説明

黒色めっき鋼板

【課題】黒色外観の保持性および加工性に優れる黒色めっき鋼板を提供すること。
【解決手段】黒色めっき鋼板は、Al:1.0〜22.0質量%、Mg:1.5〜10.0質量%を含み、Al/Zn/ZnMgの三元共晶組織を含む溶融Al、Mg含有Znめっき層を有する。溶融Al、Mg含有Znめっき層の表面側の厚み20%の部分において、Zn相は酸素原子を1質量%以上含有し、Al相は酸素原子を10質量%以上含有し、ZnMg相は酸素原子を5質量%以上含有する。溶融Al、Mg含有Znめっき層表面の明度は、L値で60以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒色めっき鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
建築物の屋根材や外装材、家電製品、自動車などの分野では、意匠性などの観点から黒色の外観を有する鋼板のニーズが高まっている。鋼板の表面を黒色化する方法としては、鋼板の表面に黒色塗料を塗布して黒色塗膜を形成する方法がある。しかしながら、上記の分野では、耐食性の観点から溶融Znめっきや溶融Al含有Znめっき、溶融Al、Mg含有Znめっきなどのめっきを施しためっき鋼板が使用されることが多く、これらのめっき鋼板の表面は金属光沢のある銀白色の色調を有している。したがって、黒色塗料の塗布により意匠性の高い黒色外観を得るためには、塗膜を厚くして下地色を隠蔽しなければならず、塗装コストが高くなってしまう。また、このように塗膜を厚くすると、スポット溶接などの抵抗溶接を行うことができなくなってしまうという問題もある。
【0003】
黒色塗膜を形成せずに、めっき鋼板の金属光沢および銀白色の色調を遮蔽する方法としては、めっき層そのものを黒色化する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1には、溶融Al含有Znめっき鋼板を高温多湿の雰囲気で水蒸気処理して、めっき層表層に薄い黒色皮膜を形成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭64−56881号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の黒色めっき鋼板は、黒色外観の保持性に劣るという問題があった。すなわち、特許文献1に記載の黒色めっき鋼板では、めっき層の表層にのみ黒色皮膜を形成しているため、黒色皮膜が少し削られただけで下層の銀白色のめっき層が露出してしまい、実用的ではなかった。
【0006】
特許文献1に記載の技術において、黒色外観の保持性を向上させるためには、めっき層全体を黒色化することが考えられる。しかしながら、特許文献1に記載の技術において、めっき層全体を黒色化してしまうと、めっき層が脆化してしまうため、めっき層の密着性が低下するとともに、めっき鋼板の耐食性も低下してしまう(特許文献1、471ページ左上欄8〜11行目、右上欄14〜19行目参照)。
【0007】
以上のように、従来の黒色めっき鋼板では、黒色外観の保持性と加工性(めっき層の密着性)とを両立させることはできなかった。
【0008】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、黒色外観の保持性と加工性の両方に優れる黒色めっき鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、Al/Zn/ZnMgの三元共晶組織を含むめっき層を有する溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を原板として使用し、かつこのめっき鋼板を105℃以上の水蒸気で処理することで、上記課題を解決できることを見出し、さらに検討を加えて本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の黒色めっき鋼板に関する。
[1]Al:1.0〜22.0質量%、Mg:1.5〜10.0質量%を含み、Al/Zn/ZnMgの三元共晶組織を含む溶融Al、Mg含有Znめっき層を有し;前記めっき層の表面側の厚み20%の部分において、Zn相は酸素原子を1質量%以上含有し、Al相は酸素原子を10質量%以上含有し、ZnMg相は酸素原子を5質量%以上含有し;前記めっき層表面の明度は、L値で60以下である、黒色めっき鋼板。
[2]前記酸素原子は、Znの酸化物もしくは水酸化物、Alの酸化物もしくは水酸化物、またはMgの酸化物もしくは水酸化物の酸素原子である、[1]に記載の黒色めっき鋼板。
[3]前記溶融Al、Mg含有Znめっき層の上に無機系皮膜をさらに有する、[1]または[2]に記載の黒色めっき鋼板。
[4]前記無機系皮膜は、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの酸素酸塩、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのリン酸塩およびバルブメタルのフッ化物からなる群から選ばれる1種類または2種類以上の化合物を含む、[3]に記載の黒色めっき鋼板。
[5]前記バルブメタルは、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、W、SiおよびAlからなる群から選ばれる1種類または2種類以上の金属である、[4]に記載の黒色めっき鋼板。
[6]前記溶融Al、Mg含有Znめっき層の上に有機系樹脂皮膜をさらに有する、[1]に記載の黒色めっき鋼板。
[7]前記有機系樹脂皮膜に含まれる有機樹脂は、エーテル系ポリオールおよびエステル系ポリオールからなるポリオールとポリイソシアネートとを反応させて得られるウレタン樹脂であり;前記ポリオール中の前記エーテル系ポリオールの割合は、5〜30質量%である、[6]に記載の黒色めっき鋼板。
[8]前記有機系樹脂皮膜は、多価フェノールをさらに含む、[7]に記載の黒色めっき鋼板。
[9]前記有機系樹脂皮膜は、潤滑剤を含む、[6]〜[8]のいずれか一項に記載の黒色めっき鋼板。
[10]前記有機系樹脂皮膜は、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの酸素酸塩、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのリン酸塩およびバルブメタルのフッ化物からなる群から選ばれる1種類または2種類以上の化合物を含む、[6]〜[9]のいずれか一項に記載の黒色めっき鋼板。
[11]前記バルブメタルは、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、W、SiおよびAlからなる群から選ばれる1種類または2種類以上の金属である、[10]に記載の黒色めっき鋼板。
[12]前記有機系樹脂皮膜は、ラミネート層または塗布層である、[6]〜[11]のいずれか一項に記載の黒色めっき鋼板。
[13]前記有機系樹脂皮膜は、クリア塗膜である、[6]〜[12]のいずれか一項に記載の黒色めっき鋼板。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、意匠性に優れた黒色の外観を有し、かつ黒色外観の保持性、加工性および耐食性に優れる黒色めっき鋼板を提供することができる。本発明により製造される黒色めっき鋼板は、意匠性、黒色外観の保持性、加工性および耐食性に優れているため、例えば建築物の屋根材や外装材、家電製品、自動車などに使用されるめっき鋼板として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】水蒸気に接触させる前の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板のめっき層の断面を示す電子顕微鏡写真
【図2】水蒸気に接触させた後の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板のめっき層の断面を示す電子顕微鏡写真
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.黒色めっき鋼板
本発明の黒色めっき鋼板は、基材鋼板と、溶融Al、Mg含有Znめっき層(以下「めっき層」ともいう)とを有する。本発明の黒色めっき鋼板は、さらに、めっき層の上に無機系皮膜または有機系樹脂皮膜を有していてもよい。
【0014】
本発明の黒色めっき鋼板は、1)めっき層の表面側の厚み20%の部分において、Zn相が酸素原子を1質量%以上含有しており、Al相が酸素原子を10質量%以上含有しており、ZnMg相が酸素原子を5質量%以上含有していること、および2)めっき層表面の明度がL値で60以下であることを一つの特徴とする。めっき層表面の明度(L値)は、分光型色差計を用いて測定される。
【0015】
[基材鋼板]
基材鋼板の種類は、特に限定されない。たとえば、基材鋼板としては、低炭素鋼や中炭素鋼、高炭素鋼、合金鋼などからなる鋼板を使用することができる。良好なプレス成形性が必要とされる場合は、低炭素Ti添加鋼、低炭素Nb添加鋼などからなる深絞り用鋼板が基材鋼板として好ましい。
【0016】
[溶融Al、Mg含有Znめっき層]
溶融Al、Mg含有Znめっき層は、Al/Zn/ZnMgの三元共晶組織を含む。Al/Zn/ZnMgの三元共晶組織を形成している各相(Al相、Zn相およびZnMg相)は、それぞれ不規則な大きさおよび形状をしており、互いに入り組んでいる(図1参照)。三元共晶組織中のAl相は、Al−Zn−Mgの三元系平衡状態図における高温でのAl”相(Znを固溶するAl固溶体であり、少量のMgを含む)に由来するものである。この高温でのAl”相は、常温では通常は微細なAl相と微細なZn相に分離して現れる。三元共晶組織中のZn相は、少量のAlを固溶し、場合によってはさらにMgを固溶するZn固溶体である。三元共晶組織中のZnMg相は、Zn−Mgの二元系平衡状態図におけるZnが約84質量%の点付近に存在する金属間化合物相である。
【0017】
三元共晶組織を含む溶融Al、Mg含有Znめっき層は、例えば、Al:1.0〜22.0質量%、Mg:1.5〜10.0質量%、残部:Znおよび不可避不純物からなる。また、基材鋼板とめっき層との密着性を向上させるために、基材鋼板とめっき層との界面におけるAl−Fe合金層の成長を抑制できるSiを0.005〜2.0質量%の範囲で添加してもよい。さらに、外観および耐食性に悪影響を与えるZn11Mg相の生成および成長を抑制するために、Ti、B、Ti−B合金、Ti含有化合物またはB含有化合物を添加してもよい。これらの化合物の添加量は、Tiが0.001〜0.1質量%の範囲内となるように、Bが0.001〜0.045質量%の範囲内となるように設定することが好ましい。TiまたはBを過剰量添加すると、めっき層に析出物を成長させるおそれがある。
【0018】
上記組成のめっき層を有する溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板は、溶融Al含有Znめっき鋼板よりも耐食性に優れている。また、上記組成のめっき層では、Zn、AlおよびMgがAl/Zn/ZnMgの三元共晶組織として存在している。
【0019】
めっき層のAl含有量は1.0〜22.0質量%の範囲内が好ましく、Mg含有量は1.5〜10.0質量%の範囲内が好ましい。Al含有量およびMg含有量が上記範囲から外れた場合、水蒸気に接触させた後のめっき層の密着性が低下してしまう。
【0020】
めっき層の厚みは、特に限定されないが、1〜100μmの範囲内が好ましい。めっき層の厚みが1μm未満の場合、取り扱い時に基材鋼板に到達するキズが入りやすくなるため、黒色外観の保持性および耐食性が低下するおそれがある。一方、めっき層の厚みが100μm超の場合、圧縮を受けた際のめっき層と基材鋼板の延性が異なるため、加工部においてめっき層と基材鋼板とが剥離してしまうおそれがある。
【0021】
前述の通り、本発明の黒色めっき鋼板は、めっき層の表面側の厚み20%の部分において、Zn相が酸素原子を1質量%以上含有しており、Al相が酸素原子を10質量%以上含有しており、ZnMg相が酸素原子を5質量%以上含有していることを一つの特徴とする。ここで「めっき層の表面側の厚み20%の部分」とは、例えばめっき層の厚みが10μmの場合の、表面側の厚み2μmの部分を意味する。めっき層の各部位における酸素原子の含有量は、エネルギー分散形X線分光器(EDX)を用いて測定することができる。
【0022】
各相に含まれる酸素原子は、Zn、Al、Mgの酸化物または水酸化物の状態で存在していると考えられる。本発明の黒色めっき鋼板において、めっき層が黒色の色調を有するメカニズムは不明であるが、一つの仮説としては、めっき層中に存在する酸素欠乏型の欠陥構造を有するZn、Al、Mgの酸化物または水酸化物(例えば、ZnO1−x)が黒色の色調を有するためと推察される(内田幸夫ほか,「Zn−Al系合金溶融めっき鋼板の黒変皮膜」,鉄と鋼(日本鉄鋼協会会誌),第72年第8号,1013〜1020ページ;甲田満ほか,「Zn−4%Al系溶融めっき鋼板の黒変化機構およびその抑制法」,日新製鋼技報,第63号,77〜88ページ参照)。
【0023】
上記の通り、本発明の黒色めっき鋼板では、Zn、Al、Mgの酸化物および/または水酸化物が黒色の色調を付与していると考えられる。このZn、Al、Mgの酸化物および/または水酸化物が、めっき層の表層(例えば、めっき層の表面側の厚み5%の部分)にのみ存在する場合は、めっき層の表層のみが黒色の色調を有することになる。このようにめっき層の表層のみが黒色化した黒色めっき鋼板は、黒色化した表層部分が少し削られただけでその下に位置する銀白色の部分が露出してしまい、黒色外観の保持性に劣るため、好ましくない。したがって、黒色外観の保持性を十分に確保するためには、めっき層の表面側の少なくとも厚み20%の部分において、Zn、Al、Mgの酸化物および水酸化物が十分に存在すること、すなわち、Zn相が酸素原子を1質量%以上含有しており、Al相が酸素原子を10質量%以上含有しており、ZnMg相が酸素原子を5質量%以上含有していることが好ましい。
【0024】
[無機系皮膜および有機系樹脂皮膜]
Zn、Al、Mgの酸化物および/または水酸化物を含む溶融Al、Mg含有Znめっき層の表面には、無機系皮膜または有機系樹脂皮膜が形成されていてもよい。無機系皮膜および有機系樹脂皮膜は、黒色めっき鋼板の耐食性や耐カジリ性(黒色外観の保持性)などを向上させる。
【0025】
(無機系皮膜)
無機系皮膜は、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの酸素酸塩、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのリン酸塩およびバルブメタルのフッ化物からなる群から選ばれる1種類または2種類以上の化合物(以下「バルブメタル化合物」ともいう)を含むものが好ましい。バルブメタル化合物を含ませることで、環境負荷を小さくしつつ、優れたバリア作用を付与することができる。バルブメタルとは、その酸化物が高い絶縁抵抗を示す金属をいう。バルブメタルとしては、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、W、SiおよびAlからなる群から選ばれる1種類または2種類以上の金属が挙げられる。バルブメタル化合物としては公知のものを用いてよい。
【0026】
また、バルブメタルの可溶性フッ化物を無機系皮膜に含ませることで、自己修復作用を付与することができる。バルブメタルのフッ化物は、雰囲気中の水分に溶け出した後、皮膜欠陥部から露出しているめっき鋼板の表面に難溶性の酸化物または水酸化物となって再析出し、皮膜欠陥部を埋める。無機系皮膜にバルブメタルの可溶性フッ化物を含ませるには、無機系塗料にバルブメタルの可溶性フッ化物を添加してもよいし、バルブメタル化合物とは別に(NH)Fなどの可溶性フッ化物を添加してもよい。
【0027】
無機系皮膜は、さらに可溶性または難溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩を含んでいてもよい。可溶性のリン酸塩は、無機系皮膜から皮膜欠陥部に溶出し、めっき鋼板の金属と反応して不溶性リン酸塩となることで、バルブメタルの可溶性フッ化物による自己修復作用を補完する。また、難溶性のリン酸塩は、無機系皮膜中に分散して皮膜強度を向上させる。可溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩に含まれる金属の例には、アルカリ金属、アルカリ土類金属、Mnが含まれる。難溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩に含まれる金属の例には、Al、Ti、Zr、Hf、Znが含まれる。
【0028】
(有機系樹脂皮膜)
有機系樹脂皮膜を構成する有機樹脂は、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、オレフィン系樹脂、スチレン系樹脂、ポリエステル系樹脂、アクリル系樹脂、フッ素系樹脂、またはこれらの樹脂の組み合わせ、あるいはこれらの樹脂の共重合体または変性物などである。これらの柔軟性のある有機樹脂を用いることで、黒色めっき鋼板を成形加工する際にクラックの発生を抑制することができ、耐食性を向上させることができる。また、有機系樹脂皮膜にバルブメタル化合物を含ませる場合に、バルブメタル化合物を有機系樹脂皮膜(有機樹脂マトリックス)中に分散させることができる(後述)。
【0029】
有機系樹脂皮膜は、潤滑剤を含むものが好ましい。潤滑剤を含ませることで、耐カジリ性を向上させることができる。潤滑剤の種類は、特に限定されず、公知のものから選択すればよい。潤滑剤の例には、フッ素系やポリエチレン系、スチレン系などの有機ワックス、二硫化モリブデンやタルクなどの無機潤滑剤が含まれる。
【0030】
有機系樹脂皮膜は、無機系皮膜と同様に、前述のバルブメタル化合物を含むものが好ましい。バルブメタル化合物を含ませることで、環境負荷を小さくしつつ、優れたバリア作用を付与することができる。
【0031】
また、有機系樹脂皮膜は、無機系皮膜と同様に、さらに可溶性または難溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩を含んでいてもよい。可溶性のリン酸塩は、有機系樹脂皮膜から皮膜欠陥部に溶出し、めっき鋼板の金属と反応して不溶性リン酸塩となることで、バルブメタルの可溶性フッ化物による自己修復作用を補完する。また、難溶性のリン酸塩は、有機系樹脂皮膜中に分散して皮膜強度を向上させる。
【0032】
有機系樹脂皮膜がバルブメタル化合物やリン酸塩を含む場合、通常は、めっき鋼板と有機系樹脂皮膜との間に界面反応層が形成される。界面反応層は、有機系塗料に含まれるフッ化物またはリン酸塩とめっき鋼板に含まれる金属またはバルブメタルとの反応生成物であるフッ化亜鉛、リン酸亜鉛、バルブメタルのフッ化物、リン酸塩などからなる緻密層である。界面反応層は、優れた環境遮蔽能を有し、雰囲気中の腐食性成分がめっき鋼板に到達することを妨げる。一方、有機系樹脂皮膜では、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのフッ化物、リン酸塩などの粒子が有機樹脂マトリックス中に分散している。バルブメタルの酸化物などの粒子は、有機樹脂マトリックス中に三次元的に分散しているため、有機樹脂マトリックスを浸透してきた水分などの腐食性成分を捕捉することができる。その結果、有機系樹脂皮膜は、界面反応層に到達する腐食性成分を大幅に減少することができる。これら有機系樹脂皮膜および界面反応層により、優れた防食効果が発揮される。
【0033】
たとえば、有機系樹脂皮膜は、柔軟性に優れるウレタン系樹脂を含むウレタン系樹脂皮膜である。ウレタン系樹脂皮膜を構成するウレタン系樹脂は、ポリオールとポリイソシアネートを反応させることで得られるが、ウレタン系樹脂皮膜を形成した後に、黒色の色調を付与するために水蒸気処理を行う場合、ポリオールは、エーテル系ポリオール(エーテル結合を含むポリオール)およびエステル系ポリオール(エステル結合を含むポリオール)を所定の割合で組み合わせて使用することが好ましい。
【0034】
ポリオールとしてエステル系ポリオールのみを使用してウレタン系樹脂皮膜を形成した場合、ウレタン系樹脂中のエステル結合が水蒸気によって加水分解されてしまうため、耐食性を十分に向上させることができない。一方、ポリオールとしてエーテル系ポリオールのみを使用してウレタン系樹脂皮膜を形成した場合、めっき鋼板との密着性が十分ではなく、耐食性を十分に向上させることができない。これに対し、本発明者らは、エーテル系ポリオールおよびエステル系ポリオールを所定の割合で組み合わせて使用することで、両者の長所を活かし、かつ短所を補い合わせて、めっき鋼板の耐食性を顕著に向上させうることを見出した。これによれば、ウレタン系樹脂皮膜を形成した後に、黒色の色調を付与するために水蒸気処理を行っても(後述)、ウレタン系樹脂皮膜による耐食性の向上効果を維持することができる。すなわち、黒色の色調を有し、かつ耐食性に優れた黒色めっき鋼板を製造することができる。
【0035】
エーテル系ポリオールの種類は、特に限定されず、公知のものから適宜選択すればよい。エーテル系ポリオールの例には、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリンのエチレンオキサイドまたはプロピレンオキサイド付加物のような直鎖状ポリアルキレンポリオールなどが含まれる。
【0036】
エステル系ポリオールの種類も、特に限定されず、公知のものから適宜選択すればよい。たとえば、エステル系ポリオールとしては、二塩基酸および低分子ポリオールを反応させて得られる、分子鎖中にヒドロキシ基を有する線状ポリエステルを使用できる。二塩基酸の例には、アジピン酸、アゼライン酸、ドデカン二酸、ダイマー酸、イソフタル酸、ヘキサヒドロ無水フタル酸、テレフタル酸、ジメチルテレフタレート、イタコン酸、フマル酸、無水マレイン酸、または前記各酸のエステル類が含まれる。
【0037】
エーテル系ポリオールおよびエステル系ポリオールからなるポリオール中におけるエーテル系ポリオールの割合は、5〜30質量%の範囲内であることが好ましい。エーテル系ポリオールの割合が5質量%未満である場合、エステル系ポリオールの比率が過剰に増加するため、ウレタン系樹脂皮膜が加水分解されやすくなり、耐食性を十分に向上させることができないおそれがある。一方、エーテル系ポリオールの割合が30質量%超である場合、エーテル系ポリオールの比率が過剰に増加するため、めっき鋼板との密着性が低下し、耐食性を十分に向上させることができないおそれがある。
【0038】
ポリイソシアネートの種類は、特に限定されず、公知のものから適宜選択すればよい。たとえば、ポリイソシアネートとして、芳香族環を有するポリイソシアネート化合物を使用することができる。芳香族環を有するポリイソシアネート化合物の例には、ヘキサメチレンジイソシアネート、o−、m−またはp−フェニレンジイソシアネート、2,4−または2,6−トリレンジイソシアネート、芳香族環が水素添加された2,4−または2,6−トリレンジイソシアネート、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート、3,3’−ジメチルー4,4’−ビフェニレンジイソシアネート、ω,ω’−ジイソシアネート−1,4−ジメチルベンゼン、ω,ω’−ジイソシアネート−1,3−ジメチルベンゼンなどが含まれる。これらは、単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0039】
上記のウレタン系樹脂皮膜は、多価フェノールをさらに含んでいることが好ましい。ウレタン系樹脂皮膜が多価フェノールを含む場合、めっき鋼板と多価フェノールとの界面に、これらを強固に密着させる多価フェノールの濃化層が形成される。したがって、ウレタン系樹脂皮膜に多価フェノールを配合することで、ウレタン系樹脂皮膜の耐食性をさらに向上させることができる。
【0040】
多価フェノールの種類は、特に限定されず、公知のものから適宜選択すればよい。多価フェノールの例には、タンニン酸、没食子酸、ハイドロキノン、カテコール、フロログルシノールが含まれる。また、ウレタン系樹脂皮膜中の多価フェノールの配合量は、0.2〜30質量%の範囲内が好ましい。多価フェノールの配合量が0.2質量%未満である場合、多価フェノールの効果を十分に発揮させることができない。一方、多価フェノールの配合量が30質量%超である場合、塗料の安定性が低下するおそれがある。
【0041】
有機系樹脂皮膜は、塗布層であってもよいし、ラミネート層であってもよい。また、有機系樹脂皮膜は、黒色めっき鋼板の黒色外観を生かす観点からは、クリア塗膜であることが好ましい。
【0042】
本発明の黒色めっき鋼板では、黒色の色調を付与すると考えられる成分(Zn、Al、Mgの酸化物および/または水酸化物)が、めっき層の表面だけでなく内部にも存在する。したがって、本発明の黒色めっき鋼板は、めっき層の表面が削れても黒色の外観を維持することができ、黒色外観の保持性に優れている。
【0043】
また、本発明の黒色めっき鋼板では、黒色の色調を付与すると考えられる成分(Zn、Al、Mgの酸化物および/または水酸化物)が、1つの皮膜を形成することなくめっき層中に分散している。したがって、本発明の黒色めっき鋼板は、めっき層の密着性が低下することはなく、加工性に優れている。もちろん、本発明の黒色めっき鋼板は、通常の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板と同様の優れた耐食性も有している。
【0044】
また、本発明の黒色めっき鋼板は、塗膜を形成していないため、通常の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板と同様にスポット溶接をすることも可能である。
【0045】
本発明の黒色めっき鋼板の製造方法は特に限定されないが、本発明の黒色めっき鋼板は例えば以下の方法により製造されうる。
【0046】
2.黒色めっき鋼板の製造方法
本発明の黒色めっき鋼板の製造方法は、1)溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を準備する第1のステップと、2)溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を水蒸気に接触させる第2のステップとを有する。さらに、任意のステップとして、第2のステップの前または後に3)溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板の表面に無機系皮膜または有機系樹脂皮膜を形成するステップを有していてもよい。
【0047】
[第1のステップ]
第1のステップでは、前述のAl/Zn/ZnMgの三元共晶組織を含むめっき層を有する溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を準備する。
【0048】
三元共晶組織を含むめっき層を有する溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板は、例えばAlが1.0〜22.0質量%、Mgが1.5〜10.0質量%、残部が実質的にZnの合金めっき浴を用いた溶融めっき法で製造されうる。このようにすることで、Al:1.0〜22.0質量%、Mg:1.5〜10.0質量%、残部:Znおよび不可避不純物からなり、三元共晶組織を含むめっき層を形成することができる。
【0049】
[第2のステップ]
第2のステップでは、第1のステップで準備しためっき鋼板を水蒸気に接触させて、めっき層を黒色化する(酸化処理)。この工程により、めっき層中にZn、Al、Mgの酸化物および水酸化物が生成され、めっき層表面の明度(L値)を60以下にまで低下させることができる。
【0050】
めっき鋼板を水蒸気に接触させる際の水蒸気の温度は、105℃以上が好ましく、105〜350℃の範囲内がより好ましい。水蒸気の温度が105℃未満の場合、めっき層の表層部分のみ黒色化され、黒色外観の保持性を十分に向上させることができない。一方、水蒸気の温度が350℃超の場合、めっき層の組成が変化して、めっき鋼板の耐食性および密着性が低下してしまうおそれがある。
【0051】
めっき鋼板を水蒸気に接触させる際の水蒸気の相対湿度は、30%〜100%の範囲内が好ましい。すなわち、めっき鋼板に接触させる105℃以上の水蒸気は、相対湿度100%未満の加熱水蒸気であってもよいし、相対湿度100%の飽和水蒸気であってもよい。水蒸気の相対湿度が30%未満の場合、十分に黒色化するためには水蒸気に接触させる時間を長くしなければならなくなり、生産性が低下してしまう。
【0052】
めっき鋼板を水蒸気に接触させる際の水蒸気の気圧は、特に限定されず、常圧(大気圧)であってもよいし、加圧されていてもよい。常圧(大気圧)下において、所定の温度および相対湿度に調整された水蒸気をめっき鋼板に吹き付けた場合、吐出口とめっき鋼板との距離や周辺温度に応じて水蒸気の温度および相対湿度が変化してしまうおそれがある。このような問題を回避するためには、所定の温度および相対湿度に調整された密閉容器中において、めっき鋼板を水蒸気に接触させることが好ましい。
【0053】
めっき鋼板を水蒸気に接触させる時間は、水蒸気の温度や相対湿度、めっき層の組成などに応じて適宜設定すればよい。たとえば、めっき層中のMgの含有量が多いほど、短時間でめっき層を黒色化することができる。通常、105〜350℃、相対湿度30〜100%の水蒸気をめっき鋼板に0.017〜120時間程度接触させることで、めっき層表面の明度(L値)を60以下にまで低下させることができる。
【0054】
上述のように、めっき鋼板を水蒸気に接触させると、めっき層の黒色化に寄与すると思われるZn、Al、Mgの酸化物および水酸化物がめっき層中に生成されるが、めっき層中のZn、Al、Mgの酸化物および水酸化物が過剰に生成されると、めっき鋼板の耐食性が低下してしまうおそれがある。一方、めっき層中のZn、Al、Mgの酸化物および水酸化物の生成量が過少量の場合は、めっき層を十分に黒色化することができない。
【0055】
したがって、水蒸気に接触させる前のめっき層表層の酸化物または水酸化物のモル数に対する、水蒸気に接触させた後のめっき層表層の酸化物または水酸化物のモル数の比率が、以下の範囲内となるように、過熱水蒸気の温度や相対湿度、気圧、処理時間などを調整することが好ましい。酸化物または水酸化物の比率を以下の範囲内とすることで、耐食性を維持しつつ、めっき層を十分に黒色化することができる。
Zn(O/O):60〜2700
Al(O/O):50〜200
Mg(O/O):40〜240
Zn(OH/OH):7〜270
Al(OH/OH):8〜20
Mg(OH/OH):10〜90
【0056】
ここで、[Zn(O/O)]は、水蒸気に接触させる前のめっき層表層のZnの酸化物のモル数[Zn(O)]に対する、水蒸気に接触させた後のめっき層表層のZnの酸化物のモル数[Zn(O)]の比率を意味する。また、[Zn(OH/OH)]は、水蒸気に接触させる前のめっき層表層のZnの水酸化物のモル数[Zn(OH)]に対する、水蒸気に接触させた後のめっき層表層のZnの水酸化物のモル数[Zn(OH)]の比率を意味する。Al、Mgについても同様である。また、「めっき層表層」とは、めっき層の表面から0.05〜0.10μmの部分を意味する。
【0057】
水蒸気に接触させる前後のめっき層表層の酸化物または水酸化物のモル数の比率は、飛行時間型二次イオン質量分析装置(TOF−SIMS)を用いて、めっき層の表面から鋼板側に向けて深さ方向にGaイオンを照射し、深さ0.05〜0.10μmのめっき層に含まれる酸化物および水酸化物の平均二次イオン数を測定することで算出される。
【0058】
めっき鋼板を水蒸気に接触させると、最初はめっき層の表層においてZn、Al、Mgの酸化物および水酸化物が生成され、時間の経過とともにめっき層の内部においてもZn、Al、Mgの酸化物および水酸化物が生成される。めっき鋼板を水蒸気に接触させる時間が短い場合、めっき層の表層のみにおいてZn、Al、Mgの酸化物および水酸化物が生成され、めっき層の表層のみが黒色化する。このようにめっき層の表層のみが黒色化した黒色化めっき鋼板は、黒色化した表層部分が少し削られただけでその下に位置する銀白色の部分が露出してしまい、黒色外観の保持性に劣る。
【0059】
したがって、黒色外観の保持性を十分に確保するためには、めっき層の表面側の少なくとも厚み20%の部分において、Zn、Al、Mgの酸化物および水酸化物が十分に生成されるまで、すなわち、Zn相が酸素原子を1質量%以上含有し、Al相が酸素原子を10質量%以上含有し、ZnMg相が酸素原子を5質量%以上含有するまで、めっき鋼板を水蒸気に接触させることが好ましい。
【0060】
[第3のステップ]
第2のステップの前または後に任意に行われる第3のステップでは、溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板の表面に無機系皮膜または有機系樹脂皮膜を形成する。
【0061】
無機系皮膜は、公知の方法で形成されうる。たとえば、バルブメタル化合物などを含む無機系塗料を、水蒸気に接触させる前または接触させた後の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板の表面に塗布し、水洗せずに乾燥させればよい。塗布方法の例には、ロールコート法、スピンコート法、スプレー法などが含まれる。無機系塗料にバルブメタル化合物を添加する場合は、無機系塗料中においてバルブメタル化合物が安定して存在できるように、キレート作用のある有機酸を無機系塗料に添加してもよい。有機酸の例には、タンニン酸、酒石酸、クエン酸、シュウ酸、マロン酸、乳酸および酢酸が含まれる。
【0062】
有機系樹脂皮膜も、公知の方法で形成されうる。たとえば、有機系樹脂皮膜が塗布層である場合は、有機樹脂やバルブメタル化合物などを含む有機系塗料を、水蒸気に接触させる前または接触させた後の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板の表面に塗布し、水洗せずに乾燥させればよい。塗布方法の例には、ロールコート法、スピンコート法、スプレー法などが含まれる。有機系塗料にバルブメタル化合物を添加する場合は、有機系塗料中においてバルブメタル化合物が安定して存在できるように、キレート作用のある有機酸を有機系塗料に添加してもよい。有機樹脂やバルブメタル化合物、フッ化物、リン酸塩などを含む有機系塗料をめっき鋼板の表面に塗布した場合、フッ素イオンやリン酸イオンなどの無機陰イオンとめっき鋼板に含まれる金属またはバルブメタルとの反応生成物からなる皮膜(界面反応層)がめっき鋼板の表面に優先的にかつ緻密に形成され、その上にバルブメタルの酸化物、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのフッ化物、リン酸塩などの粒子が分散した有機系樹脂皮膜が形成される。一方、有機系樹脂皮膜がラミネート層である場合は、めっき鋼板の表面にバルブメタル化合物などを含む有機樹脂フィルムを積層すればよい。
【0063】
溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を水蒸気に接触させる前に、溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板の表面に有機系樹脂皮膜を形成する場合、有機系樹脂皮膜は、前述のウレタン系樹脂皮膜であることが好ましい。ポリオールとして、エーテル系ポリオールおよびエステル系ポリオールを所定の割合で組み合わせて使用したウレタン系樹脂皮膜は、水蒸気処理を行っても耐食性の向上効果を維持することができる。したがって、第3のステップの後に第2のステップを行っても、黒色の色調を有し、かつ耐食性に優れた黒色めっき鋼板を製造することができる。
【0064】
以上の手順により、めっき層を黒色化して、黒色外観の保持性および加工性に優れる黒色めっき鋼板を製造することができる。
【0065】
本発明の製造方法は、水蒸気を用いて黒色化するため、環境に負荷をかけずに黒色めっき鋼板を製造することができる。
【実施例】
【0066】
以下、実施例を参照して本発明についてより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【0067】
[実施例1]
板厚0.8mmのSPCCを基材として、めっき層の厚みが0.8〜100μmの溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を作製した。このとき、めっき浴の組成(Zn、AlおよびMgの濃度)を変化させて、めっき層の組成がそれぞれ異なる22種類のめっき鋼板を作製した。作製した22種類のめっき鋼板のめっき浴の組成とめっき層の厚みを表1に示す。なお、めっき浴の組成とめっき層の組成は同一である。
【表1】

【0068】
図1は、No.8のめっき鋼板(後述する比較例7のめっき鋼板)のめっき層の断面を示す電子顕微鏡写真である。No.2以外のめっき鋼板では、図1に示されるように、めっき層には、Al/Zn/ZnMgの三元共晶組織および初晶Al相が形成されていた。
【0069】
作製しためっき鋼板を高温高圧湿熱処理装置(株式会社日阪製作所)内に置き、表2に示す条件でめっき層を水蒸気に接触させた。得られためっき鋼板の表面の明度(L値)を分光型色差計(TC−1800;有限会社東京電色)を用いて測定した結果を表2に示す。表2の比較例8では、水蒸気と接触させる代わりに、めっき鋼板の表面に黒色塗料を塗布した(ウレタン樹脂ベース、カーボンブラック20質量%、膜厚2μm)。
【表2】

【0070】
TOF−SIMS(TRIFT II;アルバック・ファイ株式会社)を用いて、水蒸気処理前後のめっき層表層のZn、AlおよびMgの酸化物および水酸化物のモル数の比率を測定した。具体的には、TOF−SIMSを用いて、めっき層の表面から鋼板内部に向けて深さ方向にGaイオンを照射し、試料表面から放出される二次イオンを飛行時間で質量ごとに分離し、分析深さ0.05〜0.10μmのめっき成分の酸化物および水酸化物の平均二次イオン数を測定した(一次イオン種:Ga、検出イオン種:二次イオン、一次加速電圧:15kV、ラスター領域:20×20μm、分析間隔:0.0012μm)。各めっき鋼板の測定結果を表3に示す。
【表3】

【0071】
図2は、水蒸気処理後の実施例11のめっき鋼板のめっき層の断面を示す電子顕微鏡写真である。図2において、「A」はZn相に対応する箇所を示し、「B」はAl相に対応する箇所を示し、「C」はZnMg相に対応する箇所を示す。
【0072】
めっき層の表面からめっき層の厚み20%の部位(めっき層の厚みが10μmの場合は、めっき層の表面から2μmの部位)における3つのポイント(それぞれZn相、Al相、ZnMg相に対応;図2のA、B、Cを参照)の組成を、走査型電子顕微鏡(S−4000;株式会社日立製作所)に付属のエネルギー分散形X線分光器(EDX)を用いて分析した。EDXによる分析結果を表4に示す。
【表4】

【0073】
表4から、L値が60以下の黒色化めっき鋼板(実施例1〜23、比較例2〜5)では、少なくともめっき層の表面側20%の部分において、Zn相が酸素を1質量%以上含有しており、Al相が酸素を10質量%以上含有しており、ZnMg相が酸素を5質量%以上含有していることがわかる。
【0074】
水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例1〜23、比較例1〜8)について、色調変化試験、耐食性試験、密着性試験を行った。各試験の結果を表5に示す。
【0075】
色調変化試験は、各めっき鋼板から切り出した試験片(幅30mm×長さ300mm)の両面に、紙やすり(#1000)で表面を研磨したSKD11製金型を接触させ、金型を介して50kgfの荷重を加えながら試験片を100mm/分の速度で引き抜き、引き抜き前後のめっき層表面の明度(L値)変化を測定することで行った。引き抜き前後の明度変化が5%以下の場合は「○」、5%超かつ10%以下の場合は「△」、10%超の場合は「×」と評価した。
【0076】
耐食性試験は、各めっき鋼板から切り出した試験片(幅70mm×長さ150mm)の端面にシールを施した後、JIS Z2371に準拠して35℃のNaCl水溶液を試験片に8時間噴霧することで行った。噴霧後の白錆発生面積率が5%以下の場合は「○」、5%超かつ10%以下の場合は「△」、10%超の場合は「×」と評価した。
【0077】
密着性試験は、各めっき鋼板から切り出した試験片を密着曲げ(4t)し、曲げ部についてセロハンテープ剥離試験を行うことで行った。セロハンテープ剥離後のめっき層の剥離面積率が0%(剥離なし)の場合は「◎」、0%超かつ5%未満の場合は「○」、5%以上かつ10%未満の場合は「△」、10%以上の場合は「×」と評価した。
【表5】

【0078】
表5に示されるように、比較例1のめっき鋼板は、めっき層中にMgが含有されていないため、十分に黒色化することができず、まためっき層の密着性が低下してしまった。
【0079】
また、比較例2〜5のめっき鋼板は、めっき層中のAlまたはMgの含有量が適正範囲外であるため、めっき層の密着性が低下してしまった。
【0080】
比較例6のめっき鋼板は、水蒸気の相対湿度が低く、めっき層中に酸化物および水酸化物を十分に形成できなかったため、十分に黒色化することができなかった。
【0081】
比較例7のめっき鋼板は、水蒸気に接触させていないため、まったく黒色化していなかった。
【0082】
比較例8のめっき鋼板は、黒色塗膜により黒色化しているため、金型と接触させた際に黒色外観を維持することができなかった。
【0083】
これに対し、実施例1〜23のめっき鋼板は、十分に黒色化しており、かつ黒色外観の保持性およびめっき層の密着性が良好な結果であった。
【0084】
なお、実施例2のめっき鋼板の色調変化試験の評価が「△」となっているのは、めっき層の厚みが0.8μmと薄く、加工により基材鋼板にまで到達するキズが入ったためと考えられる。
【0085】
また、実施例23のめっき鋼板の耐食性試験の結果が「×」となっているのは、水蒸気の温度が高く、めっき層中に酸化物および水酸化物が過剰に形成されたためと考えられる。
【0086】
以上のことから、本発明の黒色めっき鋼板の製造方法は、黒色外観の保持性および加工性に優れる黒色めっき鋼板を製造できることがわかる。
【0087】
[実施例2]
表1のNo.15のめっき鋼板に、表6に示す無機系化成処理液を塗布し、水洗することなく電気オーブンに入れて、到達板温が120℃となる条件で加熱乾燥して、めっき鋼板の表面に無機系皮膜を形成した。
【表6】

【0088】
無機系皮膜を形成しためっき鋼板を高温高圧湿熱処理装置内に置き、表7に示す条件でめっき層を水蒸気に接触させた。得られためっき鋼板の表面の明度(L値)を分光型色差計を用いて測定した結果を表7に示す。
【表7】

【0089】
TOF−SIMSを用いて、水蒸気処理前後のめっき層表層のZn、AlおよびMgの酸化物および水酸化物のモル数の比率を測定した。各めっき鋼板の測定結果を表8に示す。
【表8】

【0090】
めっき層の表面からめっき層の厚み20%の部位(めっき層の厚みが10μmの場合は、めっき層の表面から2μmの部位)における3つのポイント(Zn相、Al相、ZnMg相)の組成を、走査型電子顕微鏡に付属のエネルギー分散形X線分光器(EDX)を用いて分析した。EDXによる分析結果を表9に示す。
【表9】

【0091】
水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例24〜42、比較例9〜11)について、色調変化試験、耐食性試験、密着性試験を行った。色調変化試験および密着性試験は、前述の手順で行った。耐食性試験は、JIS Z2371に準拠して35℃のNaCl水溶液を試験片に24時間噴霧することで行った。各試験の結果を表10に示す。
【表10】

【0092】
表10から、無機系皮膜を形成することで、黒色めっき鋼板の耐食性およびめっき層の密着性をより向上させうることがわかる。
【0093】
[実施例3]
表2の実施例11の黒色めっき鋼板(L値:30)および比較例7のめっき鋼板(L値:93)に、表11に示す有機系化成処理液を塗布し、水洗することなく電気オーブンに入れて、到達板温が160℃となる条件で加熱乾燥して、めっき鋼板の表面に有機系樹脂皮膜を形成した。
【表11】

【0094】
有機系樹脂皮膜を形成した各めっき鋼板(実施例43〜61、比較例12〜14)について、耐食性試験を行った。耐食性試験は、JIS Z2371に準拠して35℃のNaCl水溶液を試験片に24時間噴霧することで行った。各試験の結果を表12に示す。
【表12】

【0095】
表12から、有機系樹脂皮膜を形成することで、黒色めっき鋼板の耐食性をより向上させうることがわかる。
【0096】
[実施例4]
表11に示すNo.3,4,6の有機系化成処理液にポリエチレン系ワックス(平均粒子径:1.0μm)を10g/L添加して、ワックス含有有機系化成処理液を調製した。
【0097】
表2の実施例11の黒色めっき鋼板(L値:30)および比較例7のめっき鋼板(L値:93)に、調製したワックス含有有機系化成処理液を塗布し、水洗することなく電気オーブンに入れて、到達板温が160℃となる条件で加熱乾燥して、めっき鋼板の表面に有機系樹脂皮膜を形成した。
【0098】
有機系樹脂皮膜を形成した各めっき鋼板(実施例62〜72、比較例15〜17)について、色調変化試験および耐食性試験を行った。各試験の結果を表13に示す。
【0099】
色調変化試験は、各めっき鋼板から切り出した試験片(幅30mm×長さ300mm)の両面に、紙やすり(#500)で表面を研磨したSKD11製金型を接触させ、金型を介して50kgfの荷重を加えながら試験片を100mm/分の速度で引き抜き、引き抜き前後のめっき層表面の明度(L値)変化を測定することで行った。引き抜き前後の明度変化が5%以下の場合は「○」、5%超かつ10%以下の場合は「△」、10%超の場合は「×」と評価した。
【0100】
耐食性試験は、JIS Z2371に準拠して35℃のNaCl水溶液を試験片に24時間噴霧することで行った。噴霧後の白錆発生面積率が5%以下の場合は「○」、5%超かつ10%以下の場合は「△」、10%超の場合は「×」と評価した。
【表13】

【0101】
表13から、有機系樹脂皮膜を形成することで、黒色めっき鋼板の色調変化を抑制することができ、有機系樹脂皮膜にワックスを添加することで、黒色めっき鋼板の色調変化をより抑制しうることがわかる。
【0102】
[実施例5]
表1のNo.15のめっき鋼板に、表14および表15に示す有機系化成処理液を塗布し、水洗することなく電気オーブンに入れて、到達板温が160℃となる条件で加熱乾燥して、めっき鋼板の表面に有機系樹脂皮膜(ウレタン系樹脂皮膜)を形成した。
【表14】

【表15】

有機系樹脂皮膜を形成しためっき鋼板を高温高圧湿熱処理装置内に置き、表16に示す条件でめっき層を水蒸気に接触させた。得られためっき鋼板の表面の明度(L値)を分光型色差計を用いて測定した結果を表16に示す。
【表16】

【0103】
TOF−SIMSを用いて、水蒸気処理前後のめっき層表層のZn、AlおよびMgの酸化物および水酸化物のモル数の比率を測定した。各めっき鋼板の測定結果を表17に示す。
【表17】

【0104】
めっき層の表面からめっき層の厚み20%の部位(めっき層の厚みが10μmの場合は、めっき層の表面から2μmの部位)における3つのポイント(Zn相、Al相、ZnMg相)の組成を、走査型電子顕微鏡に付属のエネルギー分散形X線分光器(EDX)を用いて分析した。EDXによる分析結果を表18に示す。
【表18】

【0105】
水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例73〜99)について、色調変化試験、耐食性試験、密着性試験を行った。色調変化試験および密着性試験は、前述の手順で行った。耐食性試験は、JIS Z2371に準拠して35℃のNaCl水溶液を試験片に36時間噴霧することで行った。噴霧後の白錆発生面積率が0%の場合は「◎」1%以上かつ5%以下の場合は「○」、5%超かつ10%以下の場合は「△」、10%超の場合は「×」と評価した。各試験の結果を表19に示す。
【表19】

【0106】
本実施例では、溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板に有機系樹脂皮膜を形成した後に、有機系樹脂皮膜を形成しためっき鋼板を水蒸気に接触させて黒色化した。この場合、有機系樹脂皮膜を形成しても耐食性を十分に向上させることができないことがある(表18;実施例86〜95参照)。これに対し、エーテル系ポリオールとエステル系ポリオールを所定の比率で組み合わせてウレタン系樹脂皮膜を形成した実施例73〜85の黒色めっき鋼板は、耐食性が十分に向上していた。
【0107】
表19から、バルブメタル化合物にウレタン樹脂を添加することで、耐食性が向上することがわかる(実施例77、78、88、89および96〜98参照)。また、ウレタン系樹脂皮膜にバルブメタル化合物およびリン酸塩の少なくとも一方を添加することで、耐食性をより向上させうることがわかる(実施例74、77、78、81および85参照)。また、ウレタン系樹脂皮膜に多価フェノールを添加することで、バルブメタル化合物またはリン酸塩を添加した場合よりも、さらに耐食性を向上させうることがわかる(実施例75、76、79および82〜84参照)。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明の黒色めっき鋼板は、意匠性、黒色外観の保持性および加工性に優れているため、例えば建築物の屋根材や外装材、家電製品、自動車などに使用されるめっき鋼板として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Al:1.0〜22.0質量%、Mg:1.5〜10.0質量%を含み、Al/Zn/ZnMgの三元共晶組織を含む溶融Al、Mg含有Znめっき層を有し、
前記めっき層の表面側の厚み20%の部分において、Zn相は酸素原子を1質量%以上含有し、Al相は酸素原子を10質量%以上含有し、ZnMg相は酸素原子を5質量%以上含有し、
前記めっき層表面の明度は、L値で60以下である、
黒色めっき鋼板。
【請求項2】
前記酸素原子は、Znの酸化物もしくは水酸化物、Alの酸化物もしくは水酸化物、またはMgの酸化物もしくは水酸化物の酸素原子である、請求項1に記載の黒色めっき鋼板。
【請求項3】
前記溶融Al、Mg含有Znめっき層の上に無機系皮膜をさらに有する、請求項1に記載の黒色めっき鋼板。
【請求項4】
前記無機系皮膜は、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの酸素酸塩、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのリン酸塩およびバルブメタルのフッ化物からなる群から選ばれる1種類または2種類以上の化合物を含む、請求項3に記載の黒色めっき鋼板。
【請求項5】
前記バルブメタルは、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、W、SiおよびAlからなる群から選ばれる1種類または2種類以上の金属である、請求項4に記載の黒色めっき鋼板。
【請求項6】
前記溶融Al、Mg含有Znめっき層の上に有機系樹脂皮膜をさらに有する、請求項1に記載の黒色めっき鋼板。
【請求項7】
前記有機系樹脂皮膜に含まれる有機樹脂は、エーテル系ポリオールおよびエステル系ポリオールからなるポリオールとポリイソシアネートとを反応させて得られるウレタン樹脂であり、
前記ポリオール中の前記エーテル系ポリオールの割合は、5〜30質量%である、
請求項6に記載の黒色めっき鋼板。
【請求項8】
前記有機系樹脂皮膜は、多価フェノールをさらに含む、請求項7に記載の黒色めっき鋼板。
【請求項9】
前記有機系樹脂皮膜は、潤滑剤を含む、請求項6に記載の黒色めっき鋼板。
【請求項10】
前記有機系樹脂皮膜は、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの酸素酸塩、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのリン酸塩およびバルブメタルのフッ化物からなる群から選ばれる1種類または2種類以上の化合物を含む、請求項6に記載の黒色めっき鋼板。
【請求項11】
前記バルブメタルは、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、W、SiおよびAlからなる群から選ばれる1種類または2種類以上の金属である、請求項10に記載の黒色めっき鋼板。
【請求項12】
前記有機系樹脂皮膜は、ラミネート層または塗布層である、請求項6に記載の黒色めっき鋼板。
【請求項13】
前記有機系樹脂皮膜は、クリア塗膜である、請求項6に記載の黒色めっき鋼板。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−82511(P2012−82511A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−182597(P2011−182597)
【出願日】平成23年8月24日(2011.8.24)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】