説明

2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体の製造方法

【課題】 本発明は、医農薬や機能性材料等の製造中間体として有用な2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体を、安価な原料より簡便に収率良く製造することができる方法を提供することにある。
【解決手段】 ベンゾイルギ酸エステル類を、亜鉛のようなハロゲン原子捕捉剤共存下に、ジブロモジフルオロメタンとトリフェニルホスフィンのような三級ホスフィンから発生させたジフルオロメチレンホスホラン類と反応させることにより、収率及び選択性良く2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体(2)を製造することができる。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医農薬や機能性材料等の製造中間体として有用な2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジブロモジフルオロメタンとトリフェニルホスフィンなどの第三級ホスフィンからホスホニウム塩を経て調製したジフルオロメチレンホスホラン類(リンイリド)とカルボニル化合物とを反応させて、カルボニル基をジフルオロメチレン基へと変換する、いわゆるウィティッヒ型反応が古くから知られている。また、このホスホニウム塩は亜鉛や銅などのハロゲン原子捕捉剤の共存下に反応させることによってもリンイリドが生成し、カルボニル基のジフルオロメチレン化に供することができる(非特許文献1及び2)。しかしながら、本発明者の調査した限りでは、ジブロモジフルオロメタンと第三級ホスフィンから調製したリンイリド化合物を用いたベンゾイルギ酸エステル類のジフルオロメチレン化反応についてはこれまで全く知られていない。
【0003】
一方、特許文献1には、クロロジフルオロ酢酸ナトリウムとトリフェニルホスフィンから調製したジフルオロメチレン(トリフェニル)ホスホランを用いて、ベンゾイルギ酸エステルをジフルオロメチレン化することにより、2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステルを製造する方法が記載されている。しかし、具体的な実施例や化合物例は全く記載されておらず、反応条件や収率等は全く不明である。本発明者らは、特許文献2記載の方法を参考に、一般的な方法に従って、クロロジフルオロ酢酸ナトリウムとトリフェニルホスフィンから通常の方法によりジフルオロメチレン(トリフェニル)ホスホランを調製し、ベンゾイルギ酸メチルのジフルオロメチレン化を行ったところ(比較例‐1参照)、3,3‐ジフルオロ‐2‐フェニルアクリル酸メチルが17%の収率で得られるものの、3,3,3‐トリフルオロ‐2‐フェニルプロピオン酸メチルが39%も副生することが判り、特許文献1記載の方法は収率、選択性ともに優れた方法とは言い難い。
【0004】
【化3】

【0005】
また、特許文献3には、同じくクロロジフルオロ酢酸ナトリウムとトリフェニルホスフィンから調製したジフルオロメチレン(トリフェニル)ホスホランを用いて、2‐ナフチル‐α‐オキソ酢酸エステルをジフルオロメチレン化することにより、2‐ナフチル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステルを製造する方法について記載されているが、生成物の記載はあるものの、詳細な反応条件や生成物の収率などは記述されていない。このように、特許文献1及び2には本発明のベンゾイルギ酸エステル類のジフルオロメチレン化反応に関する記述は一切ない。
【0006】
【化4】

【0007】
一方、本発明の製造方法で得られる2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステルは他の方法によっても合成できることが報告されている。非特許文献3には、フェニル酢酸エステルから調製した2‐フェニルマロン酸ジエステルを、tert‐ブトキシカリウムの存在下、ジブロモジフルオロメタンと反応させてブロモジフルオロメチル基を導入した後、酸性条件下でtert‐ブチルエステルを加水分解し、脱炭酸と脱臭化水素を経て2‐フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エチルを得る方法が記載されている。また、非特許文献4には、非特許文献3記載の方法における最終行程の脱炭酸と脱臭化水素工程を改良し、減圧下に110℃で蒸留することにより目的化合物が得られることが記載されている。しかしながら、これらの方法は、合成に多段階の反応を必要とし、また、強塩基や強酸を使用するため、ベンゼン環上の置換基に大きな制限を受け、汎用性に欠ける製造方法である。
【0008】
【化5】

【0009】
また、非特許文献5には、3,3‐ジフルオロ‐2‐フェニルグリシド酸メチルを塩化水素で処理してオキシラン環を開環させてジクロル化した後、亜鉛を用いて脱塩素化することにより、2‐フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸メチルを合成する方法が記載されている。この合成方法は、2工程で目的物を得られる点で効率の良い方法ではあるが、原料に3,3‐ジフルオロ‐2‐フェニルグリシド酸メチルのような特殊な化合物を用いなければならず、工業的製造方法としては有効な方法とは言えない。
【0010】
【化6】

【0011】
本発明の製造方法により得られる2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体は、ジフルオロメチレン基やエステルなど官能基変換可能な置換基を有し、医農薬や機能性材料等の製造中間体として極めて有用である。例えばヒドラジン類と反応させることにより、フッ素置換ピラゾール誘導体を合成することができ(非特許文献6)、医農薬などの有効成分として有用な含フッ素複素環化合物製造のためビルディングブロックと成り得るものである。
【0012】
【化7】

【非特許文献1】D.J.Burton,J.Fluorine Chem.,23,339(1983)
【非特許文献2】D.J.Burtonら,Chem.Rev.,96,1641(1996)
【特許文献1】特表2004‐503475号公報(国際特許公報WO2001/095721)
【特許文献2】特開2004‐307388号公報
【特許文献3】米国特許US4001301公報
【非特許文献3】I.A.MacDonaldら,J.Med.Chem.,28,186(1985)
【非特許文献4】J.Kimら,Bioorg.Med.Chem.,14,1444(2006)
【非特許文献5】R.A.Bekkerら,Zhurnal Organicheskoi,Khimii,11,961(1975)
【非特許文献6】N.K.Parkら,Tetrahedron,60,7943(2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、医農薬や機能性材料等の製造中間体として有用な2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体を、安価な原料より簡便に製造することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、一般式(1)で示されるベンゾイルギ酸エステル類のジフルオロメチレン化による2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体(2)の製造において、亜鉛のようなハロゲン原子捕捉剤共存下に、ジブロモジフルオロメタンとトリフェニルホスフィンのような第三級ホスフィンから発生させたジフルオロメチレンホスホラン類を用いることにより、収率及び選択性良く2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体(2)を製造できることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち本発明は、一般式(1)
【0016】
【化8】

【0017】
[式中、Rは水素原子又は炭素数1〜12のアルキル基を表す。Xは水素原子、ハロゲン原子、置換されていてもよい炭素数1〜12のアルキル基、置換されていてもよい炭素数1〜12のアルコキシ基、置換されていてもよい炭素数2〜6のアルケニルオキシ基、置換されていてもよい炭素数2〜6のアルキニルオキシ基、(置換されていてもよい炭素数1〜6のアルコキシ)カルボニル基、ビニル基、水酸基、カルボキシ基、シアノ基、ニトロ基を表す。nは1〜5の整数を表し、nが2〜5の時、Xは異なっていてもよい。]で示されるベンゾイルギ酸エステル類をジフルオロメチレン化反応により、一般式(2)
【0018】
【化9】

【0019】
(R、X及びnは前記と同じ意味を表す。)で示される2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体を製造する方法において、ジブロモジフルオロメタンと、一般式P(R(3)[式中、Rは置換されていてもよいフェニル基、置換されていてもよい炭素数1〜6のアルキル基又はジ(炭素数1〜4のアルキル)アミノ基を表す。]で示される第三級ホスフィンから、ハロゲン原子捕捉剤存在下に調製した、一般式FC=P(R(4)(式中、Rは前記と同じ意味を表す。)で示されるジフルオロメチレンホスホラン類を用いることを特徴とする2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸誘導体の製造方法に関するものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明の2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体(2)は、ジフルオロメチレン基やエステルなど官能基変換可能な置換基を有し、医農薬や機能性材料の製造中間体として極めて有用であり、本発明の製造方法によれば安価な原料より簡便に収率及び選択性良く製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明において、一般式(1)及び(2)のRで表される炭素数1〜12のアルキル基としては、直鎖状、分枝状あるいは環状のいずれであってもよく、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、シクロプロピル基、シクロプロピルメチル基、ブチル基、イソブチル基、tert‐ブチル基、sec‐ブチル基、ペンチル基、2‐ペンチル基、3‐ペンチル基、シクロペンチル基、1‐メチルシクロペンチル基、ヘキシル基、シクロヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基等を例示することができる。容易に入手できることや調製が簡便であることからメチル基やエチル基等の炭素数1〜4のアルキル基が好ましい。
【0022】
Xで表されるハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等を例示することができる。
【0023】
Xで表される置換されていてもよい炭素数1〜12のアルキル基としては、直鎖状、分枝状あるいは環状のいずれであってもよく、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、シクロプロピル基、シクロプロピルメチル基、ブチル基、イソブチル基、tert‐ブチル基、sec‐ブチル基、ペンチル基、tert‐ペンチル基、2‐ペンチル基、3‐ペンチル基、シクロペンチル基、1‐メチルシクロペンチル基、ヘキシル基、2‐ヘキシル基、3‐ヘキシル基、シクロヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、2‐エチルヘキシル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基等を例示することができる。これらのアルキル基はハロゲン原子、炭素数1〜4のアルコキシ基、シアノ基、ニトロ基、(炭素数1〜4のアルコキシ)カルボニル基等で1個以上置換されていてもよい。
【0024】
Xで表される置換されていてもよい炭素数1〜12のアルコキシ基としては、メチルオキシ基、エチルオキシ基、プロピルオキシ基、イソプロピルオキシ基、シクロプロピルオキシ基、シクロプロピルメチルオキシ基、ブチルオキシ基、イソブチルオキシ基、tert‐ブチルオキシ基、sec‐ブチルオキシ基、ペンチルオキシ基、tert‐ペンチルオキシ基、2‐ペンチルオキシ基、3‐ペンチルオキシ基、シクロペンチルオキシ基、1‐メチルシクロペンチルオキシ基、ヘキシルオキシ基、2‐ヘキシルオキシ基、3‐ヘキシルオキシ基、シクロヘキシルオキシ基、ヘプチルオキシ基、オクチルオキシ基、2‐エチルヘキシルオキシ基、ノニルオキシ基、デシルオキシ基、ウンデシルオキシ基、ドデシルオキシ基等を例示することができる。これらのアルコキシ基はハロゲン原子、炭素数1〜4のアルコキシ基、シアノ基、ニトロ基、(炭素数1〜4のアルコキシ)カルボニル基等で1個以上置換されていてもよい。
【0025】
Xで表される置換されていてもよい炭素数2〜6のアルケニルオキシ基としては、アリルオキシ基、2‐メチル‐1‐プロペン‐3‐イルオキシ基、2‐ブテン‐4‐イルオキシ基、2‐メチル‐2‐ブテン‐4‐イルオキシ基、1‐ブテン‐4‐イルオキシ基、2‐メチル‐1‐ブテン‐4‐イルオキシ基、1‐ペンテン‐5‐イルオキシ基等を例示することができる。これらのアルケニルオキシ基はハロゲン原子、炭素数1〜4のアルコキシ基、シアノ基、ニトロ基、(炭素数1〜4のアルコキシ)カルボニル基等で1個以上置換されていてもよい。
【0026】
Xで表される置換されていてもよい炭素数2〜6のアルキニルオキシ基としては、プロパルギルオキシ基、2‐ブチン‐4‐イルオキシ基、4‐メチル‐2‐ブチン‐4‐イルオキシ基、1‐ブチン‐4‐イルオキシ基、2‐ペンチン‐5‐イルオキシ基等を例示することができる。これらのアルキニルオキシ基はハロゲン原子、炭素数1〜4のアルコキシ基、シアノ基、ニトロ基、(炭素数1〜4のアルコキシ)カルボニル基等で1個以上置換されていてもよい。
【0027】
Xで表される置換されていてもよい(炭素数1〜6のアルコキシ)カルボニル基としては、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、プロピルオキシカルボニル基、イソプロピルオキシカルボニル基、シクロプロピルオキシカルボニル基、ブチルオキシカルボニル基、tert‐ブチルオキシカルボニル基、sec‐ブチルオキシカルボニル基、シクロプロピルメチルオキシカルボニル基、シクロペンチルオキシカルボニル基、ヘキシルオキシカルボニル基等を例示することができる。これらのアルコキシカルボニル基はハロゲン原子等で1個以上置換されていてもよい
一般式P(R(3)及び一般式FC=P(R(4)のRで表される置換されていてもよいフェニル基としては、フェニル基、オルトトリル基、tert‐ブチルフェニル基等を例示することができる。Rで表される置換されていてもよい炭素数1〜6のアルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、シクロプロピル基、シクロプロピルメチル基、ブチル基、イソブチル基、tert‐ブチル基、sec‐ブチル基、ペンチル基、tert‐ペンチル基、2‐ペンチル基、3‐ペンチル基、シクロペンチル基、1‐メチルシクロペンチル基、ヘキシル基、2‐ヘキシル基、3‐ヘキシル基、シクロヘキシル基等を例示することができる。Rで表されるジ(炭素数1〜4のアルキル)アミノ基としては、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、エチルイソプロピルアミノ基、ジプロピルアミノ基、ジイソプロピルアミノ基、ジブチルアミノ基等を例示することができる。収率が良い点や入手の容易さから、フェニル基、オルトトリル基、ブチル基、tert‐ブチル基、ジメチルアミノ基等が好ましく、フェニル基及びジメチルアミノ基がさらに好ましい。
【0028】
次に本発明の製造方法を詳細に説明する。本発明の2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体(2)は、下記反応式で示すように、ジブロモジフルオロメタンと第三級ホスフィンから、ハロゲン原子捕捉剤の存在下に調製したジフルオロメチレンホスホラン類(4)とベンゾイルギ酸エステル類(1)との反応により製造することができる。
【0029】
【化10】

【0030】
(式中、R、R、X及びnは前記と同じ意味を表す。)
本反応は、反応に悪影響を及ぼさない溶媒中で実施することができる。このような溶媒としては、トルエン、キシレン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼンなどの芳香族系溶媒、酢酸エチル、酢酸プロピル、プロピオン酸メチルなどのエステル系溶媒、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン(THF)、1,4‐ジオキサン、1,2‐ジメトキシエタン(DME)、ジエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル(CPME)などのエーテル系溶媒、アセトニトリル、プロピオニトリル、イソブチロニトリルなどのニトリル系溶媒、N,N‐ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N‐ジメチルアセトアミド(DMAc)、N‐メチルピロリドンなどの酸アミド系溶媒、ジメチルスルホキシド(DMSO)、スルホランなどの硫黄系溶媒、さらにはこれらの混合溶媒を例示することができる。中でも収率が良い点でDMF、DMAc、DMSO、THF、1,4‐ジオキサン、DME、ジエチレングリコールジメチルエーテル又はトリエチレングリコールジメチルエーテルが好ましい。さらに、DMF又はDMAcが好ましい。
【0031】
本反応は、0〜150℃から適宜選ばれた反応温度で実施することが高収率で目的物を得ることができる点で好ましく、20〜120℃がさらに好ましい。
【0032】
ベンゾイルギ酸エステル類(1)に対するジフルオロメチレンホスホラン類(4)のモル比は、1〜10、好ましくは1〜5の範囲で用いられる。1未満の場合は収率が低い点で、10を超える場合は経済性が劣る点で好ましくない。
【0033】
反応終了後は抽出など通常の後処理により目的物を得ることができ、再結晶、カラムクロマトグラフィー、蒸留などにより精製することができる。反応終了後の溶液を直接蒸留することによっても目的物を得ることもできる。
【0034】
また、本発明の2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体は通常のエステル加水分解により、一般式(2)においてRが水素原子である対応するカルボン酸へと変換することができ、これらのカルボン酸誘導体も本発明に含まれるものである。
【0035】
本反応原料であるベンゾイルギ酸エステル類(1)は、例えば特許文献4あるいは特許文献5に記載の方法によって合成することができる。
【特許文献4】特開2002‐515495号公報
【特許文献5】特開2002‐069038号公報
【0036】
ジフルオロメチレンホスホラン類(4)は、ジブロモジフルオロメタンと第三級ホスフィン(3)とを、ハロゲン原子捕捉剤の存在下に反応させることにより調製することができる。ハロゲン原子捕捉剤としては原料である第三級ホスフィン(3)を代用することもできる。この際、第三級ホスフィン(3)の量はジブロモジフルオロメタンに対して2等量以上用いることが好ましい。また、亜鉛、銅、カドミウムなどの金属をハロゲン原子捕捉剤として用いてもよい。この際、金属ハロゲン原子捕捉剤の使用量は基質であるジブロモジフルオロメタンに対して1等量以上用いることが収率が良い点で好ましい。ハロゲン原子捕捉剤としては、反応の簡便さの点あるいは収率が良い点でトリフェニルホスフィンやトリス(ジメチルアミノ)ホスフィンのような第三級ホスフィンあるいは金属亜鉛が好ましい。また金属亜鉛を用いる場合にはすみやかに反応が進行する点で粉末状が好ましい。
【0037】
ジフルオロメチレンホスホラン類(4)の調製は、反応に悪影響を及ぼさない溶媒中で実施することができる。このような溶媒としては、トルエン、キシレン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼンなどの芳香族系溶媒、酢酸エチル、酢酸プロピル、プロピオン酸メチルなどのエステル系溶媒、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、THF、1,4‐ジオキサン、DME、ジエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、CPMEなどのエーテル系溶媒、アセトニトリル、プロピオニトリル、イソブチロニトリルなどのニトリル系溶媒、DMF、DMAc、N‐メチルピロリドンなどの酸アミド系溶媒、DMSO、スルホランなどの硫黄系溶媒、さらにはこれらの混合溶媒を例示することができる。中でも収率が良い点でDMF、DMAc、DMSO、THF、1,4‐ジオキサン、DME、ジエチレングリコールジメチルエーテル又はトリエチレングリコールジメチルエーテルが好ましい。さらにDMF又はDMAcが好ましい。
【0038】
反応温度は、0〜120℃から適宜選ばれた温度で実施することが収率が良い点で好ましい。さらに0〜80℃が好ましい。
【0039】
このようにして調製したジフルオロメチレンホスホラン類(4)は、単離することなく反応溶液のまま本発明の反応に供しても良い。さらに、本反応と本発明のジフルオロメチレン化反応を同時に同じ反応容器中で実施し、系中で発生させたジフルオロメチレンホスホラン類(4)を本発明のジフルオロメチレン化反応に供しても良い。この際、原料や反応試剤の添加順序に制限はないが、まず第三級ホスフィン(3)とジブロモジフルオロメタンを反応させ、ホスホニウム塩を調製した後、ハロゲン原子捕捉剤を加えてジフルオロメチレンホスホラン類(4)を生成させ、次いで原料のベンゾイルギ酸エステル類(1)を添加して反応させるか、又はホスホニウム塩を調製した後に原料のベンゾイルギ酸エステル類(1)を加え、次いでハロゲン原子捕捉剤を添加してジフルオロメチレンホスホラン類(4)を発生させながらジフルオロメチレン化反応を進行させることが、収率が良い点で好ましい。
【実施例】
【0040】
以下、実施例及び参考例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例‐1
【0041】
【化11】

【0042】
トリフェニルホスフィン(2.62g,9.99mmol)をDMAc(10mL)に溶解し、ジブロモジフルオロメタン(2.10g,10.0mmol)を氷冷下にて加えた後、室温で30分間攪拌した。反応液を再度氷冷し、ベンゾイルギ酸メチル(0.71mL,5.00mmol)を加えた後、亜鉛末(654mg,10.0mmol)を少しずつ加えた。このとき、反応液の温度は5〜10℃の間であった。全量の亜鉛を添加した後、氷冷下で1時間攪拌した反応液に内部標準物質として1‐ペンタデセン(105mg)を加えてガスクロマトグラフィー分析を行ったところ、目的とする3,3‐ジフルオロ‐2‐フェニルアクリル酸メチルが29%の収率で生成していることが明らかとなった。さらに、反応液を60℃に加熱して1時間反応を行った。同様のガスクロマトグラフィー分析により、3,3‐ジフルオロ‐2‐フェニルアクリル酸メチルが81%の収率で生成していることを確認した。
実施例‐2
【0043】
【化12】

【0044】
トリフェニルホスフィン(7.90g,30.1mmol)の無水DMAc(30mL)溶液を氷冷し、アルゴン雰囲気下でジブロモジフルオロメタン(6.30g,30.0mmol)を加えた。これを室温で30分間攪拌した後、ベンゾイルギ酸メチル(2.46g,15.0mmol)を加えて再度氷冷した。次いで、亜鉛末(1.96g,29.9mmol)を少しずつ加えた。この間、反応温度は約8〜15℃であった。全量の亜鉛を添加後、さらにそのままの温度で1時間攪拌した。反応終了後、反応溶液を減圧蒸留に付し、44〜53℃/1.33×10Paの留分を分取した。得られた留分を水(150mL)に注ぎ、ジエチルエーテル(50mL×4)で抽出した。有機層を水(30mL)及び飽和食塩水(30mL)で順次洗浄した後、無水硫酸マグネシウムで乾燥した。溶媒を減圧下留去し、黄色油状の目的化合物(1.52g,収率:51%)を得た。これをさらに減圧蒸留により精製することにより、純粋な目的物を得た。沸点:80〜86℃/1.33×10Pa;H‐NMR(250MHz,CDCl)δ3.80(3H,s),7.28〜7.31(2H,m),7.35〜7.44(3H,m);19F‐NMR(235MHz,CDCl)δ-71.6(1F,d,J=9.4Hz),‐69.9(1F,d,J=9.4Hz).
実施例‐3
【0045】
【化13】

【0046】
トリフェニルホスフィン(7.90g,30.1mmol)の無水DMAc(30mL)溶液を氷冷し、アルゴン雰囲気下でジブロモジフルオロメタン(6.30g,30.0mmol)を加え、室温で30分間攪拌した。この溶液に4‐メチルベンゾイルギ酸エチル(2.88g,15.0mmol)を加え、次いで、亜鉛末(1.96g,29.9mmol)を少しずつ加えた。全量の亜鉛を添加後、さらに室温で40分間攪拌した。反応終了後、反応溶液を減圧蒸留に付し、41〜48℃/1.33×10Paで留出した留分に、水(150mL)を加え、ジエチルエーテル(50mL×4)で抽出した。有機層を合わせ、水(30mL)と飽和食塩水(30mL)で順次洗浄した後、無水硫酸マグネシウムで乾燥した。乾燥剤を濾別後、濾液から溶媒を減圧下留去することにより、3,3‐ジフルオロ‐2‐(4‐メチルフェニル)アクリル酸エチルを黄色油状物(1.30g,収率:38%)として得た。このものを減圧蒸留精製し、純粋な目的物を得た。沸点:92〜98℃/1.33×10Pa;H‐NMR(250MHz,CDCl)δ1.28(3H,t,J=7.1Hz),2.37(3H,s),4.26(2H,q,J=7.2Hz),7.19(4H,s);19F‐NMR(235MHz,CDCl)δ‐72.6(1F,d,J=7.5Hz),‐70.5(1F,d,J=7.8Hz).
実施例‐4
【0047】
【化14】

【0048】
トリフェニルホスフィン(7.90g,30.1mmol)の無水DMAc(30mL)溶液を氷冷し、アルゴン雰囲気下でジブロモジフルオロメタン(6.30g,30.0mmol)を加え、室温で30分間攪拌した。この溶液に3‐メチルベンゾイルギ酸エチル(2.88g,15.0mmol)を氷冷下に加え、次いで、亜鉛末(1.96g,29.9mmol)を少しずつ加えた。この間、反応溶液の温度は8〜15℃程度に上昇した。全量の亜鉛を添加後、さらにそのままの温度で2時間攪拌した。反応終了後、反応溶液を減圧蒸留に付し、40〜48℃/1.33×10Paで留出する成分を得た。得られた留分に水(150mL)を加え、ジエチルエーテル(50mL×4)で抽出した。有機層を合わせ、水(30mL)と飽和食塩水(30mL)で順次洗浄した後、無水硫酸マグネシウムで乾燥した。乾燥剤を濾別後、濾液から溶媒を減圧下留去することにより、3,3‐ジフルオロ‐2‐(3‐メチルフェニル)アクリル酸エチルを黄色油状物(1.18g,収率:35%)として得た。このものをシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=50:1)で精製し、純粋な目的物を得た。H‐NMR(250MHz,CDCl)δ1.29(3H,t,J=7.1Hz),2.37(3H,s),4.27(2H,q,J=7.1Hz),7.08〜7.17(3H,m),7.24〜7.30(1H,m);19F‐NMR(235MHz,CDCl)δ‐72.4(1F,d,J=8.0Hz),‐70.4(1F,d,J=8.0Hz).
実施例‐5
【0049】
【化15】

【0050】
トリフェニルホスフィン(2.47g,9.41mmol)の無水DMAc(10mL)溶液を氷冷し、アルゴン雰囲気下でジブロモジフルオロメタン(1.97g,9.41mmol)を加え、室温で30分間攪拌した。この溶液に4‐クロロベンゾイルギ酸エチル(1.00g,4.70mmol)を加え、次いで、亜鉛末(615mg,9.41mmol)を2回に分けて加えた。全量の亜鉛を添加後、さらに室温で1時間攪拌した。反応終了後、反応溶液を減圧蒸留に付し、43〜45℃/1.33×10Paで留出する成分を得た。得られた留分に水(100mL)を加え、ジエチルエーテル(50mL×4)で抽出した。有機層を合わせ、水(30mL)と飽和食塩水(30mL)で順次洗浄した後、無水硫酸マグネシウムで乾燥した。乾燥剤を濾別後、濾液から溶媒を減圧下留去することにより、3,3‐ジフルオロ‐2‐(4‐クロロフェニル)アクリル酸エチルを淡黄色油状物(320mg,収率:32%)として得た。このものをシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=50:1)で精製し、純粋な目的物を得た。H‐NMR(250MHz,CDCl)δ1.29(3H,t,J=7.0Hz),4.27(2H,q,J=7.2Hz),7.24(2H,d,J=8.8Hz),7.36(2H,d,J=8.5Hz);19F‐NMR(235MHz,CDCl)δ‐71.3(1F,d,J=11Hz),‐68.9(1F,d,J=11Hz).
比較例‐1
【0051】
【化16】

【0052】
ベンゾイルギ酸メチル(1.40mL,9.85mmol)、トリフェニルホスフィン(5.24mmol,20.0mmol)、及びDMAc(50mL)の混合物をアルゴン気流下で100℃に加熱して溶液とした。これに、クロロジフルオロ酢酸ナトリウム(4.56g、29.9mmol)をDMAc(40mL)に溶解した溶液を同温にて滴下した。滴下終了後、さらに100℃で30分攪拌した後、室温に戻した。反応液を水(300mL)中に注ぎ、ヘキサン/酢酸エチル(20/1)の混合溶媒(100mL×3)で抽出した。有機層を合一して飽和食塩水(100mL)で洗浄し、無水硫酸マグネシウムで乾燥した。乾燥剤を濾別した後、濾液を減圧濃縮し、黒色油状物を得た。H‐NMRによる分析の結果、この粗生成物は3,3‐ジフルオロ‐2‐フェニルアクリル酸メチル(339mg,1.71mmol,収率:17%)と3,3,3‐トリフルオロ‐2‐フェニルプロピオン酸メチル(844mg,3.87mmol,収率:39%)の混合物であることが判った。
参考例‐1
【0053】
【化17】

【0054】
3,3‐ジフルオロ‐2‐フェニルアクリル酸メチル(198mg,1.00mmol)の無水THF(3.0mL)溶液に触媒量のパラトルエンスルホン酸一水和物とテトラブチルアンモニウムフルオリド(392mg,1.50mmol)を加え室温で16時間撹拌した。反応終了後、飽和塩化アンモニウム水(30mL)を加え、酢酸エチル(10mL×3)で抽出した。合一した有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥した後、溶媒を減圧下で留去することにより3,3,3‐トリフルオロ‐2‐フェニルプロピオン酸メチルの黄色油状物(179mg,収率:82%)を得た。H‐NMR(250MHz,CDCl)δ3.77(3H,s),4.33(1H,q,J=8.5Hz),7.29〜7.30(2H,m),7.39〜7.42(3H,m);19F‐NMR(235MHz,CDCl)δ-68.0(3F,s).
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の製造方法により得られる2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体(2)は機能性材料等の製造中間体として有用な2‐置換フェニル‐3,3,3‐トリフルオロプロピオン酸エステルへと収率良く変換することができる(参考例参照)。またジフルオロメチレン基やエステルを足掛りに様々な複素環化合物へと変換できると考えられることから、本発明の2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体(2)は、医農薬製造中間体として非常に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
【化1】

[式中、Rは水素原子又は炭素数1〜12のアルキル基を表す。Xは水素原子、ハロゲン原子、置換されていてもよい炭素数1〜12のアルキル基、置換されていてもよい炭素数1〜12のアルコキシ基、置換されていてもよい炭素数2〜6のアルケニルオキシ基、置換されていてもよい炭素数2〜6のアルキニルオキシ基、(置換されていてもよい炭素数1〜6のアルコキシ)カルボニル基、ビニル基、水酸基、カルボキシ基、シアノ基、ニトロ基を表す。nは1〜5の整数を表し、nが2〜5の時、Xは異なっていてもよい。]で示されるベンゾイルギ酸エステル類のα位カルボニル基をジフロロメチルホスホラン類を用いてジフルオロメチレン化して、一般式(2)
【化2】

(R,X及びnは前記と同じ意味を表す。)で示される2‐置換フェニル‐3,3‐ジフルオロアクリル酸エステル誘導体を製造する方法において、ジブロモジフルオロメタンと、一般式P(R(3)[式中、Rは置換されていてもよいフェニル基、置換されていてもよい炭素数1〜6のアルキル基又はジ(炭素数1〜4のアルキル)アミノ基を表す。]で示される第三級ホスフィンから、ハロゲン原子捕捉剤存在下に調製した一般式FC=P(R(4)(式中、Rは前記と同じ意味を表す。)で示されるジフルオロメチレンホスホラン類を用いることを特徴とする製造方法。
【請求項2】
ジブロモジフルオロメタン、一般式P(R(3)で表される第三級ホスフィン及びハロゲン原子捕捉剤の量がベンゾイルギ酸エステル類に対して1〜5等量である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
がフェニル基又はジメチルアミノ基である請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
ハロゲン原子捕捉剤が金属亜鉛である請求項1から3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
反応を0〜150℃の範囲から選ばれた反応温度で実施することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の製造方法。

【公開番号】特開2008−195678(P2008−195678A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−34784(P2007−34784)
【出願日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【出願人】(000173762)財団法人相模中央化学研究所 (151)
【出願人】(591180358)東ソ−・エフテック株式会社 (91)
【Fターム(参考)】