有するsp/sp混成軌道の比に大きく支配されていることを示す。sp混成軌道はグラファイトに代表されるカーボン材料に含まれる炭素原子に代表的な結合形態である。これに対して、sp混成軌道はダイヤモンドや脂肪族炭化水素に含まれる炭素原子に代表的な結合形態である。前者はπ電子を含むため高い導電性をもたらす。これに対して、後者はそのような電子を含まないため導電性は低い。sp/sp強度比が高くなるということは、カーボン材料の導電性が高いことを意味する。
【0042】
本触媒は、電気化学反応を促進するものであるから、担体には高い導電性が求められる。このことが強く反映されているのが、sp/sp比が2.8(実施例1)までの傾向である。さらに、sp/sp比が増加することにより、カーボン表面には、グラファイト構造のベーサル面が多く形成されることが予測される。このようなカーボン表面は、その上に担持される白金の分散状態および電子状態に影響を及ぼす可能性がある。まず、分散性であるが、sp/sp強度比と白金粒子径もしくは比表面積の間には相関はない。このことより、sp/sp比が分散性を変化させ、それにより比活性が低下するという仮説は棄却される。次に、電子状態であるが、白金の電子状態をXPS Pt4fスペクトルにより検討した結果、高い活性を示す触媒の白金は還元状態にあることが見いだされている。これは、カーボン表面の炭素原子の結合状態が白金の電子状態に影響を及ぼす、いわゆる金属−担体相互作用の発現である。sp混成炭素原子の発達はこのような状態の白金を示さなくなると仮定することにより、sp/sp>2.8領域における比活性の低下を説明することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
白金をカーボン担体に担持させてなる白金担持カーボン触媒であって、X線光電子分光装置(XPS)で測定される、カーボン担体のsp混成軌道とsp混成軌道の光電子強度の積分強度比sp/spが1.8〜3.3の範囲内にある白金担持カーボン触媒。

【図1】
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【公開番号】特開2012−236138(P2012−236138A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−106138(P2011−106138)
【出願日】平成23年5月11日(2011.5.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第37回炭素材料学会年会 要旨集、炭素材料学会、平成22年11月30日発行
【出願人】(000198709)石福金属興業株式会社 (55)
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)
【Fターム(参考)】