説明

麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定方法及び泡持ち判定用マーカー

【課題】麦芽発酵飲料の泡持ちを直接測定することなく、麦芽発酵飲料又はその発酵前原料液若しくは発酵中原料液に含まれる所定のタンパク質の濃度から泡持ちの良さを判定可能とすること。麦芽発酵飲料の泡持ち判定用マーカーを提供すること。
【解決手段】本発明は、麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定方法であって、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵中原料液の酵母チオレドキシン濃度(M)を泡持ちに対する負の要因とし、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のプロテインZ濃度(M)を泡持ちに対する正の要因として、泡持ちの良さを判定する判定方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定方法及び泡持ち判定用マーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
ビール等の麦芽発酵飲料の泡は、薄い液体の膜に包まれた炭酸ガスの気泡の集合体であり、気が抜けたり、香味が変化したりするのを防ぐ蓋の役目をするほか、香り立ちを向上させる働きがある。このため、麦芽発酵飲料の泡持ちは、麦芽発酵飲料の品質を判断する重要な要素の1つとされ、麦芽発酵飲料の泡持ちを良くするための研究がされている。
【0003】
麦芽発酵飲料の泡持ちの良さは、20℃の麦芽発酵飲料を泡注ぎ出し機で標準グラスに注いで生じる泡の高さが30mm降下するのに要する時間(秒)を判定基準とし、この時間(秒)のことをNIBEM値と呼んでいる。
【0004】
これまでに、大麦に含まれるLTP−1やホルデインが麦芽発酵飲料の泡持ちに関与するタンパク質として報告されている(非特許文献1及び2)。
【0005】
最近では、ゲノム情報を基にタンパク質を網羅的に解析するプロテオミクスを利用した研究が行われており、麦芽発酵飲料の原料となる大麦においては、麦芽特性と二次元電気泳動パターンとを比較して、標的とする麦芽特性に関与するタンパク質を絞り込む試みがなされている(非特許文献3〜5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Bamforthら、2004年、J. Sci. Food Agric.、84巻、p.1001−1004
【非特許文献2】Van Nieropら、2004年、J. Agric. Food. Chem.、52巻、p.3120−3129
【非特許文献3】Ostergaardら、2004年、Proteomics、4巻、p.2437−2447
【非特許文献4】Sass Bak−Jensenら、2004年、Proteomics、4巻、p.728−742
【非特許文献5】FinnieとSvensson、2004年、Proc. 9th International Barley Genetics Symposium、p.431−436
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定基準であるNIBEM値は、温度、天候、さらには人為的な要因が大きく影響するため、異なる条件で測定されたNIBEM値を相互に比較して泡持ちの良さを判定することは困難である。
【0008】
また、大麦中のLTP−1やホルデインは、麦芽発酵飲料の泡持ちに関連することが報告されているが、NIBEM値との相関関係については明らかとされておらず、泡持ちを判定する汎用性のあるマーカーとして実用化されるには至っていない。
【0009】
さらに、大麦においてもプロテオミクス研究は推進されているが、麦芽発酵飲料の泡持ちに関連する新たなタンパク質は見出されていない。
【0010】
そこで、本発明の目的は、麦芽発酵飲料の泡持ちを直接測定することなく、麦芽発酵飲料又はその発酵前原料液若しくは発酵中原料液に含まれる所定のタンパク質の濃度から泡持ちの良さを判定可能とすることにある。本発明の目的はまた、麦芽発酵飲料の泡持ち判定用マーカーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明は、麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定方法であって、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵中原料液の酵母チオレドキシン濃度(M)を泡持ちに対する負の要因とし、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のプロテインZ濃度(M)を泡持ちに対する正の要因として、泡持ちの良さを判定する判定方法を提供する。
【0012】
本発明者らは、プロテオミクスをツールとしてビール中のタンパク質を網羅的に解析し、NIBEM値の高い泡持ちの良いビールでは、酵母チオレドキシン濃度が低く、プロテインZ濃度及びBarley dimeric alpha−amylase inhibitor(以下、BDAI−1)濃度が高いことを明らかにした。さらに、酵母チオレドキシン濃度及びプロテインZ濃度とNIBEM値との重相関関係を統計的に解析した結果、これらの濃度を麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定に利用できることを見出した。
【0013】
上記判定方法では、麦芽発酵飲料等の酵母チオレドキシン濃度及びプロテインZ濃度を測定すれば、NIBEM値を測定することなく泡持ちの良さを判定することができる。また、酵母チオレドキシン濃度及びプロテインZ濃度の測定は、温度、天候、さらには人為的な要因の影響を排除して行うことができるため、NIBEM値の測定と比べて汎用性があり、かつ、正確な泡持ちの良さの判定を実現できる。
【0014】
上記判定方法は、酵母チオレドキシン濃度(M)に負の係数を乗じたものと、プロテインZ濃度(M)に正の係数を乗じたものとの総和が大きい方の麦芽発酵飲料を泡持ちが良い麦芽発酵飲料であると判定することが好ましい。
【0015】
この総和は、a−b×M+c×M(但し、aは正の数、負の数又は0であり、b及びcは正の数である。)として算出することがより好ましく、NIBEM値と比例関係にある値として麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定に使用できる。
【0016】
さらに上記a、b及びcは、M及びMを変数としたときの、麦芽発酵飲料のNIBEM値を予測する重回帰式の偏回帰係数であることが好ましい。
【0017】
この場合には、NIBEM値測定用の専用装置及び標準グラス等を使用してNIBEM値を直接測定することなく、酵母チオレドキシン濃度(M)及びプロテインZ濃度(M)からNIBEM値を予測することが可能となる。また、この判定方法で測定した泡持ちの良さは、既に従来法で測定されたNIBEM値と比較することもできる。
【0018】
上記判定方法は、さらに、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のBDAI−1濃度(M)を泡持ちに対する正の要因として、泡持ちの良さを判定することが好ましい。
【0019】
麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵中原料液の酵母チオレドキシン濃度、及び麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のプロテインZ濃度に、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のBDAI−1濃度を泡持ちに対する正の要因として加えれば、麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定をより正確に行うことができる。
【0020】
上記判定方法は、酵母チオレドキシン濃度(M)に負の係数を乗じたものと、プロテインZ濃度(M)及びBDAI−1濃度(M)に正の係数をそれぞれ乗じたものとの総和が大きい方の麦芽発酵飲料を泡持ちが良い麦芽発酵飲料であると判定することが好ましく、この総和は、a−b×M+c×M+d×M(但し、aは正の数、負の数又は0であり、b、c及びdは正の数である。)として算出することがより好ましい。
【0021】
さらにa、b、c及びdは、M、M及びMを変数としたときの、麦芽発酵飲料のNIBEM値を予測する重回帰式の偏回帰係数であることが好ましい。
【0022】
この場合には、NIBEM値測定用の専用装置及び標準グラスを使用してNIBEM値を直接測定することなく、酵母チオレドキシン濃度(M)、プロテインZ濃度(M)及びBDAI−1濃度(M)からより正確にNIBEM値を予測することが可能となり、既に従来法で測定されたNIBEM値と比較することもできる。
【0023】
また本発明は、酵母チオレドキシンからなる、麦芽発酵飲料の泡持ち判定用マーカーを提供する。
【0024】
酵母チオレドキシンは、麦芽発酵飲料の泡持ちに対して負の要因として捉えることができ、麦芽発酵飲料の酵母チオレドキシン濃度を高めると麦芽発酵飲料の泡持ちは悪くなるため、泡持ち判定用マーカーとして利用でき、泡持ちの良い麦芽発酵飲料に使用する酵母系統の選抜マーカーとしても使用できる。
【0025】
また本発明は、BDAI−1からなる、麦芽発酵飲料の泡持ち判定用マーカーを提供する。
【0026】
BDAI−1は、麦芽発酵飲料の泡持ちに対して正の要因として捉えることができ、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のBDAI−1濃度を高めると麦芽発酵飲料の泡持ちは良くなるため、泡持ち判定用マーカーとして利用でき、泡持ちの良い麦芽発酵飲料に使用する大麦品種の選抜マーカーとしても使用できる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、NIBEM値を直接測定することなく泡持ちの良さの判定をすることができ、NIBEM値を予測することもできる。また、本発明の泡持ちの良さの判定方法は、温度、天候、さらには人為的な要因の影響を排除して行うことができるため、NIBEM値の測定と比べて汎用性があり、かつ、正確な泡持ちの良さの判定を実現できる。
【0028】
さらに本発明の泡持ち判定用マーカーは、泡持ちの良い麦芽発酵飲料に使用する酵母系統の選抜マーカー又は大麦品種の選抜マーカーとして使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】泡持ちの良いビールと泡持ちの悪いビールとの間でスポット濃度に有意な差が認められ、泡持ちの良いビールで濃度が高かったプロテインZのスポットを示す二次元電気泳動の写真である。
【図2】泡持ちの良いビールと泡持ちの悪いビールとの間でスポット濃度に有意な差が認められ、泡持ちの良いビールで濃度が低かった酵母チオレドキシンのスポットを示す二次元電気泳動の写真である。
【図3】泡持ちの良いビールと泡持ちの悪いビールとの間でスポット濃度に有意な差が認められ、泡持ちの良いビールで濃度が高かったBDAI−1のスポットを示す二次元電気泳動の写真である。
【図4】NIBEM値を目的変数とし、プロテインZ濃度及び酵母チオレドキシン濃度を説明変数として用いた場合のNIBEM予測値とNIBEM実測値との関係を示したグラフである。
【図5】NIBEM値を目的変数とし、プロテインZ濃度、酵母チオレドキシン濃度及びBDAI−1濃度を説明変数として用いた場合のNIBEM予測値とNIBEM実測値との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下に、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0031】
本発明の判定方法は、麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定方法であって、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵中原料液の酵母チオレドキシン濃度(M)を泡持ちに対する負の要因とし、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のプロテインZ濃度(M)を泡持ちに対する正の要因として、泡持ちの良さを判定することを特徴とする。
【0032】
本明細書における「泡持ち」とは、麦芽発酵飲料をグラスに注いだときに生じる泡が消えるまでに要する時間のことをいい、「泡持ちが良い」とは、この時間が長いことを意味し、「泡持ちが悪い」とはこの時間が短いことを意味する。また、「泡持ちの良さ」とは、泡持ちが良い又は悪いといった泡持ちの程度のことであって、対象とする麦芽発酵飲料と泡持ちを比較するときの基準のことである。「泡持ちの良さの判定方法」とは、複数の麦芽発酵飲料の泡持ちを比較して泡持ちの良し悪しを判定することをいう。
【0033】
「麦芽発酵飲料」とは、麦芽を原料に用いて醸造した飲料のことをいい、例えば、ビール、発泡酒又は原料に麦芽を含有する雑酒が挙げられる。ビールとは、麦芽、ホップ及び水を原料として発酵させたもの又は麦芽、ホップ、水及び麦その他の政令で定める物品(麦、米、とうもろこし、こうりゃん、ばれいしょ、でんぷん、糖類、又は財務省で定める苦味料若しくは着色料)を原料として発酵させたものであって、麦芽使用率が2/3以上のものをいい、発泡酒とは、麦芽又は麦を原料の一部とした酒類で発泡性を有する酒類であって、麦芽使用率が2/3未満のものをいう。
【0034】
「麦芽発酵飲料の発酵前原料液」とは、麦芽から麦汁を得る途中の仕込工程から麦汁を得るまでの間の原料液若しくは煮沸前の麦汁、又は、麦汁を煮沸し、引き続き冷却し、酵母を投入する前の冷麦汁ができるまでの間の麦汁若しくは冷麦汁のことをいう。「麦芽発酵飲料の発酵中原料液」とは、上記冷麦汁に酵母を投入した後、発酵工程を経て麦芽発酵飲料となるまでの全ての発酵液のことをいう。
【0035】
「酵母チオレドキシン」とは、種々の酵素のジスルフィド結合を酸化還元し、その酵素の活性を調節するタンパク質であり、酵母から麦芽発酵飲料中に溶出される酵母由来のタンパク質である(NCBI Accession NP_011725)。
【0036】
麦芽発酵飲料の酵母チオレドキシン濃度(M)は、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、二次元電気泳動で分画したタンパク質を染色して得られる染色領域(以下、スポット)の画像解析、プロテインチップによる解析、アフィニティークロマトグラフィーによる定量分析等によって測定できる。
【0037】
ELISA法又はウエスタンブロッティング法で使用する抗酵母チオレドキシン抗体は、発酵に使用する酵母の酵母チオレドキシンを特異的に認識できる抗体であればよく、例えば、酵母チオレドキシンのアミノ酸配列を基に合成したペプチドを抗原として使用し、ウサギやマウス等に免疫して作成できる。
【0038】
また、二次元電気泳動で分画したタンパク質を染色して得られるスポットの画像解析では、酵母チオレドキシンのスポットを画像化し、その単位面積当たりの染色度合いを数値化し(例えば、ピクセル強度)、この数値を酵母チオレドキシンのスポット全体について合計することで、酵母チオレドキシンの濃度を算出できる。
【0039】
また、「プロテインZ」とは、大麦の種子又はビール中に存在するセリンプロテアーゼインヒビターであり、プロテインZ4とプロテインZ7の2種類のタンパク質を合わせたもののことをいう。プロテインZ4(NCBI Accession CAA66232)とプロテインZ7(NCBI Accession CAA64599)は、いずれも大麦セリンプロテアーゼインヒビターのサブファミリーの一員であり、両者のアミノ酸配列は、約73%の相同性を有している。
【0040】
麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のプロテインZ濃度(M)は、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、二次元電気泳動で分画したタンパク質を染色して得られるスポットの画像解析、プロテインチップによる解析、アフィニティークロマトグラフィーによる定量分析等によって測定できる。
【0041】
ELISA法又はウエスタンブロッティング法で使用する抗プロテインZ抗体は、発酵に使用する大麦のプロテインZ4及び7の双方を認識できる抗体が好ましく、例えば、プロテインZ4及び7のアミノ酸配列の共通領域を基に合成したペプチドを抗原として使用し、ウサギやマウス等に免疫して作成できる。プロテインZ4及び7の双方を認識できる抗体が入手できない場合には、プロテインZ4のみを特異的に認識する抗体でプロテインZ4を定量し、プロテインZ7のみを特異的に認識する抗体で、プロテインZ7を定量し、これらの総和からプロテインZの濃度を見積もってもよい。
【0042】
また二次元電気泳動で分画したタンパク質を染色して得られるスポットの画像解析では、プロテインZのスポットを画像化し、その単位面積当たりの染色度合いを数値化し(例えば、ピクセル強度)、この数値をプロテインZのスポット全体について計算することで、プロテインZの濃度を算出できる。
【0043】
上記判定方法は、酵母チオレドキシン濃度(M)に負の係数を乗じたものと、プロテインZ濃度(M)に正の係数を乗じたものとの総和が大きい方の麦芽発酵飲料を泡持ちが良い麦芽発酵飲料であると判定することが好ましく、例えば、この総和を、a−b×M+c×M(但し、aは正の数、負の数又は0であり、b及びcは正の数である。)として算出できる。このa、b及びcは、M及びMを変数としたときの、麦芽発酵飲料のNIBEM値を予測する重回帰式の偏回帰係数であれば、さらに好ましく使用できる。
【0044】
麦芽発酵飲料のNIBEM値を予測する重回帰式の偏回帰係数は、NIBEM値を測定した複数の麦芽発酵飲料等について、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵中原料液の酵母チオレドキシン濃度(M)及び麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のプロテインZ濃度(M)を測定し、各麦芽発酵飲料のNIBEM値を目的変数とし、上記酵母チオレドキシン濃度(M)及びプロテインZ濃度(M)をそれぞれ説明変数として重回帰式分析をすれば求めることができる。
【0045】
また、上記判定方法は、さらに、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のBDAI−1濃度(M)を泡持ちに対する正の要因として、泡持ちの良さを判定することが好ましい。
【0046】
「BDAI−1」とは、Barley dimeric alpha−amylase inhibitorのことであり(NCBI Accession CAA08836)、大麦由来のα−amylaseを阻害しないが、昆虫由来のα−amylaseを阻害することが知られている(Menaら、1992年、Plant Mol. Biol.、20巻、p.451−458)。
【0047】
麦芽発酵飲料のBDAI−1濃度(M)は、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、二次元電気泳動で分画したタンパク質を染色して得られるスポットの画像解析、プロテインチップによる解析、アフィニティークロマトグラフィーによる定量分析等によって測定できる。
【0048】
ELISA法又はウエスタンブロッティング法で使用する抗BDAI−1抗体は、発酵に使用する麦芽又は大麦のBDAI−1を特異的に認識できる抗体であればよく、例えば、BDAI−1のアミノ酸配列を基に合成したペプチドを抗原として使用し、ウサギやマウス等に免疫して作成できる。
【0049】
また、二次元電気泳動で分画したタンパク質を染色して得られるスポットの画像解析では、BDAI−1のスポットを画像化し、その単位面積当たりの染色度合いを数値化し(例えば、ピクセル強度)、この数値をBDAI−1のスポット全体について合計することで、BDAI−1の濃度を算出できる。
【0050】
上記判定方法は、酵母チオレドキシン濃度(M)に負の係数を乗じたものと、プロテインZ濃度(M)及びBDAI−1濃度(M)に正の係数をそれぞれ乗じたものとの総和が大きい方の麦芽発酵飲料を泡持ちが良い麦芽発酵飲料であると判定することが好ましく、例えば、この総和を、a−b×M+c×M+d×M(但し、aは正の数、負の数又は0であり、b、c及びdは正の数である。)として算出できる。上記a、b、c及びdは、M、M及びMを変数としたときの、麦芽発酵飲料のNIBEM値を予測する重回帰式の偏回帰係数であれば、さらに好ましく使用できる。
【0051】
麦芽発酵飲料のNIBEM値を予測する重回帰式の偏回帰係数は、NIBEM値を測定した複数の麦芽発酵飲料について、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵中原料液の酵母チオレドキシン濃度(M)、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のプロテインZ濃度(M)及びBDAI−1濃度(M)を測定し、各麦芽発酵飲料のNIBEM値を目的変数とし、上記酵母チオレドキシン濃度(M)、プロテインZ濃度(M)及びBDAI−1濃度(M)を説明変数として重回帰式分析をすれば求めることができる。
【0052】
また、本発明の泡持ち判定用マーカーは、酵母チオレドキシン又はBDAI−1からなることを特徴とする。
【0053】
「泡持ち判定用マーカー」とは、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液中での濃度がNIBEM値と相関性を示すタンパク質のことをいい、麦芽発酵飲料の泡持ちの良さを判定又は予測するために指標となるタンパク質のことをいう。これまで、酵母チオレドキシン及びBDAI−1が、麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定に利用できることについては全く知られていなかった。
【0054】
酵母チオレドキシンは、麦芽発酵飲料の泡持ちに対して負の要因として捉えることができ、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵中原料液の酵母チオレドキシン濃度を高めると麦芽発酵飲料の泡持ちは悪くなるため、泡持ち判定用マーカーとして利用でき、泡持ちの良い麦芽発酵飲料に使用する酵母系統の選抜マーカーとしても使用できる。一方、BDAI−1は、麦芽発酵飲料の泡持ちに対して正の要因として捉えることができ、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のBarley dimeric alpha−amylase inhibitor(BDAI−1)濃度を高めると麦芽発酵飲料の泡持ちは良くなるため、泡持ち判定用マーカーとして利用でき、泡持ちの良い麦芽発酵飲料に使用する大麦品種の選抜マーカーとしても使用できる。
【0055】
酵母チオレドキシンは、発酵に使用した酵母から麦芽発酵飲料中に溶出され、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、二次元電気泳動で分画したタンパク質を染色して得られるスポットの画像解析、プロテインチップによる解析、アフィニティークロマトグラフィーによる定量分析等によって測定できる。
【0056】
また、BDAI−1は、麦芽又は大麦から麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液中に溶出され、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、二次元電気泳動で分画したタンパク質を染色して得られるスポットの画像解析、プロテインチップによる解析、アフィニティークロマトグラフィーによる定量分析等によって測定できる。
【実施例】
【0057】
本発明を以下の実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0058】
(実施例1)ビールの泡持ちに影響を与えるタンパク質の同定
泡持ちの良いビールに含まれるタンパク質及び泡持ちの悪いビールに含まれるタンパク質をそれぞれ二次元電気泳動で分画し、ゲル中のタンパク質を銀染色することにより検出される各染色領域(以下、スポット)の画像解析を行い、泡持ちの良いビールと泡持ちの悪いビールとの間で含有濃度に有意な差が認められたタンパク質を質量解析により同定した。以下に詳細に記載する。
【0059】
まず、泡持ちの良いビール(NIBEM値275〜321)及び泡持ちの悪いビール(NIBEM値238〜254)をそれぞれ脱気し、Bradford法でタンパク質濃度を定量後、このうち3mLをMiliQ水で平衡化したPD−10カラム(アマシャムバイオサイエンス社)にアプライし、4mLのMiliQ水で溶出することにより脱塩した。こうして得られた脱塩後の各ビールサンプルを、再度Bradford法でタンパク質濃度を定量し、全量をそれぞれ凍結乾燥した。
【0060】
その後、凍結乾燥した各ビールサンプルは、ローディングバッファー(8M尿素、2% CHAPS、0.28%DTT)に溶解し、各ビールサンプル中に含有されるタンパク質(100μg)を二次元電気泳動で分画した。二次元電気泳動は、Multiphor IIシステム(アマシャムバイオサイエンス社)を用い、同社のプロトコルに従って行った。
【0061】
二次元電気泳動後には、分画されたゲル中のタンパク質をアマシャムバイオサイエンス社のSilver Staining Kit,Proteinを用いて銀染色した。但し、泡持ちの良いビールと泡持ちの悪いビールとの間で含有濃度に大きな差が認められたスポットを質量解析する際には、和光社の銀染色MSキットを用いて銀染色した。
【0062】
銀染色後のゲルは、Image Master 2−D platinum(アマシャムバイオサイエンス社)で画像解析した。各スポットのタンパク質濃度(以下、スポット濃度)は、まず、デンシトメーターを用いて各スポットの染色の程度をvol%を単位として定量し、この値にBradford法で定量した脱塩前のビールサンプルのタンパク質濃度を乗じて算出した。
【0063】
画像解析によって、泡持ちの良いビールと泡持ちの悪いビールとの間でスポット濃度に大きな差が認められたスポットについては、質量分析を行うためにゲルからゲルスポット切り出し、銀染色MSキット(和光社)に添付されている脱色液に浸漬することにより脱色した。脱色後のゲルスポットには、Trypsinを含むトリスバッファー(pH8.0)を加え、35℃で、20時間、酵素処理した。その後、ゲルから消化後のタンパク質を溶出し、脱塩後に自然乾燥し、MALDI TOF−MS(Voyager−DE STR;Applied Biosystems社)で質量分析した。タンパク質データベースは、NCBInr及びBaEST020808を使用し、MS−Fit Searchで検索した。
【0064】
但し、酵母チオレドキンの質量分析は、脱色後のゲルスポットにLysyl endopeptidaseを含むトリスバッファー(pH8.0)を加え、35℃、3時間の酵素処理を行い、引き続き、Trypsinを加えさらに35℃、20時間の酵素処理を行い、その後のサンプル溶液をLC−MS/MS(MAGIC 2002、Michrom BiorResourses, Inc, USA)で分析することによって行った。
【0065】
その結果、泡持ちの良いビールと泡持ちの悪いビールとの間でスポット濃度に差が認められたタンパク質を同定できたが、実施例2以降で示す重回帰分析において、NIBEM値との相関関係に寄与したタンパク質は、プロテインZ、酵母チオレドキシン及びBDAI−1の3つのみであった。
【0066】
図1は、泡持ちの良いビールと泡持ちの悪いビールとの間でスポット濃度に有意な差が認められ、泡持ちの良いビールで濃度が高かったプロテインZのスポットを示す二次元電気泳動の写真である。図2は、泡持ちの良いビールと泡持ちの悪いビールとの間でスポット濃度に有意な差が認められ、泡持ちの良いビールで濃度が低かった酵母チオレドキシンのスポットを示す二次元電気泳動の写真である。図3は、泡持ちの良いビールと泡持ちの悪いビールとの間でスポット濃度に有意な差が認められ、泡持ちの良いビールで濃度が高かったBDAI−1のスポットを示す二次元電気泳動の写真である。
【0067】
(実施例2)NIBEM値を目的変数とし、泡持ちの良いビールと泡持ちの悪いビールとの間でスポット濃度に有意な差が認められたタンパク質を説明変数として用いた場合の重回帰分析
市販されている10種類の麦芽発酵飲料(ビール、発泡酒)のNIBEM値と、実施例1で同定したタンパク質の各麦芽発酵飲料中での濃度をそれぞれ測定し、各麦芽発酵飲料のNIBEM値と各タンパク質の濃度との間における単回帰分析を行ったところ有意な相関関係は認められなかった。
【0068】
そこで、上記タンパク質のうちの2つの濃度を説明変数として用いた場合の重回帰分析を行った。
【0069】
NIBEM値は、HAFFMANS社のNIBEM−T装置、INPACK2000及びNIBEM値測定用の標準グラスを用いて測定した。具体的には、上記の麦芽発酵飲料をそれぞれ20℃の状態にし、泡注ぎ出し機により炭酸ガスを用いて標準グラスに注ぎ出し、生じた泡の高さの降下をNIBEM−T装置で追尾し、NIBEM値を測定した。NIBEM値は、泡の高さが30mm降下するのに要した時間(秒)とした。
【0070】
各タンパク質の濃度は、実施例1で記載したように、10種類の麦芽発酵飲料に含有されるタンパク質を二次元電気泳動で分画し、銀染色後のゲルをImage Master 2−D platinumで画像解析し、目的とするタンパク質のスポットの染色の程度(単位はvol%)をデンシトメーターで測定し、この値にBradford法で定量した各麦芽発酵飲料のタンパク質濃度を乗じて算出した。
【0071】
その結果、NIBEM値を目的変数とし、プロテインZ濃度及び酵母チオレドキシン濃度を説明変数とした場合にのみ危険率1%で有意な相関関係が認められた。重回帰式は、NIBEM値=229.93+(−0.9238×酵母チオレドキシン濃度)+(0.0040×プロテインZ濃度)となり、標準化した重回帰式は、NIBEM値=(−0.689×酵母チオレドキシン濃度)+(0.641×プロテインZ濃度)となった(補正R=0.709)。
【0072】
図4は、NIBEM値を目的変数とし、プロテインZ濃度及び酵母チオレドキシン濃度を説明変数として用いた場合のNIBEM予測値とNIBEM実測値との関係を示したグラフである。
【0073】
以上の結果より、プロテインZ及び酵母チオレドキシンは、麦芽発酵飲料の泡持ち判定用マーカーとして使用でき、酵母チオレドキシン濃度を泡持ちに対する負の要因とし、プロテインZ濃度を泡持ちに対する正の要因として、泡持ちの良さを判定できることが明らかとなった。
【0074】
次に、NIBEM値を目的変数とし、プロテインZ濃度及び酵母チオレドキシン濃度に、実施例1で同定したタンパク質の濃度を説明変数にさらに加えて、重回帰分析を行った。
【0075】
その結果、NIBEM値を目的変数とし、プロテインZ濃度、酵母チオレドキシン濃度及びBDAI−1濃度を説明変数とした場合にのみ危険率1%で有意な相関関係が認められた。重回帰式は、NIBEM値=196.74+(−0.9299×酵母チオレドキシン濃度)+(0.0057×プロテインZ濃度)+(0.1169×BDAI−1濃度)となり、標準化した重回帰式は、NIBEM値=(−0.694×酵母チオレドキシン濃度)+(0.895×プロテインZ濃度)+(0.441×BDAI−1濃度)となった(補正R=0.856)。
【0076】
図5は、NIBEM値を目的変数とし、プロテインZ濃度、酵母チオレドキシン濃度及びBDAI−1濃度を説明変数として用いた場合のNIBEM予測値とNIBEM実測値との関係を示したグラフである。
【0077】
以上の結果より、BDAI−1についても麦芽発酵飲料の泡持ち判定用マーカーとして使用でき、酵母チオレドキシン濃度を泡持ちに対する負の要因とし、プロテインZ濃度及びBDAI−1濃度を泡持ちに対する正の要因として、泡持ちの良さを判定できることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
麦芽発酵飲料の泡持ちの良さの判定方法であって、
前記麦芽発酵飲料又は前記麦芽発酵飲料の発酵中原料液の酵母チオレドキシン濃度(M)を前記泡持ちに対する負の要因とし、
前記麦芽発酵飲料又は前記麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のプロテインZ濃度(M)を前記泡持ちに対する正の要因として、
前記泡持ちの良さを判定する判定方法。
【請求項2】
前記酵母チオレドキシン濃度(M)に負の係数を乗じたものと、前記プロテインZ濃度(M)に正の係数を乗じたものとの総和が大きい方の麦芽発酵飲料を泡持ちが良い麦芽発酵飲料であると判定する、請求項1記載の判定方法。
【請求項3】
前記総和を、
a−b×M+c×M
(但し、aは正の数、負の数又は0であり、b及びcは正の数である。)
として算出する、請求項2記載の判定方法。
【請求項4】
前記a、b及びcは、前記M及びMを変数としたときの、麦芽発酵飲料のNIBEM値を予測する重回帰式の偏回帰係数である、請求項3記載の判定方法。
【請求項5】
さらに、前記麦芽発酵飲料又は前記麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液のBarley dimeric alpha−amylase inhibitor(BDAI−1)濃度(M)を前記泡持ちに対する正の要因として、
前記泡持ちの良さを判定する、請求項1記載の判定方法。
【請求項6】
前記酵母チオレドキシン濃度(M)に負の係数を乗じたものと、前記プロテインZ濃度(M)及び前記Barley dimeric alpha−amylase inhibitor(BDAI−1)濃度(M)に正の係数をそれぞれ乗じたものとの総和が大きい方の麦芽発酵飲料を泡持ちが良い麦芽発酵飲料であると判定する、請求項5記載の判定方法。
【請求項7】
前記総和を、
a−b×M+c×M+d×M
(但し、aは正の数、負の数又は0であり、b、c及びdは正の数である。)
として算出する、請求項6記載の判定方法。
【請求項8】
前記a、b、c及びdは、前記M、M及びMを変数としたときの、麦芽発酵飲料のNIBEM値を予測する重回帰式の偏回帰係数である、請求項7記載の判定方法。
【請求項9】
酵母チオレドキシンからなる、麦芽発酵飲料の泡持ち判定用マーカー。
【請求項10】
Barley dimeric alpha−amylase inhibitor(BDAI−1)からなる、麦芽発酵飲料の泡持ち判定用マーカー。

【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−169695(P2010−169695A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−99654(P2010−99654)
【出願日】平成22年4月23日(2010.4.23)
【分割の表示】特願2007−57637(P2007−57637)の分割
【原出願日】平成19年3月7日(2007.3.7)
【出願人】(303040183)サッポロビール株式会社 (150)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)