説明

高熱伝導性樹脂の射出成形物

【課題】繊維状、棒状などの一般的に普及が予想される形状のフィラーを含む樹脂を用いた成形品を、金型温度や樹脂温度などの制御をしない一般的な成形条件で成形し、同時に、熱伝導率を向上・均一化する。
【解決手段】厚みを有する板の面内方向に対向する樹脂注入口2を設けて射出成形する。該樹脂注入口から注入された樹脂は、該樹脂注入口を中心として放射状に広がり、熱物性に優れ、かつ、成形品1の場所ごとに熱物性のバラつきのない均一な該成形品を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高熱伝導性樹脂の射出成形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ヒートシンクやコネクタ等の放熱が必要な部品にはアルミニウム押し出し品をはじめとする金属が使用されてきた。加工性と放熱性に優れているからである。
【0003】
しかし、樹脂に熱伝導性に優れた材料(フィラー)を混練することによって、熱伝導性に優れた樹脂が開発されつつある。高熱伝導性樹脂は上述のとおりヒートシンクなどの用途が想定できるものの、熱伝導率を向上させるためにフィラーの比率を上げると成形性が悪くなるし、逆に成形性を上げようとすると熱伝導率を向上させにくいなど、技術的な課題は多い。
【0004】
最近では、高熱伝導性樹脂が開発品として化学メーカー等から射出成形業者をはじめとするアプリケーション開発メーカーに提供されつつある。本発明の発明者らはそれらを入手して高熱伝導性樹脂の成形品を作ってその熱物性を観察したところ、成形品の部分ごとに熱物性が大きく異なることを発見した。すなわち、ゲート形状、金型形状及び成形条件によってフィラーの向きや分布が大きく異なることで熱物性が異なるのである。
そのため、射出成形を業とする企業では、射出成形技術によってフィラーの向きや分布を制御することにより、所望の熱物性を有する成形品を開発する技術が必要になっている。
【0005】
特許文献1には、金型温度を高温にすると、繊維状の放熱材料からなる無機フィラーの配列方向がランダムになり、内部で無機フィラー同士が接触することで、放熱効率が高くなる発明が開示されている。すなわち、金型温度を高温にすると、放熱材料からなる無機フィラーの配列方向がランダムになり、内部で無機フィラーが接触することで、実効的な熱容量が増加し、冷却効率(放熱効率)が高くなる。
【0006】
特許文献2には、フィラーの形状を工夫することによって、樹脂の厚み方向の熱伝導率を高める発明が開示されている。すなわち、フィラーは、平板状の第一板状体と、前記第一板状体と結合した平板状の第二板状体とからなり、前記第一板状体の主面と前記第二板状体の主面とが、前記結合部を挟んで向かい合う場合の内角θが45度乃至135度であることを特徴とすることにより、フィラーのいずれかの配向面が樹脂の厚み方向に対して45度以下となる。その結果、樹脂の厚み方向に対して高い熱伝導率を有することとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011−020444
【特許文献2】特開2011−184545
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1によれば、樹脂温度、金型温度を一定の関係に保つことによって、無機フィラーの方向が不規則になり、不規則なために放熱効率が上がることが説明されている。しかしながら、フィラーの方向が不規則になると、熱伝導の方向性を制御しづらいという課題がある。また、厚み方向に熱を逃がしたい場合には、フィラーが厚み方向に向くように制御するのが好適であるが、当該発明では、フィラーの配向を制御するのは難しい。
【0009】
特許文献2はフィラー形状を工夫することで、厚み方向にもフィラーを配向させ、厚み方向の熱伝導性を良くしようとするものであるが、フィラーの形状を変化させる必要がある。一般的に流通しているフィラー材料を含有する熱可塑性樹脂(高熱伝導性樹脂)を使用して成形できない。一般的に、フィラーは、繊維状、又はアスペクト比(長尺方向の長さと短尺方向の長さの比率)が1以上の面形状からなるからである。
【0010】
以上のことから、公知の成形方法では、フィラーの形状を異なったものにするか、樹脂温度と金型温度を一定の関係に保つことしか方法がなかった。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、本発明の発明者らは、樹脂の流れとフィラーの配向を解析し、本発明をするに至った。すなわち、繊維状などの一般的に流通しているフィラーを用いて、一般的な成形条件でも成形する方法を見出した。本発明は、厚みを有する板の面内方向に対向する樹脂注入口を設けることによって、フィラーを注入口から放射状に分散させることに特徴がある。
【0012】
面の厚み方向の熱伝導率を高めるためには、繊維状のフィラーが厚み方向に配向するのが好適である。しかし、上述のとおり、フィラーは、樹脂の流れる方向に配向するため(特許文献1参照)、サイドゲート、ファンゲート等の板の面内方向に平行に樹脂を入れる方式では、フィラーが面内方向に配向してしまうことになる。結果として、フィラー同士の接触が少なくなり、熱伝導率が低くなることが指摘されている(特許文献1参照)。
【0013】
本発明のように面内方向に対向するゲートを設けた場合には、ゲートを中心に放射状に樹脂が流れる。その際、樹脂はキャビティ(注入部の対向面)に触れることで冷却され固化するため、溶融状態の樹脂は固化部分を乗り越えながら(キャビティからコアの方向に向かって)、外周部に向かって進む。すなわち、樹脂注入部から見て放射状で、かつ、コアからキャビティに向かって(厚み方向に)配向していることになる(図2(a)参照)。
【0014】
そのために、厚み方向の熱伝導に優れ、また、面内方向の熱伝導にも優れたものとなるのである。
【0015】
本発明で用いられるフィラーは、棒状、繊維状、アスペクト比(縦横の長さの比)1.1以上の面形状、半径が一定でない球面状のフィラーを含む熱可塑性樹脂材料を用いる。
【0016】
一般的に高熱伝導性樹脂とは、1W/m・K以上の熱伝導性を有する樹脂の事である。その構成は、熱伝導性を有するフィラーを樹脂に混練させたものである。
【0017】
樹脂は、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリスチレン樹脂、アクリル樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、フッ素樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂などでも構成されるが、これに限定されるものではない。
【0018】
フィラーは、酸化マグネシウム、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化珪素、炭化珪素、炭素などから構成されるが、これに限定されるものではない。
【0019】
本書面において、「板」とは、厚み方向の最小長さと、面内方向の最小長さを比較した場合に、厚み方向の最小長さの方が長いものを言い、曲面で構成されるものを含む。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、繊維状などの一般的に普及することが予想されるフィラーであっても、フィラーを面の厚み方向に配向させることができるため、面形状を有する成形品の厚み方向に熱を逃がすことができる。また、面形状にムラなく均一にフィラーが分散するため、面のどの部分でも熱伝導率に偏りがない成形品が出来る。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に係るワークとゲート、ランナー(又はスプルー)の関係を模式的に示したものである。
【図2】ワーク内部のフィラーの分布を模式的に示したものである。ゲート7を中心に配置した場合のフィラー分布である。
【図3】比較例1及び2のワークとゲート形状を模式的に示した図である。図3(a)はサイドゲートの場合であり、左図は、平面図、右図は側面図である。図3(b)はファンゲートの場合であり、左図は、平面図、右図は側面図である。
【図4】本発明及び比較例の熱物性の評価箇所を示した図である。
【図5】本発明をヒートシンクに適用した場合の適用例である。図5(a)は、放熱棒が剣山状のヒートシンクの斜視図であり、放熱棒側から見たものである。図5(b)は、図5(a)と同様に斜視図であるが、逆方向から見たものである。図5(c)は、放熱板からなるヒートシンクの斜視図であり、放熱棒側から見たものである。図5(d)は、図5(c)と同様に斜視図であるが、逆方向から見たものである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
次に、図を用いて本発明の実施形態を説明する。但し、図面は模式的なものであり、各寸法の比率等は現実のものとは異なることに留意すべきである。したがって、具体的な寸法等は以下の説明を参酌して判断すべきものである。また、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることは勿論である。
【0023】
図1は、本発明に係る成形品、コア及びキャビティの概略を示した模式図である。図1(a)は成形品1の平面図である。2は樹脂注入部(以下、ゲートという)の位置を表したものである。図1(b)は金型の側面を模式的に表現した図である。金型はキャビティ3、コア4、ゲート5、スプルー6によって構成される。
【0024】
射出成形機のホッパに投入されたフィラーを含む樹脂は、溶融され、スプルー6(又はランナー)を通してゲート5に侵入する。ゲート5から、キャビティ3及びコア4間の空隙に入った樹脂は、ゲート5を中心に放射状(図1(b)では上下方向)に広がる。次に金型を冷却する。これによってフィラーを含む樹脂は固化する。固化された樹脂は、コアとキャビティを離すことによって取り出す。以上によって、本発明の対象となる成形物が成形される。
【0025】
図2は(a)、本発明を用いて射出成形をした成形品9の断面図を模式的に表したものである。ゲート7から樹脂を注入した場合を例にとると、矢印8は厚み方向の樹脂の流れを示すと共にフィラーの向きを示す。粘性流体である樹脂中のフィラーは、射出成形時に流動抵抗の小さい方向に並び、フィラーの長尺方向と樹脂の流れ方向がほぼ同一になる事が知られている(特許文献1参照)。
【0026】
図2(b)は、本発明を用いて射出成形をした成形品の断面図を模式的に表したものである。ゲート位置から放射状に広がった矢印10は、樹脂の流れを示すとともにフィラーの向きを示している。
【0027】
熱伝達は次のように行われる。仮に、図2(a)に示す樹脂成形体の下部は熱源に接しているとすると、その熱はフィラーを伝播し、このフィラー内を伝播した熱が、内部で接触したフィラーに伝達される。フィラーは厚み方向(図面ではたて方向)にも配向していることから、効率よく厚み方向の熱伝達が行われる。
【0028】
また、フィラーは面内方向にはゲートを中心に放射状に分布している。そのため、ゲート部分も含めてほぼ均一に熱が伝達されることになる。
【0029】
本発明は厚み方向に樹脂注入部を設けることにより、フィラーをワーク全体に均一に分散させることを特徴としている。本発明の効果を検証するために、同一形状のワークをファンゲート及びサイドゲートで成形した場合と比較した結果を以下に示す。
【0030】
本発明に係る成形品は、一辺が約20mmの正方形であって、厚みが約1mmである。ワークの中心に設けたゲートの径は1.5mmである。
【0031】
図3(a)はサイドゲートのワーク及びゲートの位置関係を模式的に示したものである。サイドゲートは、ワークの面方向に平行に伸びたランナー(又はスプルー)によって樹脂を注入する。成形品の寸法は20mmの正方形でゲート径は約1mmである。すなわち、図3(a)に示す通り、ランナー14、スプルー13及びゲート12を通じて樹脂が流れ、ワーク11を成形する。
【0032】
図3(b)はファンゲートの模式図である。ファンゲートは、ワークの面方向に平行に伸びたスプルー(又はランナー)17によって樹脂を注入する。成形品の寸法は20mmの正方形でゲート幅は約15mm、厚みは約1mmである。図の通り、ファンゲートは出口付近よりも幅広に成形されていることに特徴がある。すなわち、図4(b)に示す通り、ランナー(又はスプルー)17及びゲート16を通じて樹脂が流れ、ワーク15を成形する。
【0033】
比較表1は、50W/m・Kの熱伝導率を有する樹脂を射出成形した場合の熱伝導率の分布を示す。この樹脂は、繊維状のフィラーを混練させたナイロン系の樹脂である。表中のA〜Iのアルファベットは計測箇所の場所を示したもので、その箇所は図4に示した通りである。また、比較表に示すX軸、Y軸は面内方向を示したものであり、その方向は図4に示した通りである。Z軸は厚み方向を示す。なお、表では省略しているが、「ピン」とは、ピンゲートの略であり、本発明に関するものである。「サイド」はサイドゲートのことである。ファンは、ファンゲートを示したものである。
比較表1(50W/m・Kの樹脂を使用した場合)

【0034】
本発明の効果の一つとして、熱伝導率等の熱物性の均一化がある。今回はその効果を評価するために、標準偏差を比較することとした。また、バラつきの大小を比較するための指標として、最大値と最小値の差を評価することとした。なお、比較では、例として熱伝導率を用いて計測を用いたが、熱拡散率を用いても同様の結果が得られる。
【0035】
また、熱伝導率が向上している事を評価する指標として、熱伝導率の平均値を用いることにした。
【0036】
X軸方向の標準偏差を比較すると、本発明は8.5、比較例1は7.3、比較例2は7.2であり、本発明の標準偏差は大きいものの、他と大きな差異がない。最大値と最小値の差については、本発明は19.9、比較例1は21.1、比較例2は22.3であり、最小となっており、バラつきが最も小さいことが分かる。
Y軸方向の標準偏差を比較すると、本発明は5.3、比較例1は5.9、比較例2は9.8であり、本発明の標準偏差が最も小さく、バラつきが小さいことが分かる。最大値と最小値の差についても同様に最小であり、バラつきが小さいことが分かる。
Z軸方向の標準偏差を比較すると、本発明は0.3、比較例1は0.9、比較例2は0.3であり、本発明の標準偏差が最も小さく、バラつきが小さいことが分かる。最大値と最小値の差についても同様に最小であり、バラつきが小さいことが分かる。
【0037】
X軸方向の平均値を比較すると、本発明は80.6、比較例1は75.1、比較例2は75.4であり、熱伝導率が最も大きいことが分かる。
Y軸方向の標準偏差を比較すると、本発明は82.0、比較例1は80.4、比較例2は66.4であり、熱伝導率が最も大きいことが分かる。
Z軸方向標準偏差を比較すると、本発明は5.4、比較例1は4.8、比較例2は4.2であり、熱伝導率が最も大きいことが分かる。
【0038】
比較表2は、20W/m・Kの熱伝導率を有する樹脂を射出成形した場合の熱伝導率の分布を示す。
比較表2(20W/m・Kの場合)

【0039】
X軸方向の標準偏差を比較すると、本発明は3.6比較例1は4.6、比較例2は6.4であり、本発明の標準偏差が最も小さく、バラつきが小さいことが分かる。最大値と最小値の差についても同様に本発明のバラつきが小さい。
Y軸方向の標準偏差を比較すると、本発明は2.4、比較例1は2.9、比較例2は10.7であり、本発明の標準偏差が最も小さく、バラつきが小さいことが分かる。最大値と最小値の差についても同様に本発明のバラつきが小さい。
Z軸方向の標準偏差を比較すると、本発明は0.3、比較例1は0.4、比較例2は0.5であり、本発明の標準偏差が最も小さく、バラつきが小さいことが分かる。最大値と最小値の差についても同様に本発明のバラつきが小さい。
【0040】
X軸方向の平均値を比較すると、本発明は36.1、比較例1は32.6、比較例2は40.5であり、比較例2に比べると小さいものの、比較例1に比べては大きい。
Y軸方向の標準偏差を比較すると、本発明は37.3、比較例1は42.2、比較例2は30.8であり、比較例1に比べると小さいものの、比較例2に比べては大きい。
Z軸方向標準偏差を比較すると、本発明は3.6、比較例1は2.8、比較例2は3.1であり、熱伝導率が最も大きいことが分かる。
【0041】
図5は、本発明の適用事例であるヒートシンクを示したものである。図5(a)及び図5(b)は、板18と放熱棒19からなるヒートシンクの斜視図であり、それぞれ異なる方向から見たものである。図5(b)は、放熱棒19と反対側から見た場合の斜視図である。本発明を実施する場合には、ゲート20を設けて図のように樹脂を注入することになる。なお、図示の通り、ゲートは複数あっても良い。
【0042】
図5(c)及び図5(d)は、板21と放熱板22からなるヒートシンクの斜視図であり、それぞれ異なる方向から見たものである。図5(d)は、放熱板22と反対側から見た場合の斜視図である。本発明を実施する場合には、ゲート23を設けて図のように樹脂を注入することになる。なお、図示の通り、ゲートは複数あっても良い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
厚みを有する板を一部に含む樹脂成形品であって、
樹脂には重心から外周までの長さが一定でないフィラーを含み、
板の面内方向に対向する樹脂注入部を設けることによってフィラーが樹脂注入部から放射状に配向することを特徴とする樹脂成形品。
【請求項2】
厚みを有する板の面内方向に対向する方向に剣山状に配置された放熱棒、又は、
放熱板を備えることを特徴とする請求項1に記載の成形品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−91189(P2013−91189A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−233433(P2011−233433)
【出願日】平成23年10月24日(2011.10.24)
【出願人】(000136941)株式会社ベテル (10)
【Fターム(参考)】