高精度マルチ・ドラッグ・アプリケーター
【課題】
複数の試薬を混濁させることなく細胞・組織標本へ局所投与する装置において、(1)試薬どうしの混濁、(2)投与時以外の試薬の漏出、(3)投与方向の変化があってはならず、(4)迅速に試薬投与を開始・終了する必要がある。さらに、(5)試薬の損失は最小でなければならない。
【解決手段】
[a]一定の間隔をあけて複数の導入路(di)が垂設された連絡路(dae)を持つマニホールド、[b]開閉具(ve)を持つ排出管(pe)、[c]開閉具(vi)を持つ導入管(pi)から構成される試薬局所投与装置。
複数の試薬を混濁させることなく細胞・組織標本へ局所投与する装置において、(1)試薬どうしの混濁、(2)投与時以外の試薬の漏出、(3)投与方向の変化があってはならず、(4)迅速に試薬投与を開始・終了する必要がある。さらに、(5)試薬の損失は最小でなければならない。
【解決手段】
[a]一定の間隔をあけて複数の導入路(di)が垂設された連絡路(dae)を持つマニホールド、[b]開閉具(ve)を持つ排出管(pe)、[c]開閉具(vi)を持つ導入管(pi)から構成される試薬局所投与装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の試薬を混濁させることなく細胞・組織標本へ局所投与する装置(高精度マルチ・ドラッグ・アプリケーター)(図1)およびその操作方法に関する。
【背景技術】
【0002】
創薬の初期段階において、多くの新規薬物を比較して治療効果を持つものを探索するスクリーニングが行われる。スクリーニングされた薬物について、効果を発揮する濃度や時間経過(効果の立ち上がり・立ち下り時間)を調べることも重要である。これら検査には、同一の細胞・組織標本に対して複数の試薬(あるいは異なる濃度に希釈した同一試薬)を次々に急速投与する装置が必要である。
【0003】
複数の試薬を細胞・組織標本へ次々に投与する方法として、細分化あるいは単離した標本を浮遊させたものを測定チャンバーに吸引・固定しておき、その測定チャンバー内の生理食塩水を全量交換する装置が利用されている(特許文献1:特許4033768)。
しかしこれら装置は高価(百万円〜数千万円)である上、物理的衝撃に耐えられない標本(例えば、物理的に脆弱な神経細胞は単離後、浮遊させた状態で維持し、測定チャンバーに移すことは難しい)には適用できなかった。この問題を解決するため、例えば神経細胞を維持している培養皿そのものを測定チャンバーとして利用するといった、細胞・組織標本をもともと維持していた場所から移動させることなく、標本の周囲の液のみ交換する局所投与装置が利用されている。
局所投与装置として、単一管投与装置(single-barrel applicator)、多連管投与装置(multiple-barrel applicator)(非特許文献1)、U字管投与装置(U-tube
applicator)(非特許文献2)、U字管投与装置を改良したY字管投与装置(Macro Y-tube
applicator)(非特許文献3)が知られている
【0004】
・単一管投与装置
異なる試薬の入った貯留槽(図3の1)が弁(図3の2)を介して単一の発射管(図3の3)に接続されており、各弁を開放すると任意の試薬が射出される。この装置には次のような欠点がある:i)試薬どうしが途中で合流するため、混濁し易い。ii)前回
投与時に発射管に残留した試薬が、次回の投与時に射出されてしまう。iii)投与期間外でも常時開口している発射管から少量の試薬が漏出し、細胞・組織標本(図3の4)に慣れを起こさせて投与時に測定される反応を本来より小さくしてしまう(脱感作)。iv)投与終了後に液流がなくなるため、細胞・組織標本の周囲に試薬が滞留し、反応の立ち下り時間が正しく測定できない。
【0005】
・多連管投与装置1
異なる試薬の入った貯留槽(図4の1)が弁(図4の2)を介して別々の発射管(図4の3)に接続されており、発射管先端が同一の細胞・組織標本(図4の4)に向くようになっている。問題iおよびiiは解決できるが、問題iiiおよびivは解決できない。さらにv)試薬が異なる方向から投与され、細胞・組織標本の異なる面を刺激して反応のバラツキを惹き起こす可能性がある。
【0006】
・多連管投与装置2
異なる試薬の入った貯留槽(図4Aの1)が別々の発射管(図4Aの2)に接続されており、発射管は平行に並べられている。これにより問題iおよびiiは解決できる。全試薬を流しておくと、層状の液流ができる。発射管をまとめて左右に動かすことで任意の試薬を細胞・組織標本(図4Aの3)に投与する。発射管の1本から試薬を含まない生理食塩水(洗浄液)を流しておけば、この液流を細胞・組織標本に当てることで試薬投与を中止できる。洗浄液→任意の試薬→洗浄液と当てる液流を高速で切り替えることによって、問題ivを解決できる。しかし試薬を常時流し続けるため、vi)試薬の損失が大きい。
【0007】
・U字管投与装置
異なる試薬の入った貯留槽(図5の1)が弁(図5の2)を介して単一のU字状で頂点部に穴の開いた発射管(U字管、図5の3)に接続されている。投与前にいずれかの弁を開放して試薬を選択しておく。この切替機構を用いているため、問題iが生じる。投与期間外は図5の5の弁が開放されており、少しずつ試薬が捨てられる。これにより問題iiが解決できるが、問題viが解決できない。投与開始時には図5の4の弁を閉鎖し、U字管の穴から試薬を射出させる。投与終了時には図5の5の弁を再び開放する。この装置では問題ivは解決できない。なおU字管投与装置では投与前に試薬を発射管内部に流しておくことで発射管を洗浄している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許4033768
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Nature,325,529-531(1987)
【非特許文献2】MethodEnzymol.,294,180-189(1999)
【非特許文献3】日薬理誌,121,255-263(2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
複数の試薬の効果を厳密に比較するためには、(1)試薬どうしの混濁、(2)投与時以外の試薬の漏出、(3)投与方向の変化があってはならない。また薬効の時間経過を測定するためには、(4)迅速に試薬投与を開始・終了する必要がある。さらに希少な新規薬物を扱うためには、(5)試薬の損失は最小でなければならない。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題は以下の試薬局所投与装置により解決することができる。
(1)[a]一定の間隔をあけて複数の導入路(di)が垂設された連絡路(dae)を持つマニホールド、[b]開閉具(ve)を持つ排出管(pe)、[c]開閉具(vi)を持つ導入管(pi)から構成される試薬局所投与装置(図1:以下、本発明装置1と称する)。
(2)[a]一定の間隔をあけて複数の導入路(di)が垂設された連絡路(dae)が内設されたマニホールド、[b]開閉具(ve)を持つ排出管(pe)、[c]開閉具(vi)を持つ導入管(pi)から構成される試薬局所投与装置(図1A:以下、本発明装置2と称する)。
以下、本発明装置を詳細に説明する。
【0012】
本発明装置1は、図1に示す、[a]一定の間隔をあけて複数の導入路(di)が垂設され、かつ発射管(pa)と排出管(pe)を両端に接続するための連絡路(dae)、[b]連結路の液を排出するための開閉具(ve)を持つ排出管(pe)、[c]任意の試薬または洗浄液を選択して連結路に導入する、開閉具(vi)を持つ導入管(pi)から構成される試薬局所投与装置である。
【0013】
本発明装置2は、図1Aに示す、[a]一定の間隔をあけて複数の導入路(di)が垂設され、かつ発射管(pa)と排出管(pe)を両端に接続するための連絡路(dae)を内設するマニホールド(m)、[b]マニホールド内の液を排出するための開閉具(ve)を持つ排出管(pe)、[c]任意の試薬または洗浄液を選択してマニホールド(m)に導入する、開閉具(vi)を持つ導入管(pi)から構成される試薬局所投与装置である。
【0014】
本発明装置のマニホールド、排出管、発射管の材質などは特に限定されないが、例えば、マニホールドとして、ステンレス管、硬質プラスティック管などを;排出管および発射管として、硬質または軟質のプラスティックチューブやガラス毛細管などを;マニホールドを内設する筐体として硬質プラスティックブロックなどが挙げられる。
【0015】
排出管および発射管の開閉具は特に限定されないが、例えば、電磁弁などの弁;チューブ用ストッパーやチューブ押さえクリップなどが挙げられる。
【発明の効果】
【0016】
本発明装置では、投与前にマニホールドの連絡路および発射管を洗浄する仕組みにより、試薬どうしの混濁と投与前の試薬漏出を防止することができる。また投与開始直前直後に洗浄液と試薬洗浄液と切り替える仕組みにより、急速に試薬投与を開始・終了できる。
【0017】
本発明装置において、例えば、導入電磁弁、導入管、導入路を増設することでより多くの試薬の同一標本に対する作用を検査することが可能となる。また導入電磁弁の切り替えから標本に試薬が標本に到達するまでの遅延時間および試薬濃度の立ち上がり時間は、連絡管(図1および2のdae)および発射管(図1および2のpa)の内容積を小さくすることにより短縮できる。同様に試薬濃度の立下り時間も連絡路および発射管の内容積を小さくすることにより短縮できる。また正確な液流制御のためには、例えば、排出電磁弁(図1および2のve)と導入電磁弁(図1および2のvi)を瞬時に切り替える必要があるが、このような切り替えはPICマイコンを用いた安価なシーケンサーなどにより行うことができる。
上記の本発明装置を使用する場合、通常、各導入路に試薬などを入れておく貯留槽などが接続される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明装置1の概念図である。
【図1A】図1Aは、本発明装置2の概念図である。
【図2】図2は、本発明装置2の実施態様の一つを示す図である。
【図2A】図2Aは、投与前の動作を示す図である。
【図2B】図2Bは、投与直前の動作を示す図である。
【図2C】図2Cは、投与中の動作を示す図である。
【図2D】図2Dは、投与後の動作を示す図である。
【図3】図3は、単一管投与装置の動作を示す図である。
【図4】図4は、多連管投与装置1の動作を示す図である。
【図4A】図4Aは、多連管投与装置2の動作を示す図である。
【図5】図5は、U字管投与装置の動作を示す図である。
【図6】発射管先端から1 mmの位置における蛍光強度を示す図である。
【図7】1型代謝型グルタミン酸受容体の活性度の指標となる内向き電流のサンプル波形の図である。
【図8】1型代謝型グルタミン酸受容体活性化剤の投与濃度と活性度の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図2は、任意の試薬または洗浄液を選択してマニホールド(m)に導入する導入電磁弁群(vi1〜vi3)と導入管群(pi1〜pi3)が3組、一定の間隔をあけて垂設され、かつ発射管と排出管(pe)を両端に接続するための連絡路(dae)が内設されたマニホールド、マニホールド内の液を排出するための一組の排出電磁弁(ve)と排出管から構成される試薬局所投与装置の例である。
【0020】
図2の装置において、試薬投与前(図2A)は導入電磁弁群(vi1〜vi3)を閉鎖しておく一方、排出電磁弁(ve)を持続的に開放しておく。サイフォン現象もしくは排出管peに陰圧を印加することにより発射管(pa)から発射管外部(測定チャンバー)の生理食塩水を吸入させ、連絡路(dae)を経て、排出管(pe)から捨てる。各導入電磁弁(vi1〜vi3)から導入路(vd1〜vd3)の間に存在する試薬は常時連絡路(dae)に漏出する可能性がある。また前回投与した試薬が連絡路に残留している可能性もある。上記の吸入された生理食塩水はこれらの試薬をマニホールド(m)の外へ排出することになる。このような工夫によって、投与前に試薬が発射管(pa)を通じて標本へ拡散したり、ある導入管(di)の試薬が別の導入管に侵入して試薬どうしが混和したりすることを防止できる(課題iおよびiiの解決)。
【0021】
試薬投与直前(図2B)には排出電磁弁(ve)を閉鎖し、数秒間にわたり導入電磁弁vi1を開放して、試薬を含まない生理食塩水(洗浄液)を連絡路(dae)を経て、発射管(pa)から発射させる。このような工夫によって、前段階で発射管から吸入した生理食塩に混入していることの多い細胞の断片などのゴミを排出しておき、試薬投与時の液流の障害を防止することができる。またこの段階で導入路(di1)から洗浄液の代わりに試験対象である試薬の補助剤等を流すことにより、標本の試験対象試薬に対する反応性を条件付けることも可能である。
【0022】
試薬投与時(図2C)には導入電磁弁(vi1)を閉鎖し、導入電磁弁(vi2)vi2または導入電磁弁(vi3)を開放して(図中ではvi2を開放)、任意の試薬を連絡路(dae)を経て、発射管(pa)から発射させ、標本に投与する。本発明においては全ての試薬を同一の発射管から発射させるため、試薬を全く同じ方向から標本に投与することができる(課題iiiの解決)。
【0023】
試薬投与直後(図2D)は前段階で開放した導入電磁弁を閉鎖し、導入電磁弁(vi1)を開放して、洗浄液を連絡路(dae)を経て、発射管から発射させる。洗浄液は連絡路および発射管から試薬を除去するとともに、標本の周囲に滞留している試薬を除去し、試薬投与の終了を迅速化することができる(課題ivの解決)。
【0024】
1回の試薬投与が完了したら、図2の状態に復帰させて、次回の試薬投与のために待機させる。待機中は試薬が流れないので、試薬の消費量を最小限にとどめることができる(課題vの解決)。
【実施例1】
【0025】
本発明装置の機械的特性を調べるため、蛍光色素ルシファー・イエローの水溶液を各導入路に接続された貯留槽に入れ、発射管先端から1mmの位置における蛍光強度(励起波長400 nm)を測定した(図6)。蛍光強度は射出された試薬の濃度を示している。貯留槽と発射管先端の高低差を約30 cmとして、重力により送液した。投与前は蛍光強度が背景ノイズと同じレベルであり、試薬の漏出がないことが分かった。投与開始後、蛍光強度は短時間(時定数約0.8秒)で増大し、また投与終了後、蛍光強度は短時間(時定数約0.5秒)で減衰した。貯留槽間に時定数のバラツキは見られなかった。この結果から安定して試薬を急速投与できた。
【実施例2】
【0026】
本発明装置の使用性能を調べるため、0.5, 5, 50, および500 μMのDHPG(1型代謝型グルタミン酸受容体《mGluR1》活性化剤)を含んだ生理食塩水を貯留槽に入れ、マウス小脳ニューロンに投与した。mGluR1の活性度をmGluR1と連関する陽イオン・チャネル電流の振幅で評価すると、投与濃度に準じて活性度が変化することが分かった(図7)。この結果は、低濃度と高濃度のDHPGが混濁することなく細胞標本に到達していることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明装置では、投与前にマニホールドの連絡路および発射管を洗浄する仕組みなどにより、試薬どうしの混濁と投与前の試薬漏出を防止することができる。これにより正確な薬効の測定が可能となる。また投与開始直前・直後に洗浄液と試薬洗浄液と切り替えるしくみにより、急速に試薬投与を開始・終了できる。これにより正確に薬効の時間経過を測定することが可能となる。これらの結果から、本発明装置は複数の試薬あるいは異なる濃度の同一試薬の細胞・組織標本に対する効果を厳密に測定するツールとして有用である。
【符号の説明】
【0028】
vi:導入管開閉具
pi:導入管
di:導入路
m:マニホールド
dae:連絡路
pa:発射管
pe:排出管
ve:排出管開閉具
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の試薬を混濁させることなく細胞・組織標本へ局所投与する装置(高精度マルチ・ドラッグ・アプリケーター)(図1)およびその操作方法に関する。
【背景技術】
【0002】
創薬の初期段階において、多くの新規薬物を比較して治療効果を持つものを探索するスクリーニングが行われる。スクリーニングされた薬物について、効果を発揮する濃度や時間経過(効果の立ち上がり・立ち下り時間)を調べることも重要である。これら検査には、同一の細胞・組織標本に対して複数の試薬(あるいは異なる濃度に希釈した同一試薬)を次々に急速投与する装置が必要である。
【0003】
複数の試薬を細胞・組織標本へ次々に投与する方法として、細分化あるいは単離した標本を浮遊させたものを測定チャンバーに吸引・固定しておき、その測定チャンバー内の生理食塩水を全量交換する装置が利用されている(特許文献1:特許4033768)。
しかしこれら装置は高価(百万円〜数千万円)である上、物理的衝撃に耐えられない標本(例えば、物理的に脆弱な神経細胞は単離後、浮遊させた状態で維持し、測定チャンバーに移すことは難しい)には適用できなかった。この問題を解決するため、例えば神経細胞を維持している培養皿そのものを測定チャンバーとして利用するといった、細胞・組織標本をもともと維持していた場所から移動させることなく、標本の周囲の液のみ交換する局所投与装置が利用されている。
局所投与装置として、単一管投与装置(single-barrel applicator)、多連管投与装置(multiple-barrel applicator)(非特許文献1)、U字管投与装置(U-tube
applicator)(非特許文献2)、U字管投与装置を改良したY字管投与装置(Macro Y-tube
applicator)(非特許文献3)が知られている
【0004】
・単一管投与装置
異なる試薬の入った貯留槽(図3の1)が弁(図3の2)を介して単一の発射管(図3の3)に接続されており、各弁を開放すると任意の試薬が射出される。この装置には次のような欠点がある:i)試薬どうしが途中で合流するため、混濁し易い。ii)前回
投与時に発射管に残留した試薬が、次回の投与時に射出されてしまう。iii)投与期間外でも常時開口している発射管から少量の試薬が漏出し、細胞・組織標本(図3の4)に慣れを起こさせて投与時に測定される反応を本来より小さくしてしまう(脱感作)。iv)投与終了後に液流がなくなるため、細胞・組織標本の周囲に試薬が滞留し、反応の立ち下り時間が正しく測定できない。
【0005】
・多連管投与装置1
異なる試薬の入った貯留槽(図4の1)が弁(図4の2)を介して別々の発射管(図4の3)に接続されており、発射管先端が同一の細胞・組織標本(図4の4)に向くようになっている。問題iおよびiiは解決できるが、問題iiiおよびivは解決できない。さらにv)試薬が異なる方向から投与され、細胞・組織標本の異なる面を刺激して反応のバラツキを惹き起こす可能性がある。
【0006】
・多連管投与装置2
異なる試薬の入った貯留槽(図4Aの1)が別々の発射管(図4Aの2)に接続されており、発射管は平行に並べられている。これにより問題iおよびiiは解決できる。全試薬を流しておくと、層状の液流ができる。発射管をまとめて左右に動かすことで任意の試薬を細胞・組織標本(図4Aの3)に投与する。発射管の1本から試薬を含まない生理食塩水(洗浄液)を流しておけば、この液流を細胞・組織標本に当てることで試薬投与を中止できる。洗浄液→任意の試薬→洗浄液と当てる液流を高速で切り替えることによって、問題ivを解決できる。しかし試薬を常時流し続けるため、vi)試薬の損失が大きい。
【0007】
・U字管投与装置
異なる試薬の入った貯留槽(図5の1)が弁(図5の2)を介して単一のU字状で頂点部に穴の開いた発射管(U字管、図5の3)に接続されている。投与前にいずれかの弁を開放して試薬を選択しておく。この切替機構を用いているため、問題iが生じる。投与期間外は図5の5の弁が開放されており、少しずつ試薬が捨てられる。これにより問題iiが解決できるが、問題viが解決できない。投与開始時には図5の4の弁を閉鎖し、U字管の穴から試薬を射出させる。投与終了時には図5の5の弁を再び開放する。この装置では問題ivは解決できない。なおU字管投与装置では投与前に試薬を発射管内部に流しておくことで発射管を洗浄している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許4033768
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Nature,325,529-531(1987)
【非特許文献2】MethodEnzymol.,294,180-189(1999)
【非特許文献3】日薬理誌,121,255-263(2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
複数の試薬の効果を厳密に比較するためには、(1)試薬どうしの混濁、(2)投与時以外の試薬の漏出、(3)投与方向の変化があってはならない。また薬効の時間経過を測定するためには、(4)迅速に試薬投与を開始・終了する必要がある。さらに希少な新規薬物を扱うためには、(5)試薬の損失は最小でなければならない。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題は以下の試薬局所投与装置により解決することができる。
(1)[a]一定の間隔をあけて複数の導入路(di)が垂設された連絡路(dae)を持つマニホールド、[b]開閉具(ve)を持つ排出管(pe)、[c]開閉具(vi)を持つ導入管(pi)から構成される試薬局所投与装置(図1:以下、本発明装置1と称する)。
(2)[a]一定の間隔をあけて複数の導入路(di)が垂設された連絡路(dae)が内設されたマニホールド、[b]開閉具(ve)を持つ排出管(pe)、[c]開閉具(vi)を持つ導入管(pi)から構成される試薬局所投与装置(図1A:以下、本発明装置2と称する)。
以下、本発明装置を詳細に説明する。
【0012】
本発明装置1は、図1に示す、[a]一定の間隔をあけて複数の導入路(di)が垂設され、かつ発射管(pa)と排出管(pe)を両端に接続するための連絡路(dae)、[b]連結路の液を排出するための開閉具(ve)を持つ排出管(pe)、[c]任意の試薬または洗浄液を選択して連結路に導入する、開閉具(vi)を持つ導入管(pi)から構成される試薬局所投与装置である。
【0013】
本発明装置2は、図1Aに示す、[a]一定の間隔をあけて複数の導入路(di)が垂設され、かつ発射管(pa)と排出管(pe)を両端に接続するための連絡路(dae)を内設するマニホールド(m)、[b]マニホールド内の液を排出するための開閉具(ve)を持つ排出管(pe)、[c]任意の試薬または洗浄液を選択してマニホールド(m)に導入する、開閉具(vi)を持つ導入管(pi)から構成される試薬局所投与装置である。
【0014】
本発明装置のマニホールド、排出管、発射管の材質などは特に限定されないが、例えば、マニホールドとして、ステンレス管、硬質プラスティック管などを;排出管および発射管として、硬質または軟質のプラスティックチューブやガラス毛細管などを;マニホールドを内設する筐体として硬質プラスティックブロックなどが挙げられる。
【0015】
排出管および発射管の開閉具は特に限定されないが、例えば、電磁弁などの弁;チューブ用ストッパーやチューブ押さえクリップなどが挙げられる。
【発明の効果】
【0016】
本発明装置では、投与前にマニホールドの連絡路および発射管を洗浄する仕組みにより、試薬どうしの混濁と投与前の試薬漏出を防止することができる。また投与開始直前直後に洗浄液と試薬洗浄液と切り替える仕組みにより、急速に試薬投与を開始・終了できる。
【0017】
本発明装置において、例えば、導入電磁弁、導入管、導入路を増設することでより多くの試薬の同一標本に対する作用を検査することが可能となる。また導入電磁弁の切り替えから標本に試薬が標本に到達するまでの遅延時間および試薬濃度の立ち上がり時間は、連絡管(図1および2のdae)および発射管(図1および2のpa)の内容積を小さくすることにより短縮できる。同様に試薬濃度の立下り時間も連絡路および発射管の内容積を小さくすることにより短縮できる。また正確な液流制御のためには、例えば、排出電磁弁(図1および2のve)と導入電磁弁(図1および2のvi)を瞬時に切り替える必要があるが、このような切り替えはPICマイコンを用いた安価なシーケンサーなどにより行うことができる。
上記の本発明装置を使用する場合、通常、各導入路に試薬などを入れておく貯留槽などが接続される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明装置1の概念図である。
【図1A】図1Aは、本発明装置2の概念図である。
【図2】図2は、本発明装置2の実施態様の一つを示す図である。
【図2A】図2Aは、投与前の動作を示す図である。
【図2B】図2Bは、投与直前の動作を示す図である。
【図2C】図2Cは、投与中の動作を示す図である。
【図2D】図2Dは、投与後の動作を示す図である。
【図3】図3は、単一管投与装置の動作を示す図である。
【図4】図4は、多連管投与装置1の動作を示す図である。
【図4A】図4Aは、多連管投与装置2の動作を示す図である。
【図5】図5は、U字管投与装置の動作を示す図である。
【図6】発射管先端から1 mmの位置における蛍光強度を示す図である。
【図7】1型代謝型グルタミン酸受容体の活性度の指標となる内向き電流のサンプル波形の図である。
【図8】1型代謝型グルタミン酸受容体活性化剤の投与濃度と活性度の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図2は、任意の試薬または洗浄液を選択してマニホールド(m)に導入する導入電磁弁群(vi1〜vi3)と導入管群(pi1〜pi3)が3組、一定の間隔をあけて垂設され、かつ発射管と排出管(pe)を両端に接続するための連絡路(dae)が内設されたマニホールド、マニホールド内の液を排出するための一組の排出電磁弁(ve)と排出管から構成される試薬局所投与装置の例である。
【0020】
図2の装置において、試薬投与前(図2A)は導入電磁弁群(vi1〜vi3)を閉鎖しておく一方、排出電磁弁(ve)を持続的に開放しておく。サイフォン現象もしくは排出管peに陰圧を印加することにより発射管(pa)から発射管外部(測定チャンバー)の生理食塩水を吸入させ、連絡路(dae)を経て、排出管(pe)から捨てる。各導入電磁弁(vi1〜vi3)から導入路(vd1〜vd3)の間に存在する試薬は常時連絡路(dae)に漏出する可能性がある。また前回投与した試薬が連絡路に残留している可能性もある。上記の吸入された生理食塩水はこれらの試薬をマニホールド(m)の外へ排出することになる。このような工夫によって、投与前に試薬が発射管(pa)を通じて標本へ拡散したり、ある導入管(di)の試薬が別の導入管に侵入して試薬どうしが混和したりすることを防止できる(課題iおよびiiの解決)。
【0021】
試薬投与直前(図2B)には排出電磁弁(ve)を閉鎖し、数秒間にわたり導入電磁弁vi1を開放して、試薬を含まない生理食塩水(洗浄液)を連絡路(dae)を経て、発射管(pa)から発射させる。このような工夫によって、前段階で発射管から吸入した生理食塩に混入していることの多い細胞の断片などのゴミを排出しておき、試薬投与時の液流の障害を防止することができる。またこの段階で導入路(di1)から洗浄液の代わりに試験対象である試薬の補助剤等を流すことにより、標本の試験対象試薬に対する反応性を条件付けることも可能である。
【0022】
試薬投与時(図2C)には導入電磁弁(vi1)を閉鎖し、導入電磁弁(vi2)vi2または導入電磁弁(vi3)を開放して(図中ではvi2を開放)、任意の試薬を連絡路(dae)を経て、発射管(pa)から発射させ、標本に投与する。本発明においては全ての試薬を同一の発射管から発射させるため、試薬を全く同じ方向から標本に投与することができる(課題iiiの解決)。
【0023】
試薬投与直後(図2D)は前段階で開放した導入電磁弁を閉鎖し、導入電磁弁(vi1)を開放して、洗浄液を連絡路(dae)を経て、発射管から発射させる。洗浄液は連絡路および発射管から試薬を除去するとともに、標本の周囲に滞留している試薬を除去し、試薬投与の終了を迅速化することができる(課題ivの解決)。
【0024】
1回の試薬投与が完了したら、図2の状態に復帰させて、次回の試薬投与のために待機させる。待機中は試薬が流れないので、試薬の消費量を最小限にとどめることができる(課題vの解決)。
【実施例1】
【0025】
本発明装置の機械的特性を調べるため、蛍光色素ルシファー・イエローの水溶液を各導入路に接続された貯留槽に入れ、発射管先端から1mmの位置における蛍光強度(励起波長400 nm)を測定した(図6)。蛍光強度は射出された試薬の濃度を示している。貯留槽と発射管先端の高低差を約30 cmとして、重力により送液した。投与前は蛍光強度が背景ノイズと同じレベルであり、試薬の漏出がないことが分かった。投与開始後、蛍光強度は短時間(時定数約0.8秒)で増大し、また投与終了後、蛍光強度は短時間(時定数約0.5秒)で減衰した。貯留槽間に時定数のバラツキは見られなかった。この結果から安定して試薬を急速投与できた。
【実施例2】
【0026】
本発明装置の使用性能を調べるため、0.5, 5, 50, および500 μMのDHPG(1型代謝型グルタミン酸受容体《mGluR1》活性化剤)を含んだ生理食塩水を貯留槽に入れ、マウス小脳ニューロンに投与した。mGluR1の活性度をmGluR1と連関する陽イオン・チャネル電流の振幅で評価すると、投与濃度に準じて活性度が変化することが分かった(図7)。この結果は、低濃度と高濃度のDHPGが混濁することなく細胞標本に到達していることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明装置では、投与前にマニホールドの連絡路および発射管を洗浄する仕組みなどにより、試薬どうしの混濁と投与前の試薬漏出を防止することができる。これにより正確な薬効の測定が可能となる。また投与開始直前・直後に洗浄液と試薬洗浄液と切り替えるしくみにより、急速に試薬投与を開始・終了できる。これにより正確に薬効の時間経過を測定することが可能となる。これらの結果から、本発明装置は複数の試薬あるいは異なる濃度の同一試薬の細胞・組織標本に対する効果を厳密に測定するツールとして有用である。
【符号の説明】
【0028】
vi:導入管開閉具
pi:導入管
di:導入路
m:マニホールド
dae:連絡路
pa:発射管
pe:排出管
ve:排出管開閉具
【特許請求の範囲】
【請求項1】
[a]一定の間隔をあけて複数の導入路が垂設された連絡路を持つマニホールド、[b]開閉具を持つ排出管および[c]開閉具を持つ導入管から構成される試薬局所投与装置。
【請求項2】
マニホールドが連絡路が内設されたマニホールドである請求項1に記載の試薬局所投与装置。
【請求項1】
[a]一定の間隔をあけて複数の導入路が垂設された連絡路を持つマニホールド、[b]開閉具を持つ排出管および[c]開閉具を持つ導入管から構成される試薬局所投与装置。
【請求項2】
マニホールドが連絡路が内設されたマニホールドである請求項1に記載の試薬局所投与装置。
【図1】
【図1A】
【図2】
【図2A】
【図2B】
【図2C】
【図2D】
【図3】
【図4】
【図4A】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図1A】
【図2】
【図2A】
【図2B】
【図2C】
【図2D】
【図3】
【図4】
【図4A】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【公開番号】特開2010−166833(P2010−166833A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−10628(P2009−10628)
【出願日】平成21年1月21日(2009.1.21)
【出願人】(308041853)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年1月21日(2009.1.21)
【出願人】(308041853)
【Fターム(参考)】
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