説明

1,5−D−アンヒドログルシトールの分離方法

【課題】1,5-AGを高純度、高回収率で分離回収することができる1,5-AGの分離方法を提供すること。
【解決手段】クロマト分離装置を用いて、水を溶離液として、1,5-AGを含む糖を含有する原液から1,5-AGを分離する方法であって、前記原液における糖濃度が20重量%以上であり、かつ、前記クロマト分離装置が、強酸性イオン交換樹脂又は固定化酵素が充填された複数の充填塔が直列かつ無端に連結されて形成された循環系と、該循環系への原液の供給部及び溶離液の供給部と、該循環系からの1,5-AG画分の排出部及び1,5-AG以外の糖画分の排出部とを有するものであり、前記循環系において、各供給部と各排出部を特定の順に設けてそれらの位置関係を保ちつつ、一定方向に順次移動させることで循環系に形成される4つの帯域を移動させながら分離することを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1,5-D-アンヒドログルシトール(本明細書では「1,5-AG」と略す場合がある)の分離方法に関する。さらに詳しくは、擬似移動層式のクロマト分離により、1,5-AGと他の糖を含む溶液から1,5-AGを高純度、高回収率で分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1,5-AGは、D-グルコースの1位が還元された非還元糖であることから、還元糖に比べて反応性が低く、酸性、アルカリ性、高温等の条件下において化学的に安定である。また、1,5-AGは、体内においてD-グルコースに次いで多く存在する糖であり、生体適合性が高く、安全性に問題がなく、かつ、生体内に蓄積性がないという優れた特性を有する。従って、その利用が注目されている。
【0003】
1,5-AGの製造方法としては、例えば、1,5-AGの水溶液から1,5-AG結晶を析出させる方法(特許文献1参照)、グルコースを出発原料とした有機合成方法(非特許文献1参照)、1,5-D-アンヒドロフルクトースのパラジウム触媒を用いた接触還元方法(非特許文献2参照)等が挙げられる。
【0004】
一方、従来、炭水化物原料混合溶液から単糖類を分離除去する技術として、結晶化方法やイオン交換樹脂、ゼオライトによる吸着分離方法等が知られている。例えば、特許文献2では、2種の糖アルコールを含む原液から、イオン交換樹脂が充填されたカラムを用いて擬似移動層方式により糖アルコールそれぞれの画分にクロマト分離する方法が開示されている。また、異性化を触媒する酵素の作用でD-プシコースから精製D-アロースへ変換し、得られる原液を擬似移動層により連続的に目的画分としてクロマト分離することを特徴とする精製希少糖の大量生産方法が開示されている(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−215231号公報
【特許文献2】特開2009−36536号公報
【特許文献3】特開2006−153591号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J. Am. Chem. Soc.、72、p.4547-4553、1950
【非特許文献2】Carbohydrate Research、337、p.873-890、2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
1,5-AGを合成するには、有機合成、バイオ的手法いずれの方法においても精製工程を要する。しかしながら、従来の方法は、実験室レベルでの製造方法や精製方法であるために、例えば、原料や生成副生物である、構造及び物理化学的性質の近いD-グルコースや1,5-D-アンヒドロマンニトールを分離して、1,5-AGを大量に製造するのは困難である。
【0008】
本発明の課題は、1,5-AGを高純度、高回収率で分離回収することができる1,5-AGの分離方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、クロマト分離装置を用いて、水を溶離液として、1,5-D-アンヒドログルシトールを含む糖を含有する原液から1,5-D-アンヒドログルシトールを分離する方法であって、
前記原液における糖濃度が20重量%以上であり、かつ、前記クロマト分離装置が、強酸性イオン交換樹脂又は固定化酵素が充填された複数の充填塔が直列かつ無端に連結されて形成された循環系と、該循環系への原液の供給部及び溶離液の供給部と、該循環系からの1,5-D-アンヒドログルシトール画分の排出部及び1,5-D-アンヒドログルシトール以外の糖画分の排出部とを有するものであり、前記循環系において、各供給部と各排出部を溶離液の供給部、1,5-D-アンヒドログルシトール画分の排出部、原液の供給部、及び1,5-D-アンヒドログルシトール以外の糖画分の排出部の順に設け、それらの位置関係を保ちつつ、一定方向に順次移動させることで循環系に形成される4つの帯域を移動させながら分離することを特徴とする方法、に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の1,5-AGの分離方法は、1,5-AGを高純度、高回収率で分離回収することができるという優れた効果を奏するものである。その結果、1,5-AGの大量生産が可能となって生産性の向上に繋がり、ひいては、1,5-AGを含有する飲食品、化粧品、飼料等を安価に提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、本発明の分離方法において用いる擬似移動層方式クロマト分離装置(実施例2)の模式図を示す図である。図中の数字は、充填塔(カラム)番号を、「D」は溶離液、「F」は原液を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の1,5-AGの分離方法は、クロマト分離装置を用いて、水を溶離液として、1,5-AGを含む糖を含有する原液から1,5-AGを分離する方法であって、前記原液における糖濃度が20重量%以上であり、かつ、前記クロマト分離装置が、強酸性イオン交換樹脂又は固定化酵素が充填された複数の充填塔が直列かつ無端に連結されて形成された循環系と、該循環系への原液の供給部及び溶離液の供給部と、該循環系からの1,5-D-アンヒドログルシトール画分の排出部及び1,5-D-アンヒドログルシトール以外の糖(非1,5-AG)画分の排出部とを有するものであり、前記循環系において、各供給部と各排出部を溶離液の供給部、1,5-D-アンヒドログルシトール画分の排出部、原液の供給部、及び1,5-D-アンヒドログルシトール以外の糖画分の排出部の順に設け、それらの位置関係を保ちつつ、一定方向に順次移動させることで循環系に形成される4つの帯域を移動させながら分離することを特徴とする。なお、本明細書において、供給部とは物質を供給又は導入するところ、排出部とは物質を排出又は抜出するところを意味する。
【0013】
本発明で用いるクロマト分離装置について、図1を用いて説明する。
【0014】
本発明におけるクロマト分離装置は、複数の充填塔が直列かつ無端に連結されて形成された循環系と、該循環系への原液の供給部及び溶離液の供給部と、該循環系からの1,5-AG画分の排出部及び非1,5-AG画分の排出部とを有する。
【0015】
充填塔は、強酸性イオン交換樹脂又は固定化酵素が充填されており、好ましくは4〜16個、より好ましくは4〜8個が連結されている。また、各充填塔は、その出口から隣接する充填塔の入口へと連結されて全体として直列に連結されており、かつ、例えば、一番前に位置する充填塔を最前部、一番後ろに位置する充填塔を最後部とすると、最後部の出口は最前部の入口へと連結されるため、全ての充填塔が無端になるように連結されている。よって、このように全ての充填塔が連結された系は、溶離液等の流体が循環可能な循環系として形成されている。
【0016】
強酸性イオン交換樹脂としては、原液中に含まれる1,5-AGと非1,5-AGに対して、選択的吸着能力を発揮する吸着剤、即ち、1,5-AGに対して高い吸着能力を発揮するが非1,5-AGに対しては実質的に非吸着性である吸着剤、またはその逆の吸着特性を有する吸着剤が挙げられる。具体的には、陽イオン交換樹脂、例えば、スルホン酸基が結合したスチレン−ジビニルベンゼン架橋重合体を基材とした樹脂のナトリウム型(Na+型)、カリウム型(K+型)、カルシウム型(Ca2+型)、マグネシウム型(Mg2+型)が例示され、なかでもカルシウム型(Ca2+型)が好ましい。これらの樹脂は、単独で又は2種以上組み合わせて用いてもよく、充填塔に充填される樹脂は全て同一でも異なっていてもよいが、本発明においては、複数の充填塔全てに同一の樹脂が充填されることが好ましい。
【0017】
強酸性イオン交換樹脂は、公知の方法に従って合成したものを用いてもよく、市販品を用いてもよい。好適な市販品としては、ローム&ハース社製「アンバーライト CR-1310」、ダウケミカル社製「モノスフィアー 88」、三菱化学社製「ダイヤイオン UBK555」等が挙げられる。
【0018】
固定化酵素は、1,5-AGと非1,5-AGのどちらかに親和性を持つものが挙げられる。具体的にはキシロース・イソメラーゼやマンノース・イソメラーゼなどが挙げられる。
【0019】
固定化酵素は、公知の方法に従って合成したものを用いてもよく、市販品を用いてもよい。市販品は、ノボ社製の「スイートザイムT」や長瀬産業株式会社製の「ナガセザイム」等の固定化酵素剤を好適に用いることができる。
【0020】
なお、本発明では、強酸性イオン交換樹脂が充填された充填塔を単独で用いてもよいし、固定化酵素が充填された充填塔を単独で用いてもよいし、あるいは、強酸性イオン交換樹脂が充填された充填塔と固定化酵素が充填された充填塔とを組み合わせて用いてもよく、特に限定されない。
【0021】
本発明では、かかる強酸性イオン交換樹脂又は固定化酵素の吸着性に起因して、1,5-AGを多く含む画分(1,5-AG画分)と非1,5-AGを多く含む画分(非1,5-AG画分)を連続的にそれぞれ排出するために、吸着剤を循環流とは反対の方向に相対的に移動させる。この相対的な移動は、実際に吸着剤を逆行させることでも達成できる。しかし、本発明では、例えば無端に連結したカラムに原液の供給部及び溶離液の供給部と、1,5-AG画分の排出部及び非1,5-AG画分の排出部が、溶離液の供給部、1,5-AG画分の排出部、原液の供給部、及び非1,5-AG画分の排出部の順になるよう設け、かつ、それらの位置関係を保ちつつ一定方向に溶離液を供給することで順次移動させる。このように配置することで循環系には4つの帯域、具体的には、溶離液の供給部と1,5-AG画分の排出部までの1,5-AGの脱着帯域、1,5-AG画分の排出部から原液の供給部までの1,5-AGの濃縮帯域、原液の供給部と非1,5-AG画分の排出部までの1,5-AGの吸着帯域、非1,5-AG画分の排出部から溶離液の供給部までの非1,5-AGの回収帯域が形成されて、該帯域を移動させながら分離することが可能となる。このようなクロマト分離のことを擬似移動層式クロマト分離ともいう。
【0022】
原液の供給部、溶離液の供給部、1,5-AG画分の排出部、及び非1,5-AG画分の排出部は、前記擬似移動層を形成できるよう、一定の位置関係を保ちながら順に循環系の下流方向にそれぞれ移動するのであれば、特に限定はない。例えば、各充填塔に原液の供給部、溶離液の供給部、1,5-AG画分の排出部、及び非1,5-AG画分の排出部が弁(バルブ)を介してそれぞれ設けられている場合、該弁の開閉の組み合わせを選択することで、これらの供給部及び排出部が順に循環系の下流方向にそれぞれ移動するようにしてもよい。この場合、原液の供給部、溶離液の供給部、1,5-AG画分の排出部、及び非1,5-AG画分の排出部は、充填塔と同じ個数ずつ存在する。
【0023】
かかるクロマト分離装置に供する原液としては、1,5-AGと非1,5-AGを含む糖を含有する液が挙げられる。
【0024】
原液に含まれる糖は、強酸性イオン交換樹脂の選択的吸着能力を発揮する観点から、2種類が好ましく、1,5-AGと他の1種類の単糖が挙げられる。具体的には、1,5-D-アンヒドロマンニトール又はD-グルコースが例示される。かかる原液としては、例えば、1,5-AGを発酵・酵素反応や有機合成を利用して製造する際に得られる糖溶液が例示される。
【0025】
原液における糖濃度は、20重量%以上、好ましくは30重量%以上である。本発明においては、前記濃度になるよう、原液の糖濃度を公知の方法(例えば、濃縮)に従って調整してもよい。なお、本明細書において、原液における糖濃度とは、原液中の1,5-AGと他の1種類の単糖を合わせた濃度(総濃度)を意味する。
【0026】
分離条件としては、溶離液として水を用いる他に、特に限定はなく適宜設定することができる。例えば、カラム温度は、好ましくは50℃以上、より好ましくは50〜70℃である。
【0027】
かくして、1,5-AGと他の1種類の単糖を含有する原液から、1,5-AGを高純度、かつ、高収率で連続的に回収することが可能となる。
【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこれらの実施例等によりなんら限定されるものではない。
【0029】
実施例1 1,5-AGと1,5-D-アンヒドロマンニトールの分離
糖合成反応で得られた糖含有液を、活性炭処理・卓上脱塩装置(サンアクティス社製、S-3型)を用いて脱色、脱塩後に、ロータリーエバポレーター(柴田科学機械工業社製)を用いて、糖濃度を約30重量%となるまで濃縮して原液を調製し、分析を行った。クロマト分離装置は8塔型で、充填塔にそれぞれローム&ハース社製「CR-1310」(Ca2+型)を充填し、カラム温度を60℃に保温した。クロマト分離条件は、原液供給量6.5mL/分、溶離液(水)供給量35mL/分、1,5-AG抜出量17.5mL/分、1,5-D-アンヒドロマンニトール抜出量24mL/分、ステップ時間10分とした。なお、原液の組成(重量比)は1,5-AGと1,5-アンヒドロマンニトールが87:13であった。
【0030】
以上の条件で、原液2Lについて分離処理を行った。結果、1,5-AGを含む溶液を5.5L回収した。次に、該溶液を減圧濃縮により、糖濃度が80重量%以上になるまで濃縮したところ、結晶が析出し始め、約100gの白色結晶が得られた。なお、クロマト分離での回収率(原液に含まれる1,5-AG固形分重量に対する収量)及びHPLC純度(以下に示す条件により測定)は100%であった。
<HPLC条件>
カラム:Hitachi GL-611
検出器:RI
溶離液:10-5M NaOH
カラム槽温度:60℃
【0031】
実施例2 1,5-AGとD-グルコースの分離
1,5-AGとD-グルコースからなる糖含有液を、実施例1と同様のクロマト分離装置で分析した。クロマト分離条件は、原液供給量8mL/分、溶離液(水)供給量20mL/分、1,5-AG抜出量14mL/分、D-グルコース抜出量14mL/分、ステップ時間8分とした。
【0032】
以上の条件で、原液2Lについて分離処理を行った。結果、1,5-AGを含む溶液を4L回収し、実施例1と同様にして結晶を回収した(50g)。回収率(原液に含まれる1,5-AG固形分重量に対する収量)は85%、HPLC純度(以下に示す条件により測定)は98%であった。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の1,5-AGの分離方法は、1,5-AGを高純度、高収率で分離回収することができるため、1,5-AGを生産性よく大量に提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロマト分離装置を用いて、水を溶離液として、1,5-D-アンヒドログルシトールを含む糖を含有する原液から1,5-D-アンヒドログルシトールを分離する方法であって、
前記原液における糖濃度が20重量%以上であり、かつ、前記クロマト分離装置が、強酸性イオン交換樹脂又は固定化酵素が充填された複数の充填塔が直列かつ無端に連結されて形成された循環系と、該循環系への原液の供給部及び溶離液の供給部と、該循環系からの1,5-D-アンヒドログルシトール画分の排出部及び1,5-D-アンヒドログルシトール以外の糖画分の排出部とを有するものであり、前記循環系において、各供給部と各排出部を溶離液の供給部、1,5-D-アンヒドログルシトール画分の排出部、原液の供給部、及び1,5-D-アンヒドログルシトール以外の糖画分の排出部の順に設け、それらの位置関係を保ちつつ、一定方向に順次移動させることで循環系に形成される4つの帯域を移動させながら分離することを特徴とする方法。
【請求項2】
強酸性イオン交換樹脂がカルシウム型の陽イオン交換樹脂である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
1,5-D-アンヒドログルシトール以外の糖が、1,5-D-アンヒドロマンニトール又はD-グルコースを含有してなる、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
4つの帯域が、1,5-D-アンヒドログルシトールの脱着帯域、1,5-D-アンヒドログルシトールの濃縮帯域、1,5-D-アンヒドログルシトールの吸着帯域、及び、1,5-D-アンヒドログルシトール以外の糖の回収帯域である、請求項1〜3いずれか記載の方法。
【請求項5】
原液が、1,5-D-アンヒドログルシトールを発酵・酵素反応又は有機合成を利用して製造する際に得られる糖溶液である、請求項1〜4いずれか記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−7907(P2012−7907A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−141648(P2010−141648)
【出願日】平成22年6月22日(2010.6.22)
【出願人】(305060567)国立大学法人富山大学 (194)
【出願人】(591286270)株式会社伏見製薬所 (50)
【Fターム(参考)】