説明

2−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリルのR及びS鏡像体の立体選択的製造のための化学酵素的方法

3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリルの(R)及び(S)の両方の鏡像体の立体選択的製造のための化学酵素的方法が開発されている。これらの光学的に純粋なキーとなる中間体は、エステル交換反応と加水分解反応との両方によって得られる(±)3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリルの酵素的分離により製造され、デュロキセチンの両方の鏡像体に転換される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(1)のR及びS鏡像体の立体選択的製造のための化学酵素的方法に関するものである。
【0002】
本発明は、詳しくは、抗精神薬デュロキセチンの合成のためのキーとなる中間体である3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(2)の両方の鏡像体の立体選択的製造のための化学酵素的方法に関するものである。
【背景技術】
【0003】
デュロキセチンと、関係するフルオキセチン、トモキセチン等の化合物の分類とは、精神病の治療のために重要である。フルオキセチンはセロトニンによって活性化される神経細胞におけるセロトニンの選択的抑制剤であり、トモキセチン及びニソキセチンはノルアドレナリンによって活性化される細胞におけるノルエピネフリンの選択的抑制剤である。一方、デュロキセチンはセロトニンとノルエピネフリンとの再アップテイクの両方の抑制剤であり、抗鬱剤として良好な薬理学的プロフィールを有する(特許文献1、非特許文献1〜2参照)。
【0004】
セロトニンとノルエピネフリンとの神経伝達は、多数の薬理学上のプロセスと行動に関するプロセスとに緊密に関係しており、デュロキセチン(余分の細胞のセロトニンとノルエピネフリンとのレベルの活発な増加を生み出す能力)は、精神病の治療のための非常に効果のある抗欝剤であるのみならず、アルコール中毒、尿失禁、疲労、卒中、膀胱炎、強迫観念障害、パニック障害、多動障害11、睡眠障害、性的不感症、その他のような他の症状の治療のために用いることもできる。
【0005】
1つの光学的中心を有するデュロキセチンは、2つの異性体の形で存在し得る。単一の鏡像体により示される異なる薬理学上の活性、代謝挙動における相違、薬物として鏡像体的に純粋な形で提供することの重要性の点で、鏡像体的に純粋な形でのこの薬物の製造が、大いに望まれる。
【0006】
デュロキセチンは、3−アミノプロパノールの基本的構造骨格を有し、古典的合成の合成方法は、鏡像体的に純粋な3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(β−ヒドロキシニトリル)は、目的分子の合成のために、優れたキラル基本成分であるべきことを示す。文献において、光学的に純粋な形のデュロキセチンの合成に関して、僅かな報告があるだけであり、1つはマンニッヒ塩基の不整還元のための錯体化−LAHを用いるものであり(非特許文献3参照)、他はリパーゼが介在する3−クロロ−1−(2−チエニル)−1−プロパノールの分離によるものである(非特許文献4参照)。
【0007】
【化1】


【特許文献1】欧州特許第273658号明細書、1988
【非特許文献1】Chem. Aastr., 1988, 109, 170224n
【非特許文献2】Life Sci. 1988, 43, 2049
【非特許文献3】Tetrahedron Lett. 1990, 31, 7101
【非特許文献4】Chirality 2000, 12, 26
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の主目的は、高い鏡像体過剰でのデュロキセチンの両鏡像体合成のために光学的に純粋な中間体である3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリルの両鏡像体の立体選択的製造のための化学酵素的方法を提供することにある。
【0009】
添付する化学式において、本明細書は、光学的に純粋な水酸化ニトリルとその対応する酢酸塩とを提供できるように、リパーゼが介在する3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(1)のエステル交換反応と、リパーゼが介在する3−アセチルオキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(2)の加水分解とを経由する、3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリルの酵素による分離を示す。
【課題を解決するための手段】
【0010】
従って、本発明は、(i)シアノヒドリン(1)をリパーゼの存在下でアセチル化剤と反応させ、得られた(R)−酢酸塩と(S)−アルコールとを分離する工程と、ii)3−アセチルオキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(2)をリン酸緩衝溶液中で酵素的に加水分解し、(S)−酢酸塩と(R)−アルコールとを提供する工程とを備える3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(1)のR及びSの両方の鏡像体の立体選択的製造のための化学酵素的方法を提供する。
【0011】
本発明の一態様において、鏡像体の過剰分は>99%であるので、再利用は、動的分離により得られた生成物により要求されない。
【0012】
本発明の他の態様において、アセチル化剤は、ビニル酢酸またはイソプロペニル酢酸からなる群から選択される。
【0013】
本発明のさらに他の態様において、シアノヒドリンのアセチル化は、溶媒中、リパーゼの存在下でなされる。
【0014】
本発明のさらなる態様において、溶媒は、ジイソプロピルエーテル、トルエン、ヘキサン、ジオキサン、クロロフォルム、t−ブチルメチルエーテル、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、アセトニトリル及びアセトンからなる群から選択される。
【0015】
本発明のさらに他の態様において、用いられるリパーゼは、部分修正された(modified)セラミック片上に固定されたシュードモナスセパシア(Pseudomonas cepacia)リパーゼ(PS−C)、珪藻土上に固定されたシュードモナスセパシアリパーゼ(PS−D)、シュードモナスセパシア(PS)、ポルシンパンクレアス(Porcine pancreas)リパーゼ(PPL)、カンディダシリンドラセア(Candida cylindracea)リパーゼ(CCL)、カンディダルゴサ(Candida rugosa)リパーゼ(CRL)及びムコールミーヘイ(Mucor miehei)(リポザイン)から固定されたリパーゼからなる群から選択される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、デュロキセチンの両鏡像体の合成のためのキーとなる中間体である3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリルの両鏡像体の立体選択的製造のための酵素的方法を提供するものであって、シアンヒドリンのアセチル化剤との反応と、リパーゼの存在下でのアセチルオキシニトリルの加水分解と、それに続く、得られた酢酸塩とアルコールとのカラムクロマトグラフィーを用いる分離とを備える。3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(1)は、リパーゼの存在下、ビニル酢酸、イソプロペニル酢酸により選択的にアセチル化され、一方、3−アセチルオキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(2)は、リパーゼの存在下、リン酸緩衝液中で、加水分解された。
【0017】
動的分離により形成されたアルコールとエステルとは、カラムクロマトグラフィーにより分離された。化合物の鏡像体的純度は、キラルカラムを用いるHPLC(OJ−H)により決定された。絶対的立体配置は、リパーゼの鏡像的選択(enantiopreference)のための経験則により(エステル交換反応において)酢酸塩がRであり、アルコールがSであると、予備的にみなされ、後で、対応するアミノアルコールの旋光度(optical rotation values)から確認された(非特許文献4参照)。
【0018】
本発明のプロセスは、以下に説明される。
1.ラセミ体の3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(1)は、異なる溶媒中で、異なるアセチル化剤と各種リパーゼとを用い、酵素的にアセチル化された。
2.ビニル酢酸及びイソプロペニル酢酸等のアセチル化剤が、アセチル化のために用いられた。
3.部分修正されたセラミック片上に固定されたシュードモナスセパシアリパーゼ(PS−C)、珪藻土上に固定されたシュードモナスセパシアリパーゼ(PS−D)、シュードモナスセパシア(PS)、ポルシンパンクレアスリパーゼ(PPL)、カンディダシリンドラセアリパーゼ(CCL)、カンディダルゴサリパーゼ(CRL)及びムコールミーヘイ(リポザイン)から固定されたリパーゼ等の異なるリパーゼが、酵素的エステル交換反応のために選択された。
4.ジイソプロピルエーテル、トルエン、ヘキサン、ジオキサン、クロロフォルム、t−ブチルメチルエーテル、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、アセトニトリル及びアセトン等の各種溶媒が用いられた。
5.ラセミ体の3−アセチルオキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(2)は、ピリジンの存在下、水酸化ニトリルの無水酢酸との反応により製造された。
6.ラセミ体の3−アセチルオキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(2)は、リン酸緩衝溶液中、各種リパーゼを用いて酵素的に加水分解された。
7.リパーゼの存在下、(R)−3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリルは、選択的にアセチル化され、(R)−3−アセチルオキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリルは、選択的に加水分解され、得られた酢酸塩とアルコールとはカラムクロマトグラフィーにより分離された。
8.鏡像体的な過剰分は、キラルカラムを用いるHPLCにより決定された。
【0019】
反応機構は、以下に与えられる。
【0020】
【化2】

【0021】
以下の実施例は説明のためであり、本発明の範囲を限定するものと解釈されるべきではない。
【実施例1】
【0022】
〔3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(1)の酵素的エステル交換〕
3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(1)(5mmol)をジイソプロピルエーテル(100mL)に溶解し、珪藻土上に固定されたシュードモナスセパシアリパーゼ(PS−D)(500mg)と、ビニル酢酸(25mmol)とを続けて加え、オービタルシェーカーで、25℃に定温維持した(incubated)。HPLCにより指示されるものとして、反応の50%完了後(14時間)、反応混合物は濾過され、溶媒は減圧下に留去された。残留物は、形成された酢酸塩と未反応のアルコールとを分離するために、カラムクロマトグラフィーに供せられた。化合物の光学的純度は、HPLCにより決定された。(S)−3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(S−1)、収量42%、ee>99%、〔α〕30=−33.5(c1、CHCl)、IR(液膜)3475,3075,2878,2251,1105,698cm−1HNMR(200MHz,CDCl)、δ2.82(dd,2H,J=3.0Hz,J=6.6Hz),3.0(s,1H),5.25(t,1H,J=5.5Hz),6.98(t,1H,J=4.9Hz),7.05(d,1H,J=3.7Hz),7.28(d,1H,J=4.9Hz)、13CNMR(75MHz)、δ28.1,66.0,117.0,124.6,127.0,144.4、質量分析(電子衝撃法)153,127,113,85.
(R)−3−アセチルオキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(R−2)、収量43%、ee>99%、〔α〕30=+83.6(c1、CHCl)、IR(液膜)3114,2910,2800,1734,1216cm−1HNMR(200MHz,CDCl)、δ2.10(s,3H),2.94(d,2H,J=6.7Hz),6.20(t,1H,J=6.7Hz),6.97(t,1H,J=3.8Hz),7.1(d,1H,J=3.0Hz),7.3(d,1H,J=5.9Hz)、質量分析(電子衝撃法)195,154,137,114,85,43.
【実施例2】
【0023】
〔3−アセチルオキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(2)の加水分解〕
3−アセチルオキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(5mmol)のアセトン3mL溶液に、pH=7.2のリン酸緩衝液と、珪藻土上に固定されたシュードモナスセパシアリパーゼ(PS−D)(500mg)とを加え、オービタルシェーカーで、25℃に定温維持した。HPLCにより指示されるものとして、反応の50%完了後(16時間)、反応混合物は濾過され、濾液は酢酸エチルで抽出され、有機溶媒は減圧下に留去されて、残留物が残された。残留物は、未反応の酢酸塩と形成されたアルコールとを分離するために、カラムクロマトグラフィーに供せられた。化合物の光学的純度は、HPLCにより決定された。
【0024】
(R)−3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(R−1)の収量42%、ee>99%、〔α〕30=+32.0(c1、CHCl)。
【0025】
(S)−3−アセチルオキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(S−2)の収量43%、ee>99%、〔α〕30=−82.1(c1、CHCl)。
【実施例3】
【0026】
〔キラルHPLC分析〕
HPLC分析は、シマヅLC−6Aシステムコントローラー、検出器としてのSPD−6A固定波長UVモニター、FCV−100B分画収集器及び記録積算器としてのクロマトパックC−R4Aデータ処理機からなる装置で行った。分析は、キラルカラム(キラルセルOJ−H、ダイセル)を用い、移動相としてのヘキサン:イソプロパノール(85:15)により、0.75mL/分の流速で行い、254nmのUVでモニターした。ラセミ体の酢酸塩は、HPLCでの比較のための信頼できる試料として、その対応する水酸化ニトリルをピリジンの存在下、無水酢酸で処理することにより製造された。
〔本発明の主な利点〕
光学的に純粋な形での水酸化ニトリルは、単純な方法を用いることによる、アミノアルコール、水酸化アミド、水酸化エーテル、水酸化酸(hydroxy acids)、その他のような広範囲のキラル合成素子を導く合成操作に多くの好機を提供するので、ビシナルシアノヒドリンまたは1,2−シアノヒドリンは、有機合成において重要かつ用途の多い化合物である。さらに、チオフェンは、アルキル鎖のマスクまたは酸基(acid group)のマスクとして使え、生物学的に重要な対掌性の面で純粋な化合物を合成するために、それをさらに有益な中間体にする。
【0027】
本プロセスにおいて、キラル1,2−シアノヒドリンは、高い鏡像体過剰での加水分解と同様にエステル交換によって、リパーゼが介在するラセミ体の分離により得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)シアノヒドリン(1)をリパーゼの存在下でアセチル化剤と反応させ、得られた(R)−酢酸塩と(S)−アルコールとを分離する工程と、ii)3−アセチルオキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(2)をリン酸緩衝溶液中で酵素的に加水分解し、(S)−酢酸塩と(R)−アルコールとを提供する工程とを備えることを特徴とする3−ヒドロキシ−3−(2−チエニル)プロパンニトリル(1)のR及びSの両方の鏡像体の立体選択的製造のための化学酵素的方法。
【請求項2】
鏡像体の過剰分は>99%であるので、再利用は、動的分離により得られた生成物により要求されないことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
アセチル化剤は、ビニル酢酸またはイソプロペニル酢酸からなる群から選択されることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
シアノヒドリンのアセチル化は、溶媒中、リパーゼの存在下でなされることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項5】
溶媒は、ジイソプロピルエーテル、トルエン、ヘキサン、ジオキサン、クロロフォルム、t−ブチルメチルエーテル、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、アセトニトリル及びアセトンからなる群から選択されることを特徴とする請求項4記載の方法。
【請求項6】
用いられるリパーゼは、部分修正された(modified)セラミック片上に固定されたシュードモナスセパシアリパーゼ(PS−C)、珪藻土上に固定されたシュードモナスセパシアリパーゼ(PS−D)、シュードモナスセパシア(PS)、ポルシンパンクレアスリパーゼ(PPL)、カンディダシリンドラセアリパーゼ(CCL)、カンディダルゴサリパーゼ(CRL)及びムコールミーヘイ(リポザイン)から固定されたリパーゼからなる群から選択されることを特徴とする請求項1記載の方法。

【公表番号】特表2006−509518(P2006−509518A)
【公表日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−559953(P2004−559953)
【出願日】平成14年12月16日(2002.12.16)
【国際出願番号】PCT/IB2002/005508
【国際公開番号】WO2004/055194
【国際公開日】平成16年7月1日(2004.7.1)
【出願人】(595023873)カウンシル・オブ・サイエンティフィック・アンド・インダストリアル・リサーチ (69)
【Fターム(参考)】