説明

高温超電導酸化物薄膜にナノスケールの結晶欠陥を導入する方法

【課題】 (RE)BCO薄膜において、制御された結晶欠陥を導入する簡便な方法を提供する。
【解決手段】 基板上に成膜された一般式(RE)Ba2Cu37(式中、REは、Y、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Er、Ybから選ばれる1種の原子を表す。)で表される希土類酸化物を主成分とする高温超電導酸化物薄膜の上に、多孔質アルミナ自立膜を載置し、該アルミナ膜をマスクとしてアルゴンイオンミリングを行うことにより、前記高温超電導薄膜にナノスケールの結晶欠陥を導入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温超電導酸化物薄膜にナノスケールの結晶欠陥を導入する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
超電導体は、超電導状態においては電気抵抗ゼロで大きな電流を流すことができるが、ある決まった電流値(臨界電流)より大きな電流を流すと電気抵抗が発生する。さらに電流を大きくして行くと、発生する熱のため超電導体の温度が上昇し、常電導状態になって、より大きな電気抵抗を生じる。このような超電導体の特徴を生かして、通常時は抵抗ゼロで、原理的には損失のない電力送電ケーブルや電力系統の短絡事故時に大きな抵抗を発生して事故電流の増大を抑制するような新しい電力機器(限流器)を作ることができる。そして、これらを実現する高温超電導酸化物薄膜が最も重要な材料として用いられている。
【0003】
超電導薄膜を用いた電力送電ケーブルや薄膜限流器などでは、できるだけ大きな電流を抵抗ゼロで流すことが求められ、そのためには、単位幅当りの臨界電流(臨界面電流)が高い高温超電導酸化物薄膜を作製する必要が有る。臨界面電流は、臨界電流密度(単位断面積当りの臨界電流、Jc)と膜厚の積であるので、その両者が大きい方が望ましい。
【0004】
近年、一般式(RE)Ba2Cu3x(式中、REは、Y、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Er、Ybから選ばれる1種の原子を表す。)(以下、「(RE)BCO」ということもある。)で表される高温超電導酸化物からなる超電導体の製造プロセス技術は著しい進展を遂げている。この結果、臨界電流密度が高く結晶方位の配向した大型バルク体や、金属テープ基材上への蒸着などによる10mの長さを超えるテープ線材なども製造されている。
【0005】
(RE)BCO薄膜を基板上に成膜する方法としては、パルスレーザー蒸着法(PLD法)、真空蒸着法、各種のスパッタ法、化学蒸着法(CVD法)、MBE法、塗布熱分解法(MOD法)等の各種の方法が用いられる。
この(RE)BCO薄膜形成において自然に導入される薄膜中の欠陥、たとえば酸素欠損、微細な不純物などの点状欠陥、転位などの線状欠陥、結晶粒界などの面状欠陥は、前記量子化磁束の移動を制限するピン止めとして作用することが知られており、(RE)BCO膜では前記結晶欠陥が膜面に垂直に、すなわち、(RE)BCO結晶のc−軸に平行に入っているとき、磁場が膜面に垂直に印加された場合に臨界電流密度Jが向上する。
【0006】
そこで、成膜時に導入されるピン止めを制御して、得られる(RE)BCO薄膜のJcを向上すべく、薄膜成長にナノ組織制御を施すことによって、YBCO薄膜に人工的な結晶欠陥を高密度に導入するプロセス開発がされ、パルスレーザー蒸着法(PLD法)による製膜用ターゲット交換法や混合ターゲット法が試みられている。
例えば、非特許文献1では、BaZrO3の混合ターゲット法では、BaZrO3がYBCO薄膜中で、直径5〜10nmの多数の柱状微粒子を形成することが示されており、また、非特許文献2では、YBCOとピン止め用Y2BaCuO5ターゲットを交互に蒸着して多層膜を作製ことによりJcの大幅な向上が得られることが報告されている。
【0007】
しかしながら、(RE)BCO成膜時の成膜条件を種々変えることにより自然に導入される転位の密度を制御することは極めて困難である。また、結晶粒界はピン止めとしても作用するが、一般には結晶粒界はランダムに存在するため結晶粒界の傾角を制御することによってJcを制御するのは極めて難しい。
このように、成膜時に自然に導入されるピン止めを制御することは困難であるので、得られた(RE)BCO薄膜のJcを向上すべく、人工的にピン止めすることが重要な課題となっている。
該課題を解決するために、例えば、非特許文献3では、YBCOへの重イオン照射によって柱状欠陥を導入することが報告されている。
【0008】
一方、Nb系低温超電導線材を利用し、該超電導線材により形成された超電導コイルを界磁巻線(界磁コイル)として使用した超電導モータが知られている。かかる超電導モータは、超電導界磁コイルを臨界温度以下に冷却して超電導化することで、大きな界磁電流を流し、界磁を強化することにより、大きな出力を達成可能とするものである。
非特許文献4では、ナノテクノロジーで開発され、様々なナノ組織の作製の研究が進めてきている多孔質アルミナ自立膜(下記非特許文献5参照)が、孔の寸法と分布が決まっているので、人工ピンを導入するために利用可能な材料と考え、Nb系低温超電導薄膜の上に、該多孔質アルミナ膜を直接に作製し、次いで、Arイオンミリングより人工ピンの柱状欠陥を作製する方法が試みられ、該方法で柱状欠陥を導入することよりJcを向上することに成功したと報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J.L.MacManus-Driscoll, S.R.Foltyn, Q.X.Jia, H.Wang, A.Serquis, L.Civale, B.Maiorov,M.E.Hawley, M.P.Maley and D.E.Peterson, “Strongly enhanced current densities insuperconducting coated conductors of YBa2Cu3O7-x + BaZrO3,” Nat. Matls. 3, 439(2004).
【非特許文献2】T.Haugan, P.N.Barnes, R.Wheeler, F.Meisenkothenand M.Sumption, “Addition of nanoparticle dispersions to enhance flux pinningof the YBa2Cu3O7-x superconductor,” Nature 430, 867 (2004).
【非特許文献3】L.Civale, “Vortex pinning and creepin high-temperature superconductors with columnar defects,” Supercond. Sci.Technol. 10, A11 (1997).
【非特許文献4】R.B.Dinner, A.P.Robinson, S.L.Sahonta,J.H.Durrell, J.L.MacManus-Driscoll and M.G.Blamire, “High density magneticpinning centres via porous alumina templates,” Poster presentation at VortexMatter in Nanostructured Superconductors (Vortex VI), Rhodes, Greece, 17-24September 2010; R.B.Dinner, A.P.Robinson, S.C.Wimbush, J.L.MacManus-Driscolland M.G.Blamire, “Depairing critical current achieved in superconducting thinfilms with through-thickness arrays of artificial pinning centers,” Supercond.Sci. Technol. 24 (2011)055017.
【非特許文献5】O.Rabin, P.R.Herz, Y.M.Lin, A.I.Akinwande,S.B.Cronin and M.S.Dresselhaus, “Formation of Thick Porous Anodic Alumina Filmsand Nanowire Arrays on Silicon Wafers and Glass,” Adv. Func. Matls. 13, 631(2003).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前述のとおり、製膜用ターゲット交換法や混合ターゲット法等の人工的なピン止め法は、最大のJcが得られるように、結晶欠陥の分布や密度を制御して薄膜中に導入することを可能にするものであるが、実際には、超電導マトリックス内部に導入された結晶欠陥の分布がランダムであり、かつ、その欠陥の寸法を制御するのが困難である。
また、(RE)BCO薄膜に柱状欠陥を簡便な方法で導入する研究に関しては、前記の重イオン照射以外の方法はまだ開発されていない。しかしながら、原理的に重イオン照射は複雑であり、かつ、製造にスケールアップが難しいという問題がある。
このように、(RE)BCO薄膜において、大面積であって、制御された結晶欠陥を簡便に導入する方法が無いのが現状である。
【0011】
本発明は、このような現状を鑑みてなされたものであって、(RE)BCO薄膜において、制御された結晶欠陥を導入する簡便な方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、結晶欠陥の制御を可能とするために、非特許文献4に記載されたNb薄膜にナノ欠陥を導入する方法を、(RE)BCO超電導薄膜に適用することを考え、(RE)BCO超電導薄膜上に多孔質アルミナを直接作製することを試みた。
しかしながら、陽極酸化プロセスに使用する酸溶液は(RE)BCOを溶解するために実現することができなかった。
そこで、本発明者等は、さらに検討を重ね、(RE)BCO薄膜上に陽極酸化アルミニウムを直接作製することではなく、PMMA(ポリメタクリル酸メチル)からなる保護層を有する多孔質アルミナ自立膜を用いることにより達成できるという知見を得た。
【0013】
本発明はこれらの知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1]基板上に成膜された一般式(RE)Ba2Cu37(式中、REは、Y、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Er、Ybから選ばれる1種の原子を表す。)で表される希土類酸化物を主成分とする高温超電導酸化物薄膜の上に、多孔質アルミナ膜を載置し、該アルミナ膜をマスクとしてアルゴンイオンミリングを行うことにより、前記高温超電導薄膜にナノスケールの結晶欠陥を導入する方法。
[2]前記多孔質アルミナ膜の平均孔径が、60〜120nmであることを特徴とする上記[1]の方法。
[3]前記多孔質アルミナ膜の厚さが、1〜5μmであって、その上にポリメタクリル酸メチルの保護膜を有することを特徴とする上記[1]の方法。
[4]前記高温超電導酸化物薄膜を、大面積PLD法、フッ素フリーMOD法及び共蒸着法のいずれかの方法により形成することを特徴とする上記[1]〜[3]のいずれかの方法。
[5]上記[1]〜[4]のいずれかの方法により、前記高温超電導酸化物薄膜中にナノサイズの制御された結晶欠陥を生じさせて得られた、高い臨界電流密度を有する超電導体。
【発明の効果】
【0014】
本願発明によって、(RE)BCO薄膜中にピン止めを導入することに成功した。これにより、高い臨界面電流を有する(RE)BCO薄膜を作製することができる。従来の重イオン照射より簡略な方法であり、かつ、人工ピンの分布や密度を正確に制御して薄膜中に導入することを可能である。また、多孔質アルミナ自立膜が破壊されるまで何回も利用ができ、効率的な方法である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】多孔質アルミナ自立膜と超電導酸化物薄膜の位置関係を示す模式図
【図2】PMMA膜が施されていない市販の多孔質アルミナ自立膜(Nanomaterials社)の(a)上面と(b)断面の走査電子顕微鏡写真
【図3】製膜後(As-grown)のYBCO薄膜とアルゴンイオンミリングで処理したYBCO薄膜の表面の走査電子顕微鏡写真であり、(a)、(b)は、サンプル(a)の写真、(c)、(d)は、サンプル(b)の写真、(e)、(f)は、アンプル(c)の写真、である。
【図4】サンプル(a)、(b)及び(c)のYBCO薄膜の膜厚に対する、77.3Kにおいて、臨界電流密度Jの変化を示す図であり、□は、As-grownYBCO薄膜の臨界電流密度、●は、多孔質アルミナ自立膜を用いてアルゴンイオンミリングで処理した後のYBCO薄膜の臨界電流密度を示す。
【図5】as-grownサンプル(a)、及びアルゴンイオンミリング後のサンプル(b)の、表面の走査電子顕微鏡写真。
【図6】as-grownサンプル(a)、及びアルゴンイオンミリング後のサンプル(b)のAFM写真であり、(c)及び(d)は、それぞれのエッチング後のAFM写真である。
【図7】サンプル(5×5mm2)の77.3KにおいてJ分布マッピングを示す図であり、◆は、As-grown、□は、アルゴンイオンミリング後、▲は、アニール処理後を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の方法は、(RE)BCO薄膜の上に、陽極酸化アルミナを直接作製することではなく、別途作製多孔質アルミナ自立膜を、(RE)BCO薄膜上に載置し、次いで、Arイオンミリングでエッチングを行うものである。そして、Arイオンミリングにより、多孔質アルミナ自立膜の下の(RE)BCO薄膜に、多孔質アルミナ自立膜の孔のパターンと同様なパターンがエッチングされる。
【0017】
図1は、本発明の、高温超電導薄膜にナノスケールの結晶欠陥を導入する方法を説明するための図であって、基板上に形成された超電導薄膜の上に載置された多孔質アルミナ自膜は、Al膜を陽極酸化して得られた膜であって、その上に保護膜としてのPMMA(ポリメタクリル酸メチル)層が設けられており、該PMMA層を介して、Ar(アルゴン)イオンミリング処理されることを模式的に示している。
【0018】
本発明は、PLD法、フッ素フリーMOD法、及び共蒸着法で作製した(RE)BCO薄膜中に制御されたナノ欠陥を導入した初めての試みであって、この簡便な方法を用いることにより、(RE)BCO薄膜中に制御された結晶欠陥が導入され、薄膜の単位幅当りの臨界電流(臨界面電流)を大きく向上させることができるものである。
また、本発明の方法は、従来の重イオン照射より簡略な方法であり、かつ、人工ピンの分布や密度を正確に制御して薄膜中に導入することを可能である。また、多孔質アルミナ自立膜が破壊されるまで何回も利用ができ、効率的な方法である。
以下、更に、詳しく説明する。
【0019】
本発明で用いる高温超電導酸化物薄膜は、一般式(RE)Ba2Cu37(RE=Y,Nd,Sm,Eu,Gd,Dy,Ho,Er,Yb)で表される希土類酸化物を主成分とするものである。
該薄膜を形成する基板としては、サファイア基板、SrTiO3(STO)基板、LaAlO(LAO)などが用いられる。
また、基板には、格子整合と拡散防止のために、CeO2、Y23、YSZ(イットリア安定化ジルコニア)などのバッファー層が設けられる。
【0020】
これらの基板に、本発明の(RE)BCO薄膜を形成する方法としては、パルスレーザー蒸着法(PLD法)、真空蒸着法、各種のスパッタ法、化学蒸着法(CVD法)、MBE法、塗布熱分解法(MOD法)等の各種の方法が用いられるが、中でも、パルスレーザー蒸着法(PLD法)、フッ素フリーMOD法、及び共蒸着法が好ましく用いられる。
【0021】
前記PLD(Pulsed Laser Deposition)法は、エネルギー密度の高いパルスレーザー光をターゲット(薄膜の材料となる物質)表面に照射することにより、ターゲット表面の材料を瞬間的に剥離し、放出されるプラズマ化された原子、分子をターゲットと対向して配置された基板上に堆積させて薄膜を作製する方法である。(「レーザ光照射を併用した超電導薄膜製造」、産総研 TODAY、独立行政法人産業技術総合研究所、2006年、Vol.6−11、P12〜15参照)
また、大面積PLD法は、通常のPLDに比べ、ターゲットと基板間距離が長いため(最大14cm;通常のPLDは3〜5cm程度)、意図的に組成を化学量論組成からYリッチにずらすことになり、サファイア基板上のYBCO薄膜に適当量の空孔を導入し、クラック生成の臨界膜厚を1,000nm以上に大きく向上させることができることが報告されている(K.Develos-Bagarinao,H.Yamasaki,Y.Nakagawa,H.Obara and H.Yamada,“Microcrack-free thick YBCO/CeO2/Al2O3 films prepared by a large-area pulsed laser deposition system,”Physica C 392-396,1229(2003)参照)。本発明においては、特に好ましく用いられる。
【0022】
また、MOD法(Metalorganic deposition、「塗布熱分解法」ともいう。)は、(RE)BCO超電導材の前躯体の溶液を線状基板、特にテープ状基板上に塗布した後、500℃付近で仮焼して熱分解させ、得られた熱分解物(MOD仮焼膜)をさらに高温(例えば800℃付近)で熱処理(本焼)することにより結晶化を行って超電導体とするものであり、主に真空中で製造される気相法(蒸着法、スパッタ法、パルスレーザー蒸着法等)に比較して製造設備が簡単で済み、この点からも低コスト化が期待される。また大面積や複雑な形状への対応が容易である等の特徴を有している。
該MOD法においては、超電導材前躯体溶液としてトリフルオロ酢酸等のフッ素含有有機酸の金属化合物溶液を用いる方法があるが、この方法では熱処理工程中で危険なフッ化水素ガスが発生する問題がある。そこで、超電導材前躯体としてフッ素を含まない金属有機化合物を用いる方法が、フッ素フリーMOD法である。(熊谷俊弥、他2名著「塗布熱分解法による超伝導膜の作製」、表面技術、社団法人表面技術協会、1991年、Vol.42、No.5、P500〜507参照)。
【0023】
共蒸着法とは、MBE法(分子線エピタキシー法)を改良した成膜方法であり、基板近傍に反応ガスを導入して、蒸発源からの分子線と反応ガスとを基板表面近傍で反応させて基板上に薄膜を成長させる方法である。
現在市販されているYBCO膜は、該方法によるものである。
【0024】
イオンミリングは、イオンビームを用いた加工法を意味するが、本発明では、アルゴンイオンミリングにより、(RE)BCO薄膜をエッチングするものであって、アルゴンイオンミリング装置としては、半導体製造装置などで汎用されているものを、そのまま用いることができる。
【0025】
本発明において、該エッチングのマスクとして用いる多孔質アルミナは、細孔径がナノメーターサイズで、しかも、基板に対して垂直方向にナノサイズの細孔を有するナノ構造体であって、アルミニウムの陽極酸化により得られるものである(特公平6−37291号公報)。アルミニウムの陽極酸化で作製された膜は、その作製条件によって細孔径が数ナノメーターから数十ナノメーターの範囲で制御でき、また膜の組成がアルミナであるため、相当の耐熱性と耐食性が期待できるという利点がある。
一例として、表面にPMMA膜が施されていない、市販の多孔質アルミナ自立膜(Nanomaterials社)の(a)上面と(b)断面の走査電子顕微鏡写真を図2に示す。
【0026】
本発明において、マスクとして用いる多孔質アルミナ自立膜の厚みは、1〜5μm、好ましくは、1〜2μmである。
上記厚みでは多孔質アルミナ自立膜は非常に壊れやすいので、機械的に支えるため、膜の上にPMMA(ポリメタクリル酸メチル)を、2〜4μmの厚さにコーティングして用いるのが好ましい。
【0027】
また、本発明において用いる多孔質アルミナ自立膜の孔のパターンは、Arイオンミリングにより、その下の(RE)BCO薄膜に同様なエッチングパターンを形成するものである。したがって、用いる多孔質アルミナ自立膜の孔の大きさは、(RE)BCO薄膜にナノスケールの結晶欠陥を形成するのに必要な大きさであって、60〜120nm、好ましくは、100nmのものが用いられる。
また、その形状は柱状であり、Arイオンが支障なく通すために、多孔質アルミナ自立膜の厚さに沿って連続している孔が用いられる。
【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
(試料の準備)
試料として、以下の、3つを用意した。
サンプル(a):大面積PLD法により作製したYBCO膜
R面(102)が表面になるようにカット・研磨したサファイア基板の上に、拡散防止と格子整合のためのCeO2バッファ層(膜厚:30nm)を大面積PLD法で成膜し、CeO層の表面平坦化のため、酸素中における高温度(1050℃)における短時間アニールを施した。このCeO2バッファ層上にYBCO薄膜を大面積PLD法により500nmの厚さで成膜した。
【0029】
サンプル(b):フッ素フリーMOD法により作製したYBCO膜
SrTiO(STO)基板上に、CeO2バッファ層(30nm)を電子ビーム蒸着法で作製した。このCeO2バッファ層上にYBCO薄膜をフッ素フリーMOD法により780nmの厚さで成膜形成した。
【0030】
サンプル(c):市販のYBCO膜
市販の、共蒸着法を用いて、サファイア基板上に、CeO2バッファ層(30nm)及びYBCO薄膜(300nm)が形成されたもの(THEVA社(独)製)を用いた。
【0031】
(実施例1)
サンプル(a)〜(c)のそれぞれについて、製膜した後(as-grown)、すなわちアルゴンイオンミリング前の表面形態を走査電子顕微鏡観察(SEM)や原子間力顕微鏡(AFM)などで観測した。
図3の左側に、as-grownの走査電子顕微鏡観察の結果を示す。
(a)、(c)及び(e)は、それぞれサンプル(a)、(b)及び(c)の写真である。
【0032】
次いで、上記の各サンプルの上に、多孔質アルミナ自立膜を載せ、アルゴンイオンミリングを行った。
用いた多孔質アルミナ自立膜は、面積は5mm角で、周囲を取り巻くAl膜は約2.5mmである。六角形で配置した孔は90−100nm程度で、厚みは1−2μmである。
また、アルゴンミリング装置は、伯東株式会社製(型式:3-IBE、試料室の真空度:大気圧〜6×10-4Pa、ビーム直径:3cm、ビーム加速電圧:300V、イオン電流密度:1cm2あたり1mA(入射角度0°の時)を用いた。なお、アルゴンガス流量は5.0sccmで、試料室の圧力は4×10-2Paと指定した。ビームの電圧は300V、入射角度は0°で、ビームが安定するまで2分でウォーミングアップさせ、エッチングは15〜60分間に行った。サンプルステージの面内回転速度は4.0rpmと指定した。
【0033】
アルゴンイオンミリングで処理したサンプルについて、再び、それぞれの表面形態をSEM及びAFMで観測し、as-grownの表面形態と比較した。
図3の右側に、アルゴンイオンミリング後の走査電子顕微鏡観察の結果を示す。
(b)、(d)及び(f)は、それぞれサンプル(a)を30分間ミリングした後の写真、(b)を15分間ミリングした後の写真、及び(c)を30分間ミリングした後の写真であり、いずれも、白い矢印はダメージを受けた領域を示している。
図3に示すように、アルゴンイオンミリングしたサンプルの表面における、イオンによるミリングのダメージ領域が確認された。尚、ダメージの領域の範囲は、ミリングの時間に依存した。
【0034】
(実施例2)
サンプル(a)〜(c)について、第3高調波誘導法の方法で臨界電流密度Jcを測定した。第3高調波誘導法では、試料面にピックアップコイルを載せ、そのコイルに交流電流を流して、コイルに誘導される第3高調波電圧(V3)を測定した。それから、V3の生じ始める時の電流値(Ith)から超電導薄膜での平均電界(Eav)とJcを求めた。この(Jc,av)対を交流電流の周波数を変えながら3回測定し、E−J特性曲線を得て、ベキ乗法則関係式 E=Ec(J/Jc)nから電界基準(Ec=1μV/cm)を用いて最終的にJを求めた。ピックアップコイルは内径0.8mm、外径2.2mmのコイルを用いた。(誘導法の詳細は文献に記載されている:H.Yamasaki,Y.Mawatari,Y.Nakagawa,T.Manabe,M.Sohma,“Automatic Measurement of the Distribution of Jc and n-Values in Large-Area Superconducting Films Using Third-Harmonic Voltages,”IEEE Trans.Appl.Supercond.vol.17 no.2,p.3487-3490,2007参照)
その結果を図4に示す。
図4に示すように、イオンミリングの効果によって、単位幅当りの臨界電流(臨界面電流)が向上した。77.3Kにおいて、大面積PLD法で形成したサンプル(a)は約5〜9%、共蒸着法で形成したサンプル(b)は約13〜18%、フッ素フリーMOD法で形成したサンプル(c)は約21〜71%というJcの向上が得られた。
【0035】
(実施例3)
アルゴンイオンミリング時間を30分に変更した以外は、実施例1と同様にして、サンプル(b)の、アルゴンイオンミリングによるダメージの領域の依存を、走査電子顕微鏡、及び原子間力顕微鏡(AFM)(スキャンエリア:5μmx5μm)により確認した。
図5は、走査電子顕微鏡観察の結果を示すものであり、(a)及び(b)は、それぞれ、as-grownサンプル、及びアルゴンイオンミリング後のサンプルを示す。
また、図6は、AFM画像(スキャンエリア:5μm×5μm)であり、(a)及び(b)は、それぞれ、as-grownのサンプル、及びアルゴンイオンミリング後のサンプルを示す。
図6のAFM画像に示すように、微細構造について、as-grownサンプルと比較して、アルゴンイオンミリングしたサンプルの表面形態は基本的に同様に見えるが、白い矢印が示しているように、スパッタの残骸が観察される。
【0036】
(実施例4)
次に、実施例3におけるサンプルを、0.15vol%Br−ethanol溶液で2−3秒にエッチングを行い、欠陥の存在を、AFM観察で確認した。
図6(c)及び(d)に、それぞれ、as-grownのサンプル、及びアルゴンイオンミリング後のサンプルの結果を示す。
図6(c)、(d)では、自然の欠陥またはミリングで導入された欠陥は、AFMで観測されるエッチピットとして現れている(白い矢印で示す)。As-grownと比較して、アルゴンイオンミリングしたサンプルのエッチピットの密度が3倍ぐらい増加したことが分かった。
【0037】
(実施例5)
フッ素フリーMOD法により作製したYBCO膜(膜厚700nm)の、As-grown(◆)と、アルゴンイオンミリング後(□)の、77.3Kにおいて臨界電流密度(Jc)の分布を測定した。
図7は、Jc分布マッピングを示す図であり、横軸のグリッド位置1〜9は、図中に示す、サンプル(5×5mm2)の上段の左から順に「1〜3」、中段の左から順に「4〜6」、下段の左から順に「7〜9」とした位置に対応している。
図7に示すように、より高いJc値(1.7MA/cm2以上)を持つMODサンプルについて、アルゴンイオンミリングした後に、Jcの変化がない、又は劣化が見られた。これは、イオン照射による膜へのダメージが発生したものと考えられる。
超電導薄膜において、酸素熱処理アニールを行うと、超電導特性及び結晶性を回復できることが知られている(Yijie Li,S.Linzen,F.Machalett,F.Schmidl,P.Seidel,“Recovery of superconductivity and recrystallization of ion-damaged YBa2Cu307-x films after thermal annealing treatment,”Physica C vol.243,pp.294-302,1995 参照)。
そこで、イオンミリング後のサンプルに、450℃で酸素熱処理アニールを行った後、同様にして、臨界電流密度(Jc)の分布を測定した。
アニール処理後のサンプルの臨界電流密度(Jc)の分布を、図7に、▲で示した。
その結果からわかるように、約5×5mm2のサンプルにおいて、前記のアニール処理を施すことにより、自己磁界中のJcの値と均一性を向上させることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に成膜された一般式(RE)Ba2Cu37(式中、REは、Y、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Er、Ybから選ばれる1種の原子を表す。)で表される希土類酸化物を主成分とする高温超電導酸化物薄膜の上に、多孔質アルミナ膜を載置し、該アルミナ膜をマスクとしてアルゴンイオンミリングを行うことにより、前記高温超電導薄膜にナノスケールの結晶欠陥を導入する方法。
【請求項2】
前記多孔質アルミナ膜の平均孔径が、60〜120nmであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記多孔質アルミナ膜の厚さが、1〜5μmであって、その上にポリメタクリル酸メチルの保護膜を有することを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記高温超電導酸化物薄膜を、大面積PLD法、フッ素フリーMOD法及び共蒸着法のいずれかの方法により形成することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかの方法により、前記高温超電導酸化物薄膜中にナノサイズの制御された結晶欠陥を生じさせて得られた、高い臨界電流密度を有する超電導体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−199235(P2012−199235A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−51518(P2012−51518)
【出願日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】