説明

高耐食性表面処理鋼材および塗装鋼材

【課題】 本発明は、塗装に欠陥を有する塗装後の状態で、濡れ時間が長くかつ腐食性の高い環境条件においても、低目付量の亜鉛系めっき鋼材で耐食性の優れた高耐食性表面処理鋼材を提供する。
【解決手段】亜鉛を主とする金属めっき層中にW又はMoの一方又は両方を含有し、かつ、前記Wを含有する場合においては金属状態のWと酸化状態のWとの質量比が0.1〜10であり、前記Moを含有する場合においては金属状態のMoと酸化状態のMoとの質量比が2〜10である前記金属めっき層を有することを特徴とする高耐食性表面処理鋼材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高耐食性表面処理鋼材に関し、特に高耐食性の亜鉛系めっき鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材の腐食を防止する手段として、鋼材の表面をめっきする方法があり、例えば、亜鉛系めっき鋼材は、自動車、家電、建材等、幅広い分野で使用されている。防錆効果を長期間に亘って確保するためには、一般に、厚目付けのめっきを行うことが有効であり、多用されている。これは、亜鉛めっきの腐食速度が鋼材の腐食速度に対して遅いことに加えて、地鉄が露出した場所でも腐食電位の低い亜鉛が鋼材に対して犠牲防食能を有し、これらによる耐食効果が亜鉛の消費によって得られるために、単位面積当たりの亜鉛量が多い程、より長期間に亘って効果を保持できるという理由による。
ところが、亜鉛付着量が多くなると、鋼材の加工性や溶接性等の必要特性が劣化する傾向にあり、可能な限り、より低目付量で高耐食性を発揮することが求められている。
【0003】
そのため、低目付量のめっきで十分な耐食性を与える手段として、めっき層に合金元素を添加する方法があり、亜鉛めっきの耐食性を高めることが多く試みられている。実際に、Zn−Ni、Zn−Fe等のめっきが自動車用鋼板を中心に広く使用されており、Zn−Al系めっきも建材を中心に広く使われている。
しかし、近年、Niはアレルゲンとして忌避される傾向にあり、その使用に規制のある国もあって、Zn−Ni系合金めっきが将来にわたって使用可能である保証はない。また、Zn−Fe系合金めっきは、特に合金化溶融めっきとして広く使われているが、薄膜で高耐食性を示すほどの耐食性がないことと、腐食初期にめっき中のFe成分に起因して赤錆が発生し、外観が悪化する問題がある。
【0004】
これらに対し、WやMoを使用して高耐食性を具現した表面処理鋼板がいくつか開示されている。例えば、特許文献1には、WあるいはMoを酸化物としてめっき層中の質量%で0.05〜2%含有させた電気めっき鋼板が開示されている。これらの酸化物は、特に表面にあって、塗装密着性を増すことで、塗装後の耐食性を向上させることが示されている。また、特許文献2には、加工性、特にプレス時の耐パウダリング性と、スポット溶接性を改善するために、全てのWを金属状態でめっき層に含有させたZn−Co−Wの合金めっき鋼板とその製造法が開示されている。
【0005】
また、鋼材の腐食を防止する別の手段として、裸の鋼材に塗装を施工する方法がある。塗装は、環境因子、特に酸素に対するバリア効果がある。また、塗装の種類によっては、含有する防錆顔料の防錆効果により、通常の使用環境で十分な耐食性を与える。
しかし、現実の構造物においては、隙間部や、端面、傷、塗装ムラ、施工不良等により、塗装には必ず欠陥部が存在しており、この部分が耐食性における弱点となる。工場で塗装を施工して販売されるプレコート鋼板においては、塗装ムラや施工不良は殆ど考慮しなくても良いが、塗装を施した鋼材が使用時に傷を受けることは稀なことではなく、この部分が耐食性の弱点になることは同様である。そのため、亜鉛めっき鋼板等の防錆鋼板を下地鋼板として使用し、その表面に塗装を施すことによって、塗装欠陥部の耐食性を向上させる必要がある。
【0006】
ところが、比較的濡れ時間が長く、塩や酸等の存在により、腐食性が高い水溶液が常に供給されるような環境においては、めっき鋼板の腐食速度は上昇し、いずれはめっき層を消費して、鋼板の腐食に至る虞がある。このような環境では、塗装欠陥部周辺の塗装健全部のめっき層と塗装欠陥部の鋼板とで犠牲防食作用を生じる。腐食環境に直接曝されるのは、残存めっきと鋼板露出部の境界にある、残存めっき層の断面であり、塗装欠陥部における露出された鋼板面積が全てカソードになり得るのに対して、めっき層の断面は微小な面積のため、犠牲防食に従うめっき溶解がめっき層に沿って塗膜下で高速に進展する。このような状況では、めっき自体の耐食性、特に健全時のめっき表面の耐食性ではなく、めっき厚み全体のバルクの耐食性が求められ、さらに、塗装との密着性の高さが求められる。
【0007】
しかしながら、このような腐食に対しては、上述の特許文献1および特許文献2に記載の鋼材は、十分な耐食性を示すことができない。特に、特許文献1に記載の鋼材においては、めっき層の溶解が速く、特許文献2に記載の鋼材においては塗膜剥離が先行し、いずれの鋼材も通常の純亜鉛めっき鋼材と殆ど変わらない速度で腐食が進行する。
【特許文献1】米国特許第3,791,801号明細書
【特許文献2】特表2004−518021号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、亜鉛系めっき鋼材において、特に塗装に欠陥を有する塗装後の状態で、濡れ時間の長くかつ腐食性の高い環境条件においても低目付量の亜鉛系めっき鋼材で耐食性の優れた高耐食性表面処理鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明者らは、塗装後の亜鉛系めっき鋼材の、濡れ時間が長くかつ腐食性の高い環境条件におかれた場合の耐食性を高める手段について、腐食機構と耐食性発現機構に関する考察を元に種々の検討と実験を続け、ついに合理的な手段で、この環境条件において高耐食を示す亜鉛系めっき鋼材を実現できることを見出した。
本発明は、こうした知見に基づいてなされたもので、その要旨とするところは、以下のとおりである。
【0010】
(1)亜鉛を主とする金属めっき層中にW又はMoの一方又は両方を含有し、かつ、前記Wを含有する場合においては金属状態のWと酸化状態のWとの質量比が0.1〜10であり、前記Moを含有する場合においては金属状態のMoと酸化状態のMoとの質量比が2〜10である前記金属めっき層を有することを特徴とする高耐食性表面処理鋼材。
(2)前記WまたはMoの含有量あるいはその両方の含有量の合計が0.3〜6質量%であることを特徴とする(1)に記載の高耐食性表面処理鋼材。
(3)前記金属めっき層の付着量が5〜100g/mであることを特徴とする(1)または(2)に記載の高耐食性表面処理鋼材。
(4)前記WまたはMoの付着量あるいはその両方の付着量の合計が0.3g/m以上であることを特徴とする(1)〜(3)の何れか一つに記載の高耐食性表面処理鋼材。
(5)(1)〜(4)の何れか一つに記載の高耐食性表面処理鋼材を塗装してなることを特徴とする塗装鋼材。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、特に耐食性において弱点となる塗装欠陥周辺が、濡れ時間が長くかつ腐食性の高い環境条件に曝される状態においても、高耐食性を示す高耐食性表面処理鋼材を提供することができる。
また、塗装して使用する鋼材において、特に耐食性において弱点となる塗装欠陥周辺が、濡れ時間が長くかつ腐食性の高い環境条件に曝される状態においても、高耐食性を示す塗装鋼材を提供することができる。
本発明の高耐食性表面処理鋼材および塗装鋼材は、自動車、建築・住宅、等に広く適用することが可能で、最も弱い部分の最も厳しい腐食環境での耐食性を向上させることから、部材全体の寿命を向上させ、資源の有効利用、環境負荷の低減、メンテナンスの労力・コストの低減等に資することにより、産業の発展に大きく寄与するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
発明者らは、亜鉛めっき鋼材の耐食性向上について検討する過程で、特に塗装後の耐食性において、濡れ時間が長い場合に、非常に激しい腐食を生じる現象を見出した。本現象に対しては、塗装密着性を向上させただけでは、十分な耐食性の向上にはならず、めっき層自体の耐食性を向上させただけでも塗装剥離が避けられないことが分かった。
【0013】
この腐食現象に対して種々の添加元素の効果を調査した結果、WまたはMoを単独であるいはその両方を併用して含有した亜鉛を主とする金属めっきの一部が高耐食性を示すことを見出した。
詳細にその性状を調査した結果、この腐食現象に対して高耐食性を示すのは、めっき中のW元素の状態が金属状態のものと酸化状態のものとが混在している場合、または、めっき中のMo元素の状態が金属状態のものと酸化状態のものとが混在している場合であり、しかも、それらの両方が一定の範囲にある場合にのみ高耐食性を示すことを見出した。
尚、この範囲のめっきは、純金属Wを含有するめっきや純酸化物Wを含有するめっきに比べて、裸使用における耐食性でも全く遜色がない。
以下、本発明について詳細に説明する。
【0014】
初めに、亜鉛を主とする金属めっき層中にWを単独で用いた場合について説明する。
この場合、亜鉛を主とする金属めっき層中には、金属状態のWと酸化状態のWとの両方を含有している必要がある。さらに、金属状態のWと酸化状態のWとの質量比(金属W比)が0.1〜10の割合である必要がある。
金属W比が0.1未満では、塗装密着性には問題はないが、めっき自体の溶解速度抑制効果がほとんど無く、耐食性が低くなり、好ましくない。この場合には、純亜鉛めっきと変わらない耐食性となってしまう。
また、金属W比が10を超えると、めっき自体の溶解速度は抑制できるが、塗装密着性が十分でなく、塗装剥離が先行してしまい、好ましくない。
【0015】
尚、金属状態のWと酸化状態のWとの質量比とは、金属状態のWの質量を酸化状態のWの質量で除算した値である(本明細書では「金属W比」と呼ぶこととする)。また、Wの酸化状態には4価、6価及びその中間の価数のものが知られているが、金属W比を算出する場合には、全ての酸化状態のW質量の合計を用いて計算する。
【0016】
金属W比が0.1〜10のめっきにおいては、りん酸亜鉛系の化成処理性が著しく向上する。すなわち、緻密で微細な化成結晶を短時間で形成することができる。
また、めっき中のWの含有量は、金属状態のWと酸化状態のWの含有量を合わせた総量で、金属めっき層全体の平均で0.3〜6%の範囲にあることが望ましい。
Wの含有量が0.3%未満では添加効果が小さく耐食性が不足し、6%を超えるとめっき層が著しく硬くなり、加工性が悪くなる可能性が高まる。
【0017】
このWを含有した金属めっきを用いて高耐食性表面処理鋼材を製造するには、鋼材に、Wを含有するZnめっき浴中で25A/dm以上の陰極電流密度で電気めっきを施せばよい。陰極電流密度が25A/dm未満ではWを還元することが困難になるためか、金属状態のWが殆ど無くなってしまうので、陰極電流密度は25A/dm以上、好ましくは30A/dm以上とする方が望ましい。
【0018】
めっき浴としては、硫酸亜鉛を含有する酸性亜鉛めっき浴に、タングステン酸アンモニウムあるいはタングステン酸ナトリウムの形態でタングステンの塩を添加した酸性めっき浴が使用できる。また、塩化物浴にタングステンの塩を添加しためっき浴も使用できる。
ただし、特許文献2にあるように、クエン酸を含有させると、条件によっては金属W比が高くなり過ぎるので、クエン酸は含有させない方が望ましい。また、遷移金属を添加する場合は、その遷移金属の塩をめっき浴に添加すればよい。
陰極電流密度が30A/dm以上であれば浴流速が大きい方が、また、陰極電流密度が小さい方が、金属W比は大きな値となる傾向にあり、金属W比が0.01〜20程度までのめっきは、浴流速と陰極電流密度を種々設定することで、作製が可能である。
【0019】
尚、製造した高耐食性表面処理鋼材における金属めっき層の金属W比は、X線光電子分光法(以下、XPS)により、それぞれのピーク強度を質量に換算して比を取ることにより計算可能である。XPSは、表面に敏感な分析法なので、めっき層をイオンスパッタリング等で除去しながら、連続的に深さ方向の金属W比が求められれば、その平均より、全体の金属W比を求めればよいし、断続的にしか求められない場合は、めっき層の厚みの3点以上、例えば、10μmの厚みのめっきでは、表層から、2、5、8μm等の厚みの位置で測定して、その平均値を取ることが望ましい。
【0020】
次に、亜鉛を主とする金属めっき層中にMoを単独で用いた場合について説明する。
この場合、亜鉛を主とする金属めっき層中には、金属状態のMoと酸化状態のMoとの両方を含有している必要がある。さらに、金属状態のMoと酸化状態のMoとの質量比(金属Mo比)が2〜10の割合である必要がある。
金属Mo比が2未満では、塗装密着性には問題はないが、めっき自体の溶解速度抑制効果がほとんど無く、耐食性が低くなり、好ましくない。この場合には、純亜鉛めっきと変わらない耐食性となってしまう。
また、金属Mo比が10を超えると、めっき自体の溶解速度は抑制できるが、塗装密着性が十分でなく、塗装剥離が先行してしまい、好ましくない。
【0021】
尚、金属状態のMoと酸化状態のMoとの質量比とは、金属状態のMoの質量を酸化状態のMoの質量で除算した値である(本明細書では「金属Mo比」と呼ぶこととする)。なお、Moの酸化状態には4価、6価及びその中間の価数のものが知られているが、金属Mo比を算出する場合には、全ての酸化状態のMo質量の合計を用いて計算する。
また、6価の酸化物を導入する場合には、電気めっきが好適に使用できる。
【0022】
めっき中のMoの含有量は金属状態のMoと酸化状態のMoとを合わせた総量で、金属めっき層全体の平均で0.3〜6%の範囲にあることが望ましい。
Moの含有量が0.3%未満では添加効果が小さく耐食性が不足し、6%を超えるとめっき層が著しく硬くなり、加工性が悪くなる可能性が高まる。
【0023】
このMoを含有した金属めっきを用いて高耐食性表面処理鋼材を製造するには、鋼材に、Moを含有するZnめっき浴中で25A/dm以上の陰極電流密度で電気めっきを施せばよい。陰極電流密度が25A/dm未満ではMoを還元することが困難になるためか、金属状態のMoが殆ど無くなってしまうので、陰極電流密度は25A/dm以上、好ましくは30A/dm以上とする方が望ましい。
【0024】
めっき浴としては、硫酸亜鉛を含有する酸性亜鉛めっき浴に、モリブデン酸アンモニウム等の形態でモリブデンの塩を添加した酸性めっき浴が好適に使用できる。また、塩化物浴にモリブデンの塩を添加しためっき浴も使用できる。また、遷移金属を添加する場合は、その遷移金属の塩をめっき浴に添加すればよい。
陰極電流密度が30A/dm以上であれば浴流速が大きい方が、また、陰極電流密度が小さい方が、金属Mo比は大きな値となる傾向にあり、金属Mo比が0.1〜20程度までのめっきは、浴流速と陰極電流密度を種々設定することで、作製が可能である。
尚、製造した高耐食性表面処理鋼材における金属めっき層の金属Mo比は、金属W比の計算と同様にして求めることができる。
【0025】
次に、亜鉛を主とする金属めっき層中にWとMoとを併用して用いた場合について説明する。
この場合、亜鉛を主とする金属めっき層中には、金属状態のWと酸化状態のW、および、金属状態のMoと酸化状態のMoを含有している必要がある。さらに、金属W比または金属Mo比は、少なくとも一方が上述の範囲に含まれている必要がある。すなわち、金属W比が0.1〜10の割合であるか、または、金属Mo比が2〜10の割合である必要がある。金属W比または金属Mo比が上述の範囲にない場合は、WまたはMoを単独で使用した場合と同様の理由で好ましくない。
【0026】
亜鉛を主とする金属めっき層中にWとMoとを含有する場合は、WとMoの含有量の合計が、金属めっき層全体の平均で0.3〜6%の範囲にあることが望ましい。
含有量が0.3%未満では添加効果が少なく耐食性が不足し、6%を超えるとめっき層が著しく硬くなり、加工性が悪くなる可能性が高まる。
【0027】
上述の3種類の金属めっきにおいて、WまたはMoあるいはその両方を含有する金属めっき層の付着量は、5g/m〜100g/mの範囲にあることが望ましい。
5g/m未満では耐食性が十分でなく、100g/m超では加工性や溶接性に問題が生じる可能性が高まる。
【0028】
また、WまたはMoあるいはその両方の元素自体の付着量についても、金属状態のWと酸化状態のW、または、金属状態のMoと酸化物状態のMo、あるいはその両方を合わせた総量で、0.3g/m以上であることが望ましい。
WまたはMoあるいはその両方の付着量の総量が0.3g/m未満では、耐食性が十分でなくなる可能性が高まる。上限は特に設けないが、加工性や溶接性を問題にする使用方法においては、金属めっき全体の付着量に100g/mの上限があり、かつ、加工性の観点からその金属めっき全体中のWの含有量にも6%の上限があるので、厳しい加工を受けたり、溶接したりして使用する場合には、金属状態のWあるいはMoと酸化物状態のWあるいはMoを合わせた総量で、6g/m以下であることが望ましい。
【0029】
尚、亜鉛を主とするめっきとは、亜鉛を質量%で60%以上含有する金属めっきであり、WあるいはMo以外の合金元素として、Cr、Mn、Fe、Co、Ni等の遷移金属を含んでいてもよい。これらの遷移金属の添加は、めっき層における一層の耐食性向上に寄与し、好ましくは、これら遷移金属元素の合計で0.5〜20%の範囲で添加すると、その効果が顕著である。添加量が0.5%未満であると耐食性における添加効果が明確でなく、添加量が20%を超えると、加工性に問題を生じる可能性が高くなる。
【0030】
また、本発明の高耐食性表面処理鋼材の上に施される塗装については、その種類を制限するものではない。すなわち、スプレー塗装、電着塗装、粉体塗装、ロールコート等、各種塗装形式・方法の如何なる塗装でも使用できる。特に、水分の透過度の大きな塗料を用いた環境遮断性の低い塗膜においても、通常のめっきに比べて、塗膜密着性を高く保つことができるので、本発明の高耐食性表面処理鋼材は有効である。また、比較的薄い塗膜で耐食性を必要とされる場合においても、本発明の高耐食性表面処理鋼材は有効である。特に、膜厚が100μm以下の塗膜に対しての効果が大きい。
【0031】
本発明の高耐食性表面処理鋼材に施される塗装前処理については、その方法を制限するものではない。クロメートやりん酸亜鉛系の化成処理等が好適に使用できる。また、本発明の高耐食性表面処理鋼材においては、鋼材製品に塗装を施してもよいし、工場で鋼材に塗装を施して、いわゆるプレコート鋼板としてもよい。
【実施例】
【0032】
表1および表2に示すように、板厚0.8mmの冷延鋼板、肉厚10mmで辺の長さが10cmの等辺山形鋼及び板厚10mmの熱延鋼板を基板として用いた。冷延鋼板及び熱延鋼板に対しては、10cm×10cmの正方形に切断した後に循環式電気めっき装置で5cm×10cmの面積にめっきを施し、等辺山形鋼に対しては長手方向に10cmに切断し、オーバーフロー型のセルめっき装置を用いて、めっき全体の付着量、Wの付着量、Moの付着量、金属W比及び金属Mo比を制御しためっきを施して、試験片を作製した。
【0033】
Zn−W系めっき浴としては、めっき浴中に硫酸亜鉛七水和物を250g/Lと、硫酸アンモニウムを15g/Lと、タングステン酸アンモニウム五水和物を0.5〜2.5g/Lとを溶解したものを基本とし、めっき層中にNiを添加する場合は硫酸ニッケル六水和物を150g/L、Coを添加する場合は硫酸コバルト七水和物を30g/Lとをそれぞれ添加し、pHが2.5〜3.0の間になるように、アンモニアあるいは硫酸を添加して調整した。浴温が50℃、陰極電流密度が30〜150A/dm、平均流速が0.5〜2m/秒の条件で、全Wの量は浴中のW塩の量により調整し、金属W比は電流密度と平均流速により調整した。めっきの全付着量は通電時間で調整した。
【0034】
Zn−Mo系めっき浴としては、めっき浴中に硫酸亜鉛七水和物を250g/Lと、硫酸アンモニウムを15g/Lと、七モリブデン酸六アンモニウム四水和物を0.5〜2.5g/Lとを溶解したものを基本とし、めっき層中にNiを添加する場合は硫酸ニッケル六水和物を150g/L、Coを添加する場合は硫酸コバルト七水和物を30g/Lとをそれぞれ添加し、pHが2.5〜3.0の間になるように、アンモニアあるいは硫酸を添加して調整した。浴温が50℃、陰極電流密度が30〜150A/dm、平均流速が0.5〜2m/秒の条件で、全Moの量は浴中のMo塩の量により調整し、金属Mo比は電流密度と平均流速により調整した。めっきの全付着量は通電時間で調整した。
【0035】
MoとWを共に含有するめっき浴は、Zn−W系めっき浴に七モリブデン酸六アンモニウム四水和物を0.5〜2.5g/Lの範囲で溶解し、Zn−W系めっきと同様の条件で作成した。
【0036】
各めっきの付着量は、めっき層の酸溶解による質量法で測定・確認し、めっき中の合金成分は、めっき層を酸溶解した溶液をICP(誘導結合プラズマ発光)分光分析により定量した。金属W比あるいは金属Mo比は、全めっき厚を10分割し、表面から2、5、8番目に分割した位置まで、表面からイオンスパッタリングによりめっきを除去し、各々の表面をXPSで測定し、XPS波形より算出した各位置の金属W比あるいは金属Mo比を求め、平均した。
【0037】
上記のめっき試験片を以下に述べる各評価試験に供した。
腐食試験は、試験材を市販のアルカリ脱脂液(pH=10.5、40℃、1分浸漬)により脱脂後、自動車用化成処理(日本ペイント製サーフダイン2500MZL)を施し、自動車用カチオン電着塗装(日本ペイント製V20、乾燥膜厚が20μm、170℃で20分焼き付け)を行い、一昼夜放置後、試験面に7mmφの被覆及びめっき剥離部を、鋼材下地にまで達する機械加工で設け、これを55℃の3.5%塩水に15日間浸漬し、皮膜及びめっき剥離部周辺の腐食進行長さで評価した。目視で膨れの無いものでも塗膜下で腐食の進行しているものがあったため、全てセロテープ剥離(セロテープは登録商標である。)を実施し、剥離した最大長さを腐食進行長さとした。耐食性の評価基準は、腐食進行長さで、0〜0.5mmを「◎」、0.5mm超〜2mmを「○」、2mm超〜4mmを「□」、4mm超〜10mmを「△」、10mm超を「×」とし、「◎」、「○」、「□」、「△」を良好と判定した。
【0038】
めっき層の加工性は、めっき試験片のめっき層を外側にして180°折り曲げる、所謂、0T密着折り曲げ試験により評価した。めっき層に割れの見られないものを「○」、割れの発生したものを「△」とした。等辺山形鋼と熱延鋼板については、当該評価の必要とされる材料ではないので実施せず、「−」と示した。
【0039】
さらに、一部の試験片について、化成結晶の生成速度を調べるために、前述の腐食試験と同じく脱脂後、自動車用化成処理までを、化成処理時間を種々変更して実施した。処理時間に対する化成付着量の変化をプロットし、化成付着量のほぼ飽和する時間を飽和時間として求めた。
【0040】
具体的には、化成付着量はいずれの試験材も3分以内に飽和したので、3分後の付着量の95%以上の化成付着量となる最短の化成処理時間を5秒単位で求め、飽和時間とした。化成結晶の付着量はクロム酸により化成被膜のみを剥離することで質量法により測定した。飽和時間での化成結晶を表面よりSEM(走査型電子顕微鏡)で観察して化成結晶の緻密さやサイズを観察した。化成結晶サイズは2000倍の倍率で平均的な個所を10個所撮影し、それぞれの視野の平均的な化成結晶10個の長辺を測定し、これらを全て平均して化成結晶サイズとした。ただし、目視により明らかにサイズレベルの異なる2種以上の化成結晶サイズ群が認められた場合は、各々について化成結晶サイズを採寸し、平均値を求めた。
【0041】
これらの化成結晶サイズが、3μm未満をS、3〜10μmをM、10μm超をLとクラス分けして表記した。サイズレベルの異なる2種以上の化成結晶サイズ群が認められた場合は、それぞれのクラスを併記した。化成結晶の緻密さについては、化成結晶の付着・成長していない領域の割合をスケ面積率として、化成結晶サイズを測定したのと同様に、2000倍の写真をパーソナルコンピューターに取り込んで、写真上で化成結晶の付着していないと見られる0.5μmφ以上の領域(スケ領域)の面積を画像処理で求め、観察視野の全体の領域の面積に対するスケ領域の合計の面積の割合をスケ面積率として計算した。スケ面積率は、2%以下を「◎」、2〜10%を「○」、10%以上を「×」、として表記した。
【0042】
試験片の金属W比、金属Mo比、W含有量、全めっき付着量、W付着量と、各評価試験結果を表1及び表2に示す。表1はZn−W系で、表2はZn−MoあるいはZn−Mo−W系である。表3に金属W比及び金属Mo比と化成被膜の飽和時間とその結晶形態及び緻密さの程度を示す。なお、Zn−Mo−W系では、Wの金属W比を1.5とした。
【0043】
【表1】

【0044】
表1から、実施例においては、いずれも、塗装後塩水浸漬の環境において耐食性に優れ、またその中でも、Wの含有量の合計が0.3%以上、あるいはめっき付着量が5g/m以上、あるいはWの付着量が0.3g/m以上のものは、そうでないものに比較して耐食性に優れている。また、Wの含有量が6%以下で、かつめっき付着量が100g/m以下のものは、そうでないものに比べて、加工性において優れている。なお、試料番号14と17の遷移元素を添加しためっきでは、同じ耐食性の指標「◎」であっても、0.1mm以下の極めて少ない塗膜剥離しか生じず、顕著な高耐食性を示した。これに対して、本願発明の要件を満足しない比較例では、耐食性が不足していた。
【0045】
【表2】

【0046】
表2から、実施例においては、いずれも、塗装後塩水浸漬の環境において耐食性に優れ、またその中でも、遷移元素を添加したり、MoとWを共存させためっきでは、耐食性が優れていた。これに対して、本願発明の要件を満足しない比較例では、耐食性が不足していた。
【0047】
【表3】

【0048】
表3から、本実施例の化成被膜飽和時間は比較例よりも短くなっていることが分かった。特にW含有の実施例はいずれも30秒以下と比較鋼の1/3以下の短い飽和時間で、Moのみを含有する実施例との比較でも半分以下の短時間で飽和し、生産性がさらに高いことを分かった。また、実施例で生成した化成結晶は微細な結晶が緻密に付着しており、化成性が良好であった。これに対し、比較例では化成飽和時間が長い上に、化成結晶サイズが粗大か、微細な結晶を含んでいてもスケ面積が大きく、化成性が本発明鋼に劣ることが明らかであった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の高耐食性表面処理鋼材および塗装鋼材は、自動車、建築・住宅、等に広く適用することが可能で、最も弱い部分の最も厳しい腐食環境での耐食性を向上させることから、部材全体の寿命を向上させ、資源の有効利用、環境負荷の低減、メンテナンスの労力・コストの低減等に資することにより、産業の発展に大きく寄与するものである。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜鉛を主とする金属めっき層中にW又はMoの一方又は両方を含有し、かつ、前記Wを含有する場合においては金属状態のWと酸化状態のWとの質量比が0.1〜10であり、前記Moを含有する場合においては金属状態のMoと酸化状態のMoとの質量比が2〜10である前記金属めっき層を有することを特徴とする高耐食性表面処理鋼材。
【請求項2】
前記WまたはMoの含有量あるいはその両方の含有量の合計が0.3〜6質量%であることを特徴とする請求項1に記載の高耐食性表面処理鋼材。
【請求項3】
前記金属めっき層の付着量が5〜100g/mであることを特徴とする請求項1または2に記載の高耐食性表面処理鋼材。
【請求項4】
前記WまたはMoの付着量あるいはその両方の付着量の合計が0.3g/m以上であることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の高耐食性表面処理鋼材。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか一項に記載の高耐食性表面処理鋼材を塗装してなることを特徴とする塗装鋼材。


【公開番号】特開2006−336089(P2006−336089A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−164274(P2005−164274)
【出願日】平成17年6月3日(2005.6.3)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】