高速かつ高効率なゲノム改変法
【課題】迅速性、容易性、選択性、および効率性に優れ、自動化への応用が可能なゲノム改変方法とそれに使用する核酸構築物を提供すること。
【解決手段】細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列として、ヌクレオシドキナーゼ、好ましくはチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、および該核酸構築物使用することを特徴とする細胞内のゲノムの改変方法を提供する。
【解決手段】細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列として、ヌクレオシドキナーゼ、好ましくはチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、および該核酸構築物使用することを特徴とする細胞内のゲノムの改変方法を提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、および該核酸構築物を使用することを含む細胞内のゲノムを改変する方法に関する。より詳しくは、本発明は、核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列として、ヌクレオシドキナーゼ、好ましくはチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、並びに該核酸構築物を使用することを含む細胞内のゲノムを改変する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子発現の制御システムは、タンパク質生産、代謝工学、そして合成生物学の基本手段として極めて重要である。遺伝子発現の制御システムを用いたバイオテクノロジーは、有用タンパク質の大量生産、代謝工学、そしてホールセル(Whole Cell)型のバイオセンサなど、さまざまな分野で使用されている。天然から得られたものにせよ、人工的に創られたものにせよ、望む特性をもつ遺伝子発現の制御システムを要求に応じて、そして迅速に制作する技術が求められている。
【0003】
細胞のゲノムを任意に書き換える技術として、最近、λREDシステムを利用して遺伝子の組換えを効率化する手法が報告されている(非特許文献1)。
【0004】
単にある遺伝子をノックアウト(knock-out)したいときは、相同組換えシステムを用いてその標的遺伝子をセレクタ遺伝子に置き換えるだけでよい。遺伝子が置き換わったゲノムをもつ細胞は、ポジティブセレクタ(positive selector)を用いることによって選抜できる。
【0005】
一方、複数の遺伝子座位を繰り返しノックアウトしたいときは、最初のゲノム配列編集作業において導入したセレクタ遺伝子を含むセレクタカセットを「抜く」作業が必要となる。なぜならば、最初の編集部位にポジティブセレクタが導入されたままであれば、次のゲノム配列編集作業において同じ選択原理を用いた組換えクローンの選抜ができなくなるからである。単にセレクタ遺伝子を「抜く」だけならば、P1トランスダクション(P1-transduction)によりセレクタ遺伝子を除去することが可能である。しかし、セレクタカセットにはセレクタ遺伝子のほかにゲノム遺伝子とセレクタ遺伝子とを結合させるのりしろとなるFRT配列(FLT-recombination target配列)が含まれているため、この方法ではセレクタ遺伝子を抜いた「抜きしろ」にFRT配列が残る。つまり、ノックアウト操作をするたびに、このFRT配列がゲノムに残ってしまう(図1および非特許文献2)。この場合、近い座位に存在する遺伝子をノックアウトするときに、期待していないFRT配列の組み合わせによる組み換えが起こる可能性がある。そのため、ノックアウト操作の終了後に、目的とする組換えが起こった細胞を選別する作業が必要になり、操作の迅速性および容易性に問題がある。
【0006】
また、1塩基レベルの精度でゲノムを書き換える場合もセレクタカセットが残存する形態は望ましくない。
【0007】
精度良くゲノムを書き換えるには少なくとも次の2工程が必要である:(1) 標的遺伝子座(locus)へのセレクタ遺伝子の導入;および(2)前記工程(1)に続く、置換配列の挿入。 工程(1)においては、組み込まれたセレクタ遺伝子によりポジティブ選択(positiveselection)が行われる。工程(2)においては、前記組み込まれたセレクタ遺伝子が置換配列により置換されて失われるため、セレクタ遺伝子が失われたクローンを濃縮するためにネガティブ選択(negative selection)が行われる。例えば、セレクタ遺伝子として薬物耐性遺伝子を使用してゲノムを書き換える場合、少なくとも次の2工程が実施される:(1) ゲノムの目的位置に薬物耐性遺伝子を組み込み、薬剤耐性により細胞を選択する(ポジティブ選択);その後、(2)目的情報を含んだ遺伝子と薬剤耐性遺伝子を入れ替え、薬剤感受性により細胞を選択する(ネガティブ選択)。より具体的には、ポジティブ選択およびネガティブ選択が可能な薬剤耐性遺伝子としてテトラサイクリン耐性遺伝子を用い、この遺伝子組換え手法と組み合わせることにより、上記2工程を含むゲノムの改変方法が実施されている。しかしながら、この方法は、ポジティブ選択およびネガティブ選択を選択培地下におけるテトラサイクリン耐性遺伝子の有無による細胞の増殖速度差を指標にして行うために選択に数日を要し、また、最終産物に含まれる擬陽性コロニーが増殖能を保持している。
【0008】
大規模なゲノムの編集および/または加工においては、さまざまな遺伝子座に対する書き換えを繰り返しあるいは並列的に行う必要がある。そのため、ロボティクスを用いた自動化に対応できるゲノムの改変方法および該方法に使用するセレクタシステムの開発が期待される(非特許文献3)。
【0009】
現在までに、幾つかのセレクタシステムが報告されている(表1)。しかし、いずれのセレクタシステムも一長一短があり、迅速性、容易性、選択性、効率性、および自動化に優れたセレクタシステムは未だ開発されていない。
【0010】
【表1】
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】K. A.Datsenko and B. L. Wanner: Proc Natl Acad Sci U S A, 97, 6640 (2000)
【非特許文献2】F. Buchholzand M. Bishop: Biotechniques, 31, 906 (2001)
【非特許文献3】H. H. Wang,F. J. Isaacs, P. A. Carr, Z. Z. Sun, G. Xu, C. R. Forest and G. M. Church:Nature, 460, 894 (2009)
【非特許文献4】J. E.Karlinsey: Methods Enzymol, 421, 199 (2007)
【非特許文献5】H.Mizoguchi, K. Tanaka-Masuda and H. Mori: Biosci Biotechnol Biochem, 71, 2905(2007)
【非特許文献6】K. C.Murphy, K. G. Campellone and A. R. Poteete: Gene, 246, 321 (2000)
【非特許文献7】M. Hashimoto,T. Ichimura, H. Mizoguchi, K. Tanaka, K. Fujimitsu, K. Keyamura, T. Ote, T.Yamakawa, Y. Yamazaki, H. Mori, T. Katayama and J. Kato: Mol Microbiol, 55, 137(2005)
【非特許文献8】R.Heermann, T. Zeppenfeld and K. Jung: Microb Cell Fact, 7, 14 (2008)
【非特許文献9】Y. Tashiro,H. Fukutomi, K. Terakubo, K. Saito and D. Umeno: Nucleic Acids Res, 39, e12(2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
細胞のゲノムを任意に書き換えるために行われてきた従来の遺伝子工学的技術には、上記のように、使用するセレクタに改良の余地があり、迅速性、容易性、選択性、効率性、および自動化などに問題があった。
【0013】
本発明の課題は、迅速性、容易性、選択性、および効率性に優れ、自動化への応用が可能なゲノムの改変方法とそれに使用する核酸構築物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは上記課題を解決すべく、核酸構築物によりゲノムが改変された細胞の選択に使用する選択マーカーに着目し、有用な選択マーカーの探索研究を鋭意行った。選択マーカーとしての重要な性質は、デュアルセレクタ機能を有することである。1つのセレクタ遺伝子にポジティブ選択およびネガティブ選択の両方の機能をもたせることは、標的遺伝子の書込み操作において望ましい。なぜなら、まずポジティブ選択をすることにより、ネガティブ選択における擬陽性の最大の原因であるネガティブセレクタの失活変異を除去することができるからである。どの細胞にも、109-10 塩基毎に複製エラーが蓄積する。多くの細胞の中から組換えクローンを選別するゲノム工学では、選択する細胞プールの大きさは109に達する。ネガティブセレクタ遺伝子を不活性化する変異を持つ細胞は、この大きさのプール中に〜100程度は存在する計算となる。ランダムなアミノ酸置換が酵素遺伝子の機能を消去する確率は20−50%であり、ゆえに300アミノ酸からなるタンパク質ならば、60−150アミノ酸座位、すなわち180−450遺伝子座位は1度でネガティブセレクタを失活させる。実際には、これにその遺伝子のレギュレータ部位への不活性化変異が加わる。この性質を有する選択マーカーとして、テトラサイクリン排出タンパク質(TetA)を挙げることができる。その効用は示されていないが、TetAはポジティブ選択およびネガティブ選択の両方の機能を有するため、失活したネガティブセレクタを細胞プールの中から除去または希釈することが可能である(図2)。また、選択マーカーに望まれる性質は、選択操作の迅速性である。例えば、上述のTetAを用いたネガティブ選択は、選択固体培地上でおよそ1-3日という非常に長い時間、静置培養して行う必要があり、また、TetA以外の公知のセレクタも細胞増殖速度の差異を指標にした選択技術であるために選択操作毎に1−2日を要するという問題点を有する。さらに、選択マーカーに望まれる性質として、液体中での選択操作が可能なことがあげられる。この条件は、自動化などにおいて重要な利点となる。さらにまた、選択マーカーの性質としては、その機能が選択操作の条件に依存性であることが好ましい。ネガティブセレクタは基本的に毒性遺伝子であるため、細胞内での安定保持に原理的な問題がある。したがって、その毒性の発揮がある化学的または物理的なイニシエータの存在下でのみ発揮される「条件による(conditional)」ものであることが好ましい。
【0015】
本発明者らはヒトヘルペスウイルス(human herpes simplexvirus)由来のチミジンキナーゼ (HSVTK)を発現させた細胞が変異原性ヌクレオシド、例えば6-(β-D-2-デオキシリボ-フラノシル)-3,4-ジヒドロ-8H-ピリミド[4,5-c][1,2]オキザジン-7-オン(以下、dPと略称する)の存在下では細胞死を起こすのに対し、HSVTKを発現しない細胞は細胞死を免れることを既に見出している(非特許文献9)。そして、HSVTKをネガティブセレクタとして使用することにより、迅速性、容易性、選択性、および効率性に優れ、自動化への応用が可能な本発明に係るゲノムの改変法を完成した。
【0016】
すなわち、本発明は以下に関する:
1.細胞内のゲノムを改変する方法であって、
(1)細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物を、細胞内に導入する工程、
(2)上記(1)で得られた細胞を培養する工程、および
(3)上記(2)の工程の後、ゲノムが改変された細胞を選択する工程、
を包含する、細胞内のゲノムを改変する方法、
2.細胞内のゲノムを改変する方法であって、
(1)細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物を、細胞内に導入する工程、
(2)上記(1)で得られた細胞を培養する工程、および
(3)上記(2)の工程の後、ゲノムが改変された細胞を選択する工程、
を包含する、細胞内のゲノムを改変する方法、
3.チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列に加えて、ゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列として薬剤耐性タンパク質をコードする遺伝子配列を含む、上記1.または2.の細胞内のゲノムを改変する方法、
4.薬剤耐性タンパク質がクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼである、上記3.の細胞内のゲノムを改変する方法、
5.細胞内のゲノムを改変する方法であって、
(1)細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含み、更にゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物を、細胞内に導入する工程、
(2)上記(1)で得られた細胞を培養する工程、および
(3)上記(2)の工程の後、ゲノムが改変された細胞を選択する工程、
を包含する、細胞内のゲノムを改変する方法、
6.細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、
7.チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列がヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列である、上記6.の細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、
8.チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列に加えて、ゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列として薬剤耐性タンパク質をコードする遺伝子配列を含む、上記6.または7.の細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、
9.薬剤耐性タンパク質がクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼである、上記8.の細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、
10.細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含み、さらにゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、
11.配列表の配列番号1、配列番号2、および配列番号3のいずれかに記載の塩基配列で表されるDNAからなる、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、
12.細胞が微生物である、上記11.の核酸構築物の、細胞内のゲノムの改変における使用、
13.細胞が大腸菌またはシアノバクテリアである、上記12.の核酸構築物の、細胞内のゲノムの改変における使用。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、並びに該核酸構築物を使用することを含む、細胞内のゲノムを改変する方法を提供できる。
【0018】
本発明に係るゲノム改変法は従来の方法と異なり、HSVTKと変異原性ヌクレオシド、例えばdPとを用いたネガティブ選択法を利用する方法であり、本方法ではHSVtk遺伝子が起動状態にある場合は速やかに増殖能を失う機構によりほぼ100%の選択性を実現し、また、細胞増殖に依存しない選択方法であるため選択操作が5分程度で迅速に完了する。つまり、薬剤耐性遺伝子、例えばテトラサイクリン耐性遺伝子を利用する方法の欠点であった長い選択時間と最終産物に含まれる擬陽性コロニーが増殖能を保持している問題を克服したゲノム改変法を本発明で提供可能である。
【0019】
このように本発明により、従来のゲノム改変法が有する問題点である迅速性、容易性、選択性、効率性が改善され、自動化への応用が可能なゲノム改変法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】Flp/Creシステムを用いたゲノム欠失法(非特許文献2)を説明する図である。
【図2】HSVtk遺伝子の失活による擬陽性の生成機構とその処方箋を説明する図である。
【図3−A】セレクタプラスミドマップである。HSVTKがポジティブセレクタおよびネガティブセレクタとして働く(システム1)。(実施例1)
【図3−B】セレクタプラスミドマップである。HSVtkとcatがタンデムに、Placの下流に配置されている(システム2)。(実施例1)
【図3−C】セレクタプラスミドマップである。HSVtkとcatがタンデムにPT5/lacの下流に配置されている(システム3)。(実施例1)
【図4】システム1、2、および3(System-1、-2、および-3)を用いた遺伝子組換え実験の概要を示す図である。細胞内の野生型ゲノム(図中、wtと表示する)の標的部位にセレクタ遺伝子をノックインし、ポジティブセレクションによりセレクタ遺伝子がノックインされたゲノム(図中、knock-inと表示する)を有する細胞を選択し、次いで、緑色蛍光タンパク質をコードする遺伝子(gfpuv)とセレクタ遺伝子との置換(図中、replacement)を行い、ネガティブセレクションによりセレクタ遺伝子が置換されたゲノム(図中、replacedと表示する)を有する細胞を選択する。(実施例2)
【図5】組換え体分離のためのdT/HSVTK選択の実験概要とその結果を示す図である。パネル(A)は実験概要を示す。lacZの読み取り枠(reading frame)への相同性アームをつけたHSVtkカセットを細胞にエレクトロポレーション(electroporation)し、TK選択プレート(TK selection plate)で一晩静置してコロニーを形成させた。パネル(B)は選択培地で生えてきたコロニーの数を示す。(実施例2)
【図6】HSVtk遺伝子およびcat遺伝子を含むセレクタカセットをlacZ座に導入し、次いで、これらセレクタ遺伝子を目的タンパク質をコードする遺伝子と置換する実験の操作概略(パネル(A))および組換えのスキーム(パネル(B))を示す図である。(実施例2)
【図7】起こりえる「もうひとつの」組換え反応の機序を説明する図である。(実施例2)
【図8】ゲノムに導入したHSVTKによるdPの取込み活性を示す図である。パネル(A)は操作概略を示し、パネル(B)はdP処理によるコロニー形成単位(CFU)の低下を示す。(実施例2)
【図9】SOB培地におけるHSVTK+株の選抜条件の探索の結果を示す図である。(実施例2)
【図10】液体培地における短時間dP処理によるHSVTK保有株の生存能(viability)変化を示す図である。(実施例2)
【図11】lacZ座位へのHSVtk-catカセットの遺伝子導入スキーム(パネル(A))および実験操作概略(パネル(B))を示す図である。(実施例3)
【図12】CAT活性を利用したCm耐性クローンの濃縮を示す図である。(実施例3)
【図13】HSVtk-catカセット導入実験において、Cm(+)プレートに生えてきた大腸菌クローンの遺伝子型解析の結果を示す図である。パネル(A)は遺伝子型解析の実験デザインを示す図である。プライマーが結合する部位を矢印で、増幅される部位を点線で示す。パネル(B)および(C)は、各クローンのゲノムDNAからPCR増幅されたDNA断片のゲル電気泳動による遺伝子型解析結果を示す。サンプル(Sample)1−3は、LacZ(-)、CmR、dPSの表現型を示したクローンであり、サンプル4−6は、LacZ(-)、CmR、dPRの表現型を示したクローンである。C1はMG1655、C2はMG1655ΔlacZ::HSVtk-catである。また、サンプル7はLacZ(+)、CmR、dPRの表現型を示したクローンである。(実施例3)
【図14】ゲノムに導入されたHSVtk-catカセットのうちdP感受性を失っていた3クローンにおけるHSVtk部位の遺伝子型を示す模式図である。(実施例3)
【図15】ゲノムに導入されたHSVtk-catの排除における遺伝子組換えのスキーム(パネル(A))および実験操作概略(パネル(B))を示す図である。(実施例3)
【図16】HSVTK/dPシステムを用いたLacZ活性を示すクローンの濃縮を示す図である。(実施例3)
【図17】lacZカセットの再導入実験において、dP(+)プレートに生えてきたクローンの遺伝子型解析の結果を示す図である。パネル(A)は再導入実験の実験デザインを示す図である。プライマーが結合する部位を矢印で、増幅される部位を点線で示す。パネル(B)および(C)は、各クローンのゲノムDNAからPCR増幅されたDNA断片のゲル電気泳動による遺伝子型解析結果を示す。C1はMG1655、サンプル1−4はLacZ(-)、dPR、CmRの表現型を示したクローン、サンプル5−8はLacZ(+)、dPR、CmSの表現型を示したクローン、C2はMG1655ΔlacZ::HSVtk-cat、サンプル9−15はLacZ(-)、dPR、CmSの表現型を示したクローンである。(実施例3)
【図18】ゲノムから除去されなかったHSVtk-catカセットのうちdP耐性を示すクローンにおけるHSVtk部位の遺伝子型を示す模式図である。(実施例3)
【図19】HSVTK/dPシステムにより、ゲノム組換え体を液相操作においてネガティブ選択により短時間で濃縮できたことを示す図である。(実施例4)
【図20】HSVTK/dPシステムにおいて、dPがHSVtk遺伝子を持たない細胞の遺伝子変異頻度に影響を与えないことを示す図である。左パネルは実験操作概略を示し、右パネルは遺伝子変異頻度の測定結果を示す。(実施例5)
【図21】HSVTK/dPシステムにおいて、細胞内に発現したHSVTKが遺伝子変異頻度に影響を与えないことを示す図である。左パネルは実験操作概略を示し、右上段パネルおよび右下段パネルはそれぞれ細胞増殖速度および遺伝子変異頻度の測定結果を示す。(実施例5)
【図22】lacZ座位へのPλ-gfpmut3.1カセットの導入実験における組換えスキーム(パネル(A))および実験操作概略(パネル(B))を示す図である。(実施例6)
【図23】ゲノム上のlacZ遺伝子のPλ-gfpmut3.1カセットへの置き換え実験におけるdPによるゲノム組換え体の濃縮を示す図である。(実施例6)
【図24】ゲノム上のlacZ遺伝子のPλ-gfpmut3.1カセットへの置き換え実験において、dP(+)プレートに生えてきたCmSクローンの遺伝子型解析の結果を示す図である。パネル(A)は遺伝子型解析の実験デザインを示す図である。プライマーが結合する部位を矢印で、増幅される部位を点線で示す。パネル(B)は、各クローンのゲノムDNAからPCR増幅されたDNA断片のゲル電気泳動による遺伝子型解析結果を示す。サンプル1−8はLacZ(-)、CmS、dPRの表現型を示したクローン、C1はMG1655、C2はMG1655ΔlacZ::HSVtk-caである。(実施例6)
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、および該核酸構築物を使用することを含む細胞内のゲノムを改変する方法に関する。
【0022】
本発明において用語「ゲノム」は、生物体を構成する細胞に含まれる染色体、または、全染色体を構成するDNAの全核酸配列を意味する。
【0023】
用語「ゲノムの改変」あるいは「ゲノムを改変する」とは、ゲノム中の一部の核酸配列を外来の核酸配列と組み換えること、すなわち改変前のゲノムとは異なる核酸配列を有するゲノムを作成することをいう。例えば、ゲノム中の特定の遺伝子配列をノックアウトすること、ゲノム中の一部の核酸配列を目的タンパク質をコードする遺伝子と置換すること、ゲノム中に目的タンパク質をコードする遺伝子を挿入すること、そしてプロモータや制御配列、タンパク質の一部書換えなどをいう。
【0024】
用語「核酸構築物」とは、核酸分子(例えば、DNA、RNA、DNA/RNA)を含む構築物をいう。本発明に使用される核酸構築物の作成には、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物である限りにおいて、いずれの核酸構築物も利用でき、従来使用されている公知のゲノム改変用核酸構築物を利用できる。
【0025】
本発明に係る核酸構築物は、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための選択マーカーをコードする遺伝子に特徴を有する。すなわち、本発明において核酸構築物は、選択マーカーをコードする遺伝子配列としてヌクレオシドキナーゼ、好ましくはチミジンキナーゼ(以下、TKと略称することがある)をコードする遺伝子配列を含むことを特徴とする。
【0026】
用語「選択マーカー」とは、本明細書において用語「セレクタ」と互換可能に使用されるものであり、核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための指標をいう。より詳しくは、「セレクタ」は核酸構築物の一部を構成する遺伝子配列によりコードされるタンパク質であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための指標をいう。
【0027】
セレクタは、ポジティブセレクタとネガティブセレクタに大別される。「ポジティブセレクタ」は、選択剤の存在下ではセレクタが発現しないと細胞が生存し得ないものをいう。一方、「ネガティブセレクタ」は、選択剤存在下ではセレクタの発現が細胞に致死的に働くものおよび増殖阻害をもたらすものをいう。また、ポジティブセレクタの機能およびネガティブセレクタの機能の両方を有するセレクタを「デュアルセレクタ」という。デュアルセレクタは、例えば使用する選択剤の種類により、ポジティブセレクタの機能またはネガティブセレクタの機能を示すことができる。
【0028】
セレクタは、短期間に細胞死を引き起こす物質に対する耐性を与えるタンパク質、あるいは、該物質による細胞死に関与するタンパク質や該物質に対する感受性を高めるタンパク質であればいずれも使用できる。このような物質として具体的には、遺伝子変性剤、アルキル化剤、有機溶媒、紫外線/放射線、熱、酸/アルカリ、酸化剤などを例示できる。セレクタとして具体的には、チミジンキナーゼなどのヌクレオシドキナーゼ、薬剤耐性タンパク質、およびアルキル化DNA修復酵素を好ましく例示できる。セレクタは、これら例示に限らず、細胞においてその細胞死に関与するものまたは細胞死の回避に関与するものである限りにおいていずれも使用できる。
【0029】
用語「選択剤」は、ゲノムが改変された細胞を選択するためにセレクタと組み合わせて使用される薬剤であり、セレクタの発現下で細胞死を誘導し得る物質、好ましくは化合物、または該遺伝子配列の非発現下で細胞死を誘導し得る物質、好ましくは化合物を含む薬剤を意味する。
【0030】
用語「ポジティブ選択」は、セレクタ遺伝子が発現している細胞を選択することを意味する。言い換えれば、用語「ポジティブ選択」は、セレクタ遺伝子が発現していると細胞が生存する条件下で、該セレクタ遺伝子を発現していない細胞を淘汰除去することによる選択を意味する。ポジティブ選択を行うには、細胞内に導入する核酸構築物中にポジティブセレクタ遺伝子を配置する。ポジティブセレクタ遺伝子を発現しない細胞は、ポジティブセレクタ遺伝子が発現していると細胞が生存する条件下では淘汰除去される。短期間に細胞死を引き起こす物質として、アルキル化剤、有機溶媒、紫外線/放射線、熱、酸/アルカリ、酸化剤、タンパク質合成阻害剤などがある。その他、タンパク質合成阻害剤これらに対する耐性を与える遺伝子をポジティブセレクタ遺伝子として用いることができる。
【0031】
用語「ネガティブ選択」は、セレクタ遺伝子が発現していない細胞を選択することを意味する。言い換えれば、用語「ネガティブ選択」は、セレクタ遺伝子が発現していないと細胞が生存する条件下で、該セレクタ遺伝子を発現している細胞を淘汰除去することによる選択を意味する。ネガティブ選択を行うには、細胞内に導入する核酸構築物中にネガティブセレクタ遺伝子を配置する。ネガティブセレクタ遺伝子を発現する細胞は、ネガティブセレクタ遺伝子が発現していると細胞死を引き起こす条件下では淘汰除去される。短期間に細胞死を引き起こす物質として、遺伝子変性剤、アルキル化剤、有機溶媒、紫外線/放射線、熱、酸/アルカリ、酸化剤、タンパク質合成阻害剤などがある。これらによる細胞死に関与する遺伝子、またはこれらに対する感受性を高める遺伝子をネガティブセレクタ遺伝子として用いることができる。
【0032】
用語「デュアル選択」は、ポジティブ選択とネガティブ選択とを組み合わせて実施することを意味する。デュアル選択において、ポジティブ選択とネガティブ選択はいずれを先に実施してもよいが、好ましくはポジティブ選択を先に実施する。デュアル選択は、単回のみ実施してもよいし、複数回実施してもよい。好ましくはデュアル選択を複数回連続して実施することが適当である。複数回実施することにより、所望のゲノムの改変を有する細胞を選択的に得ることができる。
【0033】
本発明に係る細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物は、核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてヌクレオシドキナーゼ、好ましくはチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含むことを特徴とする。本発明に係る核酸構築物は、ヌクレオシドキナーゼをコードする遺伝子配列に加えて、さらなるセレクタ遺伝子配列、例えば薬剤耐性タンパク質をコードする遺伝子配列やアルキル化DNA修復酵素をコードする遺伝子配列を含むことができる。
【0034】
本発明に係る細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物として、配列表の配列番号1、配列番号2、および配列番号3のいずれかに記載の塩基配列で表されるDNAからなる核酸構築物を好ましく例示できる。
【0035】
ヌクレオシドキナーゼは、ヌクレオシドのアデノシン三リン酸(ATP)によるリン酸化を触媒する酵素をいう。ヌクレオシドキナーゼはヌクレオチド合成のサルベージ(Salvage)経路の一部をなし、DNA合成の調節因子として重要な役割を果たす。ヌクレオシドキナーゼとして、チミジンキナーゼ、アデノシンキナーゼ、グアノシンキナーゼ、およびデオキシシチジンキナーゼなどを例示できる。
【0036】
本発明で使用されるヌクレオシドキナーゼとしてチミジンキナーゼを好ましく挙げることができる。チミジンキナーゼは、特に限定されず、哺乳動物細胞やウイルス由来のチミジンキナーゼを挙げることができ、ヒトヘルペスウイルス(human herpes simplex virus)由来チミジンキナーゼ(HSVTK)をより好ましく例示できる。
【0037】
チミジンキナーゼは、デオキシチミジンのリン酸化反応を触媒する酵素であり、DNA合成の調節因子として重要な役割を果たす。DNA合成の直接の前駆物質であるデオキシチミジン三リン酸(dTTP)の細胞内での供給は、デノボ(de novo)経路とサルベージ経路により担われている。デノボ経路はデオキシチミジン一リン酸(dTMP)合成を経てdTTPを合成するが、この経路は5-フルオロウラシルを加えると停止することが知られている(S. S. Cohen, J.G. Flaks, H. D. Barner, M. R. Loeb and J. Lichtenstein: Proc Natl Acad Sci U SA, 44, 1004 (1958). E. Yagil and A. Rosner: J Bacteriol, 108, 760 (1971).)。5-フルオロウラシルやその誘導体は、細胞内で代謝され、5-フルオロ-2'-デオキシウリジン一リン酸(5FdUMP)となる。5FdUMPはdTMP合成酵素(ThyA)の阻害剤であり、これが存在すると細胞内のdTMP合成が阻害される。この状況下では、細胞の増殖は、外因性のデオキシチミジン(dT)を用いてdTTPを合成するサルベージ経路に依存する。もし細胞がTKを持っていれば、サルベージ経路によりdTからdTMPを合成することができ生存できるが、TKが無いと増殖は完全に止まる。細胞のTK欠損株にTKを導入すると、そのサルベージ経路は復活する。このようなメカニズムを利用して、チミジンキナーゼやその関連酵素活性の活性機能選択法が研究されてきている(M. E. Black, T. G. Newcomb, H. M. Wilson and L. A. Loeb: Proc NatlAcad Sci U S A, 93, 3525 (1996).)。
【0038】
セレクタとしてチミジンキナーゼを、そして選択剤として例えばデオキシチミジン三リン酸(dTTP)のデノボ合成経路の阻害剤を使用することにより、ポジティブ選択を実施できる。この場合、細胞の増殖はサルベージ経路に依存するため、ポジティブ選択はdTの存在下で実施する。デオキシチミジン三リン酸(dTTP)のデノボ合成経路の阻害剤は、該デノボ合成経路を阻害してdTTPの産生を阻害し得る化合物であれば特に限定されず、例えば、該デノボ合成経路に関与する酵素の阻害剤を挙げることができる。具体的には、5-フルオロウラシルおよびその誘導体を好ましく例示できる。より具体的には、5-フルオロ-2'-デオキシウリジン(5FdU)を例示できる。5-フルオロウラシルおよびその誘導体の濃度は、dTTPのデノボ合成経路を阻害し得る濃度であればよく、簡単な繰り返し実験により決定できる。例えば、5FdUは、10μg/mL−50μg/mL、より好ましくは20μg/mLの濃度で使用する。dTTPのデノボ合成経路の阻害剤と細胞とのインキュベーション時間は、特に限定されず、簡単な繰り返し実験により決定できる。dTTPのデノボ合成経路の阻害剤を用いた選択においては、生存細胞を増殖させる時間を要するため、使用する細胞の増殖速度に応じた時間を要する。例えば、5FdUの存在下で大腸菌株を用いて選択を行う場合、インキュベーションは6時間−20時間、好ましくは20時間行う。
【0039】
一方、チミジンキナーゼのようなヌクレオチド代謝酵素によって様々なヌクレオシドアナログが細胞内で活性化して細胞死を引き起こすことが知られており、チミジンキナーゼは遺伝子治療のための自殺遺伝子としても長く検討されてきている(M. E. Black and L. A. Loeb: Biochemistry, 32, 11618 (1993). D. K.Dube, M. E. Black, K. M. Munir and L. A. Loeb: Gene, 137, 41 (1993).)。
【0040】
チミジンキナーゼの発現下で細胞死を誘導し得る化合物として、例えば、変異原性ヌクレオシドを挙げることができる。変異原性ヌクレオシドはチミジンのサルベージ経路を経由してゲノムに取り込まれ遺伝子変異を生じて細胞死を誘導する。
【0041】
チミジンキナーゼをセレクタとし、そして選択剤として例えば変異原性ヌクレオシドを使用することにより、ネガティブ選択を実施できる。変異原性ヌクレオシドは、遺伝子に取り込まれたときに遺伝子に変異を生じて細胞死を誘導するものであれば特に限定されず、天然に存在する変異原性ヌクレオシドであってもよく、人工的に作製されたものであってもよい。具体的には、人工ヌクレオシドである6-(β-D-2-デオキシリボ-フラノシル)-3,4-ジヒドロ-8H-ピリミド[4,5-c][1,2]オキザジン-7-オン(dP)を好ましく例示できる。dPは、他のヌクレオシドと同様、チミジンのサルベージ経路を経由してゲノムに取り込まれる。他の多くの毒性ヌクレオシドは染色体DNA合成のチェーンターミネータ(K. Negishi, D. Maehara, S.Nakamura, D. Loakes, L. Worth, Jr., R. M. Schaaper, K. Seio, M. Sekine and T.Negishi: Nucleic Acids Res Suppl, 221 (2001).)である。したがって、チミジンキナーゼを発現する細胞は、dPの添加により細胞死が誘導されるが、チミジンキナーゼを欠損した細胞では、dPの添加により細胞死は誘導されない。dPの遺伝毒性(genotoxicity)は低く、37μMのdPを与えてはじめて、大腸菌細胞集団の80%が死ぬ程度である(K. Negishi, D. Loakes and R. M.Schaaper: Genetics, 161, 1363 (2002).)。しかし、チミジンキナーゼを発現する細胞は、dPの添加により染色体が物理的に破壊されることはないが、遺伝子情報が不可逆的に劣化するため、5分間から15分間という短時間で増殖能を失う。変異原性ヌクレオシドの濃度は、遺伝子に取り込まれたときに遺伝子に変異を生じて細胞死を誘導する濃度であれば特に限定されず、簡単な繰り返し実験により決定できる。例えば、dPは、50nM−1μM、より好ましくは100nMの濃度で使用する。変異原性ヌクレオシドで処理するときの細胞濃度は特に限定されず、簡単な繰り返し実験により決定できる。例えば、105細胞/mL〜109細胞/mL、より好ましくは106細胞/mL〜108細胞/mL、さらに好ましくは107細胞/mL程度が適当である。また、細胞は、対数増殖期にあるものの方が薬剤に対する感受性が高いので、対数増殖期にあるものを使用することが好ましい。変異原性ヌクレオシドと細胞とのインキュベーション時間は、特に限定されず、簡単な繰り返し実験により決定できる。変異原性ヌクレオシドによる変異に起因する細胞死は、極めて短時間で惹起されるため、例えば、dPを用いる場合、dPと細胞とのインキュベーションは5分間−12時間、好ましくは5分間−60分間、より好ましくは5分間−30分間、さらに好ましくは30分間でよい。変異原性ヌクレオシドで細胞を処理するときに使用する培地は、標準的に使用されている培地を使用できる。例えば大腸菌の場合LB培地やM9-グルコース培地を挙げることができる。
【0042】
チミジンキナーゼは、上記のように、デュアルセレクタとして使用できる。また、チミジンキナーゼ以外のヌクレオシドキナーゼも、デノボ経路を阻害する薬剤と組み合わせて用いることによりポジティブセレクタとして使用でき、また、使用するヌクレオシドキナーゼの発現下で細胞死を誘導し得る化合物、例えば、適当な変異原性ヌクレオシドと組み合わせて用いることによりネガティブセレクタとして使用できる。
【0043】
セレクタとしてまた、薬剤耐性タンパク質を好ましく例示できる。薬剤耐性タンパク質は、細胞死を引き起こす薬剤の存在下で、該薬剤に対する耐性を細胞に付与して細胞死を回避させ得るタンパク質を意味する。
【0044】
薬剤耐性タンパク質は、したがって細胞死を引き起こす薬剤と組み合わせて使用することにより、ポジティブセレクタとして使用できる。薬剤耐性タンパク質をコードする遺伝子として、クロラムフェニコール(Cm)耐性遺伝子、カナマイシン(Kan)耐性遺伝子、 テトラサイクリン(Tet)耐性遺伝子、アンピシリン(Amp)耐性遺伝子、ネオマイシン(Neo)耐性遺伝子、およびゲンタマイシン(Gen)耐性遺伝子を例示できる。クロラムフェニコール耐性遺伝子としてクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(cat)遺伝子を例示できる。薬剤耐性遺伝子によりコードされるタンパク質をセレクタとして使用するときは、該タンパク質が発現しないときに細胞死を誘導する薬剤と組み合わせて使用する。薬剤耐性タンパク質による形質転換体の選択操作は、当業者に良く知られている条件で実施することができる。
【0045】
セレクタとしてまた、アルキル化DNA修正酵素を例示できる。アルキル化DNA修正酵素は、アルキル化されたDNAにおいてアルキル化されたヌクレオチドに作用して切断する酵素である。アルキル化DNA修正酵素により切断された後のデオキシリボース鎖はAPエンドヌクレアーゼ(APE1)によりさらに切断され、次いで切断された部位のDNAは、DNAポリメラーゼおよびリガーゼにより相補鎖の情報に基づいて修復される。ゲノムDNAでアルキル化が生じると、アルキル化されたヌクレオチドはDNA複製の阻害や遺伝子変異を起こし、その結果、細胞死が引き起こされる。例えば、アルキル化剤であるメタンスルホン酸(MMS)で細胞を処理すると、MMSは細胞膜を通過し、ゲノムDNA中のアデニンの3位をメチル化する。メチル化されたままのアデニンはDNA複製の阻害や遺伝子変異を起こすために細胞死を引き起こす。
【0046】
アルキル化DNA修正酵素は、したがって、アルキル化剤と組み合わせて使用することによりポジティブセレクタとして使用できる(C. Y. Chen, H. H. Guo, D. Shah, A. Blank, L. D. Samson and L. A.Loeb: DNA Repair (Amst), 7, 1731 (2008).)。アルキル化DNA修正酵素として、アルキルアデニンDNAグリコシダーゼ(AAG)やO6-メチルグアニン-DNAトランスフェラーゼ(MGMT)を例示できる。あるいは、3-アルキルアデニンの修復酵素をコードする遺伝子配列として、例えば大腸菌由来のものならば、AlkA(グリコシラーゼ)やAlkB(アルキルトランスフェラーゼ)などを挙げることができる。アルキル化DNA修正酵素をセレクタとして使用するときは、アルキル化剤と組み合わせて使用する。アルキル化剤は、メチル基、エチル基、プロピル基などのアルキル基と称する分子構造を持つ化合物を含み、DNAをアルキル化する機能、すなわちDNAに作用してアルキル基を持つ高分子に変化させる機能を有する薬剤を意味する。 アルキル化剤は、DNAをアルキル化する作用を有するものであれば特に限定されず、公知のアルキル化剤をいずれも使用できる。具体的には、アルキル化剤としてメタンスルホン酸(MMS)を好ましく例示できる。MMSは細胞膜を通過し、ゲノムDNA中のアデニンの3位をメチル化する。メチル化されたままのアデニンはDNA複製の阻害や遺伝子変異を起こすために細胞死を引き起こす。その他、使用できる好ましいアルキル化剤の例として、ヨウ化メチル、エチルメタンスルホン酸(EMS)、 Nメチル-N'-ニトロ-ニトロソグアニジン(MNNG)などを挙げることができる。アルキル化剤の濃度は、DNAをアルキル化する作用を示す濃度であれば特に限定されず、簡単な繰り返し実験により決定できる。例えば、MMSは、0.1%−0.4%、好ましくは0.2%−0.3%、より好ましくは0.2%の濃度、言い換えれば、10mM−50mM、好ましくは20mM−40mM、より好ましくは20mMで使用する。アルキル化剤で処理するときの細胞濃度は、低すぎるとアルキル化DNA修復酵素の有無に関らずアルキル化剤による細胞死が引き起こされるため、例えば、106細胞/mL〜108細胞/mL、より好ましくは106細胞/mL〜107細胞/mL、さらに好ましくは107細胞/mL程度が適当である。また、細胞は、対数増殖期にあるものの方が薬剤に対する感受性が高いので、対数増殖期にあるものを使用することが好ましい。アルキル化剤と細胞とのインキュベーション時間は、特に限定されず、簡単な繰り返し実験により決定できる。アルキル化剤によるDNAのアルキル化に起因する細胞死は短時間で惹起されるため、例えば、MMSを用いる場合、MMSと細胞とのインキュベーションは15分間−45分間、好ましくは15分間−30分間、より好ましくは30分間でよい。アルキル化剤により細胞中のDNAのアルキル化を処理する条件は、アルキル化剤の濃度、細胞濃度、インキュベーション時間の組み合わせにより決定される。具体的には、アルキル化剤としてMMSを使用する場合、MMS濃度が0.2%程度であれば、細胞数は106細胞/mL〜107細胞/mLが適当である。さらにインキュベーション時間は、MMS濃度が0.2%程度であり、且つ細胞数が107細胞/mLであれば、5分間−45分間、例えば30分間が適当である。アルキル化剤で細胞を処理するときに使用する培地は、アルキル化剤の作用を充分に得るために必須物質のみから構成される最少培地、例えば大腸菌であればM9培地を使用することが好ましい。
【0047】
本核酸構築物には、選択マーカーをコードする遺伝子配列の他、複製そして制御に関する情報を担持した遺伝子配列を組み合わせて自体公知の方法により組み込むことができる。このような遺伝子配列として、例えば、該遺伝子配列に作動可能に連結された制御配列、例えば、プロモータおよびエンハンサ、複製開始点、リボソーム結合配列、ターミネータ、シグナル配列、並びにスプライシングシグナルなどの非翻訳配列を例示できる。これらから選択した1種類または複数種類の遺伝子配列を本核酸構築物に組み込むことができる。例えばプロモータは、使用する宿主細胞の種によって適宜選択して使用される。プロモータは遺伝子の転写開始部位を決定し、またその頻度を直接的に調節するDNA上の領域をいい、RNAポリメラーゼの結合により転写を開始する核酸配列である。細菌を宿主として使用する場合、プロモータとして、大腸菌などの宿主細胞中で発現できるものであれば特に限定されず、いずれを使用してもよい。例えば、λPRプロモータ、λPLプロモータ、trpプロモータ、およびlacプロモータなどの、大腸菌やファージに由来するプロモータを例示できる。trcプロモータなどの人為的に設計改変されたプロモータを使用してもよい。酵母を宿主とする場合、プロモータとして、酵母中で発現できるものであれば特に限定されず、いずれを使用してもよい。例えば、gal1プロモータ、gal10プロモータ、ヒートショックタンパク質プロモータ、MFα1プロモータ、PHO5プロモータ、PGKプロモータ、GAPプロモータ、ADHプロモータ、およびAOX1プロモータなどを例示できる。動物細胞を宿主とする場合は、組換えベクターが該細胞中で自律複製可能であると同時に、プロモータ、RNAスプライス部位、目的遺伝子、ポリアデニル化部位、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、所望により複製起点が含まれていてもよい。プロモータとして、SRαプロモータ、SV40プロモータ、LTRプロモータ、およびCMVプロモータなどを使用することができ、また、サイトメガロウイルスの初期遺伝子プロモータなどを使用してもよい。
【0048】
本発明に係る核酸構築物には、目的遺伝子が発現されるように目的遺伝子をさらに組み込むことができる。目的遺伝子がさらに組み込まれた本核酸構築物によりを細胞に導入してゲノムを改変することにより、該細胞において目的遺伝子を発現させることができる。一方、目的遺伝子が組み込まれていない本核酸構築物を細胞に導入してゲノムを改変することにより、所望のゲノムのノックアウトを実施することができる。
【0049】
核酸構築物に目的遺伝子を組み込む方法は、自体公知の遺伝子工学的技術を適用できる。例えば、目的遺伝子を適当な制限酵素により処理して特定部位で切断し、次いで同様に処理した核酸構築物と混合し、リガーゼにより再結合する方法が用いられる。あるいは、目的遺伝子に適当なリンカーをライゲーションし、これを目的に適したベクターのマルチクローニングサイトへ挿入することによっても目的遺伝子を核酸構築物に組み込むことができる。
【0050】
本発明に係る核酸構築物は発現ベクターであり得るが、発現ベクターは、宿主細胞に外部遺伝子を運搬するDNA、言い換えればベクターDNAであって、宿主細胞中で目的遺伝子を発現させ得るDNAをいう。ベクターDNAは宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、宿主の種類および使用目的により適宜選択される。ベクターDNAは、天然に存在するDNAを抽出して得られたベクターDNAの他、複製に必要な部分以外のDNAの部分が一部欠落しているベクターDNAでもよい。代表的なベクターDNAとして例えば、プラスミド、バクテリオファージおよびウイルス由来のベクターDNAを挙げることができる。プラスミドDNAとして、大腸菌由来のプラスミド、枯草菌由来のプラスミド、酵母由来のプラスミドなどを例示できる。バクテリオファージDNAとして、λファージなどが挙げられる。ウイルス由来のベクターDNAとして、例えばレトロウイルス、ワクシニアウイルス、アデノウイルス、パポバウイルス、SV40、鶏痘ウイルス、および仮性狂犬病ウイルスなどの動物ウイルス由来のベクター、あるいはバキュロウイルスなどの昆虫ウイルス由来のベクターを挙げることができる。その他、トランスポゾン由来、挿入エレメント由来、酵母染色体エレメント由来のベクターDNAなどを例示できる。あるいは、これらを組み合わせて作成したベクターDNA、例えばプラスミドおよびバクテリオファージの遺伝学的エレメントを組み合わせて作成したベクターDNA(コスミドやファージミドなど)を例示できる。
【0051】
本発明に係る核酸構築物は、細胞内のゲノムの改変において使用することができる。細胞内のゲノムの改変は、好ましくはインビトロ(in vitro)で実施される。
【0052】
本発明に係る核酸構築物を使用して、細胞内のゲノムを改変する方法を、迅速に、選択的に、効率よく実施できる。
【0053】
本発明に係る細胞内のゲノムを改変する方法は以下の工程を包含する:
(1)上記本発明に係る核酸構築物を細胞内に導入する工程、
(2)上記(1)で得られた細胞を培養する工程、および
(3)上記(2)の工程の後、ゲノムが改変された細胞を選択する工程。
【0054】
本発明に係る細胞内のゲノムを改変する方法は、より具体的には、以下の工程を包含する方法であり得る:
(a)核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物(第1の核酸構築物)を、細胞内に導入する工程、
(b)上記(a)の工程の後、ポジティブ選択を行い、第1の核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択する工程、
(c)上記(b)で得られた細胞に、目的遺伝子を含む核酸構築物(第2の核酸構築物)を導入する工程、
(d)上記(c)の工程の後、ネガティブ選択を行い、第2の核酸構築物により第1の核酸構築物が置換された細胞を選択する工程。
【0055】
また、本発明に係る細胞内のゲノムを改変する方法は、以下の工程を包含する方法であり得る:
(a)核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列および薬剤耐性遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物(第1の核酸構築物)を、細胞内に導入する工程、
(b)上記(a)の工程の後、ポジティブ選択を行い、第1の核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択する工程、
(c)上記(b)で得られた細胞に、目的遺伝子を含む核酸構築物(第2の核酸構築物)を導入する工程、
(d)上記(c)の工程の後、ネガティブ選択を行い、第2の核酸構築物により第1の核酸構築物が置換された細胞を選択する工程。
【0056】
ポジティブ選択は、ポジティブセレクタをコードする遺伝子配列を含む核酸構築物を細胞に導入して培養し、得られた細胞の全部または一部を選択剤の存在下で培養することにより実施できる。ポジティブセレクタを発現している細胞は選択剤の存在下での培養で生き残り、一方、ポジティブセレクタを発現していない細胞は選択剤の存在下での培養で細胞死を引き起こす。したがって、ポジティブ選択で生き残った細胞は本核酸構築物によりゲノムが改変された細胞であると判定でき、ゲノムが改変された細胞を選択することができる。
【0057】
ネガティブ選択は、ネガティブセレクタをコードする遺伝子配列を含む核酸構築物を細胞に導入して培養し、得られた細胞の一部を選択剤の存在下で培養することにより実施できる。ネガティブセレクタを発現していない細胞は選択剤の存在下での培養で生き残り、一方、ネガティブセレクタを発現している細胞は選択剤の存在下での培養で細胞死を引き起こす。したがって、ネガティブ選択で細胞死を引き起こした細胞は本核酸構築物によりゲノムが改変された細胞であると判定でき、ゲノムが改変された細胞を選択することができる。
【0058】
ポジティブ選択およびネガティブ選択は、それぞれ単独で実施することができ、また、組み合わせて実施することができる。ポジティブ選択およびネガティブ選択を組み合わせて実施するとき、いずれを先に実施してもよいが、好ましくはポジティブ選択を先に実施する。また、選択は単回のみ実施してもよいし、複数回実施してもよい。好ましくは、選択した細胞について再度選択を行うことを複数回連続して実施することが適当である。複数回実施することにより、所望のゲノムの改変を有する細胞を選択的に得ることができる。
【0059】
ネガティブ選択に不可避な問題として、自然変異(spontaneousmutation)によるセレクタの不活性化が挙げられる。細胞内の自然変異によりある程度の頻度でランダム変異がセレクタに生じることは避けることができない。そのため、不活性化されたネガティブセレクタを有する細胞はネガティブ選択を生き残るため、導入されるべきカセットとの組換えを持たない擬陽性の主な原因となる(図2の上段)。HSVtk遺伝子はその読み取り枠が、条件によりポジティブセレクタおよびネガティブセレクタの両方の働きをする。つまり、選択カセット中のHSVTKが不活性化された場合、HSVTKがポジティブセレクタとして機能する条件下では、該選択カセットを導入された細胞はポジティブ選択を生き残れない。そこで、形質転換をする直前の段階で、HSVTKによるポジティブ選択をしておけば、HSVTKが不活性化されたゲノムを有する細胞を効率的に除去または希釈できる(図2の下段)。したがって、HSVTKによるポジティブ選択を行った後にゲノムの改変を行うことが好ましい。
【0060】
上記ゲノムの改変方法で使用する目的遺伝子を含む核酸構築物は、相同組換えによるゲノムへの遺伝子導入に使用されるターゲティングベクターを構築する方法を使用して作製することができる。ターゲティングベクターを構築する方法は、本発明に関する技術分野でよく知られた技術である。
【0061】
用語「細胞」は、生物体の構造上・機能上の基本単位であり、遺伝情報を担う核酸分子を有し、外界を隔離する膜構造およびその内部の細胞質から成る生活体を意味する。本発明は、原核細胞および単離された真核細胞のいずれにも適用され、好ましくは細菌などの微生物、より好ましくは大腸菌やシアノバクテリア、さらに好ましくは大腸菌に適用される。
【0062】
用語「細胞死」は、本発明において、増殖能などの細胞としての機能を消失している状態を意味する。例えば、大腸菌などの細胞を固形培地上で培養したとき、一個の細胞から増殖して可視的に計数できる一定以上の大きさの細胞集落(コロニー)を形成できる能力を消失している状態を本発明において細胞死という。用語「細胞死」には、生理的または病理的な要因により生じた不要な細胞や障害細胞などを積極的に除去する能動的細胞死(アポトーシス)および外的要因への反応による受動的細胞死(ネクローシス)も含まれ得る。一方、用語「生細胞」は、増殖能などの細胞としての機能を正常に保持している細胞を意味する。例えば、大腸菌などの細胞を固形培地上で培養したとき、一個の細胞から増殖して可視的に計数できる一定以上の大きさの細胞集落(コロニー)を形成できる能力を有する細胞を意味する。
【0063】
本発明に係る核酸構築物、例えばHSVtk遺伝子を含む核酸構築物を大腸菌に導入すると、dPの添加により5分間から15分間という短時間で増殖能を失い細胞死が誘導され、また、5FdUとdTの存在下では増殖することができた。また、本発明に係る核酸構築物、例えばHSVtk遺伝子を含む核酸構築物をシアノバクテリアに導入すると、dPの添加により短時間で増殖能を失い細胞死が誘導されるようになり、また、5FdUとdTの存在下では増殖することができた。このように、大腸菌やシアノバクテリアは、本発明に係る核酸構築物、例えばHSVtk遺伝子を含む核酸構築物を導入することにより、dPを使用するネガティブ選択および5FdUとdTとを使用するポジティブ選択を有効に行うことができる。したがって、本発明は、好ましくは微生物に適用でき、微生物はTKとdPとの使用による殺細胞効果が認められるものでよく、好ましくは大腸菌およびシアノバクテリア、より好ましくは大腸菌に適用できる。
【0064】
細胞への核酸構築物の導入方法は、細胞に核酸構築物が導入され、さらに核内のゲノムの改変を可能にする方法であれば特に限定されず、細胞の種により適宜選択した公知の方法のいずれも使用できる。例えば、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法などを例示できる。
【0065】
細胞を培養する条件は、細胞の種により適宜選択した公知の条件が使用される。培養は、液体培地および固形培地のいずれでも行うことができる。また、細胞の種により増殖速度が異なるため、細胞を培養する期間や温度は、細胞が所望の数に達する適当な条件を公知の条件から選択して適用する。
【0066】
ゲノムが改変された細胞の選択は、ゲノムの改変に使用した核酸構築物に含まれるセレクタおよび選択剤を利用して実施される。具体的には、本発明に係る核酸構築物を導入して培養した細胞を選択剤の存在下で培養し、セレクタの発現により引き起こされる細胞死または細胞死の回避を指標にして、ゲノムが改変された細胞の選択を行う。選択剤の存在下で培養する細胞は、本核酸構築物を導入して培養した細胞の全部または一部のいずれであってもよい。
【0067】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明する。本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0068】
セレクタプラスミドの制作を行った。5FdUの存在下では様々な種の細胞において、チミジンのデノボ(de novo)合成経路が停止し、細胞死がひきおこされる。このチミジン欠乏死は、外から与えたdTをチミジンキナーゼ活性によってリン酸化することができれば回避できる。HSVKを発現している細胞は、5FdUとdTを含む培地で選択的に増殖する(非特許文献9)。この機序を利用して、選択カセットをノックインしたものを選抜できる。
【0069】
まず、セレクタであるHSVtk遺伝子を単独で(図3-A)、あるいはcat遺伝子(ポジティブセレクタ)とともにカセット化し(図3-Bおよび 図3-C)、プラスミドの中にサブクローニングした。
【0070】
得られたセレクタプラスミドをシステム1、システム2、およびシステム3と称する(図3-A、図3-B、および図3-C)。
【0071】
システム1は、HSVTKをデュアルセレクタとして用いるためのセレクタプラスミドであり、pTrc-HSVtkと称する(図3-A、非特許文献9)。pTrcHis2-TOPOにHSVtk遺伝子を挿入することにより作製した。HSVtk遺伝子はNcoI-HindIIIで入れ替え可能である。本セレクタプラスミドにおけるHSVtkがdPキナーゼ(ネガティブセレクタ)として機能すること、およびTK選択においてポジティブセレクタとして機能することが確認された。
【0072】
システム2は、CATによるポジティブ選択とHSVTKによるネガティブ選択を行うためにデザインされたセレクタプラスミドであり、pMW-HSVtk_catと称する(図3-B)。lacプロモータ下流にHSVtk遺伝子およびcat遺伝子を挿入した。本セレクタプラスミドを導入した細胞が、イソプロピル-β-D(-)-チオガラクトピラノシド(Isopropyl-β-D(-)-thiogalactopyranoside、IPTG)の存在下、dP感受性およびCm耐性を示すことが確認された。
【0073】
システム3はpLTSUB-202(R.Weiss博士から供与:S. Basu, R. Mehreja, S. Thiberge, M. T.Chen and R. Weiss: Proc Natl Acad Sci U S A, 101, 6355 (2004).)の複製開始点とkanR遺伝子をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)で増幅し、pMW-HSVtk_catのHSVtkとcatのオペロンをXhoIとHindIIIで結合させることにより作製したプラスミドであり、pLT-HSVtk_catと称する(図3-C)。HSVtk遺伝子とcat遺伝子の発現はPT5/lacプロモータで制御されている。cat遺伝子はXbaI-HindIIIで切り出し可能であり、またHSVtk遺伝子はClaI-XbaIで切り出し可能である。本セレクタプラスミドにおけるHSVTKがdPキナーゼ(ネガティブセレクタ)として機能すること、およびCm選択においてポジティブセレクタとして機能することが確認された。
【実施例2】
【0074】
実施例1で作製したシステム1から3を用いて、ゲノム遺伝子の改変を実施した。遺伝子編集実験の概略を図4に示す。プラスミドをテンプレートとし、標的となるゲノム部位と完全に一致する約40ヌクレオシドからなるオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いてPCRを行った(非特許文献1)。これを、λRed組換えをコードするプラスミドpKD46を導入した大腸菌にエレクトロポレーションし、ポジティブ選択を行うことによりゲノムへのセレクタカセット導入を完成させた。続いて、ノックインする遺伝子配列を、前記工程で用いた相同性アームを有する形態でPCRにより増幅し、上記のように得た大腸菌クローンに再びエレクトロポレーションした。得られた大腸菌クローンにdPを約1μM添加してネガティブ選択を行い、あるいは得られた大腸菌クローンをdP入りの寒天培地に放置してネガティブ選択を行い、導入目的とする配列でセレクタを置換した。
【0075】
次に、システム1およびシステム2のセレクタとしての機能の確認を行った。使用したチミジンキナーゼ欠損大腸菌株である大腸菌JW1226株はKEIOコレクション(T.Baba, T. Ara, M. Hasegawa, Y. Takai, Y. Okumura, M. Baba, K. A. Datsenko, M.Tomita, B. L. Wanner and H. Mori: Mol Syst Biol, 2, 2006 0008 (2006).)より入手した。特に記載しない限り、培養培地は、2% (w/v) LBブロスを含むLB培地(インビトロジェン社製)を使用した。細胞は、ガラス試験管内で37℃にて増殖させた。
【0076】
(1)システム1(Ptrc-HSVtk)のセレクタとしての機能
システム1(Ptrc-HSVtk)のセレクタとしての機能の測定を次のように行った(図5のパネル(A))。まず、pKD46を導入した大腸菌株JW1226(Δtdk株)のコンピテントセル(20μL相当)に、セレクタ断片(100ng)を加え、氷上で10分間放置した。次いで2mmキュベット(Bio-Rad社製)に入れ、エレクトロポレーションした。その後、SOC培地1mLを加え、試験管に移し、37℃にて200rpmで1時間振とう培養した。続いて、各TK選択プレート(IPTGを0または100μM含む)に400μLずつ植菌し、30℃で一晩静置培養して、コロニーを形成させ、コロニー形成単位(CFU)を算定した。ネガティブコントロールとして、セレクタ断片の代わりに水を用いて同様の操作を行った。
【0077】
形成コロニー数は、セレクタ断片を加えて形質転換したものと、DNAフラグメントの代わりに水を用いたものとでほとんど差がなかった(図5のパネル(B))。これは形質転換体がTK選択で生き残った大腸菌より著しく少ないということはないことを示す。実際、IPTG存在下では形成コロニー数が数十%増加しているように見える。この増加分が、Ptrc下のHSVTKの発現が亢進し、その活性によりTK選択で生き残った大腸菌株であると考えられる。また、後述するように、dT/5FdU培地での培養によりHSVtkを導入した株を選択的に増幅できる(図9)ことからも、HSVtkがポジティブセレクタとして使用できることが明白に示された。
【0078】
(2)システム2(Plac-HSVtk_cat)を使用した遺伝子の導入
システム2(Plac-HSVtk_cat)を使用しての遺伝子の導入を行った(図6のパネル(A)および(B))。システム2では、CATがポジティブセレクタとして機能し、HSVTKがネガティブセレクタとして機能する。
【0079】
(2-1)まず、lacZ座位へのHSVtk_CAT導入を行った(図6のパネル(A)の上段)。具体的には、pKD46を導入した大腸菌株MG1655のコンピテントセル(50μL相当)に、セレクタ断片(200ng)を加え、氷上で10分間放置した。次いで2mmキュベット(Bio-rad社製)に入れ、エレクトロポレーションした。その後、SOC培地1mLを加え、試験管に移し、30℃にて200rpmで1時間振とう培養した。続いて、各プレートに100μLずつ植菌し、クロラムフェニコール存在下にて30℃で一晩静置培養した。
【0080】
形質転換体をプレートに植菌したところ、7つのポジティブコロニーが得られた。その全てがCmへの耐性とdPへの感受性を示した。このことから、7つのコロニーすべてにおいて、遺伝子導入がなされていると判断した。
【0081】
一方、セレクタ遺伝子の導入の確認を、セレクタ遺伝子の導入により破壊されるlacZ遺伝子の機能を測定することにより行った。lacZ遺伝子の機能の測定は、コロニーをX-gal プレート上で形成させ、コロニーの色により判定を行った。その結果、7コロニーのうち3つは白色であるためlacZ-と判定され、残りの4コロニーは青色であるためlacZ+であると判定された(表2)。
【0082】
【表2】
【0083】
なお、システム2の選択カセットにはプラスミドに存在するlacオペロンの部分配列が点在しているため、図7に示すような別の機序による相同組換えが成立し得る。コロニーPCRの結果によれば、青色を示した4つのコロニーのうち3つがこれに相当するものであった。
【0084】
(2-2)次に、ゲノム上のHSVtk_cat遺伝子の緑色蛍光タンパク質(gfp)遺伝子への置換を実施した(図6のパネル(A)の下段)。具体的には、lacZ座位へのHSVtk_CAT導入を行った上記大腸菌のコンピテントセル(50μL相当)に、GFP遺伝子を含むセレクタ断片(200ng)を加え、氷上で10分間放置した。次いで2mmキュベット(Bio-rad社製)に入れ、エレクトロポレーションした。その後、SOC培地1mLを加え、試験管に移し、30℃にて200rpmで8時間振とう培養した。続いて、各プレートに100μLずつ植菌し、dP存在下にて30℃で一晩静置培養した。
【0085】
その結果、約10,000の形質転換体が得られた。それらのうち7つの形質転換体が緑色蛍光を発していることが確認できた。これら7つの形質転換体のすべてがCm耐性を持っていたことから、gfpカセットをつくるときの鋳型プラスミド(template plasmid)が混入したものであると判定した。
【0086】
形質転換体の殆どは無蛍光であった。その多くが「gfp遺伝子によってHSVtk_cat遺伝子を置換したわけではない」ことは、それらがdP感受性こそ失っていたが、Cm耐性を保持していたことからも明らかである。
【0087】
120クローンのうち4クローンが、Cm感受性(Cm Sensitive)、dP耐性(dP Resistant)という、カセットの不在を示唆する結果を与えた(表3)。
【0088】
【表3】
【0089】
(2-3)システム2(Plac-HSVtk_cat)のネガティブセレクタとしての機能の確認
システム2(Plac-HSVtK_cat)のネガティブセレクタとしての機能の測定を行った(図8のパネル(A))。ゲノムにPlac-HSVtK_catカセットを導入された細胞が、dP添加により効率よく細胞死するか確認した。
【0090】
まず、pKD46を導入した大腸菌株MG1655をカルベニシリンを含むLB培地(LB-carb培地)で30℃で培養した。次いで、その培養液20μLをLB培地(2mL)に植菌し、30℃で培養した。4時間後に、dPを含むLB-carb培地プレートまたはdPを含まないLB-carb培地プレート(いずれも100μM IPTGを含む)に植菌した。30℃で培養してコロニーを形成させ、CFUを算定した(OD600 = 1.4)。
【0091】
dP添加によるネガティブ選択の結果、濃縮率は概算で約2×105であった(図8のパネル(B))。この結果から、ゲノムに導入されたPlac-HSVtk_catカセット中のHSVtk遺伝子が、dP添加によるネガティブセレクションにおいて細胞死の誘導に機能することが示された。一方、細胞のゲノムへの遺伝子導入を、109細胞から始めるとすれば、上記濃縮率から考えて、細胞死が誘導されない細胞が5,000細胞程度あると考えられる。そうであるとすれば、擬陽性細胞の混入を回避するために、それを上回る組換え効率、例えば形質転換体あたり10,000以上の組換え体を得るような効率が必要である。この細胞死が誘導されない細胞は、dP処理前に、すでにゲノムのHSVtk遺伝子に不活性化変異が生じたものだと想像される。このような擬陽性細胞は、ゲノムに導入されたPlac-HSVtk_catカセット中のHSVtk遺伝子を利用したポジティブ選択によって希釈または除去できる。
【0092】
(2-4)ネガティブ選択で生じた擬陽性細胞のポジティブ選択による除去
ネガティブ選択に不可避な問題として、自然変異(spontaneousmutation)によるセレクタの不活性化が挙げられる。SacBの系にせよHSVTKの系にせよ、細胞内の自然変異によりある程度の頻度でランダム変異がこのセレクタに生じることは避けることができない。タンパク質の機能、例えば酵素機能を破壊する遺伝子変異は数十〜数百に及ぶ。このため、109細胞もの集団の中には、HSVTKが不活性化されたゲノムが相当数含まれている。一旦不活性化されたネガティブセレクタは、宿主を殺さない。そのため、不活性化されたネガティブセレクタを有する細胞はネガティブ選択を生き残るため、導入されるべきカセットとの組換えを持たない擬陽性の主な原因となる(図2の上段)。
【0093】
HSVtk遺伝子はその読み取り枠が、条件によりポジティブセレクタおよびネガティブセレクタの両方の働きをする。つまり、選択カセット中のHSVTKが不活性化された場合、HSVTKがポジティブセレクタとして機能する条件下では、該選択カセットを導入された細胞はポジティブ選択を生き残れない。そこで、形質転換をする直前の段階で、HSVTKによるポジティブ選択をしておけば、HSVTKが不活性化されたゲノムを有する細胞を効率的に除去または希釈できる(図2の下段)。
【0094】
HSVTKによるポジティブ選択を形質転換直前に行うことで擬陽性を減少させ得るか検討するため、ゲノムにPlac-HSVtk_catカセットを導入した大腸菌株を使用し、SOB培地で5FdU/dT選択を行った。具体的には、pTrc-HSVtkあるいはpTrc-gfpUVを導入したJW1226(Δtdk株)を試験管で2mL LB-carb培地にて一晩培養した。次に、5FdU(0〜100μg/mL)とdT(0〜100μg/mL)を組み合わせて添加したSOB培地 500μLを48穴ディープウェルプレートに準備し、1/1000に希釈されるように植菌した。その後、37℃にて1,000rpmで振とう培養し、適時OD600値を測定した。
【0095】
図9に示すように、十分な5FdU濃度(20μg/mL以上)の存在下であれば、HSVTKを発現する大腸菌株(HSVTK+株)のみを濃縮できることが明らかになった。また、dT濃度が高いほどHSVTK+株の生育が良いので選択効率も上がると考えられる。この条件でコンピテントセル化した細胞に、エレクトロポレーション/dP選択を行えば、擬陽性の数は激減する。
【0096】
(2-4)システム2(Plac-HSVtk_cat)によるネガティブ選択における細胞死の速度
従来法であるTetRAを用いたネガティブ選択は、選択培養を2日間行う必要がある上に、得られる組換えコロニーのサイズが極めて小さいという問題がある。そこで、HSVTKを用いたネガティブ選択に要する時間の確認を行った。
【0097】
まず、HSVTKの入ったdP感受性大腸菌株(MG1655ΔlacZ::Plac-HSVtk_cat)を用意した。次いで、IPTGおよびクロラムフェニコールを含むLB培地(LB-Cm-IPTG培地)15mL中で37℃で培養した(OD600 = 約0.08)。その後、dPを加えて5、15、30、および60分後に培養液の一部をとり、規定量をLBプレートに播いた。続いてプレートを37℃で一晩培養し、培地体積あたりのコロニー形成数(CFU)を計測した。
【0098】
図10に示すように、およそ数十分で、ゲノムにHSVTKを導入した細胞の生存能は4−6桁ほど低下した。これは、HSVTKがdPをリン酸化し、ゲノムへの遺伝子変異の高速な蓄積が生じ、その結果細胞死が引き起こされたことによる。本実施例ではPlacという転写効率のさほど高くないプロモータを用いたが、より強いプロモータ、例えばPT5/lacなどをセレクタカセットのHSVtk上流に配置した場合は、さらに速く効率的な選択が可能と期待される。なお、このdP処理は、HSVtkをゲノムに有していない細胞には全く無毒であった。
【実施例3】
【0099】
実施例1で作製したシステム2(図4参照)を用いて、ゲノム遺伝子の改変を実施した。プラスミドをテンプレートとし、標的となるゲノム部位と完全に一致する約40ヌクレオシドからなるオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いてPCRを行った(非特許文献1)。これを、λRed組換えをコードするプラスミドpKD46を導入した大腸菌にエレクトロポレーションし、ポジティブ選択を行うことによりゲノムへのセレクタカセット導入を完成させた。続いて、ノックインする遺伝子配列を、前記工程で用いた相同性アームを有する形態でPCRにより増幅し、上記のように得た大腸菌クローンに再びエレクトロポレーションした。得られた大腸菌クローンにdPを約1μM添加してネガティブ選択を行い、導入目的とする配列でセレクタを置換した。
【0100】
(1)CATを用いたlacZドメインへのHSVtk-catカセットの導入
CAT活性をポジティブ選択マーカーとして用い、lacZ遺伝子をHSVtk-catカセット(システム2)で置き換える実験を行った(図11のパネル(A))。その操作概要を図11のパネル(B)に示す。まず、pKD46を導入した大腸菌MG1655のコンピテントセル(40μL)に、1mmキュベット(Bio-Rad社製)を用いてHSVtk-catカセット(PCR産物、150ng)をエレクトロポレーションした。LB-IPTG(0.1mM)を1mL加え、試験管で4時間振とう培養(37℃、200rpm)した。この培養液の一部を、Cm(30μg/mL)を含む/含まないLB寒天培地(IPTG 0.1mM、X-gal 40μg/mL)にそれぞれ植菌し、37℃で一晩静置培養した。
【0101】
Cm(-)プレートには、形質転換あたり〜109のコロニーを得た。一方、Cm(+)プレート上には、形質転換あたり、およそ104個のコロニーがみられた。つまり、ゲノム組換えの効率は、104/109=10-5程度と概算される。
【0102】
Cm(-)プレートに生えた〜65個のコロニーのうち全てがX-galプレート上で青色を呈した(すなわち、LacZ活性を示した)。一方、Cm(+)に生えたコロニーの99.7%がX-galプレート上で白色を呈した(すなわち、LacZ活性を失っていた)(図12)。
【0103】
Cm(+)プレート上のLacZ(-)クローンを無作為に92個選び、薬剤耐性を調べたところ、そのうち89個が、Cmへの耐性とdPへの感受性を示していた(表4)。このことから、この89個のクローンにおいて、導入されたHSVtk-catカセットが、図11のパネル(A)に示すデザイン通りに標的部位でlacZ遺伝子と置き換わったと判断された。表4中でdPR、dPS、CmS、およびCmRはそれぞれdP耐性、dP感受性、Cm感受性、およびCm耐性を示す。
【0104】
【表4】
【0105】
92個のLacZ(-)のクローンをランダムピックし液体培養した。また、1個のLacZ(-)クローンを液体培養した。これらをdPプレート、Cmプレートの上にスタンプ植菌してその生育の可否をコロニー形成の有無により調べた。
【0106】
Cm(+)プレートで白色を呈したコロニーから、無作為に3個のクローンを選び、ゲノムの標的座位周辺の配列を調べた。具体的には、その標的部位(Targetsite)の上下流にアニーリングするプライマーをペアにしたPCRを行った(図13のパネル(A))。PCRに用いたプライマー配列を表5に示す。なお、表5においてF1〜F5の名称(Name)で示されるプライマーの塩基配列はそれぞれ配列番号4〜8に記載した。また、表5においてR1〜R5の名称で示されるプライマーの塩基配列はそれぞれ配列番号9〜13に記載した。
【0107】
【表5】
【0108】
選択した3個のクローンすべてにおいて、HSVtk-catカセットが正しい遺伝子座に導入されていることが確認された(図13のパネル(B)、サンプル1−3)。
【0109】
Cm(+)プレートに生えてきた白クローンのうち、dP感受性を示さなかったもの、すなわちdP耐性をもつものが3%ほどあった。これらの正体を調べるために、3個のクローンを無作為選抜し、そのゲノムのlacZ周辺の配列をPCRにより確認したところ、3個のクローン全てにおいてHSVtk-cat遺伝子が正しい遺伝子座に導入されていた(図13のパネル(B)、サンプル4−6)。このPCR産物の遺伝子の塩基配列を解析したところ、HSVtk遺伝子のリーディングフレーム内にR→D,R→H、およびY→Cなどのnon-synonymousな(アミノ酸変異を伴う)塩基置換変異がみつかった(図14)。このことから、LacZ(-)の表現型を示すにもかかわらずdP(+)プレートに「生えてきた」コロニーは、ゲノムのHSVtk遺伝子に有害変異が入り、不活性化したものと推測された。
【0110】
Cm(+)プレートにも、1個だけ青いコロニー(LacZ(+)クローン)が生えてきた。このクローンの薬剤耐性を調べたところ、CmとdP両方への耐性を示した(表4)。このことから、HSVtk-catカセットとlacZ遺伝子との置換えが、図11のパネル(A)に示すデザインの通りに起こっていなかったと判断された。実際、そのゲノムのlacZ遺伝子周辺の配列をPCR法によって確認したところ、Cm(+)プレートに生えた青いコロニー(LacZ(+)クローン)は、lacZ遺伝子が除去されていないことが確認された(図13のパネル(C)、サンプル7)。
【0111】
(2)dPキナーゼ活性を用いたlacZ遺伝子断片の再導入
HSVTKのdPキナーゼ活性をネガティブ選択マーカーとして用い、HSVtk-catカセット(システム2)をlacZ遺伝子で置き換える実験を行った(図15のパネル(A))。その操作概要を図15のパネル(B)に示す。まず、pKD46を導入した大腸菌MG1655ΔlacZ::Plac-HSVtk-catのコンピテントセル(40μL)に、1mmキュベット(Bio-Rad社製)を用いてlacZカセット(PCR産物、〜250ng)をエレクトロポレーションした。LB(1mL)を加え、試験管で2時間振とう培養(37℃、200rpm)した。この培養液の一部を、dP(1マイクロM)を含む/含まないLB寒天培地(IPTG 0.1mM、X-gal40μg/mL)にそれぞれ植菌し、42℃で一晩静置培養した。
【0112】
dP(-)プレートには、形質転換あたり109のコロニーを得た。そのうち99.96%がX-galプレート上で青色を示した(LacZ(+)活性を示した)。0.04%は白色を呈した。
【0113】
dP(+)プレート上には、形質転換あたりおよそ104のコロニーがみられた。ここでも、形質転換効率は10-5程度と推算される。そのうち84%がX-galプレート上で青色を呈した(すなわち、LacZ活性を示した)(図16)。
【0114】
dP(+)プレート上のLacZ(+)クローンを無作為に46個選び、dPプレート、Cmプレートの上にスタンプ植菌してその生育の可否(コロニー形成の有無)を測定することにより、それらの薬剤耐性を調べたところ、その全てが、dP耐性を示し、またCm耐性を失っていた(表6)。表6中でdPR、dPS、CmS、およびCmRはそれぞれdP耐性、dP感受性、Cm感受性、およびCm耐性を示す。
【0115】
【表6】
【0116】
このことから、46すべてのクローンにおいて、導入されたlacZカセットは、図15のパネル(A)に示すデザインどおり、標的部位でHSVtk-catカセットと置き換わったと判断された。
【0117】
dP(+)プレート上のLacZ(+)クローンにおいて、導入されたlacZカセットがHSVtk-catカセットと置き換わっていることを確かめるために、dP(+)プレートで青色を呈したコロニーから、4個のクローンを無作為に選び、そのゲノムのlacZ遺伝子導入の標的配列の周辺の塩基配列をPCR法によって確認した。具体的には、その標的配列の上下流にアニーリングするプライマと、HSVtk-catあるいはlacZ遺伝子内部にアニーリングするプライマーとをペアにしたPCRを行った(図17のパネル(A))。PCRではプライマーとして表5に示したものを用いた。この4個すべてにおいて、lacZ遺伝子断片が正しい遺伝子座に導入されていることが確認された(図17のパネル(B)、サンプル1−4)。
【0118】
次に、dPプレートにはえてきた白いコロニー(LacZ(-)クローン)の正体を調べた。まず、白いコロニーを46個選び、その薬剤耐性を調べたところ、そのすべてがdP耐性を示した。つまり、これら全てはHSVTKの遺伝子活性は失っていた。ところが、このうち30個のクローンはCm耐性を示した(表6)。このことから、これら白コロニー(LacZ(-)クローン)は、HSVtk-catカセットは除去されていないが、HSVtk遺伝子の機能が失われたものであると推測される。
【0119】
実際、PCRテストをおこなったところ、dP(+)プレートに生えてきた白いコロニー(lacZ(-)クローン)は、HSVtk-catカセットが除去されていないことが確認された(図17のパネル(B))、サンプル5−8)。PCR産物のHSVtk遺伝子部分を配列解析したところ、3個のクローンから、それぞれアミノ酸残基の欠損、あるいはY→C、R→Hなどのnon-synonymousな(アミノ酸変異を伴う)塩基置換変異がみつかった(図18、サンプル5−7)。また、dP耐性を示すにもかかわらず、HSVtk遺伝子に遺伝子変異が起こっていないクローンがみられた(図18、サンプル8)。このクローンがdP耐性を示す理由は不明である。
【0120】
以上、HSVtk-catカセットをlacZカセットによって置き換えるゲノム組換え実験において、そのゲノム組換え頻度は10-5程度であった。dP(+)プレートで生やすことによって、正しいゲノム組換え体を全体の81%程度にまで濃縮できた。一方、「生えてきた」コロニーの19%は正しいゲノム組換え体ではなく、その多くがゲノムのHSVtk遺伝子に変異が入り、不活性化したクローンであった。dPキナーゼ活性が失われたために、HSVtk-catカセットが除去されないままdP選択を免れたものであることがわかった。
【0121】
一方で、dP(+)プレートに生えてきた白いコロニー(LacZ(-)クローン)の中に、dP耐性を示し、かつCmへの耐性を失っていたクローンも7個見つかった。HSVtkおよびcat遺伝子両方の機能が失われたものであると推測される。
【0122】
実際にPCRテストを行ったところ、これらの7個のクローンのうち1個は、HSVtk-catカセットが除去されていないことが確認された(図17のパネル(C)、サンプル9)。このクローンのcat遺伝子の塩基配列を調べたところ、塩基置換変異起こっていなかった。このことから、このクローンはcat遺伝子の活性を保持しているにもかかわらず、そのCm耐性を失ったクローンであることがわかった。しかし、このクローンがCm耐性を失った原因は不明である。一方で、残りの6個のクローンは、HSVtk-catカセットが除去されているにも関わらず、lacZ遺伝子が導入されていなかった(図17のパネル(C)、サンプル10−15)。HSVtk-catカセットが除去された原因は不明である。
【実施例4】
【0123】
細菌ゲノムを繰り返し何度も改変する研究ニーズが高まっている。細菌ゲノムを何度も繰り返し改変するには、ゲノム組換えの手法が1)液相操作のみで行えること、2)その操作時間が短いこと、が求められる。そこで、HSVTK/dPを利用したネガティブ選択法について、1)液相操作によるゲノム組換え体の濃縮が可能であること、および2)ゲノム組換え体の濃縮に必要な操作時間を調べた。具体的には、以下のように検討を行った。
【0124】
まず、pKD46を導入した大腸菌MG1655Δ::HSVtk-catのコンピテントセル(50μL相当)に、1mmキュベット(Bio-Rad社製)を用いてlacZカセット(PCR産物〜500ng)をエレクトロポレーションした。LB(1mL)を加え、試験管で3時間振とう培養(37℃、200rpm)した。この培養液の100μLを10mLのLB-IPTG(0.1mM)-dP(1000nM)に加え、振とう培養(37℃、200rpm)した。0.5、1、2、3、4、6、および8時間後に培養液の一部をLB-IPTG-X-galプレートに植菌し、42℃で一晩静置培養した。
【0125】
dP処理の直後は、X-galプレート上で青色を呈するゲノム組換え体が、形質転換当たり〜104の効率で得られた(全細胞の〜0.01%)。1000nMのdPで4時間処理した後には、ゲノム組換え体は6000倍に濃縮され、全細胞の〜60%に達した(図19)。このことから、HSVTK/dPシステムによって、1)ゲノム組換え体を液相操作でネガティブ選択可能であること、2)ゲノム組換え体の濃縮が、4時間という短い時間で完了することを、それぞれ確認できた。
【実施例5】
【0126】
HSVTK/dPシステムが細胞の遺伝子変異頻度に与える影響を検討した。dPは変異原性ヌクレオシドであるため、ゲノムに取り込まれることがあれば、ランダムな遺伝子変異がゲノムに起こってしまう可能性がある。もし細胞のもつさまざまなキナーゼの影響により、dPのリン酸化がおこってしまうならば、細胞をdP処理したとき、HSVtk遺伝子(ネガディブ選択マーカー)をもたないゲノム組換え体にも、有意なランダム変異が蓄積することになる。そこで、dPがHSVtkを持たない細胞の遺伝子変異頻度にどの程度影響を与えるのかを見積もった。また、細胞内には、酸化(8-オキソグアニンなど)、脱アミノ化(ウラシルなど)、アルキル化(3-メチルアデニンなど)など多くのダメージを受けた微量の天然型の変異原性ヌクレオシドが存在する。HSVTKを発現することによってこれらがリン酸化されゲノムDNAに取り込まれれば(あるいは核酸代謝のインバランスなど副次的な理由によって)、dPを与えずとも、細胞の遺伝子変異頻度は増加するという懸念がある。そこで、HSVTKの発現が、細胞の遺伝子変異頻度に与える影響を見積もった。具体的には以下の実験を行った。
【0127】
(1) dP処理がHSVtk遺伝子を持たない細胞の遺伝子変異頻度に与える影響
まず、pKD46を導入した大腸菌MG1655をLB-Amp培地で培養した。培養液30μLを30mLのLB培地に植菌した。この培養液を4mLずつ分取し、dPを0−103nMとなるように添加した。各培養液をそれぞれ1.2mLずつ試験管に分取し、6時間振とう培養(37℃、200rpm)を行った後、培養液の一部をリファンピシン(rifampicin、以下rifと略称する)50μg/mLを含む/含まない寒天培地にそれぞれ植菌し、37℃で一晩静置培養した(図20の左パネル)。得られたコロニーからCFUを算定し、下記数式(1)によって定義した遺伝子変異頻度を算出した。
【0128】
【数1】
【0129】
dP濃度100nM以下では、遺伝子変異頻度の有意な増加は確認できなかった(図20の右パネル)。一方、dP濃度1000nMでは、dP濃度0nMの場合に比べて、遺伝子変異頻度が約10倍増大していた。このとき、2x108bpに1つの確率でゲノムに塩基置換変異が起こる。大腸菌のゲノムはおよそ4Mbpであるから、ゲノムのどこかに遺伝子変異が起こる確率は8%である。すなわち、細胞集団のうちおよそ8%が、ゲノムのどこかに遺伝子変異が起こったクローンとなる。このことから、一連のゲノム組換え操作の後に、dP処理によってゲノムに遺伝子変異が引き起こされた大腸菌クローンが単離される可能性は低いことがわかった。
【0130】
(2)細胞内に発現したHSVTKが細胞の遺伝子変異頻度に与える影響
pKD46を導入した大腸菌MG1655およびMG1655ΔlacZ::HSVtk-catをLB-Amp培地で一晩培養した。培養液25μLを25mLのLB培地(IPTG 0.1mM、Arabinose 10mM)に植菌し、振とう培養(37℃、200rpm)した後、0、4、および8時間後にrif(50μg/mL)を含む/含まない寒天培地にそれぞれ植菌し、37℃で静置培養した。得られたコロニーからCFUを算定し、遺伝子変異頻度を上記数式(1)により定義し、算出した。
【0131】
HSVTKを発現する細胞も、HSVTKを発現しない細胞も、細胞の増殖速度は変わらなかった(図21の右上段パネル)。このとき、その遺伝子変異頻度をみると、両者の遺伝子変異頻度は8時間の培養の後にも、全く変わらなかった(図21の右下段パネル)。よって、HSVtk遺伝子はdPのないところではゲノム不安定化をもたらさない、dP存在下でのみ変異誘起性を持つ、優れたネガティブ選択マーカーであると結論した。
【実施例6】
【0132】
液体培地での連続的なポジティブ/ネガティブ選択によるlacZ領域へのPλ-gfpmut3.1の導入を検討した。
【0133】
CAT活性をポジティブ選択マーカーとし、HSVTKのdPキナーゼ活性をネガティブ選択マーカーとして用いて、lacZ遺伝子領域をPλ-gfpmut3.1カセットで置き換えた(図22のパネル(A))。その操作概要を図22のパネル(B)に示す。まず、pKD46を導入した大腸菌MG1655のコンピテントセル(40μL)を、1mmキュベット(Bio-Rad社製)を用いてHSVtk-catカセット(PCR産物〜150ng)でエレクトロポレーションした。LB-IPTG(0.1mM)を1mL加え、試験管で3時間振とう培養(37℃、200rpm)した。次に、100倍に希釈した培養液20μLを2mLのLB-Amp-Cm(30μg/mL)-IPTG(0.1mM)培地に植菌し、試験管で25時間振とう培養(30℃、200rpm)した。この培養液20μLを2mLのLB-Amp-Cm(30μg/mL)-IPTG(0.1mM)培地に植菌し、試験管で12時間振とう培養(30℃、200rpm)した。得られた培養液20μLを20mLのLB-Amp-Arab(10mM)-Cm(30μg/mL)-IPTG(0.1mM)、培地に植菌し、試験管で6時間振とう培養(30℃、200rpm)した。この培養液を遠心集菌し、10mLの滅菌水および10wt/v%グリセロール溶液でそれぞれ2回ずつ洗浄した後、20wt/v%グリセロール溶液を加え、コンピテントセルを作製した。このコンピテントセル(40μL)を、1mmキュベット(Bio-Rad製)を用いてPλ-gfpmut3.1カセットでエレクトロポレーションした。LB(1mL)を加え、試験管で3時間振とう培養(37℃、200rpm)した。最後に、dP(1μM)を含む/含まないLB寒天培地(IPTG0.1mM、X-gal 40μg/mLを含む)にそれぞれ植菌し、37℃で一晩静置培養した。
【0134】
dP(+)プレート上には、形質転換あたり、およそ104のコロニーがみられた。そのうち19%がX-galプレート上で青色を呈した。すなわち、LacZ活性を示した(図23)。緑色蛍光を示すコロニーは見られなかった。一方、dP(-)プレートには、形質転換あたり109のコロニーを得た。そのうち99.993%がX-galプレートの上で青色を示した(LacZ(+)活性を示した)。
【0135】
dP(+)プレート上のLacZ(-)クローンを無作為に94個選び、薬剤耐性を調べたところ、その全てが、dP耐性を示していた。そのうち、63個のクローンがCm耐性を失っていた。また,これらの64個のクローンのコロニーは,緑色蛍光を示した。これらのことから、63個のクローンにおいて、導入されたPλ-gfpmut3.1カセットは、図22のパネル(A)に示すデザインどおり、標的部位でHSVtk-catカセットと置き換わっていると判断された。
【0136】
Pλ-gfpmut3.1カセットが標的部位でHSVtk-catカセットと置き換わっていることを確認するために、LacZ(-)、CmSの表現型を示した63個のクローンの中から8個のクローンを無作為に選び、そのゲノムのPλ-gfpmut3.1カセット導入の標的配列の周辺の塩基配列をPCR法によって確認した。具体的には、その標的配列の上下流と、Pλ-gfpmut3.1カセットの内部にアニーリングするプライマとをペアにしたPCRを行った(図24のパネル(A))。PCRではプライマーとして表5に示したものを用いた。この8個のクローンのうち7個において、Pλ-gfpmut3.1カセットが正しい遺伝子座に導入されていることが確認された(図24のパネル(B)、サンプル1−3および5−8)。残り2個のクローンは、HSVtk-catカセットが除去されているものの、Pλ-gfpmut3.1カセットが図22のパネル(A)に示すデザイン通りに導入されていなかったことがわかった(図24のパネル(B)、サンプル4)。この理由は不明である。
【産業上の利用可能性】
【0137】
基礎研究および産業において、細菌ゲノムを書き換える技術は広く利用されている。本発明により、ゲノムの自由な改変を短時間で効率的に行うことができる。本ゲノム改変法では擬陽性の産物が原理的に発生しないため、目的とするゲノムの改変を当業者であれば容易かつ効率的に実施することができる。さらに、本ゲノム改変法はロボティクスによる大規模並列化に適用可能であり、時間や人件費などの大幅なコストダウンも期待できる。また、利用できる生物種を選ばないため、多種多様な細胞におけるゲノムの改変を可能にする非常に汎用性の高い基盤技術である。
【0138】
本発明の主な用途として、バイオサイエンス/バイオテクノロジーにおける以下の3つの用途を好ましく挙げることができる:1)ゲノム工学を利用した基礎研究および応用研究への用途。ゲノム上の特定遺伝子の役割を分析するために、一塩基レベルでの書込み精度で精密置換することによってプロモータ強度を変えること(プロモータ強度変調)や、あたらしい外部操作可能なプロモータを組み込んで遺伝子の発現タイミングを任意に操作すること(時間的な局在制御)を可能にする。さらに、蛍光プローブの融合化などによる空間局在の調査分析、および膜やオルガネラ局在タンパク/tagとの融合による任意遺伝子の空間局在制御機構などの解明を可能にする。また、医薬研究への応用の一例としては、病原性細菌がゲノム上に持つ毒性の高い物質を産生する遺伝子をレポータ遺伝子または無毒化した遺伝子に組み換えることによる病原性発現メカニズムの解明などが挙げられ、治療法の開発または薬品の開発につながると期待できる;2)有用タンパク質の大量産生への用途。人類にとって有用なタンパク質を細胞に大量に作らせる研究や産業はますます盛んになっている。ただし、大量に物質を作らせるときに、細胞が本来持つ防御反応を司る複数の遺伝子がそれを妨害することが多々ある。その発現量調節(プロモータ部位の書換え)および酵素活性や機能のin situ書換え(読み取り枠への有用変異の導入)により、細胞を利用しやすい有用タンパク質産生機に作り変えることが可能である;および3)DNAゲノムマーキングへの用途。上記1)および2)の用途のように、ゲノムを書き換えて研究や産業にとって有用な細胞に改変する技術の需要は今後ますます増加する。これに伴い工場や研究機関において管理すべき細胞へのウォーターマーキング(water marking)、すなわちシリアル番号のような標識をゲノムに書き込むバーコード様技術の導入が注目されている。本発明によればゲノム上の任意の部位に任意の配列を組み込むことができるので、本発明はwater markingには最適な手法であると言える。
【0139】
バイオサイエンス/バイオテクノロジーにおける上記3つの用途において、ゲノムの書換え技術は不可欠な技術である。本発明は、高い書込み精度、早い書込み速度、高い書込み効率、容易な操作性を備えたゲノム工学法を提供し、さまざまな分野に大きな波及効果を与えるものである。
【配列表フリーテキスト】
【0140】
配列番号1:trcプロモータ下流にヒトヘルペスウイルスチミジンキナーゼ(HSVtk)遺伝子が配置された、pTrc-HSVtkと称する設計された発現プラスミド。
配列番号2:lacプロモータ下流にヒトヘルペスウイルスチミジンキナーゼ(HSVtk)遺伝子およびクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(cat)遺伝子が配置された、 pMW-HSVtk_catと称する設計された発現プラスミド。
配列番号3:PT5/lacプロモータ下流にヒトヘルペスウイルスチミジンキナーゼ(HSVtk)遺伝子およびクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(cat)遺伝子が配置された、pLT-HSVtk_catと称する設計された発現プラスミド。
配列番号4:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号5:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号6:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号7:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号8:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号9:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号10:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号11:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号12:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号13:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、および該核酸構築物を使用することを含む細胞内のゲノムを改変する方法に関する。より詳しくは、本発明は、核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列として、ヌクレオシドキナーゼ、好ましくはチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、並びに該核酸構築物を使用することを含む細胞内のゲノムを改変する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子発現の制御システムは、タンパク質生産、代謝工学、そして合成生物学の基本手段として極めて重要である。遺伝子発現の制御システムを用いたバイオテクノロジーは、有用タンパク質の大量生産、代謝工学、そしてホールセル(Whole Cell)型のバイオセンサなど、さまざまな分野で使用されている。天然から得られたものにせよ、人工的に創られたものにせよ、望む特性をもつ遺伝子発現の制御システムを要求に応じて、そして迅速に制作する技術が求められている。
【0003】
細胞のゲノムを任意に書き換える技術として、最近、λREDシステムを利用して遺伝子の組換えを効率化する手法が報告されている(非特許文献1)。
【0004】
単にある遺伝子をノックアウト(knock-out)したいときは、相同組換えシステムを用いてその標的遺伝子をセレクタ遺伝子に置き換えるだけでよい。遺伝子が置き換わったゲノムをもつ細胞は、ポジティブセレクタ(positive selector)を用いることによって選抜できる。
【0005】
一方、複数の遺伝子座位を繰り返しノックアウトしたいときは、最初のゲノム配列編集作業において導入したセレクタ遺伝子を含むセレクタカセットを「抜く」作業が必要となる。なぜならば、最初の編集部位にポジティブセレクタが導入されたままであれば、次のゲノム配列編集作業において同じ選択原理を用いた組換えクローンの選抜ができなくなるからである。単にセレクタ遺伝子を「抜く」だけならば、P1トランスダクション(P1-transduction)によりセレクタ遺伝子を除去することが可能である。しかし、セレクタカセットにはセレクタ遺伝子のほかにゲノム遺伝子とセレクタ遺伝子とを結合させるのりしろとなるFRT配列(FLT-recombination target配列)が含まれているため、この方法ではセレクタ遺伝子を抜いた「抜きしろ」にFRT配列が残る。つまり、ノックアウト操作をするたびに、このFRT配列がゲノムに残ってしまう(図1および非特許文献2)。この場合、近い座位に存在する遺伝子をノックアウトするときに、期待していないFRT配列の組み合わせによる組み換えが起こる可能性がある。そのため、ノックアウト操作の終了後に、目的とする組換えが起こった細胞を選別する作業が必要になり、操作の迅速性および容易性に問題がある。
【0006】
また、1塩基レベルの精度でゲノムを書き換える場合もセレクタカセットが残存する形態は望ましくない。
【0007】
精度良くゲノムを書き換えるには少なくとも次の2工程が必要である:(1) 標的遺伝子座(locus)へのセレクタ遺伝子の導入;および(2)前記工程(1)に続く、置換配列の挿入。 工程(1)においては、組み込まれたセレクタ遺伝子によりポジティブ選択(positiveselection)が行われる。工程(2)においては、前記組み込まれたセレクタ遺伝子が置換配列により置換されて失われるため、セレクタ遺伝子が失われたクローンを濃縮するためにネガティブ選択(negative selection)が行われる。例えば、セレクタ遺伝子として薬物耐性遺伝子を使用してゲノムを書き換える場合、少なくとも次の2工程が実施される:(1) ゲノムの目的位置に薬物耐性遺伝子を組み込み、薬剤耐性により細胞を選択する(ポジティブ選択);その後、(2)目的情報を含んだ遺伝子と薬剤耐性遺伝子を入れ替え、薬剤感受性により細胞を選択する(ネガティブ選択)。より具体的には、ポジティブ選択およびネガティブ選択が可能な薬剤耐性遺伝子としてテトラサイクリン耐性遺伝子を用い、この遺伝子組換え手法と組み合わせることにより、上記2工程を含むゲノムの改変方法が実施されている。しかしながら、この方法は、ポジティブ選択およびネガティブ選択を選択培地下におけるテトラサイクリン耐性遺伝子の有無による細胞の増殖速度差を指標にして行うために選択に数日を要し、また、最終産物に含まれる擬陽性コロニーが増殖能を保持している。
【0008】
大規模なゲノムの編集および/または加工においては、さまざまな遺伝子座に対する書き換えを繰り返しあるいは並列的に行う必要がある。そのため、ロボティクスを用いた自動化に対応できるゲノムの改変方法および該方法に使用するセレクタシステムの開発が期待される(非特許文献3)。
【0009】
現在までに、幾つかのセレクタシステムが報告されている(表1)。しかし、いずれのセレクタシステムも一長一短があり、迅速性、容易性、選択性、効率性、および自動化に優れたセレクタシステムは未だ開発されていない。
【0010】
【表1】
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】K. A.Datsenko and B. L. Wanner: Proc Natl Acad Sci U S A, 97, 6640 (2000)
【非特許文献2】F. Buchholzand M. Bishop: Biotechniques, 31, 906 (2001)
【非特許文献3】H. H. Wang,F. J. Isaacs, P. A. Carr, Z. Z. Sun, G. Xu, C. R. Forest and G. M. Church:Nature, 460, 894 (2009)
【非特許文献4】J. E.Karlinsey: Methods Enzymol, 421, 199 (2007)
【非特許文献5】H.Mizoguchi, K. Tanaka-Masuda and H. Mori: Biosci Biotechnol Biochem, 71, 2905(2007)
【非特許文献6】K. C.Murphy, K. G. Campellone and A. R. Poteete: Gene, 246, 321 (2000)
【非特許文献7】M. Hashimoto,T. Ichimura, H. Mizoguchi, K. Tanaka, K. Fujimitsu, K. Keyamura, T. Ote, T.Yamakawa, Y. Yamazaki, H. Mori, T. Katayama and J. Kato: Mol Microbiol, 55, 137(2005)
【非特許文献8】R.Heermann, T. Zeppenfeld and K. Jung: Microb Cell Fact, 7, 14 (2008)
【非特許文献9】Y. Tashiro,H. Fukutomi, K. Terakubo, K. Saito and D. Umeno: Nucleic Acids Res, 39, e12(2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
細胞のゲノムを任意に書き換えるために行われてきた従来の遺伝子工学的技術には、上記のように、使用するセレクタに改良の余地があり、迅速性、容易性、選択性、効率性、および自動化などに問題があった。
【0013】
本発明の課題は、迅速性、容易性、選択性、および効率性に優れ、自動化への応用が可能なゲノムの改変方法とそれに使用する核酸構築物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは上記課題を解決すべく、核酸構築物によりゲノムが改変された細胞の選択に使用する選択マーカーに着目し、有用な選択マーカーの探索研究を鋭意行った。選択マーカーとしての重要な性質は、デュアルセレクタ機能を有することである。1つのセレクタ遺伝子にポジティブ選択およびネガティブ選択の両方の機能をもたせることは、標的遺伝子の書込み操作において望ましい。なぜなら、まずポジティブ選択をすることにより、ネガティブ選択における擬陽性の最大の原因であるネガティブセレクタの失活変異を除去することができるからである。どの細胞にも、109-10 塩基毎に複製エラーが蓄積する。多くの細胞の中から組換えクローンを選別するゲノム工学では、選択する細胞プールの大きさは109に達する。ネガティブセレクタ遺伝子を不活性化する変異を持つ細胞は、この大きさのプール中に〜100程度は存在する計算となる。ランダムなアミノ酸置換が酵素遺伝子の機能を消去する確率は20−50%であり、ゆえに300アミノ酸からなるタンパク質ならば、60−150アミノ酸座位、すなわち180−450遺伝子座位は1度でネガティブセレクタを失活させる。実際には、これにその遺伝子のレギュレータ部位への不活性化変異が加わる。この性質を有する選択マーカーとして、テトラサイクリン排出タンパク質(TetA)を挙げることができる。その効用は示されていないが、TetAはポジティブ選択およびネガティブ選択の両方の機能を有するため、失活したネガティブセレクタを細胞プールの中から除去または希釈することが可能である(図2)。また、選択マーカーに望まれる性質は、選択操作の迅速性である。例えば、上述のTetAを用いたネガティブ選択は、選択固体培地上でおよそ1-3日という非常に長い時間、静置培養して行う必要があり、また、TetA以外の公知のセレクタも細胞増殖速度の差異を指標にした選択技術であるために選択操作毎に1−2日を要するという問題点を有する。さらに、選択マーカーに望まれる性質として、液体中での選択操作が可能なことがあげられる。この条件は、自動化などにおいて重要な利点となる。さらにまた、選択マーカーの性質としては、その機能が選択操作の条件に依存性であることが好ましい。ネガティブセレクタは基本的に毒性遺伝子であるため、細胞内での安定保持に原理的な問題がある。したがって、その毒性の発揮がある化学的または物理的なイニシエータの存在下でのみ発揮される「条件による(conditional)」ものであることが好ましい。
【0015】
本発明者らはヒトヘルペスウイルス(human herpes simplexvirus)由来のチミジンキナーゼ (HSVTK)を発現させた細胞が変異原性ヌクレオシド、例えば6-(β-D-2-デオキシリボ-フラノシル)-3,4-ジヒドロ-8H-ピリミド[4,5-c][1,2]オキザジン-7-オン(以下、dPと略称する)の存在下では細胞死を起こすのに対し、HSVTKを発現しない細胞は細胞死を免れることを既に見出している(非特許文献9)。そして、HSVTKをネガティブセレクタとして使用することにより、迅速性、容易性、選択性、および効率性に優れ、自動化への応用が可能な本発明に係るゲノムの改変法を完成した。
【0016】
すなわち、本発明は以下に関する:
1.細胞内のゲノムを改変する方法であって、
(1)細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物を、細胞内に導入する工程、
(2)上記(1)で得られた細胞を培養する工程、および
(3)上記(2)の工程の後、ゲノムが改変された細胞を選択する工程、
を包含する、細胞内のゲノムを改変する方法、
2.細胞内のゲノムを改変する方法であって、
(1)細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物を、細胞内に導入する工程、
(2)上記(1)で得られた細胞を培養する工程、および
(3)上記(2)の工程の後、ゲノムが改変された細胞を選択する工程、
を包含する、細胞内のゲノムを改変する方法、
3.チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列に加えて、ゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列として薬剤耐性タンパク質をコードする遺伝子配列を含む、上記1.または2.の細胞内のゲノムを改変する方法、
4.薬剤耐性タンパク質がクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼである、上記3.の細胞内のゲノムを改変する方法、
5.細胞内のゲノムを改変する方法であって、
(1)細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含み、更にゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物を、細胞内に導入する工程、
(2)上記(1)で得られた細胞を培養する工程、および
(3)上記(2)の工程の後、ゲノムが改変された細胞を選択する工程、
を包含する、細胞内のゲノムを改変する方法、
6.細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、
7.チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列がヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列である、上記6.の細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、
8.チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列に加えて、ゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列として薬剤耐性タンパク質をコードする遺伝子配列を含む、上記6.または7.の細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、
9.薬剤耐性タンパク質がクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼである、上記8.の細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、
10.細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含み、さらにゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、
11.配列表の配列番号1、配列番号2、および配列番号3のいずれかに記載の塩基配列で表されるDNAからなる、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、
12.細胞が微生物である、上記11.の核酸構築物の、細胞内のゲノムの改変における使用、
13.細胞が大腸菌またはシアノバクテリアである、上記12.の核酸構築物の、細胞内のゲノムの改変における使用。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、並びに該核酸構築物を使用することを含む、細胞内のゲノムを改変する方法を提供できる。
【0018】
本発明に係るゲノム改変法は従来の方法と異なり、HSVTKと変異原性ヌクレオシド、例えばdPとを用いたネガティブ選択法を利用する方法であり、本方法ではHSVtk遺伝子が起動状態にある場合は速やかに増殖能を失う機構によりほぼ100%の選択性を実現し、また、細胞増殖に依存しない選択方法であるため選択操作が5分程度で迅速に完了する。つまり、薬剤耐性遺伝子、例えばテトラサイクリン耐性遺伝子を利用する方法の欠点であった長い選択時間と最終産物に含まれる擬陽性コロニーが増殖能を保持している問題を克服したゲノム改変法を本発明で提供可能である。
【0019】
このように本発明により、従来のゲノム改変法が有する問題点である迅速性、容易性、選択性、効率性が改善され、自動化への応用が可能なゲノム改変法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】Flp/Creシステムを用いたゲノム欠失法(非特許文献2)を説明する図である。
【図2】HSVtk遺伝子の失活による擬陽性の生成機構とその処方箋を説明する図である。
【図3−A】セレクタプラスミドマップである。HSVTKがポジティブセレクタおよびネガティブセレクタとして働く(システム1)。(実施例1)
【図3−B】セレクタプラスミドマップである。HSVtkとcatがタンデムに、Placの下流に配置されている(システム2)。(実施例1)
【図3−C】セレクタプラスミドマップである。HSVtkとcatがタンデムにPT5/lacの下流に配置されている(システム3)。(実施例1)
【図4】システム1、2、および3(System-1、-2、および-3)を用いた遺伝子組換え実験の概要を示す図である。細胞内の野生型ゲノム(図中、wtと表示する)の標的部位にセレクタ遺伝子をノックインし、ポジティブセレクションによりセレクタ遺伝子がノックインされたゲノム(図中、knock-inと表示する)を有する細胞を選択し、次いで、緑色蛍光タンパク質をコードする遺伝子(gfpuv)とセレクタ遺伝子との置換(図中、replacement)を行い、ネガティブセレクションによりセレクタ遺伝子が置換されたゲノム(図中、replacedと表示する)を有する細胞を選択する。(実施例2)
【図5】組換え体分離のためのdT/HSVTK選択の実験概要とその結果を示す図である。パネル(A)は実験概要を示す。lacZの読み取り枠(reading frame)への相同性アームをつけたHSVtkカセットを細胞にエレクトロポレーション(electroporation)し、TK選択プレート(TK selection plate)で一晩静置してコロニーを形成させた。パネル(B)は選択培地で生えてきたコロニーの数を示す。(実施例2)
【図6】HSVtk遺伝子およびcat遺伝子を含むセレクタカセットをlacZ座に導入し、次いで、これらセレクタ遺伝子を目的タンパク質をコードする遺伝子と置換する実験の操作概略(パネル(A))および組換えのスキーム(パネル(B))を示す図である。(実施例2)
【図7】起こりえる「もうひとつの」組換え反応の機序を説明する図である。(実施例2)
【図8】ゲノムに導入したHSVTKによるdPの取込み活性を示す図である。パネル(A)は操作概略を示し、パネル(B)はdP処理によるコロニー形成単位(CFU)の低下を示す。(実施例2)
【図9】SOB培地におけるHSVTK+株の選抜条件の探索の結果を示す図である。(実施例2)
【図10】液体培地における短時間dP処理によるHSVTK保有株の生存能(viability)変化を示す図である。(実施例2)
【図11】lacZ座位へのHSVtk-catカセットの遺伝子導入スキーム(パネル(A))および実験操作概略(パネル(B))を示す図である。(実施例3)
【図12】CAT活性を利用したCm耐性クローンの濃縮を示す図である。(実施例3)
【図13】HSVtk-catカセット導入実験において、Cm(+)プレートに生えてきた大腸菌クローンの遺伝子型解析の結果を示す図である。パネル(A)は遺伝子型解析の実験デザインを示す図である。プライマーが結合する部位を矢印で、増幅される部位を点線で示す。パネル(B)および(C)は、各クローンのゲノムDNAからPCR増幅されたDNA断片のゲル電気泳動による遺伝子型解析結果を示す。サンプル(Sample)1−3は、LacZ(-)、CmR、dPSの表現型を示したクローンであり、サンプル4−6は、LacZ(-)、CmR、dPRの表現型を示したクローンである。C1はMG1655、C2はMG1655ΔlacZ::HSVtk-catである。また、サンプル7はLacZ(+)、CmR、dPRの表現型を示したクローンである。(実施例3)
【図14】ゲノムに導入されたHSVtk-catカセットのうちdP感受性を失っていた3クローンにおけるHSVtk部位の遺伝子型を示す模式図である。(実施例3)
【図15】ゲノムに導入されたHSVtk-catの排除における遺伝子組換えのスキーム(パネル(A))および実験操作概略(パネル(B))を示す図である。(実施例3)
【図16】HSVTK/dPシステムを用いたLacZ活性を示すクローンの濃縮を示す図である。(実施例3)
【図17】lacZカセットの再導入実験において、dP(+)プレートに生えてきたクローンの遺伝子型解析の結果を示す図である。パネル(A)は再導入実験の実験デザインを示す図である。プライマーが結合する部位を矢印で、増幅される部位を点線で示す。パネル(B)および(C)は、各クローンのゲノムDNAからPCR増幅されたDNA断片のゲル電気泳動による遺伝子型解析結果を示す。C1はMG1655、サンプル1−4はLacZ(-)、dPR、CmRの表現型を示したクローン、サンプル5−8はLacZ(+)、dPR、CmSの表現型を示したクローン、C2はMG1655ΔlacZ::HSVtk-cat、サンプル9−15はLacZ(-)、dPR、CmSの表現型を示したクローンである。(実施例3)
【図18】ゲノムから除去されなかったHSVtk-catカセットのうちdP耐性を示すクローンにおけるHSVtk部位の遺伝子型を示す模式図である。(実施例3)
【図19】HSVTK/dPシステムにより、ゲノム組換え体を液相操作においてネガティブ選択により短時間で濃縮できたことを示す図である。(実施例4)
【図20】HSVTK/dPシステムにおいて、dPがHSVtk遺伝子を持たない細胞の遺伝子変異頻度に影響を与えないことを示す図である。左パネルは実験操作概略を示し、右パネルは遺伝子変異頻度の測定結果を示す。(実施例5)
【図21】HSVTK/dPシステムにおいて、細胞内に発現したHSVTKが遺伝子変異頻度に影響を与えないことを示す図である。左パネルは実験操作概略を示し、右上段パネルおよび右下段パネルはそれぞれ細胞増殖速度および遺伝子変異頻度の測定結果を示す。(実施例5)
【図22】lacZ座位へのPλ-gfpmut3.1カセットの導入実験における組換えスキーム(パネル(A))および実験操作概略(パネル(B))を示す図である。(実施例6)
【図23】ゲノム上のlacZ遺伝子のPλ-gfpmut3.1カセットへの置き換え実験におけるdPによるゲノム組換え体の濃縮を示す図である。(実施例6)
【図24】ゲノム上のlacZ遺伝子のPλ-gfpmut3.1カセットへの置き換え実験において、dP(+)プレートに生えてきたCmSクローンの遺伝子型解析の結果を示す図である。パネル(A)は遺伝子型解析の実験デザインを示す図である。プライマーが結合する部位を矢印で、増幅される部位を点線で示す。パネル(B)は、各クローンのゲノムDNAからPCR増幅されたDNA断片のゲル電気泳動による遺伝子型解析結果を示す。サンプル1−8はLacZ(-)、CmS、dPRの表現型を示したクローン、C1はMG1655、C2はMG1655ΔlacZ::HSVtk-caである。(実施例6)
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物、および該核酸構築物を使用することを含む細胞内のゲノムを改変する方法に関する。
【0022】
本発明において用語「ゲノム」は、生物体を構成する細胞に含まれる染色体、または、全染色体を構成するDNAの全核酸配列を意味する。
【0023】
用語「ゲノムの改変」あるいは「ゲノムを改変する」とは、ゲノム中の一部の核酸配列を外来の核酸配列と組み換えること、すなわち改変前のゲノムとは異なる核酸配列を有するゲノムを作成することをいう。例えば、ゲノム中の特定の遺伝子配列をノックアウトすること、ゲノム中の一部の核酸配列を目的タンパク質をコードする遺伝子と置換すること、ゲノム中に目的タンパク質をコードする遺伝子を挿入すること、そしてプロモータや制御配列、タンパク質の一部書換えなどをいう。
【0024】
用語「核酸構築物」とは、核酸分子(例えば、DNA、RNA、DNA/RNA)を含む構築物をいう。本発明に使用される核酸構築物の作成には、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物である限りにおいて、いずれの核酸構築物も利用でき、従来使用されている公知のゲノム改変用核酸構築物を利用できる。
【0025】
本発明に係る核酸構築物は、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための選択マーカーをコードする遺伝子に特徴を有する。すなわち、本発明において核酸構築物は、選択マーカーをコードする遺伝子配列としてヌクレオシドキナーゼ、好ましくはチミジンキナーゼ(以下、TKと略称することがある)をコードする遺伝子配列を含むことを特徴とする。
【0026】
用語「選択マーカー」とは、本明細書において用語「セレクタ」と互換可能に使用されるものであり、核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための指標をいう。より詳しくは、「セレクタ」は核酸構築物の一部を構成する遺伝子配列によりコードされるタンパク質であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための指標をいう。
【0027】
セレクタは、ポジティブセレクタとネガティブセレクタに大別される。「ポジティブセレクタ」は、選択剤の存在下ではセレクタが発現しないと細胞が生存し得ないものをいう。一方、「ネガティブセレクタ」は、選択剤存在下ではセレクタの発現が細胞に致死的に働くものおよび増殖阻害をもたらすものをいう。また、ポジティブセレクタの機能およびネガティブセレクタの機能の両方を有するセレクタを「デュアルセレクタ」という。デュアルセレクタは、例えば使用する選択剤の種類により、ポジティブセレクタの機能またはネガティブセレクタの機能を示すことができる。
【0028】
セレクタは、短期間に細胞死を引き起こす物質に対する耐性を与えるタンパク質、あるいは、該物質による細胞死に関与するタンパク質や該物質に対する感受性を高めるタンパク質であればいずれも使用できる。このような物質として具体的には、遺伝子変性剤、アルキル化剤、有機溶媒、紫外線/放射線、熱、酸/アルカリ、酸化剤などを例示できる。セレクタとして具体的には、チミジンキナーゼなどのヌクレオシドキナーゼ、薬剤耐性タンパク質、およびアルキル化DNA修復酵素を好ましく例示できる。セレクタは、これら例示に限らず、細胞においてその細胞死に関与するものまたは細胞死の回避に関与するものである限りにおいていずれも使用できる。
【0029】
用語「選択剤」は、ゲノムが改変された細胞を選択するためにセレクタと組み合わせて使用される薬剤であり、セレクタの発現下で細胞死を誘導し得る物質、好ましくは化合物、または該遺伝子配列の非発現下で細胞死を誘導し得る物質、好ましくは化合物を含む薬剤を意味する。
【0030】
用語「ポジティブ選択」は、セレクタ遺伝子が発現している細胞を選択することを意味する。言い換えれば、用語「ポジティブ選択」は、セレクタ遺伝子が発現していると細胞が生存する条件下で、該セレクタ遺伝子を発現していない細胞を淘汰除去することによる選択を意味する。ポジティブ選択を行うには、細胞内に導入する核酸構築物中にポジティブセレクタ遺伝子を配置する。ポジティブセレクタ遺伝子を発現しない細胞は、ポジティブセレクタ遺伝子が発現していると細胞が生存する条件下では淘汰除去される。短期間に細胞死を引き起こす物質として、アルキル化剤、有機溶媒、紫外線/放射線、熱、酸/アルカリ、酸化剤、タンパク質合成阻害剤などがある。その他、タンパク質合成阻害剤これらに対する耐性を与える遺伝子をポジティブセレクタ遺伝子として用いることができる。
【0031】
用語「ネガティブ選択」は、セレクタ遺伝子が発現していない細胞を選択することを意味する。言い換えれば、用語「ネガティブ選択」は、セレクタ遺伝子が発現していないと細胞が生存する条件下で、該セレクタ遺伝子を発現している細胞を淘汰除去することによる選択を意味する。ネガティブ選択を行うには、細胞内に導入する核酸構築物中にネガティブセレクタ遺伝子を配置する。ネガティブセレクタ遺伝子を発現する細胞は、ネガティブセレクタ遺伝子が発現していると細胞死を引き起こす条件下では淘汰除去される。短期間に細胞死を引き起こす物質として、遺伝子変性剤、アルキル化剤、有機溶媒、紫外線/放射線、熱、酸/アルカリ、酸化剤、タンパク質合成阻害剤などがある。これらによる細胞死に関与する遺伝子、またはこれらに対する感受性を高める遺伝子をネガティブセレクタ遺伝子として用いることができる。
【0032】
用語「デュアル選択」は、ポジティブ選択とネガティブ選択とを組み合わせて実施することを意味する。デュアル選択において、ポジティブ選択とネガティブ選択はいずれを先に実施してもよいが、好ましくはポジティブ選択を先に実施する。デュアル選択は、単回のみ実施してもよいし、複数回実施してもよい。好ましくはデュアル選択を複数回連続して実施することが適当である。複数回実施することにより、所望のゲノムの改変を有する細胞を選択的に得ることができる。
【0033】
本発明に係る細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物は、核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてヌクレオシドキナーゼ、好ましくはチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含むことを特徴とする。本発明に係る核酸構築物は、ヌクレオシドキナーゼをコードする遺伝子配列に加えて、さらなるセレクタ遺伝子配列、例えば薬剤耐性タンパク質をコードする遺伝子配列やアルキル化DNA修復酵素をコードする遺伝子配列を含むことができる。
【0034】
本発明に係る細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物として、配列表の配列番号1、配列番号2、および配列番号3のいずれかに記載の塩基配列で表されるDNAからなる核酸構築物を好ましく例示できる。
【0035】
ヌクレオシドキナーゼは、ヌクレオシドのアデノシン三リン酸(ATP)によるリン酸化を触媒する酵素をいう。ヌクレオシドキナーゼはヌクレオチド合成のサルベージ(Salvage)経路の一部をなし、DNA合成の調節因子として重要な役割を果たす。ヌクレオシドキナーゼとして、チミジンキナーゼ、アデノシンキナーゼ、グアノシンキナーゼ、およびデオキシシチジンキナーゼなどを例示できる。
【0036】
本発明で使用されるヌクレオシドキナーゼとしてチミジンキナーゼを好ましく挙げることができる。チミジンキナーゼは、特に限定されず、哺乳動物細胞やウイルス由来のチミジンキナーゼを挙げることができ、ヒトヘルペスウイルス(human herpes simplex virus)由来チミジンキナーゼ(HSVTK)をより好ましく例示できる。
【0037】
チミジンキナーゼは、デオキシチミジンのリン酸化反応を触媒する酵素であり、DNA合成の調節因子として重要な役割を果たす。DNA合成の直接の前駆物質であるデオキシチミジン三リン酸(dTTP)の細胞内での供給は、デノボ(de novo)経路とサルベージ経路により担われている。デノボ経路はデオキシチミジン一リン酸(dTMP)合成を経てdTTPを合成するが、この経路は5-フルオロウラシルを加えると停止することが知られている(S. S. Cohen, J.G. Flaks, H. D. Barner, M. R. Loeb and J. Lichtenstein: Proc Natl Acad Sci U SA, 44, 1004 (1958). E. Yagil and A. Rosner: J Bacteriol, 108, 760 (1971).)。5-フルオロウラシルやその誘導体は、細胞内で代謝され、5-フルオロ-2'-デオキシウリジン一リン酸(5FdUMP)となる。5FdUMPはdTMP合成酵素(ThyA)の阻害剤であり、これが存在すると細胞内のdTMP合成が阻害される。この状況下では、細胞の増殖は、外因性のデオキシチミジン(dT)を用いてdTTPを合成するサルベージ経路に依存する。もし細胞がTKを持っていれば、サルベージ経路によりdTからdTMPを合成することができ生存できるが、TKが無いと増殖は完全に止まる。細胞のTK欠損株にTKを導入すると、そのサルベージ経路は復活する。このようなメカニズムを利用して、チミジンキナーゼやその関連酵素活性の活性機能選択法が研究されてきている(M. E. Black, T. G. Newcomb, H. M. Wilson and L. A. Loeb: Proc NatlAcad Sci U S A, 93, 3525 (1996).)。
【0038】
セレクタとしてチミジンキナーゼを、そして選択剤として例えばデオキシチミジン三リン酸(dTTP)のデノボ合成経路の阻害剤を使用することにより、ポジティブ選択を実施できる。この場合、細胞の増殖はサルベージ経路に依存するため、ポジティブ選択はdTの存在下で実施する。デオキシチミジン三リン酸(dTTP)のデノボ合成経路の阻害剤は、該デノボ合成経路を阻害してdTTPの産生を阻害し得る化合物であれば特に限定されず、例えば、該デノボ合成経路に関与する酵素の阻害剤を挙げることができる。具体的には、5-フルオロウラシルおよびその誘導体を好ましく例示できる。より具体的には、5-フルオロ-2'-デオキシウリジン(5FdU)を例示できる。5-フルオロウラシルおよびその誘導体の濃度は、dTTPのデノボ合成経路を阻害し得る濃度であればよく、簡単な繰り返し実験により決定できる。例えば、5FdUは、10μg/mL−50μg/mL、より好ましくは20μg/mLの濃度で使用する。dTTPのデノボ合成経路の阻害剤と細胞とのインキュベーション時間は、特に限定されず、簡単な繰り返し実験により決定できる。dTTPのデノボ合成経路の阻害剤を用いた選択においては、生存細胞を増殖させる時間を要するため、使用する細胞の増殖速度に応じた時間を要する。例えば、5FdUの存在下で大腸菌株を用いて選択を行う場合、インキュベーションは6時間−20時間、好ましくは20時間行う。
【0039】
一方、チミジンキナーゼのようなヌクレオチド代謝酵素によって様々なヌクレオシドアナログが細胞内で活性化して細胞死を引き起こすことが知られており、チミジンキナーゼは遺伝子治療のための自殺遺伝子としても長く検討されてきている(M. E. Black and L. A. Loeb: Biochemistry, 32, 11618 (1993). D. K.Dube, M. E. Black, K. M. Munir and L. A. Loeb: Gene, 137, 41 (1993).)。
【0040】
チミジンキナーゼの発現下で細胞死を誘導し得る化合物として、例えば、変異原性ヌクレオシドを挙げることができる。変異原性ヌクレオシドはチミジンのサルベージ経路を経由してゲノムに取り込まれ遺伝子変異を生じて細胞死を誘導する。
【0041】
チミジンキナーゼをセレクタとし、そして選択剤として例えば変異原性ヌクレオシドを使用することにより、ネガティブ選択を実施できる。変異原性ヌクレオシドは、遺伝子に取り込まれたときに遺伝子に変異を生じて細胞死を誘導するものであれば特に限定されず、天然に存在する変異原性ヌクレオシドであってもよく、人工的に作製されたものであってもよい。具体的には、人工ヌクレオシドである6-(β-D-2-デオキシリボ-フラノシル)-3,4-ジヒドロ-8H-ピリミド[4,5-c][1,2]オキザジン-7-オン(dP)を好ましく例示できる。dPは、他のヌクレオシドと同様、チミジンのサルベージ経路を経由してゲノムに取り込まれる。他の多くの毒性ヌクレオシドは染色体DNA合成のチェーンターミネータ(K. Negishi, D. Maehara, S.Nakamura, D. Loakes, L. Worth, Jr., R. M. Schaaper, K. Seio, M. Sekine and T.Negishi: Nucleic Acids Res Suppl, 221 (2001).)である。したがって、チミジンキナーゼを発現する細胞は、dPの添加により細胞死が誘導されるが、チミジンキナーゼを欠損した細胞では、dPの添加により細胞死は誘導されない。dPの遺伝毒性(genotoxicity)は低く、37μMのdPを与えてはじめて、大腸菌細胞集団の80%が死ぬ程度である(K. Negishi, D. Loakes and R. M.Schaaper: Genetics, 161, 1363 (2002).)。しかし、チミジンキナーゼを発現する細胞は、dPの添加により染色体が物理的に破壊されることはないが、遺伝子情報が不可逆的に劣化するため、5分間から15分間という短時間で増殖能を失う。変異原性ヌクレオシドの濃度は、遺伝子に取り込まれたときに遺伝子に変異を生じて細胞死を誘導する濃度であれば特に限定されず、簡単な繰り返し実験により決定できる。例えば、dPは、50nM−1μM、より好ましくは100nMの濃度で使用する。変異原性ヌクレオシドで処理するときの細胞濃度は特に限定されず、簡単な繰り返し実験により決定できる。例えば、105細胞/mL〜109細胞/mL、より好ましくは106細胞/mL〜108細胞/mL、さらに好ましくは107細胞/mL程度が適当である。また、細胞は、対数増殖期にあるものの方が薬剤に対する感受性が高いので、対数増殖期にあるものを使用することが好ましい。変異原性ヌクレオシドと細胞とのインキュベーション時間は、特に限定されず、簡単な繰り返し実験により決定できる。変異原性ヌクレオシドによる変異に起因する細胞死は、極めて短時間で惹起されるため、例えば、dPを用いる場合、dPと細胞とのインキュベーションは5分間−12時間、好ましくは5分間−60分間、より好ましくは5分間−30分間、さらに好ましくは30分間でよい。変異原性ヌクレオシドで細胞を処理するときに使用する培地は、標準的に使用されている培地を使用できる。例えば大腸菌の場合LB培地やM9-グルコース培地を挙げることができる。
【0042】
チミジンキナーゼは、上記のように、デュアルセレクタとして使用できる。また、チミジンキナーゼ以外のヌクレオシドキナーゼも、デノボ経路を阻害する薬剤と組み合わせて用いることによりポジティブセレクタとして使用でき、また、使用するヌクレオシドキナーゼの発現下で細胞死を誘導し得る化合物、例えば、適当な変異原性ヌクレオシドと組み合わせて用いることによりネガティブセレクタとして使用できる。
【0043】
セレクタとしてまた、薬剤耐性タンパク質を好ましく例示できる。薬剤耐性タンパク質は、細胞死を引き起こす薬剤の存在下で、該薬剤に対する耐性を細胞に付与して細胞死を回避させ得るタンパク質を意味する。
【0044】
薬剤耐性タンパク質は、したがって細胞死を引き起こす薬剤と組み合わせて使用することにより、ポジティブセレクタとして使用できる。薬剤耐性タンパク質をコードする遺伝子として、クロラムフェニコール(Cm)耐性遺伝子、カナマイシン(Kan)耐性遺伝子、 テトラサイクリン(Tet)耐性遺伝子、アンピシリン(Amp)耐性遺伝子、ネオマイシン(Neo)耐性遺伝子、およびゲンタマイシン(Gen)耐性遺伝子を例示できる。クロラムフェニコール耐性遺伝子としてクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(cat)遺伝子を例示できる。薬剤耐性遺伝子によりコードされるタンパク質をセレクタとして使用するときは、該タンパク質が発現しないときに細胞死を誘導する薬剤と組み合わせて使用する。薬剤耐性タンパク質による形質転換体の選択操作は、当業者に良く知られている条件で実施することができる。
【0045】
セレクタとしてまた、アルキル化DNA修正酵素を例示できる。アルキル化DNA修正酵素は、アルキル化されたDNAにおいてアルキル化されたヌクレオチドに作用して切断する酵素である。アルキル化DNA修正酵素により切断された後のデオキシリボース鎖はAPエンドヌクレアーゼ(APE1)によりさらに切断され、次いで切断された部位のDNAは、DNAポリメラーゼおよびリガーゼにより相補鎖の情報に基づいて修復される。ゲノムDNAでアルキル化が生じると、アルキル化されたヌクレオチドはDNA複製の阻害や遺伝子変異を起こし、その結果、細胞死が引き起こされる。例えば、アルキル化剤であるメタンスルホン酸(MMS)で細胞を処理すると、MMSは細胞膜を通過し、ゲノムDNA中のアデニンの3位をメチル化する。メチル化されたままのアデニンはDNA複製の阻害や遺伝子変異を起こすために細胞死を引き起こす。
【0046】
アルキル化DNA修正酵素は、したがって、アルキル化剤と組み合わせて使用することによりポジティブセレクタとして使用できる(C. Y. Chen, H. H. Guo, D. Shah, A. Blank, L. D. Samson and L. A.Loeb: DNA Repair (Amst), 7, 1731 (2008).)。アルキル化DNA修正酵素として、アルキルアデニンDNAグリコシダーゼ(AAG)やO6-メチルグアニン-DNAトランスフェラーゼ(MGMT)を例示できる。あるいは、3-アルキルアデニンの修復酵素をコードする遺伝子配列として、例えば大腸菌由来のものならば、AlkA(グリコシラーゼ)やAlkB(アルキルトランスフェラーゼ)などを挙げることができる。アルキル化DNA修正酵素をセレクタとして使用するときは、アルキル化剤と組み合わせて使用する。アルキル化剤は、メチル基、エチル基、プロピル基などのアルキル基と称する分子構造を持つ化合物を含み、DNAをアルキル化する機能、すなわちDNAに作用してアルキル基を持つ高分子に変化させる機能を有する薬剤を意味する。 アルキル化剤は、DNAをアルキル化する作用を有するものであれば特に限定されず、公知のアルキル化剤をいずれも使用できる。具体的には、アルキル化剤としてメタンスルホン酸(MMS)を好ましく例示できる。MMSは細胞膜を通過し、ゲノムDNA中のアデニンの3位をメチル化する。メチル化されたままのアデニンはDNA複製の阻害や遺伝子変異を起こすために細胞死を引き起こす。その他、使用できる好ましいアルキル化剤の例として、ヨウ化メチル、エチルメタンスルホン酸(EMS)、 Nメチル-N'-ニトロ-ニトロソグアニジン(MNNG)などを挙げることができる。アルキル化剤の濃度は、DNAをアルキル化する作用を示す濃度であれば特に限定されず、簡単な繰り返し実験により決定できる。例えば、MMSは、0.1%−0.4%、好ましくは0.2%−0.3%、より好ましくは0.2%の濃度、言い換えれば、10mM−50mM、好ましくは20mM−40mM、より好ましくは20mMで使用する。アルキル化剤で処理するときの細胞濃度は、低すぎるとアルキル化DNA修復酵素の有無に関らずアルキル化剤による細胞死が引き起こされるため、例えば、106細胞/mL〜108細胞/mL、より好ましくは106細胞/mL〜107細胞/mL、さらに好ましくは107細胞/mL程度が適当である。また、細胞は、対数増殖期にあるものの方が薬剤に対する感受性が高いので、対数増殖期にあるものを使用することが好ましい。アルキル化剤と細胞とのインキュベーション時間は、特に限定されず、簡単な繰り返し実験により決定できる。アルキル化剤によるDNAのアルキル化に起因する細胞死は短時間で惹起されるため、例えば、MMSを用いる場合、MMSと細胞とのインキュベーションは15分間−45分間、好ましくは15分間−30分間、より好ましくは30分間でよい。アルキル化剤により細胞中のDNAのアルキル化を処理する条件は、アルキル化剤の濃度、細胞濃度、インキュベーション時間の組み合わせにより決定される。具体的には、アルキル化剤としてMMSを使用する場合、MMS濃度が0.2%程度であれば、細胞数は106細胞/mL〜107細胞/mLが適当である。さらにインキュベーション時間は、MMS濃度が0.2%程度であり、且つ細胞数が107細胞/mLであれば、5分間−45分間、例えば30分間が適当である。アルキル化剤で細胞を処理するときに使用する培地は、アルキル化剤の作用を充分に得るために必須物質のみから構成される最少培地、例えば大腸菌であればM9培地を使用することが好ましい。
【0047】
本核酸構築物には、選択マーカーをコードする遺伝子配列の他、複製そして制御に関する情報を担持した遺伝子配列を組み合わせて自体公知の方法により組み込むことができる。このような遺伝子配列として、例えば、該遺伝子配列に作動可能に連結された制御配列、例えば、プロモータおよびエンハンサ、複製開始点、リボソーム結合配列、ターミネータ、シグナル配列、並びにスプライシングシグナルなどの非翻訳配列を例示できる。これらから選択した1種類または複数種類の遺伝子配列を本核酸構築物に組み込むことができる。例えばプロモータは、使用する宿主細胞の種によって適宜選択して使用される。プロモータは遺伝子の転写開始部位を決定し、またその頻度を直接的に調節するDNA上の領域をいい、RNAポリメラーゼの結合により転写を開始する核酸配列である。細菌を宿主として使用する場合、プロモータとして、大腸菌などの宿主細胞中で発現できるものであれば特に限定されず、いずれを使用してもよい。例えば、λPRプロモータ、λPLプロモータ、trpプロモータ、およびlacプロモータなどの、大腸菌やファージに由来するプロモータを例示できる。trcプロモータなどの人為的に設計改変されたプロモータを使用してもよい。酵母を宿主とする場合、プロモータとして、酵母中で発現できるものであれば特に限定されず、いずれを使用してもよい。例えば、gal1プロモータ、gal10プロモータ、ヒートショックタンパク質プロモータ、MFα1プロモータ、PHO5プロモータ、PGKプロモータ、GAPプロモータ、ADHプロモータ、およびAOX1プロモータなどを例示できる。動物細胞を宿主とする場合は、組換えベクターが該細胞中で自律複製可能であると同時に、プロモータ、RNAスプライス部位、目的遺伝子、ポリアデニル化部位、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、所望により複製起点が含まれていてもよい。プロモータとして、SRαプロモータ、SV40プロモータ、LTRプロモータ、およびCMVプロモータなどを使用することができ、また、サイトメガロウイルスの初期遺伝子プロモータなどを使用してもよい。
【0048】
本発明に係る核酸構築物には、目的遺伝子が発現されるように目的遺伝子をさらに組み込むことができる。目的遺伝子がさらに組み込まれた本核酸構築物によりを細胞に導入してゲノムを改変することにより、該細胞において目的遺伝子を発現させることができる。一方、目的遺伝子が組み込まれていない本核酸構築物を細胞に導入してゲノムを改変することにより、所望のゲノムのノックアウトを実施することができる。
【0049】
核酸構築物に目的遺伝子を組み込む方法は、自体公知の遺伝子工学的技術を適用できる。例えば、目的遺伝子を適当な制限酵素により処理して特定部位で切断し、次いで同様に処理した核酸構築物と混合し、リガーゼにより再結合する方法が用いられる。あるいは、目的遺伝子に適当なリンカーをライゲーションし、これを目的に適したベクターのマルチクローニングサイトへ挿入することによっても目的遺伝子を核酸構築物に組み込むことができる。
【0050】
本発明に係る核酸構築物は発現ベクターであり得るが、発現ベクターは、宿主細胞に外部遺伝子を運搬するDNA、言い換えればベクターDNAであって、宿主細胞中で目的遺伝子を発現させ得るDNAをいう。ベクターDNAは宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、宿主の種類および使用目的により適宜選択される。ベクターDNAは、天然に存在するDNAを抽出して得られたベクターDNAの他、複製に必要な部分以外のDNAの部分が一部欠落しているベクターDNAでもよい。代表的なベクターDNAとして例えば、プラスミド、バクテリオファージおよびウイルス由来のベクターDNAを挙げることができる。プラスミドDNAとして、大腸菌由来のプラスミド、枯草菌由来のプラスミド、酵母由来のプラスミドなどを例示できる。バクテリオファージDNAとして、λファージなどが挙げられる。ウイルス由来のベクターDNAとして、例えばレトロウイルス、ワクシニアウイルス、アデノウイルス、パポバウイルス、SV40、鶏痘ウイルス、および仮性狂犬病ウイルスなどの動物ウイルス由来のベクター、あるいはバキュロウイルスなどの昆虫ウイルス由来のベクターを挙げることができる。その他、トランスポゾン由来、挿入エレメント由来、酵母染色体エレメント由来のベクターDNAなどを例示できる。あるいは、これらを組み合わせて作成したベクターDNA、例えばプラスミドおよびバクテリオファージの遺伝学的エレメントを組み合わせて作成したベクターDNA(コスミドやファージミドなど)を例示できる。
【0051】
本発明に係る核酸構築物は、細胞内のゲノムの改変において使用することができる。細胞内のゲノムの改変は、好ましくはインビトロ(in vitro)で実施される。
【0052】
本発明に係る核酸構築物を使用して、細胞内のゲノムを改変する方法を、迅速に、選択的に、効率よく実施できる。
【0053】
本発明に係る細胞内のゲノムを改変する方法は以下の工程を包含する:
(1)上記本発明に係る核酸構築物を細胞内に導入する工程、
(2)上記(1)で得られた細胞を培養する工程、および
(3)上記(2)の工程の後、ゲノムが改変された細胞を選択する工程。
【0054】
本発明に係る細胞内のゲノムを改変する方法は、より具体的には、以下の工程を包含する方法であり得る:
(a)核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物(第1の核酸構築物)を、細胞内に導入する工程、
(b)上記(a)の工程の後、ポジティブ選択を行い、第1の核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択する工程、
(c)上記(b)で得られた細胞に、目的遺伝子を含む核酸構築物(第2の核酸構築物)を導入する工程、
(d)上記(c)の工程の後、ネガティブ選択を行い、第2の核酸構築物により第1の核酸構築物が置換された細胞を選択する工程。
【0055】
また、本発明に係る細胞内のゲノムを改変する方法は、以下の工程を包含する方法であり得る:
(a)核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列および薬剤耐性遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物(第1の核酸構築物)を、細胞内に導入する工程、
(b)上記(a)の工程の後、ポジティブ選択を行い、第1の核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択する工程、
(c)上記(b)で得られた細胞に、目的遺伝子を含む核酸構築物(第2の核酸構築物)を導入する工程、
(d)上記(c)の工程の後、ネガティブ選択を行い、第2の核酸構築物により第1の核酸構築物が置換された細胞を選択する工程。
【0056】
ポジティブ選択は、ポジティブセレクタをコードする遺伝子配列を含む核酸構築物を細胞に導入して培養し、得られた細胞の全部または一部を選択剤の存在下で培養することにより実施できる。ポジティブセレクタを発現している細胞は選択剤の存在下での培養で生き残り、一方、ポジティブセレクタを発現していない細胞は選択剤の存在下での培養で細胞死を引き起こす。したがって、ポジティブ選択で生き残った細胞は本核酸構築物によりゲノムが改変された細胞であると判定でき、ゲノムが改変された細胞を選択することができる。
【0057】
ネガティブ選択は、ネガティブセレクタをコードする遺伝子配列を含む核酸構築物を細胞に導入して培養し、得られた細胞の一部を選択剤の存在下で培養することにより実施できる。ネガティブセレクタを発現していない細胞は選択剤の存在下での培養で生き残り、一方、ネガティブセレクタを発現している細胞は選択剤の存在下での培養で細胞死を引き起こす。したがって、ネガティブ選択で細胞死を引き起こした細胞は本核酸構築物によりゲノムが改変された細胞であると判定でき、ゲノムが改変された細胞を選択することができる。
【0058】
ポジティブ選択およびネガティブ選択は、それぞれ単独で実施することができ、また、組み合わせて実施することができる。ポジティブ選択およびネガティブ選択を組み合わせて実施するとき、いずれを先に実施してもよいが、好ましくはポジティブ選択を先に実施する。また、選択は単回のみ実施してもよいし、複数回実施してもよい。好ましくは、選択した細胞について再度選択を行うことを複数回連続して実施することが適当である。複数回実施することにより、所望のゲノムの改変を有する細胞を選択的に得ることができる。
【0059】
ネガティブ選択に不可避な問題として、自然変異(spontaneousmutation)によるセレクタの不活性化が挙げられる。細胞内の自然変異によりある程度の頻度でランダム変異がセレクタに生じることは避けることができない。そのため、不活性化されたネガティブセレクタを有する細胞はネガティブ選択を生き残るため、導入されるべきカセットとの組換えを持たない擬陽性の主な原因となる(図2の上段)。HSVtk遺伝子はその読み取り枠が、条件によりポジティブセレクタおよびネガティブセレクタの両方の働きをする。つまり、選択カセット中のHSVTKが不活性化された場合、HSVTKがポジティブセレクタとして機能する条件下では、該選択カセットを導入された細胞はポジティブ選択を生き残れない。そこで、形質転換をする直前の段階で、HSVTKによるポジティブ選択をしておけば、HSVTKが不活性化されたゲノムを有する細胞を効率的に除去または希釈できる(図2の下段)。したがって、HSVTKによるポジティブ選択を行った後にゲノムの改変を行うことが好ましい。
【0060】
上記ゲノムの改変方法で使用する目的遺伝子を含む核酸構築物は、相同組換えによるゲノムへの遺伝子導入に使用されるターゲティングベクターを構築する方法を使用して作製することができる。ターゲティングベクターを構築する方法は、本発明に関する技術分野でよく知られた技術である。
【0061】
用語「細胞」は、生物体の構造上・機能上の基本単位であり、遺伝情報を担う核酸分子を有し、外界を隔離する膜構造およびその内部の細胞質から成る生活体を意味する。本発明は、原核細胞および単離された真核細胞のいずれにも適用され、好ましくは細菌などの微生物、より好ましくは大腸菌やシアノバクテリア、さらに好ましくは大腸菌に適用される。
【0062】
用語「細胞死」は、本発明において、増殖能などの細胞としての機能を消失している状態を意味する。例えば、大腸菌などの細胞を固形培地上で培養したとき、一個の細胞から増殖して可視的に計数できる一定以上の大きさの細胞集落(コロニー)を形成できる能力を消失している状態を本発明において細胞死という。用語「細胞死」には、生理的または病理的な要因により生じた不要な細胞や障害細胞などを積極的に除去する能動的細胞死(アポトーシス)および外的要因への反応による受動的細胞死(ネクローシス)も含まれ得る。一方、用語「生細胞」は、増殖能などの細胞としての機能を正常に保持している細胞を意味する。例えば、大腸菌などの細胞を固形培地上で培養したとき、一個の細胞から増殖して可視的に計数できる一定以上の大きさの細胞集落(コロニー)を形成できる能力を有する細胞を意味する。
【0063】
本発明に係る核酸構築物、例えばHSVtk遺伝子を含む核酸構築物を大腸菌に導入すると、dPの添加により5分間から15分間という短時間で増殖能を失い細胞死が誘導され、また、5FdUとdTの存在下では増殖することができた。また、本発明に係る核酸構築物、例えばHSVtk遺伝子を含む核酸構築物をシアノバクテリアに導入すると、dPの添加により短時間で増殖能を失い細胞死が誘導されるようになり、また、5FdUとdTの存在下では増殖することができた。このように、大腸菌やシアノバクテリアは、本発明に係る核酸構築物、例えばHSVtk遺伝子を含む核酸構築物を導入することにより、dPを使用するネガティブ選択および5FdUとdTとを使用するポジティブ選択を有効に行うことができる。したがって、本発明は、好ましくは微生物に適用でき、微生物はTKとdPとの使用による殺細胞効果が認められるものでよく、好ましくは大腸菌およびシアノバクテリア、より好ましくは大腸菌に適用できる。
【0064】
細胞への核酸構築物の導入方法は、細胞に核酸構築物が導入され、さらに核内のゲノムの改変を可能にする方法であれば特に限定されず、細胞の種により適宜選択した公知の方法のいずれも使用できる。例えば、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法などを例示できる。
【0065】
細胞を培養する条件は、細胞の種により適宜選択した公知の条件が使用される。培養は、液体培地および固形培地のいずれでも行うことができる。また、細胞の種により増殖速度が異なるため、細胞を培養する期間や温度は、細胞が所望の数に達する適当な条件を公知の条件から選択して適用する。
【0066】
ゲノムが改変された細胞の選択は、ゲノムの改変に使用した核酸構築物に含まれるセレクタおよび選択剤を利用して実施される。具体的には、本発明に係る核酸構築物を導入して培養した細胞を選択剤の存在下で培養し、セレクタの発現により引き起こされる細胞死または細胞死の回避を指標にして、ゲノムが改変された細胞の選択を行う。選択剤の存在下で培養する細胞は、本核酸構築物を導入して培養した細胞の全部または一部のいずれであってもよい。
【0067】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明する。本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0068】
セレクタプラスミドの制作を行った。5FdUの存在下では様々な種の細胞において、チミジンのデノボ(de novo)合成経路が停止し、細胞死がひきおこされる。このチミジン欠乏死は、外から与えたdTをチミジンキナーゼ活性によってリン酸化することができれば回避できる。HSVKを発現している細胞は、5FdUとdTを含む培地で選択的に増殖する(非特許文献9)。この機序を利用して、選択カセットをノックインしたものを選抜できる。
【0069】
まず、セレクタであるHSVtk遺伝子を単独で(図3-A)、あるいはcat遺伝子(ポジティブセレクタ)とともにカセット化し(図3-Bおよび 図3-C)、プラスミドの中にサブクローニングした。
【0070】
得られたセレクタプラスミドをシステム1、システム2、およびシステム3と称する(図3-A、図3-B、および図3-C)。
【0071】
システム1は、HSVTKをデュアルセレクタとして用いるためのセレクタプラスミドであり、pTrc-HSVtkと称する(図3-A、非特許文献9)。pTrcHis2-TOPOにHSVtk遺伝子を挿入することにより作製した。HSVtk遺伝子はNcoI-HindIIIで入れ替え可能である。本セレクタプラスミドにおけるHSVtkがdPキナーゼ(ネガティブセレクタ)として機能すること、およびTK選択においてポジティブセレクタとして機能することが確認された。
【0072】
システム2は、CATによるポジティブ選択とHSVTKによるネガティブ選択を行うためにデザインされたセレクタプラスミドであり、pMW-HSVtk_catと称する(図3-B)。lacプロモータ下流にHSVtk遺伝子およびcat遺伝子を挿入した。本セレクタプラスミドを導入した細胞が、イソプロピル-β-D(-)-チオガラクトピラノシド(Isopropyl-β-D(-)-thiogalactopyranoside、IPTG)の存在下、dP感受性およびCm耐性を示すことが確認された。
【0073】
システム3はpLTSUB-202(R.Weiss博士から供与:S. Basu, R. Mehreja, S. Thiberge, M. T.Chen and R. Weiss: Proc Natl Acad Sci U S A, 101, 6355 (2004).)の複製開始点とkanR遺伝子をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)で増幅し、pMW-HSVtk_catのHSVtkとcatのオペロンをXhoIとHindIIIで結合させることにより作製したプラスミドであり、pLT-HSVtk_catと称する(図3-C)。HSVtk遺伝子とcat遺伝子の発現はPT5/lacプロモータで制御されている。cat遺伝子はXbaI-HindIIIで切り出し可能であり、またHSVtk遺伝子はClaI-XbaIで切り出し可能である。本セレクタプラスミドにおけるHSVTKがdPキナーゼ(ネガティブセレクタ)として機能すること、およびCm選択においてポジティブセレクタとして機能することが確認された。
【実施例2】
【0074】
実施例1で作製したシステム1から3を用いて、ゲノム遺伝子の改変を実施した。遺伝子編集実験の概略を図4に示す。プラスミドをテンプレートとし、標的となるゲノム部位と完全に一致する約40ヌクレオシドからなるオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いてPCRを行った(非特許文献1)。これを、λRed組換えをコードするプラスミドpKD46を導入した大腸菌にエレクトロポレーションし、ポジティブ選択を行うことによりゲノムへのセレクタカセット導入を完成させた。続いて、ノックインする遺伝子配列を、前記工程で用いた相同性アームを有する形態でPCRにより増幅し、上記のように得た大腸菌クローンに再びエレクトロポレーションした。得られた大腸菌クローンにdPを約1μM添加してネガティブ選択を行い、あるいは得られた大腸菌クローンをdP入りの寒天培地に放置してネガティブ選択を行い、導入目的とする配列でセレクタを置換した。
【0075】
次に、システム1およびシステム2のセレクタとしての機能の確認を行った。使用したチミジンキナーゼ欠損大腸菌株である大腸菌JW1226株はKEIOコレクション(T.Baba, T. Ara, M. Hasegawa, Y. Takai, Y. Okumura, M. Baba, K. A. Datsenko, M.Tomita, B. L. Wanner and H. Mori: Mol Syst Biol, 2, 2006 0008 (2006).)より入手した。特に記載しない限り、培養培地は、2% (w/v) LBブロスを含むLB培地(インビトロジェン社製)を使用した。細胞は、ガラス試験管内で37℃にて増殖させた。
【0076】
(1)システム1(Ptrc-HSVtk)のセレクタとしての機能
システム1(Ptrc-HSVtk)のセレクタとしての機能の測定を次のように行った(図5のパネル(A))。まず、pKD46を導入した大腸菌株JW1226(Δtdk株)のコンピテントセル(20μL相当)に、セレクタ断片(100ng)を加え、氷上で10分間放置した。次いで2mmキュベット(Bio-Rad社製)に入れ、エレクトロポレーションした。その後、SOC培地1mLを加え、試験管に移し、37℃にて200rpmで1時間振とう培養した。続いて、各TK選択プレート(IPTGを0または100μM含む)に400μLずつ植菌し、30℃で一晩静置培養して、コロニーを形成させ、コロニー形成単位(CFU)を算定した。ネガティブコントロールとして、セレクタ断片の代わりに水を用いて同様の操作を行った。
【0077】
形成コロニー数は、セレクタ断片を加えて形質転換したものと、DNAフラグメントの代わりに水を用いたものとでほとんど差がなかった(図5のパネル(B))。これは形質転換体がTK選択で生き残った大腸菌より著しく少ないということはないことを示す。実際、IPTG存在下では形成コロニー数が数十%増加しているように見える。この増加分が、Ptrc下のHSVTKの発現が亢進し、その活性によりTK選択で生き残った大腸菌株であると考えられる。また、後述するように、dT/5FdU培地での培養によりHSVtkを導入した株を選択的に増幅できる(図9)ことからも、HSVtkがポジティブセレクタとして使用できることが明白に示された。
【0078】
(2)システム2(Plac-HSVtk_cat)を使用した遺伝子の導入
システム2(Plac-HSVtk_cat)を使用しての遺伝子の導入を行った(図6のパネル(A)および(B))。システム2では、CATがポジティブセレクタとして機能し、HSVTKがネガティブセレクタとして機能する。
【0079】
(2-1)まず、lacZ座位へのHSVtk_CAT導入を行った(図6のパネル(A)の上段)。具体的には、pKD46を導入した大腸菌株MG1655のコンピテントセル(50μL相当)に、セレクタ断片(200ng)を加え、氷上で10分間放置した。次いで2mmキュベット(Bio-rad社製)に入れ、エレクトロポレーションした。その後、SOC培地1mLを加え、試験管に移し、30℃にて200rpmで1時間振とう培養した。続いて、各プレートに100μLずつ植菌し、クロラムフェニコール存在下にて30℃で一晩静置培養した。
【0080】
形質転換体をプレートに植菌したところ、7つのポジティブコロニーが得られた。その全てがCmへの耐性とdPへの感受性を示した。このことから、7つのコロニーすべてにおいて、遺伝子導入がなされていると判断した。
【0081】
一方、セレクタ遺伝子の導入の確認を、セレクタ遺伝子の導入により破壊されるlacZ遺伝子の機能を測定することにより行った。lacZ遺伝子の機能の測定は、コロニーをX-gal プレート上で形成させ、コロニーの色により判定を行った。その結果、7コロニーのうち3つは白色であるためlacZ-と判定され、残りの4コロニーは青色であるためlacZ+であると判定された(表2)。
【0082】
【表2】
【0083】
なお、システム2の選択カセットにはプラスミドに存在するlacオペロンの部分配列が点在しているため、図7に示すような別の機序による相同組換えが成立し得る。コロニーPCRの結果によれば、青色を示した4つのコロニーのうち3つがこれに相当するものであった。
【0084】
(2-2)次に、ゲノム上のHSVtk_cat遺伝子の緑色蛍光タンパク質(gfp)遺伝子への置換を実施した(図6のパネル(A)の下段)。具体的には、lacZ座位へのHSVtk_CAT導入を行った上記大腸菌のコンピテントセル(50μL相当)に、GFP遺伝子を含むセレクタ断片(200ng)を加え、氷上で10分間放置した。次いで2mmキュベット(Bio-rad社製)に入れ、エレクトロポレーションした。その後、SOC培地1mLを加え、試験管に移し、30℃にて200rpmで8時間振とう培養した。続いて、各プレートに100μLずつ植菌し、dP存在下にて30℃で一晩静置培養した。
【0085】
その結果、約10,000の形質転換体が得られた。それらのうち7つの形質転換体が緑色蛍光を発していることが確認できた。これら7つの形質転換体のすべてがCm耐性を持っていたことから、gfpカセットをつくるときの鋳型プラスミド(template plasmid)が混入したものであると判定した。
【0086】
形質転換体の殆どは無蛍光であった。その多くが「gfp遺伝子によってHSVtk_cat遺伝子を置換したわけではない」ことは、それらがdP感受性こそ失っていたが、Cm耐性を保持していたことからも明らかである。
【0087】
120クローンのうち4クローンが、Cm感受性(Cm Sensitive)、dP耐性(dP Resistant)という、カセットの不在を示唆する結果を与えた(表3)。
【0088】
【表3】
【0089】
(2-3)システム2(Plac-HSVtk_cat)のネガティブセレクタとしての機能の確認
システム2(Plac-HSVtK_cat)のネガティブセレクタとしての機能の測定を行った(図8のパネル(A))。ゲノムにPlac-HSVtK_catカセットを導入された細胞が、dP添加により効率よく細胞死するか確認した。
【0090】
まず、pKD46を導入した大腸菌株MG1655をカルベニシリンを含むLB培地(LB-carb培地)で30℃で培養した。次いで、その培養液20μLをLB培地(2mL)に植菌し、30℃で培養した。4時間後に、dPを含むLB-carb培地プレートまたはdPを含まないLB-carb培地プレート(いずれも100μM IPTGを含む)に植菌した。30℃で培養してコロニーを形成させ、CFUを算定した(OD600 = 1.4)。
【0091】
dP添加によるネガティブ選択の結果、濃縮率は概算で約2×105であった(図8のパネル(B))。この結果から、ゲノムに導入されたPlac-HSVtk_catカセット中のHSVtk遺伝子が、dP添加によるネガティブセレクションにおいて細胞死の誘導に機能することが示された。一方、細胞のゲノムへの遺伝子導入を、109細胞から始めるとすれば、上記濃縮率から考えて、細胞死が誘導されない細胞が5,000細胞程度あると考えられる。そうであるとすれば、擬陽性細胞の混入を回避するために、それを上回る組換え効率、例えば形質転換体あたり10,000以上の組換え体を得るような効率が必要である。この細胞死が誘導されない細胞は、dP処理前に、すでにゲノムのHSVtk遺伝子に不活性化変異が生じたものだと想像される。このような擬陽性細胞は、ゲノムに導入されたPlac-HSVtk_catカセット中のHSVtk遺伝子を利用したポジティブ選択によって希釈または除去できる。
【0092】
(2-4)ネガティブ選択で生じた擬陽性細胞のポジティブ選択による除去
ネガティブ選択に不可避な問題として、自然変異(spontaneousmutation)によるセレクタの不活性化が挙げられる。SacBの系にせよHSVTKの系にせよ、細胞内の自然変異によりある程度の頻度でランダム変異がこのセレクタに生じることは避けることができない。タンパク質の機能、例えば酵素機能を破壊する遺伝子変異は数十〜数百に及ぶ。このため、109細胞もの集団の中には、HSVTKが不活性化されたゲノムが相当数含まれている。一旦不活性化されたネガティブセレクタは、宿主を殺さない。そのため、不活性化されたネガティブセレクタを有する細胞はネガティブ選択を生き残るため、導入されるべきカセットとの組換えを持たない擬陽性の主な原因となる(図2の上段)。
【0093】
HSVtk遺伝子はその読み取り枠が、条件によりポジティブセレクタおよびネガティブセレクタの両方の働きをする。つまり、選択カセット中のHSVTKが不活性化された場合、HSVTKがポジティブセレクタとして機能する条件下では、該選択カセットを導入された細胞はポジティブ選択を生き残れない。そこで、形質転換をする直前の段階で、HSVTKによるポジティブ選択をしておけば、HSVTKが不活性化されたゲノムを有する細胞を効率的に除去または希釈できる(図2の下段)。
【0094】
HSVTKによるポジティブ選択を形質転換直前に行うことで擬陽性を減少させ得るか検討するため、ゲノムにPlac-HSVtk_catカセットを導入した大腸菌株を使用し、SOB培地で5FdU/dT選択を行った。具体的には、pTrc-HSVtkあるいはpTrc-gfpUVを導入したJW1226(Δtdk株)を試験管で2mL LB-carb培地にて一晩培養した。次に、5FdU(0〜100μg/mL)とdT(0〜100μg/mL)を組み合わせて添加したSOB培地 500μLを48穴ディープウェルプレートに準備し、1/1000に希釈されるように植菌した。その後、37℃にて1,000rpmで振とう培養し、適時OD600値を測定した。
【0095】
図9に示すように、十分な5FdU濃度(20μg/mL以上)の存在下であれば、HSVTKを発現する大腸菌株(HSVTK+株)のみを濃縮できることが明らかになった。また、dT濃度が高いほどHSVTK+株の生育が良いので選択効率も上がると考えられる。この条件でコンピテントセル化した細胞に、エレクトロポレーション/dP選択を行えば、擬陽性の数は激減する。
【0096】
(2-4)システム2(Plac-HSVtk_cat)によるネガティブ選択における細胞死の速度
従来法であるTetRAを用いたネガティブ選択は、選択培養を2日間行う必要がある上に、得られる組換えコロニーのサイズが極めて小さいという問題がある。そこで、HSVTKを用いたネガティブ選択に要する時間の確認を行った。
【0097】
まず、HSVTKの入ったdP感受性大腸菌株(MG1655ΔlacZ::Plac-HSVtk_cat)を用意した。次いで、IPTGおよびクロラムフェニコールを含むLB培地(LB-Cm-IPTG培地)15mL中で37℃で培養した(OD600 = 約0.08)。その後、dPを加えて5、15、30、および60分後に培養液の一部をとり、規定量をLBプレートに播いた。続いてプレートを37℃で一晩培養し、培地体積あたりのコロニー形成数(CFU)を計測した。
【0098】
図10に示すように、およそ数十分で、ゲノムにHSVTKを導入した細胞の生存能は4−6桁ほど低下した。これは、HSVTKがdPをリン酸化し、ゲノムへの遺伝子変異の高速な蓄積が生じ、その結果細胞死が引き起こされたことによる。本実施例ではPlacという転写効率のさほど高くないプロモータを用いたが、より強いプロモータ、例えばPT5/lacなどをセレクタカセットのHSVtk上流に配置した場合は、さらに速く効率的な選択が可能と期待される。なお、このdP処理は、HSVtkをゲノムに有していない細胞には全く無毒であった。
【実施例3】
【0099】
実施例1で作製したシステム2(図4参照)を用いて、ゲノム遺伝子の改変を実施した。プラスミドをテンプレートとし、標的となるゲノム部位と完全に一致する約40ヌクレオシドからなるオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いてPCRを行った(非特許文献1)。これを、λRed組換えをコードするプラスミドpKD46を導入した大腸菌にエレクトロポレーションし、ポジティブ選択を行うことによりゲノムへのセレクタカセット導入を完成させた。続いて、ノックインする遺伝子配列を、前記工程で用いた相同性アームを有する形態でPCRにより増幅し、上記のように得た大腸菌クローンに再びエレクトロポレーションした。得られた大腸菌クローンにdPを約1μM添加してネガティブ選択を行い、導入目的とする配列でセレクタを置換した。
【0100】
(1)CATを用いたlacZドメインへのHSVtk-catカセットの導入
CAT活性をポジティブ選択マーカーとして用い、lacZ遺伝子をHSVtk-catカセット(システム2)で置き換える実験を行った(図11のパネル(A))。その操作概要を図11のパネル(B)に示す。まず、pKD46を導入した大腸菌MG1655のコンピテントセル(40μL)に、1mmキュベット(Bio-Rad社製)を用いてHSVtk-catカセット(PCR産物、150ng)をエレクトロポレーションした。LB-IPTG(0.1mM)を1mL加え、試験管で4時間振とう培養(37℃、200rpm)した。この培養液の一部を、Cm(30μg/mL)を含む/含まないLB寒天培地(IPTG 0.1mM、X-gal 40μg/mL)にそれぞれ植菌し、37℃で一晩静置培養した。
【0101】
Cm(-)プレートには、形質転換あたり〜109のコロニーを得た。一方、Cm(+)プレート上には、形質転換あたり、およそ104個のコロニーがみられた。つまり、ゲノム組換えの効率は、104/109=10-5程度と概算される。
【0102】
Cm(-)プレートに生えた〜65個のコロニーのうち全てがX-galプレート上で青色を呈した(すなわち、LacZ活性を示した)。一方、Cm(+)に生えたコロニーの99.7%がX-galプレート上で白色を呈した(すなわち、LacZ活性を失っていた)(図12)。
【0103】
Cm(+)プレート上のLacZ(-)クローンを無作為に92個選び、薬剤耐性を調べたところ、そのうち89個が、Cmへの耐性とdPへの感受性を示していた(表4)。このことから、この89個のクローンにおいて、導入されたHSVtk-catカセットが、図11のパネル(A)に示すデザイン通りに標的部位でlacZ遺伝子と置き換わったと判断された。表4中でdPR、dPS、CmS、およびCmRはそれぞれdP耐性、dP感受性、Cm感受性、およびCm耐性を示す。
【0104】
【表4】
【0105】
92個のLacZ(-)のクローンをランダムピックし液体培養した。また、1個のLacZ(-)クローンを液体培養した。これらをdPプレート、Cmプレートの上にスタンプ植菌してその生育の可否をコロニー形成の有無により調べた。
【0106】
Cm(+)プレートで白色を呈したコロニーから、無作為に3個のクローンを選び、ゲノムの標的座位周辺の配列を調べた。具体的には、その標的部位(Targetsite)の上下流にアニーリングするプライマーをペアにしたPCRを行った(図13のパネル(A))。PCRに用いたプライマー配列を表5に示す。なお、表5においてF1〜F5の名称(Name)で示されるプライマーの塩基配列はそれぞれ配列番号4〜8に記載した。また、表5においてR1〜R5の名称で示されるプライマーの塩基配列はそれぞれ配列番号9〜13に記載した。
【0107】
【表5】
【0108】
選択した3個のクローンすべてにおいて、HSVtk-catカセットが正しい遺伝子座に導入されていることが確認された(図13のパネル(B)、サンプル1−3)。
【0109】
Cm(+)プレートに生えてきた白クローンのうち、dP感受性を示さなかったもの、すなわちdP耐性をもつものが3%ほどあった。これらの正体を調べるために、3個のクローンを無作為選抜し、そのゲノムのlacZ周辺の配列をPCRにより確認したところ、3個のクローン全てにおいてHSVtk-cat遺伝子が正しい遺伝子座に導入されていた(図13のパネル(B)、サンプル4−6)。このPCR産物の遺伝子の塩基配列を解析したところ、HSVtk遺伝子のリーディングフレーム内にR→D,R→H、およびY→Cなどのnon-synonymousな(アミノ酸変異を伴う)塩基置換変異がみつかった(図14)。このことから、LacZ(-)の表現型を示すにもかかわらずdP(+)プレートに「生えてきた」コロニーは、ゲノムのHSVtk遺伝子に有害変異が入り、不活性化したものと推測された。
【0110】
Cm(+)プレートにも、1個だけ青いコロニー(LacZ(+)クローン)が生えてきた。このクローンの薬剤耐性を調べたところ、CmとdP両方への耐性を示した(表4)。このことから、HSVtk-catカセットとlacZ遺伝子との置換えが、図11のパネル(A)に示すデザインの通りに起こっていなかったと判断された。実際、そのゲノムのlacZ遺伝子周辺の配列をPCR法によって確認したところ、Cm(+)プレートに生えた青いコロニー(LacZ(+)クローン)は、lacZ遺伝子が除去されていないことが確認された(図13のパネル(C)、サンプル7)。
【0111】
(2)dPキナーゼ活性を用いたlacZ遺伝子断片の再導入
HSVTKのdPキナーゼ活性をネガティブ選択マーカーとして用い、HSVtk-catカセット(システム2)をlacZ遺伝子で置き換える実験を行った(図15のパネル(A))。その操作概要を図15のパネル(B)に示す。まず、pKD46を導入した大腸菌MG1655ΔlacZ::Plac-HSVtk-catのコンピテントセル(40μL)に、1mmキュベット(Bio-Rad社製)を用いてlacZカセット(PCR産物、〜250ng)をエレクトロポレーションした。LB(1mL)を加え、試験管で2時間振とう培養(37℃、200rpm)した。この培養液の一部を、dP(1マイクロM)を含む/含まないLB寒天培地(IPTG 0.1mM、X-gal40μg/mL)にそれぞれ植菌し、42℃で一晩静置培養した。
【0112】
dP(-)プレートには、形質転換あたり109のコロニーを得た。そのうち99.96%がX-galプレート上で青色を示した(LacZ(+)活性を示した)。0.04%は白色を呈した。
【0113】
dP(+)プレート上には、形質転換あたりおよそ104のコロニーがみられた。ここでも、形質転換効率は10-5程度と推算される。そのうち84%がX-galプレート上で青色を呈した(すなわち、LacZ活性を示した)(図16)。
【0114】
dP(+)プレート上のLacZ(+)クローンを無作為に46個選び、dPプレート、Cmプレートの上にスタンプ植菌してその生育の可否(コロニー形成の有無)を測定することにより、それらの薬剤耐性を調べたところ、その全てが、dP耐性を示し、またCm耐性を失っていた(表6)。表6中でdPR、dPS、CmS、およびCmRはそれぞれdP耐性、dP感受性、Cm感受性、およびCm耐性を示す。
【0115】
【表6】
【0116】
このことから、46すべてのクローンにおいて、導入されたlacZカセットは、図15のパネル(A)に示すデザインどおり、標的部位でHSVtk-catカセットと置き換わったと判断された。
【0117】
dP(+)プレート上のLacZ(+)クローンにおいて、導入されたlacZカセットがHSVtk-catカセットと置き換わっていることを確かめるために、dP(+)プレートで青色を呈したコロニーから、4個のクローンを無作為に選び、そのゲノムのlacZ遺伝子導入の標的配列の周辺の塩基配列をPCR法によって確認した。具体的には、その標的配列の上下流にアニーリングするプライマと、HSVtk-catあるいはlacZ遺伝子内部にアニーリングするプライマーとをペアにしたPCRを行った(図17のパネル(A))。PCRではプライマーとして表5に示したものを用いた。この4個すべてにおいて、lacZ遺伝子断片が正しい遺伝子座に導入されていることが確認された(図17のパネル(B)、サンプル1−4)。
【0118】
次に、dPプレートにはえてきた白いコロニー(LacZ(-)クローン)の正体を調べた。まず、白いコロニーを46個選び、その薬剤耐性を調べたところ、そのすべてがdP耐性を示した。つまり、これら全てはHSVTKの遺伝子活性は失っていた。ところが、このうち30個のクローンはCm耐性を示した(表6)。このことから、これら白コロニー(LacZ(-)クローン)は、HSVtk-catカセットは除去されていないが、HSVtk遺伝子の機能が失われたものであると推測される。
【0119】
実際、PCRテストをおこなったところ、dP(+)プレートに生えてきた白いコロニー(lacZ(-)クローン)は、HSVtk-catカセットが除去されていないことが確認された(図17のパネル(B))、サンプル5−8)。PCR産物のHSVtk遺伝子部分を配列解析したところ、3個のクローンから、それぞれアミノ酸残基の欠損、あるいはY→C、R→Hなどのnon-synonymousな(アミノ酸変異を伴う)塩基置換変異がみつかった(図18、サンプル5−7)。また、dP耐性を示すにもかかわらず、HSVtk遺伝子に遺伝子変異が起こっていないクローンがみられた(図18、サンプル8)。このクローンがdP耐性を示す理由は不明である。
【0120】
以上、HSVtk-catカセットをlacZカセットによって置き換えるゲノム組換え実験において、そのゲノム組換え頻度は10-5程度であった。dP(+)プレートで生やすことによって、正しいゲノム組換え体を全体の81%程度にまで濃縮できた。一方、「生えてきた」コロニーの19%は正しいゲノム組換え体ではなく、その多くがゲノムのHSVtk遺伝子に変異が入り、不活性化したクローンであった。dPキナーゼ活性が失われたために、HSVtk-catカセットが除去されないままdP選択を免れたものであることがわかった。
【0121】
一方で、dP(+)プレートに生えてきた白いコロニー(LacZ(-)クローン)の中に、dP耐性を示し、かつCmへの耐性を失っていたクローンも7個見つかった。HSVtkおよびcat遺伝子両方の機能が失われたものであると推測される。
【0122】
実際にPCRテストを行ったところ、これらの7個のクローンのうち1個は、HSVtk-catカセットが除去されていないことが確認された(図17のパネル(C)、サンプル9)。このクローンのcat遺伝子の塩基配列を調べたところ、塩基置換変異起こっていなかった。このことから、このクローンはcat遺伝子の活性を保持しているにもかかわらず、そのCm耐性を失ったクローンであることがわかった。しかし、このクローンがCm耐性を失った原因は不明である。一方で、残りの6個のクローンは、HSVtk-catカセットが除去されているにも関わらず、lacZ遺伝子が導入されていなかった(図17のパネル(C)、サンプル10−15)。HSVtk-catカセットが除去された原因は不明である。
【実施例4】
【0123】
細菌ゲノムを繰り返し何度も改変する研究ニーズが高まっている。細菌ゲノムを何度も繰り返し改変するには、ゲノム組換えの手法が1)液相操作のみで行えること、2)その操作時間が短いこと、が求められる。そこで、HSVTK/dPを利用したネガティブ選択法について、1)液相操作によるゲノム組換え体の濃縮が可能であること、および2)ゲノム組換え体の濃縮に必要な操作時間を調べた。具体的には、以下のように検討を行った。
【0124】
まず、pKD46を導入した大腸菌MG1655Δ::HSVtk-catのコンピテントセル(50μL相当)に、1mmキュベット(Bio-Rad社製)を用いてlacZカセット(PCR産物〜500ng)をエレクトロポレーションした。LB(1mL)を加え、試験管で3時間振とう培養(37℃、200rpm)した。この培養液の100μLを10mLのLB-IPTG(0.1mM)-dP(1000nM)に加え、振とう培養(37℃、200rpm)した。0.5、1、2、3、4、6、および8時間後に培養液の一部をLB-IPTG-X-galプレートに植菌し、42℃で一晩静置培養した。
【0125】
dP処理の直後は、X-galプレート上で青色を呈するゲノム組換え体が、形質転換当たり〜104の効率で得られた(全細胞の〜0.01%)。1000nMのdPで4時間処理した後には、ゲノム組換え体は6000倍に濃縮され、全細胞の〜60%に達した(図19)。このことから、HSVTK/dPシステムによって、1)ゲノム組換え体を液相操作でネガティブ選択可能であること、2)ゲノム組換え体の濃縮が、4時間という短い時間で完了することを、それぞれ確認できた。
【実施例5】
【0126】
HSVTK/dPシステムが細胞の遺伝子変異頻度に与える影響を検討した。dPは変異原性ヌクレオシドであるため、ゲノムに取り込まれることがあれば、ランダムな遺伝子変異がゲノムに起こってしまう可能性がある。もし細胞のもつさまざまなキナーゼの影響により、dPのリン酸化がおこってしまうならば、細胞をdP処理したとき、HSVtk遺伝子(ネガディブ選択マーカー)をもたないゲノム組換え体にも、有意なランダム変異が蓄積することになる。そこで、dPがHSVtkを持たない細胞の遺伝子変異頻度にどの程度影響を与えるのかを見積もった。また、細胞内には、酸化(8-オキソグアニンなど)、脱アミノ化(ウラシルなど)、アルキル化(3-メチルアデニンなど)など多くのダメージを受けた微量の天然型の変異原性ヌクレオシドが存在する。HSVTKを発現することによってこれらがリン酸化されゲノムDNAに取り込まれれば(あるいは核酸代謝のインバランスなど副次的な理由によって)、dPを与えずとも、細胞の遺伝子変異頻度は増加するという懸念がある。そこで、HSVTKの発現が、細胞の遺伝子変異頻度に与える影響を見積もった。具体的には以下の実験を行った。
【0127】
(1) dP処理がHSVtk遺伝子を持たない細胞の遺伝子変異頻度に与える影響
まず、pKD46を導入した大腸菌MG1655をLB-Amp培地で培養した。培養液30μLを30mLのLB培地に植菌した。この培養液を4mLずつ分取し、dPを0−103nMとなるように添加した。各培養液をそれぞれ1.2mLずつ試験管に分取し、6時間振とう培養(37℃、200rpm)を行った後、培養液の一部をリファンピシン(rifampicin、以下rifと略称する)50μg/mLを含む/含まない寒天培地にそれぞれ植菌し、37℃で一晩静置培養した(図20の左パネル)。得られたコロニーからCFUを算定し、下記数式(1)によって定義した遺伝子変異頻度を算出した。
【0128】
【数1】
【0129】
dP濃度100nM以下では、遺伝子変異頻度の有意な増加は確認できなかった(図20の右パネル)。一方、dP濃度1000nMでは、dP濃度0nMの場合に比べて、遺伝子変異頻度が約10倍増大していた。このとき、2x108bpに1つの確率でゲノムに塩基置換変異が起こる。大腸菌のゲノムはおよそ4Mbpであるから、ゲノムのどこかに遺伝子変異が起こる確率は8%である。すなわち、細胞集団のうちおよそ8%が、ゲノムのどこかに遺伝子変異が起こったクローンとなる。このことから、一連のゲノム組換え操作の後に、dP処理によってゲノムに遺伝子変異が引き起こされた大腸菌クローンが単離される可能性は低いことがわかった。
【0130】
(2)細胞内に発現したHSVTKが細胞の遺伝子変異頻度に与える影響
pKD46を導入した大腸菌MG1655およびMG1655ΔlacZ::HSVtk-catをLB-Amp培地で一晩培養した。培養液25μLを25mLのLB培地(IPTG 0.1mM、Arabinose 10mM)に植菌し、振とう培養(37℃、200rpm)した後、0、4、および8時間後にrif(50μg/mL)を含む/含まない寒天培地にそれぞれ植菌し、37℃で静置培養した。得られたコロニーからCFUを算定し、遺伝子変異頻度を上記数式(1)により定義し、算出した。
【0131】
HSVTKを発現する細胞も、HSVTKを発現しない細胞も、細胞の増殖速度は変わらなかった(図21の右上段パネル)。このとき、その遺伝子変異頻度をみると、両者の遺伝子変異頻度は8時間の培養の後にも、全く変わらなかった(図21の右下段パネル)。よって、HSVtk遺伝子はdPのないところではゲノム不安定化をもたらさない、dP存在下でのみ変異誘起性を持つ、優れたネガティブ選択マーカーであると結論した。
【実施例6】
【0132】
液体培地での連続的なポジティブ/ネガティブ選択によるlacZ領域へのPλ-gfpmut3.1の導入を検討した。
【0133】
CAT活性をポジティブ選択マーカーとし、HSVTKのdPキナーゼ活性をネガティブ選択マーカーとして用いて、lacZ遺伝子領域をPλ-gfpmut3.1カセットで置き換えた(図22のパネル(A))。その操作概要を図22のパネル(B)に示す。まず、pKD46を導入した大腸菌MG1655のコンピテントセル(40μL)を、1mmキュベット(Bio-Rad社製)を用いてHSVtk-catカセット(PCR産物〜150ng)でエレクトロポレーションした。LB-IPTG(0.1mM)を1mL加え、試験管で3時間振とう培養(37℃、200rpm)した。次に、100倍に希釈した培養液20μLを2mLのLB-Amp-Cm(30μg/mL)-IPTG(0.1mM)培地に植菌し、試験管で25時間振とう培養(30℃、200rpm)した。この培養液20μLを2mLのLB-Amp-Cm(30μg/mL)-IPTG(0.1mM)培地に植菌し、試験管で12時間振とう培養(30℃、200rpm)した。得られた培養液20μLを20mLのLB-Amp-Arab(10mM)-Cm(30μg/mL)-IPTG(0.1mM)、培地に植菌し、試験管で6時間振とう培養(30℃、200rpm)した。この培養液を遠心集菌し、10mLの滅菌水および10wt/v%グリセロール溶液でそれぞれ2回ずつ洗浄した後、20wt/v%グリセロール溶液を加え、コンピテントセルを作製した。このコンピテントセル(40μL)を、1mmキュベット(Bio-Rad製)を用いてPλ-gfpmut3.1カセットでエレクトロポレーションした。LB(1mL)を加え、試験管で3時間振とう培養(37℃、200rpm)した。最後に、dP(1μM)を含む/含まないLB寒天培地(IPTG0.1mM、X-gal 40μg/mLを含む)にそれぞれ植菌し、37℃で一晩静置培養した。
【0134】
dP(+)プレート上には、形質転換あたり、およそ104のコロニーがみられた。そのうち19%がX-galプレート上で青色を呈した。すなわち、LacZ活性を示した(図23)。緑色蛍光を示すコロニーは見られなかった。一方、dP(-)プレートには、形質転換あたり109のコロニーを得た。そのうち99.993%がX-galプレートの上で青色を示した(LacZ(+)活性を示した)。
【0135】
dP(+)プレート上のLacZ(-)クローンを無作為に94個選び、薬剤耐性を調べたところ、その全てが、dP耐性を示していた。そのうち、63個のクローンがCm耐性を失っていた。また,これらの64個のクローンのコロニーは,緑色蛍光を示した。これらのことから、63個のクローンにおいて、導入されたPλ-gfpmut3.1カセットは、図22のパネル(A)に示すデザインどおり、標的部位でHSVtk-catカセットと置き換わっていると判断された。
【0136】
Pλ-gfpmut3.1カセットが標的部位でHSVtk-catカセットと置き換わっていることを確認するために、LacZ(-)、CmSの表現型を示した63個のクローンの中から8個のクローンを無作為に選び、そのゲノムのPλ-gfpmut3.1カセット導入の標的配列の周辺の塩基配列をPCR法によって確認した。具体的には、その標的配列の上下流と、Pλ-gfpmut3.1カセットの内部にアニーリングするプライマとをペアにしたPCRを行った(図24のパネル(A))。PCRではプライマーとして表5に示したものを用いた。この8個のクローンのうち7個において、Pλ-gfpmut3.1カセットが正しい遺伝子座に導入されていることが確認された(図24のパネル(B)、サンプル1−3および5−8)。残り2個のクローンは、HSVtk-catカセットが除去されているものの、Pλ-gfpmut3.1カセットが図22のパネル(A)に示すデザイン通りに導入されていなかったことがわかった(図24のパネル(B)、サンプル4)。この理由は不明である。
【産業上の利用可能性】
【0137】
基礎研究および産業において、細菌ゲノムを書き換える技術は広く利用されている。本発明により、ゲノムの自由な改変を短時間で効率的に行うことができる。本ゲノム改変法では擬陽性の産物が原理的に発生しないため、目的とするゲノムの改変を当業者であれば容易かつ効率的に実施することができる。さらに、本ゲノム改変法はロボティクスによる大規模並列化に適用可能であり、時間や人件費などの大幅なコストダウンも期待できる。また、利用できる生物種を選ばないため、多種多様な細胞におけるゲノムの改変を可能にする非常に汎用性の高い基盤技術である。
【0138】
本発明の主な用途として、バイオサイエンス/バイオテクノロジーにおける以下の3つの用途を好ましく挙げることができる:1)ゲノム工学を利用した基礎研究および応用研究への用途。ゲノム上の特定遺伝子の役割を分析するために、一塩基レベルでの書込み精度で精密置換することによってプロモータ強度を変えること(プロモータ強度変調)や、あたらしい外部操作可能なプロモータを組み込んで遺伝子の発現タイミングを任意に操作すること(時間的な局在制御)を可能にする。さらに、蛍光プローブの融合化などによる空間局在の調査分析、および膜やオルガネラ局在タンパク/tagとの融合による任意遺伝子の空間局在制御機構などの解明を可能にする。また、医薬研究への応用の一例としては、病原性細菌がゲノム上に持つ毒性の高い物質を産生する遺伝子をレポータ遺伝子または無毒化した遺伝子に組み換えることによる病原性発現メカニズムの解明などが挙げられ、治療法の開発または薬品の開発につながると期待できる;2)有用タンパク質の大量産生への用途。人類にとって有用なタンパク質を細胞に大量に作らせる研究や産業はますます盛んになっている。ただし、大量に物質を作らせるときに、細胞が本来持つ防御反応を司る複数の遺伝子がそれを妨害することが多々ある。その発現量調節(プロモータ部位の書換え)および酵素活性や機能のin situ書換え(読み取り枠への有用変異の導入)により、細胞を利用しやすい有用タンパク質産生機に作り変えることが可能である;および3)DNAゲノムマーキングへの用途。上記1)および2)の用途のように、ゲノムを書き換えて研究や産業にとって有用な細胞に改変する技術の需要は今後ますます増加する。これに伴い工場や研究機関において管理すべき細胞へのウォーターマーキング(water marking)、すなわちシリアル番号のような標識をゲノムに書き込むバーコード様技術の導入が注目されている。本発明によればゲノム上の任意の部位に任意の配列を組み込むことができるので、本発明はwater markingには最適な手法であると言える。
【0139】
バイオサイエンス/バイオテクノロジーにおける上記3つの用途において、ゲノムの書換え技術は不可欠な技術である。本発明は、高い書込み精度、早い書込み速度、高い書込み効率、容易な操作性を備えたゲノム工学法を提供し、さまざまな分野に大きな波及効果を与えるものである。
【配列表フリーテキスト】
【0140】
配列番号1:trcプロモータ下流にヒトヘルペスウイルスチミジンキナーゼ(HSVtk)遺伝子が配置された、pTrc-HSVtkと称する設計された発現プラスミド。
配列番号2:lacプロモータ下流にヒトヘルペスウイルスチミジンキナーゼ(HSVtk)遺伝子およびクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(cat)遺伝子が配置された、 pMW-HSVtk_catと称する設計された発現プラスミド。
配列番号3:PT5/lacプロモータ下流にヒトヘルペスウイルスチミジンキナーゼ(HSVtk)遺伝子およびクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(cat)遺伝子が配置された、pLT-HSVtk_catと称する設計された発現プラスミド。
配列番号4:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号5:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号6:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号7:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号8:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号9:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号10:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号11:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号12:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号13:プライマー用に設計されたオリゴヌクレオチド。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞内のゲノムを改変する方法であって、
(1)細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物を、細胞内に導入する工程、
(2)上記(1)で得られた細胞を培養する工程、および
(3)上記(2)の工程の後、ゲノムが改変された細胞を選択する工程、
を包含する、細胞内のゲノムを改変する方法。
【請求項2】
細胞内のゲノムを改変する方法であって、
(1)細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物を、細胞内に導入する工程、
(2)上記(1)で得られた細胞を培養する工程、および
(3)上記(2)の工程の後、ゲノムが改変された細胞を選択する工程、
を包含する、細胞内のゲノムを改変する方法。
【請求項3】
チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列に加えて、ゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列として薬剤耐性タンパク質をコードする遺伝子配列を含む、請求項1または2に記載の細胞内のゲノムを改変する方法。
【請求項4】
薬剤耐性タンパク質がクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼである、請求項3に記載の細胞内のゲノムを改変する方法。
【請求項5】
細胞内のゲノムを改変する方法であって、
(1)細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含み、更にゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物を、細胞内に導入する工程、
(2)上記(1)で得られた細胞を培養する工程、および
(3)上記(2)の工程の後、ゲノムが改変された細胞を選択する工程、
を包含する、細胞内のゲノムを改変する方法。
【請求項6】
細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物。
【請求項7】
チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列がヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列である、請求項6に記載の細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物。
【請求項8】
チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列に加えて、ゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列として薬剤耐性タンパク質をコードする遺伝子配列を含む、請求項6または7に記載の細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物。
【請求項9】
薬剤耐性タンパク質がクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼである、請求項8に記載の細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物。
【請求項10】
細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含み、さらにゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物。
【請求項11】
配列表の配列番号1、配列番号2、および配列番号3のいずれかに記載の塩基配列で表されるDNAからなる、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物。
【請求項12】
細胞が微生物である、請求項11に記載の核酸構築物の、細胞内のゲノムの改変における使用。
【請求項13】
細胞が大腸菌またはシアノバクテリアである、請求項12に記載の核酸構築物の、細胞内のゲノムの改変における使用。
【請求項1】
細胞内のゲノムを改変する方法であって、
(1)細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物を、細胞内に導入する工程、
(2)上記(1)で得られた細胞を培養する工程、および
(3)上記(2)の工程の後、ゲノムが改変された細胞を選択する工程、
を包含する、細胞内のゲノムを改変する方法。
【請求項2】
細胞内のゲノムを改変する方法であって、
(1)細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物を、細胞内に導入する工程、
(2)上記(1)で得られた細胞を培養する工程、および
(3)上記(2)の工程の後、ゲノムが改変された細胞を選択する工程、
を包含する、細胞内のゲノムを改変する方法。
【請求項3】
チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列に加えて、ゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列として薬剤耐性タンパク質をコードする遺伝子配列を含む、請求項1または2に記載の細胞内のゲノムを改変する方法。
【請求項4】
薬剤耐性タンパク質がクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼである、請求項3に記載の細胞内のゲノムを改変する方法。
【請求項5】
細胞内のゲノムを改変する方法であって、
(1)細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含み、更にゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物を、細胞内に導入する工程、
(2)上記(1)で得られた細胞を培養する工程、および
(3)上記(2)の工程の後、ゲノムが改変された細胞を選択する工程、
を包含する、細胞内のゲノムを改変する方法。
【請求項6】
細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてチミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物。
【請求項7】
チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列がヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列である、請求項6に記載の細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物。
【請求項8】
チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列に加えて、ゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列として薬剤耐性タンパク質をコードする遺伝子配列を含む、請求項6または7に記載の細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物。
【請求項9】
薬剤耐性タンパク質がクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼである、請求項8に記載の細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物。
【請求項10】
細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物であって、該核酸構築物によりゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてヒトヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼをコードする遺伝子配列を含み、さらにゲノムが改変された細胞を選択するための遺伝子配列としてクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼをコードする遺伝子配列を含む、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物。
【請求項11】
配列表の配列番号1、配列番号2、および配列番号3のいずれかに記載の塩基配列で表されるDNAからなる、細胞内のゲノムの改変に使用される核酸構築物。
【請求項12】
細胞が微生物である、請求項11に記載の核酸構築物の、細胞内のゲノムの改変における使用。
【請求項13】
細胞が大腸菌またはシアノバクテリアである、請求項12に記載の核酸構築物の、細胞内のゲノムの改変における使用。
【図1】
【図2】
【図3−A】
【図3−B】
【図3−C】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図2】
【図3−A】
【図3−B】
【図3−C】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【公開番号】特開2013−17473(P2013−17473A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−113083(P2012−113083)
【出願日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【出願人】(502340996)学校法人法政大学 (7)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【出願人】(502340996)学校法人法政大学 (7)
【Fターム(参考)】
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