説明

(メタ)アクリル酸エステル共重合体およびこれを含んでなる粘着剤組成物ならびに(メタ)アクリル酸エステル共重合体の製造方法

【課題】架橋反応を高度に制御可能な新規アクリル系共重合体の提供。
【解決手段】側鎖にアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリル酸エステル共重合体を提供する。この(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、下記一般式(I)で示される構造単位からなるものとできる。


この(メタ)アクリル酸エステル京重合体は、加熱するとアルコキシアミン骨格の交換反応に基づいて分子鎖間に架橋構造を形成する。この架橋構造は可逆的に形成、解離を繰り返し得るため、温度および時間などの反応条件を調節することにより、架橋程度を任意に制御できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、(メタ)アクリル酸エステル共重合体およびこれを含んでなる粘着剤組成物ならびに(メタ)アクリル酸エステル共重合体の製造方法に関する。より詳しくは、側鎖にアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリル酸エステル共重合体などに関する。
【背景技術】
【0002】
アクリル系共重合体を用いた無溶媒の接着剤が種々提案され、実用化されている。このようなアクリル系接着剤の一例として、イソシアネート化合物およびアクリル酸エステル、水酸基を有するモノマーを架橋反応させて得られるアクリル系共重合体を用いた粘着剤が挙げられる。
【0003】
一般に高分子は共有結合という強固な結合により構成されているために、重合反応で構造が規定されると、特殊な条件を除いては分子構造を変化させることは困難である。しかし、熱や触媒などの外部刺激により開裂する特殊な共有結合(動的共有結合)を高分子に導入できれば、構造変化を自在に制御できる高分子を構築することが可能となる。
【0004】
非特許文献1には、このような構造変化を制御可能な高分子として、高分子の主鎖中に「アルコキシアミン」という骨格を導入した高分子が開示されている。アルコキシアミンは、動的共有結合を有する分子であり、室温では安定な構造を有するが、加熱により結合の一部が可逆的に解離・付加を繰り返す。非特許文献1では、主鎖にアルコキシアミン骨格を導入したポリエステルおよびポリウレタンを合成し、アルコキシアミン骨格の交換反応に基づいて2種類の主鎖間で組み換えを行い、ポリエステルとポリウレタンが複合化された高分子を作成したことが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】"Polymer Scrambling: Macromolecular Radical Crossover Reaction between the Main Chains of Alkoxyamine-Based Dynamic Covalent Polymers", Journal of the American Chemical Society, Vol. 125, pp.4064-4065, 2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
イソシアネート化合物は水酸基あるいは空気中の水分に対する反応性が非常に高いため、従来のアクリルとイソシアネート系共重合体を用いた粘着剤では、架橋反応の制御が困難であり、塗工性の問題や糊残りなどを生じる場合があった。
【0007】
そこで、本発明は、架橋反応を高度に制御可能な新規アクリル系共重合体を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題解決のため、本発明は、側鎖にアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリル酸エステル共重合体を提供する。この(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、加熱するとアルコキシアミン骨格の交換反応に基づいて分子鎖間に架橋構造を形成する。この架橋構造は可逆的に形成、解離を繰り返し得るため、本発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体では、温度および時間などの反応条件を調整することにより、(メタ)アクリル酸エステル共重合体の架橋構造を変化させて、架橋程度を任意に制御できる。
本発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、下記一般式(I)で示される構造単位からなるものとできる。
【0009】
【化1】

(式(I)中、Rは炭素原子数4〜8の直鎖又は分岐のアルキル基を示す。
〜Rはそれぞれ水素原子あるいはメチル基を示す。R〜Rは同一であってもよく、異なっていてもよい。
は、水素原子、酸素原子、ヒドロキシ基、炭素原子数1〜8の直鎖又は分岐のアルキル基、炭素原子数1〜8のアルコキシ基または炭素原子数5〜8のシクロアルキル基を示す。前記アルキル基および前記アルコキシ基は鎖中に酸素原子、硫黄原子、カルボニル基、エステル基、アミド基またはイミノ基を一以上有していてもよい。)
前記一般式(I)において、共重合比Y:Zは0.5:1〜2:1であり、共重合比X:YあるいはX:Zは15:1〜25:1であることが好ましい。
また、本発明は、上記(メタ)アクリル酸エステル共重合体を含んでなる粘着剤組成物も提供する。この粘着剤組成物では、加熱により、アルコキシアミン骨格の交換反応に基づいて(メタ)アクリル酸エステル共重合体の分子鎖間に形成される架橋構造を変化させることで、粘着剤としての物性を制御できる。
【0010】
さらに、本発明は、アルコキシアミン骨格を有するアクリレートモノマーを含むアクリレートモノマー混合物を共重合させる工程を含む、側鎖にアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリル酸エステル共重合体の製造方法をも提供する。
この製造方法において、前記工程は、下記一般式(II)で示される(メタ)アクリレートモノマーと、下記一般式(III)および下記一般式(IV)で示されるアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリレートモノマーと、を共重合させる工程とできる。
【0011】
【化2】

【0012】
【化3】

【0013】
【化4】


(式(II)中、Rは炭素原子数4〜8の直鎖又は分岐のアルキル基を示す。
式(II)〜(IV)中、R〜Rはそれぞれ水素原子あるいはメチル基を示す。R〜Rは同一であってもよく、異なっていてもよい。
式(IV)中、Rは、水素原子、酸素原子、ヒドロキシ基、炭素原子数1〜8の直鎖又は分岐のアルキル基、炭素原子数1〜8のアルコキシ基または炭素原子数5〜8のシクロアルキル基を示す。前記アルキル基および前記アルコキシ基は鎖中に酸素原子、硫黄原子、カルボニル基、エステル基、アミド基またはイミノ基を一以上有していてもよい。)
前記工程において、前記一般式(III)で示されるアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリレートモノマーと前記式(IV)で示されるアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリレートモノマーとの共重合比は0.5:1〜2:1とし、前記一般式(II)で示される(メタ)アクリレートモノマーと前記一般式(III)あるいは式(IV)で示されるアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリレートモノマーとの共重合比は15:1〜25:1とすることが好ましい。
また、前記工程における重合開始剤には、2,2´−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリルを用いることが好ましい。
【0014】
本発明において、「(メタ)アクリル酸」は、アクリル酸およびメタクリル酸を意味するものとする。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、架橋反応を高度に制御可能な新規アクリル系共重合体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体の架橋反応を説明するための図である。
【図2】ALA1のNMRスペクトルを示す図面代用グラフである。
【図3】ALA2のNMRスペクトルを示す図面代用グラフである。
【図4】ポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)のNMRスペクトルを示す図面代用グラフである。
【図5】ポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)のサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)のクロマトグラムを示す図面代用グラフである。
【図6】ポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)の示差走査熱量測定(DSC)のサーモグラムを示す図面代用グラフである。
【図7】ポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)の加熱前(a)および後(b)の写真を示す図面代用写真である。
【図8】加熱後のポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)の膨潤前(a)および後(b)の写真を示す図面代用写真である。
【図9】加熱後のポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)のアニソール溶解分画のNMRスペクトルを示す図面代用グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0018】
1.(メタ)アクリル酸エステル共重合体
本発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、動的共有結合を有するアルコキシアミン骨格を側鎖に有する。この(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、アルコキシアミン骨格を有するアクリレートモノマーを含むアクリレートモノマー混合物を共重合させることにより製造できる。
【0019】
本発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、好適な実施形態として、下記一般式(I)で示される構造単位からなるものとできる。
【0020】
【化5】

【0021】
式(I)において、Rは炭素原子数4〜8の直鎖又は分岐のアルキル基を示す。
【0022】
〜Rはそれぞれ水素原子あるいはメチル基を示す。R〜Rは同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0023】
は、水素原子、酸素原子、ヒドロキシ基、炭素原子数1〜8の直鎖又は分岐のアルキル基、炭素原子数1〜8のアルコキシ基または炭素原子数5〜8のシクロアルキル基を示す。前記アルキル基および前記アルコキシ基は鎖中に酸素原子、硫黄原子、カルボニル基、エステル基、アミド基またはイミノ基を有していてもよい。換言すれば、前記アルキル基および前記アルコキシ基は、酸素原子、硫黄原子、カルボニル基、エステル基、アミド基またはイミノ基により中断されていてもよい。
【0024】
ここで、上記式(I)において、アルコキシアミン骨格は、(メタ)アクリル酸エステル共重合体の主鎖にエステル結合を介して結合されているが、アルコキシアミン骨格と主鎖との結合は、エステル結合に限られず、例えばウレタン結合やエーテル結合、アミド結合などであってもよい。
【0025】
本発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、下記一般式(II)で示される(メタ)アクリレートモノマーと、下記一般式(III)および下記一般式(IV)で示されるアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリレートモノマーと、を共重合させることにより製造できる。
【0026】
【化6】

【0027】
【化7】

【0028】
【化8】

【0029】
式(II)〜(IV)において、R〜Rは、式(I)におけるR〜Rと同一である。
【0030】
式(I)で示される構造単位からなる(メタ)アクリル酸エステル共重合体の好適な一例として、以下の式(Ia)で示される構造単位からなる(メタ)アクリル酸エステル共重合体が挙げられる。
【0031】
この(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、上記式(I)において、Rが2−エチルヘキシル基であり、R〜Rが水素原子であり、Rがメトキシ基である場合に相応する。
【0032】
式(Ia)で示される構造単位からなる(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレートモノマーと、下記式(IIIa)および下記式(IVa)で示されるアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリレートモノマーと、を共重合させることにより製造できる。以下、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレートモノマーを「2EHA」、式(IIIa)および式(IVa)で示されるアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリレートモノマーをそれぞれ「ALA1」、「ALA2」と略記する場合がある。
【0033】
【化9】

【0034】
【化10】

【0035】
アルコキシアミンは、加熱により結合の一部が可逆的に解離、付加を繰り返す。従って、本発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、加熱すると、アルコキシアミン骨格の交換反応に基づいて分子鎖間に架橋構造を形成する。
【0036】
図1に、本発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体の架橋反応を、上記一般式(Ia)で示される構造単位からなる(メタ)アクリル酸エステル共重合体を例として示す。加熱によりALA1およびALA2のアルコキシアミン骨格中の酸素原子と該酸素原子に結合する炭素との間の結合が解離すると、共重合体主鎖から解離したALA1およびALA2のアルコキシアミン骨格の一部は互いに再結合して、低分子アルコキシアミンを生じる。一方、共重合体主鎖に結合したままとなったALA1およびALA2のアルコキシアミン骨格の残部は互いに再結合して、主鎖間に架橋構造を形成する。
【0037】
この架橋構造は可逆的に形成、解離を繰り返し得るため、温度および時間などの反応条件を調整することにより、(メタ)アクリル酸エステル共重合体の架橋構造を変化させて、架橋程度を任意に制御できる。
【0038】
架橋反応は、無溶媒条件下(バルク系)で行うことができる。反応温度は、例えば60〜160℃とされる。反応時間は、例えば12〜48時間、好ましくは6〜24時間、さらに好ましくは3〜12時間であり、数分〜数十分程度とできる場合もある。なお、無溶媒条件とは、溶剤を実質的に含まない条件であり、具体的には溶剤濃度1000ppm以下の条件を意味するものとする。
【0039】
また、架橋反応による(メタ)アクリル酸エステル共重合体の架橋程度は、アルコキシアミン骨格の導入量(すなわち2EHAに対するALA1およびALA2の重合率)を調節することによっても任意に制御できる。
【0040】
2EHAとALA1の共重合比(一般式(I)中のX:Y)および2EHAとALA2の共重合比(一般式(I)中のX:Z)は、15:1〜25:1であることが好ましく、16:1〜20:1であることがより好ましい。なお、ALA1とALA2の共重合比(Y:Z)は、0.5:1〜2:1であることが好ましい。ALA1およびALA2に対する2EHAの共重合比が大き過ぎると、架橋できるアルコキシアミン骨格の導入量が少なくなり、共重合体が架橋し難くなるため好ましくない。一方、同共重合比が小さ過ぎると、共重合体のガラス転移温度が下がり、粘着性が低下するため好ましくない。
【0041】
本発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体において、ALA1およびALA2と共重合させるアクリレートモノマーは、2EHAには限定されないが、(メタ)アクリル酸エステル共重合体に好適なガラス転移温度を付与する観点から2EHAが最も好ましい。
【0042】
本発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体のガラス転移温度は、室温以下であることが好ましく、例えば20℃以下とできる。なお、ポリ(アクリル酸2−エチルヘキシル)のガラス転移温度は、−70℃程度である。
【0043】
2EHA以外に採用可能なアクリレートモノマーとしては、エチルアクリレート、ブチルアクリレート、2-ヒドロキシエチルアクリレートなどのガラス転移温度が20℃以下のポリマーを与えるモノマーが挙げられる。
【0044】
また、ガラス転移温度は、ALA1およびALA2、これらと重合するアクリレートモノマーの共重合比を調節することによっても任意に制御できる。(メタ)アクリル酸エステル共重合体に好適なガラス転移温度を付与する観点からもアクリレートモノマーの共重合比は上記した範囲が好ましい。
【0045】
2.粘着剤組成物
上述の(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、既に説明したように、無溶媒条件下で加熱され、アルコキシアミン骨格の交換反応に基づいて分子鎖間に形成される架橋構造を変化させることができる。従って、この(メタ)アクリル酸エステル共重合体を粘着剤組成物中に配合すれば、アルコキシアミン骨格の交換反応に基づく分子鎖間の架橋構造の変化により、粘着剤組成物の物性を制御することが可能となる。
【0046】
(メタ)アクリル酸エステル共重合体の分子鎖間架橋構造を変化させることにより、粘着剤組成物の粘度、粘着力、弾性、耐熱性、耐溶剤性などを制御できる。
【0047】
この粘着剤組成物は、種々の用途に用いることができ、特に有用な用途として接着剤がある。本発明に係る粘着剤組成物は、加熱前にはアルコキシアミン骨格が架橋構造を形成していないために粘度が低いが、加熱後はアルコキシアミン骨格の交換反応に基づいて分子鎖間に架橋構造が形成されるために凝集する。従って、本発明に係る粘着剤組成物を用いた粘着剤は、加熱前には凹凸がある被着面に対しても容易かつ十分に塗布し、接着させることができ、加熱後は糊残りすることなく容易に被着面から剥がすことができる。この接着剤は、一例として電子部品の製造工程で使用される粘着シートの粘着剤層を形成するために利用できる。なお、本発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、粘着剤組成物の他に、塗料やコーティング剤、印刷インキなどへの応用も可能である。
【0048】
3.(メタ)アクリル酸エステル共重合体の製造方法
本発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体の製造方法は、アルコキシアミン骨格を有するアクリレートモノマーを含むアクリレートモノマー混合物を共重合させる工程を含む。
【0049】
前記工程は、好適な実施形態として、下記一般式(II)で示される(メタ)アクリレートモノマーと、下記一般式(III)および下記一般式(IV)で示されるアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリレートモノマーと、を共重合させる工程とできる。
【0050】
【化11】

【0051】
【化12】

【0052】
【化13】

【0053】
式(II)〜(IV)において、R〜Rは、式(I)におけるR〜Rと同一である。
【0054】
ここで、上記式(III),(IV)において、アルコキシアミン骨格は、(メタ)アクリル酸エステル共重合体の主鎖にエステル結合を介して結合されているが、アルコキシアミン骨格と主鎖との結合は、エステル結合に限られず、例えばウレタン結合やエーテル結合、アミド結合などであってもよい。
【0055】
これらの(メタ)アクリレートモノマーを共重合させることにより本発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体を製造する場合、各モノマーを重合開始剤とともに溶媒に溶解し、必要に応じて加熱を行ってラジカル重合反応を進行させる。
【0056】
溶媒には、例えばトルエン、酢酸エチル、メチルエチルケトン、アセトンなどを使用できる。なお、アクリレートモノマー混合物の共重合は、無溶媒条件で行うこともできる。反応温度は、60℃未満が好ましい。反応時間は、特に限定されないが、例えば48時間以内とされる。
【0057】
重合開始剤には、アルコキシアミンの熱安定性を確保するため、低温重合開始剤を用いることが好ましい。低温重合開始剤としては、(メタ)アクリル酸エステル共重合体のアルコキシアミン骨格の交換反応に基づく架橋反応温度(60〜160℃)よりも低い温度で機能するものであれば特に限定されず、例えば2,2´−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル(2,2'-Azobis(4-methoxy-2.4-dimethylvaleronitrile))、2,2´−アゾビスイソブチロニトリル、過酸化ベンゾイル、過酸化物と還元剤を併用したレドックス系開始剤、光重合開始剤などを使用できる。
【0058】
上記式(II)で示される(メタ)アクリレートモノマーと、上記式(III)で示される(メタ)アクリレートモノマーの共重合比(一般式(I)中のX:Y)および上記式(IV)で示される(メタ)アクリレートモノマーの共重合比(一般式(I)中のX:Z)は、15:1〜25:1であることが好ましく、16:1〜20:1であることがより好ましい。なお、上記式(III)で示される(メタ)アクリレートモノマーと上記式(IV)で示される(メタ)アクリレートモノマーの共重合比(Y:Z)は、0.5:1〜2:1とすることが好ましい。
【0059】
上記式(III)および上記式(IV)で示される(メタ)アクリレートモノマーは、アクリル酸クロライドと対応するアルコキシアミン骨格を有するアルコール誘導体との縮合反応により合成できる。
【実施例】
【0060】
<実施例1>
(1)アルコキシアミンを有するアクリレートモノマー(ALA1及びALA2)の合成
アルコキシアミン骨格を含有するアクリレートモノマー(ALA1)を、対応するアルコキシアミンから1段階で合成した。このアルコキシアミンは、水酸基および塩化アクリロイル基を有する。
【0061】
乾燥テトラヒドロフラン(4ml)に、4−ヒドロキシ−1−((1´−フェニルエチル)オキシ)−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン(1.39g,5.0mmol)と、トリエチルアミン(0.6g,6.0mmol)を加えた溶液に、塩化アクリロイル(0.54g,6.0mmol)を加え、室温、窒素充填下で、16時間、撹拌した。その後、蒸発乾固させた。
蒸発残物は、水とジクロロメタンで分画した。水層をジクロロメタンで洗浄した。洗浄液を合わせた有機層は、硫酸マグネシウムで乾燥させ、蒸発乾固させた。粗生成物をフラッシュクロマトグラフィーで酢酸エチル/ヘキサン(1/1,v/v)によって溶出、精製して得た無色の粘性の油(1.23g,収率74%)を真空下で乾固して、アクリル酸エステル(ALA1)を製造した。
【0062】
プロトンNMRのスペクトルの測定は、ブルカー(400MHz)分光器を用いて、25℃で、テトラメチルシラン(TMS)を内部標準として、重水素(CDCl)にて行った。
【0063】
1H-NMR(400 Hz, CDCl3): delta/ppm 0.69 (s, 3H, CH3), 1.16 (s,3H, CH3), 1.31 (s, 3H, CH3), 1.37 (s, 3H, CH3), 1.51 (d, 3H, CH3), 1.54-1.98 (m, 2H, CH2),4.80 (q, 1H, CH), 5.11 (m, 1H, CH), 5.81 (d, 1H, vinyl proton), 6.19 (q, 1H, vinyl proton), 6.38 (d, 1H, vinyl proton), 7.23-7.39 (m, 5H, aromatic proton).
【0064】
乾燥テトラヒドロフラン(4ml)に、4−メトキシ−1((2´−ヒドロキシ−1’−フェニルエチル)オキシ)−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン(1.54g,5.0mmol)と、トリエチルアミン(0.6g,6.0mmol)を加えた溶液に、塩化アクリロイル(0.54g,6.0mmol)を加え、室温、窒素充填下で、16時間、撹拌した。その後、蒸発乾固させた。
蒸発残物は、水とジクロロメタンで分画した。水層をジクロロメタンで洗浄した。洗浄液を合わせた有機層は、硫酸マグネシウムと共に乾燥させ、蒸発乾固させた。粗生成物をフラッシュクロマトグラフィーで酢酸エチル/ヘキサン(1/1,v/v)によって溶出、精製して得た無色の粘性の油(1.72g,収率95%)を真空下で乾固して、アクリル酸エステル(ALA2)を製造した。
【0065】
1H-NMR(400 Hz, CDCl3): delta/ppm 0.71 (s, 3H,CH3), 1.11 (s, 3H, CH3), 1.26 (s, 3H, CH3), 1.41 (s, 3H, CH3), 1.68-2.03 (dd, 2H, CH2), 3.32(s, 3H, CH3), 3.43 (m, 1H, CH), 4.26-5.02 (m, 2H, CH2), 4.69 (q, 1H, CH), 5.78 (d, 1H, vinyl proton), 6.06 (q, 1H, vinyl proton), 6.33 (d, 1H, vinyl proton), 7.24-7.41 (m, 5H, aromatic proton).
【0066】
重合可能なアクリル酸成分とアルコキシアミン成分の両方が、NMRスペクトルによって認められた(図2)。これは、ALA1の合成に成功していることを示している。また、図3のALA2のNMRスペクトルに示すように、全てのピークがアクリル酸成分とアルコキシアミン成分に割り当てられた。
【0067】
(2)低Tgポリマーの合成
アルコキシアミン骨格を有する低Tgポリマーは、2EHAと2種類のアルコキシアミンを含むアクリレートモノマー(ALA1及びALA2)を、モル比(2EHA:ALA1:ALA2)18:1:1で共重合し合成した。
【0068】
ラジカル共重合は、トルエン中で、開始剤2,2−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)[V−70]存在下で、18時間、40℃で行った(2EHAの転換率は93%、収率は83%)。
【0069】
アルゴン雰囲気下で、2EHA(1.66g,9mmol)、ALA1(0.17g,0.5mmol)、ALA2(0.18g,0.5mmol)、トルエン(2ml)を磁石撹拌子を入れた丸底フラスコに加え、開始剤V−70(0.1542g,0.475mmol)を加えた。粘性の産生物をメタノールで洗浄し、ポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)を得た(1.66g,収率83%,M=22000,M/M=3.33)。
【0070】
得られたポリマーの構造は、図4に示すNMRスペクトルによって特定された。低温開始剤V−70を重合に使用したため、アルコキシアミンの分解は観察されなかった。得られたポリマーにおける2EHA、ALA1、ALA2のモル比はピーク面積から計算することが可能であり、その算出値はモノマーの投入比によく一致していた。これらの結果は、2EHAとALA1及びALA2のランダム共重合により、ポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)が得られたことを示している。
【0071】
図5は、ポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)のサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)のクロマトグラムを示している。数平均分子量(M)は22,000で、多分散性指数(M/M)は3.33であった。
【0072】
ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)による測定は、40℃において、ガードカラム(TOSOH TSK guard column SuperH−L)と、3種類のカラム(TOSOH TSK gel superH 6000、4000、2500)と紫外・可視検出器を備えたTOSOH HLC−8220 GPCシステムによって行った。
溶出剤にはTHF(0.6ml/min)を用いた。
ポリマーの数平均分子量(M)と、分子量分布(M/M)の算出には、校正ポリスチレン標準品(M=1,060−1,090,000;M/M=1.02−1.08)を使用した。
【0073】
ポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)の熱特性を解析するために、示差走査熱量測定(DSC)による測定を行った。DSCの測定は、EXSTAR6000(セイコーインスツル株式会社)を用いて、153から323Kの温度範囲で、10K/minの加熱速度で行った。
【0074】
結果を図6に示す。ポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)のTgは、−48℃と試算され、P2EHAのTg(−70℃)より高いものの低Tgポリマー分類に属すものであった。
【0075】
(3)低Tgポリマーの架橋反応
低Tgポリマーの架橋反応は、100℃で24時間、バルク条件下で行われた。ポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)(0.10g,M=22000,M/M=3.33)を、凍結−減圧‐融解サイクルによってガラスチューブ内で脱気し、真空下で密封した。ガラスチューブを100℃で24時間加熱し、架橋ポリマーを得た。
【0076】
加熱前、ポリマーは、室温下で流動した(図7(a)参照)。これに対して、加熱後のポリマーは、ゲル状となった(図7(b)参照)。
【0077】
架橋反応の進行を証明するために、加熱後のポリマーをアニソールに入れた。アニソールは、ポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)を溶解することができる。
【0078】
図8(a)に、アニソールに入れる前の加熱後のポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)の写真を示す。また、図8(b)に、アニソール中に48時間入れた後の加熱後のポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)の写真を示す。加熱後のポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)はアニソールに溶解されず、ゲル状に膨潤した。これは、架橋ポリマーの特徴的な挙動であり、架橋反応の進行が確認できた。
【0079】
架橋反応の進行をさらに確かめるため、反応副産物4−メトキシ−1((2’−ヒドロキシ−1’−フェニルエチル)オキシ)−2,2,6,6−テトラメチルピペリジンを解析した。加熱後のポリ(2EHA−co−ALA1−co−ALA2)のアニソール溶解分画をNMRによって測定した。
【0080】
NMRスペクトルを図9に示す。架橋が不十分であった可溶性ポリマーのピークに加えて、ALA1ユニットとALA2ユニットから産生されたアルコキシアミン副産物の生成が明瞭に観察された。この結果から、ALA1ユニットとALA2ユニットとの間で架橋反応が起きたことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、粘着剤組成物、塗料、コーティング剤および印刷インキなどとして利用できる。特に、本発明に係る粘着剤組成物は、加熱前には凹凸がある被着面に対しても容易かつ十分に塗布することができ、加熱後は糊残りすることなく容易に被着面から剥がすことができる粘着剤として、例えば電子部品の製造工程で使用される粘着シートの粘着剤層を形成するために好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
側鎖にアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリル酸エステル共重合体。
【請求項2】
下記一般式(I)で示される構造単位からなる請求項1記載の(メタ)アクリル酸エステル共重合体。


(式(I)中、Rは炭素原子数4〜8の直鎖又は分岐のアルキル基を示す。
〜Rはそれぞれ水素原子あるいはメチル基を示す。R〜Rは同一であってもよく、異なっていてもよい。
は、水素原子、酸素原子、ヒドロキシ基、炭素原子数1〜8の直鎖又は分岐のアルキル基、炭素原子数1〜8のアルコキシ基または炭素原子数5〜8のシクロアルキル基を示す。前記アルキル基および前記アルコキシ基は鎖中に酸素原子、硫黄原子、カルボニル基、エステル基、アミド基またはイミノ基を一以上有していてもよい。)
【請求項3】
前記一般式(I)において、共重合比Y:Zが0.5:1〜2:1であり、共重合比X:YあるいはX:Zが15:1〜25:1である請求項2記載の(メタ)アクリル酸エステル共重合体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の(メタ)アクリル酸エステル共重合体を含んでなる粘着剤組成物。
【請求項5】
アルコキシアミン骨格を有するアクリレートモノマーを含むアクリレートモノマー混合物を共重合させる工程を含む、側鎖にアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリル酸エステル共重合体の製造方法。
【請求項6】
前記工程は、下記一般式(II)で示される(メタ)アクリレートモノマーと、下記一般式(III)および下記一般式(IV)で示されるアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリレートモノマーと、を共重合させる工程である請求項5記載の製造方法。






(式(II)中、Rは炭素原子数4〜8の直鎖又は分岐のアルキル基を示す。
式(II)〜(IV)中、R〜Rはそれぞれ水素原子あるいはメチル基を示す。R〜Rは同一であってもよく、異なっていてもよい。
式(IV)中、Rは、水素原子、酸素原子、ヒドロキシ基、炭素原子数1〜8の直鎖又は分岐のアルキル基、炭素原子数1〜8のアルコキシ基または炭素原子数5〜8のシクロアルキル基を示す。前記アルキル基および前記アルコキシ基は鎖中に酸素原子、硫黄原子、カルボニル基、エステル基、アミド基またはイミノ基を一以上有していてもよい。)
【請求項7】
前記工程において、前記一般式(III)で示されるアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリレートモノマーと前記式(IV)で示されるアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリレートモノマーとの共重合比を0.5:1〜2:1とし、前記一般式(II)で示される(メタ)アクリレートモノマーと前記一般式(III)あるいは式(IV)で示されるアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリレートモノマーとの共重合比を15:1〜25:1とする請求項6記載の製造方法。
【請求項8】
前記工程における重合開始剤として、2,2´−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリルを用いる請求項5〜7のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項9】
側鎖にアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリル酸エステル共重合体を溶剤濃度1000ppm以下の条件で加熱し、アルコキシアミン骨格の交換反応に基づいて分子鎖間に形成される架橋構造を変化させる方法。
【請求項10】
側鎖にアルコキシアミン骨格を有する(メタ)アクリル酸エステル共重合体を含んでなる粘着剤組成物を加熱し、アルコキシアミン骨格の交換反応に基づいて分子鎖間に形成される架橋構造を変化させることにより、粘着剤組成物の物性を制御する方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図9】
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【図1】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−241137(P2012−241137A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−114334(P2011−114334)
【出願日】平成23年5月23日(2011.5.23)
【出願人】(000003296)電気化学工業株式会社 (1,539)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】