説明

(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルの製造方法

【課題】高い鏡像異性体過剰率の(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルを、安価で経済的に製造する方法を提供する。
【解決手段】l−メントールと(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステルとのエステル交換反応を行うことにより、(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルをより高い鏡像異性体過剰で安価で経済的に、製造することを可能とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、式(1)で示される(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチル及びその製造方法に関する。
【化1】

【背景技術】
【0002】
(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルは、強い冷感強度をもち、清涼感や冷涼感の持続性に優れた新規冷感物質あるいは感覚刺激物質として知られている。
これまで、その製造方法は、アセト酢酸−l−メンチルを不斉水素化する方法(特許文献1)が知られているが、この方法では、アセト酢酸−l−メンチルを不斉水素化する際に、触媒として極めて高価な光学活性な配位子と金属との錯体を使用するため、経済的に好ましくなく、より安価に製造する方法が望まれていた。また、この方法によって得られる(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルの鏡像異性体過剰率は98.0%e.e.程度であり、鏡像異性体過剰率のさらなる向上も望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−254622号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、高い鏡像異性体過剰率の(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルを、安価で経済的に製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、以下に示す項目によって解決できることを見出した。
〔1〕式(3)で示されるl−メントールと式(2)で示される(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステルとを、酸触媒存在下で反応を行うことを特徴とする式(1)で示される(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルの製造方法。
【化2】


【化3】


(式(II)中のRは、C1〜C4の低級アルキル基である)
【化4】


〔2〕式(2)の(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステルが、微生物由来のポリヒドロキシブチレートまたはポリヒドロキシブチレートを含む菌体から得られた、〔1〕記載の方法。
〔3〕式(3)で示されるl−メントールに対する酸触媒のモル比が0.001〜0.5の範囲であることを特徴とする〔1〕又は〔2〕に記載の方法。
〔4〕式(3)で示されるl−メントールと式(2)で示される(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステルとのモル比(l−メントール/(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステル)が、1〜100の範囲であることを特徴とする〔1〕から〔3〕のいずれか1項記載の方法。
〔5〕反応の際に生じるC1〜C4の低級アルコールを反応系外に除去しながら反応を行うことを特徴とする〔1〕から〔4〕のいずれか1項に記載の方法。
〔6〕反応後に未反応のl−メントールを回収し、原料として再利用することを特徴とする〔1〕から〔5〕のいずれか1項に記載の方法。
〔7〕鏡像異性体過剰率が99.0%e.e.以上の(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチル。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルを、高い鏡像異性体過剰率で、より安価に製造することが可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明は、l−メントールと(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステルとのエステル交換反応を行うことにより、式(1)で示される(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルを高い鏡像異性体過剰で経済的に製造する方法である。
【0008】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
本発明で使用される(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステルは式(2)で示され、Rは、対応するアルコール(ROHで表される)の価格、沸点、反応性等を総合的に考慮して決定される。
【化5】


Rは、C1〜C4の低級アルキル基が好ましい。特に、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、2−メチル−1−プロパノール等が安価で、かつ適当な沸点と反応性を有し、好適である。
【0009】
式(2)で示される(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステルの鏡像異性体過剰率は生成する(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルの鏡像異性体過剰率に大きく影響するため、より高いことが好ましい。より好ましくは、99.0%e.e.以上である。
【0010】
このような高い鏡像異性体過剰率の(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステルは安価に取得することは一般に容易ではない。
微生物由来のポリヒドロキシブチレート(以下、PHBと記す。)から加アルコール分解によって取得するか、PHBを含む菌体から加アルコール分解によって取得することが、安価に高い鏡像異性体過剰率で取得可能であり好ましい。これらの方法によって得られた(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステルは、加アルコール分解中の鏡像異性体過剰率の低下がほとんど認められず、鏡像異性体過剰率は十分に高く、99.0%e.e.以上、実質的にはほぼ100%e.e.の鏡像異性体過剰率を示し好適であるからである。
なお、微生物由来のPHBおよびPHBを含む菌体は、例えば特開平11−266891号公報記載の方法によって安価に入手することができる。
【0011】
本反応で用いる触媒は酸触媒が好ましい。無触媒、塩基触媒では反応の進行が著しく遅く、実質的にはほとんど反応しない。酸触媒の種類としては、無機酸、有機酸、固体酸いずれでも構わない。無機酸の具体的な例としては、塩酸、硫酸等が挙げられる。有機酸の具体的な例としては、メタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸等が挙げられる。固体酸としては、強酸性イオン交換樹脂等が挙げられる。価格と容器材質への影響及び反応成績から、硫酸が最も好適に用いられる。
酸触媒の使用量は、少なすぎると反応速度が低下し、多すぎると副反応により収率が低下するため、l−メントールに対して0.001〜0.5の範囲が好適である。
【0012】
本反応は無溶媒でも、反応に影響を与えない溶媒を使用してもどちらでも可能である。反応に影響を与えない溶媒の具体例としては、例えばn−ヘキサン、シクロヘキサン等の炭化水素系溶媒、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素系溶媒、クロロホルム、ジクロロメタン等のハロゲン系溶媒、ジオキサン、t−ブチルメチルエーテル等のエーテル系溶媒などが挙げられ、これらの溶媒を単独又は2種以上混合して用いることができる。
【0013】
本反応は30℃〜200℃で行うことが好ましい。温度が低いと反応の進行が遅く、逆に高いと好ましくない副反応により収率が低下する。より好ましくは60℃〜150℃で行うことである。反応温度に応じて反応収率が最適となる時間、反応を継続することが望ましい。
後述のごとく反応の際に生じるC1〜C4の低級アルコールを反応蒸留のような手法によって反応系外に除去しながら反応を進める場合、該低級アルコールの沸点以上の反応温度とすることで反応を良好に進行させることができる。反応が好適に進行する限り、反応系中の圧力は、常圧、減圧でまたは加圧のいずれの系でもよい。
【0014】
本エステル交換反応は平衡反応であり、l−メントールと(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステルのモル比は、(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステルに対してl−メントールを過剰に用いる方が反応進行上は好適であるが、100倍モルを超えて用いることはl−メントールの回収等を考慮すると実際的ではなく、1〜100倍モルの範囲で用いるのが好適である。
【0015】
本エステル交換反応は平衡反応であるため、反応の際に生じるC1〜C4の低級アルコールを、通常知られている反応蒸留のような手法によって、反応系外に除去しながらエステル交換反応を行うことが、反応進行上、好適である。
【0016】
反応終了後、そのまま又は反応液中の酸触媒を中和やアルカリ水溶液による洗浄などの方法によって処理した後、溶媒留去、蒸留、カラムクロマトグラフィー等、通常知られている方法によって目的物とする(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルを単離・精製・取得することができる。
【0017】
反応終了後、反応系内にl−メントールが残存する場合、蒸留やカラムクロマトグラフィー等の方法によってl−メントールを回収し、再度エステル交換反応の原料として使用することも可能である。
【0018】
本発明の方法によって、対掌体である(3S)−3−ヒドロキシブタン酸−1−メンチルを実際的にほとんど含まない、鏡像異性体過剰率ほぼ100%e.e.、少なくとも99.0%e.e. 以上の(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルを安価に製造することが可能となった。
【実施例】
【0019】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例及び比較例のみに限定されるものではない。
参考例1 微生物由来PHBからの(3R)−3−ヒドロキシブタン酸メチル合成
特開平11−266891号公報の実施例に記載された方法で取得した微生物由来のPHB1.0gをジクロロメタン7.5mlに懸濁し、メタノール2.5mlと濃硫酸0.2mlを加えて、内容積20mlのオートクレーブ中120℃で2時間加熱して加メタノール分解反応を行った後、反応液を下記の光学異性体分析条件で分析した結果、得られた(3R)−3−ヒドロキシブタン酸メチルの鏡像異性体過剰率は100%e.e.であった。
(光学異性体分析条件)
カラム:Beta DEX 325 (SUPELCO社製)
カラム温度:80℃(20分)→7℃/分→150℃
キャリアーガス:ヘリウム(流量:1.25ml/分)
検出器:FID
【0020】
参考例2 微生物由来PHBからの(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エチル合成
メタノールの代わりにエタノールを用いて、参考例1と同様に反応、分析した結果、得られた(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エチルの鏡像異性体過剰率は100%e.e.であった。
【0021】
参考例3 PHBを含む菌体からの(3R)−3−ヒドロキシブタン酸メチル合成
特開平11−266891号公報の実施例に記載された方法で取得したPHBを含む乾燥菌体をPHB重量換算で1.0g用いて、参考例1と同様に反応、分析した結果、得られた(3R)−3−ヒドロキシブタン酸メチルの鏡像異性体過剰率は100%e.e.であった。
【0022】
参考例4 PHBを含む菌体からの(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エチル合成
メタノールの代わりにエタノールを用いて、参考例3と同様に反応、分析した結果、得られた(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エチルの鏡像異性体過剰率は100%e.e.であった。
【0023】
実施例1
l−メントール1.0g(6.4mmol)をキシレン50mlに溶解し、参考例1の(3R)−3−ヒドロキシブタン酸メチル37.8mg(0.32mmol)と濃硫酸31.4mg(0.32mmol)を加え、温度120℃の油浴中で8時間加熱攪拌した後、反応液を下記の定量分析条件および光学異性体分析条件で分析した結果、(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルが(3R)−3−ヒドロキシブタン酸メチル基準収率75.2%で生成し、その鏡像異性体過剰率は100%e.e.であった。
(定量分析条件)
カラム:HP-5 (J&W社製)
カラム温度:200℃
キャリアーガス:ヘリウム(流量:1.5ml/分)
検出器:FID
(光学異性体分離条件)
カラム:CHIRALCEL OD-H (ダイセル社製)
溶離液:ヘキサン/イソプロパノール=99/1 (流量:1ml/分)
検出器:UV210nm
【0024】
実施例2
l−メントール1.0g(6.4mmol)をキシレン50mlに溶解し、参考例2の(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エチル84.6mg(0.64mmol)と濃硫酸62.8mg(0.64mmol)を加え、温度120℃の油浴中で8時間加熱攪拌した後、反応液を実施例1と同じ条件で分析した結果、(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルが(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エチル基準収率59.3%で生成し、その鏡像異性体過剰率は100%e.e.であった。
【0025】
実施例3
l−メントール1.0g(6.4mmol)をキシレン50mlに溶解し、参考例1の(3R)−3−ヒドロキシブタン酸メチル75.6mg(0.64mmol)とパラトルエンスルホン酸0.61g(3.2mmol)を加え、温度120℃の油浴中で2時間加熱攪拌した後、反応液を実施例1と同じ条件で分析した結果、(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルが(3R)−3−ヒドロキシブタン酸メチル基準収率73.9%で生成し、その鏡像異性体過剰率は100%e.e.であった。
【0026】
比較例1
濃硫酸を加えずに実施例1と同様に操作、分析した結果、(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルの生成は認められなかった。
【0027】
比較例2
濃硫酸の代わりに水酸化ナトリウム12.8mg(0.32mmol)を用いて実施例1と同様に操作、分析した結果、(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルの生成は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルは、強い冷感強度をもち、清涼感や冷涼感の持続性に優れた冷感物質または感覚刺激物質であり、香料組成物、飲食品、香粧品、日用・雑貨品、口腔用組成物または医薬品の分野で有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(3)で示されるl−メントールと式(2)で示される(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステルとを、酸触媒存在下で反応を行うことを特徴とする式(1)で示される(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチルの製造方法。
【化1】


【化2】


(式(II)中のRは、C1〜C4の低級アルキル基である)
【化3】

【請求項2】
式(2)の(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステルが、微生物由来のポリヒドロキシブチレート又はポリヒドロキシブチレートを含む菌体から得られた、請求項1記載の方法。
【請求項3】
式(3)で示されるl−メントールに対する酸触媒のモル比が0.001〜0.5の範囲であることを特徴とする請求項1又は2項に記載の方法。
【請求項4】
式(3)で示されるl−メントールと式(2)で示される(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステルとのモル比(l−メントール/(3R)−3−ヒドロキシブタン酸エステル)が、1〜100の範囲であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
反応の際に生じるC1〜C4の低級アルコールを反応系外に除去しながら反応を行うことを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
反応後に未反応のl−メントールを回収し、原料として再利用することを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
鏡像異性体過剰率が99.0%e.e.以上の(3R)−3−ヒドロキシブタン酸−l−メンチル。

【公開番号】特開2012−236798(P2012−236798A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−107199(P2011−107199)
【出願日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】