説明

高純度メタクリル酸クロリドの製造方法

【課題】分離が困難な不純物を生成させたり取り扱い困難な原料を必要としたりせず、原料物質の重合ロスによる影響を抑え、これを有効に所望の反応に供し、産業上有用な化合物である高純度のメタクリル酸クロリドの生産性を高める方法の提供。
【解決手段】一般式(1)で表される芳香族酸クロリドと、式(2)で表されるメタクリル酸とを反応させ、式(3)で表されるメタクリル酸クロリドを製造するに当たり、前記一般式(1)で表される芳香族酸クロリド[モル量A]と前記式(2)で表されるメタクリル酸[モル量B]とのモル比[A/B]を1.2〜1.65として反応させるメタクリル酸クロリドの製造方法。


(一般式1中、Xは水素原子、塩素原子、またはメチル基を表し、nは0〜2の整数を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、経済性に優れた高純度メタクリル酸クロリドの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高純度メタクリル酸クロリドは、塗料、接着剤、レジストなどの材料の原料として有用であり、工業的に安全かつ簡便な製造方法が求められている。
【0003】
塩化チオニル、五塩化リン、三塩化リンのような塩素化剤を用いて、メタクリル酸をメタクリル酸クロリドに変換できることは良く知られている。しかし、この方法で合成したメタクリル酸クロリドにはイオウ・燐に由来する不純物が含まれ、この不純物は蒸留などの簡易な操作では除去が困難であることが指摘されている(特許文献1参照)。また、メタクリル酸をホスゲンで塩素化する方法も公知である(特許文献2参照)。しかしながら、ホスゲンは取り扱いに危険を伴うことは周知であり、日本を始め移動禁止物資に指定されている地域等では、製造場所が限定されることとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−229911号公報
【特許文献2】特開2003−277319号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の事情に鑑み、本発明者らは不純物の除去が容易で安全な製造方法を検討した結果、芳香族酸クロリド類を用いる方法が望ましいとの結論に至った。この芳香族酸クロリド類のうち、安価な塩化ベンゾイルを塩素化剤として用いる方法は知られてる(特許文献1、Paul BIEBER “Preparations de composes methacryliques” Bulletin de la Societe chimique de France,1954,p.56[非特許文献1])。しかし、そこでは工業生産を想定した詳細な研究は実施されていない。
上記非特許文献1によると、塩化ベンゾイルをメタクリル酸に対し2モル倍用い、80%収率でメタクリル酸クロリドを得たとされる。また、特許文献1では塩化ベンゾイルをメタクリル酸に対し1.12モル倍用いる実施例が開示されている。反応ルートを考察すると、塩化ベンゾイルはメタクリル酸を混合酸無水物として活性化するのに1当量必要であり(反応式1)、塩素化剤として1当量必要(反応式2)であり、理論量は2当量必要と思われる。しかし、中間に生成する酸無水物(BAA)がアシル化剤となりメタクリル酸の混合酸無水物を形成するために(反応式3)、実際には2当量までは必要ないことが考えられる(下記反応スキーム参照)。さらに問題を複雑にしているのは、メタクリル酸の重合反応が進行し、これによりメタクリル酸クロリドの反応基質として利用されない部分が相当量ありえることである。
【化2】

【0006】
以上の点を考慮し本発明は、分離が困難な不純物を生成させたり取り扱い困難な原料を必要としたりせず、原料物質の重合ロスによる影響を抑え、これを有効に所望の反応に供し、産業上有用な化合物である高純度のメタクリル酸クロリドの生産性を高めることを目的とする。また、本発明は見かけの収率ではなく、容量が一定の反応容器であってもメタクリル酸クロリドの得量を高めることができ、特に実生産における原材料費や設備費を含めた製造原価を抑えつつ目的化合物の生産量を高めることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題は下記の手段によって解決された。
[1]一般式(1)で表される芳香族酸クロリドと、式(2)で表されるメタクリル酸とを反応させ、式(3)で表されるメタクリル酸クロリドを製造するに当たり、前記一般式(1)で表される芳香族酸クロリド[モル量A]と前記式(2)で表されるメタクリル酸[モル量B]とのモル比[A/B]を1.2〜1.65として反応させることを特徴とするメタクリル酸クロリドの製造方法。

(一般式1中、Xは水素原子、塩素原子、またはメチル基を表し、nは0〜2の整数を表す。)
[2]前記式(2)で表されるメタクリル酸を反応釜に滴下し、同時に生成した前記式(3)で表されるメタクリル酸クロリドを前記反応釜外に留出捕集する[1]に記載のメタクリル酸クロリドの製造方法。
[3]前記一般式(1)で表される芳香族酸クロリドと前記式(2)で表されるメタクリル酸とのモル比[B/A]を1.3〜1.6とすることを特徴とする[1]又は[2]に記載のメタクリル酸クロリドの製造方法。
[4]一定容量の反応容器で前記反応を行うことを特徴とする[1]〜[3]のいずれか1項に記載のメタクリル酸クロリドの製造方法。
[5]前記一般式(1)で表される芳香族酸クロリドと前記式(2)で表されるメタクリル酸とを、反応釜温度100〜120℃、圧力47〜25KPaで反応させる[1]〜[4]のいずれか1項に記載のメタクリル酸クロリドの製造方法。
[6]前記式(2)で表されるメタクリル酸を3〜6時間掛けて反応釜に滴下する[1]〜[5]のいずれか1項に記載のメタクリル酸クロリドの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の製造方法によれば、分離が困難な不純物を生成させたり取り扱い困難な原料を必要としたりせず、原料物質の重合ロスによる影響を抑え、これを有効に所望の反応に供し、産業上有用な化合物である高純度のメタクリル酸クロリドの生産性を高めることができる。また、見かけの収率ではなく、容量が一定の反応容器であってもメタクリル酸クロリドの得量を高めることができ、特に実生産における原材料費や設備費を含めた製造原価を抑えつつ目的化合物の生産量を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施例で行ったメタクリル酸クロリドの製造における原料化合物のモル比と収量との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明についてその好ましい実施態様に基づき詳細に説明する。
本実施態様は、メタクリル酸と芳香族酸クロリドを用いてメタクリル酸クロリドを製造する方法に関し、その変換反応はメタクリル酸の塩素化反応に属し、塩素化剤として芳香族酸クロリドを用いるものである。芳香族酸クロリドとして用いることができるものに制限はないが、産業界で安価に入手容易なものとして塩化ベンゾイル、パラクロロ安息香酸クロリド、オルトクロロ安息香酸クロリド、パラメチル安息香酸クロリド等が用いられる。なかでも、安価で入手容易な塩化ベンゾイルを用いることが好ましい。
【0011】
本実施態様の製造方法においては、その使用量が重要である。すなわち、芳香族酸クロリド(モル量A)をメタクリル酸(モル量B)に対して1.2当量(A/B)以上とし、1.3以上することが好ましく、1.4以上とすることがより好ましい。他方、上限値としては1.65当量以下とし、1.6以下とすることが好ましい。この範囲とすることで、一定容量の反応器でメタクリル酸クロリドの得量を高めることができ、必要によりこれを最大化し得ることを本発明者らは明らかとした。メタクリル酸を基準としたメタクリル酸クロリドの見かけの収率は、塩素化剤である芳香族酸クロリドを多く使用する方が高くなるといえる。しかし、それは反応容器の大きさも原料価格をも考慮していない場合の見積もりであって、工業生産においては反応釜の大きさは一定であることが一般的であり、仕込める試薬の最大量には自ずと制限がある。本発明の好ましい実施態様によれば、そのような制限があるなかでも実質的に得られるメタクリル酸クロリドの量を高め、必要により最大化することができる。
【0012】
本発明の好ましい実施態様としてのメタクリル酸クロリドの製造方法においては、反応釜温度を100〜120℃とすることが好ましい。また、その圧力を47〜25KPaとすることが好ましい。本実施態様に用いられる反応釜としては、この種の化合物の製造に用いられているものを用いればよく、特に限定されるものではない。反応釜の容量としては必要生産量等により適宜設定すればよい。反応釜の温度や圧力の調節は常法によればよい。
【0013】
本実施態様の製造方法においては、メタクリル酸を滴下し、他方、反応釜内で生成するメタクリル酸クロリド(MAOC)をその外部に留出しながら行うことが好ましい。このように系外に留出する手段や方法としては常法によればよく、また留出量は特に限定されず上記必要生産量等を考慮し適宜設定することが好ましい。
【0014】
本実施態様の製造方法においては、式(2)で表されるメタクリル酸を3〜5時間かけて反応釜に滴下し、同時に生成するメタクリル酸クロリドを留出しながら行うことが好ましい。この滴下量は適宜設定すればよい。この滴下の方法ないし手段はこの種の化合物の製造に用いられる常法によればよい。
上述した設定条件によれば、本実態様の製造方法において、特に式(2)で表されるメタクリル酸誘導体の重合反応を最少化した設定にすることも可能であり、メタクリル酸クロリドの製造原価をその製造設備において最小にすることができ好ましい。
【0015】
さらに本実施態様の製造方法に係る利点について説明する。
上述のとおり、本実施態様の反応に原料として用いるメタクリル酸は重合しやすい。重合禁止剤を添加しても塩化水素雰囲気下での反応ではその効果が薄く、重合物の生成を抑止することは難しい。特にスケールアップし、実生産で必要な反応量を確保しようとして反応時間がかかる場合は重合物が増加する。したがって反応容器内に存在するメタクリル酸の滞在時間を極力減少することが好ましい。かかる観点からメタクリル酸を一定の時間かかって反応系に滴下する方法が好ましい。また、生成物であるメタクリル酸クロリドも重合する可能性があり、生成と同時に系外に抜き出す方式が好ましい。したがって、本実施態様の好ましい形態として、芳香族酸クロリドを反応温度まで加熱しておき、メタクリル酸を滴下すると同時にメタクリル酸クロリドを蒸留する製造方法を採用することが挙げられる。その場合、メタクリル酸クロリドが反応釜温度100〜120℃で蒸留されるためには、反応系内を減圧にしなければならない。減圧にしすぎるとメタクリル酸クロリドが捕捉できない。当該分野で通常使用できる冷却水温度範囲(マイナス10℃〜プラス10℃)でメタクリル酸クロリドを捕集するために熱収支の計算と実験を繰り返した結果によれば、上述のとおり反応釜の内部圧力を47〜25KPaの範囲内で行うことが好ましい。
【0016】
ここでメタクリル酸クロリドの有用性について一例を通じ説明する。メタクリル酸クロリドは式(3)に示されたように、その分子の一方に反応性官能基である2重結合をもつ。他方には酸クロリド(−COCl)を有し、特定の基と反応し、ここで結合させ別の化合物の分子内に導入することができる。したがって、例えば工業用樹脂製品に適用される機能性分子A−OH(Aは機能性分子の残基)を想定したときには、A−O−(CO)−C(CH)=CHとして導入することができる。この二重結合部分を例えば高分子化合物の主鎖に結合させ導入することで、機能性側鎖Aあるいは機能性官能基Aを有する高分子化合物を合成することができる。この説明により本発明が限定して解釈されるものではないが、メタクリル酸クロリドはその反応性を利用して様々な化合物の合成に適用することができる。そして、先端機器に適用されるような高機能性の塗料・接着剤・レジストなどへの利用を考慮すると、副作用をもたらす不純物のない、高純度のメタクリル酸クロリドを提供することが近時の工業製品にとって極めて重要である。
メタクリル酸クロリドの純度は特に限定されるものではないが、上記のような高純度化のニーズを考慮したときには98%以上であることが好ましく、99%以上であることがより好ましい。
【0017】
ところで、産業界における化学品合成とは、2つ以上の化学薬品を混ぜ合わせ有用な化合物に変化させる行為である。2つ以上の化学薬品の使用する割合により、有用物質の得られる量が変化するが、その経済的最大効率を求めて当業者は2つ以上の化学薬品の使用量を決定するのが通常である。すなわち、見かけの収率が高くても高価な薬品を大量に使用すれば総合的な原料価格が高くなり得策ではない。さらに、一般的な化学品製造では一定の大きさを持った反応容器(反応釜)を使用するので、2つ以上の化学薬品の使用量を決め、1回の反応で最大の得量になるようにすることが望ましい。本発明の製造方法によれば、上記工業製品の生産において極めて有用なメタクリル酸クロリドの製造に際し、上記のような産業上求められる実生産において特に好適に効果を発揮することができ、経済効率を高め、かつその生産量の最大化を図ることも可能となる。
【実施例】
【0018】
以下に、本発明について実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明がこれに限定して解釈されるものではない。
<実施例・参考例>
1000mlの丸底フラスコに884.4gの安息香酸クロリド(6.35モル、730ml)を取り、所定の減圧条件下、所定温度まで昇温した後、所定量のメタクリル酸を滴下した。メタクリル酸約160gの滴下が終了した時点で、メタクリル酸クロリドの留出が始まり、これ以降はメタクリル酸クロリドを留出させながらメタクリル酸の滴下を続ける。メタクリル酸クロリドの留出開始時点で反応系内の容量は約900mlとなるが、メタクリル酸クロリドの留出速度とメタクリル酸の滴下速度を合わせて、系内の容量を一定に保った。メタクリル酸の滴下終了後は、徐々に昇温し、最終温度160℃まで留出させることで、メタクリル酸クロリドを得た。結果を表1に纏めた。
【0019】
【表1】

* BOC/MA
** MAOC得量×GC面積比
実施例番号・・・S:参考例、J実施例
【0020】
実施例J2のモル比1.47(反応温度120℃、滴下時間3時間)で、メタクリル酸クロリドの純分収量は最大ととなり、338.6gを得た。なお、本実施例使用したメタクリル酸には、250ppmの4−メトキシフェノールを重合防止剤として添加している。表1の結果の内、反応温度120℃で滴下時間3時間のデータを抜き出しグラフ化し図1とした。
表1および図1の結果を見ると明らかなように、本発明は芳香族酸クロリドを100〜120℃に加熱した中に、圧力を47〜25KPaとしてメタクリル酸を3〜6時間かかり滴下すると同時に生成するメタクリル酸クロリドを蒸留する経済性に優れた製造方法の提供である。芳香族酸クロリドの量は滴下するメタクリル酸に対しとりわけ1.3〜1.6モル倍として用いる反応容器の容量内での向上がみられることが分かる。このようにして得たものを再蒸留すると、例えば高純度(99.8%以上)のメタクリル酸クロリドであっても、ロスなく容易な操作で得ることができる。なお、BOC/MAのモル比が小さくなりすぎると重合物の生成率が高くなり望ましくない。
【0021】
実施例1〜12で得られたメタクリル酸クロリド201.9g(純度88.5%)を63℃、33.3kPaで精留し152.4gのメタクリル酸クロリド(純度99.85%)を得た。回収率90.1%。
【0022】
(比較例)
特許文献1(特開2000−229911号公報)の段落0029に記載の条件で、上記実施例と同じスケールで実施した場合の収率及び得量を見積もった。すなわち、総容量900mLになるように行うと、メタクリル酸(MA)354mL(361g、4.2モル)、安息香酸クロリド(BOC)546mL(660g、4.7モル)で一括反応させることとなる。この場合は、MA/BOC比が1.12であり、収率63%でMAOCを得ることができるとすると、277gの得量となる。
これに対し、前記参考例S6(MA/BOC=1.14)ですでにその得量は291gであり、滴下法の方が生成物の収率が高いことが分かる。これは、反応開始時において塩素化剤であるBOCのモル比が3.4モルであることで初期の反応速度が速いことが原因である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)で表される芳香族酸クロリドと、式(2)で表されるメタクリル酸とを反応させ、式(3)で表されるメタクリル酸クロリドを製造するに当たり、前記一般式(1)で表される芳香族酸クロリド[モル量A]と前記式(2)で表されるメタクリル酸[モル量B]とのモル比[A/B]を1.2〜1.65として反応させることを特徴とするメタクリル酸クロリドの製造方法。

(一般式1中、Xは水素原子、塩素原子、またはメチル基を表し、nは0〜2の整数を表す。)
【請求項2】
前記式(2)で表されるメタクリル酸を反応釜に滴下し、同時に生成した前記式(3)で表されるメタクリル酸クロリドを前記反応釜外に留出捕集する請求項1に記載のメタクリル酸クロリドの製造方法。
【請求項3】
前記一般式(1)で表される芳香族酸クロリドと前記式(2)で表されるメタクリル酸とのモル比[B/A]を1.3〜1.6とすることを特徴とする請求項1又は2に記載のメタクリル酸クロリドの製造方法。
【請求項4】
一定容量の反応容器で前記反応を行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のメタクリル酸クロリドの製造方法。
【請求項5】
前記一般式(1)で表される芳香族酸クロリドと前記式(2)で表されるメタクリル酸とを、反応釜温度100〜120℃、圧力47〜25KPaで反応させる請求項1〜4のいずれか1項に記載のメタクリル酸クロリドの製造方法。
【請求項6】
前記式(2)で表されるメタクリル酸を3〜6時間掛けて反応釜に滴下する請求項1〜5のいずれか1項に記載のメタクリル酸クロリドの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−82176(P2012−82176A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−231120(P2010−231120)
【出願日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【出願人】(393021967)イハラニッケイ化学工業株式会社 (13)
【Fターム(参考)】