説明

高骨転移性前立腺がん細胞株の作製方法

【課題】進行性前立腺がん細胞のモデルとして使用できる高骨転移性前立腺がん細胞株を提供すること。
【解決手段】(a)安定的にルシフェラーゼを発現するヒト前立腺がん細胞を、マウスの心腔内に注入し、ヒト前立腺がん細胞移植マウスを作製する工程;(b)ルシフェリンを、上記ヒト前立腺がん細胞移植マウスに投与してin vivo蛍光イメージングを行い、ルシフェリンの発光が認められる大腿骨から骨転移性ヒト前立腺がん細胞を含む骨髄細胞を採取する工程;(c)上記骨髄細胞を、上記マウスとは別のマウスの心腔内に注入し、骨髄細胞移植マウスを作製する工程;(d)ルシフェリンを、上記骨髄細胞移植マウスに投与してin vivo蛍光イメージングを行い、ルシフェリンの発光が認められる大腿骨から高骨転移性前立腺がん細胞を含む骨髄細胞を採取する工程;の工程(a)〜(d)により、高骨転移前立腺がん細胞株を樹立する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高骨転移性前立腺がん細胞株や、該高骨転移性前立腺がん細胞株の作製方法や、該高骨転移性前立腺がん細胞株を用いたスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
前立腺がんは、早期段階(ステージA)で発見され、手術にて切除された場合には、5年生存率が約80%と比較的予後の良好ながんであるとされている。しかし、進行性(ステージD)の前立腺がんの場合には、約80%の症例に骨転移が認められ、5年生存率も30%と予後が悪化することが知られており、また、転移性の前立腺がんに対しては、手術又は放射線治療の他には有効な治療法は確立されていないのが現状である。このため、骨転移性前立腺がんの診断のためのマーカーや、骨転移性前立腺がんの治療薬の開発は非常に重要な研究課題であると考えられる。
【0003】
これまでに、初期段階の前立腺がんを検出するための多数のマーカーが開発されており、なかでも、PSAは臨床的に広く使用されている。しかし、PSAレベルの上昇は、前立腺肥大症、及び前立腺炎を有する患者においても認められることが明らかにされており(非特許文献1)、さらに、PSAは悪性良性前立腺がんと、非転移性の良性前立腺がんを区別することができないことから、悪性の前立腺がんに特異的なマーカーの開発が求められている。
【0004】
現在までに、いくつかの前立腺がん動物モデルが作製されており、前立腺がん発生のメカニズムやその修飾因子を解明するために用いられてきた(特許文献1、及び非特許文献2)。しかし、ACI/Seg系ラットやローバンド−ウイスター系ラットで自然発生的な悪性腫瘍を高い頻度で発生する動物モデルを作るには約20ケ月という長い潜在期を要することが知られており、悪性前立腺がんのマーカーや、治療のターゲットとなり得る遺伝子のスクリーニングに用いることのできる、転移能を有する前立腺がん細胞株の樹立が極めて重要な課題とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−231402
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Gao et al., Prostate, 31: 264-281, 1997
【非特許文献2】Jpn. J. CancerRes.,76: 803-808, 1985
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、進行性前立腺がん細胞のモデルとして使用できる高骨転移性前立腺がん細胞株を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者は、ルシフェラーゼ遺伝子安定発現株である前立腺がん細胞PC−3M−luc−C6をマウス心臓内に注入して、大腿骨に転移した上記細胞を回収する操作を2回繰り返すことにより、高骨転移性前立腺がん細胞株を樹立できることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0009】
本発明の高骨転移性前立腺がん細胞株をモデルとして用い、高骨転移性前立腺がん細胞に特異的に高発現又は低発現する遺伝子のスクリーニングを行うことができる。
【0010】
すなわち、本発明は(1)(a)安定的にルシフェラーゼを発現するヒト前立腺がん細胞を、マウスの心腔内に注入し、ヒト前立腺がん細胞移植マウスを作製する工程;(b)ルシフェリンを、上記ヒト前立腺がん細胞移植マウスに投与してin vivo蛍光イメージングを行い、ルシフェリンの発光が認められる大腿骨から骨転移性ヒト前立腺がん細胞を含む骨髄細胞を採取する工程;(c)上記骨髄細胞を、上記マウスとは別のマウスの心腔内に注入し、骨髄細胞移植マウスを作製する工程;(d)ルシフェリンを、上記骨髄細胞移植マウスに投与してin vivo蛍光イメージングを行い、ルシフェリンの発光が認められる大腿骨から高骨転移性前立腺がん細胞を含む骨髄細胞を採取する工程;の工程(a)〜(d)を順次備えることを特徴とする、高骨転移性前立腺がん細胞を調製する方法や、(2)安定的にルシフェラーゼを発現するヒト前立腺がん細胞が、PC−3M−luc−C6であることを特徴とする上記(1)記載の方法や、(3)マウスが、Balb/cヌードマウスであることを特徴とする上記(1)又は(2)記載の方法や、(4)上記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法によって調製された高骨転移性前立腺がん細胞や、(5)上記(4)記載の高骨転移性前立腺がん細胞を用いて、高骨転移性前立腺がん細胞に特異的に高発現又は低発現する遺伝子をスクリーニングする方法や、(6)上記(5)記載のスクリーニングする方法によって得られる、高骨転移性前立腺がん細胞に特異的に高発現又は低発現する遺伝子に関する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】ヒト前立腺がん細胞株PC−3M−luc−C6のマウス心腔内への注射について示す図である。
【図2】ヒト前立腺がん細胞株PC−3M−luc−C6を心腔内注射(2回目)して、28日後にIn vivo蛍光イメージングを行った結果を示す図である。
【図3】本発明の高骨転移性前立腺がん細胞におけるルシフェラーゼ活性と、親株であるPC−3M−luc−C6細胞におけるルシフェラーゼ活性とを比較した結果を示す図である。
【図4】親株であるPC−3M−luc−C6細胞(a)と、本発明の高骨転移性前立腺がん細胞(b)の形態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の高骨転移性前立腺がん細胞を調製する方法としては、(a)安定的にルシフェラーゼを発現するヒト前立腺がん細胞を、マウスの心腔内に注入し、ヒト前立腺がん細胞移植マウスを作製する工程;(b)ルシフェリンを、上記ヒト前立腺がん細胞移植マウスに投与してin vivo蛍光イメージングを行い、ルシフェリンの発光が認められる大腿骨から骨転移性ヒト前立腺がん細胞を含む骨髄細胞を採取する工程;(c)上記骨髄細胞を、上記マウスとは別のマウスの心腔内に注入し、骨髄細胞移植マウスを作製する工程;(d)ルシフェリンを、上記骨髄細胞移植マウスに投与してin vivo蛍光イメージングを行い、ルシフェリンの発光が認められる大腿骨から高骨転移性前立腺がん細胞を含む骨髄細胞を採取する工程;の工程(a)〜(d)を順次備えるものであれば特に制限されるものではなく、また、本発明の高骨転移性前立腺がん細胞としては、(a)安定的にルシフェラーゼを発現するヒト前立腺がん細胞を、マウスの心腔内に注入し、ヒト前立腺がん細胞移植マウスを作製する工程;(b)ルシフェリンを、上記ヒト前立腺がん細胞移植マウスに投与してin vivo蛍光イメージングを行い、ルシフェリンの発光が認められる大腿骨から骨転移性ヒト前立腺がん細胞を含む骨髄細胞を採取する工程;(c)上記骨髄細胞を、上記マウスとは別のマウスの心腔内に注入し、骨髄細胞移植マウスを作製する工程;(d)ルシフェリンを、上記骨髄細胞移植マウスに投与してin vivo蛍光イメージングを行い、ルシフェリンの発光が認められる大腿骨から高骨転移性前立腺がん細胞を含む骨髄細胞を採取する工程;の工程(a)〜(d)を順次備える上記本発明の高骨転移性前立腺がん細胞の調製方法によって得られるものであれば特に制限されるものではない。上記安定的にルシフェラーゼを発現するヒト前立腺がん細胞としては特に制限されないが、例えば、PC−3M−luc−C6を好適に挙げることができ、また、上記マウスとしては特に制限されないが、免疫不全マウスであることが好ましく、例えば、Balb/cヌードマウスを好適に挙げることができる。
【0013】
また、上記in vivo蛍光イメージングを行うための装置としては、生きたままのマウスの発光・蛍光イメージを検出/解析できる装置であればどのような装置であってもよいが、例えば、1420 ARVOsx DELFIA Research Fluorometer(PerkinElmer社製)を好適に挙げることができる。
【0014】
本発明のスクリーニング方法としては、上記本発明の高骨転移性前立腺がん細胞を用いて、高骨転移性前立腺がん細胞に特異的に高発現又は低発現する遺伝子をスクリーニングする方法であれば特に制限されないが、例えば、上記本発明の高骨転移性前立腺がん細胞におけるmRNA発現量と、同一の前立腺がん細胞株に由来する高骨転移性を有さない前立腺がん細胞におけるmRNA発現量とを比較することにより、上記高骨転移性前立腺がん細胞に特異的に高発現又は低発現する遺伝子をスクリーニングする方法を好適に挙げることができ、上記本発明のスクリーニング方法においてmRNA発現を定量的に測定する方法としては、特に制限されないが、例えば、マイクロアレイ法や、RT−PCR法や、リアルタイムPCR法や、ノーザンブロット法等を挙げることができ、なかでも、マイクロアレイ法であることが好ましい。また、本発明の高骨転移性前立腺がん細胞に特異的に高発現又は低発現する遺伝子としては、上記本発明のスクリーニングする方法によって得られる遺伝子であれば特に制限されるものではなく、上記本発明の高骨転移性前立腺がん細胞に特異的に高発現又は低発現する遺伝子は、高骨転移性前立腺がんの診断マーカーや治療薬を開発するために用いることができる。
【0015】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0016】
[材料と方法]
<前立腺がん細胞の心腔内注射(1回目)>
心腔内注射には、SV40プロモーターにより発現制御されるルシフェラーゼ遺伝子をヒト前立腺がん細胞株PC3Mに導入した、安定的ルシフェラーゼ発現ヒト前立腺がん細胞株PC−3M−luc−C6(Caliper Life Sciences社製)を用いた。1x10個のPC−3M−luc−C6細胞を、100μlのPBSに懸濁し、Balb/cヌードマウスの心腔内に注入した(図1)。その後、ルシフェリンを投与して、in vivo蛍光イメージング装置エクスプローラー オプティクス(GEヘルスケア社製)を用いて、注入した細胞の転移部位の確認を行った。
【0017】
<骨転移部位からのPC−3M−luc−C6細胞の回収>
In vivo蛍光イメージングによって、PC−3M−luc−C6細胞の転移が認められたマウスの大腿骨を回収し、骨髄細胞を採取した。転移したがん細胞を含む骨髄細胞を、10%FBS及び250μg/mlのゼオシンを含むMEM培地を用いて培養した。3〜4週間の培養後、増殖した骨転移細胞のルシフェラーゼ活性をルシフェラーゼアッセイにより確認した。ルシフェラーゼアッセイには、Luciferase assay kit(Promega社製)を用い、ルシフェラーゼ活性の測定は1420 ARVOsx DELFIA Research Fluorometer(PerkinElmer社製)を用いて行った。
【0018】
<前立腺がん細胞の心腔内注射(2回目)>
ルシフェラーゼ活性が確認された転移がん細胞を、再度マウス心腔内に注入し、上記の1回目と同様の方法を用いて、転移したがん細胞を含む骨髄細胞を回収し、高転移性前立腺がん細胞株を樹立した。
【0019】
<DNAチップによる骨転移細胞株の遺伝子解析>
得られた高骨転移性細胞株の遺伝子発現を、GeneChip Human Genome U133A 2.0 Array (Affymetrix社製)を用いて解析をし、親株であるPC−3M−luc−C6との比較を行なった。発現データの詳細な解析は、Gene Spring GX version 10.0.2 software (Agilent Technologies. Inc.)を用いて実施した。
【0020】
[結果]
<PC−3M−luc−C6の心臓内注入後の骨転移の評価>
細胞の心臓内注入は、マウスの第2肋間の高さで正中から3mmの部位を目標とし、約45度の角度で行なった(図1)。2回目の注入後、約4週間で大腿骨及び下顎骨への転移が確認された(図2)。細胞注入後の骨転移の頻度は、1回目がマウス3匹中2匹で、2回目が6匹中3匹で認められ、いずれも50%以上の骨転移率を示した(表1)。
【0021】
<骨転移細胞株の分離培養>
2回目の注入を行った後、骨転移巣より回収された高転移性細胞のルシフェラーゼ活性は、親株よりも高い数値(約2倍)であることが明らかとなった(図3)。一方、転移株と親株の細胞の形態には大きな違いは認められなかった(図4)。表1に、骨転移頻度と転移部位を示す。
【0022】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(a)〜(d)を順次備えることを特徴とする、高骨転移性前立腺がん細胞を調製する方法。
(a)安定的にルシフェラーゼを発現するヒト前立腺がん細胞を、マウスの心腔内に注入し、ヒト前立腺がん細胞移植マウスを作製する工程;
(b)ルシフェリンを、上記ヒト前立腺がん細胞移植マウスに投与してin vivo蛍光イメージングを行い、ルシフェリンの発光が認められる大腿骨から骨転移性ヒト前立腺がん細胞を含む骨髄細胞を採取する工程;
(c)上記骨髄細胞を、上記マウスとは別のマウスの心腔内に注入し、骨髄細胞移植マウスを作製する工程;
(d)ルシフェリンを、上記骨髄細胞移植マウスに投与してin vivo蛍光イメージングを行い、ルシフェリンの発光が認められる大腿骨から高骨転移性前立腺がん細胞を含む骨髄細胞を採取する工程;
【請求項2】
安定的にルシフェラーゼを発現するヒト前立腺がん細胞が、PC−3M−luc−C6であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
マウスが、Balb/cヌードマウスであることを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の方法によって調製された高骨転移性前立腺がん細胞。
【請求項5】
請求項4記載の高骨転移性前立腺がん細胞を用いて、高骨転移性前立腺がん細胞に特異的に高発現又は低発現する遺伝子をスクリーニングする方法。
【請求項6】
請求項5記載のスクリーニングする方法によって得られる、高骨転移性前立腺がん細胞に特異的に高発現又は低発現する遺伝子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−177062(P2011−177062A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−42712(P2010−42712)
【出願日】平成22年2月26日(2010.2.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2009年 8月31日 日本癌学会発行 第68回 日本癌学会学術総会記事
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、地域科学技術振興事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(590002389)静岡県 (173)
【Fターム(参考)】