説明

黒色インク組成物、インクセット、インクカートリッジ、インクジェット記録方法及び記録物

【課題】 印字品質を向上させ、インクジェット記録方法により印字された印刷物の耐オゾン性を確保すると共に、ブロンズ現象の発生を抑制した黒色インク組成物を提供すること。さらに、中間Dutyにおける発色性をも確保した黒色インク組成物を提供すること。
【解決手段】 少なくとも特定の2種の黒色着色剤を混合した黒色インク組成物とする。また、さらに特定の着色剤を添加することにより、中間Dutyにおいても無彩色に近い色相を確保した黒色インク組成物を提供することができ、C.I. Direct Yellow 86を併用して添加することにより、色相調整をより精度よく行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、印字品質を向上させ、印刷物の画像堅牢性を確保すると共に、ブロンズ現象を抑制し、記録物(印刷物)の堅牢性に優れ、美麗な黒色を長期に渡って持続し得る、インクジェット記録方法に好適な黒色インク組成物と、当該黒色インク組成物を含むインクセット、当該黒色インク組成物を収容したインクカートリッジ、並びにこれらを用いたインクジェット記録方法及び記録物に関するものである。
さらに本発明は特定の補色色材を混合することによって、先の特性を維持しつつ、印刷物の色相を確保し、中間Dutyにおいても無彩色に近い黒色インク組成物と、当該黒色インク組成物を含むインクセット、当該黒色インク組成物を収容したインクカートリッジ、並びにこれらを用いたインクジェット記録方法及び記録物に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録方法は、微細なノズルヘッドからインク液滴を吐出して、文字や図形を紙などの記録媒体の表面に記録する方法である。インクジェット記録方法としては圧電素子を用いて電気信号を機械信号に変換し、ノズルヘッド部分に貯えたインク液滴を断続的に吐出して記録媒体表面に文字や記号を記録する方法や、ノズルヘッドの吐出部分に近い一部でインク液の一部を急速に加熱して泡を発生させ、その泡による体積膨張でインク液滴を断続的に吐出して、記録媒体表面に文字や記号を記録する方法などが実用化されている。
【0003】
インクジェット記録用のインクとしては、安全性や印字特性の面から各種染料を水または有機溶剤、あるいはそれらの混合液に溶解させたものが一般的であるが、万年筆やボールペンの様な筆記具用インク組成物に比較し、より厳密な条件が要求される。
【0004】
例えば、インク組成物を光沢紙等の基材上にベタ印字(100%Dutyの塗りつぶし印刷)など高Dutyで印刷を行った場合、正反射光を見ると通常白色光に見えるところが着色して見える場合や、記録媒体自体(非印字部)との反射光の相違が起こり、あたかも印字部が浮いたような印象を与える場合がある。これは一般にブロンズ現象と呼ばれる色材の凝集によるもので、印刷された印字や描画が見難くなる要因となる。この現象は特に高耐候性色材において顕著に観られる場合が多く、その改善が望まれている。
【0005】
特に黒色インクにおいては、ブロンズ現象により色相の変化と発色の低下とが引き起こされるため、画像のしまりがなくなるという問題があり、この解決が強く望まれている。
問題となる前記ブロンズ現象は、紙の表面でインク組成物が乾燥した際に、染料が結晶化することが原因とされている。そのため、前記ブロンズ現象の改善方法としては、一般的に以下のような方法が採用されている。
一つ目の方法としては、インク組成物中に、pH維持剤としてアルコールアミン類を添加する方法である。この方法は、染料の溶解性を向上させて前記ブロンズ現象を改善する方法である。
二つ目の方法としては、インク組成物の紙中への浸透力を向上させる方法である。この方法は、染料が結晶化する前に紙中にインク組成物を浸透させて前記ブロンズ現象を改善する方法である。
【0006】
しかしながら、前記一つ目の方法は、インク組成物のpHが11付近まで上昇してしまい、当該インク組成物をインクジェットプリンタに用いると、プリンタのノズルの腐食を引き起こすという問題と、近年の高耐候性色材はアルカリ環境下での保存安定性に劣るため、着色剤として高耐候性色材を用いた場合には、インク組成物の保存安定性が悪くなるという問題があった。
また、前記二つ目の方法は、紙の種類や性質によってインク組成物の浸透力が変化してしまうという問題と、インク組成物の紙中への浸透力が過剰になると、いわゆるブリード現象の発生やその他の印刷品質の低下が発生してしまうという問題があった。
【0007】
そこで、pH維持剤の添加やインク組成物の浸透力の向上に代えて、インク組成物中へのアミノ酸の添加により前記ブロンズ現象を改善することが提案されている(特許文献1及び特許文献2参照)。
しかしながら、着色剤として高耐候性色材を用いた場合には、アミノ酸の添加によるブロンズ現象抑制効果は十分ではなかった。
【0008】
【特許文献1】特開平6−25575号公報
【特許文献2】特開平7−228810号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は式1で表される着色剤と式2で表される着色剤とを混合して使用することにより上記問題点を解消し、印字品質を向上させ、インクジェット記録方法により印字された印刷物の画像堅牢性を確保すると共に、ブロンズ現象の発生を抑制し、長期間に渡って美麗に発色した黒色の状態を維持することができるインク組成物を提供することを目的とする。
また、本発明は式1で表される着色剤と式2で表される着色剤とを混合して使用することにより上記問題点を解消し、インクジェット記録方法により印字された印刷物のブロンズ現象の発生を抑制すると共に、耐光・耐オゾン性に優れ、式8で表される着色剤を配合することによって、色相を確保し、特に中間Dutyにおいても無彩色に近く、ブロンズ抑制効果が高く、長期間に渡って美麗に発色した黒色の状態を維持することができるインク組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記課題を解決するため、以下のような構成を採用した。
(1)少なくとも水と、下記式1で表される着色剤と、下記式2で表される着色剤とを含有することを特徴とする黒色インク組成物である。
【化1】

(式1中、R1は、ハロゲン原子、H、SO3M、COOMのいずれかを示し、R2及びR3はそれぞれ独立に、H、SO3M、COOMのいずれかを示し、Mは、Li又はNaを示す。ただし、R2及びR3がいずれもHである場合はない。)
[化2]
1−N=N−A2−N=N−A3 式2
(式2中、A1は下記式3又は4で表される置換基であり、A2は下記式5又は6で表される置換基であり、A3は下記式7で表される置換基である。)
【化3】

(式3中、MはLi又はNaを表す。)
【化4】

(式4中、MはLi又はNaを表す。)
【化5】

【化6】

【化7】

(式7中、MはLi又はNaを表す。)
【0011】
(2)式1で表される着色剤の含有量と式2で表される着色剤の含有量との合計が、インク組成物中の5〜8重量%である前記(1)に記載の黒色インク組成物である。
(3)式1で表される着色剤と式2で表される着色剤との配合比がが、2:1〜1:2である前記(1)又は(2)に記載の黒色インク組成物である。
(4)さらに、下記式8で表される着色剤を含有する前記(1)〜(3)のいずれか一つに記載の黒色インク組成物である。
【化8】

(式8中、MはLi又はNaを表す。)
(5)式8で表される着色剤が式8−1で表される着色剤である前記(4)に記載の黒色インク組成物である。
【化9】

(6)さらに、着色剤として、C.I. Direct Yellow 86を含有する前記(1)〜(5)のいずれか一つに記載の黒色インク組成物である。
【0012】
(7)ノニオン系界面活性剤を含有する前記(1)〜(6)のいずれか一つに記載の黒色インク組成物である。
(8)ノニオン系界面活性剤が、アセチレングリコール系界面活性剤である前記(7)に記載の黒色インク組成物である。
(9)ノニオン系界面活性剤を0.1〜5重量%含有する前記(7)又は(8)に記載の黒色インク組成物である。
(10)さらに、浸透促進剤を含有する前記(1)〜(9)のいずれか一つに記載の黒色インク組成物である。
(11)浸透促進剤がグリコールエーテル類である前記(10)に記載の黒色インク組成物である。
(12)インク組成物調整直後の20℃におけるpHが7.0〜8.5である前記(1)〜(11)のいずれか一つに記載の黒色インク組成物である。
(13)pH調整剤として、有機酸及び/又は有機塩基を含有する前記(1)〜(12)のいずれか一つに記載の黒色インク組成物である。
【0013】
(14)前記(1)〜(13)のいずれか一つに記載された黒色インク組成物を独立に、または他色のインクと一体的に収容してなるインクカートリッジである。
(15)前記(1)〜(13)のいずれか一つに記載の黒色インク組成物の液滴を吐出し、該液滴を記録媒体に付着させて記録を行うインクジェット記録方法である。
(16)圧電素子の機械的変形によりインク滴を形成するインクジェットヘッドを用いた記録方法である前記(15)に記載のインクジェット記録方法である。
(17)前記(15)又は(16)に記載されたインクジェット記録方法によって記録されたことを特徴とする記録物である。
【発明の効果】
【0014】
本発明は式1で表される着色剤と式2で表される着色剤とを混合して使用することにより上記問題点を解消し、印字品質を向上させ、インクジェット記録方法により印字された印刷物の画像堅牢性を確保すると共に、ブロンズ現象の発生を抑制し、長期間に渡って美麗に発色した黒色の状態を維持することができるインク組成物を提供することができる。
また、本発明は式1で表される着色剤と式2で表される着色剤とを混合して使用することにより上記問題点を解消し、インクジェット記録方法により印字された印刷物のブロンズ現象の発生を抑制すると共に、耐光・耐オゾン性に優れ、式8で表される着色剤を配合することによって、色相を確保し、特に中間Dutyにおいても無彩色に近く、ブロンズ現象抑制効果が高く、長期間に渡って美麗に発色した黒色の状態を維持することができるインク組成物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明のインク組成物は、下記式1で表される着色剤と、下記式2で表される着色剤とを含有し、必要に応じ、界面活性剤、浸透促進剤、その他の添加剤を含有させることができる。
【化10】

(上記式1中、R1は、ハロゲン原子、H、SO3M、COOMのいずれかを示し、R2及びR3はそれぞれ独立に、H、SO3M、COOMのいずれかを示し、Mは、Li又はNaを示す。ただし、R2及びR3がいずれもHである場合はない。)
[化11]
1−N=N−A2−N=N−A3 式2
(式2中、A1は下記式3又は4で表される置換基であり、A2は下記式5又は6で表される置換基であり、A3は下記式7で表される置換基である。)
【化12】

(式3中、MはLi又はNaを表す。)
【化13】

(式4中、MはLi又はNaを表す。)
【化14】

【化15】

【化16】

(式7中、MはLi又はNaを表す。)
【0016】
(着色剤)
本発明の着色剤としては、第1の成分として、上記式1で表される着色剤を配合する。また、下記式1で表される着色剤は、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を混合して使用してもよい。
【0017】
前記式1で表される着色剤としては、具体的には、以下の式1−1、式1−2、式1−3に示すような着色剤が挙げられる。これらの着色剤は、1種のみ単独で使用してもよいし、2種以上を混合して使用してもよい。
【0018】
【化17】

(式1−1中、Mは、Li又はNaを示す。ただし、全てのMがNaとなることはない。)
【0019】
【化18】

(式1−2中、Mは、Li又はNaを示す。ただし、全てのMがNaとなることはない。)
【0020】
【化19】

(式1−3中、Mは、Li又はNaを示す。ただし、全てのMがNaとなることはない。)
【0021】
本発明の着色剤としては、第2の成分として、下記式2で表される着色剤を配合する。また、下記式2で表される着色剤は、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を混合して使用してもよい。
[化20]
1−N=N−A2−N=N−A3 式2
(式2中、A1は下記式3又は4で表される置換基であり、A2は下記式5又は6で表される置換基であり、A3は下記式7で表される置換基である。)
【化21】

(式3中、MはLi又はNaを表す。)
【化22】

(式4中、MはLi又はNaを表す。)
【化23】

【化24】

【化25】

(式7中、MはLi又はNaを表す。)
【0022】
【表1】

表1中、MはLi又はNaを示す。
【0023】
式1で表される着色剤と、式2で表される着色剤との配合比としては、特に制限されないが、2:1〜1:2であることが好ましい。式1で表される着色剤と式2で表される着色剤のどちらかの配合比が多くなりすぎると、ブロンズ現象が生じやすくなる場合がある。また、式1で表される着色剤の配合比が多くなりすぎると、耐オゾン性に劣る場合があり、式2で表される着色剤の配合比が多くなりすぎると、マット紙上での発色に劣る場合がある。
【0024】
さらに、本発明では、下記式8で表される着色剤を添加することにより、ブロンズ現象抑制効果を有し、中間Dutyにおいても、無彩色に近い色相が調整された黒色インク組成物を得ることができる。
【0025】
【化26】

(式8中、MはLi又はNaを表す。)
【0026】
前記式8で表される着色剤としては、具体的には、以下の式8−1および式8−2に示すような着色剤が挙げられる。
【0027】
【化27】

【0028】
【化28】

【0029】
式1で表される着色剤と式2で表される着色剤の合計配合量と、式8で表される着色剤の配合量との比としては、色相確保の点から、重量比で4:1〜7:1が好ましい。
【0030】
また、上記式8で表される着色剤に加えて、C.I. Direct Yellow 86を添加することにより、式8で表される着色剤のみを添加した場合に比べて、色相をより無彩色に近づけることが容易となり、より精度の高い色相調整をすることができる。
式1で表される着色剤と式2で表される着色剤の合計配合量と、式8で表される着色剤とC.I. Direct Yellow 86の合計配合量との比としては、色相確保の点から、重量比で3:1〜5:1が好ましい。
【0031】
(界面活性剤)
本発明に使用される界面活性剤としては、ノニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤及びアニオン系界面活性剤が挙げられるが、これらの中でも、ノニオン系界面活性剤が、インクの速やかな定着性(浸透性)を得ると同時に、1ドットの真円度を保つのに効果的な添加剤であるため、好ましい。
【0032】
前記ノニオン系界面活性剤としては、例えば、アセチレングリコール系界面活性剤が挙げられる。アセチレングリコール系界面活性剤として、具体的には、サーフィノール465、サーフィノール104(以上、エアープロダクツ社製)、オルフィンSTG、オルフィンE1010(以上、日信化学工業(株)製)等が挙げられる。
インク組成物中における前記ノニオン系界面活性剤の添加量は、0. 1〜5重量%が好ましく、0. 5〜2重量%がより好ましい。インク組成物中における前記ノニオン系界面活性剤の添加量が、0.1重量%以上であれば、本発明のインク組成物を用いて印刷した場合に、被印刷物に対する顕著な浸透性を得ることができ、5重量%以下であれば、画像のにじみを良好なまま保つことができる。
【0033】
(浸透促進剤)
本発明で使用される浸透促進剤としては、特に限定されないが、中でもグリコールエーテル類が好ましい。
前記グリコールエーテル類としては、例えば、エチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル等が挙げられる。中でも、トリエチレングリコールモノブチルエーテルが好ましい。
インク組成物中の前記浸透促進剤の添加量が3重量%以上であれば、本発明のインク組成物を用いてベタ印刷を行った場合の黒色色材のブリードを防ぐことができ、30重量%以下であれば、これらグリコールエーテル類を油状分離させることなく保つことができる。
【0034】
(その他の添加剤)
本発明のインク組成物には、pH調整剤を添加することができる。
前記pH調整剤としては、特に制限されず、種々の化合物を使用することができるが、例えば、硫酸、塩酸、硝酸などの無機酸;水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、硫酸マグネシウム、硫酸カリウム、硫酸アルミニウム、酢酸ナトリウム、酢酸マグネシウム、酢酸カリウムなどの無機塩基;アンモニア、トリエタノールアミン、ジエタノールアミン、モノエタノールアミン、トリ−iso−プロパノールアミンなどの有機塩基;アジピン酸、クエン酸、コハク酸などの有機酸等が挙げられる。前記pH調整剤としては、上記の中でも、有機酸及び/又は有機塩基が好ましい。
特に有機酸と有機塩基とを組み合わせて使用する場合には、無機酸と無機塩基、無機酸と有機塩基、有機酸と無機塩基の組合せよりもpH緩衝能力が大きい。このため、有機酸と有機塩基とを組み合わせて使用した場合には、よりpH変動抑制効果が高く、経時後もインクpHが7.0を下回ることが少ないため、ノズルプレートの腐食を防止できるという効果を奏する。
【0035】
本発明のインク組成物には、保湿剤を添加することができる。
前記保湿剤としては、水溶性有機溶媒や糖類等が挙げられるが、保湿効果の点から水溶性有機溶媒が好ましい。
前記水溶性有機溶剤とは、溶質を溶解する能力を持つ媒体を指しており、有機性で蒸気圧が水より小さい水溶性の溶媒から選ばれる。具体的には、プロピレングリコール、ブタンジオール、ペンタンジオール、2−ブテン−1,4−ジオール、2−メチル−2,4−ペンタンジオール、1,2,6−ヘキサントリオール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ジプロピレングリコール、1,2−アルカンジオール等の多価アルコール類;メチルアルコール、エチルアルコール、n−プロピレンアルコール、n−ブチルアルコール等のアルキルアルコール類;アセトニルアセトン等のケトン類;γ−ブチロラクトン、リン酸トリエチル等のエステル類;フルフリルアルコール、テトラヒドロフルフリルアルコール、チオジグリコール、グリセリン等が挙げられる。中でも、グリセリンや1,2−ヘキサンジオールが好ましい。
【0036】
本発明のインク組成物には、酸化防止剤・紫外線吸収剤を添加することができる。
前記酸化防止剤・紫外線吸収剤としては、特に制限されず、種々の化合物を使用することができるが、例えば、アロハネート、メチルアロハネートなどのアロハネート類、ビウレット、ジメチルビウレット、テトラメチルビウレットなどのビウレット類など、L−アスコルビン酸およびその塩等が挙げられる。
【0037】
本発明のインク組成物には、防腐剤・防かび剤を添加することができる。
前記防腐剤・防かび剤としては、特に限定されず、種々の化合物を使用することができるが、例えば、安息香酸ナトリウム、ペンタクロロフェノールナトリウム、2−ピリジンチオール−1−オキサイドナトリウム、ソルビン酸ナトリウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、1,2−ジベンジソチアゾリン−3−オン(Avecia社のプロキセルCRL、プロキセルBDN、プロキセルGXL、プロキセルXL−2、プロキセルTN)等が挙げられる。
【0038】
また、本発明のインク組成物に含有される主溶媒は水である。
この水としては、イオン交換水、限外濾過水、逆浸透水、蒸留水等の純水または超純水などを用いることができる。特に紫外線照射または過酸化水素添加等により滅菌処理した水を用いることが、カビやバクテリアの発生を防止してインク組成物の長期保存を可能にする点で好ましい。
【0039】
本発明のインク組成物は、インク組成物調整直後の20℃におけるpHが7.0〜8.5であることが好ましい。前記pHは、必要に応じて、上記pH調整剤を添加して調整することができる。
20℃におけるインク組成物のpHが低すぎると、インクジェットプリンタのインクジェットヘッドの共析メッキが剥離する場合があり、pHが高すぎると、インクジェットプリンタのノズルが腐食する場合がある。20℃におけるインク組成物のpHを7.0〜8.5とすることにより、上記のような弊害がなく、かつ、インク組成物の吐出特性の安定化及び保存安定性の向上が見られる。より好ましいpHの範囲は、7.5〜8.0である。
【0040】
本発明のインクセットは、本発明の黒色インク組成物と、他の色のインク組成物とを組み合わせることによって得られる。前記他の色のインク組成物としては、一般に使用されているイエローインク組成物とマゼンタインク組成物とシアンインク組成物とを組み合わせることによって得ることができる。
また、本発明のインクカートリッジは、前記各インク組成物を一体に、仕切を有する一つの容器(カートリッジ)に収容して得ることもできるし、前記各インク組成物を独立に、別々の容器(カートリッジ)に収容して得ることもできる。前記容器としては、インクカートリッジとして一般に使用されているものが使用でき、中でもインクジェットプリンタ用インクカートリッジであることが好ましい。
【0041】
本発明のインク組成物はペン等の筆記具類、スタンプ等に好適に使用することができるが、インクジェット記録用インク組成物としてさらに好適に使用できる。
本発明においてインクジェット記録方法とは、インク組成物を微細なノズルより液滴として吐出して、その液滴を記録媒体に付着させる方法を意味する。具体例を以下に説明する。
【0042】
第一の方法としては、静電吸引方式があり、この方式はノズルとノズルの前方に置いた加速電極の間に強電界を印加し、ノズルからインクを液滴状で連続的に噴射させ、インク滴が偏向電極間を飛翔する間に印刷情報信号を偏向電極に与えて記録する方式、あるいはインク滴を偏向することなく印刷情報信号に対応して噴射させる方式である。
【0043】
第二の方法としては、小型ポンプでインク液に圧力を加え、ノズルを水晶振動子等で機械的に振動させることにより、強制的にインク滴を噴射させる方式である。噴射したインク滴は噴射と同時に帯電させ、インク滴が偏向電極間を飛翔する間に印刷情報信号を偏向電極に与えて記録する。
【0044】
第三の方法は圧電素子(ピエゾ素子)を用いる方式であり、インク液に圧電素子で圧力と印刷情報信号を同時に加え、インク滴を噴射・記録させる方式である。
【0045】
第四の方式は熱エネルギーの作用によりインク液を急激に体積膨張させる方式であり、インク液を印刷情報信号に従って微小電極で加熱起泡させ、インク滴を噴射・記録させる方式である。
【0046】
以上のいずれの方式も本発明のインクを用いたインクジェット記録方法に使用することができ、それぞれの方式のインクジェットカートリッジに充填することができる。
【0047】
また、本発明における記録媒体とは、例えば、紙(ゼロックスP(商品名:富士ゼロックス株式会社製)、Xerox 4024(商品名:Xerox Co.(米国))、写真用紙クリスピア<高光沢>(商品名:セイコーエプソン株式会社製)など)等が挙げられるが、特にこれに限定されるものではない。前記記録媒体としては、インクジェット専用記録媒体である「写真用紙クリスピア<高光沢>:型番 KA420SCK(セイコーエプソン株式会社製):JIS Z 8741に準拠した光沢度計(PG−1M:日本電色工業株式会社製)を用いて、測定角度60度で測定した光沢度が63」が好ましい。
【0048】
本発明の記録物は、前述の構成のインク組成物を用いて、上記インクジェット記録方法により記録が行われたものである。
この記録物は、本発明のインク組成物を用いることにより、印字品質が良好で、優れた印字安定性を示し、美麗な発色状態を呈し、しかもこの美麗な発色状態を長期間に渡って維持することができる。
【実施例】
【0049】
次に、本発明の実施例と比較例を挙げ、本発明を具体的に説明する。
なお、本発明は、以下の実施例によって限定されるものではない。
【0050】
[実施例1〜8及び比較例1〜5]
実施例1〜8及び比較例1〜5のインク組成物を表1に示す配合割合で各成分を混合して溶解させ、孔径1μmのメンブランフィルターにて加圧濾過を行って、インク組成物を調製した。なお、表2において、式1−1、式1−2、式1−3の塩は、Li:Na=8:2であるものを使用し、式2−1、式2−2、式2−3、式2−4の塩は、全てLiであるものを使用した。
また、比較例では、C.I. Direct Black 154を使用してインク組成物を調整した。
【0051】
【表2】

【0052】
上記の実施例1〜8及び比較例1〜5に記載のインク組成物を、インクジェットプリンタPM−A700(セイコーエプソン株式会社製)を用いて、これの専用カートリッジ(ブラック)に充填して、インクジェット専用記録媒体「フォトマット紙:型番 KA450PM(セイコーエプソン株式会社製)」及び「写真用紙クリスピア<高光沢>:型番 KA420SCK(セイコーエプソン株式会社製)」・「写真用紙<光沢>:型番KA420PSK(セイコーエプソン株式会社製)」に印字し、各評価を行った。得られた結果を表3に示す。
【0053】
【表3】

【0054】
《ブロンズ現象の評価》
上記のカートリッジを用い、1センチ平米当たり1.5〜2.2mgの打ち込み量になるようにインクジェット専用記録媒体「写真用紙クリスピア<高光沢>:型番 KA420SCK(セイコーエプソン株式会社製):JIS Z 8741に準拠した光沢度計(PG−1M:日本電色工業株式会社製)を用いて、測定角度60度で測定した光沢度が63」にプリンタドライバ上でモノクロ印刷設定を指定してベタ印字し得られた印刷物を、以下の判定基準に基づき目視により判定した。印字環境は、23℃,50%RHの環境で行った。
A:ブロンズ化現象が全く見られない。
B:ややブロンズ化現象が見られる。
C:ブロンズ化現象が目立つ。
【0055】
《発色性評価》
上記のカートリッジを用い、1センチ平米当たり1.5〜2.2mgの打ち込み量になるようにインクジェット専用記録媒体「フォトマット紙:型番 KA450PM(セイコーエプソン株式会社製)」にプリンタドライバ上でモノクロ印刷設定を指定してベタ印字した。
それぞれの印刷物のOD値を、濃度計(Spectroino:Gretag社製)を用いて測定した。
発色性の判定基準は以下のように定めた。
A:OD値2.3以上
B:OD値1.7以上2.3未満
C:OD値1.1以上1.7未満
D:OD値1.1未満
【0056】
《耐光性評価》
上記のカートリッジを用い、OD(Optical Density)が、0.9〜1.1の範囲に入るように印加Dutyを調整してインクジェット専用記録媒体「写真用紙<光沢>:型番KA420PSK(セイコーエプソン株式会社製)」にプリンタドライバ上でモノクロ印刷設定を指定して印刷を行って得られた印刷物を、蛍光灯耐光性試験機SFT−II(商品名:スガ試験機株式会社製)を使用し、温度が24℃、湿度が60%RH、照度70000luxの条件下で21日間曝露した。
曝露後、それぞれの印刷物のODを、反射濃度計(Spectrolino:Gretag社製)を用いて測定し、次式により光学濃度残存率(ROD)を求め、下記判定基準により、評価した。
【0057】
ROD(%)=(D/D0)×100
D:曝露試験後のOD
0:曝露試験前のOD
(但し、測定条件は、光源フィルタなし、光源:D50、視野角2度)
[判定基準]
評価A:RODが80%以上
評価B:RODが60%以上80%未満
評価C:RODが40%以上60%未満
評価D:RODが40%未満
【0058】
《耐オゾン性評価》
オゾンウェザーメーターOMS−H型(商品名、スガ試験機株式会社製)を使用し、温度が24℃、湿度が60%RH、及びオゾン濃度が10ppmの条件下で、上記記録物を24時間オゾンに曝露した。反射濃度計Spectrolino(商標)(商品名、GRETAG社製)を使用して、オゾン曝露前後の記録物のOD値(Optical Density)を測定した。その測定は、光源がD50、光源フィルタなしで、絶対白を白色標準とし、視野角は2°という条件で行った。上記耐光性試験における計算方法と同じ計算方法、及び上記耐光性試験における判定基準と同じ判定基準を用いて、得られた結果をA〜Dにランク付けすることにより記録物の耐オゾン性 を評価した。
【0059】
[実施例9〜20及び比較例6〜7]
実施例9〜20及び比較例6〜7を表4に示す配合割合で各成分を混合して溶解させ、孔径1μmのメンブランフィルターにて加圧濾過を行って、インク組成物を調製し、実施例1〜7と同様に評価した。評価結果を表5に示す。
【0060】
【表4】

【0061】
【表5】

【0062】
表5における耐光性、耐オゾン性の評価方法及び評価基準は、表3と同様である。
【0063】
《ブロンズ現象の評価》
上記のカートリッジを用い、1センチ平米当たり1.5〜2.2mgの打ち込み量になるようにインクジェット専用記録媒体「写真用紙クリスピア<高光沢>:型番 KA420SCK(セイコーエプソン株式会社製):JIS Z 8741に準拠した光沢度計(PG−1M:日本電色工業株式会社製)を用いて、測定角度60度で測定した光沢度が63」にプリンタドライバ上でモノクロ印刷設定を指定してベタ印字し得られた印刷物を、以下の判定基準に基づき目視により判定した。印字環境は、23℃,50%RHと35℃,50%RHの環境で行った。
A:ブロンズ化現象が全く見られない。
B:ややブロンズ化現象が見られる。
C:ブロンズ化現象が目立つ。
【0064】
《発色性評価》
上記のカートリッジを用い、1センチ平米当たり1.5〜2.2mgの打ち込み量になるようにインクジェット専用記録媒体「写真用紙<光沢>:型番KA420PSK(セイコーエプソン株式会社製)、および「フォトマット紙:型番 KA450PM(セイコーエプソン株式会社製)」にプリンタドライバ上でモノクロ印刷設定を指定してベタ印字した。
それぞれの印刷物のOD値を、濃度計(Spectroino:Gretag社製)を用いて測定した。
発色性の判定基準は以下のように定めた。
A:OD値2.3以上
B:OD値1.7以上2.3未満
C:OD値1.1以上1.7未満
D:OD値1.1未満
【0065】
《色相評価》
色相の評価は、目視により、無彩色に近いかどうかを評価した。
【0066】
《目詰まりの評価》
上記のカートリッジを用い、10分間連続して印刷し、全てのノズルが正常吐出していることを確認後、60℃15%RHの環境に21日間放置した。放置後、全ノズルが初期と同等に吐出するまでクリーニング動作を繰り返し、下記判定基準により評価した。
判定基準
A:電源ON、またはクリーニング動作1〜4回で初期と同等に回復
B:クリーニング動作5〜8回で初期と同等に回復
C:クリーニング動作9〜12回で初期と同等に回復
D:クリーニング動作13回で回復しない
【0067】
《分解性評価》
各黒色インク組成物を70℃で6日間保存し、染料の分解性を以下のような方法で評価した。
70℃で6日間保存する前と後において、それぞれの黒色インク組成物を超純水を用いて、体積で2000倍に希釈し、分光光度計を使用して吸光度を測定した。保存前のインク組成物の最大吸光度波長における吸光度を保存前後で比較し、吸光度の変化を「残存率として、以下の計算式を用いて計算した。
残存率(%)=(保存後の吸光度/保存前の吸光度)×100
以下に評価基準を示す。
A:残存率95%以上
B:残存率93%以上95%未満
C:残存率90%以上93%未満
D:残存率90%未満
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明の黒色インク組成物、インクセット及びインクカートリッジは、特にインクジェットプリンタ用の黒色インク組成物、インクセット及びインクカートリッジとして利用可能である。また、前記黒色インク組成物を用いたインクジェット記録方法及び記録物は、ブロンズ現象を抑制したインクジェット記録方法及び記録物として利用可能である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも水と、下記式1で表される着色剤と、下記式2で表される着色剤とを含有することを特徴とする黒色インク組成物。
【化1】

(式1中、R1は、ハロゲン原子、H、SO3M、COOMのいずれかを示し、R2及びR3はそれぞれ独立に、H、SO3M、COOMのいずれかを示し、Mは、Li又はNaを示す。ただし、R2及びR3がいずれもHである場合はない。)
[化2]
1−N=N−A2−N=N−A3 式2
(式2中、A1は下記式3又は4で表される置換基であり、A2は下記式5又は6で表される置換基であり、A3は下記式7で表される置換基である。)
【化3】

(式3中、MはLi又はNaを表す。)
【化4】

(式4中、MはLi又はNaを表す。)
【化5】

【化6】

【化7】

(式7中、MはLi又はNaを表す。)
【請求項2】
式1で表される着色剤の含有量と式2で表される着色剤の含有量との合計が、インク組成物中の5〜8重量%である請求項1に記載の黒色インク組成物。
【請求項3】
式1で表される着色剤と式2で表される着色剤との配合比が、2:1〜1:2である請求項1又は2に記載の黒色インク組成物。
【請求項4】
さらに、下記式8で表される着色剤を含有する請求項1〜3のいずれか一項に記載の黒色インク組成物。
【化8】

(式8中、MはLi又はNaを表す。)
【請求項5】
式8で表される着色剤が式8−1で表される着色剤である請求項4に記載の黒色インク組成物。
【化9】

【請求項6】
さらに、着色剤として、C.I. Direct Yellow 86を含有する請求項1〜5のいずれか一項に記載の黒色インク組成物。
【請求項7】
ノニオン系界面活性剤を含有する請求項1〜6のいずれか一項に記載の黒色インク組成物。
【請求項8】
ノニオン系界面活性剤が、アセチレングリコール系界面活性剤である請求項7に記載の黒色インク組成物。
【請求項9】
ノニオン系界面活性剤を0.1〜5重量%含有する請求項7又は8に記載の黒色インク組成物。
【請求項10】
さらに、浸透促進剤を含有する請求項1〜9のいずれか一項に記載の黒色インク組成物。
【請求項11】
浸透促進剤がグリコールエーテル類である請求項10に記載の黒色インク組成物。
【請求項12】
インク組成物調整直後の20℃におけるpHが7.0〜8.5である請求項1〜11のいずれか一項に記載の黒色インク組成物。
【請求項13】
pH調整剤として、有機酸及び/又は有機塩基を含有する請求項1〜12のいずれか一項に記載の黒色インク組成物。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか一項に記載された黒色インク組成物を独立に、または他色のインクと一体的に収容してなるインクカートリッジ。
【請求項15】
請求項1〜13のいずれか一項に記載の黒色インク組成物の液滴を吐出し、該液滴を記録媒体に付着させて記録を行うインクジェット記録方法。
【請求項16】
圧電素子の機械的変形によりインク滴を形成するインクジェットヘッドを用いた記録方法である請求項15に記載のインクジェット記録方法。
【請求項17】
請求項15又は16に記載されたインクジェット記録方法によって記録されたことを特徴とする記録物。


【公開番号】特開2007−302801(P2007−302801A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−133557(P2006−133557)
【出願日】平成18年5月12日(2006.5.12)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】