説明

高純度L乳酸の製造方法

【課題】 蒸気滅菌を行わないことにより、設備コストを低下させ、生産コストの安い高純度のL乳酸を製造する方法を提供する。
【解決手段】 蒸気滅菌しない開放系で、有機性廃棄物にL乳酸を生産する乳酸菌を廃棄物に含まれる常在菌に対し有効な濃度比で多量に添加する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は有機性廃棄物に微生物を作用させて、L乳酸を高い純度で製造する方法に関する。従って、本発明は、L乳酸を原料とするポリ乳酸やポリヒドロキシ酪酸(PHB)といった生分解性プラスチックの生産に関する産業分野で有効に利用可能である。
【0002】
【従来の技術】L乳酸は一般には発酵法により生産されており、発酵法では特定の微生物が用いられるため、他の菌を殺す必要があって、発酵系の蒸気滅菌が行われている。この蒸気滅菌を適用する従来の発酵タンクは、一旦全ての常在菌を殺菌後、特定の菌を入れるため、耐圧性を有する頑丈な容器になり、更には付属設備もあってその操作が容易でないので、設備コストを上げる要因となっており、これはL乳酸の製造方法においても同様である。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】L乳酸は、生分解性プラスチックであるポリ乳酸の原料であるので、現在及び将来に渡ってL乳酸の大きな需要が期待されている。このL乳酸の大きな需要に答えるためには、L乳酸の生産コストを引き下げる必要がある。また、21世紀に焼酎蒸留粕の海洋投棄が前面禁止になり、焼酎蒸留粕の廉価で効率的な処理技術と共にそれを有用物質に変換する技術が求められていた。本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、蒸気滅菌を行わないことにより、設備コストを低下させ、生産コストの安い高純度のL乳酸を製造する方法を提供することを目的とする。併せて、芋焼酎蒸留粕の有効利用を目的とする。
【0004】
【課題を解決するための手段】前記目的に沿う本発明に係る高純度L乳酸の製造方法は、蒸気滅菌しない開放系で、有機性廃棄物にL乳酸を生産する乳酸菌(以下L乳酸菌という)を廃棄物に含まれる常在菌に対し有効な濃度比で多量に添加している。これによって、従来のように耐圧性を有する頑丈な容器は不要となる。また、本発明に係る高純度L乳酸の製造方法においては、前記有機性廃棄物に芋焼酎蒸留粕を用いることが好ましいが、その他の有機性廃棄物であっても本発明は適用される。前記L乳酸菌の常在菌に対する有効な濃度比は、例えば、常在菌1に対して10倍以上のL乳酸菌を使用するのが好ましく、更により好ましくは、常在菌1に対してL乳酸菌が100倍〜2000倍であることが好ましく、これによって、製造したL乳酸とD乳酸中、これらの合計中のL乳酸の割合が更に増加し、より純度の高いL乳酸の製造が可能となる。これは100倍以上の方がよりL乳酸菌が支配し易く2000倍より多くても無駄なためである。
【0005】なお、L乳酸菌としては、例えば、Streptococcus属の乳酸菌、ラクトバシラス(Lactobacillus)属のagilis,amylophilus,animalis,avialius,bavalicus,casel,dextrinicus,maltalomicus,mulinus,paracasel,rhamunosus,ruminus,salivarius,sharpeae等があり、これらの何れか1又は2以上を使用することになる。
【0006】なお、前記有機性廃棄物に、必要に応じて糖を添加することが好ましく、これによって、効率的に乳酸菌を増加させ、乳酸の製造を促進できる働きがある。
【0007】次に、高純度L乳酸の製造方法の発明の経緯について説明する。一般に乳酸菌は栄養要求性が複雑であり、単純な培地では培養は難しい。しかし、栄養状態さえ良好であれば、乳酸菌は増殖速度が速く、系の中で優先種になりやすい。一般に乳酸菌はラセミ体の乳酸、すなわちL型とD型の混在した光学不活性な乳酸を生成するものが多い。高品質なポリ乳酸を生成するためにはL型(L乳酸)あるいはD型(D乳酸)のみの乳酸が必要であるが、蒸気滅菌をしない開放系で自然な乳酸菌を使った乳酸発酵ではラセミ体の乳酸が主に生産されることが多い。そこで、本発明者は、有機性廃棄物に自然に存在している常在菌の濃度を基準に、これよりもある割合で多くのL乳酸菌を添加すれば、添加された多くのL乳酸菌で系内が支配されて発酵が進むことを見いだした。本発明においては、常在菌の菌濃度である1mLあたり1×103 〜106 個に対して10倍以上で任意の割合のL乳酸を生産する乳酸菌を添加し、初期菌体濃度の差を利用してL乳酸菌を系の優先種とするのである。
【0008】即ち、乳酸菌は栄養要求性があり、単純な培地では培養できない。本来、栄養豊富な有機性廃棄物ではこの点で乳酸菌の増殖に適しているが、生ゴミ等の栄養豊富な有機性廃棄物では、L乳酸菌ばかりでなく、様々な乳酸菌が増殖するため、開放系でのL乳酸菌のみの選択的な増殖は難しい。そこで様々な有機性廃棄物を検討し、有機性廃棄物として芋焼酎蒸留粕がL乳酸菌の選択的な増殖に有効であることがわかった。また、適量の糖を加えることにより、更により効率的に乳酸が製造されることがわかった。ここで、開放系とは他の菌を殺す必要がなく発酵系の蒸気滅菌を行わないことをいうのであって、乳酸菌の増殖に適した状態に系を整えるために嫌気性状態に保つことも含む。
【0009】さらに、L乳酸菌を好適に作用させてL乳酸を生成するには、乳酸菌の活性に適した条件に系を整えることが好ましく、pHを3を越えて12以下、しかも嫌気性状態を適宜保ちながら、恒温槽を用いて常温から55℃の温度、より効果的には20℃〜50℃の範囲に制御するのが望ましい。また、pHを3を越えて12以下に保つのは、pHが3以下の場合、又はpHが12を越える場合には、雰囲気液の酸性、アルカリ性が強すぎて、乳酸菌の活性が低下、あるいは死滅するためであり、微生物の活動に適した条件にpHを調節するのが好ましく、pHを5〜10の範囲に制御するのがより好ましい。また、ここで嫌気性状態を適宜保つとは、常時、嫌気状態を維持することの他、通気と嫌気状態を調節して乳酸の活動に適した主に嫌気状態にすることも含む。
【0010】
【発明の実施の形態】芋焼酎蒸留粕に糖を添加して、L乳酸菌を加えた後、密閉状態等、酸素の供給を絶った条件で検体の入った容器を恒温槽に静置した。容器内に存在する常在菌とL乳酸菌の作用により発酵が進み、酸が生成される。
【0011】酸の生成に伴うpHの低下はアルカリ剤を添加することにより間欠的に調整する。使用するアルカリ剤はアンモニア、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化カリウム等、何れのアルカリ剤でもよい。
【0012】本発明を説明する実験例を以下に示す。生成されるL乳酸の濃度はHPLCで測定し、L乳酸とD乳酸の濃度は酵素法で測定した。なお、本発明は以下の実験例に限られるものではない。
【0013】(実験例1)芋焼酎蒸留粕を遠心分離し、上澄みを除いた湿潤な蒸留粕を実験に用いた。この湿潤固形分1重量に対し、最初の遠心分離で取り除いた液相9重量を密閉できるチューブに加えた。このとき、液中の糖濃度が25g/L(リットル)になるようグルコースを添加した。常在菌の濃度が1×105 個/mLだったので、この濃度の100倍になるようL乳酸菌Lactobacillus rhamnosusを添加した。これを37℃の恒温槽に入れ、12時間毎にNaOHでpHを中性に調整する操作を施した。発酵操作を72時間続けた。図1に発酵結果を示す。図より95%以上の純度でL乳酸が生成されていることがわかる。
【0014】(実験例2)芋焼酎蒸留粕を遠心分離し、上澄みを除いた湿潤な蒸留粕を実験に用いた。この湿潤固形分1重量に対し、最初の遠心分離で取り除いた液相9重量を密閉できるチューブに加えた。このとき、液中の糖濃度が25g/Lになるようフルクトースを添加した。常在菌の濃度が1×105 個/mLだったので、この濃度の100倍になるようL乳酸菌Lactobacillus rhamnosusを添加した。これを37℃の恒温槽に入れ、12時間毎にNaOHでpHを中性に調整する操作を施した。発酵操作を72時間続けた。図2に発酵結果を示す。図より95%以上の純度でL乳酸が生成されていることがわかる。
【0015】(実験例3)芋焼酎蒸留粕を遠心分離し、上澄みを除いた湿潤な蒸留粕を実験に用いた。この湿潤固形分1重量に対し、最初の遠心分離で取り除いた液相9重量を密閉できるチューブに加えた。このとき、液中の糖濃度が25g/Lになるようセロビオースを添加した。常在菌の濃度が1×105 個/mLだったので、この濃度の100倍になるようL乳酸菌Lactobacillus rhamnosusを添加した。これを37℃の恒温槽に入れ、12時間毎にNaOHでpHを中性に調整する操作を施した。発酵操作を72時間続けた。図3に発酵結果を示す。図より95%以上の純度でL乳酸が生成されていることがわかる。
【0016】(実験例4)次に、常在菌とL乳酸菌の割合を変えた場合の生成されるL乳酸純度に及ぼす影響について検討した。
【0017】芋焼酎蒸留粕を遠心分離し、上澄みを除いた湿潤な蒸留粕を実験に用いた。この湿潤固形分1重量に対し、最初の遠心分離で取り除いた液相9重量を密閉できるチューブに加えた。このとき、液中の糖濃度が35g/Lになるようグルコースを添加した。常在菌の濃度が1×105 個/mLだったので、この濃度の指数倍になるようL乳酸菌Lactobacillus rhamnosusを添加した。これを37℃の恒温槽に入れ、12時間毎にNaOHでpHを中性に調整する操作を施した。発酵操作を72時間続けた。図4に発酵結果を示す。図より本実験例の条件では、L乳酸菌の濃度が常在菌の100倍以上であれば90%以上の純度でL乳酸が生成され、10倍以上では85%以上、1000倍以上では95%の高濃度でL乳酸が生成されていることがわかる。
【0018】次に、芋焼酎蒸留粕にL乳酸菌を添加せずに種菌として生ゴミを添加した場合について実験を試みた。
(実験例5)芋焼酎蒸留粕を凍結処理法にて廃液と分離し、分離した焼酎蒸留粕1重量に対し、廃液1重量を加えた。これに糖濃度が30g/Lになるようグルコースを加え、この混合物30gを密閉できるチューブに詰め、1%標準生ゴミを種菌として加えた。これを37℃の恒温槽に入れ、12時間毎にNaOHでpHを中性に調整する操作を施す以外は静置して発酵操作を72時間続けた。
【0019】図5に結果を示す。図より生成した有機酸のほとんどが乳酸であることがわかる。添加したグルコースは発酵72時間でほぼ消費され、その93%が乳酸に変換されていることがわかる。しかし、L乳酸の純度は低く、わずかに59%であった。本実験より、有機性廃棄物として芋焼酎蒸留粕を使用し、適量の糖を加えたが、L乳酸菌を添加しない場合にはL乳酸のみの選択的な増殖は難しいことがわかる。
【0020】上記実験例より常在菌数の10倍以上、好ましくは100倍以上の割合でL乳酸菌を添加すれば蒸気滅菌を行わなくても、製造した高純度のL乳酸中には、L乳酸とD乳酸を含み、しかも、前記L乳酸がこれらの合計中の85%以上を含むことが示唆された。つまり、常在菌に対して10倍以上、任意の濃度添加することによって、蒸気滅菌を行わなくても高濃度L乳酸の生成が可能であった。
【0021】また、有機性廃棄物に糖質としてグルコース、フルクトース、セロビオースを加えた場合について各々、比較検討したが、各実験例に示すように、グルコース、フルクトース、セロビオースの何れの糖質を添加した例からも、乳酸が高濃度、高選択的に生成されていることがわかる。従って、添加する糖の分量を多少変化させても、又、他の糖を使用しても高濃度でL乳酸が生成され、さらに、場合によっては、糖を添加しない場合も本発明方法に含まれる。
【0022】また、上記実験例では有機性廃棄物として芋焼酎蒸留粕を用いて実験を行い、L乳酸が高濃度、高選択的に生成されていることがわかったが、有効資源を種々含む家庭、集合住宅、ホテル、飲食店、給食産業、自治体、食品産業、酒類飲料産業、乳業産業、廃液処理汚泥等から排出される他の有機性廃棄物を使用し、これに常在菌に対して高濃度のL乳酸菌を添加して高純度のL乳酸を製造する場合も本発明方法に含まれる。
【0023】また、上記実験例においては、L乳酸菌として、Lactobacillusrhamnosusを使用したが、Streptococcus属の乳酸菌、ラクトバシラス(Lactobacillus)属のagilis,amylophilus,animalis,avialius,bavalicus,casel,dextrinicus,maltalomicus,mulinus,paracasel,rhamunosus,ruminus,salivarius,sharpeaeの何れか1又は2以上を使用する場合も本発明方法に含まれる。
【0024】
【発明の効果】本発明により、常在菌に対して高濃度のL乳酸菌を添加させ、系をL乳酸菌で支配させることによって、蒸気滅菌することなく高い純度でL乳酸を製造することができるようになった。これにより、発酵タンクに耐圧性を有する頑丈な容器の使用が不必要になり、設備コストを低下させ、高純度L乳酸を安く製造することができるようになった。また、有機性廃棄物として芋焼酎蒸留粕を使用することによって、芋焼酎蒸留粕の廉価で効率的な処理が図れると共に、生分解性プラスチックであるポリ乳酸の原料であり現在及び将来に渡って大きな需要が期待されているL乳酸という有用物質への変換が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【図1】芋焼酎蒸留粕とグルコースを基質とした乳酸発酵における生成されるL乳酸の濃度を示す。
【図2】芋焼酎廃液とフルクトースの混合液中での乳酸発酵における生成されるL乳酸の濃度を示す。
【図3】芋焼酎蒸留粕とセロビオースの混合液中での乳酸発酵における生成されるL乳酸の濃度を示す。
【図4】芋焼酎蒸留粕とグルコースを基質とし、添加する乳酸菌の割合を変えた時の生成されるL乳酸の濃度を示す。
【図5】芋焼酎蒸留粕とグルコースを基質とし、生ゴミを種菌として乳酸発酵させた場合の生成される有機酸の濃度を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 蒸気滅菌しない開放系で、有機性廃棄物にL乳酸を生産する乳酸菌を廃棄物に含まれる常在菌に対し有効な濃度比で多量に添加することを特徴とする高純度L乳酸の製造方法。
【請求項2】 請求項1記載の高純度L乳酸の製造方法において、前記有機性廃棄物に芋焼酎蒸留粕を用いることを特徴とする高純度L乳酸の製造方法。
【請求項3】 請求項1又は2記載の高純度L乳酸の製造方法において、L乳酸菌の常在菌に対する有効な濃度比は、10倍以上であることを特徴とする高純度L乳酸の製造方法。
【請求項4】 請求項1〜3のいずれか1項に記載の高純度L乳酸の製造方法において、L乳酸菌として、Streptococcus属の乳酸菌、ラクトバシラス(Lactobacillus)属のagilis,amylophilus,animalis,avialius,bavalicus,casel,dextrinicus,maltalomicus,mulinus,paracasel,rhamunosus,ruminus,salivarius,sharpeaeを何れか1又は2以上を含むことを特徴とする請求項1記載の高純度L乳酸の製造方法。
【請求項5】 請求項1〜4のいずれか1項に記載の高純度L乳酸の製造方法において、製造した高純度のL乳酸中には、L乳酸とD乳酸を含み、しかも、前記L乳酸がこれらの合計中の85%以上を含むことを特徴とする高純度L乳酸の製造方法。
【請求項6】 請求項1〜5のいずれか1項に記載の高純度L乳酸の製造方法において、前記有機性廃棄物に、必要に応じて糖を添加することを特徴とする高純度L乳酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2000−245491(P2000−245491A)
【公開日】平成12年9月12日(2000.9.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−49094
【出願日】平成11年2月25日(1999.2.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成10年9月1日 社団法人化学工学会発行の「化学工学会第31回秋季大会研究発表講演要旨集」に発表
【出願人】(597079762)
【Fターム(参考)】