説明

高純度リグニンの製造方法

【課題】簡便な工程で、しかも大量の排液を生じることなく、パルプ製造時の黒液から高純度のリグニンを製造する方法を提供することである。
【解決手段】パルプ製造時の黒液、好ましくは原料植物をソーダ法で処理して得られるソーダリグニンを含有する黒液中のリグニン、特に草本系リグニンを、イオン交換樹脂を用いて、イオン交換により脱塩処理して、高純度のリグニンを得る。このとき、イオン交換樹脂中の官能基(A)と黒液中のナトリウム(B)のモル比率(A/B)は1以上で、かつ脱塩処理後のpHは1〜4であり、黒液中のリグニンの濃度が、黒液総量に対して16質量%以下であるのがよい。前記イオン交換樹脂は、脱塩処理によってNa+を吸着させる陽イオン交換樹脂である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルプ製造時に排出される黒液から高純度のリグニンを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リグニンは、セルロース、ヘミセルロースと共に、植物細胞壁を構成する主要成分であり、基本骨格であるフェニルプロパン単位(C6−C3単位)が酵素により不定形に酸化重合した高分子化合物である。
【0003】
かかるリグニンは、天然の芳香族ポリマーとして、最も豊富に存在しているため、例えば、バイオマス熱硬化性樹脂等の種々の用途が検討されている。しかし、リグニンが有効に利用されるためには、得られるリグニンの純度が高いこと、工業的に大量にかつ安価に入手できることが必要である。
【0004】
リグニンは、通常、パルプ製造時に排液として排出される黒液に含有されている、黒液には、リグニンのほか、ヘミセルロースやその他の不純物が多く含有されている。このような黒液からリグニンを精製する方法としては、水溶性有機溶剤中の黒液等のリグニン溶液を、水および酸で希釈してpH3以下、有機溶剤含量30容量%以下、温度75℃以下でリグニンを分離させる方法が知られている(特許文献1)。
また、製紙・紙パルプ製造業から排出されるアルカリ性の黒液を水で希釈後、その液に酸を加えてpHを2.5〜3.5になるまで調整し、さらに凝集剤を加え、黒液中に含まれるリグニンを固形物となして分離させる方法が知られている(特許文献2)。
【0005】
しかしながら、特許文献1の方法は、水や有機溶剤を大量に必要とするため、大量の排液を生じてしまい、環境上好ましくなく、また排液処理の負担が大きくなるという問題がある。また、特許文献2の分離方法は、工程が煩雑であり、得られるリグニンの純度も十分とは言えない。
【0006】
一方、非特許文献1に、イオン交換樹脂を用いて、イオン交換により脱塩処理して、リグニンを精製・単離することが記載されている。この方法では排液量も少なく、煩雑な工程を必要としないという利点がある。しかし、非特許文献1に記載の方法では、イオン交換により得られるリグニンの純度が十分でなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭62−110994号公報
【特許文献2】特開2006−102743号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】福渡七郎、「リグニンの単離および単離リグニンの反応性(第9報)」、島根大学農学部研究報告 第3号、p73〜75、1969年12月15日発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、簡便な工程で高純度のリグニンを製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、パルプ製造時の黒液を、イオン交換樹脂を用いて、脱塩処理することによって、上記課題を解決できることを見出した。
【0011】
すなわち、本発明に係る高純度リグニンの製造方法は、以下の通りである。
(1)パルプ製造時の黒液中のリグニンを、イオン交換樹脂を用いて、イオン交換により脱塩処理する高純度リグニンの製造方法であって、イオン交換樹脂中の官能基(A)と黒液中のナトリウム(B)のモル比率(A/B)が1以上、かつ脱塩処理後のpHが1〜4であり、前記黒液中のリグニンの濃度が、黒液総量に対して16質量%以下であることを特徴とする高純度リグニンの製造方法。
(2)前記黒液中のリグニンが、草本系リグニンである(1)に記載の高純度リグニンの製造方法。
(3)前記黒液中のリグニンの濃度が、黒液総量に対して6〜16質量%である(1)または(2)に記載の高純度リグニンの製造方法。
(4)脱塩処理後、乾燥して得られるリグニンの平均粒径が5〜200μmである(1)〜(3)のいずれかに記載の高純度リグニンの製造方法。
(5)前記黒液が、原料植物をソーダ法で処理して得られるソーダリグニンを含有する黒液である(1)〜(4)のいずれかに記載の高純度リグニンの製造方法。
(6)前記イオン交換樹脂が、脱塩処理によってNa+を吸着させる陽イオン交換樹脂である(1)〜(5)のいずれかに記載の高純度リグニンの製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、パルプ製造時の黒液を、イオン交換樹脂を用いて、脱塩処理することによって、パルプ製造時の黒液から、簡便な工程で、従来の中和分離法に比して、高純度のリグニンを収得できるという効果がある。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の高純度リグニンの製造方法は、パルプ製造時の黒液中のリグニンを、イオン交換樹脂を用いて、イオン交換により脱塩処理するものである。
【0014】
<パルプ製造時の黒液>
本発明において、原料として使用されるパルプ製造時の黒液は、原料植物からパルプを製造するためのパルプ化法において排液として排出されるものであり、針葉樹や広葉樹である木本系植物、稲藁、麦藁等の草本系植物等の原料植物を蒸解することによってパルプ化した後、セルロースおよびヘミセルロースを分離後、濃縮したものである。
【0015】
これらの原料植物の内、針葉樹リグニンは基本骨格が主としてグアイアシル型(G型)で構成され、広葉樹リグニンは基本骨格が主としてグアイアシル型(G型)とシリンギル型(S型)で構成され、草本系リグニンは基本骨格が主としてグアイアシル型(G型)、シリンギル型(S型)およびp−ヒドロキシフェニル型(H型)で構成されている。G型、S型およびH型の基本骨格をそれぞれ下式に示す。
G型:
【化1】

S型:

【化2】


H型:
【化3】


これらのリグニンの内、p−ヒドロキシ基のオルソ位がフリーであるH型を含む草本系リグニンは、高反応性が期待できる点から、原料として使用するのが好ましい。
【0016】
パルプ化法としては、クラフト法(水酸化ナトリウム/硫化ナトリウム等で高温高圧処理)、亜硫酸法(亜硫酸/亜硫酸水素カルシウム等で高温高圧処理)、ソーダ法(水酸化ナトリウムでの高温高圧処理)等が行われている。
これらの方法の内、クラフト法により得られるクラフトリグニンは構造中にチオエーテル結合等を有しており、亜硫酸法により得られるリグノスルホン酸は構造中にスルホン酸基を有している。一方、ソーダ法により得られるソーダリグニンは構造中に硫黄原子を有していない。
これら各法により得られるリグニンの内、ソーダ法により得られるソーダリグニンは、パルプ化時の変性が少なく、しかも構造中に硫黄原子を含まない点から、原料として使用するのが好ましい。
【0017】
原料である黒液はそのまま使用してもよく、あるいは予め水で希釈してもよい。黒液中に含有されるリグニンの濃度は、黒液総量に対して16質量%以下、好ましくは6〜16質量%程度、より好ましくは8〜12質量%程度であるのが、イオン交換による脱塩処理のハンドリング性を高めるうえで好ましい。特に冬季等において温度低下による粘度上昇の影響を回避するうえで、リグニンの濃度が12質量%以下に調整された黒液を使用するのが好ましい。イオン交換する黒液のpHは11〜14、好ましくは11〜12の範囲であるのがよい。
【0018】
<イオン交換による脱塩処理>
パルプ製造時の黒液中のリグニンを、脱塩処理する場合に用いるイオン交換樹脂としては、通常、陽イオン交換樹脂を用いて、Na+を吸着させるのが好ましい。陽イオン交換樹脂としては、強酸性陽イオン交換樹脂、弱酸性陽イオン交換樹脂等を用いることができる。このような陽イオン交換樹脂としては、例えばダイヤイオン(DIAION) SK1B(市販時Na型)、アンバーライト(Amberlite) IR120B(市販時Na型)等が挙げられる。
【0019】
陽イオン交換樹脂は、官能基として、スルホン酸塩基[SO3M(Mはナトリウム等の1価金属原子を示す。)]またはスルホン酸基(SO3H)を有するものが好ましい。スルホン酸塩基の場合は、通常、塩酸水溶液等を用いて、スルホン酸基に変換してから、脱塩処理を行う。
【0020】
脱塩処理は、イオン交換樹脂と上記黒液とを接触させることによって行うことができる。例えば、イオン交換樹脂と黒液とを、バッチ法またはカラム法によって接触させることによって脱塩処理することができる。これらの方法のうち、カラム法は、得られる高純度リグニンにイオン交換樹脂が混入することが無いという利点が得られる。ここで、脱塩とは、イオン交換樹脂(R-H)にソーダリグニン(Na-L)が作用して、R-H+Na-L→Na-R+H-Lの反応が進むことをいう。
この脱塩処理は、1回のみ行ってもよいし、必要に応じて、複数回(例えば2〜4回程度)繰り返してもよい。
【0021】
バッチ法では、1回の脱塩処理は、約20分〜24時間の範囲で適宜行なえばよい。このときのイオン交換樹脂中の官能基(A)と黒液中のナトリウム(B)のモル比率(A/B)は1以上であるのが、純度なリグニンを高収率で得るうえで好ましい。
カラム法では、流速1〜10ml/分で黒液をカラムに通せばよい。
バッチ法では、上記脱塩処理後、処理液をろ過してイオン交換樹脂を分離し、ついで遠心分離するなどして、リグニンを析出させ、水洗、乾燥して、粉末状の高純度リグニンが得られる。カラム法の場合も、遠心分離するなどして、リグニンを析出させ、水洗、乾燥すればよい。得られるリグニンは、純度が80%以上、灰分量が20%以下である。
【0022】
析出したリグニンの乾燥方法は、特に限定されるものではなく、乾燥炉を用いた乾燥法や、スプレードライ法などを用いて行なうことができる。乾燥炉を用いる場合は、乾燥後のリグニンを破砕して粒径を小さくするのが、得られる高純度リグニンの利用を容易にするうえで好ましい。通常、脱塩処理後、乾燥して得られるリグニンの平均粒径は5〜200μm、好ましくは10〜110μmであるのがよい。
【0023】
これらの処理によって、黒液中のクラフトリグニン、リグニンスルホン酸、ソーダリグニン等が脱塩され、高純度のリグニンが得られる。
脱塩処理後のpHは1〜4、特に2〜3であるのが、高純度なリグニンを高収率で得るうえで好ましい。
かくして、本発明の高純度リグニンの製造方法によって、簡便な工程で、しかも従来の中和分離法のように大量の排液を生じることなく、パルプ製造時の黒液から高純度のリグニンを精製することができる。
【0024】
得られた高純度リグニンは、高純度で品質が安定しているために、例えばバイオマス熱硬化性樹脂の原料として好適に使用することができる。特に草本系のリグニンを熱硬化性樹脂に添加して得られる熱硬化性樹脂成形品は、機械的強度、耐熱性、電気絶縁性等の諸特性が改善されうる。
具体的には、上記リグニン添加熱硬化性樹脂から成形材料を作製し、この成形材料を用いて所定形状の樹脂成形品を成形することができる。
【0025】
熱硬化性樹脂は特に限定されるものではなく、例えばフェノール樹脂としてノボラック系フェノール樹脂またはレゾール系フェノール樹脂を単独または併用して使用することができる。また、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、不飽和ポリエステル樹脂などの他の一般的な熱硬化性樹脂も用いることができる。
使用するリグニンは、平均粒径が0.1〜1000μm、好ましくは0.1〜500μmであるのがよい。また、リグニン添加熱硬化性樹脂を製造するにあたっては、熱硬化性樹脂100質量部に対して、高純度リグニンを10〜300質量部、好ましくは20〜200質量部を添加するのがよい。
【実施例】
【0026】
以下、実施例および比較例を挙げて、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例により限定されるものでない。
【0027】
[実施例1]
強酸性陽イオン交換樹脂[Amberlite IR−120B、反応基:スルホン酸塩基(SO3Na型)]の200gを容器に入れ、これに1N-HCl200mLを加えてSO3H型にした後、液のpHがほぼ一定(pH4以下)となるまで水洗を繰り返した。
一方、稲藁、麦藁等の草本系植物を蒸解するソーダ法で得られたソーダリグニンを含む黒液100mLを2倍に希釈してリグニン濃度が5g/mLである溶液を準備した。
この溶液200gを上記SO3H型にしたイオン交換樹脂40gに加え、時々攪拌しながらリグニンの脱塩処理を1時間行った。また、このときのイオン交換樹脂中の官能基(A)と黒液中のナトリウム(B)のモル比率(A/B)を1とした。脱塩処理後の液のpHは2.3であった。
ついで、この脱塩処理液を、ガーゼを4枚積層した層でろ過し、イオン交換樹脂からリグニン含有液を分離し、ついでこのリグニン含有液を3800rpmで30分間遠心分離し、乾燥、破砕して、平均粒径が101μmの粉末16.0g(そのうちリグニン12.8g)を得た。黒液からのリグニンの収率は約80%であった。
【0028】
[実施例2]
実施例1において、SO3H型にしたイオン交換樹脂を60g加え、イオン交換樹脂中の官能基(A)と黒液中のナトリウム(B)のモル比率(A/B)を1.5とした他は、実施例1と同様に乾燥、破砕して、平均粒径が103μmの粉末15.5g(そのうちリグニン12.9g)を得た。黒液からのリグニンの収率は約80%であった。
【0029】
[実施例3]
黒液中のリグニン濃度を3質量%とした他は、実施例2と同様にしてリグニンを含む粉末15.3gを得た。
【0030】
[比較例1]
実施例1において、SO3H型にしたイオン交換樹脂を20g加え、イオン交換樹脂中の官能基(A)と黒液中のナトリウム(B)のモル比率(A/B)を0.5とした他は、実施例1と同様に乾燥、破砕して、平均粒径が103μmの粉末17.2g(そのうちリグニン9.5g)を得た。黒液からのリグニンの収率は約60%であった。
【0031】
[比較例2](中和分離法)
実施例1で用いたソーダリグニンを含む黒液20mLに1N-H2SO4溶液150mLを加え、pH2.9に調整して、リグニンを析出させた、これを3800rpmで30分間遠心分離し、洗浄する操作を3回繰り返した。得られたリグニンを60℃で48時間乾燥し、ついで粉砕して、平均粒径が102μmの粉末14.1g(そのうちリグニン10.9g)を得た。黒液からのリグニンの収率は約68%であった。
【0032】
[比較例3]
黒液中のリグニン濃度を20質量%とした他は、実施例2と同様にして脱塩処理を行おうとしたが、黒液の粘度が高いために、脱塩処理を行うことができなかった。
【0033】
原料リグニン、実施例および比較例で得た粉末中のリグニンの含有量、灰分量を以下の方法にて測定した。
(a)リグニン含有量
アルカリ溶液中でリグニンは292nmに極大吸収を示すので、2N NaOHにリグニンを溶解させ、紫外可視分光光度計を用いて、292nmでの吸光度測定よりリグニンを定量した。
なお、黒液の乾燥固形物中のリグニン含有量は約40質量%であった。
(b)灰分量
800℃の電気炉で3時間処理した残渣量として算出した。
【0034】
表1に、実施例1、2および比較例1、2におけるモル比率[(イオン交換樹脂中の官能基)/(黒液中のナトリウム)]、脱塩処理後のpH、得られた粉末状のリグニンの収量と各成分の含有率、およびリグニンの収率を示した。なお、表中の%はいずれも質量%である。
【表1】


表から、実施例のイオン交換法を使用すると、高純度のリグニンが得られることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルプ製造時の黒液中のリグニンを、イオン交換樹脂を用いて、イオン交換により脱塩処理する高純度リグニンの製造方法であって、
イオン交換樹脂中の官能基(A)と黒液中のナトリウム(B)のモル比率(A/B)が1以上で、かつ脱塩処理後のpHが1〜4であり、前記黒液中のリグニンの濃度が、黒液総量に対して16質量%以下であることを特徴とする高純度リグニンの製造方法。
【請求項2】
前記黒液中のリグニンが、草本系リグニンである請求項1に記載の高純度リグニンの製造方法。
【請求項3】
前記黒液中のリグニンの濃度が、黒液総量に対して6〜16質量%である請求項1または2に記載の高純度リグニンの製造方法。
【請求項4】
脱塩処理後、乾燥して得られるリグニンの平均粒径が5〜200μmである請求項1〜3のいずれかに記載の高純度リグニンの製造方法。
【請求項5】
前記黒液が、原料植物をソーダ法で処理して得られるソーダリグニンを含有する黒液である請求項1〜4のいずれかに記載の高純度リグニンの製造方法。
【請求項6】
前記イオン交換樹脂が、脱塩処理によってNa+を吸着させる陽イオン交換樹脂である請求項1〜5のいずれかに記載の高純度リグニンの製造方法。

【公開番号】特開2012−214432(P2012−214432A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−210323(P2011−210323)
【出願日】平成23年9月27日(2011.9.27)
【出願人】(000233860)ハリマ化成株式会社 (167)
【Fターム(参考)】