説明

高耐食性燃料タンク用鋼板

【課題】優れた耐食性,抵抗溶接性,プレス加工性を有するとともに、皮膜にCrを全く含まない高耐食性燃料タンク用鋼板を提供する。
【解決手段】亜鉛系めっき鋼板の両面に、Mg,MnおよびAlからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属のリン酸塩,炭酸塩,硝酸塩,酢酸塩,水酸化物,フッ化物,オキソ酸塩およびホウ酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属化合物ならびにリン酸を含む水性組成物によって形成された金属塩層の上層に、AlおよびNiの金属粉末とアミン変性エポキシ樹脂とを含有する第1複合皮膜を形成し、他方の表面側に形成した金属塩層の上面には、アクリル系エマルジョン樹脂と、シリカと、潤滑剤と、導電性を有する粒子とを含有する第2複合皮膜を形成してなる高耐食性燃料タンク用鋼板である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料タンク用鋼板に関し、より詳しくは抵抗溶接性、特にタンク外面での抵抗溶接性およびプレス加工性に優れるとともに、耐食性、特にアルコールあるいはこれと蟻酸の混合されたガソリンに対する耐食性にも優れ、しかも従来の材料のめっき層,化成処理層に含まれていたPbやCrを全く含まない燃料タンク用鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用の燃料タンク用鋼板としてこれまでに実用化されている鋼板は、たとえば特許文献1に開示されているようなPb−Sn合金溶融めっき鋼板や、特許文献2に開示されているようなZnめっき鋼板に厚クロメート処理を施したものが使用されている。これらの材料のガソリン,アルコールあるいはアルコール混合ガソリンに対する耐食性(以下、内面耐食性という)について見ると、Pb−Sn合金めっきはメタノールに非常に溶解しやすい欠点を有している。また、タンクの外側の耐食性(以下、外面耐食性という)を考慮した場合、耐孔あき性に劣る問題があった。Pb−Sn合金めっきは、犠牲防食能が低いので、プレス加工やハンドリングの際の異物との接触、あるいは走行時の石跳ね等によって生じる疵部から、直ちに地鉄の腐食が始まる欠点を有している。
【0003】
従来から使用されている材料としては、電気亜鉛めっき鋼板に厚クロメート処理を施した材料も挙げられる。Znめっきは、犠牲防食能を有するので、疵が発生してもZnめっきの腐食が進行している間は鉄素地の腐食が進行しない。したがって耐孔あき性の観点から、Pb−Sn合金めっきより優れている。しかし、結露や外部からの混入によって水が燃料に混入するような環境における内面耐食性を考慮した場合、亜鉛の溶出速度が大きく、浮遊性の白色沈殿物が多量に発生し、燃料循環系統でフィルターの目詰りが発生する問題がある。つまり電気亜鉛めっき鋼板も、燃料タンク用鋼板として十分ではない。
【0004】
発明者らは、電気亜鉛めっき鋼板に厚クロメート処理を施した材料が有する犠牲防食能を最大限に発揮させるとともに、内面耐食性を向上させ、かつタンク製造工程においても優れたプレス加工性および抵抗溶接性を発揮する燃料タンク用鋼板の研究開発を行なってきた。
その結果、特許文献3に開示した燃料タンク用鋼板の開発に至った。この燃料タンク用鋼板は、鋼板の両表面に亜鉛系めっき層および化成皮膜(たとえばクロメート皮膜)を順次積層形成し、鋼板の一方の表面側に形成した化成皮膜上にはAlおよびNiの金属粉末とアミン変性エポキシ樹脂とを含有する金属粉末含有有機樹脂皮膜を形成し、他方の表面側に形成した化成皮膜上には、水酸基,イソシアネート基,カルボキシル基,グリシジル基およびアミン基から選ばれる少なくとも1種の官能基を有する少なくとも1種の有機樹脂とシリカと潤滑剤とを含有するシリカ含有有機樹脂皮膜を形成したものである。
【0005】
さらに発明者らは、上記の燃料タンク用鋼板の改良技術について検討し、特許文献4,5に開示した燃料タンク用鋼板を開発した。つまり、電極がシリカ含有有機樹脂皮膜と直接接触するように鋼板を重ねた状態で連続的に抵抗溶接を行なったときの溶接性は、シリカ含有有機樹脂皮膜に導電性を有する粒子を含有させるとともに、鋼板の組成成分の適正化を図ることによって、一層向上する。
【0006】
これらの燃料タンク用鋼板は、耐食性,抵抗溶接性,プレス加工性等の特性は満足できるものであるが、Cr(VI)あるいはCr(III)を含有する皮膜が形成されるものもあった。Cr(III)は環境保護に関する法的規制の対象外であるが、環境汚染を防止する観点から、Cr(VI)のみならずCr(III)を含めてCrを全く使用しない燃料タンク用鋼板の要求が高まっている。ところがCrを使用しない皮膜は、耐食性や密着性が低下するのは避けられない。つまり、燃料タンク用鋼板の耐食性と環境汚染の防止とを両立させ、かつ抵抗溶接性とプレス加工性を具備させる点において改善の余地が残されていた。
【特許文献1】特公昭57-61833号公報
【特許文献2】特公昭53-19981号公報
【特許文献3】特許第3328578号公報
【特許文献4】特開2001-341228号公報
【特許文献5】特開2002-292791号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記のような問題を解消し、優れた耐食性,抵抗溶接性,プレス加工性を有するとともに、皮膜にCrを全く含まない高耐食性燃料タンク用鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、Crを全く含まない皮膜を形成する化成処理技術に関して鋭意検討し、本発明をなすに至った。
すなわち本発明は、亜鉛系めっき鋼板の両面に、Mg,MnおよびAlからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属のリン酸塩,炭酸塩,硝酸塩,酢酸塩,水酸化物,フッ化物,オキソ酸塩およびホウ酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属化合物ならびにリン酸を含む水性組成物によって形成された金属塩層の上層に、AlおよびNiの金属粉末とアミン変性エポキシ樹脂とを含有する第1複合皮膜を形成し、他方の表面側に形成した金属塩層の上面には、アクリル系エマルジョン樹脂と、シリカと、潤滑剤と、導電性を有する粒子とを含有する第2複合皮膜を形成してなる高耐食性燃料タンク用鋼板である。
【0009】
本発明の高耐食性燃料タンク用鋼板においては、水性組成物が、さらにZn,Co,Ti,Sn,Ni,Fe,Zr,Sr,Y,Cu,Ca,V,Ba,W,Mo,NaおよびKからなる群から選ばれる少なくとも1種の金属のリン酸塩,炭酸塩,硝酸塩,水酸化物,フッ化物,オキソ酸塩およびホウ酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属化合物を含有することが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、優れた抵抗溶接性およびプレス加工性を有するとともに、耐食性、特にアルコールあるいはこれと蟻酸の混合されたガソリンに対する耐食性に優れた燃料タンク用鋼板を得ることができる。この燃料タンク用鋼板は、有害物質であるPb やCrを全く含まないので、環境保護の観点から極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の実施の形態について詳細に説明する。
亜鉛系めっき鋼板の亜鉛系めっき層は、鉄素地(すなわち鋼板)よりも卑な電位を示すので、亜鉛系めっき層が損傷したプレス加工部においても、Znの犠牲防食作用によって赤錆の発生を抑制し、燃料タンクの外面耐食性を向上させる。
本発明では亜鉛系めっき層の種類は、特に限定しないが、たとえば電気亜鉛めっき,電気亜鉛−ニッケル合金めっき,電気亜鉛−コバルト合金めっき,電気亜鉛−鉄合金めっき,溶融亜鉛めっき,合金化溶融亜鉛めっき,溶融亜鉛−アルミニウムめっき,溶融亜鉛−マグネシウムめっき,溶融亜鉛−アルミニウム−マグネシウムめっき等の他、シリカ,アルミナ,有機樹脂等をめっき層中に分散させた亜鉛系分散めっきや、これらを積層した多層めっき等が好ましい。
【0012】
また、亜鉛系めっき層の付着量が片面あたり10g/m2未満では、Znの犠牲防食作用が十分に発揮されない。一方、200g/m2を超えると、耐食性の向上効果が飽和するばかりでなく、溶接性が劣化する。したがって亜鉛系めっき層の付着量は、片面あたり10〜200g/m2とすることが好ましい。より好ましくは15〜100g/m2である。
本発明の高耐食性燃料タンク用鋼板においては金属塩層の存在が、耐食性の向上に大きく寄与する。金属塩と耐食性との関係は未だ解明されていないが、金属塩が亜鉛系めっき層の表層に強固に付着し、さらにその上層に有機皮膜層が形成されるので、亜鉛系めっき層と有機皮膜層との親和性が強い金属塩層が両者の間に設けられる構造となって密着性が向上すると推定される。また金属塩は、亜鉛系めっき層のZnの腐食生成物が安定化あるいは緻密化する効果を有するので、耐食性が向上すると推定される。
【0013】
金属塩層を形成するために使用される水性組成物は、Mg,MnおよびAlからなる群(以下、第1群という)より選ばれる少なくとも1種の金属のイオン解離性化合物を含む。これらの金属は、水性組成物中でイオン解離し、後述するリン酸と共存することによって高耐食性燃料タンク用鋼板の耐食性の向上に寄与する。
水性組成物は、第1群中の1種の金属の化合物を含むだけで良いが、耐食性を顕著に向上させるためには、2種以上の金属の化合物を含むのが好ましい。第1群の金属を全て含む水性組成物を使用するのが最も好ましい。第1群の金属を2種以上含む場合の互いの量比は、特に限定しない。ただし第1群の金属を全て含む場合は、Mg:Mn:Al=1:1:1〜2:1:1とするのが好ましい。
【0014】
本発明では、第1群の金属に加えて、他の金属の化合物を含む水性組成物を使用しても良い。第1群の他の金属としては、Zn,Co,Ti,Sn,Ni,Fe,Zr,Sr,Y,Cu,Ca,V,Ba,W,Mo,NaおよびKからなる群(以下、第2群という)より選ばれる少なくとも1種が好ましい。第1群の金属の化合物を1種または2種以上含む水性組成物に、第2群の金属の化合物を少なくとも1種含有させることによって、高耐食性燃料タンク用鋼板の耐食性を一層向上できる。なお、第2群の中ではZn,Vが最も好ましい金属である。
【0015】
第2群の金属の化合物を2種以上含有させる場合の各金属の量比は、特に限定しない。
第1群と第2群の各金属の化合物は、水性組成物中で解離する化合物であれば良い。通常、金属化合物は塩の形態であり、第1群と第2群の各金属のリン酸塩,炭酸塩,硝酸塩,酢酸塩,水酸化物,フッ化物,オキソ酸塩およびホウ酸塩からなる群から選ばれる少なくとも1種を使用する。
【0016】
また水性組成物は、さらに酸化物,他の無機酸との塩,他の有機酸との塩(たとえば炭酸ジルコニウムアンモニウム,チタンラクテート等)を含んでも良い。
水性組成物には対イオン種(たとえば酸基)が1種または2種以上含まれる。2種以上の金属化合物から水性組成物を調整する際には、互いの対イオンは同一であっても異なっていても良い。水性組成物中に第1群の金属を2種以上含む場合は、互いの対イオンは同一でも異なっていても良い。さらに第2群の金属を含む場合にも、対イオンは同一でも異なっていても良い。第2群の金属の対イオンは、第1群の金属の対イオンと同一でも異なっていても良いが、第1群の金属の対イオンのいずれかと同一であることが好ましい。
【0017】
2種以上の金属イオンを含む水性組成物を調整する際には、異なる金属の化合物を2種以上用いても良いし、あるいは2種以上の金属から形成される複塩型の金属化合物を用いても良い。これらを併用することも可能である。ただし、異なる金属の化合物を2種以上用いて調整した水性組成物が最も好ましい。
第1群の金属の化合物は、金属として水性組成物中の全固形分に対して2質量%以上含有されれば、高耐食性燃料タンク用鋼板の耐用性を向上できる。ところが50質量%を超えると、高耐食性燃料タンク用鋼板の溶接性が低下する。したがって、2〜50質量%の範囲内が好ましい。より好ましくは20〜45質量%であり、25〜40質量%が一層好ましい。
【0018】
第2群の金属の化合物は、第1群の金属のそれと同じ理由で、金属として水性組成物中の全固形分に対して2〜60質量%の範囲内が好ましい。より好ましくは35〜50質量%である。
第1群の金属と第2群の金属の量比は、特に限定しないが、第1群の金属を多量に含有することが好ましい。
【0019】
水性組成物は、これらの金属の化合物に加えて、リン酸を含む必要がある。リン酸によって上層の第1複合皮膜または第2複合皮膜中の存在する金属との密着性が高まり、優れた耐食性が得られる。リン酸の含有量は、金属化合物の金属を1質量部とした場合、1〜5質量部の範囲内が好ましい。なお、第1複合皮膜と第2複合皮膜については後述する。
水性組成物は、本発明の目的を損なわない範囲で、さらに他の成分を含んでも良い。たとえば金属塩層と第1複合皮膜または第2複合皮膜との密着性と金属塩層の緻密性を高めるために、金属酸化物を含むことができる。金属酸化物としては、SiO2,MgO,ZrO2,Al23,SnO2,Sb23,Fe23,Fe34等を単独または併用で使用できる。これらの金属酸化物の中ではSiO2(シリカ)が好ましく、特にコロイダルシリカ,気相シリカが最も好ましい。
【0020】
金属酸化物の含有量は、従来の亜鉛めっき鋼板で使用する表面処理剤の含有量と同じ程度であれば良い。
金属酸化物の粒径は、特に限定しないが、粒子が小さいほど水性組成物の他の成分と混合しやすいので好ましい。
金属酸化物とカップリング剤を併用することによって、耐食性向上の効果がさらに高まる。さらに、通常の表面処理剤に慣用的に含有させる添加剤を適宜使用することによって、耐食性のみならず耐指紋性等の効果を得ることができる。
【0021】
金属塩層は、水性組成物を亜鉛系めっき層表面(すなわち亜鉛系めっき鋼板)に塗布することによって形成される。つまり、めっき層の表面に水性組成物をロールコート,スプレー塗布,刷毛塗り,浸漬塗装,カーテンフロー等の手段を用いて塗布した後、リンガーロール等で押圧し、さらに乾燥,焼付けすることによって金属塩層が形成される。金属塩層の焼付けは、水性組成物を揮発させるために100〜200℃の温度範囲で行なう。
【0022】
金属塩層の膜厚が0.1μm未満では、十分な耐食性が得られない。一方、1.0μmを超えると、プレス加工性や抵抗溶接性に悪影響を及ぼす。したがって金属塩層の膜厚は、0.1〜1.0μmの範囲内が好ましい。より好ましくは0.3〜0.7μmである。この膜厚の測定方法は、金属塩層の断面を顕微鏡で観察し、1視野につき任意の3箇所で膜厚を測定し、少なくとも5視野で同様に測定した値の平均値を算出する。
【0023】
本発明の高耐食性燃料タンク用鋼板は、上記の金属塩層を両面に形成させ、さらに片方の面の金属塩層の上層にAlおよびNiの金属粉末とアミン変性エポキシ樹脂とを含有する皮膜(以下、第1複合皮膜という)を形成する。他方の面の金属塩層の上層にはアクリル系エマルジョン樹脂とシリカと潤滑剤と導電性を有する粒子とを含有する皮膜(以下、第2複合皮膜という)を形成する。
【0024】
第1複合皮膜を形成した面は、抵抗溶接性と耐ガソリン性に優れているので、ガソリンを貯蔵する燃料タンクの内面側(すなわちガソリンと接触する面)として用いる。一方、第2複合皮膜を形成した面は、潤滑性と耐食性に優れているので、燃料タンクの外面側として用いる。
第1複合皮膜は、アルコールが混合されたガソリンやメタノールが酸化して生成した蟻酸が混合されたガソリンに対して優れた耐食性を有する金属粉末と有機樹脂を含有しており、下層の亜鉛系めっき層と金属塩層がガソリンとの接触するのを阻止する役割を担う。ところが有機樹脂は電気絶縁性が高いので、膜厚が1μm以上になると金属塩層,めっき層または鋼素地が全く露出しないので、抵抗溶接が困難になる。そこで、第1複合皮膜に金属粉末を分散させて導電性を確保し、溶接時の発熱によって有機樹脂を溶融させる。その結果、金属塩層,めっき層または鋼素地が露出し易くなり、優れた抵抗溶接性が得られる。
【0025】
ただし、硬化剤を添加した有機樹脂を使用すると、溶接時に有機樹脂が溶融し難くなって、皮膜排除が困難になり、溶接不良が発生する場合がある。したがって、第1複合皮膜の有機樹脂には硬化剤を含有しないものを使用するのが好ましい。
金属粉末は、固有抵抗が高く、発熱量が大きいものが好ましい。具体的にはNi,Al,Fe,Cu等が好ましい。これらの金属の中で、Niはメタノールに対する耐食性が優れており、かつ固有抵抗が大きいので最も好ましい。またAlは、Niに比べて固有抵抗や融点が低いという欠点を有しているが、鱗片状(すなわちフレーク状)のAl粉末を含有させることによって腐食性イオンの透過を抑制することが可能となり、第1複合皮膜の耐食性を向上させる効果が得られる。
【0026】
そこでAlとNiの他にFe,Cu等の金属粉末を組み合わせて、適正比率で含有させることによって、第1複合皮膜の導電性を高めて抵抗溶接性を向上するとともに、腐食性イオンの透過を抑制して耐食性を向上することができる。
金属粉末の形状は、粉状あるいは鱗片状のどちらでも良いが、その形状によって耐食性や抵抗溶接性が変化するので、高耐食性燃料タンク用鋼板に要求される特性に応じて適宜選択する。
【0027】
Ni粉末の平均粒径が1μm未満では通電点が不足する。一方、9μmを超えると、十分な通電点を確保できるが、第1複合皮膜が多孔質となって内面耐食性が劣化するばかりでなく、プレス加工における第1複合皮膜のパウダリングが生じる。したがって、Ni粉末の平均粒径は1〜9μmの範囲内が好ましい。より好ましくは2〜7μmである。
Al粉末の平均長径が8μm未満,平均短径が1μm未満では鱗片状の粉末の面積が小さいので、蟻酸等の腐食性イオンの透過を抑制する効果が低くなり、内面耐食性が劣化する。この問題は、平均長径または平均長径のいずれかが上記の数値より小さい場合にも、平均長径および平均長径がともに上記の数値より小さい場合にも生じる。一方、平均長径が18μmを超え、平均短径が10μmを超えると、第1複合皮膜が多孔質となって内面耐食性が劣化するばかりでなく、プレス加工における第1複合皮膜のパウダリングが生じる。したがって、Al粉末の平均長径は8〜18μm,平均短径は1〜10μmの範囲内が好ましい。より好ましくは、平均長径が10〜15μm,平均短径は5〜8μmである。
【0028】
Al粉末の厚みが1μm未満では、内面耐食性を保つ寿命が短くなる。一方、5μmを超えると、第1複合皮膜の表面に露出するAl粉末が増加して抵抗溶接性が劣化する。したがって、Al粉末の厚みは1〜5μmの範囲内が好ましい。より好ましくは2〜4μmである。
第1複合皮膜中のNi粉末とAl粉末の合計配合量が、有機樹脂100質量部に対して、30質量部未満では、通電点が不足し、導電性が低下する。一方、110質量部を超えると、第1複合皮膜中が脆弱になり、プレス加工における第1複合皮膜のパウダリングが生じ、内面耐食性が劣化する。したがって、Ni粉末とAl粉末の合計配合量は、有機樹脂100質量部に対して、30〜110質量部の範囲内が好ましい。より好ましくは45〜100質量部である。
【0029】
さらに、第1複合皮膜中のNi粉末の配合割合[Ni]とAl粉末の配合割合[Al]の比率(=[Ni]/[Al])が30/70未満では、固有抵抗が高いNiが不足し、抵抗溶接性が劣化する。一方、80/20を超えると、ガソリンの浸透を抑制する作用を有するAlが不足し、内面抵抗性が劣化する。したがって、[Ni]/[Al]は80/20〜30/70の範囲内が好ましい。より好ましくは70/30〜40/60である。
【0030】
第1複合皮膜に含有する有機樹脂は、ガソリン,アルコール,蟻酸に対して優れた耐食性と耐久性を有し、かつ塗膜密着性とプレス加工性に優れたアミン変性エポキシ樹脂を使用する。
アミン変性エポキシ樹脂は、主骨格を形成するエポキシ樹脂のオキシラン環がアミンによって開環したものである。アミン変性エポキシ樹脂の主骨格を形成するエポキシ樹脂は、優れたプレス加工性を保つために、平均分子量5000〜50000を有するものが好ましい。より好ましくは、10000〜40000である。
【0031】
このような平均分子量を有するエポキシ樹脂は、たとえばビスフェノールA型エポキシ樹脂,ビスフェノールF型エポキシ樹脂,環状脂肪族エポキシ樹脂,ヒダントイン型エポキシ樹脂,ノボラック型エポキシ樹脂,グリシジルエステル型エポキシ樹脂等が挙げられる。これらの中でもビスフェノールA型エポキシ樹脂やビスフェノールF型エポキシ樹脂は、第1複合皮膜の形成に際して、塗料としての安定性に優れ、かつプレス加工性および内面耐食性に優れた皮膜を得ることができる。
【0032】
エポキシ樹脂は、単独で用いても良いし、あるいはアジピン酸,アゼライン酸,セバシン酸,フタル酸,ダイマー酸等のジカルボン酸を反応させたエポキシエステル樹脂として用いても良い。さらに、ポリアルキレングリコールジグリシジンエーテルを併用しても良い。
アミン変性エポキシ樹脂におけるエポキシ樹脂のオキシラン環に付加するアミンとしては、たとえばエチルエタノールアミン,エタノールアミン等のモノアルカノールアミン、あるいはジエタノールアミン,ジプロパノールアミン,ジブタノールアミン等のジアルカノールアミンなどの1級または2級アミンが挙げられる。これらの中でも、ジエタノールアミンは第1複合皮膜や金属粉末との密着性が高いので好ましい。
【0033】
アミン変性エポキシ樹脂における主骨格であるエポキシ樹脂のオキシラン環1当量に付加するアルカノールアミンのモル数が0.2モル未満では、アミン変性度が不足するので、金属粉末とアミン変性エポキシ樹脂の親和性が低下し、プレス加工の際に金属粉末が第1複合皮膜から脱離し易くなる。その結果、プレス加工性が劣化するばかりでなく、有機樹脂と金属粉末との隙間に腐食性イオンが滞留し易くなり、内面腐食性が劣化する。アルカノールアミンが1.0モルを超えると、余剰のアルカノールアミンはオキシラン環に付加されず吸水性を高めるので、内面腐食性が劣化する。したがって、エポキシ樹脂のオキシラン環1当量に付加するアルカノールアミンのモル数は0.2〜1.0モルの範囲内が好ましい。
【0034】
ただし、エポキシ当量が500〜1000であれば、アルカノールアミンのモル数は0.2〜0.6モルの範囲内が一層好ましく、エポキシ当量が1000〜5000であれば、アルカノールアミンのモル数は0.6〜1.0モルの範囲内が一層好ましい。
アミン変性エポキシ樹脂は、第1複合皮膜における金属粉末とエポキシ樹脂の界面を密着させる。界面を強化する作用は、第1複合皮膜の耐食性の向上とプレス加工における第1複合皮膜の剥離の防止を達成する要因となる。
【0035】
アミン変性エポキシ樹脂の平均分子量が5000未満では、分子間力が不足し、プレス加工の際に第1複合皮膜が剥離する。一方、50000を超えると、分子末端のオキシラン環に付加されるアルカノールアミンの量が少なくなるので、有機樹脂と金属粉末の親和性が低下し、プレス加工の際に金属粉末が第1複合皮膜から脱離し易くなる。その結果、プレス加工性が劣化するばかりでなく、有機樹脂と金属粉末との隙間に腐食性イオンが滞留し易くなり、内面腐食性が劣化する。したがって、アミン変性エポキシ樹脂の平均分子量は5000〜50000の範囲内が好ましい。
【0036】
第1複合皮膜は、アミン変性エポキシ樹脂の他に、ウレタン変性エポキシ樹脂,ウレタン樹脂,エポキシ樹脂,アクリル樹脂,オレフィン樹脂を含有しても良い。
第1複合皮膜の厚さが1μm未満では、十分な内面耐食性が得られない。一方、10μmを超えると、抵抗溶接性が劣化する。したがって、第1複合皮膜の厚さは1〜10μmの範囲内が好ましい。厚さの測定方法は、第1複合皮膜の断面を顕微鏡で観察し、1視野につき任意の3箇所で厚さを測定し、少なくとも5視野で同様に測定した値の平均値を算出する。ただし、Al粉末やNi粉末が第1複合皮膜から露出している部分は測定しない。
【0037】
第1複合皮膜には、必要に応じて潤滑剤,カップリング剤,顔料,チクソトロピック剤,分散剤等の添加剤を添加しても良い。
第1複合皮膜を形成する際は、アミン変性エポキシ樹脂やAl粉末,Ni粉末に加えて、適宜添加される各種の添加剤を含む塗料を調製し、その塗料を内面側の金属塩層の上層に塗布する。塗料の調製は、エポキシ当量が500〜5000のエポキシ樹脂にアルカノールアミンを添加して、常温〜100℃で4〜5時間反応させて得られるアミン変性エポキシ樹脂に金属粉末や各種の添加剤を所定の割合で配合して混合する。これらのエポキシ樹脂,金属粉末,添加剤の混合は、サンドミルやアトライター等を用いて行なう。
【0038】
第1複合皮膜を形成した面(すなわち燃料タンクの内面)の反対側の面(すなわち燃料タンクの外面)には、第2複合皮膜が形成される。
第2複合皮膜は、アクリル系エマルジョン樹脂,シリカ,潤滑剤と導電性粒子を複合した潤滑性樹脂皮膜である。高耐食性燃料タンク用鋼板に要求される十分なプレス加工性を得るためには、強靭な潤滑性樹脂皮膜を形成することが必要である。
【0039】
強固な潤滑性樹脂皮膜を形成するにあたって、エポキシ樹脂,アルキッド樹脂,アクリル樹脂,ウレタン樹脂,ポリビニルブチラール樹脂,フェノール樹脂,メラミン樹脂等に硬化剤を添加して架橋反応を生起させる技術が従来から知られている。
しかし発明者らの研究によれば、これらの潤滑性樹脂皮膜は、有機樹脂が溶接の熱によって溶融し難いので、金属塩層,めっき層または鋼素地が露出し難くなり、溶接不良が生じる惧れがある。これらの潤滑性樹脂皮膜に金属粉末を添加すれば、溶接時の導電作用による発熱が生じるが、硬化剤を含有する故に潤滑性樹脂皮膜の円滑な溶融は期待できない。
【0040】
そこで発明者らは、硬化剤を添加せず、強固な潤滑性樹脂皮膜(すなわち第2複合皮膜)を形成できる有機樹脂について検討し、アクリル系エマルジョン樹脂が最適であることを見出した。この有機樹脂の形態は、エマルジョンタイプのものを使用する。その理由は、水溶性では水溶化させるために親水性の官能基を多量に付加させる必要があるので、潤滑性樹脂皮膜の親水性が高くなり、腐食因子(たとえば酸,塩素イオン等)が侵入し易くなるからである。したがって第2複合皮膜にて用いる有機樹脂は、アクリル系エマルジョン樹脂とする。
【0041】
アクリル系エマルジョン樹脂は、アクリル酸エステルおよびメタクリル酸エステルのうちの少なくとも1種を含むビニル系モノマー混合物を、乳化剤または高分子量樹脂分散安定剤の存在下で、水中にて乳化重合したエマルジョン樹脂であり、さらに必要に応じて中和や変性を行なった樹脂である。
アクリル系エマルジョン樹脂を作製するために使用するビニル系モノマー混合物のモノマー成分としては、たとえば(メタ)アクリル酸メチル,(メタ)アクリル酸エチル,(メタ)アクリル酸n−プロピル,(メタ)アクリル酸イソプロピル,(メタ)アクリル酸ブチル(n−,i−,t−),(メタ)アクリル酸ヘキシル,(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシル,(メタ)アクリル酸n−オクチル,(メタ)アクリル酸デシル,(メタ)アクリル酸ラウリル,(メタ)アクリル酸ステアリル,(メタ)アクリル酸シクロヘキシル等のアクリル酸またはメタクリル酸の炭素数1〜18(1〜24)のアルキルエステルまたはシクロアルキルエステルや、(メタ)アクリル酸メトキシエチル,(メタ)アクリル酸エトキシブチル等のアクリル酸またはメタクリル酸の炭素数2〜18のアルコキシアルキルや、アクリル酸,メタクリル酸,クロトン酸,イタコン酸,マレイン酸,フマル酸等のカルボキシル基含有不飽和モノマーや、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート,2−または3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等のアクリル樹脂またはメタクリル酸の炭素数2〜8のヒドロキシアルキルエステルや、N,N−ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート,N,N−ジエチルアミノエチル(メタ)アクリレート等の含窒素アルキル(メタ)アクリレートや、アクリルアミド,メタクリルアミド,N−ブトキシメチル(メタ)アクリルアミド,N,N−ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド,N,N−ジメチルアミノエチル(メタ)アクリルアミド等の重合性アミド類や、グリシジル(メタ)アクリレート,アリルグリシジルエーテル等のエポキシ基含有不飽和モノマーや、酢酸ビニル,スチレン,α−クロロスチレン,アクリルニトリル等が挙げられる。
【0042】
乳化重合反応は、水媒体中で乳化剤とともに攪拌しながら、所定の温度でモノマーと重合開始剤を供給して生起させる。モノマーと重合開始剤の添加は、全量を一括して供給しても良いし、あるいは少量を連続的に供給しても良い。
乳化剤の添加量は、重合モノマー全量に対して0.05〜10質量%の範囲内が好ましい。より好ましくは0.1〜5質量%である。乳化剤の具体例としては、ステアリルアミン塩酸塩,ラウリルトリメチルアンモニウムクロライド,トリメチルオクタデシルアンモニウムクロライド等のカチオン乳化剤、オレイン酸カリウム,ラウリル酸ナトリウム,ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム,アルカンスルホン酸ナトリウム,アルキルナフタレンスルホン酸ナトリウム,ジアルキルスルホコハク酸ナトリウム,ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸ナトリウム,ポリオキシエチレンアルキルアリルエーテル硫酸ナトリウム,ポリオキシエチレンアルキル燐酸エステル,ポリオキシエチレンアルキルアリル燐酸エステル等のアニオン系乳化剤、ポリオキシエチレンアルキルエーテル,ポリオキシエチレンアルキルアリルエーテル,ポリオキシエチレンプロピルブロックポリマー,ポリエチレングリコール脂肪酸エステル,ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル等のノニオン系乳化剤、ラウリルペタイン,ラウリルジメチルアミンオキサイド等の両イオン性乳化剤などが挙げられる。
【0043】
その他にも、水溶性高分子のポリビニルアルコール,ヒドロキシエチルセルロース,水溶性アクリル共重合体,スチレンスルホン酸ナトリウムの共重合体等も使用できる。これらの物質は、単独で使用しても良いし、あるいは乳化剤と併用しても良い。
重合時のモノマー濃度は30〜70質量%の範囲内が好ましい。より好ましくは35〜65質量%である。
【0044】
重合開始剤は、従来から知られているラジカル重合開始剤を使用するのが好ましい。ラジカル重合開始剤としては、過硫酸アンモニウム,過硫酸カリウム,過硫酸ソーダ等の過硫酸塩、2,2’−アゾビス(2,4−ジメチルパレロニトリル)等のアゾ系重合開始剤、ベンゾイルパーオキサイド,ラウリルパーオキサイド等の過酸化物系重合開始剤などが挙げられる。
【0045】
ラジカル重合開始剤の添加量は、重合モノマー全量に対して0.1〜10質量%の範囲内が好ましい。より好ましくは0.3〜5質量%である。
乳化重合反応の反応時間は2〜16時間の範囲内が好ましい。反応温度は60〜100℃の範囲内が好ましい。
第2複合皮膜は、プレス加工における金型と金属塩層,めっき層または鋼素地との接触面積を可能な限り低減するために、高硬度の皮膜を形成する必要がある。そのためにはガラス転移点Tgの高い有機樹脂が有効である。第2複合皮膜の有機樹脂のTgが0℃未満では、プレス加工の温度(通常は常温)において皮膜の硬度が低くなり、十分なプレス加工性が得られない。一方、90℃を超えると、皮膜が脆くなり、十分なプレス加工性が得られない。したがって、Tgは0〜90℃の範囲内が好ましい。より好ましくは50〜80℃である。
【0046】
第2複合皮膜に含有されるシリカは、燃料タンクの外面の耐食性を向上させる作用を有するものを使用する。たとえばコロイダルシリカ,オルガノシリカゾル,シリカ粉末、あるいは脱水縮合によってシリカとなる有機シリケート(たとえばエチルシリケート等を酸触媒と併用して用いる)等が挙げられる。
シリカの平均粒径は、第2複合皮膜中にシリカを均一に分散させるために、5〜70nm(ナノメートル)の範囲内が好ましい。
【0047】
第2複合皮膜に含有させるシリカの配合量が、有機樹脂100質量部に対して5質量部未満では、高耐食性燃料タンク用鋼板の外面耐食性が劣化する。一方、80質量部を超えると、第2複合皮膜が脆弱になり、プレス加工性が劣化する。したがって、シリカの配合量は有機樹脂100質量部に対して5〜80質量部の範囲内が好ましい。ただし、シリカは熱分解性が劣り、抵抗溶接性を劣化させる作用を有することを考慮すると、20〜60質量部の範囲内が一層好ましい。
【0048】
有機樹脂とシリカとの反応を促進する反応促進剤として、シランカップリング剤を添加して良い。シランカップリング剤としては、y−(2−アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン,y−クリシドキシプロピルメトキシシラン等が挙げられる。
さらに、反応促進剤に加えて、有機樹脂に安定剤,分散剤等の添加剤を適宜添加しても差し支えない。
【0049】
第2複合皮膜に含有させる潤滑剤としてはポリオレフィンワックスが好ましく、具体的にはポリエチレン,ポリプロピレン,ポリブチレン等のオレフィン系炭化水素の重合体からなるワックスなどが好ましい。これらのワックスは単独で使用しても良いし、あるいは2種以上を組み合わせて使用しても良い。また、フッ素を含有する潤滑剤を使用しても良い。
【0050】
これらの潤滑剤はプレス加工を行なう際に第2複合皮膜と金型との間に潤滑層を形成するので、良好なプレス加工性を得ることができる。
潤滑剤の配合量が、有機樹脂100質量部に対して1質量部未満では、十分な潤滑性が得られない。一方、40質量部を超えると、第2複合皮膜の強度が不足して、潤滑性が劣化する。したがって、潤滑剤の配合量は有機樹脂100質量部に対して1〜40質量部の範囲内が好ましい。より好ましくは5〜30質量部である。
【0051】
潤滑剤の平均粒径が1μm未満では、第2複合皮膜から突出する潤滑剤の量が少なくなるので、プレス加工性が劣化する。一方、7μmを超えると、第2複合皮膜が脆弱になり、プレス加工性が劣化する。したがって、潤滑剤の平均粒径は1〜7μmの範囲内が好ましい。
潤滑剤の軟化点が、70℃未満では、発熱を伴う過酷なプレス加工を行なう際に潤滑剤の弾性率が著しく低下し、プレス加工性が劣化する。一方、150℃を超えると、潤滑剤が強靭になりすぎて潤滑性の低下を招き、プレス加工性が劣化する。したがって、潤滑剤の軟化点は70〜150℃の範囲内が好ましい。
【0052】
第2複合皮膜は、抵抗溶接性を向上させて連続的に溶接を行なうために、導電性粒子を含有させる。
導電性粒子としては、金属粉末,金属化合物粉末,グラファイト粉末が挙げられる。これらの粉末は、単独で使用しても良いし、あるいは2種以上を組み合わせて使用しても良い。
【0053】
金属粉末としては、Ni粉末,Sn粉末,Cu粉末等の純金属粉末、JIS規格に規定されるSUS304L,SUS316,SUS430等のステンレス鋼に代表される合金鋼粉末が挙げられる。
金属化合物粉末は、導電性を有する金属酸化物の粉末を使用する。具体的には、酸化錫粉末が好ましい。この金属化合物粉末は、単一組成のみならず、複合酸化物が使用できる。あるいは、安価な材質の粉末粒子を核として、その表面に金属化合物粉末を付着させたものを使用しても良い。
【0054】
酸化錫粉末としては、Nano Tek Tinoxide(シーアイ化学製),酸化錫のコロイド分散液としてセラメースS-8(多木化学製),アンチモン錫複合酸化物(いわゆるATO)粉末としてSN-100P(石原産業製),ATOのコロイド分散液としてSN-100D(石原産業製),アンチモン亜鉛複合酸化物(いわゆるAZO)粉末としてSC-18(堺化学工業製),AZOのコロイド分散液としてセルナックスCX-Z300H(日産化学工業製)等が挙げられる。
【0055】
グラファイト粉末としては、一般のグラファイト粉末の他に、有機溶媒や水に分散したコロイドゾル等が挙げられる。一般のグラファイト粉末は、AUP(黒鉛工業製),TGP-05(東海カーボン製),GP-60S,GP-82,GP-78,GP-63(日立冶金製)等が挙げられる。有機溶媒や水に分散したコロイドゾルとしては、ヒタゾルGA-66,ヒタゾルAB-1,ヒタゾルGA-315(日立冶金製),バニーライC-9A,バニーライBP-4(日本黒鉛工業製)等が挙げられる。
【0056】
導電性粒子の粒径が、0.01μm未満では、第2複合皮膜に通電経路が形成されないので、抵抗溶接性が劣る。一方、3.0μmを超えると、導電性粒子が第2複合皮膜から脱落し易くなるので、プレス加工の際に金型と接触してプレス加工性が劣化する。したがって、導電性粒子の粒径が0.01〜3.0μmの範囲内が好ましい。より好ましくは0.03〜2.0μmであり、0.05〜1.5μmが一層好ましい。
【0057】
導電性粒子の配合量が、有機樹脂100質量部に対して5質量部未満では、抵抗溶接性の改善効果が得られない。一方、30質量部を超えると、第2複合皮膜の強靭性が損なわれ、プレス加工性が劣化する。したがって、導電性粒子の配合量は有機樹脂100質量部に対して5〜30質量部の範囲内が好ましい。より好ましくは11〜30質量部である。
第2複合皮膜は、有機樹脂(すなわちベース樹脂)にシリカ,潤滑剤,導電性粒子に加えて、他の添加剤を含有させても良い。さらに、プレス加工の際には、第2複合皮膜の表面に潤滑油を塗布しても良い。
【0058】
第2複合皮膜の厚さが0.2μm未満では、十分な内面耐食性が得られない。一方、2.0μmを超えると、抵抗溶接性が劣化する。したがって、第2複合皮膜の厚さは0.2〜2.0μmの範囲内が好ましい。厚さの測定方法は、第2複合皮膜の断面を顕微鏡で観察し、1視野につき任意の3箇所で厚さを測定し、少なくとも5視野で同様に測定した値の平均値を算出する。ただし、導電性粒子が第2複合皮膜から露出している部分は測定しない。
【実施例】
【0059】
実施例により本発明を具体的に説明する。ただし本発明は、この実施例に限定されるものではない。
表1〜3に示す金属化合物を、それぞれ表1〜3に示す配合比で混合し、水性組成物を調製した。その水性組成物を鋼板A〜Fにロールコート塗装した。なお、鋼板A〜Fは下記の通りである。
鋼板A:電気亜鉛めっき鋼板(板厚:1.0mm,Zn:40g/m2
鋼板B:電気亜鉛−ニッケルめっき鋼板(板厚:1.0mm,Zn+Ni:20g/m2,Ni:12質量%)
鋼板C:溶融亜鉛めっき鋼板(板厚:1.0mm,Zn:60g/m2
鋼板D:合金化溶融亜鉛めっき鋼板(板厚:1.0mm,Zn:40g/m2,Fe:10質量%)
鋼板E:亜鉛5%アルミニウムめっき鋼板(板厚:1.0mm,Zn+Al:60g/m2,Al:5質量%)
鋼板F:亜鉛55%アルミニウムめっき鋼板(板厚:1.0mm,Zn+Al:60g/m2,Al:55質量%)
鋼板G:ターンめっき鋼板亜鉛(板厚:1.0mm,Pb−Sn合金:70g/m2
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
【表3】

【0063】
その後、鋼板を加熱して、温度が20秒間で150℃となるように昇温して乾燥,硬化させて、表1〜3に示す膜厚の金属塩層を形成した。
酸基P:リン酸
酸基C:酢酸
酸基H:水酸化物
酸基B:ホウ酸
酸基V:バナジン酸
さらに金属塩層の上に、それぞれ第1複合皮膜と第2複合皮膜を形成した。
【0064】
第1複合皮膜の形成方法について説明する。
まず、還流冷却器,攪拌装置,温度計および窒素ガス吹き込み装置を備えた反応装置に、エピコート1007(油化シェルエポキシ製,エポキシ樹脂:エポキシ当量=2000)2kgおよびトルエン1kgを入れ、窒素置換後に80℃まで昇温し、均一溶液とした。この溶液に、ジエタノールアミン52.5gを30分かけて滴下した後、1時間反応させることによってアミン変性を行ない、アミン変性エポキシ樹脂を調製した。なお、アルカノールアミン付加量(モル)は、エポキシ樹脂中のオキシラン環1当量に対する量として表4〜6に示す。
【0065】
【表4】

【0066】
【表5】

【0067】
【表6】

【0068】
次いで、金属粉末,有機溶剤およびその他の添加剤を加えて混練し、懸濁液を作製した。Al粉末は鱗片状のもの、Ni粉末は粒状のものを使用した。また、有機溶剤の量は懸濁液全体の60〜85質量部とした。この樹脂混合物(すなわち懸濁液)をロール塗布によって所定の厚さとなるように塗布し、10〜30秒後に100〜200℃になるように加熱して焼付けを行ない、第1複合皮膜を形成した。
【0069】
次に第2複合皮膜の形成方法について説明する。
攪拌機,温度計および還流冷却器を備えた反応槽に脱イオン水28.18質量部,乳化剤A(ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル硫酸アンモニウム)0.13質量部,乳化剤B(ポリオキシエチレンアルキルエーテル)0.4質量部を仕込み、加熱攪拌して80℃まで昇温した後、過硫酸アンモニウム0.1質量部を加え、5分間攪拌した。次いで、脱イオン水21.92質量部,乳化剤A0.52質量部,スチレン12.6質量部,メタクリル酸メチル1.2質量部からなる単量体予備混合物を3時間かけて反応槽に滴下した。滴下終了後、80℃で2時間保持した後、40℃に冷却し、ジメチルアミノエタノールでpH8.5に調製し、安定な水分散体を得た。
【0070】
次いで、シリカ,潤滑剤,導電性粒子および脱イオン水を加えて混練し、懸濁液を作製した。また、溶媒(脱イオン水等)の量は懸濁液全体の75〜90質量部とした。この樹脂混合物をロール塗布によって所定の厚さになるように塗布し、10〜30秒後に10〜200℃になるように加熱して焼付けを行ない、第2複合皮膜を形成した。この第2複合皮膜の組成を表7,8に示す。
導電性粒子A:SN100D
導電性粒子B:Nano Tek Tinoxide
導電性粒子C:セラメースS-8
導電性粒子D:セルナックスCX-Z300H
導電性粒子E:AUP
導電性粒子F:ヒタゾルGA-66
【0071】
【表7】

【0072】
【表8】

【0073】
このようにして得られた高耐食性燃料タンク用鋼板のプレス加工性,抵抗溶接性,外面耐食性,内面耐食性を評価した。
プレス加工性の評価方法について説明する。
下記の条件で高耐食性燃料タンク用鋼板を円筒状に加工し、限界絞り比(=絞り抜けたサンプルの絞り比(ブランク径/ポンチ径)の最大値)を求めた。
塗油:防錆油Z5(出光石油製)を1g/m2
ポンチ径と形状:直径33mm,平底円筒
クリアランス:1mm
プランク径:種々変化
しわ押さえ荷重:3トン
絞り速度:60mm/秒
限界絞り比に応じて潤滑性を下記の通り3段階に分類して評価した。
○:2.1≦限界絞り比
△:2.0≦限界絞り比<2.1
×:限界絞り比<2.0
また、ブランク径を60mmとして円筒状にプレス加工したときのカップ外面側壁の樹脂皮膜のCを、プレス加工の前後でEPMAによってスポットカウントし、そのCカウント比(=加工後のCのスポットカウント/加工前のCのスポットカウント)を求めた。そのカウント比に応じて下記の通り3段階に分類して評価した。
○:0.8≦Cカウント比
△:0.2≦Cカウント比<0.8
×:Cカウント比<0.2
次に、抵抗溶接性(すなわちシーム溶接性,スポット溶接性)の評価方法について説明する。
【0074】
高耐食性燃料タンク用鋼板(500mm×300mm)の第一複合皮膜面同士を接触させて600mを連続して溶接し、10m毎にシーム部から試験片(100mm×200mm)を切り出した。この試験片を用いてTピール引張試験を行ない、破断の有無を調査した。なお、シーム溶接の条件は下記の通りである。
電極:クロム−銅合金,断面形状は半径15mmの中央部4.5mm幅,端部は半径4mmの8mm幅の円盤状電極(上下両面に第2複合皮膜が接する)
溶接方法:二重重ね,ラップシーム溶接
加圧力:3920N(=400kgf)
通電時間:2/50秒通電on,1/50通電off
冷却:内部水冷
溶接速度:2.5m/分
溶接電流:種々変化
Tピール引張試験における破断の位置に応じてシーム溶接性を下記の通り4段階に分類して評価した。
◎:鋼板破断(連続溶接500m超え)
○:鋼板破断(連続溶接300m超え500m以内)
△:ナゲット内破断(連続溶接300m超え500m以内),鋼板破断(連続溶接300m以内)
×:ナゲット内破断(連続溶接300m以内)
また、高耐食性燃料タンク用鋼板(100mm×200mm)の第1複合皮膜がDR型電極に接し、第2複合皮膜がCF型電極に接するように高耐食性燃料タンク用鋼板を重ね、連続してスポット溶接を行ない、20打点毎に試験片(20mm×80mm)を切り出した。なお、スポット溶接の条件は下記の通りである。
電極:クロム−銅合金,DR型とCF型
板組み:二枚重ね
通電条件:表9に示す
冷却:内部水冷
溶接電流:各材料のチリ発生溶接電流値−0.5kA
【0075】
【表9】

【0076】
これらの試験片の溶接部を剥離し、ボタンの長径と短径を測定し、短径が4×(t)1/2以上を満たす打点を合格と判定した。ここでtは試験片の厚さである。
合格と判定された打点の数に応じてスポット溶接性を下記の通り4段階に分類して評価した。
◎:500打点以上
○:400打点以上500打点未満
△:300打点以上400打点未満
×:300打点未満
次に、外面耐食性の評価方法について説明する。
【0077】
高耐食性燃料タンク用鋼板(70mm×150mm)の第2複合皮膜の上層にアクローゼ(大日本塗料製,ポストコート)をスプレー塗布し、150℃の乾燥炉で20分間焼き付けた。ポストコートの膜厚は、乾燥した後で20μmとなるように調整した。この試験片をJASO−M610法の条件(塩水噴霧2時間→60℃,20〜30RH%乾燥4時間→50℃,90RH%2時間を1サイクルとする)にて、平面部については300サイクル,平面クロスカット部およびブランク径60mmでプレス加工したカップ側壁部については100サイクルの試験に供し、それぞれ板厚の減少量を測定した。その板厚の減少量に応じて外面耐食性を下記の通り3段階に分類して評価した。
○:板厚減少量<0.5mm
△:0.5mm≦板厚減少量<1.0mm
×:1.0mm≦板厚減少量(穴あき)
次に、第1複合皮膜の内面耐食性の評価方法について説明する。
【0078】
高耐食性燃料タンク用鋼板の平面部の内面耐食性を評価するにあたって、試験片(20mm×100mm)を無鉛ガソリンと500ppm蟻酸水溶液の混合液に浸漬した。その混合比は、無鉛ガソリン:500ppm蟻酸水溶液=1:1とした。この混合液は、無鉛ガソリンと蟻酸の比重の違いによって分離し、蟻酸が下方に沈降し、ガソリンが上方に浮上した。常温で1ケ月浸漬した後、これらのガソリン部と蟻酸部にて赤錆が発生した面積を測定した。
【0079】
高耐食性燃料タンク用鋼板の加工部の内面耐食性を評価するにあたって、上記の外面耐食性の評価と同様にプレス加工を行ない、得られたカップ内に無鉛ガソリンと500ppm蟻酸水溶液の混合液を収容し、常温で1ケ月浸漬した後、これらのガソリン部と蟻酸部にて赤錆が発生した面積を測定した。
このようにして測定した赤錆部の面積と試験片の全面積との比率(赤錆発生面積率)を算出し、赤錆発生面積率に応じて内面耐食性を下記の通り3段階に分類して評価した。
○:赤錆発生面積率<50%
△:50%≦赤錆発生面積率<80%
×:80%≦赤錆発生面積率
評価の結果を表10,11に示す。
【0080】
【表10】

【0081】
【表11】

【0082】
表10,11から明らかなように、発明例は、いずれもプレス加工性,抵抗溶接性,耐食性が優れている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜鉛系めっき鋼板の両面に、Mg、MnおよびAlからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属のリン酸塩、炭酸塩、硝酸塩、酢酸塩、水酸化物、フッ化物、オキソ酸塩およびホウ酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属化合物ならびにリン酸を含む水性組成物によって形成された金属塩層の上層に、AlおよびNiの金属粉末とアミン変性エポキシ樹脂とを含有する第1複合皮膜を形成し、他方の表面側に形成した金属塩層の上面には、アクリル系エマルジョン樹脂と、シリカと、潤滑剤と、導電性を有する粒子とを含有する第2複合皮膜を形成してなることを特徴とする高耐食性燃料タンク用鋼板。
【請求項2】
前記水性組成物が、さらにZn、Co、Ti、Sn、Ni、Fe、Zr、Sr、Y、Cu、Ca、V、Ba、W、Mo、NaおよびKからなる群から選ばれる少なくとも1種の金属のリン酸塩、炭酸塩、硝酸塩、水酸化物、フッ化物、オキソ酸塩およびホウ酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属化合物を含有することを特徴とする請求項1に記載の高耐食性燃料タンク用鋼板。

【公開番号】特開2007−254796(P2007−254796A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−78984(P2006−78984)
【出願日】平成18年3月22日(2006.3.22)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】