説明

鯉の新型穴あき病の予防方法

【課題】 非定型Aeromonas salmonicidaに対する抗体を利用して鯉の新型穴あき病を予防できるようにした方法を提供する。
【解決手段】 鯉の新型穴あき病の病原体である非定型Aeromonas salmonicidaに特異的に結合する抗体を、鯉が生息する水中に散布し、鯉の体表を覆うように周囲に抗体を豊富に存在させ、病原菌の付着を阻害させる。また、水中に存在する病原菌に抗体が直接作用してその感染性を損失させ、水平感染も防ぐこともできる。
また、大規模な養殖池のように、飼育水中に抗体を常時散布することが困難な場合には、鯉の新型穴あき病の病原体である非定型Aeromonas salmonicidaに特異的に結合する抗体を、飼料に添加して鯉に給餌する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は鯉の新型穴あき病の予防方法に関し、特に抗体を使用して疾病の予防ができるようにした方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鯉の新型穴あき病(以下、「本疾病」ともいう)は錦鯉の体幹部や鰭、口唇部、鰓蓋などの体表に潰瘍患部を形成する致死性の高い細菌性疾病である。本疾病は鯉の当歳魚から大型魚まで幅広い成長段階の個体で感染が見られ、その病状の進行は速く、従来の穴あき病とは異なり、昇温処理では治療が困難であるといった特徴がある。
【0003】
また、本疾病の原因菌である非定型Aeromonas salmonicidaはフロルフェニコールやニフルスチレン酸ナトリウム、スルフィソゾールなどに感受性があり、これらの化学療法剤を用いて治療を行うこともできる。ただし、治療には時間がかかり、また病状がある程度進行すると治療が困難となる場合が多い。
【0004】
本疾病はまた伝染力が強く、飼育施設に病魚が存在すれば水を介して容易に感染が拡大する。本疾病に対する有効なワクチンは未だ開発されておらず、病魚の隔離や感染魚の持ち込みを防ぐ以外に本疾病を予防する有効な方法はない。
【0005】
このような予防が困難な魚類の感染症に対し、病原体に特異性を有する抗体を鶏卵や蚕を利用して生産し、飼料に混ぜて投与することが提案されている(特許文献1、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平01−168246号公報
【特許文献2】特開平08−80163号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
鯉の新型穴あき病は治療が困難で、より効果的でかつ容易な予防方法の確立が望まれている。魚類の感染症の予防方法として、特許文献1および特許文献2のように抗体を利用した受動免疫の有効性が示された例はあるが、鯉の新型穴あき病に関しては記載示唆されていない。病原体の侵入門戸、増殖部位、病原性発揮のメカニズムは病原体それぞれによって異なり、又宿主の感染防御機構も魚種によって異なるため、受動免疫法は全ての魚種および感染症に適用できるものではない。
従って、本疾病への受動免疫法の応用については容易に予測できるものではなく、事実、本疾病の原因が特定されてから10年以上を経過しているが、本疾病の対処法として受動免疫の可能性について検討された例は皆無であった。
【0008】
本発明はかかる状況において、非定型Aeromonas salmonicidaに対する特異抗体を用いて、鯉の新型穴あき病を予防するようにした鯉の新型穴あき病の予防方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る鯉の新型穴あき病の予防方法は、非定型Aeromonas salmonicidaに特異的に結合する抗体を、鯉が生息する水中に散布するようにしたことを特徴とする鯉の新型穴あき病の予防方法。
【0010】
また、本発明に係る鯉の新型穴あき病の予防方法は、非定型Aeromonas salmonicidaに特異的に結合する抗体を、飼料に添加して鯉に給餌するようにしたことを特徴とする。
【0011】
本件発明者は以下に示す知見より、本疾病に対する受動免疫法の有効性を実験的に明らかにし、本発明を完成させた。
【0012】
本発明の特徴の1つは鯉の生息する水中に抗体を投入するようにした点にある。本疾病の原因菌は主に体表に付着感染し、病巣を形成する。そのため鯉の体表を覆うように周囲に抗体が豊富に存在すれば、本菌の付着阻害が期待できる。また、水中に存在する病原菌に抗体が直接作用してその感染性を損失させ、水平感染も防ぐことができる。
【0013】
一方、大規模な養殖池のように、飼育水中に抗体を常時散布することが困難な場合には、抗体を飼料に混ぜて与えることにより、適宜鯉に抗体を取り込ませることができる。
【0014】
抗体の製造は公知の方法で行うことができる。例えば、抗原を動物に噴霧したり、抗原を含む水又は飼料を経口的に与える、あるいは抗原を筋肉、皮下、皮内又は静脈に注射する。こうして動物に抗原を2〜3回程度繰り返し投与し、その動物の血清を回収する。またはマウスなどではモノクローナル抗体を作製してもよい。鳥類の場合は免疫した個体が産出した卵そのものを使用するか、又は卵黄より抗体を抽出する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】鶏卵中の非定型Aeromonas salmonicidaIgY抗体の量の変化を示す図である。
【図2】全卵粉末の非定型Aeromonas salmonicidaIgY抗体のELISA値を示す図である。
【図3】飼育水中に全卵粉末添加した試験期間中における累積死亡率を示す図である。
【図4】抗体添加飼料を鯉に与えた試験期間中の累積死亡率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を具体例に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0017】
〔抗原の調製〕
非定型Aeromonas salmonicidaT1031株をハートインヒュージョンブイヨン(日水製薬)で20°C、48時間振盪培養し、さらに1%ホルマリンで48時間処理を行い不活化させた。不活化菌体は遠心分離により集菌し、1%ホルマリンを含むリン酸緩衝液(PBS)に懸濁させ、使用まで4°Cで保存した。
【0018】
〔抗体の調製〕
産卵鶏への免疫は以下のようにして行った。得られた不活化菌体を湿菌量100mg/mlとなるようにPBSを加えて調製し、以下に示すアジュバントと等量混合したものを産卵鶏(ごとうもみじ)の胸筋内に0.25mlずつ接種した。初回免疫時にはフロイント完全アジュバントとのエマルジョンを用い、追加接種時にはフロイント不完全アジュバントを使用した。追加接種は2週おきに2回実施し、最終免疫の2〜4週目まで採卵を行った。得られた417.2gの全卵液は凍結乾燥法により粉末化し、非定型Aeromonas salmonicidaに対する鶏卵抗体(全卵粉末)104.3gを得た。
【0019】
〔抗体量の測定と反応性の確認〕
鶏卵抗体の定量は酵素免疫測定法(ELISA)によって行った。ELISAには、不活化前の菌量として2.5×107CFU相当のホルマリン死菌を各ウェルにコーティングした96ウェルプレート(Nunc)を用いた。二次抗体にはアルカリフォスファターゼ標識抗ニワトリIgYウサギ抗体(IgG、Sigma Aldrich)を用い、p−ニトロフェニルリン酸により発色させ、405nmの吸光度を測定することにより抗体量を求めた。鶏卵中の抗体量の変化を図1に、全卵粉末のELISA値を図2に示す。
【実施例2】
【0020】
[抗体の水中添加による感染予防効果の確認]
平均魚体重5gの錦鯉(紅白)を水槽(飼育水2L)に13尾ずつ収容し、エアレーションを行いつつ上記で作製した全卵粉末を500mg/mlとなるように飼育水に添加し、20°C、1時間放置した。全卵粉末無添加の試験区を対照区とした。また非免疫の全卵粉末も上記と同濃度となるように添加した試験区も用意した。その後、4×107CFU/mlとなるように非定型Aeromonas salmonicidaT1031株生菌を添加し、20°Cで1時間浸漬した。その後、試験区ごとに別水槽(60L水槽)に収容し、鯉用飼料(直径1.7〜2mm)を与えて20°Cで23日間飼育した。
【0021】
試験期間中の累積死亡率を図3に示す。対照区では感染17日目までに累積死亡率が100%となり、また非免疫の全卵粉末を添加した区でも試験終了時には死亡率が76.9%に達した。死亡魚には病状の程度の差はあるものの、ほぼ例外なく体表に潰瘍が形成された。一方、免疫鶏由来の全卵粉末を添加した試験区では死亡率が23.1%に止まった。以上の結果から、特異抗体を予め水中に添加することにより、本疾病の予防ができることを確認した。
【実施例3】
【0022】
[抗体添加飼料の感染予防効果]
平均魚体重5gの錦鯉(紅白)を水槽(60L)に16尾ずつ収容し、全卵粉末を0.5〜5%添加した鯉用飼料(直径1.7〜2mm)を7日間、給餌率は2%となるように与えた。全卵粉末を含まない飼料を与えた区を対照区とした。全卵粉末は飼料にフィード油を2%(w/w)添加後に所定量を加えて吸着させた。事前給餌終了後、供試魚は別水槽(飼育水2L)に移し、4×107CFU/mlとなるように非定型Aeromonas salmonicidaT1031株生菌を添加し、20°Cで1時間浸漬した。その後、試験区ごとに元の水槽に収容し、各試験区用の飼料を与えて20°Cで27日間飼育した。
【0023】
試験期間中の累積死亡率を図4に示す。対照区の死亡率は87.5%であったのに対し、5%添加飼料区では23.5%、1%区では37.5%、0.5%区では43.5%となり、粉末添加区の方が低い死亡率となった。以上の結果から、特異抗体を含む飼料を鯉に給餌させることにより、本疾病の予防ができることを確認した。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
非定型Aeromonas salmonicidaに特異的に結合する抗体を、鯉が生息する水中に散布するようにしたことを特徴とする鯉の新型穴あき病の予防方法。
【請求項2】
非定型Aeromonas salmonicidaに特異的に結合する抗体を、飼料に添加して鯉に給餌するようにしたことを特徴とする鯉の新型穴あき病の予防方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−158562(P2012−158562A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−20403(P2011−20403)
【出願日】平成23年2月2日(2011.2.2)
【出願人】(595111228)株式会社キョーリン (5)
【Fターム(参考)】