説明

高速XAFS計測装置及びその作動方法

【課題】濃度の希薄な各種の材料物質の構造や電子状態が化学反応によって変化する様子を、10ミリ秒以下の時間分解能でその場観察する技術の提供。
【解決手段】X線応答時間が10マイクロ秒以下の入射X線検出器、X線応答時間が10マイクロ秒以下の透過X線検出器、及びX線応答時間が10マイクロ秒以下の蛍光X線検出器、を具備するXAFS計測装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低濃度試料に対してミリ秒の時間分解能で連続的に時間分解計測を行うことのできる高速XAFS測定装置、及びその作動方法に関する。
【背景技術】
【0002】
触媒などの材料物質の化学反応における作用を原子レベルで理解するには、化学反応過程にある材料物質の構造や化学状態をその場観察することが必要である。これらの材料物質の多くは結晶状態を取らずに非晶質構造を形成しており、その構造解析や化学状態解析をガス雰囲気・溶液雰囲気などのその場環境で実施できる最も有効な手法として、XAFS計測法を挙げることができる。XAFS計測法は、測定対象原子のX線吸収端エネルギーの近傍でのX線吸収量の変化を、試料から透過するX線量の測定(透過XAFS法)や、試料からの蛍光X線量の測定(蛍光XAFS法)により高精度に計測する手法である(例えば、非特許文献1)。
【0003】
触媒活性のような一過性の化学反応を追跡するには、ミリ秒オーダーから分オーダーの時間スケールでXAFS計測を連続的に実行することが必要である。従来のミリ秒オーダーの時間分解能でのXAFS計測は、湾曲結晶X線分光器を利用したエネルギー分散型XAFS計測法により行われていた(例えば、非特許文献2)。この計測法は、位置敏感型X線検出器を用いて、試料を透過するX線強度をXAFSのスペクトル領域全体に渡って一括で計測する手法であるため、計測時間の分解能をミリ秒オーダーにすることが可能である。しかしながら、測定対象とする元素の濃度が高い試料(例えば、約1重量%以上の高濃度試料)に対してのみ適用可能であり、多くの実触媒や薄膜デバイスなどに代表される濃度の低い試料(例えば、約1重量%未満の低濃度試料)に対しては適用できない。
【0004】
このような中で、クイックXAFS計測法の開発が行われてきている。クイックXAFS計測法は、高濃度試料のみに適用できる透過XAFS法に加え、低濃度試料に適用できる蛍光XAFS法を併用する手法である(例えば、非特許文献3)。クイックXAFS計測法では、X線分光器を高速に角度走引する(例えば、1°程度の角度範囲を、10msから1分程度の速度で角度走引する)ことによりX線エネルギーを測定し、試料に入射するX線の強度、試料を透過したX線の強度を高速、高効率かつ、高精度に計測するシステムを用いる(透過クイックXAFS計測システム)。効率性の観点から、試料に入射するX線の強度は、その約10〜30%を検出するように設計することが望ましく、試料を透過したX線の強度は、そのほぼ100%を計測することが望ましいとされている。これに加えて、クイックXAFS計測法では、試料から発する蛍光X線の強度について高速、高効率かつ、高精度に計測を行うシステムを用いる(蛍光クイックXAFS計測システム)。
【0005】
これまでに、10ミリ秒オーダーの時間分解能を有するクイックXAFS計測システムが知られている(非特許文献4)。また、10ミリ秒以下の時間分解能でクイックXAFS計測を行うために使用できる高速角度走引X線分光器が存在する(非特許文献5)。
【0006】
従来の透過クイックXAFS計測に用いるX線検出器としては、10マイクロ秒オーダーの応答時間性能を有するガス電離X線検出器(イオンチェンバー検出器)がある。また、従来の蛍光クイックXAFS計測に用いるX線検出器としては、1マイクロ秒以下の応答時間性能を有する光電子増倍管あるいは、シリコンPINフォトダイオード検出器がある(非特許文献4,6)。ここで「応答時間」は、X線が検出器に入射し、それが計測回路で電気信号として計測された時に、当該電気信号が有する時間幅によって決定される。応答時間が短い、すなわち応答速度が速いと、計測された電気信号の時間幅は狭くなり、それだけ計測の時間分解能は向上することになる。
【0007】
また、時間分解XAFS計測は高いX線強度が得られる放射光実験施設においてのみ可能であり、従来の10ミリ秒オーダーの時間分解能を有するクイックXAFS計測法では、放射光X線パルスが均一な時間分布をもつ放射光運転条件(例えば放射光施設SPring−8では運転時間全体の60〜70%程度を占める)の下でのみ計測を行うことができる(非特許文献7)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】“Extended x-ray absorption fine structure (EXAFS) of dispersed metal catalysts”, G. H. Via, J. H. Sinfelt and F. W. Lytle, J. Chem. Phys., 71, 690 (1979).
【非特許文献2】“A Fast X-Ray Absorption Spectrometer for Use with Synchrotron Radiation ”, T. Matsushita, R. P. Phizackerley, Jpn. J. Appl. Phys., 20, 2223 (1981).
【非特許文献3】”New method for time dependent x-ray absorption studies”, R. Frahm, Rev. Sci. Instrum., 60, 2515 (1989).
【非特許文献4】“Quick XAFS System using Quasimonochromatic Undulator Radiation at SPring-8”, T. Uruga et al., AIP Conf. Proc., 882, 914 (2007).
【非特許文献5】“ミリ秒時間分解クイックXAFS計測システムの開発”,宇留賀ら,第24回日本放射光学会年会予稿集p160(2011).
【非特許文献6】シンクロトロン放射光の基礎(大柳宏之編、丸善、1996年),第6章放射光計測技術6.1.1X線検出器概論
【非特許文献7】SPring−8 蓄積リング運転モード http://www.spring8.or.jp/ja/users/operation_status/schedule/bunch_mode
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来のクイックXAFS計測法において透過X線を検出するための検出器として用いられてきたイオンチェンバー検出器の応答時間は10マイクロ秒オーダーであった。そのため、ミリ秒オーダーの時間分解能を有するXAFS計測を行うために、10マイクロ秒以下の応答時間で透過X線の強度を計測可能なX線検出器を開発する必要がある。
【0010】
また、蛍光X線検出器として用いる光電子増倍管は、電流計測モードで使用する場合の応答時間は10マイクロ秒オーダーであった。また、光電子増倍管をフォトンカウンティングモードで動作させると、応答時間は1マイクロ秒以下を実現できるが、高強度の入射X線を用いた場合に計数ロス(数え落とし)が生じ、効率良く計測することが困難であった。一方、シリコンPINフォトダイオード検出器はX線を吸収するシリコン素子の空乏層厚さが薄く、特に20keV以上の高エネルギーX線を高効率で計測することが困難であった。従って、高強度の蛍光X線を少ない計数ロスで計測する方法が必要とされている。
【0011】
更に、XAFSに用いるX線源の運転条件として、放射光X線のパルスが不均一な時間分布をもつような場合には、試料に入射するX線の強度がマイクロ秒のオーダーで時間変動してしまうため、従来は、このような運転条件をミリ秒オーダーの時間分解能を有するクイックXAFS計測に使用することが困難であった。X線パルスの時間分布が不均一な放射光運転条件は、例えば放射光施設SPring−8を例にとると、運転時間全体の30〜40%程度を占めるものであるため、かかる運転条件をXAFS測定に利用できないことは非常に非効率である。そのため、このような運転条件の下でXAFS計測を行うことが可能な技術が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、本発明のXAFS計測装置は、X線応答時間が10マイクロ秒以下の入射X線検出器、X線応答時間が10マイクロ秒以下の透過X線検出器、及びX線応答時間が10マイクロ秒以下の蛍光X線検出器、を備えている。
【0013】
本発明の入射X線検出器および透過X線検出器としては、X線応答時間が10マイクロ秒以下の任意の透過型X線検出装置を用いることができるが、好ましくはイオンチェンバー検出器であり、この場合には、応答時間を10マイクロ秒以下にするため、イオンチェンバー検出器を構成する2枚の電極の間隔を1〜3mmとし、X線の光軸方向における各電極の長さを200mm〜400mmとする必要がある。電極間隔が1mmより狭いと、電極間にX線を通過させることが困難となるため、好ましくない。また電極長が200mmよりも短いと、電極への移動速度が高速であるが、X線吸収率の低い軽元素不活性ガス(例えば、ヘリウムあるいは窒素)を使用できなくなるため、好ましくない。電極間隔および電極長をこの範囲にすることにより、10マイクロ秒以下のX線応答時間が得られる。
【0014】
本発明の蛍光X線検出器としては、X線応答時間が10マイクロ秒以下の任意の蛍光X線検出装置を用いることができるが、低エネルギーから高エネルギーの蛍光X線(例えば、4〜40keV)に対応する場合、好ましくは、複数のX線光子からなる電圧パルスを複数の電圧パルスに複製するパルス分配器と、X線光子の個数に対応した電圧パルスを計測するパルスカウンターとを備えている。かかる構成をとることにより、複数のX線光子からなる電圧パルスを光子1個とカウントすることによる光子の数え落としが極めて少なくなり、高効率な10マイクロ秒以下のX線応答時間を達成することができる。
【0015】
本発明のXAFS計測装置は、X線源に接続された、入射X線強度の時間変動とX線計測のタイミングとを同期させるための装置を更に備えていても良い。
本発明のXAFS計測装置を作動させる際に、かかる同期装置を用いて、X線源から照射されるX線の強度に対応した同期信号を測定し、当該同期信号に基づきX線計測のためのトリガー信号を生成し、当該トリガー信号を透過X線検出器及び蛍光X線検出器に入力して入射X線強度の時間変動とX線計測のタイミングとを同期させることにより、入射強度に時間変動の存するX線を入射X線として用いる場合であっても、10マイクロ秒以下の時間間隔で連続的にXAFS計測を行うことが可能となる。
【発明の効果】
【0016】
本発明のXAFS計測装置及びその作動方法を利用することにより、濃度の希薄な各種の触媒物質(燃料電池電極触媒、蓄電池電極触媒、光触媒、化学合成触媒等)や材料物質の構造や電子状態が化学反応によって変化する様子を、10ミリ秒以下の時間分解能でその場観察することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】従来の透過X線検出器の一種であるイオンチェンバー検出器の構造の一例を示す模式図である。
【図2】本発明の透過X線検出器の一実施態様である長電極長ナローギャップイオンチェンバー検出器および精密位置調整ステージの模式図である。
【図3】時間的に近接したパルス電圧出力に対する数え落とし発生の原理を示す概念図である。
【図4】本発明の蛍光X線検出器を構成するシステムの模式図である。
【図5】本発明の蛍光X線検出器を構成するシステムによってパルス電圧出力に対する数え落としを低減する原理を示す概念図である。
【図6】放射光不均一分布運転モードにおいて放射光蓄積リングに蓄積された電子群の分布状態の一例を示した概念図である。
【図7】放射光不均一分布運転モードにおけるX線強度の時間変動の一例を示した概念図である。
【図8】本発明の同期装置を用いて放射光トレインとX線計測のタイミングとを同期する原理を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明のXAFS計測装置は、試料に入射するX線の強度を10マイクロ秒以下の応答時間で計測可能な検出器、試料を透過したX線の強度を10マイクロ秒以下の応答時間で計測可能な検出器、および、試料から発生する蛍光X線の強度を10マイクロ秒以下の応答時間で計測可能な検出器を具備している。
【0019】
(入射X線検出器および透過X線検出器)
図1に、従来から入射X線検出器および透過X線検出器として広く用いられている平行平板型イオンチェンバー検出器の模式図を示す。平行平板型イオンチェンバー検出器は、2枚の電極(高圧電極2と電子収集電極3)の間に不活性ガス(ヘリウム、窒素、あるいはアルゴンあるいは、それらの混合ガス)を充填した筐体1である(図1)。2枚の電極2,3の間には、高電圧が負荷され、強い電場が形成される。X線はイオンチェンバーの側面に設置された窓4から入射し、不活性ガスを電離し、ガスイオンと電子とを生成する。電極2,3間に負荷された電場に従って、ガスイオンは高圧電極2側に、電子は電子収集極3側に移動することで、2つの電極の間に微小電流が流れる。それを高速微小電流計測器6(例えば、高速電流アンプおよび高速デジタイザ)を用いて計測し、X線強度を計測する。不活性ガスに吸収されなかったX線は、もう一方の側面に設置された窓5から出射する。イオンチェンバーの応答時間は、応答速度が充分に高速な(例えば、1マイクロ秒程度の応答時間を有する)微小電流計測器を使用する場合、電離イオンと電子のそれぞれが電極まで移動する時間によって決定される。
【0020】
本発明の一実施態様においては、図2に記載されているように、10マイクロ秒以下の応答時間で透過X線を検出するために、イオンチェンバー検出器を構成する2枚の電極2,3の間隔を従来の間隔(多くは10mm以上)の1/3以下の3mmとして(ナローギャップ構造)、電極間の電場強度を高めた。さらに、電極間隔を3mmに短くすると、X線の入射により電離したイオン及び電子の電極までの移動距離が1/3以下に短縮される。加えて、当該実施態様においては、X線の光軸方向における電極の長さを280mmとした。電極長を200mm以上にすることで、ヘリウムや窒素などの、電極への移動速度が高速であるものの、X線吸収率の低い軽元素不活性ガスを使用することが可能となる。これらの結果として、電離イオンと電子とが電極へ到達するまでに要する時間を、従来の1/5倍程度に短縮することができる。これにより、試料に入射するX線、および試料から透過したX線強度をマイクロ秒オーダーの応答時間で計測することが可能となる。また、本発明の長電極長ナローギャップイオンチェンバー検出器は、長尺で間隔の狭い電極間の中心付近に高精度にX線を通過させるため、自動高さ調整ステージ10および自動傾斜角度調整ステージ9を用いて高精度に遠隔操作で位置調整することができる。まず自動高さ調整ステージを用いて、長電極長ナローギャップイオンチェンバー検出器を通過するX線の強度を計測しながら、電極間の中心付近をX線が通過するようにイオンチェンバーの高さ調整を行う。次に自動傾斜角度調整ステージを用いて、長電極長ナローギャップイオンチェンバー検出器を通過するX線の強度を計測しながら、電極とX線の通過する向きを平行に合わせる。上記の操作により、X線は、長電極長ナローギャップイオンチェンバー検出器の全長にわたり電極の中心付近を通過する。
【0021】
(蛍光X線検出器)
本発明の一実施態様において、蛍光X線検出器は、更に計測システムを具備している。図4に示すように、蛍光X線検出器に接続される計測システムは、高速プリアンプ13、高速パルス分配器14、高速閾値弁別器15、及び高速パルスカウンター16を備えている。これらの高速プリアンプ13、高速パルス分配器14、高速閾値弁別器15、及び高速パルスカウンター16は、いずれも少なくとも500MHz〜1GHzの応答速度を有することが望ましい。また、特に高速プリアンプは5倍以上の増幅率を有し、高速閾値弁別器は最低分別電圧が10mV以下であることが望ましい。
【0022】
かかる計測システムにより、試料から発せられる蛍光X線の強度をマイクロ秒オーダーの応答時間で、計数ロス少なく高効率に計測することが可能となる。
本発明の蛍光X線検出器としては、例えば、高速応答方式の光電子増倍管12の前面にX線を高速に可視光変換する高速シンチレーター11(例えば、プラスティックシンチレーター)を装着したX線検出器素子を利用し、これを複数個並べて大受光面積化した蛍光X線検出器(非特許文献5)を用いる。高速シンチレーター11は、その蛍光寿命が少なくとも1ナノ秒〜3ナノ秒であるか、それ以下であることが望ましい。たとえば、サンゴバン株式会社のBC−420などを用いることができる。
【0023】
蛍光X線計測器にX線光子が入射することにより出力される電圧パルスは、まず高速プリアンプ13を用いて5倍以上に増幅される。その後、高速閾値分別器15に内蔵される閾値弁別回路(ディスクリミネーター)において、電圧パルスの高さと設定した閾値電圧とを比較することにより、各パルスをX線光子1個により発生したシグナルとノイズとに弁別し、シグナルのみを高速パルスカウンター16に送りパルス数を計数する。
【0024】
ここで、高強度のX線が蛍光X線計測器に入射する条件では、電圧パルスが発生する時間間隔が、電圧パルスの平均的な幅よりも時間的に近接する場合がある。この場合、複数個(N個)の電圧パルスが重なり、X線光子1個の約N倍の高さをもつ電圧パルスが発生する。図3に示したように、この電圧パルスをX線光子1個と計数してしまうと、計数ロス(数え落とし)が生じる。このような場合に、本発明の計測システムにおいては、高速パルス分配器14によりN倍の高さをもつ電圧パルスをN個の等価な電圧パルスに分割する。複数の光子からなる電圧パルスを分割するに際して、電圧パルスに含まれる光子数に応じて閾値分別回路の閾値電圧を設定することにより、数え落としの極めて少ない計数を行うことが可能となる。例えば、図5に示すように、上記の閾値電圧は、入射光子(N−1)個分の電圧パルスよりも若干高い電圧に設置すればよい。
【0025】
(X線源との同期による連続計測)
本発明の一実施態様においては、XAFS計測装置は、入射X線源との間に、入射X線強度の時間変動とX線計測のタイミングとを同期させるための装置を更に備えている。当該装置は、同期信号発生器、タイミング調整回路、及び計測回路を備える。
【0026】
かかる装置により、入射X線源である放射光ビームの運転モードが不均一分布運転モードである場合にも、クイックXAFS計測装置を作動させることができる。図6及び図7に模式的に示すように、X線源の運転モードが不均一分布運転モードであると、X線源の放射光蓄積リングを周回する電子(例えばSPring−8の場合、電子が1周するために約4.8マイクロ秒を要する)により、トレインと呼ばれる時間空間領域にX線光子が集中的に蓄積され(例えばSPring−8の場合、X線光子全体の70−80%程度)、他の領域におけるX線光子の分布は希薄になる。そのため、試料へ入射するX線強度には、マイクロ秒のオーダーで時間的な変動が生ずる。ここで、クイックXAFS計測では、1つのXAFSスペクトルの計測時間を1/100〜1/1000程度に分割した時間間隔でX線強度を連続的に計測する。従って、10ミリ秒のオーダーの時間分解能でのクイックXAFS計測の場合は、10マイクロ秒オーダーの時間間隔で計測を行うため、上記のX線強度の時間変動は時間平均されることにより、計測に現れず問題とならない。一方、10ミリ秒以下の時間分解能での計測においては、10マイクロ秒以下の時間間隔で計測を行うため、上記のX線強度の時間変動によりXAFSスペクトルに影響が現れ、スペクトル計測を実施することができない。不均一分布運転モードは、例えばSPring−8の場合、全運転時間の30〜40%程度を占めるため、不均一分布運転モードにおいてXAFSを利用することができないと、測定不可能な期間が多くなり、非効率である。
【0027】
そこで、本発明においては、同期信号発生器、タイミング調整回路、及び計測回路を具備することにより、X線強度計測のタイミングを放射光のトレインと時間的に同期させ、不均一分布運転モードにおいても10マイクロ秒以下の時間間隔で連続的に計測することを可能にした。具体的には、図8に示すように、X線源である放射光蓄積リング21から供給されるトレインに対応した同期信号を同期信号発生器22において発生させ、これをタイミング調整回路23に導入し、タイミング調整回路23で時間遅延を適宜調整した後、X線検出器24の計測回路25にゲートトリガー信号として入力することにより、トレインのタイミングと同期したX線強度計測が可能となる。これにより、入射X線強度に生じる時間変動を防ぐことができ、結果として、全ての放射光運転モードに対して10ミリ秒以下の時間分解能でXAFS計測を実施することができる。
【実施例】
【0028】
大型放射光施設であるSPring−8のビームラインBL40XUにおいて、入射X線検出器および透過X線検出器として280mmの電極長、3mmの電極間隔を有するイオンチェンバーを用いて、白金箔に対して透過法XAFS測定を行った。入射X線検出器には純窒素ガスを用い、透過X線検出器には窒素85%およびアルゴンガス15%からなる混合ガスを用いた。電極間の電圧は1kVに設定した。分光器には、小型のSi(111)チャネル結晶を用い、ガルバノスキャナを用いて250Hz(±0.2°)で角度走引を行った。結果として、白金L3吸収端における透過法XANESスペクトルの計測時間は2ミリ秒であった。
【符号の説明】
【0029】
1 イオンチェンバー筐体
2 電子収集電極
3 高圧電極
4 X線入射窓
5 X線出射窓
6 高速微小電流計測器
7 高圧電源
8 電場補正電極
9 自動傾斜角度調整ステージ
10 自動高さ調整ステージ
11 高速シンチレーター
12 高速光電子増倍管
13 高速プリアンプ
14 高速パルス分配器
15 高速閾値弁別器
16 高速パルスカウンター
21 放射光蓄積リング
22 同期信号発生器
23 タイミング調整回路
24 X線検出器
25 計測回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に入射するX線を検出する入射X線検出器、
試料を透過したX線を検出する透過X線検出器、及び
試料から発せられる蛍光X線を検出する蛍光X線検出器、
を具備しており、入射X線検出器及び透過X線検出器がイオンチェンバー検出器であり、当該イオンチェンバー検出器を構成する2枚の電極のX線光軸方向の長さが200〜400mm、電極の間隔が1〜3mmである、高速XAFS計測装置。
【請求項2】
蛍光X線検出器が、
複数のX線光子からなる電圧パルスから、X線光子の個数分の電圧パルスを複製するパルス分配器、及び
当該X線光子の個数に対応した電圧パルスを計測するパルスカウンター、
を具備する、請求項1に記載の高速XAFS計測装置。
【請求項3】
蛍光X線検出器が、
X線の電圧パルスを増幅するプリアンプ、及び
電圧パルスをX線光子により発生したシグナルとノイズとに弁別する閾値弁別器
を更に具備する、請求項2に記載の高速XAFS計測装置。
【請求項4】
X線源に接続された、入射X線強度の時間変動とX線計測のタイミングとを同期させるための装置を更に具備する、請求項1〜3のいずれかに記載の高速XAFS計測装置。
【請求項5】
入射X線強度の時間変動とX線計測のタイミングとを同期させるための装置が、同期信号発生器、タイミング調整回路、及び計測回路を具備する、請求項4に記載の高速XAFS計測装置。
【請求項6】
X線源から照射されるX線の強度に対応した同期信号を基にX線計測のためのトリガー信号を生成し、当該トリガー信号を透過X線検出器及び蛍光X線検出器に入力して入射X線強度の時間変動とX線計測のタイミングとを同期させることにより、入射X線強度に時間変動の存する場合であってもマイクロ秒オーダーの時間間隔での連続計測を可能にする、請求項5に記載のXAFS計測装置の作動方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−19678(P2013−19678A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−150742(P2011−150742)
【出願日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年1月7日 「第24回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム予稿集 プログラム委員会」発行の「第24回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム予稿集」にて発表
【出願人】(599112582)公益財団法人高輝度光科学研究センター (35)
【出願人】(593217890)応用光研工業株式会社 (5)
【Fターム(参考)】