説明

高耐食黒皮鋼材

【課題】表面スケールの除去や下地処理を不要とし、黒皮鋼材のままの使用であっても所望の耐食性を有する高耐食黒皮鋼材を提供することを目的とする。
【解決手段】表面が鉄を主成分とする酸化物層で覆われた鋼材において、その鉄系酸化物層の亀裂部や剥離部からの腐食因子の侵入を防止するために亀裂部や剥離部を覆う物質を付与したことを特徴とする。また、亀裂部や剥離部を覆う物質は、タングステンやモリブデンの酸化物、タングステン酸塩またはモリブデン酸塩からなる物質であることを特徴とする。前記物質が亀裂部や剥離部を埋めるまたは皮膜を形成することにより、耐食性が向上する。また、耐食性が向上したことにより、実施工に際しては、黒皮のままの屋外使用が可能になると共に、施工工程での発錆が大幅に低減されるため、コンクリートなどと組み合わせて使用する場合においても鋼材と密着性も良好であり、また、塗装する場合には著しい錆形成によって塗装前処理工程で余分な時間がかかることなく、塗装仕上げ性も良好となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼材料、特に、熱間圧延ままで表面が酸化物層(以下「表面スケール」とも呼ぶ)によって覆われている鉄鋼材料(以下「黒皮鋼材」と呼ぶ)であって、耐食性を向上するための耐食性向上処理がなされた高耐食黒皮鋼材に関する。なお、本発明における黒皮鋼材とは、厚鋼板、薄鋼板、形鋼、鋼管、棒鋼、鋼線等を含むものである。
【背景技術】
【0002】
従来、建築、土木用途などに用いられる黒皮鋼材は、1次保管時、倉庫など屋根のある場所で一部は保管されるものの、屋外で野積みされることが多い。特に、屋外で保管される黒皮鋼材は錆が発生し、著しく外観を損なう上、無塗装でコンクリート中に埋めて使用する場合には、コンクリート密着性が低下したりする。このような錆発生による外観劣化は、屋内でも長期保管される場合にも生じる。
【0003】
一方、塗装して使用する場合には、塗装密着性ならびに塗装後耐食性を向上させる目的で塗装前処理としてショットブラスト等による黒皮除去処理を行う。黒皮鋼材保管時の腐食環境がマイルドな場合や保管期間が短い場合には錆の発生は少なく、ショットブラストなどの黒皮除去処理で簡単に錆を落とすことができるので、外観劣化が問題になることはない。
【0004】
しかし、黒皮鋼材保管時の腐食環境や保管期間などの影響で、著しく錆が発生した黒皮鋼材では、錆落し工程に時間がかかるとともに、錆発生による部分的な板厚減少により、塗装後の外観不良となることがある。さらに、板厚の減少が著しく大きくなると、所定の板厚より薄くなる部分が発生する場合もある。
【0005】
上記した問題を改善する方法として特許文献1では、黒皮鋼材の表面をリン酸塩を含む水溶液で処理して、表面の酸化物層における亀裂部にリン酸塩皮膜を形成させることにより、耐食性と電着塗装やコンクリ−トとの密着性に優れた鋼材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−290443号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、リン酸塩皮膜が部分的に厚くなって、鋼材の表面が白くなったり、粉末となって剥がれ落ちたりする場合がある。
【0008】
本発明は、上記した問題を解決するため、黒皮鋼材における錆発生による密着不良や黒皮鋼材の外観不良をなくし、スケール除去工程や塗装工程でのトラブルをなくすため、所望の耐食性を奏する高耐食黒皮鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨は、次の通りである。
【0010】
第一の発明は、表面が鉄を主成分とする酸化物層で覆われた鋼材において、その鉄系酸化物層の亀裂部および/または剥離部がタングステンまたはモリブデンの1種または2種を含有する物質で覆われていることを特徴とする高耐食黒皮鋼材である。
【0011】
第二の発明は、前記亀裂部および/または剥離部を覆う物質がタングステン酸化物、モリブデン酸化物、タングステン酸塩、モリブデン酸塩の中から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする第一の発明に記載の高耐食黒皮鋼材である。
【0012】
第三の発明は、前記亀裂部および/または剥離部を覆う物質の平均付着量が0.001〜10g/mであることを特徴とする第一または第二の発明に記載の高耐食黒皮鋼材である。
【0013】
なお、本明細書において、黒皮鋼材の表面酸化物層の亀裂部および/または剥離部が物質で覆われているとは、亀裂部のみが存在して剥離部が存在しない場合には、亀裂部が物質で覆われていること、亀裂部が存在せず剥離部のみが存在する場合には、剥離部が物質で覆われていること、亀裂部および剥離部が存在する場合には、亀裂部および剥離部が物質で覆われていることを指すものとする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の高耐食黒皮鋼材は、黒皮鋼材の表面スケールに生じる亀裂部および/または剥離部にタングステン酸化物、モリブデン酸化物、タングステン酸塩およびモリブデン酸塩を単独あるいは複合して形成させることにより、亀裂部および/または剥離部から鋼素地への腐食因子の侵入を抑制するため、耐食性が向上する。従って、実際の施工においては、黒皮のままの屋外使用が可能になると共に、耐食性の向上によりコンクリートとの密着性が低下することがなく、塗装する場合には錆発生による前処理工数の増加や塗装外観不良などの問題がなくなる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態に係る高耐食黒皮鋼材は、黒皮鋼材をタングステン系イオンまたはモリブデン系イオンを含む溶液に浸漬する工程と、その後に前記黒皮鋼材を乾燥する工程とによって製造される。なお、タングステン系イオンとしては、タングステン酸イオン(WO2−や(WO2−、リンタングステン酸イオン(PW12403−、ケイタングステン酸イオン(SiW12404−などがあり、モリブデン系イオンとしては、モリブデンイオンMo3−、モリブデン酸イオン(MoO2−または(HMoO、リンモリブデン酸イオン(PMo12403−、などがある。これらのイオン種を添加するにあたっては、例えば、これらのイオンを含む酸、または、これらのイオンとAl、Ca、Na、K、P、Ni、Znなどとで形成される塩などを使用することができる。また、浸漬・乾燥後にタングステン酸塩やモリブデン酸塩を形成する金属は、必ずしも、浸漬時からタングステン酸塩やモリブデン酸塩として溶液に添加する場合に限定されるものではなく、浸漬する溶液中に、タングステン系イオンやモリブデン系イオンを含有する物質とは別に、例えば、酸化物、塩化物、硫酸塩などの形態で添加してもよい。なお、溶液としては、水溶液のほか、有機溶媒や油類などを用いることも可能である。
【0016】
また、熱間圧延された黒皮鋼材は、脱脂や予熱をすることなく、前記溶液に浸漬することができる。なお、黒皮鋼材の表面スケールは種々の酸化物(酸化性や導電性を具備または不備のもの等)から成り、それぞれ温度に対する線膨張係数が異なっている。このため、熱間圧延後の冷却過程において、黒皮鋼材の表面スケールには、様々な亀裂や剥離が発生する。したがって、黒皮鋼材を前記溶液に浸漬することによって、黒皮鋼材の表面スケールの亀裂部には前記溶液が侵入し、表面スケールの剥離部には前記溶液が付着することになる。
【0017】
そして、表面スケールの亀裂部に前記溶液が侵入し、表面スケールの剥離部に前記溶液が付着している黒皮鋼材は、亀裂部および/または剥離部にタングステンおよび/またはモリブデンを含有する物質が生成されることになる。すなわち、亀裂部の地鉄表面および亀裂部内部が前記物質で埋められ、言い換えれば、覆われることにより、耐食性が格段に向上する。
【0018】
また、表面スケールの剥離部に前記溶液が付着している黒皮鋼材は、剥離部にタングステンおよび/またはモリブデンを含有する物質が生成されることになる。すなわち、剥離部が前記物質で覆われることにより、耐食性が格段に向上する。
【0019】
さらに、黒皮鋼材の表面に表面スケールの亀裂部と剥離部との両方が存在する場合には、前述のように、亀裂部および剥離部が両方とも前記物質で覆われるので、耐食性が格段に向上する。
【0020】
その結果、亀裂の底部や剥離部において地鉄表面が露出することなく、また、亀裂の底部や剥離部への腐食因子の侵入が効果的に防止されることから、黒皮鋼材の耐食性が格段に向上する。また、亀裂部や剥離部以外の黒皮皮膜部についても前記物質を形成してもかまわない。前記処理溶液により形成される物質は添加した化合物により異なるが、例えば、WO、FeWO、Al(WO)、CaWOなどがある。
【0021】
前記亀裂部および/または剥離部を覆う物質の平均付着量は、0.001g/m以上10g/m以下とする。
【0022】
本発明において、亀裂部および/または剥離部を覆う物質の平均付着量とは、亀裂部に溶液が浸入したり、剥離部に溶液が付着したりするなどした後に乾燥した状態で、亀裂部および/または剥離部を覆っている物質のみならず、亀裂部や剥離部以外の黒皮皮膜部を覆っている物質をも含めた、全体での平均付着量である。
【0023】
平均付着量が0.001g/m未満では亀裂部を前記物質で十分に埋めることができなかったり、剥離部を前記物質で十分に埋めることができなかったりする場合があり、効果が不安定になり、耐食性向上効果が不十分であるので付着量は0.001g/m以上とする。好ましくは0.01g/m以上であり、さらに大きな効果を得るには0.05g/m以上とするのがよい。一方、平均付着量が10g/m超えでは、効果が飽和してしまうため付着量の上限は10g/mとする。更に、鋼材表面において処理液が乾燥する工程において、鋼材表面の凹凸状態などにより処理液が部分的に厚くなり、白ぼける場合があるため、より均一な外観が要求される場合は上限を5g/mとするのがよい。
なお、前記浸漬工程とそれに続く乾燥工程とを、2回以上繰り返して実施してもよい。
【0024】
前述した耐食性の格段の向上によって、黒皮鋼材を黒皮ままで使用した場合であっても錆の発生が抑えられるから、コンクリートなどと密着性が低下することがない。また、上述の製造工程が簡素であって、特別の装置を必要としないから、低コストで高い耐食性を奏する黒皮鋼材が得られる。
【0025】
なお、上述した浸漬は、黒皮鋼材に生じた亀裂部に前記溶液を浸入させることにより、および/または、剥離部に前記溶液を付着させることにより、亀裂部および/または剥離部を前記物質で覆うことを目的とするものであるから、目的を満たす限り、浸漬に代えて、あるいは、浸漬に加えて、前記溶液を噴射(スプレー)したり塗布(刷毛塗り)したりしてもよい。
【実施例1】
【0026】
黒皮鋼材を用いた耐食性評価試験を行った。評価試験材である黒皮鋼材は、熱間圧延後常温まで空冷した板厚10mmの厚鋼板から採取した。なお、脱脂や予熱処理等は行っていない。評価試験材を浸漬処理する処理溶液としては、添加する塩類の種類を種々変更した水溶液を用い、その耐食性への影響を評価した。
【0027】
処理溶液への添加成分の種類、その濃度や、処理方法(浸漬、スプレー、刷毛塗り)、処理条件(温度、時間)を表1に示す。水溶液の濃度は質量%濃度である。評価試験材は25℃〜50℃に保持した処理溶液に1〜15分間浸漬またはスプレー処理または刷毛塗り後に乾燥を実施して、耐食性試験材とした。処理剤の平均付着量は処理前のサンプル重量と処理/乾燥後のサンプル重量の差から算出した。また、処理溶液が複数の添加成分を有する場合には、それらの合計値を平均付着量として示した。
【0028】
耐食性試験結果を表1に示す。耐食性評価は、28日間の屋内暴露および屋外暴露(岡山県倉敷市にて、海岸線より約10m離れた場所)後の耐食性試験材の表面状況を目視観察して評価した。二重丸(◎)は錆の発生がほとんどないもの、一重丸(○)は軽度の錆が発生しているもの、バツ(×)は錆が密集しているものとした。
【0029】
耐食性評価後の試験材の断面観察を行い、表面スケールに生じた亀裂部や剥離部に形成された物質について、EPMAにてW、Mo、Oの元素分析を行い、これらの存在の有無を確認し、存在する場合には○、存在しないまたは不明確な場合には×とした。
【0030】
【表1】

【0031】
発明例であるNo.1〜16は、タングステンまたはモリブデンを含む処理溶液で処理したもので、No.1〜6、11〜12、15〜16はタングステンを、No.7〜10、13〜14はモリブデンを添加した処理溶液を用いたものであり、いずれも亀裂部や剥離部にはタングステン元素またはモリブデン元素の存在が、EPMAにて確認されており、良好な耐食性を示している。これらのうちで特に、No.6のHWOとCaClとを添加した場合、No.10のHMoOとAlClとを添加した場合、No.15のNaWOとAlClとを添加した場合、No.11のH(PW1240)の場合、No.14のH(PMo1240)とZnOとを添加した場合、No.16のH(PW1240)とNiSOとを添加した場合などは、屋内暴露および屋外暴露のいずれの場合においても顕著な耐食性向上効果が認められた。
【0032】
一方、比較例であるNo.17〜21は、タングステンおよびモリブデンの何れをも含まない塩類の処理溶液で処理しているので、亀裂部や剥離部にはタングステン元素またはモリブデン元素が存在しないため、耐食性も劣っていた。No.22は、処理溶液への浸漬処理も行っていないので、同様に、亀裂部や剥離部にはタングステン元素またはモリブデン元素が存在しないため、耐食性は劣っていた。
【産業上の利用可能性】
【0033】
以上のように本発明によれば、黒皮鋼材の表面スケールに生じている亀裂部および/または剥離部がタングステンまたはモリブデンの1種又は2種を含有する物質で覆われるようにしたので、優れた防錆効果を発現するため、板、管、棒等の各種形態の高耐食黒皮鋼材として広く利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面が鉄を主成分とする酸化物層で覆われた鋼材において、その鉄系酸化物層の亀裂部および/または剥離部がタングステンまたはモリブデンの1種または2種を含有する物質で覆われていることを特徴とする高耐食黒皮鋼材。
【請求項2】
前記亀裂部および/または剥離部を覆う物質がタングステン酸化物、モリブデン酸化物、タングステン酸塩、モリブデン酸塩の中から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の高耐食黒皮鋼材。
【請求項3】
前記亀裂部および/または剥離部を覆う物質の平均付着量が0.001〜10g/mであることを特徴とする請求項1または2に記載の高耐食黒皮鋼材。

【公開番号】特開2011−117065(P2011−117065A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−84277(P2010−84277)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】