説明

魚類脂質成分の取得方法

【課題】 ワックス、脂肪酸、スクワレン等を含む脂質の未利用資源を見出し、有害な溶媒等を使用せずに未変性の脂質成分を物理的、経済的に取り出す技術を提供すること。
【解決手段】 脂質含量の高い魚類の魚体を、水の存在下で減圧処理し、流出する脂質成分をそれ以外の部分と分離することを特徴とする脂質成分の分離製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚類脂質成分の取得方法に関し、更に詳細には、魚類が有する脂質成分を、当該魚類から変質させることなく分離取得する魚類脂質成分の取得方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ワックス、スクワラン・脂肪酸などの脂質成分は、工業分野や、化粧品・食品・医薬品・医薬外用剤分野などで広く使用されている。このうち、動物性液体ワックスとしては、過去にはマッコウ鯨類の脳油(鯨蝋)が利用されていたが、現在ではマッコウ鯨の捕鯨が禁止されており、入手は困難である。
【0003】
これに代わるワックスとして、オレンジラフィー類(ヒウチダイ類)などの魚類から得られたものが知られている。しかし、近年、乱獲により、その生産量は減少傾向にあり、加えて分離製造法が煮取法であるために、熱変性による酸化が激しく、臭気・酸化物の除去に多大な費用を必要としており、生産性、経済性に問題がある。
【0004】
一方、化粧品分野などでは、ホホバオイルなど植物性液体ワックスの利用が図られているが、その物性や使用感などの面で問題もあり、新たな動物性液体ワックス資源を見出すことが必要とされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/itiba/suisan/ dokugyo/aburaso.html
【非特許文献2】「冷凍」、第68巻、第794号、第1306−1311号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、人の身体に取って有用な脂質成分も多い魚類由来脂質成分について、新しい資源を見出し、当該資源から魚類由来脂質成分を変性させず、安定した状態で工業的に取り出す技術の提供をその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、動物性液体ワックスを含む魚類由来脂質成分の新しい資源について、種々検索を行った結果、深海魚類の有する脂質成分に思い至った。すなわち、大陸棚より深海(約200m以下)に生息する深海魚のアブラソコムツ、バラムツ、ハダカイワシ類、アブラボウズ、サメ類等の魚類は多くの脂質を含有することが知られている。
【0008】
中でも、アブラソコムツやバラムツは、その筋肉中に約20質量%の脂質成分を有することが知られており、その脂質成分の約90質量%が動物性液体ワックスである。この液体ワックスは人体で消化することができないワックスエステルであるため、生食すると下痢を起こすため食品禁止魚になっている(非特許文献1等)。
【0009】
本発明者は、現状ではハダカイワシ類、サメ類(肝臓)及び生食禁止魚のアブラソコムツ、バラムツ等について、その脂質成分量やその構成に着目すれば、それらを脂質成分の新しい資源とすることができ、オレンジラフィー類(ヒウチダイ類)などに代替する新しい動物性液体ワックスとなしうる可能性に思い至った。
【0010】
そして、脂質成分を得る手段として、本発明者が冷凍すり身の製造に用いられる、魚肉から脂質成分を除去する方法として報告した晒し肉製造方法(非特許文献2)を改変、応用すれば、上記魚類から、動物性液体ワックスを含む脂質成分が変性することなく得られ、経済性も高いことを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち本発明は、脂質含量の高い魚類の魚体を、水の存在下で減圧処理し、浮上分離する脂質成分を、それ以外の部分と水を媒体として低温で分離することを特徴とする脂質成分の分離製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明方法によれば、動物性液体ワックス等の脂質成分を、現在全く利用されていない水産資源から得ることができる。また、原料として魚類の魚肉部分を利用すれば、油脂成分と同時に水産加工物の原料となるすり身を同時に得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明方法の実施は、脂質含量の多い魚類やその内蔵を細断した後、これを水中において減圧処理し、その後、浮上する脂質成分をそれ以外の成分と分離取得することにより行われる。
【0014】
本発明方法において原料として利用される、脂質含量の多い魚類(以下、「原料魚」という)としては、その皮下組織、筋肉、内臓(特に肝臓)等に多くの油脂成分を有する魚類であれば特に制約されないが、例えば、その具体例としては、アブラソコムツ、バラムツ、ハダカイワシ類、アブラボウズ、サメ類等の魚類が挙げられる。
【0015】
上記原料魚は、魚体をそのまま細断し使用しても良いが、油脂成分が分離された魚肉部分をすり身等として利用する場合は、頭、皮、内臓、骨等を除去した魚肉としてから細断し、本発明方法の原料とすることが好ましい。
【0016】
本発明方法においては、原料魚の魚体ないし魚肉を細かくするほど脂質の取得効率が高まるため、1〜5ミリ程度の挽肉状、あるいは筋原繊維レベルの細かさにまで微細化して利用することが好ましい。
【0017】
次に、上記原料の減圧処理は、減圧微細化水晒し装置を用い、水中で行われる。すなわち、原料魚の魚体ないし魚肉に対し、2〜8容量倍の水を減圧装置の減圧容器内に入れ、この中に原料を投入した後、1〜70kPaの減圧、好ましくは10kPa以下程度の減圧とし、10〜60分間、好ましくは、20〜30分程度放置する。また、この減圧処理での温度は、得られる脂質の変性を防ぐため、5〜40℃程度、特に10℃前後とすることが望ましい。
【0018】
脂質成分を含有する魚体や魚肉(以下、「魚肉等」ということがある)をこのような水中減圧下に置くと、魚肉の筋隔膜がガス化成分の膨張により破損し、ガス化成分が激しく噴出し、それに伴い脂質成分の分離が始まる。ガス化成分の膨張噴出が終了すると魚肉等は沈降するが、脂質成分は浮上し、魚肉等と脂質成分の分離が容易に行われる。
【0019】
このように、水中減圧処理により魚肉等からはガス化成分および脂質成分の放出を繰り返し、魚肉等中の脂質分は、浮上油として水面上に分離してくるので、これを適当な分離手段、例えば、遠心分離やデカンターで原料魚の脂質成分を分離取得することができる。
【0020】
なお、上記分離処理を効果的に行うためには、水面上に浮上した脂質を連続的に除去する操作を加えることが望ましい。
【0021】
一方、原料として魚肉を使用した場合、脂質が分離された後には、脂質成分をほとんど含有せず、タンパク質である、いわゆる晒し肉が残るので、これを練り製品等の原料として使用することができる。
【0022】
以上のようにして得られる脂質(ワックスや中性脂肪等)は、熱変性を経ていない生の状態で得られるが、減圧処理において使用される水分中にはリパーゼなどの脂肪分解酵素が含まれる可能性があるので、脂質中の水分を速やかに除去したり、リパーゼ阻害剤等を添加することが好ましい。
【0023】
また、本発明方法で得られるワックスは常温で液状であり、オレンジラフィーワックスと同様に人の皮膚に含まれているワックス成分(20質量%)と近似するものである。すなわち、植物性ワックスのホホバオイルを構成する脂肪酸はエイコセン酸(C20:1)60〜80%であるが、本発明法で得られるワックスはオレイン酸(C18:1)60%以上であるために、サラッとしていて、人肌への伸展性がよく、軽い感触にも優れていて、べたつき感もない。
【0024】
従って、本発明方法で得られる脂質は、好ましくは、化粧品、医薬外用剤、化成品等の原料として利用できる。より具体的には、乳液、クレンジングクリーム、アロマオイル基剤、頭皮オイル、マッサージオイル、ベビーオイル、アトピー性皮膚炎改善剤、シャンプー基材、石鹸原料、皮革の柔軟剤などとして利用可能である。
【実施例】
【0025】
次に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約されるものではない。
【0026】
実 施 例 1
アブラソコムツ(ワックス分を約18質量%含有)から、皮、骨および内蔵を除去した切り身を、それぞれ2mm目サイズの挽肉と、筋原繊維レベルの細かさにまで処理した。これらに、3倍量の水を加え、7kPa減圧下で20分間処理し、浮上した脂質を3000rpmで連続遠心分離機により分離した。
【0027】
遠心処理後の魚肉分について、その脂質量を測定すると、2mm目の挽肉で2.8質量%、筋原繊維レベルの細かさの場合は、0.8質量%であった。
【0028】
なお分離した脂質分は、水面上に層をなして漂うため、その厚みが3mm以上にならないよう順次除去することが必要である。
【0029】
実 施 例 2
実施例1で得られた脂質分について、その物性を調べた。まず、外観は、少し黄色くなった液状で透明であった。この脂質分には、多少の魚臭のような生臭臭はあったが、これは活性炭で簡単に脱臭できた。
【0030】
この活性炭で脱臭した脂質分を、50℃の温度で1カ月間保持する虐待試験の結果では、色調、臭気とも変化は見られなかった。この脱臭した脂質分を、人の皮膚に塗布して見たところ、伸展が良く、ベタツキ感もなく、時間が経過しても臭気は発生しなかった。
【0031】
更に、この脂質分について、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によりその組成を分析してみると、下表1のとおりであり、人の皮脂に25%含まれている人皮脂ワックスの組成に近似していることが分かった。具体的には、人の脂肪酸部分にはC16:1が多いが、本脂質分の脂肪酸部分には、C18:1が多かった。一方、植物ホホバワックスの脂肪酸部分にはC20:1が多いので、これより本発明の脂質分が化粧品用脂質原料として優れた特性を持っていると判断できる。
【0032】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明方法によれば、いままで利用されていなかった深海魚、特にワックス成分の不消化問題から生食販売が禁止されていたアブラソコムツやバラムツから効果的に未変性の脂質成分を得ることができる。また、これらの魚類に限られず、既に利用されていたオレンジラフィー類からも未変性の脂質成分を得ることが可能となる。
【0034】
そして得られた本発明の脂質分は、これを部分水素添加すれば粘性が増加し、更に水添程度を増せば固体化するので、例えば、低温10℃から液状から固体までの物性特性を得ることができ、前記した化粧品、医薬品、化成品等の他、食品潤滑油等種々のが用途に利用することができる。
【0035】
また、その原料として魚肉を利用すれば、副生物として魚肉の晒し肉(すり身)が得られるため、経済性も高く、従って水産業における、未利用漁業資源の用途開発に大きく資することができる。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂質含量の高い魚類の魚体を、水の存在下で減圧処理し、流出する脂質成分をそれ以外の部分と分離することを特徴とする脂質成分の分離製造方法。
【請求項2】
油脂分含量の高い魚類の魚体が、アブラソコムツ、バラムツ、ハダカイワシ類、オレンジラフィー類およびサメ類からなる群より選ばれた魚類の魚体である請求項1記載の脂質成分の分離製造方法。
【請求項3】
脂質含量の高い魚類の魚体として、皮、骨および内蔵を除去した魚肉部分のみを利用する請求項1または2記載の脂質成分の分離製造方法。
【請求項4】
減圧処理が、1〜70kPaの減圧で行われる請求項1ないし3の何れかの項記載の脂質成分の分離製造方法。


【公開番号】特開2012−162640(P2012−162640A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−23688(P2011−23688)
【出願日】平成23年2月7日(2011.2.7)
【出願人】(511033140)
【出願人】(511033151)
【出願人】(511033173)
【出願人】(511033210)
【出願人】(511033184)
【Fターム(参考)】