説明

13C−呼気試験を用いた麻酔深度の測定方法

【課題】麻酔状態にある被験者(ヒトを含む哺乳動物)の麻酔深度を測定する方法およびそれに用いる組成物を提供する。特に手術中の麻酔患者の麻酔深度を、呼気を用いて簡便に非侵襲的にしかも精度良くリアルタイムで測定する方法および当該方法に好適に用いる組成物(製剤組成物)を提供する。
【解決手段】麻酔深度測定用組成物として、生体内で標識炭酸ガスに変換されて呼気中に排出される、同位元素C又はOの少なくとも一方で標識されてなる化合物を有効成分とする組成物を用いる。当該組成物を被験者に静脈投与し、呼気を採取して呼気に含まれる炭酸ガスの存在比(非標識CO2量または総CO2量に対する標識CO2量の割合)を算出する工程を経て、被験者の麻酔深度を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、麻酔下にある被験者の覚醒レベル、言い換えれば麻酔の深さを測定する方法、および当該方法に好適に使用される組成物に関する。具体的には、本発明は、麻酔下にある被験者の麻酔の深度を、13C等の標識C-呼気試験を用いて非侵襲的に測定し、また監視する方法、および当該方法に好適に使用される組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
手術は、通常、麻酔のもとで行われる。このとき麻酔薬の投与量が不十分であると患者が手術中に覚醒してしまう場合があり、一方、麻酔薬の投与量が過剰だと灌流不足による虚血から中枢神経系を害する危険もある。このため、手術中は、患者の状態をみながら麻酔薬の投与量を適度に調整して麻酔の深さを入念かつ継続的に監視する必要がある。
【0003】
麻酔の深さは、一般に、血圧、心拍数、瞳孔のサイズなど、生理学的指標の臨床的観察に基づいて評価されるが、最近では、麻酔期間中の意識のレベルを聴覚誘発電位(AEP)を用いてモニタリングする方法、完全静脈麻酔法を用いてコンピューターで脳内の血中濃度を計測しながら麻酔薬を投与する方法(target control infusion:TCI)、または脳波を解析して麻酔の深さをチェックするBISモニターを使用する方法などが使用されている。また、麻酔の深度を予測するために、患者の年齢、体重、心拍、呼吸数および血圧を使用する人工神経回路網も開発されている。
【0004】
このように麻酔科学の進歩で、麻酔の安全性は極めて高いものになっているが、麻酔薬の作用は患者の年齢や全身の状態などによって異なり、手術中の麻酔の深さを適切に調節することはなかなか簡単なことではない。また、安全で合併症を起こさない麻酔管理は当然あるが、これからはどれだけ患者に質の高い麻酔を提供できるかが問われる時代になってきている。
【0005】
麻酔の深度を測定する方法に関連する公知の特許文献としては、下記の特許文献1〜7を挙げることができる。なかでも特許文献4と5は、麻酔時の呼気をモニタリングすることによって麻酔の深度を測定する方法に関するものである。しかし、いずれも麻酔薬の血中濃度が麻酔の深度に相関するという知見に基づいて、麻酔薬の血中濃度と比較的比例する呼気濃度を測定するものであって、呼気中の標識炭酸ガスの量、特に呼気に含まれる非標識CO2量または総CO2量に対する標識CO2量の割合に基づいて麻酔の深度を測定するという本発明の着想とは全く相違するものである。
【特許文献1】特開平10−248934号公報
【特許文献2】特開2002−172095号公報
【特許文献3】特表2006−514570号公報
【特許文献4】特表2006−513435号公報
【特許文献5】特表2005−530553号公報
【特許文献6】特表2004−511286号公報
【特許文献7】特表2003−528682号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ヒトを始めとする哺乳動物の麻酔下における覚醒レベル、言い換えれば麻酔深度を測定する方法を提供することを目的とする。特に本発明は、手術中の麻酔下における患者(麻酔患者)の麻酔深度を、呼気を用いて簡便に非侵襲的にしかも精度良く測定し、また監視する方法を提供することを目的とする。さらに本発明は、当該方法に好適に使用される組成物(製剤組成物)を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題の解決を目指して鋭意研究を重ねているなかで、覚醒状態にある被験動物と麻酔下にある被験動物の各々に同位元素C又はOで標識された化合物、特に代謝され体内のbicarbonate poolに入る化合物を静脈投与したところ、呼気に排泄される同位体標識炭酸ガス(CO)の量およびそれから算出される呼気に含まれる炭酸ガスの存在比(非標識CO2量または総CO2量に対する標識CO2量の割合)の挙動が両者の間で明らかに相違することを見出し、さらに麻酔下にある被験動物の覚醒レベル(呼吸数)に応じて呼気に排泄される同位体標識炭酸ガスの量(および呼気に含まれる炭酸ガスの存在比)が変動し、両者に良好な相関関係(負の相関関係)があることを見出し、これらのことから麻酔下にある患者について、同位元素C又はOで標識された上記化合物を静脈投与し、排泄される呼気中の炭酸ガスの存在比を測定することによって、当該患者の麻酔の深度をリアルタイムで測定しモニタリングできることを確認した。
【0008】
本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
【0009】
すなわち、本発明は下記の態様を有する:
(I)麻酔深度測定用組成物
(I-1)生体内で標識炭酸ガスに変換されて呼気中に排出される同位元素C又はOの少なくとも一方で標識されてなる化合物を有効成分とする、麻酔深度測定用組成物。
(I-2)上記化合物が同位元素C又はOの少なくとも一方で標識されてなる炭酸、炭酸水素塩、ピリミジン化合物、またはアミノ酸もしくはその塩である、(I-1)に記載する麻酔深度測定用組成物。
(I-3)同位元素が13C、14C及び18Oからなる群から選択されるいずれか少なくとも一種である(I-1)または(I-2)に記載する麻酔深度測定用組成物。
(I-4)標識炭酸水素塩が13Cで標識された炭酸水素塩、好ましくはナトリウム塩である(I-2)または(I-3)記載の麻酔深度測定用組成物。
(I-5)標識ピリミジン化合物が13Cで標識されたウラシル、チミン、シトシンまたは5−メチルシトシンである(I-2)または(I-3)に記載の麻酔深度測定用組成物。
(I-6)標識アミノ酸が13Cで標識されたアラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシンまたはバリンである(I-2)または(I-3)に記載の麻酔深度測定用組成物。
(I-7)点滴または注射形態を有する組成物である(I-1)乃至(I-6)のいずれかに記載の麻酔深度測定用組成物。
【0010】
なお、これら(I-1)〜(I-7)に記載される麻酔深度測定用組成物は、同様に覚醒レベル測定用組成物、または麻酔深度監視用組成物としても有効に用いることができる。
【0011】
(II)麻酔深度を測定する方法
(II-1)(a)(I-1)乃至(I-7)のいずれかに記載の組成物を麻酔患者に静脈投与して呼気を採取する工程、および(b)呼気に含まれる炭酸ガスの存在比(非標識CO2量または総CO2量に対する標識CO2量の割合)を求める工程を有する、麻酔患者の麻酔深度を測定する方法。
(II-2)(I-1)乃至(I-7)のいずれかに記載の組成物が、13Cで標識された炭酸、炭酸水素塩、ピリミジン化合物、またはアミノ酸もしくはその塩を有効成分とする麻酔深度測定用組成物であって、上記(b)の工程が、呼気に含まれる12CO2量または総CO2量に対する13CO2量の割合を求める工程である、(II-1)に記載する方法。なお、当該(b)の工程は、後述するように、例えばΔ%13C(13C濃度変化量:atom%)またはΔ13C値(δ13C値変化量:‰)を求めることによって行うことができる。
【0012】
(III)麻酔深度を監視する方法
(III-1)麻酔期間中、(I-1)乃至(I-7)のいずれかに記載の組成物を麻酔患者に静脈投与し、継続的または連続的に呼気を採取して、呼気に含まれる炭酸ガスの存在比(非標識CO2量または総CO2量に対する標識CO2量の割合)を求める工程を有する、麻酔患者の麻酔深度を監視する方法。
(III-2)(I-1)乃至(I-7)のいずれかに記載の組成物が、13Cで標識された炭酸、炭酸水素塩、ピリミジン化合物、またはアミノ酸もしくはその塩を有効成分とする麻酔深度測定用組成物であって、呼気に含まれる12CO2量または総CO2量に対する13CO2量の割合を求める工程を有する、(III-1)に記載する方法。なお、当該方法において、呼気に含まれる炭酸ガスの存在比を求める工程は、後述するように、例えばΔ%13C(13C濃度変化量:atom%)またはΔ13C値(δ13C値変化量:‰)を求めることによって行うことができる。
【0013】
(IV)同位元素C又はOで標識されてなる炭酸水素塩の使用
(IV-1)生体内で標識炭酸ガスに変換されて呼気中に排出される同位元素C又はOの少なくとも一方で標識されてなる化合物を、麻酔患者の麻酔深度を測定する製剤または麻酔深度を監視する製剤を製造するために使用する方法。
(IV-2)上記化合物が同位元素C又はOの少なくとも一方で標識されてなる炭酸、炭酸水素塩、ピリミジン化合物、またはアミノ酸もしくはその塩である、(IV-1)に記載する方法。
(IV-3)標識炭酸水素塩が、13Cで標識された炭酸水素塩、好ましくはナトリウム塩である(IV-2)に記載する方法。
(IV-4)標識ピリミジン化合物が13Cで標識されたウラシル、チミン、シトシンまたは5−メチルシトシンである(IV-2)に記載する方法。
(IV-5)標識アミノ酸が13Cで標識されたアラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシンまたはバリンである(IV-2)に記載する方法。
(IV-6)製剤が点滴または注射形態を有するものである(IV-1)乃至(IV-5)に記載する方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の組成物および方法によれば、簡単かつ非侵襲的に、しかも高い精度で、麻酔状態にあるヒトを始めとする哺乳動物の麻酔の深さを測定することができる。このため、本発明の組成物および方法は、手術中の麻酔下にある患者の麻酔深度(覚醒レベル)を客観的に且つ精度良くモニタリングし、麻酔薬の投与量を調節しながら、麻酔深度をコントロールするために有効に使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
(I)標識C-呼気試験に関連する用語および解析方法の説明
本発明の麻酔深度の測定または監視方法は、13C-呼気試験などの標識C-呼気試験を用いることを基礎とするものである。よって、本発明の説明に先だって、標識C-呼気試験に関連する用語およびその解析方法について説明する(「13C-呼気試験の実際 基礎と実践的応用 第8項:13C-呼気試験データ解析法」、松林恒夫、松山渉、13C医学応用研究会、pp.102-111)。なお、ここでは本発明で用いる「同位元素C又はOの少なくとも一方」の一例として、13Cを挙げて説明する。
【0016】
(1) δ13C値(‰)
同位体の存在比を表す場合、同一元素の中で最も組成比の高い元素を分母にした同位体比(R)を用いる。従って炭素13(13C)のR値は、炭素12(12C)を分母とした次式で表される。
【0017】
【数1】

【0018】
Rは非常に小さい数値であるため、直接測定することは困難である、より正確に定量するため、質量分析計を用いる場合には、常に標準物質との比較が行われ、測定結果は、次式で定義されるδ値で表される。
【0019】
【数2】

【0020】
なお、標準ガスとして、石灰石由来の炭酸ガス(PDB)を使用する場合、RSTDは、RPDB=0.0112372となる。
【0021】
(2) Δ13C値(‰)
「Δ13C値(‰)」は、下式で示すように、試薬投与前のδ13C値(すなわち天然に存在する13Cのδ値)をback groundとして、試薬投与後のδ13C値から差し引いた値(Δ13C)を意味する。
【0022】
【数3】

【0023】
(3) 呼気中の13C濃度(%13C:atom%)
呼気中の13C濃度(%13C:atom%)は下式で定義される。
【0024】
【数4】

【0025】
(1)で定義した相対値δ13C値を、一般的な濃度の概念である総炭素中の13C含量(%)の形に変換するには、下記の方法を用いることができる。
【0026】
まず、上記式の右辺の分母子を12Cで割り、(式1)に基づいてRに変換すると、下記の通りになる。
【0027】
【数5】

【0028】
このRに、(式2)で求めたRSAMを代入して整理すると次式となり、δ13C値を用いて13C濃度(%13C)を表すことができる。
【0029】
【数6】

【0030】
(4) 13C濃度の変化量(Δ%13C)
呼気中の13C濃度(%13C)の変化量(Δ%13C)は、次式で定義されるように、投与t時間後の13C濃度〔(%13C)t〕から投与前0時間の13C濃度〔(%13C )0〕を差し引いて求められる。
【0031】
【数7】

【0032】
(5) Δ13C値(‰)と13C濃度変化量(Δ%13C)との関係
13Cの天然存在比(R)は約0.011であり、標識試薬を投与した場合でも呼気中への増加量はわずかに+0.001〜0.002程度である。そこで、天然存在比R→0とみなすことができ、%13CをRで表した(式4)は、次式で近似することができる。
【0033】
【数8】

【0034】
この近似式を用いて、まずδ13Cの定義である(式2)よりRSAMを求めて上記式のRに代入して整理すると、13C濃度を求める近似(式7)が得られる。
【0035】
【数9】

【0036】
これを(式6)に代入すると、下式(式8)に示すように、Δ13CからΔ%13Cを算出することができる。
【0037】
【数10】

【0038】
(II)麻酔深度測定用組成物
本発明の麻酔深度測定用組成物は、生体内で標識COガスに変換して呼気中に排出される同位元素C又はOの少なくとも一種で標識されてなる化合物を有効成分とするものである。本発明で用いられる標識化合物は、被験者に静脈投与された後、標識重炭酸イオンとして体内のbicarbonate poolに取り込まれ、bicarbonate poolの大きさ(麻酔深度に相関する)を反映した標識C含量(%)持つ炭酸ガスとして呼気に排出される特性を有するものである。この限りにおいて、化合物の種類は特に制限されないが、具体的には、炭酸、炭酸水素塩、ピリミジン化合物、アミノ酸もしくはその塩を挙げることができる。
【0039】
なかでも炭酸および炭酸水素塩は、被験者に静脈投与された後、肝臓での代謝能の影響を受けることなく、直ちに重炭酸イオンとして体内のbicarbonate poolに取り込まれて炭酸ガスとして呼気に排出される特性を有する。一方、ピリミジン化合物およびアミノ酸もしくはその塩は、肝臓での代謝能の影響をうける可能性はあるものの、炭酸水素塩が使用できないアルカローシス,Na蓄積による浮腫,および血液凝固時間延長症状(重曹製剤の副作用)を呈する患者に適用できるという利点がある。
【0040】
本発明で用いられる炭酸水素塩として、具体的にはナトリウム塩またはカリウム塩などの炭素水素のアルカリ金属塩;カルシウムまたはマグネシウムなどのアルカリ土類金属塩を挙げることができるが、好ましくは炭酸水素ナトリウムである。
【0041】
また本発明で用いられるピリミジン化合物は、ピリミジン骨格を有する化合物であり、静脈投与後、生体内で標識炭酸ガスに変換して呼気中に排出されるように、同位元素C又はOの少なくとも一種で標識されたものである。具体的には、ウラシル、チミン、シトシンおよび5-メチルシトシンなどのピリミジン塩基を挙げることができる。好ましくはウラシルおよびチミンを、より好ましくはウラシルを挙げることができる。
【0042】
また本発明で用いられるアミノ酸は、静脈投与後、生体内で標識炭酸ガスに変換して呼気中に排出されるように、同位元素C又はOの少なくとも一種で標識されたものであればよく、その限りにおいて特に制限されない。具体的には蛋白質構成アミノ酸を挙げることができるが、好ましくはアラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシンまたはバリンであり、より好ましくはアラニン、フェニルアラニンおよびロイシンである。なお、これらのアミノ酸は塩の形態を有していてもよい。
【0043】
炭酸、炭酸水素塩、ピリミジン化合物およびアミノ酸またはその塩を構成する炭素原子または酸素原子の標識に用いられる同位元素としては、特に制限はされないが、具体的には13C、14C並びに18Oを挙げることができる。かかる同位元素は放射性及び非放射性の別を問わないが、安全性の観点から好ましく非放射性同位元素である。かかる同位元素としては好適に13Cを挙げることができる。なかでもピリミジン化合物やアミノ酸は、ピリミジン代謝経路またはアミノ酸代謝経路を経て生成されるCOの少なくとも一部が同位元素で標識されてなるように、標識されてなるものである。例えば、このようなピリミジン化合物としては、ピリミジン骨格の2位の炭素原子が同位元素で標識されてなる化合物、具体的には、2-13C標識ウラシル、2-13C標識チミン、および2-13C標識シトシンなどを例示することができる。また、このようなアミノ酸の例としては、1位の炭素原子が同位元素で標識されてなるもの、具体的には1-13C標識アラニン、1-13C標識フェニルアラニン、1-13C標識ロイシンなどを例示することができる。
【0044】
こうした炭酸、炭酸水素塩、ピリミジン化合物およびアミノ酸類を13C、14C並びに18Oなどの同位体で標識する方法は、特に制限されず、通常使用される方法が広く採用される(佐々木、「5.1安定同位体の臨床診断への応用」:化学の領域107「安定同位体の医・薬学、生物学への応用」pp.149-163(1975)南江堂;梶原、RADIOISOTOPES,41,45-48(1992)等)。これらの同位体標識化合物、特に実施例に示す13C標識−炭酸水素ナトリウム、2-13C標識ウラシル、および1-13C標識アラニンはいずれも商業的に入手することができ、簡便にはかかる市販品を使用することもできる。
【0045】
本発明の組成物は、基本的には、投与後、同位体標識化合物が吸収されまた代謝された後に、標識炭酸ガスとして呼気に排出されるのであるものであればよく、それを満たすものである限り、その形態、同位体標識化合物以外の成分、各成分の配合割合、組成物の調製方法等を特に制限するものではない。
【0046】
例えば形態としては、静脈投与形態を有するものであってもよく、この場合、例えば注射剤や点滴剤の投与形態(液状、懸濁状または乳液状)を採用することができる。また、経口投与形態を有するものであってもよく、この場合、液剤(シロップ剤を含む)、懸濁剤および乳剤などの液状形態;錠剤(裸剤、被覆剤を含む)、チュアブル錠剤、カプセル剤、丸剤、散剤(粉末剤)、細粒剤および顆粒剤などの固形形態など、任意の経口投与形態を採用することができる。
【0047】
また本発明の組成物は、製剤形態を有するものに限らず、上記同位体標識化合物を含み、本発明の作用効果を妨げないものであればよく、上記同位体標識化合物を任意の食品素材と組み合わせて、固形食、流動食または液状食の形態を有するものであってもよい。
【0048】
本発明の組成物は、実質上、有効成分である上記同位体標識化合物だけからなるものであってもよいが、本発明の作用及び効果を損なわない限り、他の成分として、各製剤形態(投与形態)に応じて、通常当業界において用いられる薬学上許容される任意の担体及び添加物を配合した形態であってもよい。
【0049】
この場合、有効成分として配合する同位体標識化合物の量としては、特に制限されることなく、組成物100重量%中1〜95重量%を挙げることができ、かかる範囲で適宜調整することができる。
【0050】
本発明の組成物を、例えば点滴または注射剤などの液体、懸濁液または乳液の形態に調製するに際しては、各種形態に応じて、精製水または注射用蒸留水のほか、各種の担体または添加剤を用いることができる。例えば、添加剤としては、等張化剤(例えば塩化ナトリウムなど)、pH調整剤(例えば塩酸、水酸化ナトリウムなど)、緩衝剤(例えばホウ酸、リン酸一水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウムなど)、保存剤(例えば塩化ベンザルコニウムなど)、増粘剤(例えばカルボキシビニルポリマーなど)のような通常用いられる添加剤を用いることができる。
【0051】
また本発明の組成物を、例えば錠剤、チュアブル錠剤、カプセル剤、丸剤、散剤(粉末剤)、細粒剤、および顆粒剤などの固形形態に成形するに際しては、各種形態に応じて各種の担体または添加剤を用いることができる。
【0052】
担体または添加剤として、例えば乳糖、白糖、デキストリン、マンニトール、キシリトール、ソルビトール、エリスリトール、リン酸二水素カルシウム、塩化ナトリウム、ブドウ糖、尿素、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、結晶セルロース、ケイ酸等の賦形剤;水、エタノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、セラック、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、リン酸カリウム、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、デキストリン、プルラン等の結合剤;乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、デンプン、乳糖、カルメロースカルシウム、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルメロース、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム、クロスポピドン等の崩壊剤;白糖、ステアリン酸、カカオバター、水素添加油等の崩壊抑制剤;ポリソルベート80、第4級アンモニウム塩基、ラウリル硫酸ナトリウム等の吸収促進剤;グリセリン、デンプン等の保湿剤;デンプン、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状ケイ酸等の吸着剤;精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ酸末、ポリエチレングリコール、コロイド状ケイ酸、ショ糖脂肪酸類、硬化油等の滑沢剤;クエン酸、無水クエン酸、クエン酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム二水和物、無水リン酸一水素ナトリウム、無水リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素ナトリウム等のpH調整剤;酸化鉄、βカロテン、酸化チタン、食用色素、銅クロロフィル、リボフラビン等の着色剤;およびアスコルビン酸、塩化ナトリウム、各種甘味料等の矯味剤等を使用できる。
【0053】
錠剤は必要に応じて通常の剤皮を施した錠剤、例えば糖衣錠、ゼラチン被包錠、フィルムコーティング錠、二重錠、多層錠等とすることができる。またカプセル剤は常法に従い、有効成分である同位体標識−炭酸水素塩または同位体標識−ピリミジン化合物を上記で例示した各種の担体と混合して硬化ゼラチンカプセル、軟質カプセル等に充填して調製される。
【0054】
本発明の組成物によれば、これを麻酔状態にある被験者(ヒトおよび動物を含む)に投与した後、呼気を採取して呼気に含まれる炭酸ガスの存在比(非標識CO量または総CO量に対する標識CO量)を測定することによって、当該被験者の麻酔の深さを測定することができる。その詳細は、下記(III)にて説明する。
【0055】
本発明の麻酔深度測定用組成物が静脈投与形態(注射剤または点滴剤)を有する場合、当該組成物に配合される同位体標識化合物(有効成分)の量としては、ケースに応じて適宜調節設定することができるものの、通常0.001〜100mg/ml、好ましくは0.01〜10mg/mlを挙げることができる。
【0056】
(III)麻酔深度の測定方法および監視方法
前述する本発明の麻酔深度測定用組成物を用いることによって、麻酔状態にある被験者(ヒトまたは哺乳動物)の麻酔の深さを測定することができる。
【0057】
当該麻酔深度の測定は、基本的には、同位体標識化合物を有効成分とする上記組成物を、ヒトを始めとする哺乳動物(被験者)に投与し、呼気を採取し、当該呼気に含まれる炭酸ガスの存在比(非標識CO量または総CO量に対する標識CO量)を測定することによって行うことができる。本発明で用いる同位体標識化合物は、前述するように、いずれも被験者に静脈投与された後、重炭酸イオンとして体内のbicarbonate poolに取り込まれ,bicarbonate poolの大きさ(麻酔深度に相関する)を反映した標識C含量(%)持つ炭酸ガスとして呼気に排出される特性を有している。
【0058】
なお、ここで同位体標識化合物を有効成分とする本発明の組成物の投与方法は、特に制限されないが、被験者が麻酔状態にあることに鑑みれば、好ましくは静脈内投与である。また単回投与、複数投与、または連続投与の別は、麻酔深度測定の目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、手術中の患者の麻酔深度をリアルタイムで監視する場合には、連続的または連続でなくても継続して、本発明の組成物を投与し、呼気を採取し、当該呼気に含まれる炭酸ガスの存在比から麻酔深度を測定することが好ましい。
【0059】
呼気に含まれる炭酸ガスの存在比(非標識CO量または総CO量に対する標識CO量の割合)から麻酔状態にある被験者の麻酔深度を測定する方法の一例を、13C-標識化合物を有効成分とする組成物を用いる場合(即ち、測定する標識CO13COの場合)を例として説明すれば、下記の通りである。
【0060】
(1) 常法の13C-呼気試験法に従って、本発明の組成物を被験者に静脈または経口投与後、経時的に呼気を採取する。
(2) 採取した呼気に含まれる炭酸ガスの存在比(総CO量に対する13CO量の割合)を、下記の方法に従って、13C-標識化合物投与前の13C含量(atom %)〔(%13C)0〕を差し引いた13C濃度の変化量(Δ%13C)として算出する。
【0061】
(a) 呼気に含まれる総炭素中の13C含量(atom %)〔呼気中の13C濃度(%13C)〕を求め、さらに式6に従って、13C-標識化合物投与前の13C濃度(atom %)〔(%13C)0〕を差し引いて、13C濃度の変化量(Δ%13C)を求める。
【0062】
【数11】

【0063】
【数12】

【0064】
(b) なお、必要に応じて、上記13C濃度の変化量(Δ%13C)は、式5および3に基づいて、Δ13C値(‰)〔δ13C値変化量(‰)またはDOB(‰)〕に換算してもよい。
【0065】
【数13】

【0066】
【数14】

【0067】
同位体標識化合物を有効成分とする麻酔深度測定用組成物を投与した後に呼気中に排出される標識C含量、またはこれに対応するΔ%13C(atom%)若しくはΔ13C値(‰)は、後述する実験例3〜6に示すように、麻酔状態にある被験者(麻酔患者)の覚醒レベル、すなわち麻酔深度を反映しており、当該組成物を用いた本発明の方法によれば、当該被験者(麻酔患者)の麻酔の深さを精度良く測定することができる。
【0068】
またかかる麻酔深度の測定を、本発明の麻酔深度測定用組成物を、点滴などの方法で、連続的に投与し、また連続的に呼気を採取して炭酸ガスの存在比を測定することにより、手術中の麻酔状態にある患者の麻酔の深さをリアルタイムで監視することができる。呼気試料中に含まれる標識炭酸ガスの測定・分析は、使用する同位元素が放射性か非放射性かによって異なるが、通常、液体シンチレーションカウンター法、質量分析法、赤外分光分析法、発光分析法、磁気共鳴スペクトル法等といった一般に使用される分析手法を用いて行うことができる。好ましくは測定精度の点から赤外分光分析法及び質量分析法である。
【0069】
本発明の麻酔深度測定用組成物の投与方法は、前述する通りであるが、特に制限されない。
【0070】
本発明の組成物に配合される同位体標識化合物(有効成分)の量としては、ケースに応じて適宜調節設定することができるものの、通常0.001〜100mg/ml、好ましくは0.01〜10mg/mlを挙げることができる。かかる組成物を点滴などで連続的に被験者に投与する場合、制限されないが、通常1〜1000ml/hr、好ましくは2〜500ml/hrの投与速度を採用することができる。
【0071】
具体的には、麻酔患者の麻酔深度の測定は、麻酔状態にある患者に、上記(1)〜(2)に記載する方法に従って、本発明の組成物を投与して、呼気を採取し、当該呼気に含まれる炭酸ガスの存在比を求めることによって行うことができる。より具体的には、呼気中に経時的に排出される標識COの量から、Δ%標識C(atom%)またはΔ標識C値(‰)を算出することによって求めることができ、さらにこれらいずれかの値の経時的変動をモニタリングことによって、麻酔患者の麻酔深度の経時的変化を監視することができる。
【0072】
なお、麻酔患者の麻酔深度の測定は、呼気試験を利用した本発明の方法と並行して、脳波、血圧、心拍数、および脈拍数などを測定することによっても行うことができ、かかる方法によってより精度良く麻酔深度を測定することができる。
【実施例】
【0073】
以下に実施例並びに実験例を掲げて、本発明をより一層明らかにする。ただし、本発明はこれらの実施例等によって何ら制限されるものではない。
【0074】
実施例1 注射剤(その1)
13C炭酸水素ナトリウム(13C-NaHCO3:Cambridge Isotope Laboratories, Inc.:CIL社製)68mgを、注射用生理食塩水20mlに溶解し、これをアンプルに分注して、115℃で10分加熱滅菌して注射剤の形態をした組成物(pH8.2)を調製した。
【0075】
実施例2 注射剤(その2)
2-13Cウラシル(CIL社製)300mgおよびメグルミン(1-Deoxy-1-methylamino-D-glucitol) (SIGMA社製)1.2 g を水に溶かして15mLとし、115℃で10分加熱滅菌して注射剤の形態を有する組成物(pH:9.4、浸透圧:561 mOsm)を調製した。
【0076】
実施例3 注射剤(その3)
L-アラニン(1-13Cアラニン) (CIL社製) 45mgを量りとり、生理食塩液に加えて溶解して正確に50 mLとし、115℃で10分加熱滅菌して注射剤の形態を有する組成物(濃度:0.90 mg/mL)を調製した。
【0077】
実施例4 点滴剤
13C炭酸水素ナトリウム(13C-NaHCO3:CIL社製)68mgを、注射用生理食塩水80mlに溶解し、これを115℃で10分加熱滅菌して点滴剤の形態をした組成物(pH8)を調製した。
【0078】
実施例5 顆粒剤
13C炭酸水素ナトリウム(13C-NaHCO3:CIL社製)20gとD−マンニトール(マンニット、協和発酵製)180gを混合後、サンプルミル(KIIWG-1F、不二パウダル製)へ導入し混合粉砕(粉砕ローター回転数:12800rpm、サンプル供給モーター回転数:約10rpm、スクリーン:1mmパンチスクリーン)し、粉末原料を調製した。得られた粉末原料144gを量り取り、スピードニーダー(NSK-150、岡田精工製)に入れ、精製水14.4gを加えて練合した。次いで得られた湿粉体をφ1mm穴のドームダイを装着した押し出し造粒機(ドームグランDG-1L、不二パウダル製)で押し出し、60℃に設定した送風乾燥機(SPHH-201、エスペック製)で乾燥させた。乾燥後の製剤の内、目開き1400μmの篩いを通過し、且つ目開き355μmの篩いを通過しなかったものを13C炭酸水素ナトリウム10重量%含有粒状製剤として得た。
【0079】
実施例6 錠剤
13C炭酸水素ナトリウム(13C-NaHCO3:CIL製)100g、乳糖(H.M.S社製)60g、トウモロコシデンプン(コーンスターチ、日本食品化工製)25g、結晶セルロース(セオラスPH301、旭化成製)10g、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC-L微粉、日本曹達製)4gをスピードニーダー(NSK-150、岡田精工製)に入れ混合後、精製水40gを加えて練合した。次いで、得られた練合粉体を3mmパンチスクリーンを装着したスピードミル(ND-02、岡田精工製)により造粒した後、70℃に設定した送風乾燥機(SPHH-200、エスペック製)で乾燥させた。乾燥後得られた粒状体を16号篩いに通過させて整粒し、整粒後の粒状体199gにステアリン酸マグネシウム(太平化学産業製)1gを添加して打錠用顆粒とした。この打錠用顆粒をφ8mmスミ角Rの杵臼を装着した単発打錠機(No.2B、菊水製作所製)を用いて1錠が200mgとなるように打錠して錠剤を得た。
【0080】
実施例7 粉末製剤
13C-炭酸水素ナトリウム(13C-NaHCO3:CIL社製)20g及びD−マンニトール(マンニット、協和発酵製)180gを良く混合した後、サンプルミル(SAM、奈良機械社製)に投入して混合粉砕処理(粉砕羽根形状:ピンタイプ、ローター回転数:4000rpm、スクリーン:3mmパンチスクリーン)し、粉末製剤を調製した。
【0081】
実験例1
(1)覚醒ラットを使用した実験
13C-NaHCO3 /生理食塩液(濃度3.4 mg/mL)を体重1kg当たり1mLの投与量で,覚醒ラットの尾静脈に投与した(ラット数:3)。投与前,投与後2分,5分,10分,20分,30分,60 分に100mL/minの割合でラットの呼気を100mL採取し,呼気採取バッグに移した。採取した呼気中の13CO量を赤外分光分析装置(「POCone」:大塚電子製)で測定し、呼気中のΔ13C値(‰)を算出した。
【0082】
(2)麻酔ラットを使用した実験
ラットにペントバルビタールナトリウム注射液(商品名:ネンブタール注射液)を体重当たり1mL/kgの割合で腹腔内投与し、麻酔をかけた(ラット数:3)。約20分後に13C-NaHCO3 /生理食塩液(濃度3.4 mg/mL)を体重1kg当たり1mLの投与量で,当該麻酔状態にあるラットの尾静脈に投与した。13C-NaHCO3 /生理食塩液の投与前,投与後2分,5分,10分,20分,30分,60 分に100 mL/minの割合でラットの呼気を100mL採取し,呼気採取バッグに移した。採取した呼気中の13CO量を赤外分光分析装置(「POCone」:大塚電子製)で測定し、呼気中のΔ13C値(‰)を算出した。
【0083】
結果を図1に示す。図1中、−▲−は覚醒ラットについてのΔ13C値(‰)の推移、−◆−は麻酔ラットについてのΔ13C値(‰)の推移であり、13C-NaHCO3 /生理食塩液の投与から少なくとも60分間に亘って、両者に有意な差異があることが確認された。
【0084】
実験例2
ラットにペントバルビタールナトリウム注射液(商品名:ネンブタール注射液)を体重当たり1mL/kgの割合で腹腔内投与して麻酔をかけた。約20分後に13C-NaHCO3 /生理食塩液(濃度0.17 mg/mL, 0.34 mg/mL又は0.85mg/mL)を、当該ラットの右大腿静脈にインフュージョンポンプを用いて2.0mL/hrの速度で静注した。この時、ラットから排泄された呼気を100mL/minの速度で10分毎に60分まで100mLずつ採取し、呼気採取バッグに移した。採取した呼気中の13CO量を赤外分光分析装置(「POCone」:大塚電子製)で測定し、呼気中のΔ13C値(‰)を算出した。
【0085】
結果を図2に示す。図2中、−▲−、−■−および−◆−は、それぞれ濃度0.17 mg/mL, 0.34 mg/mLおよび0.85mg/mLの13C-NaHCO3 /生理食塩液を2mL/hrの速度で静注した場合のΔ13C値(‰)の推移を示す。図2からわかるように、投与開始30分程度でΔ13C値(‰)が安定し、13C-NaHCO3 /生理食塩液の13C-NaHCO3濃度とΔ13C値(‰)との間に用量相関性が認められた。
【0086】
実験例3
ラットにペントバルビタールナトリウム注射液(商品名:ネンブタール注射液)を体重当たり1mL/kgの割合で腹腔内投与して麻酔をかけた。約20分後に13C-NaHCO3 /生理食塩液(濃度0.85mg/mL)を当該ラットの右大腿静脈にインフュージョンポンプを用いて2.0mL/hrの速度で静注した。投与開始後、10分毎にラットの呼気を100mL / minの速度で100mL採取して、呼気採取バッグに移した。採取した呼気中の13CO量を赤外分光分析装置(「POCone」:大塚製薬)で測定し、呼気中のΔ13C値(‰)を算出した。
【0087】
また、麻酔深度の他の指標として、ラットの1分間当たりの呼吸数を呼気採取の際に同時に測定した。呼吸数及びΔ13C値(‰)が安定した投与開始50分後にペントバルビタールナトリウム注射液を100μL注入し,その後も5分毎にペントバルビタールナトリウム注射液を100μLずつ注入していき、継続して呼気中13CO濃度変化量(Δ13C(‰))ならびに呼吸数の測定を行った。
【0088】
結果を図3に示す。図からわかるように、投与開始から50分以降、ペントバルビタールナトリウム注射液を100μLずつ注入していくと、麻酔が深くなり、それに伴って呼吸数が直線的に低下していき、呼吸数30回/分程度で死亡した。一方、呼気中13CO濃度変化量(Δ13C値(‰))は、呼吸数とは逆に、麻酔の深さに伴って上昇した(すなわち、麻酔深度の指標としての呼吸数と、Δ13C値(‰)には逆の相関が認められる)。
【0089】
このことから,13C-NaHCO3を有効成分とする組成物を投与して測定する13C-呼気反応と麻酔の深度との間には相関があり、13C-NaHCO3を有効成分とする組成物を用いた13C-呼気試験によりΔ13C値(‰)を求めることにより、麻酔状態にある被験者(ヒトまたは哺乳動物)の麻酔深度を測定し、また監視することが可能であることが確認された。
【0090】
実験例4
実験例3と同様に、ラットにペントバルビタールナトリウム注射液(商品名:ネンブタール注射液)を体重当たり1mL/kgの割合で腹腔内投与して麻酔をかけた。約20分後に13C-NaHCO3 /生理食塩液(濃度0.85mg/mL)を、当該ラットの右大腿静脈にインフュージョンポンプを用いて2.0mL/hrの速度で静注した。投与開始後、10分毎にラットの呼気を100mL / minの速度で100mL採取して、呼気採取バッグに移した。採取した呼気中の13CO量を赤外分光分析装置(「POCone」:大塚製薬)で測定し、呼気中のΔ13C値(‰)を算出した。また、麻酔深度の他の指標として、ラットの1分間当たりの呼吸数を呼気採取の際に同時に測定した。
【0091】
13C-NaHCO3 /生理食塩液の投与開始から15分後および60分後に、ペントバルビタールナトリウム注射液を100μL注入した。また、投与開始60分後についてはさらに5分毎にペントバルビタールナトリウム注射液を100μLずつ注入していき、継続して呼気中13CO濃度変化量(Δ13C(‰))ならびに呼吸数の測定を行った。
【0092】
結果を図4に示す。図からわかるように、投与開始から15分後のペントバルビタールナトリウム注射液100μlの投与により呼吸数は低下し、一方、Δ13C値(‰)は上昇した。しかし、投与開始から60分頃には麻酔が切れてきて、それに伴って呼吸数は増加し、逆にΔ13C値(‰)は低下した。または投与開始から60分以降、ペントバルビタールナトリウム注射液を100μLずつ注入していくと、呼吸数が直線的に低下していき、逆に、呼気中13CO濃度変化量(Δ13C値(‰))は、麻酔の深さに伴って上昇した。
【0093】
この実験からも、実験例3と同様に、麻酔深度の指標である呼吸数とΔ13C値(‰)との間には逆の相関があることが認められた。このことからも、13C-NaHCO3を有効成分とする組成物を用いた13C-呼気試験によりΔ13C値(‰)を求めることにより、麻酔状態にある被験者(ヒトまたは哺乳動物)の麻酔深度を測定し、また監視することが可能であることが確認された。
【0094】
実験例5
実施例2で調製した注射剤を2.26 mL とり、生理食塩液を加えて正確に40 mLとし、 2-13C-ウラシル/生理食塩液を調製した(2-13C-ウラシルの濃度:1.13mg/mL)。
【0095】
実験例3と同様にして、ラットにペントバルビタールナトリウム注射液(商品名:ネンブタール注射液)を体重当たり1mL/kg腹腔内投与して麻酔をかけた。約20分後に、当該麻酔ラットに2-13C-ウラシル/生理食塩液(濃度1.13 mg/mL)を右大腿静脈にインフュージョンポンプを用いて2.0mL / hrの速度で静注した。投与開始後、10分あるいは5分毎にラットの呼気を100mL / minの速度で100mL採取し、採取した呼気を呼気採取バッグに移した。採取した呼気中の13CO量を赤外分光分析装置(「POCone」:大塚製薬)で測定し、呼気中のΔ13C値(‰)を算出した。また、麻酔深度の他の指標として、ラットの1分間当たりの呼吸数を呼気採取の際に同時に測定した。呼吸数及びΔ13C値が安定した投与開始後85分に、ペントバルビタールナトリウム注射液を再度100μL注入し、その後も5分毎に当該注射液を100μLずつ注入していき、呼気中の13CO2濃度変化量(Δ13C(‰))ならびに呼吸数の測定を行った。
【0096】
結果を図5に示す。図に示すように、Δ13C値が安定した、投与開始85分以降に、ペントバルビタールナトリウム注射液を100μLずつ注入していくと呼吸数が低下していき、逆に、呼気中13CO濃度変化量(Δ13C値(‰))は、麻酔の深さに伴って上昇した。
【0097】
実験例6
ラットにペントバルビタールナトリウム注射液(商品名:ネンブタール注射液)を体重当たり1mL/kgの割合で腹腔内投与して麻酔をかけた。約20分後に、実施例3で調製した注射剤〔L-Alanine(1-13C) /生理食塩液(濃度0.90 mg/mL)〕を右大腿静脈にインフュージョンポンプを用いて2.0mL / hrの速度で静注した。投与開始後、10分毎にラットの呼気を100mL / minの速度で100mL採取し、採取した呼気を呼気採取バッグに移した。採取した呼気中の13CO量を赤外分光分析装置(「POCone」:大塚製薬)で測定し、呼気中のΔ13C値(‰)を算出した。また、麻酔深度の他の指標として、ラットの1分間当たりの呼吸数を呼気採取の際に同時に測定した。呼吸数及びΔ13C値が安定した投与開始60分後に、ペントバルビタールナトリウム注射液を再度100μL注入し、その後も5分毎に当該注射液を100μLずつ注入していき、呼気中の13CO2濃度変化量(Δ13C(‰))ならびに呼吸数の測定を行った。
【0098】
結果を図6に示す。図に示すように、Δ13C値が安定した、投与開始60分以降に、ペントバルビタールナトリウム注射液を100μLずつ注入していくと呼吸数が低下していき、逆に、呼気中13CO濃度変化量(Δ13C値(‰))は、麻酔の深さに伴って上昇した。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】覚醒ラット(−▲−)および麻酔ラット(−◆−)にそれぞれ13C-NaHCO3 /生理食塩液を投与して、13C-呼気試験を行って求めたΔ13C値(‰)の推移を示す(実験例1)。
【図2】ラットに、0.17 mg/mL(−▲−)、 0.34 mg/mL(−■−)、および0.85mg/mL(−◆−)の割合で13C-NaHCO3 /生理食塩液を速度2mL/hrで静注した場合のΔ13C値(‰)の推移を示す(実験例2)。
【図3】麻酔状態にあるラットについて、13C-NaHCO3 /生理食塩液を投与して13C-呼気試験を行って求めたΔ13C値(‰)の推移(−◆−)と呼吸数(回)(■)との関係を示す図である(実験例3)。
【図4】麻酔状態にあるラットについて、13C-NaHCO3 /生理食塩液を投与して13C-呼気試験を行って求めたΔ13C値(‰)の推移(−◆−)と呼吸数(回)(■)との関係を示す図である(実験例4)。
【図5】麻酔状態にあるラットについて、13C-ウラシル /生理食塩液を投与して13C-呼気試験を行って求めたΔ13C値(‰)の推移(−◆−)と呼吸数(回)(■)との関係を示す図である(実験例5)。
【図6】麻酔状態にあるラットについて、13C-L-アラニン /生理食塩液を投与して13C-呼気試験を行って求めたΔ13C値(‰)の推移(−◆−)と呼吸数(回)(■)との関係を示す図である(実験例6)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体内で標識炭酸ガスに変換されて呼気中に排出される同位元素C又はOの少なくとも一つで標識されてなる化合物を有効成分とする、麻酔深度測定用組成物。
【請求項2】
上記化合物が同位元素C又はOの少なくとも一方で標識されてなる炭酸、炭酸水素塩、ピリミジン化合物またはアミノ酸若しくはこの塩である、麻酔深度測定用組成物。
【請求項3】
同位元素が13C、14C及び18Oからなる群から選択されるいずれか少なくとも一種である請求項1または2に記載する麻酔深度測定用組成物。
【請求項4】
点滴または注射形態を有する組成物である請求項1乃至3のいずれかに記載する麻酔深度測定用組成物。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の組成物を麻酔患者に静脈投与して呼気を採取する工程、および呼気に含まれる非標識CO2量または総CO2量に対する標識CO2量の割合を求める工程を有する、麻酔患者の麻酔深度を測定する方法。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれかに記載の組成物を、麻酔期間中、麻酔患者に静脈投与し、継続的または連続的に呼気を採取して、呼気に含まれる非標識CO2量または総CO2量に対する標識CO2量の割合を求める工程を有する、麻酔患者の麻酔深度を監視する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−142319(P2008−142319A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−333236(P2006−333236)
【出願日】平成18年12月11日(2006.12.11)
【出願人】(000206956)大塚製薬株式会社 (230)