説明

高温用途材被覆用サーメット溶射粉末材料およびその製造方法

【課題】高温用途材の表面に耐熱性や耐高温摩耗性に優れる溶射皮膜を形成するときに有効な、サーメットからなる溶射粉末材料を得ること。
【解決手段】セラミック粒子と、その表面に被覆されている0.5〜10mass%のWを含有し、かつ残部がNiであるNi−W合金あるいはさらにPやBを含む耐熱合金の無電解めっき膜とからなるサーメット溶射粉末材料であって、粒径が6〜70μmの大きさである高温用途材被覆用サーメット溶射粉末材料およびその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温用途材、例えば、溶融ガラス塊の成形用金型の内表面などに、溶射皮膜を被覆形成するときに用いられる、サーメット溶射粉末材料およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ガラス壜などは、次のような工程を経て製造されている。例えば、ソーダ灰や石灰石、ガラス屑などの主原料と、芒硝(NaSO)や各種着色剤、消色剤などの副原料とからなる原料を1500〜1600℃程度の温度に加熱して溶解し、その後、気泡などを除去した上で、壜の重量や形状などに応じた1100℃〜1200℃程度の温度に調整し、フィーダーを介して溶融ガラス塊(軟化状態にある高温の塊状ガラス)として最終的に製壜機、即ち成形用金型に供給している。
【0003】
ところで、前記溶融ガラス塊と接するガラス壜成形用金型等の鋳鉄製基材の表面としては、次のような性質が求められる。
(1)溶融ガラスとの摩擦係数が小さく、滑り性が良好であること。
(2)耐高温摩耗性に優れ、初期の性能を長期間維持できること。
(3)汚れが付着しにくく、また溶融ガラスを汚染しないこと。
(4)保守点検が容易で再生が可能であること。
(5)経済的であること。
【0004】
特に、溶融ガラス塊成形用金型については、摩擦抵抗が小さく、ガラス塊の該金型内への挿入が円滑にでき、かつ成形後のガラス壜の離型性に優れていることが重要である。
【0005】
このような要求に対し、従来、溶融ガラス塊と接するガラス壜成形用金型の内表面や搬送部材に対しては、黒鉛粉末(グラファイト粉末)と、樹脂や乾性油からなる潤滑剤を塗布する方法で対処していた。この従来方法は、操作が容易で、溶融ガラス塊の滑りも良好で、しかも、ガラスの品質にも悪影響を与えないなどの利点がある一方で、黒鉛粉末の消耗速度が大きく、頻繁に塗布する必要があるという問題があった。さらに、この黒鉛粉末を含んだ潤滑剤というのは、飛散しやすい性質があることから、作業環境の悪化を招くのみならず、作業者に付着して不快感を与えるという問題点があった。
【0006】
これらの問題点に対する対策として、溶融ガラス塊と接する成形用金型(部材)をはじめ、搬送用部材、プランジャーなどの表面に、各種の表面処理膜を施工する提案がなされ、無処理の基材に比較すると、かなり改善されてきた。例えば、
(1)特許文献1〜5には、成形用プランジャー表面やガラス塊搬送部材の表面に、自溶合金や炭化物(Cr)、酸化物セラミック粒子を用いたサーメット溶射皮膜を被覆する方法、特許文献6〜7には、溶融ガラス塊の供給用治具の表面に、窒化物や炭化物、酸化膜などを被覆形成する方法などが開示されている。
(2)また、特許文献8には、CVD法あるいはPVD法によるTiNやTiCN、TiB、SiCなどの薄膜を被覆する技術が開示されている。
【0007】
一方、発明者らも、溶融ガラス塊の樋状搬送部材の表面に炭化物サーメットの金属成分として、Mo、Ta、Wなどの炭化物生成自由エネルギーの小さい金属を添加した炭化クロムサーメット溶射皮膜を提案(特許文献9)し、さらに、潤滑性に優れた黒鉛粒子の表面に、NiやW、Ti、Alなどの薄膜を被覆した溶射粉末材料を用いた溶射皮膜被覆部材の提案(特許文献10)を行った。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭54−146818号公報
【特許文献2】特開平2−111634号公報
【特許文献3】特開平4−139032号公報
【特許文献4】特開平3−290326号公報
【特許文献5】特開平11−171562号公報
【特許文献6】特開平2−102145号公報
【特許文献7】特開昭63−297223号公報
【特許文献8】特開平1−239029号公報
【特許文献9】特開2002−20126号公報
【特許文献10】特開2002−20851号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記した従来技術のうち、例えば、金型表面に黒鉛粉末を含有する潤滑剤を塗布したり、各種の表面処理皮膜の場合、次のような問題があった。それは、黒鉛粉末を塗布した金型表面は、良好な潤滑性を有すると共に、溶融ガラスと接触しても疵がつかないという利点がある一方で、黒鉛の粉末が飛散しやすく、作業環境を汚染しやすい。しかも、塗布方法および塗布時期の判断などは、すべて熟練作業者の経験に頼っているため、作業の自動化、ロボット化などの無人化が難しいという問題がある。
【0010】
また、溶射法やCVD、PVDなどによる炭化物サーメット、酸化物、窒化物、耐熱合金などの従来の表面処理技術は、無処理の場合に比較すると、それなりの効果は認められるものの不十分であり、しばしば黒鉛粉末塗布技術との併用が必要になるという問題がある。
【0011】
ところで、溶融ガラス塊の成形用金型と搬送用部材とは、従来、これらに求められる条件や特性が異なるため、本来はそれぞれの要求特性に応じた表面処理を行う必要があるところ、実際には、これらについての十分な検討は行われておらず、未解決のままである。例えば、搬送用部材については、高温の溶融ガラス塊とその表面に形成されている表面処理皮膜との接触圧が小さくかつ接触時間も短いため、一般には皮膜の潤滑性能が重要な管理目標となる。これに対し、ガラス成形用金型の場合には、溶融ガラス塊との接触時間が長いため、耐熱性や耐高温摩耗性が求められると共に、表面処理皮膜表面の微小な粗さや僅かな疵などがガラス表面に転写され易いため、皮膜表面の研削、研磨などの加工が容易な皮膜や素材を用いることが求められる。しかも、製壜のための成形用金型の入口は、一般に狭く、ここを通過する溶融ガラス塊の潤滑性および成形後のガラス製品の離型性も重要な特性因子となるが、これらの諸特性を備えた好適な表面処理皮膜、特に溶射皮膜およびそのための溶射粉末材料は未だに開発されていないのが実状である。
【0012】
なお、近年では、作業環境およびガラス成形品に対する安全意識が向上していることから、有害物質の発生についての対策、検討も必要である。この点、従来の溶射粉末材料は、クロム炭化物(Cr)やNi−Cr合金粉末、自溶合金などの含Cr化合物やCr含有合金粉末がよく使われているが、これらは高温環境下では酸化され、その一部が有害な6価クロムの化合物を生成する倶れがあるところ、これらの課題についてもまた未解決のままである。
【0013】
本発明の目的は、従来技術が抱えている上述した問題点を解決すること、特に、高温用途材の表面に耐熱性や耐高温摩耗性に優れる溶射皮膜を形成するときに有効な、サーメットからなる溶射粉末材料およびそれの製造方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
従来技術が抱えている上述した課題を解決し、上記目的を達成するため鋭意検討した結果、発明者らは、セラミック粒子と、その表面に被覆されている0.5〜10mass%のWを含有し、かつ残部がNiであるNi−W合金の無電解めっき膜とからなるものであって、粒径:6〜70μmの大きさであることを特徴とする高温用途材被覆用のサーメット溶射粉末材料が有効であることを突き止め、本発明に想到した。
【0015】
また、本発明は、セラミック粒子と、その表面に被覆されているNiおよび0.5〜10mass%のWを必須成分として含み、その他PおよびBのいずれか少なくとも一方をそれぞれ7mass%以下含有するNi−W―Pおよび/またはB合金の無電解めっき膜とからなるものであって、粒径:6〜70μmの大きさであることを特徴とする高温用途材被覆用サーメット溶射粉末材料を提案する。
【0016】
前記セラミック粒子は、金属酸化物、窒化物、硼化物、珪化物および炭化物から選ばれるいずれか1種である。
【0017】
上記のサーメット溶射粉末材料は、下記の方法によって製造する。
(1)粒径が5〜60μmのセラミック粒子を、NiおよびWを含む金属塩の他、ヒドラジンを還元剤として含むめっき液中に浸漬して無電解めっき処理を施すことにより、該セラミック粒子の表面に、NiおよびWを析出させてNi−W耐熱合金の無電解めっき膜を被覆形成し、粒径:6〜70μmの大きさのサーメット粒子を得る方法。
(2)粒径が5〜60μmのセラミック粒子を、NiおよびWを含む金属塩の他、少なくとも次亜リン酸ナトリウム、ジエチル・アミン・ボラン化合物または水素化硼素化合物から選ばれるいずれか1種以上の還元剤を含むめっき液中に浸漬して無電解めっき処理を施すことにより、該セラミック粒子表面に、Ni−Wの析出とともにPおよび/またはBを共析させて、Ni−W−P合金および/またはNi−W−B合金の無電解めっき膜を被覆形成し、粒径:6〜70μmの大きさのサーメット粒子を得る方法。
【発明の効果】
【0018】
前記のような構成を有する本発明に係るサーメット溶射粉末材料によれば、高温用途材の表面に、緻密で耐高温性に優れる溶射皮膜を形成することができる。従って、このようなサーメット溶射粉末材料によって被覆形成された高温用途材、例えば、ガラス壜成形用金型は、耐熱性や耐摩耗性が向上すると共に、ガラスとの剥離性に優れたものとなり、初期の金型寸法精度を長期間にわたって維持できるだけでなく、ガラス成形製品の品質向上に大きく貢献することができる。
【0019】
本発明に係るサーメット溶射粉末材料は、セラミック粒子と金属粒子を物理的に混合させてなる従来のサーメット溶射粉末材料と比較すると、これらを溶射した場合に、セラミック粒子と金属粒子の比重差および粒径差などによって、溶射ガンへの供給ホース中や溶射ガンから高速噴射される環境下で両者が分離するようなことがない。即ち、従来溶射粉末材料の場合、溶射皮膜中においてセラミックスと金属成分の割合が一定とならないという問題がある。この点、本発明に係るサーメット溶射粉末材料は、セラミック粒子の外周面に耐熱合金膜が被覆されているため、両成分が分離するようなことがなく、溶射皮膜の品質の高い材料を提供することができる。なお、セラミック粒子の表面に無電解めっき法によって耐熱合金を被覆形成する場合、主成分のNiとWは、ともに物理化学的に溶融ガラスとの密着性に弱いため、剥離性に優れた溶射皮膜を形成するのに適している。
【0020】
また、本発明のサーメット溶射粉末材料の場合、これを用いて被成した溶射皮膜からは6価クロム化合物が発生するようなことのない安全性の高い高温用途材、とくにガラス成形用金型や溶融ガラス塊の搬送部材、高温用ガラス板などを提供できるようになると共に、これらの部材に対する定期的な黒鉛粉末塗布作業を省略もしくはその塗布頻度を著しく削減することができ、作業環境の改善にも寄与できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】無電解めっき法によって、Ni−W−P合金膜が被覆形成されたAl粒子の外観および断面状況を示す電子顕微鏡写真である。(A)は粒子の外観状況、(B)は被覆形成されたNi−W−P合金膜の付着状況を示す粒子断面の拡大写真である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係るサーメット溶射粉末材料を用いて溶射する方法、即ち、ガラス壜成形用金型の表面に溶射被覆する例について、特に、その金型内表面に、セラミック粒子とその表面にNiとWを必須成分として含むNi−W−P耐熱合金もしくはNi−W−B耐熱合金を無電解めっき被覆してなるサーメット溶射粉末材料を溶射する例について述べる、本発明はもちろんこのような部材のみに適用されるものではない。以下、具体的に説明する。
【0023】
(1)サーメット溶射粉末材料
本発明のサーメット溶射粉末材料は、下記のセラミック粒子と、その表面に被覆形成されたNiとWなどの化学成分を必須成分とする無電解めっき膜とで構成されている。
イ.セラミック粒子材料;
(a)酸化物セラミック:A1、TiO、Y、ZrO、Y、NiO、MgO、Cr、CoO、SiO、Al−TiO、A1−MgO、A1−Y、BaTiO、LaCrO、2MgO・SiO2など
(b)非酸化物セラミック:TiN、TaN、AIN、BN、Si、NbN、MoSi、ZrB、TaB、MoB、WC、VC、TiC、SiC、HfCなど
(c)酸化物−非酸化物系セラミックの混合物及び化合物:例えば、SiO・A1−AINなど
【0024】
ロ.無電解めっき膜;
a.Ni−W合金膜
b.Ni−W−P合金膜
c.Ni−W−B合金膜
d.Ni−W−P―B合金膜
ただし、W≦10mass%、P/B≦各7.0mass%
【0025】
(2)サーメット溶射粉末材料の製造方法
本発明に係るサーメット溶射粉末材料は、粒径が5μm〜60μmの上記(イ)のセラミックの粒子表面に、後で詳述する方法によって、上記a〜dのいずれか1の合金成分からなる無電解めっき膜を被覆形成することにより、粒径が6〜70μmの大きさの粉末粒子とすることによって製造される。
【0026】
(3)セラミック粒子表面に上記合金の無電解めっき膜を被覆する方法
前記セラミック粒子の外周面に対して、下記のような無電解めっき処理を施すことによって、NiとWを必須成分として含む上記合金の無電解めっき膜を被覆形成して、サーメット溶射粉末材料を製造する。例えば、無電解めっき液中に、セラミック粒子を投入して浸漬させた後、所定の温度(60℃〜95℃)に保持してよく攪拌しつつ放置すると、セラミック粒子の外周面に、少なくともNiとWを主成分として含む上記合金の無電解めっき膜が付着し、時間の経過に伴ってめっき膜は次第に成長し肥厚化する(通常、1時間当たり0.3〜3μm程度)。
【0027】
かかる無電解めっき処理においては、めっき液中にNiやWなどのイオンを金属として粒子の表面に析出させるため、無電解めっき液中には、NiおよびWを含む金属塩の他、還元剤として、例えば、次亜リン酸ナトリウム(NaHPO)を添加する。この場合、前記セラミック粒子表面には、NiおよびWの析出とともに、1〜13mass%程度のPが共析してNi−W−P合金のめっき膜が形成される。
【0028】
また、ジメチル・アミン・ボラン化合物((CH)NHBH)または、水素化硼素化合物(NaHB)を添加すると、前記セラミック粒子表面には、Bが1〜8mass%の範囲でNi、Wとともに共析して、Ni−W−B合金の無電解めっき膜が形成される。
【0029】
さらに、還元剤としてヒドラジン(NH・NH)を添加すると、前記セラミック粒子表面には、NiおよびWのみが析出し、PやBは共析しないので、Ni−W合金の無電解めっき膜が形成される。
【0030】
【表1】

【0031】
発明者らの知見によると、PもしくはBの含有量は1〜7mass%の範囲であれば、本発明の目的とする溶射皮膜を形成するためのサーメット溶射粉末材料として問題がなかったので、(NH・NH)還元剤の場合を含め、それぞれの許容含有量として7mass%を適合範囲とした。また、PとBの含有量は、めっき液中へ添加するそれぞれの還元剤を調節することによって制御することができる。
【0032】
また、本発明のサーメット溶射粉末材料は、Wの含有量を0.5〜10mass%とする。本発明において、Wを含有させる理由は、この材料を溶射して溶射皮膜にした場合においても、溶融ガラスなどの高温材料との剥離性に優れるほか、硬質であるため、耐摩耗性に優れるものが得られる。このWの含有量は、0.5mass%未満では含有効果が不足し、一方、10mass%超では皮膜が硬化した場合に割れやすくなる。
【0033】
なお、Ni−W−P合金無電解めっき処理して、これを被覆した後、引続きNi−W−B系の合金めっき処理すれば、PとBを含む合金層、所謂、Ni−W−P−B合金無電解めっき膜が得られる。
【0034】
図1は、A1粒子の外周面に、無電解めっき処理して、Ni−W−P合金めっき膜を被覆形成した粒子の外観と、その断面状況を観察した電子顕微鏡写真である。この写真に示すように、Ni−W−P耐熱合金で被覆されたサーメット溶射粉末材料は、セラミック粒子の表面に合金膜が緻密かつ均等に被覆形成されている状況が見られる。
【0035】
セラミック粒子表面に、NiとWを必須成分として含む耐熱合金の無電解めっき膜を被覆形成してなる本発明に係るサーメット溶射粉末材料は、粒径が6〜70μm範囲の大きさにすることが好適である。その理由は、6μm未満の粒径では、溶射ガンへの連続的な供給が困難な場合があり、一方、粒径が70μm超の粉末材料では、溶射熱源において融点の高いセラミック粒子の溶融・軟化現象が困難となる。
【0036】
かかるサーメット溶射粉末材料、即ち、セラミック粒子とその外周面に被覆形成されたNi−Wを必須成分とする耐熱合金の無電解めっき膜との割合は、容積比でセラミック粒子95〜50/無電解めっき膜5〜50とすることが望ましい。その理由は、セラミック粒子が5mass%未満では、セラミック粒子の耐熱性、耐食性、耐変形性が有効利用できず、一方、50mass%超を含むもの(サーメット皮膜)では、無電解めっき膜の溶融ガラスとの剥離性に影響を与える可能性が大きくなるからである。めっき膜の厚さからの管理としては、0.5〜5μmの範囲が好適である。
【0037】
(3)本発明のサーメット溶射粉末材料を用いて溶射皮膜を形成する方法
セラミック粒子表面にNiとWを必須成分とする耐熱合金の無電解めっき膜を被覆形成して得られるサーメット溶射粉末材料を用いて成膜するには、溶射法を適用することが最も実用的である。例えば、大気プラズマ溶射法、減圧プラズマ溶射法、高速フレーム溶射法、爆発溶射法などがよく、また、溶射雰囲気ガスの温度(600℃〜1800℃)を低く抑制したワームスプレー、コールドスプレーによっても成膜することはできる。
【0038】
このような溶射法によるサーメット溶射皮膜の形成は、ガラス成形用金型などの高温用途材の基材表面に対して、直接被成することができる。この場合において、溶射法によって被成するサーメット溶射皮膜の厚さは、50〜1000μm程度の範囲がよく、特に100〜300μmの範囲とすることが好ましい。それはサーメット溶射粉末材料粒子が6〜70μmの場合、皮膜厚さが50μm未満では、基材表面に均等な厚みで成膜することができず、一方、1000μm超の厚さでは、気孔が多くなって部材品質に悪影響が出るおそれがあるからである。
【0039】
こうしたサーメット溶射皮膜は、成膜状態のままでも、また、表面研摩したのちに、実用に供することができるが、熱処理を行ってもよい。それは皮膜の特性、例えば、硬さを向上させることができるので有利である。
【0040】
本発明のサーメット溶射粉末材料を使って前記サーメット溶射皮膜を形成する場合、被処理対象となる基材としては、鋳鉄、鋳鋼、炭素鋼、工具鋼、低合金鋼などの鋼鉄製のものが好適である。その他、Al及びその合金、Ti及びその合金、Mg合金などの非鉄金属をはじめ、セラミック焼結体、焼結炭素などへの施工も可能である。
【実施例】
【0041】
(実施例1)
この実施例では、各種のセラミック粉末に対する無電解めっき膜の析出被覆状況とめっき液に使用する還元剤の種類によるめっき膜の化学成分の変化ならびにセラミック粉末へのめっき膜の付着状況を調査した。
【0042】
(1)供試セラミック粉末:供試セラミック粉末として、粒径10〜50μmのAl、AlN、MoB、WC、MoSiを用いた。
(2)無電解めっき液:表1記載の無電解めっき液を用いたが、ヒドラジンを還元剤とするめっき液は、表1のNi−W−P液の次亜リン酸ナトリウムに代えて、ヒドラジンを5〜10ml/L添加した。めっき液の温度は60℃〜95℃であり、時間は最高10時間とした。
この間、金属の析出反応が低下するときには、還元剤のみを適宜追加した。
(3)調査項目:被処理セラミック粉末へのめっき膜の付着状況と、そのめっき膜の主要成分の確認
(4)試験結果:試験結果を表2に要約した。この結果から明らかなように、供試セラミック粉末の表面には、緻密なめっき膜が均等な状態で付着した。一方、めっき膜の化学成分は、ヒドラジンを還元剤とする場合には、NiとW、次亜リン酸ナトリウムの場合は、Ni、WとP、ボロン化合物の場合には、Ni、W、Bがそれぞれ含まれ、その内訳はW含有量は0.5〜10mass%、Pは1〜13mass%、Bは1〜8mass%の範囲に変化した。これらのW、P、Bの含有量は、めっき液中の各成分濃度を変化させ、すなわち、Wはタングステン酸ナトリウム、PとBはそれぞれの還元剤の添加濃度を変えることによって、本発明の範囲に制御できることが確認できた。
【0043】
【表2】

【0044】
(実施例2)
この実施例では、実施例1で製造した本発明に適合するA1粒子の表面にNiとWを必須成分とする耐熱合金を無電解めっき被覆してなるサーメット溶射粉末材料を用いて、一般に広く採用されている3種類の溶射法によって成膜した後、皮膜の表面仕上げに大きな影響を与える溶射皮膜の気孔率を調査した。
(1)供試基材:供試基材として、FC200(寸法:幅30mm×長さ50mm×厚さ7mm)を用いた。
(2)供試材料:無電解めっき法(ただし、ヒドラジン、次亜リン酸ナトリウム、ジメチル・アミン・ボランなどを還元材として使用)によって得た本発明に適合するサーメット溶射粉末材料として、A1粒子の表面にNi:74.5〜90mass%、W:0.5〜20mass%、P:2〜7mass%、B:4〜7mass%の無電解めっき膜を被覆したもの、また、比較例の溶射粉末材料として、市販のNi80−Cr20mass%、Ni50−Cr50mass%の耐熱合金粒子を用いた。
(3)溶射法と膜厚:溶射法として、大気プラズマ溶射法(APS)、減圧プラズマ溶射法(LPS)、高速フレーム溶射法(HVOF)を用い、それぞれの方法で厚さ150μmの皮膜を形成させた。
(4)調査項目:供試皮膜の断面を切断・研摩した後、光学顕微鏡で観察するとともに、画像解析装置によって5カ所の気孔率を測定した。
(5)試験結果:試験結果を表3に要約した。この結果から明らかなように、本発明に適合するサーメット溶射粉末材料を用いた溶射皮膜の気孔率(No.1〜5)は、APS:3〜8%、LPS:0.3〜1.2%、HVOF:1〜4%の範囲内にあり、LPSの気孔率が最も少なく、次いでHVOF、APS皮膜の順であることが判明した。一方、比較例の溶射粉末材料を用いて溶射した皮膜(No.6、7)の気孔率も同様な傾向と気孔率を示していることから、本発明のサーメット溶射粉末材料を用いた溶射皮膜は、Ni−Cr合金皮膜と同様な方法によって、皮膜表面の仕上げ加工が可能であることが認められた。
【0045】
【表3】

【0046】
(実施例3)
この実施例では、本発明に適合するサーメット溶射粉末材料によって形成された溶射皮膜の耐熱衝撃性を調査した。
(1)供試基材:供試基材として、SUS410鋼(寸法:幅50mm×長さ50mm×厚さ3.2mm)の試験片を用いた。
(2)成膜用材料:セラミック粒子として、A1、A1−Y複酸化物(YAG)、Y、MoB、SiC、AINを用い、これらのセラミック粒子の表面に無電解めっき法(ただし、還元剤として実施例1と同じものを使用)によって、Ni:85〜97mass%、W:3〜10mass%、P:0〜4mass%、B:0〜4mass%の耐熱合金を被覆形成した成膜用材料を準備し、これを大気プラズマ溶射法により、基材の片面に直接150μmの厚さの皮膜を形成させた。
一方、比較例として、前記セラミック粒子のみの皮膜を大気プラズマ溶射法により、膜厚150μmの厚さの皮膜を形成した。
(3)試験方法:上記溶射皮膜試験片を電気炉中で650℃×15分間加熱した後、これを炉外に取り出し、送風機の空気を流しながら、80℃以下の温度に冷却させる操作を1サイクルとし、計10サイクルの試験を繰り返した。なお1サイクルの試験ごとに溶射皮膜の表面を拡大鏡(×8)によって観察し、“ひび割れ”や局部的な剥離の有無などを調査した。
(4)試験結果:試験結果を表4に要約した。この結果から明らかなように、比較例のセラミック粒子のみの溶射皮膜(No.7〜12)は、熱衝撃サイクル4〜8回の繰り返しによって、皮膜表面に局部的な割れや剥離が発生した。これに対して、本発明に適合するサーメット溶射粉末材料を溶射して形成したサーメット溶射皮膜は(No.1〜6)は、10サイクルの熱衝撃試験によっても、割れや剥離は認められず、無電解めっき膜厚の存在によって、溶射粒子の相互結合力の向上が明らかに認められる。
【0047】
【表4】

【0048】
(実施例4)
この実施例では、セラミック粉末の外周面に無電解めっき法(ただし、還元剤として実施例1と同じものを使用)によって、Ni−W合金膜を被覆形成した本発明に適合するサーメット溶射粉末材料によるプラズマ溶射皮膜に対する溶融ガラス塊の剥離性と耐熱衝撃性を定性的に調査した。
(1)供試基材:供試基材として、FC200(寸法:幅50mm×長さ70nn×厚さ7mm)の試験片を用いた。
(2)供試皮膜:供試皮膜として、下記性状の無電解Niめっき膜を被覆したセラミック粒子を用い、大気プラズマ溶射法によって、150μmの厚さの皮膜を形成した。
a.セラミック粒子:Si、A1、YAG、MoB
b.無電解めっき膜:Ni:89〜94mass%、W:0.5〜10mass%、P:0〜5mass%、B:0〜4mass%
なお、セラミック粒子とめっき膜金属の容積比は、95〜37/5〜63である。
また、比較例の溶射皮膜として、A1粒子にCr粒子をはじめ、Ni−40〜75Cr合金粒子をそれぞれ重量比で50%添加混合したサーメットをはじめ、自溶合金(JIS H8303規定のSFNi4)、現在汎用されている黒鉛塗布膜を用い同条件で試験した。
(3)溶融ガラスとの密着性試験方法:供試皮膜の表面に1200℃の溶融ガラス塊を圧着した後、室温(25℃)まで放冷し、皮膜表面に固着したガラス塊を木製ハンマーを用いて叩き落とすことによって、ガラス塊の密着性(離形性)を定性的に調査した。
(4)熱衝撃試験方法:実施例3と同じ方法を採用した。
(5)試験結果:試験結果を表5に要約した。この結果から明らかなように、サーメット溶射皮膜であっても、単にセラミック粒子と金属粒子を物理的に混合した状態のものを溶射した溶射皮膜(No.5〜7)では、良好な耐熱衝撃性を示すものの、溶融ガラス塊との剥離性が悪いことが判明した。また、自溶合金皮膜(No.8)も良好な耐熱衝撃性を示すが、溶融ガラス塊との剥離性には若干のバラツキが認められた。具体的には、ガラス塊が容易に剥離する場合と、やや困難な場合が混在し、信頼性に乏しい結果が得られた。
【0049】
一方、黒鉛粉末の塗布膜は、溶融ガラス塊との剥離性は、極めて良好であったが、試験中においても、黒鉛粉末が周囲に飛散して、実験室の環境を甚しく汚染した。これに対し、本発明に係るサーメット溶射粉末材料を用いて形成した溶射皮膜(No.1〜4)は、溶融ガラス塊との剥離性がよく、耐熱衝撃性試験においても、皮膜に割れや剥離などの欠陥が認められず、優れた性能を発揮した。
【0050】
【表5】

【0051】
(実施例5)
この実施例では、ガラス壜成形用金型の表面に、セラミック粒子の外周面にNiとWを必須成分として含む無電解めっき膜(ただし、還元剤として、実施例1と同じものを使用)を被覆した本発明に適合するサーメット溶射粉末材料を用いて、溶射皮膜を形成させた後、実際の作業条件下における性能を調査した。
(1)供試金型:FC200製の二つ割り状の金型の表面に、次に示す溶射皮膜を形成した。
(2)供試皮膜:本発明に係る皮膜として、下記のセラミック粒子の外周面に無電解めっき膜を被覆したサーメット溶射粉末材料を用い、大気プラズマ溶射法によって、膜厚150μmに形成した。
a.セラミック粒子:MoSi、Si、A1、YAG、MgO−A1、MoB
b.無電解めっき膜:Ni:89〜95mass%、W:2〜10mass%、P:0〜5mass%、B:0〜4mass%
なお、セラミック粒子とめっき膜金属の比は、容積比で90〜40/10〜60である。
また、比較例の皮膜として、MoB、A1、Si、Crのセラミック粒子にNi−Cr合金を配合したサーメット溶射粉末材料によって、MoB、A1、Siは、大気プラズマ溶射法により膜厚150μm、Crサーメットは高速フレーム溶射法によって120μmの膜厚に形成した。
以上のすべての供試皮膜の表面は、機械的研摩法によって、表面粗さRa:0.2μm以下、Rz:4μm以下の平滑な面に仕上げた。
(3)試験項目:実際の製壜プラントにおける供試皮膜の試験項目は、溶融ガラス塊の金型内部への供給状況の観察(主として潤滑性)と試験後の皮膜表面
の観察(ひび割れ、剥離の有無)である。
(4)試験結果:試験結果を表6に要約した。この結果から明らかなように、比較例のセラミック粒子とNi−Cr合金を単に物理的に混合したサーメット溶射皮膜(No.7〜9)は、耐熱性を有するものの、ガラス塊の金属内部への供給時に、入口付近で一時的ながら、とどまる現象が認められ、ガラス塊との摩擦抵抗が大きいことが判明し、また試験後の皮膜表面に、少量ながら、6価クロム化合物の生成が認められたことから、作業環境を汚染する可能性がうかがえる。なお、炭化物サーメット皮膜(No.10)は、溶融ガラスとの接触抵抗は少ないものの、この皮膜の表面からも、6価クロム化合物の生成が認められた。この皮膜表面の6価クロム化合物は、Cr成分の酸化による可能性が大きい。
【0052】
以上の結果に対して、本発明に適合するサーメット溶射粉末材料を用いて成膜した溶射皮膜(No.1〜6)では、ガラス塊との抵抗が少ないうえ、耐熱性にも優れているため、150時間以上の連続操業を可能とし、生産性の向上に大きく寄与した。
【0053】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明のサーメット溶射粉末材料に関する技術は、ガラス壜成形用金型ガラス塊の搬送用部材のような高温用途部材の他、大型のガラス成形品や板材、自動車用ウインドガラス成形品の熱処理ロールならびに高温用搬送ロールの表面に溶射皮膜を形成する材料として広い分野で利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミック粒子と、その表面に被覆されている0.5〜10mass%のWを含有し、かつ残部がNiであるNi−W合金の無電解めっき膜とからなるものであって、粒径:6〜70μmの大きさであることを特徴とする高温用途材被覆用サーメット溶射粉末材料。
【請求項2】
セラミック粒子と、その表面に被覆されているNiおよび0.5〜10mass%のWを必須成分として含み、その他PおよびBのいずれか少なくとも一方をそれぞれ7mass%以下含有するNi−W―Pおよび/またはB合金の無電解めっき膜とからなるものであって、粒径:6〜70μmの大きさであることを特徴とする高温用途材被覆用サーメット溶射粉末材料。
【請求項3】
前記セラミック粒子は、金属酸化物、窒化物、硼化物、珪化物および炭化物から選ばれるいずれか1種であることを特徴とする請求項1または2に記載の高温用途材被覆用サーメット溶射粉末材料。
【請求項4】
粒径が5〜60μmのセラミック粒子を、NiおよびWを含む金属塩の他、ヒドラジンを還元剤として含むめっき液中に浸漬して無電解めっき処理を施すことにより、該セラミック粒子の表面に、NiおよびWを析出させてNi−W耐熱合金の無電解めっき膜を被覆形成し、粒径:6〜70μmの大きさのサーメット粒子を得ることを特徴とする高温用途材被覆用サーメット溶射粉末材料の製造方法。
【請求項5】
粒径が5〜60μmのセラミック粒子を、NiおよびWを含む金属塩の他、次亜リン酸ナトリウム、ジエチル・アミン・ボラン化合物または水素化硼素化合物から選ばれるいずれか1種以上の還元剤を含むめっき液中に浸漬して無電解めっき処理を施すことにより、該セラミック粒子表面に、Ni−Wの析出とともにPおよび/またはBを共析させて、Ni−W−P合金および/またはNi−W−B合金の無電解めっき膜を被覆形成し、粒径:6〜70μmの大きさのサーメット粒子を得ることを特徴とする高温用途材被覆用サーメット溶射粉末材料の製造方法。
【請求項6】
前記セラミック粒子は、金属酸化物、窒化物、硼化物、珪化物および炭化物から選ばれるいずれか1種であることを特徴とする請求項4または5に記載の高温用途材被覆用サーメット溶射粉末材料の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−193442(P2012−193442A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−59970(P2011−59970)
【出願日】平成23年3月18日(2011.3.18)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】